「今昔物語」をご自分のパソコンに『保存』する方法
2016年05月07日(土)






「今昔物語」をご自分のパソコンに『保存』する方法



パソコン堪能者の方々は、既に御自分なりの方法で保存されていると思います。そこで、その他の方々で、『保存』の方法が分からない方々のために、専門家にお聞きしました。一番やりやすい方法は「カテゴリー」ごとに保存するのが良いと思います。方法は下記の通りでございます。



■Internet Explorer9以上の場合

まず、カテゴリー分類の中から、保存したい「カテゴリー名」を選んでパソコン画面に出します。そして

 01. 右上の歯車を左クリックする。

 02. 「ファイル(F)」を左クリックする。

 03. 「名前を付けて保存(A)... Ctrl+S」を左クリックする。
 -- 「Webページの保存」というタイトルのウインドウが表示される。

 04. このウインドウの下の方の「ファイルの種類(T):」の右側にある
   枠内(おそらく「Webページ、完全(*.htm;*.html)」と表示されている)を左クリックする。
 -- 「Webページ、完全(*.htm;*.html)」
   「Webアーカイブ、単一のファイル(*.mht)」
   「Webページ、HTMLのみ(*.htm;*.html)」
   「テキストファイル(*.txt)」
   が選択できるようになっている。

 05. 「Webアーカイブ、単一のファイル(*.mht)」を選択(左クリック)する。
   補)ファイルの種類が、「Webアーカイブ、単一のファイル(*.mht)」になっていないと、たくさんのファイルができてしまうので気を付けてください。

 06. 少し上の、左と右にフォルダやファイルが見えている画面を操作して、右側の画面に、保存先の中身が見えているようにしてください。
   補)「ドキュメント」や「デスクトップ」に保存すると便利かと思います。

 07. 「ファイル名(N):」の内容が「生長の家「今昔物語」.mht」になっているので、てきとうな名前(たとえば、表示しているカテゴリ名)に変更する。

 08. 画面下の[保存(S)]ボタンを左クリックする。


■保存したページを見る場合
 01. Explorerで保存先のフォルダを開く。
 02. 見たいファイルを左ダブルクリックする。


以上でございます。




2016-05-07 23:04 | 記事へ |

「生長の家 今昔物語」終了の<お知らせ>
2016年03月16日(水)




合掌、ありがとうございます。
約6年8ヶ月に亘って続けてまいりました「生長の家 今昔物語」は、本日を以って記事更新を終了させて頂きます。「生長の家 今昔物語」は、J-COMのホームページ・サービスを利用して続けて参りましたが、このホームページ・サービスが、来年1月末日をもって終了する旨の公示が為されました。


当「今昔物語」ホームページ開設の動機は、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を換骨奪胎された「マサノブ教」として、勢力を伸ばしていることに危機感を感じ、最初はマサノブ総裁に幾多の諫言状を送っていたのでありますが、最後は「受け取り拒否」の返信が来たのであります。しかし、このままでは世界人類の至宝である「生長の家」の『御教え』がマサノブ総裁によって地上から抹殺される危機感を感じて、雨垂れ打ちのキーボード操作から70歳の手習いを始め、「生長の家 今昔物語」としてスタートしたのが平成21年7月でありました。


マサノブ・ニセ総裁によるサヨク唯物現象論に対抗して、本来の正統な正しい「生長の家」の『御教え』復活を目ざして、爾来、6年8ヶ月本流復活運動の一翼を担って参りました。(その間、膨大な量のコメント・荒らしに遭い、それまで閲覧者の皆様へ公開していたコメントの自由なる投稿も止むを得ず閉鎖せざるを得なくなり今日に至っております)。管理人である小生も今年では後期高齢者の仲間でもうすぐ80歳に手が届くようになりました。J-COMのホームページ・サービスの終了通知も来たことと、「今昔物語」の伝え遺したい内容と役割も概ね完了いたしました。そして、マサノブ・ニセ総裁も現状は狂乱状態で四面楚歌、おそらく今年中には辞職していかざるを得ない事態が出てくるでしょう。「本流復活」が明確に見通せるようになってまいりました。


記事更新は終了いたしますが、「生長の家 今昔物語」のホームページの閲覧は来年(平成29年1月末)まで可能でございます。
http://blog.zaq.ne.jp/sinseityounoierengou/

本当に長い間のご愛読、心より感謝申し上げます。

 
平成28年3月16日「生長の家今昔物語」管理人 拝




2016-03-16 23:49 | 記事へ |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十六回・最終回>






御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」
 


北尾巳代次先生




<第十六回・最終回>






第9編  クモの巣





観音さまの慈悲

 芥川龍之介の著書の中に「蜘蛛の糸」というお話があります。ご存知の方も多いと思いますが、ある日観音様が庭園を散歩せられていたのです。そして池の中をふとご覧になりました。池の底にはズーと下の方に地獄が見えるのです。観音さまは暫くその地獄のありさまを悲しそうな眼で眺めていらっしゃいましたが、ふと一人の男の姿に気が付きました。それは生前数限りない悪業を重ねて、その悪業の報いとして煉獄の炎の中で苦しんでいるのであります。

 しかし観音様はその男にも一つの愛の行為があったことを思い出されたのであります。それは彼がある山道を歩いている時に、一匹の大きなクモがスルスルと彼の足許に降りて来たのです。彼は咄嗟に足を挙げてその蜘蛛をを踏みつぶそうとしたのです。その時彼はふとその蜘蛛が不憫になり、傍の木の葉の上に逃がしてやったのであります。それは誠に小さな善意でした。しかし観音さまはその男の中にもそうした神の愛が生きていたことが不憫になり、彼を地獄から救ってやりたいと思われたのであります。

それで一本の蜘蛛の糸をスルスルとその池の底に垂らしてやりました。クモの糸は銀色に輝きながら下へ下へと降りて行って、やがてその男の頭の上に達しました。男は紅の炎の間から、この銀色に輝く一本のクモの糸を見つけると、しめた、と思って、手早くその糸を把み一所懸命に上へ上へと昇ってゆきました。やがて虚空高く上った彼は、もうどれだけ来たのかと下を見てびっくりしてしまいました。彼の足許には何百何千という亡者が、エッサエッサとその糸に縋ってよじ昇ってくるではありませんか。

その時、その男は急に不安になりました。自分一人でも何時切れるかも知れないこの細い糸に、こんなに多勢の亡者がつかまったのでは、これはたまったものではないと思ったのです。そこで彼は大きな声で下の亡者に向って呶鳴りました。

「こら、皆手を放せ。この糸は俺が最初に見つけたのだぞ、俺一人のものじゃあ」と。するとその言葉の終らぬ内に、その糸は男の頭の上でプツンと切れて、男も多勢の亡者も共に元の地獄の炎の中に真逆さまに落ちていってしまいました。というのです。

 これは心の法則を巧みに表現したものです。奪うものは奪われ、貪欲は地獄に落ちることを教えたものです。でも私の言いたいのは、人間が行ずるいと小さな愛行でも神様はちゃんと覚えていて下さるということなのです。

仏教の教えに「諸仏の大悲は苦ある者に於てす。心偏に常没の衆生を愍(びん)念す」とございますが、諸仏の大慈大悲の御心は苦しみのある者のためにあるのであります。言い換えてみれば人間が病気になったり、不幸になることは、それは神様の悲しみであり、苦しみであると思うのです。観音さまは常に衆生の悩みを我が悩みとして愍念(不憫に思う)して下さるということです。従って私たちはこの大悲の心に答えなければなりません。折角救いの蜘蛛の糸を垂れ給うても、救われる側が餓鬼そのままでは救われようがないのであります。




   トラックが浮き上がる

 最近兵庫県志方町の藤原豊乃さんから素晴しい体験のお手紙を頂きました。次にその一部をご紹介しましょう。水の中に沈んでゆくトラックの中で、観世音菩薩の妙智力が必ずお救い下さると信じて、少しも恐怖しなかったと書いていらっしゃるのは流石に尊いと思います。

「車が大きく傾いて、石垣の所で一端止まり、そのまま深い水の中に落ちまして、私の顔が水の中に沈みました。私は息をせんようにせなんならんと目をつぶって水の中に逆さまに沈んでゆきましたが、それが半回転してグルリと車の屋根が上向に起き上って浮いて来たのです。私のこの話を聞いても私の兄弟は信じません。

 自動車は浮くはずがないと申しますが本当なんです。婿はハンドルの向こうに足を取られてもがいています。『足が折れたのか』と尋ねると、『いいや別状ない。母さんは?』と言いますから『私は何ともない、早く身体を取らぬと車が沈んでしまう』と言って身体を引っ張ってもがくと、アッという間に車が沈みまして、『急いで硝子を壊せ』と言うと、壊さずにずらして自分が出て泳ぎながら私を引っ張り出してくれました。

 2時間後レッカー車が釣り上げて家へ運んで貰いましたが、その後エンジンがポンポンとかかり屋根が少しへこんだだけで何の怪我もありませんでした。私はその間平然として、微塵の不安のない心情に神のすること間違いないと思い込んでいる心、今自分に与えられたことは素直にお受けするより道はないと思いこむ習慣、神が愛であると信じることの深さ、この気持がその時も私をして驚かせなかったと思われます。生長の家の住吉大神様の観音妙智力はいよいよ強大なる働きとなって、信じる者を実相世界の住人にならせ給うと信じます」

 以上の一端から伺われるように、不可能と思われる事を可能にして、救われていらっしゃるのであります。

「衆生仏を憶念すれば、仏また衆生を憶念し給う」と親鸞聖人の言葉にございますが、誠に神を忘れぬ心こそ大切でございます。多くの人はこの大なる観音妙智力のあることを知らず、煩悩熾盛火宅無常の世界にうつつを抜かす愚かなる心に気付かせて頂くよう、私たち一人一人がその導きのために10部一括、100部一括の愛行に励まして頂こうではありませんか。




第10編  葉公と共産党



田中忠雄先生の文章の中に、こんな話があります。昔シナに葉公(ようこう)という男がありまして、竜が好きで、沢山な竜の置物や掛図を並べて、朝から晩まで。それを眺めて悦んでいたのです。すると天上にいる本物の竜がそれを観て、彼奴はよほど、俺が好きと見える。それなら、俺の本当の姿を見せてやれば、きっと咽喉を鳴らして喜ぶであろうと、ある日天上から降りて来たのであります。

しかし何せ、本物の竜が降りて来たのですから一大雷鳴と暴風の吹き荒れる中を、ガラガラピシャンと、葉公の庭さきに、その姿を現わしたのであります。葉公はもう恐くて恐くて身体をブルブル顫わせて、終いに気絶してしまった。というのであります。

今、日本人は戦後の誤った教育の結果、自己の責任を自覚することなく、自民党の失政を口実にして、共産党に投票ささえすれば、自分の給料は2倍にも3倍にも上り、物価は、そのままか、あるいは半分位に引き下げられ、税金は松下幸之助一人が払ってくれ、国防費は全部福祉に振り替えられるなんて、まるで3歳の童子すら考えられぬ思考で行動をしている人間が余りにも多いのであります。

彼等は竜のオモチャを見て喜んでいた葉公と同じで、共産党の実体を識らず、ただ表面のよい言葉に惑わされて、この平和な世界一恵まれた日本の国土を、あのソ連のノーベル文学賞を受賞したソルジェニ―ツインの書いている「収容所列島」に売り渡たそうとしているのであります。

共産党が如何に美辞麗句を並べようが、共産党政治がいかに残忍であり、恐怖すべきものであるかは、このソルジェニーチインの文によって明らかであります。ソ連が彼を殺さなかったのは、彼が世界的な文学者であり、全世界の世論に屈したからなのです。

皆さんの記憶にあると思いますが、中共では最近、今日の中共を築き上げた恩人の林彪を処刑しましたですね。彼は毛沢東の政治を批判し秘かに、ソ連に逃れようとしたそうですが、その時間や場所を密告して、政府に捕えしめたのは、林彪の実の娘であった事が明らかにされて彼女もまた、その同志によって殺されてしまいました。この様に、親子、兄弟が互いに密告によって殺し合うような政治の実体を皆様に想像できますか。共産党の恐怖政治の一端をのぞかせたものでありまして、この世界では人間を信ずる心が失われてしまうのです。

現在の日本でも人間と人間とが互いに憎しみ合い、傷つけ合う世界に転落しつつありますが、共産党の治下にあっては、もはやこんなものの比ではないのです。私たちは葉公のように本物の共産党の政治を経験して目を回す前に、お互いに自己の責任を自覚して、真の政治家を選ぼうじゃありませんか。




第11編  二匹の鬼




  箱と杖と靴

 あるところに二匹の鬼がいて、箱と杖と靴を間において喧嘩していました。通りかかった男がその理由を尋ねますと、鬼は、「この箱は欲しいものが何でも出て来る宝の箱であり、この杖はこれを持てばどんなに恐ろしい者にも打勝つ力を持ち、この靴を履けば何処にでも自由自在に飛び歩く事が出来る宝の靴なのだ、それで俺達は争っている」と答えました。

そこでその男は、「それなら、お前達がいくら争ってもラチがあくまい。私が得心の行くように平等に分けてやるから暫くここをのいてくれ」と言い、自ら靴を履き、杖を持ち、箱を抱えてどこかへ飛んで行ってしまいました。

 これは「雑(ぞう)宝蔵経」に書かれた釈尊の譬え話であります。鬼というのは信仰のない人の譬えであり執着を現わしています。箱は布施であり、杖は持戒、靴は禅定を現わすと説かれています。いずれも「心経」の中の六波羅蜜に出てくる言葉です。百姓が種子を蒔くように布施は幸福の種子をまく最も大切な愛行です。幾ら信仰しても物質的な執着を乗り越えることの出来ない人は、この鬼のように幸福から取り残されてしまいます。

 持戒というのは、まず生活を正しくして人間としての道をわきまえることです。煩悩を断ち切るためには、余程自分に厳しくなければなりません。禅定は心定めです。心が絶えずフラフラしていたのでは幸福は逃げて行きます。病人など、心が動揺して死にはせんか、悪くなりはせんかとフラフラしていたのでは癒える病気も増悪します。

 一昨年でしたが、王寺の沢村さんが半身不随になられた事がありました。信仰深い沢村さんも流石に身体の自由を失うと、落着いてはいられない。死の恐怖で一睡も出来ません。心は絶え間なく動揺して、目をつむっても天地が揺れている感じです。

しかし沢村さんは、10日余りすると自らの心の相に気付かれたのです。何たる事か、私の20年の信仰はただ今日のためにあるのではないか。死ぬべき現象生命であればそれもよかろう。このまま生かされる生命なら、その生きている生命の続く限り感謝の祈りを続けよう、と反省されたのです。今まで恐怖と不安に揺れていた沢村さんの心がその時ピタリと静まったのです。すると間もなく沢村さんの全身に如来の血が廻り始め、一切の束縛から解放せられる事になったのであります。




   屍体と旅人顫顫

「雑宝蔵経」にもう一つ二匹の鬼の話が載っています。ある旅人が道に迷って淋しい空家に泊りました。夜中に一匹の鬼が屍体(したい)を抱えて入って来ました。続いてもう一匹の鬼が駆け込んできて、お互いにその屍体を奪い合いました。旅人は恐ろしく隅の方で小さくなって顫えていると、先の鬼がその男を見つけて、「お前といくら争っても果てしはつくまい。幸い此処に証人がいる。この男にどちらが正しいか決めて貰おうじゃないか」

 後の鬼もそれを聞いて賛成しましたので、鬼は男の首を把んで引きずり出し、「誰が最初に担いで来たかを正直に言え」と言いました。男はもう絶体絶命、どちらを立てても殺される事は必至と、心にみ仏を念じながら見たままを正直に言ったのです。すると後の鬼がおこりその男の手をもぎ取ってしまいました。これを見て先の鬼が屍体の手を抜いて、その男の肩に着けてくれました。すると後の鬼はますます怒って、更に別の手を抜き、脚を取り、頭を抜き、胴を取去ると、また先の鬼が次々と屍体の手、脚、頭、胴を取って来て継ぎ足してくれました。やがて二匹の鬼はあたりに散らばった手や足を食べ、満腹して立ち去って行ったのです。

 男は漸く人心地がつきましたが、親から貰った手も足も頭も胴も、皆鬼に食べられ、今や自分の手も脚も頭も胴も屍体のものとなり、ここに生きている肉体が自分か自分でないか解からなくなってしまいました。

 考えてみると肉体は所詮自分ではないのです。肉体の奥に、物質の奥に、精妙極まりなき完全なる存在あり、と説かれています。肉体は入れ替わったように見えても、その男の人格、生命というものが換っていない限り、彼はやはり彼であるという点に注目すべきでしょう。二匹の鬼はいつも私たちの中にいるようです。




あとがき

 校正が進むにつれて、私の過去38年の信仰歴が今、走馬灯のように甦ってきます。中にはすでに故人になった懐かしい方の名前もありますが、大部分の方々は、今日もなお元気に、報恩の誠心を持って光明化にご挺身下さっていることを心から感謝します。

 校正しつつ、み教えの偉大さに敬服、体験の素晴らしさに、津々たる興味を覚えるとともに、感動に胸打ちふるえる思いがして、改めて尊師谷口雅春先生に深い深い感謝を捧げさせて頂きます。(昭和52年2月1日初版) 北 尾 巳 代 治



平成28年3月16日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




               
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=


<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



2016-03-16 17:52 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

<号外> 「別宗・マサノブ教」の最新状況 H.28.3.11〜16
2016年03月15日(火)







<号外> 



「別宗・マサノブ教」の最新状況 



H.28.3.11〜16





「掲示板」より・・・

マサノブ君への“短文説教”!


=心を尽くし、精神を尽くして謙虚に拝聴すべし!=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4759

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1356688903/5298



@ 自転車に乗る人が、自転車を降り押して行く。
A 嘘で塗り固めた雅宣教は、さぞかし重たかったでしょう。
B 今回の総本山ヒルクライムは、雅宣教の象徴でしょう。
C それでもお金の為に、重荷を背負い、登って行く。
D 登頂された人は、奥津城で雅春先生に、心からお詫びをされたのでしょうか?
E <法燈継承>をした・・ と言うから、信用してついて来た!
F 「真理」だ、「真理」だ、と思っていたら、マサノブ爺さんの説く言葉巧みな「真理もどき」だった!
G 気がついたら、「谷口雅春先生の御教え」とは <異質な> 「マサノブ教」だった!! ウッカリ、洗脳されていたのだった!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月11日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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悲報! 心より御冥福をお祈り申し上げます。

又もや「ニセ経」のリズムが招いた惨禍!


=マサノブ総裁は惨禍の責任を取るべし!=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=178



▼ 三重教区の事件に続いて、宇治別格本山で、昨10日、管理職の立派な先生が自ら命を絶たれました。
▼ 「大自然惨禍経」の悪霊波が招いたかつての宇治の大水害
▼ 「観世音菩薩惨禍経」の悪霊波が招いた三重教化部内の殺人事件、引き続いての宇治別格本山の菅理職の先生の自殺
▼ もはや、「ニセ経」は次々と惨禍を引き起こしている。
▼ 「ニセ経」の読誦を止め、聖経『甘露の法雨』に戻るべし!

★★ 以前から、多くの教団職員がうつ病。マサノブ総裁は、理屈を捏ねず、「教勢衰退」と相次ぐ「教団内惨禍発生」の責任を取り、辞職して教団から退去すべきである。

■■ この様な霊的責任を自覚できぬマサノブ総裁は、宗教家の資格なし! 茶坊主のイソベ・ユキシマ・オオツカの最高首脳も責任を取って辞職すべし!
■■


平成28年3月11日

 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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相次ぐ惨禍事件・・・

理事・参議は責任を取れ!


=高給と地位に未練を感じ頬カムリでは過ごせぬぞえ!=



▼ 三重・宇治と相次ぐ惨禍
▼ マサノブ総裁は緘口令を敷いて知らん顔!
▼ イソべ・ユキシマ・オオツカの最高首脳も頬かむり!
▼ これ等の三重と宇治の相次ぐ惨禍は、「ニセ惨禍経」の波動が引き寄せた! 宗教家なら判るはずだ!
▼ 今や、全国的に多くの教団職員は「うつ病」の状態
▼ 「ニセ惨禍経」の読誦を即座に中止せよ!
▼ さもなくば、第四・第五の惨禍事件の可能性は大!
▼ 責任は、マサノブ総裁と理事参議の全員にあり!
▼ 事態収拾のため、理事参議の全員は即座に辞職せよ!

■■ イソベ理事長・ユキシマ副理事長・オオツカ参議長の最高首脳は、動揺している全信徒に「教勢衰退」と「惨禍事件」の宗教家としての説明責任を果たして、その他の理事参議と共に責任を取って、全員総辞職して当然! 是が出来ないならば、宗教家でありながらマサノブ憑依悪霊に高額報酬と引き換えに“タマシイ”を売ったのだ! 宗教家に相応しい責任を取りなさい! 全信徒が注視しているのだ! ■■


平成28年3月12日

 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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精神的暴力団「マサノブ教」最高幹部への、―――

辞職と教団退去の勧め!


=マサノブ組長・イソベ若頭・ユキシマ金庫番・オオツカ飾り雛=



▼ 「教勢衰退」は、民間会社なら「売上激減」
▼ 「聖使命会費」の急減は、「運転資金のショート」
▼ 当然、教団は赤字転落、民間会社なら「倒産の危機」
▼ 幸い、「マサノブ教団」は、ほぼ無借金経営で長年の先輩信徒の蓄積浄財の取り崩しで生きながらえている
▼ 余剰蓄積浄財で、○百億円?を株式運用してユキシマ金庫番は利ザヤ稼ぎーーー宗教団体が信徒の浄財で利ザヤ稼ぎはマチガッテいる!
▼ 豊富な余剰蓄積浄財で、職員は超高給収入、マサノブ組長は年俸5千万円超?、イソベ・ユキシマも5年で一億円の超高給待遇で優雅な宗教貴族生活を満喫中!
▼ 信徒はおとなし過ぎて、幹部の責任を強く追及せず!

■■ 職員のうつ病の増加、三重と宇治の相次ぐ惨禍事件には緘口令を敷いて完全頬被り、完全な宗教家失格だ! 「教勢衰退」と「ニセ経」の悪波動による三重と宇治の惨禍事件の責任をとって最高首脳四人と理事参議の全員は即座に辞職し教団から退去せよ!! ■■


平成28年3月13日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・「栄える会」会長が辞表提出!

狂乱マサノブ曰く、魚も肉食だ!


=おたる政寿司の中村社長、愛想をつかす=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=174



▼ 狂乱マサノブ君、曰く 「魚はノー・ミート運動に反する」!
▼ 遠洋マグロ漁船はエンジンから大量のCO2を排出!
▼ 漁船の遠洋航海は、地球温暖化を促進しているからダメ!
▼ すし屋・魚屋の信徒は、全員商売を変えろ!というのか!

★★ そこまで言うなら、マサノブ夫婦は、八ヶ岳の山奥で、柴の庵を建てて、完全自給自足の原始生活に戻るべし!
しかし、現実は信徒の浄財で、近代科学技術の製品に囲まれた優雅な宗教貴族生活! 信徒をバカにするな!!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの狂乱かつ低能児総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!
■■


平成28年3月14日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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今の「マサノブ教団」は、―――

常識以下の世界だ!


=マサノブ・いそべ・ユキシマ・おおつかの
最高四首脳は、責任を取って辞職せよ!=


@ 言行不一致の偉そうな説教を垂れる。
A 宗教家でありながら、講習会参加者数のウソを平気で発表。
B 総裁以下の理事参議の幹部や職員は信徒の浄財で超高給年俸を取る。
C 独裁恐怖運営を行い、諫言する者は追放され、有為な人財は居なくなった。
D マサノブ総裁は、父母への感謝を説きながら実母を軟禁状態にしていた。
E 「教勢衰退」・「教団赤字」・「惨禍事件」に対して全然責任を感じていない。
F 開祖・谷口雅春先生の御著書を多数絶版にした。
G 「教団解体」と「開祖の『御教え』の抹殺を最終目的としている。
H 衆生救済を捨て、常識外れの「自転車競走・ママゴト菜園・手工芸品」のクラブ活動をメイン運動として推進。まさに「幼児性退化現象」である。
I 赤字補填のため、信徒の浄財を株式投資して利ザヤ稼ぎ。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月15日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・マサノブよ、―――

参加者数至上主義から

信徒を解放せよ!


=ウソの講習会参加者数の発表の必要なし=


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1191



▼ マサノブ君は“ 至上主義 ” という言葉が大好き!
▼ 「参加者数至上主義」・「人間至上主義」・「マサノブ至上主義」・・・
▼ 「講習会の参加者数を発表しません」と公言した時に、「本当の参加者数 」 がわかる。 」
▼ 参加者数よりも、実質的な講習会の講話の内容の方が大事。
▼ ○○教区、3月だけでも2回も、近隣教区の講習会の応援です。
▼ 日帰りですから、お昼過ぎ頃には、会場をあとにします。
▼ 往復のバス代1500〜2000円 + 受講券が自己負担になる。
▼ 近隣教区の練成会参加者も地方講師も、 できるだけ全員応援参加を求められる。何故ここまで『バカ殿』に奉仕しなければならないの?

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■

平成28年3月16日

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒



2016-03-15 19:11 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 号外NO 2 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.33
2016年03月14日(月)







開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.33






[2421] マサノブ君の断末魔の狂乱の叫び! 3・1立教記念日挨拶(現象の背後)批判と3・6千葉教区講習会の惨状によってやり場のない怒りに責められているマサノブ君の心情の吐露に対して諫言す!!

上泉信綱 - 2016年03月09日 (水) 14時40分




千葉教区講習会の惨状を見て、大勢の信徒さんはマサノブ君の「教勢衰退」の責任を追及し出している。更に、立教記念日の挨拶「個々の現象の“背後”を観よ」に関して、小生は「説教泥棒」の類の文章だとマサノブ君の言行不一致の観点から鋭くその挨拶文章の内容を分析したのである。
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1133
この批判分析がマサノブ君の怒りを予測どおりに倍増したのである。そして、昨日(3月8日)「トキ掲示板・組織板」で次のような「神の子さん」というHNを使って怒りの文章を掲載したのである




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<組織板>

3159 :神の子さん =マサノブ:2016/03/08(火) 16:20:14 ID:5/x0W7nI
本流派が一本化されていない時点で、彼らの運動が「迷いの運動」であることがわかる。谷口貴康様は憲法新無効論に賛成なのに、日野君が新無効論を訴えると「雅春先生を否定している!」と騒ぐ、「今昔物語派」の「自称・本流派」の皆様には、呆れてしまう。


3160 :神の子さん=マサノブ :2016/03/08(火) 16:35:07 ID:5/x0W7nI
生長の家の分派組織には、大きく分けて二つの潮流あり!

@谷口貴康派⇒懐古主義だが、脱原発派の鈴木邦男先生とも組むなど、比較的柔軟
    新教育者連盟、生長の家社会事業団穏健派、谷口雅春先生を学ぶ会主流派

A今昔物語派⇒なんでもかんでもユダヤ民族の守護神のせいにする陰謀論者?
    ときみつる会、生長の家社会事業団過激派、谷口雅春先生を学ぶ会非主流派
    日本協議会、日本青年協議会、天使のほほえみ、全国学生文化会議



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<講評>


上記2つの投稿文のうちで、小生の投稿文に関する部分を採り上げ、マサノブ君の浅はかさを指摘する事にする。


3159 :神の子さん =マサノブ:2016/03/08(火) 16:20:14 ID:5/x0W7nI
本流派が一本化されていない時点で、彼らの運動が「迷いの運動」であることがわかる。
「今昔物語派」の「自称・本流派」の皆様には、呆れてしまう。

3160 :神の子さん =マサノブ:2016/03/08(火) 16:35:07 ID:5/x0W7nI
生長の家の分派組織には、大きく分けて二つの潮流あり!
A今昔物語派⇒なんでもかんでもユダヤ民族の守護神のせいにする陰謀論者?

    
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@ マサノブ君は、「本流各種掲示板」の内容を、“大閑”なので隅から隅まで熱心に読んでいることがよく分かるのである。そして、別宗「マサノブ教」本部に、総裁直属の「本流対策室」なる部署を置いて、担当課員に「本流各種掲示板」の内容分析を行わしめ、毎日その報告を聞いていることは間違いないと思われるのである。しかし、残念なことではあるが、「本流対策室」課員は勿論のことマサノブ君までもが小生の「個々の現象の“背後”」分析の内容を正確には理解できていず、マスコミの「陰謀論」や「都市伝説」程度の低レベルの知識しかないこと、特にマサノブ君はコロンビア大学で「国際関係論」を専攻した割には、そのレベルは極めて低く現実現象論の範囲内のみであり、「国際関係」を本当に動かしている“背後”の霊的存在との関係を考慮していないものであるという事が判ったのである。これほどまでに現在の「マサノブ教」の人材の分析能力と知的レベルが低いとはガッカリである。“出来る”人材は現在の「マサノブ教」には居なくなったのだ。



A とにかく、小生のマサノブ君への指摘事項――― 1、コロンビア大学留学時に於いて「生長の家」完全解体に関する使命実現の『後催眠暗示』の施術、 2、副総裁就任以降の四半世紀に亘る「生長の家」完全解体に向かっての「個々の現象」の指摘、 3、世界統一支配を目指す現実の世界を動かしている巨大勢力との附則不離な関係の指摘、 4、霊界の巨大悪霊の完全憑依下の指摘、 5、偉そうな説教ばかりで実行が伴わない“説教強盗”の比喩的指摘、 6、ママゴト遊びに耽る優雅な宗教貴族の“賽銭泥棒”という比喩的指摘、 7、「教勢衰退」の責任を取っての自発的辞職と教団退去の勧告、、、これ等の事柄に関して、現在のマサノブ君は、極めて異常な精神状態にあり、イライラ・カリカリの狂乱状態にある事は確かな事実である。



B この様なイライラ・カリカリの怒りの心情と霊的世界に対する低レベルな知識をもとに、「本流復活運動は呆れるほどの迷いである」(投稿NO.3159)」と判断し、さらに、「ユダヤ民族の守護神のせいにする陰謀論者」(投稿NO.3160)という低レベルの判断しか下せないマサノブ君である。自己の無知蒙昧をさらけ出している結果となってしまっているのである。そして、戦前から開祖・谷口雅春先生が指摘されていた次の御文章にもイライラ・カリカリ状態であるのだ。

1、「思念は、精神波動の類似(波長の共鳴)によって感応するのですから、ユダヤ的なる思想をより多く有するものは、ユダヤ民族の守護神の思念波動に左右せられて、知らず識らず日本に不利なる行動をとりつつあり、・・・地上を見ていれば、人間と人間との葛藤でありますが、その本源を見れば、天の戦(いくさ)であり、ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦いなのであります。」(『古事記と日本国の世界的使命』164〜165頁)

2、「如何に八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)に深謀遠慮がありましょうとも、日本の国には宇宙創造のとき以来、その天爾(てんに)の使命遂行のため惟神(かんながら)なる深謀が行ってあるのでありますから恐れることはありません。(『古事記と日本国の世界的使命』165頁)


イライラ・カリカリくるのは、この指摘事実がマサノブ君にとってはその通りであるが故に、指摘されると怒りに燃えるのである。然り、上記Aの指摘事実はズバリその通りの事実だと思ってよいのである。



C 3160神の子さん=マサノブ君は、“陰謀論者”という言葉を使っている。この“陰謀論”という言葉を未だにマサノブ君が使っていることは、Aの事実を実体のない“陰謀論”という無責任なお笑いマスコミ言葉で消し去って行きたいためである。本当の事実だからそrを隠すために「くだらない陰謀論」として片づけたいのだ。“陰謀”とは悪人たちが蔭に隠れてやっている小物のワルのやることであり、現代世界の一極支配を目指す極めて悪質な、表面には代理人を出して世界支配への現実政策を推し進め、自らはその奥に隠れて世界支配への100年〜500年単位の超長期の企画立案を為す者達――「実質権力者による共同世界支配機構」という表現を用いなければならないのである。その実態を知っていても正確には書かないマサノブ君は、この「実質権力者による共同世界支配機構」の一員として組み込まれており、その間の正確な情報を知らない一般の人たちは、「フリーメーソン」という秘密結社とかの使い古された旧来のマスコミお笑い言葉だけで片づけるのである。この程度の知識だけでは、マサノブ君が法燈継承の詐欺的行為を正当化して信徒洗脳を図り、「生長の家」完全解体と『御教え』の地上からの完全抹殺を目指して行動していく“生長の家史上最大の謎”を解明する事は出来ない。単なる“陰謀論”として片づけず、「実質権力者による共同世界支配機構」の観点から、そして霊的世界との関係から考えていくと、最終結論は、「実質権力者による共同世界支配機構」の『後催眠暗示』施術と世界支配計画をバックアップしている『巨大悪霊憑依』に行き着くのである。このように結論付けられることを最も怖れているのは当のマサノブ君である。



D 表面の世界へは代理人を出し、自らは表面には出ない「実質権力者による共同世界支配機構」は世界政治面の担当は、イルミナティーとフリーメーソンとサンヘドリン、世界経済面の担当は「ロスチャイルド(スファラディーユダヤ)」と「ロックフェラー(アシュケナーヂィーユダヤ)」の世界的巨大金融財閥の総帥たちである。政治面の長期対策としては、地域紛争や民族紛争を起して人口削減を図り、国家意識や民族意識の弱体化をはかる、中でも世界統一国家樹立の最大障害である「天皇国日本」の弱体化をはかる。その一つの動きとして彼らの作った「国連」という出先機関を利用して、日本に対して「天皇の男子継承」の廃止勧告(今回の盛り込みは削除された)となって現われて来たのである(本日3月9日産経新聞第一面トップ記事)。結局、彼らは国境のない世界統一政府の樹立と世界人口の70億人から10億人への大幅削減のために第三次世界大戦計画を着実に進めているのである。



E 世界経済面に於いては、ロスチャイルド・ロックフェラーのユダヤ系の超二大財閥が中心となって、世界的グローバリズムを世界的進歩的な潮流として彼らの実質支配せるマスコミ・マスメディア・通信社を通じて一般大衆を洗脳せしめて行っているのである。更に、かつてのアイゼンハワー大統領が批判した『軍産共同体』戦略を今日でも拡大して行って飽くなき富の集積を図っているのである。各国の中央銀行は、全部が国家所有の全部国立銀行ではない。中でも、アメリカのFRB(連邦準備銀行)は、ロスチャイルド・ロックフェラー等の民間金融機関の連合体である。彼らは政府から「通貨発行権」を奪取した。彼らから政府権力としての「通貨発行権」を取り戻そうとしたリンカーン・ケネディー大統領は暗殺されたのである。FRB(連邦準備制度)のカラクリを暴き批判したマクファッデン議員はその結果毒殺されている。わが国の元・大臣の 中川一郎・昭一親子の怪死事件も、上記と本質的には同じだと考えられる。



F その他、一般マスコミでは追求できない大多数の日本人の知らない歴史上の出来事の幾つかを上げれば、―――

1、アメリカ合衆国独立宣言に署名した、建国の父たち56人のうち53人がフリーメーソン

2、初代のジョージ・ワシントンからジョンソン大統領までの36人中、22人がフリーメーソンのメンバー

3、フランスの国旗「三色旗」には、フリメーソンの「自由・平等・博愛」の精神が表現されている。

4、自由と平等は同時実現は不可能、博愛も全人類が対象ではなく、同じ思想と価値観を持つ仲間内での博愛である。

5、フリーメーソンにイルミナティーが加わり、イルミナティーが主導権を握ってからは、フリーメーソンの思想は一変した。フリーメーソンと同じ「ワンワールド」の構想を持つイルミナティーのその内容は、―イ、各国の王朝・政府の廃止 ロ、固有財産・遺産相続の廃止 ハ、愛国心・ナショナリズムの廃止 ニ、 家族・夫婦制度を廃止、子供は共同体が教育する ホ、すべての宗教の廃止と単一世界宗教への統一

6、ブッシュ親子(元)大統領は、アメリカ・エール大学のエリート卒業生の(秘密)結社「スカル&ボーンズ」の会員であった。

7、元々そんなに有名人でもなかった、ビル・クリントン(元)大統領もイギリス・ブレア(元)首相も、アッという間に大統領や首相になったのも彼らの戦略に使われたのである。

8、元アメリカ大統領の一人ルーズベルトが言った。「政治の世界で起きる大きな事件は決して偶然に起きたのではない。周到な計画の下に実施されたものだ」と。

9、アメリカ中央銀行(FRB)は政府機関ではない。純然たる民間銀行である。大株主は、ロスチャイルド・ロックフェラーその他の大金融財閥である。(前述の通り)

10、 リンカーン大統領やケネディー大統領の暗殺の真因は、国家の通貨発行権を民間銀行である中央銀行から取り戻そうとして暗殺されたのである。(前述の通り)

11、 同様に、ダイアナ妃の自動車事故死も、イギリス王室の一員になって、イルミナティー・フリーメーソンの実態を知りすぎたためとする見方が強い。ナルホドといえる。

12、元・大臣の 中川一郎・昭一親子の怪死事件も、上記と本質的には同じだと考えられる。(前述の通り)

以上を参考にして、マサノブ・ニセ総裁の「生長の家」解体の現状を読み解けばナルホド・ナルホドと頷ける部分が如何に多いことか・・・



G 「イルミナティー・プロトコール」というものがある。
これを読むと、この世界は一つの巨大な「虚」の力によって戦略的に動かされていることが分かって来るのである。その「虚」の力は、「イルミナティー・フリーメーソン」が蔭の政治的中心であり、(その後ろ盾としてロスチャイルド・ロックフェラー等の世界的金融財閥が控えている。彼らは「欧米エシュタブリッシュメント」とも呼ばれ、「国際的権力者共同謀議機構」とも名づけられている。彼らの最終目的は、国家と民族意識をなくして、世界統一政府を造り、世界政府軍を擁し、金融と資源と食糧及び種子とマスコミ等の情報機関を一極支配する事である。彼らのこの最終目的に向かっての戦略は、100年から200年単位で策定され、彼らによって種々なる恩恵を与えられて育てられた優秀な人材が、世界各国の国家機関、巨大企業、巨大マスコミ・マスメディアに送り込まれて彼ら奥の院の指令に従って、現実の世界各国の政治経済をその方向へと導いているのである。

彼らの基本的考え方の一つが「ユダヤ・タルムード」思想であり、今一つが「イルミナティー・プロトコール(手順・ルール)」である。「ユダヤ・タルムード」は、人間(支配階級)と獣(非支配階級)に分ける“選民思想”であり、「イルミナティー・プロトコール」は以下のような内容のものである。

1、「憲法」とは、闘争と対立を駆り立て、国の機能を弱め、個性的価値を奪う無益なものである。

 だから、憲法を作るなら国民同士の闘争と対立を駆り立て国の機能を弱め、国家の個性的価値(歴史・伝統)を奪う、このような内容の憲法を作らせる。(GHQ作成の現憲法はまさにその通り)


2、 議場も新聞も、国家の行動力を奪い、支配者を無力化してしまう。

 マスコミを支配して、政府と支配階級に抵抗するような世論へと誘導する。(朝日・毎日・東京新聞やNHKの現状は全くそのとおりの動き)


3、かくして、多くの国で元首は廃止された。そして共和制への道が開け、われわれは伝統ある帝王の代わりにロボットの大統領をつくった。

 古い元首(天皇・国王)を廃止し、選挙によって大統領という新しい元首を選ばせる。ただし、この選挙で選ばせる大統領は、われわれの意向にしたがう人物を用意して選ばせるようにする。そして、行政権を持つ大統領を使って、われわれの施策(富の合法的収奪)を実行させる。(小泉首相が提起し、国連が「皇位の男子継承」の改訂を勧告しようとしたことは、天皇制の無力化と共産党の党是の国民投票による廃止を目指している)


4、 この大統領は、民衆の中から、それも我々に奴隷の如く仕える者を選ぶのである。これこそ我々が非・ユダヤ国のすべての地下に埋没した爆薬である。

 かくして、非・ユダヤ国家すべてを実質的植民地化して行くのである。


この「イルミナティー・プロトコール」は、「生長の家」解体のマサノブ思想と不思議なほど似通っているといえる。現憲法護持・女系天皇制容認・グローバリズム支持・祭祀の西洋化・民主党と共産党支持・朝日新聞購読推進・総裁は仰ぎ見られる存在であり、信徒は下層のもの・独裁権力志向・天皇制は女性の犠牲の上に成り立っている発言・国家と民族意識は戦争を導く発言・日本の歴史と伝統の否定・天皇陛下侮辱発言・特攻隊は現世否定の自殺行為という愛国心敵視発言・・・・・かくして、マサノブ君は“陰謀論”投稿によって、逆に『後催眠暗示』と『巨大悪霊憑依』と『実質権力者による共同世界支配機構の下部構成員として組み込まれていて逃れられないこと』が現実的事実として逆証明されたのである。


欧米では、運河や大きな河川に、ときどきマスコミに載らない変死体が浮かぶことがある。この変死体は「蔭の権力機構」の秘密を知った者達の変死体と言われている。だから、マスコミは決して大きくは報道しないのである。記事として扱うことを恐れ、その変死体の名前や背後事情は詮索しないのである。マサノブ君もやがてはそのようにならないとも限らない。中川大臣父子の前例もある事だから、この辺で自主退職してカナダ湖畔にでもログハウスを立てて、それこそ自然と一体の共生生活を言行一致した方がよろしかろう。信徒の浄財から合法的に溜めた貯金も20億円以上はあるはずだから・・・今が潮時だ。再度勧告申し上げる!!





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[2440] マサノブ君の狂信的擁護者「神戸教理探究者」の未熟な思考と将来的独裁者志向の危険性について、―――

上泉信綱 - 2016年03月10日 (木) 19時21分



「神戸教理探究者」君は、小生の狂乱マサノブ出現の根因に関しての考察について、ヤッキになって未熟な陰謀論批判を展開してきたのである。

そして、「神戸教理探究者」⇒ 「自然とともに伸びる運動の推進で日本国実相顕現」(雅宣先生や日野君と同一人物扱いをされたくないので、HNを変更)⇒ 「自然共生◇日本国実相顕現」という風にHNを変更した。

彼の「日本国實相顕現」というHNの使用は遠慮して貰わねばならない。彼の「日本国實相顕現」の内容は開祖・谷口雅春先生が「日本国實相顕現」というコトバでお示しになられた内容とは全然異なるからである。開祖・谷口雅春先生に対して失礼極まりないものである。

この言葉をHNとして利用したことは、「神戸教理探究者」君の独善的かつ強烈な自己顕示の固まり故であり、絶対的独裁者マサノブ君と同じDNAを持っているからである。このままで彼が進んでいくとトンデモナイ狂乱独裁者マサノブ君以上のオームを凌ぐほどの危険人物となっていく。日本国家の“獅子身中の虫”に成長して行く事は間違いがないと思われる。此処まで次々と独善的なHN変更を続けられては閲覧者の方の頭が混乱してしまうので、勝手ながら当方の一存で彼ら<御一統さま>の投稿文の引用に際しては「日野マサノブ」と小生の文章に於いては表現する事にする。投稿文の思想内容は、マサノブ思想=日野智貴思想=多数の兵庫青年会員思想、であるからである。




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「日野マサノブ」君の反論の問題点を先ず以下に掲げる。

▼ 1802当然、生長の家の目的は、世界政府の樹立です。それは、生長の家の「奥伝」に属する部分であるから、雅宣先生も公には言わないだけ。

▼ 1804世界政府の樹立に反対するのは生長の家信徒ではないね。

▼ 3168楠本行孝先生の副総裁就任が、実現すると教勢拡大は確実ですが・・・・。

▼ 1801陰謀論もここに極まれり。『生命の実相』神道篇の第一章だけを抜き出した偽聖典を根拠に、またまた陰謀論を打ち出している。

▼  今昔物語派の主張する陰謀の審議判定




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<講評>


@ 先ず、「日野マサノブ」君の傲慢さ故の読解力の不足を指摘する。今日では“陰謀論”という言葉は、マスコミが視聴率を稼ぐための興味を引く言葉として“都市伝説”という言葉と同じく、視聴者を否定的結論に導くための“興味本位”の言葉として使われているのである。「日野マサノブ」君の考え方もこれ等マスコミレベルと同等のものであり、識者レベルから見れば未熟な思考力しか持っていないことが分かるのである。現代では「陰謀論」ではなく、幾多の歴史的事実と現代世界の仕組みを論理的に矛盾なく解明した結果、「世界統一経済国家を目指す国際的金融財閥とその奥にある世界支配政治組織による共同謀議体」(略称・「水面下の世界的政治経済権力機構」)と表現すべきものなのである。だから「日野マサノブ」君の思考力は、まだまだ未熟だというのである。“陰謀論”と簡単に片付けられると、本当の真実と実体を隠してしまうことになるのである。



A 「日野マサノブ」君は、「生長の家の目的は、世界政府の樹立。それは、生長の家の“奥伝”に属する部分であるから、雅宣先生も公には言わないだけ。世界政府の樹立に反対するのは生長の家信徒ではないね。」と傲慢にも言うのである。開祖・谷口雅春先生は、そのお悟りになられた真理をすべて信徒は言うに及ばず万人に無料で“公開”されている。だから「生長の家」の真理には“奥伝”の真理等というものはないのだ。「別宗・マサノブ教」は、この点に於いても「生長の家」の真理を正しく把握せず独善的に我田引水的に解釈して“真理のツマミ食い”で信徒を洗脳して来たのである。



B 次に、「世界政府の樹立」に関して言う。「生長の家」に於いては「世界政府の樹立」なんて言葉はないのである。ただ、次の様には開祖・谷口雅春先生は仰られている。

「神武天皇建国の大詔」には、「六合兼都・八紘為宇」の世界連邦思想が語られているのである。しかしこれは「六合建都」であるから、あくまでも独立国家の存在の継続と各民族の歴史と伝統を尊重する事には代わりはない。美術絵画の喩えで言えば、「全山錦絵」絵巻の美しさの維持と継続発展のごとき相での「世界連邦」思想である。 << この様な相での理想的世界連邦を実現するには「人間・神の子」の自覚をもって、「神の公平無私な完全円満さが何の迷いにも蔽い隠されることなく明かに発揮される」至高の“徳”を持ち給える人を“中心権力者”として、それを輔弼するに是れまた公平無私な私欲なきブレン・トラストを持ってしなければならないのであります。私は、かくの如き“至高の徳”を備え給える人としては、日本天皇意外に、是をもとめるのは不可能であると考えるのであります。>>(『秘められたる神示・久遠天上理想国実現の神示』184〜185頁)。故に、不思議にも天皇家の家紋は『十六菊』である。

アインシュタイン博士は言う。<<世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて最後の戦いに疲れるときが来る。その時、人類は真の平和を求めて世界的な盟主を挙げねばならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き超えた、最も古くまた尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。吾々は、神に感謝する。吾々に日本という尊い国を作って置いてくれたことを。>>



C 「別宗・マサノブ教」に於いては、天皇陛下への侮辱発言が続き、女系天皇制への皇室典範改訂に賛成し、やがては天皇制を廃止して大統領共和制への移行をうちだしている共産党を支持している。

だから、「別宗・マサノブ教」擁護者の「日野マサノブ」君の言う「生長の家の目的は、世界政府の樹立」の『世界政府』の中身は、ユダヤ・プロトコールやイルミナティ・プロトコールに従った「水面下の世界的政治経済権力機構」の選民がつくる「世界政府」であり、世界の民族を支配階級(人間)と被支配階級(ゴイム・獣)に分け、民族国家や民族の伝統文化を認めず、統一された基準による世界単一国家、世界市民意識を強要する自由のない超独裁世界国家と独裁型の世界政府である。

しかし、いくら世界標準で統一しても、非支配階級の反発である紛争は決してなくならない。絵画的にたとえれば、荒れ果てた「全山一色」であって、「全山錦絵」の美しさはない。この様な「世界政府」の相が、「別宗・マサノブ教」とその一員である「日野マサノブ」君の思想である。

「日野マサノブ」君は、敢えて「生長の家」の目ざす「世界政府の樹立」思想の内容を明確にししないのである。明確にしないのは、「正統・生長の家」の神武天皇の建国の大詔たる世界連邦思想と「別宗・マサノブ教」の世界政府とが違うことを明かにしたくはないのだからである。これは間違った信徒洗脳である。


「日野マサノブ」君に問う、君は「1804世界政府の樹立に反対するのは生長の家信徒ではないね。」という場合の「世界政府」樹立とは上記のB、Cのいづれの「世界政府」、正確に言えば「天壌無窮の御神勅」と「日本国家建国の大詔」に基づく『世界連邦』なのか? それとも「水面下の世界的政治経済権力機構」の目ざす『世界政府』なのか? どちらとも曖昧にせず明確に返答する義務がある。



D 「3168楠本行孝先生の副総裁就任が、実現すると教勢拡大は確実」と「日野マサノブ」君は言う。君は、体調を悪くされている楠本行孝氏に「地位と高給に引き換えてマサノブという悪魔に魂を売れ!」と圧力を掛けているのか? 小生は、断じて楠本氏は「悪霊憑依のマサノブ」に魂を売るような人ではないと思う。

だから、楠本行孝氏の副総裁引き受けは無い。金と地位のためにマサノブに魂を売ったイソベ・ユキシマよりも、楠本氏は極めて真面目な求道信仰者である。卑怯なイソベ・ユキシマと同列に論ずべきに非ずだ。

また、仮に、マサノブ総裁、楠本行孝副総裁が実現したとしてもマサノブ君のサヨク唯物現象論と「生長の家解体」という 解体路線は何ら変わらない。故に、“教勢拡大”は机上の空論、「日野マサノブ」君の白昼夢・絵空事に過ぎず。念のため申し上げておくが、マサノブ君の本心は飽くまでも「マサノブ教」の信徒の激減期待(超縮小均衡)が第一で、まあ、それまでの多少の時間的延命を図っているだけである。

だから、マサノブ教の狂信信徒「日野マサノブ」君の教勢挽回論は完全な見当違いである。この様な簡単な事柄すら分からないほどまでに「マサノブ教」の人材レベルは落ちてしまったのだ。



E 「日野マサノブ」君は、『生命の実相』神道篇を“偽聖典”と指摘した。反開祖の思想である。マサノブ君は、ユダヤタルムード思想共鳴者であるから、開祖・谷口雅春先生の『古事記と日本国の世界的使命』164〜165頁の御文章を殊更嫌悪しているのである。「日野マサノブ」君も同様であるから、「陰謀論」という言葉で片づけようとしている。

そして、マサノブ君が宗教界の常識に反して、自分が継承した宗教と信仰と教団を更に隆昌発展に向かわせずして、逆に“完全解体”せしめんとしている根本的根因を、小生が「水面下の世界的政治経済権力機構」の中核体イルミナティー・フリーメーソンの策謀たる『後催眠暗示』と『霊界の大悪霊憑依』であると結論付けたことに関して、“陰謀論の極まり”と評価した。

しかし、「日野マサノブ」君は評論すれども自身の回答を持ってはいないのである。

そこで「日野マサノブ」君に再度問う。「教えを継承したマサノブと言う教えの三代目後継者が、その教団を隆盛発展に導こうとせずに、逆に教団解体に向かっての行動を取るその根因は何処にあるのか」を明確に示したまえ! 



F 「日野マサノブ」君の『今昔物語派の主張する陰謀の審議判定』を読めば、君も“一部陰謀論者”である。次の通り、―――

1、 元アメリカ大統領の一人ルーズベルトが言った。「政治の世界で起きる大きな事件は決して偶然に起きたのではない。周到な計画の下に実施されたものだ」と。⇒それは、常識です。大東亜戦争もイギリスに計画されていましたからね

2、 アメリカ中央銀行(FRB)は政府機関ではない。純然たる民間銀行である。大株主は、ロスチャイルド・ロックフェラーその他の大金融財閥である。⇒それは事実です。

3、 リンカーン大統領やケネディー大統領の暗殺の真因は、国家の通貨発行権を民間銀行である中央銀行から取り戻そうとして暗殺されたのである。⇒それも事実。

4、 元々そんなに有名人でもなかった、ビル・クリントン(元)大統領もイギリス・ブレア(元)首相も、アッという間に大統領や首相になったのも彼らの戦略に使われたのである。⇒嘘とは断言できませんが・・・・。

5、 同様に、ダイアナ妃の自動車事故死も、イギリス王室の一員になって、イルミナティー・フリーメーソンの実態を知りすぎたためとする見方が強い。ナルホドといえる。⇒そういう説があるのは事実ですね。

6、 元・大臣の 中川一郎・昭一親子の怪死事件も、上記と本質的には同じだと考えられる。⇒それは私もそう思います。

7、 「医療利権複合体」の主張とイルミナティ・フリーメーソンのワンワールド世界構想とは、繋がっていると云う「日野マサノブ」君の主張は「一部陰謀論」を認めていることになるのである。



G 最後に、「日野マサノブ」君に、確認のために言っておくことがある。


1、君は、「自由と平等の同時実現は不可能、博愛も全人類が対象ではなく、同じ思想と価値観を持つ仲間内での博愛である。」このことがなぜ理解できないのであろうか? 同様に、マサノブ君の支持する民主党の党旗が、「日の丸」を上下に分断したデザインになっているのは、シナ(中国)共産国家の日本占領計画(東海州と日本自治区に分断統治)を民主党が支持希望している心理の象徴だとは思わないのか? これは=マサノブ君の願望であり、従って、マサノブ君は一切シナ(中国)共産党を批難しないのであると思うが如何に?


2、「正統・生長の家」は、自民党政府のすべての政策に対して賛成の立場であると「日野マサノブ」君は主張しているのは、全くの間違った見解である。「正統・生長の家」は、――
(イ) 天皇国日本の護持  (ロ) 現憲法破棄と自主憲法の制定 の二点を党是としているのは「自民党」のみであるから、この二点についての「自民党」支持である。その他の自民党諸政策については、日本防衛の国益的観点に立って考えなければならないと言うことである。


3、実際の為政者の立場に立って考えるならば、政治的駆け引きが常に存在する。第三者の立場に立ってのマスコミ的評論は、言うのはいとも簡単、しかし、その評論者が一国の首相の立場に立てば常に、何が何でも妥協なしで国益を貫き通すことだけでは国家の安泰は難しいことが分かるはずだ。

民主党や共産党の言う「戦争法」という名称付けで集団的自衛権を放棄して自国の防衛を守り通すには、シナ(共産中国)の軍備を凌ぐ国防費が必要となる。しかし、民主党・共産党そして彼らを支持するマサノブ君と「日野マサノブ」君たちも日本の軍備拡大には反対する。第一列島線、第二列島線を乗り越えハワイにまで自己領海を広げる海洋覇権をなし崩し的に推し進めるシナ(共産中国)の現実的侵略行動に対してどう対処しようとするのか?

 民主党・共産党・マサノブ君や日野マサノブ君は、このことに関する答を絶対に出さない。勝手に「戦争法」と名づけて大衆を煽る「戦争法」反対を叫ぶだけ。是では現実的政権担当能力はないのである。

ただ是だけは言える。「自民党」は国家防衛・国家安泰を他のどの政党よりも真剣に考えて実行する能力をもつ唯一の政党であると云う事である。自民党政権を批判するだけの「マサノブ」君や「日野マサノブ」君は、単なる学者的評論家の立場を脱して常に「為政当事者」の立場で物事を考えるべきである。



(再注)

「日野マサノブ」というHNは知らないと言い逃れてはいけない。「日野マサノブ」というHNは、冒頭に記した如く、「神戸教理探究者」⇒ 「自然とともに伸びる運動の推進で日本国実相顕現」⇒ 「自然共生◇日本国実相顕現」という不明瞭な長ったらしいHNを簡単に言い換えて、分かり易いHNである「日野マサノブ」と記しただけのことで閲覧者にとっても分かり易くしただけである。彼ら<御一統>の者は思想的にはマサノブ君の「サヨク唯物現象論」の擁護信奉者であると云う共通点を持っているのである。




2016-03-14 13:29 | 記事へ |
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開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.32
2016年03月12日(土)





開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.32






[2357] 2・23「枯れ松模様」を読む、――― マサノブ君の「真理?講話」は、すべて“説教強盗・賽銭泥棒”である!

上泉信綱 - 2016年03月05日 (土) 15時55分



とにかく、独裁者の“邪”の心境が進むにつれて、マサノブ君は信徒に偉そうな一人前の“説教”を垂れる趣味が昂じる一方である。最近の特徴としては、「著名人???フェースブック」で「短文説教」を連日垂れ流し続けている。開祖・谷口雅春先生以来の生長の家の歴史と冷酷無比な三代目独裁者マサノブを知らない信徒でない普通の人は、この「マサノブ短文説教」を見て、やはり生長の家総裁と言う三代目はエーコトを言っているではないか!と感心する人もあるであろう。しかし、マサノブ君の「短文説教」は立派なことを言っているようであっても、すべて「現行不一致」なことばかり、信徒には偉そうに説教をしているが、自分を振り返れば、その説教内容とは完全な裏腹なことばかりの言動である。



だから、マサノブ君は“説教強盗・賽銭泥棒”と言われても仕方がないのである。“賽銭泥棒”とは、マサノブ君の場合は信徒の浄財を立教の精神に基づいた本来の目的には使わず、個人趣味的な豪壮な巨大ログハウスの本部を造り、株式市場で利ザヤ稼ぎに運用したり、マサノブ防衛隊の理事参議の超高給に使ったり、個人趣味の高級山岳用自転車や電気自動車、春は花見、夏は涼風、秋は紅葉狩りとキノコ狩り、冬は100万円以上の超豪華な薪ストーブ生活―――完全な宗教貴族生活を送る、これがマサノブ流の“賽銭泥棒”の実態である。そして、このような実態を隠すために、信徒に対しては「地球救済の為」とか「自然との共生」とか「自然と人間の大調和生活」というもっともらしき理屈付け(説教)をして、独裁権力による信徒の浄財の勝手使用(詐欺的窃盗)をなしている。これがマサノブ流の“説教強盗”である。


(注)本来の“説教強盗”とは、侵入した先で被害者に「戸締まりがいいかげんだ」「泥棒よけに犬を飼いなさい」などと説教をする強盗。元祖は大正末から昭和初めに東京で強盗をはたらいた妻木松吉。「説教強盗」は、この強盗犯に対してマサノブ君の大好きな朝日新聞記者が命名したものである。




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「枯れ松模様」平成28年(2016年)2月23日 (火) =要旨=


内なる神

神との間に何ごとも介在させずに、あなたの内なる神の御心に聴け。 

神の御心とは、人間の肉体的欲望のことではありません。それが起こった時に、自分がその欲望を満たすことによって、どんな結果が生ずるかを予測し、その結果の倫理的価値を判断する−−この価値判断を導く“声”のことです。この“声”と欲望の声との違いが判別できないと、人間はしばしば倫理的過ちを犯すことになります。欲望全体の否定ではなく、「内なる神」が私たちに“警鐘”を鳴らすのに気づいた時の、私たちの正しい選択の仕方です。「欲望こそ自分の本心である」との浅薄で誤った人間観を採用せず、「内なる神の御心」に従った行動をすることで、心の底からの満足感が得られることを体験してほしいです。 谷口 雅宣


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<講評>


@ マサノブ君は言う、――― 「神との間に何ごとも介在させずに、あなたの内なる神の御心に聴け。」
実態はどうであろうか? マサノブ君は「マサノブ君の神性は迷妄の雲によって十重二十重に取り巻かれて完全な神性隠蔽状態にあるので、彼自身は“内なる神の御心”を聞くことが出来ない状態である。これがマサノブ君の実態である。でも、マサノブ君は「自分は神の御心を聴いている」と錯覚に陥っている。しかし、「悪魔でも時々に神様のようなことを言う」と同じく、彼の聞いている「神の御心」とは、マサノブ君自身に憑依して来ている巨大悪霊のささやきなのである。このことだけは間違いがない。その理由は彼の極端な“言行不一致”に依って証明されており、本来の善良誠実な宗教家ならば完全な「現行一致」でなければならないからだ。このことを幾ら信徒から注意されてもシャーシャーと何の反省心も無く偉そうに信徒に向かって説教を垂れ続け、自らは説教とは反対の生活を送って何ら恥じない、絶対に宗教家なんて言えない“鉄扉面”振りである。しかも、夫婦揃って「現行不一致」の説教を臆面もなく垂れ続けてるのである。


A 続いて、マサノブ君は言う、―― 「自分がその欲望を満たすことによって、どんな結果が生ずるかを予測し、その結果の倫理的価値を判断する−−この価値判断を導く“声”のことです。この“声”と欲望の声との違いが判別できないと、人間はしばしば倫理的過ちを犯すことになります。」
言うまでも無く、マサノブ君の欲望は、独裁権力者・総裁になって誰に憚ることなく思い通りに「生長の家」を「マサノブの家」に徹底的に改変する事にあったのは今日では信徒全員の認めているところである。開祖・谷口雅春先生の御著書を絶版(焚書)にして、自分のサヨク思想に反対するものを、親兄弟、教団役員、本部講師の区別なく降格左遷人事で自主退職に追い込み(坑儒)、マサノブ防衛隊を超高額年俸(イソベ理事長・ユキシマ副理事長は5年で1億円待遇?)で手なずけ、信仰者の魂を金銭の力で買収してしまった。勿論、買収されて魂を売ったイソベ・ユキシマももはや宗教家などとは言えないことは勿論である。信徒以下の魂のレベルであるが当の本人たちは何の気の咎めも無くシャーシャーと宗教貴族生活を送っているまことに腐り果てた魂の持ち主である。


B なんと言っても、言い逃れできないマサノブ君の倫理的価値判断の最大の間違いは、「大調和の神示」の神の声を無視して、自己の独裁権力体制に対する信徒の批判の声が耳に入らないように、実母の恵美子先生を、“お山”のお家に軟禁し、自由に親戚の人とも面会させず、何処から電話が入ったか、何処へ電話をかけたかを総務課の監視下に置いたと云うことであります。監視カメラを設置して、場合によっては総務課長が飛んで来て許可なしに訪問しないように親戚の人に申し渡したとか?――― このようにマサノブ君自身が「倫理的過ち」を犯して自分のことは棚に上げ、シャーシャーと信徒に対して偉そうに説教を垂れている。清超先生のお通夜の夜の、清超先生の御実家を継がれた荒地先生を座敷に上げず玄関払いして追い返したり、お通夜の席の聞くに堪えない暴言、、、完全な宗教家失格である。


C マサノブ君よ、「内なる神」が私たちに“警鐘”を鳴らすのに気づいた時の、私たちの正しい選択の仕方です。「欲望こそ自分の本心である」との浅薄で誤った人間観を採用せず、「内なる神の御心」に従った行動をすることで、心の底からの満足感が得られることを体験してほしいです。――― 「心の底からの満足感が得られることを体験してほしい」のは、君自身なのだ! 「欲望こそ自分の本心である」と誤った考えに取り憑かれているのはマサノブ本人である事を深く反省すべきである。


D そろそろ信徒さん達の層深くにまで、マサノブ君の「説教強盗・賽銭泥棒」振りが浸透しつつあり、マサノブ君への信頼関係は急低下、誰も君の言行不一致な言葉だけの説教には嫌悪感を募らせ、信徒脱退が更に急速に進んでいるのだ。マサノブ・ヨイショ組みの狂乱信徒の皆さんも、今回の「枯れ松模様」に対しては誰もヨイショ・コメントを書く人が居ない。君は完全に信徒達から見はなれていっているのだ。生き恥をさらさぬよう速やかに辞職するのが君にとっての最善の道なのだ!





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[2389] 「枯れ松模様」平成28年(2016年)3月 1日 (火) =個々の現象の“背後”を観よ= 立教記念日挨拶、 またもや「説教強盗」の繰り返しの文章だ!

上泉信綱 - 2016年03月07日 (月) 16時19分



マサノブ君が何かを文章にして発表すれば、その度に彼の値打ちは下る一方で、宗教家としての権威の片鱗すら無いことが更に鮮明になって行くのである。その理由は、自己本位・独裁者・冷酷な性格・現行不一致の典型的性格から由来し、自分の顔写真も時々発表しているが、まことに貧相な普通の爺さん以外の何者でもない。見るに耐えられないのである。今回も3月1日、立教記念式典挨拶に於いても、誰もまともに信用しない内容、言行不一致な内容(「説教強盗・賽銭泥棒」)であって、ヨッショ・コメントも全くスガタを消してしまった。マサノブ絶賛の狂信信徒さんも、彼の非宗教家的実態に気付き出し愛想を付かして見限って行っているようである。先ずは、その言行不一致振りが満載の3・1「立教記念日挨拶」の要約を下記に掲げる、―――



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 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山の出龍宮顕齋殿で「立教87年 生長の家春季記念日・生長の家総裁法燈継承記念式典」が挙行され、日本全国のみならず海外からも代表者が集まって、立教の精神を振り返り、今後の運動の進展を誓い合った。私は概略、以下のような内容の挨拶を行った−−(要旨)
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私は毎年、この立教記念日には『生長の家』誌創刊号から引用して、皆さんとともに、創始者・谷口雅春先生の立教当時のお考えに立ち還り、これからの運動の行く手を照らす“光”を見出すことにしているのです。 
 さて今回は、子供の教育についての雅春先生のお考えから学ぶことにします。『生長の家』誌創刊号には「生命の法則による天才養成法」というご文章があって、子供に内在する神性・仏性をどのようにして引き出すかが詳しく書かれています。その一部、37頁から読みます−−(中略) ここで重要だと思うのは、「自然が与えた才能には宇宙的な生命がバックしている。宇宙的な生命の法則に従うとき生命は最もよく生長する」という箇所です。また、その後にある、「それ(生命の法則)に従うとき吾らは天地を造った神の大きな計画に参与するのだ」というところで、ここには「自然はそのままで素晴らしい」という“自然讃美”“生命礼讃”の考え方が明確に出ていると思うのであります。このように生長の家では、生命や自然は本来、善であって、それを自然に伸ばすことで、神性・仏性が反映した世界が地上に現れると考えるのであります。このご文章からも、生長の家の信仰は「善一元」の実相が現象の背後にあり、それのみが本当の存在だと考えるのが基本であることが分かります。 生長の家は、国際本部を東京の原宿か北杜市に移してから3年目になりました。「石の上にも3年」という言葉がありますが、こういう時期になって、私たちはようやく、自然に囲まれた田舎の生活に慣れ、その環境と都会での生き方の違いを明確に感じるようになってきました。これは感性的、感情的な変化です。これに対して、理性的、論理的に田舎と都会の違いを考えることは、すでに行われています。私などは、それを『次世代への決断』や『宗教はなぜ都会を離れるか?』の中で行いました。これは言わば“左脳的”理解でしたが、最近は“右脳的”にも、そのことを感じることができるようになってきたので、「自然と共に伸びる」ための準備が整ってきたと考えるのであります。私は今年の初めから、フェイスブックの「生長の家総裁」のページを使って、短い真理の言葉をほぼ毎日、書き綴っていますが、その2月21日の言葉には、こうあります−−「個々の現象の中に神を探すなかれ。多くの現象の背後に厳然と存在する生かす力、生かす知恵、生かす愛を観じ、それらに感謝しよう。」 都会生活をしていると、人間はどんどん自然から遠ざかっていくことになります。すると、目の前で生起する「個々の現象」が、重要に見えてくるのです。個々の現象を、このような他より優れた、素晴らしいものにしなければならないと考えることが、「個々の現象の中に神を探す」これを追求するのが、都会生活の本質の一つだと私は考えます。都会では、個々の会社がどれだけ優れているか、個々の商品が他よりどれだけ優れているか、個人の才能が他よりどれだけ優れているか、個人の能力がどれだけあるか、個人の給与がどれだけ高いか、ビルが他のビルよりどれだけ高いか、コンピューターの処理能力がどれだけ速いか……など、個々の現象の優秀さを追求することが人々の目的になっている。 私は生長の家の講習会で、人間なら誰にも向上心があり、それは「神の子」の本質を表していると言っています。だから、個々の現象が素晴らしくなることは善いことです。しかし、それを「神」のように最高最大のもの、至上の目的と考えると問題がある、というのです。これは、個々の現象の中の最高最大のものを「神」のように尊ぶことにつながりますから、一種の“偶像崇拝”に近い。私たちが信仰する神は、個々の現象や個別のものの中にあるのではない。確かに、個別のものの中に、神の御徳の一部が表現されることはあります。しかし、それは神の全体ではない。 慈悲や調和は、個人や個別では成り立ちません。他者への思いやる心、他者を自分のように感じる「抜苦与楽」の心が慈悲であり、調和は、自他の調和、自分と全体との調和です。この視点が欠けてしまうと、個々の現象の優秀さを追求することは、他者を蹴落としたり、自分の利益のためならば、社会や自然環境を犠牲にすることも厭わないような考え方や行動につながる危険性が出てきます。「個人が自己主張すれば素晴らしくなる。あわよくば神に近づくことができる」と考えることは、誤りです。それは、自分の主張の妨げになる人やものを“悪”として排斥するような狭い人生観に結びつき、衝突や争いを生み出すでしょう。私たちは、すでに「善一元の世界」が実在するという信仰を掲げ、その本来ある善を、自分個人のみならず、あらゆる人々から、またあらゆる生物から引き出す生き方を実践する時期に来ているのです。自然界を深く観察すると、個は、個だけでは存在しえないことがよく分かります。周囲の環境を破壊して自分だけが伸びることは、できません。生態系の一部として、自分に与えられた能力を他の利益のためにも発揮して、初めて生きることができ、また喜びを感ずることもできる。これが四無量心の実践であり、これを人間社会で行えば人々に喜ばれ、自分も喜び、これを自然界まで視野に入れて実践すれば、真の生き甲斐を得ると共に、調和と美を体験することができるでしょう。皆さんとともに、この精神をもって“自然と共に伸びる”運動を明るく、生き甲斐をもって展開していくことを決意して、私の立教記念日の挨拶といたします。ご清聴、ありがとうございました。 谷口 雅宣


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 問題点のあるマサノブ発言は次の通りである、―――


1、 海外からも代表者が集まって、立教の精神を振り返り、今後の運動の進展を誓い合った。

2、 重要だと思うのは、「自然が与えた才能には宇宙的な生命がバックしている。宇宙的な生命の法則に従うとき生命は最もよく生長する」という箇所です。

3、 生長の家では、生命や自然は本来、善であって、それを自然に伸ばすことで、神性・仏性が反映した世界が地上に現れると考えるのであります。

4、 慈悲や調和は、個人や個別では成り立ちません。他者への思いやる心、他者を自分のように感じる「抜苦与楽」の心が慈悲であり、調和は、自他の調和、自分と全体との調和です。この視点が欠けてしまうと、個々の現象の優秀さを追求することは、他者を蹴落としたり、自分の利益のためならば、社会や自然環境を犠牲にすることも厭わないような考え方や行動につながる危険性が出てきます。「個人が自己主張すれば素晴らしくなる。あわよくば神に近づくことができる」と考えることは、誤りです。それは、自分の主張の妨げになる人やものを“悪”として排斥するような狭い人生観に結びつき、衝突や争いを生み出すでしょう。

5、 私たちは、すでに「善一元の世界」が実在するという信仰を掲げ、その本来ある善を、自分個人のみならず、あらゆる人々から、またあらゆる生物から引き出す生き方を実践する時期に来ているのです。自然界を深く観察すると、個は、個だけでは存在しえないことがよく分かります。周囲の環境を破壊して自分だけが伸びることは、できません。生態系の一部として、自分に与えられた能力を他の利益のためにも発揮して、初めて生きることができ、また喜びを感ずることもできる。

6、 これが四無量心の実践であり、これを人間社会で行えば人々に喜ばれ、自分も喜び、これを自然界まで視野に入れて実践すれば、真の生き甲斐を得ると共に、調和と美を体験することができるでしょう。

7、 表題の「個々の現象の“背後”を観よ」という言葉。



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<講評>



@ マサノブ君は、「海外からも代表者が集まって、立教の精神を振り返り、今後の運動の進展を誓い合った。」と書いているが、「掲示板」の書き込み情報では、海外からの出席者はたったの1名であったようだ。その一人の出席者が海外全員の分の功労者表彰状を受け取ったらしい。この情報が本当ならばマサノブ君はウソの記述をしたことになるのだ。また、「立教の精神を振り返り、今後の運動の進展を誓い合った」これもウソだ。式場は「實相額」が布で覆われ、国旗や国歌の斉唱も無く、しかも“国際化”と称して土足で壇上へ上っている。こんなことでは、今まで“マサノブ中心帰一”していた狂信信徒さんですら付いて行くことが出来ない。完全に「立教の精神」は無視され、信仰心や求道心や愛国心のカケラも残っていない個人趣味的ママゴト遊びの環境運動を進める狂乱総裁にはホトホト愛想をつかしてどんどんと脱退していく。「今後の運動の進展を誓い合った」なんて全くのウソで独裁者の言葉遊戯にしか過ぎない。一回無記名のアンケート調査をすればよいのであるがマサノブ君はそんな勇気は持っていない。“金のなる樹・打出の小槌”の『生長の家』看板だけは死んでも放すものかと必死である。



A マサノブ君は言う。<重要だと思うのは、「自然が与えた才能には宇宙的な生命がバックしている。宇宙的な生命の法則に従うとき生命は最もよく生長する」という箇所です>。この言葉をマサノブ君個人に当てはめて書きかえるならば、「マサノブ君も神の子であるから、生まれながらの善き才能には宇宙的な生命がバックしている。しかし現実のマサノブ君は、巨大悪霊に完全憑依されているが故に、マサノブ君の神性は憑依大悪霊の迷妄によって完全な暗黒状態に隠蔽されてしまっている。従って、マサノブ君は現在のところ宇宙的生命のバックアップを受けてはいないのである。悪霊憑依の独裁者であるマサノブ君は宇宙的生命の法則に従っていないために、彼の生命の霊的レベルは下降して留まるところを知らない。信徒脱退・教勢衰退の巨大な潮流となって来ているのが何よりの証拠である。」このように書き替える事が出来るのである。



B マサノブ君は、続けて言う。「生長の家では、生命や自然は本来、善であって、それを自然に伸ばすことで、神性・仏性が反映した世界が地上に現れると考えるのであります。」 しかし、マサノブ君の実際行動はどうであろうか? 開祖・谷口雅春先生の「唯神實相論」を信仰して素直に自己生命を延ばそうとする者を「谷口雅春原理主義者・偏狭な国家主義者・偏狭な民族主義者」として排斥して教団から追放している。そしてマサノブ君の個人的価値観である「サヨク唯物現象論・地球市民思想・地球環境論」に中心帰一する者だけの団体にしようとしている。現在の「マサノブ教」に於いては、基本的認識としては「人間とは自然を破壊し、資源を浪費する人間至上主義者=罪の子」であり、「都会を捨て田舎暮らしを!」、「コンクリートの家ではなく、ログハウスを!」、「ガソリン車を止めて電気自動車に買い替えよ!」、「自転車に乗って行動し、有機無農薬栽培の家庭菜園を!」、「廃物利用をして趣味の幅を広げよ!」、「各自太陽光発電設備を持て!」、「民主党・共産党中心の民主連合政府を!」、「女系天皇制を認めて、将来は天皇制から大統領共和制へ!」、「鎮護国家の廃棄」、「天皇陛下侮辱発言」、「現憲法は平和憲法であるから改正の必要なし!」、「平和を愛する中国や南北朝鮮を信頼して、戦争法を廃止し、国防予算を削減して環境予算へ!」、、、、
そして、真理を求め大悟徹底を目ざす真剣な求道心や個人救済(メタフィジカルヒーリング)や先祖供養や倫理道徳などは、個人の繁栄を狙うエゴである。現在必要なのは、何よりも地球が生物の棲めない死の星となる事を防ぐためのCO2削減、温暖化防止が第一最大に重要なこと――― これが「マサノブ教」の中味である。ここまで、学者バカと同然のことを云いながら、当のマサノブ夫婦は、信徒の浄財を独裁権力で勝手気ままに浪費して、宗教貴族的な優雅な生活を送っている。マサノブ君夫婦は、宗教と信仰の破壊蕩尽を実践する者、日本國体の破壊者である。



C マサノブ君は偉そうに説教する、―――「慈悲や調和は、個人や個別では成り立ちません。他者への思いやる心、他者を自分のように感じる「抜苦与楽」の心が慈悲であり、調和は、自他の調和、自分と全体との調和です。この視点が欠けてしまうと、個々の現象の優秀さを追求することは、他者を蹴落としたり、自分の利益のためならば、社会や自然環境を犠牲にすることも厭わないような考え方や行動につながる危険性が出てきます。「個人が自己主張すれば素晴らしくなる。あわよくば神に近づくことができる」と考えることは、誤りです。それは、自分の主張の妨げになる人やものを“悪”として排斥するような狭い人生観に結びつき、衝突や争いを生み出すでしょう。」


しかし、マサノブ君よ! よく考えてみるがよい。

1、 マサノブ君、君には <他者への思いやる心、他者を自分のように感じる「抜苦与楽」の慈悲の心、自他の調和、自分と全体との調和の心> の片鱗さえも無いではないか! 今までどれだけ沢山の所謂、「谷口雅春原理主義者」と烙印を押されて、情け容赦もなく教団から追放された人が居たことか! 宮澤先生や貴康先生を降格左遷追放し、更に、恵美子先生をすら軟禁状態にしておいて、よくもシャーシャーと<自他の調和>とか<全体との調和>という視点が必要と言えたものだ。聞いて呆れるばかりである。

2、 マサノブ君よ! 君は自分より能力才能ある者の存在を決して許さない。だから、「マサノブ教団」には勝れた人財は払底してしまった。教化部長になる人材にも事欠く事態になった。現在「マサノブ教団」には、自己を抑制し、表面だけは従順にしてひたすら定年を待ちわびている幹部の多いことよ! 信仰者の風上にも置けぬ輩の集団「マサノブ教」。しかしマサノブ君はこれで満足しているのだ。先ずの目標は「縮小均衡」を目指し、信徒数500人規模で、死ぬまで総裁の座に安住でき、『生長の家』という看板を使える。資産は1000億円の超優良法人である。管理しやすさは言うまでもなく、独裁権力で遊行三昧! 少々のことでは誰も文句を言うものもいない。必要な人材は、イソベ若頭とユキシマ金庫番だけで十分。これが「マサノブ教団」の長期目標だ。

3、 マサノブ君は主張する。<他者を蹴落としたり、自分の利益のためならば、社会や自然環境を犠牲にすることも厭わないような考え方や行動につながる危険性が出てきます。>と。何を云っているのだ! 他者を蹴落として独裁体制を敷き、自然を破壊して巨大な「森のオフィス」を建て、生態系を破壊し、次々と太陽光発電所を作って、自然環境を破壊して、空を飛ぶ鳥にも反射光の被害を与え、近隣の民家の室温も50度Cの高温被害も他地区で発生しているではないか。

4、 マサノブ君よ! <個人が自己主張すれば素晴らしくなる。あわよくば神に近づくことができる」と考えることは、誤りです。それは、自分の主張の妨げになる人やものを“悪”として排斥するような狭い人生観に結びつき、衝突や争いを生み出す>と君はいっているが、「雅宣先生は神の啓示を直接受けて居られる」と君は本部講師をして云わしめているではないか? 君は「自分の主張の妨げになる人“原理主義者”として排斥し、自ら「マサノブ教」という完全な別宗を作って、卑怯にも『生長の家』看板だけは詐欺使用して「正統・本流」側に衝突と争いの挑戦をして来ているではないか! 全く「説教強盗」の張本人マサノブではないのか?



D マサノブ君は更に説教を進める。 < 私たちは、すでに「善一元の世界」が実在するという信仰を掲げ、その本来ある善を、自分個人のみならず、あらゆる人々から、またあらゆる生物から引き出す生き方を実践する時期に来ているのです。自然界を深く観察すると、個は、個だけでは存在しえないことがよく分かります。周囲の環境を破壊して自分だけが伸びることは、できません。生態系の一部として、自分に与えられた能力を他の利益のためにも発揮して、初めて生きることができ、また喜びを感ずることもできる。>


本当によく言うわ!と言いたいのである。マサノブ君の云う“生物”の中には物言わぬ動植物・鳥類・魚類・爬虫類、、、と云ったものしか含まれず、彼に逆らう意見をいう人間は入っていないのである。彼の云う自然界の中には人間世界は含まないのである。<あらゆる人々から善を引き出す時期に来ている>と云っているが、彼は、自分に歯向かう人間の善を引き出そうとせず、逆に締め出そうとするのである。<周囲の環境を破壊して自分だけが伸びることは、できません>といいながら、開祖・谷口雅春先生の「生長の家」を破壊して独裁者として絶対権力をもって個人趣味実現の為に勝手気ままな人生を送っているではないか!一応は「地球環境保護」とか「自然と人間の調和」と言う理屈付けだけは忘れずに、しかし実態は「説教強盗」であり「賽銭泥棒」である事には変わりはないのである。マサノブ君は独裁的地位を利用して自分だけが生き延びているのである。<生態系の一部として、自分に与えられた能力を他の利益のためにも発揮して、初めて生きることができ、また喜びを感ずることもできる>―― これも自己欺瞞の理屈付けに過ぎない。マサノブ君の地球環境改善運動は、「幼稚園児の箱庭的遊戯」の域を出るものではない。これをカモフラージにして、信徒の浄財の蓄積を自分の個人的人生目標実現のために、そしてまた、優雅な宗教貴族生活を送ることを主目的としているのである。決して、彼のカモフラージだけを見てだまされてはならないのである。



E 最後にマサノブ君は言う。 <これが四無量心の実践であり、これを人間社会で行えば人々に喜ばれ、自分も喜び、これを自然界まで視野に入れて実践すれば、真の生き甲斐を得ると共に、調和と美を体験することができるでしょう。>

申すまでもなく、彼がどんなに美辞麗句を並べようとも、マサノブ君には「四無量心」の片鱗だにないのである。彼の「サヨク唯物現象論」に逆らう者は、「谷口雅春原理主義者」としてことごとく追放したではないか! 毎日の実務上、総裁室に尋ねて行っても、平気で長時間、扉の外で待たせることも頻繁と聞く。異見を言おうものなら、声高に叱責する。前理事長は、マサノブ君の暴言のひどさで倒れたと訊く。最近の情報としては「掲示板」に次のような投稿が出ておりこの情報は極めて信憑性の高いものである。


<或る退職教化部長の証言>
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1115



F 表題の「個々の現象の“背後”を観よ」という言葉。
では、最後にマサノブ君がタイトルとして掲げた「“背後”を観よ」という事を、彼の潜在意識の底の底まで穿ち行って考えて見たいと思うのである。彼の表面意識は自覚していないが、彼の“無意識の意識層”では明確に意識して、それを自分の肉体頭脳で考えた自己自身の考えとして行動しているのである。
先ず、<個々の現象>とは何を指しているのか?


1、マサノブ君の「個々の現象」とは何か? 簡明直裁に言えば「生長の家」の完全解体と本来の『御教え』の地上からの抹殺に向かっての具体的実践言動のことを言う。「侵略戦争観」、「鎮護国家の追放」、「ニセの法燈継承祭」、「焚書坑儒」、「ニセ経の作成と聖経化」、「御神像の芸術品化宣言」、「七重の塔」、「いのちの樹林」、「教化部の田舎移転と“森のオフィス”仕様」、「賽の川原の石積み祠」、「實相額の隠蔽と雑木林礼拝」、「神示祭の廃止」、「式典の西洋化と土足登壇」、「総本山の聖地否定」、「朝日新聞購読推奨」、「民主党・共産党支持候補の推奨」、「運動の幼児化――自転車部・家庭菜園部・手工芸部」、「運動の共産党化――“フェスタ”」、「小旅行のついでに講習会」、「幼稚園児のような写真つき“行ってきました”ブログ」、「弁当屋のジュンコ婆さん」、「複数のHNを多用してのホンネ思想の暴露」、「信徒の浄財の株投資による利ザヤ稼ぎ」、「本部職員の高給待遇と宗教貴族化」、「マサノブ教団の縮小均衡」、「太陽光発電事業」、「補助金の乱発――電気自動車・ソーラー発電・講習会場の増設」、「マサノブ君の狂乱した精神状態」、「“毒喰らわば皿までも”と精神錯乱のジュンコ君」、、、である。


2、 なぜ、マサノブ君が、教えの継承者でありながら、開祖反逆を企てたのか? これは多くの信徒の持つ共通的疑問であると共に「生長の家教団史上の最大の謎」であったのである。マサノブ君の「生長の家」完全解体と『御教え』の地上抹殺計画の上記個々の具体化現象の“背後”に何があるのか? をシッカリと見極めねばならない。この問題はかつて「生長の家今昔物語」でも取り上げられていたのである。


3、 そこでもう一度、マサノブ君の潜在意識的基本思想を理解しておかねばなるまい。先ず、マサノブ君は「グローバリスト」である。さらに「国境線を廃止しての世界ワンワールド思想者」である。「国際平和主義者」である。国際の“際”とは国と国との「境目・きわ」を意味し、この「際目=境目」を無くして“地球国家”とし、国民意識や民族意識を無くして「世界市民意識」になれば戦争という争いは無くなり世界平和が実現できるというのである。マサノブ君は基本的にはお山の大将意識が病的に強すぎて、基本的には“人間嫌い・人間不信”な性格であり、「穴倉」とか「(プラトンの)洞窟」での孤独暗黒趣味の性格である。


4、 マサノブ君の、この暗黒思考の心の波長は、「類友相引き合う心の法則」に従って、霊界の悪霊の醸し出す波長と共鳴したのである。また、この巨大悪霊の霊波は既に2000年前から「ユダヤ・タルムード思想」を持ち、今日まで続くユダヤ地下政府・サンヘドリン、中世ヨーロッパの王侯貴族相手の金貸し業からスタートし、今日では世界的巨大金融財閥となったロスチャイルド・ロックフェラー家の金融網が世界の政治経済を実質支配している、このロスチャイルド・ロックフェラー金融財閥の奥には秘密結社といわれるフリーメーソン、イルミナティー、スカル&ボーンズ、欧州の王侯貴族の名門一族が居って実質的世界支配権力機構を構成しているのである。その支配力の源泉は金融力に依ってである。(但し、この「世界的な金融支配権力機構」の実態については、世界のどのマスコミ・マスメディアはアンタッチャブルである。世界の巨大マスコミ、マスメディア自体が既にこの世界的権力機構の支配下にあるからでその権力機構の実態については一般人は知らないのである。この世界的権力謀議機構はとりあえずグローバリズムの洗脳と拡散によって、世界の金融・資源・穀物・情報を完全一極支配することを目指しているのである。要するに、世界貿易経済の一局支配である。これ即ち、霊界の巨大悪霊の一大憑依現象であり、彼らの神の子たる神性は完全隠蔽された状態にあるのである。


5、 この「世界的支配権力層」は、最終目的として、民族国家と国家間の国境をなくした世界統一政府の樹立を目指し、「ユダヤ・タルムード思想」により、自分たち権力層だけが「人間」であり、その他の人間共は、非支配階級としての「ゴイム(獣)」で現在の世界人口70億人は過剰人口で、戦争や疫病や飢餓飢饉で人口減少を図ろうとしている。彼らはかつて第一次・第二次世界大戦を意識的に起さしめた。次は第三次世界大戦である。民族文化や民族宗教を消滅させ、黒魔術教や統一教会のように宗教を統一、洗脳支配する。統一世界国家に、ゴイムの収入から預金と税金を合法的に捧げさせる。この辺の考え方は、「マサノブ教」の考え方と運営方式とに大変似通っていて、これがマサノブ君の潜在意識的思考であるのだ。


6、 この表(おもて)の世界には決して現われないで世界を動かしている「世界的支配権力機構」はその調査と政策立案担当として各国の情報機関(CIA・MI-6・モサド・エシュロン)を動かし、表の世界との窓口として「国際審議研究機関」を置く。これが、三百人委員会・円卓会議・英国王立国際問題研究所・外交問題評議会・ビルダーバーグ会議・ダボス世界経済フォーラム・ローマクラブ・三極委員会・ダビストック研究所等の主要シンクタンクを支配運営している。人材育成の確保は、ハーバード・エール・プリストン・コロンビアその他の有名私立大学からピックアップし、奨学金制度にも出資する。上記の国際的研究機関・シンクタンクから各国の閣僚や主要官僚や中央銀行役員を派遣して、世界的支配権力層からの支持どうりに動くのである。アメリカ大統領も彼ら世界的支配権力層の意向で候補者が決められ当選する仕組みが敷かれている。国連及び各機関も彼らの意向どおりに支配運営されるのである。


7、 この様な世界支配の実態を考えるとき、マサノブ君の開祖反逆、「生長の家」の完全解体、『御教え』の地上からの抹殺、教勢衰退を傍観してむしろ喜ぶ、、、このような常識に反する異常言動、まさに狂乱状態にあるかのごとき異常言動の所以が納得できるのである。民族意識や民族文化や国家意識を無くして新世界秩序としての国家、「世界統一国家」つくりを目ざす「世界的支配権力共同謀議機構」から見れば、2676年の歴史を持つ日本民族と日本精神・日本文化の気品ある日本国家、それを象徴する「天皇国日本」、その強力な日本民族の持つ崇高なる「中道實相の愛国心」の理論的要(かなめ)を説く開祖・谷口雅春先生の『生長の家』を何としてでもこの地上から抹殺したいのである。最も強力な愛国団体「生長の家」と愛国哲学としての『御教え』を地上から葬らしめるために選ばれたのが三代目のマサノブ君なのであった。そして彼らは、マサノブ君のコロンビア大学留学中に彼を陥落させ、強力なる「生長の家」完全解体を潜在意識深く注入させる「後催眠暗示」を施したのである。マサノブ君は、自分が強力な「後催眠暗示」を施されたことを暫くの間は忘却させられていたが、平成2年の副総裁就任時の少し前に「生長の家」解体の「後催眠暗示」の内容に覚醒したのである。と同時にこの頃からマサノブ君の霊界の巨大悪霊の憑依が完全となったのである。そして、次から次へと『生長の家』解体の具体的実行(個々の現象)が為されていった。この現象の裏には“背後”事情として、上記の「ロスチャイルド・ロックフェラーを中核とした世界的支配権力機構」と、世界支配を実現させるため巨大悪霊波を念送し続けている巨大悪霊の存在があるのである。そして、マサノブ君は、既にその巨大悪霊に完全憑依されて、完全な「神性隠蔽」状態になっているのである。マサノブ君のこれからの人生は、信徒数がある限度以下に減少した時に、「世界的支配共同謀議機構」の秘密を知る者として彼らの巧妙な計画に従ってありきたりの事件の一つとして“消される”運命にあう公算が極めて高いといえるのである。


8、 一方、天皇陛下と御皇室の存在もかれら「世界的支配権力共同謀議機構」から見れば、世界支配と世界統一のためには消し去りたい存在である。その為に、日本弱体化政策のために「占領憲法」という現憲法を作ったのだ。当時のGHQにはフリーメソンのメンバーが多く存在していた。彼らは、天皇制を「主権者である国民の総意に基づく」と規定し、国民投票で廃止論者が多ければ廃止できるようにしたのである。それを共産党は党是としているのである。このように考えると、開祖・谷口雅春先生が「古事記と日本国の世界的使命」で書かれているように、「ユダヤ守護神」と「日本民族守護神」との戦いが「別宗・マサノブ教」と「正統・生長の家」の本流復活運動との戦いとして目下行われているのである。この自覚に本流信徒は立つべきである。われわれ「正統・生長の家」復活運動は必ず勝利するという自信を持って進まなければならないのである。「古事記と日本国の世界的使命」には次の如く書かれている。

<< 如何に八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)に深謀遠慮がありましょうとも、日本の国には宇宙創造のとき以来、その天爾(てんに)の使命遂行のため惟神(かんながら)なる深謀が行ってあるのでありますから恐れることはありません。(『古事記と日本国の世界的使命』165頁)>>


9、 別宗「マサノブ教」は“虚”の存在、“闇”の存在、“虚”と“闇”は必ず消えてなくなる。「マサノブ教」は今や周落の段階に入った。信徒脱落は加速され、講習会参加者も前回比20%減、前々回比50%減が実態。「マサノブ追放」は当然中の当然! まだまだ、マサノブ温存を希望する信徒も居るが、中途半端に妥協(和解)し、彼の“名誉総裁”としての存在を許し、影で“院政”を操る存在として残してはいけない。マサノブ君には、「教勢衰退」の全責任をとって、教団退去追放を課すのが彼にとっての残された唯一の救済の道である。早く辞職して退去しなければ、背後の存在(フリーメーソン・イルミナティー)によって秘密を知りすぎた者の末路として地上から人知れず消されて行く事は確実であるからである。




2016-03-12 13:19 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十五回>
2016年03月11日(金)






御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」 



北尾巳代次先生




<第十五回>





 
第7編  「坐禅和讃」を拝読して




衆生本来仏なり
水と氷の如くにて
  水を離れて氷無く
  衆生の外に仏なし

 これは白隠禅師の「坐禅和讃」の一節であります。即身成仏、人間神の子仏の子を、水と氷に例えたもので、なぜ神の子が迷うか、それは現象にとらわれて心が冷たく冷え切ってしまうからであります。人の心というものは本来温かいものなのです。しかし何らかの条件によって冷たく凍りついた時に不幸が生ずるのです。これを「創世記」では蛇の知恵に騙されると書いてあるのです。あなたも自分の心が本来の温かさを失っていないか大いに反省して頂きたいのであります。一切の不幸の原因は己の心にあるのです。三界唯心とはよく言ったものですね。そして、

  衆生近きを知らずして
遠く求むるはかなさよ
譬えば水の中にいて
渴(かつ)をおぼゆる如くなり
長者の家の子なりと
貧里に迷うに異ならず

 救いの本体は自己の中にあるのです。でも人間は救いの本体である神仏を外に求めて、さ迷い歩くのです。それは水の中で喉を渇かしているのと同じことであって神はわが内にあると自覚さえすれば良いのであります。

六趣輪廻の因縁は
  己が愚痴の闇路なり
  闇路に闇路を踏みそえて
  何時か生死をはなるべき

 六趣輪廻の因縁とは、人間が趣く六道ですね。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人界とありまして、人間はもともと過去世の宿業によって、幸いに人間界に生れさせて頂いたのです。このことはどれほど喜んでも喜びきれぬことで、この因縁を大切にして、現象界で大いに人間神の子の信仰を高めさせて頂いたら、そんまま天人界にもなおそれ以上の幸せを約束せられているのです。

でも不幸にしてそのことに気付かず、己の肉体や境遇に不足を持ち愚痴をならべるために、せっかく光明遍照の実相世界に居ながら、無明の闇路を画き出して、諸々の不幸を体験するのであります。しかし、そうした闇路をさ迷い歩いていても、いつかは生老病死の四苦を離れる時期が来るのであります。それが摩訶衍(まかえん)の禅定であります。

  それ摩訶衍の禅譲は
  称款(しょうかん)するに余りあり
  布施や持戒の諸波羅蜜
  念仏懺悔修行等
  其の品多き諸善行
  皆この中に帰するなり

摩訶衍の禅譲とは、生命の実相、実在の実相を観ずる神想観に当ります。「観普賢菩薩行法経」にも、「無量の正方便は実相を憶うことにより得、一切の業障界は妄想より生ず。若し懺悔せんと欲せば端坐して実相を憶え、衆罪は霜露の如し、恵日よく消除す」とあるのと同一です・無量の正方便とは量り知ることのできぬ正しい救済の道です。それは生命の実相を観ずる神想観以外にないということなのです。

この神想観を徹底して実修すれば念仏にまさることなし、と「歎異抄」に説かれた念仏の徳も、懺悔も、総ゆる修行を通して体得する悟りも、自ら得られるのであります。宗教に人間の繋縛(けいばく)から解き放つためにこれまで諸々の教えを説いてはいますが、これを一つに纏(まと)めたのが摩訶衍の禅定である、というわけであります。生長の家で神想観を余りおやりにならない人は結局救い難い人と言わざるを得ません。

一坐の功をなす人も
 積みし無量の罪滅ぶ
 悪趣何処にありぬべき
 浄土即ち遠からず

一坐の項をなす人とはいわゆる善行を鼻に掛ける人でしょう。自力作善の人は他力を頼む心欠けたるために往生を得がたしと、親鸞聖人も歎かれたように、いかに救い難き人でも、この神想観によって吾神の子仏の子を観ずれば、その罪は消えざることはないのであります。即ち悪趣と見ゆる世界が、そのまま、浄土と化するのであります。悪趣はないのです。

 辱(かたじけ)なくも此の法を
 一たび耳にふるる時
讃嘆随喜する人は
 福を得ること限りなし

 とにかく生命の実相の真理に触れられたあなたが、暗い人生観から解脱して讃嘆随喜の心を起されるならば、無辺の功徳が現われることはまことに当然と言わなければなりません。

  いわんや自ら回向(えこう)して
  真に自性を証すれば
  自性即ち無性にして
  すでに戯論を離れたり

 まして自ら吾神なり、如来なりの大自覚に達せられるならばいたずらに妄想妄念を生ずるはずがないのであります。戯論とは間違った見解です。

  因果一如の門ひらけ
  無二無三の道なおし
  無相の相を相として
  行くの帰るも余所ならず

 もはや人間神の子には因果律に支配されることなく、唯一絶対の浄土への道を歩ませて頂きますために、常に神と等しく無相にして無限相なる姿を現わして、実相界と現象界に遊ぶのであります。

  無念の念を念として
  謡うも舞うも法の声
  三昧無碍空ひらく
  四智円明の月さえん
  此の時何をか求むべき
  寂滅現前するゆえに
  当所即ち蓮華国
  この身即ち仏なり

 無念の念を念としてとは、すでに自己の念にとらわれず自由自在の心境であることです。三昧無碍とは、空にして空に非ず本来自由無碍自在の心境を現わすコトバです。この心境になるとき、自ら衆生を済度するための無限の英知のがコトバとなって迸り出でて、もはや何も求めるものはない浄土が、そのまま今ここに現前したもうのである。ここがこのまま極楽であり、吾が身はこのまま仏なりの意と存じます。




第8編  北播の旅




  小野誌友会

 昨年の巡講と嬉野の練成でお馴染を頂いたのか、本年も1月15日から19日まで北播の地を廻らせて頂いた。旅の空に注いで下さった温かいご芳情に心から感謝を込めながらこの一文を示させて頂いています。昨日まで吹き荒れた寒風もようやくおさまり、15日の朝は気分も清々しく、道場の早朝神想観に後事を托して出発させて頂きました。

 神戸の湊川で、ベストセラーといわれる女子バレーの大松博文さんの『なせば成る』を求めまして、その頁をひもときつつ、小野の誌友会に伺わせて頂きましたが、信念の強い話の話題を提供下さったようで大変参考になりました。ちょうど成人の日で中学校の講堂には沢山の青年達が来られるそうですが、この皆さまが私の話を聞いて下さったならば、と思いましたが、まだ、そこまでは生長の家も認められていないようです。それでも定刻には若い人も交えて大体100名位の方が集って頂きました。

ここには栗原先生(中学教諭)がいらっしゃって、熱心にお世話下さいます。何でも家族5人とも什一会員だそうです。奥様がお母様と不調和な間は子供が良く病気をしましたが、今は本当に御教えによって幸福です、とおっしゃっていました。

「月給取りで4口は大変ですね」と申上げたら「自宅の補習で必要なだけは入って来ます」と早速無限供給の体験を話して頂きました。また「末の子供だけ聖使命会をご遠慮していたのですが、昨年思い切って入れて頂いたら早速お蔭を頂きまして、2階の窓から落ちたのが創(きず)一つできず無事助けて頂きました。よく聖使命会に入れて頂いていて、本当に良かったと感謝しています」とのお言葉でした。



   東条町にて

 5時から車で東条町新庄の夜の会場にご案内して頂く。山田さんという熱心な地方講師がいらっしゃるのですが、個人指導であるお家に泊めて頂きました。この地方は釣り針製造の本場で、どちらのお家でも家内工業としてやっていらっしゃいます。最近は水産の不振から、全般的に不況ですが、その方は北洋漁業との関連から特別に悪いとこぼしていらっしゃった。ご立派なお座敷に通して頂いたが、時々ご主人が話の途中で独り言のように、我が家も、ボツボツ、ガタガタになったか、というような言葉を2回続けておっしゃったので、経済の不況は、まず言葉を改めることだとご注意を致しておきました。

 ご主人は、父や叔母が胃癌でお亡くなりになったために、自分も胃癌かも知れないと、ひどく胃を気にしていましたが、キリストが母マリアに向って、「吾汝と何のかかわりあらん」と言ったことなどを引例して、父や叔母がどんな病気であろうとあなたとは何のかかわりもない、と信じて信仰を深めなさい、と話して昼食を一緒に頂きましたが、びっくりするほど沢山頂いて、今日はちょっとも痛まないと、手放しで喜んでいました。誌友会は田舎のことですが、それでも40人位集って、お話が済んでも誰もお立ちにならないで賑やかに座談会になりましたが、宿の帰った時は11時を過ぎていました。

 翌朝その胃病の主人が、気分が良いので送りましょうとご自分で車を運転して西脇まで送って頂きましたが、もうとても元気なようでした。




   西脇より中町へ

 西脇では浅井さんや臼井さんの奥様がお迎え下さって、加味屋という食堂のご主人が昨年1月、先生の個人指導で、衣料屋から食堂に転向されたのが素晴しく当って、喜んでいらっしゃって、是非先生に店舗も見てもらいたいし、食事も食べてもらいたいとの申出がありますので、今日はそこで食事して頂きます、とわざわざご案内下さった。小ざっぱりした食堂で、ご主人がとても嬉しそうに、去年は本当に憂欝に悩んでいましたが、今年はこんなに嬉しいことはない。早速2月に開業して色々苦労もしましたが、どこよりも旨い味を作りたいと懸命に努力したのが報われました、と実に美味しい鍋焼きの手打ちうどんを接待して下さった。やはり努力すれば必ず報いられる世界ですね。

 ここは道場建設の用地も出来て、皆さまなかなか頑張っていらっしゃいます。法話の後で円い輪になって祈り合いの神想観をやりました。祈って欲しい人が次々と申込まれて9名となりましたが、ご一緒に名前を呼び上げて円満完全な実相を観じさせて頂きました。これからは講演だけでなしに、この祈り合いの神想観を是非続けて頂こうと思いました。今夜は中町の方ですから臼井さんの車で送って頂いたが、ご夫婦共とても気持ちの良い人たちです。

 中町誌友会は最近聖使命会員が120名になったとおっしゃっていましたが集られたのは30名位でした。お話の後で祈り合いの神想観をやりましたら、心臓の悪いと言っていらっしゃったご婦人が、胸の苦しみが一遍に除かれた、と嬉しそうに体験を話されて皆拍手して喜びました。

 翌17日は北条町です。車中、西脇から後藤さんとかいう奥様が乗車されて、先生に是非お会いしてお礼を申上げたいと念じたら、心が通じました。昨日の祈りで一週間ほど悪感ばかりして寝れなかったのがすっかり快くなって、今朝はとても気分が良いので神戸の娘の所へ行くのだとかおっしゃって喜んでいらっしゃったが、汝ら祈り合うべし、との神示の力を今さらに再認識させられました。




   北条誌友会

 北条市では、後藤さんともう一人の方が出迎えて下さった。ここは誌友会発足10周年で、私と平先生の合同記念講演会を町の公会堂で開く予定だったそうですが、会場が町の行事で使えなくなり、困っていると平先生も孫の結婚式で不参になった。自宅は狭いからやはり神様は丁度良くして下さる、と笑っていられました。にわかに会場の変更がありましたが、やはり150人位集られて、かなり広い後藤さんの家も人で埋まってしまいました。ここは以前から親しい方が沢山いらっしゃって、もう喜んで一人一人握手して下さる。法話は2時間余りで、後は祈りの神想観をやりましょう、と申上げたら、先程握手した男の方が、先生に手を握って頂いたら、こんなに正しく坐れるようになった、有難うございます、と早速大きな声でお礼をおっしゃったので、皆さまが先生にも握手させて下さいと20人も、30人も一遍に掌を出されるのでヘキエキしました。一人一人祝福を込めて握らせて頂いたが、皆その心のように温かい手の人達ばかりでした。ここでは21人も祈りの申込みがあって、皆さまと真剣に神想観をさせて頂きました。




   コトバは実現する

 北条町では夜は賑やかに皆さまと座談会をやりました。体験談の中で、言葉は実現するという貴重なお話がありましたので一つご紹介しましょう。

 たしか高木さんとかおっしゃっいましたが可愛らしい奥さんで、昨年の夏だそうですが、この方のお隣の土塀がへたりましてね、それをブロックに替えるために、土方の人が砂利やブロックを玄関の前に一杯積み上げて、2日も3日も仕事をやっているのです。なにしろ通路の事ですから不便でしょうがない。つい腹を立てましてね、「お父様、あんなに道の真ん中に砂利を積み上げて平気でいるなんて、ちょっと文句を言ってやりましょうか」って言ったんです。すると夫も、「ああ、昨夜他家(よそ)の人が足に怪我したと、と言ってやりなさい」というでしょう。それで早速その工事をしている人に「夕べ他家の人が訪ねて来て、このブロックで足の爪を剥いで困っていた」と嘘を吐いたんです。

 そしてその夕方私は、サンダルを履いて買物に行きました。その帰りに鉄板が2寸位出ていますのに、いやというほど親指を抓めましてね、目から火が出る程痛かったんです。見ると指の爪が1センチ程上って、血が一杯流れています。それで早速しっかり握りまして、痛い痛い、と泣いとったんですが、もう目から星が飛ぶんですよ。すると私、朝嘘言ったことを思い出しましてね、アア、済まないことを言った。私があんなことを言って腹を立てたから早速罰が当たったな、と思いましたて、もう一所懸命心の中で詫びを言いまして、暫く抑えていると、どうしたのか、その痛みがピシャ―と止っちゃったんです。恐る恐る掌を放してみるとその爪が少し歪んでちゃんとくっついているのです。本当に言葉って恐ろしいものですね、とおっしゃっていました。その他色々な尊い体験を伺いましたが、誌友の皆様が会長様を中心として和気藹藹としているのに大変感心しました。

 北条は昨年聖使命会員が120名位だったのが、加古川の植田かずえ先生に来て頂いたら一度に100名も聖使命が増えたんだそうです。私たち講師もここでよく考えなければいけないと反省しました。




   社町誌友会

 翌18日社町の影山さんの所まで送って頂いて、そこから再び東条町の秋津という所に伺いました。近くに近頃観光で宣伝されている東条湖のダムがあるんですが、一度見たいなあと、ふと心に思ったら運転の影山さんが、先生、東条湖を一遍ご案内しましょうとダムの上に車を走らせてくれました。やはり心に思うことは容(すがた)に現われるんです。ここでは婦人会を主として話ましたが、今後発展することでしょう。夜は井関農機営業所の社員に商業ゼミナールとして話をさせて頂きましたが、さすがに生長の家の教えを実践される社長さんを頂くだけに、社員の人もなかなか真面目な良い人ばかりでした。社町には厄神さんのお祭りというのがあって、町出身の成功者が現金やお餅を擲(な)げて、子供たちに供養するんだそうですが、その祭りが明日に控えているとかで夜の誌友会には2、3人しかお見えにならなかったのは残念です。

 夕食の時にご主人が「昨年の暮、母に電気毛布を買ってあげよう、と思ったんですが、どうしてもいらんと言って断ってしまうんです。ところが昨日、よその電気屋が、電気毛布を届けて来るんでしょう。家では誰も注文していないのに変だな、と思ったら、母が先生に着て頂くためにわざわざ注文しに行ったんだそうですよ」と温かいご愛念を披露して下さった。そう言えば昨夜も、2枚も3枚もダブルの毛布を敷いて下さって夜中に暑くって困ったんですが、これも誌友の方々が是非先生に着て頂きたいと持参して下さったのだと承って感激させて頂いたんです。と話して改めてご厚意に合掌させて頂きました。

 翌日は午前9時より社町の橋本さんのお家の誌友会に招かれました。昨年に比べて今年は立派に新築されたお家です。
 劈頭のご挨拶で、私は神戸で空襲に遭って、七面鳥を僅か3羽持って此の社の町に疎開して来ました。その時には何の資産もないまことに惨めな状態でしたが、その七面鳥を金に換えて小さな一文菓子屋を開き、生長の家の御教えを頼りに商売を続けさせて頂きましたが、数年前機会を得てプロパンガスの営業に転業し、順調な発展を示して来ました。しかしもう一つ信仰と生活がマッチせず、物質的な執着に執われていたのです。しかし昨年正月と8月2回北尾先生のお話を承り思い切って自宅を新築させて頂き、十一会員にも3口入れて頂くようになったら、急に売上が3倍になりお得意さんも千軒を突破しました。私には元々子供もありませんから、これから儲けさせて頂く月々のお金は五万円でも十万円でも、全部生長の家の人類光明化運動に奉仕させて頂いて立派な道場を寄進させて頂きますと、とおっしゃいましたが大変感銘を深くしました。




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>




2016-03-11 11:26 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

<号外> 「別宗・マサノブ教」の最新状況 H.28.3.4〜10
2016年03月10日(木)






<号外>




「別宗・マサノブ教」の最新状況 



H.28.3.4〜10





「掲示板」より・・・信徒に説教!

