「紙屋悦子の青春」を見た(関西では9月に公開予定)。すばらしかった。
松田正隆さんの同名戯曲を黒木和雄監督が映画にしたものだ。
松田正隆さんの作品は見ていないが、原作に忠実に映画化したということなので、その構成、せりふのすばらしさは、原作によるところが大きいのだろう。
戦争終結前の昭和20年の春、桜が咲くころ、鹿児島県のある田舎の一軒の家族の物語である。
両親を東京で失った紙屋悦子は、兄(安忠)と兄嫁で親友のふさと、つつましやかに暮らしている。
戦時中なので食糧事情もよくはないが、田舎では何とか穏やかな生活ができる。
ある日、兄、安忠は、見合い話を持ってくる。後輩の明石少尉が紹介する男、永与少尉である。
悦子と明石少尉はお互いなんとなく惹かれあっているが、当時のこと、そんなことはおくびにも出さないし、明確に確認したこともない。
その明石が縁談話を持ってきたのは、自分が海軍航空隊に所属し、もうじき自分が死ぬとわかっているからである。
愛する人を託せるのは、永与が信頼できる親友だからである。
ふさは悦子の気持ちを察してはいるが、安忠は明石の思いを汲み取っているのでこの縁談を進めようとする。
当時の若い軍人のこと、女性とのコミュニケーションはぎこちないものだが、しだいに悦子は永与のよさを感じるようになる。
桜が散るころ、明石が特攻隊で出撃するといって別れの挨拶に来た。万感の思いで見送る安忠たち。
「見事、敵艦を攻撃してください」という悦子は、明石が出て行った後泣き崩れる。
数日後、明石から最後に託された悦子への手紙を持って、永与は明石の死を知らせにくる。
永与と悦子は、それぞれの思いを抱えて結婚への決心を固める。・・・
☆
当時、庶民は、軍国主義の下といっても、みながみな熱狂的愛国主義者であったわけではない。戦争そのものへの批判精神などもっておらず、なんとなく国の言うがまま信じてはいるほど従順で素朴ではあったが、そこには日常生活があり、身近な人を思う気持ちがあった。
戦争や天皇のこととなると、一応こういわねばならないというルールとか言い方を身にはつけているものの、敵の飛行機を見て「えもんかけみたい」と笑うようなところもある。庶民の愛国主義の程度とは、こんなものだろう。
私がこの映画をみて思ったことを、簡単にメモしておきたい。
1 当時の日本は本当に家父長制的であったということ。男たちが偉そうだ。女たちがただずまいをただして、かいがいしく男たちの世話をしている。
2 兄、安忠は、妻ふさが、涙を流して、「本当は日本が戦争で負けてもいいと思っている。爆撃で死ぬことなど考えずに、普通に赤飯やラッキョウを食べたい」という、素朴な、だがこころに忠実な真実の声に、建前で怒ってしまう。心の声に耳を貸すことができない、当時の人たちの、当時の男たちの、戦争中の人々の、愚かさがよく出ていた。
3 みな、深く考えることをしていなかった。
戦争のばかさかげんがにじみ出ている映画だった。
この映画を見て、「戦争で死んでいった人たちを悪く言うような左翼は、非国民で、非人間だ。靖国の英霊を侮辱するな」というような人は、まったく目が曇っている。
4 とほうもなく、当時の日本男児は、コミュニケーション能力が低かった。
5 結婚制度について。
当時は、この程度で結婚していた。 情報、出会いが少なく、人は純情で、人に勧められて、見初められて、いい人に出会って、結ばれていた。
そういう時代に適した「結婚のあり方」だったのだ。
だが、それでいいのか、と、こういう映画を見て改めて思う。
今、さまざまな出会いがあることは、いいことだ。それに耐えるだけの人間の成長が伴っていないが。
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