宮地尚子『傷を愛せるか』(大月書店、2010年1月)がでた。
すばらしい本である。いつもながら。
彼女は、僕が、数年来、この日本で、もっともイチオシの人である。2006年に出した拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』でかなり引用させてもらったし、そのころ、女性学会やあちこちで彼女のすばらしさを伝え、彼女を呼んだりした。このブログでも、何度も言及しているし、『環状島』のことも書いた。
あさかゆうほさんやいちむらみさこさんもすばらしいが、文章の点では宮地さんがNO1だとおもう。
今度も期待に反しない。エッセイ集であるが、心に沁みる。
彼女の本の感想は、高画質、それでいて素朴な映画のシンプルさがある、という感じ。まともな神経が隅々にまで行き届いていて、気持いい。
性暴力被害者の声のそばにいること、繊細な感受性をもっていること、知的能力が高いこと、そして文学的能力が高いこと、それらが集まって、宮地の作品を生み出している。
☆ ☆ ☆ ☆
ところで宮地さんがスキューバで一番好きなのが無音の世界で水面からの光につつまれて水面を眺めることだそうだ。
僕も水底に寝転んで上をみるのが好きだ。
☆ ☆ ☆ ☆
『傷を愛せるか』の最初のエッセイ「なにもできなくても」がいい。宮地さんらしい。本書の基本精神が出ている。
子どもが転げ落ちるのをただ見ていた自分。
だがあるとき、彼女は気付き、腑に落ちる。
何もできなくても、見ているだけでいい、目撃者もしくは立会い人になるだけでいい、のだと。「見守る」にさえ届かなくても、そこにいるだけでいいんだ、と。
目に焼き付ける、目撃するということの意味。
それは、癒すとか、支援するとかとは何をすることなのか、死にたいとか、性暴力のようなひどいことに対して何ができるかという問題に連なる。
そのことは、本書の最後のエッセイ「傷を愛せるか」でも探られる。
ベトナム戦争の戦没者記念碑。それはワシントンDCに“傷”として、少しはずれた地中にある。しみじみとした惨めさを抱えて存在している。すっきりしない。だからこそ、まさに傷なのである。
傷をずっと抱え見つめ続けることは難しい。傷は時間とともに癒えていくこともあり、あるいは、PTSDのように痛み続ける。
だからなんとか、聖なるものにまつりあげて記憶を記念碑で固定したり、逆に傷があったこと自体を抹消したり、他の事を上に塗りこめて見えなくしたりする。
負の遺産の記憶を持ち続けるには、力が要る。抹消しようとする力がある中で、傷跡を保存する、ということは大事なことである。
そんななか、傷の記憶の抹消ではなく、「包帯を巻く」ということで、傷に寄り添おうとする行為を描いた『包帯クラブ』の話を宮地は紹介する。傷ついた〈場所〉に包帯を巻き、手当てされた風景をデジカメで撮り、相手のアドレスに送るという活動。
傷に対してできることはほとんどない。ただ、それを知るだけ、みるだけ、包帯を巻けるだけ、痛いでしょとおもえるだけ。つらく思える、だけ。
思えば、自殺防止センターでの電話では、できていることはそれだけであった。聴いて、つらく思えるだけ。この世で、電話をかけてきた人が抱えている「苦」を、電話線を通して、聞き手も一瞬感じるだけ。何も解決しない。両者が重くなるだけ。
この世には、誰にも知られない傷がある。傷つけてしまったという傷もある。知らずに傷つけてしまう傷、傍観者として加担してしまった傷、どうしようもなく流されてしまって自分を傷つける傷、相手を傷つけてしまって自分を否定してしまう傷、どうしようもないことによる傷、などある。
その多くは、だれにも知られない。誰にも届かない。癒せない。思いだせばうずく。ずっと抱えている思いで、さわればかすかに痛い傷もある。
宮地は、他の人の深い傷に触れていく主人公達が、「自分の傷つきや繊細さにのみとらわれて、こわばっていた内面が、ゆっくりとほぐれていく」という点に目を向ける。
そうだろうな、と僕は思う。
包帯を巻くという行動によって、「手当てされた風景」。
それは「何も変えない」けれど、何も変えていないのだろうか。
できることはそういうことではないのか。
☆ ☆ ☆
宮地さんはトラウマに関する学会でも、専門化していくことで、だいじなことから方向性がずれていくという問題に言及する。
何のための、誰のための研究・調査なのか。
米軍兵士の調査が学会で論じられるが、米軍の兵士が精神的な病気にならないための研究、発症予防のためや早期回復ための研究でいいのか。闘って人を殺しても殴っても、まちをは解しても、侵略しても、傷つかない人間を作るための研究に加担していいのか。
宮地は、トラウマの本質解明に役立つ研究だという大義の前に沈黙するが、心の中で叫んでいる。米軍のイラクへの派兵自体をやめるとか、イラク人のPTSDを調査するとかが射程に入らないのでいいのか、と。
ここを読んで僕の友人もいろいろ悩んでいることを思い出す。
僕なども批判の対象になるのだが、いわゆる学術論文的なスタイルをとらない人を批判する「学者」たちがいる。アカデミズムなら、客観的に、感情や意見ではなく事実や実証できることを、論理的に、そして他の学者の引用をちりばめて、こうかかなくっちゃだめだよ、というわけだ。