ヘンな『国際人』造り?


=着々進む「生長の家」完全解体戦略=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=160



立教記念日、自転車競技場での挨拶。曰く、―――
「国際人になりましょう!」―――その思いは?

▼ 「国際人」は、土足のままで登壇してよろしい。
▼ 「国際人」は、「實相」という意味のわからない漢字を礼拝する必要はない!
▼ 「国際人」は、世界共通の「大自然」を崇める信仰を持とう。
▼ 「国際人」は、ナチスを連想させるような「聖旗」は要らない!
▼ 「国際人」は、地球に鳩ハッパの「世界平和」旗を掲げよう!
▼ 「国際人」は、地球を救う「自然との共生」とは、自転車競技・家庭菜園・廃品利用を実践する人のことを言う。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月4日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

今年の『立教記念日』は総スカン!


=土足の国際化?式典と自転車競技ではのう、無理もない=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=160



▼ 国際人なら土足で良い???? 現実を知らな過ぎる! マナー軽視論だ。
▼ 「 實相額 」 を布で覆い、日章旗はなく、国歌 「 君が代 」 斉唱もなく、顕斎殿の壇上を土足のままで歩く、・・・ とても普通の日本人の感覚ではない。

▼ マサノブ君は“ 国際化 ” ということを、自国の文化、伝統を排除することであると思っている?
▼ 海外からは日本人の総長のみで、表彰は、代理で総長がすべて受け取っていた。外国人の信徒の参列者を確認することができなかった。

▼ 自らの国の文化、伝統を捨てたかのような “ 国際化 ” は 既に、相手にされなくなっている!

▼ 「教勢衰退」は今や世界的潮流となっている。しかし、マサノブ君は予定通りとうそぶき喜ぶ!
▼ まさに、狂乱総裁マサノブだ!速やかに辞職すべし!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月5日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

散々な「世界平和祈願」

立教記念自転車競走!


=マサノブ君の面目、丸つぶれ!=



<田舎もんのブログ>  (谷口貴康氏)
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「少人数のヒルクライム」騒ぎのおかげで<出入り禁止>が前後何時間も続いた・・・「最初の急な坂」で八割の人が歩く羽目になり、「次の急な坂」で一人以外は・・・
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▼ マサノブ独裁教主、信徒の反対を押し切って「総本山境内地」での自転車競走を強行
▼ 総本山の東雲台に登る坂はそうとうきつい事は歩いた人には判る。
▼ 難所も二か所あります。歩いた人なら無理な計画であると判るはず。
▼ 案の定、最初の急な坂で八割の人が歩く羽目になり、次の急な坂で一人以外は歩く羽目に
▼ 僅か25名の少人数のヒルクライム騒ぎのおかげで出入り禁止が前後何時間も続き、本当に奥津城を参拝したかった人達が入れないという状態は異常でした。

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★★ 企画提案強行のマサノブ独裁教主は「身の危険」?を感じて今回は参加せず、ゴールで待っていて賞状を渡し、記念写真に収まっているだけ。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月6日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

総本山・ヒルクライム川柳@


=マサノブ君はこんなにレベルが低かったのか?=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4763



@ 総本山 自転車レースの 競技場
A 聖地では ないよ 自転車レース場
B 総裁は、急な坂道 いつも車で 軽やかに
C 歩いては 聖地移動は したことない?
D 総本山 総務不在の ヒルクライム
E 名前ゆえ? 昼でも暗い ひるくらいむ
F 暗いなら 総務に 日向を 抜擢だ (笑)

★★ 企画提案強行のマサノブ独裁教主は「身の危険」?を感じて今回は参加せず、ゴールで待っていて賞状を渡し、記念写真に収まっているだけ。 総裁は、肌身離さず「防刃チョッキ」?

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月7日

 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・ますます顕著になって行く、――

ジリ貧のマサノブ講習会!


=今や総裁の権威は地に落ちた=


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1125



3月6日、千葉教区講習会
▼ 今回5259人、 前回5895人、 前々回8070人、 前々々回10109人 (今回も作られた虚偽数字? 実態は5000人以下?)
▼ 前回比11%減、 前々回比35%減、前々々回比48%減

▼ 飛田給のページを見ると、練成参加者がバスで講習会に行った。
▼ 東京第二教区からも、【 応援バス 】 が出ました。
▼ CO2を撒き散らしての応援大型バスは今や当たり前。
▼ ママゴト遊びのマサノブ環境講話は今や誰も聞きたくない。
▼ とにかくマサノブ講話は全然面白くないのだ!
▼ VIP待遇「小旅行」のついでの講習会ではジリ貧なのは当たり前!

★★ マサノブ君は「教勢衰退」の全責任を取り辞職すべし!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!
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平成28年3月8日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・ジュンコ婆ちゃん、―――

『総裁への中心帰一』を絶叫!


=幹部懇談会、一瞬にしてシラケた!!=


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1115



本流対策室/6
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△△婆さんが、『突然、大きな声で「皆さん、もっと中心帰一してください』と怒鳴るよ
うに言ったのです・・・      (スゴイですね〜〜 怖いですね〜〜)
△△婆さん、「中心帰一」するものを違えていませんか??
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▼ 本来の「生長の家」では、 <個人崇拝> はしていない!
▼ 「谷口雅春先生に中心帰一しなさい」なんて言わなかった。
▼ ジュンコ婆さん・・ マサノブ爺さんに「助け船」を出した積もりかも?
▼ 末端の「地方講師」までが、『私に中心帰一しなさい!!』なんて言い出す!
▼ 最近では、教化部長が講習会の前日に幹部を集めて、「幹部懇談会で総裁に
は変なことを言わないように」と釘をさす。
▼ 総裁から「普段思っていることを、何でも尋ねても良いですよ。」と言われ、それを真に受けて、何も知らない幹部が「やばい」話を総裁にすると、後日、教化部長を「指導不足」でペナルティーを与える。

★★ マサノブ君と金正恩君とはDNAにおいては全く々! こんな総裁は早く出て行け!!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年3月9日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

総本山・ヒルクライム川柳A


=マサノブ君はこんなにレベルが低かったのか?=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=158


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4763



@ 着々と 教団潰し 進行中

A 追い出した 兄弟姉妹 母親も

B 長老は 冤罪着せて 島流し

C 本尊は 白布で隠し 偽経読む

D 救済は 地球が先と 珍説法 

E 総本山 茶坊主達の 遊び場に

F 聖地とは 言わせぬぞと 伏線が

G 聖地泣く 大聖師泣く 信徒泣く

H 煩悩が ひねり出したる 大惨禍

I 知りたいな 何故しがみつく 泥船に 

J ならぬものはならぬ。もう境内地では止めましょう。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総

裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高

幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券

購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■



平成28年3月10日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒




2016-03-10 20:59 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 号外NO 2 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十四回>
2016年03月09日(水)





御高弟著作シリーズ 


「神様が見てござる」
 


北尾巳代次先生




<第十四回>





第4編  正しい信仰について思う




  母と嫁いだ娘

私の近所に金光教の教会がありまして、毎朝参拝をせられる方が相当いらっしゃいます。ある時その信者さんの一人が誌友の方とご一緒においでになりまして、
「先生に一言ご相談を申上げたいことがあるのです」
「何ですか、お伺いしましょう」
「実は私金光教の信者として、以前色々お蔭を頂きまして、お詣りさせて頂いている者です。私に娘が一人ございまして、現在神戸の方に嫁いでいますが、これが身体が弱いと申しますか病気ばっかり致しまして悩んでいるのでございます。何しろ先方はお仕事の大層忙しい家でして、その上姑さんは評判のしっかり者なんです。私自分で聞き合わせてすれば良かったんですが、主人と長男が参りまして、とても良いと申すものですから、つい信用を致しまして、片付けましたものの、可哀想に娘は苛められて苦労をしているのです。私、娘の身体のことを考えますと心配で心配で居ても立ってもいられないものですから、いっそ引取ったら、と申しますと、主人も子供も、きつく叱るのです。それで私、金光教の先生に相談を致しましたら、“それはあんたの信仰が足らん、もっと一心になって朝参りをして、そのお姑さんの心が優しくなって下さるように縋りなさい”と教えて頂いたのです。それで私ここ2ヶ月間は本当に一所懸命お願いをしてみたのですが、一向にお蔭が現れず娘はもう別れさせてくれの一心なんです。思い余っていると“一度生長の家の先生に伺ってみたら”と薦めて下さるので伺わせて頂きました」
 とおっしゃったのです。

私は聞いてビックリしてしまいました。まさか金光教の教会の先生が、そんな指導をなさるはずはなく、きっとこの方が誤解をしていらっしゃるのだとは思いますが、私は思わず、
「奥様、あなたは随分厚かましいお願を2ヶ月もよう続けましたね」
 とこう申上げたのです。

 すると、奥様は怪訝な顔をなさって
「先生、私どこかいけないことがあるのですか」
「当たり前ですよ。あなたはね、ご自分の根性もよう直さんのに“先方のお姑さんの根性を直して下さい”と祈るとはあきれ果てた人だ。金光教の先生はそんなことをおっしゃっていたのではないのですよ。あなたは、折角ご主人や子供さんが聞き合わして良い人だと言っているのに、反対に、ご主人や子どもさんの聞き合わせが間違っているように誤解して、ここからその姑さんを憎んだり、恨んだりしているでしょう。本当の信仰というのは、“悪いお姑さんはない。人はみな神の子、仏の子と信じさせてもらい、拝ませてもらうこと”なんです。お釈迦さんもあの『法華経』の方便品の中で『一切の衆生は如来と等しくして異なる事なし』と説いていらっしゃいます。

 あなた、猿廻しというのが昔あったのをご存知でしょう。猿廻しが猿を紐で縛りましてね、その紐を上手に操りながら太鼓を叩くのですね。すると猿が猿廻しの心の通りに踊ったり跳ねたり、金を集めて廻ったりするでしょう。私、奥様のお話を聞いておって、奥様はこの猿廻しと同じだなあと思ったんです。そうでしょう、娘さんを神戸にやるのに、大和からズーッと紐をつけましてね、絶えず紐を引っ張りながら、娘は可哀想に苦労している、と太鼓を叩くでしょう。すると神戸に居る娘さんはあなたの心通りに里心が強くなって、『かあちゃん助けてくれ、苛められて苦しい苦しい、帰りたい』と踊っているのですよ。

 そんな紐付きの娘さんなんか先方は喜びません。娘さんは片付けたら、もうあなたの子ではないのですよ。あなたは毎朝教会にやって来て、そんな姑さんの根性なんか直そうとしないでお礼を申上げるのですよ。2日に1回位はご両親に葉書を書いて『いつも優しく教えて頂いて有難うございます。娘は帰る度に、お母様はお観音さまみたいだ、と言って涙を流して喜んでいるのですよ』と嘘でも何でも良いから、先に礼を言うことですよ。金光教祖は“お蔭は既に与えてあるぞ”とおっしゃっていらっしゃるでしょう。もう深切に優しく可愛がって頂いて、既に健康にさせて頂いている、と先に毎日お礼を言っていると、その葉書を読む先方のお姑さんは、娘がそんなに喜んでいてくれるかと思えば、可愛目もかかろうというものです。そんな紐を放してご主人や息子さんにも感謝せなければいけませんよ」
 と申し上げたんです。

世の中には神様は何でも頼めばお蔭を叶えて下さるものだと誤解している方が可成りあります。神は愛なり、仏は慈悲なりというから、神様が愛を与えて下さるものだと、勝手に思い込んでいる人もあるようです。勿論神は愛であり、仏は慈悲であることには間違いありませんが、私たち一人一人が愛なる慈悲なる生命を自分の内部に自覚した時、そこに無限の功徳が現れて来るのであります。




   仏心の発露

 みなさまも明治の歌人で有名な税所敦子さんのことをご存知でしょう。この方は税所篤三の後妻となり、間もなく夫に死別し、きついきついお姑さんにお仕えになった。里では不憫に思い再婚するように度々薦めて下さったが、一人子に先立たされて孤独になったお姑さんが可哀想というので、一所懸命に孝養を尽される。けれども、このお姑さんは敦子さんの愛念を素直に汲み取ることが出来ず、悉く辛く当られるのです。ご近所の人々が、その仕打ちに見かねて、何という酷(むご)い人だろう、あれは正真正銘の鬼婆あだ、と盛んに噂しているのが、たまたまお姑さんの耳に入り、これはてっきり嫁が世間に自分の事を言いふらしているものと誤解して、ある日、敦子さんが優しく姑の肩を撫でさすっている時に、お姑さんは一枚の紙に「鬼婆なりと人は言うなり」と
書いて敦子さんに見せました。すると敦子さんは筆をとって、その上の方にさらさらと、「仏にも優る心と知らずして」
 と書き添えられたそうです。

これには流石に心の険しかったお姑さんも、涙を流して、自分の心のひがみを詫びられた、ということであります。本当の信仰は常にこのような仏心の発露でなければなりません。




  明るい人生観になると

 昨年の暮でしたが、天理市櫟本(いちのもと)の佐野シズエさんという方が、誌友の方に誘われてお見えになりました。伺ってみると白内障(そこひ)で医療を受けていらっしゃるのですが、経過が思わしくなく、両眼とも手術をせよとのことで大変お悩みになっていらっしゃるのであります。

「私のような無信仰な者でも、信仰すれば癒して頂けるものでしょうか」
 ちょっと不安そうにおっしゃるので、
「病気を癒すために信仰するのではありません。すでに救われている自分に気付かせて頂くためにするのです。心が感謝と喜びに満たされてくれば健康だけでなくあらゆるものが成就します。あなたは肉体が患っているように思っているでしょう。しかし本当は心が患っているのですよ。昔のあなたはもっと希望に満ちた、愛念に満ちた心で暮して来られたでしょう。しかし今のあなたは違いますね。人生の不幸は自分一人背負っているような暗い暗い気持で暮していらっしゃるようですね。そんな暗い人生観を持ち続けていたら、白内障になって目の前が真暗になってくるのは当り前のことですよ。真暗の鍾乳洞に住んでいつ魚は、光を見ないために目がなくなるそうですね。どうです、明るい心、明るい表情に変えることは出来ませんか」

 その奥様は悲しそうに涙を浮べながら、
「本当に先生のおっしゃる通りですわ。私は本当は明るい性格なんです。夫に早く別れまして、残された3人の子供の成長を楽しみに、一所懸命に働いて来ました。その頃はどんなに苦しくとも、自分はどうなっても良い、ただこの子供たちだけは一人前に育てなければならぬ、とそればかり考えて頑張って来ました。幸いに私の願いは悉く成就致しまして、長男、次男とそれぞれ学校を卒業して嫁をもらいましたし、末の娘も昨年片付けたのです。こうしてやれやれと思ったときに、長男が仕事の都合で福井県の方に転勤してしまいました。それで私次男と一緒に住まうことになったのですが、この弟の嫁が、とっても私を嫌うのです。私を何時も邪魔者のように扱いまして“次男の嫁だから姑と暮すなんて考えてもいなかった”と言うのです。それで私、長男の所と思っても狭いアパート住まいでは行けんじゃないか、お前達は私がどんなに苦労して大きくしてやったか判らんのかと申しますと、“お母さんの苦労と私と何の関係もないですよ、お母さんの気持が変わらん限り同居は出来ません”と言って、とうとう私を一人ぼっちにしてしまいました。幾ら優しい息子でも他人が付くと、こうも心が変わるものかと、悔しくてなりません」

「なるほど良くわかりました。しかし話を伺っていますとあなたは本当は幸福な人だなあと感じますね」
「私が幸福ですって、どうしてです」
「今あなたがおっしゃったじゃありませんか、夫に死別せられた説きに3人のお子さんをみて、自分はどうなっても良いから、この3人の子供だけはそれぞれ一人前にしたい、と考えられたのでしょう。そのあなたの願いは悉く神さまによって叶えられてあなたにとって今なんにも思い残すものがないのではありませんか。世の中には子供の成長を楽しみにしながら、その子供に先立たれ足り、裏切られたりして泣いている人が一杯あるのです。それなのにあなたの子供さんは一人もあなたの期待を裏切ることなくお育ちになったのでしょう。嬉しいことですよ。あなたがその喜びを素直に表現して、私ほど幸福な者はないという表情をしてお礼をおっしゃったら、幾ら邪険なお嫁さんでも、あなたを嫌ったりなさるはずはないですよ。だいたいあなたが若い人に自分の苦労話を聞かせようとすることがいけないのです。愚痴というものは誰が聞いても気持の良いものではありません。過去心不可得といって過去はもう無いのです。時代は既に若い人に移っているのです。子供たちの現在を素直に祝福するような善いコトバをふんだんに送ってあげることが今後のあなたの幸福を築いて行くことになるのですよ」
 と申上げて“人間神の子の真理”を伝えさせて頂きました。

 さて10日余りして次の誌友会にこの佐野シズエさんは、とっても明るい表情でお見えになりまして、
「先生、お蔭さまで白内障を治して頂きました。眼科の先生がもう手術の必要がないとおしゃって頂いたのです。やっぱり私の心が変わったら、みんな神の子で好い人だったんですね」

「それは素晴しい、あなたが素直に行じられたからですよ」
「それだけでなしにもう一つ嬉しいことがあるのです。私雑貨品を色々扱って生活の足しにしているのですが、これが近頃はかばかしく行かず、腐っていたのですが、み教えに触れさせて頂いてから、商売の方も面白いほど売れるようになりました」
 とおっしゃったのです。

傍らで聞いていた誌友の方も感心して、
「本当に一つ中心に叶うと何から何まで良くなるものですね」
 と、ともどもに喜ばせて頂いたのであります。




第5編  あなたの運命を変えるには
   



家庭菜園

 先日、ビルの屋上に家庭菜園を造って、何十本という大根や蔬菜を作って喜んでいる家族の姿をテレビで見せて頂きました。狭い都会のビルの谷間で暮しながら、彼らは、近くのビルの工事現場から土を貰って来て、それを屋上に運び上げて、こんな楽しい菜園を造り上げたそうです。

「太陽と土があれば、誰でも、こんなことは出来ますよ」とその人は語ってましたが、確かに努力さえすれば、誰でも出来ないことはないでしょう。人間の運命もこれと同じことではないでしょうか。




   幸せになるには

 例えばあなたが幸せになりたいと思うでしょう。その幸せな思いを、この家庭菜園を造り上げた人のように、寝ても覚めても、その幸せのすでに実現せる姿を心に想像し続けてご覧なさい。心に思うものが実現するというのだ生長に得の真理なのですから、その成就する姿を大切の抱き続けるなら、必ず実現するでしょう。途中でどんな困難や不安が起っても、それに心が惑わされたり、挫けたりしては駄目ですよ。この思い続けるということに、ビルの屋上に土を運び上げる程の努力を傾けて頂きたいのです。別に一本の指を動かすのでもないのですよ、ただ想念するのです。持続する想念です。そして太陽と土があればとこの人はおっしゃいましたが、あなたには既に太陽と土は豊かに与えられているのですよ。太陽とは光明思想です。明るい楽天的考え方です。土とは全てを生み出す愛念です。感謝の心です。この2つの心を失わぬように持続してご覧なさい。あなたの内なる神は、必ずあなたの希望する幸せを成就して下さることは間違いないことなのです。なぜなら、あなたは自覚していらっしゃらないけれども、あなたは一切を産み出す神秘的な力と、その潜在意識の底において繋がっていらっしゃるのです。あなたの想念やコトバは、それが神の御心に適うものでありますならば、その神秘なる力は、あなたの想念を鋳型として、希望する通りに運命を修正して下さることは、間違いのない事実なのです。なぜなら神は善であり、常に私たち神の子を限りなく愛していて下さるからなのです。




  子供の喘息はどうして治ったか

 米国の光明思想家ジョゼフ・マーフィの『あなたは幸せになれる』というご本の中に次のような体験が書かれています。

 ある婦人があって、彼女の6歳になる子供は常にひどい喘息の発作に悩んでいて、薬ではもうどうにもならなかったのです。彼女はマーフィの指導に従って、1日3〜4回想像の中で、
「ママ、神様が僕を治して下さったのだよ、とても気分が良いよ」
 と言っている姿を思い描きました。そしてこの心像をしっかりと持ち続けたのです。1ヶ月するとその子供は本当に、その心像の通り直ってしまったのです。




  ある未亡人の幸福になった話

 またある老人ハウスに入居する未亡人があって、孤独で苦しく、何の理由もなく周囲に対して腹を立てていました。彼女には東部に住んでいる娘があるのですが、手紙一つ寄越さないことを恨んでいました。彼女もマーフィの忠告にしたい、自分の幸福の役に立たぬ疑心暗鬼や、家族や親戚への批判、他人に対する嫌悪といった重荷を捨て始めました。そして自分に向って、次のコトバを何回も断言し始めました。

「宇宙の生かす力が、生命、愛、真理、美の流れとして、私の中を流れており、私の生活は楽しい関係、調和、豊かさ、安定を造り出しています。私は宇宙の生命の中心であり、私の心は生命のあらゆる祝福のために開かれています。私はヨーロッパの素晴らしい旅と、あらゆるところから流れ込んでいる神の富に感謝を捧げます。私は愛の法則によって生きています。そして自分の望んでいることを、全ての人のためにも望みます」

 彼女がこのような真理のコトバを一日に何回か唱え、自分の周囲を神の愛をもって満たし始めたのです。すると数週間後にその娘から突然欧州旅行に招待せられ、その旅行先である老紳士と親しくなり、間もなく再婚して幸福に暮らすようになったというのであります。このように自分を祝福し、周囲を祝福する者が神から祝福を受けることになるのであります。




  てんかんの治った話

 田中和子さんが初めて私の家を訪れられたのはもう2年余り前になるでしょう。就学の前にして子供の智晴君が毎日てんかんの発作を起して倒れるのでひどく悩んでいられたのです。大体てんかんというような病気は霊の障りによる場合が多いのでありまして、ご先祖の供養を特に大切に行うことが必要であります。私はこの点をご注意申上げて、聖経の読誦や、墓参を欠かさず続けて頂くことにしました。同時に子供は親の心を反映するものですから、家庭の雰囲気を平和と調和で充たして頂き、智晴君の実相を観じて頂くために、やまと練成を3回受講して頂いたのであります。練成中、智晴君の発作のために、みんなで聖経を誦げさせて頂くこともしばしばでしたが、3回の練成の後、彼女は吹田に転出せられましたが、智晴君の発作は完全に消滅したのか、次のような嬉しい便りを頂いたのであります。

「合掌、明けましておめでとうございます。先生いかがお過ごしですか。とうとう先生にお目にかからず吹田市へ来ました。12月15日転居致しました。先生、本当にお世話になりました。先生喜んで下さい。智晴もお蔭ですっかり発作が止まり、今では寒風の中を跳び廻って遊んでいます。私にはこれ以上の幸せなことはありません。北尾先生、私のような未熟な者を暖かくご指導くださいまして本当に有難うございました。

 そのうえ吹田あたりでは新築の家なんて、とても手が届くまいと、半ば諦めていたのに、資金の調達もトントン拍子に行き、明るい陽当たりの良い家が買えたなんて夢のようです。泣くことの多かった私たちですが、お蔭さまでとても幸せにならせて頂きました。毎日ご先祖の供養は欠かせません。近頃は本当に先祖に感謝の気持ちを持つことが出来るようになりました。

 最初は子供の治病のためにだけ聖経を誦げていましたが、それでは先祖に真心が通ずるはずがなかったのですね。信仰は理屈では出来ないと、つくづく思います……」

 私は早速ご返事を申上げて、吹田に行っても聖使命会員として、神様との繋がりを断やすことなく、特に報恩行として神誌の愛行を積極的にするように申上げておいたのです。そしていつしか半年ばかり経過してしまいましたが突然次のようなお手紙を頂いたのです。




  智晴君は何故再発したか

「合掌 有難うございます。
 暑さの烈しかった夏も、漸く終りを告げようとしています。北尾先生、諸先生、皆様、毎日ご多忙な日を送っていらっしゃると存じます。最近教化部からおハガキを頂いて、毎日悩んでおりました。というのも、私、先生から暖かい励ましのお手紙を頂いておりながら、生長の家とは遠ざかった生活をしていたからです。誌友会の案内板を所どころで見かけるのですが、どうしても二の足を踏んでしまい、とうとうここまで来ました。『法華経』を毎日一時間半ずつ誦げていたので、先祖の供養はしている積りでいました。それなのに、何かと行き詰まりが生じ始めて、智晴も梅雨頃から週一度位ですが、また発作が起るようになりました。先祖の供養はしているのにどうしてどうしてだろう、と一人で悩んでおりました。

 ある日、先生の『幸せは今ここに』を読んでおりますと、
『念仏や題目を唱える前に、先ず自らの心を深く反省したいものです』
 と書かれていました。私は、ハッとしたのです。増上慢になっていた自分を恥じました。

 ちょうどお盆の夜、私は夢を見ました。明け方でしたが、亡き父が、北尾先生に、私がみ教えから遠ざかったことを一所懸命謝っているのです。私は目が覚めて胸が一杯になりました。霊界から私の事を心配してくれる父に感激しました。私が心に決め、9月になってから誌友会の案内板を掛けてあるお宅を訪問しました。ちょうどそこが摂津相愛会長さんのお宅で、改めに家族全員聖使命会員に入れて頂き、実相会にも入りました。

 現在私の心は平静です。どうして今まで考え違いをしていたのか、私は本当に恩知らずでした。先生、申し訳ございませんでした。10月号より微力ながら神誌の50部一括の愛行もさせて頂きます。

 9月5日智晴の脳波検査を致しました。検査の間『甘露の法雨』を誦げていましたら、結果はほとんど正常でした。一年前に天理の憩いの病院で先生がサジを投げたような状態であったのがこんなに良くなったなんて、嬉しくて嬉しくて、“神様、有難うございます”と何度言ったことか、それに関西で1、2位を争う小児神経科の先生は、“この子は、もう殆んど治っていますから、後は時が経てば全治します”と言って下さいました。

 先生、今度お会いする時は、胸を張って、私は生長の家人だと言えるようになっています。悪夢から覚めたようで、私の心に又太陽の光が射し込んで来たのです。一日一日感謝の心一杯で過させて頂いています。合掌」

 喜びが込み上げて来るような和子さんの手紙でした。

「弥陀の誓願不思議に助けられ参らせて、往生をばとぐるなりと信じ念仏申さんと憶う心の起るとき、即ち摂取不捨の利益にあずからしめたもうなり」
 と親鸞聖人のお言葉でございますが、道に外れた不徳の心も、神の加護に生かされていると思えば、必ず摂取不捨の利益にあずからせて頂くのであります。怠ることなく報恩感謝の愛行に努めさせて頂きましょうね。




第6編  信仰とは“行ずること”




  神とは見出すもの

ある寺で、生長の家の集まりがあって、講師が、次のように話されました。

「人間は自分で生きているのではない。神の生命、仏の生命に生かされているのですよ。天照大神のみ光が、仏の無礙光が、あなたの内にも、外にも、盡十方に満ちおって、あなたが、ただそのことに気付かせて頂いて、“嬉しいな、有難いな”と感謝する心になったとき、病気は癒やされるのですよ。幸せにもなるのですよ」とおっしゃったら、その寺の住職が、口に挟んで、

「生長の家の話を聞かせて頂いていると、私の考えと、ちょっと違う。あなたは今、神の生命、仏の生命とおっしゃたが、本当はみな己の生命なんだ。この己の生命で神を造り、仏を造るのだ。神は頼むものでなく、創り出すものである。己の心で神を造るものは幸せになり、そうでない者は不幸になる」と反問せられました。

 なるほど生長の家と表現も考えも少し違うようですね。「人間は神を造り、仏をつくる」とこの住職はおっしゃいましたが、神は造るものではなく、見出だすものなのです。

『法華経』の長者窮子の譬のように、自分を貧窮の子と思っている限り、たとえ長者の子であっても、貧乏で食を漁るほかないのであります。自分を長者の子と気付いた時、初めて、彼は長者の子として生まれ変わることが出来るのです。

 それと同じことで「人間は、自分を一個の肉の塊であり、煩悩熾盛(しじょう)の凡夫にすぎない」と思っていた者が、この尊い真理に触れて、自己の内に、神の生命、仏の生命を見出したとき、そこに新しい道が拓けるのであります。その道は今までのような苦悩充満せる道でなく、極めて楽しい道でありますから、仮に極楽と称するのであります。




   観ずれば現れ、観ぜざれば現れず

「観無量寿経」の中で、釈迦は、
「極楽は、ここを去ること遠からず、観ずれば現れ、観ぜざれば現われず」と説いていますが、観ずるとは心の眼で観ることであります。心で観るとは心で思う事です。このことを聖経では、「想念を変えることによって、よく汝らの健康と境遇を変うること自在なり……」と説かれているのであります。

 7月21日から23日までの見真会でしたが、大淀町の福岡繁作さんのご夫婦が受講せられまして、3日目に次の様な体験を発表されました。この方は十二指腸潰瘍で手術を受けられまして、一向に回復がはかばかしくなくて、食欲が出ず、衰弱がひどく、大分弱っていられたのであります。僅か3日間でしたが、この3日間で福岡さんの人生観が一変したもようを、次のように述べていられます。

「私は、この3日間で、私の今まで想像もしなかった、有難い世界があることに気付かせて頂きました。今までは何をみても不足で感謝する心が少しもなかったのですが、こうして食事をすることの喜び、家族や、みなさまと話させて頂くことの喜びなど、誠に感激そのものです。こういう心境にならせて頂きますと、不思議に気力が充実して来まして、昨日までの病んでいる自分が、どこかに消えてしまいまして、もう今からでも会社に出て、ジャンジャン仕事をしてみたい気持ち一杯でございます。もう私にとって、病気なんて無いんです。これからは会社の人々にも、この素晴らしい真理のお話をお伝えして、生長の家で言う人類光明化に邁進させて頂きます」
 とおっしゃったのですが、本当に素晴らしいことですね。

 大体回復がはかばかしくないというのは、生命が喜んでいないからなのです。昔から「血躍(わ)き肉踊る」の諺のとおり、人生に生き甲斐を感じて、心歓喜すれば、何を召上っても必ず血となり肉となり、健康が回復するのが当然のことなのであります。

 同じ見真会に来ていられた斑鳩の松田澄子さんは、僧幅弁開閉不全(弁膜症)という診断で、手術を受ける予定になっていましたが、見真会の受講によって、すっかり健康に自信を回復して働いていらっしゃいます。

 また榛原町の堂本幸代さんは、食道癌の疑いがあるといわれ、食欲を失っていられましたが、見真会の2日目から喉の痛みがなくなり、皆さまとご一緒に、お寿司や天ぷらを楽しく召し上がって跳び歩いていらっしゃいました。

 こうした体験は見真会の度に見せて頂くもので、現象にいかなる状態が現われていようとも、神の創り給うた実相は完全円満なることを教えて頂くのであります。




   現象を心から放つ

親鸞聖人は、その『浄土和讃』の中に、「功徳の法界充ち満ちて、空しく洩れる人ぞなき」とお説き下さっていますが、ここがこのまま、功徳の法の海であり、いっさい善を産み出す竜宮海なのであります。でも見真会にいらっしゃる全ての人に奇蹟が現われるわけではないのです。

「なぜ、神は私を救って下さらないのでしょう」と中に訴える人があります。そんな人には、必ず病気や不幸を、しっかり把んでいらっしゃるのです。病んでいる心で、病の癒やすことは所詮無理なのです。健康な心を取り戻すことです。それにはまず病気を心から放してしまうことです。コトバの上で、いかほど「現象なし、肉体なし、物質なし」と唱えてみても、現象をしっかり握って「この病気は何の心の影であるか」と諸方を尋ね歩くようでは病気を越えることは出来ないでしょう。病気は仮の存在ですから、必ず消える他ないと信じて、自分の内に、自分の周囲に遍満する神の愛に目覚めることです。




  自分がまず行ずること

 先日も子供さんが学校をずる休みして、不良仲間と交際している問題について、そのお母さんから相談を受けました。

「子供の不良化は家庭の愛の欠乏ですよ。子供が家庭に帰ることが楽しいという雰囲気を造る事を考えてみて下さい。楽しいはずの我が家を、小言や叱責の場にしないで下さい。現象の悪を見ないで、子供の中に善を見出し、愛と賞讃の場にしてあげなさい。そして何よりも大切なことは、家庭の中に不和の波を立てないことです。主人とあなたが常に笑顔で話し合うことです。また男の子には父親の愛が特に必要なのです。ご主人がどんなに忙しくとも子供のために月に一日位は、家庭団欒の日をつくって頂いて、子と話し合ったり、魚釣りをしたり、海水浴をしたりする楽しみを持たねばなりませんね。父親と子供の断絶は父母の責任であり、それが子供の不良化の第一歩ですよ」

 と申上げたら、そのお母様は、
「先生、私の夫に是非その話を聞かせてくれませんか」とおっしゃるのです。
「僕が別に話をしなくとも、あなたから、その通り夫に話したらいいでしょう。ご主人も子供さんが可愛いんですから必ず素直に聞いて下さいますよ」
「ところが、それが駄目なんです。夫は私の言う事なんか、ちょっとも聞いてくれませんわ」
「そりゃおかしいですね。あなた奥さんでしょう。あなたがまず夫の言う事を素直に何でもハイと言ってお聞きになるなら、ご主人もまたあなたの言う事を素直に聞いてくれますよ。あなたが夫の言う事を素直に聞く心がないから、夫も聞いてくれないのです。子供さんの不良化はそんな所に原因があるのですね」
 と申上げたんです。

信仰というものはやはり自分がまず行ずることですね。行を通して、始めて信仰が本物になるのです。やはり平素から、たゆみない精進を重ねて頂いて、神との一体感を深めておきますと、そうして現象に振りまわされることがないのであります。

 キリストは「汝の信ずる如く、汝にまでなれ」と教えましたが、金だけで神に繋がった信仰や、良い話だけで神さまと繋がっている信徒にとっては、細い糸のようなヒューズによって点灯している電灯のようなもので、いざクーラーや、カラーテレビを使おうとすれば、そんなヒューズは簡単に断ち切れてしまって神からの恵みは流れて来ないでしょう。
 私たちの生活には色々な問題が起ってくることがありますが、最も神の知恵と生命を必要とするとき、そのヒューズを飛ばさぬよう、平素から行を伴った信仰を続けて頂きたいと思うのであります。

 神という目に見えぬ大きな愛に繋がるためには、あなた自身大きな愛念を確実に身に着けなければなりません。この点私自身も常に反省を重ねているのであります。



平成28年3月9日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




            
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



2016-03-09 18:21 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十三回>
2016年03月07日(月)





御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」
 



北尾巳代次先生



<第十三回>






第4章  幸せに導くための進行




第1編  幼児のしつけ




人工栄養にまさる母乳

 離乳は早い方が良いか、遅い方が良いか、ということをよく聞かれますが、歯が生え始める頃から準備して、大体一年位で打ち切る方がよいようです。

歯が生え始めるということは固形物を摂取しようとする自然の働きですから、粥の中に飯粒を10、20と与えていって馴れさせるのがよいのです。いつまでもダラダラ乳だけで育てていると栄養学的にも良くないし、また精神的にも独立心を失いやすいのです。しかし余り早期に離乳すると、子供は非常に神経質に育つことがあります。予め準備をして、子供に癇癪をたてさせないようにしたいものです。

 末の子になると、小学校まで、乳をなぶらせるお母様がありますが、納得のゆくように話して聞かせるべきです。近頃は母親の美貌が衰えるとかの理由で人工栄養が普通になっていますが、人間の子は母乳で育てるのが一番良いのです。

 いつでしたか、問題児の対策協議会の席で、青少年の不良化は人工栄養児の方にその率がはるかに高い、という発言をしていた人がありましたが、母親の愛情が母乳を通して子供の人格形成に役立っているのは当然のことであります。




   親の心に敏感に反応する子

 ところで幼児にとって一番多いのが驚風、俗に言う癇虫であります。これらは大抵子供に恐怖心を与え過ぎる結果です。乳児は音に対して先天的に恐怖の感情を示します。従って大人が大声で叱責するとか、周囲で特別に大きな音を継続する場合に癇虫を起し易いのです。ことに両親の感情的対立がしばしば驚風の原因をなしているのは心すべきことです。また幼児は非常にわがままなものです。従ってそのわがままな習慣を平素からつけておくと、自分の意に沿わぬ時に癇虫から引きつけを起すことすらあります。ところで、引きつけというものも乳幼児には大変多く、医学的には大便が滞るためだと考えられています。勿論これは一つの原因ですが、それよりも夫婦の不調和から生じる母親の苛立たしい感情や、強い里心等が原因となっています。中には水死した近親者の霊の憑依によることもありますから、出来るだけ聖経の読誦を丁重にすべきであります。




 緊張がほぐれた時夜尿止まる

 幼児の夜尿は心配するほどのことではありません。だいたい4、5歳位で癒えるものですが、中には昼でもパンツの中に漏らす子があります。こうした現象は殆んど愛情の不足に基因します。下に弟妹が誕生したために、親からかまってもらえないとか、親が忙しいために放置されているとか、そうした心の淋しさが退行性意識(赤ん坊に帰りたい意識の現われ)を起したと考えられます。だいたい、夜尿症は親が気にし過ぎる結果、子供に姦しくいい過ぎるのです。

 新教育者連盟の鹿沼景揚先生が『子供のしつけと勉強』の中に「三ちゃんものがたり」というのをお書きになっていられます。それによると、13歳になる三太郎が寝小便を強く叱られるために、夜尿を気にして、今日こそ寝小便を絶対しないぞ、と寝ないで頑張っているうちにウトウトとして、小便がしたくなって目を覚ました。急いで蒲団をさぐってみると、嬉しいことに濡れていない。有難い、助かった、と思って便所に走って排泄した。やれやれ今日は寝小便が出なかった、と思ったとたん、尻のあたりが温かくなってきた。あれ!!と思うと今度は本当に目が覚めた。便所の中だと思ったのが蒲団の中だった、と書いていられますが、子供って皆そうです。精一杯気にしているのです。

そんな時,厳しく叱られると何時までも治癒しないことになる。寝小便なんてしたっていいじゃないか。出たらお母様が洗ってあげるから、安心してお休みと、深い愛情を示してあげると直ぐ治っちゃうのです。私の一番下の子が中学生の時分に膀胱カタルになりました。小便をしたと思うと、また行きたくなる。5へんも、10ぺんも便所に立って泣きそうにしている。そんなことが2、3日続いたのです。これは子供が試験を気にし過ぎていると思ったのです。

「尚ちゃん、心配しなくともいいよ。きたない蒲団を敷いてあげるから、もう幾らやってもよいから、安心して出しなさい」
 と言ったら、それから安心して熟睡して、そのまま膀胱カタルが治ってしまったという実例があります。寝小便もこれと同じだと思います。




   躾けは家庭の中から

 退行性現象では、その他に指を口に入れる子や、服や着物の裾を嚙む子供、性器をもてあそぶ子供があります。原因はいずれも愛情の不足にあるようです。それを叱って止めさせようと思っては失敗です。だいたいこうした行為は、無意識の行為ですから、本人に意識させてやると矯正されやすいのです。

 癖は傍らから見て良くないからといって、そんな格好の悪いことはしてはいけませんよ、と頭から叱りますと、潜在意識に強い印象を与えるものですから、ますます激しくなるのです。そんな時は優しい笑顔で、絶対に叱らずに、本人の前で実地に実行して見せてやると良いそうです。例えば指を口に入れるとか、鼻糞をほじるとか、貧乏ゆぎるするとか、まあ色々ありますが、そうした癖を子供の前で一遍黙ってやるのです。あるお母様がありまして。子供が椅子に腰かけると足をブルブルとやるのですね。そこでお母様は自分も子供の前に椅子を持って来て、足を震わしてみた、というのです。すると子供がびっくりしてお母様の膝を見つめていたが、それっきり貧乏ゆるぎを止めてしまった、という話があります。

人間は自分の癖はわからないのですが、他人の癖はよくわかるのです。自分のしている行為が恥ずかしいことであると解れば、誰だって止めたくなるものです。でも癖は案外天邪鬼(あまのじゃく)なものですから、他人から禁止されると余計出てくるものです。

「お父様あれ買って、お母様あれ欲しい」と子供はよくおねだりをします。そんな時親はすぐ、「いいえ、いけません」と反対しがちです。これは一番下手な方法でして、いけないと言われると、大して欲しくないものまで強制したくなるものです。そんな時は、「ああ正ちゃんは自動車が好きなのだね、あれが欲しいのだね」と一度賛意を表してあげることです。
「お母様アヤメ池に連れてって」
「ああ、那ちゃんはアヤメ池に行きたいのね。アヤメ池は良い所ね。お父様とご一緒に行きましょうね」
 子供の言う通りもう一度繰り返すだけなのです。両親が賛成してくれたと思えば、子供は、もうそれだけで満足してしまうものです。これを山彦教育というのだそうです。

 幼児はまたよく兄弟喧嘩をします。するとお母様が大きな声でお叱りになります。大抵は兄ちゃん、姉ちゃんが叱られる立場にあるようです。だいたい子供の間は喧嘩も一つの遊戯なのです。

放置すればすぐ治まります。この子は兄弟喧嘩ばかりする悪い子だ、と言えば、言葉の力で仲の悪い兄弟になってしまう。仲良しだ仲良しだ、と言えば自然に仲の良い兄弟になるものです。だいたい両親の平素から下の子を甘やかす癖が兄弟喧嘩の一番多い原因になりやすいのです。リンゴなんかでも、上の子には半分ずつで、下の子には一個持たせたりするでしょう。そうしたことが兄ちゃん、姉ちゃんにひがみの心を抱かせて弟妹をいじめることになるのです。

 それから一番悪いのは親が子供をオモチャにして楽しむことです。例えば、「ター坊はお母ちゃんの本当の子じゃないのよ。八幡さんの境内で拾って来たのよ」なんて冗談を言うと子供は悲しそうな顔をするでしょう。それを見ると、親は「本当は嘘やった。ター坊はお母ちゃんの本当の子やった」なんて済ましてしまいますが、こうした冗談は子供の魂を最も傷つけるものであり絶対に慎まなければなりません。幼児の心は純粋そのものなのですから、悪い言葉によって汚すような事をしてはならないのです。




   子供は親の鏡

 最後に子供が盗みをしたり、火を弄んだりする、いわゆる問題の児童が時々あります。こうした子は多くの場合家庭環境に問題があります。よい子に育てるために最も大切なことは家庭が天国であるということです。子供の幻想的な気持を培う夢を持ったお母様であって欲しいものです。

 また子供の嘘を気にするお母様があります。嘘は悪の始めとはよく言われますが幼児の嘘はそんなに根のあるものではありません。ただ夢と現実とが混同しているだけなのですから、適度に合槌を打って、後で本当のことでないことを優しく教えてあげればよいのです。嘘をつく悪い子だと親が印象を持つ方が余程危険な事です。

ところで幼児教育に欠かせない躾けについて一言。躾というものはある理想的な型があって、その型の中に子供を嵌め込むことではなく、ようするに新教連の先生がおっしゃっていられたように、躾とは両親が子供の前で、し続けることが躾けなのです。悪いことをし続ければ悪い躾となり、良いことをし続ければ善い躾が出来ます。結局子供は鏡なんですから、両親が謙虚に日常の生活を反省してみることです。




第2編  父親は何ができるか



近頃興味をもって読ませて頂いたものに、光永貞夫先生の『父親に何ができるか』というご本があります。日本では子供を育てるということは専ら母親の仕事であると解釈せられて、父親は殆んど子供の教育にタッチしていないようです。この傾向は戦後ますます強められて、教育ママというコトバが揶揄的に使われるようになり、その弊害も数多く見られます。

確かに母が子に及ぼす影響は計りしれぬ物がありまして、幼児期から少年期にかけて、その性格形成は殆んど母の思想や生活環境の中で培われて行くものでありまして、問題の子を考える際には必ず、問題の母があると言わざるを得ないでしょう。しかしこのことは必ずしも母一人の責任ではないのでありまして、父親の不道徳な行為や無関心が、子供の不良化に大きく影響を与えているのも事実であります。

最近中学生のシンナー吸引事件で、指導に当たらせて頂きましたが、夫婦の極端な不調和もさることながら、父親の不道徳な行為が、思春期の子供の心を歪めて非行に走らせていたのも事実であります。

最近本部の提唱によって男子誌友会の開催が叫ばれていますが、男性の多くは、「家内が聞かせて頂いておればそれで良い」
と、無関心に過していて、一般誌友会に顔を見せることが少ないのは真に残念なことであります。家庭教育は父と母は、それぞれ全く異なった立場があるのであって、そのいずれかが欠けてもよい結果を期待することは出来ないのであります。父が家庭内で常に尊敬せられる立場にあるためには、よほど寛大な理解と優しい心使いが必要なのであります。

ことに青年期に進む子供たちの思想形成は、ほとんど父親の思想を通して学びとってゆくのであります。父親のコトバや態度が子供たちの信頼と尊敬に価しない時、子供たちの不幸は、そこから生じ始めるといってもよいでしょう。

また父親は一家の生活を支えねばならない。従って職場にあっても、経営においても、常に人より一歩先んじた繁栄の原理に徹した行動を執らなければならない。そうした繁栄の原理、難しい人間関係、こうしたことを勉強するのも当然男子誌友会の大きな使命なのです。平凡に働いてさえいれば良いというのは消極的な考え方であって、進歩のないところに幸せがあるはずがないのである。

近頃職場の関係から管理職の中にノイローゼが多発しているが、平素宗教に無関心で己の心を統御する策を知らぬ愚かな結果であると言わざるを得ない。

生長の家は正しい人生観と正しい教育法と正しい愛国心を培う大切な教えであって、特に男子の立場から共通の場に立って皆で考え研鑽を重ねようというのが男子誌友会であります。




第3編  人間を解放する道




人間解放の道

 みなさまの中には、今日初めて誌友会に出席して生長の家のお話をお聞きになる方も、かなりいらっしゃるんではないかと思うのです。中には私は天理教だから生長の家が宗教ならちょっと遠慮させて頂こうかな、なんて迷っていらっしゃる方もあるでしょう。勿論これは天理教だけに限らず、真宗や法華経やキリスト教の方々にもしばしば有ることでして、この尊いみ教えに触れられると必ず救われる、と信じさせて頂いても、一向専修の思想が強いですから、なかなか耳を傾けては下さらないのであります。しかしこういう人々は宗教というものを誤解していらっしゃると思うのです。

 大体宗教というものは人間を解放する道だと思うのです。即ち人間が体験をする諸々の苦悩から解放して本来の自由自在な境地に還してやらなければならない。釈尊はこのことを生老病死の四苦を解脱すると申しています。解脱とは解き放つということですね。これにはまず人間自身の中身を改革しなければならないと思うのです。




   医学の限界

 例えば皆様は人間には病気があると思っていらっしゃるでしょう。勿論これは皆様だけでなく世界中の人がみんなそう信じているのです。それでその病気から人間を解放するためにはどのような方法が良かろうと、と考えて医学が物凄く発展してきたですね。ことに最近は特殊な病気を除いて医薬両面にわたって完璧な状態まで近づきつつあるとさえ言われていますが、人間から病気はいっこうに減少したとは言えないのであります。これは現代医学が唯物論に根拠を置いて進歩しているからだと思うのです。

この点正しい宗教では病気の存在を認めないのです。生長の家では病気はないのである、と教えられるのですが、なにもこれは生長の家だけが非常識的なことを言っているんじゃないんですよ。キリストなんかは、生まれながらの盲目(めくら)にさえ、「汝神を信ずるか、信ずるごとく汝にまでなれ」と宣りたまいて、その盲目を癒しているでしょう。




「般若心経」の真意

 皆様が良くお誦げになっていらっしゃる「般若心経」、あれなんかは徹底的な無の思想であって、この五官に触れる一切の物質も心もない。勿論物質たる肉体もなければ肉体の患いもないのである、とあの色即是空の言葉の中に説き尽されているのです。天理教教祖はガラスの汚れのたとえで人間無病の真理を説いて下さいますね。汚れているガラスはないということです。その証拠にどんな汚れているガラスでも拭けば綺麗になるでしょう。すると汚れていたのはガラスそのものではないですね。

ご教祖はこれを惜しい、欲しい、かわいい、憎い、恨み、腹立ち、欲、高慢、これが埃じゃと人間の病気の原因を8つに細別して指摘して下さっています。これはまた仏教では貪、瞋、痴という言葉で表しています。つまり貪とはむさぼりの心です。瞋は怒り、痴は愚痴蒙昧の心ですね。この心が人間本来の純粋性を曇らせて、病気の姿を現わしたり、諸々の不幸を創り出しているのだと教えているのであります。ですから人間には病気はないというのです。いやそれだけでなく肉体もないと言うんです。先程の色即是空、空即是色がほんとうである。あれは単にお経の文句でなく、永遠に朽ちることのない真理であると、と言うんです。

まあ創価学会の新聞やなんかで生長の家の悪口を言っているのを読んでみると、大抵この肉体がない、物質はない、という真理の言葉を正しく理解せんと、無茶苦茶でござりまするなんて批評しているのは間違いですね。

 しかしそうは言っても、今日初めてこのお話をお聞きになる方はきっとびっくりなさっていらっしゃるだろうと思うんです。この目に見える肉体や物質、いや環境まで無いというのですから、まったく徹底しています。それはどうしてであるかと申しますと、皆様が今までこれが人間である、と思っていらしゃる肉体は人間の皮袋に過ぎないと、ということです。つまり本当の人間はこんな肉体じゃあ無いのです。それは生命そのものなんです。




   
聖霊受胎ということ


 皆さまは子供を宿すと言うでしょう。それは皆さまが拵えたんじゃないということです。みな、聖霊受胎なんです。神の子の誕生なんです。聖霊受胎なんていうと、あれはキリストだけであると、思っていらっしゃる人があるが、全人類が悉く聖霊受胎してきたのです。そして十月十日の間は母性の体内からあらゆる成分を寄せ集めてこの肉体を構成して、われと吾が霊を宿らせて地上に誕生して来たのです。だから外から見ると肉体のように見えているが、中身は神様なんです。

聖書に「汝等は神なり、至上者の子なり」とありますのはこれなんです。帰命無量寿如来です。皆さまが如来さんなんですよ。道元禅師が「生死の中に仏あれば生死無し」とおっしゃっていらっしゃいますが、人間は肉体じゃない、肉体が生きているのじゃない、神の子の生命、無量寿の生命が生きているのだ、と自覚さえすれば、もはや生死病老の苦しみなんてことごとく除かれてしまうぞ、と喝破していらっしゃるのであります。

近頃は青少年たちが盛んにツイストを踊ったり、不良化して社会問題を繰り返していますが、これは自己を著しく卑下しているのです。戦後の若い先生が、自分もそう信じているのでしょうが、人間誕生をセックスの問題だけで片付けてしまう。いうなれば人間の堕落ですね。何のために生れて来たという意義もなければ理想もない。こうした精神的な悲哀が、突飛な行動となって爆発しているのであります。愛国心や天皇陛下の問題にしても、歴史も何もみな歪めて、歪めて、旧いものは何もかも間違っている、あれは封建的である、と正しい民族の秩序すらも破壊しようとする傾向にあります。

生長の家では、これら若い青年たちに、特に日本民族としての誇りを持って頂いて、日本再建と人類光明化の一大理想を実現すべき使命を自覚して頂くために、全国に生長の家高校生連盟や青年組織を持ち、また全国各地で折々に青年練成を開催、一大愛国運動を展開しつつあるのであります。これがために、正しい理想に目覚め、希望と悦びを持って新しい人生に再出発下さる青年が数限りなくあって大変喜ばれています。皆さまもどうぞ皆さまのお子さまを沢山お薦め頂きたいのであります。




   風外禅師の話

 田中忠雄先生はよく風外禅師とあぶのお話をされる。大変面白い話だから再録すると、江戸末期の禅の大家風外禅師が大阪の円通院という破れ寺に居られた時に、大阪一の千万長者、川勝又兵衛がある悩みがあって訪ねて来た。けれども風外は障子にあぶが頭を打ちつけては落ち、落ちてはぶっつけている様子に見惚れて、全然相手になってくれない。そこでついに、「和尚さんは余程あぶがお好きと見えますな」と大声で言った。

すると風外は夢から覚めたような様子で「あれあのあぶをご覧なさい。あの障子のあの桟(さん)のところから外へ出ようとして何度も何度も頭を打っている。今に死んでしまうだろうが、考えてみると、人間もよくあぶと同じことをしておると思って見ておりましたじゃ。少し別の方向を見ると、破れ寺のことゆえ出て行く隙間は幾らでもあるのに……」

 川勝はその時、ハッとして悟ったという話です。




   進学ノイローゼの原因

 考えてみると私たちの周囲にはこのあぶに比例するような人が随分沢山いらっしゃる。私の親戚にもあの学校でなければならぬと頑張り過ぎて親の方がかえってノイローゼになっている例があります。これらは全く馬鹿げたことですね。それも大学というのであればとにかく、中学校というのですから。これでは高校、大学と進学するにつれて先が思いやられます。勿論私立より公立がよいに決まっているのでしょうが、近頃の様に公立ほど思想的に左傾しているとなると、入学することがそのまま将来の為ばかりとは言い切れない。むしろ最近の進学競争は、親の虚栄心によるものが多いのではないでしょうか。

親が世間体を気にしながら学校の選択をするなんて、おそらく日本だけの現象でしょうね。子供の才能や能力に応じて最も適当な所を選んでやらないと将来に悔いを残しますよ。いつでしたか、子供をある有名校に無理に入学させたら、成績の低下を気にしてノイローゼになり退学してしまった少年がありましたが、こうしたケースは毎日のように新聞に報ぜられています。

 先日も大阪の湯川胃腸病院の湯川博士が最近少年期の十二指腸潰瘍が増加しているが、その原因は主として教育ママの家庭にある。親が教育に熱中するあまり自宅で絶えず勉強を強制したり、ピアノを教え過ぎるため、子供が極度にストレスを起す結果である。と新聞上で警告していましたが、考えさせる問題です。親が教育に熱心になることは良いが、成り過ぎるということはいけません。




   或る成績劣等生の話

 私の子供が帝塚山学園に勤めているのですが、昨年の受持生徒の中に成績劣等の生徒が一人ありましてね。それが試験ノイローゼで、試験になると殆んど20点位しか平均に獲れないんですね。これでは高校進学の見込みは全然皆無ですからご家族の心配は大変なものです。子供も生長の家の真理に基づいて讃嘆の教育を実施するのですが、なかなか思うように成績が向上しないのです。

それで私に、どうしたらよいだろうと相談をしたのです。それで私はその子の成績不良は極端な劣等感の結果ですよ。どうして劣等感を強く持つように成ったかといえば、おそらく」、お父さんが厳格過ぎるのでしょう。一度お父さんと話し合ってみたらよい、と申しまして、そのお父さんに来て頂いたのです。なかなか人格のある方で、大学の教授をしていられるのです。

「あなたは自分の子供さんをどう考えておられますか」
 と私が尋ねますと、お父さんは誠に暗い表情をされまして、
「いや、まったく頭の悪い子供を持って不幸です。何とかして成績を上げようと、家庭教師を2人も付け、私自信もまた夜1時過ぎまで起きてテストをしてやっているのですが、もうホトホト匙(さじ)を投げてしまいました」と言われるのです。

「お父さん、あなたのお子さんは劣等児ではないのですよ。神の子なのです。素晴しい優秀児なのです。まずお父さんがそのことを信じてあげて下さい。成績のいかんによって、その子供を阿呆だとか、馬鹿だとか、決めてしまうことはいけないと思うのです。子供さんの頭が悪いのは、お父さんが絶えず阿呆だとか、馬鹿だと叱り過ぎるのではありませんか。勉強というものは、余り強制するものではありません。余り強制すると勉強を考えるだけでウンザリして、熱意がなくなるのです。ことに家庭教師を2人も付け、その上お父さんまでが、入れ替り、立ち替りして強制するのですから、楽しみより苦しみの連続でしょう。それではどうして頭に入りますか。まず家庭教師を止めなさい。子供さんの教育は、奥さんと子供さん自身の手に戻してあげるのです。あなたは出来るだけことはその雰囲気を壊さないように控えている方が宜しい。夕食時に顔を合わせても、勉強の小言は一切止めにして、楽しい明るい雰囲気を醸成して下さい。大体試験の成績が普通より悪いということは、その成績簿がいつも叱責の材料にされるからなのです。これからも悪いことがありましょうが、いちいち気にしないで、気長い目で本人の成績を見守ってあげて下さい。もし進学に失敗しても、自信さえ着けば、直ぐ取り戻せますよ」といろいろ実例を上げて申上げたら、ようやく解って頂けたようでした。

 この子供さんは帝塚山への進学は失敗しましたが、幸い私立校に入学いたしまして、間もなく素晴しく努力を遣り始めたのです。成績は見違えるほど向上して来て、最近の報告によると、80点の成績すらあげることが出来て、お父さんも大変の喜びになっておられるそうです。このお父さんも大学教授でありながら、一匹のあぶと同じことをやっておられたのですね。

私たちは時々観点を変えて、物事を見直してみる必要があります。そこには必ず解決の緒があり、神のよき知恵に結びつく道があるのであります。人間を解放するとは結局このねばならぬと握っている心を放ち去ることです。仏教ではこれを放下著として悟りの第一に置いています。




   私の体験

 私が生長の家に触れさせて頂いたのは昭和15年ですから、もう遠い昔になります。そのころ、以前にも一度書いたように一番末妹が結核になったのです。随分勝気な娘でしたが、それが開放性結核になりましてね、もうとても助からぬ、という状態になったんです。丁度長男の昭が誕生したばかり出して、医師は感染の危険を感じて極力入院加療を薦めてくれるのですが、現在と違って、入院というと死の宣告も同じなんですから、母が頑強に反対しましてね、小さな家の中で親子が気不味い感情で衝突しておったんです。そんな状態ですから悪いことは次々と起きるんですね。丁度子供が夕方から発熱して、それが緑膿性疫痢になったんです。これは大抵24時間以内に死ぬと言うんですから、私たち夫婦は必死になって葡萄糖の点滴注射を遣りながら神に祈ったのですね。勿論その頃は神さまなんてわからないのです。わからないんですが祈れずにはいられないのです。

人間は平素どんなに無信仰な人でも、こうした危険に直面すると神に祈るんです。それは神と一体になれば救われるということを直感的に知っているからなんですね。こうして私たちの小さな祈りがきかれたのか、その時は無信仰な私たち夫婦でしたが、奇跡的に助けて頂いたんです。また、今、西大寺に居る弟が当時ちょっと極道を致しましてね、それがまた私たち親子の争いの原因にもなっておったんです。今から考えると母はこの両方のことで随分、気苦労して下さっていたと解かるんですが、その時は母の気持ちを参酌するどころではない。感染したらどうするんですか、と衛生学なんか振りまわしてね、一時母と妹を隔離したりなんかして実に嫌な雰囲気でした。

その内にもういよいよいけないんじゃないか、という容態になったんです。それまた自宅に戻しましてね、この時はもういよいよ最後だと思うもんですから家内も随分、看護に尽してくれましてね、皆で妹の死を見つめていたのです。




 一冊の『いのちのゆには』によって救われる

 それがちょうど昭和15年でして、医師の長井運男先生から、一冊の『いのちのゆには』というパンフレットを頂いたのが機縁となりまして、まず私の気持ちが変わったんです。すると家庭の雰囲気が改まって来て不思議にこの重篤な病気が快方に向い始めたのです。今なら結核なんて死ぬほどのものじゃないということが一般に常識になっていますが、当時の私としては随分驚嘆したんです。なにしろ私は薬剤師で、在学中は解剖学の実習見学で、海綿のように浸蝕されている肺臓なんかを何遍も見て来たのですから信じられないような不思議な現象でしたね。

この時に私は初めて神は実在したまう、と識(し)ったんです。それまでどんな有難いことがあっても、そんなことは偶然なんだ、信心なんて迷信だよ。神が人間を創ったなんておかしいや、人間が神を造ったんじゃないか、なんて言って、天理教に凝っている叔母をひやかしたりして面白がっていた時代なんです。考えてみると随分幼稚な考え方をしていたものです。でもそのいかがわしい信心みたいなことをやっている人が案外沢山いらっしゃるんです。




   いかがわしい信心

 今生長の家の地方講師やっていらっしゃる西猛先生なんか、その適切な例です。この西さんは生駒の聖天さんと大黒さんの熱心な信者だったんです。大黒さんというのは皆さまもご承知のように福の神さまですね。それで福をどっさり頂こうと思って平素から随分お詣りしていたそうです。するとたまたま宝くじが一万円当たった、というですね。西さんは、これは有難い、さあいよいよ福が廻って来たぞと思ったそうです。そこで、その一万円でそっくりそのまま宝くじを買いましてね、毎朝4時に起きて、21日の願掛けをしたというのですよ。そして生駒聖天さんから約2丁程上にあるんだそうですがそのお堂の神前に額ずいて、その買った宝くじを三宝に載せましてね、くじ番号を一つ一つ丁寧に読み上げるという熱心さです。

そして「大黒さん、大黒さん、どうぞこの番号の中から百万円を当選せしめ給え、もし当選させて下さるならば、素晴らしいお社を寄進致します」と祈られるんです。言ってみれば、まあ神様を脅迫しているみたいですね。で、その満願の日に何が当たったかというと罰が当たったんですよ。籤は全部外れるし帰りの坂道では氷で滑って腰を強く打つしで随分情けない目をしたというのですね。こういう種類の信心を迷信というのです。ですから、現代の青年たちから見ると、信仰している人間が皆馬鹿に見えちゃうんですね。これは既成宗教に重大な責任があるんです。




   人間救済の根本は

 大体人間を救済するのに、人間とは何ぞやという根本問題に一つも触れないんですね。そうして罪や因縁を強調して恐怖心を植え付け、救済の本尊を建てて、これを拝んだらお前たちは救われると教えるんですね。ですからこの様な宗教に引っ掛ると、一生罰が当たる罰が当たるという威嚇にあってローハイドの牛のように行進させられるだけで、自由を保証してくれる筈の宗教が、かえって自由を失い、絶えず何かを拝んでいなければ安心して生きられない、という悲劇になる訳ですね。

この点生長の家はそんなケチな本尊を建てないのです。あなたが神さまなんですよ。あなたの中にいらっしゃる神様を現わしなさい、と本当のことを教えちゃうんです。私もそれを自覚したんです。人間は神の子、本来完全円満、病気をしているのは本当の私ではない、と識ったんです。そうしたら妹の重篤な結核が良くなることになったんです。ここに人間解放の道があるのです。



平成28年3月7日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




              
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>






2016-03-07 17:24 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十二回>
2016年03月05日(土)







御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」
 



北尾巳代次先生




<第十二回>





第8編  神様が見てござる



戦争で神が信じられなくなった

  ある日列車の中で、向いに坐っていた男の方が、こんなことをおっしゃるのでした。
「失礼ですが、あなたは生長の家の先生と違いますか。そうでしたら、一つお伺いしたいことがあります。それは、あなたは本気で神様があると信じていられるのでしょうか?私も昔は人並みに信心もさせて頂いて、神棚に掌を合わせたこともあるのですが、今度の戦争で召集されて色々な体験をし、もう神の存在を信じれなくなってしまいました。私の友達に生長の家の信者がいて、盛んに入信を薦めてくれますが、“人間・神の子”なんて全くおかしいですよ。人間は外見はひとかどの仏の様な顔をしていますが、一皮剥(は)ぐと、これほど残酷で醜いものはないのではないでしょうか」

「確かに現象の世界を見ているとあなたのおっしゃる通りです」
 と私は申上げるのでした。




 肉体という名のコンピューター

 しかし、それは神様の創り給うた本当の世界ではなく、“唯心所現”の世界だと、お釈迦さんは教えて下さっています。“唯心所現”とは心が描き出した夢幻の世界という意味ですね。“ぼくは夢なんか見ていないよ。このとおり覚めているよ”とおっしゃるでしょうが、肉体は人間の皮袋に過ぎないのです。

 アメリカのアポロ11号が月面に到着して、世界中をアッと驚かせましたが、あの乗務員は皆、頑丈な宇宙服というのを着ていたでしょう。あのように、人間は霊であって物質ではないのですから、霊そのままではこの縦・横・厚みという3次元の世界に降りてくることができない。それで肉体という物質の衣服を仮にまとって地上に誕生するのです。従って肉体は地上生活を営むための皮袋に過ぎないのです。皮袋と申しましても、普通の物質の着物と異なって、極めて精巧にできていまして、近頃流行のコンピューターのように色々と記憶させることができるのです。それが潜在意識として貯えられて、その内容に従って人生に色々な明暗を描き出すのです。

 例えば、あなたのように戦争の悲惨な状態を多年にわたって経験してこられたでしょう。するとあなたの潜在意識の中には不幸な印象だけが強く記憶せられています。それが今のあなたの人生をつくっているとも言えるわけです。

 しかし、仮にあなたが現在不幸であるとしましても、あなたが“神の子、仏の子”である事に変わりはないのです。ですから、肉体というコンピューターに記憶せられている不幸な印象を今すぐに全部消してしまって、今日から“人間は神の子だ、神の子に悪は無いのだ”とお知りになったら、あなたは即座に健康に、幸福になることができるのです。

「そんな馬鹿なことがあるものか」
 と、初めは誰だってそう考えるのですが、信仰というものはそんなものなのです。




   貪・瞋・痴

 私は学校を卒業後しばらく、病気をしていたのです。いくら薬を服(の)んでもはかばかしくなく、失望と恐怖に取り付かれていました。
 その時私は、さいわいに医師から「いのちのゆには」という生長の家のパンフレットを頂いたのです。そしてその不可思議なる知恵に生かされていることに気が付いたのです。仮に一万円の小切手を持っていても、それで一万円の買物ができるということを知らなかったら、一枚の紙切れに過ぎないでしょう。それと同じように、私たちは宇宙に遍満したもう知恵であり、愛であり、生命であるということに気がつかなったのでした。まもなく私はご覧の通りの健康になって、今は感恩報謝のために働かせて頂いているのです。

 大体、人間が病気をするのは、肉体の欲望に負けちゃうからなのです。坊さんがよく仏前でお誦(あ)げになる仏教の懺悔文(懺悔門)をご存知でしょう。

 我 昔 所 造 諸 悪 業
  皆 由 無 始 貪(とん) 瞋(じん) 痴(ち)
  従 身 語 意 之 所 生
  一 切 我 今 皆 懺 悔

 これは人間に起る諸々の悪業──例えば病気や不幸や困難の類ですが、それは結局、貪・瞋・痴という人間の3つの煩悩が具象化しているに過ぎないのであるから、この煩悩さえ棄てたら、誰でも即座に救われと説かれたものなのです。「貪(とん)」とは欲ですね。欲しい、惜しいの心です。「瞋(じん)」とは腹立つ心です。「痴(ち)」は愚痴です。この心さえ棄てたら幸福になるのです。




   癌にあらず、欲の固まりなり

 この間、私の薬局へ、ある男の方が入って来て、ワイシャツを脱いで、
「先生、ちょっとここを押えて下さい」
 とおっしゃるのです。
「どうしました」
 と尋ねると、
「近頃時々嘔吐とするのですが、ここが苦しいのです。癌じゃないかと思うのですが、先生ならわかるでしょう」
「冗談じゃない。癌であるかないかは病院でもなかなか判らんのですよ。心配なら精密検査をしてもらいなさいよ」
 と私は言いました。

「家内もそう言うのですが、何だか心配で、よう行かんのです。……先生が診てもらえとおっしゃるなら、すぐ参ります」
「これですか」
 と私が鳩尾(みぞおち)の辺りを押えると顔をしかめて、
「それ、それです」
 とおっしゃる。
「ああ、これは、僕の診たところ癌じゃないね。これは欲の固まりだ」
 と私は言いました。冗談でなく、本当のことなのです。医学的には何と名付けるかは知りませんが、精神分析的に申上げると、“欲しい、惜しい”という欲望の固まりなのです。ですから人間は、煩悩を遠離(おんり)してしまったら病気が癒るのです。




 米を借りに来た吾助さんの独り言

 ところで、先月神戸の教化部ではなかなか面白いお話を伺ったのですよ。
 何でも、徳兵衛さんという金持があって、そこへ近所の借家人がお米を3升借りに来ました。みると正直者の吾助さんだ。
さあさあ、どうぞ。ちょうど昨日搗いてきた米が倉に沢山あるから、いるだけ持ってお帰り」
 と、徳兵衛さんは言いました。吾助さんは喜んで倉に入りました。徳兵衛さんは一人で煙草を吸っていましたが、ふと考えました。
「待て待て、幾ら正直者の吾助さんといえども。欲のない人間はいない。吾助さんの家には一粒の米もないけれどもここには幾らでもある。幸い、誰も見ていないと思えば、一升位はごまかさんでもない……」

 そう思うと徳兵衛さんは急に不安になって、ソッと倉の扉のかげから中を覗いてみました。するとも向こうむきになっていた吾助さんなのに突然、
「見てござる、見てござる」
 と言っていたものですから、徳兵衛さんはびっくりして、
「わしとしたことが、なんと恥ずかしいことをしたものじゃ」
 と元の座にかえって、また煙草を吸っていると、やがて吾助さんが3升の米をさげて出てきました。「おかげ様で助かります。確かに3升お借りします」

 徳兵衛さんは不思議そうに、
「先ほど、実はちょっとお前さんのする事を覗いて見たのじゃが、その時あんたは向こうむきでいなさるのに、“見てござる、見てござる”と言いなさった。どうして、私が覗いていることがお判りでしたが」
 と、聞いたのです。

吾助さんはびっくりしたような顔をして、
「ああ旦那、見ていなさったか。わしはトンと気が付かなかったが、人間というものは、どんなに正直であろうと思っても、あないに(あんなに)沢山の米を見せられると、“誰も見てへん(いない)わい、1升位余計に持って帰りたい”という心が起らんでもありません。それで私は、“神様が見てござる、見てござる”と自分に言うて聞かしよった」
 と、答えたそうであります。

──この“神様が見てござる、見てござる”という心が「信仰」というものではないでしょうか。

 私は、列車の向いの座席に坐っている人にこんな例え話をしまして、更に言いました。
「自分一人だと思えば煩悩の虜になるものを、何をするにも神様と二人連れで神様が見てござると考え、心の波長を善なる世界、愛なる世界に振向けて行く所に、私たちの信仰があるのです。たとえ、戦場にありましても、この信仰さえあれば、人間は残虐な行為をするものではないでしょう。どうぞ、あなたもそのお友達の厚意を素直に受けて、正しい信仰によって幸福になって下さい」




第9編  一大事の因縁




    釈迦説法の骨髄は

「舎利弗(しゃりほつ)、諸仏随宜(ずいぎ)の説法は意趣解し難し。所以は何ん。我無数の方便種々の因縁譬喩(ひゆ)言辞(ごんじ)を以て諸法を演説す。是の法は思量分別の能(よ)く解(げ)する所に非ず。唯諸仏のみ有(ましま)して乃(いま)し能(よ)く之を知ろしめせり。所以は何ん、諸仏世尊は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」
 と、「法華経」の中にあります。

釈迦は、ただお話だけを聞きに集ってくる声聞(しょうもん)の信徒には四諦説法(仏道修行のための四段の教理。苦、集、滅、道をいう)をもって、この世界が苦の世界なることを知らしめ、煩悩の心を滅することによって寂静(じゃくじょう)の世界の有ることを悟らしめ、日常の生活に精進する縁覚(えんかく)の信徒に対しては、十二因縁を説いて菩提心を生ぜしめ、さらに衆生済度の聖業に奉仕せんとする菩薩のために深般若波羅蜜の甚深(じんじん)微妙(みみょう)の法を説き明かしました。

 しかし、本当の「法華経」の真理は、人間の思慮分別によって判断できるところではなく、五欲をもって人間なりと感ずる妄想を離れ、ただ“吾れ神なり、仏なり”との自覚を通してのみ、その真理を把握することができるのであります。現象にどんな悪が現れようとも、悪は本来実在ではないのであります。それは、人間が仮に五感の感覚に惑わされて色々の妄想を起し、その妄想の所産として夢幻の如く写しだされている映画に過ぎないのであります。従って一切の悪を否定し尽して、神の子に悪なしと観ずれば、忽ち善なる実相が現れるのであります。諸仏世尊はただこの一大事の因縁を説かんが為に世に出現せられたのである、と説かれています。




  「知見」すなわち実相の観方

 では一大事の因縁とは何か。それが次に書かれている四仏知見の真理であります。

「舎利弗、云何(いか)なるをか、諸仏世尊は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもうと名づくる。諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ清浄なることを得しめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見を示さんと欲するが故、世に出現したもう。衆生をして仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に世に出現したもう。舎利弗、是を諸仏は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもうと為す」
 とあります。

つまり、人々に“吾れ神の子、仏の子”の知見を開かしめ、五欲を人間なりと思い煩悩の生活にうつつをぬかす人々に、神の子の尊厳を知らしめ、自ら清浄の身としての生活に入らしむるためであります。

神、仏の知見が如何に尊いものであるか──この開眼によって、積極的に菩薩道に入らしめ、この人生最大の課題を理解せしむるという一大事のために出現せられたのである、ということです。

 ここが宗教の根本であり骨髄であります。現象人間は、親様なる神の眼からご覧になると、誠に汚れたる存在であります。
 例えてみれば、あの便壺の中にうごめいている雪隠虫(せっちんむし)となんら変わるところがないのではないでしょうか。人間から見れば、あの不潔極まりない便壺も、雪隠虫から見れば一応そこは極楽浄土であります。しかしそこから発する不快な臭気に人間はやがて耐えられなくなり、強力な防虫・防臭剤を散布して潔めるでしょう。

 それと同じように、煩悩熾盛(しじょう)の人間の姿は神にとっては大変な悲しみであると思うのです。従って、創造主なる神は、この不潔な人間の心を浄める為に、エホバの神を遣わされるのであります。

 エホバ神とは心の法則であります。人間はこの心の法則により反省の機会を与えられるのであります。




文化財保護か建て替えか

 先日私は、奈良県山辺郡都祁(つげ)村吐山の中尾楢治郎さんのお宅に寄せて頂きました。75歳には見えぬ、なかなかお元気な方ですが、首一面に広がった皮膚病の根治の痕を撫でながら、こう言われるのでした。

「お蔭で、綺麗に癒して頂きましたが、心が悩むということは、怖いですね。実は私の家は、奈良県の郷土史にも紹介せられているように200年以上経った貴重な建物なんです。県からも文化財指定の申請をするように書類を頂いているのですが、まだよう出さんでいるのです。ところが子供達が大きくなって、其々職に就くようになると、口を揃えて、
「お父さん、いったい何時まで、こんな古くさい建物に住むつもりだ。もう都祁村でも片っ端から文化的な建築に変わっているではないか。私の家もこのさい、建て替えよう」と言うのです。

勿論、子供達の言うことはよく解かるのです。自分もそうしたいと思うのです。でも200年も続いたこの由緒ある建物を私の代で壊したくないのです。毀れかかっているのならともかく、まだご覧の通り、しっかりしていると、やっぱり次の代に残しておきたいと思うのです。でも、「文化財、文化財といったって何一つ特典はありゃせん。不自由するのは我々だけだ。建て替えるなら早い方が良い」と、急かされると、私の心は悩むのです。生長の家の信仰をさせて頂いていますから、自分の皮膚病の原因はこれだ、とわかるのです。といって結論だ出ないのですから、治るはずがありません。




   シャックリに悩む老人

 それで先日、県立病院に診察を受けに行ったのです。待合室の廊下で待っていますと、向いに坐っている60歳余りの老人が盛んにシャックリをするのですね。ヒューッ、ヒューッと、絶え間なしにやるんです。よほど苦しいのか顔一面に冷汗をかいていらっしゃるんです。私は見ていて大変気の毒になりまして、つい声を掛けてしまったんです。

「あんた、随分辛そうですが、何時から出ているんですか」
 と尋ねると、もう半月以上続いていると言うのです。
「それで、原因は何なんです?」
「それが……何処へ行って診てもらっても判らんのですよ。もう夜もオチオチ眠れないんです」
「そりゃそうせしょう。しかしあんたは、物質的な原因ばかり探していらっしゃいますが、そのシャックリの原因は心にあるんと違いますか?あんた、何かとっても悩んでいることがあるでしょう。先程からあなたを見ていてそんな感じがするのですが、もし失礼じゃなかったら、私に話してみませんか。私は人に教えるような偉い人間でもなんでもありませんが、私自信昔、あなたと同じようにシャックリで苦労したから、私にはわかるんです」

 私はとっさに、ちょっと嘘をついたんですが、私も同じように苦労したといったものですから、その人は安心したのか、その老人は打明け話を始めました。




  篤農家に嫁に来た派手好みの女

「実は私の家は1町5反を耕作する農家なんです。去年、長男に嫁を貰いました。もちろん、今日びのことですから、百姓を手伝ってもらおうなんてことは考えてはいませんが、これがまことに派手な女でして、毎日綺麗な服を着て出歩くのです。時代が違うから、(自分の苦情を口に出して)言ってはならぬと思うものの、家には娘も弟もいること、先のことが案じられて家内と思案ばかりして暮しているのです。言いたい思いが一杯で辛抱しているのも辛いことですが、嫁もやっぱり居づらいのか、とうとう別居の話を切り出して来ました。世間体もあることで、返事も出来ず弱っているのです。考えてみると、その別居の話が出てからシャックリが始ったように思います」と、おっしゃるのです。世間ではよくある話ですが、私にはこの老人が不憫に思われてなりません。それで……。

 と、ご自身、皮膚病を診てもらいに病院へ行って、そこの待合室の廊下で会った、シャックリが治らぬという老人との話を、中尾楢治郎さんは更に続けて話されるのでした。




   コップの中の箸の譬え

「この問題は、なかなか複雑なものなのです。しかし、どんな問題でも愛をもって解決しないものはないと、私の信仰している生長の家では教えられています。あなたたちご夫婦が、その若いお嫁さんと仲良く暮らして行くためには、そのお嫁さんを好きになってあげなければなりません。心というものは、互いに通じ合うものですから、こっちが嫌ったら相手も嫌います。こちらが現象の悪い姿を見ずに、その嫁の素直な実相を観てあげるのです。実相というのは、真のすがたです。

 水の入ったコップに端を入れると、箸は折れたように見えるでしょうけれども、箸は曲っていない。それと同じ様に、どんなにお嫁さんの姿が歪んでいても、本当は歪んでいない。その本当の姿を拝むのです。こんなことを突然申し上げても、初めてのあなたには理解し難いでしょうが、郡山の生長の家の教化部に行けば、得心するように詳しく話して下さいますよ」
 と申上げたのですが、気が付くと、その人のシャックリが治っているんですよ。それでその人が喜んでお礼をおっしゃったのです。




   神の知恵を仰ぐ

 私は良い施しをしたと思って、改めてみ教えの偉大さに合掌させて頂いたのですが、その時、私はふと自分の皮膚病のことを思い出したんです。

 そして私は大変な間違いに気付かせて頂いたのです。それは、私が神想観をして神様から知恵を授かることを忘れていることに気が付いたのです。病院から帰りまして、私は毎日神様に祈ったのです。神様が必ず良いようにして下さるのだと信じて祈らせて頂いていると、ある時、国の偉い人が私の家を視察するために訪ねて来て下さったのです。それで私は、その方に子供の意見などを話してみたのです。




   心の葛藤が消え皮膚病が治る

 すると、その視察に来られた方が、
「こんな建物を壊すなんて無茶ですよ。それなら、国に無料で寄贈してくれませんか。近く、都祁の高原に青少年の保養センターを建てる予定なのですが、あなたが寄贈して下さるなら、この建物をそっくりそこに移して永久に保存したいと思う」
 とおっしゃったのです。私はそれを聞いて嬉しくて、嬉しくて、早速承知させて頂きました。この2百年続いたご祖先の家が永久に国の手によって保存せられるということは、何と有難いことでしょう。そのうえ、子供達の希望が全て成就するのですから、神様のなさる御業は、誠に素晴らしいという一語に尽きると思います。

 何ヶ月振りかで私の心が晴れ晴れと致しました。それとともに、あの難治の皮膚病が、ご覧のように綺麗に治ってしまったんです。
 と中尾さんは嬉しそうに体験談を聞かせて下さったのであります。

 誠に人間は、仏の知見を開き、その道に入りさえすれば、自ら清浄の身を現すのがは当然のことなのであります。




第10編  浄心行について




   自己を浄める

 浄心行とは自己を浄める行であります。自己を浄めるといっても、本当の自己はその実相は神であり仏であって汚れるということはないのであります。しかし人間は肉体として仮にこの地上に誕生して、自ら物質的な生活を経験します。従って肉体の感覚器官を通して外界を認識するために、諸々の過ちを繰返すのであります。

 例えば皆様は毎日、テレビや新聞をご覧になるでしょう。すると例の薬のコマーシャルが、“人間は40代から次第に老化現象を起す。体内にコレステロールという老廃物が蓄積して、それが私たちの血管壁に、あたかも水道の鉄管の内部に水垢がこびり付いて腐食させるように、血管の内部に蓄積して、代謝機能を弱め、高血圧や脳出血の原因となる”と繰返し喋るでしょう。1回位なら大した印象も受けませんが、回が重なるにつれてその言葉が暗示となって、40歳を過ぎた人は、平素健康な人でも知らず識らずその暗示に引っ掛って、健康に自信を失い、種々の自覚症状を訴えることになるのであります。また医原病などという言葉があって、知恵のない医師の暗示によって病気が創造せられて行くという実例も多いのです。

 もう2、3年前でしたか、私の孫が風邪をひきまして咳がなかなか治らないというので治療して頂いたことがあります。その時係りの医師が、「これは単なる気管支炎じゃない、これは小児喘息だ、小児喘息というのは今の内に入院して治療しておかないと一生難儀しますよ」と図解までして深切に脅かしちゃったんです。しかし私の嫁は幸い生長の家の真理に触れていますから、医師ノコトバより真理のコトバを信じる心が強く、“神の子が小児喘息になるはずがない”とその実相を観て、そのまま癒してしまいました。

こんなとき真理を識らなければ、この医師のコトバに従って入院せられていたでしょう。勿論入院しても治癒することは確実でしょうが、一生この子は小児喘息であるという恐怖心が、若き母や本人に付き纏うことになればどんなにか不幸かわかりません。キリストは、「汝等は見ゆという罪が残れり」と申しましたが、私たちは五官の感覚に惑わされることなく、常に真理に対して眼を開いていなければなりません。




   人間共通の妄念を断つ

 人間は人類意識という人類共通の妄念の中に生活しているのです。それはちょうど私たちが恐れる公害の中で生活しているのに良く似ています。物質的な公害もこれを防止するということは容易なことはないですが、ことにこの精神的な公害から自分を護り切ることはなかなか容易ならぬことなのです。

 いつでしたか、神戸から明石に出る神明道路を乗用車で通ったことがありました。あそこは旧陸軍が物資輸送のため人力で掘った隧道があって、天井が低いため自動車の排気ガスで息詰まる感じがすると話していましたが、その時は別にそんな感じがしなかったのであります。後で聞いてみると、天井に浄化装置を設備したのだそうです。

私はその時人間もこの隧道のように、各自が浄化装置を設備しなければいけないな、と感じたのです。人間は無数の憎悪、恨み、腹立ち、悲嘆、絶望そうした悪感情の排気ガスを排出しているのですから、それをまともに受けたのでは私たちの生命は窒息するということにも成りかねないと思うのです。

 とにかく人間は神の子なのであるから、その清浄な心を大切に保持し得れば、病気や不幸になるはずはないのです。それには真理の水を流して心の垢を洗い流さなければなりません。

 この間奈良で誌友会の決起大会が催されたのです。その時、東大阪の粕田セキ子さんという誌友の方が中々素晴しい体験を発表せられました。

 この方は奈良の笹岡先生から毎月、「白鳩」誌の愛行を受けて生長の家の真理に触れるようになり、お隣りの方と生長の家のお話を聞きに行っておられたのです。それが一昨年の暮れにその誌友さんと一緒に餅つきをせられたんです。その時、その誌友のご主人が過って杵を持ってその奥さんの顔を殴っちゃたんです。そのためにお顔がお岩のように張り裂けて片目が失明してしまったのです。大変な事になってしまったものですね。

勿論これは過失なんですが、その誌友さんは仰天してしまって「これは重大な自分の過失であるけれども。生長の家でいつも教えられているとおり、奥様自身の業の自壊作用である」というような言葉を話されたんです。するとその家族の方はすっかり立腹して、病人の枕元で掴み合いをするような争いをせられたのです。




   コトバの力の活用

 実際コトバというものは恐ろしいですね。幾ら悪意が無くとも私たちのコトバは常に正しい知恵に導かれていなければなりません。勿論この方のおっしゃる通り事故というものは決して加害者だけの罪ではないのです。仏教ではすべて業力に転じられると教えていますが、こうした事故が偶然に起こるということは、絶対にあり得ないのです。でも加害者である人から、これはあなたの業だというような言葉を聞かされて、みなカーッとしちゃったんですね。それで弁護士の相談してこの誌友さんを告訴することになったのです。ところがその告訴の書類が届けられて、いよいよ裁判所に提出する日にこの奥様は一度生長の家の意見を伺いたいと思って、上六にある大阪教化部を訪れたのです。

 ちょうどその日は講師会長の岡松先生が出講していらっしゃって、この奥様のお話を伺って、
「そうですか、誌友でありながらそんな事をおっしゃったのですか。それじゃあなた方が立腹せられるのは当然のことです。本当に済みませんでした。でもね奥様、あなたがその書類を出す前に良く相談して下さいました。あなたがね“私の目はどうなっても良い、相手を苦しめなければ承知出来ないのだ”と考えられるなら、直ぐその書類をお出しになったら良いでしょう。なぜならあなたの失明は相手をやっつけるために重要な証拠となるものですから、治癒したのでは損害賠償を請求する唯一の手がかりがなくなってしまうでしょう。

しかしあなたが相手の罪を咎めるより、自分の眼を癒したいと思われるなら、その書類を提出することを止めてしまいなさい。あなたも生長の家の誌友なら、罪を赦すということがどんなに大きな愛であるかということをご存知でしょう。キリストは“7度を70倍度にして赦せ”と教えています。罪を咎めている間は貴女自身も苦しいでしょう。この事故は被害者であるあなたにとっても加害者であるその人にとっても不幸な事故でした。この不幸は一刻も早く忘れ去ることです。

『生命の實相』にこんな話がありますね。ある奥様が姑さんと口論されたのです。ところがそのお嫁さんのコトバが余り厳しかったので姑は腹を立てて、そのお嫁さんの顔を擲(なぐ)ちゃったんです。するとお嫁さんの鼓膜が破れてそれ以来耳が聴こえなくなり、慢性中耳炎で何年間も医療を受けなければならなくなったのです。ところが或る時生長の家の先生の指導を受けることになり、

“あなたは姑をすごく恨んでいるでしょう。その中耳炎はあなたが姑に復讐する有力な証拠ですからあなたの潜在意識は絶対に癒さんのですよ。現象の心では一所懸命に治癒に専念していらっしゃるようですが、潜在意識の方は中耳炎が癒ると姑が如何に悪い親であったかを世間に吹聴することが出来ないから、その中耳炎を大切に癒さないようにしているのです。人間には自然癒能という神の癒す力が宿っていて、如何なる病気でも必ず癒るようになっているんです。

しかし病気になりたい人はいつまでもその病気を治さないのです。さあ姑を赦してあげなさい。そして仲直りするのですよ。天地一切のものと仲良しになる、それが信仰というものです”
 と教えられ癒された体験が書いてあります。あなたもこの奥様のようにその人と仲直りするのですよ」と諭されました。

粕田さんは岡松先生の言葉にすっかり感動してしまわれました。人間はやはり本来神の子なんですね。
「よくわかりました。私先生のご忠告に従いますわ。その方の告訴を取り止め、その方を赦しますわ」
 とおっしゃって、その書類を破ってしまわれたのです。すると間もなく粕田さんの目は元の通り癒ってしまったといいます。

 体験を伺っていて本当に素晴らしいと思いました。人間は時によってこういうように愛を見失う時があるのですね。この愛を見失う時、人間は神様と断絶してしまうのです。否、神様は決して人間を放さないのですが、人間の方で勝手に神様の懐中(ふところ)からさ迷い出てしまうのです。「法華経」の中の放蕩息子の譬の通りです。私たちは常に神の御手を洩れるはずはないのです。

 きのうも五条の会場で、
「子供が病気で死にそうなんです。“実相を観よ、実相を観よ”と教えて頂くのですが、現実に死にかかっている子供を前にして、どうして実相を観るのか、もっと具体的に教えてください」
 と訴えられたお母さんがありました。

「観るとは思うことだ」
 と私は言ったんです。
「子供さんは既に健康で完全円満なりと思うことです。ひたすら思うことです。現象がどうであれ“今癒(よ)くなりつつある”と思いなさい。『創世記』の中に『神一切のものを創り給い、その創りたる総てを観たまいけるに甚(はなは)だ善かりき』と書かれています。神様がよくできたとおっしゃっていられるのです。悪はない、善ばかりです。そこに子供さんが生きているのではない。神様が生きていられるのです。如来さまが生きていられるのです。如来さまは病気しません。如来さまは私を悲しませるはずはないと思いなさい」
 と申上げたのです。

あの「観普賢菩薩行」というお経の中で、
「無量の勝方便は実相を想う事によりて得、一切の業障界は妄想より生ず、もし懺悔せんと欲せば端坐して実相を想え、衆罪は霜露の如し、慧日よく消除す」
 と説かれています。

無量の勝方便とは量り識ることのできぬ尊い勝れた救いの方便、方法です。それはただ実相完全円満と思うことだということです。人間はすぐいらぬ事を考えます。悪がある、不幸がある、旨いこといかんのやないか、失敗するかもしれぬ、こんなことを考えるでしょう。考えるということは創ることなのです。不幸の原因はここにあるのです。ですから一切の業障界は妄想から生ずと教えているのです。




   心の修正

 私たちは日に一回は心のハンドルの方向を正しく修正しておかないと、とんでもない方向に突っ走って行ってしまいますよ。浄心行というのはこの心の修正です。それにはやはり真理を識らねばなりません。「汝等は真理を識らざるべからず、真理は汝を自由ならしめん」とキリストは教えています。もっと深く『生命の實相』を拝読することです。そしていつも嬉しい、楽しい、有難いという心を養っておくことです。

 先日も五条でちょっと面白い体験を伺いました。あるお母様があって、娘さんの縁談のことでイライラしていらしゃったんです。ところが昨年谷口雅春先生のご講習を奈良文化会館でお受けになって、だいぶん心が明るくなられたのです。講習が終って帰ろうとすると、お連れの方が、
「奥様、私これから恋人に逢いに行こうと思うのですが、奥様もご一緒にいかがですか」と誘われたのです。
「恋人って何処へですの」
「大仏さま、私の恋人大仏さまですよ」
「それなら私もその恋人に逢いに行きましょう」
 こういうわけで、夕方の五時前でちょっと遅かったのですが、大仏さまを拝みにいらっしゃったのです。しかしお堂の中はもう薄暗くて大仏さまのお顔ははっきり拝めなかったのですが、その肩から胸のあたりのガッチリした体格を見た時に、
「ああ私の娘の恋人もきっとこんな丈夫な方に違いない、大仏さまお願いします」
 とおっしゃったのです。

それからすっかり楽しい気分で帰って来て、娘さんに「今日はお前の恋人にお目にかかってきたよ」と笑っていらっしゃたが、なんとそれが本当になって1ヶ月後に大仏さまのような丈夫な男性と結婚することになった、とおっしゃいました。面白いでしょう。

 考えてみると、人間はすでにこうした功徳の法界に住まわせてもらっているのです。ただ、自分の心に明確にそのイメージが描かれた時に、それが現実化して来るのであります。それにはやはり大仏さまと波長が合うことが大切なんです。この大日如来さまの波長を合わすことが浄心行なのです。何でやろ何出やろと暗い陰気な心で祈っていても、それでは神様と波長が合わないから善いことは出て来ないのです。暗い心、あるいは心の垢である諸々の煩悩を一度スカーッと吐き出してしまう。それにはやはり紙に書いてみるのが良いですね。腹立つ思い、悲しい思いなど、一度包まずに、一切洗いざらい書き示して、それを一緒に真理のコトバ『甘露の法雨』によって浄化して、それからこの奥様のように嬉しいこと、楽しいことを一杯心に描いて下さい。そうすれば皆様はきっと健康で幸福な生活を体験することが出来るのであります。



平成28年3月5日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




             
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>
           

 
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



2016-03-05 20:12 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

<号外> 「別派・マサノブ教」の最近情報 H.28.2.11〜16
2016年03月04日(金)




<号外> 



「別派・マサノブ教」の最近情報 



H.28.2.11〜16





「掲示板」より・・・

オカシナ、オカシナ報告書!


=自転車通勤者・家庭菜園実行者を報告せよ=



<「トキ掲示板・本流対策室>

▼ 教化部の事務員さんが、「本部からの運動目標に、会員に自転車通勤を勧奨するとか、家庭菜園を呼びかけるというものがあり、会員で自転車通勤をしている人や家庭菜園をしている人の数を報告することになっているのです。」と説明。

▼ 友人は私宛の電話で、「私は、別に、便利だから自転車で通勤しているのだし、趣味で家庭菜園をしているだけで、信仰とは関係がない。それを、こんなことを運動の目標にするのは、おかしい。教団はもっと本来の目標にまい進すべきだ。」と憤激。

▼ 第2、第3にすべきものを第1にしているのが、今日の教団の間違い。これが大半の信徒の感想

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月11日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・高齢者信徒の弱みにつけこみ、脅し文句――

冷酷な狂化部長と狂区役員!


=講習会受講券の強制割当と買取=


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=997


▼ 親の代から生長の家を信仰し組織活動を永年続けてこられた高齢者信徒さんを上手く使う某地区連会長は、 何十枚の受講券を渡し、他の地区は既に入金されました、いついつ迄に入金して下さいと迫る。

▼ その券の配布先は全く宛てが無い。仕方なく定期預金を崩し納金した。
▼ その後講習会開催日まで受講券の配布状況のノルマを毎日のように報告させられる。
▼ その苦しみで「もう辞めたい」と地区連会長に言うと「そんな無責任な事言って、熱心だった親御さんが泣かれますよ」と脅される。

▼ 上からの割り当て受講券の返品は絶対出来ない、これが白鳩会の暗黙の掟。
▼ これは完全な押売。立て替えて早々に払わなければ非協力者と見なされる。
▼ その上、狂化部長は「聖使命会費を一万円にすると良いことばかり起こります」と作り笑顔で勧誘する。

▼ 肩身が狭くなってみんな一万円にします。家族三人だったら毎月三万円です。その上ソーラー施設の寄付金一万円が追加

▼ これが今の組織活動の実態です。光明化運動どころか一般信徒の心の暗黒化運動です。

▼ 「年金が足りません。仲間はずれが淋しい、辞めるに辞められず毎日悩んでいます」

▼ 最後に、地区連会長曰く「私に中心帰一して益々頑張って下さい」
(こんな「生長の家」に誰がした。マサノブとイソベ以下の茶坊主どもだ!)

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月12日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・ 『森のオフィス』本部からの

衛星放送 全国同時講習会を!


=だけど、マサノブ君は絶対にしない=


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1004



衛星放送の全国講習会が出来ない理由?

@ 1枚2500円の受講券が販売できない。
A 衛星放送なら、1枚500円程度でないと誰も買わない。
B 講習会収入が大幅減収、教団赤字が巨大化。これは責任問題!
C 近隣教区からの応援もなく、閑古鳥鳴く講習会場となる。
D 講習会に名を借りた公費で行ける「楽しい小旅行」がなくなる。
E 「小旅行」の最高級VIPルーム公費宿泊と豪華なディナーが公費で食べられなくなる。
F これではジュンコ君の機嫌が悪くなる??
G 越後屋狂化部長からのお土産の菓子折りが貰えなくなり、この役得がなくなる事がオモシロクない? 

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月13日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・やはり起きてしまった悲しい“惨禍”――

『観世音菩薩“惨禍”経』


=マサノブ総裁の 「霊的責任」 は重大=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4653



▼ やはり、『観世音菩薩“惨禍”経』だった。
▼ 三重県教化部での練成会中の痛ましい事件でした。
▼ 詳しくは、2月13日付けの「伊勢新聞」に載りました。
▼ 練成参加した母娘様の上に起きた非常に悲しい事件
▼ 聖典『生命の實相』と聖経『甘露の法雨』を追放し、『大自然惨禍』と『観世音菩薩惨禍』に切り替えたマサノブ総裁に霊的全責任がある! 教化部長ではなく自らの進退を考えるべし!
▼ 『観世音菩薩惨禍』経のもつ霊的悪霊波が呼び寄せた事件、宗教家として責任を自覚し、潔く総裁辞職して教団退去すべし! 
▼ お母さまのご冥福と娘様の実相顕現をお祈り申し上げます

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月14日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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余りにも無責任なマサノブ総裁・・・

これで宗教家といえるのか?


=人の噂も75日でシャーシャーとどこ吹く風=



2月12日の三重教化部での痛ましい事件の関する総裁責任―

▼ 2月14日の愛媛県講習会で触れたのか?

▼ 「総裁フェースブック」、「唐松模様」では一言の発言もなし!

▼ 宗教家・総裁なら、全国・全世界の信徒に対し、その霊的原因と総裁責任について見解を述べて当然!

▼ それに、未だに「冥福と實相顕現を祈る」という発言もなし! どう思う、マサノブ君?

▼ 多くの信徒は、『観世音菩薩惨禍経』の結果と見ているのに! このままでは済まされぬぞ! 汝は宗教家ならずや?
このまま頬かぶりして、責任逃れは決して、決して許されぬ!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月15日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・『観世音菩薩惨禍』『大自然惨禍』が原因

法則か? 偶然か?


