ニックネーム:イダヒロユキ 
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2008年10月16日(木)
戦争は罪悪である――竹中彰元


ETV特集「戦争は罪悪であるーーある仏教者の名誉回復」NHK10月放送
をみた。

岐阜県垂井町・明泉寺(真宗大谷派)の僧侶、竹中彰元(しょうげん)は、戦時中に、「戦争は罪悪である」といったことで逮捕され、宗門からも処分された。
長らく忘れ去られてきた人であったが、2007年にようやく真宗大谷派からの処分取り消し・名誉回復が行われた。
この顛末を扱ったドキュメンタリーであった。
いい番組だった。
 
1937年(昭和12年)日中戦争始まったとき、「戦争は罪悪である」といったため逮捕された。
竹中彰元の最初の発言を村人や坊主仲間が告発・密告したことがきっかけである。71歳のときであった。

厳しい取調べをうけるが、自説を展開。家族が「説を曲げろ」といっても、「失言したと言え」といっても、失言ではないといい続けた。結果、執行猶予付きの有罪(軍事に関し造言飛語をなした罪)となる。

竹中彰元は、次のようなことを述べたという。
「この戦争は、一つの罪悪であり、人類に対する敵である」
「仏教においても無益の殺生は罪悪であります。闘う必要がないのに闘うということは、罪悪であり侵略であります。戦争は人馬の命を奪い、悲惨なものだから罪悪だというのだ」
「戦争は大きな犠牲であり、悲惨なものである。占領したり陥落させてもすぐに日本のものになるわけではない。人命の犠牲、莫大なる予算を使う。いたずらに人を殺生するのが国家のためになるのか。もうここらでやめたほうがよい。それが国家として賢明である」
などと発言。

周りの人は非国民だ、バカな発言だと憤慨。この戦争は聖戦、平和のための戦争なのに、と。
当時、本当にそう信じていた人が多く、また、そうは思っていなくとも、逆らっては捕まるので黙って時勢に媚びたことを言うのがほとんどの人であった。

竹中彰元は、もともとは、別に戦争反対ではなかったが、徐々に仏の教えと現実の矛盾に気づいていき、発言していく。
発言が役場に漏れたが、竹中彰元は「言論は自由である」といっていた。

真宗大谷派という宗派としても、竹中彰元を僧侶としての最低の位に落とし、布教使の資格も剥奪。

地元の住職達は対応を検討する集まりをもち、戦争に協力すると申しあわせ。

一殺多生」(いっせつたしょう:人一人を殺して、多くを助ける)、これは仏教の精神だという話が当時は広がっていた。
だが、本当は仏教にはそんな教えはない。親鸞聖人は使っていなかった。だが、僧侶達は、「一殺多生」といって戦争に協力していった。
明治時代(明治16年ごろ)の真宗大谷派の新聞にこの言葉が出てきていたという。富国強兵に宗教教団が協力するために使われ始めたという。

真宗大谷派は戦争に協力体制をとっていた。「利己心をなくすには、戦争は最もよい導きである」といっていた。
当時、真宗大谷派トップ(大谷光暢・法主)は、自ら伊勢神宮に参拝し、信者に対しても神社に行って戦争勝利を祈願するようにと指導。1937年12月南京攻略があったが、そのころ、大谷派トップ(法主)は中国各地を訪問。戦時下は国民の意識を鼓舞するのが住職の役割だなどと、いっそう協力していった。
寺の鐘なども供出し武器にしていく。占領地の人の心をつかむために、宗教者と教師が動員されたが、宣撫(せんぶ)工作といって、宗教者はその支配の完成に協力していった。
国難突破などといって、仏教各宗派、各宗教全体が、戦争に協力していった時代。国家精神総動員といわれ、宗教界もその一部を担う。(どんな時代も、時勢に合わせて生き残ろう、伸張しようという輩が出てくるもの)

それに対し、竹中彰元は、「真宗大谷派は祈祷祈願を禁じている(神様を拝まない、神祇不拝(じんぎふはい))。それなのに、戦争の勝利を祈祷祈願するのは教えにそむいているのではないか」と提起。
若い者達を戦場に送ることにも心を痛め、農耕に大事な馬まで持っていかれ、農家の困窮をみて、徐々に戦争反対(戦争は人間を犠牲にして悲惨なもの)の立場になっていく。
竹中彰元は、仏教の原点に戻って主張するが孤立していった。一部門徒は、罪を軽くするように、嘆願書を出したが、多くは戦争協力で自分を守っていった。

戦争末期、竹中彰元は出生していった若者、また死んでいった若者を思い、静かに暮らし、戦後すぐの10月になくなった。
戦後長らく彼のことは忘れられ、語られなかった。

戦後、大谷派は戦争協力を反省するも、具体的には何もなさなかった。中国侵略50年後の1987年、全戦没者追弔法会(ついちょうほうえ)を開催。それまでは日本の戦没者だけだったが、この年から世界のすべての戦没者を対象にして、自らの責任を告白。戦争問題だけでなく、差別問題、人権問題に取り組んでいく。
1995年には、戦争に協力した宗門の罪を懺悔し、不戦決議を採択。
1996年、日露戦争に反対して、逮捕投獄され、宗門から追放されていた高木顕明の名誉回復。

だが、竹中彰元のことは放置されていた。圓光寺(えんこうじ)住職大東仁さんが卒論でしらべたことをきっかけに再発見されていき、それを受けて岐阜の住職たちが動き始め、ようやく2007年、70年前の処分取り消しへと至った。その後、竹中彰元の生涯を記録する本つくりへと再評価の動きは続いている。

今、その意志を過去のこととしてではなく、現在のこととして受け止めようとする人々が受け継いでいる。異なる意見が許されない時代に、このように勇気を持って真実をいって生きた人に見習って生きていくと誓う人たち。

それがこの番組を作らせた。
若い人にぜひみてほしい。
安易に「もう一度戦争だとか、戦争でも起こって格差をひっくり返してほしい、国を守るのは当然、憲法9条を見直して軍隊を持つのは当然、核武装すべき」、などという愚かな人が増えているなか、ちゃんと勉強して、まともな生き方を身につけてほしいと思う。


利己心をなくすには、戦争は最もよい導きである」というような考えは今でもある。
厳罰主義、甘い奴は軍隊で鍛えろ、権利意識・日教組がいけない、公と道徳を教えろと。

歴史は繰り返す。




2008-10-16 14:47 | 記事へ |
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