映画『それでもボクはやってない』
2007年02月21日(水)
 「痴漢の冤罪事件には、日本の裁判の問題点が詰まっている」ーー役所広司扮する弁護士のこのセリフが、この作品の問題意識を端的に言い表わしている。
 周防正行監督は、素材の面白さで勝負してきた生粋の映画監督だが、本作では、エンターテインメント性にあえて固執せず、一心不乱に、わが国の刑事裁判への疑問をスクリーンに定着させることだけに集中した。結果、2時間23分の長丁場を一気に見せ切ってしまう見応え確かな映画が私たちの眼前に出現することとなった。

 日本の刑事裁判の有罪率が99.9%であり、裁判が形骸化していることはつとに指摘されてきたことであり、したがって、刑事裁判において無罪を勝ち取ることが至難であることは「情報」としては知っていた。だが、こうして、被告人の立場からリアルに一本の映画作品としてあらためて問題提起されてみると、いろいろと考えさせられることが多いのも事実である。

 主人公のフリーター金子(加瀬亮)は、面接に行く途中の電車内で女子中学生に痴漢に間違われて「私人逮捕」され、そのまま警察署に連行される。一貫して否認するも、結局、起訴され法廷での闘争が始まる……。

 基本的には「法廷ドラマ」の様相を呈するが、周防監督はそのドラマの中に、日本の刑事裁判の問題点をいくつも織り込んだ。
 調書というものは、基本的に警察・検察の「作文」であること。
 痴漢犯罪のように物証に乏しい刑事事件の場合は、被害者の証言のみで事実が組み立てられることが多いこと。
 裁判官は、検察の筋書きに則り迅速に裁判を終わらせて、担当する案件の数を増やすことで「評価」を高める傾向にあること……などなど。
 
 こうした裁判の実情を抉り出すようなセリフが、弁護士と家族・支援者との雑談、傍聴者の会話などで展開されたりするのだが、不自然な講義調にならないところが周防監督の演出のウデというものだろう。
 また留置所や護送、法廷でのシーンに関しても、安っぽいテレビドラマにみられがちな必要以上の緊迫場面を作らず、むしろ全体に抑え気味の演技・演出によって逆にリアリティを生み出した。

 主演の加瀬亮、弁護士役の役所広司に加えて、裁判長役の一人、正名僕蔵がこのうえなく良い味を出している。この人物の人間味を感じさせる言動が、ともすれば単調に陥りやすい法廷ドラマに一つのアクセントをつけていたように思う。司法修習生相手のレクチャーの場面で、この映画の核となる、ありきたりだけけれど美しいセリフが、彼の口から淡々と発せられる。その言葉にこそ、周防監督の熱いメッセージが込められているのだ。

 本来なら、私の映画レビューは、ここで終わるところなのだが、もう少し書くことが残っている。周防正行監督は、この映画に関して「日本の裁判制度の矛盾を多くの人に知ってもらうために作った」という主旨の発言をしている。そこで、本作の問題提起を受けて、私なりの見解を補足しておきたい。

 刑事裁判での有罪率が99%だという事実に対して「それだけ日本の検察が優秀だという証拠」という意見が今なお少なからず存在している。だが、いうまでもなく私はそのような言い分を肯定できない。映画の中でも示唆されていたように、それは検察の「優秀」さを示す数字というよりも「権力性」を示しているにすぎない。あるいは裁判所がいかに検察という別の権力に阿っているかという実情を示しているにすぎない。そもそも、検察庁という国家の一官僚機構でしかない組織の判断(起訴か不起訴か)が、事実上シロクロの大勢を決してしまう、という裁判のあり方がマトモなわけがないではないか。

 もちろん、「疑わしきは被告人の利益に」という司法の大原則が必ずしも具現化されていない現実は、法曹界だけにその責任を帰すわけにはいかないことも事実だと思う。ある意味では、国民の大多数がそのような事態を支えてきたのだ。
 刑事事件にあっては、しばしば被疑者が逮捕された段階で、場合によってはそれ以前から、警察・検察の捜査方針に則ったマスメディアによって凶悪犯人像が形成され、たちまちのうちに多くの国民によってそのイメージが共有されてしまう。そこでは、推定無罪の原則も、疑わしきは被告人の利益にという原則も、厳密に意識されることはほとんど期待できない。

 その意味では、本作は日本の裁判制度を鋭く告発するものであると同時に、私たち一般人の刑事事件に向けられる煽情的な眼差しにも再考を促すものではないだろうか。

 それにしても、本作をはじめ『不都合な真実』や『父親たちの星条旗』など、ここ最近、下手なテレビ報道より余程「ジャーナリスティック」な映画作品が公開されていることを、私たちは喜ぶべきなのだろうか?