=稀有の出来事の教えるものとは?=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4662
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=toki2&mode=res&log=33



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マサノブ君、曰く (「旅人の被災」より)
『稀有の出来事が何を教えているかを正しく知る努力が必要だ』
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▼ 生長の家の「重要行事」が予定されている、その<日時>に合わせるかのような<災害><事件>
@「三重教区の練成会」 & 「痛ましい事件」
A「長崎南部教区の講習会」&「暴風雪警報」
B「新潟越南教区の講習会」&「新潟中越地震」&「講習会の中止」
C「宇治大祭の慰霊式典」&「突然の雷雨」

▼ 「三重教化部」内の事件が象徴するもの。(三重苦)
@ マサノブ総裁の、本来の『御教え』否定)と教団解体
A 今や、母(恵美子先生)の話は教団のトップシ―クレット。
B 日本の御親である天皇陛下への不敬発言、「鎮護国家」外し。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月16日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒




2016-03-04 18:14 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 号外NO 2 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十一回>
2016年03月03日(木)




御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」 




北尾巳代次先生




<第十一回>






第4編  思うことが実現する




    最善の祥福を楽しむ

「白鳩」誌の箴言に、谷口雅春先生は次の如く書いておられます。

「誰でもみな、最善の健康と最善の祥福とを楽しむことが出来るのである。なぜなら人間はみな神の子であるからである。それが出来ないのは、神の子たる実相を自覚しないか、神の子たる生活を生活しないからである」と。

 何という有難いことばでしょうね。既に最善の健康と最善の祥福の中に生活をしている、というのですよ。どんなに今患っている人でもどんなに今不幸な境遇の中にある人でも、すべて例外ではないのです。私は既に健康で幸福であると思うのです。そんな事を言ったって、今現に病気をして、こんなに不幸じゃないか、と皆様はきっと抗弁なさるでしょう。それは今ある結果を見るからなのです。

今どんな状態であろうとも、深くそう信じさせてもらうのです。キリストは病気で既に身体が動けなくなって入る病人に「汝神を信ずるか、汝の信ずる如く汝にまでなれ」言い給いて病人を癒していらっしゃいます。

 皆様は神の子なのです。そしてこの世界は神が創りたもうた完全円満な世界なのです。神が完全であるが如く、神の子たる皆様も完全なのです。現象の悪はないのです。皆様は夢をご覧になるでしょう。あの夢の中で泥棒が来て自分を追いかけて来る、早く逃げなければならない、と思うが動けない。助けて欲しいと思っていたら、「何をうなされているのですか」と揺り起してもらったら、夢だった、という様な体験があるでしょう。あの夢の中で病気や不幸や貧乏があると思って苦しんでいるのと同じことなのです。実相の眼を開くのですね。そして神の子たる自分を自覚するのです。




   祈り合う時

 先日和歌山県の一部を回らせて頂いたのですが、箕島町で、岸田さんというお爺さんが大変素晴らしい体験を話して下さったのです。この方の奥さんが白内障(そこひ)ではないのですが、なんでも非常に目が悪くなって、5年程の間にもう殆んど失明状態に近くなって、とにかく原因は解らないけれども、一度手術してしまおう、ということになったのだそうです。その時に、このご主人やご近所の誌友の方々が皆で枕元に坐って、一所懸命に神想観を実修されたのです。このように誌友の皆様がお互いに祈り合うということは非常に大切なことなのです。

そうして3日間昼も夜も祈り続けられたら、その3日目に奥さんの目の前で、まるで花火のような光がピカピカと輝き出したかと思うと、その眼病が忽燃と癒ってしまった、と話されましたが、その時一緒に祈って下さった女の方が来ていらっしゃって、本当に有難い、有難いと共に涙ぐんでいらっしゃいました。

 また同じ日、湯浅町のお世話を下さっている北島春子さんが、私の主人は数年前に盲腸から腹膜炎を併発して腸が癒着をして危篤状態になったのです。それで。3回も4回もお腹を切ったり、肛門から手術したりして、生命だけは何とか取り止めたのですが、結局衰弱がひどくて、その癒着を完全に癒すことが出来なかったのです。それでちょっとご飯を食べ過ぎると、すぐ腹痛を起し手苦しむのです。ですから食事の量を制限して制限して、ようやく生命を保っている、という状態であったのです。それまで夫は無神論で、私が信仰させて頂いておっても、知らぬ顔をしているのです。無理に反対もしませんが、別に自分からご聖経をあげようと思ったことはないのです。それで私が一人で一所懸命祈らせて頂いていたのですが、最後にもう一度手術をしようということになった時に、私は夫に「あなたも、どうか神様に真剣にすがる気持ちになって下さい。あなたが本当に実相を観じ、ご聖経を誦げて下さるなら、神様はもう手術なんかしなくとも必ず癒して下さるのです」と言うと、主人も本当に心からそう思ったのでしょうね。「よし、やろう」と言って、宇治の練成も受け、それから毎朝5時に起きて、早朝神想観や聖経読誦を熱心に励んで下さるようになったのです。

 すると、いつの間にか、その癒着がひとりでに離れてしまいまして、何でも食べられるようになって、今は19貫もあるのですよ。今では私以上に熱心に、この会のお世話をしています。と話して下さいました。この2つの例をみても、真理が如何に偉大であるかがよくおわかりになると思うのです。病気をしていても私は健康円満完全だと思いなさい、と谷口雅春先生は教えてくださいますが、本当に有難いことですね。




   森磯吉博士の体験

 先日帝塚山学園の園長をしていらっしゃる森磯吉博士が、ある外人と対談している記事を読ませて頂きましたが、ちょうど谷口先生と同じようなことを書いていられました。人間の心に信じたら、信じたとおりになる。例えば、私が今心の中で、冷たい氷山の上に素裸で立っていると想像しますね。すると、私の皮膚はたちまち鳥肌が立ちますよ、と言われて、腕をめくって実演して見せていられるのです。勿論最初は、想念が直ぐに形に現れなかったのでしょうが、それを何十日も何百日も繰返して継続していると、終いには、どんな暑い炎天の下でも、温泉の中でも、自分がそう想うだけで、ぞくぞくとして、鳥肌が立つようになる。とこう言われます。鳥肌が立つなんてことは、それは大したことじゃない。けれども、これは心で肉体はどうでもなるという一つの実証になるのです。




   環境も心によって変わる

 さらにこれは肉体だけでなしに環境も同じことなのです。自分の思いが全部成就するのです。例えば今問題になっている住宅問題なんかでも、人間なら誰でも家を建てる気になれば建てられるのです。ところが大抵の人は家を建てよう、と思うが、つぎに、でも金が無い、と思うのです。そう思ったらもう絶対に家は建たない。金の有る無しではないのです。決意の問題なのです。だから絶対に建てようと思って最善の努力さえしていたら、後に資金を出してくれる人があるとか、住宅公庫の抽選に当たるとかして、きっと建つのです。と言うようなことを書いているのですが、素晴らしいですね。

信ずるということは実に偉大なことです。病気でも必ず癒る、と信じ切ることです。子供の入試でも入学するに決まっていると信じ切ることです。縁談でも素晴しい縁談が結ばれると信じ切ることです。なぜならみんな神の子です。誰でも波長さえ合わせれば、神の無限の祝福の放送を享受することが出来るのです。それにはまず神の子の自覚と、そして神の子の生活を実践して恐怖心のない生活をしなさい、と谷口先生は懇切に教えて下さっているのであります。本当に有難いことですね。




第5編  仏の無礙光




   生命のいやがる3毒

 先日、兵庫県の永澤寺で見真会が催された時、本堂の横に次のような詩が目につきました。

   死のうと思う日はないが、
   生きて行く力がなくなることがある
   そんなとき、お寺を訪ねて
   わたしはひとり
   仏陀の前に坐ってくる
   力わき、明日を思う心が
   出てくるまで坐ってくる

 確かに仏陀を見ていると、誰でも心の安らぎを覚えるでしょう。それは仏陀の慈悲があなたを包んでくれるからです。考えてみるとこの世界には、あの仏陀の慈悲が充満しているのです。親鸞聖人はこれを、“帰命無量寿如来、南無不可思議光”と讃えました。「五官に感ずる世界が如何に悲惨憂苦に満ちていましょうとも、この不可思議なる智慧と愛のみ光が自分を照らしていて下さるのである」と素直に信じられるのが信仰というものなのです。

「法句経」という教えがあります。病人とか、家庭苦とか、現実にいろいろな悩みにさいなまれて集ってくる衆生に対して、釈尊は次のようにその解脱の法を説いていられます。

   吾が生は既に安し
   病は病まず
   吾れ無病を行ず
   吾が生は既に安し
   憂いは憂えず
   吾れ無憂を行ず
   吾が生は既に安し
   清浄無為なり
   楽を以て食となす




光音天の如し

 吾が生とは、生命であり生活です。「生命は安らかである。もう病気は無い、とこう思いなさい」ということです。病気が有ると思うから不安が募るのです。病気は無い、と素直に信じさせて頂くのです。信じたら、いつまでも病気のかっこうをせずに、速やかに無病すなわち健康なる相(すがた)を行じなさい、と教えて下さっています。

 憂いでも同じことです。くよくよ心配することを止めよということです。心配すれば心配したようになる。それが心の法則です。神の愛は広大無辺なのですから、神に問題を全托すれば、後は無憂を行ずるということです。清浄無為とは心がなんらの悩みもなく澄み切り、取越し苦労がなくなった状態です。そして楽を以て食となせ、と教えて下さっています。人生は楽しいことだけ考えて暮すのです。肉体にはどれほど栄養を与えても、心が悦ばない心配や、悲しみ、怒り、不安、恐怖、欲念、そうした悪しきものを食として与えるために、心が栄養失調になっちゃうんです。それが肉体に反映していろいろな障碍を起すわけです。光音天の如しとは光明常楽の浄土に住む天人の如くなることです。

 いま奈良県教化部でお仕事を手伝って下さっている金沢はつさんという方があります。昨年までは、腎盂炎や結核のため38度からの熱を出して、食欲を失い、6ヶ月余も寝た切りの生活をしていらっしゃったのであります。この方は若い頃一度生長の家の真理により病苦を超えていらっしゃるのですが、今回は死の恐怖が先になって、医学の良識に縛られて動けないのです。私、金沢さんに申上げたんです。

「病気を見つめてはいけません。見つめることによって、よけい恐怖心はつのるだけです。それよりも自分の内部にある生命の実相を見つめなさい。そこにあなたを生かして下さっている如来の生命(いのち)が働いていて下さっているではありませんか。それが仏の無礙光(むげこう)ですあなたが今病んでいらっしゃるのは、仏の無礙光に逆う力はどこにもないのです。それなのに自分で描きだした幻におびえて立ちすくんでいらっしゃるのですよ。

 大体病気をするというのは、生命に喜びと感謝という食事を与えないで、生命の最も嫌がる三毒を与えるからなのです。三毒とは、貪(とん)、瞋(じん)、痴(ち)、すなわち欲と怒と愚痴という3つの煩悩です。この3つの毒気のために、生命が留まっている姿なんです。それで釈尊は常に楽を以って食となせと教えて下さるのです。たのしいこと、うれしいことのみ考えなさい。そして病気のことなど心から放してしまいなさい。

 あなたは一度生命の実相を自覚して重篤な病気を越えていらっしゃるでしょう。その尊い功徳を頂きながら今日まで仏の無礙光を忘れていらっしゃいました。勿体ないことです。最高の縁にふれるということはなかなかないことなのですよ。親鸞聖人は、“衆生仏を憶念すれば、仏また衆生を憶念したもう”と教えて下さっています。さあ改めてあなたを生かして下さっている仏の無礙光に感謝し、すみやかに無病を行じなさい。無病を行ずるとは、そのあなたの病人くさい氷枕や氷嚢、溲瓶(しびん)の類ときれいさっぱり訣別することです。ついでに夜具も上げ、髪もときつけて、神様と対面してご覧なさい」

すると20年前の感激が甦って来たのか、金沢さんは勇気をもって立ち上がって下さったのです。いま金沢さんは元気いっぱいに『生命の實相』を勉強して下さっています。




  常に神仏の加護がある

とにかく人間は常に神仏の加護を忘れてはなりません。もう1年近くなりますが、私は33番のご詠歌を覚えたいと思って、毎晩就寝する時その歌を暗唱させて頂きました。それがいつの間にか習慣となって、今でも寝間に入るとご詠歌を唄うことにしています。勿論節をつけてやるのではなく、一番、一番歌の意味を味あわせて頂くことにしています。

例えば、一番には紀伊国は那智山、

「ふだらくや、きしうつなみは、みくまのの、なちのお山にひびくたきつせ」

 と唱えて、ここがこのままふだらくの世界(観音さまの住んでいらっしゃる世界)である、観音さまのお慈悲が、あの那智のお滝のようにとうとうと私の全身に降り注いでいる、と思うのです。

 次に2番には紀伊国紀三井寺、

「ふるさとをはるばるここに紀三井寺、花のみやこも近くなるらん」

 ご詠歌は花山天皇が歓喜の功徳を讃えられた讃仏歌ですから、ふるさとをはるばると訪ね歩いて、いま花のみやこ、仏の浄土が近くなった、と喜ばれている天皇の心を偲びつつ3番に参ります。こうして粉河寺、槇尾寺、藤井寺、壺坂寺と唱えさせていただいていると、大抵は紀三井寺の鐘を聞きながら寝ませて頂くのです。

 考えてみると、私は寝ながら観音霊場を巡拝させて頂くのですから有難いかぎりです。これをやることになってから観音さまをまことに身近に感じさせて頂くことになり、日常に色々な功徳を体験することになりました。

 ときには聖経『甘露の法雨』の冒頭にあります“大調和の神示“を誦げることもあれば、「般若心経」を誦げさせて頂くこともあります。
 いずれにしてもこうして心に神仏を讃えるということが、信仰の根本であります。不眠症の人など大いにこの観音霊場の巡拝をお薦めしていますが、素直に実行して下さる人にはそれぞれ嬉しい体験を見せて頂いています。とにかく人間はあたうかぎり神仏の徳を讃えるということが大切です。そのことがあなたを至上の愛である仏の無礙光に結び合わせる最良の道なのです。皆様のご精進をお祈り致します。




第6編  ある重病人への手紙



心に太陽を有(も)つこと 光は光を招び、闇は闇を招ぶ

合掌 有難うございます。
 あなたのお手紙拝読しました。その後も病状がいっこうに思わしくなく、最近は聖経読誦の方も怠りがちになるとのこと……。
 あなたのお倒れになってから、早1年近くなりましたね。その間のご精進、まことに涙ぐましいものがあることを、誰よりも私が一番存じ上げております。あなたは、これほど行じても祈っても、ついに神は救いの御手を差し伸べて下さらないのかと、お歎きになっていらっしゃいますが、これは早まった考え方だと思います。

 あなたは、12年前に痔ろうの手術を受ける直前、忽燃として、病気なし、肉体なしを身をもってお悟りになられました。それが僅か一年で挫折して、信仰を失われるはずはないと、私は堅く信じています。いやむしろ、あなたの心境は、当時よりもずっと進んだ境地にいらっしゃると思います。

 なぜはっきりと実現せられないかと申しますと、その原因は大体次の3つではないかと思うのです。

 その第1は、あなたが余りにも現在の境遇に甘え過ぎていらっしゃるということです。身体を起すにも顔を洗うにも、食事をするにも、その一つ一つにこもる家族や付添の方の心づくしが、かえってあなたの心に必要以上の依頼心を与えているのだと思うのです。それであなたは、あなたのご病気にすっかり甘えてしまう、ということになっていらっしゃるのですよ。

 第2の点は、あなたの周囲の人達に、病気というものを良く知っている方が多いということです。女医さんであるお嬢さん、薬剤師である息子さん。そして沢山の専門の先生方が、あなたを治してあげようと、いろいろな手当てを次々として下さっている。つまりそれで、あなたの周囲の方々に、あなたの病気は重いのだと印象を与えてしまっていることです。生長の家では、いつもお聞きになっていらっしゃる通り、認めるものが現れる世界ですから、あなたご自身や周囲の人達の、病気だ病気だという想念を取去らない限り、長引くのです。

 第3には、あなたはご自分の年齢を気にし過ぎていらっしゃいます。もう歳が歳ですから、と世間ではよく言いますが、あなたもいつかその通念に巻込まれて、『甘露の法雨』を誦み神想観をしながら、半ば諦めていらっしゃるのではないでしょうか。「生長の家」の御教えは、肉体の年齢を問題にしません。その人が永遠の金剛不壊の神様が内にあると信ずる時、その人は何時でも青年であるはずです。

 このことはあなたも先刻ご承知のことでしょう。
 この3つのことを、もう一度反省なさって、いわゆる正念というものを把持して頂きたいのです。病気が長引けば、いろいろ煩悶も湧いてくるでしょうが、迷わずにただひたすら、生命の実相を正観して進んで行って下さい。




死んでも生きても、今、「久遠の今」を生きている

 私の知っているお医者さんに、長井先生という人がいます。長井先生は中年から心臓病になられ、3、4も療養生活を続けられた方です。当時先生は、奈良県医師会の副会長を務めていらっしゃったから、県下の先生方が次々とお見舞いに来られます。そして、先生が激しく発作を起されているのを見て、ある人は、
「この薬を服んでみなさいよ。今度、新しく大学の研究室で作った心臓の薬です。とっても良く効く……」
 長井先生は早速その薬を試される。ところがそうして薦めて下さる先生方は、其々研究法も違って、次第に紹介される薬もいろいろ異なるというわけでした。深切心を受けるために、あれもこれもと薬を服み、注射の方も段々と増えて言って、そうなると注射や薬の副作用があって、そのために発作を起すということになったそうです。

 ところが或る時、長井先生の、お医者さんでないお友達が見舞に来られ、枕元に山ほど積まれた薬や注射のカラを見ると、
「長井君、君は医師でありながら、薬が病気を治すとでも思っているのかね。病気を治すのは生命だよ。君自身の生命だよ。この注射液の中には一滴の生命もありゃしないよ。こんなものを何本も打つから、君の生命はちょっとも働いてくれないのだ。君は心臓が悪い悪いと思っとるが、それは君が死ぬのを恐れとる病気なんだよ。いつも、死にはせんか死にはせんかと思うから、心臓もよけいにドキドキするんだよ。君も戦争に行って一度は死んだ身体じゃないか。今生とる生命は神様から授けられた生命なんだ。あの時死んでおっても仕方のない私であるのに、今日まで生かして頂いて有難うと感謝することだね。長井君、病気は感謝すれば治るんだよ。奥さんにも、子供さんにも、主治医さんにも、看護婦さんにも、そして何よりも君自身を、天地の万物を感謝すれば、そんなに痛い針でつっつかなくとも、必ず治るよ」

 そのように長井先生は教えられたんだそうです。
 こうして、長井先生にはその時魂の転向がありまして、間もなく健康になって退院なさったと、私は先生から伺いました。

 あなたが、医学的には充分な治療を受けながら、一方に於いて信仰によって救われたいと願っていらっしゃるのは、やはりどこかで矛盾していると思うのです。 生長の家では、医学を決して排斥するものではありませんが、あなたが本当に信仰に徹するために、一度思い切って退院なさり、あなたの境遇を改められることが、大切だと思うのです。“百尺竿頭一歩を進む”という言葉がありますが、信仰の世界は常に、この常識から一歩飛び上がらなければなりません。




心でつかんでいるから病気になる つかんでいる心を放て

 ところでこれはもう何年も昔の話になりますが、谷口雅春先生のご講習会が奈良県公会堂で催されました時のことです。ちょうど、そのご講習会を広島の呉から受けに来られた人が、私に話して下さったことです。そのご夫婦がお話して下さったのはこうでした。

「私達は広島県の呉に住んでいる者です。戦前は広島市内におって、昔は五指に数えられるほどの立派なお家でした。でも主人がぼんぼんで、働きが無いものですから、終にお家は没落を致しまして、その広島にもおれなくなって、夜逃げ同然に呉へ移っていったんです。

 ところでそういう貧乏のどん底に遭い、私の心も腐っていたのでしょう。その心のように私の両足は脱疽(だっそ)にかかり、それは世にも恐ろしい病気に取り付かれてしまったのでした。両足が爪先から次第に上の方へ腐っていくので、ちょうど氷の中に両手を差し入れた時のような痛みが、昼となく夜となく私を苦しめ続けました。

 医師は、医療の方法としてはただ一つ、一日も早く太股から両足を切断する以外に道は無いと言います。もし日が遅れると生命は保証できないと、怖ろしい宣告を受けたのでした。しかし、当時の私としては、手術を受ける金なんか一文もございません。多くの人々に迷惑を掛けた私達には、肉親や知人の愛にすがる方策も尽き果てていました。

 こうして、死の世界を当てもなく彷徨(さまよい)歩いていたところを、ある歯科医の先生によって助けおこされたのです。その先生が生長の家の誌友であり、私に、人間神の子病気なしの真理と、自己の心の醜さを教えて下さったのでした。そしてすぐに、夫にも亡き両親にもご先祖にも心から懺悔を致しましたとき、その重病の脱疽がまるで嘘のように消え去ってしまったのです」




心が、自分で自身の心にひっかかることが迷いである

 私はその方のお話を伺いながら、この体験は『生命の實相』のご本のどこかで拝読したことがあるなと感じましたね。その奥さんは語を継いで、
「私は嬉しくてうれしくて、それこそ狂人のようになって御教えを行じさせて頂きました。間もなく開店しました小料理屋が、これが面白いほど流行りまして、それから約10年で、以前の広島市に住んでおりました頃ほど裕福でなくとも、お金は不自由せぬ程度に儲けさせて頂いたのです」

「それはなかなか素晴らしいお話ですね。あなた達が光明化に尽くされたことが、神の祝福となって現れたのでしょう」
 私は感動しながらそのように申上げると、奥さんはまた、
「そうなんです。全く死にもの狂いで尽させて頂いておったんです。でもそれがいつまでも続いていてくれたら良かったんですが、日が経つにつれて冷めてしまいりましてね。そして最近私は子宮癌になってしまったんです。

 前のように、医者は一日も早く手術しなければいけない。放って置くと一年の寿命だと申します。でも私には、病気本来なしということがよく解るのです。あの脱疽でさえ、観の転換によって消えてしまったのですから、子宮癌なんか治らないはずはないと思うのです。そう思いながら、やはり心の底の方では手術を受けたい、手術を受けないと手遅れになるかも知れない、という恐怖心が湧きあがってくるのです。もうこの上は一言、谷口雅春先生に、病気は無いと叱って頂くより外にないと思って、呉からご講習を受けに参ったのでございます」

 一時は私は、谷口雅春先生にお逢いできませんと断っていたのですが、私はお話を伺って、本当に気の毒になりまして、先生の宿舎に案内させて頂いたのでした。

 その時に谷口先生はただ一言、こうおっしゃったのを私はよく覚えております。先生は、
「あなたがね、手術をして欲しいならして貰ったら良いのですよ。病気はどちらにしてもないのですからね」




 なんじ病い無くして病むなり、今起つべし

 このご夫婦のお帰りのとき、私に御挨拶に来られて、
「私ってバカですね。どうして全てをお任せできないのでしょう。あの時は金が無かったから何もかもお任せ出来たのですが、今度は金があるためにかえって迷うのですね」
 と悲しげに笑っていらっしゃいました。

私はあなたにここのところを理解して頂きたいのですよ。過去にどんなご立派な体験をお持ちになっていても、金があったり、恵まれ過ぎていると、ガッチリと生命の実相を把握することが出来ないと思うのです。だからといって、あなたが金を捨て、貧乏しなさいと言っているのではありませんよ。ここの処を誤解しないで下さいね。信仰は己の生命の全機を動員して働かせないと、理解出来ないのではないでしょうか。失礼ですが、昔はあなたはとっても素敵で無邪気でしたよ。今は生命の実相を理屈で解かろうとし過ぎていらっしゃると思います。その理屈を越えた世界を今のあなたは分からないのですか。

この間、谷口雅春先生のご講習会が奈良でございましたね。あの時、奈良の松田徳太郎さんが中風の治癒した体験を述べられました。
松田さんは半身不随で言葉も出ないし、身体も動かせないという重態にありながら、自分の手がけている難治の患者さんがいよいよ退院の挨拶に見えられると、本当の心の底から、「神さま有難うございます!」と涙を零して叫ぶほど嬉しかったと述べていらっしゃいます。

もうあの状態であったら他人の病気どころのさわぎじゃない。自分のことで心が一杯で有るはずなのに、「あの人が治ってくれたのか!ああ嬉しいなあ!」と、純粋に喜んであげられたというのです。この心が「観無量寿経」に説かれている、四無量心であって、その四無量心の展開が、松田さんを中風の世界から引き戻してくれたのだと、思えるのですよ。

あなたも今日まで色々と『生命の實相』を通してお学びになっていらっしゃいました。しかしそれが今日のあなたのお役に立たないというのは、それはみなご自分の信仰であったからなんです。『甘露の法雨』や神想観も、それが仏心を成就するためには、今少し大きな立場に立って世界の平和や人類の福祉のためにお祈りなさってみませんか。
己れ未だわたらざるに一切衆生をわたさんと発願修行する心こそ菩薩であり、その菩薩の道こそあなたをエデンの楽園にお誘いする唯一の道だと信じます。なにとぞ、挫折することなく、ご精進下さることを祈りつつ、筆を置きます。 再拝




第7編  不思悪不思善




  自他一体の自覚

 禅宗の6代目の祖に慧能(えのう)禅師という立派な方がいらっしゃいます。全然教育のない人だったそうですが、信仰については素晴しい天才であって、宇宙の真理を把握していらっしゃったのですね。慧能さんは貧しい家に生れ、薪を売って毎日の生活を支えていらっしゃったのですが、ある日街頭で僧侶が説法をしているのをお聞きになったのです。

それは「金剛経」の講義でありまして、“応無所住而生其心”の説明を聞かれたのです。無所住とは住しない、ということですね。人間は誰でも何らかの立場に立ってものを言っているですね。例えば家庭に於いては夫の立場、妻の立場、親の立場、姑の立場、嫁の立場、こういう立場に立って、ものを考え、ものを言っているから、いろいろな対立や抗争が現れてくるのです。一般社会を見ても政治家は政治家の立場から、事業家は事業家の立場から、大学教授は大学教授の立場から、学生は学生の立場からのみ考えるでしょう。それでは本当のことが判らないですね。自分は理解した積りであっても、全体を観ている知恵が欠けているのです。

だいたい相対的立場に立ってものを考えていては、本当の調和がないんですよ。常に自他一体の自覚に立たなければいけないんです。それが“応無所住而生其心”ということなんです。妙見さんなんかよくこの言葉を唱えて病気を癒すという人なんかあるんですが、それは自他一体の自覚が本当に出来たら、病気がみんな癒るのが当然なんです。




  作仏を求めて、余物を求めず

ところで慧能さんは、この講義を聞いて、これは何と素晴らしい言葉だろうと、すっかり魅せられてしまったんですね。それでいったいこんな教えを何処で教えて下さるんですか、とその僧侶に聞いたら、それはここよりズーッと北の方の揚子江の近くに黄梅山という山がある。そこに弘忍禅師という立派な先生がいるから、その人について習いなさい、と教えてくれたんです。それから慧能さんは十数日かかって黄梅山に禅師を尋ねたんです。すると弘忍禅師は慧能さんの逞しい顔を見て、こやつなかなか見所があると思って、「貴様、黄梅山に何しに来た」と尋ねたんですね。すると慧能さんは直ちに「作仏を求めて、余物を求めず」と答えたと言います。

これがまた素晴らしい言葉ですね。私達が信仰するのもでなければいけません。ただ仏に成るため、それが信仰なんです。病気に癒りたいとか、経済が豊かになりたいとか、子供の成績が良くなるようにとか、そんな余物を求めるのが目的では本当の信仰じゃないんです。人間神の子、仏の子さえ判れば他は全部解決するんです。キリストも、“まず神の国と神の義を求めよ、その余のものは汝等に加えられるべし”と教えています。

よく谷口雅春先生は馬と荷車の例をお話になりますが、真理が先で荷車は後です。“作仏を求めて、余物を求めず”慧能がこう答えると、弘忍禅師は更に、「お前のような南方猿に何が真理がわかるものか」とおっしゃったのです。すると慧能さんは、「人に南北あれども、法に南北なし」と答えています。法とは真理ですね。人間の容(かたち)だけを見るな、真理は一つだということです。教育の有る無しでもなく、財の有る無しでもないのです。私の様な無教育の者には生命の実相の真理なんて悟れない、とおっしゃる方がありますが、一字も知らぬ無学の慧能さんが実に素晴らしい返答をしていらっしゃいます。それで無事入門を許されて、3年後に弘忍禅師より衣鉢を伝えられんです。

それを弟子達が嫉妬をしましてね、慧明将軍といわれた軍人上りの乱暴者が慧能さんを追掛けて行って、峠の上でその衣鉢を奪おうとしたんです。すると慧能さんは、衣鉢を岩の上に置いて、「衣は之れ信、力を以って争う可からず」とおっしゃった。それは、衣鉢というのは信仰の表徴である。力づくで奪うものではない。欲しければ勝手に持って行け、と言ったので、慧明が急いで衣鉢を取ろうとしたんですが、衣鉢が岩にくっついちゃって取れないんですね。

それで慧明がびっくりしたんです。人間は何か常識で割り切れことが起ると、びっくりして信ずる気になるのです。慧明も力以上の信仰の世界があるということが判って、初めて驚いて、「慧能さん、私は何もあなたから衣鉢を奪おうと思って来たんじゃないんです。あなたに真理を教えて頂こうと思ってやって来たんです」と答えました。そこで慧能さんは「不思悪、不思善、仏の現成がこれ本来の面目なり」とおっしゃった。

この不思悪、不思善があなたの本来の面目なんです。面目とは本当の相という事です。人間の不幸は何でも善悪を考えるからいけないんですね。あんな奴が会長になるなんて馬鹿らしい、なんて思ったらそこが地獄ですね。




  失明が免れる

もうだいぶ以前ですが、兵庫県の加古川で練成をやった時に、失明寸前の広瀬欽吾という青年が叔母さんに手をひかれて来たですね。この青年は県会議員か何かをしている父を非常に憎んでいましてね、あんな奴が私の父だなんて思えるか、と反抗しておったのです。それで目が悪くなって、段々と失明寸前にまでなっていたのですね。

ところがその練成で、父を許す気になったんです。不思悪、不思善ですね。それで和解しちゃったんですよ。そしたら帰り道でその目が癒っちゃって、今でも僕が加古川に行くと、必ず青年が出て来てお礼をおっしゃるのですが、これが真理なんです。皆様もこの慧能さんの言葉をしっかり心に刻み込んでおいて下さい。



平成28年3月3日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




             
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


           
 = パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>




2016-03-03 18:32 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第十回>
2016年02月15日(月)





御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」



 
北尾巳代次先生



<第十回>






第3章 健康を生み出す信仰について




第1編  奇蹟の鳩



もうだいぶ以前のことですが、テレビのデズニ―・ランド・シリーズで「奇蹟の鳩」という映画を見せて頂きました。詳しいことは忘れてしまいましたが、話はある不幸な少年の物語であります。

彼は数年前野球の滑りこみをやって、腰を痛め、それ以来両脚麻痺の為歩くことが出来ないのです。病院での治療もはかばかしくなく、ついに彼は、この不遇な体を一生車椅子の上に托して暮さねばなりませんでした。少年はその心の悲しみを紛らせるために、数羽の鳩を飼い始めました。そしてこれらの鳩に一つの夢を託したのです。それは伝書鳩の長距離レースに莫大な賞金が懸けられていることでした。少年の鳩がもしこのレースに優勝することが出来るならば、少年はワシントンに在る有名な病院に入院して最も新しい治療を受けることが出来るからなのです。

この映画の主役はピッチと呼ばれる一羽の小鳩なのです。発育不良のためにまさに死のうとしている雛を、この少年は深い愛の心で立派に育て上げたのです。そしてこの愛に報いるために、ピッチはこの長いレースに出場して、あらゆる困難と闘いながら飛び続けるのです。ところがいよいよ成功と見た直前に、一羽の鷹のために傷ついて斃れるのでした.全身に血を流しながら必死になって少年の家に戻って来ましたが、ついに力尽きて、屋上のベランダの上に落ちたのです。すると突然一匹の野良猫がこの傷ついた鳩の血を嗅ぎつけて近づいて来ました。

少年は懸命に車椅子を押して、そのベランダに渡ろうとして、過って2階から転落して仕舞いました。でも少年は自分のことにかまっていられない。愛するピッチが今まさに猫に食われようとしている。それを一刻も早く助けなければならない。少年はパッと跳ね起きると、両脚の麻痺を忘れて、ベランダにかけ登ったのです。そしてピッチをしっかり両手を抱き上げた瞬間、少年は今自分が奇蹟を現わしていることに気が付きました。少年の両脚はそのとき、完全に癒やされていたのであります。

この映画はデズニ―が描いた単なる夢物語であったかもしれない。でもこの様な神癒が当然起り得ることは、生長の家の信仰を持つ人達には確信できると思います。少年の病名はこの映画では明らかにされていませんが、彼は確かにこの瞬間病気という現象を超えました。

道元禅師が常に“心身脱落、脱落心身”と教えていますが、この病んでいる肉体も、さらにその病んでいる肉体を何とかして癒したいという悩みも、少年はあの転落の瞬間に完全に滅却して、ただピッチに対する献身的な愛に徹しきったのに違いありません。

大体病気をいうものは、人間は病み朽ち果てるものという人類の通念に基づいておこっています。例えば現在は癌や脳出血恐怖症の時代といわれます。毎日のように新聞、テレビを通して新しい病気に対する知識が教え込まれます。癌の早期発見や高血圧の諸々の症状について詳しく説明さればされるほど、人間はその病気に対する感受性を強めてまいります。そして恐怖心は次から次へと患者の数を増加してゆくようです。

いつでしたか、「リーダーズ・ダイジェスト」に、ある病院長が「私の病気を訪れる患者の70%は、本当の高血圧ではなく、高血圧恐怖症である」と書いていましたが、あらゆる病気は全てこの傾向にあるのであります。

“人間は病むべきもの”という人類意識は予想外に強いですから、『生命の實相』の2へんや3ベンの読み方では、人間神の子の自覚は勿論、さらに病気を超えることも至難の業です。

 正月の見真会で奈良高の高木先生が、『放送人生読本』の40何回目を今読ませて頂いていると話されましたが、それ位一貫した熱意があってこそ、行間にもられた尊師の深い熱意が、初めて理解させて頂けるのではないでしょうか。

 うんこの中にも神様がいらっしゃる、とおっしゃった先生がありますが、うんこだけじゃない。有りとしあらゆるもの、生きとし生けるもの悉く神の生命ならざるものはない、ということが解ってこないと、本当の有難さは出てきません。皆様はお便所の中で合掌なさったことがありますか。否、お便所だけではない、電車に乗っても、道を歩いていても、常に合掌出来る人になりたいものです。生長の家に来られても不平ばかり洩らしている人がありますが、生命は悦ばせてあげないと病気は治りません。

 いつでしたか天理教の常岡一郎先生の随筆をちょっと読ませて頂いたら、なかなか面白い会話が書いてありました。生長の家とちょっと説き方が違いますが、真理は一つですから次にご紹介致しましょう。文章は原文と多少違っていますが、私の記憶の違いですからあしからず。

「先生、私の家内が病気で死にそうなんです」
「それはお可哀そうに、早速行ってあげたいが今日は忙しいから駄目ですね」
「先生、そんなこといわず是非来て下さい。家内はきっと死んでしまいます」
「それは困りましたね。いったい誰が奥様の生命をとりに来るのですか」
「先生、それは神様でしょう。神様に違いありません」
「そうですね。神様でしょうね。すると私は奥様の味方をしに行くのですか。それとも神様の味方をしにゆくのですか」
「それは家内の味方になってやって下さい」
「すると神様と闘うのですね。いやですね。神様と闘ったら神様に嫌われますよ」
「それはそうでしょうけれど、そこを何とか助けて下さい」
「困りましたね。私が奥さんの味方になって神様と闘っても、いったい私と神様とどちらが強いと思いますか」
「それは勿論神様の方が強いに決まっています」
「そしてら、私が味方しても負けるんじゃありませんか。私は神様に嫌われるのはいやですね」
「先生、そこを何とかして下さい」
「それじゃ行きますが、私は奥さんの味方はしませんよ。あなたには悪いが、私はやはり神様の味方をします。あなたの奥様が何で神様に嫌われているかを神様に伺って、奥さんを叱りますよ。お前のここが悪い、あそこが悪い、と神様の代りに叱ります。神様の好かれるような人間になるよう改めてもらいます。いいですか。私は神様の味方になってあなたの奥さんを叱りに行くのですよ。それでもよいですか」
「結構です。先生しっかり叱って下さい。頼みます。私達夫婦は神様に嫌われるようなことを一杯して来ているのです」

 話はまだ後に続いているのですが、だいたいお解りになったでしょう。天理教では病気は神のお気付け、と教えます。生長の家では病気は本人の心の影だといいます。しかしどちらも方便であって、人間の本質は神様の生命なのですから、神の子、仏の子の自覚に徹して、心の不浄を取り除けば、健康になるのが当然です。何も神様が怒って人間を病気にするなんてことはあるはずがない。人間の方が勝手に腹を立てたり、悲しんだり、苦しんだりして、神様の愛と波長を合わされないために病気になったり、不幸になったりするのであります。

 私達が信仰させて頂くのは、神様に自分の願いを得心させて助けてもらおうという事ではないのであります。この少年のように、自分の肉体のことなんかすっかり放してしまって、あなたが持っている深い深い愛の心を魂の底から呼び出してくることなのです。その時あなたは神様と一つになることが出来るのです。奇蹟の鳩は何時でもあなたの周囲に、今も飛び続けているのであります。そのことをもう一度よく考えてみましょう。




 
第2編  ある病人への手紙



 合掌 有難うございます。さて、早速ですが、承ればあなた様は最近脳溢血の発作を起し、以来不自由なお姿でお寝みなっていらっしゃるよし、早急に御見舞伺うはずですが、とりあえず書面を以ってお伺い申上げます。平素はことのほか健康に恵まれたお方だけに、病気に対する悩みも一入のことと存じ上げます。中風は決して不治の病ではなく、必ず治癒するものでありますれば、不要な取越し苦労や恐怖心を棄てて、この時こそ神想観や『甘露の法雨』を読誦することに専念せられるが肝要と存じます。

 あなたも既にご承知かと存じますが、奈良の平野初造講師や、松田徳太郎講師もそれぞれあなたと同じように中風の発作を起し、一時半身不随を経験せられたことがありました。さすがに篤信の方々だけに、いずれもなんらの症状も残さず、短期間に全快していらっしゃるのであります。平野講師の場合は確か谷口雅春先生のご講習の前々日だったと思います。荻野講師、諏訪講師とご一緒にお伺いした時に家族の方々が右往左往していらっしゃって、なにかしら異常な気配でした。

「平野先生は」と言うと、「父は今中風の発作を起して寝ませてあります」と息子さんが心配そうにおっしゃったのです。早速病室に通りますと、先生は氷嚢を頭の上に乗せて座椅子に坐っていらっしゃいました。
「妙だな、急に力が抜けて、一種の中風やね。しかし負けへんで。病気はここが大切や、ここで負けたらあかん。病気は無いね。頭がぼけて何か解らんようになるけど、直ぐ癒るよ」

 とちょっと解り難いことばでおっしゃったが、私たち、さすがに偉いものやな──と思ったのです。そうして先生は15日目には姫路の講演に行かれたですね。こんな話を書くとそれは先生の病気が軽かったのだ、とお考えになるでしょうが、本当は病気を軽くするのも重くするのも、その人の受取り方に在るのであります。恐怖心を持てば癒るべき病いも不治症に追い込んでしまいます。

 谷口雅春先生の『無門關解釋』のご本の中に大力量の人、何によってか、足をもたげ得ざるという公案があります。大力量の人とは大力無双(たいりきむそう)の双葉山みたいな金剛力士ですね。こんな力士でも一本の紅木綿の糸に心が引っ掛かったら、自分の足を持ち上げることが出来ないということです。『生命の實相』の中に、鶏の催眠術のことが書いてありますが、縛られていると思えば白い紐を目の前に置くだけで鶏を縛ることが出来るのです。人間は本来大力量の人なのです。それがあなたのように誰も縛るものがないのに自由を失っていらっしゃるのですよ。

 私がこんなことを申上げると「それは先生が健康だからそうおっしゃるのです。もし先生でも病気になれば、私のようになりますよ。私は中風で痺れているんだから、いくら動かそうと思っても動かないのである」と抗弁(こうべん)せられるでしょう。しかしそれが無明(まよい)なんです。あなたは未だかって一度も中風の発作を起したことなんてないんですよ。中風はあなたの記憶のなかにそう思っているだけで、その思いがあなた自身を縛っちゃっているんです。いつも聞いていらっしゃるようにあなたの実相は神の子であって自性円満であるということです。それが五官の感覚に惑わされて、あなた自身の本性を見失ってしまわれたのですね。

 臨済宗の祖、臨済禅師は、常に、
「赤肉団上(しゃくにくだんじょう)に一無位の真人あり、いまだ証拠せざるものは看よ、看よ」
 と教えています。

赤肉団とはこの肉体のことです。人間はただ赤い肉の塊りじゃないぞ、さあ目を開いて、神なる実相を観よ、と教えているのです。眼を開かざれば有れども観えず、です。

 いつでしたか平野先生から伺ったのですが、先生のご近所に高校の柔道の先生が住んでいらっしゃるそうです。奥様はいつも、自分の夫は柔道の先生だから、泥棒なんか恐くないと、安心していらっしゃったんです。ところがある夏の晩に、この家に泥棒が入ったんです。最初に奥様が気が付いて、驚いて「あなた、泥棒です。目を開けて下さい」と起したんです。それで夫が目を覚ましてみると、泥棒が頭の上に立っていたんですね。それが物凄く大きく見えて、ご主人の身体が、ガタガタ震えちゃったんです。それで今度は奥様がびっくりして、
「なに震えてるんですか、あなたは柔道の先生じゃありませんか」と言ったんですよ。するとご主人は自分が柔道の先生であることに気が付いたのです。すると震えがピタリと止っちゃって、「コラー!」と大声を出したら、泥棒の方が腰を抜かして逃げてしまった、という嘘のような本当の話があるのですよ。

大力量の人何によってか足もたげ得ざるか、解るでしょう。彼がもたげざるなり、と禅宗では教えています。ところで谷口雅春先生の『真理の吟唱』をひらいてごらんなさい。何の項を見ても皆、人間は神の子無限力と書かれています。あれだけ力強く書かれているのですから間違いのあるはずはないのであります。あなたに今如何なる症状が現れていようと、あなたは神の子で、中風ではないんです。ただあなたが信ずる心が足りないのです。キリストは病気を癒し得ない弟子に、“汝、信仰薄き者よ”とたしなめていられます。また“芥子種(からしだね)ほどの信だに有らば、此の山の彼処(かしこ)に行きて、海に入れと言わば入らん”と仰せられています。この信さえあればあなたが自由自在の境遇に入ることは何の造作もないことなのです。

 たしか一昨年の3月でしたか、大阪貝塚の田上斗丸さんという中風のおじいさんが、奥様に手をとられて、奈良県の見真会に見えられました。ところが僅か2日間でしたが、話を聞いていられて大変感銘を受けられたんです。人間は神の子だ、何と有難いことか、何という勿体無いことか。ああ自分で生きてるのではなかった。神仏に生かされている生命であった。このまますでに浄土に救われている吾が身であると、悟っちゃったんです。

あの舎利弗(しゃりほつ)が釈尊の「法華経」の説法を聞いて、
「我昔、仏に従いて、かくの如き法を聞き、諸々の菩薩の授記作仏(じゅきさぶつ)を見しかども、しかもわれらはこのことに預らず、はなはだ自ら如来の無量の知見を失えること感傷せり。……しかるに今仏に従い奉りて、いまだ聞かざるところの未曾有の法を聞きて、諸々の疑侮を断じ、身意泰然として、快く安穏足ることを得たり、今日すなわち知んぬ、真にこれ仏子なり」と答えた心境ですね。

舎利弗ほどのお弟子さんでも、尊い真理にふれていながら、その真理を理解し得ず、自己が既に如来である知見を見失っていたが、いま「法華経」によって、はじめて疑いの心や迷いの心を棄て、われ神なり如来なりの自覚をいただいて、身も心も安穏なり、と喜悦の心を表現しているのであります。田丸さんのその時の心境はこれに似たものであったのでしょう。考えてみると生長の家は実に素晴らしいですね、舎利弗が何十年かかって体得した悟りを僅か2日間で把ませてくれたんですね。

2日目の夕食の時でした。隅の方で奥様と食膳に坐っていた田丸さんが突然、その麻痺した方の手を高く差上げまして、「ああ動く動く、手が上る、手が上る」と言って泣きだしてしまったんです。一緒に食事をしていた者が、もう皆拍手をするやら、立ち上がるやらで、もう大変なことでした。こうした体験を目の当たりにすると、病気はないということを信ぜざるを得ないのです。私はあなたにここのところを解って頂きたいのです。

 私はあなたが中風であると伺うと、亡くなった父のことを思い出すのです。私の父も1年近く半身不随でした。初めなかなか生長の家の信仰に入れなかったのですが、しだいに私の読む『生命の實相』に耳を傾けてくれるようになりました。

 或る時私は父にこう言ったんです。
「お父様のその麻痺した手も足にも神の生命が平等に通うているのですよ。だから腐ってこないでしょう。ただ心が通っていないのですよ。心さえ通れば、心の命ずるままに動くようになりますよ。60年近くお父様の心の通りに素直に動いてくれたのですから、今手足が不自由だといって不足ばかり言わずご苦労さんご苦労さんと感謝の心で毎日マッサージしてご覧なさい。きっと心が通じて、動くようになりますよ」

 父はそれ以来毎日その麻痺した手や足に感謝しながら擦っていましたが、やがて不自由ながらも歩けるまでに恢復してくれましたよ。私はその点父は素直な良い人だったと思うのです。病気が癒るためにはこの素直な心と明るい心が大切なんです。あなたも一つ暗い心を棄て明るく感謝の心で本当の“生命の実相”の勉強をして下さい。私も毎日あなたの実相を観ずる祈りをさせて頂きます。ではお元気で。 再拝




第3編  信念を強めよ




まず自己を尊ぶ

 本年は皇紀2624に当たり、不老不死の年と読ませて頂きます。従いまして生長の家の真理である「永遠生き通しの生命」を自覚させて頂く年でもあります。人間を肉体であると観ずに神の最高完全な自己実現として、まず自らを尊ばせて頂かねばなりません。私たちが神の最高の顕現でありますならば、私たちの思うことが一つとして成就しないはずはないのであります。もしそれが思いと違って成就しないとすれば、どこかに自己卑下の思想がわだかまっているのではないでしょうか。

釈迦は生まれると直ぐ「天上天下唯我独尊」と宣言されたそうですが、これは独り釈迦岳の思いではなく、全人類を代表して、私たち生命の実相を最も簡潔に表現して下さったのであります。




   幼児の直感

先日、読売新聞を読んでいると、あの殺人魔の西口彰が僅か10歳のるり子ちゃんという児童の直感に見破られて、捕まっている記事がありました。あの時、るり子ちゃんが、初対面の男を西口だ、間違いないと指摘しても、ご両親はなかなか信じられなかった。何故信じられないかというと「まさか、こんな田舎に西口が来るはずがない」と決めてかかることと、西口が弁護士のバッジを付け、弁護士手帳をチラチラとさせていたからだそうです。この点るり子ちゃんには、そうした配慮や、バッジを見ないで、偽装の奥にある西口をスーッと直感しているのであります。

私たちの現象の生活にも、これはしばしば当てはまる問題でありまして、子供の成績が良くないとか、娘が年をゆき過ぎているとか、資金が思うようにまわらないとか、そのほか、いろいろの現象上の問題に引っ掛かって、甘いこといくはずがないと決めてしまう場合が多いのであります。ところが心で決めると、決めた通りになる、と谷口先生が教えて下さるとおりに、私たちの疑心暗鬼は、案じた通り適中することになり易いのであります。心配すれば心配した通りになるということは真理なのですから、何が起ってこようとも、取越し苦労は一切しないことです。




  何故肺炎は癒ったか

 先日兵庫県の新定町に寄せて頂いたのですが、そこのお世話を下さる岸本林次郎様といわれる方は、なかなか素晴らしい信念の方でして「私は戦時中は青年の指導員なんかやりまして、学生を連れて約2町半ほど開墾をやったのですが、開墾は開魂精神であるとか、何とかいって、山頂に開魂神社を建立、早朝灯明を点じ、日の丸の旗を立てるために1年半も通ったものです。

 その頃疲労から肺炎になりまして絶対安静を命じられたのです。その時に私は、この国家の非常時に敵弾に屍をさらすならよいが、肺炎なんかで死ぬことがあれば、国家に対して誠に申訳ない、もし死ぬようなことがあればその前に腹をかき切って陛下にお詫びして死のう、と思いまして日本刀を枕元に置いて寝んでいたら、翌日になると、その肺炎が忽燃と癒ってしまいました」と言われましたが、その時は別に生長の家をご存知なかったのです。けれども立派に国粋精神で死の恐怖を乗り越えられたのです。

 病気が良くならないというのは、大抵死の恐怖心が災いしているのです。死んだらどうしよう、妻子がどうするであろうかと、色々取越苦労を致しまして、心を転倒させるからなのです。寿命なら死んでも仕方がない、と決心するなら案外難しい病気も消滅するものなのです。

考えてみると私たち肉体は神様が造って、自動修復装置を備えた素晴しいオートメーション的機械なのです。故障があると、自動的にそこにスイッチが入って修復されるようになっているのです。ちょうど電気冷蔵庫が温度が上ってくると、自動的にスイッチが入って温度を調節する様にもっと正確に働いているものです。

 けれども冷蔵庫が自動的にスイッチが働くためには電源に、繋がっていなければならないでしょう。それと同じ様に私たちも電源である神様にしっかりと繋がっていなければなりません。この電源に繋がる法が神想観であって、私は神の子であるという自覚なのです。病気をしている人も、人間神の子完全円満と思いなさい。経済的に行き詰まっても、人間神の子、必ず良くなる、と唱えなさい。子供が進学するなら、子供は神の子、神が絶対に良くし給う、と念じなさい。この祈りに答えるように、神は全知全能の力を傾けて最善の道を開き給うのであります。皆様のご多幸を心からお祈り致します。(この項、昭和39年)



平成28年2月15日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




            
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            = パワーアップバージョン =


< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



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(お知らせ)

合掌、ありがとうございます。都合により明日16日から約10日程、記事更新はお休みさせていただきます。 再拝





2016-02-15 18:33 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.31
2016年02月14日(日)







開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.31





[1504] 大閑人マサノブ君、「枯れ松模様」で“評論家”気取り! この辺が彼の限界か?

板東太郎  - 2015年12月19日 (土) 17時46分


大閑人マサノブ君がまた書いている。性懲りもなく、三流評論家である事を全く意識せずに書いている。題して「イスラーム国の問題を考える」―――


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「枯れ松模様」平成27年(2015年)12月 8日  =イスラーム国の問題を考える=(概要)

 ・・・世界中で“ムスビの働き”に逆行するような、おぞましく悲しい事件や変化が矢継ぎ早に起こっていることに、私は胸をいためている。これらは、相互に関連し合った出来事で、そのもとを辿れば、十字軍の遠征にまで遡ることができるかもしれない。 ・・・ISISは犯行声明を出している。止まることのない暴力の連鎖が、世界に広がりつつあると感じるのは、私だけではあるまい。この流れをどこかで止め、逆転させなければならない。そのためには、世界を“悪”と“善”、“敵”と“味方”に二分して、前者の殲滅を目指す考え方をやめなければならないのだ。・・・テロが生まれた背景を理解し、その原因を取り除く努力をすることにより、彼らが「テロ」という極端な形で意見表明をする必要をなくすべきなのである。 ・・・
 そういう問題意識のもと、生長の家の“森の中のオフィス”では、本部講師と本部講師補の勉強会である「BBC(brown bag cafe)」で、去る11月27日にISISの問題が取り上げられた。この勉強会では、特定のテーマについて1人の本部講師(補)が発表し、他の本部講師(補)との質疑応答の後、最後に私がコメントをすることになっている。・・・宗教者として世界情勢を考えるためのポイントを、意見交換の中で見出すことが目的である。 私はその日の発表で不十分だった2つの視点について語った。それは、@イスラーム内部の宗派対立、Aインターネットなどの技術革新、という要素だ。これらについて『TIME』誌の11月30日〜12月7日合併号が、よい分析記事を掲載している。英語の読解力のある人はぜひ、この14ページにわたる記事を読んでほしい。・・・しかし、ISISによるロシアの旅客機爆破とパリでのテロ事件により、西側諸国がロシアを味方に入れ、団結してISIS掃討に当たることになれば、状況は変わってくる可能性もある。  谷口 雅宣




「枯れ松模様」平成27年(2015年)12月10日 =イスラーム国の問題を考える (2)=(概要)

 私は11月27日のBBCで、ISISの問題を考えるには、イスラーム内部の宗派対立の問題以外にもインターネット等の技術革新の要素を見逃してはいけないと発言したが、これについては、『TIME』誌の同じ記事は、こう描いている・・・先進諸国に居住する若者はISISのリクルートの対象になりやすいと言えるだろう。・・・では、先進諸国の若者は皆、潜在的にISISのメンバーとなりやすいのか? ここで、先進諸国内部での経済や雇用などの社会問題が重要になってくる。「自由・博愛・平等」が国家の理想として掲げられているフランスにおいて、あるいはそれと似た価値観(西側の価値観)を掲げるベルギーやドイツやイギリスにおいて、イスラーム系住民は実際、どういう境遇にあるのか? 経済の停滞と貧富の格差拡大、また宗教上の有形無形の差別の問題が、この文脈で重要になるだろう。 フランスの文化政策については、『TIME』誌は「世俗主義」が徹底していると述べている。フランスでは植民地時代から、学校というものが「フランス文化を学ぶ場」として位置づけられているからだ。フランス社会への敵意が生まれたとしても不思議ではない。・・・12月6日付の『朝日新聞』は、興味ある観察を掲載している。過激化問題の専門家は、こういう若者がテロに向かう理由についてこう述べている−−「テロは彼らにとって反社会的な行為、“非行”の一つにすぎなかった。今回のテロは、宗教というより、そもそも自分が何者であるかという若者の意識の崩壊の問題だ。」 2つの祖国をもつ若者が、その一方の社会から何かの理由で疎外される。しかし、もう一方の祖国のことはよく分からない。が、親の国だから“悪い国”だとは思えない。そんな時、“新しい祖国”(親の移民先)に叛逆し、“古い祖国”(移民前の国)に魅力を感じることは不思議でないだろう。そういう「自分は何者か?」を疑う不安定な心に、インターネットなどを通じて「ここに理想的生き方がある」というメッセージが流れて来れば、そこへ引かれていく若者もいるだろう。  谷口 雅宣




「枯れ松模様」平成27年(2015年)12月12日 =イスラーム国の問題を考える (3)=(概要)

 11月30日〜12月7日の『TIME』誌には、アルジェリアの新聞の編集者、カメル・ドード氏(Kamel Daoud)が何がISISを生んだかについて、簡潔な文章を書いている・・・父親はジョージ・W・ブッシュ大統領時代のアメリカであり、母親はサウジアラビアだという。・・・ドード氏が「ISISの“生みの親”」の1つがサウジアラビアだというのは、過激化するイスラームの若者たちの世界観は、ワッハーブ主義の影響だという意味だろう。・・・自国民がテロをする可能性が生じると、為政者は普段から自国民を監視することが重要になるため、電話の盗聴やメールの監視、ネット上の言動監視など、自由民主主義の原則と矛盾する活動を国家が大々的に行うことになる。しかし、これをどんなに厳格化しても、全国民を継続的に監視することなどできないから、監視の間隙を縫って、テロが起こる可能性は依然として残るのである。 
12月9日付の『ニューヨークタイムズ』国際版によると、・・・かつてパキスタンの米国駐在大使だったフセイン・ハッカーニ氏(Husain Haqqani)の表現では、「彼らの教えには、“イスラーム信徒には世界を導く使命があり、腐敗した西洋諸国に立ち向かう必要がある”という考え方が色濃く存在する」という。 
・・・今回の事件はISISの指示によるというよりも、容疑者らが抱いてきた過激思想がテロとして表現される最終段階で、ISISの思想と合流したと見るべきかもしれない。そのISISの思想とは、宗教的にはいわゆる“終末論”にもとづくもののようだ。ザルカウィ氏はこのとき、アメリカのイラク攻撃を「祝福された侵攻」と形容し、喜んだとされる。つまり、アメリカによるアラブ攻撃は、西側諸国をイスラームとの最終戦争に引き込むために必須とされていたのだ。  谷口 雅宣



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<講評>

@ 上記「枯れ松模様」の文章は、ISIS(通称・イスラム国)についての、「唯物現象論」と言う立場に立ってのマサノブ君の寄せ集め的評論文でしかないのである。「朝日新聞によれば・・・」、「ニューヨークタイムズ国際版によると・・・」、「BBCでは・・・」、「TIME誌では・・・」と云った風にマスコミに掲載された記事の紹介に終始してマサノブ君自身の「国際関係論」に基ずく確固とした考え方を書いていない。彼自身にはこの問題を扱うには荷が重すぎ、深い思考が不可能だからである。


A マサノブ君はISISが一般的には「イスラム国」と呼ばれていることは承知しているに違いない。だけど、どう考えたって「イスラム国」は国家ではない。無理に「国家」と思ってしまっているのが世界の現状とするならば、「イスラム国」は国家ではない、単なる暴力団でしかないことを強調すべきなのに、マサノブ君はそれをしない。『御教え』に依れば、国家にはそれが成立する「国家理念」の存在があり、その理念の展開が現実の国家である。単に一定地域の土地と人間の安全保障のための共同体ではない。だから、「暴力略奪国家」という国家理念は実在の世界にはない。だから、「イスラム国」は“国”という言葉を使っているが「国家理念」の展開による“国家”ではない、とマサノブ君はまず断定しなければならない。だけど彼はそれをなさないのである。


B 実在世界に於ける「国家理念」の中で唯一最高の「国家理念」は「天壌無窮」の国家理念である。この最高最尊の「天壌無窮」の国家理念の天降りによって地上に形成されたのが、吾が「日本国家」である。だから、同じ人間でありながら、日本国に生まれた日本人はお互いにその幸運を感謝しなけばならない、とマサノブ訓は先ず信徒に語りかけてこそ、教えの継承者と言えるのである。そして、開祖・谷口雅春先生の「生命的国家論」を説かなければ、たとえ自称・継承者といえども落第生である。現在の「マサノブ教」に於いては久しく「生命的国家論」は説かれなくなったのである。誌友会出講講師でも説く講師はめったにお目に掛かれない。最高の真理を教えられているに拘わらず何たる無様であることよ。マサノブ君の著書「生長の家ってどんな教え、――−問答有用」でも「生命的国家論」については全く触れてはいない。マサノブ君は「国家は生命体」とは考えていず国家を意味嫌っている、――サヨク思想家と同じ視点に立って国家否定の価値観を共有しているのである。ゆえにマサノブ君は「愛国心」も否定しているのであります。日本国家あって始めて、今の優雅な宗教貴族生活が送れているのに・・・


C 開祖・谷口雅春先生の『御教え』によれば、日本民族の使命は、「真理国家」の建設である。その根拠は「天壌無窮の国家理念」にある。よく言われる「道義国家」の考え方も「教育勅語精神」も「福祉国家」の考え方もこの「真理国家」の範疇に入っているのである。そのためには「唯神實相」を深く理会して「人間神の子」思想を潜在意識の底まで浸透させていかなければならない。此処まで、現代人に分かるように説かれたのは、開祖・谷口雅春先生おひとりである。教えの継承者ならばこのことをもっともっと信徒の皆さんに説き続けなければならない。しかしマサノブ君は開祖反逆の道を進んでしまったのである。


D 宗教家は評論家であってはならない。マサノブ君は完全な評論家である。しかも屁理屈好きの三流評論家である。彼には宗教的素養も真理に対する真剣な求道心さえもない。だだあるのは飽くなき名誉欲、金銭欲、独裁権力欲しかない。それにパソコンで自分がこんなに物知りであるぞと自慢したいだけだ。「朝日新聞によると・・・」、「TIME誌には・・・」ではなく、「開祖・谷口雅春先生の『御教え』である『生命的国家論』によれば・・・」でなければならない。『生命的国家論』に反旗を翻すようでは教えの継承者の資格はない。「生長の家」の看板を返したまえ。この様な意味で今回の「枯れ松模様」の「イスラーム国の問題を考える」の内容は宗教的観点から考えると全く体をなしていない。低級な屁理屈三流評論家の域を出るものではないのであります。マサノブ君の辞職を望むものである。





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[1516] この投稿文に異議あり! 「マサノブ教」青年会は明かに「親中・反日サヨク」思想でマサノブ君と同じである! 「生長の家青年会」と名乗るべからず!

武蔵坊弁慶 - 2015年12月20日 (日) 19時11分


この投稿文に異議あり! 「マサノブ教」青年会は明かに「親中・反日サヨク」思想でマサノブ君と同じである! 「生長の家青年会」と名乗るべからず!


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「トキ掲示板・部室板/4」

941 :神戸教理探究者 :2015/12/20(日) 13:02:49 ID:5/x0W7nI


繰り返しますが、尖閣諸島は、歴史的には、台湾の一部です。そもそも、中国の脅威の大部分は、ねつ造です。中国が東シナ海の日本の天然ガスを盗掘している、という事実はありません。中国は、日中中間線(日本側の主張する境界線)の中国側、つまり、日本も中国のEZZとみとっめている領域で採掘しているのです。


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<講評>


@ 「日野智貴」君も「神戸教理探究者」君も、「非生長の家マサノブ教」の兵庫青年会の一員である事は確かである。両者は=の可能性も濃厚。「生長の家兵庫青年会」は完全にサヨク化してしまったのである。何しろ、妹尾、岡本という二大茶坊主教化部長によって「マサノブ讃仰青年会」に脱皮変身したのであるから。


A 『尖閣諸島は、歴史的には、台湾の一部です。そもそも、中国の脅威の大部分は、ねつ造です。』なんて、日本の社会では通用しないし、歴史的証明に完全に反している事が、「神戸教理探究者=日野智貴」君には判っていないのである。完全に新中国の立場に立った反日的発言である。


B 親中反日のサヨク青年である日野智貴君は、今まで「司法ファッショ」とか、「戦争法案」と言うコトバを頻繁に使用している。それと今回の「神戸教理探究者」君の親中反日の投稿文の内容は思想的には全く同じである。中国側の「海底天然ガス油田」は海底では日本側につながっていることは明らか。だから『盗掘』なのだが彼らにはこのことが分かっていないらしい。「そう云う事実はありません」と断言しているのだが、断言する自信の根拠を明確に示さずに云っているに過ぎない。幼稚過ぎるアタマの構造には開いた口が塞がらない。


C 「神戸教理探究者」君に問う。君のHNの『教理』とは、一体何を指しているのか? 開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」の教理なのか? それとも換骨奪胎したサヨク思想の「マサノブ教」の教理なのか?この際ハッキリさせたまえ! 小生は後者であると考える。どうかね?


D 「トキ掲示板」では誰も反論していない。「トキ管理人」氏も書き込み自由・検閲しないという大方針で親中反日の「マサノブ教サヨク青年会」の主張を認めているのである。この様な投稿記事は明かに「生長の家」の思想を混乱させる目的の一種の“思想アラシ”である。兵庫青年会が「天皇国日本の實相顕現」を運動目標に掲げぬ限り、明かに「親中反日サヨク青年会」である事は間違いないのである。兵庫青年会は完全な『御教え』の不勉強である。神戸教理探究者=日野智貴君、もう一度『御教え』をシッカリと勉強してから出直してきなさい。





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[1526] マサノブ君の開祖否定の発言特集――― こんな総裁もう要らぬ、信徒の総力挙げて完全追放だ“!

塚原卜伝 - 2015年12月21日 (月) 18時44分


●「自分のやって居ることは、雅春先生から叱られる! ⇒ そして、ニヤット笑った
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4271


● 生長の家=開祖・谷口雅春先生ではない!(『小閑雑感』平成16年8月12日)

「谷口雅春先生の著作を深く研究すればするほど見えてくるものは、<谷口雅春>という歴史上稀有な人物の人となりが分かるのであって、<生長の家>が見えてくるのではありません。生長の家=谷口雅春という安易な方程式は、雅春先生ご自身が否定しておられるのを忘れないでください。」


● ブラジル青年大会の時の発言、―――

「谷口雅春は僕の祖父でありますが、彼は彼なりの説き方をされたが、やはり<神>ではないので、(僕は)各所にその欠点を見出し、それを訂正したり廃刊にした書物もあります。私は私なりに現代人を<救済する義務>があるので不要なものは処理したのです。」と。



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<講評>


@ 上記発言は、現在のマサノブ教の実態からすれば、その通りになって来てしまった―――

1、 「生長の家」立教の使命と目的を完全放棄し、環境問題に“特化”したのみならず、具体的運動方針を個人の趣味に従って「オーガニック菜園部・自転車部・クラフト倶楽部」という宗教貴族の優雅な“お遊び”運動を掲げるに至っていること

2、「マサノブ教」は「生長の家・教規」の最重要規定に完全違反をなしていること。特に重要な「生長の家」存立基盤たる第五条・第六条・第八条に違反していること

3、教え親の開祖・谷口雅春先生に対する“焚書坑儒”(御著書の絶版化と御高弟の原理主義者としての追放)が断行されたこと

以上の3点がマサノブ君の絶対的独裁権力の行使によって成し遂げられ、冒頭の「マサノブ発言」が完全遂行されているのである。


A マサノブ君はニセの法燈継承者となり、中身は「非・生長の家マサノブ教」でありながら、依然として『生長の家』という看板を使い続けている。この所作は宗教家の完全な“名称サギ行為”である。


B マサノブ君自身、自分の行いは「雅春先生の意に反した反逆行動」である事をよく知っている。だから彼は「雅春先生に叱られる」と云ったのである。そして“ニヤリ”と笑った。彼は、この常識では考えらぬ「反開祖」の行動をむしろ快感を感じて楽しんでいるのだ。


C マサノブ君は理屈は言えても、真理に対する真剣な求道心なんてコレッポチもない。自称・宗教家の肩書きなんてナンセンス! また「マサノブ教」という別派として独立する勇気も信念もない。なぜならば、彼の今の立場と行動は、正統な「生長の家」の<獅子身中の虫>であり、信徒の浄財を独裁権力で自分の趣味実現に費やし、宗教貴族として優雅に暮らすことだけに専念しているのが実態である。寄生虫的存在である。


D こんな総裁なんてもう要らない。茶坊主幹部は頼りにならない。是非とも信徒の力で追放すべし! そのための信徒が出来る最大の武器行使は、「聖使命会費」の一時奉納休止と「マサノブ講習会」の不参加を実行に移すことである。





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[1546] マサノブ君、君はどう考える、――― マッカーサーの矢つぎ早の『日本弱体化指令』

上泉信綱 - 2015年12月23日 (水) 17時45分



マサノブ君、君はどう考える、――― マッカーサーの矢つぎ早の『日本弱体化指令』



反日サヨク思想を持つマサノブ君、本日(12月23日)君からすれば「悪い新聞」(良い新聞は「朝日」)である産経新聞第3面に掲載された「マッカーサー、矢つぎ早の日本弱体指令」というタイトルの記事、―――これには「物で栄えて心で滅ぶ現代日本」の戦後の国民精神意識がいかに醸成され、強化され、戦後70年を経て日本社会のあらゆるところで絶対多数の日本人の精神を蝕んできたかについて、その根本的原因を巨視的観点からかいつまんで書かれているのである。このマッカーサーによって日本国民の潜在意識の奥底深く植えつけられた日本弱体化政策の呪縛(洗脳)を解き放ち、克服していかなければならない。その重要な部分を担当するのが宗教界である。この様な観点からも「生長の家」の歴史的使命を考えて開祖・谷口雅春先生の本来の『御教え』に戻ることが重要と考えられるのである。「地球救済」などと云って宗教貴族となって自転車を漕ぎ、箱庭のママゴト遊びの有機野菜作りや廃材利用の手工芸品を作って、春は花見、夏は涼風、秋は紅葉とキノコ狩り、冬は豪華薪ストブのゆらゆら揺れる炎を眺めてコーヒーカップを傾ける、――― これが国家を完全に忘れ去った時代即応の現代「生長の家」の取り組む運動方針とは聞いて呆れる。マサノブ君よ、君もWGIPの呪縛に辛め取られて洗脳されてしまっている状態が、還暦を過ぎた老境に到る今も続いているのである。尤も君自身はそうと自覚はしていないが・・・。マサノブ君、もっと国家のこと、日本国民精神のこと、精神的世代間倫理のことを真剣に考えながら、下記の転載文を読み、世界をリードして行く『道義国家・日本』を、更に『真理国家・日本』を如何にして作り上げていくかについて、『唐松模様』で君の考えを全信徒に向かって開陳して頂きたい。


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< マッカーサー、矢つぎ早の日本弱体指令 > 27・12・23「産経新聞」第三面より転載


「まるで檻の中のライオンだな」

マッカーサーは執務中ほとんど席に着かず、室内を歩き回るのが癖だった。しかも7歩歩くと回れ右、また7歩歩くと回れ右――。これを見た吉田(茂・首相)は、茶目っ気たっぷりに呟いた。「まるで檻の中のライオンだな・・・」
マッカーサーは一瞬ムッとした後ニヤリと笑った。マッカーサーがフィッリピン製の葉巻を勧めると、吉田は「キューバ製しか吸わないんだ」と懐から葉巻を取り出した。マッカーサーは「面白いやつだ」と思ったらしく、吉田との面会には応じるようになったという。



「公職追放20万人超」

果たしてGHQの「民主化」は成功といえるのか。マッカーサーの動きは確かに素早い。昭和20年10月4日には内相の山崎巌と特高警察の警官ら約4千人を罷免、政治犯の即時釈放を命じた。11日には婦人解放や労組活動の奨励などの5大改革指令を出した。12月には日本政府に農地改革を命じ、国家神道を禁じる神道指令を発した。その後も警察や内務省の解体などを着々と進めた。

翌21年2月3日、マッカーサーは「戦争の放棄」など3原則を示し、GS(民生局)に憲法草案の作成を命じ、憲法草案はわずか1週間ほどで完成した。4月には戦後初の衆院選を実施、11月に新憲法の公布に漕ぎ着けた。農地改革は全国の小作農の喝采を浴び、GHQの求心力を高めたが、あまりに農地を細分化したため専業農家はその後減り続けた。20万人超の公職追放は政財界に大混乱をもたらした。財閥解体も産業界の復興を送らせただけだった。

GHQの占領政策の当初目標は、日本が二度と米国に歯向かわないよう、その潜在力を叩きのめすことにあった。「平和憲法」制定を含め、その目的は達成したといえる。だが、国際情勢がそれを許さなかった。欧州で米ソの対立が深刻化し、米政府内で「反共」の防波堤としての日本の重要性が再認識され始めたからだ。これに伴い戦前に駐日大使を務めたジョセフ・グルーら知日派の「ジャパン・ロビー」が復権した。



「贖罪意識植え付け」

GHQの「非軍事化」「民主化」の切り札はもう一つあった。民間情報教育局(CIE)が担った「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」。徹底的な言論統制とプロパガンダ(政治宣伝)で日本人に贖罪意識を植え付けるという非民主的な策謀だった。言論統制の象徴「新聞報道取締方針」は
戦艦ミズーリでの降伏調印式から8日後の20年9月10日に発せられた。GHQへの批判はもとより、進駐軍の犯罪・性行為、闇市、飢餓――など30項目が削除発禁対象として列挙された。GHQは手始めに9月14日に同盟通信社(共同、時事通信社の前身)を翌15日正午まで配信停止とし、事前検閲を始めた。9月18日には朝日新聞を2日間の発禁処分にした。原爆投下を批判する鳩山一郎(後の首相)の談話を掲載したためだった。これ以降、各紙はGHQの礼賛記事を競って掲載するようになった。

「日本軍=悪」「米軍=正義」という歴史観を刷り込む宣伝工作も着実に進められた。20年12月8日、日米開戦の日に合わせて新聞連載「太平洋戦争史」(計10回)が全国の日刊紙で始まった。12月9日にはNHKラジオ番組で「真相はこうだ」の放送を始めた。当初は懐疑的・批判的な日本人も多かったが、次第に贖罪意識は浸透していった。ところが23年に入るとCIEは方針をジワリと転換させた。広島、長崎への原爆投下への憎悪や、東條英機が東京裁判で主張した「自衛戦争論」に共感が拡がると日本人の怒りは再び米国に向きかねない、――と考え、「侵略戦争を遂行した軍国主義の指導者層」と「戦争に巻き込まれた一般国民」という構図を作り出し、批判をかわすようになった。宣伝工作や検閲も日本政府に代行させた。

GHQの洗脳工作は見事に成功した。26年9月8日のサンフランシスコ講和条約を経て独立を回復した後も、GHQの占領政策は肯定され、戦前の負の側面ばかりが強調された。文芸評論家の江藤淳が『閉ざされた言語空間』でGHQの言論統制を暴いたのは戦後30年以上たった50年代後半。ジャーナリストの桜井よしこが『真相箱の呪縛を解く』でさらに詳しく告発したのは21世紀に入ってからだ。WGIPは戦後70年を経た今もなお日本人の歴史観を束縛し、精神を蝕んでいる。





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[1554] 異常にカルト化していく狂信状態の「マサノブ教・青年会」――― 遂に、マサノブ君を「第三義の神様」として崇拝しだした!

武蔵坊弁慶 - 2015年12月24日 (木) 14時43分


小生は、http://bbs7.sekkaku.net/bbs/id=kimidouge&mode=res&log=730」に於いて、親中反日サヨク化した「マサノブ教青年会」は、「生長の家青年会」と名乗るべからず!と書いたのであります。これに対して、『神戸教理探究者』というHNを持つ「マサノブ教」兵庫教区青年会員であろう人物(おそらく、日野智貴君と思われる。或いは彼と思想を同じくする者)が、「トキ掲示板・部室板/4」に於いて、下記の如く返信して来たのであります。


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953 :神戸教理探究者:2015/12/23(水) 17:48:56 ID:5/x0W7nI

この「武蔵坊弁慶」という人のレッテル張りも、凄まじいですね・・・・。
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=730
>『尖閣諸島は、歴史的には、台湾の一部です。そもそも、
>中国の脅威の大部分は、ねつ造です。』なんて、
>日本の社会では通用しないし、歴史的証明に完全に反している事
すごい断言ですね。私がこの掲示板に書いた内容に1ミリも反論できずにレッテル張り・・・。
>親中反日のサヨク青年である日野智貴君は、
>今まで「司法ファッショ」とか、
>「戦争法案」と言うコトバを頻繁に使用している。
日野君にとって、ファシズムとは優生学や医療利権複合体と結びついた国家社会主義のこと。
「戦争法案」じゃなくて「戦争参加法制」のはずだが・・・・。そもそも、前掲(>>952 )のブログ記事が、親中派の文章なのだろうか?
>「神戸教理探究者」君に問う。
>君のHNの『教理』とは、一体何を指しているのか? 
>開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」の教理なのか? 
>それとも換骨奪胎したサヨク思想の「マサノブ教」の教理なのか?
>この際ハッキリさせたまえ! 小生は後者であると考える。どうかね?
はいはい、ご明察の通りです。「小生は後者であると考える」と言われれば「汝の言うがごとし」ですよ。
<太>私にとって、谷口雅宣先生は第三義の神ですからね。だけど、雅宣先生は左翼思想家じゃなくて、雅春先生のみ教えを引き継いだ真正保守の思想家です。日本神道の最高神である造化の三神を祀られる、雅宣先生。
『観世音菩薩賛歌』は住吉大神の啓示を受けて記されたのだと思います。
疑うのであれば、一度、読んでみて下さい。最初こそ、雅宣先生の文体ですが、最後まで読むと、雅春先生と雅宣先生が同一人格といっても
過言ではないということがわかります。


///////////////////////////////////////////////////



<講評>


『神戸教理探究者』の所論の問題点は、―――
1、 尖閣諸島は、歴史的には、台湾の一部である
2、 中国の脅威の大部分は、ねつ造
3、 谷口雅宣先生は第三義の神


上記の三点について『神戸教理探究者』君のマチガイを正すことに致します。



@http://bousouwakoudo.hatenablog.com/entry/2014/02/11/151821
2014-02-11「台湾の国際法上の帰属先について」と題して、自称・暴走若人と名乗る日野智貴君は、その主張の結論として「台湾は日本に帰属する」としているのであります。そうすれば、彼の考え方によれば、尖閣諸島は、歴史的には、台湾の一部であるのだから、その台湾は、今だに「日本に帰属」つまり日本領土であり、尖閣諸島も日本領となるのであって、何も問題は無いはずでります。しかし一方では、彼は、『日中共同宣言』及び『日中平和友好条約』によって台湾は共産中国の一部である。したがって、尖閣諸島は日本領土ではなく共産中国領土であるとも言っているのであります。かくのごとく、その名の如く“暴走”思考であることが分かるのであります。この様な考えと解釈は現代の常識的判断からして決して受け入れられるものではないのであります。



A 日本の歴史研究者の結論は、「日本政府は、尖閣諸島が『無主地』であることを調査・確認したうえで、1895年に日本に編入した」と云うことであります。これが正論であります。どうして、日本人でありながら、日本の純学問的研究者の正論を無視して共産中国側に組した主張を展開するのか、それは「神戸教理探究者=日野智貴」君がサヨク思想に洗脳されてしまっているからであります。この様なリーダーによって兵庫教区青年会員が洗脳されて行く事は悲惨な事であります。
http://www.geocities.jp/windows_user2009/seiron5_senkaku_min_china_uso01.htm



B 「神戸教理探究者」君は、「中国の脅威の大部分は、ねつ造」という。しかし、共産中国は尖閣諸島に海底ガス田がある事が分かってから急に領有権を主張しだしたのであります。また勝手に「第一列島線」、「第二列島線」を敷き、長期的戦略として日本を属領とすべく、着々と工作員を送り込み(「中国共産党日本解放計画」参照)、中国公船による領海侵犯を常時の既成事実として積上げ、日本との小規模戦争を画策していること。そのキッカケを積極的に作ろうとしていることは明白な事実であります。共産中国の挑戦的領海侵犯に対抗すべく、国会で日本防衛強化のための「安全保障法制」が改正されたわけでありますが、共産党は「戦争法案」という勝手な造語を作って、日本が戦争に巻き込まれる、或いは積極的に世界へ向かって戦争をしに行く「戦争準備法案」だといって、根拠のない宣伝をして、詳しいことを知らない国民を不安に陥れて行っているのであります。日本に対して戦争を仕掛けようとしているのは共産中国であります。この実状を知りながら、「神戸教理探究者=日野智貴」君は、よくも白々しく『中国の脅威の大部分は、ねつ造』などと言えたものであります。よって彼の立場はマサノブ君と同じく、親中反日であります。その名の如く“暴走青年”であります。



C 遂に「神戸教理探究者=日野智貴」君は、マサノブ君の洗脳によってカルト化してしまったといえるのであります。『私にとって、谷口雅宣先生は第三義の神です。雅春先生と雅宣先生が同一人格』とまで極言してしまったのです。まさに自称の如く“暴走青年”であります。「神戸教理探究者」君に問う、―――

1、 第三義の神とは、生前において世の人々のために偉大な業績を遺された人や祖国防衛に偉大な働きをして人々から崇敬されていた人が帰幽後「神」として祀られたのが「第三義の神」であり、その氏族の基礎となった祖先に当る人も「第三義の神」として祀られているのであります。では一体、「開祖反逆」を企て、「生長の家」看板を“金の成る木・打出の小槌”としてトコトン利用して私財蓄積に励み、極端な言行不一致で「生長の家」解体と『御教え』の抹殺を企む決して宗教家とは言えない低俗な人物・マサノブ君、この様な人物を「第三義の神」などとは逆立ちしても呼べないのであります。

2、清超先生は、「生長の家で神示が降りたのは、開祖・谷口雅春先生お一人だけであります」と仰っております。だから、『甘露の法雨』は“聖経”なのです。マサノブ君のような『甘露の法雨』は古い思想であるからと“補強”の経典が必要などとは清超先生は決して考えられなかったのであります。しかし、マサノブ君は傲慢にも『甘露の法雨』を排して、最初は“補強”であった「大自然讃歌(惨禍)」経や「観世音菩薩讃歌(惨禍)」経をなしくずしに“聖経化”して行っているのであります。マサノブ君には「神示」は降りてはいないのであります。また逆立ちしても「神示」は降りようもないのであります。「大自然惨禍」、「観世音菩薩惨禍」はあくまでもマサノブ君の肉体頭脳から搾り出した人間知によるもので、彼には多少の文筆力があるだけで「實相」の悟り無くして書いたものであります。それが証拠にマサノブ君の書いたお経で『甘露の法雨』の如き“奇跡的体験談”は出ていなのであります。逆に自然災害という“惨禍”を引きつける力が有るようであります。マサノブ君は傲慢にも次のような言葉を発しているのであります。

『谷口雅春先生の著作を深く研究すればするほど見えてくるものは、<谷口雅春>という歴史上稀有な人物の人となりが分かるのであって、<生長の家>が見えてくるのではありません。生長の家=谷口雅春という安易な方程式は、雅春先生ご自身が否定しておられるのを忘れないでください。』

『谷口雅春は僕の祖父でありますが、彼は彼なりの説き方をされたが、やはり<神>ではないので、(僕は)各所にその欠点を見出し、それを訂正したり廃刊にした書物もあります。私は私なりに現代人を<救済する義務>があるので不要なものは処理したのです。』と。

この様な開祖・谷口雅春先生を下に見下す人物が「第三義の神」とどうして言えますか! 『雅春先生と雅宣先生が同一人格といっても過言ではない』とは言語道断であります。完全洗脳、完全カルト化であります。文体が同一と云っても、その実態は、聖経『甘露の法雨』は實相中心であるのに反し、マサノブ君の人間知による経文は現象中心であり實相の深さが全然ないのであります。ここに於いて「マサノブ教」は完全にカルト化して来ており、まず犠牲になったのが青年会であり、その次が白鳩会であります。



D 「神戸教理探究者=日野智貴」君に問う、――

1、 「マサノブ教」の教理には、国家論・体験談・霊と霊界(輪廻転生、因果律、個生命の進化)の“教理”がないのは何故なのか? また「神性隠蔽」についてもマサノブ君は一切触れないのは何故なのか?

2、 今日では、マサノブ君の「法燈継承」は、マサノブ君自身の自作自演であって、清超先生の正式認可は降りていない。だから、マサノブ君はニセの自称・法燈継承者である。こんな人物がどうして「第三義の神」といえるのか?その根拠を問う!

3、 マサノブ君は、実母恵美子先生を一時“お山”のお住まいで“軟禁状態”にして置いたのであります。
これは貴康先生によって証明されています。こんな親不孝の所作を為すマサノブ君がどうして“第三義の神”たり得ようか?

4、 『雅宣先生は左翼思想家じゃなくて、雅春先生のみ教えを引き継いだ真正保守の思想家』と云っているが、君の「真正保守」とはどのような概念なのか、その内容を分かり易く具体的に説明してみなさい。

5、 また、『雅春先生のみ教えを引き継いでいる』とも書いているが、全相継承なのか、「マサノブ教」の教理に当たり障りのない部分のみの継承なのかを明確に述べなさい。少なくとも、「大東亜戦争」の本質については、雅春先生は「摂理による聖戦」とされているのに、マサノブ君は何処までも「侵略戦争」と断じている。さらに、雅春先生が神受された「神想観」を全相継承せず、特に「大日本神国観」は捨て去っているし、ヴァージョンアップ神想観として人間知で一部変更しているのもある。更に云えば、雅春先生は」「日本國體」の源を「天壌無窮の御神勅」にあるとされましたが、マサノブ君はこの「天壌無窮の御神勅」には未だかつて触れてはいない。つまり、マサノブ君には天皇制護持の気持ちなど微塵も無く、共産党と同じく「天皇制の存続」については日本国民の意思(国民投票)で決めればよいのだと考えているのであります。また「愛国心」についてもマサノブ君は雅春先生のお考えとは全く逆であります。真理の証しである体験談の重要視に関してもマサノブ君は「非科学的で偶然」という立場で全く逆であります。憲法改正に付いても、マサノブ君は“護憲派”で改憲反対でこれも全く逆であります。また、最も重要なこととしては、『御神像』についてであります。これは、多くの信徒の眼に映じた生長の家大神の神々しき霊姿であり、彫刻家の服部仁三郎先生が作られたもので、原宿本部の「光明の塔」の玄関上に安置されていた霊的な像であります。これをマサノブ君は、単に服部仁三郎という彫刻家の心に描いたものを彫刻したもの、単なる芸術品(物質)だとして、「森のオフィス」の広場の土の上に立ててしまったのでした。更に申せば、マサノブ君は総本山の「神示祭」を廃止したのであります。ということはマサノブ君は開祖・谷口雅春先生に降った「神示」を捨てたも同然であります。言語道断!全くマサノブ君の霊的素養はゼロであります。このように、マサノブ君は開祖・谷口雅春先生の『御教え』を換骨奪胎、時には対立してしまっていることは確かなことである。これでも君は、『マサノブ君は、雅春先生のみ教えを引き継いでいる』というのかね、如何かな?

最後に再び申し上げる。「兵庫教区青年会」はカルト青年会であるから『生長の家青年会』と名乗るべきではない。キツク申し渡しておくのであります。






2016-02-14 19:48 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第九回>
2016年02月13日(土)







御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」



 
北尾巳代次先生




<第九回>






第10編   ニコニコ物語


 物語というほどではありませんが、皆様の表情をちょっと変えるだけで、幸福になる秘訣をご紹介しましょう。さあ鏡を出してご自分のお顔を写してご覧なさい。美しいあなたの表情のどこかに暗い、陰気な、とげとげしい影があるなら、あなたは不幸とにらめっこをしているのですよ。表情はあなたのものですから、あなたの意思で幾らでも自由になるでしょう。ちょっとだけ笑ってごらんなさい。世界は一遍に明るくなりますよ。

 昔あるお婆さんがありまして、いつもお嫁さんと仲が悪くて、大変不幸だったんです。そこでこのお婆さんは毎日阿弥陀仏様の前で、お念仏を唱えて泣いてばかりいました。そうしたら幾らでも不幸になるのですね。

 ある時和尚さんが、
「幸せになるまじないを教えてあげましょう。今日から仏さんの前で、こればかり唱えなさい」といって短いお経の文句を教えてくれたのです。それは、
「オン、ニコニコ、ハラタツマイゾエソワカ」
 というのです。

 お婆さんは毎日毎日阿弥陀仏様の前で、大きな声をはりあげて、
「オン、ニコニコ、ハラタツマイゾエソワカ。オン、ニコニコ、ハラタツマイゾエソワカ」と唱えていますと、だんだん面白くなって来て、何でもニコニコ笑えるようになったら、お嫁さんから大事にせられるようになったという話です。

 どうです、皆様。信仰をしても表情の明るくならない人は、本物ではないのです。よく家の中で喧嘩ばかりしながら、どこへ行ったら救われるかと、信仰の巡礼ばかりしている人もありますね。明るい表情、明るいコトバ、明るい感謝のなかに天国浄土があるのですよ。天理教では陽気暮しと申します。悲しい時ほど陽気に笑うのです。

 奈良県田原本町に森本ノブエさんという大変素晴らしいお婆さんがいらっしゃいます。大阪の空襲で立派なお店でしたが何もかも灰になって、無一文で田原本町に疎開していらっしゃったのです。物資不足のなかで、食べるためにご夫婦は米や芋をかついで大阪に売りに出かけました。でも都会の生活に慣れたご主人には担ぎ屋という仕事はあまりに重労働で、もう精も根も枯れ果てて倒れてしまわれたのです。その頃のノブエさんは全く笑いを忘れた苦い苦い顔をしていらっしゃったのです。この森本さんのお向かいに平山雅俊さんという誌友さんがいらっしゃいます。つましい生活をしながらも何時も朗らかに笑ってばかりいらっしゃいます。

 毎朝顔を合わせると、ニコニコしながら、
「森本さん、お早うございます。結構な朝ですな、有難い朝ですな、アハハハハ」と声を掛けられるのです。すると森本さんは腹が立って来て、何が有難いものか、と返事もせずに家にスーッと入って終われるのです。けれども平山さんはちょっとも腹を立てず、相変わらずニコニコ笑っていらっしゃいます。

 その内ノブエさんは少し羨ましくなって来ました。私は昔はあんなに良く笑える人間だったんだがなあと思うと涙が零れて来たのです。
 すると、平山さんはすっかりノブエさんの心の中を見透かすように、ある日「白鳩」誌をもって来て、
「さあ、この本を読んでごらん、あなたも朗らかに笑えますよ。あなたが明るくなると、家の中がみな朗らかになって幸せが訪れます。何といっても女は太陽ですぞ、女がめそめそしていたのでは幸福は逃げて行きます。さあこの本を読んで早速実行実行……」
 とおっしゃったのです。

 それから森本さんの真剣なお勉強が始りました。読んでみるとノブエさんは全く反対のことばかりやっていたのですね。ちょうど県連で見真会が始りましたので、ノブエさんも参加しました。沢山の人が集まって、歌を唄ったり、お話を聞いたりしています。こんな世界があったのか、と信じられないほど明るい雰囲気なんですね。わずか3日間でしたが、もう森本さんには誰にも負けない位朗らかに振舞えるようになりました。なぜなら何時だって神様と二人連れだ、ということがスカーッとわかっちゃったのです。

 さあ、それからノブエさんの生活は実に愉快なんです。
 米が一粒もなく、お芋ばかり1週間も続く日がありましても、ノブエさんは朗らかな声で、
「今日のお芋は日本一旨いなあ、これを頂いて今日も元気でやりましょう」
 と申しますと、主人や子どもまでノブエさんの意気に巻き込まれて、「本当に旨いぞ」と少しも不平を言わなくなりました。

 見真会で覚えた幸福の歌が、朝から晩までノブエさんの唇から迸るようになると、間もなくご主人が大阪でお店を開く機会に恵まれ、続いてお家の方でも衣料品店を開店するようになって、それがまた素晴しく繁昌して、わずか3年目疎開先のお宅を買収して立派な2階建に改築して近代的な森本衣料品店を開店せられるようになったのであります。ニコニコの功徳まことに素晴らしいでしょう。

 さあもう一度鏡を見てご自分の顔を写してご覧なさい。あなたが屈託なく笑えるようなら、森本さんと同じ幸せをあなたにも約束しましょう。打出の小槌は一人森本ノズエさんだけのものではありません。

 昔お釈迦さんは無財の七施ということをお説きになりました。金や物があって布施するのでは功徳が少ない。無一物の中にあってもあなたが出来る布施が7つあるというのです。その一番大切なことが明るい表情と善きコトバの布施です。だいたい人間の顔というものはご自分が見て楽しむものではないのですよ。毎日綺麗になさるそのお化粧も、もともと夫や、周囲の人々に見てもらいたい為なのです。皆さまの表情やコトバが明るいと、周囲の人はきっと慰められ、勇気づけられていらっしゃいます。でも反対に暗い憂鬱な顔をし、悲観的なコトバをお出しになったら、良くなる病気まで悪くなりますね。

 ところで笑いの功徳を医学的にちょっと説明してみましょう。人間の頭脳には知性を司る大脳と、感情を司る間脳があります。この間脳の下に脳下垂体という梅干しのようなものがぶら下がっていて、これから脳下垂体前葉ホルモンというのが分泌せられるのです。このホルモンは性腺を刺激したり、卵胞を刺激したり、乳腺を刺激したり、副腎を刺激して、全身を若返らせるのです。このホルモンはあなたが愉快に笑っていると幾らでも分泌してくるのですが、悲しんだり、腹を立てていると止まっちゃうのです。それで笑わない人は早く歳をとることになっているのです。医学の方では笑えない人や、全身の機能が早く老衰する人のために、動物の脳下垂体から摂取したプレホルモンを注射したり、飲ませたりしていますが、なかなか高価な薬で、わずか500単位1本で200円位するのです。まあ私達が5分位アハハハと笑ったら500単位のプレホルモンなんて、ぼろくそに分泌するのですから若返りと金儲けのためにも、大いに笑って、幸せになろうではありませんか。




 
第11編   すべてのものに神を見出す



 アポロ10号の飛行士は果てしない暗黒の中に緑色に輝く地球を見て、
「これこそが神が人類に与えたもうたエデンの楽園だ。この素晴らしい楽園に住む人間がなぜ、互いに調和し仲良く暮らせないのか」
 と嘆いています。

まことにエデンの楽園は何億年前の伝説の中にあるのではなく、今ここに在るのであります。それに実相の眼を開けば、観る世界ことごとくエデンの楽園ならざるものはないのであります。しかし現象の世界は人類の迷妄の中に埋没して、到る所に弱肉強食の地獄絵図を展開しています。人類は失われたエデンの楽園を追い求めいたずらにさまよい続けています。失われたエデンの楽園を人類の手に取り戻す道はただ一つ『生命の實相』を正しく理解し、実相の眼を開いて現象の奥に隠くされた神の姿を見出すよりほかありません。これからお話する実話はいずれも真剣に神の創造の世界に眼を見開いて、現象の悪を克服せられた貴重な体験であります。




   梅毛虫の話

 奈良県白銀村は果樹栽培の村として有名です。そこに住む熊代政嗣さんも梅、柿、梨、蜜柑と随分忙しい毎日を送っていらっしゃるのです。ある時五条誌友相愛会長の小林光男先生が「熊代さん、あんた毎年随分虫を殺すでしょうが、1年に1度位は虫の供養をしてあげなさいよ」とおしゃったのです。それ以来熊代さんは丁寧に虫供養を続けて来られましたが、ある時梅畑に行くと、1本の梅の木に梅毛虫が群がっているのを発見したのです。「こりゃ、早速駆除せねば」と思ったのですが、「待て待て、生長の家でかねがね“一切の生物相侵さざるが神の国”と聞かされながら、この毛虫を敵視するのはおかしいじゃないか、まず聖経『甘露の法雨』を誦げて、毛虫と調和しよう」とお考えになって『甘露の法雨』を1度誦げて「毛虫さん、この梅の実は神の子が召し上がる大切な食べ物ですから、どうか傷つけないでよそへ行って頂戴」と神想観をして、その日は半信半疑ながら帰って来られたのです。翌朝気になって朝早く梅畑に行くと、何と昨日一ヶ所に固まっていた毛虫が一晩の間に木全体に広がっています。

「しまった」と思ったのですが、すぐ「待て待て、生長の家の真理は嘘であるはずは無い、もう一度真剣に聖経を誦げさせて頂こう」と今度は落着いて一巻を誦げて、深く念じながら帰って行かれました。そしてその翌朝幾らか不安な気持ちを残しながら畑に行くと、驚くことなかれ、あの一杯に広がっていた虫が一匹も存在しなかった、と熊代さんは五条の誌友会で体験をお話になりました。皆さんはこんなお話をお信じになれますか。



   松毛虫の話

 私は熊代さんのお話を伺いながら、奈良の平野初造先生の松毛虫の話を思い出しました。それは先生がまだ若く真剣に真理を求めていられた時のことであります。平野先生のお家の庭先の松の木が松毛虫にやられて枯れそうになったことがあります。お父様が驚いて、
「初造や、このままでは松の木が枯れるぞ、大急ぎで虫殺しの薬を買って来い」
 とおっしゃったのです。
「ハイ」
 と言って立とうとしたが、平野先生はその時「待てよ」と思われたんです。

 この世界は神が創り給うた完全円満な世界で、松を食う毛虫もなければ、毛虫にやられる松の木もないはずじゃ。そのないものがあるように現れているのは一体何が原因だろう。さすがに信仰の深い平野先生だけに、この与えられた公案に“雙牛(そうぎゅう)の声如何”というのがありますが、松の木は語らず、毛虫はただ葉を食うのみであります。こうして3日間松の木を睨みつけていた平野先生はその夕方ついに大悟せられたのです。

それは松の木の根方に蒔かれた無数の虫の糞を見て、松の木は肥料を求めているのだ、自らの葉を毛虫に提供して肥料を作って貰っているのだ、と気が付くと、先生は腰を上げて、早速肥料屋に行って、薬品ならぬ肥料を求めて、松の木の根方に蒔いたのであります。こうして数日後のある日、お父さんは、「あの薬が良う効いたかして、毛虫が一匹もおらんようになった」と喜んでおっしゃったのであります。みなさまならどうされますか。



白蟻の話

 ところで、これは13年前のお話だそうです。京都府相楽郡精華町の上村敏夫さんのお宅に白蟻が無数にわきました。白蟻というのはまことに繁殖力の強いもので、大きな家でもたちまち壊してしまうそうですね。いろいろと業者と相談して処置をしてみたのですがなかなか駆除できないのです。そこでふと平野先生のご体験を思い出されて、先生に相談せられたのです。

すると先生は、
「上村さん、白蟻と調和せなんとあかんで──白蟻も神の子や、いうて聞かん筈はないわ。“一切の生物ところを得て相侵さざるが神の国也”と書いて見やすい所に貼って、それに聖経『甘露の法雨』を誦げなさい」
 とおっしゃったのです。上村さんは早速帰ってその通り書いて、台所の上の横柱にペタリと貼り付けて、聖経をお誦げになると、何と不思議、あれほどしつこかった白蟻が姿を消して今日に至っているそうです。皆様はこのお話を信じられますか。

 ところで、ある日の谷口清超先生のご講習会で、この上村さんの奥様がこの白蟻の後日物語を発表されました。それは最近家の改造することになって大工さんがその、一切の生物云々と書いて貼ってある太い横柱をトントンと叩くと、突然その柱が、そのお札の右の部分がドシンと大きな音を立てて落ちてしまったのです。見るとその部分は白蟻に完全に食い尽されていたのでありますが、そのお札の左の方には全然白蟻の食った痕がなかったというのであります。よくお不動さんのお札がいろいろな悪を封じ込めることがあると聞かせて頂いていますが、さすが実相の言葉は偉大な力のあることを実証してくれたのであります。



   鳥の話

 京都府相楽郡加茂町に川越ミカさんという方がいらっしゃいます。この方の畑の横に池があるそうです。いつの頃からかその池がゴミ棄場になって、色々な物を棄てに来られるのですが、そのゴミをあさりに何千羽という鳥が寄って来て、それが川越さんの畑を荒らして仕方がない。明日は豆を採って、と計算していると、ちゃんと前日に鳥がみな食ってしまうのです。「困ったな」とご夫婦は思案に暮れたのです。

「そうだ、『甘露の法雨』を写経して畑に立てたらよい』ミカさんはそうおっしゃったので、ご主人は早速懐紙を買って来て『甘露の法雨』の写経を致しまして、それを竹の筒の中に入れて、畑の真ん中に突き立てて、お二人で聖経を誦げられたのです。するとそれ以来鳥は川越さんの畑を全く荒らさなくなった、とおっしゃったのです。上村さんのお札といい、川越さんの聖経といい、真理のことばは悪を封じ善と調和を創り出すものである事を実証しています。私が写経をお薦めするのはみなこうした体験を見せていただくからのなのです。皆さまは素直に信じられますか。




  鳩の話

 これは奈良県白鳩会の県大会で発表せられた体験です。天理市井戸堂にお住いの藤吉シズエさんは大変熱心な誌友さんで、ご主人を亡くしてからは一人で農作に励んでいらっしゃる素晴しい方です。ところがその村に鳩を沢山飼っていらっしゃる方があって、その鳩がいつの頃からか藤吉さんの畑に降りて来て作物を荒らし始めたのです。数多い鳩ですから折角の丹精が犯されると藤吉さんは段々腹が立って来ました。

 もう我慢がならないと飼い主の家に行くと、あの鳩は皆他所にやってしまって関係ないとおっしゃったのです。「ネコイラズでも蒔いて皆殺しにしてやろうかしら」、そんな事を藤吉さんが考えている時、藤吉さんの畑に見なれない草が2、3本生えてきたのです。何だろうと思っていると、それが美しい花を開きました。それはケシの花でした。美しい花だなあと思って眺めているとそこへ巡査が2人来て、その花の写真を2、3枚写ると、藤吉さんを警察に連行したのです。藤吉さんはびっくりしてしまいました。「ケシを栽培するとは、けしからんぞ」とおっしゃるので、藤吉さんは恐縮しまして、「私はなんにも知らんのです」と釈明したのですが、とうとう検察庁の方に回されてしまいました。ケシ栽培は殺人強盗に次ぐ重い罪だそうですね。

 なんでも近くの村でケシを正式に栽培する人があって、毎回飛んでくる鳩がその種を咥えて来て、藤吉さんの畑に蒔いたとしか考えられないのですね。その時藤吉さんは深く反省したんです。
「ああ、私は生長の家の白鳩会員でありながら、鳩を憎んで憎んで、敵視するから、鳩が禁制のケシの実を運んで来て、わざわざ私の畑に蒔いて仇討をやったんだ、生長の家の教えを信じながら鳩を憎むとは何という愚かなことか、鳩も神の子ではないか、鳩と調和させて頂きましょう」

 藤吉さんはそう思うと鳩を拝んで検察庁を訪れました。そしてその朝到着したばかりの「白鳩」誌を読んでいると係りの検事さんが藤吉さんを呼び入れられましたが、藤吉さんの持っていらっしゃる「白鳩」誌を見て、
「それ何の本ですか」
「これは生長の家の機関紙なんです。人はみな神様の子であるという教えなんです」というと、検事さんはそれを手にとってページを繰っていらっしゃいましたが大変感動して、
「いい教えですね、家内にも読ませたい」とおっしゃって430円出してその場で誌友になって下さったそうです。そして、
「ケシは鳩が運んで来たのでしょう。あなたは何にも知らんのですからあなたには何の罪もありませんよ」
 とおっしゃって簡単に帰して下さったのであります。



平成28年2月13日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成





************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




            
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-02-13 17:32 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

<号外> 「別派・マサノブ教団」の最新状況 28.2・1〜10
2016年02月12日(金)








<号外>


 
「別派・マサノブ教団」の最新状況 



H28.2・1〜10







「掲示板」より・・・数字は変幻自在?

講習会参加者数を前回比100%にする方法


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=66



参加者数字は、誰も信用しなくなった!
▼ メイン会場のほかにサブ会場を増やせばよい
▼ 今回の愛知教区は、何と11会場!
▼ 近隣県から大型バスで、CO2撒き散らして応援動員をかける
▼ ヨイショ信徒に会場めぐりをさせる
▼ 複数の出入り口を設けて何回も出入りさせ、カウントする
▼ 一人で3枚、5枚、10枚の受講券を渡して入場黙認
▼ 生命学園の小中学生を動員する
▼ 会場周辺のホームレスにひとり10枚渡して弁当を貰わせる
★★ 最後の極めつけは、狂化部長がエンピツなめて、公式発表の参加者数をでっちあげる!

★★ しかし、5/29の「大阪講習会」はこの数字のマジックは、完全にできなくなった! 「栗キントン」の今年最大の悩みの種である!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! 
■■


平成28年2月1日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・狂乱独裁者・マサノブ君が明言!

私は方針を変えません!



「トキ掲示板・本流対策室/6」
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1649 :路迦 =マサノブ:2016/01/31(日)
雅春先生の第一線の活動は昭和52,3年まで。戦後30年間です。以来早同じ時間が経ちました。雅宣総裁の生長の家は時代の流れの中での問題解決に信仰者として向かおうとしています。分派が何をしようが教団の姿勢は変わらないと思いますね。

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マサノブ君のホンネの思想▼ 信仰者として、地球温暖化を信仰者として見過ごせない?
▼ 温暖化防止は、時代の流れであって信仰者として立ち向かうべき?
▼ 従って、「自然と共に伸びる」運動は正しい
▼ 三つのクラブのどれかに入って、自然と共に伸び行く生活を実践し
▼ 世界各地で『自然の恵みフェスタ』と『いのちの樹林』を造って行く
▼ 以上の「マサノブ教団」の運動姿勢は変わらない。

★★ しかし、この運動方針は、信徒の意見を全く聞かずにマサノブ君が一人で勝手に決めたもの。
★★ 美辞麗句の屁理屈で優雅な宗教貴族になりたかっただけ!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年2月2日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・・・ アタマが良すぎて、却って困る

全然オモシロくない雅宣講話!


=聞き手の求めに答えない冷血独裁者=



<マサノブ擁護・温存の「トキ掲示板」より>
▼ マサノブ総裁の話は下手で、内容もおかしなものが多い!
▼ 彼のスピーチには感動した経験はなく、私の周囲の人もかなり失望

▼ 公平を保つ為に、私も彼を弁護したいという意思はあるのですが、最近はどうやって弁護をしたらよいか、途方に暮れています。

▼ マサノブ総裁の話を聞いてもよくわからないという方は、決して自分を責める必要はありません。

▼ 分かるように話す使命が総裁にはあるのですから、その使命を果たし得ていない総裁の方にこそ問題があると考えたらいいのです。

▼ 学者や評論家のような話ではなく、信仰や求道の「私が聞いてわかる話がいい話です」

▼ 信徒のこの声を聞けないならば、あなたは宗教家落第生ですよ! 「生長の家」にとっては必要のない人間です!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■ 


平成28年2月3日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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追い詰められた、狂乱のマサノブ総裁―――

総裁延命のための


『教団再生』案を発表!@


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=962



[ T ]  新体制に於ける 総裁・副総裁について
@ マサノブ総裁・楠本行孝副総裁とする。
A マサノブ総裁は、清超先生から「法燈継承」している。したがって、マサノブ総裁からその「法燈」を楠本行孝副総裁へ継承する。

B 谷口雅宣家と谷口貴康家・荒地家とは和解する。しかし、宮澤家とは和解しない(斬り捨てる)。教団分裂の原因を作ったからである。

C 谷口恵美子先生は荒地家へ帰って頂くべく信徒一同が説得する。
D 楠本忠正氏への本部講師資格剥奪を遡及的に撤回する。最大の

▼ 「支離滅裂」、「相互矛盾」、「総裁継続のタメ」、「実践不可能」、「白昼夢」、「暴走・狂乱」、「読むこと無駄」な最低以下の「再生案」で狂乱総裁マサノブ君の値打ちが更に下がったということであります!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年2月4日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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追い詰められた、狂乱のマサノブ総裁―――

総裁延命のための


『教団再生』案を発表!A


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=962



[ U ] 活動方針について
1、 地球環境保全・生命倫理尊重運動の継続。
2、 日本国實相顕現運動への復帰、その具体策として――
3、 「生政連」の活動凍結解除を行う。
4、 「生学連」と「生高連」を「生長の家学徒連盟」として統合し活動再開する。
5、 「生政連」は「新宗連」に加盟し、「生活の党」の支持母体となる。
6、 「生政連」会長は鈴木邦男氏、顧問は村上正邦氏に就任依頼をする。
7、 「生長の家」の現憲法観については、開祖・谷口雅春先生の法理論的「無効論」を破棄し、國體護持塾・南出喜久治弁護士の「新無効論・自立再生論」を採用
8、 「生政連」の主要政策は、「堕胎禁止」と「脱原発」である。

▼ 「支離滅裂」、「相互矛盾」、「総裁継続のタメ」、「実践不可能」、「白昼夢」、「暴走・狂乱」、「読むこと無駄」な最低以下の「再生案」で狂乱総裁マサノブ君の値打ちが更に下がったということであります!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加を!
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平成28年2月5日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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一発逆転を狙ったマサノブ君の「教団再生案」は

線香花火に終わった!


ミサイル ⇒ 変幻球 ⇒ 線香花火 で空しく消えた


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=962



▼ 水と油の一時妥協は所詮、ムリだった。
▼ 本流掲示板で、その矛盾を突かれ失速自爆した。
▼ 最大の失敗は、「宮澤先生とは和解せず」と言明。さらに「宮澤先生は教団分団の首謀者」と決め付けたことである。この様な発言は事実に反しており、決して許されるものにはあらず。
▼ マサノブ君は、人格識見、求道心、指導力、求心力、『御教え』の悟りと理解に於いて、宮沢先生の足下には、到底及ばず。天と地ほどの開きあり!
▼ 宮澤先生こそ「法燈継承」の第一人者であり、『御教え』に最も忠実な方!
▼ マサノブ君は、自分より優れた人の存在を決して許さぬ陰険で嫉妬深い者
▼ マサノブ君は、死ぬまで独裁権力の座を確保して置くために、楠本行孝氏を副総裁にすえたいのである。権力と富の維持のための一発逆転の「教団再生案」であっただけのこと!だから失敗に終った。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月6日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・ああ、この惨状!

宇治別格本山の現状


=『生命の實相』全巻、読んでいない講師もいる!=


=読んだら眠くなる、という本部講師もいるとか?=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=62



会話の空気で分かります
▼ 宇治で働いている本部講師たちは、開祖・谷口雅春先生や『御教え』について関心がないように感じます。
▼ 『御教え』の換骨奪胎、教勢衰退、教団赤字転落などを他人事のように感じて “のほほん!”としている。

▼ 「生命的国家論」や「金波羅華實相日本国」や「天壌無窮の御神勅」や天皇様の話をしても、ご本を読んでいないので全くといっていいほど理解していない講師もいる。

▼ ある職員さんは『聖典40巻読んだことない。読んでたら眠くなってくるし。』と笑いながら、あっけらかんと私に言いました。

▼ み教えを愛し、雅春先生を敬慕して恩返しの心もちで奉職している真剣な人が少なく、企業に就職するつもりで働いてる人が多いのです。

▼ 雅春大聖師は『人を救うのはまさに真剣勝負である』と聖典中に書かれているのに、人を救う場である道場内部がこのような骨抜き職員状態では…と思う次第です。

▼ もちろん中には情熱ある講師、職員がいらっしゃるが極く少数です。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月7日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・ああ、この惨状!

ここでも教勢衰退はハッキリ!


