ニックネーム:イダヒロユキ 
都道府県:地球
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2010年02月02日(火)
「金縛り」は、霊のせいではない


金縛りになったことが、人生で2回だけある。ああ、これがそうなのか、とおもった。
ほんとうにに重くて動けなかった。

でも、合理主義者の僕は、それで世界観が揺らぐことはなかった。
尊敬する友人で、金縛りを霊と結びつける人がいる。その人の考えを否定はしない。
だが、ぼくは、「AだからB」というときに、そこに論理的な飛躍がある場合があるから、必ずしもBとはいえないよね、とおもう。

自分が納得できる「物語」「説明」を人は必要とする。

さて、『朝日新聞』で金縛りは、睡眠リズムの乱れ、からだは眠っているのに、脳が起きている状態ゆえのことという。合理的で納得できる説明だ。

疲れ、不規則などが原因でレム睡眠になって、そのとき金縛りにあいやすいという。心身が健康的で、ちゃんとした睡眠が取れると金縛りはおきにくいものだということだ。

僕は、〈スピ・シン主義〉をいうが、インチキな神秘主義者ではない。〈たましい〉の水準を大事にするという、歴史的に人類が持ってきたものを正しく受け継いでいきたいと思うだけだ。


2010-02-02 00:51 | 記事へ |
| スピリチュアリティ |
全国学力調査という政治的プロパガンダ

全国学力調査の構想が出たのは04年11月だった。提唱者は当時の文科相、中山成彬氏で、彼は日教組を目の敵にしている極め付きの「右翼君」で、妄言を繰り出したことで有名で、彼自身が日教組的なるものをつぶすために学力調査を無理やり導入したということは、いまや明白である。
彼自身が、文科相時代に全国学力調査を提唱した理由は、日教組が学力を低下させているという自説を証明するためであり、証明が完了した以上調査の役割は終わったと述べている。
2004年の第2次小泉改造内閣で文部科学大臣として初入閣して、ここぞとばかり右翼者として様々な教育改革を提案したうちのひとつが、学力調査だったのだ。

彼の資質が余りに愚かであるのは、彼のいろいろな言動で有名である。

たとえば、彼が2008年に、次期衆議院選挙に立候補しないといったり、やっぱり立候補するといたりした迷走振り。宮崎県知事のひがしこくばるくんを国政にといったりもした。文部大臣時代に全国の小中学校を視察したが大阪だけは日教組が阻止して実行できなかったと述べたこと。2008年9月28日、国土交通大臣を5日で辞任、閣僚の在任期間としては戦後2番目の短命であったこと。
辞任した後に「民主党政権が誕生すると、日本全国が大阪府みたいになる。職員組合とのなれ合いで財政破綻にひんしている」と発言したこと。大分県の球威運採用贈収賄事件で「大分県の教育委員会のていたらくなんて日教組ですよ」「(日教組が強いから)大分県の学力は低い」といったこと。日教組に対する批判について、「撤回はしない。
わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」といったこと。そなこんなで、この人、ちょっとおかしいよね、とみんなにわかってしまった。


他の点でも彼の逸話は続く。彼は、南京大虐殺否定論者で、「婦女子に対する暴行とか、そんなことは全くなかった」と発言したりしている、変な人である。
慰安婦問題でも「やっと最近、従軍慰安婦や強制連行という言葉が(教科書から)減ってきたのは本当によかった」、「そもそも従軍慰安婦という言葉は当時はなかった。なかった言葉が(教科書に)あるというのが問題」などという、日本軍・日本政府の責任を認めない立場のお方である。

そんなヘンな右翼君であったが、当時は、拉致問題、ジェンダーへのバックラッシュ、靖国参拝、中国や韓国批判、教科書問題などで、右翼的な人の意見が小泉や安倍を担いで勢いをもっていた時代であったため、学力調査もいろいろタテマエをつけて実行されてしまった。それが政治である。


今から思えば、学力調査のその見識のなさという正体は明らかではないか。だが、人々は踊らされる。まるで、ヒトラーの時代に、まじめに「議論」していたように。ヒトラーの時代も、日本軍国主義の時代も、新聞も大学も裁判所もあったのだ。

というわけで、2010年、ようやく、政権交代を通過して、全国学力調査が、次回実施分から抽出式に変わることになった。

以下、それの関連記事。
この記事でも中山君が、まだほざいている。それによってかえって、全国学力調査の不必要性が明らかになっているのだが。
悪い夢のような、プロパガンダとしての、全国学力調査であった。だが、それに加担したものは誰も責任を取らない。メディアも。大金を使うムダで、かつ競争と「序列化」を煽るだけの、単純な「学力」把握という、低いレベルの教育論の産物であった。
まだそこにしがみついている輩も多い。教育論って、ヤンキー先生レベルの人がほざくのに適したところなのね、と思う。「日教組が悪い」といえば意見だと思っている人たちがうろついている。

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学力調査、抽出式でどう変わる?
@『朝日新聞』2010年1月18日