あほらしーと僕は思うが、ほんとにそんなひとはいる。そういう場合、感情や立場や思いを抱えて書くとダメだとされる。宮地さんや岡さんなどのように、感情を出すとだめだというのだろう。
学者になりたいのではなく、考えたいことを考え、かきたいことを書き、伝えたいことを伝えるために書くのではなかったのか、というような問いの立て方をしない。
傷を負った人の立場で、その人が少しでも楽になるための学問ではないのか、と単純には考えない。
アカデミズムのあり方とは誰が決めたのか、というようにも考えない。でも外国で権威付けされた「偉い人」が言うと、その流行は一応追う。どこまでも権威主義で自分で考えない人は、そんなスタイルだ。
で、友人は、今日、たとえば、「日本財団の助成金を使う」ということに無批判的で「どこの金であろうと出してくれるなら使えばいいじゃん」というようなことに対していらだって、以下のようなすばらしい文章を書いた。
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助成財団としての事業内容のこと以前の問題について、私自身はもっと目をむけるべきだと思っています。
なぜ、中央競馬会や競輪の財団と違い、競艇だけは日本財団という名前に変わったものの、笹川財閥を母体とする特定のファミリーが独占することが可能な法律になっているのか?
もし、社会の改革というのであれば、その既得権を解体することから始めるべきではないかと思う。沢山のお金が集まるところから、必要なところに再分配すればよい、という考えに異論はない。しかし、その沢山のお金はどこから得たものか?
金融庁2008年度上半期の「地方自治体における多重債務相談の状況」によると、借金の理由は「低収入・収入の減少による生活費・教育費等の不足」(約30%)が群を抜いて多いが、それに次いで、ギャンブル・遊興費が約7%との結果が出ている。(この他には、商品・サービス購入(約6%)、事業資金の補填(約6%)等)
競艇事業の収益が上がるということは、それだけ沢山の「スッた」人たちがいて、彼らのお金が大量に集まるから潤沢な資金を有する財団でありえるのではないのか。WHOでは病的賭博を治療の必要がある病気と認定しています。
公営と名づけられているから問題がないということでは済まされない社会的な課題を抱えているのが競艇を含むギャンブルであり、それを原資として成り立っているこの財団が「助成金」という公的事業によって、その問題性を漂白している面があることについてについて、根本的に論じることなく、目の前にあるお金をいかに上手に獲得(活用)するか、という議論でよいのでしょうか。
潤沢な予算を元に、ありとあらゆる市民団体や活動に助成金を出していることやそれを受けている団体について否定するわけではありませんが、そこで話が終わってしまっていいのでしょうか。
例えば、これだけ沢山の資金を集める装置がギャンブルの収益ということ以外には日本では考えられないのかということも考えるべきではないかと思います。
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だが、こうしたまともな意見は、真摯に受け止められるであろうか?
宮地は、「反戦をここで言っても意味はない。役に立つ内容だけ選択的に取り入れればいい」と自分に言い聞かせて学会で沈黙した。孤立するのを恐れたかもしれないと自分でいう。苦い。
撹乱があれば面白いのに、と僕ならおもうが、まあ人それぞれだ。
僕は彼女が苦く思っていることに共感した。
で、宮地は、〈傷〉と名づけること、そして傷だから、手当てをしたらいつか治るかもしれないとみるような、原点に立ち戻る。
それは専門家的でないからダメだと、誰が言おうと関係ない。
「何にもならないことの証として包帯を巻く」ということの意義。手当てされた風景を残すこと。傷を前に、たちすくみ、悩み続け、ただ、重荷を受信してしまうだけであること。
無力感や罪悪感、そして自分が逃げたり、自分が傷つくこと、それらを見つめるか、鈍感にそんなことをまったく考えないか。
宮地は最後に言う。
傷を愛せるか。
傷を愛するのは難しい。傷を目撃し、傷を記録し、傷をなかったことにするのはたいへんだ。傷を抹消したり傷をなかったことにすることはできるかもしれない。
でも傷はあった。傷を負わせたり傷ついた自分というものを、自分からなくすことはできない。
だから宮地は、傷と付き合う。傷の周りをそっとなぞり、身体をいたわり、傷を包み、さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目から隠し、傷とともにその後を生きつづけようとする。傷を愛せないあなたを、愛そうとし、傷を愛せないわたしを愛そうとする。
そして「傷のある風景が残り続けることによって、人は時には癒されることがある」という希望を語ってくれる。
だから、何もできなくても、見ているだけでいい、といってくれる。
そうなのだろうとおもう。
傷は僕にも残っている。
宮地さんの新刊、お勧めです。
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