=ポスティングジョイ投稿数の推移は激減 =


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4623



▼ 「マサノブ教」本部HPの出会い系サイト
▼ このサイトでも最近では投稿する人も少なく限られて来たようだ
▼ それによると、数年前には2500件前後あった、月間投稿数が、この1月には794件と従来の1/3を切る迄になっている。

▼ 特に、オフィスが森へ移行する頃から減少が顕著となり、その後もほぼ一直線に低下傾向を示している。

▼ この寂しい現状、元に戻る可能性はあるのだろうか? NO、NO、

★★ とにかく人間知マサノブ君のする事なす事すべて失敗!
両軸体制の失敗、地球環境保護とCO2のゼロ運動への信徒の反発、ソーラー発電所の寄付集めの失敗、左翼唯物現象論への転換、本部移転、本部職員の宗教貴族化、全国観光旅行のついでに開く講習会、弁当屋ジュンコ亭の不評―――これが原因での信徒脱退と教団赤字化――すべての責任はマサノブ君にあり!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月8日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・マサノブ君は八ヶ岳の、―――

う!詐欺 (ウサギ)


=マサノブ・イソベ・ユキシマはお金を抱いて昼寝=


=「本流」は亀の如く着実に前進、前身、亀を追い越す=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=98



▼ 「自然の恵フェスタ」はマサノブ君の欲求不満のはけぐちか?
▼ 講習会は不評に次ぐ不評!
▼ 本当は止めたい。だが、教団の赤字補填の為やめられない!
▼ 参加者人数を捏造しても、毎回毎回減少です!
▼ 「マサノブ教」には『真理』ナシ! 
▼ イベントでしか人は集まらない! 講習会もそのひとつ!
▼ これが宗教? 救済捨てた悲しきカナリア?世間さまに恥かしい!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月9日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・真理の勝手解釈―――

真にこの世は天下泰平 !?


= このマサノブ認識に異議あり=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=98



▼ 「自然の恵フェスタ」は、普通の文化祭や学園祭みたいなもの。自転車競技、クラフトやお菓子などの販売、コンサート・・・

▼ 職員はリポーター、地方のケーブルテレビの番組かと見間違う。優雅に暮らすマサノブ夫婦もにこやかで楽しく、 マサノブ夫婦もぬいぐるみを着て楽しそう、参加者も同様、そこに「悩み」があるとは思えない。

▼ この運動方針が「世界平和」や「教勢の拡大」ですか?
▼ 宗教貴族マサノブ君にとっては、この世界は天下泰平。

▼信徒の浄財を勝手気ままに浪費して、 わざわざ自然を切り開き、大きな建物を造り、こうやって人を集めてお祭り騒ぎをやるのが、人と自然との共生でしょうか。自然は喜んでいるでしょうか。喜んでいるのは参加者である一部の思慮浅き信徒だけなのではありませんか。

▼ これこそ、マサノブ君が忌み嫌う人間中心主義ではないでしょうか。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!■■


平成28年2月10日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒




2016-02-12 15:26 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 号外NO 2 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第八回>
2016年02月11日(木)



御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」
 


北尾巳代次先生




<第八回>




第7編   運命の原理





三界唯心

 人間は良きにつけ、悪しきにつけ自分の運命は自分で造って行くものなのです。このことを仏教では“三界唯心所現”と教えています。私達の住んでいるこの世界や霊界において体験することがらは、全部自分の責任であるということなのです。近頃は唯物的な教育が強くなって、人間誕生を性的な面からのみ観察して、親を恨んだり、罵ったりしている青年が多いですが、本当は自分の責任なのです。これを因縁所生とか、業とか呼んでいます。要するに蒔いたものが生えるという法則なんです。昨年の秋に麦を蒔いた人は今年は麦を収穫するのです。今年は麦が安いから菜種にしようと思っても、それはだめなんです。まず原因を正さなければならないのです。皆さん良く知っていらっしゃるお経の言葉に、

  我昔所造諸悪業
  皆由無始貪瞋痴
  従身語意之所生
  一切我今皆懺悔

 というのがありますね。大変難しい字が並べてありますが、日本の言葉に直してみますと、自分の周囲に起って来るところの全ての悩みや苦しみは、その原因を究めてみると、皆人間の金や物に対する執着の心、即ち欲しい心や腹立つ心、愚痴、小言の類に起因している。ですから私達は常々自分の行いや、言葉、また日常の心を振返って、そうした間違いを反省し、正さなければならないのである。という意味を説いたものなのです。




   反省のない心

 良く世の中には、私はまだ手を合わせたり、話を聞かせてもらわなければならないほど、悪いことはしていないなんて云う人が有ります。こういう人は自分の心の醜さを反省してみる余裕がまだないのですね。乞食は自分の不潔な臭気に気が付かないといいますが、自分を反省出来るということは、自分の内部に神様が目覚めているという証拠なのです。

 ロッキード事件などで正直者が馬鹿を見るといって、大変憤慨している人もありますが、さあ、どの程度に正直者であるのでしょうね。たまたまその人が気が小さい為に大きな悪事をしていないというだけで、自分を正直者だと自負することは、あまりにもおこがましいのじゃないでしょうか。こういうのを悋気(りんき)というのです。本当は自分も大いにやりたいのですが、自分にはそんな機会も勇気もなかったのであって、たまたま一部の政治家が甘いことをしたと考えることに腹が立ってならないのですね。こんなものは余程不正直者だと言わねばならない。だから親鸞聖人“善人なおもて救わる、いわんや悪人をや”と説かれたのです。ちょっと聞くと反対のようだけども、小善を鼻に掛ける人ほど扱い難き存在はないのです。この点悪人は悪いことは悪いけれども、他を批判する心が無い、自分の悪業に対する不安もあるから、反省する機会も与えられるのでしょう。

 とにかくどんな悪い人間にも神様は宿っているのです。これが神聖受胎ということなんです。なにもキリスト教だけが神聖受胎じゃない。私も皆様も共に神の聖霊が天降ったのです。宇治川の水だ、淀川の水だと呼称しても、本当はみな琵琶湖の水だということと同じなんです。宇治を流れるから宇治川といい、淀を流れているから淀川の水と仮に呼ぶだけで中身はみな神様の生命なんです。わかりますか。実相直視ですよ。さあ眼を開けて見つめるんです。あなたたちの生命は阿弥陀さまの無量寿の生命が天降っているのです。実に尊いことなんですよ。




   繫宝珠の譬え

 あの「法華経」に繫宝珠の譬えというのがありますね。ある長者が貧乏している友達に道で会って可哀想でならないので自宅に連れ戻ってご馳走をたらふく食べさせたといいます。するとその友達は久し振りの美酒にすっかり酔っぱらって寝てしまいました。長者はこの友達が不憫でならないので、彼の寝ている間に無限憶万円の価値のあるダイヤモンドを彼の着物の中に縫い込んでおいてやったのです。だがその友達は一年経っても、その宝石に気付かずにやはり貧しい暮らしをしていたといいます。そしてその長者からお前は無限憶万長者であるぞと教えてもらって、はじめて豊かになったというお話なんです。

 私達は皆この貧しいルンペンのように無限の財宝である「生命の実相」、すなわち無量寿の生命を身に付けていながら、自分は因縁が深いとか、私はだめなんです、と呟いているに過ぎないのです。私達が信仰に触れるということは、この無量寿の生命に目覚めることです。ああ尊いな、自分は阿弥陀仏と一体である。ここに阿弥陀さまが生きていらっしゃるのである、ここに天照大御神さまが生きていらっしゃるのである、と気付かせて頂くことが、南無阿弥陀仏という念仏三昧なんです。南無阿弥陀仏と唱えとったら、現象でなんぼ悪いことをしておっても死んだら極楽浄土に救いとってもらえるなんて欲の皮の突っ張ったことを考えていると、日蓮上人じゃないが無間地獄に堕ちるに決まっている。悟るのは今だ。今より外にない、魂の底から歓喜のない念仏なんて偽物ですよ。

嬉しい、楽しい、有難い。本当にそう思いますか。黒住教祖はこれをやって結核を克服せられましたね。病気なんて心が喜んでおらんしこりみたいなものですよ。病気が癒ったら喜びますなんて言っていたら寿命の方が枯れてしまう。今だ。今病気であっても、苦しみがあっても悩みがあっても、私は神の子完全円満と唱えることです。汲めども尽きぬ仏の生命があなたの言葉の響きによって滾滾(こんこん)とあなたの内部から湧き上って来るのですよ。




   笑える人間

 病床にあってまず笑える人間になりなさい。笑っている間に病気が治っちゃった、という体験は全国到る所にあるですよ。運命だって同じことです。陽気をあなたの周囲に家庭に充満せしめるんだ。田原本の森本さんじゃないが飯を3日食えずとも歌を唄える人間になりきりることです。明るい表情と言葉。これがあなたを浄土に渡す最初の乗船切符なのです。だいたい業というものは習慣みたいなものなんです。思い切って切り換えてしまったら消えちゃうんです。勿論相当の決意が要りますが、決して恐れることなんていらないんです。だから悪い業にいつまでもひっかかっているのは馬鹿の骨頂です。

釈尊の真意を解せずに、業とか因縁とかいえば直ぐ悪いことを連想して自分の観念で自分が縛られているという例もかなり多いですから、お互いに信仰に対する正しい理解を深めていきたいと思います。手を合わせることがどんなに大切なことか、やがては全ての人に知って頂きたいと念願するものであります。




第8編   栄える道





まず熱意がなければ……

 事業が成功するか否かについて、私は3つの重要なポイントがあると思うのです。

 その1つは、その人が、その事業又は仕事に「やる気があるかどうか」であります。エマーソンは「どんな偉大なことでも、熱意がなくては、成功したためしはない」と述べていますが、熱意こそ事業を成功または繁栄せしめる最高の要件なのです。どんな困難な条件があっても、熱意があれば、解決の道は生じて参ります。

 別府正大先生の『経営の偉才 市村清』のご本を読ませて頂きましたが、市村清氏は、もちろん、頭脳、手腕、力量、あらゆる面で優れていらっしゃったのでしょうけれども、その根本は市村さんの人並優れた熱意のあることを、しみじみ感じさせて頂きました。あの人が、生命保険の外交という、最も困難な仕事に打込んで、何回か挫折しようとしながらも、新たなる熱意を振い起す事によって、ついに九州一、否、日本一の契約を達成せられたのは、これはやはり頭より努力であったと思うのです。熱意があればいかなる努力も厭わないものなのです。

 この間も私の方の誌友である松本さんという方が、こんな話をせられました。この方は現在郡山で、オリエンタルシューズ株式会社を経営していらっしゃる大成功者ですが、昔は靴屋の一職人に過ぎなかったそうです。当時の同僚が皆言うそうです。「君は運がいいなあ」と。

 松本社長はこう答えられます。「僕は運が良いのじゃないよ。熱意だよ。僕はね、靴を一足作っている時に、どうすれば10足の靴を作れるようになるだろうと、そればかり考えていたのだ。10足作れるようになると、今度はどうすれば100足作れるようになるのだろうかと、常に一歩先の事を考えて来たのだ。君達と僕の違いはただそれだけのことさ」と。

 市村さんにしても松本さんにしても、アイディアというものは、こういうところから生まれて来るのではないでしょうか。
 考えてみると、近頃はこの熱意のある人が少ないですね。ただ何となく学校を卒業して、何となく就職して、何となく結婚して、何となく年齢を重ねて行く、こうしたうたたねの人生を送っている人を、社会が果たして歓迎するでしょうか。自動車王のウォルター・クライスラーは、
「私は張り切っている人が好きだ。張り切っていると顧客はその熱に引込まれて、商談が成立する」と述べています。商売のコツも、ここにあります。

 ある小さい電気店に、電話でクーラーの問い合わせをしました。単に値段の事を聞くだけだったのですが、その店の主婦が、
「クーラーというものは、お部屋の構造や位置によって、その取付方や、機器の選び方がとても大切なことなのです。この点、宅の主人は、クーラーについては充分に研究していますので、一度主人にご相談下さったら、必ず良いように考えてくれると思いますよ」
 と答えられたそうです。もちろんこの商談は成立しました。これは奥様の仕事に対する熱意と、コトバの力ですね。信仰というものも、熱意があって始めて生れて来るものではないでしょうか。




   仕事に愛を持って……

 さて事業繁栄の第2のポイントは、仕事に愛があるか、ということですね。例えば家を建てるにしても、愛のある仕事は万事に行き届いて、受ける側に感謝の心を誘います。ただ、仕事すればよいのだ、というものではいけないと思うのです。もう随分以前の話ですが、私の家の壁を塗り替えたことがありました。年末の忙しいという点もあったのでしょうが、年が明けて、元旦の夜に大雨が降りました。すると店の商品の上に、天井から水が洩り始めて夜中に大騒ぎを致しました。調べてみると、樋の中が壁土で一杯に詰まっていて、雨水が流れなくて、壁を伝っていることが判りました。これなどは、左官はただ壁を塗ったらよい、というだけでは大変迷惑をすることになる例です。職人でも、こういう職人は誰でも歓迎しなくなります。

「維摩経」に、「深心は是れ菩薩の浄土なり」というコトバがありますが、深切な心、愛の心が滲み出ているところに浄土があり、繁栄があるのではないでしょうか。同時に仕事を受ける側にも感謝の心がなければなりません。愛行と感謝は車の両輪のようなもので、愛行は与える悦びであり、感謝は受ける悦びであります。この与える悦びと、受ける悦びが健康や繁栄を運んでくれる最高の道なのです。

 昔から商売は前垂れ掛けで、といいます。前垂れとは、前に頭を下げることです。させて頂きます、という心構えです。どんな些細な仕事でも、させて頂きます、と思えば行き届いて感謝されるのは当然じゃないでしょうか。




   調和の中に繁栄はある

 事業繁栄の第3のポイントはやはり調和だと思うのです。労使が争っていたり、従業員同士が、お互いに対立している、或いは夫婦が仲が悪い。こうしたケースは、事業の大小を越えて、その発展を阻害します。神様から無限供給を受けようとすれば、心を一つに合わせるという事が大切ですね。例えは水を両手で受けるにしても、左右の掌が合掌の姿になっていないと、皆こぼれてしまうでしょう。合掌というのは、自他一体の自覚であって、皆様も一度掌を合わせてごらんなさい。指のシワとシワが一つに合わさるでしょう。シワが合えばシワ合せ(幸せ)です。それが互いに背合せにしてごらんなさい。指のフシトフシと合わさるでしょう。それはフシ合わせ(不幸せ)の姿なんです。こんなところにも人間の幸、不幸が表徴せられています。とにかく、事業が旨く行かぬ時には、必ず内部に不調和があります。その原因を除かずに、ただ齷齪しても、決して成功するものではないのであります。




   内助の功が大切

 男性にとって、妻の内助の功は絶対に必要なのです。しかし世の中の奥様は、内助についてハッキリした認識を持っていないようです。妻が夫のためにする最大の内助は、夫が外では口に出来ない心配事を良く聞いてやって、夫の心の重荷を軽くしてあげることなのです。

もしも妻が、口喧しくまくしたてるなら、夫は仕事の上でも冷静さを欠いて、失敗してしまうでしょう。家庭は夫にとって、最も安心できる魂の安らぎの場なのですから、ソフトな雰囲気を失わないように夫を包んでやって「あなたは必ず出来ますわよ。あなたが失敗するなんて考えられませんわ。例え、今難しくとも、きっと良くなるものと信じています」と、もし奥様が、にこやかな表情で応えられるなら、ご主人の運命は必ず開けて参ります。和解の中にこそ繁栄も健康も幸福も約束せられるのではないでしょうか。この3つのポイントは事業をされる人に最も大切なことだと信じます。





第9編   真理を生きる





   幸福になるために

 あなたが幸福になるためには“あの人が変わってくれなければならない”とか、“この環境が変わらなければだめだ”とか考えてはなりません。あなたは“神の子”ですから、自分自身を自分の力で幸福になし得る自主権を持っているのです。あなたが変われば“あの人”も変わるし、“この環境”も変わるのです。“他の人”や“環境”に罪を着せてはならないのです。自分自身の心が、その“他の人を愛しているか”その“他の人”に感謝しているか、或いはまた“この環境”に感謝しているか、環境に愛をもって奉仕しているか、それをまず反省してみなさい。

 これは谷口雅春先生の『女の浄土』の巻頭にある言葉であります。だいたい自分の運命を環境や他の人のせいにすることは間違いなのです。運命という字は命を運ぶと書くでしょう。その人の命のひびきである命令を身体や環境として運んでくるのです。例えば自分の不幸をつぶやいていると、その人の運命は必ず不幸になります。反対にどんな環境にあってもその人の思想が明るければ必ず幸福になれます。




   写真の技術

 皆さまは写真を写されたことがあるでしょう。写真というのはマコトを写すと書きます。考えてみると写真はやはり真実を写すものです。暗い心の人は写真をひと目見るとわかりますね。ところであの写真を綺麗に写すには大切なことが3つあります。

第1はピントが合わなかったらピンボケになるでしょう。お互いの人間関係でもやはりその人の真実なる姿にピントを合わさなければだめです。人間は神の子なのですから神の子の方へピントを合わせることが大切です。

親鸞聖人の「教行信証」の中に「実において修行せざれば無明の闇は消えず、祈願成就せず」と説かれています。実において修行するとは、実相の完全円満なるものにピントを合わさなければ祈願は成就しないということです。現象の悪い相を有りとして、その方へピントを合わすと現象は決して良くなりません。

 第2はレンズを明るくするということです。心のレンズが明るければ少々不幸な境遇にあっても必ず周囲を光明化します。従って必ず幸福、健康が約束せられます。反対に心のレンズの暗い人は陰気で不幸な人生を辿る事になります。

 第3はレンズがいくら明るくとも逆光線では写真は写りません。私達の人生もそれと同じことで他人から照らしてもらうような生活ではなく、自分から相手を照らす生き方が素晴しいのです。




    夫や他人のために生きる

 この間も二階堂の藤吉シズエさんが体験を話していられましたが、もう7、8年も前にご一緒に信仰していらっしゃったご主人が亡くなられたのです。けれども藤吉さんは、天を恨むでもなく心を明るく生き抜いて来られました。ご主人が亡くなられる前に田を一反三畝ほど新しく購入しておかれたのですが、ご兄弟や村の皆様が、女手で八反以上の耕作は無理だ、このさい欲しい人に譲りなさいとおっしゃって下さる。けれども、其の田を作るために主人が購入されたのですから、ここで手放せば主人が喜ばれるであろうか。人が3日かかるところは自分は1週間かかってもよい、百姓こそ我が使命と今日まで懸命に励んで来られました。そして女の手で供出も村で1、2を立派に果たして来られ、また什一会員や「白鳩」誌の一括愛行なども率先して続けて来られたのです。

 最近、村の近くに宅地造成が盛んになり、藤吉さんのその土地も対象になり、それに協力することが村の人を喜ばせ村全体が著しく発展するというので、毎晩のように集会が開かれまして、藤吉さんも考えられたのです。以前は主人の心を思い断られたのですが、今回は村の人の立場と村全体の発展のためを思い、ついに一反三畝の田を手渡されることになりました。すると会社も税引きで500万円程支払って下さることになり、そのうえ代替地を差上げましょうと藤吉さんの田の続きを一反五畝ほどわずか50万円という安い価格で分けて下さったそうです。常に神様の御用に立たせて頂いたらと心掛けつつ夫のため、他人さまのためと心掛けていると、神様は幾らでも幸福にしてくださいます、と本当に嬉しそうでした。



平成28年2月11日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




             
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-02-11 19:37 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.30
2016年02月10日(水)











開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.30





[1330] 総括<軟禁事件>@ ―――『狂乱総裁マサノブ』君の命運は尽きたり、今度は速やかに、マサノブ君は辞職せざるを得ず! 如何ですか?信徒の皆さん!

上泉信綱 - 2015年12月01日 (火) 00時33分




掲示板閲覧者の注視を集めていた『狂乱総裁マサノブ』君 VS 『異才・トンチンカン』氏の“軟禁事件”に関する世紀の一戦は、行司役の「トキ」さんが、『狂乱総裁マサノブ』君の投稿文を管理人権限を行使して“強制削除”を行い、ここに『異才・トンチンカン』氏が完膚なきまでに『狂乱総裁マサノブ』を打ちのめしたのであった。この戦いの判定によって、 『狂乱総裁マサノブ』君の命運は尽きたのであります。今度は速やかに、マサノブ君は辞職せざるを得ない事態に立ち至ったのであります。



「トキ掲示板」に於ける“軟禁事件”に関する『狂乱総裁マサノブ』君の投稿者名は「神の子さん」となっている。この「神の子さん」という自分の名を隠す便利なハンドルネームをマサノブ君は多用して投稿したのであるが、その文章を読むと、この“軟禁事件”に関する「神の子さん」は「=マサノブ」である事は明白である。しかし、マサノブ君はあくまでも「この『神の子さん』は自分ではない」と何処までも言い張るのである。



先ずは、『狂乱総裁マサノブ』君が、頭に完全に血が昇った“怒髪天を突いた”状態で、どのような投稿文を書いたか、そのクライマックスのところを次に転載いたします。



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<トキ掲示板・組織板>

2649 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 09:30:01 ID:myW6Wp0M
ほんとゴミクズだな。こんなゴミクズを育てたのは誰かな?普通の親は息子が不良になると世間様に申し訳ないとか親として恥じるんだけどそれすら出来ないということはつまり、この親にしてこの子ありって話だね

2651 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 11:19:56 ID:myW6Wp0M
どうやったらこんなゴミクズが育つのか逆に知りたいわ。恵美子先生が生長の家の子育てをしたのに息子はゴミクズになったとすれば生長の家の子育ては間違っていた事になる。恵美子先生が他人には説教しておきながら自分は生長の家の子育てをしなかったとすればトンデモ嘘つきということになる。どっちよ 。

2652 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 11:22:57 ID:myW6Wp0M
ジュンコの実家も生長の家なんだろう?。夫婦揃ってクズじゃん。生長の家の教育って間違ってるんじゃないの?

2654 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 11:33:30 ID:myW6Wp0M
親の責任じゃ無いとすれば何?生まれた時からゴミクズだったとでも?そんな奴は生まれて来ない方が良かったよね。堕胎してりゃ良かったのかな?トンチンカンさんは堕胎推奨なんだね

2655 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 11:35:03 ID:VIDEknyA
創業家にこんなゴミクズが産まれるなんてどれだけ業が深いんだろうね。

2658 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 13:43:34 ID:myW6Wp0M
親に責任が無いとすれば生まれた時からゴミクズって事になるよ。ゴミクズ要らないよね?堕胎以外にゴミクズを生み出さない方法あるの?天才トンチンカン先生、ご教示下さいよ

2659 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 13:44:53 ID:myW6Wp0M
夫婦揃ってゴミクズなのは何で?生長の家育ちなんだろう2人とも 。

2660 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 16:00:47 ID:myW6Wp0M
あ、もう1人クズいたのを思い出した。確か恵美子先生の次男坊は刑務所に入ってたんだよね
普通の親なら世間様息子がこんなので申し訳ございませんとなるけど、トンチンカンさんに言わせると親に責任は無いんだね。どんな育て方したら息子2人も出来損ないになるんだろうってのが世間一般の見方だけど、警察の人にも「産んだだけですから知りません」とでも言ったのかね。クズ息子2人にクズ嫁1人、生長の家ってすごいわ。

2661 :神の子さん(=マサノブ) :2015/11/29(日) 16:24:12 ID:kGub84QA
クズ息子2人にクズ嫁1人 生長の家ってすごいわ。そりゃ無理というものでしょ、恵美子先生も離婚経験者でしょ、神様に護られて育った人でも本来の配偶者に出遭えなかった。そして離婚。その所為か長女さんも離婚経験者。何の問題もなく育ったのは次女一人でしょ。離婚が悪いとは言わないが、本来なら魂が引き寄せられて合体するのが結婚でしょう。恵美子先生の離婚には雅春先生もかなり考えられたようでしたね。

2662 :神の子さん (=マサノブ):2015/11/29(日) 16:32:07 ID:myW6Wp0M
マジで?!そんなに離婚だらけなのか。それでよく母親代表、妻代表みたいなことしてたね
信じられない。「私は産んだだけ後は知らない」バッタでももうちょっとマシな事言うと思う

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<感想>


@ 上記の「トキ掲示板」からの“軟禁事件”に関する「神の子さん(=マサノブ)」の投稿文は全面的に、恵美子先生と貴康先生に対する「恨み・つらみ」の感情から書かれている事がわかるのである。しかも、相当激した精神状態でもって書かれているのである。しかも「掲示板」が持っている、不特定広汎の即時伝播作用を忘れて・・・。段々とコトバ遣いが荒っぽくなって行っている。正常人なら読むに耐えない文章なのだが、本当に「よくも此処までかいたなあ!」と開いた口がふさがらないのであります。



A この「神の子さん」なる人物は、自分は『マサノブ』ではないと言い張っている。しかし、―――

1、マサノブ君以外で、恵美子先生や貴康先生に対して「恨み・つらみ」をもつ信徒がはたしているだろうか? 答えはNO! であります。たとえ、全員茶坊主に成り下がったイソベ君以下の理事参議のなかにも、ここまで深いネトネトしい「恨み・つらみ」の感情を懐いて居る人物も又、NO! であります。ましてや、信徒以外の一般人の中にはこんな「恨み・つらみ」を持っている人も居ないのは勿論である。だから、この「神の子さん」=「マサノブ」なのである。

2、マサノブ君は、文筆の才能には恵まれていて、これまで幾つかの小説やエッセーを書いている。あの悪評高い、新潟中越地震遭遇記「旅人の被災」を読んで見ても、表現力の豊かさは十分に分かる。上記のクライマックス投稿文もなかなかの文筆力を持つ者が書いたことが分かるのである。並みの人間では、このような「恨み・つらみ」の感情の籠もった文章は書けない。書く前に躊躇する。身内の事情の全世界を相手とした公開である事が分かっているからである。だから、この「神の子さん」=「マサノブ」である。

3、特に、 2660、2661、2662 の三つの投稿文の内容は、谷口家の家庭内の状況が記されている。この様な詳しい家庭内事情を知っている人物は、一体誰なのか、第三者ならたとえ知っていても、このような「掲示板」などで発表する人など誰も居ない。だから、谷口家の詳細事情を知っていてこの様な「恨み・つらみ」の罵詈雑言の文章を書いたこの「神の子さん」は「マサノブ」とイコールで結ばれるのである。

4、たとえ、「マサノブ」君以外の影武者が居たとしても、その影武者でさえ、このような「恨み・つらみ」の感情の籠もった罵詈雑言の文章は独断では書けない。其処には、書く投稿文のポイントを指示したメモを、マサノブ君がその影武者に渡して書かせたことも考えられるが、たとえそうだとしても、このクライマックス投稿文の作者は「マサノブ」君自体であるのだ。だから、結論としては、この「神の子さん」は100%「マサノブ」と断定されるのである。



B 次に、上記のクライマックス「神の子さん」=「マサノブ」投稿文において注目すべきところがあります。それは、マサノブ君が『ゴミクズ』と自分自身を表現しているのであります。そして第三者的表現法で

「そんな奴は生まれて来ない方が良かったよね。堕胎してりゃ良かったのかな?創業家にこんなゴミクズが産まれるなんてどれだけ業が深いんだろうね。 」と自己嫌悪の言葉を使って、マサノブ君は遂に自虐的精神状態に陥っているのです。

これは、マサノブ君が、今までの所業が間違っていたことに気付き始め、ホンモノのマサノブ君が、ニセモノの自分を嫌悪し出したのであります。深き迷妄の灰の底に埋もれていた「神の子・マサノブ」の真赤な炭火が消える直前において、勢いを盛り返し、迷妄を焼く勢いが盛り返し始めた。しかし、如何にこの炭火が再び燃え盛ろうとしても、今までの余りにも深い、一般人以上の、宗教家としては到底許されない悪業の迷妄が厚すぎるので、この自己嫌悪心、自逆的精神状態を焼ききってしまうまでにホンモノの真赤な炭火の勢いが燃え上がり続けるかどうかは甚だ疑問であります。

マサノブ君が、この自己嫌悪心や自虐的精神状態を突き破って、「神の子」の炎を大きく燃え上がらせ、自己の迷妄心を焼尽し尽くすためには、これまでの自己の「反・開祖」、「反・『御教え』という反逆心を徹底的に反省懺悔し、それを形に現すために、恵美子先生や貴康先生やお姉さま方へ謝罪し、更に全信徒へも謝罪して、総裁職を辞職して、「生長の家」教団から立ち去ることであります。



C 最後に、何故、マサノブ君が『狂乱総裁』と言われるまでに、“狂乱”してしまったのか?

それは、今回の「軟禁事件」が事実であったことが、貴康先生のブログに書かれ、それが事実であったと証明されたのであります。この事実証明に腹を立てて“カッカ”となって、上記のクライマックス投稿文を書いたのであります。次に、貴康先生の御文章を掲載させて頂きます。―――


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高知の母は元気です
2014/8/4(月) 午後 7:42


私の母は数か月前より住み慣れた原宿から高知に転居して静かに暮らしています。

戦時中に焼夷弾の雨から家を祖父たちと護り、山口から上京した父と出会い、そして長く暮らした原宿の家は知人から「お山」と呼ばれる小高い土地にありました。私もそこで生まれ育ち、中学に上るころには本宅から新宅を父や母が自ら設計して子供たちが住みやすい家を新築しました。もう40年以上前の事です。ちなみに家の瓦の色は私の意見を取り入れて下さり海の青となりました。思い出がたくさん詰まった家でしたが、父が亡くなる前に宗教団体に寄付しました。

 父が亡くなってからだと思いますが、母はその宗教団体の役職を離れたのが原因か住み慣れた自宅の家賃を請求されることになりました。寄付した団体から今までの感謝の代わりにお金を請求されることはきっと戸惑われたと思いますが、もともと祖父の代からその団体に生活費を除いたものは定期的に多額の寄付がされていたので、それにならっておられたのかもしれません。

 しかし、いつの日からか私たち子供や孫がその土地に入ることを許さないという予想外の事態となりました。その組織に入っていない人は「部外者」として立ち入り禁止と言うわけです。結果として、母は高い家賃を払いながらも自宅で子供や孫やひ孫にまで会う事の出来ない状態になりました。母の悲しみは深かったと思います。

 一緒にその場所で生まれ育った思い出の故郷は、寄付した団体の監視下に置かれ自由を奪われたわけであります。恩をあだで返されたとはこのことです。母はストレスが溜まったのか体調を崩しました。

 ことここに至っては母を自由にさせてあげたいという姉たちは、姉の住む高知へと母を誘い出して生活するようになりました。母は体調を日に日に改善させ今、悪い夢が覚めたように楽しく自由に暮らしています。


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D 「異才・トンチンカン」氏の言うように、―――
<< 「谷口貴康氏」の <ブログ記事> は、誰でも拝見できるモノですよね・・「公開の場」に 仝上の文書 が掲載されたのです。ここに「谷口貴康氏」の 並々ならぬ思い を感じざるを得ないのです!!>>

常に兄(マサノブ君)思いの貴康先生が“並々ナラヌ、余ほどの思い”を持って、この投稿文を公にされたのです。マサノブ君よ! もはや、汝の命運は尽きたり! このことを深く自覚して即座に総裁職を辞すべし! これ以上の一切の < いい訳・自己弁護・言い逃れ・屁理屈 > を続けることは、せっかく燃え上がって自己の迷妄を焼尽しようとしている、「神の子」の火種を又、自ら消してしまうことになると知るべし!!





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[1339] 総括<軟禁事件>A ――― 教団最高幹部・イソベ理事長、オオツカ参議長以下の全理事参議の諸君! 君たちは最高幹部としての職責を何と心得ているのか?

上泉信綱 - 2015年12月01日 (火) 14時03分




教団最高幹部・イソベ理事長、オオツカ参議長以下の全理事参議の諸君!

総括<軟禁事件>@に於いて述べた如く、全総裁夫人で前白鳩会総裁であられた谷口恵美子先生に対する、マサノブ君の「実母、軟禁事件」が事実であったことは、貴康先生の御文章によっって証明されたのだった。これは大切な事柄であるので、ここに再掲載をさせて頂くのであります。


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高知の母は元気です
2014/8/4(月) 午後 7:42


私の母は数か月前より住み慣れた原宿から高知に転居して静かに暮らしています。
戦時中に焼夷弾の雨から家を祖父たちと護り、山口から上京した父と出会い、そして長く暮らした原宿の家は知人から「お山」と呼ばれる小高い土地にありました。私もそこで生まれ育ち、中学に上るころには本宅から新宅を父や母が自ら設計して子供たちが住みやすい家を新築しました。もう40年以上前の事です。ちなみに家の瓦の色は私の意見を取り入れて下さり海の青となりました。思い出がたくさん詰まった家でしたが、父が亡くなる前に宗教団体に寄付しました。
 父が亡くなってからだと思いますが、母はその宗教団体の役職を離れたのが原因か住み慣れた自宅の家賃を請求されることになりました。寄付した団体から今までの感謝の代わりにお金を請求されることはきっと戸惑われたと思いますが、もともと祖父の代からその団体に生活費を除いたものは定期的に多額の寄付がされていたので、それにならっておられたのかもしれません。
  しかし、いつの日からか私たち子供や孫がその土地に入ることを許さないという予想外の事態となりました。その組織に入っていない人は「部外者」として立ち入り禁止と言うわけです。結果として、母は高い家賃を払いながらも自宅で子供や孫やひ孫にまで会う事の出来ない状態になりました。母の悲しみは深かったと思います。
 一緒にその場所で生まれ育った思い出の故郷は、寄付した団体の監視下に置かれ自由を奪われたわけであります。恩をあだで返されたとはこのことです。母はストレスが溜まったのか体調を崩しました。
 ことここに至っては母を自由にさせてあげたいという姉たちは、姉の住む高知へと母を誘い出して生活するようになりました。母は体調を日に日に改善させ今、悪い夢が覚めたように楽しく自由に暮らしています。

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この「軟禁事件」が事実であったことを一番よく知っているのは、恵美子先生の日常生活を監視下に置いていた総務担当の理事である。そして、他の理事参議の諸君も全員その事実を知っていたのである。知りながら、「実母を軟禁する事はまちがっていますよ。殿、このようなことお止めくだされ1」と忠告・諌言するものは誰一人としていなかったとは、まことに情けなき人たちである。その理由は、忠告・諌言すれば、直ちに理事参議の地位を失い、マサノブ君のペン先一つで左遷⇒給与引き下げが待っているからである。

次に、最高幹部役員たる理時・参議の諸君に問う。「神の子さん」というまことに便利な正体を隠すハンドルネームを使って、マサノブ君は、自分の母親や弟の私的事項を、これ見よがしに全世界に対して拡散効果を持つ掲示板で、罵詈雑言の恨みつらみの感情をもって暴露投稿したのである。これ等の投稿文を読んで理事参議の諸君はどう思うのであるか?


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2658 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 13:43:34 ID:myW6Wp0M
親に責任が無いとすれば生まれた時からゴミクズって事になるよ
ゴミクズ要らないよね?堕胎以外にゴミクズを生み出さない方法あるの?天才トンチンカン先生、ご教示下さいよ

2659 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 13:44:53 ID:myW6Wp0M
夫婦揃ってゴミクズなのは何で?生長の家育ちなんだろう2人とも

2660 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/29(日) 16:00:47 ID:myW6Wp0M
あ、もう1人クズいたのを思い出した。恵美子先生の次男坊は刑務所に入ってたんだよね。普通の親なら世間様息子がこんなので申し訳ございませんとなるけど、トンチンカンさんに言わせると親に責任は無いんだね。どんな育て方したら息子2人も出来損ないになるんだろうってのが世間一般の見方だけど警察の人にも「産んだだけですから知りません」とでも言ったのかね。クズ息子2人にクズ嫁1人。生長の家ってすごいわ

2661 :神の子さん (=マサノブ):2015/11/29(日) 16:24:12 ID:kGub84QA
クズ息子2人にクズ嫁1人 生長の家ってすごいわ。そりゃ無理というものでしょ、恵美子先生も離婚経験者でしょ、神様に護られて育った人でも本来の配偶者に出遭えなかった。そして離婚。その所為か長女さんも離婚経験者。何の問題もなく育ったのは次女一人でしょ。離婚が悪いとは言わないが、本来なら魂が引き寄せられて合体するのが結婚でしょう。恵美子先生の離婚には雅春先生もかなり考えられたようでしたね。

2662 :神の子さん (=マサノブ):2015/11/29(日) 16:32:07 ID:myW6Wp0M
マジで?! そんなに離婚だらけなのか。これでよく母親代表、妻代表みたいなことしてたね。信じられない。「私は産んだだけ後は知らない」バッタでももうちょっとマシな事言うと思う

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@ 谷口家の事情を詳しく知っていて、このような罵詈雑言の投稿文を「恨み・つらみ」の感情を最高度に募らせて書けるのは、マサノブ君以外にはいないことを諸君等もわかっているはずだ。理事参議の諸君が、たとえマサノブ君の影武者となって代筆していたとしてもここまでは絶対に書けぬであろう。諸君等は全員、この「神の子さん」は「マサノブ」自身であると心の中では確信しているはずだ。



A イソベ理事長、ユキシマ副理事長、オオツカ参議長以下の理事参議諸君!

諸君等は、紛れもなく教団の最高責任役員である。民間会社なら、副社長・専務・常務・取締役であって、会社の経営責任と企業の社会的責任を負う。


1、理事・参議の諸君等は教団が赤字に陥り、回復の可能性ゼロの見通しに立たされているのに、何故その経営者責任を感じていないのか? 信徒の浄財から赤字経営にかかわらず、相変らずに超高給を毎年、毎年むさぼっていることは恥かしいとは思わぬか? 「理事参議たちは、『教勢衰退』の責任をどう感じているのか?」という信徒の質問にどう答えるのか?


2、「イソベ理事長」は昔に「オレはタマシイをマサノブに売りわたした」と本部の中で話した、と聞く。ならばこそ、その見返りとしてマサノブ政権の理事長になれたのである。かくして、理事参議諸君は、マサノブ君から超高給を与えられ、全員物言わぬイエスマン、全員が茶坊主となってしまった。マサノブ君は、あの「お通夜の暴言事件」以来、自分の思いに逆らうものに対しては、感情が激してくるとヤクザ言葉になってしまう性癖がある事が明かになってきた、多くの信徒が知るようになって来た。だから、「掲示板」上では、マサノブ組長、イソベ若頭、ユキシマ金庫番、オオツカお飾り雛という諸君等にとっては恥辱の評価名を得た。このことに対しても、理事参議の諸君は、自分自身がまことに不甲斐ない人間、金の奴隷になった人間であると憤慨しないのか? 今の諸君等はまことに不甲斐なき人間となっている。ここまで、信徒から言われてもまだジッと我慢して、ひたすら定年を迎える、そして高額の退職金を得ることのみを目的として生きているのか?


3、少なくとも、諸君等は宗教家と言う肩書きを持っている。ならば、上記の恵美子先生や貴康先生に対するマサノブ君の恨みつらみの罵詈雑言をこのまま許して置くべきではない。全信徒の手前からいっても、このままにして置くならば、理事参議の職務怠慢である。諸君等はこの「軟禁事件」が事実として証明され、信徒の前に明かになった以上、この「軟禁事件」にかかわった一員として、責任を取らねばならないのである。宗教団体の最高幹部役員としての責任は重大である。このまま、「人のウワサも75日」と決め込んで、ウヤムヤのうちに終わらせようと考えるべきではないのである。この『軟禁事件』を知る全信徒は、今、イソベ・ユキシマ・オオツカ以下の全理事参議の身の処し方を注視しているのである。説明責任を果しなさい!!




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[1342] 総括<軟禁事件>B ――― 余りにも“出来すぎ”ている「トキ掲示板」のその後のマサノブ君(神の子さん)の書き込み!――― かくして、『狂乱総裁マサノブ』君は擁護温存されたのだった!

上泉信綱 - 2015年12月01日 (火) 21時10分

一連の「クライマックス罵詈雑言」の書き込みを為した『狂乱総裁マサノブ』君は、「トキ管理人」氏によってその投稿文を強制削除された。この強制削除を受けてマサノブ君は、次のような書き込みを行った。


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2668 :神の子さん:2015/11/29(日) 22:19:59 ID:myW6Wp0M
トキさん、わかりました。中途半端な事をしないで、この投稿のみ残してID:myW6Wp0Mを全て消して下さい。 トンチンカンさんにID:myW6Wp0Mが引用されていたなら、その分も含めて消して下さい。聖使命会費も、もう払いません 。手元にある本、全て処分します。これで決心が付きました。背中を押して頂いて深く感謝申し上げます。

2670 :神の子さん:2015/11/30(月) 13:37:28 ID:qN2DNJMI トキさん誠にお手数ですが>>2668の実行よろしくお願いします
地区の担当者には脱会の旨、連絡致しました
折り返しの返事待ちとなっております

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このように、マサノブ君は、最後の最後まで、「自分はマサノブではない」と云う事を強調して置きたかったのでしょう。そのための「聖使命会費も、もう払いません 。手元にある本、全て処分します。地区の担当者には脱会の旨、連絡致しました」の文章だったのであります。一般信徒の一人だという印象を付けたかったであります。そして又、女々しくも次の一連の「弁解・いい訳・言い逃れ」を書いたのであります。



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2674 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/30(月) 16:03:06 ID:qN2DNJMIトキさんありがとうございます。削除がそんな面倒なものだと知りませんでした。ID入力して削除くらいで済むと軽く考えていました。お手数お掛けして申し訳ございません。トキさんからのご質問にお答えする前に、何故あのような暴言を書き込んだのか説明いたします。私は過去にも神の子のまま何度かトンチンカンさんとやり取りした事があるのですが。トンチンカンさんに総裁=曳馬野=神の子と決めつけられ、とても嫌な思いをして来ました。私には私の意見があるし、曳馬野さんとは異なる部分もあるし、総裁に於いては何をお考えなのか、さっばわりわかりません。それでもトンチンカンさんの意見が一方的だと思う場合には総裁を擁護したりもしました。でも、その書き込みはトンチンカンさんによって自己弁護と処理されてしまい。自分とは無関係な事まで謝れと言われ面倒で仕方ありませんでした

2675 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/30(月) 16:03:37 ID:qN2DNJMI
そこで自分は総裁では無いと証明する為に総裁なら絶対書かないような事を書いてやろうと考えたのです 。総裁の悪口を…自分で自分の悪口なんて言わないじゃないですか。しかも管理人さんが名誉毀損を心配して削除して下さったIPアドレスなど様々な情報が見られる立場の管理人さんに神の子は総裁では無いですよと証明して下さったのです

2676 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/30(月) 16:04:29 ID:qN2DNJMI
でも、極力悪い言葉を使うまいという自分のポリシーからは大きく外れる事になってしまい、何やってるんだろう…みたいな気分です。私はトンチンカンさんみたいに恵美子お母さんの心配をしているフリをしながらそれを恵美子お母さんの愛する子供さん達の攻撃の材料にする気持ちが理解できません。生長の家の人は光明面しか見ないのでは無いですか? 私があのような書き込みをしても誰も谷口家の人々を擁護する人は現れませんでした

2677 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/30(月) 16:05:02 ID:qN2DNJMI
唯一、教団が恵美子先生から家賃を徴収していた事について私が税金対策では無いかと書いた時、訊けさんだけがそうかもしれませんね総裁のご愛念かもしれませんねと賛同して下さいました。ちょっと時間が無くなって来たのではしょりますが、私が管理人さんなら、私の暴言はもちろん、トンチンカンさんの恵美子お母さんに謝れみたいな投稿も消します。また、書けたら書きますね。失礼を申し上げてすみませんでした

2682 :神の子さん(=マサノブ):2015/11/30(月) 21:05:04 ID:qN2DNJMI
管理人さま 、大変なお手数をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。ちょっと暴言が過ぎました。かなり反省しています。自分を正当化するような事を書きましたがイライラをぶつけてしまったところもあります。「人の悪口」というのは書きやすいですね。人を庇うのと違って反撃を考えなくて済むでも後味がめっちゃ悪いです。色々書こうと思いましたが、混乱してまた変な事を書きそうなので辞めておきます。トンチンカンさん、巻き添えで投稿が移転になって申し訳ございません。

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<感想>


@ クライマックスの腹立ち興奮から一転して、この殊勝なる丁寧な書き方! なにか気味悪さを感じるのであります。そのまま黙って退散すればいいものを、また戻って来て、「いい訳・弁解」そして「言い逃れ」な書き込みをしているのでありますが、これは閲覧者信徒の『狂乱総裁マサノブ』としての印象を出来るだけ軽くして置くためであります。これも策士「マサノブ戦略」の一環と考えておかねばならないのであります。


A 「自分で自分の悪口なんて言わないじゃないですか。」と「マサノブ=神の子さん」は書いています。マサノブ君は小説家でもありますから、登場人物を自由に仕立てて「自分で自分の悪口を言わしめる」ことなど簡単にやってしまうのです。また、「IPアドレスなど様々な情報が見られる立場の管理人さんに神の子は総裁では無いですよと証明して下さったのです。」と行っておりますが、「トキ管理人」氏が、IPアドレスから見て、この「軟禁事件の神の子さん」はマサノブ総裁ではないと証明した文章は、私の見た限りでは見当たりません。もし、見落としていれば、その箇所の投稿NO.を指摘していただきたいと思います。なるほど、「トキ管理人」氏は、この掲示板の公的な見解は、「この掲示板に総裁が投稿がされているという証拠はない」と書いてありますが、IPアドレスはパソコン堪能者なら自由変更可能らしく、IPアドレスだけで、マサノブ君ではないと断言できないのです。客観的状況証拠は十二分に存在するのであります。本当に、「トキ」さんが、マサノブ君ではない他の人だと明確に分かっていたなら、その時点で容赦なく強制削除していたはず。強制削除までの時間がかかっているため、「トキ管理人」氏は、この「神の子さん」に遠慮があった。ということは、「トキ管理人」氏すら、「軟禁事件」での「神の子さん」はマサノブ君であると確信していたためだと考えられるのであります。


B 又、「トキ管理人」氏の次のような慇懃無礼な丁寧な「神の子さん=マサノブ君」への応答書き込みにも不自然さを感じるのであります。


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2672 :トキ:2015/11/30(月) 14:20:35 ID:9ZcW.rh6
 ご連絡ありがとうございました。多忙のため、お返事が遅れたことをおわびします。 すべての投稿の削除はできませんが、可能な限りの投稿は削除させていただきます。時間の関係から、即時の削除はできませんので、少しお時間を頂戴できればと思います。 また、トンチンカン様におかれましても、ご趣旨をご理解くださり、削除に同意をしてくだされば幸いです。 せっかくのご投稿を了承なしに削除した点については、重ねてお詫びします。 その上で、あらためてお尋ねしたいのは、もし、投稿者様が、管理人の立場でしたら、あの投稿を残したでしょうか、ということです。 谷口家内のことについての私の考えは以前に申し上げましたが、対抗言論で効果の消滅が期待できる「名誉毀損」と異なり、いったん投稿されたら効果の消滅ができない「プライバシー」侵害の場合は、投稿がされたら、管理人の判断で即時削除を行うのが管理人の責任となっています。従いまして、過去、トンチンカン様の投稿を含めて、プライバシー侵害の投稿はもちろん、その可能性がある投稿も、管理人の判断で即時削除しております。
 
2673 :トキ:2015/11/30(月) 15:47:58 ID:a0oqtoRc
 次に、谷口清超先生と谷口恵美子先生は、教団に在籍する人間にとっても、本流復活派の人間にとっても、尊敬と愛情の対象になっています。一部の本流復活派には、谷口清超先生に異論を唱える人がいると聞いていますが、谷口恵美子先生については聞いていません。 つまり尊敬する谷口雅春先生のお嬢様です。 そういう方について、一般の掲示板ならともかく、生長の家の信徒を対象にした掲示板で、否定的な内容の投稿をすることは、控えめに言って、他の信徒の心情を深く傷つける言動であると言えます。 投稿者様は、聖使命会員をされていたと聞きましたが、あの投稿をされたのが生長の家の信徒を名乗る人間であることに驚いております。

2678 :トキ:2015/11/30(月) 16:06:47 ID:9ZcW.rh6  
いくつかの新宗教の教祖や開祖の中には、ご自分を「普通の人間以上の存在である」と言われている
人もおられるとは聞いています。しかし、谷口雅春先生は、あくまでも、 「私も、信徒の皆様と同じ、一求道者である」という立場を終生貫かれています。古い信徒さんの話を聞くと、信徒は谷口雅春先生を愛し、尊敬はしていたらが、後世のように「崇め奉る」ようなやり方には違和感を覚えていたともいいます。つまり、公的にも私的にも、谷口雅春先生は、人間である、ということです。もちろん、宗教的な天才であることは疑問の余地はありませんが、信徒としては、その謙虚な姿勢こそ、学ぶべきだと
感じます。 同時に、子供や孫と言っても、最終的には人格の独立はあるし、宇治で行われた「詳密講習会」でのご講話で、谷口雅春先生ご自身がその点について、話をされている部分があったと記憶しております。そういう前提を考えると、谷口雅春先生に責任を負わせるようなごときの発言は、おかしいと思います。規約で「谷口雅春先生の教えを否定する投稿は」ご遠慮くださいとありますが、この考えは続けたいと思います。 なお、仄聞するところでは、谷口雅春先生ご自身が、遷化の後、教団が大混乱に陥るだろうと予言をされていたとも聞いています。そして、そういう「嵐」に飲まれ込まれないように気をつけるべきだと言われていたとも聞いています。 信徒としては、こういう時期だからこそ、聖典を拝読し、地道に行をすべきだと考えております。

2679 :トキ:2015/11/30(月) 16:14:43 ID:a0oqtoRc
 ご投稿、ありがとうございました。投稿が行き違いになりました。すみません。 こちらこそ、行き届かずにたいへん申し訳ありませんでした。ご気分を害されたことに再度、お詫びします。 この掲示板では、投稿者様の身元を詮索するのは「野暮」ということになっております。ですから、投稿者様の身元は興味がないし、特に本人から通知があった場合を除いては、私も知りません。 この掲示板の公的な見解は、「この掲示板に総裁が投稿がされているという証拠はない」というものです。過去にこの掲示板の管理人は教団の理事長だというデマが飛び交い(笑)、本気にしていた人もいたのですが、自然と消えてしまったので、そのままにしておきました。

2680 :トキ:2015/11/30(月) 16:55:58 ID:9ZcW.rh6
 以前、申し上げたのは、「谷口家内部のことはプライバシーに関することなので、原則としては、外部の人間が関わるべきではない。ただし、谷口恵美子先生が高知に行かれた件は、谷口家内部の問題にとどまらず、教団とも関わる問題になってしまった。」ということでした。 この点はトンチンカン様と意見が異なりますが、私は、この件には触れるべきではないとは考えています。ただ、第三者の視点で見ると、谷口恵美子先生が高知に行かれたことは教団内でも広く話が広まっていますし、プライバシーという理由だけで処理できない話になってしまいました。ここにこの問題の難しさがあります。 伝え聞くところでは、谷口家の方々も、この問題には外部の方があまり介入するのは好まれないみたいです。谷口恵美子先生のお写真を公表したのも、信徒の心配に配慮したのではないか、と拝察しています。 そういう事情を知っている人も多いので、この件は反応が鈍いと想像をしております。バタバタしており、乱雑な文章になり、すみませんでした。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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C この「トキ」さんの一連の文章を読んで感じることは、「トキ」さんは、やはりコウモリ軍団、内股膏薬の性格の人であると云うことであります。


1、「プライバシー侵害の場合は、投稿がされたら、管理人の判断で即時削除を行うのが管理人の責任となっています。」(2672)


2、「一般の掲示板ならともかく、生長の家の信徒を対象にした掲示板で、否定的な内容の投稿をすることは、控えめに言って、他の信徒の心情を深く傷つける言動であると言えます。 投稿者様は、聖使命会員をされていたと聞きましたが、あの投稿をされたのが生長の家の信徒を名乗る人間であることに驚いております。」(2673)


3、「谷口雅春先生に責任を負わせるようなごときの発言は、おかしいと思います。規約で「谷口雅春先生の教えを否定する投稿は」ご遠慮くださいとありますが、この考えは続けたいと思います。」(2678)

以上の如く、マサノブ君の行き過ぎはよくない、と「正論」でもってたしなめている一方、―――


4、「仄聞するところでは、谷口雅春先生ご自身が、遷化の後、教団が大混乱に陥るだろうと予言をされていたとも聞いています。そして、そういう「嵐」に飲まれ込まれないように気をつけるべきだと言われていたとも聞いています。」(2678)


5、「この掲示板では、投稿者様の身元を詮索するのは「野暮」ということになっております。ですから、投稿者様の身元は興味がないし、特に本人から通知があった場合を除いては、私も知りません。 この掲示板の公的な見解は、「この掲示板に総裁が投稿がされているという証拠はない」というものです。」(2679)


6、「谷口恵美子先生が高知に行かれた件は、谷口家内部の問題にとどまらず、教団とも関わる問題になってしまった。」ということでした。 この点はトンチンカン様と意見が異なりますが、私は、この件には触れるべきではないとは考えています。(2680)



このように、マサノブ君を擁護することも「トキ」さんは忘れてはおりません。足して2で割る妥協派の和解論者、どちらに転んでも最後まで自分の居場所だけは確保して置くコウモリ軍団、まことに信用が置けない内股膏薬的人物であります。




<総括の総括>


1、今回の「軟禁事件」に於ける「トキ掲示板」での一連のやり取りは、全体として俯瞰してみれば、余りにも“出来すぎていた”と思われるのである。自作自演は、件の「法燈継承」の自作自演劇以来、マサノブ君の専売特許であるからである。目的は、窮地に追いつめられ逃げ場を失った『狂乱総裁マサノブ』君の救出作戦、擁護温存のための自作自演であったのである。


2、舞台裏では「マサノブ」――「トキ」ホットラインでの打ち合わせがあったとも十分に推論できるのである。(「トキ掲示板」開設のときの経緯やその後の内容の推移から見てもである)。先ず、マサノブ君が徹底して、恵美子先生と貴康先生を貶める罵詈雑言の投稿文を書き込みする。そして、クライマックスに達した時に、「トキ」さんが出て来て、その行き過ぎたマサノブ君の「罵詈雑言」投稿文を強制削除する。その後に、マサノブ君に対して弁解・いい訳の書き込みの場を提供して一般信徒の印象をよくして「掲示板」から退出せしめる。そして、「ほとぼり」が消えるのを待つ。「人のウワサも75日」。かくして、マサノブ君は窮地を救われ、擁護・温存されて「終身総裁」の座に座り続けることが出来るのである。


3、このように考えてくると、「トキ」さんが「したらば版の掲示板」を閉鎖し、アラシ対策を施した「せっかく版の新掲示板」を本格的に稼動させることをなかなか実行しなかった理由も納得できるのである。おそらく、マサノブ君からの強力なる圧力が掛かったものと考えられるのである。しかし、「生長の家」完全解体というマサノブ君の野望を達成させるべきではない。その意味で、宗教家として大勢の信徒のリーダーとしては決して許されるべきではない「ニセの法燈継承」事件と、この「軟禁事件」とはマサノブ君が全信徒に謝罪して辞職するまで追及の矛を収めるべきではないのであります。


2016-02-10 21:56 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第七回>
2016年02月09日(火)







御高弟著作シリーズ 




「神様が見てござる」
 


北尾巳代次先生



<第七回>





 
第4編   繁栄は貴方の手で





   初心忘るべからず

 宇治本山の繁栄の集いにゲストとして出席させて頂いたら、受講者の一人が、大変に貴重な体験を話されました。

 本人はまだ若い青年で、大阪のどこかで饅頭屋さんを商っていらっしゃるのですが、数年前奉公先から独立して、何とか一人前の和菓子を造りたいというので、一所懸命に研究致しまして、とにかく、お客第一、味第一をモットーにして、頂いた利益を、ほとんどお客様に還元するように働かせて頂いていたそうです。

 最初は自分の饅頭を賞味して下さる方が少なくて、雨の日でも、どんなに夜遅くとも、注文して下さるお宅にはもう嬉しくて嬉しくて、辛いとか、うるさいとかいう心は微塵もなく、ただ有難いという心一筋に、口笛を鳴らしながら配達の回らせて頂いたとおっしゃるのですね。

 ところが、いつしかその苦労が報われて、注文も多くなり得意も固定して参りまして、自転車がいつかモーターバイクとなり、今年は春から新車の四輪を運転するまでにならせて頂いたが、その割に感激が薄れて来て、今日のように雨でも降ると、もう仕事を早めに切り上げまして、電話が掛りましても注文をお断りするという心境に落ちて来ています。

今回この“栄える会“に寄せて頂いたのは、皆様のお話を伺わせて頂いて、見失しなわれた心の張りと申しますか、喜びを今一度反省させて頂いて、初心に帰って努力してみたいと考えるからでございます、となかなか貴重なる発言をせられたのであります。




   前進しなければ落ちる世界

 誰でも事業を始めました当初は、相当の意欲を持ちましてどんなに辛いことも苦痛と感ぜず、ひたすら研究を重ね、骨身を惜しまず働かせて頂くものであります。

 それが、ここ2年、3年を経過致しまして、事業も順調に軌道に乗って参りますと、いつしか感激が薄れ、悦びも見失われて、仕事が平凡になり、唯器用に習慣だけで一日過ごすことになりがちなのであります。

この世界で進歩しないものは退歩すると『生命の實相』の中に記(しる)されてありますが、絶えず他人より一歩先んじて進まなければ、敗北する他にないのであります。




信仰のきびしさ

 初心忘るべからず。私達は、時々振り出しに立ち戻って、第1歩から始める気概を持たなければなりません。経験は仕事を始め上の大切の要素ですが、その内容も絶えず進歩し改善せられないと、その経験が、かえって事業の発展を阻害することにもなりかねません。

 昔、奈良県に長尾さんという大変素晴らしい地方講師がいらっしゃいました。この人の個人指導はなかなか定評があって、随分沢山の人が救われ、谷口先生もその顕著な体験を、しばしば全国の講習会で披露せられるほどの有名になられた方であります。ところが或る事情から商売を失敗せられまして、教化部に専念して頂くようになりましたら、どうしたことか、ちょっとも体験が出なくなって仕舞いました。

その頃、長尾先生は一度、
「北尾先生、私は皆様に昔と同じように、人間は神の子であり、病気も不幸も一切存在しないという真理を伝えさせて貰っているのですよ。けれども、私にはもう昔のように奇跡が現れなくなってしまいましたよ……」
 と淋しそうにおっしゃったことがあるのであります。

 私はその時、信仰の厳しさというものを、しみじみ感じさせて頂いたのであります。これはひとり信仰の問題だけでなく、事業経営に面においても、同じことがいえるのではないでしょうか。自分が必勝の信念を持って事業と取り組んでいる間は、色々なアイディアが天降って来て不思議と知恵や力に恵まれ、どんなに困難な問題も案外すらすらと解決するものなのですが、仕事に熱意が欠けて来ると、同じ苦労をしても失敗ばかりするようになるのであります。




   自分の仕事に惚れこめ

 とにかく、事業というものは、絶えざる研究と努力を重ねることです。それに何よりも仕事が好きにならなければなりません。よく他人の花は赤いと申しますが、人の仕事の良いところだけを見て、俺の商売よりあの商売の方がいいなあなんて、人の懐中をみて悋気(りんき)している人もありますが、こんなことで成功する例はないですね。

 加茂に、坂口りよさんという方がいらっしゃいます。郵便局に勤めに出ていらっしゃった時分に、簡易保険の募集に3年続けて郡で1番の成績をあげ、郵政大臣か何かの表彰を受けられたことがありました。私はそのとき、
「坂口さん、あなたは偉いですね。どうしてそんなに素晴らしい成績を挙げることが出来たのですか」と伺いましたら、
「先生、この世の中に簡易保険ほど結構な制度が他にありますかいな」
 とおっしゃいました。

 この一言で、私は坂口さんの1番になった理由が解ったのであります。生長の家の御教えでもこの運動がもっと活発化するためには、誌友の一人一人が生長の家ほど有難い教えが他に二つとない、という自覚を持たなければなりません。




   商売のコツを求めて

 先日も京阪金属の社長の八木与三郎さんに、その話を申上げていましたら、事業というものは、自分が惚れ込んでやったものは苦労のし甲斐もあるが、それだけに必ず成功出来る。しかし、人の製品を見て猿真似をして儲けようとした場合は、一時成功したように見えていても結局は失敗する場合が多いですよ、とご自分の体験を通して共鳴して下さったことでした。

何よりも自分の仕事に誇りを持つということが繁栄への鍵であります。それとともに、人間は欲を出してはいきません。普通の良識からいっても、事業は儲けるためにあると考えているようですが、儲けようとしてかかれば必ず損をします。それよりも顧客のために奉仕することをモットーにすれば栄えるのです。

 いつでしたか南都銀行の商業ゼミナールで、こんな体験を伺ったことがあります。

 その人は東京の新宿方面に新しい食料品店を開業した人であります。店の構えも装飾も莫大な費用を掛けまして、どこから見ても一流の店舗として出発したのでありますが、およそ一ヶ月を経過してみると予想の半分も売上が出来ないのです。「妙だな」と、その若い主人はいろいろな角度から考えてみて、商品の数を増やしたり、ケ―スを入れ替えたり、色々と工夫をこらしてみたのですが、いっこうに思わしい成績を挙げることが出来ないのです。

その時彼の父は、
「お前はまだ若いから商売のコツを知らんのだよ。一度仙台のわしの友達の家に行って、商売の実際を勉強してきなさい」とおっしゃったのです。




   お客の身になってサービスを

 そこで、この息子さんは早速父親の紹介状を持って、仙台の何とかいうお店を訪ねて行ったのです。この店は奥州きっての食料品店ですが、青年は自分の店に比較して何とも見すぼらしい店舗に感じられました。
「なーんだ。大した店じゃないじゃないか」と彼は感じましたが、その繁昌ぶりにはちょっと辟易しました。彼は早速、菓子の売場に配属されました。

「毎度ありがとうございます」
 歯切れのよい東京弁で愛想よく品物を包装して客に帰すと、待っていたかのように隣の店員から、
「ちょっと、東京のお方、私のお店は薄利多売をモットーにしているのですから、包装一つにも無駄を造らないように、よく注意して下さいね」
 と、声を掛けられました。

「なるほど、この店は経費を出来るだけ少なくして客に廉価サービスしているからそれで良く流行るんだな。よーし今度から気をつけるそ」
 青年はそう思うと、次の客にはできるだけ小さな包装紙で、紐も節約してゴムバンドでくるんで渡しまして、これなら良かろうと思って女店員の方をみると、その女の方は、
「東京の方、あなたは今のお客さんが靴を履いていらっしゃったのを御存じですか。あの人はきっと遠くから汽車かバスでご通勤になっていらっしゃるに違いないのです。だから小さな包装紙やゴムバンドでは途中で紙が破れて、品物がこぼれるような御迷惑を掛けることがあるかも知れません。こんな時には出来るだけ大きな包装紙で、丈夫に紐を掛けておいてあげて下さいね」
 と注意されたのです。

「あーそうか、俺はそこまで気が付かなかったなあ」
 青年はそう思うと、次の客の足許をよく確かめてから、
「この人も靴だな、すると大きな包装紙で、紐で縛ってあげなくちゃ」
 と、独り言を言いながら品物をお渡しして、やれやれと手を休めていると、先程の女店員がまたニッコリ笑いながら、
「ちょっと東京のお方、あなたは今のお客さんが軍手をはめていたことに気が付きましたかしら。軍手の人は必ず単車か自転車で買物に来て下さっているのですから、買った品物は必ずハンドルの掛けて帰られます。今のように指を通すだけの小さな輪を造って差上げると、お帰りになるのに大変迷惑されるのです。今度品物を渡す時はよく注意して下さいね」
 とおっしゃったのです。

青年はその時初めて商売の難しさというものをしみじみ悟ったといいます。まる一ヶ月の間に彼は見違えるほど立派に成長して、その後新宿の店を立派に繁栄せしめていらっしゃるそうであります。




   失敗の原因はなんであったか

 皆様は果たしてここまで顧客の立場を考え商いをしていらっしゃるでしょうか。近頃は商業ゼミナールがしばしば行われて、あらゆる業種について奉仕の問題が研究せられていますが、その根本は買う人の立場に立って物を造り、売ることではないでしょうか。

 私は今、この文章をしたためながら、先に書いた長尾先生の失敗の原因を考えてみました。先生のお家は奈良の木辻で永らく本屋さんをしていらっしゃいました。場所がらなかなか良く流行る店で、いつも何人かの客が店につめていました。ところが先生の指導が素晴しいために沢山の人が地方から指導を受けたり、お礼に伺われて先生を合掌礼拝せられるようになりました。それが何年か続くうちに客に奉仕すべきはずの本業が等閑視せられて、いつとはなしに顧客を大切に扱わなくなり、客の方が先生の店に寄りつかなくなってしまいました。

 このことは繁栄の法則を説く生長の家の講師としてとくに心すべきことであります。高ぶらずに商人らしくせよ、という真理を伺いましたが、商人は商人らしく、謙虚に奉仕する心を失わないことで、公営の商売が得てして成功しないのは官吏であるという意識が強くなって、官吏ぶって商人らしさがなくなるからでしょうね。

 私の父も定年間近に警察畑を飛び出して実業界に転向しましたが、商人に徹し切れずに途中で挫折してしまいました。頭が高いわけでもありませんでしたが、何となく威圧するような雰囲気があったようです。その点根っからの商人には商人魂というか、なかなか辛抱強い所があって腹を立てませんね。




   仲良しは栄えること

 商人が腹を立てたのではその仕事が死んでしまいます。事業が旨く行かぬ時や健康が思わしくない時は、特に心の安静を得ることが第一です。つまらぬ夫婦喧嘩や、社内のゴチャゴチャが思わぬ大事を引起すことがありますから、常に注意して和解に努めなければなりません。繁栄の根本は仲良しにあります。

 出光興産の出光佐三社長は、事業は人間尊重と人の和にあると書いていらっしゃいますが、ほんとにそうですね。店主が店員の人格を尊重する、店員が店主の手腕を信頼する。店員同士が互いに互譲互助の精神で仕事する。考えるだけでも素晴しいことではありませんか。物を買いに行った時に嫌な雰囲気を感ずる店がありますが、そういう不調和が店をさびれさすことになるのであります。




   繁栄するところ

 かって奈良県三宅村に中川義治さんというかたがいらっしゃいました。ある年、豆を蒔くのに、とても不愉快なことがあって、奥さんを怒鳴り散らしながら仕事を終えられたんです。そして、そのことをすっかり忘れてしまった翌年の春になって、義治さんの蒔いた豆だけが病気になって筋を引いたように枯れてしまった、という体験をお話なったことがありましたが、夫婦喧嘩というものは、こんなにも顕著な作用をするものなのです。

 このことは世間の良識では割り切れないことでしょうが、私達の周囲にはしばしば体験せられることなんです。先日も橿原で、自分が百姓している間は稲の一本一本を南無阿弥陀仏の念仏で植えさせて貰ったが、今日の若い者にはそのことが解って貰えない。ところが昨年大変な不作を見たので初めて私の忠告を入れて、今年は家中南無阿弥陀仏で植えさせて貰ったから、素晴らしい増産になりますよ、と嬉しそうに語っていた老人がありましたが、なかなか立派な心掛けだと感心しました。信仰もここまで生活にマッチしてくると、私達の周囲にはただ繁栄と幸福の他はない、と深く感じさせられたのであります。




 
第5編   幸福の要件




   愛を培う

 先日本部講師の荒井栄太郎先生の講習会が奈良県教化部で催されました。その際中々素晴しい体験談が発表されましたので、その2、3をご紹介して、幸福の要件といったものをお互いに良く考えてみたいと思います。何でも2、3年続けて部落で最も優秀な米作りに成功したという、御所(ごせ)市市場の山本ナラギクさんが次のような体験をお話になりました。

 私、御所市の山本ナラギクでございます。農業を致しておりますが、米作りが昨年も一昨年に続いて部落で一番の成績を挙げさせて頂きました。

これは勿論私達の米作りが村の誰よりも上手だからではございません。否、むしろ広い村ですから私なんかより、もっともっと米作りを研究され、努力もされている立派な方々が沢山いらっしゃるのであります。それにもかかわらず私共が一番をとらせて頂いたのは、これは全く生長の家の信仰をさせて頂いているお蔭でございます。

私は常に「お米というものは神様のお作り下さるものである」と平素から深く信じさせて頂いております。従って私共は、その神様のご愛念に報いるために一所懸命に働かせて貰っているのでございます。

 次に、私は作物を作るということは愛を培(つちか)うことだということを教えて頂いて、少しの時間も田圃に参りまあして米を観るのでございます。ことに田に水を曳く場合など、まず他人さまの田が浸ってから我が田に水を曳くというふうに、常に考えさせて頂いています。

また現象界は心に描くものが現れる、と聞かせて頂いて、毎年お正月に柳の枝を切って餅花を造らせて頂いて、ちょうど稲がふさふさと実っている状態を造らせて頂いて、それを心の底深く印象するように合掌致しまして、
「神様、今年もかくの如き素晴しい実りを実現して下さいまして有難うございます」
 と毎朝夕祈らせて頂くのでございます。

稲というのは真直ぐに立っていても収穫はありませんし、倒れ過ぎてもございません。ちょうど弓なりに穂が垂れるのが一頭良いわけですから、その一番良い状態を餅花にして造らせて頂くのであります。

 山本ナラギクさんは3年ほど前にも谷口雅春先生の前で大変素晴らしい体験を話されたことがありますが、なかなか良い真理をつかんでいらっしゃる方です。




    救いの本態は中にある

 ところで先日、谷口雅春先生の大講習会がありまして、受講させて頂きましたが、そこで谷口先生は、今度発売せられましたR・E・デーヴィス師の著書『心の力の秘密』の一節をお話し下さいましたて大変感銘を受けたのであります。それは同書の70ページに記載されている話で、デーヴィス師がまだ高校を卒業したばかりでフロリダのある州から西海岸まで無銭旅行をすることになったそうです。

その日は小雨の降る肌寒い朝であったそうですが、彼はハイウェーの道路の脇に立って、誰か自分を乗せてくれる自動車がないかと、懸命に手を振って合図を送っていたのです。でもそんなことにいっこう気が付かぬように全速力で走り過ぎて行くのです。そして何時間か経って自動車の交通もまばらになって来た頃、彼はふと、かって愛読したある書物の宗教的な思想と想念について思い出したのであります。

「そうだ、私は外から救いが来るように思って手ばかり振っているが、救いは本態の中にあるのだ。外界は心に描いたものが現れるのだ」
 そこで彼は実際走っている自動車が彼の横にピタリと停止して、ドアが開き、同乗を許されている場面を心にありありと描いて、これを確信するまで続けたというのですね。すると数分後、一台の車がかなり速い速度で走り過ぎていったが、ほどなくその車が戻って来て彼の前でUターンすると、ドアが開いて実際に同乗させてくれたというのであります。

その時、助手席に乗っていた奥さんが、「私達、なんで戻って来たか分らないわ。だけど、あなたの立っている所を通り過ぎると、私達2人とも直ぐ戻ってあなたを拾おうと思い立ったんです。変ですね、私達はこれまでも無銭旅行者は一度も乗せたことはないのですよ」とおっしゃったのです。

 皆様はこの話を単なる偶然の出来事だとお考えにはならないでしょう。私は谷口先生のご講話を聞きながら、これが信仰の本質だと気付かせて頂いたのです。私達は得てして外に向って救いを求め過ぎるのです。病人は薬や医師を求め、事業家は現実の資金や共同経営者を探すのに必死です。だが私達はもっと身近なものを忘れていないでしょうか。

聖書に「吾れ汝等を忘れたるに非ず、汝等吾れを忘れたるなり」と説かれています。神が私達の事を失念していらっしゃるのでなく、私達が神の方へ振り向かないのです。私達はいついかなる時も常に神と偕にあるのであり、この自覚を通し全智にして全能なる神を讃え、感謝し、しかる後デーヴィス師の如く、山本ナラギクさんの如く、最も具体的にその救いが成就するよう心に描き続けるべきであります。

 いつでしたか「光の泉」誌に、姫路の田中久子さんが終バスに乗り遅れながら、ひたすら合掌して、確信を得るまで、「バスは必ず来る、神様ありがとうございます」と唱え続けて、ついに臨時バスに乗車して帰って来た話を書いたことがありますが、人間の狭い考えで、終バスだからもう絶対にバスは来ないとか、こんなことは出来るはずが無いと自己限定してしまうほど愚かなことはありません。

 先日も郡山中学の小林末蔵さんのご子息が、登校途中の電車の中に腕時計を落されたことがありました。学校に到着してから気付いて友人と一緒に駅長室に探しに行かれたが勿論その時には届いていなかったのです。息子さんは、折角お父さんから買って頂いた高価な時計なのに、と大変悲観して帰っていらっしゃったんですが、お母さんは信仰の深い方ですから「あなたに必要なものなら神様は必ず返して下さるですよ」とおっしゃって少しもお叱りにならなかったのです。

するとその翌日息子さんはニコニコしながら、その時計を持って帰って来て、「おかあさん、時計はやはり神様が返して下さったよ」とおっしゃった。それで良く聞いてみると、その一緒に探してくれた友達の弟さんが大学の付属中学に通っていて、近鉄奈良駅の終点で降車の時その時計を拾っていたのですね。この坊やは大喜びでその時計を拾って帰って来て、「兄ちゃん、僕今日こんなに良い時計拾っちゃった」と見せたので、小林君のだ、と一遍に解っっちゃったんですね。私はこの体験を伺っていて神様は随分行き届いているなあと思ったんです。なぜなら何百人という乗客の中で、たった一人小林君が時計を落したことを知っている友達の弟に拾わせるのですものね。こんな体験は生長の家の方ならしばしばなさっていらっしゃると思うのです。私達は平素からもっと神様と心安くならなければいけません。




   神様が好きになる

 研修会で誰だったか忘れましたが、一人の女の方が、聖経の間に挟んだ紙片をお出しになって、「私聖経を誦げさせて頂いた後で必ずこれを読ませいて頂くのです」とおっしゃって、その紙片の内容を次のようにお読みになりました。

1、 私は神様が大好きです。神様も私が大好きです。
1、 私はご先祖が大好きです。ご先祖も私が大好きです。
1、 私は家族の皆様が大好きです。家族の誰も私が大好きです。
1、 私は世間の皆様が大好きです。世間の皆様も私が大好きです。

 なかなか良い言葉ですね。私はその時、ふと日比野友子先生の事を思い出しました。先生はいつでしたか、勝浦の浜で、早朝谷口雅春先生とご一緒に散歩なさっていらっしゃった時に、先生が突然、
「日比野さん、私は神様が好きで好きでたまらんのだよ」
 とおしゃったそうです。

 日比野先生は谷口先生のお言葉を聞いて、非常な感動にうたれながら、自分で深く考えてみたそうです。私も谷口先生のように、神様が好きで好きでたまらんだろうか、と思って考えていると、自分はあまり神様が好きでなかった、とおっしゃるのです。「なぜなら私は神様が好きなのではなく、神様のお蔭が好きで好きでたまらないのだ。と大変恥ずかしく感じました」と正直に告白せられたことがあります。もちろん日比野先生のようなご立派な方がそんなはずはないでしょうが、実際谷口先生のお言葉をお互いに謙虚に反省させて頂かねばなりませんね。

 ところでもう一人天理の中井政治さんが大変良い体験をお話になりました。

 私が生長の家に入信したのは病気でも経済の問題でもありません。ただ私の家は代々短命な家系で、父母も祖父母も若死なんです。従って私はあまり病気したことはないのですが、心の底では絶えず、私も60の坂はとても無事に越えられまい、と秘かに信じとったのです。それを家内が買ってきた「生長の家」誌の表紙を逆さに読みまして、長生(ながいき)の家とは有難いな、この教えで長生が出来るなら、俺も入信させてもらって、中井家の因縁を断ち切ってもらおう、と思ったのです。

それから熱心にお話を聞かせて頂いたら、有難いことばかりで、因縁もない、不幸もない、病気もない。神様に感謝し、祖先を大切にし、家中仲良く深切を尽し合えばいくらでも幸福になるというのですから、もうすっかり惚れこんでしまいまして、家内に相談して、自分の家で誌友会を開かせて頂くようになってからいつの間にか20年経過して、60はおろか、70の坂も越え、明年80になるほど長生をさせて頂くようになりました。今私の家では子供夫婦が50幾歳、孫夫婦が30幾歳、曽孫が今年から小学校に通う村一番の3夫婦揃った長生の家になりました。これはみな谷口先生の尊い御教えのお蔭でございます。

 私は家中明るく幸福に暮らすために、次のような言葉を紙に書いて、お便所に貼ってあるのです。誰でも一日一度は必ずお参りする所ですから効果100パーセントです。

1、 私の家は生長の家で、いつもニコニコ笑い顔。
1、 私の家は生長の家で、いつも明るく朗らかで、
1、 私の家は生長の家で、いつも達者で幸福で、
1、 私の家は生長の家で、いつも喜び、感謝する。
1、 私の家は生長の家で、いつも人殖え、金も殖え、

一番終りに“坐ったら必ず2度読め”と書いてあります。
 まあ閑ですから、2度どころじゃない、5度も10ぺんでも読んでくれるでしょう。こうして目からも耳からも絶えず潜在意識に良い言葉を印象することによって、家庭の、そして人間の運命を変えてゆくものだと信じています。

 中井政治さんて大変素直な良い人なんですね。素直なる人、その人は幸福なり、といいますが、お仕事の方も非常に発展致しまして、今度道場兼用の素晴らしい隠居所を建てて、誌友会のお世話を熱心になさって下さっています。やはり幸福になる人は、一刻も神様と離れぬようご精進なさっていらっしゃることが、この体験を通して感じさせて頂きました。




第6編   素直の徳





自分が変わると周囲が変わる

 自分が変れば周囲が変わると谷口雅春先生が言われました。まことにその通りで、皆様が宇宙の中心であり、皆様の心の現われが環境であるわけです。こんな素晴らしい真理が、三千年の昔から釈尊によって明らかにされながら、世界中の誰もがなかなか信じられないのです。

 まず環境が良くなることだ、幸福というものは環境の中にあるのだ、と唯物論者は考えます。そこで環境を良くするためには金を少しでも多く集めることだと誤解したり、人よりちょっとでも高い地位にありつくことだと考えて不自然な競争を繰り返すのです。でもこうして折角得た環境の中に幸福があるかと思うと必ずしもそうではないようですね。なるほど多額の金を得たり、良い地位に就いた時は、優越感から一時的に幸福な感情を満たすことは出来ますが、今度はそれを失いたくないという執着と、より多く、より高い権力にありつきたいと願って、心を煩わして、現象の生命をすり減らしてしまう愚かな人も少なくありません。

 あの「マタイ伝」の中で「人はパンのみにて生くるに非ず、神のことばによる」とキリストは40日40夜の断食にも屈せず、悪魔の誘惑をしりぞけていらっしゃいますが、私達も物質の執着を一度放さなければなりません。真の幸福は神のことば、すなわち真理のことばを素直に実践するところにあるのです。

でもそれは多くの場合は良識では割り切れない困難を伴います。なぜなら人間的な知恵才覚からは到底理解できない心境になることなのですから。




   無限供給の道

 先日教化部の誌友会にご指導にいらっしゃった刀根好次先生の体験など、大変素晴らしい実例だと思わせて頂いたのです。

 終戦後刀根さんは大陸から帰還されて奈良の土地に住みつかれたのです。横道のさびしい場所でしたが、そこでガラス商を開業、細々と生活を立てられました。そしていつか生長の家の信仰にも触れさせて頂き、家族互いに励まし合って平和な生活にいそしんでいらっしゃった。

そんなある日突然大家さんの方から、
「実はある事情があって、お宅の家がどうしても必要になりましたので、誠にお気の毒だが、年内に家を開けてほしい。入居の時には無条件であけるとお約束してあるのですから、この書類に捺印してもらいたい」
 と一枚の書類を置いて行かれたのです。刀根さんはもうびっくりしてしまったのです。

「そんな無茶なことがあるものか」
 と思っていろいろと交渉してみるのですが、どうしてもらちがあかない。そこで刀根さんご夫婦は奈良市内を家を求めて走り歩かれたのですが、ご紹介下さる家はみな相当な権利金を積まないと入れないのです。「ああ、困ったな」と刀根さんはしみじみ思ったのです。一円の貯えがあるわけではなく、親戚を見渡しても金を貸して下さる当てもない。といってそのまま知らぬ顔の半兵衛も出来ない。もう口先だけの感謝ではすまされなくなったのです。

山中先生にも事情を打明けて、ご指導を受けられました。真理の書も懸命に熟読されました。もちろんいかなる問題も神によって解決されないことはないのですね。だがこの全托に到達するまで、色々と人間は、自分の常識を働かせてみるものです。「百尺竿頭進一歩」という言葉があります。人間知のギリギリのそこを、もう一歩飛び出すことです。いつでしたか、谷口先生の書に「四方八方行詰まった時にも、もう二方残っているではないか。上と下だ。そこに神がある」と。

まことに然りですね。刀根さんはついにこの枠の中から飛び出されたのです。素直にハイです。これより他に解決の道はない。あの『生命の實相』のなかの「神戸の石橋貫一さん、シンシンと降る雪の中を行くあてもないのに、素直に家を空け渡された時に、管理人の心が愛情に変った」というあの無条件降伏ですね。




   無条件降伏は無条件幸福

 谷口先生はいつも「無条件降伏は無条件幸福ですよ」といわれる。刀根さんはついにその心境に到達されたのです。そして書類に捺印をして大家さんご夫婦に面会に行かれました。

「12年間本当にいろいろとお世話になりました。有難うございます。ここに書類を持参しました。どうぞご覧ください」と、その書類をスーッと差出すと、大家さんご夫婦を拝まれたのです。

「ここに立っていられるご夫婦は観世音菩薩なんだ。本当によい人なのだ。愛の深い人なのだ。有難うございます」こう思って合掌していたら、涙がポロポロ出てきたのです。

 すると、大家さんは不思議そうな顔で、その書類を持ちながら合掌している刀根さんを何時までも、ジーッと眺めていられるのです。それは何ともいえない困惑したような表情であったそうです。瞬間、刀根さんの心はパーッと明るくなってしまいました。神様にまかせた。神様があとは必ず良いようにして下さるという信念ですね。こうして憂鬱を吹き飛ばして戻って来られると、何もかも忘れて一週間ばかり働いていられたら、大家さんの方から「刀根さん、ちょっと来て下さい」という使いなのです。

 なんだろうと思って出かけてみると、大家さんがニコニコしながら「実は刀根さん、あなたに家を一軒貸してあげようと思っているのです。実は京終の方の表通りで一軒家が空いたのです。あなたはガラス屋さんだから表通りの方が商売に良いだろうと思うので、修理の大工も明日から入れますから、あなたの好きなように店の造作をしてもらいなさい。お金は私が払ってあげましょう」とまことに棚ボタのお話です。「ああ、やはり大家さんは観音さんだった」と改めて拝ませて頂いて、刀根さんは、飛んで帰ったのです。

 こうして刀根さんは現在の家に店舗を移されました。さすがに表通りで売上は一度に倍になるし、生活は恵まれ、まことに天国浄土今ここに現出したわけですね。私達はこの刀根さんの体験を他人(ひと)事だと思ってはいけません。神様がお造りになった世界だから、神様が必ず良いようにして下さると、今の生活に感謝しながら、常に「百尺竿頭進一歩」の生活を続けて頂きたいと思うのであります。



平成28年2月9日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成





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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




          
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            = パワーアップバージョン =


< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-02-09 19:19 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.29
2016年02月08日(月)







開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.29





[1231] 11・22「枯れ松模様」――― 自らを脚下照顧せずに、偉そうに説教するマサノブ君を信徒は心の中では軽蔑しているのだ! このことが分かっていないマサノブ君は、裸の王様だ! 早く引退しなさい!!

武蔵坊弁慶 - 2015年11月23日 (月) 23時20分




こんな説教いくら話しても、信徒はシラケル一方。これでまたまた多くの信徒が脱退して行く。



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「唐松(枯れ松)模様」平成27年(2015年)11月22日 (日) 
=“ムスビの働き”から世界平和へ= (要旨)


<< 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山にある龍宮住吉本宮出龍宮顕斎殿で「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が行われ、長崎県とその近県の約370人の信徒が参加して、生長の家創始者、谷口雅春先生への報恩感謝を表し、人類光明化・国際平和信仰運動のさらなる進展を誓った。私は式典の最後に概略、以下のような挨拶を行った−− 
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 ・・・龍宮住吉本宮にご祭神として天之御中主大神、高御産巣日神、神産巣日神という“造化の三神”を勧請させていただき、これらの神々の“ムスビの働き”を、私たち運動の中にいよいよ明らかに顕現することにより、“自然と共に伸びる”運動を、そして世界平和実現のための国際平和信仰運動を本格的に展開していくことになりました。・・・今の世界が、特に“ムスビの働き”を喫緊に必要としている・・・自然と人間との関係がバラバラになりつつあるし、神と人間とが離反する傾向が強まっている。そして、人間同士の関係も、個人と個人の間だけでなく、社会と社会、国家と国家、宗教と宗教とが対立する状況が深刻化している。・・・“ムスビの働き”とは「本来一つのものが、陰陽二つに分化して現れ、その二つの合一によって新価値が創造される」ということ。・・・ “森の中のオフィス”では、つい最近、それらのカキの実を収穫して皮をむき、それを軒先に吊して干し柿にする作業を職員たちがしました。季節が結び合って生まれた新価値。・・・表面の違いや現れの違いによって、相手を差別し、拒否するのでは、世界は荒廃してしまう・・・「表面の違いを強調して相手を差別したり敵を作る」という心の姿勢を改めて、一見互いに違うもの同士でも、結び合わさること−−つまり、認め合うこと、協力し合うことで新しい価値が生まれるという考え方を導入しなければなりません。それが“ムスビの働き”なのです。・・・自分と他人とを峻別する心の傾向が強いと、うまくできなくなっていく。・・・私たちが今、進んでいる“ムスビの働き”を拡げていこうとする運動は、これと同じ真理の実践なのであります。どうか皆さん、神はすべてのすべてでありますから、神の子・人間は、すべてのものとの一体感を失わず、それを表現することが喜びであることを忘れずに、この真理を多くの人々にお伝えし、世界平和実現の道を明るく、勇気をもって前進していきましょう。谷口雅宣


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<講評>


@ マサノブ説教の注目点―――

1、 「“ムスビの働き”を、私たち運動の中にいよいよ明らかに顕現する。」

2、 「認め合うこと、協力し合うことで新しい価値が生まれるという考え方を導入しなければなりません。」

3、 「神の子・人間は、すべてのものとの一体感を失わず、それを表現することが喜びであることを忘れず。」


ただ、これだけのことをマサノブ君は信徒に説教したのであります。“説教”なのです。真理を語ったのではなく、総裁から見れば下層の信徒に向かって「ムスビの働きと言うものは、このようなものだから、お前たちは批判せずにムスビを実践せよ! 間違っても仰がれる立場に居るオレを批判してはいけないぞ!」と偉そうに“説教”しているのであります。



A “ムスビ”の正反対を実践しているマサノブ君――

マサノブ君の基本的心情は、「唯神實相」の価値観ではなく、「サヨク唯物現象論」の価値観であります。

だから、表の顔では「認め合うこと、協力し合うこと」――この“ムスビの働き”が大切だと説教し、しかし、裏の顔では「今の教え」と言う「サヨク唯物現象論」を受け入れない信徒を「谷口雅春原理主義者」と認定し、教団外へ追放してしまったのであります。

「認め合う、協力し合う」ではなく、徹底排除して独裁制を確立したのであります。「広く会議を興し・・・」ではなく、自分の価値観に反する進言・諌言を徹底排除して、マサノブ独裁の恐怖型管理体制を敷いたのであります。マサノブ君よ、反論あれば申して見なさい!!



B “ムスビ”を強調するならば、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を深く理解し、教団発展のために尽力してこられた義兄・宮澤先生や実弟・貴康先生と共に、毛利元就の「三本の矢」の故事の如く、相手を携えて、教勢発展、立教の目的(個人と国家の同時救済)に進むべきであったのであります。

しかし、マサノブ君、君は“ムスビ”の紐を無残にも断ち切ってしまったのであります。君は、自然との“ムスビ”は必要ではあるが、人間と人間との“ムスビ”は必要ではないと考えているようだ。君は偉そうに説教したのであるから、ムスビを自ら断ち切った兄弟追放問題に明確に答えなければならないのである。どうかね?マサノブ君! 答えられるかね?



C 実母・恵美子先生の「軟禁事件」、この事件は、いまや反論の余地のない証言者の証言によって完全な事実である事が証明されるにいたっているのであります。

宗教家としてのあるまじき“ムスビ”に反する最大の親不孝の事実、天下に知れ渡ったこの親不孝の事実からの言い逃れは絶対に出来ないのであります。自称の総裁であれ、全信徒へ謝罪し、潔く“辞職”すべきであります。

偉そうに“ムスビ”についての説教等する資格はマサノブ君には無いのであります。 反論あれば申して見なさい。信徒に謝罪し、辞職しなければ、宗教界最大の“卑怯者”であります。

そこに居るジュンコ君、イソベ君、ユキシマ君、オオツカ君も連座して信徒に謝罪し、辞職すべきであります。理事参議の者達も同様であります。ニタニタして傍観している場合ではないのでありますぞ。



D ここまで申し上げても、マサノブ君は自己の不明に気がつかないならば、「狂乱総裁」そのもの、精神分裂していると言わざるを得ないのであります。

或いは、精神年齢はまだ幼稚園児のままであります。

また、精神年齢も肉体人間と同じ63歳の爺さんとすると、「狂乱総裁」の外見を装いながら、本心は、「信徒よ、もっともっと早く脱退して行ってくれ!」と心の中では叫んでいるといえるのであります。

心ある信徒の皆さん、此処はひとつ一時的に「マサノブ教団」から身を引きましょう。現教団の実質信徒数は国内で2万人を切ったと思います。

みんなで渡れば怖くない。一時的に現教団(マサノブ教団)を辞めれば、マサノブ君は辞職しかない道へ追い込まれるのであります。

その後に又、開祖・谷口雅春先生の『生長の家』は必ず甦ります。教団再生のためには、信徒一人一人のこの決断が最重要となって来たのであります。





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[1243] これが、「トキ」さんの究極的マサノブ擁護温存の正体、――― そして、「トキ掲示板」はマサノブ・イソベの直轄掲示板だった!

塚原卜伝 - 2015年11月25日 (水) 01時47分



やはり、「トキ」さんは、何処まで行っても「マサノブ」擁護温存をしたいのだろう。今回の投稿でハッキリしたのであります。現在のマサノブ君が置かれている四面楚歌の状況は、とことんまでに追い詰められてしまったのであります。この窮地に追い込まれたマサノブ組長を何とか助ける道を構じたいと、マサノブ・イソベ君との直通ホットラインで善後策を相談してこの投稿文を書いたのかもしれない。


「トキ」さんは、一時「トキ掲示板」(したらば版)を閉鎖し、新掲示板(せっかく版)への移行を宣言しましたが、アラシ連中(曳馬野・純粋教理批判などのマサノブHN)が一斉退散したので、結局そのまま閉鎖せずに続行したのであります。しかし、今度は、異才・トンチンカン氏によるマサノブ君への猛攻撃によって、ついにマサノブ君は完全に死に体となってしまったので、ホットラインでの相談の結果、取敢えず助け舟を出したと思われるのであります。以下の通り、―――



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組織 板
2612 :トキ:2015/11/24(火) 21:33:47 ID:P0A/UeTA

 ここは総裁を弁護する訳ではないですが、谷口雅宣先生の発想は、従来の生長の家、というよりは過去の信仰が社会のあり方と懸け離れた存在であることへの批判であったと感じます。
 法律の世界では、「部分社会」という言い方をするらしいのですが、宗教内部の独特の慣習や価値観があり、それに構成員が拘束され、結果として、一般の人から見たら、かなり特異な社会を構成しているというのはおかしいというのが、おそらくは彼の考えではないかと思います。
 信仰あるいは宗教は、もっと普通の社会人でも通じる存在であるべきだ、という発想をすると、そこから、柔軟な発想をするべきだ、という結論になるのでしょう。
 そこから論理の飛躍になりますが、「だから、園芸や自転車や手工芸をするべきだ」というのが「運動方針」になるということになるのでしょう。別に園芸や自転車を否定する訳ではないですが、その前に裁判をやめて、相互に話し合いを始めて、和解に対して努力を始めるのが、一般の人に対する印象を左右すると思います。とは言え、おそらくは、総裁は総裁なりに、考えはあるのではないか、と思っています。(ただし、私は、この方針は変更されるべきだと考えています。
念のため。)

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<「トキ」氏の投稿文の問題点の指摘>


@ <ここは総裁を弁護する訳ではないですが、>と「トキ」さんは言っていますが、ハッキリと弁護しているのであります。投稿文の最後に<総裁は総裁なりに、考えはあるのではないか>とマサノブ君を弁護しているのであります。この様な書き方は「トキ」さんの常套文句であって、「本流の言い分も理解できるが、私は本流を支持する者ではありません」という「トキ」さん独特の書き方と同じであります。こういう所から、「トキ」さんは、優柔不断男、ぬるま湯、コウモリ軍団、内股膏薬というありがたくない呼称に甘んじなければならないのであります。この様な処世術から「トキ」さんの次の言葉が出てくるのであります。


A <信仰あるいは宗教は、もっと普通の社会人でも通じる存在であるべきだ、という発想をすると、そこから、柔軟な発想をするべきだ>と「トキ」さんは書きます。ここから、「トキ」さん独特の“和解念仏”が始まるのであります。「トキ」さんのいう『和解』とは、一般世間並みの“妥協”―――双方の主張を足して2で割る、―――であります。これに対して、本流側から「然らば、教義も足して2で割って妥協するのか?開祖・谷口雅春先生のお悟りになった教義と、マサノブ君の人間知のサヨク唯物現象論の「今の教え」とは、足して2で割るような妥協の範疇には絶対に入らない。」と言われると、「トキ」さんは真正面からの回答をださないで曖昧にしてしまうのであります。


B 「トキ」さんは、マサノブ君の考え方は、<過去の信仰が宗教内部の独特の慣習や価値観があり、それに構成員が拘束され、結果として、一般の人から見たら、かなり特異な社会を構成しているというのはおかしい存在であることへの批判>であると理解を示し、マサノブ君を擁護しているのであります。そして、<社会のあり方とかけ離れた存在>だから、<宗教内部の独特の慣習や価値観があり、それに構成員が拘束され、結果として、一般の人から見たら、かなり得意な社会を構成しているというのはおかしい>とマサノブ君は考えた、とこれまたマサノブ君へ理解を示しているのであります。この「マサノブ」君と「トキ」さんの考え方は、「宗教・信仰も社会常識の範囲を越えた一般人が理解できないような内容であってはいけない」と言っているのであります。


C しかし、このマサノブ流(「トキ」流)の宗教と信仰に対する考え方はオカシイのであります。開祖・谷口雅春先生は、「無の関門」を超えられた大悟徹底のお悟りから、唯物論社会の世間常識を飛び越して「物質ナシ! 肉体ナシ! 現象ナシ」そして「實相独在」と宣言されたのであります。―――これは、「マサノブ君」や「トキ」さんの言う<社会のあり方とかけ離れた>思想であったのであります。しかし、唯物論が大勢の社会にあって、この社会常識に反する“特異な思想”を素直に信じた人の上には奇跡的な病悩苦からの解放が訪れたのであります。かくして、この唯物論社会の常識に反する“特異な思想”の書かれている『生命の實相』は読むだけで病気が治り、悩みや苦しみから解脱できる本として累計で2000万部が売れてきたのであります。なぜ、このような奇蹟が生じてきたのか? 『生命の實相』には唯物論の常識には反するが、其処には「人間救いの原理」=永遠不滅の普遍的真理=が、開祖・谷口雅春先生独特の文章芸術といわれるコトバの配列で記述されていたからであります。唯物論的な常識の範囲を越えない宗教や信仰ではこれだけの奇蹟は生じなかったでしょう。唯物論的な常識宗教ではこれほど多くの人達は救われなかったでありましょう。「トキ」さんは、この点を完全に見落としているのであります。マサノブ擁護と温存に力点を置きすぎているからであります。


D マサノブ君の「今の教え」は、戦後社会のサヨク唯物論の強い現代日本の社会常識の範囲内の教義であります。「物質アリ、肉体アリ」、「霊界ナシ・霊魂ナシ」、「輪廻転生ナシ・因果応報ナシ」、「求道心ナシ」、「日本は侵略国であった」、「憲法改正反対」、「女系天皇制導入」、「国家意識・民族意識は戦争に通ず」、「愛国心は必要ナシ」であります。だから、宗教的・信仰的な奇蹟は起こらないのであります。教勢拡大せず、教勢衰退であります。結果的事実から見れば、「マサノブ教」は、サヨク・マスコミが先導した現代日本の社会の常識に拘泥しているからこそ、信徒脱退現象が起きているのであります。


E 「トキ」さんは「マサノブ」君を擁護して、<宗教内部の独特の慣習や価値観があり、それに構成員が拘束され、結果として、一般の人から見たら、かなり特異な社会を構成しているというのはおかしい>と書いています。開祖・谷口雅春先生時代の「生長の家」は、尊師自らが「ローソクの火が自らを焼き尽す」が如く、人類光明化と日本国實相顕現に先頭に立って挺身されたのであります。霊的機縁来たって自らの真理求道の火に点火された信徒もまた、人類光明化と日本国實相顕現に魂を開花させたのであります。このことは、マサノブ・トキ流の表現に従えば、<「生長の家」という宗教内部の独特の慣習や価値観に信徒が拘束され、結果として、一般の人から見たら、かなり特異な信仰社会を構成していた>のだと言いたいのでしょう。しかしこの様な「マサノブ」君や「トキ」さんの見方は、ひん曲がった“斜視的”見方であり、開祖・谷口雅春先生の御心に反するものである事は確かであります。この様な、「マサノブ」君や「トキ」さんの見方は、求道心ある信徒やこれまでの先輩信徒の皆さんを侮辱する者であり、間違った見解であります。マサノブ君やトキさんは、宗教・信仰についての本質的・基礎的なことを把握していないのであります。


F 更に、「トキ」さんは書く。<裁判をやめて、相互に話し合いを始めて、和解に対して努力を始めるのが、一般の人に対する印象を左右する>と云っているのであります。勘違いしてもらっては困るのであります。

1、 一連の裁判を仕掛けてきたのは、マサノブ君であります。

2、 「マサノブ」君は、裁判の敗訴を名目にして『生命の實相』・『聖経』を実質的には、廃棄同然とし、又、『實相額』と『聖旗』の実質廃棄を目論んでいるのであります。

3、 「トキ」さんは、盛んに又、“和解”を言い出しましたが、何度も言うように、マサノブ君は絶対に和解する気持ちなど端からないのであります。「教義」の和解(妥協)など絶対にあり得ないのであります。「トキ」さんが、依然として“和解念仏”を唱え続けるならば、和解の大前提として、教勢衰退と教団赤字転落の責任を負って、マサノブ総裁以下の責任役員の全辞任が条件になる事くらい「トキ」さんは理解している筈であります。


G 「トキ」さんは、教区の幹部であり、地方講師である事と思います。現在の教区幹部や講師諸君が、このような宗教と信仰の本質から外れた筋の通らない理屈を持ち出して「マサノブ擁護温存論」を展開するところを見ると、有為なる幹部や講師は皆脱退したのが分かるのであります。人材無き「マサノブ教」――― これでは<一般の人に対する印象>、即ち「マサノブ」君の社会的評価は落ちる一方であります。まさに、『売り家と唐様で書く三代目』、『親分も親分なら子分も又子分』であります。





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[1039] 「マサノブ教」の教祖と信徒さんたち

板東太郎 - 2015年11月07日 (土) 15時33分



現教団は、表面上は『生長の家』という看板を掲げているが、その内容は『マサノブ教』という完全な“別派”となってしまっている。このところ大分に信徒数の激減が進んではいるが、金太郎飴の「マサノブ教・環境講習会」には、決して旺盛な求道心からではなく、義理と人情で刈り出されたところの、大部分はまことの信仰者などとは言えないそれなりの人数が集まってきているのであります。



しかし、宗教界においては、「非生長の家・マサノブ教」は、かつての如き“秀逸なる宗教”という評価はなくなった。さらに、社会一般からは「生長の家?聞いたことありませんよ!」という答が非常に多く帰って来る。歯牙にもかけられない無名の存在に成り下がってしまっているのであります。



開祖・谷口雅春先生の本当の『御教え』によって、救われてその偉大なる『御教え』をば人生のバックボーンとして過ごし、更に子孫へもその『御教え』を伝え、更に日本国實相顕現の基礎的思想として、より広く多くの日本人の自覚が高まることを望んできた信徒達から見れば、現今の教団の姿は全く予想だにしなかったほどの惨憺たる残念至極といえる状態であります。そこで、完全な“別派”と見えるまでに変貌を遂げて衰退していく『別派・マサノブ教』のマサノブ教主とその信徒さんたちの姿(相)について考えたのであります。





[ T ]  『マサノブ教』の『マサノブ教主』について、―――


@ 世間一般的に見て、自分が継承した宗教団体を、自らの手で解体消滅させていく教えの継承者は、健全な常識を全く持っていない“異常性格者”であると判断されるのであります。会社であれ、学校であれ、その他の団体であれ、前任者から後継者として指名され受け継いだ人は、更に充実発展させていくのが当たり前であります。しかし、まことに奇妙な事ながら、「生長の家」の三代目のマサノブと言う名前の継承者は、逆に「生長の家」をつぶしていこうと次々に手を打っていっているのであります。


A この三代目・マサノブという継承者は、宗教界でも多くの識者達から人類史上最高クラスの教えとされてきた開祖・谷口雅春先生の「唯神實相神学」を、在ろうことか最低の「左翼唯物現象教」へと学者・評論家的理屈をつけて換骨奪胎して恣意的に捻じ曲げ、世間の耳目を集めている「地球環境保護」ということばでカモフラージュして反日的サヨクの内容へと巧みに変更してきたのであります。即ち、史上最高の開祖・谷口雅春先生の『御教え』をこの地上から抹殺しようとしたのであります。この行為は、明かに「開祖への反逆行為」であります。最近とみにこの「開祖反逆」の行為がスピードアップして常識の許容限度を大きく逸脱した観が強くなって来たのでありまして、『狂乱ニセ総裁・マサノブ』と称せられるに至ったことは仕方のないことであります。


B 仮に、『狂乱総裁・マサノブ』君の主張するところが本当に正しければ、現在見るような信徒脱落現象は起きず、逆に更に教勢は拡大発展して行って然るべきであります。しかし、実態は逆で教勢は衰退していっているのであります。その結果、教団財政の中心であった「聖使命会員」は激減、「聖使命会費(奉納金)も毎年減少、退職者の増加、人財の流出、これらの結果、現教団「マサノブ教団」は、毎年毎年赤字に転落しております。回復の見通しは全くありません。世間の一般常識に従えば、経営者は責任を感じて全員辞職、役員総入れ替えであります。併しながら、『別派・マサノブ教団』にあっては、教勢衰退、教団赤字の累積責任を『狂乱総裁・マサノブ』君も、最高責任役員のイソベ理事長・ユキシマ副理事長・オオツカ参議長、誰一人として自ら反省する者もなければ、責任を感じて辞職する者もおりません。逆に、八ヶ岳の山麓に豪華な邸宅を信徒の浄財を使って建ててもらい、マイホームの意識で優雅な宗教貴族生活を平気で送っているのです。これが「人の道」を説く宗教団体の腐った役員のスガタであります。彼らには宗教家の自覚も使命も無く、超高給と地位と権力を第一に考える宗教家の風上にも置けない最低の人間となってしまっているのであります。


以上が、常識以下の特異思想団体『狂乱総裁・マサノブ』君が率いる『非生長の家・マサノブ教』の根本的な大問題でありますが、その別派『マサノブ教』の信徒さんとはどういう信徒さん達でありましょうか?




