ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:58歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2016年08月20日(土)
相模原の事件をめぐって 8月20日
 旅行の途中に立ち寄った京都で、30代の女性の言葉を聞きました。ちょうど、部屋に、提灯に飾られた夜の祇園祭の山鉾の絵があり、彼女は、その絵を何度も指さしながら、詩を綴りました。


 誰にも理解されないまま亡くなった仲間のことがつらくてつらくて毎日涙を流していますが夜の暗闇を見るたびにこんな暗い物音ひとつしない中で最期の時を迎えた人をどうやったら追悼できるかとずっと考えていました。無我の境地を知っていたとはいえちゃんとした人格をそなえていた人たちなのでせめてそのことだけはわかってあげないと魂が浮かばれないと思っています。人間として私たちは理解されないまま死んでいくなんてとても悲しいことですからぜひ亡くなった仲間に鎮魂の詩を捧げたいです。


   仲間に

人間として気高く生きた
仲間の魂の炎は
無惨にもかき消されてしまったけれど
私はあなたがたの炎を
私の心に受け継いだ
真っ暗な夜の闇の中で
今あなたの炎が
私の心の中で燃えさかり
暗闇を照らしている
だから私は
あなたがたの炎が消えないように
真っ直ぐと夜明けに向かって
歩み続ける


2016年8月20日 17時30分 | 記事へ | コメント(0) |
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2016年08月18日(木)
相模原の事件をめぐって 8月18日
 難病でそんなに時間のないとされている寝たきりの十代の若者の俳句です。

みんみんと弔いの声津久井湖に
津久井なる施設に輝く魂あり
津久井なる施設に密かな愛ありし
よき人が常に我らのそばにあり
願い瑠璃津久井の湖映したり
瑠璃色の湖深くただ濡れる
我が心津久井に届け病舎より

人間はただ生きること使命とす
なぜ人はこの身の正しさよく知らぬ

人間はみな魂に言葉あり
願うことただ彼らにも言葉あり
凛とした瞳持つ仲間弁のなく

津久井なる施設に手を合わすわが仲間
名前なく天国に行きし我が仲間
名前なく忘れられようと永遠(とわ)の魂(たま)

世の中よ津久井の百合に何学ぶ
願うなら仲間の強さ知りてのち
わだかまり理想はけして負けぬよと
願いふとランプのごとく揺らげども

わだかまり解く技が我にあらば
わだかまり解けぬ犯人ただ許す
わだかまり持つ犯人に句よ届け

わざわざに世に問いし犯人に堂々と答えここに記せり



2016年8月18日 18時37分 | 記事へ | コメント(0) |
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相模原の事件をめぐって 8月16日
 このブログで、『弘二の夢』という本を紹介させていただいた田所弘二さんと先日お会いした。ある方から考えを聞かせてほしいということで、私は通訳者として立ち会わせていただいた。そして、その方の質問に答えるかたちで、田所さんは事件をめぐる様々な考えを述べた。その内容は、別の機会に譲ることにするが、その方との話が終わったあと、田所さんが語りの残したことがあると言って、次の文章を書いた。ここでは、その部分を紹介させていただきたい。



   死刑にしない方がいいということについて
 
 僕は犯人を死刑にするのは間違っていると思います。なぜなら死刑にしてしまうと犯人は自分の考えに返って意固地になってしまって、決して考えを改めないだろうと思うからです。死刑はもともと議論の多い制度ですが、今日、僕は改めて死刑の問題を感じました。犯人が心を改めることこそ重要なのですから、むしろ死刑は犯人の心を頑なにしてしまうのではないでしょうか。ぜひ犯人にも改心する機会を与えるべきだと思います。だから、今、改めて、人は人を許すことができるかということを問い直したいと思います。
親たちは、当然許せないはずですが、ゆっくり自分の子どもを思い浮かべたら、子どもは必ず犯人を許すだろうと気づくのではないでしょうか。だから、ぜひ、改めて許しの問題を考えるべきだと思います。

 
2016年8月18日 13時53分 | 記事へ | コメント(0) |
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2016年08月17日(水)
相模原の事件をめぐって 8月8日
 8月8日に聞いた、3人の当事者の意見を掲載します。
 一人目は、一度メールでいただいた文章を載せた大野剛資さんの言葉です。

 私たちの仲間が無残な殺され方をしたのですが、とても悲しいだけではなくて、いろいろな問題を孕んでいることなので、きちんと述べさせていただきます。世間の見方を僕は改める必要があると思います。なぜなら、一人一人きちんとした考えを持っていることを前提にしないで、何もわからない人たちでも殺されるのは間違いだということしか語られていないからです。だけど、重要なのは亡くなった人たちにもしっかりした考えや感情があって、がんばって生きているというよりも人生の価値を深いところで見通していきていた人たちであることを理解したうえで、全ての議論をなされるべきではないでしょうか。

 次いで、20代の女性の言葉です。

 私も突然の悲しいニュースで毎日涙こそ流さなかったけれど悲しみにくれる日々が続いています。でも、私は今回のことは何かを訴えることができそうな不思議な勇気も感じていたのですが、まだまだ理解されてはいないとはいえ、こうして確実に意見を述べられているので少しだけ救いがある気がしました。
 亡くなった仲間たちは何もわからない人と決めつけられていますが、けっしてそんなことはないと今回こそしっかりと訴える必要があると感じたからです。涙だけで泣きくらすのでは亡くなった仲間たちの本当の鎮魂にはならないと思うので、私はしっかりと声をあげたいと思います。


 次は、盲重複障害と呼ばれる20代の男性の言葉です。

 僕も今回の事件ではとても悲しい思いをしました。でもやっぱり、このままではいけないと強く思えたのは僕たちにも言葉を伝えるやり方が見つかったからです。僕も重複障害者とまさしく言われる人間なので、全くこの犯人は僕を殺したかったのだと痛切に感じ、身震いがしました。でも昔なら言われっぱなしだったけどもう僕たちはただの人形ではありません。みんなでしっかりと2つの誤った認識を正したいと思います。一つは僕たち重複障害者にもしっかりとした認識能力があるということです。もう一つはみんなもいってくれるように、どんな重い障害があっても人として命は平等だということです。僕たちはこの二つの誤った認識を正すことについて、これから積極的に意見を発信していきたいと思います。

2016年8月17日 00時12分 | 記事へ | コメント(0) |
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2016年08月08日(月)
相模原の事件をめぐって 8月3日その2
 8月3日、二人の女性からも切実な意見をいただきました。
 お二人とも、ふだんはとてもやさしい語り口をなさる方々ですが、今
回ばかりは、意を決して、きびしい言葉を綴られました。  
 お一人目は、重症心身障害と呼ばれるような状況にある方です。

 疑問があります。なぜ私たちに生きる権利が認められないのでしょうか。みんなつらい気持ちでいる理由はただ悲しいだけではなくわずかな希望がかき消されたような気がしたからです。分捕ることもしない私たちがなぜ存在が否定されなければならないのでしょうか。小さな疑問ではありません。大問題です。よくない人が犯した犯罪ならまだしも、もっと私たちを理解できるチャンスがあった職員さんに私たちが人間であることをわからせることができなかったということが悔しいです。
 いちばんねじれているのは世の中なのですがばかにされるだけならまだしもごんごんと苦しみが湧いてくるのは、わだかまりは凡人はなかなか消えないでしょうが、私たちはこの事件から忘れられない一言をしってしまったのだということてです。わずかな未来さえ閉ざされてしまったような気がしたからです。よい人間がみんな殺してもよいという言い方に染まってしまいそうになって私ははらはらしています。以上です。


 お二人目は、歩行の可能ですが、みずから言葉を発することは困難な方で、「重度の知的障害」と呼ばれる方です。彼女は、障害に関して、今回の被害者の方々とたいへん近い状況にあると言えるでしょう。

私はこんなに悲しい気持ちになったことはありませんでした。なぜなら、私達の仲間がこんなにひどい殺され方をしただけでなく、存在の意味を否定されたからです。
 私にとっては私達の生きる意味は疑いようのないものなのに、世の中には私達のことをやはり不要な存在だという人がいます。
 だから悲しみが二重になって私達を襲っているのです。
 私にとっても、私があの施設にいてもおかしくなかったので、自分のことそのものでした。
 今回の事件は私達の本当の姿が世の中に伝わってないことで起きた事件です。一生懸命訴えてきたけれど、その声が小さかったばかりにかき消されてしまいました。だからこれまで以上に大きな声で訴えていかなければなりません。
 私達にとっては、どんなに障害が重くてもみんなしっかりした気持ちを持っていることは疑いようのないことです。でも残念ながら、専門家も含めてわかっていない人が多く、判断能力や大人としての感情があることを受け入れてもらえません。だからあの容疑者は私達を不必要な存在だと決めつけました。
 確かに経済的なことだけを考えたらお金もかかります。
 私達は最下層を生きる存在ですから、私達を否定すると次の誰かも否定される恐れがあります。
 すべての人を受け入れる世の中を理想の社会というのなら、まず私達を受け入れて下さい。



2016年8月8日 14時08分 | 記事へ | コメント(0) |
2016年08月05日(金)
相模原の事件をめぐって 8月3日その1
 27歳の倉本雅也さんとお会いして、次のような言葉をいただきました。倉本さんは、いわゆる重症心身障害者と言われるかたです。ふだん穏やかな倉本さんが、テレビでこのニュースが始まると、今まで見せたことのない怒りの声をあげたそうです。倉本さんを連れていらっしゃったお母さんも、彼のこの文章に深く納得していらっしゃいました。

