ニックネーム:toripunk
2016年05月22日(日)
鳥パンク
アンノちゃんのソワレ(木屋町の純喫茶)時代の後輩りさりさちゃんの結婚パーティーで頼まれて、鳥パンクのライブをやった。
会場になったライブスペースアバンギルドは昔のニーネのライブを見に行って、2度目、わたしもニーネのいたところで歌ったのだった。(イメージではDJブースなどあればうしろでこっそりと、曲かかってるけど気付いたら歌ってる人がいたわ、くらいでやる感じだったのに、結局ステージでお客さん真正面でやった。)

パーティーに来て欲しい、そして、出来れば鳥をやってくれたら嬉しい、と聞いたのが、3月ぐらいだったかなあ。当初はアンノちゃんがバイオリンやラッパで、お友達のロックギター弾きの人もちょうど来るし、なんか出来んじゃないのという感じで、あーうん、じゃあ出来るかな、いいよ、と話してた。にしても、去年アンノ+アーノくんとジョー・ストラマーの曲中心でライブイベントやろうと練習するも案の定頓挫したことがあったし、次になんかやろうと言ったからにはちゃんと形にするぜ、友達とかにもやるやる詐欺になっちゃう、と思って、「わたしがトラック作って、上ものっぽく他の楽器のっけるスタイル」を目指しトラック作りスタート、スタートしたままぎりぎりまでかかって、結局ひとりカラオケでやることになったのだけど。
昔CD作ったときは、わたしのカセットMTRからエンジニアがPCでデジタルに移しなおして編集、レーベル先で歌や楽器など追加録音、とやったから、わたしは元のカセット音源以外、トラックデータをいっさい手元に持っていない。(アンノちゃんやりさりさちゃんは、わたしがそれを持っているから簡単にカラオケライブ出来るんじゃないかと思っていたらしい。こんなに本気の準備をしてくれると思わなかった!と後で恐縮された。)既存曲も含めて3曲、DTMとゆうの?パソコンの音楽ソフトでいちから作りなおした。これが、慣れなくて、難しくて、腰も悪いし、季節も日々暑くなって、いーらいーら、わっからん!!、とあたまガリガリ掻きながら、時間かかった。ふう!
でも、新しい曲を準備して過ごす間、友達や家族や「鳥パンクやるんや!新しい曲聴きたい!」と方々言ってくれたり、作りながらなにかなつかしい思いがしたり、楽しかった。毎日会社で仕事しながら、作りかけの曲が頭でリピート再生されていた。

さっきアンノちゃんがライブの感想とか録音音源とかのメールをくれて、「(昨日)鳥パンク知らなくて初めて聴いても好きと思う」と書いてあってうれしい!会場録音を聴くと、(歌いながらも思っててもなおせなかったんだけど)声はらずに歌う方が合う曲でも声はってたとか、もっとこうしたら素敵かった、というのはあって、しかしお祝いムードもあってやさしいお客さんたち大いに盛り上がってくれて、oiコールなども勝手にたちあがって(アイドルのライブみたい)予想外の良い雰囲気で良かった。花嫁りさりさちゃんも楽しそうに踊ってくれていた。
新しく作った曲なんて、誰も知らないのにね。わたしが作って、今はあるけど、無かったのに、あんなとこで、並べて、おかしいね。
なにか、面白いものだった。
ありがとう。


終わって、新郎新婦の友人たちは3次会へと流れていった。わたしたちはちょっと毛色のちがう(年齢層も)参加者ですから、おいとまして、カラオケに行った。現場で写真とってた結婚式カメラマンのサトくんも打ちとけて、一緒に行った。サトくんは若いけど、もっと若いちょっと前まで大手レコード会社と契約してるシンガーソングライターだったそうで、いつものアンノ、コトちゃん、鳥カラオケに新風をふきこんだ。裏声を駆使した美空ひばりとかマイケル・ジャクソンとか。アンノちゃんはDJの流れのままボウイやプリンスを、コトちゃんはセーラームーンの歌、わたしはだるそうに真似たコートニー・ラブとか歌ってみた。サトくんレコーディングに詳しいからまた機材のこととか教えてくれるって、ラッキー。
我々の3次会も愉快だった。


無事、終わったよ。
2016-05-22 17:03 | 記事へ |
2016年03月05日(土)
みんな矢印だ
字を書いた方がいい、という話をしている。昼休み。春っぽいひざしになった、ベンチで髪の毛も光にすける。
いろんなことは変わるし、どんどん歳をとってついていけない風に(あるいはついて行くも行かぬも自分はもう終わった走らないのりもののような不参加感)思うこともあるけど、実はそうではないの。たとえば、2000年に自分はいたけど、2016年にはもう存在していないということはなくて、新調更新される服は着ていないまでも直近3ヶ月前に食べたもので出来たからだでここにおります。新しい表現を産み出すエンジンはないかも知れないが(そんなもの誰が宣告出来るものか知らんが)今思うことを口に出して話して考えて笑っている(アーカイブズではなくライブチャンネル)。
新しい友人は、ショートカットがかわいくて、正直で好き。つけまつげがばさばさ大きく動く、考え考え話すところが好きだなあ。そんなにまだ、よく知らないけど、もうじゅうぶんに良い味がする時間だ。神様はいましょう、と言わないなら、幸運はありましょう、新しい友人はときどきちゃんと与えられる。

男の人のことはほとんど何か知らないけど、女の友人たちは花のようだ。咲いたり、ひらひら舞ったり、良い香りがしたり、生きた美しいものだ。妊婦さんになった人、新しい暮らしにふみ出す人、次々あふれる関心事に動き回る人、すぐれない体調と付き合いながらもいつもやさしく面白い人。
自嘲も諦念虚無も入り居る余地なし、本当はこのように実際に今日わたしはいなくない、光りをあびる有機体の矢印の形なのではないか。

言ってろ言ってろ、作家とか、世界とかなんやかや、言う言うし言ってろ言ってろ。味の素みたいな巧みとかのこと。ことの肝はここよ、このからだのあるとこ骨付きリブくらいそばの真ん中に近いとこだからね。そこで発生したり巻き起こる現実の、たぶんそういう気持ちで、誰かとベンチにも座れてる、座れてる友人と自分と思うとこに、機能したフィルターセンサーはありましょう。普通っぽくて特別だね、今だにね、良かったね、これは「良かったね」の方だね。青春風がつづくことを半分嘆く人もいるし、かといってそうじゃない方にしたってどの程そうじゃないかなんてわからない。
青春風の味はする、季節の強い味だって感情揺さぶる味だってどうせ今だって投下されてくる浮遊してくる。
けっこうじゃねえの。アッハッハ。どっちの味方でもない、矢印は矢印の方を見ているのだから。更新されてゆく外野も良き舞台美術のよう、感動させられて、肌触って行かせられたら、そういうのならだいぶ良い。

有給消化、というので10日のお休み、旅の段取りがなかなか進まなくて、「字を書いた方がいい潮流」もあるし、脱線してこれを書きました。
やばいな、はやく決めなくちゃ。飛行機しかとってない。もう7時。
2016-03-05 19:00 | 記事へ |
2015年10月26日(月)
スタンプラリー / スターが町に
BBSに書きかけたけどちょっと直して日記の方にしょう。(最初文章BBSぽくてだんだん日記ぽい)

