映画『ディア・ドクター』
2009年07月12日(日)
夜の帳が下りた農村地帯の道を一台の自転車が走っていく。道端に白衣らしき物が落ちている。自転車が止まり、白衣が拾われ、身に纏われて再び自転車が走り出す――。
鮮やかな緑色の稲穂が風に揺れる山あいの農村を舞台にした映画が、美しい環境を際立たせる日中の明るい陽光の下でなく夜の闇の中でライトを灯して走る自転車をロングショットで捉えた場面から始まる。このオープニング・シーンはなかなかに暗喩的でもあり、秀逸である。
村でたった一人の医師が突然に失踪した。
捜査にやってきた刑事が村人たちに聞き込みを開始する。そうして、医師・伊野治(笑福亭鶴瓶)の素性が次第に明らかになっていくのだった――。
映画では、失踪の二ヶ月前、東京の医科大学を卒業したばかりの研修医・相馬(瑛太)が赴任してきたところから語り起こされる。伊野がいかに村人から尊敬され頼りにされていたか、時にコミカルに時にヒューマニスティックに描いていく西川美和の脚本・演出は巧い。
人間味あふれた伊野の診療ぶりをみて、相馬は疑問をさしはさみながらも次第に伊野への敬慕とこの村への愛着を深めていく。もっとも、ドクター伊野は非の打ちどころのない高潔の士というわけでもなく、薬卸しの営業マン(香川照之)とつるんで何やら怪しげなことをしていることも早い段階で示唆される。
世の中には単純な善人も悪人もない、一人の人間の中にも多様な性質が潜んでいるのだ――という西川の認識は前作『ゆれる』でも十全に具現化されていたが、ここでもそうした人間描写が精彩を放っている。
それは笑福亭鶴瓶を主演に迎えたキャスティングに象徴されているだろう。私がこれまで映画館のスクリーンで対面してきた鶴瓶には今一つ強い印象の残ったものがない。人なつこい、いかにも関西人っぽいおっさんを少ない出番で月並みに演じ(させられ)たような配役が多かった。その意味では鶴瓶独自の魅力を充分に引き出した監督はいなかったと思う。この作品での鶴瓶は多面的な顔をもつドクター伊野をごく自然に演じて、彼以上の適役はいないのではと思わせるだけの存在感を示している。
僻地医療や高齢者介護といった今日的な課題に触れた作品には違いないが、この映画の面白さは、そのような社会問題を映画的に言及したというようなワクに収まり切らないニュアンスに富んだ人間描写にあるのではないだろうか。
伊野は夏の暑い一日、一人暮らしの未亡人・鳥飼かづ子(八千草薫)を診察する。東京で医師をしている娘の世話にはなりたくないという彼女の気持ちをくみ取り、二人で「嘘」を共有するところから話は思わぬ方へと転がり始める――。
バイクで走り去った伊野の後ろ姿をキョトンとした顔で見送る子供。逃亡中の伊野と認知症の進んだ父親とが電話を通じて交わす哀愁に満ちたやりとり。……そんなこんなでちょっぴり切ない気持ちを掻き立てられたあと、病院のベッドにいるかづ子とともに迎えるラストシーン(オチといった方がいいかもしれない)には「お、そうきたか」と思わずニンマリさせられることだろう。
真っ赤な嘘は嫌われるけれど、ピンクの嘘なら歓迎される、と言ったのは寺山修司だった。鶴瓶扮するドクター伊野の真っ赤な嘘は、白衣のホワイトに薄められてピンクの嘘になっていたのだろうか――?
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2009-07-12 19:50
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18日19日は、貝塚の布団太鼓の祭でした。19日の夜は、妻の実家へ。練りあいも終
若かりし頃の鶴瓶さんはアフロヘアーでしたよね、あれから月日は流れ、、NHK紅白歌合戦の司会もされました。「鶴瓶の家族に乾杯」も続いてます、、、そして映画主演。
いつもTVで親しみやすいキャラで出演されていますから、
今回の映画主演も こういう役がごく自然に出来るだろうと納得しました。
所で 落語を聞いた覚えがなくて どんな感じなのかさっぱり掴めません。一度聞いて見なければと思いました。
鶴瓶師は、よく中堅若手の独演会のゲストという形でも落語会に出ていますね。上方落語協会副会長として立派に落語の振興に努めていると思います。
私が生の高座に接したのは一度だけ、数年前、国立文楽劇場で行なわれた落語会(桂春駒の会)で《厩火事》を聴いたのですが、端正な語りで大いに堪能させていただきました。
こちらこそ、ご無沙汰です。
『ディア・ドクター』を撮った西川美和という監督はまだ若いですが、なかなか人間観察に鋭いところがあります。
今夏は関西では「ルーヴル」の名が冠せられた展覧会が大阪・京都で開催されていて美術ファンにはたまりませんな。
国立国際美術館の『美の宮殿の子どもたち』は、始まって早々に行ってきたのですが、質量ともに凄いもので、整理がつかず未だ記事を書くには至っておりません。出品作をみると、京都の方が面白そうなので、そちらにもおりをみて出かけてみたいと私も思っています。