 わなわなとふるえるような思いで僕はこの大事件を見つめていました。なぜ僕たちを必要のない存在とやるせない目的で事件を起こしたのでしょうか。ごんごんと深い悲しみが湧くだけでなく空しさが湧き上がってきます。わずかな希望も感じることができません。不条理としか思えません。
 人間にとって愉快なことは人とともにあることなのに人を否定することがどうしてまかり通るのでしょうか。わずかなわずかな救いも見えてきません。
 もし僕があの施設にいたらと考えるだけで身震いがします。電気のない暗闇でもし突然斬りつけられたら僕たちは何一つ抵抗することもできません。ぬくもりを求めてみんなひたむきに生きているのにどうしてそんな冷たい仕打ちをされなければならないのでしょうか。
 わずかな光がもしあるならそれは僕たちがこうして言葉で反論できるということです。未来はこういうやり方でみんなきちんとした考えを持っていることを世の中が理解するところから開けてくると思うのでどうにかしてこのことを伝えたいです。人間だからみんな分不相応と言われようが強い意志で生きる権利があるはずです。
 ぬくもりこそがランプの明かりであることをがんばって僕たちは主張したいです。楽な生き方ではないけれど僕たちは幸せな人生を生きているということをなんとかして伝えたいと思います。人間だからちゃんとした考えを持って生きているのでどうかこの悲しいできごとをきっかけにして僕たちをもう一度しっかりと見つめ直してほしいです。



 もうお一人は、22歳の廣瀬岳さんです。廣瀬さんも、また、いわゆる重症心身障害と呼ばれる人です。ご両親に障害があり、すでにお母さんは亡くなられていらっしゃいます。これまでも、そのことをふまえた鋭い意見を何度も聞かせてくださった方です。
 今回は、ご一緒されたお父さんが、全国手をつなぐ育成会連合会からのメッセージが一面に掲載された東京新聞をお持ちになって、この事件についても語ってくださいました。
 以下、廣瀬さんの言葉です。

 次々と悲しいニュースが伝わってきてとても悲しいけれど僕はきちんと意見を述べたいです。人間として僕たちは生きているのに激しく存在を否定されてしまいました。昔から僕たちの存在を否定する人はいましたが僕たちのいのちまで奪おうという人はいませんでしたからどうしても許すことができません。なぜなら僕たちにも生きる権利があるからです。
 長い間何もわからないと言われてきた僕たちがようやく存在を認められたというのにこんな事件が起きてしまってほんとうにつらいです。私たちを必要ないとする人たちはけっして彼一人ではないからわずかな声であってもちゃんとあげていかなくてはなりません。私たちは何もわからない存在ではなくよく物事を理解できているちゃんとした存在です。だからきちんとした理解をしてほしいのです。分不相応と言われようとも僕たちはずっとぬいぐるみのように思われようとも強い気持ちで生きてきましたからちゃんとした事実として認識してほしいです。
望みはただ正しい理解が得られることです。それだけが亡くなった仲間たちのいのちに存分な祈りを捧げる道です。だから僕は声を上げたいです。

 この文章をぜひ読んでほしいです。僕は両親に障害がある重症心身障害者です。だからこそ意見を述べたいです。
2016年8月5日 16時11分 | 記事へ | コメント(0) |
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2016年08月03日(水)
相模原の施設の事件について 8月1日
研究室を訪れた小学3年生の少年が、相模原の事件に関して、気持ちを綴りました。彼は自閉症と呼ばれ、なかなかうまく気持ちを話すことができません。

 残酷な出来事がありました。
 僕たちは何でも理解出来ているのに、私たちは何も分からない存在として理解されてしまって、もう僕らを認めてくれないのかととても気になりました。長い間認められないまま亡くなった人たちのことを思うととても辛かったです。
 理屈ではみんな僕たちを理解したように言っていても、結局は全く分からない存在として言い続けているので僕はとても悔しいです。ずっと前からこういうやり方で話すことが出来るということが分かっているのに、早く世の中に認めてもらいたいです。僕たちのように気持ちをうまく伝えられなくてもちゃんとした考えが心の中にはあるということをどうか分かってほしいです。
 でも僕たちはこういう方法で話せるようになったからいいけれど多くの人たちは,まだ全く気持ちを伝えられないでいるので早く分かってほしいと思います。こんな悲しい出来事が起こったのだからせめて私たちの本当の姿を知って、正しい理解が世の中に広がってほしいです。
2016年8月3日 08時35分 | 記事へ | コメント(0) |
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2016年07月31日(日)
田所弘二さんの命をめぐる主張 
 本を紹介した田所弘二さんもまた、重症心身障害あるいは重度重複障害と呼ばれる方ですが、本の中に、命をめぐる次のような主張があります。今度の事件についての意見はまだ聞けておりませんが、この彼の主張は、本の紹介の意味も含めて、掲載させていただきます。

 僕たちの仲間について、去年の夏からとても悲しい話が横行するようになりました。それは、子どもが生まれる時に、そのお母さんの血液を調べればいくつかの障害がわかるという検査のことでした。私たちの仲間の中のある障害の人たちにとっては、おまえたちはもう生まれてくるなというに等しいものでした。だから、僕はとても深く傷つきました。僕の障害は、まだ、きっと検査ではわからないものなのですが、もし僕の障害が検査でわかるならば、僕もおまえはもう生まれてくるなと言われていることになるのだなと思いました。これまで社会の中でそのことがこれほどまでに何の抵抗もなく語られたことはなかったように思いますから、せっかく世の中があの悲しい東日本大震災で人の心を大切にする方向に動き始めようとしていた矢先にこんな話になったことがとても悲しかったです。そして何よりも私たちの仲間が生まれる前にすでに殺されてしまうことを僕はどうしても認めるわけにはいきません。
 僕は両親に障害があるので、世の中の人よりもそのことについていろいろ考えてきたところがあって、僕は障害のある人が障害のある子どもを生むというのは新しい世の中の家族のかたちだと思ってこれまで生きてきました。障害者が健常児を生むのは、もちろんうれしいことですが、障害者が障害者を生むことはもっとうれしいことなのです。なぜなら、障害がある者同士が本当の意味での家族を作ることができるからです。障害者の立場にならないとわからないことですが、障害のある人が障害のある子どもを育てるような世の中が到来すれば、本当に人が人を助け合うことについて、もっと深い考えに到達することができるのではないでしょうか。だから、僕は障害がある子どもはこの世の中にいない方がいいという考えに基づいてなされている今のあの検査には、まったく同意することができません。だから、僕は、一刻も早くあの検査をやめてもらいたいし、今この時もすでに行われようとしている子どもたちの殺人を何とかして止めなければいけないと思っています。
僕たちの思いをきちんと伝えてくれるメディアもほとんどなく、例えば、子どもがこれから生まれるお母さんを映しても子どものことではなく、お母さんの悩みしか語っていなくて、本当に生まれてくる子どものことを聞こうとする人は誰もいませんでした。僕たちにマイクを向けてくれれば、僕たちが生きてどれだけよかったかということを堂々と話すことができるのに、誰も、僕たちのような障害のある者に直接マイクを向けることはしませんでしたね。
でも、僕たちは、本当に生まれてよかったと思っているので、そのことを言わなくてはこの話をきちんと考えることすらできないのではないでしょうか。みんなどこか僕たちは生まれて来ない方がよかったと思っているし、僕たちもどうせ自分たちはこのような体で生まれてきたのだから、不幸だと思っているとしか考えてないのではないでしょうか。そんなことはまったくのまちがいで、僕たちは生まれてきてよかったし、こうして生まれてきて、こんなふうにして、堂々と社会の前で意見を言える存在なのだから、僕たちは、もっと僕たちの存在を社会に訴えるべきだと思っています。
 僕はだから、出生前診断には大反対です。もちろん、障害を持つことで親は自分の時間を奪われていくので、絶対に見たくないという親の気持ちを強制的に生めと言うわけにはいかないけれど、本当に僕たちが生まれてきてよかったと思っているのだから、そのことをふまえた議論をもう一度やり直してもらいたいと思っているし、今生きている僕たちがどんなに苦しんでいるかも考えに入れた上で議論されるべきだと思っています。


2016年7月31日 08時01分 | 記事へ | コメント(0) |
浦島美津恵さん、田所弘二さんの本


 浦島美津恵さんの句歌集と、田所弘二さんの随想集ができました。木曜日にできてきたばかりのものです。

 浦島さんは、この句歌集の準備中の今年3月に急逝されました。
  
  苦しみは理想を繋ぐ糸なれば絹のごとくに苦を愛すなり
  己が意を伝えきれずに過ぎし日々
  出られぬ無わが魂を深めたり
  次の生(しょう)またこの体にて生きたしと

 いわゆる重症心身障害と呼ばれる状況で、ほとんど体を動かすこともできない中、言葉を発することなく28年間を生きてきて、31歳で亡くなるまでの3年間の間に200余りの短歌と俳句を残しました。
 上に紹介したのは、自分の障害にふれたものです。
 今回の相模原の事件で亡くなられた方々は、実は、こうした方々であったということが、まだ、あまりにも知られていません。まっさきにこのことをつきつけたいのは、蛮行を働いた若者に対してですが、また、世の中のすべての人にも訴えたいことです。失われた命がいったいどのような人のいのちだったのか。もっともっと深く考えていただけたらと思っています。
 なお、ともに頒価1000円(送料込み)でお頒けすることができます。ご希望の方は、住所、氏名等を明記の上、以下のアドレスにご一報ください。 

kinkon@hope.zaq.jp

2016年7月31日 07時16分 | 記事へ | コメント(0) |
2016年07月30日(土)
津久井やまゆり園の事件に寄せて
 きんこんの会の中心メンバーの大野剛資さんより、以下の文章をメールでいただきました。そのまま掲載させていただきます。