先週は心斎橋でニーネのワンマンだった。
すごい良かった。
ライブハウスの入ってるビルは、なんかの映画どっかの国の「スラムにある雑居ビル風情」であやしくてだいぶ面白くて(やたら「会員制」という札のかかる一坪バーみたいなのがぎゅうぎゅうひしめいて入ってる、学祭みたいでもある)、そこで新しい友人が出来たり、その人が先日のビートたけしの件で大盛り上がり出来る人だったのも愉快だった。
ニーネはいいな、ニーネを好きだな、人生はスタンプラリーのようで、わたしはわたしのアンテナにひっかかるわたしの必要なわたしのいいと思うものをスタンプ帳に集めながら生きて来てほらこのスタンプたちが並ぶわたしの人生、ニーネのスタンプはおされている。わたしのスタンプ帳にはニーネがおしてある。とか思って見てた。


その前の週はジットクで、アンノちゃんやシワさんの友人のヨシダショウネンさんの月イベントのゲストがあがた森魚さんですよというので会社上がりにぱたぱた出かけて、中学から聴くあがたさんですのに初めてライブを聴いた。何か感慨深かった。
終演後、あがたさんとお話する機会があって、最初はちょっとだけ控えめにとどめたのだけど、だんだんみんなに見守られながら、あがたさんの音楽をどういうふうに聴いてきたか、高校のとき歌詞カードを下敷き(手帳だったかも知れない)に入れて飾ったりそれをマネして部活の新入生勧誘チラシを作って配ったこと、毎年春には春の嵐の夜の手品師を熱心に歌うことなんかをダダダダダとマシンガンで喋ったのだった。あがたさんはうなづきながら静かに聞いていたけど、あ、是非写真をとりましょうかとあがたさんからいって皆で写真をとったり後でシワさんがあがたさんブログにジットクでのこと書いてたよと言って、あがたさんもそういういろいろの雑談やなんやかやその晩を味わっておられたようで、中学生のわたしとそれ以降に冒険を重ねて年をとったわたしがぐるっとして手をつなぎました。
あがたさんはずっとぼうっとした感じにうなづいていた。


そして昨日はまた心斎橋で、のうしんとうの出るイベントがあった。
これも、とても面白かった、出たバンドどれも良くて。B玉という若者たちのパンクロックバンドが面白かった。ハードコアみたいな速い激しいパンクロックがかっこよく振り切っていて、しかしぽつぽつJロックみたいなメロディックな歌もの曲がさしこまれる。わたしそれよりハードコアっぽいやつが好きだった。なんか、いいと思った、あの、なりきってて、ふりきってて、バンドっていっぱいあるけどそういうのってなかなか意外にないんじゃないかと思った。みんな、普段はこうで、でライブのときはこうです、みたいのとか、なんかあこがれの形があって、そういうカテゴリをやってます、みたいな嘘っぽいあこがれっぽいやつがだいたい多いと思ってる気がする、普段微笑んでいろいろ見ながらもそらぞらしいものの多いこと、と世界について思っている。気がした。そういうのでこのバンドはそうでないキラリ感があってかっこよかった。ナイーヴじゃない純粋さは良いなあと思った。わんぱくでキラッとして。
そうやって、良いバンドがたくさん出た。火影(ほかげ)というそのライブハウスもかなり面白いつくり、センス良いイベントだった。センスキラリ。
のうしんとうは長いイベントの最後の大とりで、もうその頃には、ステージと客側の段差とか境のないつくりの火影は子供の砂場みたいな演者聴き手いっしょになったような混沌さがあって、やれおりかさなってでんぐりがえりのような形になった人たちやら、空中遊泳のようにひらひら組み合わさって動き回る人、いつのまにかブラジャーになって跳ねている人とか、実験音楽会、現代美術作品みたいになっていた。(ここドラム要るわー誰かたたけるやつおらん?はーい!じゃあそっちマイク誰かなんかやれー、みたいな感じ。)
そうだ、わたしはその日の朝、気功・太極拳教室に行っていたのでからだの奥からほぐれてぐにゃぐにゃになって、しかもその後昼寝した寝起きで電車のって出かけたので(電車で文脈がわざと乱暴になった世界の町田康小説を読んでたのものうみそをゆすった)もうなんか着いて缶ビール飲んだら、本当にほぐれていろんな形になれるようだった。
そうやって、リラックスしてイベントを見ていたら、どんどん時間おして、終電?はあ?ていうかあなた帰る気だったの?みたいな時間になってしまう。もう、なってしまうだろうから、鳥はのうしんとうの車に乗ってったらいいから送るから、と、言われていた。大阪から、京都まで送ってくれるって!

わたし、のうしんとう号で前に、兄弟に晩、送ってもらったことがあった。名古屋のライブのとき、宿まで。はるくんが運転して、たけさんが後ろ席から乗り出してラジカセのボリューム・ストップ・再生ボタンだけでDJをしてくれた。ボガンボスの「俺たちゃ、車飛ばしてー、海の見える方へー、へへいへい」みたいね!と言いながら、夜のドライブはとてもかわいくて、たのしかった。コンビニとコンビニをつなぎながら走るのである。みんなおしっこちかいから。
ことがあった。

みたいだった。今度は、フルメンバーのフルセットののうしんとうまるごとが、わたしん家まで運び届けてくれるという。へへい、へい。やぎさんだけが、ハイテク、すまほを持っていて、あとは全員ガラケーです。フィーチャーフォンですフリップフォンです(Flip phone、Ankidroidで覚えた)。それをナビにして、京都まで走った。いろんな話をして、みんなが歌ってたりぐーすか眠ったりかと思うと起きてたり、夜の高速を走って、東寺の五重塔まっくろいの横目、堀川通をするする、わたしの生活圏へフルメンバーのフルセットごと走って行った。くねくね、山道を行った、青いキラッとした看板をきゅっと坂上がって、あのよく光る街灯の下でとめて下さい。
真夜中中の真夜中、そうやって、のうしんとうがうちの前に到着したのだった。
のうしんとうが、うちの前。スターが、我が町へ、楽団が楽器ごと、来た。

Uターンして名古屋へ帰ってく、車のお尻を見送りながら、今日一日はほわほわの夢のようだったわね、と思った。ドアあけたらすぐ猫がニャーとか言うし、どこでもドアですぐの一瞬にほいと日常に置き戻されたような感じだった。あるいは、はらひー・はりほー、とスーパーマリオ3の笛ふいたら貝がさらいに来て別の面のコマに置いていかれるみたいなね。
あたたかく、夢心地で愉快だった。あの人たちを好きなんだ。


面白かった。
ユニークだった。
よく遊んだ。
知らない人に髪型とか褒められた。
そしてまた、月曜日だね。寝よう。
2015-10-26 00:56 | 記事へ |
2014年12月29日(月)
この世のむこう

世界には、ぐっとめくってくぐりぬけたら、夢の世界みたいになってるところがある。
街の中にも、山や森にもある。

去年カナダで、湖を小舟にのって、八方なにも見えない霧の中、空のオーロラだけがめらめらして、このまま舟はこの世とちがう世界に行くんじゃないかな、と思ってた。

そんな非日常の場所へ旅しない場合でも、鳥居の向こうやデパートの屋上や川の中州のところでも見つけたこともある。
現象のように移動性のやつが通り抜けて行く場合や自分が通り抜ける場合もあるし、音楽や絵に入り口してある場合もあるけどそれはまたそれで、
わたし、昨日、すごくいいやつをくぐった。すごい、いいやつ、うそみたいなカード、知らない面と接触した、世界の。