「巨費を投じて全員にやる必要があるのか」「地域間の『点数競争』に陥っている」。2007年のスタート以来、様々な論議を呼んできた全国学力調査が、今年4月20日の次回実施分から大きく変わることになった。最大の変更は、小6、中3の全員を対象にしていたのを、全体の約3割を抽出するサンプル調査に切り替えることだ。文部科学省は、「学力競争」や公表問題のもとになっていた市区町村別、学校別の成績の集計もやめるとしている。

■成績公表の火種小さく
 国語と算数・数学の2教科で実施されている全国学力調査について、民主党はかねて「全体の学力傾向をつかむには抽出調査で十分」という考えをもっていた。政権交代で「抽出化」は既定路線になったが、さらに政府全体で予算削減の動きが強まり、昨年末に確定した10年度の政府予算案では、学力調査にかけるコストは前年度比約24億円減の約33億円に。全体の抽出率は32%(小学校25%、中学校44%)とされた。

■変わる調査目的
 文科省はこれまで、全員を対象とする理由として、「教育委員会や学校が全国との関係で自らの教育や施策の課題を把握し改善するため」「学校が自校の児童生徒の学力などを把握し、指導の改善に役立てられるようにするため」などと説明してきた。昨年末に公表された次回調査の実施要領からはこうした言葉が消え、「国として全国的な学力と学習の状況を把握し、施策の検証、改善を図る」というシンプルなものになった。
 学力調査をめぐり、これまで大きな問題になっていたのが成績の公表問題だ。
 全員調査の結果、文科省は市区町村や学校ごとの成績をまとめて各都道府県に提供していたが、「外部に出したら序列化につながり、弊害が出る恐れがある」として、都道府県にはデータを公表しないよう求めてきた。しかし、「税金を使った事業でデータを明らかにしないのは許されない」といった知事の発言が続き、秋田県では08年末、当時の寺田典城知事が自ら県内の市町村別の成績を県のホームページで公表した。市町村教委の反発は大きく、同県教委の神居隆次長は「理解を求めることに労力を使い果たした日々だった」と振り返る。

 抽出化に伴い、文科省は、次回の調査では市区町村や学校別の成績は集計しない考えだ。抽出率が3割にとどまる中で細かく集計してもあまり意味がない、という考えだ。これにより、文科省の集計結果をもとに「公表か非公表か」が迫られる場面はなくなることになる。
 学力調査をめぐっては、「よそに負けまい」と好成績をとるために事前のテスト対策を講じる学校が出ていたが、こうした現象も当面は沈静化するとみられる。

 ただし、文科省は、今後も都道府県別の成績については集計、公表するとしており、都道府県単位での「序列化」の構図は変わらない。また、学力低下への不安感から、保護者には代わりになる全員参加の公的なテストを地元の教育委員会などに求める声も上がりそうだ。(上野創、斉藤寛子)

■抽出率の差の訳は…
 次回の全国学力調査は全体では「3割抽出」だが、都道府県別で見ると、最も低い愛知の14.9%から最も高い高知の57.6%まで、かなり幅がある。特に中学では、愛知の22.7%から佐賀の81.8%まで差が大きい。7割を超える県も五つあり、「抽出」と呼ぶには違和感がある高さだ。なぜ、こうなるのか。
 こうした抽出率について、文科省は、前回の学力調査の成績のばらつき具合や、学校数の多さから計算したとしている。都道府県別に平均正答率をみたとき、成績が高い層から低い層まで差が大きい地域では多めにサンプルをとらないと全体傾向が把握できない。逆に、正答率の差があまり大きくなく、全体の平均点に近いところに多くが固まっている地域では抽出率が低めでも全体状況がはかれる、という考え方だ。
 また、人口が多い大都市圏では抽出率が低くてもその自治体の傾向が分かるが、人口が少ない地域で同じ精度を保つには抽出率が高くなる、という事情もあるとしている。(見市紀世子)

■提唱者・中山氏は…
 全国学力調査の構想が出たのは04年11月。提唱者は当時の文科相、中山成彬氏だった。中山氏は「競い合う心や切磋琢磨(せっさたくま)する精神が必要」と説いたが、国交相時代の08年には「なぜ提唱したかといえば、日教組の強いところは学力低いんじゃないかと思ったから」などと発言し、問題化した
 調査が抽出方式になることについて、朝日新聞の取材に応じた中山氏は次のように話した。
    ◇
 悉皆(しっかい)(全員)調査をすることに意味がある。費用が問題で抽出にするぐらいなら、2〜3年おきに悉皆でやった方がいい。
 結果は学校ごとに公開すべきだった。どの県、どの町が(成績が)良い、先生が良いとか悪いとかいうことになれば、みんな自分の地区に関心を持つ。傾向と格差が検証できる。悉皆と抽出とでは全然違う。
 教育界は競争は悪だという概念に縛られてきたが、社会に出れば世界の大競争の中に入る。学校でもある程度の競い合う心を養わないと、東洋の三等国になると思い、大臣になったときに教育改革を提唱した。政権交代で逆戻りになって残念だ。改善への努力も弱まる気がする。

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2010-02-02 00:30 | 記事へ |
| 教育 / ナショナリズム政治 |