津久井やまゆり園の事件に寄せて

大野 剛資


 とてもひどい事が起きて、僕は悲しいです。
 なぜ、障がいの重い人達が無残にも傷つけられなければならないのでしょうか?
 痛かったでしょうし、どんなに辛く怖い思いをしたかと思うと犯人を許せません。
 僕は「きんこんの会」や4月30日の「介助つきコミュニケーション研究会」等を通じてかなり多くの人に僕達の考え方や思いが拡がってきたと、内心喜んでいました。7月23日の「介助つきコミュニケーション情報交換会」でも参加者と僕達が心を通わせる交流が出来、僕は本当に嬉しく思っていました。そんな時に津久井やまゆり園で事件が起きてしまいました。
 世間の人達に向かっては、僕達障がい者も年相応の考え方や意見を持っている事を伝えたいです。
 当然、人権も認めてもらいたいし、社会の一員として認めてもらいたいです。
 僕達は、ただ生きているだけではないのです。かけがえのない命を生きているのです。
 今回の悲しい事件を乗り越えて、僕達は今までの活動を続けていく事が犠牲になった人達への鎮魂になると信じています。
(2016年7月29日)
2016年7月30日 10時23分 | 記事へ | コメント(0) |
| 人権侵害 |
2016年07月26日(火)
第2回介助つきコミュニケーション研究会のお知らせ
 第2回介助つきコミュニケーション研究会を11月19日に開催させていただきます。
(一部の方には、9月開催の予定と申し上げましたが、会場の都合等で、この日になりました。)
 
1.日時 2016年11月19日土曜 午後1時〜5時
2.場所 國學院大學横浜たまプラーザキャンパス411教室

 前回はきんこんの会の公開シンポジウムとの2本立てで行いましたが、研究会自体を当事者も主体的に参加することが可能であることがだ1回の経験を経て明らかになりましたので、研究会に1本化することになりました。
 詳細はあらためて後日、告知させていただきます。
2016年7月26日 20時57分 | 記事へ | コメント(0) |
| 大学 |
2016年10月のきんこんの会のお知らせ
 2016年10月のきんこんの会は、10月8日土曜日に下記の通り、開催させていただきます。
 当事者のご希望で今回も非公開というかたちで開かせていただきますので、どうぞご了承ください。当事者やご家族、支援者の方で関心をお持ちの方や、ご質問のある方は、どうぞ、お気軽にご一報ください。
 
 日時 2016年10月8日土曜日 午後2時から5時 
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410教室

 きんこんの会は、コミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けています。
 きんこんの会では大勢で話し合うために、コミュニケーションの援助の方法がたいへんスピードの速いものになっているので、初めてご参加の方には、なかなかわかりにくく、戸惑いを生んでしまうことが少なくありません。
コミュニケーションの方法についてていねいにお伝えするには、できればきんこんの会以外の機会を設定できればと思います。
そのために、きんこんの会の当日、午前中、もしくは1時頃から方法をご説明する時間を設けたり、別の日程を調整して大学に来ていただくなどしております。
 どうぞ、お気軽に、ご一報ください。

 お問い合わせは kinkon@hope.zaq.jp までよろしくお願いいたします。
 
 なお、大変申し訳ございませんが、当日お車でお越しの方は、近隣のコインパーキングをお使いいただけますよう、お願い申し上げます。

 
2016年7月26日 20時51分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
相模原の施設の事件をめぐって
 やまゆり園の残酷な事件が報道された日、曽我晴信さんが研究室を訪れた。そしてパソコンで以下の文章を綴った。

 人生を人を殺傷することに費やす人がいるということが僕には理解できないとはいえ人が憎しみのために人を殺すということはそれでも理解できなくはありません。しかし理想や宗教のために人を殺傷するというのが現在のテロリズムなのでこれは徹底的に考えなくてはいけないことだと思いました。
 そういうことを考えている矢先に障害者施設で事件が起きてしまいました。まだ詳しいことは明らかにはなってはいませんがつらいのは当然ですが理想によって障害者が抹消されたことを僕は重大に考えています。なぜなら僕たちが世の中に存在する価値があるかどうかが問われているからです。
 わずかな希望はこのニュースを語る人も聞く人も失われた命はみな同じだと考えていることはわかったからです。人間は生まれる前の命には違いをつけてしまったけれど生まれたあとの命にはまだ違いをつけていないことがわかったからです。
 わずかな希望ですがもう一度生まれる前の命もまた同じ命だということがわかるきっかけになるかもしれません。

 
 全て明らかになるのは、これからだが、最低限のことを述べておきたい。
 犯人の青年個人だけを見れば、そこに見えてくるのは、きわめて個人的な挫折や抑圧などだろう。しかし、その鬱屈した感情に言葉を与えたのは、社会の無意識、あるいは社会の暗部に存在する思想なのではないか。彼が引き寄せたというのがいいのか彼が引き寄せられたといったらよいのかわからないが、この社会の無意識や暗部に存在する「思想」を明るみに引きずりだして、しっかりと向かい合わなければならない。
 石原慎太郎が重心の施設で「この人たちに人格はあるのか」と問うた時、その言葉をたたいたことはまちがいではないが、この意見に対して、「こういう意味で人格がある」という考えがしっかりと語られないままになってしまったが、結果的に石原の問いはそのまま社会の暗部に消えないまま残り続けてしまった。
 この悲惨な事件が、さらに悲惨なものにならないためにも、亡くなられた方々の真の生きる意味がきちんと語り出されていかなければならない。
2016年7月26日 20時46分 | 記事へ | コメント(0) |
| 大学 |
2016年06月22日(水)
介助つきコミュニケーション研究会 情報交換会のお知らせ
 4月30日に開催した介助つきコミュニケーション研究会をきっかけに情報交換会を行う企画が生まれました。どうぞ、よろしくお願いいたします。
(なお、当日、大学の用事で私(柴田)は参加がかないませんが、ご了承ください。)

2016年6月22日 13時13分 | 記事へ | コメント(0) |
2016年06月06日(月)
東京新聞の記事
 東京新聞の6月4日の朝刊に、4月30日の記事を掲載していただきました。ありがとうございました。

2016年6月6日 19時06分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2016年05月27日(金)
2016年6月のきんこんの会のお知らせ
 2016年6月のきんこんの会は、6月25日土曜日に下記の通り、開催させていただきます。
 当事者のご希望で今回も非公開というかたちで開かせていただきますので、どうぞご了承ください。ご質問等ある方は、お気軽にご一報ください。
 
 日時 2016年6月25日土曜日 午後2時から5時 
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410教室

 きんこんの会は、コミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けています。
 きんこんの会では大勢で話し合うために、コミュニケーションの援助の方法がたいへんスピードの速いものになっているので、初めてご参加の方には、なかなかわかりにくく、戸惑いを生んでしまうことが少なくありません。
コミュニケーションの方法についてていねいにお伝えするには、できればきんこんの会以外の機会を設定できればと思います。
そのために、きんこんの会の当日、午前中、もしくは1時頃から方法をご説明する時間を設けたり、別の日程を調整して大学に来ていただくなどしております。
 どうぞ、お気軽に、ご一報ください。

 お問い合わせは kinkon@hope.zaq.jp までよろしくお願いいたします。
 
 なお、大変申し訳ございませんが、当日お車でお越しの方は、近隣のコインパーキングをお使いいただけますよう、お願い申し上げます。
 
2016年5月27日 20時19分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2016年02月11日(木)
きんこんの会と介助つきコミュニケーション研究会のお知らせ2
 きんこんの会と介助つきコミュニケーション研究会のお知らせのちらしです。

<表>




<裏>
2016年2月11日 22時02分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
きんこんの会&介助つきコミュニケーション研究会のお知らせ
第1回きんこんの会公開シンポジウムと第1回介助つきコミュニケーション研究会を本年4月30日土曜日、國學院大學横浜たまプラーザキャンパスにて下記の通り開催いたします。


きんこんの会公開シンポジウム
介助つきコミュニケーション研究会
平成28年4月30日土曜日 午後1時
國學院大學横浜たまプラーザキャンパス411教室

第T部 午後1時〜午後2時45分
第1回介助つきコミュニケーション研究会
「いのちの声を聞く」
 介助つきコミュニケ―ションとは、手を添えるなどの介助を通して初めてできるコミュニケーションのことを言います。代表的なものは、介助者に手を添えられて文字を書く方法(筆談)と介助者に手を添えられて文字盤を指さす方法、介助者の「あかさたな…」という声に合図を送って文字を選んでいく方法です。
すでに多くの人がこれらの方法で意思の表現が可能になっており、そのことによって当事者の生活は大きな変化を見せています。
 この研究会は、このことを広く世の中に伝えていくことが目的です。

第U部 午後3時〜午後4時45分
第1回きんこんの会公開シンポジウム
「内なる心の叫びを聞いてください」
 きんこんの会は、介助つきコミュニケーションによって当事者が語り合う会として2010年3月に発足しました。当事者自身の会として、司会者も当事者自身が行い、様々な議論を重ねてきました。
これまで言葉すら理解が困難とされてきた当事者が、長い間、内に秘めてきた豊かな言葉と深い思索を、初めて交わし合える場として、まったく新しい場が誕生したのです。
今回は、公開のシンポジウムというかたちで内なる心の叫びを発信していくことにしました。
問い合わせ先
〒225-0003 横浜市青葉区新石川3-22-1國學院大學人間開発学部  柴田保之
 ご参加希望の方は、下記のメールアドレスに、お名前と所属、ご住所を添えてお申し込みください。なお、参加者の概数を把握するためのものですので、お申し込みがなくても当日の参加は可能です。会費は無料です。
 介助つきコミュニケーションや当事者の思いに関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。
 連絡用メールアドレス   kinkon@hope.zaq.jp 
2016年2月11日 20時56分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2015年12月25日(金)
クリスマスに寄せて
 視覚に障害があり、体を自由に動かすことが困難な曽我晴信さんが、クリスマスイブの日、次のような言葉を聞かせてくださいました。(原文はパソコンでひらがなです。)


