2010年12月末。
2011年を占うワークショップに参加した。
その時のキーワードが「波」だった。
『波といえば皆さん、どんなものを思い浮かべますか?』が最初の質問だった。
イメージワークの一環で皆色々言っていたが、私が即座に浮かんだのは「荒波」だった。
その後の質問で、その波はどんなで、どこから来るのか、自分が起こすのか起きたものに飲まれるのか受けるのか…などなど、
自分のイメージした波のイメージを深める作業を行っていった。
「2011年の波はどんなですか?」という質問だったかもしれない。
わたしが思い浮かべたのは
大地震が来る前の、海の水がみんな引いてしまった遠くまで海底が丸見えの海。
そして来る波は「地平線いっぱいの津波」。
言葉に出たのは「地震波」だった。
イメージは未来少年コナンばりの津波。
いくら大好きなアニメだからといって、わたしも成長しとらんのぉ…と思っていたが、
このたびの地震で腑に落ちた。
夢予知は時々やってくる。
どこからか知らせてくれているのだろう。
役に立つわけではないけれど、自分のアンテナが錆びきっていないことは確認できる。
東の方に住まう友人達はみな無事だった。
ありがたい。
あの瞬間、わたしはお店のストックにいた。
高層ビルの真ん中辺でぐるぐる揺れを感じながらクリーニングをし、冷静にここを出た方がいいのか、
それとも居た方がいいのか?
どちらにしても死ぬ時はビルの瓦礫の中だな…と間抜けなことを考えてふつうに行動していたら、
「早く出て!」
とマネージャーが慌てて飛んできた。
その後店頭に戻ったら、お客さんは肝を冷やして腰を抜かしかけていた。
ディスプレイのペリエの瓶が割れてやしないかと心配したが無事だった。
阪神淡路の大震災を経験しているから、みんな一瞬記憶が甦ったのではないだろうか。
隣のお店の人は、気分が悪くなったと言っていた。
15分以上後で地震についてのアナウンスが間抜けなタイミングで入り、
訓練していても成果なしを思い知る。
あれほどの揺れを感じたにもか拘わらず、震度4を超えなかった為エスカレーターは動き続けていた。
わたしは地震を感じた瞬間からクリーニングをしつづけたが、長い間背中に感じたヒヤリとした感覚は中々消えなかった。
それでもクリーニングを知っていて良かったと思う。
瞬間、瞬間クリーニング。
全てに平和を。
|