2007-02-21 21:04 | 記事へ | コメント(14) | トラックバック(15) |
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役所さんみたいな弁護士さんばっかだったらな?「それでもボクはやってない」。ちょい前テレビ放映で鑑賞。

やっとイラストが描けたんでアップ。

あのラストで正解ですな。
「良い映画」っつーか「必要な映画」って感じ。


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「Shall We ダンス?」の周防正行監督が、
11年ぶりに作った映画。
「Shall We ダンス?」はかなり好きな映画なので
本当は映画館で観たかったのですが
DVDで鑑賞となりました。(T^T)


フリーターの金子徹平は
大事な就職の面接を控えた日の朝、
満員電車から...
それでもボクはやってない 2007年04月19日(木) 22:01 by 銀の森のゴブリン
2007年 日本 2007年1月公開 評価:★★★★★ 監督:周防正行 脚本:
『それでもボクはやってない』 2007年03月24日(土) 09:53 by 京の昼寝〜♪
明日裁かれるのはあなたかもしれない・・・
 
■監督・脚本 周防正行  ■キャスト 加瀬亮、役所広司、瀬戸朝香、山本耕史、光石研、尾美としのり、田口浩正、高橋長英、本田博太郎、竹中直人     
□オフィシャルサイト  『それでもボクはやってない』...
勝手に映画批評14 2007年03月21日(水) 13:32 by sons and daughters -blog-
【それでもボクはやってない】 8点
裁判の傍聴はしたことないですけど、かなりリアルな映画だったような気がする。淡々と進む裁判のなかに、焦りやいらだちが入り交じっていて、容疑者にさせられた主人公の気持ちがよ
見た日が火曜日で神戸市の映画館のレデイズデーだったこともあるのか、年末見た「武士の一分」より多い100人ほどの観客がいた。年齢層は20代から60代までの男女がいてずいぶん幅が広かった。

映画が始まると館内にすぐ観客達の息を詰めるような緊迫した気配が漂った...
[movie]それでもボクはやってない 2007年02月27日(火) 16:42 by THANK YOU MY GIRL
日本の刑事裁判制度の問題点を取り扱った“社会派”ムービー。 満員電車で痴漢と間違われ、警察に拘留、裁判に起訴、 という無実の罪を問われる話なのだけれど、 私は実は加瀬亮目当てで行ったので、配役に彼が無かったら わざわざ観に行く事はなかった映画だと思う。 まぁ
試写会会場となった客席からはしわぶきひとつ聞こえない。
もちろん、退席する人とてない。
全員が身じろぎも少なく物音ひとつ立てずに、スクリーンを見つめ続けている。
私とて息を凝らし、次の展開がどうなるか、大いに気になって
2時間余りスクリーンを見続けるだ...
     

 「それでもボクはやってない」 (2007年・日本)
  監督・脚本:周防正行
  製作総指揮:桝井省志
  出演:加瀬亮/役所広司/瀬戸朝香/山本耕史/もたいまさこ
 
『ファンシイダンス』、『シコふんじゃった。』、『Shall we ダンス?』と、笑いと涙の...
『それでもボクはやってない』 2007年02月23日(金) 10:58 by Brilliant Days
「Shall we ダンス?」以来なんと11年ぶりの新作!?だったんですねぇ・・周防監督。 観終わってみれば2時間23分という長い上映時間だったにも関わらず、手に汗握り、夢中で主人公の青年の行く末を見守っていました!悔しい! そんなバカな!? どうなってるん...
それでもボクはやってない(2007 日本)

監督 周防正行
脚本 周防正行      
撮影 栢野直樹        
音楽 周防義和      
出演 加瀬亮 瀬戸朝香 役所広司   

「疑わしきは被告人の利益に」
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 最近、富山で○○罪で実刑判決を受けた男の人が二年9ヶ月服役後、無罪だという事が判明した。それは昨年8月に別件で逮捕された男が「自分がやった」という自白からだ。警察の取調べもかなり不十分だったようである。しかし無罪であることを主張することも出来なかった...
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ええと、当初見るつもりでは無かったこの映画、ところがネット上のあらゆるところで絶
 トラックバックとコメント、ありがとうございます。正名僕蔵もいいですね。というか、みんないい。居るべき場所に居て、喋るべき台詞を淡々と。リアリティを追求しつつ、でも、エンターテイメントにしてしまう周防監督の手腕には、毎回、驚くばかりです。次回作は・・・また10年後?もっと観たい監督です。脚本を読みましたので、近いうちにもう一度、観ようと思っています。読ませてもらいました。ありがとうございました。  冨田弘嗣
楽しく鑑賞するというよりも、勉強する感覚で観てしまいましたね。実際に多くの事件が未解決の状態で、何十年も闘われている現実だから・・・・。そういう意味で、この映画は“これでいいの”?と問いかけているのではないでしょうか?
こんばんわ!
コメント&TBありがとうございました。

組織内の都合と形式ばかりを優先する...。
この映画で描かれている裁判の進め方の実態は
ちょっと見方を変えれば実社会のシステム上、あまりにありがちなことでそういう意味では驚きはなかったのですが
何せ人の一生を左右する刑事裁判でそれをやられると....。

