暖かい年の瀬と思っていましたら、ここのところ急に冷え込み、お正月の準備に追われる身としてはつめたい時雨空を恨めしく見上げたりなどしております。といって、みんなの後からついて廻ってるだけなのですけれど。盆地だからでしょうか、狭い土地なのに京都は、ほんのわずかな距離でお天気が違ったりします。北山では時雨れていても、東山のふもとのあたりは薄陽がさしていたり、京都駅あたりで風花が舞っているのに、四条はカラ天気とか。だけど青森でも、山のお天気はそりゃあ変りやすいものですもんね。雪は年々、少なくなっているみたいですが・・・。今時分は先生もお正月に見えるお孫さんたちのために、いつものようにいろいろお支度をされておられることと思います。
事始めが終わったら決められた準備やしきたりをこなしていくのが普通ですけど、今年は外国からお客様が見えるとかで、1日、そのおもてなしにかかることになりました。鹿ケ谷の奥にある山荘を使われるそうで、お茶事でのおもてなしです。私は前日のお掃除に行くことになりました。水屋の下っ端のヒロさんが一緒で、先輩格の岩田さんがリーダー格です。岩田かあ、融通きかねえよなあ、などとヒロさんは言いますが、彼はお調子者なんだから、ちょうどいいんでは、と思っています。
それより今気になっているのは葉月ちゃんのことです。いえ、怪我の回復は順調のようなんです。しばらく前から妙だな、と思うことが多くて、たとえば体操服が墨汁で真っ黒になっていたり、毎日のように失くし物をしたり・・・。もっとも私はお嬢さんたちの身の回りのことを任されているわけでもないので、はっきりしたことはわからないのですが。実はこの間、風邪で登校できなかった葉月ちゃんに、プリントを届けに来た子達がいたんです。奥様も依田さんも不在でたまたま私が受け取り、ありがとね、といって何の気なしにそのプリントを見ると、行事予定や宿題の内容についてなんですが、なんだか肝心のページが抜け落ちているような感じなんです。これで全部?と聞くと二人連れの女の子達ははい、と言いながらもぞもぞしています。ちょっと、あなたたちの分見せてくれない?と言うとふたりは泣き出しそうな顔になりました。我ながらいつも思うのは、ハナがきく、という自分の習性です。なんたって代々、恐山のイタコの家系ですからね。でも決して目の前の女の子ふたりを威したわけではないですよ、先生はその昔の(あんまり昔でもないですが)言い出したらあとへはひかない子供だった私を思い浮かべていらっしゃるかもしれませんが。その気配におされてか、イタコの念力によってか、女の子達は魅入られたようにカバンから自分たちのプリントを出しました。思ったとおり、葉月ちゃんにと渡された分からは行事予定のメインのページが抜け、宿題に至っては三分の二が記されたページがない。
「最初からなかったの?」
ふたりは怯えています。ちょっと待ってて、と多少声をやわらげ、すばやく台所脇の小部屋にあるコピー機で本来のプリントのコピーをとりました。むくむくと不穏な雲が胸の中に膨れ上がります。けれど、私に出来ることはしれてる。はっきりいって出る幕じゃないかも。しかしとにかく、つきとめなくちゃ。玄関先でふたりは、悄然としています。自分たちのプリントを私に奪われたため、帰るに帰れないのです。そこが子供ですね。
「あなたたちが落としたの?」
オトナの威厳をにじませて問いただします。ふたりはあわててかぶりをふりました。
「そうよね、先生から預かった大事なものだもんね、なのにどうしてこんなに抜けてるの?曽田かおるちゃんと西根絵麻ちゃん、残りはあなたたちが持ってるの?」
学校指定のキャンバス地のカバンには、名前が書いてあります。フルネームで呼びかけると、曽田かおるの方はさらにうつむいてしまいましたが、西根絵麻はなかばあきらめたように、あたしらのこと言わんといてください、と前置きし、葉月ちゃんに対するいじめのことを打ち明けたのです。こうなると女の子というものは内緒話が好きです。お勝手でお茶と切り分けたそぼろ羊羹を振舞ってやるとふたりの舌はほぐれ、はじめはだんまりを決め込んでいた曽田かおるの方も、ぽつりぽつりと話し出しました。
