ニックネーム:イダヒロユキ 
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2010年02月04日(木)
残業代の割増率が一部でようやく50%になるが・・・

今年4月1日に施行される「改正」労働基準法では、ようやく、ようやく、時間外規制が少しすすみます。まったく不十分ですが。

過労死を招くような長時間労働を抑制することを目的に、「改正」法では、月60時間を超える時間外労働の賃金(残業代)の割増率が現行の25%から50%に引き上げられます。

先ず大問題は、中小企業については残業代の引き上げを「当分の間、適用しない」としていることです。(猶予措置は施行から3年後に改めて検討する)

また、そもそも、残業代の割増率は、すべて50%にすべきです。月60時間の残業なんておかしすぎるわけで、残業の割増率は、外国のほとんどが50%以上です。戦後すぐの議論でさえ、世界標準で50%にする話だったのを、ほんとうに貧しい、敗戦直後だったので、とりあえず25%にしただけで、その後それをずっと据え置いたのが政治の責任です。自民政権だったからです。

とはいえ、現実的妥協案としても、まずは、どこで働こうと、一律、月60時間を超える残業には50%の割り増しとすべきです。中小企業の労働者は、先に死んでもかまわないというのはおかしいわけですから。そしてそれを数年内に月40,20時間とさげていくべきでしょう。

2010-02-04 11:55 | 記事へ |
| 労働 / 政治、権力 |
こんな意見もある

国民新党の亀井大臣が、郵政の非正規20万人を「正社員に」といった。
簡単にはすすまないだろうが、そもそも、根源的に提起するようなことが少なすぎた。
非正規問題は、単に正社員にというだけでなく、有期雇用の規制、派遣の規制、請負の規制、最賃の規制、パート法の抜本改正、などによって進められなければならない。
その端緒になればいい。
思い起こせば、亀井さんは、90年代に客室乗務員を3年試用するという制度にも文句を言った。政治的には基本的に保守おじさんであるが、労働では、古きよき時代の感覚ももっていて、ときどき、労働者の権利擁護の意見を言う。
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郵政の非正規20万人を「正社員に」 亀井担当相
2010年2月3日19時20分
 亀井静香郵政担当相(国民新党代表)は3日、郵政民営化見直し後、20万人超の日本郵政グループの非正規雇用従業員を正社員にするよう同社に求める考えを国民新党議員との会合で明らかにした。
 同社の非正規従業員(派遣社員含む)は約20万5千人。約23万1千人の正社員を加えた全従業員の5割弱を占める。正社員化はコスト増にもつながり、会社側の反対は必至だが、亀井氏は記者団を前に、「経営権にまで介入するのかと批判されると思うが、そこまで踏み込んだ改革をやらなくてはいけない」と強調した。

2010-02-04 11:42 | 記事へ |
| 労働 / 政治、権力 |
うれしいこと、そして柏原市職員におもうこと
最近、少し時間がかかっていた団交の決着がついて、嬉しかったです。最後は相手の社長さんも少し心を開いてくれたように思います。妥協してくれました。こちらがムチャクチャを言っているのではないと少し伝わったように思います。

また別の交渉でも、「社長」さんが来て、まあまあ、向こうの言い分も聞いて、感情を吐き出してもらって、しかし、結果として、あなたの与えた影響は、あなたの主観としてはそうでないとしても、事実上は○○○であり、圧迫的な態度であり、十分に従業員である○○○の意見をちゃんと聞かなかったことに問題があるので、謝罪してよね、というところで落ち着きました。
よかったです。

やはりお互い人間です。聞きあうこと、相手の立場からもものを見ること、そのうえで、ユニオン側からの見方(労働者の権利、法律の精神)も理解してもらうこと、そうすることで歩み寄れます。
私たちが、金のためとか、単に相手を憎いと思って攻撃して溜飲を下げているというのではないこと、働くものの人間としての尊厳を取り戻そうとしていることをわかってもらったとき、歩み寄りが見られます。
そのような話し合いはやってよかったなと思えます。

それに対して、最初から「組織防衛」ということで、ウソも含めてただただ防御のために、人間としての顔の上に仮面をかぶって、応答してきたとき、表面的な対立になり、ことはすすみません。心の交流もなしです。
でも最初はそうでも、時間のなかで、ちゃんと聴きあえれば、ことがすすむときがあります。
「最後」まで聴こうとしない場合は、抗議活動とか、法的行政的な外部の力で事態の変化をもたらさねばならないこともあります。

ちゃんと交流できず、ただただ仮面のむこうがみえないまま、対立だけしているのは悲しいです。
聴こうとしない、心が固まっている、というのは、ナサケナイ生き方だなあと思います。
私たちが、何を言っているのか、何にこだわっているのか、聴いてほしいです。

***

柏原市福祉事務所の方々と、いつか、聞きあいたいです。
「向こう(A君)が悪い」と思い込んで、思考停止するようなことを、「本当に私のしていることは、それでいいのか」と問うてほしいです。
「A君のしたことは、ほんとうに、3ヶ月も留置し、職務強要罪で有罪にし、犯罪者にし、職業訓練校も辞めさせるようなことだったのか」を組織内部で話し合ってほしいです。
公務員として、福祉職員として、本当に、市民の自立を援助しているだろうか、と問うてほしいです。

恥を知れる人生は、まだまともです。
沈黙は加担です。
2010-02-04 11:26 | 記事へ |
| 労働 / 貧困/反貧困 / 政治、権力 |
「世紀の没落」ーーどう生きるのかという素朴な質問

石内都の写真エッセイ集『ひろしま』(集英社)をみました。

そこにはさまれているしおりに、ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩が掲載されています。
味わい深い。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
「世紀の没落」

われわれの二十世紀は、前世紀より
よい時代であるべきであった
歳月人を待たずのたとえのように
年をとれば、歩みもおぼつかなくなり
息も短くなる

あまりにも多くの
起こるべきでないことが起きてしまった
そして、きたるべきことは
やってはこなかった
とりわけ 春や 幸せに向かって
歩み続けるべきであった

恐怖は、山や谷から去っていくはずであった
虚偽より早く真実は
目的に向かって突き進むはずであった

不幸な災害のいくつかは
起こらないはずであった
たとえば戦争
そして飢餓などの

備えのない無防備というものが
尊ばれるべきであった

だれがこの成し遂げることのできない
課題の前で動きのとれなくなってしまった
世界を寿ぐ(ことほぐ)ことを望んだのか

愚鈍さは 滑稽なことではない
賢明さということは 楽しいことではない

希望
これはもう、あの若い少女のものではない
残念なことに

神は 善良で たくましい人間を
信じるべきであった
しかし善良とか たくましいということは
これは依然としてまだ一人の人間に望むべきこと
ではない

どのように生きるべきか―――手紙でだれかが訊いてきた
この同じ問いを
だれに投げかけたらよいというのか

今まで書いてきたように
またいつもと同じことではあるが
どう生きるのかという素朴な質問以上に 
緊急な問いかけというものはない
2010-02-04 02:32 | 記事へ |
| 作品 / 戦争  |