無実判決を書くのには才能と勇気がいる...
こんな言葉は聴きたくなかったですね。

おそらく誰もが見て見ぬふりをしてきたであろうテーマに直球勝負で挑んだ周防監督は本当にすごいですね。
冨田弘嗣さま、
たしかに、周防組の役者さんは、いつもどなたも素晴らしいですね。
周防監督は、カメラを回し始めるまでにたくさん「勉強」しなければならないテーマをいつも取り上げているので、寡作になるのはしかたないとしても、もう少し間隔をおかずに見たい監督ですね。
mezzotintさま、
「勉強する感覚」で観ながら、決してかったるさを感じることはないーーというところが、周防監督の力だと思います。
裁判を闘うというのは、自分だけでなく周囲の人たちも巻き込んでしまいますから、本当に大変なことだと思います。
周防監督の問題提起に、司法の世界はどう応えてくれるのでしょうか。
moviepadさま、
>無実判決を書くのには才能と勇気がいる...
……つい最近も、役所より国民の立場を重視した判決を出し続けていた裁判官が自殺しましたね。自殺の理由はわかりませんが、想像するに、そのような「良心的」な裁判官が生き辛い世界なのではないか、と思ってしまいます。いずれにせよ、残念なことです。
周防監督は、今回は伝道師のように、公開後も「裁判制度」関して積極的に発言をしていますが、話もなかなか冷静で傾聴に値しますね。
こんにちは! 
テンプレートが変わりましたね 素敵なデザインですね(^^)

>私たち一般人の刑事事件に向けられる煽情的な眼差しにも再考を促す

犯人と決め付けて「どんな人でしたか?」と聞くと、したり顔で「元々怪しかった」などと言う管理人とか、身体的特徴など示されただけで「ああ〜あの男絶対怪しい!」などと思ってしまう私達観客など・・ 監督も上手いですね〜 さりげなく私たちに向けてもそういった安易な思い込みの危険な側面を見せてくれていたような気がします。
TBとコメント有難うございました。
マダムSさま、
え〜と、テンプレートを変えたのは、ずいぶん前で、変えてから何度か御来訪いただいていると思いますが……、ま、いいか(笑)。

>「どんな人でしたか?」と聞くと、したり顔で「元々怪しかった」などと言う管理人とか
……竹中直人扮する管理人は少し戯画化されてましたが、一般人を象徴する役回りとして、貴重でしたね(笑)。公式サイトでのインタビューもちょっと変です(笑)。
周防監督の「さりげなさ」、たしかにそれが演出のセンスなのだと思います。
うわっ 失礼致しました。。 もう最近すっかりアルツ気味でして・・何度も同じ事を聞いたり、話したり。。 次にお邪魔してまたテンプレートを褒めたりしそうな自分が怖いです(自爆)
先ほどは早速のお返事ありがとうございました。
マダムSさま、
何度でも褒めていただけるなら、褒めて下さいませ(笑)。
私は最近、超有名な俳優の名前を思い出すのに苦労することがあります(苦笑)。『明日の記憶』の渡辺謙状態!?

こちらこそ、御丁寧なコメントありがとうございました。
コメントをどうもありがとうございました。

きまじめな姿勢の中にも、深刻になり過ぎないよう
控えめなユーモアが感じとれる作品でしたね。
映画の中では被疑者の訴えは斥けられましたが、
前半に出てきた裁判長の言葉はすばらしいと思いました。
多くの人がこの映画を通して、日本の裁判制度に
関心の目を向けてくれるといいですね。

syunpoさんのレビューは、この作品をとてもよく
論評されていると思いました。拍手です。
masktopiaさま、
>きまじめな姿勢の中にも、深刻になり過ぎないよう
控えめなユーモアが感じとれる作品
……周防監督の持ち味が、この作品にも充分活かされていましたね。正名僕蔵が演じた裁判長は、周防監督の思いに最も近い法曹者像を体現していたのではないでしょうか。
奇しくも、昨日、公選法違反に問われた12人の被告に無罪判決が出ました。詳細はわかりませんが、報道から察するにかなり無理な捜査・取調べが行なわれたようですね。
拙文をお褒めいただき、本当にありがとうございます。
syunpo さん、こんにちは。
TB&コメントありがとうございます、と言いつつ、お邪魔します(^^)。
この映画を観るまでは、警察、検察、裁判所はそれぞれ独立しており、特に裁判所は高く独立していて、無実の者にとっての頼みの綱なんて勝手に想像していたのですが、なんとも空恐ろしくなる現実に内心寒気を感じました。

>裁判所がいかに検察という別の権力に阿っているか
おっしゃるとおり、まさしく本来あってはならない「阿り」こそ歪んだ現象を生じさせている原因のひとつでしょうね。

>一般人の刑事事件に向けられる煽情的な眼差しにも再考を促すもの
これもそのとおりで、どうしても好奇心が前面に出て、色眼鏡で見がちになる傾向があり、刑事事件の歪を支える一因となっている可能性は否定できないでしょうね。私も自戒せねばなりません。
サムディさま、
御来訪、まことにありがとうございます。
裁判制度というものは、一般人の場合、当事者にでもならないかぎり、真剣に考えたり勉強しようと思うことはあまりないでしょうから、関心をもつきっかけとして本作は大変意義深いものだと思いました。

刑事事件を伝える報道にふれるときには、私たちも、もう少し冷静に俯瞰の目でみる必要があるかもしれませんね。自省をこめつつ(苦笑)……。
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