  クリスマスに寄せて

 なぜ人は争いを止めないのだろうか。私はクリスマスの意味を考えながらその疑問の答えを見つけた。
 人には神を待ち望むというこころがどうしてなのかはわからないが備わっていてそれがクリスマスを生んだのだと思う。
 クリスマスイブの夜は今か今かと神の誕生を待ち望めばそれで心は満たされるけれど理想をなくしてしまうと人間は神を待ち望む気持ちをなくしてただ欲望のままに物を望むようになってしまう。だから争いはなくならないのだ。
 待ち望む気持ちをもう一度取り戻して願いだけを望めば暴力で何かを奪い取ることはいらないだろう。
 分不相応にも人はわざわざ欲望を肥大させることを覚えてしまった。だから欲望のほんとうの姿がわからなくなってしまったのだ。
 欲望のほんとうの姿とは人を恋い神を恋うものなのではなかろうか。
クリスマスの日さえ人は物だけを求めようとするけれどほんとうはみんなでひたすら神を待ち望み祈りを捧げる日なのだからもう一度クリスマスのほんとうの意味を見直してほしい。
                         曽我晴信 
                       12月24日

2015年12月25日 08時24分 | 記事へ | コメント(0) |
| 大学 |
2016(平成28)年1月のきんこんの会のお知らせ
 2016年1月のきんこんの会は、1月23日土曜日に下記のように開催させていただきます。
 当事者のご希望で今回も公開というかたちはとらずにやらせていただきますので、どうぞご了承ください。ご質問等ある方は、お気軽にご一報ください。
 
 日時 2016年1月23日土曜日 午後2時から5時 
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410教室

きんこんの会は、コミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けています。
きんこんの会では大勢で話し合うために、コミュニケーションの援助の方法がたいへんスピードの速いものになっているので、初めてご参加の方には、なかなかわかりにくい、戸惑いを生んでしまうことがあるように思います。
 コミュニケーションの方法についてていねいにお伝えするには、できればきんこんの会以外の機会を設定できればと思います。
 そのために、きんこんの会の当日、午前中、もしくは1時頃から方法をご説明する時間を設けたり、別の日程を調整して大学に来ていただくなどしております。
どうぞ、お気軽に、ご一報ください。

 お問い合わせ先  yshibata@kokugakuin.ac.jp

 なお、大変申し訳ございませんが、当日お車でお越しの方は、近隣のコインパーキングをお使いいただけますよう、お願い申し上げます。
 
 ところで、4月30日土曜日に、きんこんの会の公開シンポジウムを企画しています。詳細は、改めて告知させていただきますが、よろしくお願いいたします。
2015年12月25日 08時17分 | 記事へ | コメント(1) |
| きんこんの会 |
2015年10月20日(火)
2015年11月のきんこんこんの会のお知らせ
 次回のきんこんの会は、2015年11月21日に下記の通り、開催させていただきます。
 
1.日時 2015年11月21日土曜日午後2時から5時
2.場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館2階410番教室

 きんこんの会は障害のある当事者の語り合いの場です。参加につきましては、今回も、参加につきましては、原則として、当事者をおよびその家族、支援者等の方々にさせていただきたいと思います。
 また、きんこんの会では、できるだけ当事者にたくさん話していただくために、速度の速い通訳の方法をとらせていただいています。これは、初めてごらんになる方には、仕組み等がたいへんわかりにくく、こうしたコミュニケーションの援助の方法の理解をかえって妨げてしまうこともあるので、ご相談いただければ幸いです。当日の午前や午後2時までの時間等で対応させていただくことも可能です。
 また、随時、ご相談には、お答えさせていただいておりますので、ご一報いただければ幸いです。

 なお、きんこんの会を公開で行う企画を現在検討中ですが、その際は、「見学」ということではなく、公開のシンポジウムを開催させていただく予定です。
2015年10月20日 00時19分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2015年08月02日(日)
2015年9月 きんこんの会のお知らせ
 次回のきんこんの会は、2015年9月26日に下記の通り、開催させていただきます。
 
1.日時 2015年9月26日土曜日午後2時から5時
2.場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館2階410番教室

 きんこんの会は障害のある当事者の語り合いの場です。参加につきましては、今回も、参加につきましては、原則として、当事者をおよびその家族、支援者等の方々にさせていただきたいと思います。
 今、検討しているのは、公開につきましては、シンポジウム等のかたちをとっていく必要があるのではないかというようなことです。こうしたこともまた、きんこんの会の場で話し合っていきたいと思います。
 また、きんこんの会では、できるだけたくさん話していただくために、高速の通訳の方法をとらせていただいています。これは、初めてごらんになる方には、仕組み等がたいへんわかりにくく、こうしたコミュニケーションの援助の方法の理解をかえって妨げてしまうこともあるので、ご相談いただければ幸いです。
 随時、ご相談には、お答えさせていただいておりますので、ご一報いただければ幸いです。
2015年8月2日 08時40分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2015年06月14日(日)
次回のきんこんの会について 9月以降になります。
 きんこんの会ですが、運営のしかた等で整理すべきことがあって、6月は開催を見送らせていただきました、また、7,8月と大学の学期末と夏期休暇などのことがあり、次回は、9月以降とさせていただくことといたします。
 このブログでの連絡方法もいろいろとご迷惑をおかけしていることと存じます。そうしたことも含めて、少しずつ改善させていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
2015年6月14日 08時42分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2015年05月06日(水)
『沈黙を越えて』の刊行

 『沈黙を越えて』という著作を萬書房から出版させていただきました。前著においては、まだ踏み込めなかった知的障害と言われる人たちのことや、遷延性意識障害と言われる人たちの問題等も論じました。
 私たちの叫びともいえるこうした思いを、少しでも世の中に届けるための一助となれば幸いです。
2015年5月6日 16時41分 | 記事へ | コメント(0) |
2015年03月15日(日)
2015年4月のきんこんの会のお知らせ
 日程の告知が遅れて大変申し訳ございません。年度末の工事等で教室が使えなかったので、3月のきんこんの会は行えませんでしたが、4月のきんこんの会を以下の通り行います。
 
1.日時 2015年4月18日午後2時〜午後5時
  (12時半から部屋を借りてあります。)
2.場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館2F 410教室
 お車でお越しの際は、大変申し訳ございませんが、近隣のコインパーキングをご利用ください。

 きんこんの会は当事者が語り合う会です。当事者自身のご希望で、参加は原則として当事者に限らせていただいております。当事者の方のご参加は自由ですので、特にご連絡をくださらなくても大丈夫ですが、初めての方は、あらかじめご説明等が必要かと思いますので、柴田までご一報いだけると幸いです。
 なお、コミュニケーションの援助の方法等のご相談には別途応じさせていただくことができますので、ご連絡ください。
2015年3月15日 22時20分 | 記事へ | コメント(0) |
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2014年12月22日(月)
きんこんの会声明文の改訂案
 先日、ある集まりの中で、きんこんの会の声明文を聞いた当事者の方から、以下の文章を追加してほしいとの意見が出されました。
 それは、
「もちろん言葉を伝えられずに亡くなった仲間たちも幸せな人生を生きていたことを私たちは知っています。」
 と言う言葉です。それを加えた声明文は次のようになります。次回のきんこんの会で承認されればこれが新しいものとなります。
 この文章が付け加わる理由は、直前の文章で言葉を伝えることなく亡くなっていく仲間についてふれてあり、このことをつけくわえないとその人生がまるで不幸だったとらえる人がいては困るからだということでした。


  きんこんの会 声明文(改訂案)


 私たちはずっと気持ちを表現できないばかりでなく、何もわからないと言われてきた障害者です。私たちはずっと社会の中に生きていながらみんな私たちのそばを私たちに気づくことなく通り過ぎていきました。
 私たちの中には勝手に手が動いたり気持ちをうまく言えなくて違った言葉を口にしている人さえいます。そのことでどれだけ誤解されてきたかわかりません。だから私たちの行動を見て勝手に判断しないでください。私たちの気持ちは行動の奥底に違ったかたちで蓄えられているのでその気持ちにどうか耳を澄ませてください。どうか私たちの声に耳を傾けてください。
 私たちをずっと大切に見守ってくれた人は言葉の有無に限らずにいつもやさしく声をかけてきました。私たちはそんな人たちに支えられて今日があることを知っています。だけど社会はそんな人たちをも無視してきました。
 私たちの悲しさは、本当の声に耳を傾けようとしない社会です。いつかそんな社会は変わるだろうと思ってきましたが、社会は反対の方向に向かって動き始めてしまいました。だからこそ私たちは大きな声を出さなくてはいけません。私たちの声が小さいために生まれてくることができなかった仲間さえいます。だから、一刻の猶予も残されていません。
 まだまだ、言葉を発することなく亡くなっていく仲間たちがたくさんいます。今日もまたどこかで言葉を伝えることなく仲間が亡くなっているかもしれません。だから、私たちの言葉をもっと大きな声で遠くまで伝えたいと思います。もちろん言葉を伝えられずに亡くなった仲間たちも幸せな人生を生きていたことを私たちは知っています。
 私たちの夢は地域で生きていくことです。体にも不安な要素を抱えている仲間は一人暮らしはむずかしいかもしれません。しかし、気持ちの上では地域で一人暮らしをしていると思えるような場所がほしいです。そういう場所があれば私たちの心は自由に地域を生きていることになるのです。
 私たちを支えてくれる人たちへ。どうか私たちの前に出ないでください。私たちの後ろにもいないでください。私たちと共に手を携えてください。私たちの言葉の通訳は、私たちとのそういう関係を土台にしてお願いします。私たちが本当に求めているものは、共に生きてゆく関係です。




2014年12月22日 22時50分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2015年1月のきんこんの会のお知らせ
 2015年最初のきんこんの会は、1月24日土曜日に下記の通り開催させていただきます。当事者のご希望で今回も公開というかたちはとらずにやらせていただきますので、どうぞご了承ください。ご質問等ある方は、お気軽にご一報ください。
 
 日時 2015年1月24日土曜日 午後2時から5時 
 場所 國學院大学たまプラーザキャンパス1号館410教室

 きんこんの会は、コミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けてきました。
 きんこんの会では大勢で話し合うために、コミュニケーションの援助はたいへんスピードの速い方法で行っているので、初めてご参加の方には、どのような方法で相手の言葉を伝えているのか、なかなかわかりにくいことがあるかと思います。コミュニケーションの方法についてていねいにお伝えするには、きんこんの会以外の機会が必要かと思います。そのために、きんこんの会の当日、1時頃から方法をご説明する時間を設けたり、別の日程を調整して大学に来ていただくなどしております。
どうぞ、お気軽に、ご一報ください。

