映画『ダンシング・チャップリン』
2011年04月20日(水)
 映画『ダンシング・チャップリン』は身震いするほどの傑作だ。
 映画とは言葉の劇である以前に何よりも身体の運動としてある。その時カメラもまた息づいている。今ではしばしば忘却されているこの真理を私たちに想起させながら愉しませてくれるのがこの映画である。

 映画は二幕にわかれている。
 第一幕〈アプローチ〉は、ローラン・プティ振付のバレエ作品『ダンシング・チャップリン』(原題“Charlot danse avec nous”)を映画化するまでの60日間を記録したもの。ダンサーたちのリハーサル風景や周防正行とローラン・プティの打合せの様子などが生き生きとドキュメントされている。第二幕〈バレエ〉は2幕20場から成る舞台作品を1幕13場に再構成した映画作品である。ちなみにその間には5分間の幕間がおかれている。

 第一幕の軸を成すのは、バレエでチャップリンを演じるルイジ・ボニーノと草刈民代のリハーサル風景と、周防がヨーロッパでプティと打合わせたり、チャップリンの子息など関係者に話を聴いたりする場面である。

 ボニーノの語りも興味深いものだが、何より草刈との稽古の様子を映しだす一連のシークエンスは真剣な雰囲気のなかに二人の強い信頼関係が感じられて映画的興趣にも富んでいる。
 しかし。
 草刈民代をリフトするシーンで相手の若手ダンサー(ナタナエル・マリー)に経験も筋力も足りないことが露呈してしまう場面ではこの世界の苛酷さがにじみでる。彼の代わりにリエンツ・チャンを呼び寄せることをボニーノや草刈、プロデューサーが相談する生々しい場面がそのあとに続くのだ。

 周防とプティとのやりとりは、まさに〈映画〉と〈バレエ〉が衝突し溶け合っていくプロセスをも同時に浮き彫りにする。
 警官たちの踊るシーンはスタジオではなく野外の公園で撮影したいという周防に「ダンサーたちが素晴らしいのだからそれをそのままスタジオで撮るべきだ。そうでなきゃ、私は映画から降りる」ときっぱり拒絶するプティ。通訳をはさんで二人の間に張りつめた空気が漂う。カメラは周防の戸惑う表情をもきっちりと捉えることを忘れない。
 かと思えば、第一幕の終わり近く、初演時の舞台公演での記録映像を見ながらプティが涙する場面があらわれる。「目にゴミが入った」と陳腐なセリフを呟きながら周防とともにパソコン画面をみつめるプティの表情を捉えたショットが素晴らしい。
 ──これは稀代の天才振付師ローラン・プティと映画作家・周防正行との間の緊張と信頼のうえに成立したコラボレーションなのだ、と観客は強く印象づけられて第二幕へと赴くのである。

 第二幕〈バレエ〉はバッハの音楽をバックにボニーノがチャップリンへと「変身」していく《チャップリン〜変身》から始まる。

 ルイジが首にチュチュを巻き、手にトゥー・シューズを履いて踊る《小さなトゥ・シューズ》はユーモアと哀感にあふれ、この映画の最も印象深いパートのひとつである。いうまでもなくチャップリンがパンにフォークを突き刺して脚に見立てテーブルでダンスを披露した『黄金狂時代』の場面を下敷きにしたものだ。

 リハーサル中にはリフトされる場面で苦労させられた草刈がリエンツというよきパートナーを得て、最高の笑みを浮かべながら舞う《空中のバリエーション》の美しさ! 周防が「これを撮れただけでも映画を作った意味があると思った」と述懐しているのも納得できる。

 草刈がキッドに扮する《キッド》のパ・ド・ドゥもチャップリンの心をそのままバレエ化したような作品だ。そして、クライマックスともいえる《街の灯》。第一幕で二人が入念にリハーサルしていたのはこのパートであった。ここではスタジオセットも長めの塀をしつらえてあり、二人のドラマティックな踊りがいっそう映える。

 周防はバレエ・シーンを撮影するに際しては派手なカメラワークを極力禁欲しながらも、ここぞという場面ではダンサーと呼吸を合わせるかのような移動撮影や、コマ落としなど最低限のテクニックを使ってバレエの運動性を映画にしていく。

 あえてラストシーンにも触れておこう。
 一本道をトボトボと歩いていくチャップリンの後ろ姿を捉えたシーン。……いろんな人がパロッたり引用したりして、今や映像の紋切型となってしまったけれど、この映画ではその場面にノスタルジアを超えた清新な生命をあらためて吹き込んだといえるのではないだろうか。

 ルイジ・ボニーノなくしては、バレエ“Charlot danse avec nous”も、映画『ダンシング・チャップリン』も成立しなかっただろう。そして、草刈民代がバレリーナとして女優として、これほどチャーミングだったとは! もちろんローラン・プティも周防正行も、この映画に参画した誰もが素晴らしい。

 一度もダンスをしなかった日は、失われた日であると考えよ! 一度も笑いを誘わなかった真理は、偽りの真理であると思え! (フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

2011-04-20 20:05 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(2) |
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美しいものをみた。この映画を観てそう思った。

極限まで自分の心身を鍛え抜き、それを持続させる。
バレーの映画を観ているのに、達人の域にいる武芸者の映画を観ているような気もした。

どこにも力みがない流麗な人間の身体の動き。
そのもとには心身一如の域に達した...
「ダンシング・チャップリン」★★★☆
ルイジ・ボニーノ、草刈民代、
ジャン=シャル・ヴェルシェール、リエンツ・チャン出演

周防正行監督、
131分 、2011年4月16日公開
2011,日本,アルタミラピクチャーズ、東京テアトル
(原作:原題:ダンシング・チャップリン)


...
ご無沙汰しています。昨日「ダンシング・チャップリン」を見てきました。ルイジ・ボニーノも還暦、草刈民代も46歳になり、美しいバレエを記録して残しておくには、今しかないという監督の心意気を感じました。いい映画の紹介ありがとうございました。
すーさん、
この映画、もともとはローラン・プティの妻でダンサーのジジ・ジャンメールがルイジに「『ダンシング・チャップリン』は映像として残しておくべきだ」と言ったのが始まりのようですね。たしかに年齢を考えればこの機を逃すと『ダンシング・チャップリン』を映画館でみる、ということは無かったでしょう。
無論、この映画は単なるバレエの映像化、というレベルを超えて、映画作品として一つの世界を作りあげたと思います。
すーさんのブログで拙文を御紹介していただき、ありがとうございました。
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