2011年元旦の『朝日新聞』には、いろんな苦労した人の話が載っている。歌手の槙原さんもそのひとり。でも普通の人の壮絶な人生は、生き延びる、という言葉を思い起こさせるに十分だ。
また、以下のような情報が飛び込んでくる。
『SPA!』の記事の行政の対応は、ひどい。だがそんなことは日常茶飯事。
この現実があるのに、そことずれたところで、議論しているものたち。
政治でも、論壇でも、学会でも、ネット(ML)でも。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
回ってきた情報
渋谷109ビル下の地下道に入ると、無数のヤングホームレスたちが簡易ホテルよろしく夕方から雑魚寝している。そこは夜中閉まるので、早めに睡眠をとるってわけ。
「SPA!」2010年12月28日号にも、20〜30代のホームレスが急増中!という情報。
20〜30代のホームレスが急増中!
(SPA! 2010年12月28日号掲載)
2010年12月29日(水)配信
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/spa-20101229-01/1.htm
日本の貧困率は今や15.7%(先進国中2位)。特に、20〜30代のホームレス化が急激に進行中だという。抜け出そうにも抜け出せない「貧困の連鎖」の現場をリポート!
【若年ホームレスの急増】
全国各地のホームレス自立支援センターでは、ここ1〜2年で20〜30代の入所者が急増。大阪では3分の1、東京では4分の1が若年層となっている。
ホームレス支援雑誌を発行する「ビッグイシュー日本」の若年ホームレスに対するアンケート(対象者の平均年齢は32.3歳)によると、半数以上が転職を5回以上経験。その大半が不安定就労を繰り返していくケースで、キャリアアップには繋がらない。製造業派遣の解禁も大きな影響を与えている。
路上のみで過ごす人はごく少数で、大半の人がネットカフェ、漫画喫茶、ファストフード店、サウナ、コンビニエンスストアなど、終夜営業店舗と路上を行き来していることが明らかになった。路上で見かける以上に、若年ホームレスの数は多いということになる。
一度落ちたら抜け出せない貧困スパイラルにはまった若者たちを直撃!
五味川祐太郎さん(23歳)は極貧の母子家庭に生まれた。食べるものにも不自由したため、児童養護施設に保護されて育ったという。高校卒業後は、飛行機の清掃や器具の運搬の仕事についた。母ともまともに連絡をとれない激務の日々。
そんなあるとき、実家に帰ってみると家がなくなっていた。
「知らない間に、母が亡くなっていたのです。身寄りがいなくなり、生きている意味もわからなくなった。衝動的に『死のう』と思って富士の樹海に足を運びました」
◆職と家を何度も失い路上に戻される生活
しかし、樹海をさまよい続けた五味川さんは奇跡的に生還。生きて還れたからには必死で生きようと、その後も忙しい毎日を送った。家にはほとんど帰れず、空港ロビーで僅かな睡眠を取るだけの日々。
あるとき、ちょっとしたミスで飛行機のドアを傷つけてしまう。
「本当に小さな傷なのですが、ドア全体の交換が必要だと言われました。何百万円という損害の責任を問われ、自主退職という形で職場を去りました」
寮住まいだったため、職と同時に住む場所も失い、路上生活へと転がり落ちていった。
その後、新聞販売所での住み込みの仕事を見つけた。しかし営業中に、髪形を褒めたつもりの一言が客を怒らせてしまう。それが原因であっさりクビになった。
またも路上に逆戻り。さらに、公園で昼寝をしている隙に全財産の入ったバッグを盗まれてしまう。
「目の前が真っ暗になりました。不安や恐怖を感じる余裕すらなくしました。その後は路上でただただ孤独に暮らしていました」
五味川さんは、なんとか路上生活から脱出しようと行動を起こす。「まず仕事を見つけなければ」と、気合を入れてハローワークに向かった。しかしその窓口で、「役所で生活保護を受け、住む場所を手に入れてもらわないと仕事は紹介できない」と追い返されてしまう。
そこで生活保護の申請に役所の福祉課へ行くと、「まずはハローワークで仕事を見つけてきて」と、たらいまわしに。再びハローワークに戻り「役所でこう言われた」と伝えたが、「連絡先のない人に仕事は与えられない」の一点張り。
そこで、再度福祉課に行くと「仕事がないのならそこらへんの求人誌で探しなさい」と言われてしまう。五味川さんは生活保護を受けるのを断念し、その後も路上生活を続けた。ところが後日、彼のことを知った支援団体が福祉課に同行すると、あっさりと生活保護を受けることができたのだ。
◆生かさず殺さず搾り取る“貧困ビジネス”
生活保護を受けられるようになったものの、役所の窓口で勧められた施設に入ると、今度は「貧困ビジネス」が待ち受けていた。
そこでは施設側に生活保護費の管理も委託することになっていた。
しかしそのほとんどは寮費や食費、管理費として搾り取られ、手元にはわずかなカネしか残らない。
住宅の家賃は、ベニヤ板で仕切られた2畳ほどの個室で5万3700円。そのほか食費や光熱費などで5万円以上が引かれるのだ。手元に残るのはわずか7000円ほど。行政は「家賃は法律で定める上限を超えていないため違法ではない」と説明している。
「このままじゃ施設から一生出られない」。五味川さんは辛抱できずに再び路上へ飛び出した。
行政がホームレス対策としてつくった「自立支援センター」に入るという道もあったが、「多くの人が再び路上に戻ってくる」と聞いていたため入所しなかった。
実際、東京都の場合2か月の入所期間中に仕事を見つけないと「意欲がない」とみなされ追い出される。仕事が見つかった人も、短期雇用ですぐクビになったり、コミュニケーションの困難でトラブルを起こしたりで、結局8割以上が路上に逆戻りしているという
行政の対策は見当外れなうえに、死なない程度に搾り取る貧困ビジネスが追い打ちをかける
「何とか貧困から抜け出したい」。その熱意もあって、五味川さんは知り合いから飲食店の職を紹介される。ホールスタッフとして毎日マジメに働き、順調に生活を立て直し始めたように見えた。
そう思っていた矢先、その飲食店が風適法違反の疑いで警視庁に摘発されてしまう。研修期間中だった五味川さんはほとんど給料も貰うことなく、再び路上へ戻ることを余儀なくされた。
「このときばかりはもう、自分の人生に呆れました」(五味川さん)
しかしそれでも諦めずに、今度は牛乳の営業の仕事に就くなど、できる限りの努力をしたが、路上からはなかなか抜け出せなかった。
そんなある日、五味川さんの勤勉さを知る知人が古紙回収の仕事を紹介、正社員として雇われることに。同時に、民間の支援団体に保証人になってもらい、アパートを借りることもできた。
わずかな給料でやりくりしているため、現在はアパートのガスも電気も止められてしまった。なかなか生活は落ち着かないが、何とか貧困のスパイラルから抜けようと五味川さんはもがいている。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
|