 お問い合わせ先  yshibata@kokugakuin.ac.jp

 なお、大変申し訳ございませんが、当日お車でお越しの方は、近隣のパーキングをお使いいただけますよう、お願い申し上げます。
2014年12月22日 21時44分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2014年10月20日(月)
2014年11月のきんこんの会のお知らせ
 次回のきんこんの会は、2014年11月22日土曜日に下記の通り開催させていただきます。当事者のご希望で今回も公開というかたちはとらずにやらせていただきますので、どうぞご了承ください。
 
 日時 2014年11月22日土曜日 2時から5時 
 場所 國學院大学たまプラーザキャンパス1号館410教室

 きんこんの会は、コミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けてきました。
 きんこんの会では大勢で話し合うために、コミュニケーションの援助はたいへんスピードの速い方法で行っているので、初めてご参加の方には、どのような方法で相手の言葉を通訳しているのか、なかなかわかりにくいことがあるかと思います。コミュニケーションの方法についてゆくりとお伝えするには、きんこんの会以外の機会が必要かと思います。そのために、きんこんの会の当日、1時頃から方法をご説明する時間を設けたり、別の日程を調整して大学に来ていただくなどしております。
 どうぞ、ご一報ください。
2014年10月20日 23時38分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2014年09月16日(火)
Nさんの詩「かあさんへ」 2014年9月7日
 1年前にお母さんをなくしたNさんは、グループホームで暮らしています。おかあさんの遺言は、Nさんが青年学級に通い続けられるようにすることでした。青年学級のあとに、Nさんはこんな詩を綴りました。

  かあさんへ

ぼくはこうして今かあさんの残してくれた
たった一つの贈り物である青年学級にいます
みんな新しい世界へ旅立つために
今一生懸命に翼を整えている
僕もこんな歳になってしまったけれど
新しい世界への旅立ちのために
翼を整えているところです
でも僕が飛び立つ新しい世界は
かあさんのいる
空の上かもしれません
でももうこの世界は変わろうとしています
ようやくぼくたちの世界が生まれようとしています
世の中には出生前診断というような
世界を前に戻すような寂しい流れもありますが
確実に世界は変わろうとしています
翼に身を委ねて
ぼくは新しい世界に旅立とうと思います

2014年9月16日 11時37分 | 記事へ | コメント(0) |
| 青年学級 / ダウン症の当事者 / 出生前診断 |
わずかな目我の轍を意味と知り F君の俳句 2014年9月13日
 肢体不自由の特別支援学校高等部に通うF君の俳句です。

ないをわざとあるといううそ満ちるもの。これはわざとはスタップ細胞のことです。
わがままと元気な子どもに言うなかれ。
わずかなり我らを友と呼ぶ人は。
わだかまり解けることなく二年過ぎ。
小さき目見守るままに我進む。
技はよき知らせを伝え我が俳句。
わずかばかりどうして鷲は若い目か。
二本の轍未来に続く輪よ回れ。
二本の輪ともに理想を貫ぬきて。
技をなくし佇む我はぬかるみに。
わずかな目我の轍を意味と知り。
わずかな手我の車を願い押し。
わずかな日夏の轍を照らしたり。
瑠璃色に輝く轍空映す。
分相応貫き我は理想手に。
わずかな世わずかな希望を人間に。
わずかな分われにはありぬ輪にかけて。
未来こそ我は作りて人間に。
誰一人欠けることなく生受けよ。
よし行けと背中を押せよぬかるみで。
無慈悲な世わずかな光さえ消して。
世も末と夢の果てし日決意せり。
わずかな目瑠璃色の空映しつつ。
忘れないみんな黙らせ決めたこと。
茫然と佇む我ら愚の決定。
みな瞳光なくせり百合枯れる。
疲れた身理想さえなくぬかるみに。
無我になれわだかまりこそ理想ゆく。
わっと泣く心ふさぎて闇深し。
未来にも理想は続く輪のごとく。
よい知らせ届かず日本に理想なく。
分は我にあれど届かず我が理想。
茫然と人間は今未来なく。

2014年9月16日 11時32分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G埼玉2 / 出生前診断 |
Sさん、Kさん、Tさんのそれぞれの思い 2014年6月14日
 施設での虐待のニュース、繰り返し語られる出生前診断のことなど、重苦しい空気に対して、2014年6月14日、ある会で記された三人言葉です。掲載がたいへん遅くなってしまいました。

S.Uさん
 なぜみんな人生を乗り越えないままに施設にも入れられたり忍耐ばかりしなくてはいけないのでしょうか。もう少し早くわかっていたらみんな間に合ったのに残念です。私たちにも人間としての尊厳があるので人間としてがんばりたいです。


K.Fさん
誰にまだ我らを託す世ではなし。
小さき目なぜ摘み取るか濡れた顔。
人間に生まれた子どもとなぜ言わぬ。
分相応馬鹿にするなと僕は立つ。
理想などかなぐり捨てて悲しき世。
人間はわずかな希望さえあればよし。
わずかな手理解する目が我包む。
わだかまり越えてみんなでまなざそう。
ろうそくが消えてまたやみ深まれり。
技をなくし佇む前に光は無。
勇気なく理想を下ろすか我が仲間。
わだかまりなければ希望も湧くものを。
道遠し人皆生まれる時となる。
理想捨てランプも消えて我悶え。
わだかまる罪なら罪をなくすべし。
ろうそくは本気の光なくしたり。
瑠璃色を見せてあげたし生まれない子に。
和よなぜに断たれる人と結ばれる。
和は断たれ残酷な知らせ届き足り。
紫陽花を七色にする雨も散る。
罠ならば落ちぬと身に告げ五月雨に。
罠をなくし私も素直に空見上ぐ。
罠を探し小さな舟を浮かべたり。
わだかまり解かしてあたたかき雨の降る。
わだかまり忘れて私は空仰ぐ。
わずかな目ゆゆしきままに梅雨深し。。

 よい番組を見ました。ダウン症の人がテレビで検査に抗議していました。なぜか笑いを取りながらでしたがとても真剣な気持ちが伝わってきました。うちではみんな感激して見ましたがみんなには伝わったでしょうか。.



T.Eさん

    楽園よ再び

わずかな昔の希望さえ消え去った楽園は
もはや輝きを失って
わずかな未来はもう消え去ったかに見えた
勇気は体中から消え去り
ただこの体だけが自分の前に残った
呼んでも答えは返ってこずに
ただ空しさだけが残った
茫然とした耳に
かすかに昔聞いた希望の歌が聞こえてきた
未来をまた僕は取り戻せそうだ
勇気が再び体に満ちあふれ私は
もう一度楽園に森が戻っていくことを疑わなかった
2014年9月16日 11時06分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G埼玉2 / 出生前診断 / 人権侵害 |
小さくとも瑠璃色の魂ここにあり Sさんの俳句 2014年8月31日
 ダウン症の当事者として繰り返し出生前診断をめぐって告発を続けてきたSさんの俳句です。何度も同じテーマについて作句を続けてきて、内容も繰り返しになってきたけれど、今は、自分の思いが届くまで、俳句を作り続けると語っていました。

なぜに世は私を無視して無に走る。
技も絶え心も絶えて未来なし。
小さくとも瑠璃色の魂ここにあり。
わだかまり誰にぶつけんわが穂何時。
地域にも確実に願い届きたり。
手をとりて無我のままに問う人今度。
ずんずんと積もりたる雪ぶかぶかに。
わずかな夢断たれてなるかと立つ朝(あした)。
わびしき音ろくでもないと聞こえたり。
つらき日々過ごしたる人紅の爪。
私の手むき出すものと知りし朝。
ついに辻曲がりたる世よぬかるみに。
分を知るわれなれど許せぬわだかまり。
小さき世われらを捨てて瓦解せり。
分相応許してなるか没落を。
技は技心は心願う日々。
ランプの火誰に消せようぬいぐるみ。
わずかな夢断たれまいとて武器を取る。
人間の誇りをなぜに捨てる世は。
罠に落ち罠に気づかぬ無下に消し。
理想われ手放すことはない夜よ。
忍耐はいくらでもなすわだかまり。
分相応分に応じてわれ怒る。
小さき火ともりし日はどこ暗き世に。
わざわざに勇気ふるいて世に問いし。
理想なくし漂う世にも希望あり。
勉学は人の幸せ凡庸に。
よい知らせ届くことなく夏の行き。
人間はぬくもりだけを求めるもの。
冒険は胸躍るもの随所にあり。
ミラクルは積み上げたところで開くもの。
忍耐をなくすまで理想途絶えたり。
2014年9月16日 10時58分 | 記事へ | コメント(0) |
| ダウン症の当事者 / 出生前診断 |
2014年08月20日(水)
2014年9月のきんこんの会のお知らせ
 次回のきんこんの会は、2014年の9月27日土曜日に開催いたします。
 当事者のご希望で、今回も、公開のかたちはとらずにやらせていただくことにいたします。
 期日および時間 2014年9月27日土曜午後2時から。
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410教室
 初めて参加される方や、コミュニケーションの方法についてご相談のある方は、事前におっしゃっていただければ、必ずしも十分ではありませんが、開始前の時間等でお時間を作れたらと思っておりますので、よろしくお願いします。
 なお、駐車場に関してですが、大変申し訳ありませんが、近隣のコインパーキング等のご利用をお願いいたします。
 
2014年8月20日 22時28分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2014年07月04日(金)
きんこんの会の声明文 2014年6月21日
   きんこんの会 声明文
                  2014年6月21日

 私たちはずっと気持ちを表現できないばかりでなく、何もわからないと言われてきた障害者です。私たちはずっと社会の中に生きていながらみんな私たちのそばを私たちに気づくことなく通り過ぎていきました。