それは、夜の山の中で、電気もないなんだかかすんだ闇の中をずっと歩いていって、地面はなんだか濡れていて闇の中なのにちらっ、ちらっと光る。それは、丘の上からの山道だから、丘のずっと下裾野の街灯りが背中から守るようにわたしたちを押し上げるからだ、変なカップルのわたしたちは変な歩き方のまま横揺れみたいに、タラーン、タラーン、と遠心力使いながら山道を登っていった。ああ、これはあの世っぽいね、うん、これはこの世ではないかもー。ぱきぱきと動物が何か踏むよな音もしてた。空も、かすみ。沢を辿っているのである。沢の音がかっこいいのだ、こんなしんとした真っ暗の中、有機的、予断なくエッヂたって響く。それに、ぼうっと光るし。
登るごとに、より暗くなるし、くねった道なはずだけど、本当かな?と居場所歩き場所がわからなくなってきた頃、(あっ)、と隣が反応したので、(えっ)とその予想もしなかった方角にふりむいたら、

高いところ唐突な、水柱


ぎゃあ(背中がぞくっぶるっとした)


ぞくっとなって、怖いような、闇の中に高い水柱は、夜の滝。白くて、まっすぐの、そいつだけで存在してるみたいな水柱で、今までいなかったくせに、突然召還されて出て来たみたいな感じだった。
ああ、これかあ。




なんて面白いんでしょう。
ああ、見飽きない。
どんどん落ちて来るどうして無くならないんだこんなに落ちて来てまだ。



(位置関係、浮揚。黒色の中白い水柱と人間2人は今縦か斜めか逆さかそれ以外の部分は一体何?消された光か音かゼリーか?面白面白。)

そして、またかすみと闇を抜けて下界へ帰る。手をとりあって下りて来る。この世にちゃんといっしょに戻ってくる。へらへらと笑っている、あーあ、面白い遊びだった。
それでもっと下界へ下りて、焼き鳥の串カランカラン、日の出だいこんて何かなあ?


そんな遊びをした、暮れ。
2014-12-29 02:19 | 記事へ |
2014年09月27日(土)
9月終、漫画スキップ
がんばってるつもりだけど、一所懸命生きてる、とこの口今言えるかと言うと、グ、と詰まりましょう。
100%じゃないことは言えない口おおよそ。て話についてドーナツやで話し込んだりもしたけれど、あれは8月か、9月だったか。(みんなは70%くらいでそれと判定し言うと言っていたわ、それ以外に与えられるカテゴリや名前が無いからと。)
そうやって秋、あきあきあき腰痛なおったらいいなーと青竹の香りのお風呂を沸かして昼間に入るぜいたく、もうじき10月。

「新しい物を摂取して外の風の中、前へ歩いている人のようでやる」、というんで、散財、散財。
わたしの散財というのは貧乏性で人に話して「は。しょぼ。」みたいに笑われてしまったことがありあまり言葉使用に胸はって「いやあ、近頃散財気味でさあ」となんか言えない感じもあるけど、毎日まんが買ったりする。それも、2冊も買ったりする。ぎゃああ、とかまととぶりっこにうめくのではございあせん、まいにち買ったら月おいくらだ、2万円ちかくするじゃないか。でも、実はやっぱり連続どんどん毎日買っているわけではないので、そんなにしない。結局靴とか、シャツとか、どんどん指先を破いてしまうストッキングとか、買って嬉しいものじゃないのに仕事でいるようなものばっかな気がしてなんかつまらなく、経費で出ろ〜、と呪ったりもするがみんなこうやっているのかと地上の苦労を知るのです。体験学習です、天に帰ったら報告しようね。

まんがはたのしいな!アマゾンで注文して、日ごと届いたりすると、日々は簡易的にうるおう。帰ったら、東京怪童2巻!とか思う。で、その前帰宅中に宝石の国3巻!とかもやる。市川春子さんは、ネットでちいさこべえ見てたらおすすめに上がって来た。おやそういえばと松本大洋さん講演会行ったときのノートみたら、大洋さんの好きな作家にあがってた人だった。なんか、大島弓子みたいな、懐かしくて変わった感じのまんがだった、天才大島弓子とかびっくりする設定は本当にびっくりするけど、びっくりする準備が出来ているせいか接し方の要領を得ている自分に気付く。春子さんにも慣れてきた。
新しいお話が次々、作家さんありがとうぜいたくに、たのしい。物が増えるの目をつぶったら、麻痺。


土曜日、テレビ見ながらのメモ

わたしは本当のオーロラを見ました
(加藤登紀子のステージのセットでnhkぽいオーロラの飾りが下りて来てきれいだった)

人間は体を布で包むのです猫や 
(靴下や羽織ものなくてはひやりとして、肌の出てるところに当てる布を探してふさぐのである。傍らで、猫は裸!昔はそのからだ一丁財産無しをすごいと思ったものだが、猫は我々の毛布やらストーブやらお皿を使うのであって、別にすごくもないと気付きました。)

雨の日の傘 
(しばらく前、憂鬱で大変苛ついた雨の日、駅から本屋まで傘をささず短距離の自暴自棄をやっていたら、当たり前に誰もそれを気にしやしない中、ひとりやってきて傘をくれようとした人があって、突然で驚いた反応しか出来ず、後でじわっと後悔したのだった。物憂さ苛つきに、その人の申し出がいかに効いたか、ありがとうという反応ではなく驚きしか見せられなかったことに。)

便秘とロケット鉛筆

おお、

晩ご飯の支度に行かねば。
9月最後の土曜日、献立はさばみりん干し、出し巻き、小松菜おひたし、お味噌汁、和食オーソドックス旨そう旨そう。
2014-09-27 23:05 | 記事へ |
2014年05月17日(土)
動くひと形、5月

7、8センチの縦長、緑のカエルが誰かの壁にへばりついていて、しばらく一緒にいる夜。なかなかの存在感に引きつけられて、目がしゅぅとすぼまったりするの面白く鼻ふんふん小さく楽しんでいた。
いっこいっこが、案外面白いの。草とかごみとかバスとか光りとかなんでも。
案外すこんとしてるんだろか。だろかな。

知ってるのと解れてなくてまだひらひらやってるのと、しかし紙ふぶきのように、まあ軽い風だ。あるいは軽い風だ。
軽いばかりにも良しはないけど、重いからだでめりこんでいるよりは良いではないの。
単純であるの。
きれい、面白い、やわらかい、まるい、ざらざらする、ゆがんでいる、すべすべ、つよい、にがい、水が入っている、大勢の人、高い、近い、速い、ビビッド、いっこいっこを単純に集めているようだ。慣れない人だとか、旅のようで、軽い。
あの猫まるまったとき直径28センチくらいやろと見るつど思っていて、ちょっと実際はかってみるかと定規でやったら、ぴったり28センチで、ほっほほ!と得意顔をするのだった!ぴったり、ぴったりなのよ!