[ U ]  『別派・マサノブ教』の『信徒さん達』について、―――


@ マサノブ教の信徒さん達は大きく分けて3通りの信徒さんがいるのであります。

1、 所謂、「お孫さま信仰信徒」の人たちであります。
この「お孫さま信仰信徒」さんたちは、元々過去の徳積みや求道心のレベルの高さから今生では史上最高の開祖・谷口雅春先生の『御教え』に触れる霊的機縁が熟してこの世に誕生して来た人たちであります。そして偉大なる開祖・谷口雅春先生の『御教え』に触れ、病悩苦や人生問題を癒され『御教え』に対して絶対的信仰が育まれたのでありましょう。しかし、頓得の悟りは得られて救われたが、漸得の悟りの方へは向かうことなく、「生長の家」の雰囲気の善さにひきつけられ、信仰仲間も多く出来、それらの人たちとの付き合いも深くなるにつれ、お互いに「お孫さまのマサノブさんは立派に教えを継がれている」、「お孫さまの仰ることに間違いはない」、「マサノブさんは宗教界で初めて地球環境の問題に気付き改善の先頭に立っておられる勝れた指導者です」。このように考えて盲目的に追随していっている、世間常識から見れば、常識的理解力を持たない人たちの部類に入る信徒さん達であります。

2、次は、 自己顕示欲の強い人、謙りよりもプライドの感情の強い人、大勢で“群れ”ていたい人であります。これ等の信徒さん達は『生命の實相』やその他の開祖・谷口雅春先生の御著書の熟読はあまりされていないようであります。「○○長」という肩書きを誇示する人、○○先生と呼ばれたい人、先生病や先生ごっこを楽しんでいたい人は大きな組織に属することを好むわけであります。信仰面から言えば、『生長の家』の『御教え』の更に深い所への求道心が中途半端なところで留まっており、それよりも、組織内での肩書き、処遇、仲間付き合いを優先して考える心的性向の強い人たちであります。

3、 日教組の反日的唯物論教育の影響を強く受けて、三代目のマサノブ時代に入信された信徒さん達。これ等の信徒さん達は、マサノブ君の「宗教の教えも時代と共に変化しなければ時代に取り残される」という説明を聞いてなるほどそうだと納得し、「人間の病悩苦を幾ら救っても地球がなくなれば意味はなくなる」といわれれば、そうだと納得し、「日本は侵略戦争を仕掛けた悪い国だ」と言われても納得し、「戦争法案には反対する」とマサノブ君が言えばナルホドと思う。これらの信徒さんたちは開祖・谷口雅春先生の所謂「愛国」の御著書を全然読んでいないし『生命の實相』も十分に読んでいないか、全く読んでいないためであります。これ等のあたらしい層の信徒さん達は、吾々の『本流復活』の意義も、「真説と虚説」の違いも分からないし、『正統・生長の家』の何たるかは全く理解できず、批判感情を持つだけなのであります。



A このように別派『マサノブ教』の信徒さん達は、マサノブ君の巧みな洗脳術に誑かされて、健全な常識が麻痺してしまっているのであります。しかし、目覚めていく信徒さん達も次第に多くなって行き、全体として、入信者よりも脱退者の方が多くなり、教団財務の赤字は積みかさねられ衰退化が加速されていっているわけであります。現『マサノブ教団』の信徒さん達の志向レベルは常識的には理解できぬことが多すぎるわけです。

1、 教団が赤字なのに、マサノブ君以下理事参議が超高給を食み続けていることに関して、信徒側からは質問が出ないこと。赤字経営の責任を何故追及する声が出て来ないのか、という事。

2、 パートやアルバイトで得たささやかな収入から寄付した浄財が、本来の光明化資金としては使われず、
高額の環境のISSO資格継続費用や株式投資(投機)による利ザヤ稼ぎの莫大な資金に運用されていることに対して質問をする人がいないこと。

3、 このままでは、開祖・谷口雅春先生御創始の『生長の家』はマサノブによって完全に解体されることが明白なのに、組織内から誰もこの危険について声を挙げないこと。

4、 「大調和の神示」を説きながら、義兄の宮澤先生や実弟の貴康先生を教団から追放し、実母の恵美子先生の軟禁問題の緘口令?に対して誰もオカシイとの声を上げないこと。

5、 「今の教え」はオカシイと感じながらも、依然として「聖使命会費」を納め続け、月刊誌を取り続け、講習会へ出席を続ける。この中途半端な信仰態度、真剣な求道心の無さ。

6、 古参の信徒さん達は、自分達の病悩苦を救われたのに、なぜマサノブ君の「生長の家」解体をそのまま腕をこまねいたまま眺めているのか? 自分の孫子の代までこの『御教え』の存続を何故願わないのか? 組織内から何故、マサノブ君はじめ、現執行部の総入れ替えの声を上げないのか? それは出来ないと云うなれば、どうして現「マサノブ教団」から脱退しないのか、ということであります。



B ここまで考えてくると、宗教と信仰に関しての根本的な問題に突き当たるのであります。それは、昔から言われている「宗教はアヘンである」、「狂信的信仰」という言葉であります。この言葉を逆利用して「本流復活を推進するということは、開祖・谷口雅春先生原理主義者であり、それこそ時代錯誤の狂信的信仰ではないか、宗教・信仰といえども理性的判断が必要で『生命の實相』も理性をもって読まなければ行動判断を誤ることになる」と逆襲してくる「マサノブ教」信徒の人もあると思われるのであります。

『真理』というものは恒久不変なものであります。恒久不変であるからこそ『真理』というのであります。その『真理』と言う絶対実在を絶対認識された覚者が書かれた書籍を読むときは、自分の価値判断の基準を出さずに、海綿が水を吸う如き素直な心境で読まなければ『真理』は自分のものとはならないのであります。言葉を代えれば、實相の自分が現象の自分を無にして實相の真理に相対するわけでありまして、これを以って「狂信的信仰」と評するは誤りであって、一知半解の評論的な真の求道心無き人たちの言にしか過ぎないのであります。實相の自分の正しい求道心での信仰ならば「宗教はアヘン」という現象的危険性はないのであります。



C むしろ、『狂乱総裁・マサノブ』君に導かれてそれを是としている現「マサノブ教」の信徒さんこそ、言行不一致・悪霊憑依の『マサノブ狂乱総裁』に誑かされ、洗脳されていないかを自省していただかねばならないのであります。



D そこで、重要な問題が生じてくるのであります。ジュンコ白鳩総は「聖典・経典類は、理性を以って読まねばならない」と月刊誌に載せました。しかし、その文章の中で一言も『理性』とは何ぞや?の解説はなかったのであります。マサノブ君もよく『理性』という言葉を使いますが、彼もその言葉の解説はしていないのであります。この二人の使う『理性』とは、「科学的合理性」、「科学的証明」のことを言っていると思います。しかし、『理性』とは『叡智』だと思うのであります。では『叡智』はどこから出てくるのか?それは『生命の實相』をそのままの心で素直に読むということであります。言葉を代えれば現象の自分を無にして、實相の自分が實相の真理を海綿が水を吸うが如く読むことであります。そうすると『叡智』というものを把握できるのであります。



E  だから、神の叡智で書かれてある『生命の實相』と人間知で書かれた一般図書(マサノブ君の著作を含む)の読書優先順位に関しては、『生命の實相』が最優先であります。『生命の實相』で思想や思索の基礎作りをしてからその他の一般著作物を読むのが順序であると思うのであります。これを逆に致しますと『真理』の把握には大回りの道を歩むことになると思うのであります。





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[1047] 世間からの物笑い −−− なんと幼稚な集団「マサノブ教団」だと!!!

遮那王 - 2015年11月08日 (日) 10時58分


残念ながら、本当に“常識的判断能力を欠くサヨク狂信宗教”と見られていることに気が付かない「マサノブ教」の信徒さんたち


 人が動けば、それだけCO2が沢山排泄され、地球が温暖化してやがて人が住めない地球になる。

 あまり人が集まらない教化部の早朝神想観は、電気を無駄に使っている。

以上の、常識を疑われる理屈によって、30人以上の誌友会や講演会を『狂乱総裁マサノブ』君は禁止した。そして、教化部の早朝神想観も自粛されるようになった。




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[1059] 世間からの物笑い −−− なんと幼稚な集団「マサノブ教団」だと!!! A

遮那王 - 2015年11月09日 (月) 07時38分



 雑木林を神妙な顔をして礼拝している・・・


 原宿本部の霊的由緒ある「御神像」をあたかも引越し荷物同然に扱って、作業員がその上を土足で歩いたりして、宗教団体らしき敬虔な気持が全然みられなかったこと・・・


 賽の川原の石積み祠・・・


 青年会は、国家の未来や現状の憂国論を語らず、ゴミ拾いなどをメイン活動となす・・・


これ等の事柄を世の識者たちは何と見るか?

『なんと幼稚な集団「マサノブ教団」だと!!! 』と・・・

『あの偉大な谷口雅春先生の「生長の家」も三代目でここまで周落したか! 嗚呼! 三代目は、やはり忘恩の輩であったか! それをまた許して付いてゆく信徒も信徒だ!』と・・・





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[1074] 世間からの物笑い −−− なんと幼稚な集団「マサノブ教団」だと!!! B

遮那王 - 2015年11月10日 (火) 09時50分



 お絵かき・お料理・・・趣味の誌友会は悪いことではない。
しかし、有閑夫人向けの誌友会となるため、こんなことを第一目的としている限り、世間からは笑われている。宗教本来の目的からは完全に逸脱している。

 誌友会の第一の目的は、『生命の實相』を中心とした真理の勉強である。そして、病悩苦からの解放である。第二の目的は、お茶を飲みながらの信徒の人たちの融和と真理のお話を中心とした語らいである。趣味の話はその次の順番である。

 自転車競技で完走するために、1年かけて特訓に励んだと教化部長みずからブログに書いてマサノブ君のご機嫌をとる茶坊主ぶり・・・総裁自らも、宗教の目的は、個人救済よりも地球救済といいながら、講習会を利用しての無銭(公費)の小旅行に毎月2〜3回は出かける優雅な宗教貴族生活、・・・宗教界からも物笑いになっている。しかし、唯我独尊の総裁は一向に気にせず。

 こんな状態の「マサノブ教」でも、ものいわずの信徒たち・・・せっかく最高の開祖・谷口雅春先生の『御教え』に触れながら、「今の教え」の信徒たちは全く不甲斐ない人たちである!




2016-02-08 17:46 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第六回>
2016年02月07日(日)






御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」 



北尾巳代次先生




<第六回>






第2章  繁栄をもたらす信仰について




第1編  栄える原理




『善き人生の創造』の中で、「欠乏とか貧乏とかの観念は人間が本来の無限供給の観念を自分自身で限った結果である。全ての失敗は、自己内在の無限力を自ら限るから来るのである。外から失敗や不幸や敗北を押しつける何者もないのであって、自分自身が自分の内在の力を自覚しないところから、その失敗は起るのである」と説かれています。

 無限供給の流れは常に豊かに私達の内部を、周囲を満たしつつあるのであるが、人間は唯物的な人生観に取り付かれて、自己の内部からその祝福を得ようとせず、物質的な富に眼を奪われているのである。しかし現象は実在でなく心の影に過ぎないのであるから、田中元総理ではないが、やがてはかなく消えて行ってしまうのである。無限供給の流れの心の扉を開けば、豊かなる富は幸せな響きを立てて、私達の家庭に流れ込んでくることは確実である。

 先日も兵庫県の社誌友会を訪れたとき、83歳になる橋本老人が次のような体験を話されました。

「私は燃料商を営んでいるのですが、私達の商売も最近は閑で、売上が減少しているために、問屋が来てもつい仕入れを控えてしまうのです。ところが今度、東京の“栄える会”の研修会の広告を見て、そうだ、私も多年生長の家を信仰させて頂いているが、どうも世間の常識に引きずられて、心が小さく縮まってしまっているわい、こんなことでは駄目だ、この“栄える会“に出席して、自分の心を神の無限供給に向って大きく開いてみよう、と思ったんです。

幸い店が閑ですから3日間受講させて頂いて、大勢の方の元気の良い体験談や真理をたっぷり聞かせて頂いて、もうケチケチしていた心がすっかり消えてしまったんです。それで嬉しさ一杯で帰って来たら何と驚きましたね。親方の私の心が変わると、売れるわ、売れるわ。10万円からの風呂釜などが2台も出て、わずか4日間で50万円も売れて、店の中が空っぽになってしまいました。やはり心ですねぇ。私も83歳ですから、もう10年働いて、子なしですから、儲けたものを全部生長の家に提供して死にますよ。アハハハ……」

 元気なお話を聞かせて頂いて、私の心まで明るくなりました。皆様うんと繁栄して、光明化のためどんどん寄付しましょうや。無限供給は豊かな心から生ずるのですね。




 
第2編  あなたも繁栄できる




    給料を手渡す方法

 岐阜県に後藤静一さんという方がいらっしゃいます。東洋一の後藤孵卵(ふらん)場を経営されており、陛下の行幸まで受けられるという光栄を受けられた、大変素晴らしい方です。この方は、全国で初めて“栄える会”というのを組織されて、生長の家の真理を通して事業繁栄の道を開くという、実際に即した指導研究をなさっていらっしゃいます。

 私は先日、御縁があってこの会に出席させて頂いて、岐阜県の幹部の方々と共に会食しながら、いろいろ素晴らしい体験談を承ったのでした。その席上、後藤先生はご挨拶をかねて次のようなお話をなさいました。

「私、実は今日ちょっと腹を立てましてね、長男を叱ったんですよ。何故かと申しますと私の方は昨日、給料日だったのです。私の会社では給料日に特別な支障が無い限り、社長である私が皆さんにお渡しするようにしているのです。ところが昨日は生憎私に是非ない用事が出来まして、給料の方は長男に渡してもらうことにしたのです。しかし後で聞いてみると、まあ長男も余程忙しかったのでしょうがね、給料を渡すのを他の人に代行させていたのですね。給料なんて誰が手渡しても同じだと言えばそれまでですが、1ヶ月間、従業員の皆さんが、会社のため、全国の養鶏家のために一身を捧げて働いて頂いたのですから、この機会に、“有難うございます。御苦労さまでした”と、社長の私から誠心(まごころ)を込めてお渡しするのが当然であると思うのです。それを昨日は、どんなに忙しい用事があったにせよ、他人に代行させるということは許せないと思うのです」

 この様におっしゃったのです。私はこの言葉を伺って、後藤孵卵場の繁栄の源が良く判ったように思うのです。




   仕事が終わったら機械を拝もう

 人間は何をやるにも、誠心が出ていなければならぬと思います。誠心とはまるごとの心です。命のあるだけを出し切る心です。いい加減の出鱈目ではいけないのであって、給料一つ渡すにしても、経営者がここまで愛念をもってあたるとすれば、従業員もまた真剣に会社のために働くのは当然のことだと思います。

 近頃は、労使間がとかく円滑を欠くきらいがありますが、人事の調和というのは一番大切なことなのです。あの日紡貝塚のバレー・チームにしても、ただ“俺について来い”というだけでは、誰も大松氏に付いて行かないでしょう。そこに流れている温かい人間的な繋がりというものが、絶対的な信頼と尊敬を生み出し、遂にあの驚異的な成果を挙げ得たのだと思うのです。

もう5、6年も前になりますが、生長の家の社内講演を実施している大阪の豊国工業という会社に寄せて頂いたことがあります。丁度土曜の午後で、作業は3時に打ち切られることになっていました。私は応接室の窓から工場を眺めていました。すると間もなく終了のサイレンを合図に、工員の方が一斉にモーターを止めまして、机の上やら機械を掃除していらっしゃいましたが、やがて皆様は眼の前の旋盤機をじーっと拝んでいらっしゃるのでした。それが1人や2人ではなく、何10人という若い人達が、実に敬虔な態度で祈っていらっしゃるのです。

こうして、この豊国工業はその後次々と工場を拡張せられ、不況をよそに発展の一路を辿っていらっしゃるそうですが、是れもまた当然のことだと思います。

今ではこの会社の大抵の方々が、宇治の練成を受けていらっしゃると承りましたが、社長から工員に至るまで、立派に生長の家の真理を生かして、繁栄の法則を実証していらっしゃるのです。




   朝礼時に社員に祝福を

 私の町にオリエンタルシューズという靴の会社があります。毎年、新入社員の教育に生長の家の真理をとりいれ、なかなか活気のあるよい会社です。この会社に寄せて頂いた時、事務室の名札に数字が記入されていて、社長さんから理由を伺いますと、それは社員の誕生日の数字だそうで、大変関心致しました。そして朝礼の際、誕生日にあたる社員は前に出て、皆様に祝福して頂いている、ということでした。

 ある時社長さんが、
「うちのように200人近くの工員を使っていると、どうしても5、6人は病気欠勤する人があって、オートメーションの施設のために、能率が著しく低下するのです。何とか全員に健康に働ける良い方法がありませんか?」
とおっしゃったのです。それで、
「社長さん、それには社長さん自ら工員さんの自宅を一軒一軒礼を言って回られたらいかがですか。“ご苦労さんです。あなた方のお蔭で会社も日々に発展さして頂き、有難うございます”と」
 そう申し上げましたら、
「良いことを伺いました。早速実行してみましょう」
 社長さんは大変素直な方ですから快く了承して下さいました。
 それから数ヶ月を経て、“お蔭さまで病気をする人がなくなりました”とお礼を頂いたことがあります。

 事業というものは、勿論経営の才能も大切ですが、調和と感謝に充たされていなければ成功出来ないものだと思います。




   失敗を予想しては動けない

 先日私は橿原の誌友会に出席させて頂きました。最近奈良県の各地は住宅造成が非常に活発で、農家は多額の金も入るが、田畑は減少する一方なので、将来の設計について大分悩んでいる人が多いのです。

この日も丁度この問題で、
「私の家族は5人で、約1町3反ほど耕作していたのですが、団地が出来まして、私の土地も約半分ほど手放さねばならぬようになりました。何しろ小さい時から百姓だけで飯を食って来たのですから、今さら職業を変えるという訳にもいきません。といって、僅かな土地で花造りや促成野菜だけでは生計が難しいのです。養鶏をやっている人がありますけれどあまり成績も良くないし、酪農も労働の割に引き合わぬのか止める人が多いのです。だからといって、働きに出るには年をとり過ぎていますし、思案に暮れているのです」
 とおっしゃる人がありました。

そこで私は、
「あなたはよくそれだけ駄目な方法ばかり計算しましたねえ。あれもあかんし、これもあかん。あかん方ばかり計算すれば、あく道理がないですよ。 養鶏をやっても乳牛を飼っても、野菜を造るにしても、そこに全力を捧げきったら、道は自ら開けるのです。あなたのように何もやらない前から、失敗ばかり予想していたのでは、旨く行くはずがないじゃありませんか。あなたに今必要なのは、決断と勇気です」
 と申し上げて分かって頂いたわけです。

世の中にはこれに似た考え方の方が沢山いらっしゃいます。禅宗の公案じゃないが、“驀直去”ただ真直ぐに前進あるのみなのです。




   欲するものは既に与えられている

 私の知人に、もう10年も前から家を求めている人があります。私はその人に逢う度にこう申上げるのです。
「家が欲しかったら建てなさいよ」
 するとその人は、立てようにも土地が無いと言われるのです。
「そんなことはないでしょう。土地なんて幾らでも有るじゃありませんか」
「それが、安い土地が無いのです」
「安い土地なら不便なところに行けばあるでしょう。あなたはしかし、便利な土地が欲しいのでしょう。それならその値打ち相当の代価を払うことです。今少々高いと思っても買ってしまえば、それがみな将来安い土地になってしまうのです。」
「そりゃ、おっしゃる通りですが、お金だってありませんわ」
「金が無けりゃ借りたらいいでしょう。住宅資金なんか借りる手もありますよ」
「だってそんなことをしたら、返すあてもありませんわ」

 私はこれを聞いておって、こんなのを“無い無いづくし”と言うんだなあ、とおかしくなって来ました。これでは何百年経っても家は建たんでしょう。私達は何をするにも、まず目的をはっきりさせなければなりません。家が欲しいのであればまず設計して、その決意のもとに積立てを励行すればよいのです。何もしないで棚ぼた式に幸運を待っているのでは、何事も実現するには到りません。




   お金さま、ご苦労様です

 前述しました岐阜の座談会で、講師会長をしていらっしゃるもう一人の後藤さんという人が、大変面白い体験談を話されました。

 この方はクリーニング業をなさっているそうですが、もう10年も前から、毎夜お休みになる前に、店のアイロンでお札の皺を延ばされまして、
「ご苦労さん、ご苦労さん」
 とお礼を述べながら整理されるのです。今では銀行の人にまで、それが有名になって、“後藤さんのお金は一目で判ると喜ばれている”とおっしゃっていました。

 これも些細なことながら、行き届いた愛念がないと出来ないことです。その席上、後藤さんは大きな札入れをお出しになって、
「大きな財布でしょう。これもお札を窮屈な気持をさせたくないのと、われ豊かなりの気分を満喫するために持ち始めたのですが、なかなか居心地がよいのか、沢山お銭が入って来ますよ」
 と笑わせて下さったのです。

 やはり生長の家の信仰を持った人には、どこか違う所があるなあと嬉しく拝聴したのです。勿論、財布の大きいところだけを真似てみても、心の持ち方が間違っていたら反対の結果になるでしょうが、“栄える道”の一つとして、皆様も一度、行じてごらんになったらいかがでしょうか。




第3編   希望を成就する要件



 希望を成就するためには、その具体性を持つことが大切であります。抽象的な概念だけで祈らせて頂いても、具体性を持たなければ単なる空想に終ってしまうでしょう。例えば、あなたが旅行したいと思うでしょう。しかし、何月頃どこそこへ行こうという具体的な案が立たない限り、あなたの希望は実現するはずはないのです。この世界は心に描く物が実現する世界なのですから、出来るだけ具体的に心に描くことが大切なのです。もしあなたが家を建てたいと思うなら、自分の希望する家を設計し、それを壁に貼って、心に強く印象して、既にそれを成就させて頂きまして有難うございますと祈るべきであります。

 しかし心に描いても、その描いたものが本人にとってふさわしくないものは実現しないでしょう。見栄や、我欲を離れて、そのことが本人にとって切なる願いであることが大切なのです。

 次に希望を成就する要件の第2は、自己限定や、自己劣等感を拭いさることです。それにはやはり、もっともっと真理の書を読んで頂きたいと思いますね。自身が高まるに従って、あなたの希望が現実に向って進んでゆくのですから。

私は自分の書である『幸せは今ここに』の出版について深く反省されるのです。私がこの書を出したいと思ったのは、5年ほど前になるのです。それまでは私の心の中には、出版について何一つ描かれていなかったのです。ところが日本教文社の別府部長のお薦めにより、私は神誌に度々投稿することになりました。そしてそのことが私の心に悦びと自信を植え付けてくれまして、それが次第に一冊の本として理想が描かれて行ったのです。このことはいずれの場合にも当てはまるものじゃないでしょうか。

先日も郡山の西畑清正さんから伺ったのですが、生長の家で顕著な体験を受けられた氏がそのお礼として誌友会を開かれたのは、もう一年近くなるのです。でも集って来る人はいつも2人か3人で、これでは先生に申し訳が無いと、何回か中止を考えられたのですが、その都度私は西畑さんを励まして、燈火を消させなかったのです。

ところが2月の寒いある日でした。西畑さんは野からの帰りに村の外灯が、もう何年も掃除していないために、光度が半分ほど薄れていることに気が付いたのです。その時西畑さんは、自分が生長の家によって救われ、こうして働いていることの幸せを、しみじみ味わったそうであります。彼は報恩のために、翌朝早くからハシゴを持ち出して、13基の外灯を掃除して廻ったのです。このことが村の人の心を打ち、生長の家の真価が強く印象せられ、3月10日の道場設立記念講演会には、20数人も参加下さったそうです。

誌友会を盛大にしたいという西畑さんの希望が成就した一番大きな原因は、西畑さんの信仰が本物になったということですね。そして“与えよさらば与えられん”という法則が希望を成就する第3の要件なのです。

ところで希望が成就するもう一つの要件は、やはりご先祖や両親に感謝することがなによりです。このことが疎かになっていると、9分9厘成功したと見えたことが、意外な躓きを経験することもしばしば有ることなのです。信仰する人はこの4つの要件を特に心がけて下さいね。



平成28年2月7日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




                
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


           
 = パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>








2016-02-07 18:21 | 記事へ |
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開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.28
2016年02月06日(土)








開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.28






[1134] もう逃げられない『狂乱総裁』マサノブ君! 後は、信徒に謝罪し、潔く辞表を書くことのみ!

上泉信綱 - 2015年11月15日 (日) 17時58分



もう此処までマサノブ君の宗教団体のトップリーダーとしての(自称)総裁として、また人を導く著名?宗教家として、世間さまに顔向け出来ない言行不一致の「親不孝」の実態の証拠を示され、もはや一片たりともいい訳できないところまで追いつめられたのであります。



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≪大調和≫を説く「総裁」の立場にありながら、『実際の行動』として ≪恵美子お母さんを軟禁≫ していたのです・・(その証拠が天下に公表されているのであります)

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<天下に公表されて、その証拠を突きつけられている『狂乱総裁・マサノブ』君の起こした事件>


@ 前・白鳩会総裁の恵美子お母様に対する「軟禁事件」

A 清超先生お通夜に於ける「暴言事件」

B 開祖・谷口雅春先生御著書に関する「絶版事件」

C 法燈継承に関する「自作自演事件」

D 「生長の家教規」第五条(教義)、第六条(本尊)、第八条(祭式)「違反事件」

E 清超先生の御遺言「無視事件」

F 人類光明化指針第九条「違反事件」

G 「立教の使命と目的」に関する「独断変更事件」

H 教団の赤字転落・教勢の急激衰退に関する「責任事件」

I 世間様も決して許さない天皇陛下に対する「侮辱発言事件」


その他いくつかありますが、全て第三者の証言・証拠のあるものばかりである。まさに、宗教指導者とは思えぬ『狂乱総裁』ではあるまいか?


もう、君は後へは戻れぬ。一切の屁理屈的申し開きの道は絶たれたのだ。もう、「生長の家教団」には君の居るところはない。わが非を潔く認めて辞職する事だけが遺された道である。





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[1166] 頂門の一針!!

塚原卜伝 - 2015年11月18日 (水) 18時00分



< 頂門の一針 >

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=snihonryuu&mode=res&log=3033

<< 谷口雅春先生が偉大すぎて、後継者が一本化できない。
 ご存知のように、生長の家教団は、看板だけ「生長の家」である。雅宣総裁は自分の趣味を巧妙に教団方針に擦り込み、信徒は「生長の家の教えとは何か」を自身の頭で考えることを放棄し、総裁に中心帰一を妄信しているだけ。総本山も宇治も職員は保身のため、雅宣総裁の盲目的迎合だから、本来の教えなどどうでもいいのである。
 『学ぶ会』『社会事業団』『ときみつる会』も誉められる存在ではない。一本にまとまることができないから、所詮、『学ぶ会』流生長の家の教えであり、『社会事業団』流生長の家の教えであり、『ときみつる会』流生長の家の教えでしかない。結局は、正統・本流・真の生長の家なるものは無く、あるのは、我欲が優先する分派だけである。
 谷口貴康氏も、自身が「正統・本流・真の生長の家」を継承していくという強い気概はない。背水の陣をを敷くという行動もなく、上辺だけの行動である。生長の家オーストラリア法人を生長の家住吉本宮と改称し、その代表となるくらいの気概を持ってほしい。収入が無いのではなく、行動しないから収入が無いのである。谷口貴康氏の行動は、今後の「正統・本流・真の生長の家」の象徴とも言える。
 誰もが自分自身で未来を選択している。みなさんが、その人それぞれの「生長の家」を選択するのならば、雅春先生の望まれた生長の家は無くなるのだろうが、それはそれで良いということなのであろう。 >>

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★★ まさに、「頂門の一針」ではないのか?!!!





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[1188] マサノブ個人の思想と価値観で貫かれた「11・19代表者会議」―――代表者“会議”ではない! マサノブ方針“踏み絵”と脱落促進“判定会”そのものであった!

武蔵坊弁慶 - 2015年11月20日 (金) 14時37分


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「唐松(枯れ松)模様」平成27年11月19日 (木) =倫理的な生活実践を拡大しよう= (要旨)

<< 今日は午前9時半から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”において「生長の家代表者会議」が開催され、海外も含めた生長の家の代表者約370人が集まって、次年度(2016年)の運動方針を確認し、“自然と共に伸びる”運動の進展を誓い合った。私は、全体会議の最後に概略、以下のような挨拶をおこなった−− 
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 ・・・この会議は、去る10月26日の生長の家拡大最高首脳者会で決定された来年の運動方針の内容を、皆さまのような生長の家の各地の代表者であり、幹部中の幹部の方々によく知ってもらうための会であります。 ・・・ 「“自然と共に伸びる運動”実現のための第2次5カ年計画」の「最終年度」の運動方針です。・・・誠に残念なことですが、「教勢拡大」にはいたっていません。この「教勢拡大」を実現するための方策として、これまでにないものがいくつか盛り込まれています。この方策は、かつては「地域協力体」という名前で実験的に行われた運動の経験を一部取り入れて、それにインターネットの利用を加えた形で方針書に掲げられています。・・・「地域協力体」の実験の成果−−「モデル実験では、組織を越えて人・情報・ノウハウが地域内で交流し、運動が活性化した」、「自然と教勢を共に伸ばすため、インターネット技術を活用した迅速かつ広がりのある運動と、居住地域での対面コミュニケーションを重視した運動の両面を展開する。」  さらに、「第2次5カ年計画」の「“質の高い組織運動”の実現」の第2項には、「幹部・信徒は、インターネット上のソーシャルメディアなども活用して、新たな縁のある人々へ、積極的にみ教えを伝える。また、国際本部はネットを通じてみ教えに触れた人々が地域の活動へ結びつくよう、新しい運動形態を考案する。」 ・・・国際本部がここ“森の中のオフィス”に移転してから初めて登場した行事が、「自然の恵みフェスタ」・・・今回の方針書では、「日本の教区および海外の伝道本部は、“生長の家 自然の恵みフェスタ 2016”を実施し、“自然と共に伸びる”生き方の具体例を地域を巻き込んだ参加者で共有し、体験・体感することで意識のレベルを高めて、“自然と共に伸びる”生き方を拡大していく。」 この書き方を見れば、フェスタという行事が、海外も含めて、私たちの運動の前面に打ち出されたこと・・・その目的は何か、「倫理的な生活者」という言葉がキーワードになり、方針書には、信仰にもとづく「倫理的な生活」とはどんなものかが、具体的に3項目掲げられています−− 
 ・ノーミート、低炭素の食生活 
 ・省資源、低炭素の生活法 
 ・自然重視、低炭素の表現活動 
 私たちは、この3項目を日常生活において実践していきながら、フェスタではその成果を発表し合う−−というのが、今回新しく打ち出された方策なのです。これはまた、かつての「地域協力体」の実験結果を踏まえて、「組織を越えて人・情報・ノウハウが交流し、運動が活性化する」ことを目的とする活動でもあります。 
SNIオーガニック菜園部は、「ノーミート、低炭素の食生活」を実践するための組織です。
SNI自転車部は、「省資源、低炭素の生活法」を具体的に進める組織です。
SNIクラフト倶楽部は、「自然重視、低炭素の表現活動」の場として作られた組織です。
これらは、白・相・青などの従来の運動組織の枠を超えたもので、インターネットを積極的に利用することにより、さらに教区の枠も超え、理論的には国境も超えている「プロジェクト型組織」と呼ぶ。 
 最後に、今回新しく「倫理的な生活者」という言葉が出てきましたが、これをあまり難しく考える必要はありません。簡単に言えば、先ほど取り上げた“実践3項目”を生活の中で継続していく人のことだと考えてください。加入は、任意です。しかし、どうせ実践するなら全国の仲間と一緒にやりたい。また、自分はその分野に特に興味があるという人には、どんどん加入して、ノウハウを共有してもらいたい。自転車に乗るよりは、歩くのがいいという人は、別に自転車部に入らなくていいのです。ただ、これらの“クラブ活動”の元になっているのは、生長の家の“自然と共に伸びる”という考え方ですから、それを信仰のレベルからしっかり理解したうえで、各人の得意分野で、あるいは興味のある分野を中心に積極的に表現し、人々にも伝えていくのが目的です。 “自然と共に伸びる”という意味は、自然ばかりが繁栄して、生長の家の信仰者がいなくなるのではいけません。教勢拡大と自然尊重が共に進展していくということです。谷口雅宣 


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<講評>


@ 先ず第一に注目しなければならない事は、「全世界の代表者会議」――“会議”ではなく、独裁者マサノブ君が決めた方針の“伝達会”であると言うことです。マサノブ君は、< 10月26日の生長の家拡大最高首脳者会で決定された来年の運動方針の内容を、皆さまのような生長の家の各地の代表者であり、幹部中の幹部の方々によく知ってもらうための会であります。>とハッキリと言明しているのであります。代表者会議で色々議論して決める方式の“会議”ではなく、方針立案と決定者は、マサノブ組長とイソベ若頭とユキシマ金庫番であり、他の理事参議などはイエスマンの茶坊主であります。この「独裁翼賛会議」の決定内容を全世界の組織代表者に単に“伝達”するための召集集会だと云うことであります。


A この『方針伝達会』の内容に異議申し立てをしたい組織幹部も相当いると思われますが、“伝達会”であって、“議論して決定する会議”ではないので、異議申し立ては封じ込められて、「異議ある者は去るべし」と言う無言の圧力が掛けられているのであります。これが独裁者マサノブ戦略であります。そして、マサノブ君の本音はこのようにして残存信徒を“篩(ふるい)”に掛けて、「マサノブ教団」のスリム化を図っていく、―――信徒脱落の促進を狙っているのであります。


B <教区の枠も超え、理論的には国境も超えている「プロジェクト型組織」と呼ぶ。> ――― このように、次年度の運動方針の組織運動の特徴を掲げて、「オーガニック菜園部」・「自転車部」・「クラフト倶楽部」、これ等の活動をマサノブ君は、「自然と共に伸びる『クラブ活動』」とハッキリと認識していることを明確にしたのであります。これが“宗教”と言えるでしょうか? これが“信仰”と果たしていえるでしょうか? もはや、「マサノブ教」は、「宗教」でもなく、「信仰」でもなく、「求道者」とは無縁のものとなり、「衆生の病・悩・苦の救済」を全面的に放棄した自然保護団体となってしまったのであります。『生長の家』と言う宗教法人の資格を全面放棄してしまったのであります。


C マサノブ君の「運動方針」の内容は最初から最後まで、“自然保護活動”、“自然との共生”、趣味趣向の“クラブ活動”であり、世界一国家(地球国家)を目指すものであり、世界市民意識を育てていく内容で一貫しているのであります。これはまさにサヨクの発想法そのものであります。マサノブ君の運動方針書には、「生長の家立教の使命と目的」は完全に消されてしまっている。国家なく、民族なく、愛国心なく、日本国家衰亡への道あるだけであります。雛形経綸――― 現在の「教勢衰退」として現われ、証明されているのであります。この現実のスガタとマサノブ君の本音をハッキリと見定めなければならないのであります。


D <教区の枠を超え>――― この言葉の中に、マサノブ君の教団運営方向が示されているのであります。それは、教区を統廃合していく方針、その次には「森のオフィス」一ヶ所だけを残して、全教化部を売却して現金化する。教区という概念をなくして(勿論、白鳩会も意識的に消滅させていく)、「森のオフィス」のもとに、全国の個々の「クラブ活動」を結束させ「総連合クラブ」化する。此処まで彼の緻密な戦略内容は立てられていると思わなければなりません。ここまで、考え及ばない洗脳された信徒さんは、いつまでも浄財を貢ぎ続けさせられるわけであります。


E <信仰にもとづく「倫理的な生活」>が新運動方針の基礎となる。とマサノブ君は書いています。その内容は、 <1、ノーミート、低炭素の食生活 2、省資源、低炭素の生活法 3、自然重視、低炭素の表現活動 >であると解説しています。マサノブ君の言う『倫理』とは、「大調和の神示」の独特な解釈の仕方と同じく、自然と人間の間の『倫理』であって、人間同士の『倫理問題』は含まれて居ないのであります。だから、マサノブ君がどんなに親兄弟のことを「それは倫理に反する」と言われようとも、一向気にも止めずに“兄弟不和”や“親不孝”の自分の所業を改めようとしないでいるのです。マサノブ君は、恵美子先生『軟禁』事件など、彼独特の倫理観からすれば「取るに足りない戯言」と言ってのけたのであります。しかし、マサノブ君独特のこの「倫理観」は世間では通用しません。逆に、蔑まれてしまっているのであります。世間常識的には彼は「宗教家」としては通用しておらないのです。しかしマサノブ君はどんなに批難されようとも自己反省する気は毛頭ないのです。だから、“教勢衰退”は当然の結果であります。


F 総裁命令でありますから、この馬鹿げた「クラブ活動」と「倫理生活」運動が中心となっている来年度の運動方針を代表者は持ち帰って、各教区で、支部長クラス以上の地区幹部にまで伝達するでしょう。「全くアホラシイ、アホラシ屋の鐘が鳴る!」のであります。マトモな考え方をもつ普通の信徒なら「マサノブ教」を見限るのが普通です。「マサノブ教団」の信徒の皆様、「みんなで辞めれば怖くない!」、「バカ殿」に貢ぐ必要はありません。貢げば、ドブへ捨てるも同然です。本当の光明化資金には使われません。超高給の宗教貴族を優雅に生活させ、不労所得の株式投資(投機)の利ザヤ稼ぎに使われるだけです。早く今のうちに脱退して開祖・谷口雅春先生の本来の『御教え』を復活する方へ移りましょう!「みんなで渡れば怖くない!」で参りましょう!!


2016-02-06 18:39 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第五回>
2016年02月05日(金)






御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」
 


北尾巳代次先生




<第五回>






第10編  心からなる祈りの中に




   朝顔の花に祈る

 先日、誌友の○○とめ子さんが、一鉢の美事な朝顔の植木鉢を教化部にお持ちになりました。紫色の美しい花が一輪咲いています。
「この朝顔を、ぜひ先生や誌友の皆様に見て頂いて、喜んで頂きたいと思って持って参りました」

 ○○さんはよほど嬉しいのか、涙さえ浮べていらっしゃいます。この2ヶ月、本当によく頑張って早朝神想観に通って来られました。一番の電車に乗ろうとすると、4時には起床なさらねばならないのだそうです。

 ○○とめ子さんが初めて私宅を訪れられたのは、丁度2ヶ月前のことでした。独り子の篤君が大学入試に失敗して、それ以来強度のノイローゼになり、もう3年近く病院に入院していられるのであります。いろいろな宗教に迷った末に求められた本当の道であるだけに、真剣な心が感じられました。

 禅宗の六祖慧能禅師は五祖弘忍禅師を黄梅山に訪ねて初めて対面せられたときに、
「何のために来たのか」と詰問せられて、
「作仏を求めて、余物を求めず」と答えています。

 作仏とは如来の実相を自覚することです。健康になりたいために、子供の成績を良くしたいために、豊かになりたいために、幸福を得たいためにと、功徳を求めて信心するのは手垢の付いた信仰と言わざるを得ません。私は○○さんに、その点を申上げたのです。

「信仰は純粋でなければなりません。あなたに如来の実相が輝きだせば、あなたが何も心配なさらなくとも、病気は癒えるにきまっていますよ。明日から毎朝神想観にいらっしゃい。ご先祖の供養も真剣にさせて頂きなさい。『甘露の法雨』の写経もご夫婦揃ってさせてもらいなさい。幸い、明後日から練成が始まりますから、『生命の實相』の勉強をしっかりさせてもらいましょう」
 と申し上げて、約束して頂いたのです。

僅か3日間の練成でしたが、誰よりも真剣に受けて頂きました。その練成の帰りに、○○さんは一粒の朝顔の種を植木鉢に蒔かれたのでした。そして毎朝、水をやる毎に、
「この朝顔が綺麗な花を咲かせる日に、篤は生まれ変わって必ず私の家に帰って来るのだ」
 と祈られました。

○○とめ子さんの真剣な祈りは2ヶ月間続けられて、朝顔が初めて紫の美しい花を開いたその日に、愛児の篤君は病院から自宅に帰宅が許(ゆる)されたのであります。病院の先生は、「もはや、なんらの心配も無いでしょう」と保証してくださったのです。

 合掌する○○さんの姿から御光がさしているように感じられました。神誌の愛行も一冊一冊に、ご自分の体験を書き写してお渡しになっていらっしゃいます。その日常の行動に誠心(まごころ)が溢れ出て、そこに神が顕れて、大いなる慈悲を現わされたのでしょう。(篤君の将来のために名を伏せました)




   まむしと一緒

 ところで純粋な信仰という点で、○○さんに劣らぬ素晴らしい女性が、先日練成にいらっしゃいました。生駒市門前町滝の谷に住む、渡辺不二さんとおっしゃるお婆ちゃんです。お宅は生駒山の山頂近くの閑静なところで、私も一度伺わせて頂きましたが、大和平野を一望に見渡せる景勝の地であります。広々として庭園の中には四季とりどりの花が、美しく咲き乱れて、木々の梢には小鳥たちが賑やかに囀っていました。

不二さんは、それらの小鳥達にそれぞれ名前を付けて、餌をやられます。カラスなんかもいて、「カアさん、カアさん、降りていらっしゃい」と言うと、不二さんの足元にスーと降りて来て、不二さんの手から餌を啄(つい)ばむそうです。

 不二さんの家の泉水の傍らに、マムシの夫婦がいつ頃からか住んでいるそうです。お嬢ちゃんが、「危ないから何とかしたい」とおっしゃるのですが、「悪いことしないわねえ」と、そのマムシにも毎日餌をおあげになります。来客がある日は、不二さんは、そのマムシにおっしゃるそうです。
「今日はお客さんが来られるから、あんた達は穴の中に入っていなさいよ」と。
 すると、マムシは不二さんのコトバのとおりス―と穴の中に入ってしまうんだそうです。
「“まだ尻尾(しっぽ)が出ていますよ”と言うと、その尻尾をスーと引っ込めるんです」
 こうおっしゃる不二さんの表情は、実にあどけなく、天使のような明るさに満ちています。浄土とは、まさに不二さんのお宅のような環境をさして言われたのではないでしょうか。




動き出した時計の秘密

 先日の早朝神想観の後で、誌友の井上百合江さんが、大変面白い体験をお話になりました。

 百合江さんのご主人は、映画館の映写技師をしていらっしゃって、毎晩10時過ぎにお帰りになります。ある夜、夜食をしながら、テレビのスイッチを入れると、ちょうど4チャンネルで、ユリ・ゲラーの超能力の実演が放送せられていました。それを見ると百合江さんは、前回の放送で、ユリ・ゲラーが念力で時計を修理したことを思い出されたのです。そして谷口雅春先生が神誌の中で、このユリ・ゲラーの超能力について書いておられたことも思い出されました。

 百合江さんのお家では、ちょうど一年位前に、息子さんのアパートが火災をおこし、その際、類焼は奇跡的に免れたのですが、目覚時計が水に濡れて、土砂を被って止ってしまいました。ご主人が何回か手を加えられましたが、動かないので、孫のおもちゃとして棄てられていたのですが、フトその時この時計のことを思い出して、それをさげて来てテレビの前に置かれたのです。

「この時計、直るかも知れんよ」百合江さんがおっしゃると、
「そんな馬鹿なことがあるものか」
 ご主人は大笑いをせられました。それからいろいろな奇跡的なことを見せて頂いて、やがてテレビが済むと、ご主人はその時計を手に持って、2、3回強く振ってみました。すると急にコツコツと動き出したのです。でも1分もするとまた止ってしまいました。それで強く何回も振ってみたのですが、やはり駄目でした。
「やっぱり駄目じゃないか」
 ご主人が笑いながら寝室に行かれた後で、百合江さんはもう一度、祈りながら時計をゆすってみると、不思議にコツコツと動き出したのです。

 さてその翌日起きてみると、何とその時計が、同じように、コツコツ動いているではありませんか。百合江さんはすっかり感激してしまいました。そして、それ以来、3日間順調に時を刻んでいるというのですね。

 誌友の皆様は、この百合江さんの話を聞いて、自分達に理解出来ぬ不思議な力のあることに深い感銘を受けられたようでした。そしてそれから2、3日過ぎたある朝、百合江さんは笑いながら、こうおっしゃったのです。

「先生、こんなことってあるでしょうか、実はあの時計、変なんですよ。あれから毎日動いているのですが、時間が1時間に2分位進むのです。それで文字盤にある、進めたり遅れたりする針があるでしょう。それをこの間からいろいろいじっていましたが、1日にやはり半時間位進むのです。主人が時計屋でみてもらえ、と申しましても、ユリ・ゲラーの念力で直してもらった時計ですから、時計屋に持って行ったら、かえって止ってしまいますよ、と言っておりましたが、ふと昨夜自分で気が付いたのです。

“そうだ、ユリ・ゲラーの念波によって直ったのだから、私が祈ったって直るかも知れない。一つ本気で祈ってみよう”と」
 百合江さんのお話によると、百合江さんはそれから時計の前に坐って、合掌して、
“この世界は、神様の創造(つく)りたもうた完全円満な世界である。従って悪いものは一つも無いのである。毀れている時計や、狂っている時計は実在ではないのである。目覚時計よ、あなたには完全な神の智慧と生命が宿っているのであるから、ただいまより正確なる時刻を刻むのである”

 こう唱えて、暫く実相円満完全誦行を行ったそうです。すると今朝起きてみると、驚くべきことに、一分の狂いも無く正確に合っているというのであります。そしてその時計は、既に半月以上正確に合っているそうです。

 私は井上さんの体験を聞かせて頂いて、これは井上さんの素直な心が実相を顕したのだと思いました。その時、道場の留守番の小島さんが、
「井上さん、実は玄関の時計が毎日10分位遅れるのですが、あなたの念力で祈って頂けないでしょうか」
 とおっしゃったのです。すっかりアガってしまって、
「私にそんなこと出来るはずないでしょう」
「だって井上さん、あなた今、そんな素晴しい体験をしてこられたじゃありませんか。ひとつ祈ってあげなさいよ」
 と私が申上げたら、井上さんは、やっとその気になったようでした。
 翌朝、井上さんは自分の時計と照らしてみて、
「先生、合っていますわ。どうしましょう」
 と言って、自分でびっくりしていらっしゃったが、人間は素直になると、不思議な力が発顕するのですね。




   火事と消火器

 私もまた、最近大変嬉しい体験させて頂きました。ちょうど統一地方選挙の最中でした。私の家の真向かいの天ぷら屋が朝火事をやりました。何しろ20年近く、毎日窓のところで天ぷらを揚げ続けていましたので、天井も柱も油がしみ込んでいたのでしょう。アッという間に火の手が軒まで上ってしまいました。「火事だ!」という声で、近所の者がバケツを持って駆け付けたのですが、もう手がつけられません。その時、私はとっさに消火器のことを思い出したのです。

 この消火器は、3年ほど前、県の副会長の藤本さんから何かのお礼に頂いたものなのですが、そのまま倉庫の中に仕舞い忘れていたのです。それが、つい最近ある薬品を探すため倉庫をかき回していて、その消火器を発見したのです。その時、消火器を倉庫に入れて置くべきではない、と気が付いて、店の方に持ち帰ったばかりでした。早速その消火器が役に立って、消防車が4台駆けつけてくれた時には、完全に鎮火してしまったのであります。お蔭で、ご近所には 喜んで頂けるし、警察からは感謝状を頂戴致しました。

 考えてみると、薬品を探すために、倉庫を整理させて頂いたのは、神の摂理であったと思われるのです。
 谷口先生は、「神は常にわれらに語りかけていられるのです」と教えて下さっています。しかし、その神の御声に耳を傾け、その救いを成就するためには、平素から神との一体感を深めなければなりません。神想観は、無限の智慧と愛と生命と供給の本源たる神と交流する、最も必要なる行事であることを、改めて認識させて頂いたのであります。




第11編  三つの信




   自分が変ると周囲が変る

 生長の家が初めての方、或いは宗教そのものに多少の疑問をお持ちの方にも判り易くお話し申上げたいと思います。
 実は私も、このみ教えに触れるまでには大変不信心でありまして、父が癌か何かで京大病院に入院しました当時に、母が“苦しい時の神頼み”で天理教の社(やしろ)をお祀りしたことがありましたが、布教師の説教を聴いて、生意気な理屈をこねて、「神なんて人間が勝手に空想で造り上げたものに過ぎない」と思いあがっていた時代があったのであります。

ところが学校を卒業して実社会に出る頃から、家庭的にいろいろ問題が起りまして、私自信、慢性の胃腸病に取り付かれて悩んだのであります。私の職業は薬剤師で、薬については多少詳しい。効くという薬は大抵服用しましたが、いっこうに捗捗(はかばか)しくございません。

 そんな時に、長井先生というお医者さんから生長の家の導きを受けたのであります。最初は信じられぬ事ばかりで素直に飛び込めませんでしたが、幸いご本だけは懸命に読ませて頂いていました。その内に私の人生観が変わって来たのです。

 第1に、私が非常に円満な性格に変ったというのです。自分ではそう思わないけれども、周囲からそうおっしゃるのです。気が付いてみると皆がニコニコしている。「変だなあ」と思って鏡を見ると、自分の人相がすっかり変わっている──このことをお釈迦さんは“三界は唯心の所現”とおっしゃったのだと思います。

「三界」とは“欲界・色界・無色界”で言ってみればこの“現象世界”であります。「所現」とは“心の通りに現われる”ということです。
 黒住教祖も、「立ち向う人の心は鏡なり、己が姿を映してや見ん」とおっしゃいましたが、“自分が変わると周囲が変わる”という最初の体験をさせて頂いたのです。それで嬉しくなって意識して、今度は出来るだけ楽しそうに振舞うことにしていますと、間もなくあの執拗な下痢も止り、胃腸がウソのように治ってしまったのです。




   病気に重いも軽いもない

 ところで、このように心が変わると病気が治った、なんていう信仰体験を話しますと、唯物的な教育を受けられた方は、「それは病気が軽かったので偶然治る時期に来ていたのだ。癌やカリエスのような重い病気はやはり外科的な処置をせねば駄目だよ」とお考えになります。

けれども、本当は病気はみな同じなんです。キリストの弟子が、病人を救う事が出来ないで師のもとに戻って来ると、キリストは「それは病気が重かったのだ」とはおっしゃらずに、「汝ら信仰うすき者よ」と、その弟子を戒めていられるのであります。

 先日も谷口清超先生のご講習会で体験をお話になりました、大阪府泉南郡田尻町の魚住君子さんは、胃癌で赤十字病院に入院、手術を受ける直前に教化部の2泊3日の練成をお受けになって、“人間・神の子”の教えを素直に会得して行じられたら、2日目にはライスカレーを普通にお上がりになって、それっきり治っていらっしゃるのであります。

 なぜそのようなことが起るかと申しますと、私達人間は、外から見ると単に肉の塊のようですが、その内部には、神様の生命、如来の生命が充満しているのであります。このことを「法華経」の中で「一切の衆生は如来と等しくして異なることなし」と説かれているのでありまして、「衆生」というのが私達人間のことであります。

 人間は肉に非ず、物質に非ず、神の生命そのものなのです。神の生命なんですから、病気なんてするはずがないのであります。肉体という“皮袋”がちょっとほころびている程度なんです。皮袋ですから、内部から神様がちゃんと修理して下さいます。信仰しても病気が治らんのは、胃癌だから治らんだろうとか、カリエスはだめだろうとか、人間が神の無限力を信じないで、勝手に思い込んでしまうからです。




   鶏が催眠術にかかる話

 生長の家のバイブルとも言える『生命の實相』の第2巻に、鶏と催眠術の話が載っています。鶏を両手ではがい締めにすると、初めは苦しいので逃げようとしてバタバタやるのですが、そのうち、逃げられないと思って観念するのです。この“観念させる”ことが大切であって、鶏が観念してしまうと、大地の上に寝かせて白い紐を眼のところに置いて手を離すと、もう鶏は両足をもがくだけで跳ぶことが出来なくなるのです。私達はなにも鶏を縛っていないけれども、鶏が自分の観念で自分の自由を縛っているのです。まことに面白いですね。

 これは鶏だけの問題じゃない。人間もこれと同じことなのです。あなたが胃癌であると宣告されると、もうこの鶏のように自由を失ってしまう。いろんな症状が恐れるとおりに現われて来る。ところが“人間は神の子で、その神の子を傷つけるものは何もない”と知ると、魚住さんのように胃癌も消えてしまうのです。

 ですから“人間・神の子”の真理を知らなければならないのです。キリストも「真理は汝を自由ならしめん」といいましたが、真理も何も知らずに、ただ拝んで頼み倒したらお蔭があると思って信心している人がいらっしゃいますが、そんなことで健康や幸福は出て来ないのであります。



   “神様の心”とは

 ところで、神の子である人間がなぜ病気をしたり、不幸になるかというと、肝心の“神様の心”を見失っているからなのです。“神の心”とは「愛」ですね。「愛」といってもいろいろあって、「私はあなたを愛します」なんていって性欲を満足させるなんていうのは、これは宗教的にいうと「愛」じゃないのです。仏教ではこれを“煩悩”と称していますが、こんなものは相手を不幸にするばかりでなく自分も不幸にしてしまう。本当の愛は仏教の「慈愛」という心で、“抜苦予楽(ばっくよらく)”ということです。悩んでいる心、苦しんでいるその心を救ってあげて、“ああ有難い”と自由自在の状態にしてあげる心なんです。

 この心は、人間であるかぎり誰でも皆もっていらっしゃる。もしなかったら、人間としては生れていらっしゃらないはずであります。ところが世間では往々にして悪魔の生まれ変わりみたいな人がいらっしゃる。

これは人間の尊さを誰からも教えられず、肉欲や性欲や物欲だけをのさばらせて来たからなのです。例えば、どんな美味しいイチジクの木でも、剪定もせず無制限に枝葉をのさばらせておいたら、立派な実を結ばせることは出来ないでしょう。

 もう十数年も前に、アフリカで狼に育てられた兄妹が摑まったことがありましたが、2人とも4つ足で走り、食器なども使わず直接口で食事を摂り、人間としての性格を何一つ身につけていなかったそうです。神の子は神の子として育てなければ駄目ですね。

 神の子として育てるとは“和顔・愛語・讃嘆”──常に善きコトバを使って、人間の本質である3つの徳性を伸ばしていくことが大切です。




   3つの徳性

 その第1の徳性は“明るさ”ということです。谷口雅春先生著『幸福をひらく鍵』のご本の中で、谷口先生は
「明るい心をもつということが最高の美徳である。神は光の神である。無碍光如来である。神に波長を合わせる心が幸福の源泉となるのである」
 と説かれています。

考えてもごらんなさい。どんなに素晴らしいご馳走でも暗闇の中で頂いたのでは少しも美味しくないでしょう。新鮮で、味付けも、器も、どんなに素晴らしくても、光が無ければその価値は判りません。人間でも、素直で正直で真面目で、非の打ちどころがない有徳の人が案外恵まれぬ人生を送ったりするのは、皆その人に“明るさ”が欠けているからです。

 第2は“素直”の徳です。生長の家で“ハイ・ニコ・ポン”という言葉がありますが、人から用事をいいつかったら、打てば響くように「ハイ」と返事してニコッと笑ってポンと立てる人は、必ず周囲から愛される人となります。昔の童話に、ハイを撒いたら枯れ木に花が咲いたというのがありますが、家中がハイ、ハイと素直に行動すれば、家庭はそのまま天国浄土になります。

 第3は“まこと”ということです。お勉強するのもマコト、仕事をするのもマコト、御飯を炊くにもマコト、お洗濯するにもマコト。マコトとは私心の無い心です。何事にも誠心誠意を尽して奉仕する。この心が神の心なのです。私達が神を生き、仏を生きるとは、この3つの心を生きることなのです。

 かって、大阪の教化部に藤田俊一という講師がいらっしゃいました。小さい頃から奉公に出て苦労をせられたのですが、どこへ行っても苛められて幸福になれなかった。店から店を転々として、これはご自分の人相が悪いとか、姓名が悪いとか、運命が悪いとか思っていらっしゃったのです。

そのうちに戦争に行って、傷ついて台湾の陸戦病院に入院せられました。すると横のベッドで一所懸命にご本を読んで合掌している人がいる。昼も夜も熟読しているので、本人の寝ている間にソーッと抜きとって読んでみられたのです。それが『生命の實相』で、「運命はみな自分の心が造るものである」と書かれていたのです。非常に感銘を受けられて一所懸命読ませてもらっている間に、藤田さんの性格が変わちゃったんです。今までは不平ばっかり言っとったのが、反対に感謝ばかりせられる。その内に藤田さんの胸膜炎が治ってしまった。

 それから大阪に帰って、丸紅という会社にはいられたけれども、“勿体無い、自分のような者を使って頂いて。何か一つ会社のため、人のためになれることをやりたい”と考えて、毎朝、灰皿洗いと、便所掃除と、時計の時間合わせを一人でやるようにせられたのです。それがいつか社長さんの目に止まり、非常に優遇される端緒になった、というお話を聞かせて頂きました。

このように、何も求めないで与えっぱなしにしていると、神と波長が合って、その人に必要なものは与えられるし、病人なら必ず癒やされるのであります。



平成28年2月5日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




            
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-02-05 18:16 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第四回>
2016年02月04日(木)





御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」
 


北尾巳代次先生




<第四回>





第8編  愛念は通う




    夫を生かす最善の道

 家庭における夫の幸せは、何よりもまず、妻の性質とか、気分に左右されます。口やかましかったり、気難しかったりする妻は、たとえその他の美徳をどんなに備えていても、夫にとって幸せだとは感じられないでしょう。

「多くの男性が、仕事を怠けたり、成功しようとする熱意を失ってしまうのは、その妻が、夫の希望や抱負に水をかけてしまうからなのです。しょっちゅう愚痴を並べたり、何故あなたは誰々さんほどの給料が取れないのか、なぜあなたはもっと大きな会社に就職出来ないのですかなどと、いつもしつこく問い詰めたりして、夫を腐らせてしまうせいなのです」と、ドロシー・デックスは書いています。

 女房が口やかましいということは、夫にとって最も煩わしいことです。考えてごらんなさい。一日難しい仕事に追い廻されて、いい加減気苦労して、しかも、交通地獄の中をくたくたになって帰って来るのですから、家庭に戻った途端、何ものにも煩わされずに、のんびりと手足を伸ばしたくなるのは、当然のことなのです。そんな時、妻が一向夫の心に深い思いやりを持たず、家の屋根が10日も前から傷んでいて、雨が降ると困るとか、子供が小遣いを使い過ぎるとか、近頃勉強を怠けて少しも私の言うことを聞かぬとか、くどくどと愚痴を並べたてたのでは、夫が、「いい加減にせんか」と怒鳴りたくなるのももっともなことですね。妻は口やかましく言えば、夫がどうにかしてくれると誤解しているようですが、これほどバカなことはないのであります。

 多くの男性の場合、せっかくの勤めや事業を、妻からケナされたりバカにされたりして、癇癪を起してそれを止めてしまうというケースはしばしば有ります。例えその仕事が、妻の期待に反する程度の収入しか得られないとしても、夫が熱意を持ってその仕事に熱中するように励ましてあげるなら、夫はその仕事に喜びを持ち、自信を抱き、いつかは報いられるだけの地位と収入を得るに至るだろうことは、間違いのない事実なのです。

 妻は夫の仕事に、もっと理解を持たねばなりません。いつでしたか、東京のある小学校のPTAで、夫の仕事の内容を正確に理解していると答えられる奥様は、半数にも満たなかった、という統計を挙げていましたが、それでは、子供が父親を尊敬するように育てるということは不可能でしょうね。何より妻が夫の仕事を理解し、その立場を理解し、妻自身、感謝の心に培われてこなければ、家庭教育の完成というものは有り得ないでしょう。

 妻は口やかましく言う代りに、夫の話を聞き上手になってあげることです。時には下らない愚痴であっても、夫が誰にも言えずくさくさしているその心を発散させてあげることは、夫のストレスを解消し、夫に仕事に対する熱意を抱かしめる最善の道なのです。




   酒癖を治すには

 時に夫が酒におぼれたり、ギャンブルに熱中することがあります。そんな時には、必ず家庭か仕事か、そのいずれかに大きな不満があるという証拠なのです。

 去る月の見真会に、大西久代さんという方が、大阪府下の阪南町から受講せられました。ご主人が大酒とギャンブルに熱中して、もうどうすることも出来ない状況にあるということでした。私はその夜遅くまで、大西さんと話し合いました。

「ご主人の悪癖は、何に原因があるか分かりますか」
「それは、夫が意思が弱いからです。だらし無いんですよ。うちの人は」
「あるいはそうかも知れません。でもね、御主人はご主人としていろいろな事情もあるでしょう。癖というものは、単にあなたが口やかましく並べたてるだけで止るものではないんですよ。まず家庭の環境を変えてあげなさい。家庭というものが夫にとって、どんなに温かい魂の安らぎの場であるかを、妻であるあなたが身をもって示してあげることです。3日間の見真会で、ご自分の心をもう一度見直してみましょうね」と申上げたのです。

浄心行の時に、この奥様はすすり泣きしていらっしゃいましたが、それから丁度2ヶ月経って、次のような嬉しい便りを寄こされました。

 「今までの私を棄て、この21日より生まれ変わらさせて頂き、何もかも神様にお任せして、毎日を感謝感謝で送らせて頂いております。本当に有難うございます。私が見真会に行かしてもらうようになったのも、一番初めは、主人の酒とギャンブルからでした。主人が真面目で毎日平凡に送っていたならば、私も生長の家のお話を聞かせて頂くことが出来なかったと思います。そのように思うと、この道を教えてくれたのは主人だと感謝しています。私が変ると、主人も、母も、また子供も変わり、家の中が明るくなりました。“私には今神様がついていて下さる“そう信じて毎日送っています。来月の見真会には、主人や母にお願いして参りたいと思っています」

 素晴らしいご心境ですね。主人の酒とギャンブルのお蔭で、生長の家の教えに接することが出来たのだと、ご主人に感謝していらっしゃる久代さんの前に、もう不幸なんてあるはずはないですね。お電話で承ってみると、ご主人は、もう外では一滴の酒も召上ることなく、また自宅でも少ししかお上がりにならなくなったそうです。生長の家の真理はやはり素晴らしいですね。




   釈せばゆるされる

 ところで同じ月の見真会に、奈良県宇陀郡榛原町の北条基次郎さんというお爺さんが受講せられました。何とも言いようのない気難しい顔をしていらっしゃいましたが、夕食後個人指導をさせて頂きましたところ、北条さんはこうおっしゃるのでした。

「実は私達夫婦は子無しでして、3歳になる娘を養女として育ててきたのです。本人の希望で、短大を卒業させて先年養子を迎えたのですが、その後どうも若い者としっくりいかないのです。あまり若い者がわがまま勝手ばかりするものですから、とうとう私の感情が爆発しまして『出て行け』と言ったことが発端となって、娘夫婦は家を飛び出しました。それから長い間裁判なんかやって、争って来たのです。しかしごらんの通り私も老人ですので、いつまでも働くわけにはゆきません。将来のことを考えると、不安でたまらない。ことに最近は身体をこわしまして、他に子供を貰う話も出ているのですが、どうも心が定まりませんので……家内は娘に帰って欲しいらしいのですが、私は絶対反対なんです」

 そこで私は、申上げました。
「北条さん、人間というものは、お互いに憎しみあって暮してゆくということは辛いことでしょう。釈尊のコトバに、“対面因縁五百生”というのがあります。人と人とがこうして顔を合わせて話し合うだけでも、500年前からの因縁がなければ有り得ないのだそうです。まして親と呼び、子と呼ぶ因縁は、500年や1000年の因縁ではないのですよ。前世では恐らく、血を分けた本当の親子であったのでしょう。伺えば、既に孫も出来ているそうじゃありませんか。あなたにとって可愛い初孫じゃありませんか。優しい手紙を添えて、オモチャの一つも送ってあげなさい。娘さんにしても、ご主人の給料だけでは、何かと不自由もしていらっしゃるでしょう。過去のことはもう忘れて、幼かった娘さんの姿を思い浮かべて、あなたの方から和解の手紙を差上げてごらんなさい」

 3日間の練成で、北条さんの表情は大分柔らいで来ました。愛情の岐路に立って、まだ決断のつかぬまま、3日間は瞬く間に過ぎ去ってしまったようでした。練成の翌日、北条さんは再び私を訪れて来ました。その表情には、昨日までの厳しさはもう認められませんでした。

 それから1月半、谷口雅春先生の橿原のご講習会が済んで、北条さんから次のような素晴らしいお便りを頂きました。

「先日、谷口雅春先生をお迎えして、有難きお講話を聞きまして嬉しゅうございました。その時、私が娘に出会ったのです。連絡も何もせず、一緒になったのは、本当に不思議に思っております。喜び合いました。孫も“お爺ちゃん!”と言って、生れて初めて会ったのになついてきて、その嬉しかったことは!!愛情が届いたわけです。不思議なくらいです。みな神様のお知らせ、神様のお蔭です。帰りには先方に寄せて頂いて、お茶をよばれて帰りました。その後私、一度、栗とオモチャを持って行きました。18日は当地のお祭りですので、娘の家族みな来てくれることになっています。本当に嬉しいことです。全てを神様にお任せして、毎朝毎晩娘達が帰って来るであろう日の話ばかりです。これも本当に生長の家のお蔭と喜んでいます」

 なお1週間を経てお婆ちゃんの静子さんからも同じような嬉しいお便りが届き、ご主人は慈愛深い観世音菩薩の姿を現わされ、また静子さん自身もご主人をはじめ、娘さん一家、全ての人達の実相を拝みきることが出来るようになって、娘さん達夫婦と大調和されたそうです。

 愛念は、このように通い合うものなのです。この娘さんご夫婦がお家に戻られる日も近いでしょう。無数のこうした体験の中で、私は、更に多くの人にこの尊い真理を伝えなければならないと、使命を感ずるのです。尊師への報恩の誠心(まごころ)を愛行に捧げさせて頂きましょう。




第9編  神さまからの電話



   あたりまえに感謝する

 斑鳩(いかるが)に村上としえさんというお婆さんがいらっしゃいます。かって白内障を患って目が不自由になり、奈良の平野初造先生の指導を受けられ感謝の涙で洗えと教えて頂いて、素直にハイを行じられたら、忽ちの内に白内障が治癒してしまったというなかなか素晴らしい体験をお持ちの方です。感謝の証として、お守り『甘露の法雨』を自分で写経して平野先生に贈られたのを見せて頂きましたが、随分小さな墨字で、実に丁寧に書いてありました。

 とにかく感謝は癒す、と生長の家で教えて頂きますが、感謝の功徳は絶大です。「でもいったい何に感謝するのですか」と時々反問せられる方があります。何に感謝するいってあたりまえに感謝するのです。当り前ほど有難いことはないと思います。目が見えること、耳が聴こえること、ものが言えること、手足が動くこと、この当然のことが一度当然さを失うと、忽ち天地が暗くなるほど悩むものなのです。私達は平素からこの当たり前に感謝する習慣を着けなければなりません。

 先日も滋賀県の渡辺シナエ先生が聾唖児童のことを話していられましたが、私も県立の聾唖学校の学校薬剤師として時々学校に寄せて頂いて、聾唖者の教育を実地に拝見させて頂いています。県内から小さな児童をかなりお預かりになって教育をなさっていらっしゃいます。言葉でもアイウエオは割に簡単ですが、カキクケコの子音になると普通の口話法では得心させることが難しいので大変な苦労をせられています。

 例えば先生はコップの水を口一杯に入れて、カッ!と吐き出しては子供に示し、また吐き出しては子供に示し、何百回となく繰返してカの発声を教えられるのです。こうしてカキクケコが出来ると、やがてカーサンと言えるようになります。すると初めてお母さんに面接して頂くのですね。幼い子供を学校に預けられたお母さんはいろいろな期待を持って来られます。子供はお母さんの顔を見ると遠くから「かあさん」と叫ぶのですね。するとお母さんは、飛ぶようにして吾が子を抱きしめて、感謝の目を潤ませて「先生、先生のお蔭で私は生れて初めて吾が子からおかあさんと呼んでもらう事が出来ました」 と言って泣くそうです。ただ一言おかあさんと呼ぶだけでももの言えぬ吾が子を持つ母親の感激はかくの如く偉大なものであります。

 皆様は子供の目が見えることを喜んでいらっしゃいますか。耳が聴えること、手足が動くこと、考えてみると感謝すべきことは山ほどあるのではないでしょうか。

 あの「大無量寿経」の第17願の中で、
「咨嗟して吾が名を称せよ」 と教えられてあります。咨嗟(しさ)するとは声を大にして阿弥陀仏の徳を讃えよということですね。一杯の水を飲むにも「阿弥陀さま、あなたのお蔭でこの有難い生命の水を頂かせて頂けるのです。有難うございます」と感謝せよということなのです。御飯を頂くにも単に物質のご飯を頂戴するのではない、これ悉く仏の功徳ならざるものはないのであります。子供を育てるのも、吾が子であって吾が子ではない。これみな神が授けたもうた尊いみ宝として、常にその徳を讃えるのが育児の根本になるのであります。夫婦の生活も互いに咨嗟しあうところに幸福が築かれるのです。「汝ら互いに相愛せよ」と「創世記」にありますが、この調和と感謝と悦びの生活こそ人間が神の祝福を享ける根本になるのであります。

 一体神なんてあるのか、とある人はおっしゃいます。それは人間が神に波長を会わせないからなのです。まず心のダイヤルを廻して神の祝福の波に波長を合わせてごらんなさい。神は優しき愛のまなざしをもって、ジーッと私たちを見つめていて下さるのです。

“神は雀をすら見守りたもう。夕べの爐(ろ)にくべられる百合の花すら神はこれほどまでに美しき装いをなしたもう。まして人間においておや”と聖書に示されていますが、本当にその通りなのです。

 1月の16日の早朝4時、橿原市小房の前部大三郎様のお家は、ご近所から出火して瞬く間に19戸全焼するという大火に遭われました。前部さんは以前から橿原市の誌友相愛会長さんです。ご連絡を頂いて私たちは急いでお見舞いに参上いたしました。その際前部さんは「生長の家で類焼してお恥ずかしい話です。でも神様は有難いのですよ。実は家内が白鳩褒賞のために誌友の名簿を掘炬燵のなかで書いている間に夜更かししてしまいまして、一番早く出火を見つけることが出来、消防署のもご近所にも連絡させて頂いたのです。それから私の火災保険が昨年末で契約が切れてしまっていたのです。私たちはついうっかりしていたのですが、昨15日の午後3時頃、会社からわざわざ来て下さって、『前部さん、あなたのところでは去年で保険が切れていますよ。火災はいつ起こるかわからんのですから。直ぐ入りなさい』と薦めてもらったのです。そうして『今までの小額では焼けても家は建ちません。10倍の1000万にしなさい』と熱心に薦めて下さったのです。

神様には12時間後に焼けることがわかっていらっしゃるのでしょうが、現象の人間はケチンボですから僅か3万5千円の保険金にびっくりしてしまって、とうとう増額することが出来ませんでした。ただし100万円だけは保険金を頂きました。これこそは生長の家の神様から頂いたのだと感謝させて頂いています」とおっしゃったのです。

 聖経『甘露の法雨』の初めに「或る日天使生長の家に来りて歌い給う」とございますが、本当に天使が前部家に来り1千万の保険金を与えようと語り給うたのです。でも現象の人間は前部さんもおっしゃる通り、出す方の計算ばかりしていて、3万5千円とてもとてもと1千万を辞退してしまったのです。私達は白鳩会長さんと一緒に帰りながら、何と神様は行き届いているなあと感激させて頂いたのです。




   神様と受話器

 先日、私はもう少しで大きな粗相をするところでした。2月1日道場10周年の記念行事を無事終了致しまして、翌2日私達夫婦はコマ劇場に招待して頂いたのです。そして梅田の新北京で夕飯をご馳走になり、タクシーで上六駅まで帰って参りました。丁度6時で。ラッシュの最中です。ホームでは6時の特急が発車のベルを鳴らしていました。家内が私に、「お父さん、15分遅らせて、次の特急にしましょう」
 と言ったんです。普通は私はとても素直なのですから。家内の言う通りにするのですが、その時にふと心に悟ったのです。私達夫婦はこうして出ているが、嫁や子供は店番で寒い時に辛いだろうな、たとえ15分でも、早く帰ってやったら助かるだろう、と。なにしろ上六駅は15分間隔で特急が出るのですから、よく肥えた家内にすればゆっくり坐りたがるのは無理ないです。「お前だけ後にせよ、私はこれで帰る」と言って、その電車に跳び乗ると、家内も一人残されてはとそのまま満員電車に割り込んで帰ってきました。お蔭で6時40分にはもう帰宅したのです。

そうして家内と私は2階に上ったのですが、嫁が下から、
「お父さん、今日は春日ホテルで小林製薬の集会があるのでしょう。朝から2階も電話がかかって7時まで待っているとのことですから、何でしたら電話でもして下さい」
 と声をかけたのです。私は服を着替えず、そのまま降りて来て、電話を掛けようとして、突然パチパチという異様な音を聞いたのです。顔を上げると、何と薬局の棚が燃えているのです。もうびっくりして飛んで行って消したのですが、ヘヤードライヤーが溶けて燃えていたのでした。これは末の子が毎朝使っているのを2歳になる孫がイタズラをして、片方の蓋を取っちゃって、何時間もスイッチを入れておいたので加熱してついに火を吹いたのだと思われます。もう戸棚のベニヤ板が黒くなっていましたが、その後方にはアルコールやベンジンが置いてあって、とんでもない大事になるところでした。

考えてみるとあの時家内がいうように15分上六で遅れていたら、私はどれだけ多くの人に取り返しのつかぬ迷惑を掛けていた事かと思うのです。勿論家には嫁も子もいるのですが、夜は居間に入って、みな置炬燵でテレビを楽しんでいますから、おそらく気付かなかったと思われます。幸い神様からの電話を聞くことが出来て、大惨事を未然に防いで頂きました。けだし私は思うのです。いくら神様が電話を下さっても私達の心の受話器が外れていたら、その連絡をミスしてしまったであろう。

私はあの時、ふと子供や嫁のことを思い愛の心が働いたのだ、あの愛念を通して神の護りが伝わって来たのでないだろうか 恐らくこうしたことは私一人でなく、全ての人に共通の問題なのです。私達はいつでも神様と直通に電話をつないでおかねばなりません。それが聖使命菩薩であり、誌友となることなのです。

 でもいくら直通でも受話器が外れているようでは、神様の声をキャッチするわけにはゆかないでしょう。愛と感謝と菩薩行こそ、あなたがその受話器に手を掛けて何時でも神様の声を聞かせて頂く体勢であると信ずるのでございます。



平成28年2月4日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




              
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。
 



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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-02-04 18:57 | 記事へ |
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<号外> 別派・「マサノブ教」の最新状況 H.28.1.21〜31
2016年02月03日(水)




<号外> 


別派・「マサノブ教」の最新状況
 


H.28.1.21〜31





「掲示板」より・・・早々と決定!

本年度最優秀『投稿』賞


=又もや、異才トンチンカン氏の頭上に=
=人間知・マサノブ君又もや“くやし涙”=



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「マサノブ爺さん」に捧げる 『新春の一句』


「猿(さる)年」や 

アア「去(さ)る年」か
 
 
「猿(さる)年」は

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▼ 今年は、マサノブ・ニセ総裁が辞職して去る年(猿年)だ!
▼ 今年は、イソベ・ユキシマ・オオツカ君も辞職して去る年(猿年)だ!
▼ 今年は、理事参議の全員が引責辞職して去る年(猿年)だ!
○ 来年は、常世の長鳴き鶏がなく真正「生長の家」大復活の酉年だ!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月21日

 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

深く静かに浸透しつつあり!


=マサノブ君が「生長の家」つぶしを狙っていること=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=51


▼ 多数の教区の役員の話し合いの場で、全員が「自転車競技」や「お遊びフェスタ」には否定的だった。ただ、公の場では言わないだけの話

▼ マサノブ運動方針(自転車クラブ・有機家庭菜園クラブ・手工芸品クラブ)は社会常識的にオカシイが一般評価。宗教団体がこんなお遊びして何になる? 宗教の第一は衆生救済と鎮護国家ではないのか?

▼ 最近、東京に続きF教区の五者の一人が辞任したのもこの影響
▼ マサノブ君の指導方針が「教勢低下」の第一の原因なのだ!
▼ 最近、複数の講師が言い出した! 「マサノブ先生は、雅春先生の『生長の家』をつぶす使命を受けている!」

▼ 以前は「お孫さまがそんな事をするはずがない!」と誰もが思っていたが、最近ではマサノブ君の「生長の家」完全解体と『御教え』の地上からの抹殺を信ずる人が多くなって来た! 信徒の大量脱退へ繋がる!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月22日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・ マサノブ総裁の信徒侮辱発言――

講習会参加者は“麻薬中毒患者”?!



<「トキ掲示板」・本流対策室>
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653 :神の子さん (マサノブ君?)のホンネ発言、―― 
『進歩しない人ってのは、言われた通りのことをやっていないんだね。講演会に来ても、麻薬を打ちに来ているみたいなもので、話を聞いて気持ちよくなって帰って、麻薬が切れそうになったら、またやって来る。そして気持ちよくなって帰るだけ。全然実践してないんだね。』

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▼ 実に怪しからんではないか! 

@ 講習会参加者は、マサノブの実にくだらん「環境講話」を何度聞いても“進歩しない者”、地球環境保護活動を実行しないマサノブ教“落第生”であるらしい!

A 講習会に来て、気持ちよく居眠りしている人は“麻薬”を打ってもらいに来ている人に見えるらしい。

B それでは、弁当食べてスグ帰る人は、麻薬を打たれるのを拒否した正常判断力を持った信徒達だ、という事になる。

C そうすると、最後まで義理で残って、聞きたくもないマサノブの“実にくだらん話”を聞き終えた信徒は、禁断症状を癒すために参加した重度の「麻薬中毒症」の信仰病人ということになる。

▼ これを“信徒侮辱発言”と言わずして何というのか?信徒の皆さん、「麻薬中毒」と此処まで侮辱されたのですぞ! 以後絶対に講習会参加を拒否すべきだ!!


平成28年1月23日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

マサノブ総裁には、

信仰心は絶対無い!


=死ねば全員「閻魔大王」の前へ行かねばならぬ=



「トキ掲示板・組織板」2913 :トンチンカン
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@ 「マサノブ爺さん」は、<人間智>に秀でてはいるが「頑迷」で、信仰心は今イチ・・
A 「死んでから、やっと悪かったと気がつく」そんな程度の <霊性> なのです!!

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▼ 今年は「猿年」です。 「トンデモ総裁」が 「去る年」 であります・・

▼ 何事にも、<潮時>というものがあるのです・・

▼ 閻魔大王」は、お見通しですよ!!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月24日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・「いのちの樹林」なんて・・・・・

チャンチャラ おかしいね!


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=868



▼ 今年度「マサノブ教」運動方針――1、都市部に「いのちの樹林」を造成、
▼ 原宿の本部会館を破壊し、箱庭・「いのちの樹林」なんてチャンチャラおかしいね・・・・
▼ すぐ近くの東郷神社や明治神宮及び外苑にはどれだけの原始林とも言える森林が覆い茂ってるではないか。
▼ これは先人達の努力による功績なのだ。 そのような偉大な先人たちへの感謝の気持ちも持ち合わせずに、
▼ 何が、今年度「マサノブ教」運動方針――、都市部に「いのちの樹林」を造成、 だ・・・・
▼ 日本の伝統文化の素晴らしさを全く知らないで、新しい文化の創造なんて言って悦に入るマサノブ赤ちゃん、これを昔から裸の王様と呼ばれているのです。
▼ 全く、全く宗教貴族のお遊びだ!霊的トライアルゾーンの破壊だ!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月25日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・宗教・信仰の話はーーー

講和は分かり易いことが第一!


=この点で既にマサノブ君は落第生だ=

=屁理屈しか言わない学者
・評論家は必要なし=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=60



▼ 講習会で谷口雅宣総裁の講演を聞いた。
▼ 何の感動もなかった!
▼ そもそも、聞いていて話の内容がわからない。
▼ マサノブ君だけが、自己満足しているだけの話。
▼ どんなに難しいことでも、聞いている人にわかるように説き聞かせるのが講師の一番の使命。
▼ リアル・バーチャル等、外来カタカナ言葉の多用は無用だ。
▼ その使命を果たし得ていない人が総裁では、生長の家は駄目になる。現にそうなっているではないか!
▼ このようにして見切りをつけた信徒さんは実に多い。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月26日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・信徒の皆さん!

決して気落ちする必要ナシ!


=講習会は真理を広めることに何の役にも立っていない=
=そのような話しか出来ないマサノブ君の責任なのだ=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=60



マサノブ戦略に対して?▼ 「わからない自分の方がいけないんだ」と自己卑下することなかれ!
▼ 「マサノブ先生は頭のいい先生」、「自分の頭が悪いから」と思うなかれ!
▼ 「マサノブ先生のご本をもっと読み、それを理解できる立派な信徒になる事が第一」・・・・・これこそ信徒無能化戦略の最たるものである。だまされてはいけない
▼ 「どうしても分からない人はアタマの悪い人、辞めてもらって結構ですよ!」がマサノブ君のホンネ。教団つぶしの加速をマサノブ君は狙っているのだ!

マサノブ講習会の実態とは?▼ マサノブ君の優れた人間知の講習会は、真理を広めることには何の役にも立っていない!
▼ むしろ、現教団から信徒が離れていく大きな原因になっている!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月27日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・“ 気象 ” は “ 気性 ” に通ず

マサノブ総裁と『三界唯心』


=マサノブ君の“タマタマ論”の崩壊=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=81



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☆☆ 開祖・谷口雅春先生は「気象は単なる物理的変化ではない、 気象は “ 生きている ” そして人間の心(気性)を敏感に感じとって、その心の状態を具体化して見せているからだと感じずには いられないのである」と説かれている。(『わが憂国の戦い』 集中豪雨災害の精神分析75〜76頁)
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▼ マサノブ君は「生長の家」完全解体を目指してマッシグラ
▼ この「破壊」の心・想念・気性が自然災害と波長が合った
▼ 講習会や大行事の日に、三界唯心所現の法則どおりとなり実現した
▼ それが、「新潟中越地震」、一昨年の「宇治の豪雨・大落雷・大水害」、今回の「長崎の大暴風雪」であり、ピタッと照準が合ったのだった
▼ かくして「讃歌」経は「惨禍」を呼ぶ『惨禍』経に変じた
▼ これがマサノブ君の実際のマイナス『体験談』となってしまった
▼ もはや、「自然災害論」や「たまたま偶然論」は通じぬことになった
■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月28日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・教勢衰退、教勢衰退を――

遂に認めたマサノブ君!


=心の影だが、本心は予定通りとほくそ笑む=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4560



▼ 常識喪失から10年・・・そして、遂に狂乱!
▼ 自然だけ伸びる運動を始めて10年、そして遂に優雅な宗教貴族!
▼ もはやどうにもナラヌ! 遂に教勢の低下を認めたマサノブ君 !

▼ 「残念ながら、教勢は十年間で一度も前年を上回ったことはありません。と! やること、為すこと、ことごとく失敗の連続・・・
▼ また、「いろいろな努力をしてきましたけれども、その成果がまだ形に現れていない。」と、負け惜しみを付け加えることを忘れない!

▼ 嘘を言うな! 教勢衰退の為に、あらゆる行為を為して、全て報われたのではないのか!
▼ 教勢衰退は、信徒の意見を無視したマサノブ独裁皇帝の「破壊と蕩尽」の心の影だった! しかし、―――

▼ 表面的には「教勢衰退」、しかしマサノブ戦略では「教団解体」が着々と予定通り・・・

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月29日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・マサノブ君、よく聞〜けよ!

よくもここまで言行不一致!


=ホント?デマ?余ったお弁当を、ダンプで捨てに行く=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4566



▼ 時代に逆行する宗教団体、口では資源保護とキレイゴト
▼ 某教区(大教区)では以前、余ったお弁当をダンプで捨てた
▼ それを見た信徒様は、涙が止まらなかった
▼ 大風雪の長崎講習会でも、お弁当が、相当にも余った筈?
▼ 一人で何個も貰っていかれたのか?、捨てたのか??
▼ マッサノブ夫婦は「飢餓で苦しむ人々を救え」と言ってます
▼ 講習会の参加人数を水増し報告。当然お弁当も余ります
▼ 一汁一椀。聞いて呆れます!

★★ マサノブ君、「講習会は、弁当持参」に改めるべし! 「弁当持参」に改めるべし!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月30日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

狂乱『マサノブ教』川柳!


=ここでそのものズバリの絶妙の一句=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4566



@ ダンプカーで 弁当捨てて きれいごと

A メガソ―ラ 数億捨てて きれいごと

B 偽装講習会 人数大ウソ みな笑い

C 他の宗教 生長の家 みたいになりたくない

D 一汁一飯 聞いて呆れる きれいごと

E こども食堂 月に一回 体裁づくり

F なぜ載せぬ 今宵のディナーは フランス料理

G 現行不一致 信徒も気がつき オレもお終い

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月31日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒




2016-02-03 19:17 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 号外NO 2 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.27
2016年01月31日(日)









開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.27






[996] 現代「生長の家」信徒の使命! ――― 「カルタゴの平和」を脱し、日本精神の復興である!

上泉信綱 - 2015年11月02日 (月) 19時31分




元・日本共産党NO4の筆坂秀世氏の『日本共産党と中韓』―― 左から右へ大転換して分かったこと、―― の中でつぎのような文章があります。



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< 精神的「カルタゴの平和」だった日本の戦後 >

日本戦略研究フォーラムの会長だった中条高徳氏が、著書『おじいちゃん戦争のことを教えて、―― 孫娘からの質問状』の中で強く憂慮されていたのが、アメリカに骨抜きにされてしまった戦後日本のありようである。その中で、日本の戦後は「精神的『カルタゴの平和』であったとして、次のように述べている。以下は私による要約である。

なぜアメリカが事後法で裁くという国際法違反までして東京裁判を強行したのか。それは、アメリカが日本に対して「精神的『カルタゴの平和』」を目指したからだ。

カルタゴというのは、商業貿易を得意としたフェニキア人の植民市で、紀元前二世紀ごろ、大いに繁栄した。このカルタゴとローマの間にシチリア島の支配をめぐって「ポエニ戦争」が勃発。戦争は約百二十年の間に三回行なわれ、いずれもローマが勝利した。三度目の勝利の後、カルタゴがあるから平和が脅かされると考えたローマは、カルタゴを徹底的に破壊し、焼き尽し、住民を皆殺しにして、地上から消してしまった。かくしてローマに平和がもたらされた。これを「カルタゴの平和」という。

それから二〇〇〇年以上が経過し、第二次世界大戦が終結した時、さすがにアメリカが日本を破壊し尽くし、国民を皆殺しにする蛮行は許されるはずもなかった。そのため、アメリカは日本の精神を破壊し、骨抜きにする道を選んだ。日本人に戦争の贖罪意識を持たせるために、「日本には民主主義がなく、道徳的にも誤った戦争を行なって敗北した」ということを徹底的に叩き込んだのである。つまり、戦争に負けただけではなく、価値観でも敗北したと思わせることが、アメリカにとって何よりも重要だったのである。中条氏が、これを「精神的『カルタゴの平和』」と呼んだのは、非常に鋭い指摘である。



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最近のニュースには、実に凄惨な殺人事件が次々と起こってる。さらに、明かに、不浄仏霊魂の憑依だと思える事件、マンション建設データの偽装事件・・・人倫と道義の低下がいかに激しいかが判るのであります。


戦後七十年、まさに日教組のサヨク唯物論教育が社会の各層で、見事に開花して来ているのが分かるのであります。それに、戦後の中絶児1億人超の霊的影響が社会各層・各所で見られるのであります。


開祖・谷口雅春先生は、戦後、各地に「体育館」は立派に数多く建設されたが、「心育館」の建設は皆無である。「心育館」の重要性と必要性を『明窓浄机』で何度も書かれ強調されていたのを思い出すのであります。


立教の意義目的である『日本国實相顕現』を目指す『生長の家』としては、この問題に真剣に取り組まねばならないのでありますが、肝心の三代目・マサノブ君は、「日本精神は死語となっているのだ。逆戻りなど、もってのほかだ。それよりも地球環境問題の方が大切で、地球環境問題への取り組みこそ、現代「生長の家」第一の運動目的だ」といっているのであります。


しかし、実質2万人ないし3万人程度の現在の「マサノブ教」信徒のCO2削減努力等は、共産中国の環境汚染の増大に比べれば、何の効果もなく、こんな効果のないことに信徒の浄財をつぎ込むことは馬鹿げたことであります。


それよりも、日本の教育改革、「日本精神の復興」・「道義国家の確立」運動にこそ、現代『生長の家』は取り組むべきであり、信徒の浄財もこの方面に使われてこそ生きてくるのであります。そのためにも『正統・生長の家』の復活、独裁宗教貴族の追放を早く成し遂げねばなりません。


その為に、一般信徒・末端信徒の出来る事は、実に簡単なことです。

@ 「聖使命会費」を、独裁宗教貴族の追放が出来るまで、一時的に奉納を中止する事

A 「講習会受講券」の買取を全面拒否する事

B 「講習会」へ参加しないこと


全信徒がこのことを勇気を奮って実行することであります。マサノブ(自称)総裁は、開祖・谷口雅春先生御創始の『生長の家』を完膚なきまでに解体し、開祖・谷口雅春先生の『御教え』をこの地上から抹殺することを目指しているのであります。その証拠の一つ、二つを挙げれば、『生命の實相』や『甘露の法雨』を信徒が自由に買えないようにしたこと(日本教文社には在庫ナシ、ただし、光明思想社には在庫豊富)、さらに、『實相額』と『聖旗』(光輪卍十字架)の商標登録をして、現教団は今後自らの使用を徐々に減らして行き、また『学ぶ会』や『ときみつる会』で使えないようにして行っている事、――― ということは、『實相額』も『聖旗』をこの地上から抹殺してしまうことを目指しているのであります。


ここまで来ても、まだ『現教団――実質的には、マサノブ教団』に信徒の皆さんはついて行きますか?

今まで通りに、『聖使命会費』をたとえ一口(400円)でも奉納し、「講習会受講券」を買って「講習会」に参加する事は、マサノブ(自称)総裁の「ニセ・生長の家」の延命に力を貸すことになるのです。したがって、全信徒が、このことの重要性を認識して全員が実行すれば、一年を待たずして、マサノブ君の追放は可能となるのであります。開祖・谷口雅春先生の『生長の家』復活は、この簡単な三つの事を勇気を奮って実行するかどうかにかかっているのであります。勇気を奮って、この三つの事柄を是非実行して、開祖・谷口雅春先生の本当の『生長の家』を復活させようではありませんか!!!





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[1004] 清超先生の御判断は正しかった!!

乙姫 - 2015年11月03日 (火) 11時43分



「谷口雅春先生に帰ろう」掲示板に次のような記事が載っています。
http://kaerou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15494043

<< “人生で大事なのは権力だよ” ――― 表題の言葉は誰が言ったと思いますか? これ、若き日の谷口雅宣総裁の言葉なんだそうです。昔の谷口雅宣総裁を知る人から伺った話としてお伝えしておきます。座談で、人生で何が大事か、語り合っていたときのこと。「夢」とか「愛」とか「信仰心」だとか、それぞれの思いを語っていたとき、それを聞いていた谷口雅宣総裁はニヤリとして「人生で大事なのは権力だよ」と言ったそうな。それを聞いて、私は「なるほど」と、とても合点がいきました。実際、谷口雅宣総裁がこの30年間でやってきたことを見れば、如何に権力を掌握するか、それに費やされてきたように見えて仕方ないからです。権力を握らない限り、自分の思うようなことはできない。谷口雅宣総裁はその一点に関心をもち、そして実際、そのために次から次へと布石を打ってきたように思います。「教え」そのものよりも、「権力」にこそ魅力を感じる。そういう総裁なればこそ、「中心帰一」という名の独裁的手法≠ェ大手を振って罷り通ったのだと思います。谷口雅宣総裁のその「権力志向」が、今、SNI教団≠フ体質となって、そこここに顕著に現れているような気がしてなりません。谷口雅宣総裁は「権力」が何よりもお好き。そういう目でSNI教団≠見ると、いろいろな疑問が、容易に氷解してくるのではないでしょうか。>>

<< なるほどですね。真理をひたすら追い求める求道者…そんなイメージがまったく感じる事が無かったのは、無理も無かった訳ですね。真理は矢張 雅春先生個人に天下りたもうたんですね。今、S N I 教団におきていることは、 迷いの塊のような権勢欲 が壊れるための摂理である ように思います。神示祭 を廃止して、自転車競技 や フェスタで、自然を満喫しているようですが・・・・・。>>


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<感想>

@ 清超先生はこのマサノブさんの、「人生で一番大切なのは権力である」という発言を知っておられたのではないかと思いました。

A だから、マサノブさんには、「法燈継承」の認可だけは、授与されなかったのだと思います。

B マサノブさんにしては、ゴリ押しで、副総裁就任 ⇒ 見せかけの副総裁辞任、そして副総裁再就職 ⇒ 総裁代行権の獲得、までは戦略どおりに進んだのですが、「法燈継承」だけは意のままには進まなかった。そこで、最後は「歴史から何を学ぶか」に書いてある通りのデッチあげの「法燈継承」劇を演出せざるを得なかった。


これで全部が繋がりましたですね。やはり、独裁権力者『狂乱総裁』マサノブさんは、宗教団体のリーダーとしては全くの不適格者ですから、追放しかないようですね!





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[1051] 日野智貴君は、『狂乱総裁マサノブ』の完全コピー! ――― ここまで「マサノブ教」青年会の知的レベルは低下した・・・・・

鞍馬天狗 - 2015年11月08日 (日) 20時06分



本日の「京都講習会」は、会場数は前回より2会場増えて3会場であった。しかし、参加者は7492人で前回比▲7%の減少との公式発表があった。これはおそらく発表用に作られた数字で、実際はやはり20%以上の減少だったと推測される。



これに関して、発祥の地の青年=日野智貴君が次のような負け惜しみの、マサノブ君とそっくりのコピー評論を「トキ掲示板・本流対策室」に投稿している。――


1209 :発祥の地の青年( =日野智貴):2015/11/08(日) 18:28:06 ID:fMqJE.d.

<< 受講者数が減っているのは、アベノミクスの失敗によって国民の可処分所得が減少し、宗教行事にお金をさける信徒が減ってしまったからだと思いますよ? 熱心な信徒はまだまだたくさんいます。>>


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▼ こんなことを書いたら、世間から物笑いにされることがわからないのか? 何ごとも、自己の反省と責任を棚に上げ、「政治が悪い・国が悪いからだ」と相手の責任にする共産党と同じ低いレベルの思考力である。「三界唯心所現の理」や「至上者の自覚」には考え及ばないのかね? 


▼ 君がこの程度の真理の理解力だったとは、非常に残念である。よくも此処まで『マサノブ狂乱総裁』に洗脳されたものだといわざるを得ない。


▼ 講習会は2年に一度。受講代は2500円、毎月100円貯金をすれば一枚買える。どうして、アベノミクスに結び付けられなければならないのか? こんな思考過程をヘリクツという。


▼ 講習会に人が集まらないのは、一にも二にも、『狂乱総裁』の話の内容が信徒の求めているものとは違っていて全く面白くないからである。ハッキリ言えば信徒は宗教・信仰の話を聞きに来ているのであって、環境の話を聞きに来ているのではない。こんな簡単なことを君は理解できていない。『狂乱総裁マサノブ』にコピー化されるまで洗脳され、正常な判断力を失っているからである。


▼ 「受講者の数が減っても、まだ7000もの人がきている、素晴らしいではないか」と「曳馬野=マサノブ」君がこれも負け惜しみを言っているが、来ている人の大部分は義理と付き合いで参加したか、開祖・谷口雅春先生の『御教え』と「マサノブ教」との違いが分からない人たちで真の「求道者」は皆無、そこまで、現教団・「マサノブ教団」の信徒のレベルも落ちてしまっており、それを自覚できず盲目的に「マサノブ教」を信じている人がまだまだ大勢いると云うことを現しているのである。


▼ 君の、その他の質問――― <組織板・2590>および「部室板/4・853>に関しては、もっと開祖・谷口雅春先生の『御教え』を正しく理解し、『狂乱総裁マサノブ』君の洗脳を脱して自分で考えなさい。今の君の洗脳された頭脳では何を言っても「ヘリクツ論法」と「机上の空論」で切り返してくるだけであるから。


▼ 最後にこのことだけは言っておく。「発祥の地の青年」の表現は止め給へ。「発祥の地・八ヶ岳の青年」と今後は書き給へ。





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[1065] 四無量心を説きながら、信徒を侮辱するマサノブ発言!

武蔵坊弁慶 - 2015年11月09日 (月) 17時09分



「旅人の被災」以来、マサノブ君の言行不一致ぶり、特に彼の宗教家と名乗りながらの“冷酷な心”はその後の発言の中に頻繁に現われているのであります。「トキ掲示板」で、「曳馬野」と名乗る人物は、その文調や主張内容を見る限りマサノブ君本人であるのであります。百歩譲ってそうでなくても、明かにマサノブ君の指示により、マサノブ君の“意”を体して書いている影武者であります。


宗教家と名乗り、「四無量心」を説きながら、実際の場面に際しては、四無量心なきが如き言動をなしているのであります。「トキ掲示板」でそれがこの度示されたのであります。



<起点>


11月9日のジュンコ君の「著名人??白鳩会総裁フェースブック」の記事

<< 今週のことば−− 私たち一人一人が、エネルギーを使いすぎていないか自分の生活を見直し、さらに省エネを進めよう。太陽光発電装置を設置しよう。高価に思われるかも知れないが新車を買うのとあまり変わらず、エネルギーを生み出し続ける。ガソリン車から電気自動車に乗り替えよう。より多くの人々がそう決意したとき、未来は明るく開けてくるに違いない。『平和のレシピ』119頁>>



<展開>


<教区会員板>

2552 :トンチンカン:2015/11/09(月) 10:03:31 ID:z9V4A.MQ

<< 「ジュンコ婆さん」は、ヤッパリ ≪宗教貴族≫ なのですね・・・
「車」も、「太陽光発電装置」も、「電気自動車」も、買えない「庶民」が多数です!!>>



2553 :曳馬野 (マサノブ)=:2015/11/09(月) 12:09:45 ID:WelgKIzM

<< 生長の家やってて過去人生を謳歌したのでしょう。無限の供給と無限の喜びを真理の体得により得ていたのでしょう、本流の皆さんは。今になって貧乏庶民が生長の家には多数というのですか? それでは真理が正しかった証拠がないということを言っているのと同じでしょう。何を以て生長の家の真理の正しさを証明するのですかトンチンカンさんは? >>



2554 :トンチンカン :2015/11/09(月) 13:23:46 ID:z9V4A.MQ

<< ・ 「カネの山」の中での生活を享受している『宗教貴族』には理解出来ないのでしょうか? 「年金生活者」にとっては、出来ないことがあるのですが・・・

・ 『無限の供給と無限の喜びを真理の体得』・・なんてコトバで誤魔化してはいけませんよ・・

・「年金生活」であっても、「心」は光明燦然と輝き、明るく生活しているのです!!

・でもね、「太陽光発電装置」や「電気自動車」を購入するほどの <金銭的余裕> がないと言っているのです・・・>>




<四無量心なき、冷酷なマサノブ君の主張>


2555 :曳馬野 (=マサノブ):2015/11/09(月) 14:10:28 ID:WelgKIzM

<< 心の中だけの事であって現実は貧乏な人が多数であるという。何百万も詐欺にかかっている人が世の中には多数いるというのに、面白いことを言うのだね本流派は。じゃ宗旨を変えなくちゃ。教えでは人間神の子で「無限の供給」が実現すると説いていますが、現実はそうなりません、貧乏でも心が満足出来るようになりますと。トンチンカン流の自称本流は、「生命の実相」でよきことが実現すると心を洗脳するだけで現実はぬか喜びをさせる教えなんだ。だいたい親子で生長の家をし同居の家族生活をするのが普通でしょう。こびそな年金生活を老人だけでしているというのであれば、どこが真理に触れて救われているというのでしょうか?なにも救われていないでしょう、そんな人を沢山作るために本流さんは運動をしてきてこれからもそんな運動をするんだ。そしてそれこそが生長の家の本来の運動であるというんだね。>>



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<感想>

@ ジュンコ君は、自分たちが信徒の浄財のお蔭で「太陽光発電」・「電気自動車」のある恵まれた宗教貴族生活を享受しながら、其のことへの一片の感謝の心も無く、一般信徒に向かって、信徒それぞれの経済的事情を考慮することなく「一般論」を平気で要求してくるのであります。この様な文章は非常に冷たい文章であって、宗教家ならば、―― 人間地上誕生の意義は、人それぞれのタマシイ(個生命)の進化向上のためであって、現実的境遇としては経済的にも色々な境遇のところへ生まれタマシイ修行をしている ―― この様な暖かい慮(おもんばか)りを表面に出した文章がかけないものだろうか? ここに現在の「マサノブ教」の冷酷な基本的考え方が垣間見えてくるのであります。


A マサノブ君は、更に冷酷な屁理屈で信徒を侮辱しているのであります。マサノブ君の冷酷な主張は、

1、 現在の世の中は、貧乏人が多いのではなく、何百万円も騙し取られるほどの金持ちもいるのだ。年金生活者と云っても同じなんだ。「太陽光発電」・「電気自動車」を買う余裕を持っている年金生活者は沢山いるのだから、大いに買うべきであるのだ。

2、 また、たとえ貧乏人であっても、信徒なら「無限供給」という事を教えられているはずではないのか?それならば「無限供給」の真理 ―― わが欲する必要なものは既に得たりと信じて行動すべし ―― を実践して「太陽光発電」・「電気自動車」を手元にお金が無くても地球環境のためにローンを組んで購入せよ。

3、開祖・谷口雅春先生が教えを説き始められて90年近く立つのに、未だにこのように「無限供給」の真理が身についていない信徒が沢山いると云うのは、教えが不完全で「無限供給」の真理には普遍性が無いという証明ではないのか?

4、所謂、「本流」を名乗る信徒たちは、「生命の実相」でよきことが実現すると心を洗脳するだけで現実はぬか喜びをさせる教えなんだ。こんな不完全な教えを又復活しようとしているのか?


B まあ、このようなことをマサノブ君は、「曳馬野」という名前を使って言っているのであります。「四無量心」なき冷酷無比なマサノブ君の本音であります。と同時に、マサノブ君は屁理屈だけは達者であるが、肝心の自己の生命体験に基ずいた真理(『御教え』)の体得が如何にウスッペラな底の浅いものであるかをさらけ出しているのであります。だから、生半可な屁理屈でこの様な信徒侮辱発言をなすのであります。こんな総裁もう要らない! こんな総裁もう要らない!




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[1098] 「発祥の地の青年」=「匿名希望」=日野智貴君! もっと、しっかりし給え!

鞍馬天狗 - 2015年11月13日 (金) 00時15分


又もや、「発祥の地の青年」が厳重注意を受けながら、継ぎのような投稿文を「トキ掲示板」に載せたのであります。



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「部室」板/4


882 :発祥の地の青年 :2015/11/12(木) 19:54:59 ID:fMqJE.d.

私は日野智貴君で、曳馬野さんは谷口雅宣先生? その証拠があるのかは疑問ですが、投稿者の身元を暴くとはよくない趣味ですね。匿名で実名で活動している人間を批判するのは、人間としてどうかと思います。


883 :匿名希望 :2015/11/12(木) 19:59:02 ID:fMqJE.d.

谷口恵美子先生は、2013年の時点で荒地先生のご自宅におられたはずです。山梨に監禁されていたというのは、真っ赤なウソです。判例上、根拠もなく他人を批判するのは、仮に善意で行っていても名誉棄損罪が成立します。「自称・本流」派の皆様はそのことを意識してください。


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<講評>


@ <その証拠>と云っているが、何よりの証拠は、それぞれの投稿文の内容と文体・文調であります。二人とも、『反開祖・反日的日本人・マサノブ思想』という点で一致しているからである。だから、「発祥の地の青年」=日野智貴君、「曳馬野」=マサノブ君であります。


A <山梨に監禁されていたというのは、真っ赤なウソです。>と云っているが、“お山”を“山梨”と早とちりしたのでしょう。熱心な信徒ならば、「お山」と言えば、東京原宿の雅春先生、清超先生、マサノブ君が住んでおられたところである事はよく知っているはず。なぜ、「お山」と愛称されていたかは、その昔、雅春先生が、発祥の地の「藤棚の家」から東京へ移転せられた時のお家は、信徒の宮崎氏から寄贈されたもので、その場所が小高いところにあったので、誰いうとなく「お山」と愛唱されるに至ったのです。これくらいのことは熱心な信徒の常識であります。『明窓浄机』(現在はマサノブにより絶版扱い)をしっかり読みたまえ。また、『生長の家年史』や『生命の實相・道場篇』にも書かれています。


B 恵美子先生の軟禁同様の様子は、―――

 本流対策室/5板に投稿されています。 
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1358853467/


 1841 :元本部職員D:2013/07/05(金) 01:22:05

<< お身内(お山)の関係者の方から 重大なお話 を先ほど聞かされました。内容は、谷口恵美子先生は軟禁のような状態にあり、自由にお子様やお孫様に 会えなくなっている というものです。まさに、雅宣総裁の人間性に大いなる疑問を 投げかけるものでした。改めて さらに取材して 投稿します。 悲しくて今日は眠れそうにありませんが・・・


1847 :元本部職員D:2013/07/05(金) 12:43:27

取材元や登場する人を 匿名にしてくださいとの条件で あらためて実情をお聞きしました。 先日、恵美子先生のお孫さんにあたる方の 結婚式が 執り行われる事になったそうです。そのために、各地から恵美子先生のお子さまやお孫様も 東京に 集まられたそうです。結婚式の前日か前々日に、恵美子先生のお宅にご挨拶に伺ったところ、門の前には以前よりも大きな監視カメラが二台設置され、両脇の防犯用鉄柵も以前より立派になっていて驚かれたそうです。 以前にその方(娘さま)が 恵美子先生にお目にかかろうとして連絡すると、喜ばれたそうですが、直前になって「会えなくなりました」との 連絡が入り 誰かが許可しなかったと思い、このたびは前もって連絡をせずに 当日面会という形で お邪魔したそうです。 楽しく語り合われながら 階段を登り、お部屋で お話をしていると・・・何と5分後に部屋をノックする人があったそうです。○島総務部長がそこに立っていてこう言ったそうです。「ここは生長の家本部の建物ですから許可なく立ち入りはできません、出て行ってください」さすがに恵美子先生も驚かれて、何でドアの外に○島さんが居るのかしらと怪訝な顔をされたそうです。帰り際に、その○島管理部長は「もう2度と来ないでいただきたい」と申したそうでありますが、その娘さんは「残念ながらお断りします」と申されて退出されたそうです。 恵美子先生が軟禁状態のように監視されている事は、まず監視カメラによっての来訪者のチエック。そして直接電話を受け取れない管理部女性職員によるチエック(必ず誰から電話があったかの報告義務)そして、毎朝のお礼と称する雅宣総裁からのチエックがあることはほぼ間違いないだろうという事です。 ちなみに、今回結婚式を挙げられたお孫様も、ご両親とともに再三面会を希望していましたが、断わられたそうです。その時のお断りの恵美子先生の声がとても淋しいものであったそうで、ご本心で会うことを断っておられるのではないことは明白に判ったそうです。 裁判の時は、事情も詳しくない恵美子先生を引っ張り出しておきながら、肉親や孫たちには会うことを禁じている人間とはいかなるものなのか・・・私は悲しみで言葉を失いました。 本部総務部の管理をされている方たちはおそらく命じられるままにされているのだと思いますが、それが人間としてやって良いことなのか、ましてや生長の家の教えと齟齬がないかを繰り返し考えていただきたいと思います。本来は純子夫人が中に入って間を取り持ち和解に導くことが当然と思いますが、どうやらその形跡は一つもないという現状です。皆さんを悲しませる行動を指示する人間の末路は・・・監視カメラの外で法則がいずれ働く事でしょう。 >>


C <投稿者の身元を暴くとはよくない趣味ですね。>とか、<名誉棄損罪が成立します。>とか書いていますが、マサノブ君の「生長の家」解体戦略・『御教え』抹殺戦略の遂行――つまり、開祖反逆、看板盗用、虚偽表示、信徒欺瞞と云った一連の宗教的罪状の方はどうなるのでしょうか?