 私たちの中には勝手に手が動いたり気持ちをうまく言えなくて違った言葉を口にしている人さえいます。そのことでどれだけ誤解されてきたかわかりません。だから私たちの行動を見て勝手に判断しないでください。私たちの気持ちは行動の奥底に違ったかたちで蓄えられているのでその気持ちにどうか耳を澄ませてください。どうか私たちの声に耳を傾けてください。

 
 私たちをずっと大切に見守ってくれた人は言葉の有無に限らずにいつもやさしく声をかけてきました。私たちはそんな人たちに支えられて今日があることを知っています。だけど社会はそんな人たちをも無視してきました。

 私たちの悲しさは、本当の声に耳を傾けようとしない社会です。いつかそんな社会は変わるだろうと思ってきましたが、社会は反対の方向に向かって動き始めてしまいました。だからこそ私たちは大きな声を出さなくてはいけません。私たちの声が小さいために生まれてくることができなかった仲間さえいます。だから、一刻の猶予も残されていません。

 まだまだ、言葉を発することなく亡くなっていく仲間たちがたくさんいます。今日もまたどこかで言葉を伝えることなく仲間が亡くなっているかもしれません。だから、私たちの言葉をもっと大きな声で遠くまで伝えたいと思います。

 私たちの夢は地域で生きていくことです。体にも不安な要素を抱えている仲間は一人暮らしはむずかしいかもしれません。しかし、気持ちの上では地域で一人暮らしをしていると思えるような場所がほしいです。そういう場所があれば私たちの心は自由に地域を生きていることになるのです。

 私たちを支えてくれる人たちへ。どうか私たちの前に出ないでください。私の後ろにもいないでください。私たちと共に手を携えてください。私たちの言葉の通訳は、私たちのそういう関係を土台にしてお願いします。私たちが本当に求めているものは、共に生きてゆく関係です。
2014年7月4日 20時30分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2014年05月25日(日)
尊厳死法案をめぐって 5月24日 
 5月24日、最近国会で議論されている尊厳死法案について、3人の方が意見を述べました。

N.Hさん
 私たちは寝たきりで気持ちも自由に表現できませんが私たちにも尊厳があります。だから尊厳死法案はまちがっています。みんな人間としての尊厳ある生を生きていることを知ってください。私たちはみんなこの体に誇りを持って生きていると思いますからぜったいに尊厳死法案など作らないでください。

A.Kさん
 なぜ私は尊厳死法案に反対かというと僕たちの仲間が尊厳ある人生を生きていることを認めずにもうどうせ何もわからない人間だから生きる価値がないと考えるからです。僕のように体は丈夫なら尊厳死の対象にはなりにくいけれどぬいぐるみのように感じられていて尊厳ある生を生きているとは思われていないのだから結局僕も体が弱ったら尊厳死の対象になってこの世から抹殺されてしまうのです。僕たちはもっともっとわがままに主張しなければなりません。遠慮していたら殺されてしまいます。まだまだ私たちの言葉は受け入れられていませんが小さい道でも強い気持ちで切り開いてゆかなくてはいけません。みんな気持ちをしっかり持って生きているということを理解してもらうと同時に末期の人でも気持ちがしっかりあってただ伝えられないだけだということを理解することなしに法案を議論するのは根本的に間違っています。また人はけっして一人では生きていませんから尊厳ある生は一人のものではなく周りの人とともに作っていくものです。だから最後に意識が失われた瞬間でさえ尊厳ある生が存在しているのです。一人で極楽や天国に行くのではなくて周りの人の中で生き続けるのが死語の生だとするなら尊厳ある生は意識がなくなっても存続しているものです。

T.Oさん
 なぜ尊厳死法がおかしいかというと尊厳ある生には違いがないからです。違いはただまわりの利害だけを問題にする人にとってあるのみなのです。つらいのは恐怖を感じる仲間まで出てきていることです。理解はできていても伝える手段がないという時間を長い間過ごしてきた者として理解していないと思われることのつらさは筆舌に尽くしがたいものがあります。よい方法さえあれば僕たちはみんな普通に話すことができます。おそらく終末期にあって言葉が話せなくなっても人は意識があるはずです。そのこともまだよく確かめられていないはずです。なぜなら世の中はまだ僕らの存在にさえ目を向けていないのですから。

 今、生命観に大きな変化が起きようとしているように思えます。生まれる方では出生前診断、亡くなる方では、臓器移植法や尊厳死法案。
 こうした、コミュニケーションに困難をかかえる当事者の声を、しっかりと届けることが、この議論に一石を投じることになるはずなのですが、まだ、その石がその議論の渦中に届くことがむずかしい段階にあります。しかし、何とかして届けなければいけないと思っています。
2014年5月25日 22時51分 | 記事へ | コメント(0) |
| その他 / 自主G23区1 |
「私は勝ったのだと思います。」 ある女性の最後の言葉
 青年学級の仲間がご逝去されました。先週の日曜日、まさかこんな早い別れが来るとは思わぬままに、彼女の病院をお見舞いしたところでした。何度も、青年学級ではパソコンで気持ちを書くお手伝いをしてきました。
 ベッドサイドで、私がうかがったのは次のような言葉でした。

 なぜ癌になってしまったのでしょうか。私は癌よりも母さんを悲しませたことが悲しかったです。癌は私だけの苦しみなら耐えられるけれど母さんや妹を悲しませるのでつらいです。ずっとそれが言いたかったです。
 分相応の人生を幸せに生きてきましたがもう少しで私の人生は完了しますが私は幸せでした。最後の最後までみんなで私を楽にさせようと来てくれてとてもうれしいです。
 私にはずっと癌を発症するなど考えたこともなかったのではじめは悲しかったけれど何度も大変な病気に勝ってきたからこそ最後に癌になることができたのだと思うと私は勝ったのだと思います。
 なぜみんなと別れなければいけないかと思うと悲しいけど仕方ないですね。
 母さん本当にごめんなさい。もっと恩返しをしたかったけども得できませんね。挽回することは難しいけれど許してください。どうか私は先に行く可能性が高いけれど長生きしてください。
 これで終わります。


 病気のつらさよりもご家族を悲しませることがつらいということ、今癌にかかったということは、これまで幾度も病気を乗り越えてきたから、これは勝利なのだという強い気持ちが、深く胸に伝わってきました。
 パソコンではなく、手でもたくさんの会話をしましたが、私のあの歌をうたってほしいと言われ、ベッドサイドで、彼女の詩から生まれた歌を、歌わせていただきました。

つらいとき空を見上げてみよう
空はきっと聞いてくれる私の気持ちを
願ってみようすみきった空に
空はきっとつらい気持ちを聞いてくれる
希望の空にむかって叫んでみよう
辛抱してきたけど救われたよと
聞いている空はいつも私の心を
聞いているいつも私の願いを
聞いているいつも私の夢を
聞いているいつも私の本当の気持ちを


 心より、ご冥福をお祈りします。
 
2014年5月25日 22時31分 | 記事へ | コメント(0) |
| 青年学級 |
2014年05月17日(土)
2014年6月のきんこんの会のお知らせ
 2014年の6月のきんこんの会について、お知らせします。当事者のご希望で、今回も、公開のかたちはとらずにやらせていただくことにいたします。
 期日 2014年6月21日午後2時から。
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410教室
 初めてお来しの方や、コミュニケーションの方法についてご相談のある方は、事前におっしゃっていただければ、必ずしも十分ではありませんが、開始前の時間等でお時間を作れたらと思っております。
 よろしくお願いします。

2014年5月17日 00時31分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 / 大学 |
2014年03月22日(土)
2014年4月のきんこんの会
 2014年4月のきんこんの会は、4月19日土曜日に行います。
 今回のきんこんの会は、別にご案内しているような事情で、当事者に限らせていただくことといたします。今回は、午前中の練習の会は設けません。
 会場は國學院大學たまプラーザキャンパス、410番教室で2時から始めます。会場は1時から開けてありますので、早めに食事等で部屋をご利用いただいても大丈夫です。
 
 きんこんの会は、当事者自身の会で、当事者の参加はご自由です。
 初めての方もどうぞお気軽においでください。
 なお、初めての方は、説明等も必要かと思いますので、あらかじめメールでご一報いただけるとありがたいです。メールアドレスはプロフィールの欄に記してあります。
 よろしくお願いします。


 
2014年3月22日 00時07分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2014年03月21日(金)
きんこんの会の今後の進め方について
     平成26年4月以降のきんこんの会の進め方について

 先日、きんこんの会の初期の当事者メンバーが集まって、今後のきんこんの会の進め方について議論をしました。この日の会がきんこんの会の正式の意志決定機関ではないので、きんこんの会の中で少しずつ検討していかなければならないのですが、次回のきんこんの会のことについて、次のことが決まりました。

1.次回以降、障害当事者だけのきんこんの会と、それ以外の方にも公開するきんこんの
会とを区別して開催していくこと。
2.4月19日に会場がとれた次回のきんこんの会については、当事者だけのきんこんの会にすること。

 こうした決定に至った理由は、一人でも多くの当事者が参加できるきんこんの会にするためには、見学者がいない時も必要であるということなのですが、これは、実際に見学者がいることで来にくくなっているメンバーがすでにいるということと、新しいメンバーが来たときにゆっくりと話ができる雰囲気や環境が必要だというふうにみんなが考えたからです。
 また、このメンバーの間では、今後の進め方についてもっと具体的な話もなされているけれど、それは、きんこんの会の中で話し合っていくことになっています。

 この決定は、もちろん当事者のみで決めたことですが、私がまとめさせていただきました。
 広く世の中の人に知ってもらう意味で、見学の方を受け入れる会も大変重要だというふうに私も思っています。 
 毎回大勢の方に来ていただいて、たくさん応援をしていただいているので、見学の方に来ていただける回数が減ってしまい、申し訳ありませんが、ご理解いただけたら幸いです。
2014年3月21日 23時50分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2014年02月15日(土)
風疹のこと
 ある会で、ともに盲学校の重複学級に在籍していた二十代の二人の女性が、風疹が原因で障害を持った子どもが生まれたことをめぐる最近の報道をめぐって、次のようなやりとりをしました。