こないだ東京に行って見てたいろんな景色もいっぱい入った。カメラもう撮らなくなったけど(留学前あたらしいデジカメ買ったときしばらく写してた)、景色の自分への入れ方ちょっとやり方出来たのかなあ、上手に入るように思う。ビルの高いふきぬけのとことか良かったな。友達の高めのヒールサンダルの足もととか、バラの鉄製円柱のたなとか、くねった道やら暗いロビーやら、撮影監督いい画をあつめました。人生は映画じゃの、遊びの。

あ、なんかパイみたいな層になったやつ食べたい。(たった今)


そやねん、メールもいっぱい、手紙とかも、いっぱいとまってて書かなあかんねん。あかんっていうか、ずっとやりかけで、飛ばしたいなあ。 バサッ! と 伝書鳩放つように! 
まずはぜひ書き上げて。
鳩、 ジャームッシュのゴーストドッグ好きだなあ。


紅茶も飲みたい 店じまいだ さよならパジャマだ。


あー あんのちゃんに貸してもらった ルーリー、音楽すごくかっこいいねえ!!! わあ! はは!
2014-05-17 11:33 | 記事へ |
2014年01月24日(金)
台所とブルックリン(NY) / 恋愛小説を読む(JPN)
さて帰国から1ヶ月、求人を見るばかりでまだ仕事もしてないし毎日ふらぁとしていて、いい加減新しい暮らしをやりたいのだけどという希望=喝、と元来のいっくらでも寝てられるゆっくりしてられるモラトリアム気質の狭間で、捨て掃除だと言って所持品の多くを捨てていました。もう、いいか、過去ももう、いいかと、十何年捨てずに来たノート類、メモやアイデア類もすっきりさせた。
なんと、日記も、部分的に捨てた。これはなかなかなことですけれど、中学生くらいのやつは今や読み返しても面白くなかったので、何か色んなものに影響されて書かれている文体なんかも文才無いしわたしは天才少女では無かったのだなー、と、ガサッと捨ててしまいました。高校生くらいのも、まあまあで、大学生ぐらいから、俄然日記は面白くなります。そもそも「借り物、虚栄、嘘くさいのは全部はがしてコアの部分しかここには許さんぞ」という自己訓練が日記だったので、高校生の頃にもまだ残る「何かいろんなものに影響されて」というのが書きながらずっと実感的に嫌だったのが訓練を経て大学くらいで身になって来たんでしょう。(それらは表現のためなんて高尚な訓練でなく自己潔癖のようなもので。)それで中学生日記は捨てて、高校生日記もさほど面白くないのだけどまあそれは一応そのままに、詩や散文も今見てひっかからないのは全部捨てて、まあまあ面白いのだけ残りました。特に詩は、自分のものなんて自分に一番面白いんでしょう。もう忘れてた、自分が内面を掬いながら書いたものは忘れて思い出すに新鮮でとっても、自分に面白い。面白い面白い、詩はとっても面白い。書いていた方がいい。
日記の方は、詩よりももっとドキュメンタリーでストーリーが辿れるから、わたしの34歳までの考えたり作ったり出歩いたり会ったりしたいろいろがお話で、鮮やかです。良しにつけ悪しきにつけ、過去は過去で過去へ進むレールはない、過去など歩くごとに後ろの世界が消滅していくというくらいでたらめに考えていてもどうということはない今ですけれど(相変わらず作為的ラディカルなふしがある)、自分のお話はお話で材料が増えたりそろう程にシリーズ小説が進んで深まるような思い巡らせも読者(わたし)に生んで、なんとなくぼうっとさせる。ことさら、抽象的な心象風景でない、出会って来た自分以外の人々とのエピソードというのは、そうです。

それで、やっぱり恋愛(または恋愛遍歴)というのは、人生の大きな要素なので、特に人生前半は人と自分を投げ受け行き来して成長して行く冒険みたいなことがあるので、出会って来た人々やいろいろに投げかけられたシチュエーションやを反芻して今もまだ過程であるその鏡にしたりする。わたしは、恋愛をしようと思っている。結婚は、一応、目指してみるけど、それが全部ではないから、やっぱり晩婚か結婚出来ないかもわからないけれど。それでも月並みに、出産年齢云々があるからなあと、猶予と気質考察の間にいる。恋愛や結婚に関して、友達たちの言ってきた発言群も浮かんだり沈んだりする。20代後半、「好きな人と好きだから付き合うって、いいなあ。わたしはもう、結婚出来る人かというのでしか選べなくなっている」と言う友達に「ふーん、でもわたしはやっぱり好きな人と一緒にいるというのがいいなあ」(そのとき好きだった人は歳下で定職がない人だった)と言っていたこと、未だに、どうですかねえ、と思うのだった。わたしは恋愛の勘がすごく鈍いし、遍歴だってまったくヨタヨタしているものだけど、いつだって、「愛というのは間違いなく生きることのキーワードなんだろう」と思ってきたし、思ってる。愛を知りたいなあ、生きているのなら、人と関わって、人や自分を愛して、人間の短い人生を有機的に生きて死にたいなあ。過去の日記にだって書いていた、「どんな人生がいい?と言って、あいがあって勇敢な人生がいい、と自答したのだ。不安を勇気でのりこえて人生の愛にすることだ。」と、昔のわたしもつぶやいているのだった。

ひと月ちょっと前、12月に、ニューヨークへ行ったんです。

その前の年の、2012年の12月に、モントリオールという北米ながらフランス語圏の町に、一人バスに乗ってカナダに来て初の旅行に行ったのだった。英語は勉強し始めてまだ3ヶ月、つたないけれど旅をするには困らない程度の英語力で、クリスマス休暇シーズンでがらんとした街を一人歩いていた。そうすると、4、50代らしき白人男性が「この辺に閉まってないスーパーマーケットないか知らないかな」と声をかけてきた。「わからない、わたし旅行者だし」「そっか、俺も旅行者だし、どこも閉まってるし困ったもんだ」と自然な独り言のようなことを言いながら同方向に彼は歩き出した。で、その後どういう会話をしたんだったか、彼がアイルランド出身のニューヨーカーでここにはガールフレンドと来ていること、彼も彼女もアーティストであることなんかを歩きもって話し、道沿いに見つけたスーパーマーケットと、別行動で散策しすでにスーパーマーケットを発見し店前でおーいと手をふっている彼のガールフレンドにこちらからも手をふって、そうやって出会ったのがティムとナディアのカップルだった。わたしたちはその後一緒に3人でアフガニスタン料理のレストランに行って、さらに彼らの友達の家に行ってお茶やワインを飲み、ニューヨークに来ることがあればうちに来ればいい、と連絡先をくれて別れた。ニューヨークはホテルなどアコモデーションがもの凄く高いのだ。


その彼らにおよそまるまる1年ぶりに連絡をすると、是非来たらいい、と行ってマンハッタンのナディアのアパートに泊めてくれることになった。ナディアのうちに着いて話してみると、実はその年の春にティムと7年続いたパートナー関係を解消していたのだとわかった。ナディアは52歳になる、ティムも同じくらいなのだと思う。ナディアはフランス人で、20年以上ニューヨークに住んでいるけど、ネイティブのように完璧な英語話者ではない。1週間ナディアとキッチンでたくさんたくさんたくさん、いろんなことを話した。アーティストであるということと生きること、年齢のこと、自国に住む家族のこと、友達やパートナーのこと。わたしは同時にティムともよく出掛けてたくさんたくさん話した。2人とももの凄く、自分に正直で弱さも強さも自分を隠さない人たちなのだった。(わたしは2人が大好きになった。彼らもわたしを面白がってくれた。)ティムとナディアはまだ2人ともお互いへの心の整理がついていない。わたしから見れば、2人はまだお互いを好きでいるのに、何かがねじれて自分たちで複雑にしているのだった。ナディアとわたしは誕生日が一緒だった。ティムはわたしをブルックリンの靴屋さんにつれていって、好きなのを選んだらいいと言って靴をプレゼントしてくれた。わたしはびっくりして、ティムへは自分の版画をプリントした絵はがきにメッセージを書いたものしか用意していなかったので、それを渡したらとても喜んでくれた。ナディアはわたしにミルクを沸かすときにふきこぼれを防ぐ可愛いガラスのキッチンツールをくれた。「へぇー、これいいね!」とナディアのキッチンで一緒に見ていたものと同じもの。わたしはマンハッタンの本屋さんで、なんと昔自宅近所の本屋さんで見てとても気に入っていた日本人の女性フォトグラファーの写真集を見つけた。えー、何でこれ、こんなとこに売ってんだー?!「みさおとふくまる」という農村で一緒に暮らすおばあさんと猫の写真集で、見るとやっぱり良い本だなと思って、ナディアのプレゼントはそれに決めた。「シンプルっていうのが、実は難しいじゃない?」とナディアが言っていたから、「でもやっぱりわたしは、シンプルはシンプルだしそうであって欲しいと思うんだ。人はしばしば、シンプルなことまで複雑にしてしまうけど、単純はたぶん単純なだけのことなんだとこの本を見ても思ったんだよね」と言ったら、写真を繰りながらナディアは泣き出してしまって「本当に、その通り」と言って、これはすごーく良い本だから同じ本を買って友達にもプレゼントしなくちゃ!と言ったんだった。ティムはどうやってナディアにプレゼントを渡そうか思案してた。ナディアもティムも、別々に2人とも、ニューヨーク暮らしにじきに別れを告げるだろうと言ってた。わたしは2人がとても好きだな。