D 中でも、『生長の家・教規』第五条・第六条・第八条に対するマサノブ君の明確なる違反は、宗教法人法違反そのものであり、最も追求されるべき大問題であります。貴君はこの点どう考えますか?


E 更に、「曳馬野」=マサノブ君は、本日、開祖・谷口雅春先生を貶め、信徒を惑わすような投稿を「トキ掲示板・部室板/4」にしました。すなわち、――



6001 :曳馬野 =マサノブ:2015/11/12(木) 17:14:46 ID:UC2Yvj46

<<「神 真理を告げ給う」の神様は『甘露の法雨』を告げた神様と大分云うことが異なりませんか? 「さらに空中に遊歩すべし」「空中遊歩の神人とは汝らの「生命」の実相なり。 実相のほかに真の汝なし。」 如何にも出来そうなことを早い頃はいって、聖経などと崇めさせながら、今になって天才ならいざ知らず凡人は「因果の法則」に従って生きなさい、とはどういうこと神様。だから生長の家から『聖経』が消えてしまうのだろうか?>>

―― 中でも、<「神 真理を告げ給う」の神様は『甘露の法雨』を告げた神様と大分云うことが異なります。(せんか?)>は、開祖との霊的心境の差をわきまぬ、まさに“霊的音痴”の性格を丸出しにしたものであり、当人(マサノブ)は自己の霊的レベルの低さを暴露したものとは決して思っていません。ああ、哀れなる哉、『狂乱総裁』マサノブよ!


F 結局、マサノブ君は、本流復活側から出された重要な質問事項には答えることが出来ないので、「投稿者の身元を暴くとはよくない」と云った程度のことしか言えないまでに追いつめられてしまっているのであります。もうマサノブ君も辞職せざるを得ないようになって来ているのです。このところ、大きな問題を起こした大会社の社長は次々と辞任に追い込まれています。ましてや、人の道を説く宗教界のリーダーなら、尚更進退をハッキリ意思表示すべきではないでしょうか? 「発祥の地の青年」、正確には「マサノブ教、発祥の地の青年」君、君はこの件をどのように考えていますか?





2016-01-31 20:28 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第三回>






御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」



北尾巳代次先生




<第三回>





第6編  光を観る心




   ものは受取り方

 昔あるところにありがた婆さんといわれる人がありました。家に居る時も、道を歩いている時も、石に躓いてさせも、有難いこっちゃと唱え続けていました。ある年長雨が続いてジメジメとして、着物にさえかびが生える始末に、人々はみんな困ってしまいました。それでも婆さんは、有難いこっちゃと唱えていました。そこで人は婆さんに、「お婆さん、こんなに雨が降って何がそんなに有難いのや、わしらはもう食べる物が全部腐ってしまって、腹が立ってならんがなぁ」と言いますと、婆さんは「いいえ、いいえ、そうじゃない。これだけの雨が一遍に降ってみなさい。大水が出て、それこそ、みんな死なんならんのに、神様はこうして、毎日区切って降らせて下さるんじゃあ、有難いこっちゃわいなぁ」と言ったといいます。

 ものは受取り方一つです。年中不足ばかり言っている人は物の暗い面ばかり観ている人です。同じ条件で結構喜んでいる人もあるのですから、平素からものの良い面や明るい面を観る習慣を付けたいものです。




   幸福は自分自身の心にある

 ちょっと意に沿わぬことがあると、すぐに自分ほど不幸な者はないなんてつぶやく種類の人は、気の毒ながら幸福になる資格はありません。幸福とは自分以外の環境の中にあるものではなく、自分自身の心の中に見出してゆくものなのです。日常の生活の中に幸福は幾らでも転がっています。平凡な生活の中に喜ぼうとすれば、幾らでも喜べます。あの辛い病気ですらも、本人の受け取り次第であながち憎悪するには当りません。病気になって人は初めて健康の有難さを知るのです。現に病気のために多くの人は生長の家を識り、人間神の子の自覚に入れて頂いて、夫婦や家庭が調和して、極楽浄土が現成している例も多い。事業の失敗がかえってより成功の鍵となることもあり、天理教祖の「難儀は節や、節から芽が出る」との教えは真に尊い真理ですね。節を節とみない、困難を困難と自覚しない。みな良くなるための導きでございます。有難うございますと素直に受けさせて頂く時、もうその人にとって困難なんて存在しないのです。

剣聖宮本武蔵の書に「無構えの構え」というのがあるそうです。困難を予想して人生に構え過ぎるとかえって失敗する例が多い。事業するにしても、子供を教育するにしても、諸々の家庭問題にしても、難しいものなんて一つもないんです。一番簡単な方法は皆好きになれば良いのです。フランク永井の歌じゃないが、この仕事は私は好き、好き、好きと強く思うのです。初めは嫌いでも強く念じているときっと好きになれるものです。そうして楽しそうに、口笛を吹きながら愉快な表情で一応やってごらんなさい。

 この間も、小さい子供を3人も残されて、夫に死別しました、先生どうしたらよろしいでしょうか、と相談に来られた奥様がありました。きっと寂しいことでしょうね、苦しいことでしょうね、でもその悲しみの中に溺れて泣いてばかりいたんでは幸福は来ないのですよと、私は奥様に申上げたんです。

「奥さん、3人の子供さんが居てくれるということは、悲しいことよりもむしろ楽しいことなんですよ。3年経てばその子供さんも3つになるでしょう。何時までも子供が子供であるはずはない、10年すればあなたはどんなにか幸福になっているでしょう。そう思えば、あなたが辛いと感ずるのも今暫くです。あなたは一人ぼっちじゃないんですよ。さあ明るく笑いなさい。夜も昼も神様は常にあなたのもとにあって、最善の知恵と愛情を以ってあなた達を守っていてくれるではありませんか。あなたがにこやかな表情と喜びの言葉を失わねば、神様は決してあなた達のことをお忘れにならないでしょう」と。




   暗黒を把まない事

 人は直ぐ暗黒を把んじゃうんです。把んだら苦しいんです。放してしまうんです。後は神様が良いようにやってくれるのです。生長の家は万事楽観感謝の教えです。ただ良くなる他ないと思いなさい。金があったらとか、夫が生きていてくれたらとか、主人が酒を止めてくれたらとか、ありもしないことを想像して、現実に不足を持つ心が幸福に繋がらないのですね。過ぎ去った過去や、まだ来ない未来に不安を抱いて、うろうろと、留まっていたのでは足の無い幽霊のようなものです。

私達は今生きているのです。その今の中に明日があり、明後日があり、未来があるのですよ。今心配している人は明日はもっと心配になるかも知れない。心配したことがちょっとでも現実を良くするものなら心配も大いに結構だといいたいが、現実はその反対なんですから、まず落着くことです。落着いて何故にかくの如き不幸に遭遇することになったかを静かに反省するがいい。必ず人にはそれ相応の原因があるものです。蒔いた種が生えるという現象顕現の法則は一人の例外もなく働いています。これを環境も肉体も吾が心の影と生長の家では申します。

影とは象徴ということです。象を現わした物と解すべきでしょう。心が容(すがた)を現わしたもの、即ち心の相(すがた)ですね。私達は常にこの心の相を観て反省させて頂かねばならないのであります。信仰とは要するにこの反省と精進を絶え間なく積み重ねてゆくものと悟らせて頂きたいものです。そしてついには神の子の自覚に進みたいと思います。




第7編  人間最高の幸福について




   まず正しく見ること

 増谷文雄先生の『阿合経(あごんぎょう)講義』の中に、釈尊の人間最高の幸福についての説法が紹介されています。なかなか素晴らしい文章ですから一部転載させて頂きます。

  愚かなるものに親しみ近づかず
  賢きものに近づきしたしみ
  尊敬すべきものを尊敬する
  これを最上の幸福となす

  父と母に孝養をつくし
  妻と子をいつくしみ養い
  けがれなき生業に安住する
  これを最上の幸福となす

  悪しき業を楽しまず
  酒を呑んで程を過さず
  事において放逸ならざる
  これを最上の幸福となす

  敬虔にして、自らへり下り
  足るを知り恩を憶い
  時ありて経法を聴く
  これを最上の幸福となす

  忍辱(にんにく)にして、柔和に
  もろもろの沙門にまみえて
  時ありて法を談ずる
  これを最上の幸福となす

  道をおさめ、浄行を行い
  四つの聖なる真理を知り
  涅槃の境地を証得する
  これを最上の幸福となす

  世の栄辱に心を動かさず
  毀誉(きよ)にも、得失にも心ゆるがず
  憂いも無く、悲しみも無し
  これを最上の幸福となす

  そのとき人は
  何処にあるも打ち勝ち
  何処にあるも幸福多し
  これを人間最上の幸福となす。

 なかなか素晴らしいお言葉です。説明するまでもなく平易なご文章ですが、特に、愚かなるものに親しみ近づかず、賢きものに近づきしたしみ、尊敬すべきものを尊敬するということばは現代の日本人がすべて謙虚に反省すべきことです。

天皇陛下を初め、父母、祖父母、兄姉、師など、すべて下の者が上の人を尊敬しない下剋上の思想が急速に改められない限り、日本の再建は不可能です。道をおさめ、浄行を行い、四つの聖なる真理を知り、涅槃の境地を証得するということばは、「阿含経」の中に説かれたことばで、小乗仏教の中心をなすものです。

 道と申しますのは中道のことでありまして、とかく人は悦楽を求めて、その中に幸福があるかと誤解し、或いは反対に極端な苦行を通し、肉体を苦しめることが人間解放の道だと思い誤りがちでありますが、釈迦はまずこの2つの極端な考え方を戒めて、中道をおさめ、浄らな行為の中に4つの聖なる真理を知れと教えています。この4つの聖なる真理と申しますのは、人生は生も苦なり、老いも苦なり、病も苦なり、死もまた苦なり、さらに愛する者との別れる苦もあれば、憎しみ合う同士がお互いに顔を合わせて生活する苦もあり、また求めても求めても、求め得ざる苦しみもあります。

かくのごとく現象の人間というものを眺めてみれば、ただ有頂天には喜んではいられない苦の世界なのです。したがってこの現実をしっかり見極めた上で、その苦が一体何を根拠にとして起っているかを考えてみなければならない。それには必ず渇愛の心があると教えていられます。渇愛とは咽喉(のど)が渇く思いの愛という意味で、必要以上に求めている煩悩です。この執着の念を滅して、聖なる8つの道を行ずることが人間最高の幸福なりと説かれているのです。そこで聖なる8つの道について簡単に説明を加えておきたいと思いますが、これは正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定ということで、人間はまず正しく見るということが大切である。正しく見ようとすれば正しい思いを持つことが第一で、それから正しいことばとか、正しい行為とか、生活等が実践せられるというように、日常生活の根本を説かれたものであります。

 皆様は良く、昔のざれ唄に、“落ちてるよ、10円銀貨が落ちてるよ、拾おうとしたら、ビールの蓋やった”なんてあるのをご存知でしょう。ビールの蓋がビールの蓋に見えるのが正見で、もし10円銀貨に見えるとすれば、それはこちらに金欲しい金欲しいという心があるからなんですね。また夜道を歩いていて幽霊が出たなんて驚く人は、やはり平素から怖い怖いという思いがあるのです。世の中にはよく仏壇を拝むのが怖いとおっしゃる方がありますが、これは亡くなったどなたかの世話を充分しておらなかった人が、叱られるような気がして怖がるのですね。

従って姑が根性悪に観えたり、上役が差別するように観えるのも皆原因はこちらの観方にあると気付かせて頂かねばなりません。ところで釈迦は8つの聖なる道を説かれましたが、私は人間最高の幸福の道は3つの繋がりがあると思うのです。その1つは神との繋がりであり、その2つはご先祖との繋がりであり、その3つは世間、即ち人と人との繋がりにあると思うのです。

このうちどの1つが切れても人間は直ちに幸福を失うことになります。私達が生長の家の信仰によって病気が治ったり、運がよくなったりするのは、何かの因縁で、切れていた縁が結ばれて、神様との間に血液が廻り始めたからからなのです。




   長者窮子の譬え

 私達は誰も神の子として神の国から誕生してまいります。しかし生長するにつれて人類全体の迷妄である人類意識という悪水に染まってしまって、いつか本当の親である神様を忘れてしまうのです。このことは「法華経」の中の長者窮子(ちょうじゃぐうし)の譬えによって精しく教えて頂いているのです。そこで私達は時々生みの親である神様を忘れないように、ことばに出して、“神の子、神の子”と呼び掛けなければなりません。

 法蔵菩薩48願の第17願に、阿弥陀様が、
「たとえ我れ仏を得んも、十方世界の無量の諸仏悉く咨嗟(しさ)して我が名を称せずば、正覚をとらじ」とお説きになっていられるのがそのことなんです。咨嗟(しさ)するとは声を出して讃嘆称揚(しょうよう)することだ、と谷口先生が教えて下さっていますが、本当に皆が神の子、阿弥陀仏の子であることを常に思い出して、大きな声で忘れぬように称え続けなければ、阿弥陀さまとの縁が切れてしまうぞ、ということにあたります。

皆様も神想観をするのも、聖経を誦げられるのも、或いは写経を続けられるのも、皆この神さま、如来さまとの繋がりをしっかりして頂くためなのです。月に1度や2度話を聞くだけで神様との繋がりがしっかりしていると考えることはちょっと厚顔過ぎるようです。

 次に先祖があって自分があるということは誰でもわかるのですが、それなのに私達はすぐ先祖を忘れてしまうのです。人間死んだら終いだ、なんて唯物論に取り付かれて、つい勝手放題なことをやらかすのですが、これでは根の無い生花も同じことで、現在どんなに栄えているように見えても、やがて皆枯れてしまいます。考えてみると私達は皆有形無形の恩恵をご先祖に受けているのであって、その祖先の恩を思い、その供養を怠らぬ人に幸福が約束せられるのであります。昔から先祖の墓参りをすれば成功すると言われていますが、その見本のようなお話を先日恵我(えが)の荘(しょう)の芳頓(よしむら)十四喜(としき)先生から伺いました。

 何でも先生のお墓近くに恵我の庄一と言われる成功者のお墓があるそうですが、先日そのご家族の方と墓参りで顔を合わされたそうです。その時そのご主人は風呂敷包みに大きな蜜柑を沢山お持ちになって、“生前亡き母が蜜柑が大好物で”とおっしゃって、その蜜柑の皮を一つずつ剥(む)いて、それを墓石の上に並べて生きている人に話しかけるように、
「お母さん、今日はあなたの好きなミカンを沢山持って来て上げたから、しっかり食べるのですよ」
 とおっしゃっているのを聞いて涙がこぼれた、とうかがわせて頂きました。亡き母を偲ぶこの人の孝心が、恵我の庄一の財を積み上げることになったのでしょう。

 最後に人と人との繋がりも大切です。夫婦が仲が悪いとか、親子が争っているとか、近所の人と喧嘩をしていたのでは、争いの念波は神の救いの念波をよう受けぬと、和解の神示で戒めておられます。

 キリストも“神に祈る前にまず兄弟と和せよ”と教えています。私達は皆神の子であり、皆同じ一つの生命なんです。それが常に争っていたのでは、どちらも傷つき倒れてしまいます。世間にはあんなにも信仰深い人がどうして病気ばかりしているのだろうと、不思議に思う事がよくありますが、勿論いろいろな理由があるのでしょうが、その最も大きな原因はその人が天地一切のものと心のどこかで和解が成立していないのですね。私達はこの3つの繋がりをしっかり結び合わせて、流れ入る流れ入るとお祈りになれば、無限の富も健康も、どんどん流れ入るのでしょうが、この道を繋がずに幾らお祈りになっても、神様の無限の功徳は私達のところには流れ入って来ないのです。もう一度『生命の實相』を読み直して、この結びをしっかりと繋ぎましょう。



平成28年1月30日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




         
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-01-31 00:25 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第二回>
2016年01月29日(金)



御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」 



北尾巳代次先生




<第二回>





第4編  結婚の幸福




   人生は芝居

 ある時、新婚の夫婦が別れ話で訪ねて来られたことがあります。なかなか得心がいかぬので、私は次の様な例えで申上げたのです。

 夫婦の生活というのは、二人で芝居をやっているのと同じですよ。お互いが別々の演出をやっていたのではお芝居にならないでしょう。二人が同じ舞台に立ったら、出来る限り相手をやり易いように上手に演出してやらないと、そのお芝居が壊れてしまします。

 あなた方が今夫婦として結ばれたということは、神様がお前は夫の役をやれ、お前は妻の役をやれ、と夫々その地位を決めて下さったのですよ。従ってあなた達は、その定められた役目を如何に上手に演出して、劇的な効果を上げるかということを、考えなければいけないのです。お互いに独身生活とは異なった味を出さなければ、私は独身の役ばかりやって来たから、この方がやりよいのだと、独身生活の我儘をその家庭に持って来たのでは壊れてしまうでしょう。芝居というものは、互いに、相手のやりよいように、やりやいように意識して意識して、上手に立ち回るのです。

私は芝居が好きで、学生時代から良く演出をやっていますが、一人では芝居にならんですよ。お里・沢市でも、お互いの夫婦の情を巧みに表現するところに、劇的な構成があるのです。夫婦の愛情というものは、特にこの表現を疎かにしてはならないのです。

「私はこんなに愛しているのですよ」と、時には言葉に出し、態度に現わして。夫を悦ばせてあげる、ということも、妻の技巧の一つなのです。

 また夫も時には自分の奥様を誉めてあげるのですよ。
「おまえはやっぱり綺麗だなあ」とか何とかちょっと言ってあげるのですよ。夫婦の間では、いくら讃めても、讃め過ぎるということはない。

 男でも、女でも、案外自惚れの強いものですから、いくらご面相の悪い奥様でも、夫からそう言われると鏡の一つも覗いてみたくなるものです。相性というものは、ここのところの呼吸をしっくりと合わせることで、それで万事旨く行くものです。難しいことなんか、一つもないですよ、と申上げたのです。

 これは夫婦の問題だけでなしに、あらゆる人生の問題が全てそうなんです。嫁と姑、親と子、親方と労務者、こんな問題まで、ここのところのコツを呑み込んでおれば万事OKですね。

 先日も白銀の誌友会で、夫婦が仲良くすると、姑の機嫌が悪い、と訴えていた人がありますが、これなども三人が同じ舞台で芝居をしているということを忘れて、若い夫婦だけが勝手な演出をやって、老人を忘れてしまうところから来る苦情ですね。二人で両方から、お母さん、お母さんと親しみを持ってさえあげたら、直ぐご機嫌も良くなるでしょう。




   子供が生まれると

 また子供が生まれたために夫に愛人が出来たというケースも多いですね。これは奥様が子供が珍しいのと可愛いのにかまけて、妻である、という役目を忘れてしまうんですね。細々とした行き届いた妻の愛ほど夫を悦ばせるものがないのですが、子供が生まれると共に、子供の方にばかり行き届いて、夫を放任する罪ですね。

何時でしたか、曾我廼家十吾(そがのやじゅうご)の家庭劇で、妻が、うちのお父さんなんか絶対に間違いはない、と勝手に決めてしまって、夫のワイシャツが真黒になっとろうと洋服のボタンが取れとろうと無関心で、息子や娘のことは勿論、嫁入りさせた娘の着物の仕立てから、洗濯まで世話を焼いて、課長である夫に、漬物用の糠まで買わせる、という鈍感な妻が、夫に愛人が出来かけてびっくりして、初めて目が覚めるという劇をやっていましたが、世の中には案外これに類する奥様が多いですね。

自分の夫を軽く観るということは良くないですね。善い奥様なら適当に夫を威張らせてやるのですよ。例えそれがどんなに低い職能でありましても、妻からは低く扱われたくはないのです。世の中で自分の妻から欠点を指摘されるほど悲しく、憤りを感じるものはないですからね。「どこそこの御主人を見てごらんなさい」と本人は何でもないつもりでおっしゃっているのでしょうが、これがしばしば家庭の平和を壊す原因となっています。




   結婚の心構え

 この間桐山純子さんの結婚の披露宴で、ある方が新郎新婦に餞(はなむけ)の言葉としてこうおっしゃいました。

「結婚というものは、秀才と才媛が一緒になったのでは決して旨くものではない。平凡な男と女であっていいのですよ。それがお互いに補い合って完全なものを造っていったら良い。自分の夫はあんなに讃められるんだから、もう絶対に完全だなどと思い、夫は夫で、茶でも花でも裁縫でも割烹でも何でもかんでも皆出来る、と考えていると、それが現実と食い違って、こんなはずはなかった、と失望を感じるようになり易いものです。平凡な男であり、平凡な女である中に、お互いが相手に求めるでなく、相手のために少しでも良く尽してあげる愛情こそ大切である」
これは大変心すべき言葉ですね。




   性を大切に

 近頃は性の表現が露骨になって、若い夫婦が最初から恍惚感を味わえるように誤解している向きがあります。女性が性生活に本当の満足感を味わうということは、やはりある時期を必要とするでしょう。『チャタレ―夫人の恋人』ではないが、男女の性の描写が余りに緻密に描かれているために、未成熟な少年少女までがこれに憧れを感じて性交を愉しむというケースが「週刊新潮」に発表せられていますが、文筆や映画の責任者も青少年への影響ということを今少し良心的に考えて欲しいですね。

最近全国的に離婚の数が増えていますが、その原因が第一に夫の生殖器への不満にあると聞いて驚かされますね。つまらぬ本を読んで勝手に想像をして、もっと陶酔の感を味わえないのは夫の生殖器が私の生殖器に合わないからだ、などと考える。中には結婚前に性のテストをしておく方が旨く行くと無責任な文章を書く悪徳著述家もあると、低脳な男女が、これに共鳴して簡単に処女を失ってしまうという例も出て来るのです。

 この様に人間が道徳的に低下して来ると、犬や猫と何等変わりなくなってしまう。こんな状態でどうして結婚の幸福なんか生まれるでしょう。男女がお互いに相手の人格を尊重し合うという宗教的な教育が、戦後の日本には確立できないものか。男女共学も良いが、道徳教育を無視して、制度だけ改めるという戦後の教育も、再考されるべき時期が来ていると思います。

 皇太子妃美智子殿下が初めての新聞記者会見で、「ご誠実で、ご賢明で、心からご信頼申上げ、ご尊敬を申上げます」と殿下のことを讃めていらっしゃいましたが、あのお言葉こそ、さすがに素晴らしい妻としての愛情の権化ですね。この信頼と尊敬があれば、夫婦はどんなにか幸福な結婚生活を味あうことが出来るかと、私は感ずるのであります。性生活はこの両者の尊敬と信頼のなかに自然に培われて来るものと思うのであります。




第5編  女性の幸せ




   女性であることの喜び

 女性が幸せになるためには、なによりも女性であることに大いなる喜びを感じなければなりません。神がこの地上に男と女を造り給いて、男性には男性として、女性には女性としての理念を宿し給いて、その内部理想を如何にして現象界に実現するかが私達人間の使命なのであるます。従って誰でもこの内部理想に従い考慮し、行動する者は神の祝福を享け、これに逆らう人は苦痛や悲しみを背負わなければならないのであります。あなたが今女性として生まれ、女性としての幸福を獲ようと思われるならば、何よりもまず女性としての生き甲斐を見出されることであります。

 よく世間では、女性は男性に比較して損だ、と考えている人があります。この考えほど女性を侮辱するものはないのであります。なるほど一般社会では女性は主として家庭の主婦として育児や家計のやり繰りに追われ、社会的な活動は主として男性の側にあるようです。しかしその職域の如何を問わず、男女の使命は誠に尊いものであります。

「創世記」によりますと、神一切のものを創造(つく)り給い、“その創造(つく)りたる全てを見給いけるに甚だ善かりき”と書かれてあります。一方が善で一方が悪いということは、神の世界では有り得ないのです。男性は社会に出て、直接その文化や科学の発展に寄与する使命があり、女性は主として家庭の中にあって、その豊かな天分によって愛の巣を造り、子供を産み育てるところに喜びが有るのであります。勿論女性の中にも立派な才能に恵まれて、社会的に進出する人もあるでしょうが、それはまたそれとして結構なことでありますが、原則はどこまでも、男性は広がるすがたであり(遠心力)、女性は引き締める働きをする(求心力)ものなのであります。




   女性の生き甲斐

ところで女性の生き甲斐とは何か、という問題であります。これは女性の天分である愛を生き切ることではないでしょうか。勿論愛というのは男女を超越して、人間の本質として、言葉をかえて言えば如来の実相として既に存在するものですが、その働きとして男性は知恵に於いて優れ、女性は愛に於いて優っていると言えます。女性とは愛そのものなのです。愛に生きる女性の相(すがた)は、とても美しい。子供を産み育てる。料理をする。裁縫をする。お掃除をする。買い物をする。その一つ一つに愛が出し切れている時、その女性の相は実に素晴らしいんです。

何時でしたか夫が二号さんをこさえて長らく帰って来ない人の個人指導をさせて頂いたことがあります。私はその奥様に申上げたのです。
「あなたは夫の顔を見て喜べますか。あなたは夫の世話を喜んでしていますか。煩わしいとか、うるさいとか、面倒くさいとか感じたことはありませんか。それは長い年月ですから時には感じたことがあるでしょうが、いつでもそうした印象を夫に与えてしまったのではありませんか。夫を我儘だ、身勝手だと責める前に、あなた自身自己の心を反省してみて、今からでも遅くないから夫の顔を見て喜べる奥様になってあげなさい。

男というものは自惚れが強いもので、女房が自分に惚れていると思うと、嬉しくなって可愛がってやりたくなるものなのです。反対にこやつ俺を迷惑にしているな、と思うと無性に腹が立って自分をバカみたいに扱いたくなってしまうのです。夫を咎めるより自分が何を夫のためにさせて頂くかを考え、あなたでなければ絶対に作れないような、誠心(まごころ)のこもった美味しいお食事を夫のために用意して上げることですよ」と話させてもらいました。

 日常一杯のお茶でも、会社で呑むより奥様のお茶の方が美味しいと思われるお茶を入れてあげることです。お惣菜を整えられる奥様でも。お買物には色々と心を配って献立を考えていらっしゃるでしょうけれども、さて食膳に出す時には、お刺身の一つでも美しい小皿に盛れば良いものを、洗うのが面倒くさいとか、壊したら勿体ないとかの理由で、つい店で買った舟形のへぎそのままで出されることが多いのです。こうした時、一日外にあって働いて疲れて帰って来られる檀那さまや、子供さんとって、その僅かな手間を惜しむ心が、どんなに侘(わび)しく感じられるか分からないのですよ。

何千円もする料理屋の高価な料理も、ご家庭のお料理も、中身の味に大して変わりはないのですが、この容器や、心尽くしの不足が諸々の不幸の原因を造り出すことになるのであります。




   なぜ三角関係に

 一昨年でしたかこれもある奥様が三角関係のことでご相談に来られたことがありました。ご主人は小学校の先生で、三反余りの耕作をなさっていわゆる兼業農家であります。この夫が遠方に転勤を命ぜられたのです。そこで夫はこのさい耕作を全部止めて、一時親戚にでも田を預けて自分と共に赴任しようと言い出したのです。ところが奥様は三反余りの田なら自分一人でやれるから、あなた一人赴任して日曜ごとに帰って来て手伝ってくれたらよろしい、あなたの給料だけではとても家族4人の生活を支えることは無理だ、と反対されたのです。

こうして自分の意思を通されたのですが、赴任されたご主人は間もなく近所の未亡人と関係を持つようになって近頃はちよっとも帰って来られなくなったのですね。私はこの話を聞いていてこの奥様は案外冷たい人だなあと感ずるのです。なるほど理屈はこの奥様の方が筋が通っているかも知れません。しかし男というものは、週に一回ずつ帰ってくればよいという関係で済まされる問題ではないのです。

それに経済上の理由や性欲だけの問題を越えて、男性は常に女性が傍についていてもらいたいのです。勿論経済上の問題点はご主人の方でもよく解っていらっしゃるのですが、そうした経済の面だけで自分の存在を考えて貰いたくないのです。いかほど無理の言葉でも、夫に素直にハイと、従ってくれる女性であって欲しいということです。

私がこんなことを申上げると、その奥様は、「実は私、今すぐ夫と同居するように言うのですが、女と別れるのが辛いから、夫は絶対に反対するのです」 と奥様はおっしゃるのです。

 私にはご主人の心がわかるような気がします。私は奥様に申上げるのです。「私が申上げているのは過去の、根本的なあなたの女房としての心構えであって、現象的な処理の方法ではありません。この過去のあなたの立場を反省して、夫にも相手の女性にも一度深く謝罪(あやま)り切る心になることです。極道しているのは夫だから、夫が謝るのが当り前だなどと思ってはなりません。ご主人は淋しいんです。女房は自分より仕事の方が大事なんと思えば悲しいんです。その心の隙に同情し合ったのが今の未亡人でしょう。その方はあなたの代役を務めて下さっているのですよ。あなたさえ本当の奥様になり切れたら、ご主人の心も、その女の方の心も整理されるでしょう」といろいろ話させて頂いている間に、大分分かって頂いたのです。

この問題はご主人が間もなく他校に転出して一挙に問題は解決してしまいました。三角関係は男性にも勿論責任がありますが、女性が女性としての愛情を持つことが先決問題であります。




   娘を支配する不幸の原因

 よく月経痛を訴える女性がありますが、これは女性であることに対する反抗の現われと思われます。恐らく両親が幼年期に、「お前が男だったら私達はもっと嬉しかった」というような考え方を印象させて、彼女に男尊女卑の過った思想を培ってきたものと思われます。

ところで婚期が遅れたり、結婚を嫌う娘さんがよくいます。勿論それも神様が結んで下さる縁ですから、晩婚必ずしも不幸であるとは限りませんが、やはり遅れるのは結婚に対する憧憬が少ないのです。小学校までの女の子の希望を調べてみると100%お嫁さんになることにあります。これが偽らざる女性の心なのです。これが両親の生活を通して、夫婦の実体に触れるのでありまして、両親が不幸なら、自然その娘は結婚に対して抵抗を感じます。母親がヒステリックに、「あなた、結婚なんてしちゃだめだよ。お母ちゃんみたいに不幸になるよ。男なんてみな勝手よ」なんて、一時の腹立ちで子供に当ったりすると、それが三つ子の魂百までで、娘さんの一生を支配する不幸の原因となり易いのであります。

 近頃は姑のことでご相談を受けることが少なくなり、反対にお嫁さんのことで苦情をうかがうことが多くなりました。これも時代の趨勢で仕方ないことですが、とにかく嫁姑が円満にゆこうとすれば、お互いに相手の立場を理解し合わなければなりません。紛争の原因はどちらかが自分の立場からのみものを観ているからなのです。いま一つは嫁姑は他人だという考え方にあります。

 この間も和歌山の今津先生がおっしゃっていましたが、先生のところの誌友さんで、とても嫁と仲の良いお姑さんが先生に、
「家の娘はなかなか親孝行でよ、可愛い孫を生んでくれて毎日お守りをして暮しているが、近頃孫が大きくなって、とても手に負えんなあと思うと、ちゃんと小さい赤ん坊と交換してくれたわ」と喜んでおっしゃったそうです。孫でもその人のとりようで、喜びにも愚痴にも変るものですね。

 最後に女性は子供を産み育てることを嫌うてはなりません。子供を産まぬ女性には何となく温かみがないですね。子供を産まぬ女性を石女(うまずめ)と言うのだそうですが、子供を産むことに喜びを感ずる女性こそ本当に神の祝福を受けて幸福を得られるのです。つまらぬ思想にかぶれて人工流産によって大切な女性の機能を失わないようにしたいものです。



平成28年1月29日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




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「生長の家」實相顕現の祈り<1>




            
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



2016-01-29 16:57 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「神様が見てござる」 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.26
2016年01月28日(木)










開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.26






[928] 『発祥の精神』に立ち返ってこそ「発祥の地の青年」ではないか!・・・日野智貴君とその仲間たちへの回答

遮那王 - 2015年10月25日 (日) 16時32分


「トキ掲示板」に「発祥の地の青年」と言う名前で日野智貴君とその仲間たち(兵庫青年会の面々)が集中的に書き込みを始めていることがわかったのであります。「本流」側に対する彼らの一連の質問点については、今までと同じような内容であり、既に回答が為されていることでありますが、今一度、回答しておきましょう。


「発祥の地の青年」の「本流側」に対する質問の要点は次の通りであります。



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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

3038 :発祥の地の青年:2015/10/24(土) 15:03:46 ID:fMqJE.d.

@ 現在の安倍自民党の方針に対して、本流信徒達が支持しているのは、「"心の法則"と"平和への道"の神示」に違反するのではないのか?
A 谷口雅春先生は本当に「開祖」なのか?
B 現憲法無効論議についての質問
C 清超先生への批判?についての質問
D 生命倫理尊重に関しての質問



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以上の5点についての私の個人的回答を申し上げます。




[ T ] 現在の安倍自民党の方針に対して、本流信徒達が支持しているのは、「"心の法則"と"平和への道"の神示」に違反するのではないのか?


<回答>

1、 貴君(「発祥の地の青年」)は、「"心の法則"と"平和への道"の神示」の中の、<治にいて乱を忘れず。乱を忘れざる者は遂に乱に逢う。しかし、「生長の家」の生き方は、乱にいて治を忘れざる生活である>という点をのみ取り出して、<安倍政権は「中国の脅威」を煽っている>と云う。しかし、貴君は『秘められたる神示』24頁にある『適当な準備をした上で』という言葉を見落としている。又、『梅の花の神示』には、『無明の自壊作用がないのに光明遍満の楽土が来るなどと甘いことを思うな』と書かれている。『信仰生活の神示』には、『明日のことを思い煩うなという意味は、明日の用意をするな、という意味ではない。信仰生活とは冬が来てから綿入れを縫えと云うような生活ではない。秋から冬に要る綿入れを縫うておいても、それは“取り越し苦労”ではない。心が整えば秋から冬に要るものがちゃんと判って自然法爾(ひとりで)にその要るものを用意したくなるのである』、と書かれている。故に、「中国からの脅威」を煽るとしている貴君の見解はマチガイである。もっと、『神示』をよく読み給え。


2、貴君の、「中国は、東シナ海の油田問題では、日本側の主張する日中中間線よりも中国側で、採掘がおこなわれているわけです。中国は日本に対しても配慮をしている、中国の指導部もやはり、神の子なのです。にもかかわらず、あたかも中国が日本の油田を侵略しているかのような事実無根の言いがかりをつけて軍備拡張を図る、これは、まさに神示で住吉大神が批判された戦前の軍国主義政策そのものではないのですか?」という見解も、中国側に立った貴君の間違った見解である。余りにも、浅はかな幼稚すぎる見解である。もっとよく考えてから発言しなさい! 一言で言えば、中国は日本の資源を“盗掘”しているのである。これが判らないのですか?


3、貴君の見解では、「正統・生長の家」は、自民党をすべて全面支持しているように考えられるが、その見解も間違っている。「正統・生長の家」は、自民党のみが萬世一系の天皇制を護持する唯一の政党であり、現占領憲法改正を党是に掲げている政党であると云うこの一点を支持しているのである。(開祖・谷口雅春先生がおっしゃられたことであります。) 何でもかんでも自民党の政策を支持しているわけではないのであります。もっとシッカリ勉強してくれ給え!




[ U ] 谷口雅春先生は本当に「開祖」ですか?


<回答>

1、一つの宗教を開いた方を一般的には「開祖」・「教祖」と云います。なぜ、「開祖」という言葉が出て来たかといえば、―――
人類光明化指針第9条を現「非生長の家・マサノブ教」では、「生長の家大神 ⇒ 三代目・マサノブ ⇒ 教え」と解釈するようになったからである。正しくは、谷口雅春先生の御昇天と共に『生長の家大神=開祖・谷口雅春先生=「御教え」 ⇒ 第二代以降の総裁・副総裁』と書き改められねばならなかったのである。これが為されず、マサノブ君が直接に「生長の家大神」から啓示を受け取っていると本部講師をして言わしめる事態が出て来たからであって、『開祖』という表現が用いられるようになって来たのである。この点においても、「発祥の地の青年」と名乗る貴君の認識不足である。シッカリしてくれ給え。


2、「発祥の地の青年」と名乗る貴君に逆に質問させて頂く。「三代目・マサノブ君は、清超先生によって認可された正統な『法燈継承者』ですか?」と。 第一、清超先生による正式発表もなければ、広報誌でもある「聖使命新聞」にもそのような公式発表もなかったと云う事実。これに対して貴君の見解や如何に? 「本流掲示板に過去何回も掲示された「マサノブ(自称)総裁の法燈継承の怪?」に関する投稿文をよく読み給え!


3、貴君は又、雅春先生も清超先生もマサノブ君も全部「大聖師」であると言っている。清超先生にも「大聖師」号が付いている、これは正式なものだ、と主張しているが、清超先生は「大聖師とお呼びするのは雅春先生だけである。自分には付けることはするな、と言われた。その清超先生の御遺言を無視してマサノブ君が勝手に「大聖師」号を付けたのである。その魂胆は自分もまた死後「大聖師」号を付けさせたかったのである。


4、貴君は又、清超先生が「生長の家で神示が降りたのは、雅春先生お一人だけである」と仰られたことを知らないのか? 知らないのであれば貴君の勉強不足ではないのか?




[ V ]  現憲法無効論議についての質問に関して


<回答>

1、現憲法無効論については、沢山の人が夫々の考えを提起発表しておりますが、生長の家信徒としての私の考え方は、開祖・谷口雅春先生が書かれているところの現憲法無効論が一番明確で筋が通っていると考えます。即ち、―――
『現憲法は無効である。それは、昭和26年までの「占領行政基本法」(その理由は、占領国は占領期間中、被占領国の憲法を変更出来ない、国際法上の理由)であって、サンフランシスコ講和条約によって独立回復と同時に「明治憲法」は自動回復しているから、その「明治憲法」を現状に合うように同時改正する』――これが“法理論”から見て最も妥当な解釈であると思っております。


2、本当は、昭和26年、独立回復時にこのことがなされるべきであったのに為されなかったのは、当時は左翼勢力が現在よりも強く、実行上の混乱と困難を伴うものであったからで、その根因は、戦後のGHQの日本弱体化方針の第一弾として巣鴨刑務所の共産主義者の即時全員解放が為され、彼ら共産主義者たちは、戦後日本の教育・労働・マスコミの各界へ大手を振って深く潜入してサヨク思想に児童・生徒・学生・一般国民を染め上げて洗脳していったからであります。現在も彼らのサヨク思想の洗脳者が日本社会各層の中心構成者として各界の要職を占めている状態が続いているのであります。故に、自民党の党是の憲法改正も遅々として思うように進まないのであります。


3、吾々、生長の家信徒は、シッカリと開祖・谷口雅春先生の「私の日本国憲法論」を勉強する事が大切で、それよりも大切なことは、サヨク思想者マサノブ君が、信徒をこれ以上隠れサヨクへと洗脳し続けることを許してはならず、サヨク・マサノブ追放に努力を集中すべきであると云う事なのであります。


4、補足しておきますが、国家の存続のために憲法があるのである。憲法学者のために憲法や国家が在るのではない。だから政治家は、憲法学者の意見を尊重して国家を危機に晒すことは出来ない。時の政府は、時と場合によっては、国家の護持と国民の安全を第一に考えて、たとえ国民の支持率が一時的に落ちたとしてもやるべきことはやらなければならないのである。このことを、特にマサノブ君の如き机上の議論を弄ぶサヨク主義者たちは心に明記しておかなければならないのであります。




[ W ]  清超先生への批判?についての質問に関して


<回答>

1、「発祥の地の青年」、貴君らは、読み方が一知半解である。
「今昔物語」に書いてあった内容は、マサノブ君は「闇の権力の関係者」ではなく、「闇の権力者」によって支配されている者であると云う事です。何らかの指令のもとに動かされている者と言う意味であります。


2、清超先生も「闇の権力の関係者」とは書かれていない。マサノブ君に対して彼の「生長の家」の完全解体と『御教え』の抹殺への暴走を食い止めるために、副総裁更迭の断を下せる立場におられたのに、その断を下せず(和田理事長更迭の断は下された)、最後の抵抗として「法燈継承」の認可だけはマサノブ君に与えられなかった。この理由は、「生長の家教団史最大の謎」であるとして、「今昔物語」では推測として、「闇の権力者」の筋からのマサノブ君の生命存続に関する脅迫があったとしか思えない、と書いてあったのである。この辺のところをよく読まずに一知半解で疑問を呈するのは貴君らの間違った見解であると云う事なのであります。


3、貴君らは又、「清超先生を本流論者が大聖師と認めない」としているが、誰もそんなことは言っていない。ただ、マサノブ君が清超先生の御遺言に逆らったこと、自分も死後「大聖師」と呼ばせたかったことを指摘しているのである。拡大、曲解しないでいただきたい。




[ X ]  生命倫理尊重に関しての質問に関して


<回答>

1、「現世代は未来世代の生存の可能性 に対して責任を負う」という世代間倫理からマサノブ君は、安倍政権が推進するES細胞や動物性集合胚に関する見解について問うてはいるが、この件に関しては私も深い知識ないので答えは差し控えさせていただく。ただ、現代医学は、余りにも肉体人間の地上生存期間をのみ長くする事――それが医学の進歩だと思っていること。霊的医学の分野に立ち入ること邪道と考えていることはマチガイであります。


2、マサノブ君も、「世代間倫理」や「生命倫理尊重」や「反優生学」を主張するけれども、霊的分野のことは全然書かないことも、これまた間違っているといわなければならない。今後の人類社会にあっては、そして現代の人類社会の戦争や民族紛争や色々な悲惨な社会的事件の根因からの解決を図るためにはどうしても現象と物質中心の思考から霊的原因追求思考へと思考方法や生活価値観を変えていかなければならない。この辺のことにはマサノブ君は何故触れないのか? 政治のことには口を出さないと明言しながら、自分の考えと違う場合には、政治に関することにも口を挟んでくる。マサノブ君の主張は筋が通っていない。万事が自分中心の御都合主義であるといわざるを得ないのである。


3、「世代間倫理」の重要性を口にするならば、“霊的世代間倫理”の重要事項である「人工妊娠中絶」の霊的弊害について何故語らないのか? 戦後の中絶数は1億人を超えていると云うのに? この点を「発祥の地の青年」、貴君らの見解を問う。マサノブ君の「人口妊娠中絶」に関する見解は、『歴史から何を学ぶか』306頁にあるように生命尊重の立場からの具体的運動を停止して、現在のところ完全に放棄して平気でいるのであります。その理由は、マサノブ君が「因果応報」・「輪廻転生」を宗教家でありながら認めず、胎児を人間と認めてはいない唯物現象論者である事を表わしているのであります。




<総括>

「発祥の地の青年」=日野智貴君とその仲間の兵庫青年会諸君! もしも、マサノブ(自称)総裁のいう事が正しければ、どうして信徒が次から次えと脱退して行くのでしょうか? 何故、青年会が壊滅状態になってしまったのか? この様な「教勢急落」の根元はマサノブにあり、彼の思想が、「非・生長の家」で、開祖・谷口雅春先生とは全く逆の破壊と蕩尽思想であるからではありませんか?

「発祥の地の青年」=日野智貴君とその仲間の兵庫青年会諸君! 君らは、マサノブの腰巾着、岡本光生教化部長の、「法燈継承」に関する『二本の松明論』にコロッと騙され簡単に洗脳されるぐらいの真理の理解力しかないことを反省していただきたい。「発祥の地の青年」ならば、もっと真剣に「生長の家発祥の精神」について研鑽していただきたい。諸君等は、ヘンに思い上がっている。マサノブ君の最終目的は、開祖・谷口雅春先生御創始の『生長の家』の完全解体と地上からの『御教え』抹殺と教団資産の蕩尽であると云う事、この事実を心に明記して、一切のマサノブ君のサヨク唯物思想の著書を読むことをやめて、開祖・谷口雅春先生の御著書の全巻読破、繰り返しの熟読を先ず心がけていただきたい。「掲示板」に出てくるにはまだまだ未熟であることを申し上げておくことに致します。





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[978] 10・28「枯れ松模様」―― マサノブ(自称)総裁の「幻術(まやかし)説法」に騙されることなかれ!

四国三郎 - 2015年10月31日 (土) 18時59分


マサノブ(自称)総裁の10・28谷口清超大聖師七年祭の挨拶に騙されてはいけない。それは「幻術(まやかし)説法」であるからであります。以下、検証いたしましょう。



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「唐松(枯れ松)模様」10月28日―― 
「豊かさは自他一体の自覚から」要点


 今日は午前10時から、山梨県北杜市にある生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで、谷口清超大聖師七年祭が執り行われた。私は、玉串をご霊前に捧げ、聖経『甘露の法雨』を参列者とともに一斉読誦したあと、概略、以下のような挨拶をさせていただいた−−
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 私たちは、運動の本拠地が“森の中”へ移転してから、いろいろの変化を経験していますが、これは機会あるごとに私が皆さんに申し上げているように、私たちの住む「現象世界が変転している」ことに伴う変化で、生長の家が説く真理の中身が変化しているのでは決してありません。「臨機応変」とか「対機説法」という言葉があるように、宗教運動は私たちの現象生活の必要に応えていく使命があります。「生長の家 自然の恵みフェスタ2015」この行事の背後にあるものの考え方は、昔から生長の家で説かれてきたことなのです。それは、「天地一切のものとの大調和」です。もっと具体的に言えば、ものを大切に生かし、感謝して使うことです。また、自然界の万物の背後に神性・仏性を見ること。さらには、“与える愛”を実践することなどの教えから生まれているのであります。 現在の日本などの先進諸国では、特に都会では、モノがあり余るほど巷に溢れている中で、貧困が起きています。物質的には豊かな社会の中で、飢餓が存在する。これは、精神的な飢餓状態ばかりでなく、経済的格差拡大にともなう肉体的な飢餓も、“豊かな国”の中に同時に存在するのです。その根本的原因は、人間の心の貧しさ−−足ることを知らない、感謝のない欲望優先の生き方だと説かれています。このように、宗教運動には表現の仕方に変化があっても、その奥に変化しない一貫した信仰や思想があることをきちんととらえていくことが、現在のような“変化の時代”を生きる私たちにとっては、非常に重要なことです。・・・ブラウン氏や、世界の気象学者の数多くの研究により、人間の経済活動が地球温暖化の原因であることは、学校の教科書にも書いてある。貿易が現状の諸制度のまま世界的に拡大すれば当然、航空機や船舶による物資の輸送が盛んになり、サービスは拡大し、国境を越えた人々の往来は今以上に盛んになり、エネルギー使用量は増え、CO2の排出量は拡大します。また、貿易拡大によって人々の所得水準が上がれば、肉食の増加が起こります。それは、穀物飼料の増産となり、穀物増産のためには、栽培に必要な耕地を拡げねばならず、そうなると森林面積が減少するほか、多くの環境コストを生み出します。そういう因果関係が明らかになっている今では、貿易拡大が問題の深刻化を招くことは、自明だと言わねばなりません。このように、宗教の教えや宗教運動は、時代の変遷とともに変化するものであり、また変化しなければ人々や社会の要請に応えることはできません。しかし、そのことは、宗教の説く真理が変わったということではない。変わったのは、“真理の表現”だという点をくれぐれも外さないようにご理解ください。人間の幸福が物質から来るのでないとしたら、いったい何から来るのでしょうか?「本当の豊かさは自他一体の自覚から」来ると明確に説かれています。「豊かさの追求」でも「家庭の調和」でも、あるいは「国際政治のあり方」でも、“肉体がアル間だけの問題”ではない。そこのところが分からないと、皆が仲良くやっていこう位のところで終ってしまう。そうではなく、人間の生命が自他一体である。自分も全ての人々も、みな一つ生命を生きている。“一つ”と言っても、ただ単なる一個の意味ではありません。神の生命を共通に生きるものである。永遠に死なないものである。そして他人を幸せにするということは、すなわち自分を幸せにすることである。本当に自分が幸せになることは、同時に他人が幸せにならないと駄目だ、ということが分からなければいけません。「自他一体」の自覚が幸福の源泉である “自然と共に伸びる”運動を明るく、勇気をもってさらに大々的に展開していきましょう。 谷口雅宣



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<検証>


@ 「対機説法」という名の「幻術(まやかし)」

A 「天地一切のものとの大調和」というマサノブ説法の「幻術(まやかし)」

B 「自他一体の自覚から神の生命を共通に生きる」というマサノブ説法の「幻術(まやかし)」



[ T ] 「対機説法」いう名の「幻術(まやかし)」


1、マサノブ君は、開祖・谷口雅春先生御創始の本来の『御教え』を換骨奪胎して、似ても似つかぬ「非生長の家・マサノブ教」に改変してしまったのであります。この換骨奪胎の“改変”を「真理そのものは変わらぬが説法の仕方を時代の変化に応じたもの(対機説法)」というふうにゴマカシて信徒をナルホドと思わせるように上手に洗脳して「真理」そのものをすら、マサノブ流に改変しているのであります。


2、マサノブ君は、「生長の家」の「真理」そのものは、なんら変化していないと云う。しかし、「人間は神の子である」と云う言葉を彼は滅多に使わず、むしろ「人間至上主義」の思想で自然破壊を企てる「人間罪の子」と盛んに言うのであります。


3、「迷いは本来ナシ、したがって何処からも来たらず」が真理であるのに、「迷いは自由から来る」と迷いの実在論を説いているのであります。


4、「現象は心の反映」(三界唯心所現の真理)であるのに、地震や火山の噴火や洪水等は単なる“自然災害”であると説いている。「人間神の子」・「三界唯心」の真理に従って實相顕現した信徒の病気等の奇跡的体験談を「ただ単なる偶然」と冷笑していること。つまり、マサノブ君は、『人間神の子』の真理も『三界唯心所現』の真理をも否定したのであります。


5、宇宙の實相は「金波羅華中心帰一」である真理、その實相顕現のために日本国が存在せしめられていること、つまり「實相日本」の真理を説かない。従って天照大御神の「天壌無窮の御神勅」の真理を一回も説いたことはない。むしろ、天皇制を廃して、大統領制の共和国を望んでいるのであります。


6、マサノブ君は、宗教本来の使命と目的である“衆生救済”を今の時代に合わずと全面否定したのであります。衆生救済とは、エゴイズムな心を持つ人間を、一時的に安楽な環境に移し替えるに過ぎない。この様な衆生救済よりも、地球の環境救済こそ現代と言う時代の最大の要請であると云う。つまり、マサノブ君は、衆生救済によってもたらされる個々の人間の霊的進化(個生命の霊的進化)の必要性=人間地上誕生の最高真理を否定したのであります。


7、更にマサノブ君は、小宇宙である所の個々の家庭の霊的系譜の重要性の真理をも否定したのであります。家系という霊的生命の系譜無限継続性と発展性の真理の基本である「先祖供養」の真理、今その系譜の一員として生きている人による「先祖供養」(先祖への真理奉納)については一回も説いたことがないのであります。


以上の如く、「生長の家」で説かれているところの人間の幸福生活〔實相顕現〕に関する根本真理を、「時代即応の対機説法という理由(屁理屈)をつけて、破棄したのであります。彼は教えの根本真理を改変したのであります。騙されてはならないのであります。




[ U ]  「天地一切のものとの大調和」というマサノブ説法の「幻術(まやかし)」


1、マサノブ君の「天地一切のものと和解せよ」とは、「神・自然・人間」との和解であって、肝心の人間と人間との調和は含まれてはいないのであります。「自分(マサノブ)の考え方に盾突く者は教団から去るべし」が彼のホンネであります。かくして、義兄の宮澤先生、実弟の貴康先生を左遷人事で退職せしめ、多くの本部講師に辞表を出さしめたのであります。実母の恵美子先生からも高額の家賃を取って、軟禁同然の不自由な生活を送らしめていたという事実に対してマサノブ君は説明できないのであります。


2、開祖・谷口雅春先生の本来の『御教え』を護り伝えている「学ぶ会」・「ときみつる会」をして、『實相額』や『聖旗』を使えないようにと画策して、マサノブ君は「商標登録」をして、開祖・谷口雅春先生の『御教え』の伝道活動が出来ないようにしたのであります。どこが一体「天地一切のものとの大調和」なのでしょうか?マサノブ君は「生長の家」不調和運動の先駆者であります。


3、全国教化部の、「対震問題」から、教化部の森の中への建て替え計画にしても、地元の信徒の意見を全く聞かず、本部負担はナシ、地元信徒の100%費用負担を上意下達で通知する。この独断専横は、本部と信徒との間に軋轢を生じさせて行く。目的は、言わずと知れた弱小教区の整理統合、『生長の家』の解体であります。この様なマサノブ君の独善専制運営は、調和ではなく軋轢分裂を促進するものである。「大調和」ではないのであります。


4、「メガソーラー」建設も、明かに自然破壊がひどすぎる。地元住民の反対を受けて、又、信徒からの寄付も思うようには集まらず低調。それでもマサノブ君は独裁強権を以って押し通す。どこが「大調和」なのか?




[ V ] 自他一体の自覚から人の生命を共通に生きる」というマサノブ説法の「幻術(まやかし)」


1、 マサノブ君が「自然と共に伸びる」と繰り返していっている。彼の「自然と共に生きる運動」を促進していくには、都会生活から田舎への移住をしなければならない。しかも、移住した田舎での生活レベルは都会に住んでいた当時と同じ事(同じ収入)とされている。そうしなければ本部への浄財の奉納ができないためであります。しかし、田舎へ移住して、都会と同じ生活レベルを実際送れるのは、信徒でも定年退職した資産家階級の人たちと浄財で超高給を取り続けられるマサノブ君始め理事参議や本部一般職員だけであります。幾ら太鼓を叩いても、実際に都会から田舎への移住が進まないのは当たり前でのことであり、マサノブ流の自然との共生生活は実現不可能なことであります。信徒がついていけないのであります。


2、マサノブ夫婦の言う「宗教が都会を捨てる理由」――― 都会では自然がわからない・ 都会では人間中心主義から脱け出すのがむずかしい・ 都会では、浪費と消費過多をやめられない。よって地球環境問題は解決しない。・ 都会での生活は宗教の目的と矛盾する・ 都会では新しい生き方は生まれない、―― こんなことを言っていたのでは、「世間からは何て馬鹿なことをいう宗教家」と言うレッテルを貼られるばかりである。しかし、マサ&ジュンはこの考えに従って森へ移り住んだ。自分の稼いだお金ではなく、総裁邸、理事長邸、職員住宅街・・・そして、ソーラー発電、豪華薪ストーブ・・・全て信徒の浄財あってのこと。かくしてマサノブ君以下の本部職員は、春は花見、夏は高原の涼風、秋はキノコ狩りと紅葉狩り、冬は薪ストーブの揺らめく炎を眺めながらユッタリとした気分でコーヒーカップを傾ける、マウンテンバイクで自転車競技、付属ジムで体力づくり、子供食堂活動、エコ通貨、小間物つくり・・・本当に優雅な貴族生活振りであります。


3、マサノブ君は、この「自然と共に生きる」運動を自他一体の運動といっているが、現在のところ、果たしてどれ程の信徒がマサノブ方針を支持しているであろうか? 「聖使命会員」の急減、講習会参加者の減少、信徒数の激減・・・これらはマサノブ君の地球環境一辺倒の方針にNO!の返事を突きつけたも同然である。



本当にマサノブ方針が正しければ、教勢衰退などはあり得ないはずである。総裁と信徒との調和を破ったのはマサノブ君自体であります。彼は今、全くの四面楚歌、幹部役員からも内心では軽蔑されて行きつつあり。全世界の一般信徒や末端信徒もマサノブ君の宗教家ならざる言行不一致の情報を半信半疑であったがその「言行不一致」な情報が本当だと判断していく脱退信徒はこれらも増加して行くのであります。現在の「マサノブ教団」には“自他一体”などは感じられない。第一、総裁自らが浮いてしまっており、「枯れ待つ模様」や「総裁フェースブック」への極少数のゴマスリ投稿者を除いては誰からの信頼感も失っているのであります。




<総括>


今回の「枯れ松模様」も、彼の“言行不一致”の有様を更に“補強”したに過ぎない。実に、「言行不一致」振りを全世界に自己宣伝していることになります。実に愚か極まりなきマサノブ夫婦であります。後は、辞職状を出すのみのところまで、「狂乱総裁マサノブ」君は追い込まれているのであります。




2016-01-28 17:02 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「神様が見てござる」 北尾巳代次先生<第一回>
2016年01月27日(水)




御高弟著作シリーズ 



「神様が見てござる」 



北尾巳代次先生




<第一回>






はしがき

 一昨々年、谷口雅春先生のお許しをいただいて『幸せは今ここに』を出版させていただきましたところ、全国の皆様から大変なご好評を賜わりまして、著者として感激一杯でございます。 いろいろと読後の感想や、ご注意を賜わりまして、中には点字に翻訳して、目の不自由な方々にご紹介下さる人もあって、人生の諸々の問題に際して、ご参考に供していただいていることを、深く感謝申上げます。

 その後、「生長の家」誌や、「白鳩」誌等に、思いつくままに随筆等を発表させていただいていますが、読者の中から、第2冊目を期待する声が大変多くなって参りました。

 拙い文章ではございますが、これ等の文章が、多少でも誌友の皆様の日常生活の指針として役立たせていただいているかと思うと、何とかそのご期待に答えたいと存じまして、最近の随筆や、県の機関紙に発表させていただいたものの中より、日常生活に関係の深い文章を選びまして、再び谷口先生のお許しをいただきまして、第2冊目として『神様が見てござる』を刊行させていただくことになりました。『幸せは今ここに』とともに、引続きご愛読賜わりましたら、望外の喜びと存じます。
                  昭和52年正月 著者





第1章  生活の中に生きる信仰について



第1編  信仰と生活




 奇特のこと

「無門関」によく出てくる禅宗の祖ともいわれる百丈懐海禅師に、一人の僧が言いました。

「いかなるか是れ奇特の事」

 奇特とは尊いとか有難いという事です。何がいったい有難いか?生長の家でも時々尋ねられます。「あなた何が一体有難くて、そんなに熱心にやられるんですか」傍から見ると随分奇妙に見えるらしい。店を放っぽり出して朝早くから夜遅くまで走り廻っているのですから、よほど本部から金でも貰っていると解釈している人もあるらしい。

 ところが百丈禅師の答えが面白い。
「独坐大雄峰」独坐とは独り坐っているという事です。大雄峰とは山岳重畳たる百丈山をさします。俺が今こうして百丈山に坐して生きている事が有難いのじゃ。皆さんはそう思いませんか。

 金がなきゃ有難くない。ものがなけりゃ有難くない。立派な家がなけりゃ有難くない。こんな比較の世界に住んでいたのでは、一生有難いものにお目にかかる機会はないですよ。幾ら金があっても、物があっても、寿命が尽きれば何の値打もありません。従ってこの今生きているその事を尊び感謝することが大切です。これが信仰です。

信仰すれば功徳があると考える事が間違いなのです。功徳は既に頂き済みであるという事に気付かせて頂かねばなりません。第一人間として産れさせて頂だいたということは、何ものにも比較出来ぬ喜びでなければなりません。“功徳の法界充ち満ちてむなしく洩れる人ぞなし”と和讃の中に説かれていますが、人間は既に誰でも無限の功徳を頂き済みである、と気付かせて頂くことが大切であります。

ところで親鸞聖人の「正信偈(しょうしんげ)」の中に
 獲信見敬大慶喜
 即横超截五悪趣
という言葉がございます。私達は何より神仏に生かされている神の子、仏の子であるという真理に目覚めさせて頂いて、自らの生命を礼拝讃嘆させて頂く時、私達の心は大いなる慶びに満たされ、現象世界がそのまま実相浄土に変貌すると説かれています。五悪趣とは地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間界をさすもので、人間の世界もあまり上等の世界ではないようです。

横超とは横飛びという事で、人間を肉体であるという観点から修養していても、結局五悪趣を脱する事は不可能なのですが、人間は肉体ではなく霊であり神の自己実現であると自覚すると、スーとそのまま浄土の方に乗り換えてしまうというのであります。




   堀木先生の体験

昨日も宇治本山にお詣りしたのですが、その際、三重県の教化部長さんが、三重県の連合会長の堀木先生が、先日、自動車に追突されて鞭打ち症に罹られた体験をお話になっていられました。

 そのとき谷口雅春先生の御講習があって、ここで人間は肉に非ず、物質に非ず、霊であって、霊は絶対に傷つくものではない、という事を改めて聞かせて頂いて、「そうだ、自分が生きているのではない。神が生きているのである。如来が生きているのである。人間は肉体ではないのであるから、未だかって衝突した事もなければ傷ついた事もないのである」と強く思念されると、その首の痛みがスーと癒ってしまった。と話しておられましたが、さすがに堀木先生の心境は素晴しいですね。私達はこの信ずるという事が最も大切な事なのです。




   一日作さざれば一日食せず

 ところでこの百丈禅師の言葉に、「一日作さざれば一日食わず」という言葉がございます。中国の寺では何百人という僧侶が修養するのですから住職から納僧坊主の端に至るまで、米や野菜作りからあらゆる労働に従事して自給自足するそうです。

 百尺禅師は齢80を過ぎても、なお一日として仕事に怠ける事なく、他の僧侶と同じように鋤や鍬を持って作業に励まれた、というのですから立派なものですね。しかしその老体を思い、愛弟子の一人がある日禅師の鋤や鍬を隠してしまったのです。すると禅師はスーと部屋の中に入ってしまって、一切お食事に出ていらっしゃらないのです。弟子が心配してどうぞ先生、お食事を召上って下さい、と申上げると「一日作さざれば一日食わず」とおっしゃったのです。仕事もせずに楽にして金儲けばかりを考える現代の世に比較して、信仰を持つ人は流石に立派な態度ですね。

 何時でしたかある誌友さんに、飛田給で夜中に便所に行ったら誰かが一所懸命掃除をしている。今頃何しているんだろうと思って、よく見たらそれが徳久先生であったのでびっくりした、と承りましたが、ここに神の道があるのです。




   他は吾れに非ず

 道元禅師がまだシナで勉強していられた頃、ある夏の盛りに、70を越された長老が畑仕事をしていらっしゃる。道元さんは気の毒になって「もしもし、私が代りましょう」と申上げたのです。

するとその僧は大きな眼をギョロリとむいて、
「喝!! 他は之れ吾に非ず」
 と叱ったそうです。他は之れ吾に非ず、判りますか。他人に働いて貰っても自分の身にはつかないという事ですね。私も見真会中は掃除をさせて頂くのですが、この掃除を一生懸命にやらせて頂くところに自分の心の垢が落ちるのです。道元さんは大変叱られたので、今度は「それではお手伝いはしませんが、こんな暑い日でなく、もっと涼しい日になさったらいかがですか」とおっしゃったのです。

するとその僧はまた大声を出して、
「喝!!他日は之れ今日に非ず」
 と言ったそうです。他日はないのです。人間には今しかないのです。今の生命を生きない人は滅びるよりほかはないのです。明日明日と言っているうちに寿命は終ります。信仰とは今しかありません。

子供が大きくなったら、嫁を貰ったら、孫の手が離れたら、生長の家を一所懸命やります。という人は一生苦労の連続ですよ。あなたはまず只今即刻生長の家の真理を実践することですね。





第2編  幸福の追求




   幸福とは

 いかに他人から見て恵まれた環境の中にあっても、自分の幸福に気の付かない人もあれば、一見不幸と見える環境の中で結構喜んで暮している人もある。物質や環境の中に幸福があるものと信じ込んでいる人も多いが、その豊かな物質のゆえに、かえって不幸に陥っている人も少なくない。“金があって手術して死んだ人がある”という「智慧のことば」があるが、金もあり余れば時には人間を不幸に陥れる。欧州大戦で一躍日本有数の富豪になった富田家の息子の平八郎氏は私の一年先輩だが奥様と旨くゆかず、糖尿病で40歳にならぬうちに破産して死んでしまった。我儘な人間同士の結婚からきた悲劇である。近頃は医学が進歩して人間の寿命が平均10年延びたといって喜んでいるが、半面栄養が上昇して糖尿病や高血圧、更に癌腫が急速に増えつつあるのも事実である。とすると、人間の衣食住の生活が向上した事が必ずしも人類の幸福とのみは断定できない。

戦後の日本は文化的な生活には恵まれ過ぎる事になったが、テレビや映画の普及が、かえって社会悪を増進し、純粋な少年達を犯罪に駆り立てる。道徳が音を発てて、崩れてゆく世の中に幸福の基準をいったい何に求めようとするのか。かつては世界一優秀で勤勉な国民と称された日本人も、戦後の文化の恩恵の中に、かえって不幸の道を歩みつつあるようだ。

『生命の實相』の中に書かれている話だが、一人の養蜂家が、南国は一年中花が咲いているという事を聞いて、そんな所で蜂蜜を飼えば、一年中蜜が摂れて素晴らしく儲かるに違いがない、と早合点して、早速沢山な蜜蜂を南国に運んだところ、最初の一年は蜜蜂も良く働いたが、2年目から少しも働かなくなって大損したというのである。

蜜蜂が蜜を集めるのは、冬になって蜜が摂れなくなった時の用意のためのものであって、一年中何時でも欲しい時に与えられるという事になれば苦労して集めなくなるのは当然のことなのである。これと同じことで、生活もあまり豊かになり過ぎると、働く喜びを失ってしまうものである。黒住教祖は“難有り、有難し”と教えているが、困難を困難と予想せずに有難く受け止めれば、生命はそれだけ雄々しく生長してゆくものである。




   幸福の原則

 先日谷口雅春先生の『祈りの科學』を読んでいるとステラ・テリル・マン女史が人間の幸福の原則を3つ挙げている。

 それによると、第1に人間は誰でも皆生きているのである。生きていない者はもはや人間じゃない。従って生きている限り、その生きていることに感謝出来ない人は幸福になれないと説いている。まことに当り前のことだが、案外この当りの前のことが出来ていない人が多い。

例えば「何を苦労して生きているのか」と疑問を感じてみたり、「死んだ方がましだ」とつぶやいたり、朝眼を覚ましてまた今日も面白くない日がやって来たと感じてみたり、今この生きている事実に喜べない人がかなり多いのである。生きていることが喜べないなら、生きていることに感謝出来ないなら、その人は死んで貰うよりほかはないのである。

 第2に人間は皆働くために生れて来たのである。勤労という事は人間の本質なのだ。従って働くことに感謝の出来ない人は幸福になれない。床の中で仕事をおぞましいと考えるようなら、もうお終いだ。かつて或る人が、10年間も慢性胃炎で悩み続けていたことがある。ある日私のところに調剤を頼みに来て、種々とその病状について訴えを聞いた。私は話を聞いている間に、この病人の心が仕事のおぞましさにある事に気が付いた。

「君は現在勤めている仕事が嫌なんだろう」。病人はびっくりしたような顔をして暫く私の顔を見つめていたが、「確かにあなたのおっしゃる通りだ。私はもう長い間この仕事から逃げ出したいと思いながら、生活のため止むを得ず働いている。でもそれと僕の病気といったいどういう関係にあるのですか」と聞いたですね。

世の中の人はこういう大切な結びつきについて何等の知識も持っていないのである。これは大変な不幸な事柄である。大なり小なり私達の病気は仕事と関係があるものだ。生長の家では肉体も環境も我が心の影と教えているが、仕事に対する欲求不満は、或いは消化不良となり、或いは精神病となり、或いは脚気や腎臓炎の原因ともなるのである。

人間を肉体なりと意識する現代医学では想像もできなかった新しい科学が、最近になって精神科学の名称のもとに脚光を浴びてきたことは誠に有難いことである。とにかく人間は働く生物なるが故に働くことに対する感謝を忘れてはならない。




   生長する者は成功する

 第3に生きている者は絶えず生長する。これは真理である。動物にしても植物にしても生きている者は無限に生長する。生長が停止すればどんなものでも滅びるよりほかはないのである。我々人間も当然これと同じことである。或る人は絶えず新しい知識を吸収する。仕事の事、学問の事、真理の事、学んだだけは必ずその人の精神を豊かにし、その人を幸福にするに違いない。

私はいつも下市の奥田順子さんのことを思い出す。13年間もカリエスのために病床にあった彼女が、僅か3ヵ年の間編物に専念勉強した結果、立派に学園を経営して常時百名の生徒を教育している。3年を無為に過ごすには、時間は何の価値もないが、順子さんには無限の価値有りと言わざるを得ない。

 この3つの原則を生かし感謝して生きる人は必ず幸福になることが出来るのである。





第3編  信仰の階段




    信仰の幼稚園

 ある奥様がおっしゃいました。
「先生、幸福になる方法を教えて下さい」
「幸福になるには自分を不幸せだと考えないことです」
「だって不幸せなら、そう思わないわけにはいかないでしょう」
「そうでしょうか?ちょっと観点をかえてみると、幸福は一杯あるのではないでしょうか。例えばあなたが健康なら、その健康の方を観て、自分は幸福だなあと思えないでしょうか。或いは夫がいてくれるのが有難いとか、子供がいてくれることが幸福だ、とか」

「ところが私は反対に、その夫がいるために不幸せなんです。時々夫がいなかったらどんなに幸福だろうなんて考えるんです」

「これははなはだ穏やかじゃないですね。ご夫婦がしっくりいってないんですね」

「夫がいけないんですよ。私に結婚して1ヶ月目に悪い病気を感染させたんです。そして何日も入院し注射して漸く癒ったんですから、私が腹を立てるのは無理ないでしょう。それなのに夫はちょっとも反省しないで我儘勝手なんです。それは口汚くののしるのですよ。私達夫婦はおそらく前世で敵同士だったかも知れませんね。経済的には多少ゆとりも出来て、他人(ひと)さんからは、奥様はお幸せね、と言われるけれども、私は自分が一番不幸せだと信じているのです。それで先日或る人から、奥様もちょっと信仰なさったら、と教えて頂いたんですが、信仰によって少しは喜べるようになれるでしょうか」

「信仰というのはあなたが菩薩になることなのです。あなたは夫を憎んでいるでしょう。私は何にも知らんのに悪い病気を感染させやがって、とあなたはものすごく夫を恨んでるでしょう。この恨み憎みの心があなたを不幸せにしているのです。あなたは夫が不幸せにしていると信じていますが、本当は自分で自分を苦しめているのです。もう20年も30年も前の古い過去のことなんか皆忘れてしまいなさい」

「忘れようとしても辛かったことはなかなか脳裏から抜けないんです。どうしたら夫を許せますか。私だって憎んでいると辛いですから忘れよう忘れようと思っているんですが、先生、心って自由にならんものですね」

「そうです。心を変えるという事はとっても難しいことです。でもね、あなたを幸福にする簡単な方法を一つだけ教えて上げましょう。それはあなたのその表情と態度とコトバを変えるのです。あなたは今日までむっつりした顔をし、刺々しい言葉を使い、反抗的な態度をとって暮して来たでしょう。それを、今日からは心でどう思っていてもよいですから、顔だけはニコッとして、女性らしい優しい態度で“お父さまお早うさん”とまず言ってごらんなさい。そんな馬鹿らしいことが言えますか、とあなたが頑張っている限りは救われません。

芝居の役者がやるように容(かたち)だけをまねていてもいつかは心がほぐれてまいります。このことはお釈迦さんも無財の七施として尊い愛行の一つに挙げています。ちょっとした言葉や態度がどんなにその人の人生を変えるものか、行じてみるとよくわかりますよ。これはまだ信仰の幼稚園です。でもあなたは先ずこの幼稚園から始めてみて下さい」
 と申上げたのです。




   純粋な信仰

もちろん世の中にはそんなに都合良く運ぶものとは限りません。奥様がたとえ容(かたち)だけ真似てみてもご主人は奥様の心の中を見抜いて、そんな事に騙(だま)されるものかと、よけい依怙地になられるかもしれません。何故なら心は映し合うものですから、奥様の軽蔑する心が強ければ、おそらくご主人の態度が硬化して来るかも知れませんね。

ですから信仰も初歩から次の段階へと高めてゆかなければなりません。それは、私達の想念を変えるという事です。このことは一応難しいように思われますが、実際は易しいことなのです。例えば皆様が病気をしていらっしゃるとして、その病気を癒すことは出来なくとも、自分は既に健康で完全なりと思うことは自由でしょう。健康でもないのに健康だなんて思えるか、貧しいのに豊かであるなんて思えるかと反撥されるのは精神科学というのをご存知ないからなのです。

最初は単なる想像でも、想像は創造するのです。私達の心に描かれた想念が潜在意識に働きかけて、必ず現象界にその相(すがた)を現わすようになるのであります。ウイリアム・ジェームズ教授は、
「あなたが或る感情を持ちたいと思う時には、あなたが既にその感情を持っているように振舞いなさい。振舞うことによって、その感情を引起すことになる と教えています。愛していない夫でも愛していると想像し、そのように振る舞うことによって、心の中に愛が芽生えて来るのであります。

 ところで今まで申上げましたことは信仰よりむしろ心の法則によるものでありまして、本当の信仰というものはもっと深いものであります。これを体得するには余程の精進がなければなりません。

“たとえ我仏を得たらんに、十方の衆生至心に信楽(しんぎょう)して我が国に生ぜんと欲して、乃至(ないし)十念(ねん)せんに、もし生ぜずんば正覚をとらじ”

 これは法蔵菩薩四十八願の中の中心をなす十八成願文の一節であります。人間が実相浄土に往生するために最高の心構えを釈尊は「至心に信楽(しんぎょう)せよ」と教えています。谷口先生の『親鸞の本心』によりますと、親鸞上人はこれに欲生(よくしょう)のことばを加えて、これを三心と名付けました。

“至心”とは“まことひとすじ”ということでありまして、誠心誠意です。神仏を信ずるのもまことひとすじ、いささかでも邪気があってはなりません。生駒の聖天さんや伏見にお参りすると、金儲けのためや欲のために信心している人を多く見受けますが、欲しい欲しいは既に最初から餓鬼道に堕ちているのでありまして、その煩悩の心を棄てるのが信心なんです。正しい信仰は純粋でなければなりません。




   泥棒の神性を拝む

 3月21日から奈良県の見真会で、田原本の小林とし子さんが体験をお話になりましたが、この方のご近所にコソ泥が一人いて、家を空けると必ず入って来て、衣類でも何でも持って行ってしまうのだそうです。どんなに鍵を工夫しても皆開けちゃうんです。そんなことが10年も20年も続いて、小林さん一家は本当の困っておられたのです。

ところがとし子さんは夫婦の不調和から入信されまして、最初に形の上から合掌していらっしゃったのですが、自分の心の邪慳(じゃけん)さに気付かせてもらってからは、本当の懺悔の心で拝まれると、狂ったように乱暴を働いていた夫が本当に優しく下さるようになった、というなかなか素晴らしい体験をお持ちになっていらっしゃるのです。従って外部から侵入して来る泥棒に対しても、深く反省して合掌されるのですが、しかし被害は相変わらず続いていたのであります。

 ところが或る時に、その泥棒さんが病気をして入院されたのです。小林さんはその泥棒が病気で苦しんでいるというのを聞いて、
「私達が憎んだり、恨んだりしたからあの人が病気になったのだ。ああ気の毒なことをした。神様、どうぞあの人の病気を癒して健康完全円満な神の子として誕生させてあげて下さい」

 と祈ったというんですね。私はお話を聞いていて涙がこぼれました。何という純粋な信仰でしょう。とし子さんの祈りが聞かれたのか、間もなくその泥棒は退院して来ましたが、それ以来小林さんの家へは一度も入らなくなったそうであります。このような至心というのは誠心(まごころ)のこもった深いものでなければなりません。

 次に“信楽(しんぎょう)”というのは仏の本願を疑わない心です。だいたい同じ信仰でも大層な功徳を頂く人と、そうでない人の相違は、この信ずる程度よるのであります。ただ神様のご慈悲に生かされている、有難い有難いと、どこを向いても喜べる人なら、そこがそのまま極楽であるはずです。

 今は故人になりましたが昔、奈良に清水谷公慶という方がいらっしゃいまあした。満州から引揚げて来て間もなく生長の家に触れられて、光明化運動に強くご協力くださった人でした。この方が生長の家から多武峯(とうのみね)の談山(だんざん)神社にお参りした時、あの緑の木の間に美しく映える朱塗りの堂を眺めて、

「ああ、何と多武峯って素敵なとこだろう。私は色盲で、小学校の時一度遠足で来たことがあるのですが、皆綺麗だ綺麗だと騒いでいたが、私には黒いお堂が見えるだけで、なんじゃ、つまらぬ所だという印象だけが残っていたのです。ところが今、生長の家で色盲を癒して頂いて、この荘厳なる極楽の状態を観せて頂いて、もう死んでも思い残すことはない」と感激しておっしゃったことを、今も記憶しています。

“心の眼開かなければ極楽に住しながら極楽を観ない”とは真にこのことでしょう。とにかく人間は疑いの心を棄てて、ここがこのまま仏の浄土であると信じさせてもらうことです。夫や妻を信じられない人、子供を信じられない人、先生や上司を信じられない人、生徒や部下を信じられない人、丁度現在の社会の様なところをいうのでしょう。

“輪廻生死(しょうじ)の世に還(めぐ)り来るは疑情(ぎじょう)を以て所止(しょし)となす”

 とお経の中にありますが、人間はすでに仏の本願に摂取せられていながら、疑いの心の強い人ほど人生に苦しみを体得するのであります。

 最後の“欲生(よくしょう)というのは自分だけでなく全ての人をともに浄土に渡してやりたいと思う自他一体の愛他行なのです。『聖使命菩薩讃偈』にもあります通り、“己れ未だ度(わた)らざる前(さき)に一切衆生を度さんと発願修行するもの即ち誠に菩薩の位に進むものにして”とあります通り、法施に一身を捧げてこそ本当の信仰者と言えるものであります。

年間一人の誌友を薦め得ないで、有難い有難いと言って手も、それは口頭禅で真の信仰とは程遠いものであります。信仰もこの三心を行じて初めて真の求道者と言えるでしょう。



平成28年1月27日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




                
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>




2016-01-27 17:05 | 記事へ |
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開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.25
2016年01月26日(火)






開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.25





[887] 全世界の信徒が注目! 「三代目・マサノブ(自称)総裁」は、ここまで精神分裂した“反逆総裁”であったとは・・・! それにしても、「トキ管理人」氏や、「訊け」氏は、今回はホントに正しい正論を言っている。表彰ものだ!!

武蔵坊弁慶 - 2015年10月20日 (火) 12時04分



支離滅裂の「ユデダコ狂乱総裁マサノブ」君の書きこみ語録は以下の通り(要点の章句)



543 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/19(月) 12:42:28 ID:yPuEDcac

「人間は神の子である」と言えば人間が神の子であるとする真理を言い当てたことになる真理を言い当てたいとする欲求が人類にはあるはずなのです。


547 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/19(月) 12:48:58 ID:yPuEDcac

「教理にひそむ」ということでわたしが言いたいのは、教理には「かくされた仕組みがある」ということです。「かくされた仕組み」をふつうは構造と呼びます。構造とは、複数の文書に共通するパターンです。こうしたパターンは表立ってはあらわれていません。パターンはつねに文章の背後にかくれています。教理にも当然のごとく構造がかくれている可能性があります。どういう構造かと言えば、二項対立を積み木をつみあげるように組み立てて、最終的に究極の真理を示す、という構造です。ところで、みなさま方とのやりとりは無意味であるとすでに証明されておりますので、批判や反論等があった場合でもやりとりはいっさいいたしません。


548 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 14:20:30 ID:yPuEDcac

現代科学の発達はすさまじいものがあります。現代科学の宇宙観に比べれば、宗教が説く世界観は常識の範囲内でしかありません。宗教の常識ではおよびもつかぬ高遠かつ深淵な思想が次々と説かれているという意味では宗教を超えたとさえいえる現代科学ですが、生長の家にかかろうものなら、「唯物論」、「人間知」、「二元論」のひとことで苦もなく否定されます。科学など何も知らないふつうの人々よりも最先端をいく科学者のほうがはるかに劣っているかのようにみなされます。考えるべきは、こうした見方は一般社会ではおよそ成り立たないということです。生長の家に特有の現象であるということです。「何が真理であるかの決定権は生長の家にある」と、まるでいわんばかりの傲慢かつ暴力的な見方です。一般社会に通用するような見方ではもちろんありませんが、教団の内部では支配力をもちうる考え方です。このような支配力はどこから来たのか。何が支配力を支えているのか。支えているのが教理であるのはあきらかです。教理が傲慢かつ暴力的な人々を生みだしたのはあきらかです。教理がなければこうした人々が生みだされることはけっしてなかった。このことだけはいえるからです。


550 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 15:19:50 ID:yPuEDcac

生長の家の二項対立は二項のうちの一つをかならず排除します。「劣っている」とみなしたほうの項を必ず排除します。二項対立による排除が常習的におこなわれている。これが生長の家です。排除されるのはつねにマイノリティーです。多数派(マジョリティー)が支持する、善や光や霊ではなく、マイノリティーとされた悪や闇や物質が必ず否定され、排除されます。「マイノリティーは排除される」の法則にしたがって、「劣ったもの」とみなされた総裁が排除され続けている 。これが生長の家の現実です。これが今も起き続けている生長の家の現実です。


552 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 16:00:42 ID:yPuEDcac

「愛国」は絶対に行き過ぎる。行き過ぎない愛国はない。国を愛するのであれば、「愛国」を言わずに国を愛せよ。これが国を愛するものの作法と心得ます。


553 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 16:07:36 ID:yPuEDcac

一元論は民族主義にたどりつく。行きつくところは民族主義です。民族のことさえ考えていれば事足りるのが一元論です。


554 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 16:22:02 ID:yPuEDcac

人間には欲望があります。いくら否定しても欲望はあります。欲望を否定するものは神経症になります。
真理を知りたいとする欲望、悟りを得たいとする欲望から真理で金儲けをしたいとする欲望にいたるまで、生長の家にはさまざまな欲望があります。「他者を排除したい」とする欲望を持つものが生長の家にもいます。二項対立を常用する生長の家は、「他者を排除したい」とする欲望をもつものの欲望を顕在化させやすい環境にある、ということがいえます。


556 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 16:35:55 ID:yPuEDcac

最近の児童生徒のなかには、学問をさげすみ、勉強しないことに達成感や満足感をおぼえる子どもが増えてきたと言っていました。日ごろからあらゆる学問を「人間知」とさげすみ、学問しないことの価値を排他的に認めてきた生長の家としては、昨今の児童生徒の風潮はまことに喜ばしき事態の到来、ということがいえるのではないでしょうか。


561 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/19(月) 17:14:03 ID:yPuEDcac

対立のないところに対立を持ち込んだのが生長の家である。善と悪の対立などほんらいない。光と闇の対立などほんらいない。実相と現象の対立などほんらいない。それらはたんなる差異でしかない。差異に対立を持ち込んだ。それが生長の家である。神一元の真理を語るにおいて、ほんらいないはずの対立の概念を用いざるをえない。ないもので真理を語るしかない。ない対立をこしらえて真理を語るしかない。神一元がわかれば、それらすべてがつくりものの説法であったとわかるわけだが、それがわかるまでは、対立の世界を生きるしかない。つくりものの説法を真理ととらえ、それを絶対とおもい込み、対立の世界を生きるものたちが問題をつくりだしている。総裁との対立など、神一元がわかれば夢マボロシであったと気づくしかないものだが、それを「ある」とおもい込んで問題をいたずらに大きくする人がいる。わかるまでは仕方がない。




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次は、まことに素晴らしい「トキ管理人」氏と「訊け」氏の正論―――


557 :トキ:2015/10/19(月) 16:46:27 ID:5jnv9nbs

 純粋教理批判様の言い分は、生長の家という宗教法人で、創始者の思想を、現在の総裁が否定したり、それと異なる考えをするのを認めるべきだ、という事になるでしょう。 生長の家は、谷口雅春先生の教えに共鳴した人達により結成された宗教法人であります。生長の家の外部ではそんな理屈は通りませんが、内部では谷口雅春先生の教え、なかんずく「生命の実相」や「聖経」の内容が正しい、という事が前提になります。それを否定する事は、組織の存在の前提そのものを否定する事になります。



559 :トキ:2015/10/19(月) 16:59:24 ID:5jnv9nbs
 
 谷口雅春先生の教えにより、ガンが消えたとか、夫婦仲がよくなったとか、経営難が解消した、という事例は枚挙にいとまがないです。なるほど、組織内部の人間関係で問題が生じた事はありますが、それはそれで関係者が話し合い、工夫することで解決ができます。この教えにより、多くの人間が本当の幸せを得たのを私もこの目で見てきました。 現在の総裁の信仰指導や組織指導が、信徒の大半からはほとんど共鳴をされていないので、純粋教理批判様のような総裁の共鳴者にとっては憤りを感じるのは理解はできます。それは、実際に総裁の指導に従った結果が、よろしくないのをみんなが知っているからでして、根拠のあるものなのです。 その点を無視しては、他の人を説得できないと思います。



560 :「訊」:2015/10/19(月) 17:01:34 ID:LGwqRa4k

聖典をろくに読んでもおられない(笑)なのに「生長の家は教理に問題が!(キリッ)」です。
 呼び出した守護霊が語ったとでも、言うのでしょうか、「教理に問題あり!」の御主張は(笑)。
貴方が論拠をなかなかお示しにならなかったように生長の家、「教理そのものが二項対立ではナイ」のですからね(笑)



563 :「訊」:2015/10/19(月) 17:16:10 ID:LGwqRa4k

 『生長の家教義=二項対立』ってのは、召喚した守護霊がそう言ってたんであって、論拠示したらトホホじゃないか。だから、オレには論拠を求めずに、黙って難解用語に騙されていろよ〜」、こうなります↓



565 :「訊」:2015/10/19(月) 17:24:32 ID:LGwqRa4k

 逆だぞ、論拠は「呼び出した守護霊」ね(笑)。 差異に於ける対立を、「解消せしめたのが生長の家」ですよ。批判するならさ、最低限、相手方の聖典くらい読もうぜ?(笑)読んでから、来ようぜ?(笑)



566 :「訊」:2015/10/19(月) 17:31:58 ID:LGwqRa4k

なになに?谷口雅春、「教理に潜む問題点!」ですって? ならばせめて、雅春先生の御著書からの引用がなきゃ(笑)。 その、「問題と呼ばれる箇所を紹介」しなきゃ。なんで相手にさせんだ(笑)その、問題点を(笑)問題だ!と主張している側でしょう、論拠提出の義務があるのは(笑)。




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<コメント>


如何ですか、イソベ若頭・ユキシマ金庫番・オオツカお飾り雛の教団最高幹部諸君!

「ユデダコ狂乱総裁マサノブ組長」の支離滅裂な精神分裂症の投稿文を全世界の信徒の皆さんがリアルタイムで読んでいるのですぞ! こんな総裁もう要らない、と誰しも思っている。先日は「狂乱総裁マサノブ」君は、『雅春先生こそ言行不一致の元祖!』と書いた。これでは信徒のマサノブ評価はがた落ちだ。教団最高幹部として、全世界の信徒に善後策を構じる責任があるのである。いうまでもなく、諸悪の根因・マサノブ&ジュンコの教団外への追放だ!!


(追記)

そろそろ、信徒たちも、マサノブ君の狂乱は、巨悪霊の憑依から来ているとその根因に気付き始めて来ているのであります。





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[896] 信徒へのインターネット奨励策は、マサノブ君への逆風効果になってしまった! 『狂乱総裁マサノブ』情報は、リアルタイムで全世界の信徒に伝わって行く! 「こんな筈じゃなかったに」、地団駄踏んで口惜しがるマサノブ君!

遮那王 - 2015年10月21日 (水) 22時41分



マサノブ君は今になって、地団駄踏んで口惜しがっているのであります。最初は、独裁総裁の独裁方針を幹部信徒はもとより一般信徒へ直接伝わるように、パソコン奨励策を打ち出してきました。そしてそれなりに、70才以上の爺ちゃん、婆ちゃん信徒以外はパソコンを扱える信徒が増加したことは事実であります。


しかし、本流復活側の「掲示板」活動が盛んになるに従って、情勢は逆転して、マサノブ君にとっての、むしろマイナス情報が末端信徒の段階まで伝えられるようになって来たのであります。それも、一部は写真付きでリアルタイムに全世界の信徒にまで伝えられ、これに慌てたマサノブ君が「デマ情報に惑わされないようパソコンでの『本流掲示板』の閲覧禁止」指令を出しても、却って“怖いもの見たさ”でコッソリと教団職員も自宅へ帰ってから、毎晩秘かに楽しみながら『本流掲示板』を読んでいるのであります。(勿論、マサノブ君自身も『本流掲示板』を隅から隅まで毎日読んでおります。やはり、自分の評価が気掛かりであるからであります。)


これには、如何な独裁者マサノブ君と雖も手の打ちようがありません。ましてや、『本流掲示板』のマサノブ教の実態情報の世界的拡散を止める有効な手立てはないのであります。「コンチキショウ、クヤシイが仕方なし!」とイライラ、悶々、暗鬱気分は昂じていくばかりなり。・・・と言うのが一般的見方でありますが、当の御本人は表面上からは案外ケロッとしているようであります。この24〜25日の土・日曜日には、「森のオフィス」で秋の<国際>自転車競技会と収穫祭(「自然の恵みフェスタ」というらしい)を開いて、八ヶ岳の紅葉を満喫する予定。普通の常識的感覚では考えられない、この“ケロッ”としていられるマサノブ君の心理状態をどう見るか? これは明かに「生長の家」の完全解体と『御教え』の地上からの抹殺を企図してマサノブ君に憑依して来ている暗黒霊界の巨大悪霊団のなさしむる所以であると見るのが至当であり、これ以外に、彼の常軌を余りにも逸したる異常心理と異常行動の根元は見つからないのであります。


現在までに、全世界の信徒にインターネットを通じて拡散された「狂乱総裁マサノブ」と彼の独裁専制支配する「非生長の家マサノブ教団」の実情を列記すれば以下の如くになるのであります。



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< 全世界に拡散された「マサノブ教」の実態内容 >


1、 「聖使命会員」の減少は依然として止まらず。


2、 教団運営が赤字に転落してそれが累積されていっていること。


3、 その赤字は、回復不可能な状態に達していること。


4、 赤字補填を目指して巨額の信徒の浄財が株式証券市場で運用され、不労所得の「利ザヤ稼ぎ」にまわされていること。


5、 赤字経営にも拘らず、マサノブ組長・イソベ若頭・ユキシマ金庫番・その他の理事参議と言われる教団最高幹部たちには、超高給の年俸が支給されていること。(民間会社では到底ゆるされぬ)


6、 全国教化部を、都会から田舎の森の中へ建て替えを進めている。その移転建築資金は、本部は援助せずに、地元信徒の寄付で賄えと言う。


7、 「マサノブ講習会」は、前回比20%減の数字が普通となって来ている。原因は、マサノブ君のクソ面白くもない「金太郎飴」の教義解説と「環境講話」にあるのであるが、本人は全然反省していない。


8、 『生命の實相』印税を約2700万円、これを著作権を持つ「生長の家社会事業団」に故意に支払わず、時効をタテにとって横取りしてしまい、平気でいること。宗教家の風上にも置けぬ「マサノブ」である。


9、 『生命の實相』著作権裁判で敗訴して、それを理由に『生命の實相』と『甘露の法雨』を品切れさせ、講習会のテキストから公然と外した。『甘露の法雨』をも品切れという名目で、マサノブの肉体頭脳で搾り出した『大自然讃歌(惨禍)』経、『観世音菩薩』経、『万物調和六章経』に巧みに置き変えて行きつつあり。


10、 開祖・谷口雅春先生の愛国論・憲法論・教団史その他、マサノブ君の「サヨク唯物現象論」と言う価値観にそぐわない御著書を再販中止(事実上の絶版)とした。<内容上の理由>とか<販売上の理由>を付けて。


11、 開祖・谷口雅春先生を偏狭な国家主義者・民族主義者・国粋主義者と断定して、まだ御本になっていないお原稿や講習会録音講話の新たなる単行本化を禁止した。


12、 本来の『御教え』を『生命の實相』に基づいて講話する本部講師を「谷口雅春原理主義者」の烙印を押して、左遷・降格・減給・退職へと追放して、側近を全て、「マサノブ親衛隊」と言うゴマスリ茶坊主で固めて独裁体制を構築して行った。


13、原宿本部会館の霊的由緒ある『御神像』を強引に八ヶ岳の『森のオフィス』に移転。その移転作業時にも、運送会社の作業員が土足で、トラックの上に横たえた『御神像』の上を歩いていた。まるで引越し荷物の扱いようであった。


14、「森のオフィス」へ移転後の式典では、『實相額』がレースのような布で覆われることが多く、壇上へも土足のままで上るように指示されている。所謂、国際化を目指しての『西洋式』に移行して行こうとしている。「日本だけが発展する事はマチガイ」、「日本精神は現代では死語となっている」と発言。


15、「森のオフィス」の式場の窓の外の雑木林を「大自然」に見立てての、真妙な顔での恭しき礼拝、谷川の傍にそこらへんの小石を積上げて「天之御中主神」とマサノブ君が自分で書いた極く小さな札を入れた極く小さな祠を作って全職員毎月一回「大自然讃歌(惨禍)」経を読誦する! なんと滑稽!! 『賽の河原の石積み祠』と信徒から揶揄!


16、「法燈継承」は実際にはなかった。マサノブ君の自作自演のデッチアゲであった。この事実は全世界の信徒に繰り返し繰り返し伝えられ、マサノブ君は全信徒を巧みに騙していたことが暴露された。


17、 マサノブ君は、無類の裁判好き、しかも全ての訴訟が全部敗訴となり、裁判官より「もう、いい加減にしては?」とたしなめられる始末である。『雅宣敗訴!』の情報はこれまでに即日リアルタイムで全世界の信徒に伝えられ、マサノブ君の総裁としての面目は丸つぶれとなった!


18、マサノブ君とジュンコ君は、自分で「著名人」???と称して、お得意のパソコンで「フェースブック」を作成、頻繁に発表している。しかし、内容は、幼稚園児、小学生並の低レベルのものばかりで、別名「お弁当ブログ」、「行ってきましたブログ」、「小旅行ブログ」とよばれ、「優雅な宗教貴族生活ブログ」と信徒から揶揄され、世間常識からもそう見られて当然、宗教家らしきところは全然なし。これらは、写真付きで全世界に送信され、マサノブ夫婦の“低能ブリ”を積極的に知らしめていることになっている。


19、マサノブ君の書く「唐松模様」と言うブログは、別名「枯れ松模様」とも言われ、「売り家と唐様で書く三代目」の典型的見本である。自分では、『説教』のつもりであろうが、「防衛法案」を『戦争法案』と呼び、『憲法改正反対』、『女系天皇制容認』、『愛国心を否定』、『朝日新聞の購読奨励』、『民主党・共産党を支持』、『侵略戦争観を是認』、『共産中国の軍事大国化の容認』、『国家・民族思想の否定』、『世界統一政府・世界市民思想主義を容認』、『近代工業社会の全面否定』、『宗教的救済の放棄』、『地球環境第一主義』、『自衛隊は人殺し集団』・・・つまり、一言で言えば、“サヨク唯物現象論”,“反日思想者”となってしまっている。


20、 マサノブ君の最大の特徴の一つは、「言行不一致」である。「大調和神示」を話したり書くけれども、彼の言うのは「自然と人間の調和」だけで、人間と人間との調和は圏外である。特に、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を護って行こうとする義兄の宮澤先生や実弟の貴康先生を教団から追い出し、実母の恵美子先生を軟禁同然に処遇する親不孝は、その代表的なもの。さらに、CO2排出抑制のために30人以上の集会を禁じたり、教化部の早朝神想観を自粛せしめたりしながら、講習会当日だけは、CO2全面解禁で、自分はジェット旅客機に乗っていき、大型バスを使っての隣接県からの動員容認、ワゴン車で一人でも多くを会場へ運び込む。CO2抑制を説きながら、「CO2を撒き散らしての講習会」、とにかくマサノブ君には宗教家としての誠実さと謙遜さと真摯な態度が見られない。これ等、マサノブ君の『言行不一致』ブリは「本流掲示板」の投稿によって明らかとなり、その情報が逐一、全世界の信徒の皆さんの知る所となってしまっているのである。


21、 この様な事実から、マサノブ君の最後の目標は、『生長の家』完全解体と『御教え』の地上からの抹殺である事が全世界の信徒の皆さんが知る所となってしまっており、その情報は次第次第に広がって行き、マサノブ(自称)総裁に対する不信感が高まってきている。そして、同時に、何の対策も講じようとしない、ただ、高額年俸にのみしがみ付いている自己保身のイソベ・ユキシマ・オオツカ以下の理事参議の教団最高幹部への不信感もさらに大きくなっていっている。


22、以上のような「マサノブ教団」の状況が、インターネットによって止めようもなく拡散されて、パソコンを持たない信徒の皆さんへもクチコミで伝えられ、その総合効果として、信徒数の激減、聖使命奉納金の激減、止めようのない“教勢急落・衰退”現象となって結果して来たのである。


23、 しかし、肝心のマサノブ(自称)総裁は、何の反省もなく事態を静観しているし、キノコ狩りや紅葉狩り、自転車競技や屋台店イベントに楽しく興じている。一方、静観しているようではあるが、『狂乱総裁マサノブ』と言われるほどに、心中は穏やかならず、ユデダコのごとく頭に血が昇って、『御教え』批判をコレデモカ、コレデモカ、とパソコンに一日中、かじりついて書きまくる。彼の神経は完全に常識を逸脱して、普通の常識の範囲では判断出来ない状態である。この根源はやはり悪霊憑依としか考えられない。そう考える信徒たちも増えだした。こう言ったことも、「掲示板情報」として全世界の信徒のみなさんに続々と伝え広がっている。これが「マサノブ教」の現実である。


24、 マサノブ(自称)総裁は、『御教え』の後継者でありながら、基本聖典『生命の實相』の全巻繰り返し熟読をしていない。アラ探し、マチガイ探し、「マサノブ教」に都合のいい章句探し、このような目で『生命の實相』を読んだのである事が判明した、ということも掲示板情報として全世界の信徒が読んでいる。


25、 「科学は非常に進歩して宗教の世界を断然引き離してしまった」と云って、体験談の奇蹟的事実を否定し、体験談を非科学的として霊的部分を削除せしめて発表させ、結果として体験談発表者を「生長の家」から脱退せしめている。


26、 開祖・谷口雅春先生を否定し、『御教え』を否定するホンネの自己主張を、「トキ掲示板」上で、別人と思わせるハンドルネームを使って書き続けているが、これまでのハンドルネーム「初心者」・「ももんが」・「身分卑しきもの」・「曳馬野」・「疑問」・「純粋教理批判」・「真説生長の家」・「神の子さん(一部)」はすべてマサノブ君であることが「掲示板情報」として全世界の信徒が知るようになると共に、「マサノブ支持率」の急低下現象となって徐々に顕在化してくるようになったのである。



27、 全世界に発信されてきたこれまでの「マサノブ(自称)総裁」の投稿文は、生長の家信徒の人達は勿論のこと、一般の真剣な求道者やそれなりの識者も沢山の人が読んでいる。それほどまでに、開祖・谷口雅春先生のお名前は沢山の人に知られていた。それらの人達は現在の「狂乱総裁マサノブ」君のネット投稿文を読んで一様に思う事は『何と霊的年齢の若いタマシイであることよ! 全く宗教家として人を導ける成熟した魂ではない。開祖・谷口雅春先生の孫として生まれてくるには500年は早すぎた。120%霊的未熟なタマシイに過ぎぬ。この様な霊的未熟なタマシイに洗脳されている信徒さんはまことにお気の毒。早く、『御教え』の神髄に立ち戻って下さい』との思いを抱かれていることは間違いはない。『狂乱・錯乱総裁マサノブ』君は、ネットを通じて自己の霊的未熟さを全世界に向けて大いに自己宣伝しているのである。



■■ かくのごとく、マサノブ君の当初のパソコン普及の目的は、彼の予想とは逆の『ヤブヘビ』状態となって、逆風となってしまったのであります。マサノブ君は「蛇の智慧」、人間知なるがゆえに失敗の連続である。やはり、ネットの力は侮れないのであります。今や、マサノブ君は、まさに『狂乱総裁マサノブ』であり、その狂乱振りはこれからも益々ひどくなって大きな自壊現象をそのうち招来するのであります。■■




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[904] <全世界に情報拡散されていっている追加3項目>

遮那王 - 2015年10月22日 (木) 12時14分



28、 「生長の家」實相顕現の祈り<1>・<2>・<3>
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=36


29、 マサノブ・ニセ総裁君への『重破門状』http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=35


30、 《谷口雅宣教団の30年史》(生長の家、暗黒の30年史)
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=152
http://kaerou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15421333






2016-01-26 16:56 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.24
2016年01月25日(月)





開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板


・論考集NO.24





[875] 『狂乱総裁マサノブ』君を襲うジレンマ! 自己の生涯長期目標と自尊心との強烈な心内葛藤(せめぎ合い)

上泉信綱 - 2015年10月19日 (月) 13時00分



『狂乱総裁マサノブ』君を取り囲む状況は益々厳しさを増してきている。昨日の「福岡講習会」は前回比19%減を記録、マサノブ君にとっての大票田のこの福岡教区2割減の数字の意味するところは大きい。そして、「掲示板」では、前回比20%台の減少は“定着?”とまで書かれている。


今迄はウソの数字発表で誤魔化せたが、『掲示板』情報で、講習会会場の最大収容客席数が容易に調べることが出来ることも分かり実数を発表せざるを得ない状況に次第に近づいて来た。隣接教区からの大型バスでCO2を撒き散らせてのなり振り構わぬ動員、ダブルカウント・トリプルカウントの実態の暴露、公式発表用の事前作成された?数字、・・・この様な実態が信徒間の話題となり、クチコミで広がり、「虚偽講習会」との新造語まで普及し出す有様・・・そこへ加うるに『狂乱総裁マサノブ』君の面白くもない、聞きたくもないありきたりの「環境の話し」――― 信徒は辟易して来た。

義理で刈り出された大半の人達はサービス昼弁当(実際の負担は受講券を割り当てられた信徒)を食べてゾロゾロと帰って行く。この有様を壇上から眺めているマサノブ君の心中は決して穏やかではない。講習会後はいたって不機嫌らしく、地元幹部が「私の不徳の至りで・・・」と詫びると、「“不徳の至り”で済むと思っているのか!」とどなりつけるとか?

 講習会の件で今、一番頭を抱えているのは、大阪狂区の栗キントン! 今までのように会場の収容数を1万人近く上乗せするゴマカシも効かなくなって来た。今までは、28000人内外(ただし、吉倉教化部長時代は、“蛇が非でも日本一番を目指せと狂騒していたときの発表は3万人を超した虚偽数字の発表もあった)で公式発表数字作りをして来た手前、一挙に18000人位まで下げることは出来ない。ハテサテどうしたものか??と毎日の悩みのタネと思われる。



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『狂乱総裁マサノブ』君を取り巻く状況は、彼にとっては不利なことばかり・・・。

 http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=3983

@ 教団幹部の声 ――― 「山の裾野に大きい建物をたてて、動物の居場所を無くするのは環境問題を真剣に考えていない証拠」である。


A 総裁としての資質 ――― 私は総裁の環境問題は全く時代錯誤であると感じています。自然というものは「何もしないのが自然として大切なのです。」それを山の裾野に大きい建物をたてて、動物の居場所を無くするのは環境問題を真剣に考えていない証拠でもあります。動物の居場所を人間が占拠するなど環境破壊そのものではないか。里山という言葉は動物と人間の境界線です。その里山の中に建物を建設するのは宗教家として情けない。総裁の目指しているものの必要性とか言っているが、それがわからないのが現信徒なんです。それより「谷口雅春先生に回帰」するほうが大切です。理解するなど最早難しい段階であります。総裁の資質の問題ではないといっているが、総裁の資質そのものが「生長の家」そのものを歪めてきたのは事実であり、眞實でもある。それ以外にないことは断定できる。だから生長の家総裁としての資質もない。残念である。


B 恵美子先生がお山から、高知に移られた直後、高知のN興業という栄える会で有名な筋金入りの社長さんが退会。全社員が生長の家を、退会されました。「嘘」「偽り」を赦さない谷口雅春先生直伝の信仰者でした。


C ある教区では、本部のいう事は最低限だけ従い、谷口雅春先生の教えで信徒さんを指導しているところもあるみたいです。そういうところでは、信徒さんも生き生きとしていますし、ある程度、雰囲気もいいみたいです。 参加者も、運動をする気になるので、組織も活発みたいです。 他方、総裁の方針に忠実な某教区の誌友会に参加した友人から話を聞いた事があります。雰囲気が悪くて、嫌になったと話していました。そのうち、その教化部長さんも問題を起こしたとかで、更迭されたと聞きました。


D 大自然讃歌を読誦すると、宇治の大祭で豪雨が降り始め大拝殿に神鳴り(雷)が直撃。初めてお祀りが中断するという事故がありました。以後、その大祭に参加した一部信徒からは、「大自然讃歌を読誦すると、自然災害が起こる」と言われたりしました。その日の「宇治豪雨」で2人の老人が宇治川に流されて死亡しました。不気味なことに、宇治の練成道場地下3階入り口前の川から死体が浮かんできたそうです。練成中で、参加していた福岡教区の信徒が見ていました。その後、福岡教区の信徒は大半が退会しました。



http://agora-web.jp/archives/1647594.html
太陽光発電が国の支援策によって急増した。しかし山梨県北部の北杜(ほくと)市では、それを設置する乱開発によって住環境の破壊が起きている。現地の凄惨な状況を伝える。同様の問題が全国で起こっており、深刻な環境破壊が広がりかねない。



http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=snihonryuu&mode=res&log=3026バッド=悪い マン=男 バッドマン=悪い男 バッドマン=コウモリ 男 ならコウモリは光がにがて 闇の中 暗闇の中で生活する 動物 またコウモリは 目が見えない つまり 光が見えない すなわち 光明思想を見る事が出来ない もしくは 理解できない 闇しか知らないものが 光を理解出来るでしょうか?