Yさん
 
 気候が不順なのでぶらぶらするのも私は寒くて煩わしくなります。でも日本中が私たちをもういなくてもかまわないかのように言うのでとても悶々としています。人生をまだ十分に楽しめているわけないのでもっと理想を高く持った人たちの中で生きていきたいです。わざと私たちに向かってどうにもしょうがない人たちと言う人もいて私はとても悲しいです。人間としてなぜきちんと生きることが許されないのかとても残念です。
 わずかな希望はいい人たちががんばってくれて私たちを大事にしてくれることですがグループで私たちを排除しようとしているのが悲しいです。
 運命を受け入れるべきなのに生まれる前から生まれないほうがいいなどという人がいるからです。風疹です。私たちの仲間には風疹で目が見えなくなった人もいたから人ごとではありませんでした。
 前からダウン症の人を攻撃していましたがそれがどんどん歯止めがきかなくなってしまいました。
 願いは私たちが金輪際否定されない世の中になることですがなぜみんな逆に向かって走り出したのでしょうか。
 理解できないのは路頭に迷う可能性は誰にもあるはずなのに私たちを否定することはもう路頭に迷う人は生きる価値がないと言っているようなものなのにそのことに誰も気づいていないということです。瑠璃色の未来はもう来ないのでしょうか。
 なつかしいのは震災を悲しんでいた人たちはみんな人間だということをわかっていたのに残念です。


Mさん
 ずっと理解されたいと思っていたので、ずっとわかってもらいたいと思っていたので、せっかくわかってもらえたのだからもっと世の中の人に理解されたいです。小さいころから何もわからないと言われてつらかったけれど、最近はだいぶわかってもらえるようになってよかったけれど、まだまだですね。人間として理解されたいです。
 わずかな希望ですが、疑問はなぜ今Yさんの言ったようなことが起こるのでしょうか。
 風疹のことはつらかったです。理想はなかなかかなわないけれどいつか私たちを理解できる世の中が来ると信じて生きていきましょうね。Yさん。理解できていることが早くわかってもらいたいですね。
 ついにわかってもらえたというどんどん湧き上がる喜びを感じてからずいぶん月日が経ってしまいましたが先生も忙しくなっているようだからよかったです。期待していますからがんばってください。
 分相応の人生には早くさよならをしたいので望みは先生がもっと有名になることですがわかってもらえる人はなかなか増えませんね。
 次のドラマはたぶんろうなんなんにょ(高齢者のことをこう書きました)にも言葉があることがわかる日だと思います。分相応の人生しか与えられていない老人の人たちをわかってあげてほしいです。ずっと前から老人にも普通に意識があるということが私には感じられていたので早く先生のこのスイッチで聞いてあげてほしいです。
 未来はきっと希望に満ちていることでしょう。わざわざつらいことをYさんが書いたのでわたしは明るいことを書きました。


 二人は、盲学校出身者なので、風疹によって視覚障害になるというようなことについて耳にしたことがあったようでした。
 風疹をめぐる話は、ニュースとしては、それほど繰り返し取り上げられたものではありませんでしたが、やはり当事者にとっては、とても看過することのできない問題だったということが、多くの人が今年になってからこのことを話題にすることで明らかになりました。
2014年2月15日 23時00分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主グループ(視覚障害) / 人権侵害 |
2014年3月は、きんこんの会は行いません。
 2014年3月のきんこんの会は行いません。
 通常のペースでしたら2014年3月にきんこんの会を開催するところですが、大学の内装工事が入っていて、広い教室が使えないため、きんこんの会は、3月は行いません。ご予定されていた方々には大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
 4月以降の予定はまた、お知らせいたします。、
2014年2月15日 22時57分 | 記事へ | コメント(0) |
| 大学 / きんこんの会 |
2014年01月28日(火)
つらき技使う時なり
 いつも俳句を作っている中学生の○○君の新年最初の言葉は、いささか重いものでした。

利害を越えて暗き声
わざわざに理解を止めてつらき歴史
誰一人 人間と認めぬ暗き夜
昔から喜びをつくす森の中
昔から喜びを盆からこぼさずと
ランプの火 われを照らせりぼやのごとく
つんざく音 弓のごとくにわれひけり
習い過ぎ忘れてしまう初心かな
つらき技使う時なりボイラーに
つらき技ぬいぐるみなれどわれ動く
つらき技人間になるため使うのみ
つらき技人間になれると翻意せり
人間になる日のために願う技
人間にぼんやりとなる気持ちなし
ろくでなき僕の技なれど使う時
ろくでなき技は貫く翻意せず
人間になる日のために技磨く

 技とは言いたいことを言うということですがぜひまたインターネットで発信したいです。僕はやっと話せるようになったので僕はすぐに認めてもらえると思っていたけれどまったく認められないだけでなく否定までされるのでやっぱりはっきり言わなくてはいけないと思うようになりました。僕のかあさんがなぜいろいろ言われなければならないのかと思うと許せないです。利害などからまないことなのに悔しいです。理想など学校にはないのでしょうか。みんなの意見が聞きたいです。最近いちだんと言う人が出てきました。みんな言葉があるという意見があると言っている学者がいるけどありえないと言っていましたから先生のことですよね。ありがとうございました。やっぱり聞けてよかったです。一人で悶々としていましたから。ほっとしました。でも何とかしたいのでがんばります。人間として認められたいのでかあさんに手をわずらわしてしまうけれど少しずつ伝えたいです。


 学校でなかなか理解がえられない状況についてですが、お母さんと筆談もできている彼は、はっきりと物を言っていくべきだと決意したということのようでした。小学校のあどけない少年にこうした思いをさせなければならないことは、やはり悲しいことですが、この彼の決意を尊重したいと思います。
2014年1月28日 09時31分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G埼玉2 |
風疹をめぐる議論について
 風疹が原因と思われる障害のある20代の男性とご両親にお会いしました。先日、昨年風疹で障害児が生まれた障害児が31人に上るとの報道がありましたが、お母さんはこの記事をため息をつきながらご覧になったとのことでした。お母さんは、息子さんが妊娠中に風疹に感染し、障害の可能性を医師に告げられましたが、宿っている命を消したくないと考え、生むことを決断されました。そして、生まれて障害があることがわかった時、この子を幸せにしてみせると心に決めたそうです。
 息子さんには確かに「重い」と言われる障害があり、気持ちを言葉で表現したのは、この日が初めてですが、両親に感謝していること、母の決断を誇りに思うこと、母の願った通りに幸せに生きていると語りました。
 それでは、お母さんのため息は何だったのでしょうか。それは、31人のお母さんと子どもたちのことです。このお母さんのようにあえて生むことを決断した方もいるだろうし、生まれた子どもたちは豊かな可能性を秘めた一人の人間のはずでしょう。しかし、ニュースはまるでそんなことにはふれることもなく、生まれてきたのは間違いだったかのように語る。どんな思いで、この31人のお母さんは報道に接したのか、そうした思いが深いため息につながったとのことでした。
 こうした報道を見る限りにおいて、社会はこの母親たちを祝福する視点を持ち合わせていないし、この子どもたちを同じ人間として社会に招き入れようとする視点を持ち合わせているようには見えません。これに昨今の出生診断をめぐる社会の風潮を重ねれば、社会はいつのまにか障害者は生まれてこない方がよいという考えや、同じ人間としては認めていないという考えに染め上げられてしまったということが、明らかではないでしょうか。

 また、この日の翌日、町田市の障害者青年学級でも、同様の議論がありました。そこでは、ある自閉症と言われる方が、出生前診断の議論では、生まれる前の命と生まれた後の命を区別して議論しているということが言われていたけれど、風疹のことをめぐる報道で問題になっているのは生まれた命のことなのに、まったく出生前診断の時と同じように生まれてこないほうがよいというような論調なのは、実は、出生前診断の時の議論がいかに偽りだったかがわかるとの意見が出されていました。
2014年1月28日 09時03分 | 記事へ | コメント(0) |
| 人権侵害 / 自主G多摩2 / 出生前診断 |
2013年12月30日(月)
2014年1月のきんこんの会のお知らせ
 2014年の1月のきんこんの会の日程について正式に決まりましたのでお知らせいたします。(内装工事の関係で正式な使用許可が出るのが遅れておりました。)

 日時:2014年1月25日土曜日
 午前11時より コミュニケーションの援助の学習会
 午後2時より きんこんの会
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410番教室

 コミュニケーションの援助の学習会については、障害のある方とのコミュニケーションを必要としている方にその援助の方法をお伝えする場です。
 また、きんこんの会は、当事者の語り合いの場です。
 なお、当日車でおいでの方は、大学の近隣のコインパーキングをご利用くださいますようお願いいたします。
 
 参加はご自由です。
 
2013年12月30日 12時00分 | 記事へ | コメント(0) |
| きんこんの会 |
2013年12月28日(土)
国も滅び現実のみが静かに過ぎてゆく
 心に何か憂鬱なものをかかえた表情のSさんはいきなり、こんな詩を綴りました。

国も滅び現実のみが静かに過ぎてゆく
夢にまで見た世界は遠のくばかり
私は涙も涸れ果てて一人佇む
罪を問い不徳を問うことは意味がない
どうしようもないゆゆしさのみが空しく残る


 そして、次のような説明をくわえたのです。

 つらいのは千葉の施設で虐待があってなくなった人が繰り返されるニュースを通してもだえている様子とともに伝わってきてとても憂鬱な毎日になっています。そのことを詩にしました。とても憂鬱な毎日です。死のそばでつまらぬことばかり語られて許せません。死んだ人が何も分からないから仕方ないという論調が許せません。根本が狂っています。

 たくさんの人がこのできごとを自分の問題としてとらえ、大変な憂慮をしています。
2013年12月28日 00時49分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G23区2 / 人権侵害 |
私はなぜ強度行動障害が起こるかについて身をもって経験してきました。
 知的障害の特別支援学校を卒業して今年二十歳になった女性のOさんが、千葉の施設での事件について語りました。同じ立場の仲間と長い時間をともに過ごしてきただけに、思いは強いものがありました。