ナディアは、40代から7年も付き合って、ある日突然理由も無く「ダメになった、別れよう」なんていう人と付き合っちゃダメよ、と言った(ティムが理由が言えなかったことがどうしても許せないナディア)。結婚する生き方、結婚しない生き方。ティムとナディアは復縁して今度はもう一緒になったらいいとわたしは2人の間で勝手に思うけど、人間が2人、わからない。もしも復縁はしても、一緒にはならないんだろうな、そんな風にも思う。子供がどうというから、結婚云々となるのかな、そして老後だとか、そういうことで。旅をしていろんな人に出会う、異性の既婚者の人は、「ではさようなら」と非現実から現実の別世界へ来ていました魔法はといて帰りますという風に、すごく面白く出会って話し込んだその人間関係もまるでなかったように帰って行く。もう、わたしは何も言わないんだ、異性の友達はどんなに仲が良かった友達でも、結婚したらさようならなんだって。結婚なんて、何だかよくわかんないもんだな、とも思うのだ。なんだ、人生なんか生きて死ぬだけじゃないの、目や心を開いて世界と面白く関わって見聞好奇心栄養たっぷり死んでったって、結婚の危機防止にそんなに人をシャットアウトしなくちゃ成り立たないのが男女や人の世なのかなあ。もう、何も言わないけれど、わたしは何となく、それって面白いのかなあ、とも思うのだった。でもそれが、ある角度からはとても乱暴で、そんなんじゃあ何でもありじゃないのめちゃめちゃになってしまう、という破壊的分子とみなされるということも理解出来る、ような。ような、と言ってにごすのは、だいたい、絵も音楽も詩も、「その中に本当は何だって出来る、何だってある」ということを生きるみたいなものでもあるのだから。半分くらいはそうやってもう生きたいと思っているから、常識人のように理解出来るというセリフまでは言うけれど、半分はもう、どうしようもないのかも知れない。
面白い人と出会うのは面白いのに、結婚したら、半分分にしましょうってことでしょう、同性とだけ、知り合うことにするんだね。そうしないと、困るんだね、いろんな人が。何だか、ばっかみたい、と思ってしまうけど、深刻なことらしかった。ばかみたいなことで深刻を呼ぶのは余計ばかみたいだからね。けれども、何にしたって、どういうルートをとったところで、生き物は孤独であるということは本質なのだ。デコレーションでトーンは変わるけれども、朗らかとか陰気とか。トーンのために、どのつまみに合わせるのかが、チョイスということか。

気にして飾っても、気にせずシカトしても、まずは孤独は当然に孤独でしょう?命は個体、生まれるときそうだとすでに与えられているから、間違いない。おそらく、騒ぎ立てる必要もないのだろうなあ。
(でも、事実(fact、具体的原料とも言おうか)と実感(existence、存在そのもの実体と言おうか)は似ていて異なる、人に気にされないで孤独死は本当にさみしいものだろうし、引きこもって誰とも関われない砂漠のような孤独も本当に辛いものだろう。騒ぎ立てむしばみ得る、とんでもない辛さに言葉で言う「当然」も何もないだろう。)
何を言いたいかというと、みんなが個体で孤独との関係(戦いと言ってみようか)をやっていて、その戦いは愛や恋とだけに溶解や吸着するのではないのではないかということです。その戦いへの何かのキーは世界中に散らばっていて、音、景色、言葉、エピソード、拾いながら出会いながら、歩んで行けるのだとすれば・・・。あぁやはりどうしたら、ばっかみたいと思わずにすむのだろうか。


なんだか、ねじれて参りました。。。何の話なんだったっけ。
ああそう、恋愛でした。それで、何か乗り越えなくてはならないものがあって、まあそんなもの考えたってどうもならないものなんだけれど、というのは恋愛とは一人でするものではない以上誰か他の人との照らし合わせだから他の人の頭、心をのぞくべく恋愛小説を読んでみることにしたのです。恋愛小説!、というか小説を読むのは久しぶり。テレビを1年以上見ていなかった後テレビを見たら、わあドラマってなんてドラマチック、わあ芝居ってなんて芝居がかっている、と思ったけど、やはり1年以上ぶりに小説を読んで、わあ小説ってなんて小説的、と思いました。とりあえずインターネットの恋愛小説ランキングを調べて選んだのは、田辺聖子「言い寄る」と川上弘美「センセイの鞄」。
「言い寄る」は、いろんな種類の人が出て来る。3部作らしい、この1作目の物語の核は悲しいというか、せつないとはちょっと違う気もするんだけど、「えー、いやぁー、わたしならば嫌ー、言うー!悲しいー!」と軽く叫びながら読みました。昔読んだミュージシャンのインタビューでも言っていた、相手が大事すぎて何も出来ない言わない、というのは、比せば、わたしはずいぶん自分勝手なタイプなのかも知れないなあ、わたしなら、言わいでか!!好きなら好きと!!でも、わからいでもない、うーんでも言うわね。しかし、小説のこの状況は言わない方がタフな生き方だ、主人公は悲しくたって生きる力がもりもりしているしそういう人はいいなあ、現実的にたくましい。面白かったんだけど、感情移入はあんまり出来なかった。でも続きも読もう。田辺聖子は初めて読んだ、すごいなあ、タンタンタン!と威勢が良いのに繊細でしなやかだ。
「センセイの鞄」、川上弘美も初めて読んだけど、この作家は何かインタビューとかてきとうな雑誌のエッセイとかそういうので見て、ちょっと苦手っぽいと思っていて、とりあえず読んでみて、やっぱりこれも感情移入はあんまり出来なかった。でも、主人公(30代)よりうんと歳上のセンセイ(70代)の主人公への告白のきりだしが、あぁそうだよな、と良かった、こういうんです。「ツキコさん、ワタクシはいったいあとどのくらい生きられるでしょう」「ずっと、ずっとです」「そうもいきませんでしょう」「でも、ずっと、です」「ずっと、でなければ、ツキコさんは満足しませんでしょうか」それでツキコさんはしばらく考えてから「センセイ、センセイが今すぐ死んじゃっても、わたし、いいんです。我慢します」と言う。恋愛に限らず、何でもそうだ、ずっとじゃなくても、そこは我慢して、というくらいの姿勢でしあわせにふれることにどん欲で、開かれていたいものだ。たとえば動物は死んだら悲しいからペットは飼いません、という人がいるけど、出会ったり一緒に生きてわかちあったりする喜びやしあわせの方を大事にしたい。悲しいことは、ああ悲しい・・・と後で悲しんで嗚咽ひきつりながらでも我慢したら、いいような、いいような。でも、うんと歳の離れた人との愛というのは、ずっと一緒に生きて行かれないというのが(誰とだってそうだったとしてもより突きつけられて)やっぱり一番最初に来るから、センセイが最初にそこからきりだす、というのは、そしてツキコさんが、ずっとだと言いたいし信じたいけれどそうでなくても我慢します、というのは、こう、胸に何か来るものがある。