それによると、葉月ちゃんへのいじめは、そう以前のことからでもないらしく、あの怪我の少し前から始まったということですが、そのきっかけというのを聞いたとき、私は本気で腹を立てました。なんでも先行していじめられていたという子を葉月ちゃんがひとりでかばったため、いじめの対象が彼女に移ったというのです。しかも助けてもらったにもかかわらず、元のいじめられっ子は今度はいじめの側に加わっているとか。
「そやかて、そないせえへんかったら、今度は自分がやられるもん」
しゃらんと言う西根絵麻にイラつき、
「やられるって・・・なんで起って闘わないの!」
怒る私を、ふたりは奇態なものでも見るかのような表情です。
「だいたいね、恥ずかしいことじゃあないか、弱いものいじめなんて!」
「しとうてしてるのとちがうもん・・・」
蚊の鳴くような声で言う曽田かおるに、
「じゃ、なんで?したくないのに、なんでいじめなんかするの?」
またうつむいてしまいました。妙に強情なところもありそうです。私は(全く関係ないのですが)気を静めるために「・・・その道に入らんとする心こそわが身ながらの師匠なりけれ・・・」と利休道歌を口の中で唱え、なるべく優しく、
「したくてもしなきゃいけないことは、一杯あるでしょう?宿題だってそうかもしれないし、掃除当番とかもそうかもしれないし、わざわざ増やすこと、ないじゃない?」
「えー、でもなあ、ネットの掲示板とかにもめちゃくちゃ書かれんねんで〜」
西根絵麻のほうが、語尾を引きずるような京都弁でさえぎります。先生、ほんとうに子供のいじめもここのところ急速に変ったんですね。私はふと思いつき、
「もしかして、葉月ちゃんの怪我も、いじめからなの?」
ふたりはどちらからとなく顔を見合わせます。
「わざと、怪我させられたの?」
「茜ちゃん」
ふいに背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはパジャマ姿で片足にギプスをはめた葉月ちゃんが立っていました。マグを持っているのは、飲み物でも取りに来たのでしょう。
「ふざけてて階段から落ちただけ。みんなに、そう言ったよ」
「葉月ちゃん。熱は?」
「もう大丈夫・・・茜ちゃん、そぼろ羊羹、あたしにもちょうだい」
「え?いいけど、甘いもの、嫌いじゃないの?」
「今日はなんか食べたいから。そこ、すわっていい?ごめん、茜ちゃん、肩につかまらして」
片足でぴょんと器用に跳ぶと、葉月ちゃんは私の肩に軽く触れただけで、ギプスの足で座り込みました。そしてにやっ、とクラスメートふたりに笑いかけます。つられてか、ふたりの表情もほぐれたようです。
紅茶を入れてやることにして私が立つと、三人はおしゃべりを始めたようです。問題が解決したわけではないのでしょうが、私はなんとなくほっとしました。しばらく見守っていたほうがいいとは思いますが、葉月ちゃんの強さと明るさに期待しましょう。危うく、バアチャンゆずりの呪いのパワーを発揮するところでした。危ない危ない、みだりに使うものじゃない、思い出してもいけませんね。
それでも、折を見て奥様には葉月ちゃんのことはそっと伝えようと思います。葉月ちゃんの本意ではないかもしれませんけど、どう思われます?先生。
しかしその機会がないままに、鹿ケ谷の山荘へ掃除に行く日になりました。幸い寒さの緩んだ朝で、とにかく日のあるうちに外回り、つまり露地関係を済ませようと6時半の出発です。
「めし食った?」
車に乗り込むまえにそういうヒロさんに、
「もっちろん。いつもどおり6時にはご飯炊けてるんだから。ヒロさん、今朝食べに来なかったじゃない」
ヒロさんはふわぁ、とあくびともため息ともつかない音をもらしました。
「勘弁してくれよ、だいたい家元が早起きすぎるんだ。合わせて起きなきゃいけないこっちの身にもなってくれよな」
「それはいつものことじゃない・・・ああ、わかった、二日酔いなんだ。そういえば、お酒臭いや」
どんよりと血走ったようなヒロさんの目を覗き込んで私は言いました。
「ま、お昼ごろには直るわよ、動いてたらもっと早く、アルコール抜けるかもよ」
ヒロさんは冴えない顔つきのまま、返事もしません。運転席に陣取る岩田さんの顔を見て、私も口をつぐみました。鬼瓦だってもうちょっと可愛げありそうな、という感じです。
「はやいとこ、やっつけような」
ヒロさんがぼそっとつぶやきます。それに越したことはない、と思いながら
「夕方までには帰れるわよね」
と答えた私は、多分アサハカというべきだったのでしょう・・・。先生、続きはまたの機会に!どうぞお風邪などひかれませんように・・・。
茜
|