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%8F%A3%E9%9B%85%E5%AE%A3
「ウィキペディア」で「谷口雅宣」を検索すると、―――
1993年、「国際平和信仰運動」を提唱し推進、日本政府による太平洋戦争(大東亜戦争)への反省や戦争責任の追及、人権感覚からの女系・女性天皇の推進を表明するなど、これまでの愛国・[保守](=[右翼])的教義から左翼的教義の転換を積極的に進めている。また近年では、地球環境問題や遺伝子操作・生命倫理問題、エネルギー問題などの現代科学に対する宗教者の立場からの主張が多く、教団の教義にもその意向が強く現れてきている。これまで生長の家は他教団と異なり内部分裂などは全くなかったが、ここにきてこうした雅宣の志向性や教団運営に対し、生長の家の幹部だけでなく一般信者からもその宗教的資質に関し疑問の念を呈する者が出始めており、しかもその数は徐々に増えつつある。



*******************



『狂乱総裁マサノブ』君の個人的人生目標のうち最大なるものは、開祖・谷口雅春先生御創始の『生長の家』教団の完全解体とその『御教え』の地上からの完全抹殺であります。現『マサノブ教団』に於ける教勢の急激な衰退は、彼・マサノブ君にとっては予定どうりの既定路線が順調に進行しているから何も文句をいうことはないのである。だから、教団経営者としても赤字転落の責任を感じることなく、信徒の浄財で相変らず、「講習会」という名目のVIP待遇の“小旅行”を、春は花見、秋は紅葉狩り、キノコ狩り、「天女山ヒルクライム」と言う自転車競技、共産党行事を真似た「森のオフィス・収穫祭フェスタ」、・・・まさしく、生活の心配をする必要の無い宗教貴族生活を満喫している。その他の余暇はほとんどが、大好きな「パソコン」に齧りついて『総裁』と言う肩書きでは書きにくい彼のホンネの思想をあからさまに哲学者まがいの気持で書きまくっているのである。



*******************



しかし『狂乱総裁』とまで言われ出し、遂に最後の致命傷的言葉「雅春先生こそ、言行不一致の元祖」とまで書いてしまった。ここまで来たとなると、如何なイソベ若頭、ユキシマ金庫番、オオツカお飾り雛と言えども弁明の余地はない。何時、教団内からクーデターが起こらないとも限らない。かつての、ルーマニアのチャウシェスク左翼独裁皇帝の二の舞が来るかも知れない。本流信徒側からの猛烈な反発攻撃に加え、身内からのクーデターの心配事が加わってくる。それに、白鳩親衛隊をバックに従えたジュンコの力は倍加したと信徒には見られ、夫唱婦随が逆転してきたと見られている。あの予言「○○○は○○○○を○○○」は本当に実現に近づいているのである。(正解? ⇒ 「あの女は生長の家をつぶす」)。

今のマサノブ君にとっては、本流信徒側からの猛反撃にはイライラ・カリカリで頭に血が昇って精神錯乱状態?である事に加えて、身内に対する不信感から来る恐怖心が芽ばえて昂じて行くことは確かと思えるのである。しかしこれ等のことは“自尊心”の点において人並みはずれて高い彼にとっては耐えがたき屈辱を感じている筈である。



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『狂乱総裁マサノブ』君は、何としてでも生涯目標たる『生長の家』とその『御教え』を解体抹殺したい。しかし、そのためには、現在の四面楚歌の状況は、彼の人並みはずれた自尊心を大きく傷つけている。このジレンマ(心内葛藤)にマサノブ君は苛まれている毎日である。そこで、そのウップン晴らしを「トキ掲示板」でやっている。その結果、『狂乱総裁』と言う、彼の自尊心をこれ又、極度に傷つける“汚名”に甘んじなければならなくなって来た。『生長の家』の完全解体と『御教え』の抹殺は絶対に遂行したい。それと同時に、教団資産1000億円からも可能なだけ自己資産化したい(マサノブ流のマネーロンダリング法)と言う目標も達成したい(マサノブさんは「お金大好き人間よ」とは事情通の白鳩幹部信徒のコトバ)。しかし、自分の「自尊心」を傷つける本流信徒は許せない、しかし彼らに対する有効な対策はない。かといって、如何に四面楚歌の包囲網が縮まって来ても、自分から辞職する事は、最大の「自尊心」を傷つけることになるから、そんなことには耐えられない。――― この様なところが、マサノブ君の心内葛藤であろうと思われる。戦々恐々、ジレンマ、その結果としての狂乱・・・遂にここまで来たのであります。もうひと踏ん張りであります。本流復活を目指す信徒の皆様、息を切らずに頑張り通しましょう!!!



2016-01-25 16:51 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.23−2
2016年01月24日(日)









開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.23−2



(つづき)




31、 430 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 11:26:56 ID:yPuEDcac

造化の三神は機能の強化ともとれるでしょうし、わたしの基準では内部と外部の和解の象徴ともとれます。


32、 444 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 16:52:45 ID:yPuEDcac

総裁がこういう人たちとムスビたくはないと考えておられるのはたしかだということです。ムスビたいとおもっておられるのであれば、そもそも今の問題は起きてませんよね。総裁はそういう人たちといまさらムスビたいとは考えておられない。


33、 447 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 17:30:50 ID:yPuEDcac

宗教的対立は世の常といえるでしょうが、その多くは二項対立がひきおこした対立とおもわれます。宗教的ムスビを実現するには二項対立の問題を避けてはとおれない、というのはあきらかでしょう。ムスビをいっておられる総裁が二項対立に無自覚であられるはずはない。


34、 449 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 18:17:12 ID:yPuEDcac

「総裁はなぜ答えないキャンペーン」がすでに展開されている。これは看過できない事態です。なぜなら、こうしたキャンペーンは対立を深めこそすれ、和解にはむすびつくことはないからです。


35、 453 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 21:50:17 ID:yPuEDcac

「私(キケ)が思うに貴殿は雅宣総裁ですね。根拠は貴殿です」とか、そんな程度のお話しだったのですね。
総裁を利用して自分の考えを述べました。これが真実です。総裁も生長の家の人ですから「内部の人」です。わたしがいっているようなことは考えておられんでしょう。総裁は「内部の人」であるがゆえに矛盾を招き寄せてしまったのでしょう。わたしは内部ではない違う場所で真理を追究いたします。わたしが総裁を利用したからといって逃げを打てるような問題ではないでしょう。


36、 479 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 08:44:35 ID:yPuEDcac

公開質問状は和解の役割を果たすところか逆に、和解を遠ざけ対立を深めているだけのようにおもいます。
公開質問状をつきつけられてよい気持ちをおこす人はまずいないでしょう。公開質問状には「これでも答えないのか」というメッセージかこめられているようにおもいます。受け取った人はけっしてよい気持ちにはならないでしょう。


37、 484 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 10:14:13 ID:yPuEDcac

総裁はかつて教えを盾にとって尊大な態度を取ってくるものたちに囲まれ苦しい思いをしておられた、というものです。総裁は間違いなく苦しい思いを抱いておられた。これが結論です。


38、 493 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 11:26:23 ID:yPuEDcac

そんなに苦しんでおられるのなら、総裁を辞めて自由な身分になられたら良いのではないか。 「苦しんでいる」とはいっておりません。「苦しんでおられた」といっているのですよ。今は充実しておられるのではないでしょうか。


39、 495 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 11:33:23 ID:yPuEDcac

質問状の問いかけは、でていった人たちとのムスビができないのですか、ということでしたよね。教理にひそむ排他性や暴力性を放置したまま本流のような人たちとのムスビを回復したらどうなるか。これをいっているのですよ。


40、 496 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 11:38:34 ID:yPuEDcac

論点はふたつと考えております。ひとつは、質問状で問われたムスビの不可能性。あとのひとつは、質問状は和解をとおざけたのではないか、ということ。


41、 501 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 11:53:32 ID:yPuEDcac

「ムスビは不可能」といっているのはわたしです。第三者の意見です。総裁を持ちだして、第三者の意見に反論しても無意味です。


42、 507 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 12:20:32 ID:yPuEDcac

原因を解消できるのは、総裁ではなく「でていった人」です。「でていった人」たちが原因を解消しないかぎり、問題の解決はない。総裁に質問すること自体が無意味です。総裁に何をやれというのでしょう。総裁に「でていった人」たちがかかえる問題を解消しろとでもいうのでしょうか。総裁に答えを求めること自体が無意味です。


43、 508 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 12:27:32 ID:yPuEDcac

質問の内容に言及せよ、と要求されたので本意ではないが言及しているのではないですか。はじめから第三者の意見にきまっているではないですか。総裁は関係ない。「言及せよ」というので言及しておるのですが、何が不満なのでしょう。


44、 511 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 12:47:52 ID:yPuEDcac

わたしは質問主の力量をはかっているつもりです。内容に言及しているつもりです。それがなぜ「おまえの説を聞いているのではない」となるのでしょうか。


45、 514 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 12:54:40 ID:yPuEDcac

わたしがなぜ総裁の意見を解釈しなければならないのでしょうか。


46、 523 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 14:11:48 ID:yPuEDcac

総裁に質問すること自体が無意味です。総裁に何をやれというのでしょう。総裁に「でていった人」たちがかかえる問題を解消しろとでもいうのでしょうか。総裁に答えを求めること自体が無意味です。「でていった人」たちが二項対立の排他性、暴力性に気づかぬかぎり問題は解決しない、自分がやっていることに気づかぬかぎり問題の解決はない、ということです。総裁にムスビを求めることに意味はありません。実相覚と人間知の二項対立を立てて片方を暴力的に排除すればよいだけの話です。「お前の言っていることは人間知にすぎぬ」といって否定すれば勝った気になれます。二項対立を立てて片方を暴力的に排除するというやり方が生長の家ではふつうに行われている。


47、 524 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 15:38:23 ID:yPuEDcac

現象はない。実相がある。これは本当でしょうか。現象とは何かを決めることさえできないのに、「現象はない」と言えるはずがないではないですか。現象と実相に区別はありません。なぜかといえば、これは言葉がつくりだした区別にすぎないからです。何が現象で何が実相かと問われても誰も答えることはできない。
「物質はない」という人がいますが、そういう人に聞きたい、「物質とは何か」と。おそらく答えられない。物質もまた言葉がつくりだしたものでしかない。それが何かは誰にわからない。教えにしたがおうとすれば、現象にしても物質にしても、わからないものを「ない」といって否定しなければならない(なぜここまでして否定しなければならないのか、わたしにはわかりません)。わからないものを否定するには、わかった気になって無理にでも(つまりは暴力的に)否定するしかない。あれもない、これもない、といって否定しているうちに暴力性が知らぬまに身についている。


48、 525 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 16:04:11 ID:yPuEDcac

人間が知覚できるのは差異だけです。あれとこれとは違う。人間が知覚できるのはこれだけです。世界は差異でできています。あれとこれとの違いを言語化することで、人間は世界をつくりだしています。世界は差異でしかありません。差異でしかない世界に生長の家は対立を持ち込みます。もともとは差異でしかないものを、生長の家は対立に置き換えます。病気と健康にしても差異でしかありません。健康なときとは異なる状態をもって人は病気と認識します。生長の家は差異でしかない病気と健康を対立の関係に置き換え、病気を「ない」ものとしとて排除することを務めとしています。たんなる違いでしかないものを対立に置き換え、片方を暴力的に排除する。これをやってきたのが生長の家です。「でていった人」たちと総裁の違いはたんなる差異でしかありません。世間一般の考えでは「総裁と自分は違う」で済むところを、「でていった人」たちは「悟りと迷い」、「実相覚と人間知」、「真説と虚説」というような特殊な対立関係に置き換え、暴力的に排除してきました。


49、 533 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 16:58:13 ID:yPuEDcac

「責任」という言葉はもちいておりません。原因は教理にひそむ排他性、暴力性にある、といっております。
原因に気づかずして解決はない。「責任」ということでいえば、「でていった人」たちが原因に気づかないことへの責任を総裁が負う必要はないと考えます。


50、 537 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/15(木) 17:35:01 ID:yPuEDcac

教理にひそむ排他性、暴力性をべつの言葉でいいましょう。生長の家は、たんなる差異の関係でしかないものに対立の関係を持ち込んだ。結果として教団内に、世間一般では考えられないような形の対立が蔓延した。こういうことです。


51、 548 :生長の家の教えとはなに=マサノブ:2015/10/16(金) 08:05:29 ID:Cz3PNRjc

使命を遂行せられんことを希望し、皆さんに、非常に嘱望するなどと信徒の働きを望まなければならないことを言うから政治の世界と結託して何やらしようという者が出て来たのでしょう。


52、 554 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 09:03:19 ID:WlkTGXxk

差異でしかない世界に生長の家は対立を持ち込んだ。対立を持ち込むことによって排他性が開始された。これが第一の主張。対立といったところで恣意的なものでしかない(必然性がない)。恣意的というのは、それが決定不可能なものの決定であるから。これが第二の主張。決定不可能なものの決定には暴力性がともなう。これが第三の主張。以上がわたしの主張をまとめたものです。


53、 568 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 09:29:39 ID:yPuEDcac

和解とは何か?調和することです。調和とは何か?矛盾をなくすことです。矛盾とは何か?理にあわないことです。理とは何か? ??? 和解とは何かは決定不可能。決定するには決定した気になるしかない。すべては気分の問題でしかないでしょう。自分の気分で決定することを排他的といっているのですよ。


54、 575 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 10:27:42 ID:yPuEDcac

実相完全円満で説明しましょう。実相とは何か、決定不可能。完全とは何か、決定不可能。円満とは何か、決定不可能。それでも何やらわかった気にはなる。わからないものをわかった気になるのが問題。わからないものはわからないままにしておくのが正しいやり方。それにしても、わからないものをなぜわかった気になれるのでしょうか。排他性が働いているからですね。排他性を行使して非決定要因を強引に排除している。つまりはこういうことでしょう。


55、 582 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 11:21:57 ID:yPuEDcac

「ムスビが不可能であるのは教理にひそむ排他性が原因」であると自分の考えを述べましたよね。「原因を問わずして総裁にムスビを求めることに意味はない」とも述べましたよね。
「真理の排他性」と総裁は関係ありません。排他性は教理にひそんでいるものなのですから、総裁とは関係ありません。もういちど言いますが。「真理の排他性」と総裁は無関係です。「真理の排他性」は原因、総裁は結果の一部です。原因と結果はわけて考えましょう。原因に総裁はいっさいかかわっておられません。


56、 589 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 12:20:54 ID:yPuEDcac

「実相とは何か」を決定してください。


57、 606 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 13:52:45 ID:yPuEDcac

理解できない他者を人は排除しがちです。決定できないものはすべて排除したい。人間にはこういう心性があるからなでしょう。


58、 625 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 15:00:18 ID:yPuEDcac

決定できないものを決定するさいに発揮される排他性と暴力性。これが今起きている問題の原因です。原因なくして結果なし。


59、 627 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 15:31:25 ID:yPuEDcac

決定には無限の責任がともなうということです。決定できないものの決定がいかなる試練を経て決定されたのか、これだけが問題になります。試練を経てなされた決定をわたしは尊重いたします。


60、 628 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/16(金) 18:11:35 ID:yPuEDcac

排他性の犠牲者は他にもいるということです。総裁がおやめになられたところで排他性は残る。誰かが必ず犠牲になる。犠牲者が出続ける。それでもいいのか、ということですよ。


61、 632 :生長の家の教えとはなに=マサノブ:2015/10/16(金) 19:35:55 ID:KduWK3zY

この神想観をすることによっていつもどんな心境でいますか。この称えごとをそうだそうだと思えていますか。私にはこんなところでの議論に興味のある方はこの神想観をされていないのではないかと考えるものです。


62、 643 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 20:37:41 ID:yPuEDcac

総裁でもないものに総裁の立場で答えよという要求じたいがすでに論点はずしなのですよ。


63、 660 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 22:32:17 ID:yPuEDcac

教理で説かれているような、実相と現象の二項対立を立てて片方を排除するというやり方になじんでしまった人だからこそ、真説と虚説の二項対立を立てて片方を排除するというようなことをやってしまうのではないでしょうか。二項対立を立てて片方を排除する仕方こそが教理にひそむ排他性と考えます。こういう仕方を学んだ人が同じ仕方で人を排除する、ということがおきているようにおもいます。


64、 664 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/16(金) 22:52:03 ID:yPuEDcac

教理の排他性について理論理屈ではすでに十分語りつくしましたので、あとはじっさいに「排他性」を示すような事実があるのかないのかが問題になるはずです。悟りと迷いの二項対立を立てて人を排除する。真説と虚説の二項対立を立てて人を排除する。実相覚と人間知の二項対立を立てて人を排除する。総裁にたいしてはもちろんのこと、わたしにたいしてもこうしたことはおこなわれてまいりました。


65、 671 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 07:06:48 ID:yPuEDcac

生長の家の考えを述べているかぎり犠牲になることはたしかに少ないでしょう。違う考えを述べようものなら、たちまちにして、迷い、人間知、唯物論として切り捨てられます。教理の二項対立をオリジナルとするなら、信徒がもちいる二項対立はオリジナルの忠実なコピーということがいえるでしょう。オリジナルから排除の仕方を学んだ信徒は、オリジナルをコピーすることで自分の気に入らない考えを排除するようになります。たんにコピーするならまだしも、オリジナルは信徒にコピーを欲望させているとさえいえるでしょう。オリジナルは、二項対立の劣ったほうの項を排除するという方法をくり返し信徒に教え込むからです。やがて信徒は、オリジナルから習った方法を自分でもちいるようになります。どういうときにかと言えば、気に入らないものを排除したいと信徒が欲望するときにです。気に入らないもの、自分にとって不都合なものを排除したい、とする欲望を信徒はもともと持っていたはずですが、オリジナルから習い覚えた方法はこうした欲望をさらに助長させます。通常では困難なことであっても、オリジナルをコピーしさえすれば、いとも易々と気に入らないものを排除できるわけですから、排除の欲望は当然のごとく助長されます。オリジナルはコピーを欲望するよう仕向ける、ということがいえるはずです。


66、 672 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 07:22:31 ID:yPuEDcac

教理にひそむ排他性は、信徒が自分にとって不都合な考えを否定するときの語法に顕著にあらわれています。迷い、虚説、人間知、唯物論、不調和、二元論、すべてが教理と同様の二項対立をもちいたものです。これらの語法に共通するのは、すべてが排他的にもちいられているということです。なぜそうなるのかといえば、教理が二項対立を、他を排除するためにもちいているからです。


67、 673 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 07:47:52 ID:yPuEDcac

生長の家においては、唯物論には排他的な意味合いが色濃くあらわれています。「唯物論」と言いさえすれば、なぜ誰もが簡単にあらゆる考えを否定できてしまうのでしょう。答えはあきらかです。教理がそれをやっているからです。


68、 675 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 08:32:07 ID:yPuEDcac

教理にひそむ排他性はもちろんこれだけではありません。決定できないものを決定することにともなう暴力性の問題があります。決定できないものを暴力なしに決定することはできません。決定が暴力的になされているということです。「これはこうに決まっている」、「誰がなんと言おうとこれはこうなんだ」と暴力的に決めるよりほかはないということです。すべての決定に合理的な根拠が欠けている以上、あらゆる決定は暴力的になされるよりほかはないということです。


69、 680 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 10:53:47 ID:yPuEDcac

雅春先生のご著書には、実相と現象、完全と不完全、調和と不調和、霊と物質、光と闇、善と悪、健康と病気、悟りと迷い、唯神論と唯物論といった二項対立がいたるところで語られているのではないのですか。欲望が人をして二項対立の乱用に走らせるのですよ。欲望を満たすために真理の書を読む人はいくらでもいますよ。欲読といったほうがよいでしょう。


70、 681 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 10:57:06 ID:yPuEDcac

ラカンは「すべての欲望は存在欠如の換喩である」といっています。「物質はない」どころか、人は言葉の世界に閉じ込められて物質とのつながりを失ってしまった、とラカンはいっているのですよ。物質とつながってもいないのに、「ある」とか「ない」とか言っても仕方がないでしょう。人は失ったものを言葉で満たすしかない。言葉をつらねることで人は欲望しつづけるしかないのですよ。二項対立はラカンのいう対象a、欲望の原因です。


71、 682 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 12:54:06 ID:yPuEDcac

人は言葉によって客観的世界との関係を絶たれてしまったのだ。言葉を手に入れたことで、人は客観的世界との関係を失った。人は言葉の世界に閉じ込められてしまった。人間ができるのは、欲望をつくりだすことだけである。真理は欲望の対象ではなく原因なのだ。人が真理を欲望するのではない。真理が人を欲望させるのだ(真理の追究といっても言葉をつらねているだけ。真理はけっして手に入らない)。教理は欲望をつくりだす。その欲望のひとつが、優れたものを手元に残し劣ったものを排除したいとする欲望である。


72、 692 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 16:08:05 ID:yPuEDcac

実相と現象の二項対立をまず立てる。実相を優先項とし、現象を劣位項とする。つぎに優先項を純粋現前させるために、劣位項である現象を「ない」といって排除する。すると実相だけが残り、実相は純粋現前される。実相独在の完成。毎度おなじみの二項対立そのものではないですか。


73、  697 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 16:22:09 ID:yPuEDcac
二項対立というのはですね、ずっと二項対立が続くのではなく、片方だけが最後に残るのですよ。必ず最後は優先項の独在ということになるのですよ。二項対立というのは優先項を独在させるための方法なのです。この方法をまねる信徒がいるということです。


74、 701 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/17(土) 16:35:45 ID:WlkTGXxk

実相独在を示すにあたって雅春先生は二項対立を用いておられます。信徒それをまねるといっておるのですよ。二項対立をまねることで信徒による排他性や暴力性が発揮されるといっておるのですよ。


75、 719 :曳馬野 =マサノブ:2015/10/17(土) 19:20:51 ID:QbJFCpk.

理屈と力で結果を変えることは可能ですが、教の世界ではないです。岡講師も理屈で質問するのでなく、真理の実践により自ずからの結果を出したらいいでしょう。本流さんも力によるのでなく自ずからの世界を実現してみて下さい。誰一人出来ないということですと生長の家の教えの信憑性に傷がつくというものです。トキさんも理屈を云う暇に教えの正しさを証明して見られたら良いのではありませんか。


76、 725 :曳馬野マサノブ:2015/10/17(土) 22:16:19 ID:QbJFCpk.

欲せざるもの好ましからざるもの自ずから去る。と真理の世界ではなると云いながら、雅宣総裁が去らない、変わらないから世間に恥さらしながら力尽くで退かそうとしているのではないですか。


77、  727 :曳馬野=マサノブ:2015/10/17(土) 22:31:57 ID:QbJFCpk.

【欲するもの好ましきもの自ずから集まりきたり、欲せざるもの好ましからざるもの自ずから去る。】
本流さんも力によるのでなく自ずからの世界を実現してみて下さい。誰一人出来ないということですと生長の家の教えの信憑性に傷がつくというものです。トキさんも理屈を云う暇に教えの正しさを証明して見られたら良いのではありませんか。【欲するもの好ましきもの自ずから集まりきたり、欲せざるもの好ましからざるもの自ずから去る。】を証明してもらいたいものです。


78、 728 :曳馬野=マサノブ:2015/10/17(土) 23:14:51 ID:QbJFCpk.

雅春先生の言葉そのものが、人間の限界を説き神頼みになっていませんか。しかし神想観の指導では何でも自由になると説く、こんなことも教えへの疑問点になりましょうか。雅春先生こそ『言行不一致の元祖』となりませんか。




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<総括>


@ 以上のマサノブ君の投稿文の流れを見ると、彼が現在、完全な守勢に立たされており、如何にして自己弁護するかに執心しているかがハッキリと読み取れるのであります。イライラ・カリカリ、彼の神経は異常な狂乱状態を呈しているのであります。


A マサノブ君は、盛んに「純粋教理批判」君や「曳馬野」君に「自分はマサノブではない」と言わせているつもりですが、誰もそんなことは信じてはおりません。一般信徒は言うに及ばず、幹部信徒であってもこの様な哲学まがいのヘリクツ論争を書ける人はいないことは明白であります。したがって「純粋教理批判=曳馬野=マサノブ」であると断定できるのであります。


B 理屈だけでは真理の奥堂へは入れない。この様な基礎的なことすらマサノブ君にはわかっていないのでります。彼は、宗教や信仰の世界とは縁遠い学者・評論家の世界の人間であります。こんな総裁は不要であります。即刻辞職して教団から立ち去るのが常識であります。民間会社であれば、業績の急落赤字化、再建見込みなしの経営者は全部責任を取っています。マサノブ・イソベ・ユキシマ君が責任を感じていないのは「教えの持つ排他性と暴力性」のためで、自分らには責任はない、とヘリクツ議論を並べてでも自己弁護をつづけるのでしょうか? そのような考えは世間では通用しないのですぞ!


C 今回の一連の『狂乱総裁』マサノブ君の投稿記事を通じても解りますように、マサノブ君は、絶対に自説を曲げない、ヘリクツを言ってでも最後まで自説を押し通して反対論者を排除するところの異常な性格の人間である事がわかるのであります。その強烈な性格は常識外れ、マサに『狂乱』状態であります。このままでは死ぬまで『生長の家』看板の横取り使用をつづけていくことでしょう。表装と中味の違う商品を平気で売り続ける「マサノブ詐欺商法」を平気で続けて行くでありましょう。


D この様な『狂乱総裁マサノブ』君に居場所を与え続けている「トキ管理人」氏も不可解であります。最近では、マサノブ君の常軌を逸した言行には我慢出来ないらしく、相当厳しく意見を言っておりますが、「トキ管理人」氏は、あくまでもマサノブ総裁の維持と温存を考えているようですし、マサノブ君を追放することには賛成していないように見受けられます。態度が曖昧模糊といった相変らずの蝙蝠軍団的色彩が強いようであります。だから、「トキ掲示板」は中々、閉鎖されないのであります。優柔不断な人だと感じるのでありますが、『狂乱総裁』を辞職にもっていくためにも、速やかに「トキ掲示板」を一時閉鎖されんことを望むものであります。



2016-01-24 16:45 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「幸せは今ここに」 北尾巳代次先生<第三十回・最終回>
2016年01月23日(土)




御高弟著作シリーズ 



「幸せは今ここに」 



北尾巳代次先生



<第三十回・最終回>





 
国を愛する少年達




ドイツの少年

 私は昔『愛国心』という冊子を読んだことがありました。
 それは第一次大戦の直後で、ドイツは戦いのために全国土が完全に焦土と化してしまった時です。

 日本の陸軍武官の一人がある日ライン河を船に乗って遡って行きました。船の中には連合軍の軍人やドイツ人が20人余り乗っていました。その中に、どこかに旅行でもするのか、弁当を抱えたドイツの少年達が4、5人、みすぼらしい姿で乗っておりました。

 河の両岸には戦争の傷跡が、そのままなお生々しく残されていました。やがて目的地が近くなったのか、その少年達は立ち上がって輪になって何か話し合っていましたが、突然皆脱帽して低い声で歌を歌い始めたのです。静かな荘重なリズムでした。すると、船の中のドイツ人達が皆この少年の周囲に集まって来て偕に合唱し始めたのです。誰の目にも涙がほとばしり流れつつ。

 この武官はこの歌が何であるか暫くは知りませんでしたが、傍らの外人が英語で説明してくれました。
「あれはドイツの国歌です。彼等は今自分達の国歌を歌って泣いているのですよ」

 武官はそれを聞いて、ドイツ人の魂は未だ死んでいない。彼等はきっと近い将来立ち上がるぞ、と思ったと書いてありました。




    中共の少年

 最近、中共が出している宣伝紙の中に、「中共の少年達」という題で、少年運動の一端を紹介した記事がありました。

 街の名は忘れましたが、なんでもある小さな都市で、早朝、街道の中央に大きな穴が開いておったそうです。学校に行く子供達がまずこれを見付けて、その穴の周囲に集って来ましたが、その内の一人が大きな声で命令すると、皆は一斉に散って行ったと思うと、やがて、手に手に縄や棒片(ぼうきれ)を持って帰って来て、たちまちの内にその穴の周囲に木柵をしてしまって、彼等少年隊が最も誇りとする赤いネクタイをその柵の周りに結びつけると、嬉々として登校して行った、というのであります。事件は誠に些細なことですが、読んでいて大層感動させられる話でした。

 最近中共各地を旅行して帰って来られた誌友の大久保恒次さんは、確かに現在の中共は道徳的に立ち直った、とおっしゃっていられます。例えば昔は非衛生の見本のようであった蠅なんか滅多に見られないし、街を歩いていても一人の乞食も浮浪者も観る事がない。泥棒なんか殆ど皆無であって、旅行中に物を盗られたり、失うということが一つもなかった。宿舎に時計や万年筆を置き忘れた人もあったが、次の目的地に着くと正確のそれが戻って来るそうです。日本人の習慣からボーイにチップを包んで渡そうとすると、誰一人それを受け取る者がなく「私達は政府から充分な給与を受けているのですから、余計なものは頂きません」とはっきり断るそうです。これは私達の生活を通してちょっと想像でき難いことです。

 しかし大久保氏の話によると、それでは彼等の生活が、日本人の生活に比して何倍も豊かな生活をしているのかというと、決してそうではなくて、むしろ、私達の何分の一も貧しい生活に甘んじているのであります。例えば彼等の3種の神器と称する物は、トランジスターラジオとか、自転車とか、およそ私達の文化的な生活から見れば10年以上遅れていることは事実なのです。しかしそうした貧しい生活の中に彼等は満足し、客が与えようとするチップすら拒絶するという態度は一体どこにその原因があるのでしょうか。

 それは彼等の生活が極く最近まで極端に貧しく不安定であったということも一つの原因でしょう。しかし本当の原因はもっと他にあるようです。これに関し、中共の少年達の考え方について、その記事の中で感心させられる点が紹介せられています。

 それは彼等はすべて、毛沢東を絶対者だと教えられていることです。従って共産党及び中共大衆のために、更に毛沢東のために生命を捧げることが自分達の使命であると信じ込んでいることです。

 私はこの記事を読みながら、現在の日本の少年達のことを深く考えさせられたのであります。

 第一に、日本の少年達は愛国心についてなんらの指導も受けていないということです。否、むしろ日本を軽蔑し、憎悪する方向に導かれているのではないでしょうか。日本の中心者であられる天皇は公然と批判せられ、少年達の心に尊敬の念を抱かしめる教育はどこにも見られないのです。終戦時に示された天皇の勇気と大御心については谷口先生以外にこれを大衆に知らせようとする指導者が余りにも少なすぎると思います。




   日本の少年

 国旗や国歌を愛するということは、これは民族の本能なのです。現在の日本の現況は極端な偏向教育によって強いて歪められて来ましたが、日本の少年達が、ドイツや中共の少年に比較して国を愛するという点において劣っているとは絶対に考えられないことです。彼等に理想を喪わしめているのは、私達大人のエゴイズムにあると反対せざるを得ないのです。

 ある有力者から聞かせて頂きましたが、橿原市の全小中学校が、今年の祝賀式を中止に決めてしまいました。橿原は建国の聖地として、市長が陣頭に立って紀元節復活を唱え終戦後いち早く建国の日を祝い、新年の拝賀式を自発的に実施してきたのです。ところが今年になって校長会がにわかに中止してしまったのです。

 その理由は橿原だけが実施するというのはおかしいし、自由に各家庭に於いて祝えばいいじゃないか、ということなのです。しかし、本当の理由は、日教組の属する教師の突き上げにあって、校長がなるべく争いを起したくないというエゴによって決定せられたことではないのでしょうか。管理職という立場にある校長の意見がこのように事勿れ主義によって、生徒を教育せられたんでは本当の日本人を造るということは不可能なことだと思われます。

 政治の面を見ても、これと同じことが言えます。国政をあずかる政治家達がだいたい、国民に媚びる気持ちが多すぎるのです。主権在民ということは、徒に国民の御機嫌をとることではないでしょう。上に立つ人は国歌百年の将来を考え、もっと政治に信念を貫いて頂きたいですね。昔は皆政治に生命をかけましたね。憲法問題にしても谷口先生の趣旨に堂々と賛同する政治家が殆ど見当たらないとは何と悲しむべきことでしょう。

 もちろんこれは政治界だけでなく文壇にしても、宗教界にしても同じことで、本当に信念を持って憲法改正や愛国心を発表してくれる人が今のところ余りにも少な過ぎます。一流の有名人と言ってもやはり国民の人気が落ちる事を恐れて行動しているのです。

 こういう大人のエゴに導かれた戦後の少年が理想を失い、モンキーダンスにうつつを抜かすということは当然のことなのです。 競輪、競馬、パチンコ等、子供達の眼に映る大人の生活というものは余りに不真面目過ぎるのです。街ではワッショイワッショイと赤旗を掲げて政治闘争をやっている。新聞を見れば、汚職だ、買収だと醜い記事が多過ぎます。こうした大人の世界の歪みが少年達の心を暗くしてしまっているのです。現在の日本の少年達に道徳性を期待する前に、大人がまず反省して掛らねばなりません。

 昨年の正月、私達生長の家の信徒は団体で宇治別格本山から八幡の八幡宮に参拝致しました。その途中で2、3人の人が山の木を平気で手折(たお)って行くのを目撃しました。私達の一人がちょっと注意すると、彼等は拳を振り上げて殴りかかるような姿勢で、
「貴様のものでもないのに余計な口出しをするな」と大変な剣幕で食ってかかってきました。

 どうも日本人は、こんな時実に勝手な理屈を並べるのです。何時でしたか英国のことを書いた記事がありましたが、あのイギリスという国は土地が非常に痩せていて、個人の家庭では花一本育てることが出来ないのですね。従って農産物の自給自足が出来ないために積極的の工業を興して工業立国として発展した歴史の根底をなしているのですが、それが為に政府が国民のためにいたるところに公園を造り、美しい花を咲かせているそうです。街の人は皆でそれを見て楽しんでいる風景がどこででも見られますが、それだけに公衆道徳に徹しているそうです。

例えば幼児が過って花の一本でも手折ることがあると誰でもコッぴどく子供やその親を叱り飛ばすそうです。そんな時親は自分の不注意を心から謝罪するという習慣がついています。これが日本の場合では、幼児が花を手折るのは当然のことであり、それをとやかく咎めだてするこちらの方がはるかに悪いということになって、注意も何も出来なくなってしまいます。これでは公衆道徳も訓練のしようがないですね。

 だいたい日本という国は万事にありがた過ぎるのです。どんな路地の奥でも一握りの土があれば、花でも野菜でも自由に楽しむことが出来るし、美しい自然の中に清らかな水が滾滾(こんこん)と到る所に湧き出ています。こういう恵まれた環境に慣れて、誰もが皆感謝ということを忘れてしまっているのです。

これも当り前だ、あれも当り前だと、私達の祖先が永い歳月をこの国造りに奉げてこられた労苦に甘えて、どこのも感謝するという心がないんです。旅館のボーイにしてももうチップを貰うのが当り前であって、むしろそれが当然の権利のように思い込んでしまう。これは何もボーイだけでなしに、日本の勤労者の全てが皆その考えになってしまっている。もちろん学校の先生も、仁術を施すといわれた医師も、僧侶も例外でない。ここに日本の不幸があると思います。

 私は日本の少年達を世界の何れの民族のそれにも優っていると信じます。何故なら彼等は大和民族であり、かつ神の祝福を享けた神の子であるからです。彼等の中には祖国を愛する民族の血が流れ、建国の理想に殉じたい憂国の熱情がたぎりつつあるのであります。

私はこれが日本の少年達の本当の姿であると思うのです。
 終戦後の非行少年の激増は占領政策による混乱と頽廃の中に民族の理想を見失わしめた点にあると共に、日教組の赤い先生達はこの現況に対して、自分達の責任を全然感じとっていないようです。愛国心反対、紀元節復興反対、道徳教育反対と政治路線を突っ走っている間に、可愛い子供達は彼等の手から大量に脱落しつつあるのであります。真に少年達を愛するなら、教師はもっと子供達の生活の中に溶け込んで、子供達の真の声を聞かなければなりません。少年達は理解を求めているのです。

日本人としての正しい民族の理想を知りたいのです。世界で唯一しかない天皇中心の国体と、悠久の歴史の真の意義と誇りを知りたいのです。
「自国が他の国から尊敬と信頼を勝ち得ようと思えば、まず自国の国民が、その国の歴史や文化や伝統に対して正しい理解を持ち、これに大きな誇りと喜びと尊敬の念を持たなければならない』とは、世界ユネスコ会議の席上でハンガリーの代表が言った言葉ですが、本当に日本の現状を考える時、誠にその感を深くします。

建設記念日の一つとっても素直にお祝いする気分になれないのでしょうか。考古学から見てどうの、歴史の年代がどうの、敗戦の嫌な思い出がどうのと勝手に並べていますが、本当は白人崇拝の過った観念から来た自己劣等感にほかならないのです。一流の人物だと思われたい人ほどその意識が強いようです。

明治憲法の復元も谷口先生だけが勇敢に提唱していらっしゃいますが、日本人の中に、もっとこの聖なる運動に積極的に協力してくれる愛国者が数多く出て来て欲しいと切に思います。

 日本の少年達も諸外国の少年達に負けずに、道徳的に立派に育つような日が一日も早く実現することを願ってやみません。 (41・7)


平成28年1月23日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




<お知らせ>

北尾巳代治先生の「幸せは今ここに」は今回で終了です。次回からは、同じく、北尾先生の『神様は見てござる』を掲載いたします。




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生長の家」實相顕現の祈り<1>




住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



2016-01-23 18:41 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 御高弟著作「幸せは今ここに」 |

<号外> 別派「マサノブ教」の最新状況 H.28.1.11〜20
2016年01月22日(金)


<号外>



 
別派「マサノブ教」の最新状況 



H.28.1.11〜20





「掲示板」より・・・「マサノブ」君に当てはまる、―――

総裁失格、ブス9か条!


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4413



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「宝塚歌劇団」の壁には、「ブス25箇条」という紙が、いたるところにはってあるそうです。
この中から、マサノブ傲慢総裁に当てはまるものを探しました。(「九条の会」推奨!)
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マサノブ君に見る『ブス』9か条――

@ 笑顔がない、精気がない、目が輝いていない。
A 謙虚さがなく傲慢である。
B 人のアドバイスや忠告を受け入れない。
C 自分がもっとも正しいと信じ込んでいる。
D 責任転嫁がうまい。他人に嫉妬する。
E いつも周囲が悪いと思っている。
F 他人につくさない。他人を信じない。
G 存在自体が周囲を暗くする。
H 自分が『ブス』であることを知らない。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月11日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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マサノブ君の「短文説教」@ ――

その狙いは『新・叡智の断片』か?


=言行不一致であるから、説得力は全然なし=


https://www.facebook.com/pages/%E7%94%9F%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%AE%B6%E7%B7%8F%E8%A3%81/280856148591794



● 1月2日 「自分が一個の肉体だという考えを超えたとき、あなたの中に霊的エネルギーが湧き上がってくる。」

● 1月4日 「やるべきことを先に延ばすな。どうしてもそうしたいなら、手を抜くのでなく困難を選べ。」

● 1月4日  「怒りや憎しみを抱きながら、より良い世界など築くことはできない。目的は手段を正当化しないからだ。」

▼ 「教勢衰退」の坂を転げ落ちて行く現教団の最高責任者でありながら、よくもこの様な『説教』じみたことをシャーシャーと書けたものだ。「教勢衰退」の責任を全然感じていないということは、マサノブ君の神経が極めて異常なる分裂状態にあると云うことである。普通人の感覚で言うならば、組織建て直しに全精力をつぎ込んでいる時には偉そうにこんな「説教文」など書けないのである。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! 
■■


平成28年1月12日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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マサノブ君の「短文説教」 A ――

その狙いは『新・叡智の断片』か?


=言行不一致であるから、説得力は全然なし=


https://www.facebook.com/pages/%E7%94%9F%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%AE%B6%E7%B7%8F%E8%A3%81/280856148591794



● 1月5日 「唯一絶対の神には、戦うべきものはない。だから、“聖戦”や“神の戦い”などは人間の妄想であり、存在しないのである。」

● 1月8日 「あなたの良心は、今の自分の生き方が低俗なのか神聖かを知っている。だから、その内部神性によく聴いて、必要ならば正しく方向転換しよう。」

● 1月8日 「あなたの苦痛や苦悩を美化してはいけない。美化すれば、さらなる苦悩を呼び寄せるだけだ。」

▼ マサノブ君は、「唯一絶対の愛深き神」を信じてなんか居ない。「唯一独裁の神」、「無慈悲冷徹の神」、「唯一金権の神」を信じているのである。彼の今までの歩んで来た道がそれを示しているのである。
▼ マサノブ君は完全な「神性隠蔽」状態。内部神性の声など聞えるはずもない。だから、――
▼ マサノブ君は真理に反する自己の言動に対する苦痛や苦悩に不感症になっているだけだ。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月13日

 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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マサノブ君の「短文説教」 B ――

その狙いは『新・叡智の断片』か?


=言行不一致であるから、説得力は全然なし=

https://www.facebook.com/pages/%E7%94%9F%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%AE%B6%E7%B7%8F%E8%A3%81/280856148591794



1月11日 「人生は神の御業(みわざ)を完全には反映していない。しかし、全く無関係でもない。それを神の御業に近づけることは、だから神の子である私たちの喜びなのだ。」

1月10日 「私たちは、儀式や祈りによってのみ神に触れるのではない。実にあらゆるところに、神は在(いま)すのである。」

1月8日 「情報は、あくまでも情報に過ぎない。真実を反映しているとは限らないのである。」

▼ マサノブ君の屁理屈――「森のオフィス」は、神の御業の雛形の現実化で、これほどうれしく生き甲斐を感じることはない。
▼ 形式にとらわれない自由な感性、神は普遍の存在――『實相額』隠しと『大自然崇拝教』へ変更の屁理屈!
▼ 信徒の質問に答えられないマサノブ君!「掲示板」情報を信頼するな!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月14日

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・今年1年で生長の家の将来が決まる!

教団内世論の変化!


☆再建のためには、谷口雅春先生の教えに戻るしかない。☆


トキ掲示板(本流対策室/6) ― 現教団幹部の大勢意見!

▼ 本年度は五カ年計画の最終年度になります。 来年からは新しい五カ年計画が始まります。

▼ ここが、現在の教団が滅びるか、生き残るかの境目になります。もし、現在の方針の延長、つまり環境偏重、個人救済軽視、ご皇室への軽視、本部への権限集中それに谷口雅春先生の教えの軽視が続くと、もはや結論は決まります。5年後、次の五カ年計画を立てることはなくなるでしょう。

▼ マサノブ総裁の実質的な更迭か、それとも組織の崩壊か、です。

▼ 教団本部は、運動論でなんとか組織が再建できるかと考えている節はあります。が、それはナンセンスで、運動論には限界があると考えています。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月15日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・・・破壊と蕩尽・狂乱独裁そしてーー

『消去居士』のマサノブ君!


=雅春先生の息の掛かったもの、全部消去するのか?=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4447


@ 原宿本部を消した。 ⇒ 「森のオフィス」に代えた。
A 御神像も消した。  ⇒ 芸術品に格下げ。
B 「七つの燈台」を消し、「神示祭」を廃止 ⇒ 「七重の塔」へ。

C 鎮護国家・住吉大神を消した。 ⇒ 空想的「世界平和」へ転換
D 「實相額」を消した。 ⇒ 「雑木林」に礼拝。

E 聖典「生命の實相」を消した。 ⇒ マサノブ著作物重視へ転換。

F聖経『甘露の法雨』を消した。 ⇒ 「大自然惨禍」経、「観世音菩薩惨禍」経、「万物調和六章経」に代えた。

G 「国家」概念を消した。 ⇒ 「国家・民族を超え」へ転換。

H 「愛国心」を消した。⇒ 国防法案を「戦争法案」として廃棄主張。

I 「生長の家」完全解体・『御教え』抹殺へマッシグラ ⇒ ⇒ ⇒
  ⇒ 「日本精神」、「大和魂」、「聖なる霊性」なき日本人を創成。

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を!
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平成28年1月16日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

あくまでも冗談ですよ


=しかし、ジョウダンから駒が出ることもある!=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4453



マサノブ君、「生長の家」解散の辞
<< マサノブ総裁 我が生長の家は後継者がありません、今日で解散します。幹部の皆さん、信徒の皆さん、ご苦労様でした。 全施設は売却して私と妻の慰労退職金にします。皆さんにも退職金、少しあげる。。あとは、それぞれ生きて行ってください。以上、解散!>>

マサノブ君は心中、秘かにほくそ笑む!『これで「生長の家」解体と『御教え』の地上抹殺と言う吾が宿願は完成した。 ウレシイ! 楽しい! ワッハッハ! ワッハッハ!』

信徒A曰く、――
『マサノブ君は信じてないが、霊界では「閻魔の照魔鏡」と「くもの糸」が待ちかまえているのに・・・知らんが仏とはこのことだ!可哀相にのう・・』

信徒B 曰く、――
『これで、真生「生長の家」は大復活する! マサノブ君、ご苦労様!』

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月17日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・「和解」の何たるかがわからない?

情けない、マサノブ総裁!


=分からなければ、総裁辞職しかない=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=23



マサノブ君、曰く、――相手は私を辞めさせようとしてるんですよ。そういう相手と和解などできるわけがないではありませんか!

答え、――そう云う場合は素直に辞めれば良いだけの事です。
辞めて、大好きな自転車なり、ライフワークに没頭すれば、正しく我が世の春です。

▼ 妥協が通用する程、信仰の世界は甘くない。。
▼ 「マサノブ教」は、虚の説!
▼ 法燈継承を自称しながら、「マサノブ教」が虚説である事がわからぬニセ総裁!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月18日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」よる・・・マサノブ君を包む、―――

暗い陰気の波動(悪霊憑依)!


=精神鑑定を受ける必要があろう=


http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=56



▼ マサノブ君は、すみやかに「生長の家」の看板を返上し、環境評論家へ転身すべき!

▼ マサノブ君は、一度 精神鑑定を受けるべき!
▼ マサノブ君の天皇陛下不遜の発言は彼の全身を すっぽりと囲んだ暗い陰湿な波動を感じる!

▼ 正常な神経を持っていないマサノブ君との和解は不可能!

▼ 「マサノブ教団」残っておられる皆様、現実逃避は止めましょう!
  
▼ 内部からでも一斉に「マサノブ追放」の声をあげればよいのです!

▼ フェイスブックに ジュンコ君の 弁当の写真が何十枚も載っています。

▼ こんなものを載せ続ける意味が全く分からない!
▼ 夫婦揃って精神鑑定のため要入院!

■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月19日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

マサノブ君、総裁失格!


=表現は辛辣、されど本質を突く「異才・トンチンカン」氏=



<トキ掲示板・挨拶板> 2220 :トンチンカン
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「阿呆」、「気違い」、「スパイ」・・ 「マサノブ爺さん」が好んで使う≪常用コトバ≫!!
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▼ 「回答」にコマッタ時に発射する、<威嚇弾>なのであります!!
▼「相手」をバカにする態度を示すことで、ゴマカシに掛かる<常用手段>なのです・・
★★ マサノブ君にはこれくらいのお灸が必要なのです!

(参考)
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2218 :神の子さん (=マサノブ)
これが「宗教組織」の トップ の実の姿なのであります!! 私が誰かわかるようにしてもこんな阿保なことを書くトンチンカンは「気違い」又は「生長の家を壊そうとする」スパイです。それを放置するトキ管理人も悪意のある人間です。
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■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月20日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒




2016-01-22 15:05 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 号外NO 2 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.23
2016年01月21日(木)







開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.23






[864] 『狂乱総裁マサノブ』君は、遂に最後の言葉を書いた ――― 「谷口雅春先生こそ言行不一致の元祖だった」と。こんな裏切りニセ総裁は即座に破門! 即刻、『生長の家』から立ち去るべし!

武蔵坊弁慶 - 2015年10月18日 (日) 15時14分



昨日の「トキ掲示板・『部室板/4』」に於けるマサノブ君の書きこみ件数は40件、此処3日間の合計は、実に120件、朝から晩までパソコンを睨んで書き続けているのであります。その『狂乱総裁マサノブ』君も、“狂乱”昂じて最後の言葉を吐いてしまったのであります。このことは、極めて重大な失言であります。否、彼の本心であります。現教団の信徒の皆様、ここまでマサノブ君が言ってもまだ黙って「聖使命会費」を納め、『狂乱総裁』をお護もりしましょう、としてゆくお積りですか?



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728 :曳馬野(=マサノブ):2015/10/17(土) 23:14:51 ID:QbJFCpk.

<<  このままでは、生長の家は消えてしまい、日本の危機、世界の危機は救われない。今起たずして何時(いつ)起つべきか――という思いなのです。(岡講師)』、『このままで行けば、日本の国はつぶれるより仕方が無いということになっているのであります。誠に残念なことです。・・・私はこの日本の国を、なんとかこの日本の国を良くしたいと思っても人間の力ではどうすることもできないぎりぎりのところへきているのです。・・・そこで、どうしてもこれは神様のお力を呼び出してきて、そしてその日本人の魂の世界を浄めるより仕方が無いというときに来ているのであります。(雅春先生)』、「私はこの日本の国を、なんとかこの日本の国を良くしたいと思っても人間の力ではどうすることもできないぎりぎりのところへきているのです。・・・そこで、どうしてもこれは神様のお力を呼び出してきて、そしてその日本人の魂の世界を浄めるより仕方が無いというときに来ているのであります。」(神頼み)。『如意宝珠観』より、――― この大調和の実相の大海原に宮柱太しく立ち、甍高く聳えたり、ここ竜宮城なり。綿津見の神の宮なり、鹽椎の神の宮なり、一切の宝周く満ち、一切の調度尽く七宝もて荘厳せり。・・・われ今此処竜宮城に坐して、鹽椎の大神より如意宝珠を得たり、吾が全身如意宝珠なり、光明燦然として十方世界を照らす、十方世界光明遍照、・・・(人間の自由)。この雅春先生の言葉そのものが、人間の限界を説き神頼みになっていませんか。しかし神想観の指導では何でも自由になると説く、こんなことも教えへの疑問点になりましょうか。岡さんは如意宝珠を得ているのでしょうか。雅春先生こそ『言行不一致の元祖』となりませんか。 >>

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<講評>


@ 『狂乱総裁マサノブ』君の言いたいのは、開祖・谷口雅春先生は、「如意宝珠観」で「わが全身如意宝珠なり、塩満の珠なり、汐干の珠なり、欲するもの好ましきもの自ずから集まりきたり、欲せざるもの好ましからざるもの自ずから去る」、と祈りながら、一方で「人間の力ではどうすることもできないぎりぎりのところへきているのです。・・・そこで、どうしてもこれは神様のお力を呼び出してきて、そしてその日本人の魂の世界を浄めるより仕方が無いというときに来ている」と云っているのであるから、「實相観」と、この「神頼み」(人間の非力の露呈)とは矛盾しているのである。だから、雅春先生は「言行不一致」であるではないか?と批判して、こともあろうに、開祖・谷口雅春先生を“言行不一致の元祖”呼ばわりをしたのであります。


A 『狂乱総裁マサノブ』君は、教えの後継者であるといっているが、彼は、――

1、開祖・谷口雅春先生の真の愛国者としての御情熱が全然理解できていない。わからないのであります。尤も、サヨク唯物現象論者としての彼には理解することを期待するほうが無理であるのであります。

2、マサノブ君はいつものごとくに實相と現象とを混同して考えているのであります。この考え方がマチガイである事が解らない。そもそも、「實相」と「現象」とを二項対立の言葉としてしか捉えられず、この二項対立の言葉が「排他性」と「暴力性」を生んで混乱を生じさせていると云うのが彼の信念でありますから、何を言ってもムダであり、どこどこまでも自己の主張を貫き通す非常に厄介なレベルの低い人物と成り下がってしまっているのであります。

3、マサノブ君には、實相が現象化してくるためには、時間がかかるという事がわかっていないのであります。こんな簡単なことすら理解できていないのであります。實相の現象化する時間は、多くの人たちの想念が入り乱れている問題ほど時間がかかるのであります。順念と逆念の拮抗作用の要素が多い「日本国實相顕現」という事柄に於いては、實相が現象化してくる時間がどれほどかかるかは断言できないのであります。断言できないけれども、實相の現象化への努力過程がそのままそれに携わる個生命の進化を促進していく霊的効果は絶大なものがある事――― このことにマサノブ君は思い至っていない、それほどマサノブ君の霊的生命の開発度は極めて低いレベルに留まっているといえるのであります。


B ここ一週間くらいの間に於ける『狂乱総裁』マサノブ君の、開祖・谷口雅春先生とその『御教え』に対する批判と否定の「トキ掲示板」に於ける所謂、<語録>なる者を以下、列挙いたします。



1、 2743 :曳馬野=マサノブ:2015/10/09(金) 06:18:08 ID:y7R7X4O2

【【顕われのみを見ず、実相の完全さを見つめ、観じ、祝福することを継続するなら ば、実相の完全さが、必ずやがて顕われて来るに相違ないのである。】】この言葉は耳触りが良くても、実現不可能であることを雅春先生、清超先生自ら証明しているのではありませんか?


2、 178 〜183:純粋教理批判=マサノブ:2015/10/09(金) 15:54:51 ID:yPuEDcac

 自分はきれいごとを並べ立てるという姑息な手段を弄して逃げ切りを図るような真似をしておきながら、相手が逃げられぬようにと公開で質問する根性を図々しいといったのですよ。

 公開の質問が意図するのは相手を逃げられぬようにすることです。

 公開質問状を送ったからといってそれが正々堂々であるとおもったことは一度としてないですね。相手を追い詰める手段としてこれほど強力なものはない。このように考えるからこそ公開で質問するのだとばかりおもっておりました。

 質問を公開でおこなう意図とは何か。正々堂々ぶりを示すためか、退路をふさぐためか。

自分はたえず退路を用意しておきながら相手の退路はふさぎにかかる。こういう人間は図々しいをとおりこして非情というしかないでしょう。公開質問状のあとにはド派手なキャンペーンがくりひろげられたようです。名づけて「ほらやっぱり答えられないキャンペーン」。


3、 192 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/10(土) 09:25:44 ID:yPuEDcac

復興Gさんという人は議論で負けそうになると(返答に窮すると)議論とは関係のない「きれいごと」をいいはじめる人なんですよ。情に訴えることで読み手である生長の家の人々の支持をとりつけるためです。復興Gさんの書く「きれいごと」を読めばたいていの読み手は「なんと素晴らしい」となるわけです。
復興Gさんは勝ったも同然です。「きれいごと」という切り札を持ち出された相手はもはや負けを認めるしかありません。


4、 197 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/10(土) 12:09:31 ID:yPuEDcac

教理にひそむ排他性ということをわたしはいっております。総裁がどう考えておられるのかはわかりません。総裁は教理の排他性を認識しておられるのではないかとは推測しております(具体的な表現はおそらくなされていないでしょう。表現するにはソシュールの言語学から学びを開始するよりほかはないからです)。


5、 241 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/10(土) 17:46:09 ID:yPuEDcac

生長の家の教えとは神を飼いならしてみずからの利益につなげようとするものではないでしょうか。・・・光明思想にあまりに慣れ親しんでしまうと、怖れるべきものがわからなくなる。そんな気がしてなりません。


7、 5934 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/09(金) 22:59:44 ID:yPuEDcac

実在でないものが消えるということは、実在でないものがいったんは現れるということですね。これはどういうことなのでしょう。


8、 5937 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/10(土) 08:49:25 ID:yPuEDcac

仏教は宗教か。わたしはちがうとおもいます。仏教は宗教ではない。では何かというと、仏教とは学である、学問である。物質体を研究する学問である。物質体には精神でさえも織り込まれている。ユングのいう集合的無意識とは物質体をいう。仏教は森羅万象を生みだす物質体を研究する学である。物質体には宇宙の全叡知がきざみ込まれている。物質体を研究すれば宇宙がわかる、精神がわかる、真理がわかる。霊は霊のことしかわからない。霊は物質がわからない。心もわからない。物質は物質のことしかわからない。物質は霊がわからない。心もわからない。霊のことも物質のこともわかるのは心だけである。心は霊がわかる、物質がわかる。仏教の主体は心ということがいえるのかもしれません。


9、 5938 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/10(土) 09:42:46 ID:yPuEDcac

いかなる霊的存在であっても宇宙を体験することはできない。神といえどもできない。宇宙を体験するには肉体をまとう必要がある。物質を体験できるのは物質だけだからである。宇宙を体験できるのは人間だけである。


10、 260 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/11(日) 20:27:28 ID:yPuEDcac

論点が多岐にわたっておりますが、本筋は今起きている問題をいかにして解決するか、ということです。
総裁をいくら批判しても問題は解決しない。問題がなぜ起こったのか、原因を解明しないかぎり解決はない。
原因は総裁個人にあるのではなく、言語が本来的に持っている排他性、暴力性にある。総裁は排他性や暴力性の犠牲者である。上記の理路を追っていくことでしか問題は解決しない。以上がわたしの主張です。総裁をいくら批判しても問題は解決しない。このことをまずは理解する必要があると考えます。


11、 284 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/12(月) 00:31:03 ID:yPuEDcac

ソシュール以降の現代思想を知らない人は時代錯誤的です。まずはソシュールから勉強してください。
中心はないです。相互作用と非局在性。これが真理です。


12、 293 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/12(月) 07:55:39 ID:yPuEDcac

批判ではなく批評してあげましょう。すでに述べたように、質問状の内容はたしかに「あの程度」といっていい代物です。質問1にかんしていえば、あれはソシュールの問題です。ソシュールを勉強してください。これだけです。質問2 中心があるというのは錯覚です。中心はありません。中心がないのだから中心帰一もない。中心帰一が真理だとおもったことは一度もありません。質問3 わたしは原発の安全性にたいして責任をもてません。責任をもてるという人が推進すればよいでしょう。放射性廃棄物を背負い込まされた後代の人々にたいする責任をいかにして果たすのか、質問4 ムスビの力を阻んでいるのは言葉の排他性と暴力性です。言葉にはムスビの働きもありますが、ダークエネルギーのような斥力もあります。ダークエネルギーの斥力に誰も気づかないように、言葉が本来的にもつ排他性と暴力性にほとんどの人が気づいていない。これが問題と考えます。


13、 295 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/12(月) 09:00:53 ID:yPuEDcac

言葉の排他性や暴力性を自覚し、そのうえで総裁にたいして為した行為をふりかえり反省すればよいのでは。


14、 5938 :純粋教理批判 =マサノブ:2015/10/10(土) 09:42:46 ID:yPuEDcac

いかなる霊的存在であっても宇宙を体験することはできない。神といえどもできない。宇宙を体験するには肉体をまとう必要がある。物質を体験できるのは物質だけだからである。宇宙を体験できるのは人間だけである。


15、 299 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/12(月) 15:17:45 ID:yPuEDcac

総裁は逆境をバネにして理想の教団をつくろうとしておられるとおもいます。努力はしておられるはずです。
総裁はバサラの精神を生きておられるようにもおもいます。わたしのいうバサラの精神とは、その時代にあっては多くの人々の非難を浴びながらも後代において評価を受けるであろう生き方です。総裁には後代において評価をうける生き方をしていただきたいとおもいます。


16、 300 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/12(月) 15:31:53 ID:yPuEDcac

なにをさておいても唯一の課題は今おきている問題をいかにして解決するかということだろうとおもいます。総裁がムスビということをおっしゃられたからと言って、総裁にムスビの実現を求めるような手法がはたして有効であるのか、ということです。わたしは逆効果だとおもいます。


17、 317 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/12(月) 19:34:04 ID:yPuEDcac

賭け金についての質問――ー 総裁と復興Gさんが議論して総裁が負けた場合と復興Gさんが負けた場合とではどちらが失うものが大きいか。――答え 総裁の失うもののほうが圧倒的に大きい。――― 総裁と復興Gさんが議論して総裁が勝った場合と復興Gさんが勝った場合とではどちらが得るものが大きいか。――答え 復興Gさんの得るもののほうが圧倒的に大きい。――― 総裁がなぜ答えないのか、理由はあきらかでしょう。賭け金をおなじにするのはまず不可能。質問の意図はなんだったのでしょう。


18、 337 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 00:31:55 ID:yPuEDcac

外部の痕跡あるいは謎(エニグマ)と内部の実相との相互作用で世界は創造されている、というのがわたしの考えです。


19、 341 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 09:42:17 ID:yPuEDcac

総裁説をおかしいと感じられるのは内部と外部を混同しているからです。内部だけでいえばじめに実相だけがあった。「ただある」だけであった。外部からの介入によって実相は収縮し「ない」が生じた。「ない」が生じたことで内部に動きが生じた。この動きがあってこそ天地は創造されるのですよ。雅春先生がいっておられる住吉大神とはおそらく「ない」の働きでありましょう。欠如こそが神であると考えますので、おそらくそういうことなのでしょう。したがって、神にも外部の神と内部の神があるということです。しかもこれらの神はけっしてふたつのものではない。「ないの働き」とはすでにつねに身をかくしておられる外部の痕跡です。総裁は外部の神の痕跡をとおして外部の神を祀ろうとしておられるのではないでしょうか。問題があるとはおもえません。


20、 384 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 14:13:44 ID:yPuEDcac

ムスビを阻害しているのは教理にひそむ排他性である。これがわたしの主張です。


21、 392 :純粋教理批判:2015/10/13(火) 15:02:07 ID:yPuEDcac

内部に限定したときに「総裁説」には矛盾が生じるのかもしれません。外部を導入することで矛盾は消えるはずです。ゲーデルの定理とは、外部なしの完全な証明は成り立たないというものです。教理に照らせばたしかに矛盾が生じるのかもしれませんが、外部を導入することで矛盾が消えるとすれば、これは何を意味しているのでしょう。完全なる真理を実現するには外部が必要である。


22、 394 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 15:13:29 ID:yPuEDcac

「虚説を排撃しましょう」、「虚説はない説だから消えるしかない」といってしまった人を教団は受け入れるでしょうか。


23、 395 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 15:34:03 ID:yPuEDcac

言語がもつ排他性や暴力性に気づけばムスビは実現します。
この答えのどこがいけないのでしょう。


24、 396 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 16:06:41 ID:yPuEDcac

「形而上学ではだめだ。形而上学は暴力だ」と考える人々がヨーロッパには少なからずいるはずです。日本にはヨーロッパ的な意味での知識人がいない。おそらくこういこうことなのではないでしょうか。


25、 398 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 16:56:14 ID:yPuEDcac

「現象はない。暴力はない」といったところでこれも形而上学です。形而上学は暴力です。「現象はない。暴力はない」といいつつ暴力をふるっているようなものです。


26、 399 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/13(火) 17:21:32 ID:yPuEDcac

日本人は形而上学の暴力性に気づいていない。ヨーロッパからは100年おくれている。答えはカンタンです。出ていった人たちが形而上学の暴力性に気づかないかぎり和解はない。暴力性に気づかぬかぎり、ひとつになったところで暴力はつづきます。


27、 407 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 00:44:30 ID:yPuEDcac

訊けさんの異様なる振る舞いは教理がつくりだしたものだ。訊けさんのごとき異様な振る舞いをする人物たちに総裁は囲まれていた。いったいどのような思いでおられたのだろう。いかに迷惑がられようとも味方をせずにはおれない。


28、 413 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 07:37:25 ID:yPuEDcac

人は通常、過去の行状で人格をはかられます。過去の行状において人格的に問題があるとされた人は、それだけで一段ひくくみられます。このことだけは覚えておいたほうがよいですよ。


29、 422 :生長の家の教えとは何=マサノブ:2015/10/14(水) 09:06:08 ID:KduWK3zY

天之御中主の神、高御産巣日神、神産巣日神、伊邪那岐神、伊邪那美神、住吉大神、生長の家大神等やまほどある神と、万物を支えている宇宙に唯一つ存在すると云われる神とはどんな関係でしょうか。神想観では万物共通の宇宙いっぱいの神そのままの姿を描き溶け込みます。神は全てのすべての唯一語で実在そのものになっている時に、龍宮海より引っ張り出してきて九州住吉本宮にお祀りしている住吉の大神はどんなものとして存在するのでしょうか?龍宮住吉本宮の住吉の大神と、この全宇宙を支えている私たちの本物の神とはどんな関係でしょうか?


30、 424 :純粋教理批判=マサノブ:2015/10/14(水) 09:25:09 ID:yPuEDcac

総裁説はわたしの基準では正しいということです。総裁の基準で正しいとはいっておりません。総裁説は教えの基準に照らせば矛盾があるのかもしれないが、わたしの基準に照らせば矛盾がない。こういうことをいっておるのですよ。総裁説がテーゼで教えがアンチテーゼであるとしも、わたしの基準でアウフヘーベンすれば矛盾がなくなる。こういうことをいっております。



(つづく)


2016-01-21 16:33 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.22
2016年01月20日(水)








開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.22






[738] マサノブ君は、自称・総裁と言っているが、大したことはない。この程度の真理の理解力しかない! やはり『辞職』して貰わねばならぬ・・・

上泉信綱 - 2015年10月04日 (日) 20時29分


「トキ掲示板」(「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2)より・・・


2707 :曳馬野(=マサノブ) :2015/10/03(土) 09:22:13 ID:JPiKJZkg

今ある其の儘の事実と意識された事実と思っているものとは違います。死もなくなると云われている聖経の世界には生まれ変わりはありません。それぞれの道を行きましょう。



******************




マサノブ君は「曳馬野」というハンドルネームを使って、又、中途半端なことを言っている。聖経『甘露の法雨』には、人間には「死」はナイと書かれている。だから人間には「生まれ変わり」(再生=輪廻転生)はないのだと云っているのである。

この書き方であると、この世(三次元現象世界)に生きている人間は死んでも転生などはしないと云う意味になるのであります。
(一応、「聖経の世界」と注釈を付けてはいるが、はなはだ意味が不明瞭である。)

したがって、マサノブ君も年老いていつかは死ぬでしょう。しかし、マサノブ君は人間には転生なんてあり得ないといっているのであるから、彼の個生命としての魂は一体どこへ行くのでありましょか? まさか、宇宙大生命の生命の海の一滴の水のごとく個性を没してその中へ混入して消えてしまう、とでも考えているのであろうか。この考え方は、『生命の實相』を正しく読んでいない者の考えで完全なマチガイであります。



『實相世界において、具体的な久遠生き通しの実在として生きている個生命としての實相人間には、“死”というものはない。この實相人間である個生命は、無限の進化向上(無限の實相顕現)を目指して、その生命進化道場である三次元世界へ自己の完全な自由意志のもとに肉体人間として出生してきて、一定の生命進化(實相顕現)の階梯を昇る。所期の生命進化過程を卒業すれば、肉体を捨てて霊界に戻り、次の生命進化の段階へ移る。地球世界へ再度生まれ変わるか、地球以外の別の天体へ生まれ変わっていく。完全な自由意志の下において、時には宇宙の摂理の作用によって。

かくして、實相人間は久遠生き通しの永遠生命であって死はないが、無限の進化向上を目指して“道場修業”のための修業着(肉体)を着て地上に現われてきた肉体人間には、「肉体の死」はあり、生まれ変わり(輪廻転生)が存在するのである。』

『實相哲学では、實相としての人間は今此処實相世界において、久遠生き通し、輪廻転生しないが、仮の相としての化現の人間は「想念に従い、時にしたがい、必要にしたがいて肉体と境遇とに様々な状態」(『甘露の法雨』)に輪廻転生をする』と云うことであります。



このように、解り易く行き届いて、マサノブ君は何故説かないのであろうか? 察するに、宗教的な幾多の法罪を犯したマサノブ君は、死後、“閻魔の照魔鏡”の前に行くのが恐ろしいのである。

そして、霊界での苛酷な修行が待ち構えているのを潜在意識的に怖れている。「蜘蛛の糸」をよじ登ろうとしても、イソベ若頭やユキシマ金庫番までもが救われたいと続いてよじ登ってくるため、その(法罪の)重みに絶えかねて「蜘蛛の糸」は切れ続ける・・・無間地獄の住人3人・・・

このやがて来るであろう恐怖感から逃れたいために、マサノブ君は、必死になって「輪廻転生」の観念を払拭したいのが本音? 宇宙生命の海の水に溶け込んで大罪を免れたいとの願望! しかし、この世の如何なる独裁者といえども、悪因悪果の因果律の法則、罪障消滅のための輪廻転生は決して免れることは出来ないのである。





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[849] 「生長の家『御教え』教義」を完全否定した『狂乱総裁』マサノブ君!! イソベ若頭・ユキシマ金庫番・オオツカお飾り雛――― 「殿、もはやこれまで。お身をお引きあそばせ。 我ら三人、追い腹切って『蜘蛛の糸』まで、お供仕ります。」

塚原卜伝 - 2015年10月16日 (金) 15時56分




初めにもうしあげておきます。ここ数日間のマサノブ(自称)総裁の「トキ掲示板」の投稿記事の本来の『御教え』否定記事の内容は、信徒たちを蚊帳の外に於いての、パソコン大好き人間の当事者間のゲーム感覚のお遊びに耽っている感じであります。マサノブ君は、ハンドルネームを『純粋教理批判=曳馬野=神の子さん、その他』を使って、「訊」君その他を議論に曳きこんで、サヨク唯物現象論でお遊び問答を繰り返して、パソコンにかじりついて異様な狂乱振りを呈しております。したがって、そのサマは『狂乱総裁マサノブ』としか言いようがないのであります。


このままでは、信徒の皆様は、マサノブ君流の洗脳へと引きずり込まれていくでしょう。我らは、それを傍観視していてはならないのであります。当掲示板の冒頭にある通り、

<< われわれは天地一切のもの(実在)と和解しなければなりませんけれども、虚説に対して和解してはならないのであります。虚説に和解したら実相をくらますことになります。虚説を容れることをもって寛容と和解の徳があるように思うのも間違いであります。虚説を排撃すること、いよいよ明瞭であればあるほど真説は明らかに照り、それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。 >>

 この観点からマサノブ君の非真理なる説を「生長の家」から排除しようとしているのであります。これを一部の信徒さんは「批判・悪口」と言う人が居られますが、「批判・悪口」ではないのであります。


マサノブ君の説をそのままにして置くことは、「生長の家」解体に力を貸していることであり、いつまでも「聖使命会費」を支払続けて行くことは、マサノブ独裁の延命に加担していることになるのであります。われらは、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を人類の至宝として、永久に伝え遺していかなければなりません。

マサノブ君の現在のスガタは『狂乱総裁』で「生長の家」の完全解体と『御教え』の地上からの抹殺を目的としておりますが、この「狂乱総裁」のスガタは、迷妄に厚く隠蔽された仮の姿であります。マサノブ君が、本当の真理に目覚め、神性隠蔽を脱しないかぎりは、どうしても、「生長の家教団」から立ち去ってもらって自己の信ずるサヨク唯物現象論の価値観に見合った世界で生きていくべきであります。


われらは、マサノブ君に対する憎悪の気持は微塵も無い訳であります。宗教に於ける「教え」の後継者たる者は、開祖の『御教え』を全相継承する義務があり、どうしても自分の価値観の方向へ教えを変えて行きたいならば、その宗教団体から辞職して外部で独立して新宗派を開けば良いのであります。このことだけをマサノブ君に申し上げているのでありますので、「批判・悪口」と捉えている信徒さんはよくよくお考えいただきたいと思うのであります。


我らの目的は、マサノブ君の「虚説」を追放して本来の開祖・谷口雅春先生の『御教え』を完全復活させることだけにあるのであります



********************



『狂乱総裁マサノブ』君は益々、その狂乱振りを露呈し遂に明確な開祖・谷口雅春先生の『御教え』の核心部分を完全否定する発言をするにいたったのであります。「トキ掲示板・『部室』板/4」に於ける次の二つの昨日の発言であります。


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524 :純粋教理批判(=マサノブ):2015/10/15(木) 15:38:23 ID:yPuEDcac
現象はない。実相がある。これは本当でしょうか。現象とは何かを決めることさえできないのに、「現象はない」と言えるはずがないではないですか。現象と実相に区別はありません。なぜかといえば、これは言葉がつくりだした区別にすぎないからです。何が現象で何が実相かと問われても誰も答えることはできない。「物質はない」という人がいますが、そういう人に聞きたい、「物質とは何か」と。おそらく答えられない。物質もまた言葉がつくりだしたものでしかない。それが何かは誰にわからない。教えにしたがおうとすれば、現象にしても物質にしても、わからないものを「ない」といって否定しなければならない(なぜここまでして否定しなければならないのか、わたしにはわかりません)。わからないものを否定するには、わかった気になって無理にでも(つまりは暴力的に)否定するしかない。あれもない、これもない、といって否定しているうちに暴力性が知らぬまに身についている。

525 :純粋教理批判:2015/10/15(木) 16:04:11 ID:yPuEDcac
人間が知覚できるのは差異だけです。あれとこれとは違う。人間が知覚できるのはこれだけです。世界は差異でできています。あれとこれとの違いを言語化することで、人間は世界をつくりだしています。世界は差異でしかありません。差異でしかない世界に生長の家は対立を持ち込みます。もともとは差異でしかないものを、生長の家は対立に置き換えます。病気と健康にしても差異でしかありません。健康なときとは異なる状態をもって人は病気と認識します。生長の家は差異でしかない病気と健康を対立の関係に置き換え、病気を「ない」ものとしとて排除することを務めとしています。たんなる違いでしかないものを対立に置き換え、片方を暴力的に排除する。これをやってきたのが生長の家です。「でていった人」たちと総裁の違いはたんなる差異でしかありません。世間一般の考えでは「総裁と自分は違う」で済むところを、「でていった人」たちは「悟りと迷い」、「実相覚と人間知」、「真説と虚説」というような特殊な対立関係に置き換え、暴力的に排除してきました。

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< 『狂乱総裁・マサノブ』君のマチガイ、―― 即ち「生長の家・『御教え』(真理)」の否定 >


1、< 現象はない。実相がある。これは本当でしょうか。現象と実相に区別はありません。何が現象で何が実相かと問われても誰も答えることはできない。>

2、< 「物質はない」という人がいますが、そういう人に聞きたい、「物質とは何か」と。おそらく答えられない。物質もまた言葉がつくりだしたものでしかない。それが何かは誰にわからない。>

3、< あれもない、これもない、といって否定しているうちに暴力性が知らぬまに身についている。>

4、病気と健康にしても差異でしかありません。健康なときとは異なる状態をもって人は病気と認識します。生長の家は差異でしかない病気と健康を対立の関係に置き換え、病気を「ない」ものとしとて排除することを務めとしています。たんなる違いでしかないものを対立に置き換え、片方を暴力的に排除する。これをやってきたのが生長の家です。

5、「でていった人」たちと総裁の違いはたんなる差異でしかありません。世間一般の考えでは「総裁と自分は違う」で済むところを、「でていった人」たちは「悟りと迷い」、「実相覚と人間知」、「真説と虚説」というような特殊な対立関係に置き換え、暴力的に排除してきました。




< マサノブ君の主張への講評 >


@ マサノブ君は、肉体頭脳知という理屈だけの知識で「實相・現象・健康・病気・正説・虚説」を考えているから真理の解釈を間違えてしまっているのであります。「悟り」というものを理屈では証明出来ない「超越項」と決めてかかって疎外しているのであります。「生長の家」の『御教え』で述べられている事柄は全て開祖・谷口雅春先生の前人未踏の“お悟り”からのものであります。「お悟り」とは、存在の實相を實相覚で直接感得せられたものであり、古来「大悟徹底・絶対実在の絶対認識・父母未生以前本来の面目」と言われてきたものであります。マサノブ君にはこの「大悟徹底」の生命的霊感的体験がないにもかかわらず、生意気にも偉大なる開祖・谷口雅春先生の「お悟り」(大悟徹底)を何とかヘリクツの世界で凌駕して見せようと挑んでいるのであります。だけどそれは無理であって、逆に、全世界の宗教者や求道者から冷笑されていることがわからないのであります。


A 『狂乱総裁マサノブ』君よ、次の開祖・谷口雅春先生の「大悟徹底」の瞬間の御文章を分かるまで読みなさい。解るまで「掲示板」への書き込みを遠慮しなさい。書けば書くほど、現在の君の霊的音痴・宗教的無能さぶりが全世界に広がっていくだけだからである。


B 開祖・谷口雅春先生の「大悟徹底」の瞬間の状況を書かれているご文章―――

<< ある日、わたしは静座合掌瞑目して真理の啓示を受けるべく念じていた。・・・どこからともなく声が、大濤のような低いが幅の広い柔らかで威圧するような声が聞こえてきた。「物質はない!」とその声は言った。・・・突然その大濤のような声が答えた。「無よりいっさいを生ず。一切現象は念の所現にして本来無。本来無なるが故に無より一切を生ず。・・・有に執せざれば自由自在だ。・・・現象界は念のレンズによって転現せる化城にすぎない。かしこに転現すると見ゆれどもかしこに無し。ここに転現すると見ゆれどもここに無し。知れ、一切現象なし。汝の肉体も無し。・・・その瞬間「心もない!」とその声は言うのだった。・・・「実相がある!」とその声はハッキリ答えた。・・・「五蘊は無い」とハッキリ断ち切ったところに実相が出てくるのだ。<無い>ものを<無い>としたところに本当にアルものが出てくるのだ。・・・実相とは神である。<ある>ものはただ<神のみ>である。神の心と神の心の顕現のみである。これが実相だ。・・・いっさい無いといっさいを抹殺したときに実相の神、久遠実成の仏が出てくるのだ。今ここに久遠生き通しの生命が復活する。今だ、今だ!久遠の今だ!今が復活だ!今をいきよ。」わたしの眼の前に輝く日の出の時のような光が燦爛と満ち漲った。何者か声の主が天空に白く立っているように思われたがそれはハッキリ見えなかった。しばらくするとその燦爛たる光は消えてしまった。わたしはポッカリ眼を開くと合掌したまま座っている自分をそこに見出したのであった。・・・ただ初めから仏であり、神である「実相の心」があるだけである。その実相の心が展開した実相の天地があるだけである。・・・このままで、久遠の昔、そして久遠の今、はじめなき始めから仏であった自分であったのだ。・・・・・>> (『生命の實相』第20巻134〜137頁)


C << 真理は霊的に理会することが必要です。頭で真理を理会するということは、真理の周囲を堂々巡りして真理の外的な姿を知るに過ぎません。霊的に真理を理会するということは、「生命の實相」そのものに全身全霊をもって貫き入り力の本源をつかむ事、黙読する・朗読する・目で読み・声で読み・声のリズムの中に自分を溶かし込んで読む、そして静かに端坐して「神想観」を行じ、行じ終わって動き出す。(『生命の實相』生命篇下2頁)


D 『生命の實相』は、物質ではない。五官に感じられないものです。それを説明するのだから、ある程度の説明までしかできるものではない。その説明を、ああだの、こうだのと理屈でこねまわしていても、実相はわかるものではないのです。実相は、実相によってさとるのです。理屈では解からないのが本当です。あなたが澄みきった心になられた、その時が実相を悟ったときですと、先生はおっしゃった。(『生命の實相』道場篇124頁・布製版)


E 哲学的の思索は間違うことがある。唯物論の次には唯心論が現れる。思索と云うものはより多く頭脳的なものであり、論理的なものである。それだけ人間には合理的に見えるけれども、哲学と云うものは、時代を超えることが出来ない。合理は時代に即して合理だと思われるのである。時代に即しない合理は人から不合理だと思はれる。或る時代に合理的だと思はれたものは、次の時代には不合理だと思はれる。人間の作った合理などは決して当にならないものである。(『叡智の断片187頁』


F この生命の實相というものは、今までは文字言語のよく説くところではない、言詮不及、不立文字であると云われていた。それを文字を立て、文章を立て、言葉の力によって生命の實相を悟らせるようにさせた所が生長の家の独特なところであります。今迄は真理と言葉とが二つに分かれていて、言葉や文章は真理を完全にあらわすものではないと思われていた。ところが生長の家では言葉と真理、文章と實相とをピッタリと一致させた。古来、直接説法、以心伝心でないと悟ることも出来ない真理を、唯文章を読むだけで悟れるように、文字の中に生命があり、生命の中に文字あり、文字と生命と一体というような域にまで達せしめ得たのだろうとおもいます。さればこそ本を読むだけで、直接参禅しても得られなかったような悟りに到達する人が多勢現われて来て、その影響の及ぼすところ、肉体の病気も治り境遇環境まで変化して来ると云うようになって来たのであります。(『生命の實相』教育実践篇(上)105頁・布製版)



<総括>


以上の如き開祖・谷口雅春先生の御文章の視点からマサノブ君の投稿文を読めば、彼の書きこみ文は、全部間違っていることが分かるのであります。開祖・谷口雅春先生の御文章と説かれた真理によって、数えきれないほどの無数の人たちの病悩苦が癒されたのであります。これは、間違いなき事実であり筆者もその体験者の一人であります。それをマサノブ君は、病悩苦に苦しみ悩む人たちを救済するのは、エゴイズムで悩み苦しむ人間を苦しみ悩みなき安楽な境遇へ移し替えたに過ぎない。そんなエゴ行為を為す宗教は無くなる方がよい、それよりも地球救済の方が先だ、と机上の空論、哲学者まがいの白昼夢を描くのであります。「マサノブ屁理屈説法」では誰も救済できない。地球救済も金持ちボンボンの遊び事であります。マサノブ君はハッキリ言って信徒の浄財を当てにしてしか生きていかれない寄生虫的存在であります。

此処まで言っても、マサノブ君は自説である「サヨク唯物現象論」を引っ込めないのであれば、彼はもはや『生長の家』の信徒ではなく、ましてや総裁の資格なんて完全にないのであります。トットと出て行きなさい。そして「マサノブ教」なり、「環境の家」なり自由に名称をかえて行くがよいのです。そうすれば「マサノブ教」自体が空想哲学者まがいの遊び事である事がわかるのであります。何を言ってもヘリクツでしか切り返せない「マサノブ教」のマチガイはマサノブ君自身が冷暖自知するしかないのであります。

それでも総裁の椅子を独占してゆくつもりならば、君は「生長の家」という“看板泥棒”そのものであります。看板泥棒がイヤなら、今スグにでも辞表を書いて出て行くことです。『蜘蛛の糸』を常に忘れないように・・・



2016-01-20 16:28 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「幸せは今ここに」 北尾巳代次先生<第二十九回>
2016年01月19日(火)






御高弟著作シリーズ 



「幸せは今ここに」
 


北尾巳代次先生




<第二十九回>





素晴らしい日本
  

       
 ─中学・高校生のために─





軍備は必要か

「なぜ日本は今さら自衛隊なんか造って、戦争の稽古なんかするんだろう。日本は平和憲法によって平和が守られているのだから、米国と手を切りさえしたら、どこからも侵略されるはずがないじゃないか」
 と真面目に信じているお友達が案外多いのにびっくりしました。世界はその人達が考えるような甘いものではありません。

 戦後20数年、日本が経済的な発展をして平和な生活を送ることが出来たのは、安保条約によって米国が外国の侵略を許さなかったからなのです。

世界は今、自由諸国と共産諸国の2つに分れて、互いに鎬(しのぎ)を削って争っています。その中で最も弱い国が自主独立を維持しようとすれば、容易ならぬ事なのです。

 皆様はかってチェコの自由化を阻止するためにソ連が武力介入したことを御存じでしょう。ソ連を平和勢力だと信じ込んでいた文化人等は二の句がつげなかったそうですが、チェコの学生の中にはソ連軍に抗議して焼身自殺をした者さえあると新聞が報じていました。ハンガリーといい、チェコといい、共産主義の政治というものが自由主義の国に比較していかに惨めであるかを知って、自由化を目指したために、行われた弾圧なのであります。

 中共に至ってはもっと激しく、隣国のチベットを軍事占領して、その王様のダライ・ラマはインドや日本に亡命して、国連にその非道を訴えています。ソ連といい中共といい、共産主義の実態は皆そうなんです。




   民族としての気概を持とう

 この間、剣道8段という茨城県の中村代議士さんが、日本と韓国と中華民国の3国の剣道の試合をソウルでやった時のことをお話になりましたが、日本の国技であり、伝統である剣道の試合に、一応団体では優勝したのですが、個人競技で、一番強いはずの大将も副将も皆韓国の選手に負けてしまったと話していました。

 なぜ日本人が勝てなかったかというと、剣道が下手なのではなく、民族としての気概と言うか、根性というか、それが全然彼等と違っているように思うとおっしゃっていました。

 どうしてかと言うと、皆様も御承知と思いますが、今から20年前に、もう戦争は済んだのだからお互いに軍隊を引き揚げようと言って、アメリカの軍隊が韓国から引き揚げたことがあったのです。ところがそれを待っていたかのように北鮮の共産軍は中共やソ連の力を借りて、一挙に38度線を突き破って韓国に侵入して、残っていたアメリカ人は勿論、100万人近い韓国の人々を殺してしまいました。

それでびっくりした米国が韓国に再上陸して、苦労して戦って、ようやく38度線まで押し返したのです。これが有名な朝鮮事変なのです。 事変といっても両方で400万の軍隊が闘った戦争なのです。随分残酷な戦いで、中には共産軍に食ってかかったために、少年の口の中に手を入れて、「この口が憎たらしい」と引き裂いた鬼のような兵隊もあったそうです。

 韓国には共産軍に父や夫を殺された人が一杯いて、中村代議士が泊ったホテルでも、「君のお父さんは」と聞くと、「あの朝鮮事変で共産軍に連れていかれて殺されました」と言って泣くそうです。

 従って、皆自分の国は自分達の手で護らなければと、必死になって、一所懸命に頑張っているのです。日本のようにアメリカにおぶさって、気楽にレジャーを楽しんだり、音楽にうつつを抜かしている人なんか一人もないそうです。日本の選手が日本の伝統である剣道や柔道で負けることも当然のことだと嘆いて居られました。

 この朝鮮事変は韓国にとってはこの上もなく不幸な出来事でしたが、これが為アメリカ人が共産主義の恐ろしさを識(し)りソ連と手を切って日本と単独講和を締結し、ここに日本が独立国として世界から認められる緒(いとぐち)となったのです。




    現憲法は日本否定の憲法

 ところで皆様は今の憲法を立派な憲法だと信じているでしょう。しかし本当は悪い悪い憲法なのです。これはアメリカが日本を負かして、その報復のために押し付けたもので、この中には日本がもう再び立ち上がることが出来ないように手も足ももぎ取ってしまって、世界の4等国民以下とし、天皇陛下を尊敬する心を無くさせようと、教育の姿勢をすっかり歪めてしまいました。

そして主権は国民にあると宣言して、陛下を国民統合の象徴というような、誠に曖昧な存在にしてしまいました。こうして天皇を中心として一つにまとまって発展してきた一大家族国家の日本は、もうどこにも存在せず、ただバラバラの利己主義な人間の集まりのような誠に嘆かわしい国になり下がったのであります。

 でも考えてみると、日本は幸福な国です。過去に於いて何回か外国の侵略を受けそうになりましたが、その都度神国としての不思議な力を現わしてこの日本の国を護持して来ました。

今度の大東亜戦争でも世界中を相手にして戦って負けたのですから、もう日本国が地球上から消えてしまうはずであったのですが、ドイツと違って国が東西に分離せられず、国民経済は戦前の何倍という素晴らしい発展を致しました。

 これは天皇陛下が、「自分の身はどうなってもよい。自分はどんなことでもする。今はこれ以上の惨禍を国民に与えず、忍び難きを忍んで戦争をやめよう」と言われて戦争を終結させ、「戦争一切の責任は自分にある。自分は何でもするから飢えと不安におののく日本国民を救ってもらいたい」とマッカーサー元帥に進言させたために、3千万人は餓死するといわれた戦後の悲惨な中に、天皇の偉大さに感激した元帥は、アメリカ政府を説得して、沢山な食料や原料を送ってくれたからなのです。日本は自由諸国と貿易することによって飛躍的発展を致しました。

 しかし戦後の過った教育を受けた大学の兄さん姉さん達、また皆さんは3千年続いた日本の国の偉大さや、天皇陛下の高徳について何も教えられていないのです。日本の国が有色人種の中でただ一つの白色人種に侵略されなかったのは、常に真の愛国者が天皇陛下のために祖国を護ってくれたからです。

 今大学で暴れている全学連のお兄さんやお姉さん達は、日本の良いことを一つも聞かせてもらえず悪い事ばかり聞かされて、血が頭に上って気が狂ってしまっているのです。皆様でも、「お前のおじいさんは泥棒だった。お前の先祖は刑務所に入っていた」なんて聞かされたらきっと腹が立つでしょう。

 しかし安心しなさい。日本は今まで一度も他国を侵略したことはないのです。日清戦争でも、日露戦争でも、支那事変でも、大東亜戦争でも、皆やむにやまれぬ正義の戦いなのです。

このことは、あの終戦後の東京裁判で、インドのパールという判事が、この戦争はアメリカの挑発によって起った、と述べて、世界の法律学者の合意を得ているのです。

 日本は負けましたけれども、それまで白人に侵略されていた世界の有色民族は、インドやフィリピンを初め、殆ど独立をすることになったのです。言ってみれば日本はキリストの如く、自ら敗戦という十字架に架けられましたが、世界の被圧迫民族を救ったのです。どこに日本民族が卑屈になる必要があるでしょう。

 私達はこの過った日本の憲法を速かに廃棄して、世界で最も立派な明治憲法や、教育勅語を復活して、祖国を世界の民族から本当に尊敬せられる立派な国にしようではありませんか。

そして日本の国を守って下さる自衛隊や警察官に心から感謝しましょう。 (44・9)



平成28年1月19日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************




「生長の家」實相顕現の祈り<1>




             
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「生長の家」實相顕現の祈り<3>



=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>



2016-01-19 19:58 | 記事へ |
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開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.21
2016年01月18日(月)








開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.21





[678] 益々激しくなるマサノブ・ニセ総裁の「タブーへの挑戦」―――其処に見えるものは、開祖・谷口雅春先生御創始の『生長の家』と『御教え』を見返してやりたい、そして凌駕したいという強烈きわまる自己顕示欲望のみ!