ふうん、ふうん、そんなことで2冊を読み終えて、なるほどねぇ、愛とか恋とか、面白いような、しかしわざわざ摂取しようとすると案外どうでもいいような。
そんなこんなで、そして最後に、同時に借りて来た(あぁ、わたしは本を買わぬので、全て図書館)佐野洋子さんのエッセイが、やはりもっとも余韻を残したのかも知れない。
「病気になる前のノノ子の料理はたっぷりしてのびのび豊かなひろがりの料理だった。二人の息子たちが、馬のように食っていた。その息子もはげ始めている。子供が食い盛りの時、ごはんも人生も私達は充実していたねェ。愛だ恋だなんて比べること出来ないほど充実してたねェ。決して戻らない年月をふり返るって、ひりつくほどの切なさである。その時はただ追い立てられて忙しいだけだと思っていたのに。あんたんちの息子、一人二斤ずつ食パンを食ってた。」
佐野さんのエッセイや小説の正直さは、あんまりに正直で、どう感想していいのかいつもわからないくらい、こっちが迷子になってしまうくらいでけっこういつも困るのに、困りながらまた次のを読んでしまうな。残る余韻にたいてい幸福感はなくざわざわするけど、佐野さんの絵本のあのぶっといまっとうな一本筋の通りに完全な信頼感があるためか、佐野さんという人がいる(いた)ということだけでもう意味であります。そうか、愛や恋の先にだって、愛だ恋だなんかと比べものにならない充実の景色もまだまだあるのが人生なのか、一所懸命生きればそんな景色はまだまだあって、こんなもんじゃないのそろそろ、と思っても実はまだまだあって、でもその内、確実に終わるのだな。終わるからやっぱり一所懸命やろう。どうでもいいなんて言っちゃつまらない。やっぱりわたしは恋愛をしよう。


その殆どを捨てた大学の授業のノートやコピーの中から見つけた、「志賀直哉の生活信条」というのが気に入って、今年用選んだノウリツ手帳にメモまでしました。一番好きなのは、「気質に素直に従ひつつ最善を尽くす」というのです。わたしはまあ、わたしだ。世界のどこで暮らしたって違う言語を話したって、わたしだった。たとえ違う国にいたって、そのわたしを面白がってくれる人たちと仲良くなって、暮らしは続いた。わたしはわたしなりで最善を尽くして一所懸命やれば良いのだ、やはりとりあえず元気に過ごそう、と思うのでした。
2014-01-24 00:57 | 記事へ |
2013年11月29日(金)
冬の動物園、人はいなくて白い冬毛
いつも、日記の下書きを書き出すと長くなって、完成しないまま疲れて終わってしまうので、今日は短く昨日の「すごく良かった一日」を書いておこう。


トロントの図書館で毎週土曜日の朝、市内のミュージアムやパークのフリー入場券を配っています。夏の間、朝5時(図書館は9時開館)に並ばないとあまりの人気で入手出来なかったトロント動物園のチケットですが、秋、冬になってずいぶん取りやすくなったのでついに先日入手したのです。

昨日は、一昨日の晩に降った雪が積もって、でも空は青空が見えている、寒いけど美しいお天気。「園内のごはんはきっと高いから、お弁当持って行こう!」と、フルーツやスナックも携えて、しっかり厚着して、ちょっと郊外の動物園まで地下鉄とバスで1時間半くらい。
川は凍ってる。カメラ使おうと手袋はずすと手が痛くなってしまう。今日の最高気温はマイナス1度くらいだったよ、と友達が言った。風がないので悪くない、楽しい、白くてきれいな、冬の日。


遅い午後、人はほとんどいない。惜しげもなく最初っからばばーんとパンダが登場!パンダ、雪の中むしゃむしゃ竹食べて、雪でちょっと足すべらせかけてた。夏場はきっとすごい人だかりだったんだろうなあ。

ツンドラ地域の生き物エリアにしろくまを見に行く。しろくまが雪の上を歩く足の裏の弾力が、ぶにょんぶにょんとソフトで面白いのだった。(見てて気持ちいい。)遠くを見やると2匹目のしろくまが遠くの雪の積もった土の上で泥んこになりながらぐうすか眠っていました。雪原にしろくま、日本の動物園のしろくまと環境がちがう。

ツンドラ地域の生き物エリアはすごく面白い。フクロウも、キツネも、オオカミも、夏は茶色い毛皮だったのが(あれ、フクロウもだよね?)今は冬毛で真っ白です。
人気のない雪の動物園を、雪景色に混ざった白い動物を探して歩くのはとても楽しい。本当の森の中だったら、彼らを見つけるのはとても困難。白いオオカミ5頭くらい、雪の丘の上すっくと半座り、かっこいい。はーっと白い息の溜息の出る、何やら神々しさ。
フクロウは片目を怪我していました。こちこちに凍って玩具みたいになったヒヨコを、食べようかな、でもすぐ食べるでもない、とつかんだまま、雪の上座っている。


楽しく美味しいお弁当(オムライスにしました!)を食べて、今度はカナダの動物エリアに、森の中みたいなトレッキングを抜けて歩いて行った。お昼になって天気もまた良くなってきた。


再び、惜しげもなく、モントリオールの生き物館でもプロマイドのようなポストカードを購入した、あのあこがれの北アメリカのヤマネコが登場!動きはネコだけど、手足の長さプロポーションが全然違って、他の大きなネコ科のライオンとかクーガーとかとも違う独特のそれは、実にかっこいいんです。でも、動きはやっぱりネコだし大きさもせいぜい犬くらいだから、見ててその違和感となじみ感の混ざった気持ちになるところが、本当面白い。木々の間をさくさく歩き、わたしを見つけるとしばらくじっと見つめた後、やはり居心地悪そうに森の中の木のシェルターへ逃げ帰ってしまいました。


木々に囲まれた大きな雪原にバッファローの群れがいる。野生の環境みたいな、大きな大きな雪原(夏場はこれは原っぱなんでしょう)でした。わたしたちのいるフェンスのところから、ずいぶん遠くにいるからよく見えないんだけど、それでも見ていて気持ちいい、広々のんびりしている。
さっきと違う種類のオオカミも白くて、森の中に仕切られたスペースの中を走っていた。さっきのツンドラのやつより、顔が知ってるオオカミのやつに近い。シベリアンハスキーみたいな。


そして、見たかった、クマ、グレズリーベアです。グレズリーはオンタリオ州やカナダ西側にはいないんだけど、カナダの真ん中から北西にかけて分布しているそうです。(夏にキャンプに行ったとき、ガイドもここらにいるのはブラックベアでグレズリー(灰色熊)より小さいものですと言っていた。)
「しろくまの方が大きいことになっているけど、グレズリーの方が頭部が横幅奥行ともに大きいから、こっちの方が大きく見えるね」と友達と話し合う。そうです、グレズリーは頭が大きく見えました。ブラックベアーもしろくま風に、鼻先がしゅっと細くなっていて小顔だと思うんだけど、グレズリーは「くま」としてイラストなどに描かれるデザインに近い顔をしている気がします。何か、着ぐるみの頭をかぶってるみたいな、頭だけで言うと。
からだに雪をいっぱいくっつけて、ごろんとしていました。やっぱり、迫力がある、大きい生き物です。