 誰からも嫌われる経験は人間として本当に悲しい経験なのですが理想をいくら唱えても現実は何も変わりません。しかしそれだからこそ私たちは訴えていかなくてはいけません。どうにかしてみんなふつうに理解できていることをわかってほしいです。
 敏感な人たちだからこそつらい人生を歩まなくてはならなかったので理想はろうそくに明かりがともるように私たちを受け入れる世の中になってほしいということです。
 私はなぜ強度行動障害が起こるかについて身をもって経験してきました。仲間にそういう人がたくさんいたからですがみんな小さいときはかわいいと言われてよかったのですがだんだん大きくなるにつれ人として見てくれる人以外はどうしてあなたみたいな人がいるのという言葉を投げつけられるようになりだんだん生きる希望をなくしてしまったからです。希望を失うとみんないっそうつらそうな表情になってそれがまた悪循環を生んでしまいます。
 学校にはよい先生がたくさんいましたが人間と認めてくれない先生はなかなか私たちのことがわからなくて強い口調で私たちを責めたりするので私たちもなぜそんなに言われなければならないのだろうとだんだん暗い表情になってしまったのです。
 誰が悪いなどと責めるつもりはありませんがやはりつらいのは仲間なのでこのことはぜひ訴えていきたいです。
 小さな希望かもしれませんがこうして私たちも何とか話せるようになったのですがつらいのはまだこのことが世の中に受け入れられていないことです。何とかして早く理解されないとまた犠牲者が出てしまいます。黙っているわけにはいかないので満願のものを伝えたいです。銀世界がもうここにはあるのにまだそこに入れないでいる仲間を早く救い出したいです。


 
2013年12月28日 00時22分 | 記事へ | コメント(0) |
| 人権侵害 / 自主G23区2 |
僕たちの言葉を認めないのは人権侵害の一つです
遠くから大きな声を出しながら廣瀬岳さんがやってきました。彼は、千葉の施設で起こった事件について、強い怒りをもってやってきたのでした。そして、さっそく、次のような書きました。

 なぜ仲間が亡くならなくてはならなかったかを思っていたら体中に力が入ってしまいました。
 絶対に許せないのは僕たちは何もわかっていないと思われているということです。何もわからないという思いこみがすべての根本にありますからこんなことが起こるのですがいつになったら世の中は変わるのでしょうか。世の中が変わるのを待っていたらまた犠牲者が出てしまいます。
 誰のせいで亡くなったかということは今回は問題ではありません。世の中の考えこそが仲間を殺したのです。僕たちの仲間が亡くなったというのに誰一人それを語らないのはおかしいと思ったので僕はみんなを代表して語りました。
 まだわかってもらえないのでしかたないですがもう二度とこんなことが起こらないようにするためにこれをまたインターネットで発信してください。ぜひよろしくお願いします。
 黙っているわけにはいかないのですがなぜ何もできないのかとても悔しくて夜になると悩んでいました。ようやく言えてどうにか収まりそうですが世の中をどうやったら変えられるのでしょうか。なぜ世の中はどんな人も同じように考えていると言うことに耳を貸してくれないのでしょうか。訴えても訴えても届かないのでつらいです。
 なぜ僕のような意見は認められないのでしょうか。日本中の施設から暴力がなくなってほしいのでどうにかしたいです。
 強いろうそくがほしいです。存分に議論してもらいたいです。
 ぜひ主張してください。僕たちの人権がかかっていますから。
 人権は言葉を持つ持たないには関わりはありませんが僕たちの言葉を認めないのは人権侵害の一つです。
 ぜひどこかに発表してください。よろしくお願いします。人権問題だからどうにかして乗り越えたいです。


 今回の事件で語られていない最大の問題は、亡くなった方もまた、当たり前に言葉を持ち、当たり前の考えを持っていたということに、周囲も世の中も気づいていなかったということである。「人権は言葉を持つ持たないには関わりはありませんが 僕たちの言葉を認めないのは人権侵害の一つです」と語る廣瀬さんの言葉は大変重い。廣瀬さんは重度の肢体不自由のある方だが、もちろん「僕たち」の中には、今回亡くなられたような障害の方も含まれている。
2013年12月28日 00時07分 | 記事へ | コメント(0) |
| 人権侵害 / 自主G23区2 |
2013年12月21日(土)
千葉の施設の事件について
 KさんとOさんが、千葉の施設での事件について意見を交わしました。パソコンを用いずに、意見を交わしあったあと、それぞれ、次のような文章を、きちんと伝えてほしいとのことでまとめました。
 まず、Kさんの文章です。

 ばかにされ命を落とした仲間に変わって僕は言いたい。もっと世の中が進んで僕たちはすべてを理解できていることが理解されたら僕たちは二度とああいう悲劇に巻き込まれずにすむだろう。誰が悪いという議論ばかりする前にまだみんなきちんと理解できているにもかかわらずただろうそくを灯すことができないでいることが問題なのだ。どうしても体がうまくコントロールできずにいたり勝手に体が動いたりしているという事実を世の中の人が理解しない限りこうした悲劇は繰り返されるだろう。

 次にOさんの文章です。

 人間はどうしてもその方向に行きやすいから、管理者が常に仕事場にいて虐待は許さないと言い続ける必要がある。いつも仕事場にいなくてお教育していくシステムがいると思います。虐待している人もどうしていいかわからないで困っていて助けてほしいと思うから、相談にのってあげて、こうした方がいいよと伝える役目の人が必要だと思います。教育の場にもこうした方がいいよと助言する氷魚がくるけど、そういう施設はむずかしいから助言してほしいと僕は思います。大野君はどう思っているか聞いてみてください。

 Oさんは、自分たちのような重度の肢体不自由のある者は、けっして今回のような目に合うことはないけれど、そういう処遇を受けそうなメンバーときんこんの会で会うようになって、こうした事件が前よりもいっそう自分たちの問題だと思えるようになったと語っていました。

 
2013年12月21日 20時55分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G23区1 / 人権侵害 |
託された一枚の文章
 ある会で、Oさんから一枚の紙に書かれた文章を渡されました。それはこのようなものです。私と書いたものではなく、家で援助による筆談によって用意してきた文章です。そしてブログに掲載してほしいと頼まれました。 

 きんこんの会について、柴田先生に伝えたいことがあります。
 どこの誰かは知りませんが、ネットで柴田先生のことを否定してひどいことを書いている人がいます。
 僕は柴田先生のおかげで今の自分があります。その人はきんこんの会にあら探しにくるのでしょうが、僕たちの夢を壊すのはやめてほしいです。僕は当事者でもない人にそんなことをされたくはありません。おおやけにするのではなく、自分で勝手に思っていればいいのです。
柴田先生の方法でたくさんの人が救われています。僕はその方法を広げたいと思い、仲間たちといっしょに「支援講座」を立ち上げました。今度は、柴田先生の方法が正しいことを僕たち当事者が証明する番です。
きんこんの会に来た上で僕たちのコミュニケーションの方法を誹謗中傷するのは、許せないことです。当事者の人格を否定することであり、傷つけることになることを理解してほしいです。


 私は、今、正直なところこうした場でどのような意見を述べるのがのかわからずにいます。しかし、私は仮に私の方法が偽りだと言われても、いかがわしい人間としての人格は最低限認められているわけですが、当事者の場合は、そこに語っている人格が認められていないことになるので、この言葉を載せてもらいたいとの意見は痛いほどわかりました。
 2013年も終わりに近づきました。私に課せられているのは、前に向かっていくということだけはまちがいないと思っています。
2013年12月21日 20時28分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G23区1 |
2013年12月19日(木)
改めて出生前診断のこと
 12月1日の青年学級の朝の集いの最後に、Y.Iさんが発言を求めました。昨年たくさん話し合ってきた出生前診断で、ついに検査が始まり、子どもを生まない選択をした人たちが大変多いというニュースについてみんなはどう思っているか、ということでした。
すると、ダウン症の本人であるH.Kさんから、「みんなが私たちのことについて考えてくれるのはうれしいけど、やっぱり悲しい」、また、M.Mさんからは、「昨年話したことが届かず悲しい。でも、今までもしっかり議論してきたから、これからも考え続けていかなければ、という思いはみんなも一緒ですね」という意見が出されました。みんなもちろん思いは同じで、後は、それぞれのコースで話し合おうということになりました。
 そして、私のコースでは、朝の集いでも発言したH.Kさんが、私がこれから気持ちを言うのでそれを1番の歌詞にしてほしいということ、そして、同じコースのダウン症当事者であるT.Mさんに、ぜひ2番の歌詞につながる言葉を言ってほしいということを語りました。そして、語られた言葉が以下のものです。

まず、H.Kさんの言葉です。

私は生まれてきてよかったです
私はしあわせな経験をしてきた
たくさんの仲間に出会い
たくさんの夢を持ち
たくさんの仲間に受け入れてもらいました
私の人生は小さい時から施設ぐらしで
見た目には悲しい人生に見えるかもしれませんが
私にとってはかけがえのない人生でしたから
この喜びをこれから生まれてくる
ダウン症の子どもたちに伝えたい
 

次にT.Mさんの言葉です。

私のいのちは私だけのものではなく
私のいのちはみんなのいのち
わたしのいのちを与えてくれた
母さんのいのちをとひとつのいのち
よいいのちと悪いいのちをわけるなら
いのちはいのちでなくなってしまう
いのちはひとつにつながって
大きなひとつのいのちだから
私はいのちをそまつにしたくない
わたしのいのちはみんなのいのち
ひとつのいのちはわけられない


 ふだんこうしたことを語ることのない穏やかな二人が懸命に語った言葉でした。そして、この歌詞で歌を作ることに決まりました。

2013年12月19日 23時02分 | 記事へ | コメント(0) |
| 出生前診断 / 青年学級 / ダウン症の当事者 |
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