千葉周作 - 2015年09月28日 (月) 07時53分



前回の続きでありますが、9月18日〜26日の9日間に於ける『純粋教理批判=曳馬野=マサノブ』の「トキ掲示板」を使っての『タブーへの挑戦』振りは凄まじいものであったのであります。

なにしろ、「総裁・マサノブ」ではなしに、掲示板上の名前を使って誰だか解らぬようにして、これでもか、これでもか、と屁理屈のオンパレード、ほとほと読む方が嫌気がさしてきたのでした。

これで、マサノブ君の思想が、全く開祖・谷口雅春先生とその『御教え』とは似ても似つかぬものであり、「生長の家・総裁」とはとてもいえない完全なインテリ・ワルである事がもはやハッキリと証明されたのであります。


その特徴は、理屈・自己中心・「實相」という言葉の独断的勝手な解釈・實相と現象との混同・開祖・谷口雅春先生否定・本来の『御教え』への対決姿勢が顕著であり、其処には求道者としての謙虚さ・反省・脚下照顧を欠き、“求道神経障害者マサノブ”の相を余すところ無く露呈しているのであります。

とにかく、マサノブ君は、開祖・谷口雅春先生とその『御教え』が気に食わぬのであります。そして、思う存分に反対論をぶち挙げることによって、開祖・谷口雅春先生を凌駕したい気持がブクブクとあらゆるところに吹き上げていることが解るのであります。


『純粋教理批判=曳馬野=マサノブ』語録の9月18日〜26日の9日間に於けるダイジェストは下記の如きものでありますが、その中で、特にあからさまなる開祖・谷口雅春先生とその『御教え』批判の表現が為されているところを選び出してみました。全く、何をか況や! であります。


 「雅春先生の答えは左脳自我の働きによるものです。」(4827)

 「雅春先生の教えを正しいものとして物事をつきつめていくとかならず矛盾につきあたります。」(5703)

 「80年の年月をついやしたところで日本国内にさえ広まっていない教えを全世界に広めるのに、いったい何百年まてというのでしょう。」(5786)




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9月18日〜26日の9日間に於ける『純粋教理批判=曳馬野=マサノブ』語録



4826 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 07:26:00 ID:DD4jWV6M
哲学が贈与をなぜ問題にするのかというと、それは「自己中心」を問題にするからです。イデア論は徹底的に自己中心的です。真理をおのれのものとし、おのれのために利用する。獲得だけを問題にする。これがイデア論です。自己中心的であってもよい。これが雅春先生の答えであるような気がしてなりません。


4827 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 07:44:44 ID:DD4jWV6M
公案とは何か。それは言葉というものをつねに主題化しようする左脳自我を抑制するためのものです。進退両難はないということを教えるためのものではありません。雅春先生の答えは左脳自我の働きによるものです。左脳自我の抑制につながらないものです。


4837 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 08:52:50 ID:DD4jWV6M
教理といえども多くの判断が含まれている。多くの判断が含まれていながら排他的でもない、暴力的でもないということはありえない。こういうことです。


4839 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 09:01:11 ID:DD4jWV6M
言葉は排他的であり、どっちに転んだところでかならず他のなにかを暴力的に排除するということです。
言葉は他の言葉との排他的な関係に入らないかぎり意味をもつことはない。言葉が意味をもつとすれば、それはかならず他の言葉を排除しているということです。


4843 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 10:03:01 ID:DD4jWV6M
言語化されたものにはすべて排他性があると。教理にひそむ排他性に気づかないかぎり今おきている問題の解決はない。これをいっているのですよ。


4847 :神の子さん:2015/09/18(金) 11:37:40 ID:DRZ7EDG2
釈迦の悟りの時を「一見明星」の時とする禅に対し、乙女の差し出す一杯の飲み物に愛の世界、生かし合いの世界を見た時とする、このまるで違う見解を鵜呑みにしている人間は、カルト以外の何物でもない。


4849 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 13:11:02 ID:DD4jWV6M
すべての人を神の子としておがむ。これがすべての他者を自己へと回収しようとするイデア論者の試みでないとしたら、いったいなんなのでしょう。


4852 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 17:09:48 ID:DD4jWV6M
言葉で真理を語るのは不可能な経験です。


4862 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 20:33:40 ID:DD4jWV6M
物質はあるのでもないのでもない。非存在です。


4863 :純粋教理批判:2015/09/18(金) 20:47:21 ID:DD4jWV6M
現象とは何か、それは決定不可能なあるなにものかです。


4866 :純粋教理批判 :2015/09/18(金) 22:51:22 ID:DD4jWV6M
「現象とは何か」と問われても答えられないのが生長の家です。現象とは何かがわからないにもかかわらず「現象はない」といっているのが生長の家です。「現象はない」。時代についていけてない気がいたします。


4877 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 10:23:04 ID:DD4jWV6M
実相と現象の区別はほんらい的に不可能です。区別できないものを無理やり区別することから排他性や暴力性が生じます。総裁排除にかぎらず教団内でおきてきた問題の多くはイデア論がもつ排他性や暴力性と無縁ではありません。これに気づかぬかぎりおなじ問題が何度でもくりかえされます。


4880 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 10:45:40 ID:DD4jWV6M
生長の家はイデア論なのですよ。環境問題をつくりだしたのはイデア論です。生長の家をつくったのもイデア論です。


4898 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 15:19:24 ID:DD4jWV6M
現象とは何か、これを決定することはできないということです。決定できないものを無理やり決定することによって排他性、暴力性が生じる。


4901 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 15:40:27 ID:DD4jWV6M
イデア論とは「自分の言葉(想念)をもって真理(イデア)とする」考え方です。ソクラテスは「想起」ということをいってますよね。思い出せばよい。こういうことです。


4902 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 15:46:21 ID:DD4jWV6M
あらゆる決定は暴力である。このことにたいする自覚があるかないか、これが問題と考えます。


4906 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 16:31:39 ID:DD4jWV6M
二項対立とはいってみれば決定のためのシステムです。自分にとって都合のよいほうの項(たとえば実相)を手元にのこし、都合のよくないほうの項(現象)を暴力的に外部へと排除するためのシステムです。生長の家においては、実相と現象、完全と不完全、霊と物質、光と闇、善と悪といった二項対立がふんだんに用いられます。二項対立を用いるごとに、信徒のなかでは片方の項の暴力的排除がなされているはずです。ですがこれだけで問題が生じるというわけではありません。人間には「自分にとって不都合なものを排除したい」とする欲望が少なからずあるはずです。


4907 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 16:44:29 ID:DD4jWV6M
二項対立の乱用は信徒をしてさらなる優越行動へと駆り立てた可能性がある。本流をささえているのは真理ではなく優越行動です。


5684 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 10:49:19 ID:DD4jWV6M
生長の家はイデア論なのですよ。環境問題をつくりだしたのはイデア論です。生長の家をつくったのもイデア論です。総裁のなかでこのふたつながっているのですよ。


5686 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 11:50:16 ID:DD4jWV6M
生長の家の歴史は浅く人類的評価はまったく定まっておりません。人類全体の問題を考えるにあたって評価の定まっていない教えをもちだして持論の正当性を訴えるのは適切ではないでしょう


5687 :純粋教理批判:2015/09/19(土) 12:34:35 ID:DD4jWV6M
人類は自己の欲望を肥大化させエゴむきだしでみずからの繁栄を追求してきましたよね。この追求に少なからず貢献したのがイデア論です。みずからの言葉をもって真理となす。これがイデア論ですから人類にとってこれほど都合のよいものはありません。


4920 :純粋教理批判:2015/09/20(日) 06:42:54 ID:DD4jWV6M
現代思想では常識とされる、人間は川をみて「カワ」と名づけたのではない、「カワ」と名づけたことで川があらわれた、とする考え方は間違っているとお考えのようです。これについては説明いたしましょう。人間は世界をそのままみているのではない。これはおわかりでしょう。なにをみているのかというとそれは表象です。脳のなかにつくられたイメージのようなものをみているのですよ。川はもちろん表象です。物自体ではなく表象です。この表象をつくりだすために人間は言葉の助けを必要とする。つまり、人間の脳は言葉のたすけによって表象をつくりだしている、言葉のたすけなしには表象をつくれないということです。「人間の脳は言葉のたすけによって表象をつくりだしている」というのはわたしのアイデアであり、ほかにこのようなことを言っている人がいるのかどうか定かではありませんが、現代思想で常識とされる考え方をわたしはこのように解釈するということです。もちろんソシュールはこのような考え方をかたくなに否定するでありましょうけども。


4921 :純粋教理批判:2015/09/20(日) 07:00:00 ID:DD4jWV6M
人間は物自体をみているのではなく脳のなかにつくられた表象をみているわけですが、いったい誰がこれをみているのでしょう。脳が自分でみているのでしょうか。これはちょっと考えられませんね。脳が表象をみるためにはその脳がまたしても表象をつくらなければならなくなるはずです。表象なしにちょくせつみることができるのであれば、そもそも表象などつくる必要はなかったはずです。脳の役割は表象をつくりだすことだけであって、表象をみるということはやっていないのではないでしょうか。だとすると他にみているものがいるはずです。そのみているはずのものこそ実相であるとわたしは考えます。外部の侵入によって収縮させられ、天地創造の場から追いやられた実相こそが表象をとおして世界をみている。わたしはこのように考えます。


4926 :純粋教理批判:2015/09/20(日) 10:17:24 ID:DD4jWV6M
実相がなにをやっているのかというと、ただみているだけです。実相はたったこれだけのことしかやっていないはずです。このことが事実だとすれば、これが実相のすべてなのでしょう。天地の創造を自分でなしとげるとか、自分でものを考えるとかということは、実相にはできないはずなのです。


4957 :曳馬野:2015/09/20(日) 21:23:27 ID:JPiKJZkg
個人所有の土地にソーラーパネルを設置したら、・・・何というナンセンスな論理、個人所有地を何に使おうが自由。


4958 :曳馬野:2015/09/20(日) 21:48:58 ID:JPiKJZkg
雅宣総裁のしていることを世間様が非難していることはない。世間様の目には環境を少しでも良いものにしようとする生長の家教団の総裁と見えている。


5703 :純粋教理批判:2015/09/20(日) 21:53:58 ID:DD4jWV6M
雅春先生の教えを正しいものとして物事をつきつめていくとかならず矛盾につきあたります。


5715 :純粋教理批判:2015/09/21(月) 16:45:28 ID:DD4jWV6M
「カワ」と呼んだことで川があらわれた。カオスがコスモスへと変わる瞬間です。言葉がカオスをコスモスへと変えた瞬間です。言葉がなければ人間はカオスをコスモスへと変えることができません。カオスを「カワ」と名づけた瞬間から人間はコスモスの世界の住人となります。


5716 :純粋教理批判:2015/09/21(月) 16:58:03 ID:DD4jWV6M
「物質はない」は絶対的真理でもなんでもありません。すべての物質は言葉でつくられています。ないのがあたりまえです。


5718 :純粋教理批判:2015/09/21(月) 19:31:09 ID:DD4jWV6M
実相とはなにかといっても定義不可能というのが実情でしょう。雅春先生の御文章はけっこういい加減なことが書かれているようです。


4970 :曳馬野:2015/09/21(月) 07:37:08 ID:JPiKJZkg
世間様は生長の家が何しているかには何の興味もない、ほどに教団は悪いことはしていないということでしょ。やはり教団は悪いことしてはいないから世間からは非難されていない、非難しているのはあなたのように信仰的に偏った人たちだけだということですよね


4971 :曳馬野:2015/09/21(月) 07:50:48 ID:JPiKJZkg
簡単に言うと分派は教団の悪口を公言するが教団は分派の悪口を公言しないということよ 


4978 :純粋教理批判:2015/09/21(月) 11:13:37 ID:DD4jWV6M
総裁の「ご乱行」がはじまりではない。はじまりは総裁を乱行へと追い込んだ教理の排他性にあるのですよ。


5001 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 14:50:01 ID:DD4jWV6M
総裁はどうやら教理にたいして反旗をひるがえしたとみなされているようなので、これをもってわたしは「みなさんが考える乱行」と考えております。総裁がなぜ反旗をひるがえしたのかの原因を究明せずして、反旗をひるがえすのをまずやめさせるとはどういうことかといっているのです。


5723 :純粋教理批判:2015/09/21(月) 23:22:49 ID:DD4jWV6M
問題は中心化された個人です。自分を世界の中心とみなす中心化された個人、これが問題です。
中心化された個人は自分中心にしか世界をみない。すべては自分の心の影。あげくの果てには自分の言葉を真理と思い込んでなんでもありの言いたい放題。おのれの主観にとじこもって客観性はかえりみない。雅春先生までもが人間は世界の中心と説いておられる。中心化された個人にお灸をすえる。誰かがやらねばならぬことでしょう。


5724 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 08:54:00 ID:DD4jWV6M
問題が生じたとき、なぜそれが起きたのかとは考えない、教理を広めさえすれば問題は解決する、このように考えるのが宗教です。ようするに「ものを考えない人」をつくりだすのが宗教なのです。


5725 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 10:00:49 ID:DD4jWV6M
実相と現象のあいだに位置するのがコーラです。コーラは生成の場です。実相を現象へと変換する生成の場でもあるようです


5741 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 14:14:25 ID:DD4jWV6M
反証不可能な超越項の乱用はつつしむ。説明責任を果たす。議論を継続するためのこれは最低限のルールである。


5745 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 16:59:28 ID:DD4jWV6M
個人の勝手な解釈どうしのひらかれた議論。ひらかれた生長の家実現のためにこれを実現しましょう。ルールは、説明責任を果たす、反証不可能な超越項の乱用はつつしむ、これでいいでしょう。


5748 :曳馬野:2015/09/22(火) 18:12:05 ID:JPiKJZkg『不立文字教外別伝』と云われる存在の根源を言葉で知ろうとすることがそもそもの間違いであろうと考えます。


5751 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 18:48:38 ID:DD4jWV6M
「反証不可能な超越項」とは「神が完全なる実相世界をつくった」といったような表現です。このようなことをいわれても反論のしようがない。実相世界が創造される様子を多少なりともイメージできるような表現をしてもらわなければ反論のしようがないということです。


5753 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 19:11:45 ID:DD4jWV6M
すべては心の影。これは現代人のおごりではないかとおもわれる次第です。


5758 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 23:57:21 ID:DD4jWV6M
生長の家では五官を迷いであるかのごとく説きますが、五官はたしかに実相なのです。五官によって得た情報のようなものを何らかの方法で変換することで人間はそれをドリーミング(ホログラム映像)として翻訳しているはずなのですね。


5759 :純粋教理批判:2015/09/23(水) 00:29:01 ID:DD4jWV6M
一元論ははじめから結末がどうなるかが決められている決定論だからです。神一元の世界観では神と対立するものは存在しません。これはいってみれば一人でゲームをやっているようなものですから予想外の展開というものがありません。自由とはなんでしょう。一元論が決定論であることを認めること。この苦渋の決断こそが人間にあたえられた唯一の自由という気がいたします。


5760 :純粋教理批判:2015/09/23(水) 12:56:00 ID:DD4jWV6M
電信柱はないはずなのになぜぶつかるのかといえばそこに力が働いているからです。電信柱にぶつかった瞬間、それは力を感じた瞬間でもあるわけですが、この一瞬、人は実相世界にいるともいえる。しかしそのすぐあとに「痛い」とか「こんちくしょう」とかの思いが湧いてきて人はたちまちにして現象の世界にひきずりこまれる。「それがある」、「それがただある」、これが究極の実相です。究極の実相を想像するのはそれほどむつかしくはない。宇宙のなかに自分一人だけがいると想像できれば、これが究極の実相です。実相独在とはこういう意味です。ほかに何もない。「ほか」という観念もない。ほんとうになにもない。「ない」ということもない。「ただあるだけ」としかいいようがない。これが究極の実相です。


5762 :神の子さん:2015/09/23(水) 14:21:29 ID:???
 わたしは臨済と同じ禅の奥儀に到達した。べつに悟りに到達しても、宇宙を一握できるような壮大な心境になれるわけではない。「法」の世界での話であって現実味は乏しい話である。「わたしには、一無位の真人なんてものは、影も形も見えない」


5763 :純粋教理批判:2015/09/23(水) 15:11:38 ID:DD4jWV6M
わたしがやろうとしているのは真理を理論化することです。


4984 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 10:23:43 ID:DD4jWV6M
総裁が乱行を演じていればそりゃ問題でしょう。なぜそうなったのかを考えねばならぬ問題でしょう。


5001 :純粋教理批判:2015/09/22(火) 14:50:01 ID:DD4jWV6M
わたしのいっている「乱行」とは教理にかんするものです。総裁はどうやら教理にたいして反旗をひるがえしたとみなされているようなので、これをもってわたしは「みなさんが考える乱行」と考えております。総裁がなぜ反旗をひるがえしたのかの原因を究明せずして、反旗をひるがえすのをまずやめさせるとはどういうことかといっているのです。原因の究明がさきだろう。これが世間の常識だろう。これが屁理屈、詭弁、嘘っぱちとはどういうことかといっているのです。


5776 :純粋教理批判:2015/09/24(木) 11:16:59 ID:DD4jWV6M
わがうちに光があり、光のうちにわれわれはあるのですから、われわれは絶対に暗(やみ)を知らない。いっさいの暗黒はない。これがわたしのいう排他性ですね。光と暗の二項対立を立てて劣位項である暗を外部へと排除することで優先項である光を内部にとどめおく。こういうことを延々とつづけていれば、誰だって排他的な性格が身につくことでしょう。


5778 :純粋教理批判:2015/09/24(木) 16:02:17 ID:DD4jWV6M
環境問題とはけっきょく人類が「〇〇は神が人類にあたえたもうたものだ」と考えたことからはじまったと考えます。生長の家もこれとまったく変わらぬことを説いています。


5784 :純粋教理批判 :2015/09/25(金) 11:34:54 ID:DD4jWV6M
神一元の神は、ふれるものすべてを金に変えたというミダス王のごとく、あらゆる対象を神へと変えてしまうようです。教えを信じていたころから教えにたいする違和感をどうしても解消できずにおりました。もしかしたら違和感の正体はこれであったのかもしれません。


5786 :純粋教理批判 :2015/09/25(金) 19:34:23 ID:DD4jWV6M
総裁はすでに実際的な活動をはじめておられます。生長の家が立教して80年だそうですが、その間にも日本国内で数々の公害問題が発生しています。生長の家は公害防止のための役割を果たしたのでしょうか。わたしにはどうもそのようにはおもえません。


2665 :純粋教理批判:2015/09/24(木) 11:33:28 ID:DD4jWV6M 宇宙の業といえばダークエネルギーでしょう。宇宙はすでにダークエネルギーの時代に突入してしまったようです。


2666 :純粋教理批判:2015/09/24(木) 11:43:36 ID:DD4jWV6M
拝金主義は昔からあったことで今にはじまったことではないはずです。何が問題か、それは人間中心主義であり、それを生み出したのはおそらくキリスト教的世界観であり、その世界観をささえているのが「みずからの言葉をもって真理となす」イデア論であるとする考えをわたしはもっています。教えでは環境問題に対応できないばかりか、むしろ環境破壊を生み出した人間中心主義をよりいっそう助長しかねないとさえ考えております。


2672 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 11:53:38 ID:DD4jWV6M
わたしのいう人間中心主義とは「おのれの言葉をもって真理となす」考え方をいいます。人間中心主義に対する批判は「それはおのれの言葉をもって真理となそうとするイデア論である」とする方向からでないと無理のような気がいたします。イデア論を徹底的に批判するよりほかはないと考えます。生長の家にこれができるのか、ということです。わたしのみるところでは、生長の家においてもまた「おのれの言葉をもって真理となす」考え方が支配的のようです。生長の家は人間中心主義を批判できない。わたしはこのように考えます。


2673 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 11:58:50 ID:DD4jWV6M
生長の家の教えで環境問題に介入したとしても、それはイデア論とイデア論の対立でしかない。わたしがいいたいのはこういうことです。


2674 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 12:20:47 ID:DD4jWV6M
どんな教えにも問題はある。わたしが言っているのはこういうことです。雅春先生の教えにしても、雅春先生の意図に反して思いがけない副産物を生み出すということです。本流にみられるような尋常ならざる排他性もそのひとつと考えます。


2677 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 14:40:01 ID:DD4jWV6M
わたしがいっている人間中心主義はヒューマニズムです。自然破壊をいかにして正当化するか。正当化するにあたって大きな役割を果たしたのが一神教です。自然界の万物に神がやどるとする多神教やアニミズムでは環境破壊はとうてい正当化されるものではありません。多神教やアニミズムを否定する一神教のほうが、環境破壊を正当化するには都合のよい考え方であるのはたしかな事実です。


2678 :曳馬野:2015/09/25(金) 17:54:21 ID:JPiKJZkg
「あなたが神であるのなら、理念としての何物かを造ってみて下さい」。人間なるものの誕生以前に神というものが存在したのでしょうか?人間は無始無終に生き通すものとも言われているのではないですか?神が作り出すまでは存在していなかったということですと、この辺も変です。こういう点で生長の家の話には疑問を持ちます。一神教に関して別の観点から。


2680 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 22:01:56 ID:DD4jWV6M
人間とは何かというと、外部の侵入によって内部の内部へと収縮した実相と、実相と外部との相互作用によって生じた文字情報がつくりだした物質体とでもいうべき実体とで成り立っていると考えています。


2682 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 23:14:20 ID:DD4jWV6M
生長の家の教えには「神は人間に自由なる意思をあたえた」とあるはずです。「神は人間の実相に自由なる意思をあたえた」とは書いてないはずです。生長の家でいうところの人間とははたして何なのか。つきつめていえば「人間の実相」というものがあるのか、こうした疑問がとうぜんのごとくでてくるものと考えます。


2686 :純粋教理批判:2015/09/26(土) 16:57:43 ID:DD4jWV6M
人間中心主義という言葉を聞いて「おのれの言葉をもって真理となすこと」ほかの人がこのように定義しようがしまいが、関係のないことです。宗教が環境問題に取り組むときにこうした定義が必要になる。


2687 :純粋教理批判:2015/09/26(土) 18:51:57 ID:DD4jWV6M
生長の家の教理が、実相と現象、完全と不完全、霊と物質といった二項対立でできているということはすでに述べました。一元論に二項対立はほんらいない、ということです。神の一項しかないということです。神の一項しかないにもかかわらず二項対立を立てなければ真理を説明できない。このことからおそらくは矛盾や疑念が生じます。人間というものは、実相という意味でも現象という意味でもほんらいないものなのでしょう。ないにもかかわらず、神にたいして人間という項を立てなければ真理を説明できない。それでやむなく人間という項を立ててしまうことになるのでしょう。人間という項を立てたからには人間とは何かを説明しなければならなくなる。天地創造がいかにしてなされたかを説明しなければならなくなる。「神が人間に完全なる自由をあたえた」といわなければならなくなる。一元論の真理とは「神が神を神した」これがすべてなのでしょう。二項対立にまどわされることなく雅春先生の教えが理解できれば問題などおこるはずがありません。真説と虚説の二項対立をたてるがごときやり方は、雅春先生の教えとは何の関係もないということです。


5786 :純粋教理批判:2015/09/25(金) 19:34:23 ID:DD4jWV6M
生長の家が立教して80年だそうですが、その間にも日本国内で数々の公害問題が発生しています。生長の家は公害防止のための役割を果たしたのでしょうか。わたしにはどうもそのようにはおもえません。
80年の年月をついやしたところで日本国内にさえ広まっていない教えを全世界に広めるのに、いったい何百年まてというのでしょう。


5793 :純粋教理批判:2015/09/26(土) 10:43:14 ID:DD4jWV6Mかつて日本は公害問題でたいそう苦しみましたが、生長の家の一部の人たちは「これは現象だから何もしなくてよい」と具体的な取り組みには反対したはずです。問題はほぼ解決したとおもわれますが、それは何もしなかったからではなく技術や法規制が大きな役割を果たしたからです。





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[723] 手紙 ――― 

「生長の家」(自称)総裁・谷口雅宣君へ


塚原卜伝 - 2015年10月03日 (土) 17時51分




手紙 ――― 

「生長の家」(自称)総裁・谷口雅宣君へ




「トキ掲示板」から投稿禁止の申し渡しを受けたマサノブ君へ「辞職勧告」の手紙を書く。

まず、マサノブ君に言うべきことは、何故「雅宣先生」と呼ばないか、という疑問への答であると思うのである。そして又、『自称・総裁』と書くのはケシカラヌ、自分は正式な総裁である。一信徒の分際で宗教法人「生長の家」の代表に向かって失礼千万だ。

そして、「トキ掲示板」などとは関係ない。そして又、一信徒の分際で教団最高位にある総裁のオレに向かって、「・・・デス」、「・・・マス」ではなく、まるで総裁のオレを見下すように「・・・である」と書くとは何ごとか、と――― 

この様な疑問を“君”は当然に持つけれども、小生は以下の理由を以って書いていることを“君”は先ず以って理解しなければならないのである。



@ マサノブ君、君は正式な「法燈継承者」だといっているが、清超先生の正式認可が何時までたってもないので、ムリヤリの自作自演の「法燈継承劇」を上演したことは周知の事実であって、このことはインターネットの電波に乗って全世界の信徒や一般の人たちに知れ渡っている。だから、こんなこと見え透いた『自作自演劇』を平気で行う人間は、総裁でもなく、また“先生”なんてとても呼べない。呼び捨てでもいいが一応“マサノブ君”で十分である。



A マサノブ君、“君”は開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」の完全解体とその『御教え』の地上からの完全抹殺を企(たく)んで、着々とその実現に向かって戦略的にことを運んでいることは、君の副総裁時代から現在に到るまでの足跡を辿れば一目瞭然である。“君”は明かに開祖反逆を企てている。自分が引き継いだ教団を自分の手にかけて潰す、――― こんな宗教家は古今東西、聞いたことがない。この大忘恩の行為を“君”は為しているのである。詳しく述べると、―――

1、 マサノブ君、“君”は「生長の家・教規」第五条・第六条・第八条を完全無視、完全放棄している。

2、 マサノブ君、“君”は開祖・谷口雅春先生の『御教え』に弓を引き、「侵略戦争観」・「生長の家“焚書坑儒”」・「自衛隊は殺人集団」・「安保法制を“戦争法案”」・「愛国心の否定」・「天壌無窮の御神勅を排除」・「憲法改正反対」・・・完全サヨク教団化し、実質、別派「マサノブ教」に変質せしめた。

3、 マサノブ君、“君”は、信徒の浄財を「人類光明化運動」のための浄財とは考えず、「自然との共生」の名目で実質、優雅な宗教貴族の生活を送り、株式市場での運用益を得るために莫大な額の浄財を運用している。この故意は、純真な信徒の皆さんの善意を踏みにじるものである。

――― したがって、“君”は「総裁」とか「雅宣先生」と呼べた代物ではないのである。



B マサノブ君、“君”は一応“自称”ではあるが「宗教家」とか「著名人」と自らを名乗っている。宗教家や著名人であるならば、常識的には『人の範となる言動』を為し、『言行一致』でなければならない。然るに、“君”は完全に『言行不一致』である。「大調和の神示」を説教しながら、実際行動においては、義兄の宮澤潔先生や実弟の谷口貴康先生を教団から追放し、実母の恵美子先生まで、実質上の軟禁生活に置き、マサノブ君自らの忘恩的行動の情報が耳に入らないように本部女子職員をして日常生活を監視せしめ、恵美子先生の自由な生活を妨げた。この話も、掲示板情報によって信徒の間には大きく知れ渡っている。――― 『言行不一致』は特に宗教指導者にとっては致命傷であるが、“君”にはこの自覚と認識が全くないのである。



C マサノブ君、“君”は一般社会に於いても、虚偽表示の商品を売ってお客離れが生じ、赤字経営に陥って回復不可能な事態になった時には、その会社の会長・社長・副社長・専務・常務などの幹部職員が自らその責任を感じて辞職するのが常識である事を知らないわけでもあるまい。現教団は、赤字経営に陥り、信徒の大量脱退、職員の意欲減退、「聖使命会員の急減少」、「講習会参加者の全国的減少」など、一言で言えば『急激な教勢衰退』が進んでいるのである。この責任はマサノブ総裁・ジュンコ白鳩総裁・イソベ理事長・ユキシマ副理事長・オオツカ参議長以下の理事参議といわれる教団最高幹部たちにある事は明白なことで、議論の余地は全くないのである。中でも、マサノブ君は最大の責任者だ。にもかかわらず、誰一人として「教勢衰退」の責任を取るものがない。マサノブ君はじめ、最高幹部たちは毎年の赤字経営にかかわらず、超高給を貪り続けているのである。この無責任感覚は一体全体どうしたことか。こんなことは世間では通用しないではないのか。宗教家などとどうして言えようか。口では『一切者の自覚』を説教しながら、実際行動に於いては無責任きわまる『金と権力の亡者』の執行部、世間の物笑いではないのか。マサノブ君、見解を示したまえ。



D マサノブ君、“君”は「トキ掲示板」で「初心者」とか「身分卑しきもの」とか「ももんが」とか「曳馬野」とか、最近では『純粋教理批判』とか『疑問』とかいうハンドルネームを使って「総裁」と言う肩書きでは信徒の反発が多いので書けない開祖・谷口雅春先生批判(「タブーへの挑戦」と“君”が呼んでいる事柄)をコレデモカコレデモカと気が狂ったのではないかと思われるほどに書きなぐったのである。しかしそれらの「初心者・身分卑しきもの・ももんが・曳馬野・純粋教理批判・疑問」君たちは、「自分はマサノブではない」と主張している。これに対しての反論は、――

1、 本当にマサノブ君でないならば、彼らの投稿文は、その内容がマサノブ君の思想と全くよく似ていて、結果的にはマサノブ総裁に間違われ、総裁に迷惑をかけたのだから、自分から掲示板から身を引くのが常識的判断を持った人間なのに、彼らはそのような気持ちは微塵も無く投稿をし続けてきた。だから、=マサノブ君自身である。

2、マサノブ君自らも、彼ら一連の投稿者は、自分(マサノブ)ではないと、ハッキリと「唐松模様」で信徒に表明すべきであるにもかかわらず、一向にマサノブ君はこれを為さない。だから、=マサノブ君自身である。

3、マサノブ君は、「トキ管理人」氏に連絡をして、一連の投稿者を「自分(マサノブ)が間違われていて困るから、投稿禁止措置を取るように」と要請すべきなのに、一向にマサノブ君はこれを為さない。だから、=マサノブ君である。

4、 これ等一連のハンドルネームの投稿者たちの文章内容は、開祖・谷口雅春先生とその『御教え』が間違ったものとしての信念を持って猛批判を展開しているのである。こんなことをする信徒は一人もいない。もしも一般信徒にして開祖・谷口雅春先生の『御教え』がマチガイと思う人が居たら、自分から静かに教団を脱退して行く。ここまでの猛批判は決してしない。消去法で思考すれば最後に残るのはマサノブ君、“君”しかいないのである。だから、一連の開祖とその『御教え』批判投稿者は、=マサノブ という事になるのである。


このようなマサノブ君の不可解な態度と投稿内容から判断して、マサノブ君は「総裁」と言う肩書きでは、言い難い開祖・谷口雅春先生とその『御教え』批判を色々なハンドルネームを使って書き殴っている。このジキルとハイドという二面性を平気で行なっているマサノブ君は非常に卑怯極まりない人物であり、総裁の名に値しない卑怯かつ不適格な人間である。



E インターネットの電波に乗って、今やマサノブ君は、宗教家に値しない人間、「言行不一致」な宗教家、サヨク唯物現象論の価値観を持つレベルの低い宗教指導者という事が、全世界の信徒や宗教者に知れ渡ってしまったのである。「生長の家・掲示板」を閲覧している大抵の人々は、「あの偉大な谷口雅春先生の『生長の家』もここまでレベルダウンしてしまったとは!嗚呼!」と嘆いているのである。此処まで天下の『生長の家』の評価を貶めてしまったのがマサノブという三代目“君”なのである。それをこともあろうに、マサノブ君は「掲示板」の上で、「この様な自分に育てたのは親である清超先生の責任、その清超先生を育てたのは雅春先生であり、責任は父母・祖父母にあって自分にはナイのである」とキチガイ沙汰としか思えない非常識極まりない完全な責任転嫁を図っているのであるこの様な考え方は世間では通用しない。また、「生長の家」の世間的評価を落としたのは、自分(マサノブ)ではなく、「本流信徒」達であるともいっている。このように常識では決して考えられぬ責任転嫁をなし、本当に卑怯極まりなきニセ宗教家である。



F 「講習会」の参加者の全国的激減傾向の責任はマサノブ君、“君”自身にあるのである。マサノブ君の話の内容が信徒の希望するところとは大きな隔たりがある。宗教は、衆生救済が第一であるのに、マサノブ君は衆生救済は救済希望者の個人的なエゴであるから運動方針から削除して、それよりも地球それ自体の生命救済が最も重大視されなければならぬと云う。信徒とマサノブ君のこの考え方の落差が大きくなるにつれ講習会の参加者が減少しているのである。「あんなマサノブの如き環境論なんて聞きたくない。全然理解できない」という信徒が圧倒的多数である。しかし、信徒である以上は「講習会」は義理で参加しなければならないから一応は顔を出すだけ。だから、弁当を食べて義理を果たして午後の部を聞かないで帰ってしまうのである。このように、教勢衰退は、信徒の希望する話と、マサノブ君の個人趣味の「信徒に取っての聞きたくない」話の大きな隔たりに根因があるのである事をマサノブ君は気が付いていない。いや、気がついているが一向に改善しないのは、「生長の家」の完全解体を加速させるためであるのである。マサノブ君、“君”は「生長の家」を完全解体する事を以って開祖・谷口雅春先生を見返し凌駕したい強烈な欲望の鬼になっているのである。常識では決して考えられぬ事柄である。



G マサノブ君、“君”は今回の小生のこの<手紙>なるものを読んで、その表現が自分と対等の座について見下すかの如きケシカラヌ書き方であると大立腹しているであろう。しかし、それは違うのである。“君”は『生命の實相』その他の開祖の御著書によって、真の「生長の家」の真理を把握したとはとても思えない。“君”の思想は「サヨク唯物現象論」であって、衆生の現象的救済力はゼロに等しい。第一、“君”は本来の「生長の家」の『御教え』によって自己の人生問題の悩みを解決した明確なる体験を持っていない。自身の具体的体験ナシに、世界最高峰の唯神實相神学を批判しても、それは自信なき単なる屁理屈批判論にしかすぎないのである。しかし、小生は『生命の實相』によって幾つもの自己人生の具体的問題を解決した生きた体験を持つ。その結果、誰がなんと言おうとも「生長の家」の真理(唯神實相教学)が世界最高峰の実践哲学であり、最高峰の真理求道の道である確証を得るに至ったのである。『生命の實相』を人生最大のバックボーンとして来た入信歴50年を越す古参信徒の一人である。小生から見れば、マサノブ君,“君”はまだまだ生長の家」真理の把握と求道心に於いては未熟極まりないものなのである。だから、“君”が総裁の座に座る資格はないといえるのである。



H と言って、小生はマサノブ君、“君”が根っからの『ワル』だとは決して思ってはいないのである。だから、毎日『生長の家・實相顕現の祈り(3)を祈念し、“君”の神の子の實相顕現を祈って居る。“君”は現在、余りにも深い迷妄の霧と靄に取り纏われているに過ぎないと観て、<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満なる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>との祈りである。



I マサノブ君、“君”の實相は神の子であるが、三次元現象世界の姿は、その實相が蔽い隠されている。これを「神性隠蔽」という。このままでは、教祖反逆・祖国反逆のままで霊界移行する事になり、厳しい因果律によって、否応なく“君”のあまりにも大きな傲慢・驕慢の人生のツケを払わねばならぬのである。宗教を職業とした人の犯した罪は一般衆生大衆の罪よりも大である。このことにマサノブ君,“君”が一日も早く気付くべきなのである。開祖・谷口雅春先生の『御教え』に反逆して教勢をここまで急落させ、そして、教団を赤字転落させた一般社会でいう所の「経営者責任」を深く自覚して、これ以上、宗教的・経営的無能者の姿を全世界にインターネットを通じてばら撒かぬよう、このあたりで自ら潔く「総裁職」を辞任し、静かに教団を立ち去ることである。そして、後のことは、全て『神様が善きように、善きようにとお計らい済み』であると信じて・・・



2016-01-18 16:22 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.20
2016年01月17日(日)






開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.20






[670] 白鳩会幹部「憲法9条改正に反対!」青年会リーダー「中国が尖閣を占拠しても報復はダメ」・・・・・いつの間に反戦護憲派の団体になってしまったのでしょうか?

愛国太郎 - 2015年09月27日 (日) 10時53分



愛国本流掲示板より・・・・・

《速報!》憲法改正に反対。雅宣教団は、憲法改正に反対なのでしょうか。 (9744)

日時:2015年09月23日 (水) 20時50分
名前:ロード

「谷口雅春先生に帰りましょう」より

《速報!》憲法改正の署名を断られ、教団を退会した信徒が出ました! - 破邪顕正
2015/09/23 (Wed) 19:17:10


中国ブロックのある教区でのことです。

白鳩会の教区幹部のその方は、谷口雅春先生の教えから言って、とにかく「占領憲法」は改正されなければならないとして、積極的にその署名活動を行っていました。

で、その方は、白鳩会の会員等にも署名をお願いして廻りました。

ところが、返ってきた答えは…。

「谷口雅宣総裁先生は、今の憲法は平和憲法だから、改正してはいけないというお考えよ。どうして、平和憲法を改正しなくてはならないの。総裁先生のお考えに反するような、そんなことに署名はできません。」

それが、一人や二人ではなかったのです。

その余りの現実にショックを受けたこの幹部の方は、「谷口雅春先生の教えを裏切るような教団にはこれ以上、ついていけない」として、組織を退会することを決意されます。

この話に、私は本当に感激しました。

今、全国で、「占領憲法」改正の署名活動を行っています。

どうぞ、心ある皆様、教団の信徒の方にどんどん署名をお願いしましょう。

その上で、憲法改正に署名せず、これを平和憲法だとして擁護するのであれば、はっきりと、谷口雅春先生が何を訴えておられたかお伝えしてまいりましょう。

「占領憲法」をもって、一つの“踏み絵”となすのです。

谷口雅春先生を裏切ってまでも「占領憲法」を擁護する側に与するのか。

それを信徒ひとりひとりに問うていこうではありませんか。




あの田中静壹大将の末裔が雅宣教団に入ると「ストーカーの唄」と反戦左翼運動にはまってしまうのですね・・・・ (9732)

日時:2015年09月22日 (火) 15時18分
名前:guzuguzu6

『高祖母の義理の従兄が田中静壹大将! 』

2015-01-19 13:55:46
テーマ:生長の家

人生って、不思議な縁がありますね。
以前から、母方の家が田中静壱大将と関係があるらしい、という噂はあったらしいのですが、今回、戸籍謄本で証明されちゃいました!
母の曾祖母、私の高祖母の前田かじ(旧姓:黒田)の従妹が、田中静壹大将の奥様の田中操(同じく、旧姓:黒田)夫人だったのです!
田中静壹大将と言えば、陛下の信任も厚く、宮城事件(戦争継続派の若手将校らが玉音放送阻止のために皇居を占拠した事件)でも活躍された人です。
奥様の操夫人が、私の遠縁にあたるわけですが、この操夫人は田中大将がマラリヤで倒れた時、軍隊嫌いだった生長の家の中嶋講師を無理やり説得して「肉体はない!現象はない!病気など存在しない!」ということを病室で講義させ、田中大将の病気を解放させたのです。操夫人の影響で田中大将は生長の家信徒となり、宮城事件の鎮圧の際も、終戦の責任を取って自決する際も、常に『聖教甘露の法雨』を持たれておられました。
この田中大将の話は後世に伝えていかなくてはいけないと思いますので、近くこのブログか公式ブログにも書く予定です。
龍野では、田中大将のお墓の近くに「平和の軍神 田中静壹」と書かれた碑がありますが、知らない人の方が多いのが現実です。
それにしても、不思議なのは、前田かじさんと言えば、霊感のある母のところにたびたびあらわれた人だ、ということです。
母が園長の生命学園では、毎年、田中大将の紙芝居をしていたのですが、霊界からの御縁もあったのでしょうか?
私は自分では生長の家の「二世信徒」だと思っていたのですが、二世どころか、こりゃ、霊界を通じて高祖母からの縁も知れませんね!
ありがとうございます、ありがとうございます。
今年はさらに、人類光明化運動・国際平和信仰運動・自然と共に伸びる運動に邁進していく所存であります!』


『ストーカーの唄について 』

2015-01-14 10:17:40
テーマ:ブログ

私は、ストーカーの唄という曲が好きで、人生初カラオケで歌ったのがそれです。
あと、人生初カラオケは、去年の10月です。(笑)その時のFB記事がこれ。
今日は打ち上げで、人生初のカラオケに行く。
このことを、ツイキャスで最近知り合った東京のJKのツイキャスにコメントすると、かなり驚かれた。
「え?日野君ガチでカラオケに行ったことないの?」
で、そのツイキャスで、一人カラオケなるものが存在することを初めて知った。
さて、●●大会優勝祝いに行くか。
ついでにいうと、そのツイキャスで「傷メイク」なる言葉を知り、知った言葉は使いたくなる私は、FBのチャットを使って隣の高校のJKに「傷メイクってしたことがある?」と聞くと、「ありませんよ。結構リアルですよ?みてみますか?」と言われ、かなり凄惨な写真が送られてきました。(笑)
それはおいといて、次の日のFBです。
昨日はね、人生初のカラオケで倒れました。(笑)
今日は生長の家の青年誌友会。
「ストーカーの唄を歌った」といったら、●●さん以外、誰も知らない歌だった(^_^;)
警察のお世話になりたい高校生は、実行してください(笑)
怖がらないでね 好きなだけ♪
https://www.youtube.com/watch?v=THx62sQM8W0
職員室の連絡網 盗んで知った 電話をかけるのはこれで63回目
持前の情報法 駆使して知った 貴方のお家は三丁目
※絶対に実行してはいけません
これ、結構、ネタで書いています、念のため。(笑)
いや、「君が代」以外、歌えないと思っていた私の同級生は、私が彼らが知らない歌をうたい、かなり、驚いていましたよ?凄いでしょ?(笑)
以後、カラオケには行っていません。音痴なうえに、歌うだけで体力がなくなるとは、想定外だったなあ。(^_^;)
そうそう、私は280位ぐらいで、下に30人ほどいた。「日野よりも下に30人もいるんか!」と、同級生が驚いていましたよw』

『ストーカーの唄を歌って何が悪い!(笑)

2015-01-24 15:46:58
テーマ:ブログ

私の事を色々と批判する人がいて、特に2chやしたらば掲示板とかいう匿名掲示板で好き勝手言っている人がいるけど、まあ、そういうのは私は基本的に相手にしないのですが、最低限の反論はしておかないといけませんね。
だって、「ストーカーの唄をカラオケで歌った」と、ブログに書くと、「生長の家信徒とプロフに書いている者が、そのような記事をブログに書くな!」という、意味不明のご指摘が来たのですから。(笑)
生長の家信徒の人が、カラオケで何を歌おうが、安心してそのことをブログに書き、「生長の家信徒」という肩書(?)を隠さなくとも、趣味を共有できる人と繋がれる、そういう世の中にしないと、生長の家青年会に人は集まらなくなります。
誰とは言いませんが、私のブログ記事下部の「リンク」欄には生長の家信徒の人が沢山いて、その中にはなんと、ビートルズファンの人もいますよ。(笑)ストーカーの唄なんか、凄く上手に歌う人です。
その人もツイッターで「谷口純子先生の話を聞きに行く」というような公開ツイートをしていましたが、谷口純子先生へ誹謗中傷を行っている人がこの人を割り出したら、どんな誹謗中傷をするかわからないのでこれ以上のことは言いません。
教区青年会の副委員長も、阿部真央氏のファンで「ストーカーの唄」が好きだそうですから、結構、生長の家の青年会では人気のある曲だったりして。(笑)
そういうことですので、生長の家信徒の中学・高校生の皆様、少し頭の古い人の批判なんか気にせず、カラオケに行きたい人は、是非、行ってください。私はもう、当分、カラオケに行くことはないと思いますが。(笑)』



『生長の家兵庫教区相愛会教区大会&合同生命学園

2014-12-10 15:44:16
テーマ:生長の家

12月7日、生長の家兵庫教区の相愛会教区大会がありました。
教区大会で生命学園の活動紹介をするため、合同生命学園を同時開催しました。私も地元の生命学園のスタッフとして、生命学園の生徒・父兄とともに参加させていただきました。
教区大会では、生命学園の生徒二人が代表して感想文を発表しました。二人とも小学五年生です。
発表の後、教区大会で発表した女の子の一人と、その従妹二人と談笑。三人とも、小学生見真会で私の担当でした。
三人とも中学時代になると、青年会活動に参加してくれるそうです!!私の後継者になってくれるといいなぁ。(笑)
合同生命学園で会う先生方に「青年会をよろしくお願いします!!」と、僭越ながらもお願いさせていただきました。
これからも、人類光明化運動・国際平和信仰運動・自然と共に伸びる運動に邁進していく所存であります。
私は、小学生四年生の頃に谷口雅宣先生の『神を演じる前に』と『足元から平和を』を読み、地球環境問題と生命倫理問題に関心を持ちました。私は自分では真正保守のつもりですが、その根本は、谷口雅春先生と谷口雅宣先生が伝えられた御教えです。
雅春先生と雅宣先生の言っていることが違う、と言う方もあるかもしれませんが、雅春先生も、清超先生も、雅宣先生も、同じ事しか言われていません。ただ、今の小学生・中学生の信徒に、例えば雅春先生の『占領憲法下の日本』や『限りなく日本を愛す』を読ませたりするのは――私は小学五年生の時にそれを読みましたが――避けるべきでしょう。
大規模な気候変動、肉食増加による食糧危機、放射能汚染、年間20万人近くの堕胎とそれを後押しする生殖医療の発達、ES細胞・ヒトクローン胚・動物性集合胚の問題―――科学技術の発達した現在において、これらの問題に対処するのは宗教の使命であるとともに、未来の科学技術の発達の担い手としての子供たちを育てていくことは、何よりも重要なことであります。
私はこれからも、青年会活動を活発に行ってまいります!!』

雅春先生の聖典は絶版にして、代わりにストーカーの唄を歌う青年会って、生長の家の青年会と言えるのでしょうか?



兵庫教区青年会H君「中国海軍が尖閣諸島を占拠した際、日本が報復に中国の海軍基地を攻撃することは、「交戦権の発動」であって、『日本国憲法』に明白に違反する」 (9731)

日時:2015年09月22日 (火) 14時54分
名前:guzuguzu6

国家の安全保障よりも、民主主義よりも、憲法のほうが大切なんですね・・・・・・。



「戦争参加法制」強行成立に思う――立憲主義が民主主義の暴力に敗れた日

http://ameblo.jp/hinotomoki0411/entry-12075592625.html

2015-09-21 14:16:37
テーマ:ブログ

自衛権とは、正当防衛権である。しかし、その範囲は、時と場合と場所によって、変わるものである。

例えば、我が国においては、恋人が暴漢に襲われた際、その防寒を殴り倒すのは「正当防衛」である。しかし、その暴漢が素手で恋人を襲っているにもかかわらず、ナイフでその暴漢を刺殺した場合、損傷致死又は殺人に問われる。(私ならば刑務所行きを覚悟でそいつを殺すだろうが、それは正義に反することなのだ。)

アメリカだと、住居の敷地に入った不審者が「フリーズ!」と言って止まらなかったことを理由に打ち殺しても、「正当防衛」になることがある。(殺した方に民事賠償が請求されることはある。)

国際社会では、自国と密接な関係にある他国が攻撃された場合、その他国防衛のために武力を行使したり、交戦権を発動することは「正当防衛」だ。

だが、我が国には『日本国憲法』が存在する。『日本国憲法』第9条第2項には、次のように記されている。

『日本国憲法』第9条第2項

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

これをよむと、「陸海空軍その他の戦力の不保持」の部分には「前項の目的を達するため」という「限定詞」がある。解釈次第では、戦力の保持も認められうる。つまり、自衛隊が合憲である、という解釈も成り立つのだ。

ところが、ところが・・・・・後段部分の「国の交戦権は、これを認めない」の部分には、そのような限定詞がない。つまり、正当防衛のためであっても、交戦権を発動できないのである。

例えば、在日米軍基地の共同防衛等は集団的自衛権の行使に当たるが、「交戦権の発動」ではないので、『日本国憲法』には違反しない。しかし、中国海軍が尖閣諸島を占拠した際、日本が報復に中国の海軍基地を攻撃することは、「交戦権の発動」であって、『日本国憲法』に明白に違反する。

そのような規定はおかしい、という方もおられるであろう。それは、その通りである。

小沢一郎先生は「純粋法理上は『日本国憲法』は無効である」と主張している。また、大聖師・谷口雅春先生も帝国憲法復原改正運動を提唱されていた。

但し、私は占領憲法について、「完全無効論」の立場は取らない。南出喜久治先生の「『日本国憲法』は憲法典としては無効であるが、講和条約としては有効である」という「憲法新無効論」の立場に立つ。

この場合、『日本国憲法』は講和条約なので、同じ講和条約である『サンフランシスコ平和条約』のほうが『日本国憲法』よりも優先される。『日本国憲法』では禁じられた交戦権の発動も、『さん負担シスコ平和条約』で認められた個別的自衛権または集団的自衛権の行使や、国連安保理決議または平和のための結集決議によって行われる武力行使への参加の範囲内であれば、無制限に認められる。

だが、『日本国憲法』が無効との議論は意味がない、といったのは安倍晋三自身である。『日本国憲法』が憲法典として有効であると主張する安倍政権が『日本国憲法』を無視することに私は反対しているのである。

立憲主義と民主主義が正面から対立する時代が、ついに、やってきた。

いや、こうした時代は、すでに始まっていた、と言ってもよい。2010年6月2日、菅直人が総理大臣に就任して以来、この国には「民主主義の暴力」の時代が到来した。

「民主主義の暴力」の最終段階が、ファシズム体制の樹立と、社会民主主義的平和革命の成立の、いずれかである。

私にとって、ファシズムとは、「国家主義・優生学・国民主権原理を目的、名目又は手段とする反自由主義・非立憲主義的なプロレタリア独裁体制」である。これに該当するのは、ナチスドイツ、イタリアのファシスト党政権、戦前日本の一時期、昔の中南米諸国である。

安倍晋三は、ファシストにはなれない。労働者の権利を破壊しているからだ。しかし、その手法はファシズム的である。

「国家主義・優生学・国民主権原理を目的、名目又は手段とする反自由主義・非立憲主義的」政治を、安倍はまさに実行している。そして、このような政治自体は、民主主義とは矛盾しない。

「戦争参加法制」は、「民意」を受けて選挙で圧勝した、安倍自民党によって強行採決された。この手続き自体は、間接民主制の必然である。

しかし、この瞬間、日本は民主的手続きによって立憲主義を放棄した。

保守派の人間――私を含む――は、「憲法を守れ!」というと、何か、とてつもなく悪いことをしているような感覚に襲われる。その「感情」を、安倍は利用した。「法理」よりも「感情」の政治を行った。

そもそも、今回の「戦争参加法制」は、アメリカの侵略戦争に参加することを拒否するための歯止めが存在しない。イラク戦争での後方支援については、高裁レベルでは違憲判決が出ているのであるが、安倍にはそのあたりのことが理解できているのであろうか?

「イスラム国」事変以来、我が国は、かつての大東亜戦争を忘れたかのように、アメリカによる「イスラム国」への空爆に拍手喝采し、左翼マスコミまでもが後藤健二さん殺害への報復を主張し、そして、今回は、こうしたアメリカの行為を後方支援するという。

一方で、日本を守るために、維新の党が提出した『領域警部法』については、廃案にした。「日本を守るため」という、安倍の掛け声が嘘であることは、このこと一つをとっても明らかであろう。

今からでも遅くはない。

「戦争参加法制」の廃止と『領域警備法』の制定に向けて、我々清の愛国者(≠安倍信者)は、邁進すべきである。

谷口雅春先生の法灯継承者である生長の家の総裁・谷口雅宣先生も、「戦争参加法制」に反対する見解を公式ブログ「唐松模様」の「今なぜ、国防政策の大転換か?」 という記事で述べられ、「戦争参加法制」に反対する旨、明確に述べられているほか、生長の家の普及誌でも「戦争参加法制」に反対する記事を複数回乗せられている。

その他にも、生長の家の複数の地方講師の方が、「戦争参加法制」に反対する文章をブログやフェイスブック、ポスティングジョイに掲載されている。





<感想>


白鳩会も青年会も、本部だけでなく、地方組織までもが反戦護憲派になってしまっているようです。
生長の家が帝国憲法の復原改正運動をしていたことも忘れてしまったのでしょうか?





2016-01-17 17:40 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.19
2016年01月16日(土)









開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.19
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[704] 「理屈屋マサノブ君」はやはり辞職すべきであります。 H ――― マサノブ・ニセ総裁の「谷口雅春原理主義者」の思想は間違った思想であり、反対者追放の口実として使われた!

上泉信綱 - 2015年10月01日 (木) 10時09分



@ 「生長の家は原理主義を採らない」――このマサノブ発言は、「マサノブ独裁体制」確立のための戦略的宣言であった。

A 元々、開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」には、「原理主義」などなかったのである。

B 「谷口雅春原理主義者」の烙印を押して有為なる人材を追放し、現在の如き「教勢低下」、「信徒脱退」、「教団赤字化」を招いた。その責任者は、マサノブ君と全理事参議の意見せぬ金の亡者達である。

彼らを待っているのは無限回数よじ登っても切れてしまう『蜘蛛の糸』である!



*******************




<解説>


 マサノブ君は、自分の考え方に反する本部講師を「谷口雅春原理主義者」と看做して、左遷・降格・減給・自主退職へ追い込んで教団から追放してきたことは何人も認めていることであります。


 マサノブ君の思想は、一言で言うならば「サヨク唯物現象論」という思想であります。


 マサノブ君の「原理主義」という思想の内容は、彼の『信仰による平和への道』7頁に示されているように、例に洩れず、キリスト教の考え方の「原理主義」であります。自分の「サヨク唯物現象」の教えに反抗する本部講師達を追放する理由付けとして「これは利用できる」と飛びついたものと考えられるわけであります。


 マサノブ君の理解する(利用する)「原理主義」とは、―――
1、聖典の無謬性と文字通りの解釈を主張する。
2、自分たちと他の教派とを対立的に見る。
3、歴史を“神の計画”の一部として見る傾向がある。
4、社会問題への関心よりも個人的な救済を重視する。


 マサノブ君は、上記四つのうちの特に一番目を取り上げて、開祖・谷口雅春先生の『御教え』の全相継承をなす者を「原理主義者」として追放したのであります。しかし、「原理主義」の上記四つの内容は「生長の家」に於いてはいづれも当てはまらないものであります。以下、説明申し上げます。



* <聖典の無謬性と文字通りの解釈を主張する>に関して言えば、―――

開祖・谷口雅春先生はその御生涯にわたって、何百冊もの真理の書物を書かれ、真理をあらゆる角度から、日常生活の平易な言葉で誰にも解るように説かれたのであります。御著書の他に、ビデオや録音テープも沢山遺されました。

徳久克己先生も『生命の實相』を実に熱心に熟読され、この世のあらゆる問題の解決方は、すべて開祖・谷口雅春先生の御著書の中に書かれている、と申されていました。一方、マサノブ君は『生命の實相』という基本聖典すら、素直な気持で心を無にして読まず、アラ探し、マチガイ探し、自分の主張に都合よく利用できるところ探しの気持で“拾い読み”しているのでありますから、教えの後継者を名乗りながら、『御教え』の正しい深い理会には至っていないのであります。

それどころか、逆に「タブーに挑戦する」といって、開祖・谷口雅春先生とその『御教え』は不完全だったと盛んに「トキ掲示板」で匿名のハンドルネームを使って、最近ではキチガイの如く批判を続けているのであります。

この様なわけでありますから、マサノブ君の言う『聖典の無謬性と文字通りの解釈を主張する』とは開祖・谷口雅春先生の『御教え』とは全然関係のない事柄であります。ニセ総裁・マサノブ君の「マサノブ教」擁護のための言葉だけにしか過ぎないのであります。マサノブ君は、決して「生長の家」の『御教え』に通暁してはいないのであります。



* <自分たちと他の教派とを対立的に見る>に関して言えば、―――

これも全く「生長の家」の教義から見れば間違った見解である事が解ります。即ち、「生長の家教義」第五条には、―――

『本教の教義の大要は世界全ての宗教は唯一の本源より発するものにして、万教は唯一の真理に帰一し、人間救いの原理も唯一にして二あることなきことを宣言するものにして、教えの創始者谷口雅春の唯神實相の神学を鍵として全世界の宗教の経典の真義を顕示して人生に光明あらしむるものである。』

このどこに「生長の家」の教えと他の宗派の教えとは対立する個々別々のものであるなどと書かれているのでしょうか? むしろ逆で、『万教は唯一の真理に帰一し、人間救いの原理も唯一にして二あることなきことを宣言する』と万教の人間救いの究極の真理は同じものであり、その事は開祖・谷口雅春先生の『唯神實相神学』を鍵として万教の教えを紐解いていけば解ると書いてあるのであります。

マサノブ君は、キリスト教でいわれている原理主義の特徴の一つのことなど引用して来ること自体がマチガイであり、彼が『御教え』の深き大切なところを何もわかっていないことを暴露したに過ぎないのであります。



 <歴史を“神の計画”の一部として見る傾向がある>に関して言えば、―――

マサノブ君の大東亜戦争観は、日本が起した「侵略戦争」と見ているのであります。しかし、開祖・谷口雅春先生の「大東亜戦争観」は宇宙の摂理として現われた避けることが出来なかった「聖戦」であったと云うことであります。このことは「梅の花の神示」には、―――

『大東亜戦争における<摂理の内部的動力>とは、「人類は霊的に互いに兄弟であるから有色人種の植民地の国々を民族自決によって独立せしめねばならぬ」という<理想>であり、大東亜民族解放のための戦いであった。そして日本はその開放のために一人十字架を背負って侵略国の汚名を着せられたのである。』と有ります。

マサノブ君は、開祖・谷口雅春先生の<摂理の内部的動力>を「神の計画」と理解しているのであります。この辺のところがマサノブ君の霊的音痴の低脳さであります。何故なれば、「原理主義」では『歴史を“神の計画”の一部と見るけれども、開祖・谷口雅春先生の歴史の定義は、―――

『歴史と言うものは、現象界に實相が如何に投影し表現されて来るかということの、その現われ方、即ち實相が現われる場合の作用、反作用という風なものを次第に追うて並べて行くことによって、その民族に如何様に實相が現われ、實相が現われんとするに当って如何に反作用を起こし、自壊作用を起したかを知り、それをずっと時間的に貫いて観てそこに實相が如何なる相を以って現われるかという事を知ることによって、大宇宙に於ける日本国の位置及びその将来性を知り、現在自分が国家構成の一員として及び個人として如何に生きて行くべきものであるか、将来この世界は如何に発展して行くべきものであるかということをはっきりさせるためのものが歴史の研究であります』(『古事記と日本国の世界的使命』4〜5頁)

此の御文章の「歴史」の定義によってマサノブ君の引用した歴史に関する「原理主義の見方」はマチガイである事が解るのであります。



 最後にマサノブ君の言いたかったのは、<社会問題への関心よりも個人的な救済を重視する>ことこそ『原理主義』の特徴であって、このことは、「生長の家」で人類光明化運動と称している、衆生救済としての「病悩苦」からの解放運動こそ原理主義なのである、それよりも、社会問題への関心――地球環境保護改善――こそが「生長の家」の今日的課題であるから、自分は「原理主義」を脱して環境問題へ教団の運動方針を転換したのは正しい、―――このように主張したいのであります。



此処でいえることは、宗教の存在目的の第一は、あくまでも衆生救済であり、「病悩苦」からの解放であります。マサノブ君は「病気を治してもらいたかったら、病院へ行きなさい。個人の病悩苦が解決されても地球が死の星になれば元も子もないではないか? 今は個人の救済よりも地球の救済が第一だというのであります。


病院へ行っても治らない難病奇病は宗教信仰で治る場合も非常に多いのであります。メタフィジカルヒーリング、――此処に宗教存在の意義(霊的究極的原因からの奇跡的治癒)が有ります。マサノブ君が幾ら頑張っても「マサノブ教団」の必死のCO2削減努力など地球全体から見れば焼け石に水の効果すらないのです。火山の噴火・ジェット旅客機の増便・局地紛争の多発等によって「マサノブ教団」のCO2削減努力は水の泡!又、地球温暖化の原因はCO2の増加と確定されてはいない。太陽の黒点増加の原因説もあります。だから、こんなことに信徒の浄財の全てを優先的に使うことなんて馬鹿げているのであります。マサノブ君の強烈な自己顕示欲望の現れにしか過ぎません。そして、一方では信徒の浄財を基にして「自然との共生」という美名の下で優雅な宗教貴族生活を送っているのであります。





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[776] 「理屈屋マサノブ君」はやはり辞職すべきであります。 I ―――マサノブ君の自作自演の全世界に知れ渡った「ニセ・法燈継承劇」は今世で反省懺悔しなければ、来世以降の輪廻転生過程において大なる「負の遺産」として未来永劫、背負っていかねばならない!

上泉信綱 - 2015年10月08日 (木) 08時34分



@ マサノブ君は、二代目・谷口清超先生から「法燈継承」を認可されていない。

A だから、平成21年3月2日、総本山にての「法燈継承祭」は、自作自演の「法燈継承劇」で、全信徒を騙した。故に、マサノブ君はニセ法燈継承者である。

B 此のことは、インターネットによって、全世界の信徒や宗教に関心を持つ人たちに大きく知られつつあり、マサノブ君は世界的評価の高かった開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」の評価を大きく低下させた。直ちに辞職して開祖・谷口雅春先生に対する巨大な「法罪」を謝罪すべし!




「法燈継承」に関してのマサノブ君の公式発言は、―――


『歴史から何を学ぶか』(第三代目・谷口雅宣総裁監修)には、平成十五年度の本部講師・本部講師補全員を対象とした教修会での雅宣副総裁の講演が記録されており、当時の雅宣副総裁は次のように語っております。

1、 『現総裁が面授によって次期総裁を決定されることが、法燈継承の理想形であり、生長の家においては、それを教規に明文化し、かつ実際に行っています。』(p.165)

2、 『生長の家の法燈継承というものは、単に「師と弟子」の二者間で云わば“個人的”に“内密に”行なわれるのではなく、公に発表する形でも行なわれるし、そのことを「教規」に書いてきちんと制度化しているのであります。』(P.179)

3、 『法燈継承が何時行なわれるか・・・実はですね、私も完璧な自信があったわけではない。(笑い)それで清超先生に・・・私への法燈継承はあったのでしょうか?――ズバリそのまま聞きました。すると、先生は不思議そうな顔をされましてですね、「それはあなたが副総裁になった時に--------」とおっしゃった。』(P.178)

4、『具体的に申し上げますと、私が生長の家副総裁になったのは平成2年の11月の秋季大祭のときです。・・・生長の家教規第10条の規定に従って私が副総裁になったので、そのときに法燈は継承されたというのが正しい答えであります。』(P.179)



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<解説>――― ニセ法燈継承詳論


 「生長の家教規」には明確な「法燈継承規定」は存在せず、また、清超先生による“面授”も“正式発表”もなく、あせったマサノブ君は、自作自演の“法燈継承劇”を演出し、清超先生御昇天後、平成21年3月2日、総本山にてダメ押しの「法燈継承祭」を強行。<定められた生長の家の伝統に則って、谷口清超先生から面授によってこの真理の大道を継承させていただきました。そしてただ今、住吉大神の御前で大真理の眼晴(がんせい)の継承を祈念申し上げました。>と宣言し、住吉大神さまと全信徒を欺瞞したのであります。 


 余りにもヒドイ岡本光生・本部講師の“法燈継承”2本の松明(たいまつ)論

岡本本部講師(マサノブの提灯もち)曰く、――

『平成15年度生長の家教修会(本部講師・講師補が対象)の第2シンポジウムで、雅宣先生は「この中で、私が既に法燈を継承している、と思う人は手を挙げてください」と云われ約半分の人が手を上げた。続いて「私は未だ法燈を継承していない、と思う人は?」と云われ、これも約半分が手を上げた。この時の雅宣副総裁先生のお答えは「実は、私も分からなかったのです。そこで清超総裁先生の所へお伺いに行って聞きますと、清超総裁先生は怪訝な顔をして、『それはあなたが副総裁となったときですよ』といわれたのです。これで私たちにも、雅宣先生がその当時(平成15年)すでに法燈を継承済みであることがハッキリとしたわけです。この事が「聖使命」8月1日号に掲載されたところ、「聖使命」編集室の方へ問い合わせがありました。「それでは、清超総裁先生には法燈は無いんですか?」と。しかし、この質問者の法燈継承の考え方は“一杯のコップの中身を別のコップへ入れ替え、もとのコップは空になった”との発想から来ています。そうではなくて法燈を継承すると云う事は、“火を点ずる”こと、つまり一本の松明から別の松明へと火を移し点ずる。従って、松明は2本とも燃えている。清超総裁先生・雅宣副総裁先生お二人の法燈継承者が現在(平成15年当時)居られ、生長の家の教義の判断と解釈(判釈)はお二人とも出来る事になるのです。そして、雅宣先生は「この問題は、講師試験に出そうかな!」と云われていたので昇格試験を受ける人は心得ておいた方が宜しいと思います。・・・(要旨)」


 岡本本部講師の話は、何とも筋の通らない内容のものであります。法燈継承者が同時に複数いて、教義の判断と解釈はその人たちが別々に独立した最終的決定権を持っていると云う事であります。この実際上の矛盾が既に2件出ました。


 大東亜戦争について、清超総裁先生は開祖・谷口雅春先生のお考えを引き継いでおられ、侵略戦争であったなどとは決して発言されなかった。しかし、雅宣副総裁(当時)はハッキリ侵略戦争と断定した。教義の判釈はどちらが正しいか、講師も信徒も共に迷う。


 日本教文社の蔡焜燦氏著「台湾人と日本精神」については、清超総裁先生は「良書として推薦します」、雅宣副総裁(当時)は、「日本精神は既に死んだ言葉、この本は台湾独立を支持している、政争の具になるから販売禁止する」と。どちらが正しいか、講師も信徒も迷うのであります。


 このように、法燈継承を2本の松明に喩えて解説する事は、上記のような具体的矛盾(2本の松明の火の色・明るさは異なる=判釈の相異を生ずる)を含んでいるから比喩としては間違いであります。


* 最も適切な比喩は生長の家長老・本部講師・禅の大家であられた田中忠雄先生の盃の水の喩え「一滴も残さず、零さず、他からのものも混ぜず、そのまま次の盃へ移し替えること」であります。末端の浅学菲才の一信徒でさえ気がつくことさえ気が附かない(気が付いていても云えない!)本部講師の指導講話、情けない限りであります。



 マサノブ総裁は本当に法燈を継承したのか? 自称の継承者に過ぎないのか? ―――

(イ)生長の家の教規第10条の規定は総裁・副総裁に関する規定であって、どこにも「法燈継承」という文言はない。第11条には<総裁および副総裁は教義を総攬し・・・>とあるが、この中の「教義の正釈と徹底」が「法燈継承」を前提としているという解釈は成り立つと考えられる。しかしこの事を以って「法燈継承の規定」であるとの見方は無理で「法燈継承の明確な規定」であるとは云い難い。

(ロ)谷口清超先生は、「総裁法燈継承」と云う表現をされている。これは「総裁という法燈の継承」か或いは「総裁に就任した時に法燈を同時に継承すること」なのか、そうすると「副総裁就任時に同時に法燈継承が自動的になされる」という事と矛盾が生ずる。とすれば「総裁法燈継承」と云うのはまことに以って不可解な言葉である。「総裁」という言葉は、一つの組織の総覧者という役職であって、「法燈」という形而上的次元の言葉と直接に結びつけるべき言葉ではない。

(ハ)師と弟子とが対面して法の継承を認可する法燈継承にとって最も大切な「面授」は何時、何処で、どのような形と内容で行なわれたのか?これは「公に発表される」し、「教規の規定にも定めてある」とマサノブ君はいうが“何条”に規定されているのか? しかし、実際の規定など無い。『面授』に関しての清超先生からの発表も無かったし、聖使命新聞での公表も平成2年にも、それ以降にも無かった。勿論、副総裁就任時の法燈継承祭も執り行なわれなかった。

(ニ)マサノブ君は「平成2年11月の副総裁就任時に法燈継承した」と云い、そしてまた「平成22年3月1日総裁就任時に法燈継承した」とも云っている。この辺の大きな自己矛盾を矛盾とも感じないのであるか? 矛盾で無いとするならば「法燈継承」にも「総裁法燈継承」と「副総裁法燈継承」の二つがあると云う事になる。では、この二つは何処がどう違うのか?その答えは如何? 二人の法燈継承者の間に教義の異なる判釈が出た時にはどうするか? 何の規定もない。

(ホ)開祖・谷口雅春先生から谷口清超先生への教えの継承者指名の事実は、『菩薩は何をなすべきか』P.62に於いて、昭和50年11月号の『生長の家』誌上で明らかに公にされているのであります。



* かくして、結論的に言えることは、―――


@ 清超先生の雅宣副総裁に対する「面授」は無かった。だから、雅宣副総裁は、自分自身の“法燈継承済み”の事に関して完全な自信がなかったので清超先生のところへ走り“言質を取ったことにした”のである。ここで、マサノブ君は一世一代の「ウソの事実」をデッチあげたのである。

A 清超先生は、雅宣副総裁には「法燈継承者」としての教えの深き悟りと理解は無く、そして叉「法燈継承者」としての人間的資質にも欠けていると判断されていた。従って、正式な「面授」と「雅宣副総裁に法燈継承させる」との公式発表を最後までなされなかったのである。

B にも拘らず、清超先生は、雅宣副総裁を最後まで更迭されなかったのは、これは叉、別の事情によるものと推測される。

C 従って、第三代目・マサノブ総裁は、自称・法燈継承者に過ぎない。継承したのは清超先生のいわれる「教えの真髄としての不立文字」ではなく、清超先生の次男(御長男は夭折された)という理由のみによる「総裁の地位」の教規(第10条)による継承だけと云えるのである。この事の明白な証明は、開祖・谷口雅春先生の御著書の絶版と自己の肉体頭脳知による「今の教え」の中味を詳細に眺めれば一目瞭然なのであります。

D 最終結論は、第二代目法燈継承者・谷口清超先生から第三代目・マサノブ総裁への客観的に見ての副総裁就任時の正当なる法燈継承はなかったとしか考えられません。現・マサノブ総裁が“私は正当に法燈継承した”と主張するのであれば、第二代目法燈継承者・谷口清超先生自らがお書きになった、“認可書、或いはそれに替わるもの”を公にする責任があるのであります。従って、平成二十一年三月一日の法燈継承祭は、第二代目法燈継承者・谷口清超先生からの公式の認可(禅宗の場合の“衣鉢”)なき欺瞞(ウソ)の法燈継承祭であったと云わざるを得ないのであります。

E かつて、マサノブ総裁は「日本建国の理想はウソを言わないことであります」と言いました。と、すると、生長の家の最も重要な「法燈継承」に関して、法燈継承者自らが“ウソ”を言い、全信徒をダマシている、「日本建国の精神」を自ら踏みにじって「言行不一致」の手本となったことになるのであります。マサノブ総裁は正式な第三代目の法燈継承者ではなくして、あくまでも“自称”である事を忘れてはならないのであります。



<マサノブ君への忠告>

以上のごとく、君が正式な法燈継承者でなく、ニセの「法燈継承祭」を自作自演して世間と信徒とをだました事は今日では周知の事実であり、全世界にこの情報は広く知れ渡っているのである。君はこの不明を恥じて潔くこの罪を認めて「生長の家」教団を辞職すべきが当然である。曲がりなりにも宗教家として歩んで来た君自身の最後の身の処し方であります。






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[650] H.27.9.23「唐松(枯れ松)模様」挨拶文は、またまたマサノブ君の「言行不一致」の自らの紹介文だった!

板東太郎 - 2015年09月25日 (金) 11時26分



9月23日“森の中のオフィス”のイベントホールで、「布教功労物故者追悼慰霊祭」が行われ、マサノブ君が話した挨拶の要点は下記の如きものであった。


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平成27年(2015年)9月23日 「唐松(枯れ松)模様」=宗教の本領は“ムスビの働き”=(要点)


 << 今日は、午前10時半から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで、「布教功労物故者追悼慰霊祭」がしめやかに執り行われた。私はこの御祭で「奏上の詞」を読み、玉串拝礼を行ったほか、最後に概略以下のような挨拶を述べた: 
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・・・人間と自然が密接な関係にありながら、しかも調和し共存しているということは、とても大切なことであります。これは、双方が「結び合う」関係にあるということです。それが、自然と人間との本来の関係であるということを、私は皆さんに申し上げたい。都会には、残念ながら、この素晴らしい関係がもはや存在しません。・・・私たちの日常生活にも“結び合う”心をもっともっと反映させる運動を進めていこうとしています。これは、現在の世界全般の状況が、テロリズムや資源獲得競争に見られるように、相互に“結び合う”よりも、お互いに“はじき合ったり”“退け合ったり”“対立する”方向に進んでいることに危機感をもつからです。・・・宗教は一見、離れてバラバラに見えるものを結び合わせ、融合させるところに、本来の存在意義があるのです。・・・一見分離し、対立するように見える自然と人間の関係を、「融合する」方向に導かれようとしているのです。これこそ、宗教本来の役割です。 ・・・ 慰霊祭は「先祖の霊に感謝する」のが目的ですが、この「先祖の霊に感謝する」際には、私たちはどんな心境にならねばならないでしょうか? その際は、祖父母や親の生前の私たちへの想いや愛情、信念、信仰、社会的業績などを振り返ります。それは、ひと言でいえば、親やご先祖の心を、自分の中に取り込むことです。別の言い方をすれば、個人としての“心の壁”を取り払って、親やご先祖の心にまで自分の意識を拡大させるのです。親やご先祖の心を我が心としようという試みです。一見、別物のように感じられていた親やご先祖と自分の心の共通点を見出し、確認し、喜ぶことです。これが、宗教の得意とする“ムスビの働き”です。人間は、この“ムスビの働き”によって救いを得るのです。人間は、最終的には個人として生きるだけでは幸せになることはできません。なぜなら、私たちは、誰でも必ず肉体を棄てる時が来るからです。そのときには、どんなに多くの富、どんなに高い地位、どんな名誉を得た人も、それらを肉体と一緒にすべて捨てていかねばなりません。もし努力して得たものすべてを棄ててなお、幸せを感じる人がいたならば、その人は、それらのものを他の人や、団体、あるいは国家に与えること−−つまり、遺していくことに喜びを感じるからです。もうその時には、その人は「個人」として生きているのではなく、より大きなものの一部として生きている。つまり、「個」を棄てているか、あるいは「個」を超えているのです。より高次のものと結び合っているから幸せを感じるのです。  谷口雅宣



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<講評>


@ 今回も、マサノブ君は自分自身の「言行不一致」振りを暴露してしまったのである。彼は、冒頭で「自然と人間は“結び合う”関係にあるのだから調和し共存しているということは、とても大切なことであります。」と云って説教を始めた。注意すべきは、「自然と人間」のムスビ(調和共存)は言っているが、人間同士のムスビ(調和共存)には全然触れていない。


A 人間同士のムスビ(調和共存)にはマサノブ君は“脛に傷を持っている”からで、今日では、ほとんどの信徒がインターネット状報によって知っていて、「人間同士」のムスビ(調和共存)の説教をすると薮蛇になって行くことをマサノブ君は十分承知の助であるからである。このことは「マサノブ教」最大のアキレス腱である。


B マサノブ君は、義兄の宮澤先生と実弟の貴康先生を「谷口雅春先生原理主義者」としてのレッテルを貼って教団から追放し、実母の恵美子先生までを軟禁同然の生活を送らせていた。最大の親不孝者である。「開祖反逆罪」である。このことは多くの信徒に知れ渡り、このことに対してはマサノブ君は絶対的にいい訳は出来ない状況である。だから、信徒脱落の大きな原因となったのだ。マサノブ君が幾ら「ムスビ」という言葉で調和共存を説教すれども、「言行不一致」振りを知っている信徒は、お腹の中では「親不孝者、開祖反逆者が何を言っているのだ。顔を洗って出直して来い!」と冷笑しているのである。信徒のみならず、イソベ若頭、ユキシマ金庫番、オオツカお飾り雛や理事参議の茶坊主たちも同じ思いである。マサノブ君は、ここでも四面楚歌、裸の王様である。


C 続いてマサノブ君は自分のことは棚に上げてシャーシャーと説教を言ってのける。「先祖の霊に感謝する」際には、私たちはどんな心境にならねばならないでしょうか? 」と。「親やご先祖の心を我が心としよう。一見、別物のように感じられていた親やご先祖と自分の心の共通点を見出し、確認し、喜ぶことです。これが、宗教の得意とする“ムスビの働き”です。」 よくもこんなことをシャーシャーと言えたものだ。

普通の神経の者であれば、開祖・谷口雅春先生の御命の結晶である「生長の家」を破壊する事など思いも及ばないことなのだ。開祖・谷口雅春先生の宇宙最高の『御教え』の抹殺等は思いも及ばぬことなのだ。それを堂々と緻密な戦略を立てて着々と信徒を上手に騙しながら実行して行っている。だから筆者の考えるところでは、マサノブ君は正常な神経を持ち合わせておれば、親・祖父母・先祖に、己が「言行不一致」振りが恥かしくて、仏壇や先祖の墓地の前に座って合掌し読経など出来ない。だから、現在のマサノブ君は心を込めた先祖供養はしていないと思うのである。併し、彼は「オレはキチント毎日仏壇の前で読経をして墓参りもしている」というであろう。そうであるならば、彼の神経は完全に正常判断が出来ない状態となっている。精神分裂状態であり、統合失調症がとみに進行しているといえるのである。心霊学的には悪霊憑依状態であるのだ。


D 更に続いてマサノブ君のエラそうな説教は続く。『私たちは、誰でも必ず肉体を棄てる時が来る。そのときには、どんなに多くの富、どんなに高い地位、どんな名誉を得た人も、それらを肉体と一緒にすべて捨てていかねばなりません。もし努力して得たものすべてを棄ててなお、幸せを感じる人がいたならば、その人は、それらのものを他の人や、団体、あるいは国家に与えること−−つまり、遺していくことに喜びを感じるからです。もうその時には、その人は「個人」として生きているのではなく、より大きなものの一部として生きている。つまり、「個」を棄てているか、あるいは「個」を超えているのです。より高次のものと結び合っているから幸せを感じるのです。』 実のところ、この言葉はマサノブ君自らが言っているのではなく、憑依して来ている悪霊のコトバである。「悪魔はときどき神様のようなことをいう」その典型例である。


E やがては、地位財産名誉など全てを捨てて霊界へ移住しなければならないのに、マサノブ君ほど教団の中で自己資産形成や金銭欲の強い人間は居ない。「生長の家」解体、『御教え』抹殺という「開祖反逆罪」を犯しながら、「与えることに悦びを感じる生き方をしなさい!」とは腹にもないことをよくも此処まで悪びれもなく言えたもんだと思うのである。


F 最後にマサノブ君に憑依している悪霊が正体を表した表現がある。『より大きなものの一部として生きている。「個」を超えているのです。より高次のものと結び合っている』―――此の『より大きなもの・「個」を超えているもの・より高次のもの』とは、開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」を地上から取り除こうとしている霊界の巨大悪霊集団であり、マサノブ君はそれらと『結び合っている』という事をほのめかしていることが解るのである。


G マサノブ君は、「ジキルとハイド」の二面性を使いわけている人間である事を忘れてはならない。「総裁」という表の顔が「ジキル」であり、「実際に行なっていること」は「ハイド」という表の顔とは反対のことばかり、つまり「言行不一致」の行動だ。われわれ信徒はマサノブ君の「言行不一致」の実行面の観察を怠ってはならず、決して宗教家気取りで話す表の顔の「ジキル」の説教にウッカリと騙されてはならないのであります。




2016-01-16 18:49 | 記事へ |
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御高弟著作シリーズ 「幸せは今ここに」 北尾巳代次先生<第二十八回>
2016年01月15日(金)






御高弟著作シリーズ 



「幸せは今ここに」
 


北尾巳代次先生




<第二十八回>





宗教と政治




二宮尊徳を知らぬ子供たち

先日、「読売新聞」に二宮尊徳の銅像に、子供達が大勢上って悪戯をやっている写真が載っていました。あの時記者は子供達に、君達はこの像が誰であるか知っているかと聞いたんだそうです。ところが、その子供達は誰もその名前を知らなかった、と書いてあります。

だいたい二宮尊徳の像ですから恐らく学校か役場かに建てられていると思うのです。それを学校の先生も誰もどうしてそれを教えないのでしょう。二宮尊徳を礼拝することは時代の逆行かも知れないが、少なくとも近代農業の父である尊徳を無視して日本の農業の発展を子供達に理解させることは不可能でしょう。

いつでしたか、ユネスコの会議でハンガリーの代表が、「一国が他の国から尊敬と信頼を勝ち取るためには、まず自国の国民が自分の国の文化や歴史に正しい認識と誇りを持たなければいけない」という意味のことを話しているのを読みましたが、今私達にとって最も大切なことは日本人が日本の歴史や文化に対して何より正しい認識と尊敬を取り戻さなければならないと思うのです。でなければ今後の日本の再建も興隆も有り得ないのです。




  日本的なものへの誇りを回復しよう

終戦とともにアメリカの占領政策にのせられて、日本的なものといえば何もかも壊されてしまいましたね。そのために国民生活の上だけでなしに精神的な面まで純日本的な美しさや誇りを喪失しつつあるのが現状であります。

中でも一番心外なことは終戦後二十数年を経過した今日に於いてなお国辱的な歴史教育を実施しているという事実であります。先に、教育審議会は子供達に愛国思想と天皇に対する親近感を抱かせるように教育すべきだという方針を明らかにしました。誠に結構なことですが、こんな当然なことが今日までなぜ渋られなければいけないのでしょうね。

皆様は子供達の社会科の教科書を御覧になったことがありますか。その建国の歴史の項には高千穂峰に於ける天孫降臨や神武天皇の橿原における御即位等は、単なる伝説に過ぎないとして否定されて、当時に日本は多数の豪族達がお互いに牙を交え覇を争っていたが、巨大な勢力を誇った一族が、他を平定統一したのが現在の天皇家であって、それが自らの権威を後世に知らしめるために、後に『古事記』や『日本書紀』等を作らしめて、天孫民族という独特の思想を植え付けるようになったのである。

従って史実の上から見て、神武天皇が実在したという証拠もなければ二月十一日を建国の日と定める理由もない、日本の建国も神武天皇より、ずーと後であって、支那の『魏志倭人伝』という書の中には、日本皇室の先祖が支那に貢物を捧げて自ら天皇の印綬を享けた、ということが書いてある。その印綬が何々県のどこから出土されているから日本の『古事記』よりずっと信憑性がある、なんて書いたものがあるんだそうですよ。従って今の子供達が天皇を尊敬しないのは当然な事なんです。

何時でしたか、共産党の志賀義雄が日教組の大会で、この民主教育をもう十年続けていたら黙っていても、政府は吾々のものになる、という意味の挨拶をしていましたが、教育の偏向から見て当然のことですね。

考えてみると今の子供達は藤田東湖や東郷平八郎といったような日本の偉人については全然教えられていないですね。万葉を歌った民族の高貴な魂はもはや何一つ理解出来ないでしょう。奈良を訪れる修学旅行の団体も大仏や法隆寺を素通りしてドリームランドの観光で閑を潰してしまうと言います。こうして次第に古い日本の文化から遠ざかってゆくことが日本の将来に明るい希望を抱かしめるでしょうか。




  生政連の使命

オリンピックで日本に訪れた多くの外人達は、そこに日本でない欧米の模倣の文化をみて著しく失望したと伝えられています。

親子の間でも、師弟の間でも、何でもドライに割り切って考えてゆく、道徳も宗教も無視して、肉体の本能だけに基ずいて行動することが正しいといった誤った観念が、どれほど多くの不安を社会に投げ掛けていることでしょう。

皆様にはこういった教育の内容を是正したいと思いませんか。民族の自覚を持った、素直で優しい勇気と正義感に満ちた青年達を築き上げる真の教育を今直ぐ行いたいと思いませんか。その至難な教育や政治の姿勢を正そうというのが私達生長の家政治連合の使命なんです。

皆様の力が3百や5百では不可能なことです。でもそれが各地で1万にまとまることが出来たら、生命の実相に徹した選良を自由に選ぶことが出来るのです。そなれば教育の内容の修正でも、優生保護法の改正でも、何でもみんなやってのけることが出来るのです。




  親子断絶の現民法

私は先日ある必要があって民法というものを勉強させて頂いたのであります。ところが私達の常識と全く違っているのに驚きました。戸主権のない遺産相続はいろいろな問題をはらんでいますね。

ある両親が一人子に嫁を貰ったのです。そして孫が一人出来て幸福に暮らしていました。ところが突然息子が交通事故で他界したのです。やがて悲しみの遺族に保証金が下りました。2百万の金は乏しいながらも4人の生活を支えてくれる大切な金でした。ところが嫁は孫を連れてその金を持って実家に帰ったのです。老夫婦は途方に暮れて調停に持って行ったのですが、これは現在の法律では如何ともなし得ないという話でした。

これが社会党のいう民主憲法の内容なんです。親子でも兄弟でも権利、権利で闘争をやるんです。あのストなんかでも、どれだけ大衆が迷惑をしようと抑制するということは現在の憲法に於いては不可能な事なんです。

創価学会は公明党という政党を結成しましたね。その綱領をみると社会党と全く一つですね。宗教と名が付くから、もう少し公正な判断を持っているのかと思ったら結局は宗教の仮面を被った唯物的革新勢力です。こうした勢力がこぞって憲法改正に反対しようというのですから私達はよほど褌(ふんどし)を締めてかからなければなりません。

この頽廃した政治の姿に皆様の協力によって1日も早く正したいと切実な願いを込めて総裁先生は生政連の結成を呼びかけられました。個人の救済から大きく社会浄化に飛躍した欣求(ごんぐ)浄土の悲願、それが生政連です。どうか御一考の上活動下さることを願います。




 
教育の根本を正すために




民主主義とは利己主義のこと?

もう随分昔のことですが、大阪に参りましてね、平野町でバスを持っておったんです。当時はなかなか車が来ませんでね。皆イライラして待っておったんです。すると満員のバスがやって来たんです。降りる人はいないけれども皆そのバスに乗ろうと必死になって押すのですが、狭い入口からなかなか入れないでいると、一人の青年が大声で怒鳴ったんです。「おおい、ちょっと遠慮して入れてやれや、民主主義じゃないか」それでその青年も数人の人と一緒にうまく乗り込んじゃったんです。

でも未だ沢山な人が乗れないでぶら下がっているんですが、その青年は今度は運転手に言ったですね。「オイ運転手、いつまで待たせるんだい、早く出発させろ、お互いに忙しいんだ、民主主義じゃないか」

戦後アメリカから与えられた民主主義の思想は憲法第9条、戦争放棄の条項と共に平和憲法の基礎をなして国民大多数の謳歌するところとなっています。最近は首相も就任と同時に「憲法は改正の必要ありません」とわざわざ声明するほど気を使っていますが、ここらで日本の民主主義というものを考え直してみる必要があるのではないでしょうか。

だいたい民主主義というものは、すべての人間は本来自由であり平等であるべきだという原則をさします。もちろん、このことに関する限りまことに結構なことでありまして、この二つが完全に守られますならば、こんな素晴らしいことはないのであります。ことろがですね。だいたいこの自由と平等ということは全く相反することなんです。考えてごらんなさい。




 自由と平等は両立しない

人は自由であらんとすれば必ず平等ではない。平等であらんとすれば、必ず自由が拘束される。例えば私達の住宅問題一つにしても、家族の多い人も少ない人もあるでしょうが、平等に同じ家に住まわせたら不自由な家族が沢山出来てまいります。だからといって家族のことを考えて大小を造れば不平等ということになります。

この様に自由と平等は絶対に一つにならない。この一つにならない二つのものを同時に約束しようというものですから日本の民主主義は初めから無理があるのです。

政党でも、自由を主張する自民党と平等を主張する社会党が仲良くゆかないのも当然な事なんです。ゲーテがこのことを「もし自由と平等の二つを約束する人間がいたら、それは夢を見ているか、大ほら吹きだ」と言っています。

ですからデモクラシーの先進国では、この自由と平等の他にもう一つの博愛ということを言っています。つまり宗教的な愛であり慈悲心ですね。この自由、平等、博愛、この3本の柱によって、フランスでもアメリカでも旨く行っているんですよ。日本のは一本大切な柱が抜けているから、あの“サボテン”というテレビの番組の中で森繁の扮する大学教授をして「民主主義なんて多数の暴力だよ」と歎ぜしめることになるのです。

 先のバスの中の青年にしても、日本の民主主義からいえば、自由と平等を主張しているのであって、決して矛盾しているのではない。だが皆さんはこれでいいとは決して思えないでしょう。何故思えないかというと、愛がないために折角の自由と平等の思想も利己主義、個人主義と何等差別されなくなっているからです。

 しかしこれは単なる笑いごとではない。私達の周囲にはこれと全く同じことが毎日行われていますね。先日も原子力潜水艦が入港するというので佐世保では随分派手なデモをやらかしましたね。まるで幕末の黒船騒動です。もちろん原爆被害の悲惨な経験からいって、原子力と聞いただけで頭が痛くなるという、国民感情は解かりますが、政府でもこの点十分研究の上で、同意したことですし、アメリカに於いても絶対安全を保証しているのですから、そんなに騒がなくてもよいと思うのです。

 それよりも、もっと身近な中国に於いても核実験をやっているんですから、この方がもっと百倍も二百倍も危険なことです。あの原子灰もビキニの時と違って黙っとっても風に乗って大陸から日本の空に流れて来るのですよ。ところがこの方は総評でも社会党でも、全学連でも進歩的学者といわれるお偉方でも一向にデモも何もやらないで、アメリカというと仕事も学問も放ったらかして、ワッショイワッショイとやっているんですが、これが日本の民主主義という奴なんです。

 だいたい学生が大切な授業を放棄して政治運動に熱中するということが正しいことでしょうか。




   学生は税金泥棒

 先日も松下幸之助の『みんなで考えよう』という御本を読んだのですが、その中に東北大学の予算が書いてありました。それによると東北大学の予算が1年42億円だそうです。それで毎年何人卒業するかというと、1500人だそうです。すると1人に割ると何と300万円ですね。1人の学生を卒業させるために年間300万円の大金が使われているというのですよ。これが皆私達の税金で賄われ入るのです。京大でも阪大でも結局同じだと思うのですが、私達の血の出るような苦しい税金が学生一人一人に対して300万円ずつ使われている、という事実を学生達は果たして認識しているのでしょうか。恐らく知らんでしょう。

認識しておったら、学業を放棄して佐世保くんだりまで出かけて行ってワッショイワッショイはやらんでしょう。そんなことが出来るはずがない。まして僅か2万3万の安い給料で身命を賭して保安のために働いてくれている警察官に向って“税金泥棒”なんて言えるものではない。自分の方が乏しい国家予算の中から与えられた300万円を大いに無駄にしているんですから、何百倍もの税金泥棒と言わざるを得ません。

 だいたい現在の学生諸君が何かというと革命の予行演習をやっていますが、もっと真剣にならなければなりませんね。あの敗戦の真只中に何一つ物資も食料も無い中から、或いはハンマーを握り、鍬を振って増産増産と真剣に働いて、この今日の日本の繁栄を持ち来たしたのは、学生諸君ではなくそのお父様、お母様であったということです。

この人々の不屈の精進があったればこそ、日本は再び世界の指導的な立場に戻ることが出来たのです。

 否、それだけではありません。いくら働きたくても、食うものがなければ働けない、材料がなければ進歩も向上もしないでしょう。それで戦勝国であるアメリカを初め諸外国が敗戦の日本に温かい愛の手を差し伸べて資金や技術や材料や食料を提供してくれたればこそ、今日の繁栄を来たすことが出来たのであります。

 時々ソ連や中共を平和勢力のようにかたく信じこんでいる若い人々に逢いますが、ソ連は必ずしも平和愛好者じゃない。ソ連は御承知の通り日本の敗戦と共にその強力な軍隊で、樺太は勿論、歯舞、色丹、国後、択捉まで獲っちゃたですね。勿論敗戦後の日本のためには、
何一つしてくれなかったですよ。アメリカ一辺倒もいけないが、この点を広い視野に立って若い人も考えてもらいたいのです。

 今皆様は日本の教育が正しく行われていると思いますか。例えば日本の歴史について考えてみても日本古来の『古事記』や『日本書記』は単なる伝説として葬られてしまっています。私達の祖先が如何にしてこの国を興し、この国の文化を築いて来たかということを知らなければ、真の日本人としての感激も喜びも浮んで来ないでしょう。



平成28年1月15日発信


本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成




************





「生長の家」實相顕現の祈り<1>




          
住吉大神、

「生長の家」教団を浄め給ひて、

その實相を顕現せしめ給ひ、

開祖・谷口雅春先生の御教へを

全相そのままに継承される、

新しき正統の新総裁・新副総裁を

実現せしめ給ふのである。




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「生長の家」實相顕現の祈り<2>


            
= パワーアップバージョン =



< 『生長の家』は高天原であり瑞穂の国であり、實相・正神界に於ける絶対の存在である。今や、一人一人が護国の神剣となりて、實相を蔽(おお)いたる迷いの雲は消散す。かくて偽(ニセ)宗教たる「マサノブ教」は宗教と信仰の世界から姿を消し、「地球環境保護」目的の別名称の一般団体として独立し、去ったのである。同時に「生長の家」の聖なる名称(看板)はわれらの手に戻り、正統な継承者に受け継がれた。かくのごとく、實相・「生長の家」の完全性はますます顕現し、復活・『生長の家』教団は日本國の霊的使命“真理国家”建設に向け、再び勇躍邁進することになったのであります。ありがとうございます。ありがとうございます。>



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「生長の家」實相顕現の祈り<3>


=完成の祈り=



<< 谷口雅宣日子命さまは、完全円満まる神の子さまであります。謹んで、その谷口雅宣日子命さまの完全円満なる久遠生き通しの『生命の實相』を礼拝し奉ります。ありがとうございます。ありがとうございます。>>


2016-01-15 19:28 | 記事へ |
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開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集NO.18
2016年01月14日(木)







開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板

・論考集NO.18






[659] 「理屈屋マサノブ君」はやはり辞職すべきであります。 D ――― 健全な愛国心を持つ常識的日本人の考え方からすれば・・・

上泉信綱 - 2015年09月26日 (土) 08時14分



@ マサノブ君は、開祖・谷口雅春先生の「中道愛国」が理会できず、短絡的に、開祖・谷口雅春先生を、偏狭な「国家主義者」、「民族主義者」、「国粋主義者」と断定した。

A マサノブ君は、日本国家が共産中国へ併合されることを望んでいる。その証拠は、共産中国の尖閣諸島の侵略計画には一切のクレームをつけずに見逃してやっているからである。

B マサノブ君は革新的サヨク思想者である。「日本は侵略国家」、「女系天皇制賛成」、「憲法改正反対」、「自衛隊は人殺し集団」、「戦争法制反対」、「サヨクの“ハンタイデモ”に参加したい!」―――マサノブ有名語録!!



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 世界中のどの国民も、自分の生まれた国を「母国」とか「祖国」と呼んで、他のどの国よりも深い愛着の気持ちを持っているのであります。日本人、日本民族は何回も此の国に生れ変って来ているひとたちが実に多く、「七生報国」という言葉があるわけであります。また前世までは外国人であったが魂進化の機縁が熟してその魂の深く切なる願いとしてこの国に日本人として転生して来ている人たちも数多くいるわけであります。


 併し、又、せっかく日本人に生まれてきているに拘わらず、祖国反逆の気持の強い人たちもかなりいるわけであり、その一人がマサノブ君であります。マサノブ君は、とにかく日本人、日本国家が嫌いであり、天皇制など早くなくなって共和制(大統領制)になる事を望んでいるのです


 マサノブ君は、開祖・谷口雅春先生のことを国家主義者と云い、民族主義者と云い、国粋主義者だと呼んでおるのであります。男系主義の皇室典範を女系天皇制に変えて実質的に天皇制が衰微してなくなって行くことを期待しているのであります。


 マサノブ君には、国家防衛の事など念頭に無く、外国の侵略に対しては、外交上の話し合いで解決できると、考えているのであります。対等に外交上の話し合いが出来るためには、その背後に、国民の愛国的情熱による団結心と、国家権威の象徴である対等の軍事力が必要だとは考えていず、極めて幼稚な甘い考え方であります。この考えは、共産党・社民党・民主党左派・その他の政党のサヨク的思想の持ち主の共通的な考え方であります。彼らは、共産中国の尖閣諸島侵奪計画の脅威をば、議論の第一位には全く置いておらず、自衛隊をば「人殺し集団」との認識であります。マサノブ君もこの考え方であります。「愛国心は美しい。併し、その行きつくところは戦争である」との共通認識をも持っているのであります。


 マサノブ君も、今回成立した「安全保障法案改正整備」を『戦争法案』と呼んで、自国防衛よりも、根も葉もない「世界中、どこへでも出かけて行って戦争が自由に出来る法律であって、やがては徴兵制が敷かれるのである」と得手勝手な解釈をして信徒を洗脳して次の選挙で再びサヨクへの政権交代を期待しているのであります。


 マサノブ君は、「東京裁判史観・自虐史観・戦争贖罪意識」を心の奥底に定着させて、GHQの日本国民精神弱体化政策である「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」を『是』としているのであります。先ず日本が共産中国に併合されることを望み、その次に、地球上の国境をなくして世界国家・世界統一政府の樹立を望んでいるのであります。これは神の御心にはないことであります。神の理念には「世界国家」という理念は無く、「世界市民思想」という理念もありません。解り易くいえば、神は「全山一色」の風景よりも「全山錦絵」の風景を望んでおられるのであります。


 その意味で、日本人、日本民族は、「天皇国日本」、「真理国家日本」、「金波羅華實相日本」という實相世界の宇宙経綸の「日本国家理念」、「日本民族理念」に従って、真理運動を展開する事、これが開祖・谷口雅春先生の『御教え』なのであります。


 開祖・谷口雅春先生の「日本国家理念」・「日本民族理念」に関して、マサノブ君はいろいろと屁理屈を並べ立てておりますが、それらの屁理屈は全て『生命の實相』の読み方が極めて浅いからであります。「無」の心で読まず、有り余るほどの「批判心」だけで読んでいるから何時までたってもマサノブ君は「無の関門」そして「大調和の関門」を透過出来ないで、あ〜でもない、こ〜でもない、と難解な言葉だけをひねくり回しているだけであります。

そんなヒマがあれば、中国共産党本部へ出かけて行って「軍事力を増強するな! 日本が迷惑しているではないか。尖閣諸島の領海侵犯をするな! 尖閣諸島の侵奪計画を白紙に戻せ!」と言ってくる位の勇気を示したまえ!

 併し、マサノブ君は歯牙にもかけられないで叩き出されるであろうことだけは確実であります。だから、現実の問題としては、強大な軍事力を後ろ盾にして脅しをかけ続けて行く共産中国に対しては、自衛隊戦力の増強と集団的自衛権の整備が必須の事柄であります。この辺のところを正確冷静に現状判断が出来ないマサノブ君はサヨク共通の空想的平和主義に蝕まれているとしか思えないのであります。


 とにもかくにも、マサノブ君は、「日本的なるもの」、「日本精神」が気に食わないのであります。マサノブ君は日本国家の将来を危うくする「獅子身中の虫」であると断言できるのであります。開祖・谷口雅春先生御創始の「生長の家」総裁を名乗る資格などサラサラないのであります。





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[668] 「理屈屋マサノブ君」はやはり辞職すべきであります。 E ――― 『生命の實相』の教えに忠実に生きる信徒の立場から云えば・・・

上泉信綱 - 2015年09月27日 (日) 09時38分



@ マサノブ君は「生長の家」の『御教え』を信じていない。信徒ではない!

A マサノブ君は、真理に対する基本的理解能力に欠けている。それは、霊的に「真理」を把握しようとせず、肉体頭脳知(人間知)による理屈で理解しようとしているからである!

B マサノブ君は、向こう意気だけは人並み以上の“横車押しの介”、併し実績面では、屁理屈専門の三流記者・三流小説家・三流学者・三流評論家・三流宗教家に過ぎない!



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<解説>


 「トキ掲示板」の『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』の書き込み文を読んで見て感じることは、『生命の實相』の教えにまことに不忠実な者と云う事である。この様な者が、仮にも「生長の家」の名前の入った「掲示板」で「生長の家」ならざる内容の批判議論をグダグダと止めどなく流し続けていることは「生長の家」の真価を貶めるもの以外の何物でもないのだ。


 『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』は、『生命の實相』の中に書かれている次の文章をなんと心得ているのか? 

<< 真理は霊的に理会することが必要です。頭で真理を理会するということは、真理の周囲を堂々巡りして真理の外的な姿を知るに過ぎません。霊的に真理を理会するということは、「生命の実相」そのものに全身全霊をもって貫き入り力の本源をつかむ事、黙読する・朗読する・目で読み・声で読み・声のリズムの中に自分を溶かし込んで読む、そして静かに端坐して「神想観」を行じ、行じ終わって動き出す。>> 

このことを完全無視しているのである。だから、『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』は「生長の家」の信徒とはいえないのである。


 『生命の實相』を初めて読んで色々と疑問を感じる人達は大勢居るのである。そのような人たちの取るべき道は二つしかないのだ。疑問を感じた部分については、『生命の實相』全巻および開祖・谷口雅春先生のその他の御著書を徹底的に読み返して疑問点が解決するまで読み続ける。そして、本当の信徒になる事である。

もう一つは、いくら読んでも開祖・谷口雅春先生の『御教え』に納得できない人は、「生長の家」ではなく自分の考えにピッタリ合う他の宗教や信仰の方向へ移って行くのがよいのだ。

一番タチの悪いのは、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を100%信じることが出来ず、屁理屈を捏ねて、自分の考え方の方が正しいと、信徒と称しながら議論を巻き起こし、真面目な信徒を要らぬ混乱に巻き込んで信仰に対する自信をぐらつかせることである。

真理を霊的に理会しようとせずに、肉体頭脳知だけで理解しようとするこの典型的な人物が『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』であるのだ。肉体頭脳による批判や議論をしたければ、「私は生長の家の信徒ではありませんが、開祖・谷口雅春先生の説かれた真理に批判をさせて頂きます」と自分自身で別のブログを作ってそこで大いに批判議論をすればよいのである。「生長の家」という名前の冠したブログや掲示板からは出て行くのが礼儀である。


 そのそも、開祖・谷口雅春先生は御講習会でこのように言われたのである。『生長の家の教えは、既に完成されたものである。時々、「生命の實相研究会」というようなものを作って研究や議論しようとする人があるが、それはマチガイです。完成された教えであるから、後は素直に受けて実践するものです。』

したがって、「トキ掲示板」が生長の家の教えを議論しよう。『御教え』に対する賛成派も反対派も双方歓迎します、という考えで運営されているのは、マチガイであり、『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』のような議論大好き人間に占拠され、純真な、真剣な求道者信徒を惑わしてしまっているのである。

したがって、『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』のような投稿者は百害あって一利なし。一旦、「トキ掲示板」はこの辺で閉鎖されるよう進言する。


 『曳馬野=純粋教理批判=マサノブ』は単なる難しい哲学用語を使った人間の実際の病悩苦の解決には役に立たない議論のための議論に過ぎない。

本来の『御教え』では『迷いはナイ!』のである。そして『迷いはナイ!』と素直に潜在意識に直入して信じた人は自分の迷いの産物である病悩苦が消えた。大悟徹底した求道者も居たのである。

これに対して、マサノブ君は肉体頭脳の人間知で屁理屈を捏ねて曰く、「迷いとは、選択・判断を決め兼ねることを言う。迷いは、自由から来る。さらに詳しく言うと、迷いは、欲望追求のために自由を行使せんとする所から来る」。「迷いは自由から来る云々」という表現を幾ら聞いても読んでも、病悩苦が解決したと云う話は聞かない。却って「迷い」が深くなるばかりである。大悟徹底など及びもつかぬ。

理屈一辺倒の「マサノブ教」は宗教でも信仰でもない。かくのごとく、マサノブ君は霊的音痴、信仰音痴、宗教音痴であるから、自分の興味を持つ「環境問題」を言い始めただけなのである。


 マサノブ君は、IQ指数という肉体頭脳の分析知は勝れているようだが、併し、それは“三流”である。産経新聞社に親の七光りで入社できたが、記者としては三流記者、宗教学者としても三流、環境問題でも三流である。一つとして成功した試しがないのである。やはり君は「生長の家」を去るべきだ。





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 [677] 「理屈屋マサノブ君」はやはり辞職すべきであります。 F ――― マサノブ・ニセ総裁の「地球環境保護論」は矛盾の大きい宗教貴族のママゴト遊びに過ぎぬ!

上泉信綱 - 2015年09月28日 (月) 07時06分



@ 「都会を捨て、田舎へ移住」のマサノブ環境路線は、完全なマチガイである。

A 「マサノブ教団」のCO2削減効果は、焼け石に水の効果もない。こんなことに莫大な浄財を注ぎ込むこと自体が間違っている。信徒はこの事実に早く目覚めなければならない。

B マサノブ・ニセ総裁のしている環境運動は、個人的な趣味の範囲を出ない宗教貴族のママゴト遊びの自己満足にしか過ぎない。



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<解説>


 マサノブ君は、地球環境保護の一つである温暖化防止策として、信徒に対して「人間が動き回ると酸素が消費されCO2が増え、温暖化に繋がっているとして、教化部の早朝神想観を廃止、30人以上の講演会や誌友会を禁じた。そして、ガソリン車から電気自動車への乗り換え奨励、全国の教化部には急速充電スタンドを設置している。航空機より電車の利用を推し進めている。


 しかし、自分のことになると、てんで話にならない。講習会は出来るだけ多く人集めせよと裏で幹部の尻を叩く。大きな会場を借り切って、当日は大型バス、自家用ワゴン車で相乗りして来てよいとCO2の完全解禁だ。自分は遠方の講習会場へ出張するためには、大量のCO2を撒き散らす航空機に乗る。そして、人間至上主義の目的で立てられた鉄骨鉄筋の対震ホテルでVIP宿泊・・・


 「森のオフィス」、「職員住宅街」、「総裁邸」の建築材料、住宅設備、太陽光発電設備、バイオマス発電設備などは、彼の毛嫌いする人間至上主義に基づいた近代工業の生産物(マサノブ流の考えでは自然資源の金儲けのための略奪物)で、これをふんだんに使って、切り開いた自然の中で自然と調和して共生していると云う。なんだかヘン?


 マサノブ君は、「都会は欲望に満ちており、腐敗しがち。宗教はそれらに立ち向かうのは難しい」と云った。その理由として都会ではいけない5つの理由を挙げている、―――1、自然がわからない。 2、人間中心主義を脱却できない。3、浪費と消費過多の生活。4、宗教の目的と矛盾する。5、新しい生き方ができない。つまり、都会では「神の子・仏の子」の道を歩むのは難しいと断言。全ての生長の家人は、都会を捨てよといっているのである。


 更に、マサノブ君は、都会から田舎の自然の中へ移住しても、都会と同じ生活水準を維持するのだ、と宣言。つまり、都会をすて田舎へ移住しても都会並の給料を稼いで「聖使命会費」を払い、寄付金を奉納しろ、と云っているのである。田舎へ移住して都会並の給料を稼げるのは、信徒の浄財から豪華住宅を建ててもらって超高給を貰っている宗教貴族である総裁以下の理事参議と本部職員だけである。一般信徒には、都会を捨てて田舎へ家を立てて今までどうりの生活水準を保てる人など極僅かである。この様なバカげた発想をするマサノブ君のアタマの程度を疑う。そして、現在、各教区の教化部を「森のオフィス」と同じ豪華ログハウス様式に、自然豊かな場所へ建て替えろという方針に着手した。その費用は本部援助ナシで、全部信徒の寄付金で賄えというのだ。


 マサノブ君は言う。「自然と共生する生活」とは決して原始生活に戻れと云う事ではないと。しかし、マサノブ君は資本主義経済、自然から資源を強奪して人間至上主義で経営している近代工業を否定していることは確かである。マサノブ環境論によると、人間活動による「CO2排出=ゼロ」を理想とする。コレを徹底的に追求していくと「原始社会」へ戻ることを理想としなければならない。機械工場生産方式の全否定まで行かなければ「マサノブ環境論」の矛盾は無くならない。建前だけは立派なことを言っているが、実際は適当なところで妥協しているのが「マサノブ環境論」である。だから、信徒の浄財を使って個人趣味的ママゴト遊びの「地球環境回復ごっこ」をして、優雅な宗教貴族生活を送っているに過ぎない。信徒はうまく騙され、浄財をマサノブ君の宗教貴族生活維持のために貢いでいるのである。


「マサノブ環境論」の「都会を捨て田舎へ移住せよ」の大きな矛盾点は、仮に人間至上主義の資本主義的工業生産体制をやめると国家財政は成り立たなくなり、国防戦力の維持が出来なくなり、国力は衰微し、たちまちの内に、共産中国や南北朝鮮の侵略を招き入れることである。国家の地政学的考察を忘れているのだ。マサノブ君は、日本国家と日本民族、そして日本精神が大嫌いであるから、むしろ日本国家なんて共産中国の属領になる方がよいのだ、くらいに思っていると考えざるを得ない。その証拠に、世界最大の環境汚染国家である共産中国への大気汚染の指摘と批判は絶対にしたことがないではないか? 本当にマサノブ君がCO2輩出抑制に真剣に取り組むつもりならば、共産中国へ物申ねばならないはずである。コレをしていないことは、「マサノブ環境論」はアドバルーンだけのものであることが分かる。そして日本国内でチョロッとママゴト遊び程度のことをして信徒をごまかしているだけである。


 現在「マサノブ教団」の会員信徒は、おそらく3万人を切っていると推測できる。現マサノブ教団のCO2抑制年間総量は焼け石に水の如きものである。海外からの観光客の呼び込み、年間の世界旅客機生産量は700機とも言う。これらはジェット機であるから大量のCO2を撒き散らす。それに、国家単位でCO2汚染を行なっている共産中国・・・これ等の中で「マサノブ教団」のCO2削減努力は消し飛んでしまっている。


 宗教団体が「CO2排出抑制運動」や「都会を捨てて田舎で自然との共生生活」を優先順位第一の運動方針に掲げること自体が間違っているのである。やはり、衆生の「病悩苦」からの救済と戦後70年にわたる日本精神の弱体化からの回復が「生長の家」の本来のあるべき運動方針の第一優先順位なのである。「個人の救済」よりも「地球の救済」を第一に掲げることは間違っているとハッキリ断言できるのである。





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[687] 「理屈屋マサノブ君」はやはり辞職すべきであります。 G ――― マサノブ・ニセ総裁の「真理の核心部分はコトバでは表わせぬ」此の考え方はマチガッている。学者の人間知では分からぬことだ!!

上泉信綱 - 2015年09月29日 (火) 10時57分



 マサノブ君は、あくまでも「真理は言葉では表現不可能」と云い通して譲らぬ態度はマチガッテいるのである。

* マサノブ君は、言葉と真理、文章と實相とをピッタリと一致させられた開祖・谷口雅春先生の神秘的言葉の芸術を意識的に貶めているのである。そして信徒の奇跡的体験を排斥し続けている。

 マサノブ君は、「霊的直観による大悟徹底」無きを怖れて、『超越項を持ち出すな!』と叫び続けて自己の霊的無能さを隠し通そうとしているのである。こんな霊的無能宗教家は断じて要らぬ。



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<解説>


 マサノブ君は、「真理の核心部分は文字やコトバでは表現不可能」と『信仰による平和の道』の中で云っている。又、「言葉で真理を語ることは不可能」と『純粋教理批判=マサノブ』をして言わしめている。なぜ、不可能なのか? 答えて曰く、「マサノブ君は理屈を捏ねるだけの学者であるからだ」と。


 開祖・谷口雅春先生は、先生御自身のお悟り(大悟徹底)によるコトバの力を自覚され、そのコトバの力で、対する人の深層意識の奥底の神の子の神性に真理を注ぎ込まれた。だから、真剣に道を求めている人、真剣に自己の悩みを真理によって解決してもらいたい人は、希望が達成されたのである。


 開祖・谷口雅春先生は生命の世界に常住されておられた。しかし、マサノブ君は現象物質の世界を一歩も出ることが出来ない。開祖・谷口雅春先生は、「無の関門」を超えられ、實相世界に居られた。マサノブ君は、「無の関門」を超えることが出来ず、その前の「大調和の関門」すらも超えることが出来ないでいる。何故か?マサノブ君は、現象の世界を実在と見てその中で肉体頭脳知という人間知での学者的思索に余りにも大いなる興味があり過ぎるからなのである。


 マサノブ君は、霊的思索をする事が出来ない今生の性格なのだ。その証拠に、信徒の奇跡的体験談を頭から信じようとしない。「偶然の出来事」とか「科学的証明が出来ない」という理由だけで、何故そのような科学を超えた奇跡的体験が生じたのかについて霊的に謙虚に考えようとはしない。マサノブ君は現象科学の範囲しか信用していないのである。だから、唯物現象論者なのだ。


 マサノブ君は、覚者の大悟徹底(直覚的悟り)には程遠い存在の人であるから、そこを指摘されることを怖れている。そこで彼の考え出したのは、『反証不可能な「超越項(大悟徹底)」を出すな!』という相手の発言を封じる言葉である。これを本流側からの追求を避けるための逃げ道としたのである。


 マサノブ君は、現象知の学者であるから、『生命の實相』教育実践篇(上)に書かれてある開祖・谷口雅春先生の次の御文章を無視するのである。

『この生命の實相というものは、今までは文字言語のよく説くところではない、言詮不及、不立文字であると云われていた。それを文字を立て、文章を立て、言葉の力によって生命の實相を悟らせるようにさせた所が生長の家の独特なところであります。今迄は真理と言葉とが二つに分かれていて、言葉や文章は真理を完全にあらわすものではないと思われていた。ところが生長の家では言葉と真理、文章と實相とをピッタリと一致させた。古来、直接説法、以心伝心でないと悟ることも出来ない真理を、唯文章を読むだけで悟れるように、文字の中に生命があり、生命の中に文字あり、文字と生命と一体というような域にまで達せしめ得たのだろうとおもいます。さればこそ本を読むだけで、直接参禅しても得られなかったような悟りに到達する人が多勢現われて来て、その影響の及ぼすところ、肉体の病気も治り境遇環境まで変化して来ると云うようになって来たのであります。』


 マサノブ君は、言葉と真理、文章と實相とをピッタリと一致させることなど逆立ちしても出来ないことなのである。それならば、教えの継承者として素直に『御教え』の全相にある言葉を継承して信徒に伝えるだけでいいのに、彼の妙チキリンなヘンなプライドがそれを許さないのだ。しかし、マサノブ君の書いた人間知だけの著書・大自然惨禍経・観世音菩薩讃歌経・日々の祈り・バージョンアップ神想観で以って奇跡的体験が出たことはない。、マサノブ君は、開祖・谷口雅春先生の霊的啓示よる神示を人間知に置き換えた。そして彼は、人類の至宝をドブに捨ててしまっているのである。こんなニセ総裁もう要らぬ!!






2016-01-14 19:43 | 記事へ |
| 宗教・哲学・人生・精神医学 / 開祖の『御教え』全相復活を目指す掲示板・論考集 |

<号外> 別派「マサノブ教」の最新状況 H.28.1.1〜10
2016年01月13日(水)





<号外>



 
別派「マサノブ教」の最新状況 



H.28.1.1〜10





「掲示板」より・・・

生長の家・信徒名言集A


=『古い』という言葉について=


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=4380



古いという言葉について。思う事があります。
▼ 昔、あるところに、今の教え、昔の教えと得意げな顔で説いていた宗教家がいました。

▼ ある時、一人の青年に「真理に今昔なし」もし、今昔で変わるのであれば、それは真理とは言いません。そう言われたそうです。

▼ それを聴いて多くの信徒は思いました。 「青年」には深い信仰がある。

▼ 一方、宗教家に対しての結論は、「宗教家」とは、名ばかりで「信仰心などなかったのだ」と。

▼ その後、教団から、「今の教え」「昔の教え」という言葉は無くなりました。
▼ また、谷口雅春先生を慕う信徒を、原理主義と言う呼び方も無くなりました。

▼ 古くて新しい、真理の話でありました。

  ■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月2日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・

永遠の真実!


http://kaerou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15549611



 インド独立の父 マハトマ・ガンディーの言<7つの社会的罪>

@理念なき政治、A労働なき富、B良心なき快楽、C人格なき学識、D道徳なき商業、E人間性なき科学、F献身なき信仰
▽ これらの理念、労働、良心、人格、道徳、人間性、献身等々の無い社会は滅びの道を歩む事でしょう。
▽ 明日の日本は輝いて欲しいですね。
▼ 中国、韓国、北北鮮は当てはまる様に見えます。
▼ 國として此の様な徳性が無いと、滅びへの道を歩み続けると思います。

▼ 教団にしても同様です。
■ 三代目・マサノブ君は、――
@理念なき信仰、A信仰なき獻資、B良心なき快楽、C人格なき学識、D道徳なき運動、E人間性なき人事、F献身なき信仰


  ■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月3日
 
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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マサノブ君の「新年ビデオ・メッセージ」――

だれも賛同者なし!


=益々、孤立して行く独裁総裁マサノブ君=


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=794



今年度「マサノブ教」運動方針――
@ 都市部に「いのちの樹林」を造成していく。
A 「自然の恵みフェスタ」を世界各地で実施する。
B 一汁一飯、肉食削減
ただし、「箱庭農園部」、「自転車部」、「手工芸部」のクラブ活動方針のことは緘口令、三基目のメガソーラー発電所には言及せず(募金あつまらず建設できず?)

▼ こんなもの宗教活動ではない!
▼ 「信徒の賛同を得た」、とウソを云っている!
▼ 「唐松模様」では、この運動方針に理事長以下全理事参議たちも誰も賛同のコメントなし! (1月3日午後6時現在)
▼ 全信徒は、信徒の浄財の上にアグラをかいた宗教貴族マサノブの独善的運動方針にNOと云ったのであります!

  ■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■

 
平成28年1月4日

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・正真正銘の、―――

「マサノブ教」信徒の声


=完全にマサノブ君から心が離れてしまっている=


 
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=toki2&mode=res&log=9



元旦の感想――本日は、飛田給に行ってきました。久しぶりにお会いする人も多く、いろいろと話をしましたが、危機感すら憶えてしまいました。

@「うちの総連会長さんが、最近、姿が見えなくなった。・・・」
A「久しぶりに誌友会に行ったら、新経本を読まされたので、気分が悪くなり、抗議をした。」
B「総裁の書かれている事は、意味がわからない。読む気も起こらない。」
C「私は講習会の受講券は買いました。それは仕方がないと思います。しかし、白鳩会の上のほうからは、参加促進もしろと言われましたが、”あの内容では、私は、他の人を誘えません”と断りました。誰も誘っていません。」
D「・・・生長の家は、いつから自転車を崇拝する信仰になったのかしら?」
E 宇治別格本山に参拝した友人と電話で話をしたら、「今年の参拝者も奉仕員も激減しており、驚いた」
F「私も、生長の家の友人や 地方在住の親戚やらの、生長の家の教団の方針に対する苦情を多く聞いています」。
G「とにかく集会に、人が集まらなくなった」
H「生長の家の教えの 実践 が、自転車、ノーミート、自然賛歌 に絞られてしまった」
I「本来の教えの実践(個人救済)が 見当たらなくなってしまったことを 口々に嘆いてます。」
J「少し前に某教区にいる地方講師の方が、『数字を増やすためにメーキングをしている』と断言、憤激して打ち明けていました。」
K「具体的には、聖使命会員も名義を借りて愛行会員にしている。それを組織命令でしている」

  ■■ 信徒の堪忍袋の緒は切れた!こんな開祖に対する恩知らずの総裁・超高給を蝕む理事参議はもう要らぬ! マサノブ総裁および最高幹部の追放を信徒の力で! 聖使命会費の一時休止と 講習会受講券購入拒否と マサノブ講習会参加拒否を! ■■


平成28年1月5日 

本当の「生長の家」を伝え遺す信徒





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「掲示板」より・・・別派「マサノブ教」の教え、――

『報恩感謝』はもう古い、