お昼を過ぎると園内を回っていてもわたしたち以外あまり人がいないみたいで、動物は静かな森の中に人間なんかはあまり関係なくただたたずんでいるみたいに、全部シンとしていました。


屋内のパビリオンでも面白いものをいくつも見ました。ちょうど食事時でねずみを呑む蛇を見た。飼育員の人に蛇の食事について聞いてすごく面白かった。小〜中サイズの蛇は週1回ねずみを一匹、大蛇は月1回うさぎを1匹呑むのだそうです。思ったより、小食だった。
ピグミーヒポーという小さいサイズのカバもめずらしかった。


ツンドラ、カナダ、パビリオン以外は当たり前と言えば当たり前だけど、からっぽで、動物はどこかへ移されていて何もいなかった。
からっぽブースのエリアを散歩みたいにぶらぶらするのも、面白い。だって、何にも、なーんにもいません。からっぽの動物園なんて、めずらしい。「さみしい景色」ファンのみおさん、夕陽雪に反射してきれい、人も動物もまったくいない映画のようにCGで消されちゃったんじゃないかというような中を、スキップまじりでつららを折りながら歩いた。アフリカ風デザインのゲートもお土産屋も雪をかぶってそらぞらしく良かった。味わいというやつ。


全部面白かったね、と機嫌よくちょっとくたびれて閉演、バスに乗り込む。
その後は一緒に夕ご飯を食べに行くこともなく今日はこのまま解散、よく歩いて楽しんで、健全にくたびれたので。
夜はまたずいぶん寒くなって、うちに着いてもしばらくコート着たままでごはん作って、トマト煮込みにしょうがたくさん入れて食べたらあったまりました。

とても楽しかったです。
2013-11-29 01:28 | 記事へ |
2013年11月02日(土)
ぞぞぞ / アメリカさんのルーズ
まだカフェイン禁止期間(胃)でうそコーヒー(麦コーヒー)飲んでるんです、でもこれも悪くないお味で好きです。まるまる1か月、完全なるカフェイン抜きをしてますからね、次カフェインとったとき強すぎて鼻血でも出ないだろうかと思います。ハーブティーはなんかしゃらくさいというか、いちいちどれもガーリーな味で疲れるんですね、フルーツゥー!、とかカモミールゥー!、とかベロがリバティ柄にでもなってしまうんじゃないかと、たまならいいけど、ここはきりっと緑茶(達筆にて)、ほうじ茶、ディカフェイン・ブラックティー、など飲みたいところなんですが、彼らはカフェインチームなので、残念でした。(ディカフェインもノーカフェインではないのです。)そんなこんなですでにちょっとベロはリバティですけど、来週にはお医者先生の言ってた1か月が明けますから、緑茶もホットチョコレート※も、待ってろ待ってろ!(※チョコもカフェインチーム)

胃の具合は異常感はもうなくて、強靭な胃というのにはかなり距離がありますが、合格点な感じかな。
食いしん坊でおなかはすごくすくので、なるべく消化にいいもの、自然系のもの(スナックでも油であげてない野菜チップスとか)を食べていました。旅行中はハンバーガーとか油っぽいものも食べていましたが。で、久々に今朝、ナッツ(消化に悪いとされる)の入れ物を、もういいかしらとシリアルに入れようと開けたら、なんだか変。このミックスナッツはですね、数週間前にトロント郊外のファーマーズマーケットに行った際大安売りで売っていたもので、ケースはちょっと汚かったけどあまり気にしなかった、なるほど、ぞぞぞ、今わかりました。これは、そうとう古いものだったのではないか。
バナナ、シリアル、その上にナッツをバラバラっと投入して気づいたその異変、もうちょっと早く気付けてたらなお良しでした。カブトムシの幼虫のちっちゃい版みたいなやつが、シリアルの上で踊ることになろうとは。ふわぁ!
ぞぞぞぞぞ。わらわらいたわけではないのですけど、1ぴき見つけてもう見ないように即行捨てたので、どうなのかしら。怖、怖。脳裏に残った。
ファーマーズマーケットというのは、あんまり衛生を信用しちゃいけないなあ、と改めて学びました。まあ、木の実はそういうことありますよね。子供の頃、木の実集めた箱に虫が発生したことやっぱりありましたから。

云々。


アメリカ旅行中に家族や友達に出したハガキが、さっきうちに届きました。
「???」
ちゃんとInternational, to Japanと伝えて、ハガキにも Airmail to Japanと二重線を添えて記したのに、お金を払ってから可愛いクリスマスの切手を貼ってくれたことについて係りの人とちょっとおしゃべりしたせいか、係りの人、集中力失って結局 Domesticの方に振り分けたのじゃなかろうか・・・。4枚出して3枚うちに着いた残りの1枚はどこへ行ったのかも気になる、1枚だけは日本へ無事着いたのだろうか、ううむ、うむ、完全に不明。
せっかくアメリカのポストカードでアメリカのスタンプでアメリカ旅行らしいお便りをやったのに、すごく残念だー。出し直し、カナダから。可愛い切手剥がしたくないから、封筒に入れなくちゃ。
今回の旅は、いろいろツキの無さやトラブルが過去無いくらいに多くて、出かけてから予約していたバスツアーやショーがキャンセルになったりフライトが向こう都合で変更になったりしました。英語で困ることは無かったけど(やったー、ずいぶん、自信ついてきた)、なんだかそういうサービスが、おおらかというよりはやっぱりちょっとルーズ。アメリカさんは、ちょっとルーズですね。

ハガキは、トム・ウェイツのライブのあと、いろいろみんなに書いていた。トム・ウェイツ、ほんとにすごくて、旅から帰ってからもいつものようにみんなに「旅どうだった?」と聞かれていつもなら That was amazing!とかお決まりみたいな英語表現で答えるけど、今回はそんなふうにしたくなくて、「あのね、なんか英語勉強者のお決まりの文句みたいので言いたくないくらいに、本当に特別にすごかったよ」といちいちみんなに言うのだった。
本当に、すごかった。やはり、魔法使いみたいだった。自分のスタイルでいる、という人がどんなにかっこいいかということ(書けば陳腐でも)何千人の前で、この中できっと一番変わった人、独自的な人だ間違いない、と思った、すごく変だった。変でやさしくて最高だった。すごくしあわせだった!!


ちっちゃいことからおっきいことまで、いろいろあって、日本語の日記も英語の日記も、書記にことごと引き留めるのに間に合わない。そうやってどんどん日が過ぎて、11月になりました。12月には帰ります。これは、冒険でしたけど、やっぱり死ぬまで、生きるっていうのは、冒険なんでしょう。その感じがよりくっきりしました。出来なかったことをだんだん出来るようになって、失敗、弱さを知って、自分の強み、自分を生きてる核心部分、このからだで!歩いて旅してねばってクリアしてこけて出会って、いろいろ、いーろいろ、トムおじさんの演奏聴きながらも思うに「生きざま」ということで、正解なんじゃないだろか。ほら、芸大入ってからも、いつもよく問答していた、アートはものを作らねばなりたたないんでしょうか?、というやつ。半々ですけど、にわとりたまごですけど、最初から思っていた答えで自分の場合は正しいのではないでしょうか?自分を生きて「生きざま」があって、歩け歩けです、歩け歩けで積みあがる「生きざま」を愛せば、独自は活き活きとなって、その人であるということがもうそのものになるんなら、何だってありでしょう?何だってあり、っていうのは甘やかしでは当然ないのは、冒険を往けばこそでしょう?うその無さの肝心、本質への純度、自分のお仕事、わたしの役目。ここで33歳、もうじき34歳、悪くないんじゃないでしょうか、修了して先に並ぶ"1歳から32歳のわたし"たちも悪くないと微笑んであったかく見守ってるんじゃないでしょうか。
わたし、かっこいい後姿をたくさん知っている。わたしはわたしをやる。


・・・

ところで、アメリカで、Jack in the boxというハンバーガー屋さんがあって、カナダでは見たことのないハンバーガーチェーンなんですけど、これがびっくりサイズ!!
よく、北米でステーキやハンバーガーと言えばすごいボリュームで日本の倍くらいはあるよ、みたいなことを都市伝説のように言いますけど、初めて北米、ニューヨークを旅した約15年前も、現在も、「そうか?」というくらいであまり大差はないように思っていました。まあ、ちょっとおっきいかな、くらい。しかし!Jack in the box!これは、カルチャーショック、あの都市伝説はここからやって来ていたのかぁ!と感動。カナダのバーガーの2〜2.5倍、日本のバーガーの3〜3.5倍のボリューム!バンズのサイズだと素直に2〜3倍くらいかなという感じなんですが、分厚さと内容のボリュームが桁違い!野菜もしっかり、バンズの質がすごく良い!お値段も、マックよりはちょっと高いけど、普通のバーガーショップ平均で、それでこのボリュームだったらかなりリーズナブル。(アイルランドで過去最大・顔サイズのバーガー食べたことあるけど、なんだろう、やはりバーガーはアメリカのものなのか、インパクトが全然違う!)
というので、食いしん坊は感動し、2回もお世話になってしまいました。あれは美味しいよ、調べたらトロントにはないみたい、そうかぁ、残念です。
2013-11-02 11:25 | 記事へ |
2013年10月21日(月)
アメリーカー、へ行くんだなー、14年ぶり。
今、って今、この下書きのウィンドウの下にまだ調べたりやらんならんウィンドウをたくさん開きながら、ただいまアメリカ旅行のブッキング&細かなプランニングをしているところ。

それでだんだん歯車もいい感じな回転になって来て(難しいと思ってた交通ルートをうまく結べる情報を見つけたり、webでうまく行かなかったブッキングが電話でスルッと片付いたり)、ちょっと楽しみさも増してきて、なんだろう、アメリカってやっぱりちょっと何か、独特ですよね!でっかいし、ビカビカしてるし、車社会だし(車会社が強いかららしい。車の無い旅人には至極不便だなあ)、独特な不思議な魅力(引力)のある国だなあ、と調べながらも思います。


元の目的はサンフランシスコでトム・ウェイツの音楽を聴くぞ!というところからで、当初は「サンフランシスコだけ行ってしゅっと帰ってくるよ、治安悪いの怖いし」と言っていたのだけど、「むむ、サンフランシスコって、頑張ったらグランドキャニオン行ける範囲なんじゃない?」「グランドキャニオン行くにはベガスに飛ばねば。何かショーも見られるんじゃない?」「あれもしかして、ヨセミテにも行けるんじゃない?」とじわじわ旅のアイデアが広がって、結果的にもりだくさんな「自然いっぱいエンタメいっぱい」アメリカ初めてのひとり旅、となるのです。(14年前のニューヨークは大学のゼミ旅行だったから。)


一番のポイントは、治安の悪いところを把握しておくこと、可能な限り安全優先のルートを組んでおくこと。ベガスからサンフランシスコへ(アメリカ=ロードムービー的)にバスで移動という最初のプランも、深夜にロスでストップして乗り継ぎ、というのがちょっとひっかかって、結局没に。「そんなん全然大丈夫やってー」と言う人もたくさんいるでしょうけど、ひっかかるならやめた方が良いのです。
今回はピリッとしているのです、安全重視!



さて、ちょっと旅行前のわくわく気分を書きたいと思います。(ある種自慢なので「いいでしょー!こんなんするねん、食べるねん!」みたいな、自慢でごめーん。)
何にわくわくしているかと言うと、「シカゴピザ」です。
知っていますか、シカゴピザ。宅配ピザの会社のことではなくて、アメリカのピザのスタイルらしいのです。わたし、全然知らなかった。もうね、おっきくて、キッシュみたいな分厚さなんだって、トマトのキッシュっていうか、でもピザなんだけど。サンフランシスコで美味しいシカゴピザのお店があるというのを見つけて、行くよ、一人で食べきれなくても持ち帰って翌日の朝昼に充てるからいいんだ!
それから、ラスベガスも調べれば調べるほど、かなり楽しみになってきた。なんだか本当に独特の、不思議なところっぽい、ラスベガス。砂漠の中に、非現実で夢みたいなカジノとエンターテイメントの街がポコッと存在して、(カジノにお金落としてもらうために)カジノ以外は実に豪快にサービス満点、実はお安く遊びまわれる街で、街中にある個性を競うビュッフェレストラン(わーい!)、無料のサーカスやショーやアウトレットモール、もうね、ファイナルファンタジーの、あの、なんだっけ、クラウドが主役のやつの砂漠の街。あのゲームやってるときの気分ですよね。ケット・シーが飛び跳ねてるんじゃないかと期待してしまいます。
無料のショー、と言って、でもやっぱり下調べすると有料の面白そうなショーが見たくて、初めてシルクドソレイユのショーを見ることにし、それもとっても楽しみ。あと猫がいっぱい出てくるジャグリングのショーもクーポンを入手した!



と、とても楽しみなんだけど、やっぱりこの間のお母さんお姉ちゃんとの旅行がかなり楽しかったこともあって、「珍しいビュッフェレストラン、わあわあ言いながら食べたら楽しいだろなあ」「お母さんこういうハデハデなショー絶対好きやんなあ」、グランドキャニオンもヨセミテもシカゴピザも、友達とか家族とか、なんか誰かと行きたかったなあ、と思ったりもするのです。
ひとり旅は好きだけど、楽しめることも知っているけれど、でもやっぱりそれをわかちあえる誰かがいるのは楽しい。なのでみおさんしっかり見て来て、それですごく良かったら、いつかまた友達や家族やとサーカスや一流猫ちゃんショーやピザや岩や巨大滝、誘って出かけよう。
友達も家族もわたしも、みんな元気に長く旅を続けられたらな。
お足は必要だけど、さすらわないでどうするか、と民生さんみたいなことを言ってみた。地球上、動き回れるのに、動き回れるなら、動き回りたいじゃないか。美味しいものとか、変わった動物とか、不思議なところ。いろんなにおいがするんだぜい。いろんな気持ちがするんだぜい。



そして、アメリカから戻ったら、短期集中再度テスト勉強をしてついにTOEICテストを受けて、それから12月18日に、京都のおうちに帰宅して15か月ぶり、チコフ先生をだっこします。
あれから13か月が経った、「現実に戻るわ」と言って帰国して行った人たちもいたけど、どれも現実なので、なんか「では、次の場面」というふうにこの15か月をイロモノ扱いせず素直に引き続き歩けたらなあ、と思うのでした。
あ、帰ったらドロヘドロ読みたいなあ。
2013-10-21 05:14 | 記事へ |
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