ニックネーム:しばやん
性別:男性
年齢:60歳
都道府県:大阪府
京都のお寺に生まれたしばやんの日本史ブログです。このブログのファイル容量がなくなったのでFC2ブログに過去の歴史関係の主要記事を移し、平成26年1月5日以降の記事は新ブログにのみ掲載しています。記事のリンクやツィートなどは歓迎しますが、できるだけ新ブログのURLで案内していただきたいのでよろしくお願いいたします。http://shibayan1954.blog101.fc2.com/

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2013年08月23日(金)
GHQ情報部長が、日米は戦うべきではなかったと述べた理由
以前このブログで、三田村武夫氏の『大東亜戦争とスターリンの謀略』という書物が英訳されて、当時GHQ(連合国総司令部)の情報部長であったウィロビーの眼に止まったことが、米国で「ゾルゲ捜査」を始めるきっかけとなったことを書いた。
http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/192/

マッカーサーはこのウィロビー将軍のことを、「在任中に出会った最も優れた知性派の将校であり、陸軍広しといえども将軍に続く人物を探し出すのが全く困難なほどずば抜けた人物であった」と言っていたようだが、このウィロビーが40年以上前に回想録を残しており邦訳もされている。
この回想録は1973年に『知られざる日本占領 ウィロビー回顧録』という書名で番町書房から刊行されたのだが長い間絶版となっていて、一昨年に山川出版社から『GHQ 知られざる諜報戦 新版ウィロビー回顧録』という書名で、再刊されていることを知った。
この回顧録を取り寄せて読むと、我々日本人がマスコミなどで知らされてきた歴史とは全く異なる見方が描かれおり興味深い。今回は、冒頭の部分を紹介したい。

「この回想録をまとめるにあたって、私がまず第一に言いたいことは、太平洋戦争はやるべきではなかったということである。米日は戦うべきではなかったのだ。日本は米国にとって本当の敵ではなかったし、米国は日本にとっての本当の敵ではなかったはずである。歴史の歯車がほんの少し狂ったせいで、本来、戦うべきではなかった米日が凄惨な戦争に突入したのだから。
 私が書いたもののすべての基調となるのは、日本との戦争、あるいはドイツとの戦争は西側の自殺行為であったということである。たとえ日本がどんな誤りを犯すとしても、どんな野望を持つとしても、米国が日本を叩きのめすなら、それは日本という米国にとっての最良の防壁を自ら崩してしまうことになるのである。ところが、あの不幸な戦争の結果、ロシア、中国を牽制してあまりあったはずの日本およびドイツの敗戦のゆえに、現在(編注:1971年現在)では、共産主義国家とされているソ連、かつてのツァーリ支配下のロシアそのままの圧政をしくソ連の指揮による破壊転覆の異常な発達が、今日われわれにとっての頭痛のタネとなっているのである。
 共産主義国家のいわゆる『革命の輸出』と呼ばれる破壊工作は、もし、わが国が日本を東洋の管理者、ドイツを西洋の管理者にしていたなら、けっして現在のような脅威の対象にはならなかったはずである。わが国はこれら二国と協働戦線を組むかわりに、破壊してしまった。…」(『GHQ 知られざる諜報戦』p.16)

ソ連という国家が崩壊してしまったので、若い世代の方には分りにくいかもしれないが、ウィロビーの主張を一言でいうと、米国にとっても日本にとっても、本当の敵はソ連であり共産主義であったということなのだ。

アメリカは日本との戦いに勝利したが、5年後の1950年には朝鮮半島の38度線を挟んで共産主義勢力と対峙し戦うこととなってしまった。
その朝鮮戦争終戦後もソ連との冷戦が長く続くことになったのだが、冷静に歴史を振り返ってみると、ウィロビーの述べていることが正しいように思えるのである。

このブログでも以前書いたことがあるが、レーニンは1928年コミンテルン第6回大会議でこのように述べている。
http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/192/

「帝国主義相互間の戦争に際しては、その国のプロレタリアートは各々自国政府の失敗と、この戦争を反ブルジョワ的内乱戦たらしめることを主要目的としなければならない。…

帝国主義戦争が勃発した場合における共産主義者の政治綱領は、
(1) 自国政府の敗北を助成すること
(2) 帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること
(3) 民主的な方法による正義の平和は到底不可能であるが故に、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること。

帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめることは、大衆の革命的前進を意味するものなるが故に、この革命的前進を阻止する所謂「戦争防止」運動は之を拒否しなければならない。」
要するにレーニンは、列強国同士が戦うことになれば、共産主義者は戦争に反対するのではなく、戦争によって自国政府が敗北し崩壊に向かわせて、共産主義革命を導けと言っているのだ。

さらに昭和10年(1935)の第7回コミンテルン大会で、スターリンがこのように述べている。
http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/193/

「ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。日・独の敗北は必至である。そこでドイツと日本が荒らし回った地域、つまり日独砕氷船が割って歩いた跡と、疲弊した日独両国をそっくり共産陣営に頂くのだ。」

ソ連は反ファシスト人民戦線の形成を各国共産党に指令しておきながら、ドイツとは1939年に独ソ不可侵条約を締結し、日本とは1941年に日ソ中立条約を締結している。
そして日本を支那とアメリカ・イギリス、ドイツをイギリス・フランスと戦わせて、最後に漁夫の利を占める戦略を立てて、ドイツ・日本の敗戦が近いと分かった時点で、条約を破棄してそれぞれ宣戦布告している。
これは「砕氷船のテーゼ」のシナリオ通りで、最初から強国同志を争わせて疲弊させ、日・独が荒らしまわった地域と日独両国を共産主義陣営に取り込もうと考えていたのではないか。
ソ連は、わが国のみならず欧米諸国に多数の工作員を潜り込ませ、さまざまな工作活動を行っていたことが次第に判明しつつある。その目的は、世界の多くの国で共産主義革命を実現させるためということになるのだが、ソ連側の資料が公開されなければその立証が難しいことは誰でもわかる。

以前にも書いたが、アメリカが傍受していた大量のソ連の暗号文書 (「ヴェノナ文書」) が戦後になって解読されて、当時のルーズベルト政権では常勤スタッフだけで2百数十名、正規職員以外で300人近くのソ連の工作員、あるいはスパイやエージェントがいて暗躍していたことが判っているという。
http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/195/
そもそも、わが国に日米開戦を決断させたとされる「ハル・ノート」を書いた米国財務省次官のハリー・ホワイトが、ソ連のスパイであったことが今ではわかっているのだ。

アメリカの政権中枢部にそれだけソ連の工作員、スパイやエージェントが暗躍していたなら、わが国はアメリカと同等かそれ以上にいてもおかしくないのだが、その証拠となる史料が乏しかった。
史料が乏しいという事は、そのような人物か余程少数であったということも考えられるが、そのようなメンバーが多数派を握っていて証拠を握りつぶすのが容易な状況であったこともあり得るのである。

独ソ戦勃発後、わが国はドイツを援けるために北進してソ連を挟撃する北進論と、欧米の援蒋ルートを絶ち、資源確保のために仏印に進駐する南進論との選択を迫られ、わが国は南進論を選択したのだが、そのことは日独伊軍事同盟を無視して、日ソ不可侵条約を優先したことを意味する。この決定については近衛首相の側近でありコミンテルンのスパイで、ゾルゲ事件で逮捕されて死刑に処せられた尾崎秀実の影響が大きかったとされるのだが、死んだ人物にすべての責任を被せることは歴史上よくある話で、実際にはもっと大がかりのものであった可能性が高い。

以前このブログで、近衛文麿が昭和20年2月に天皇陛下に対して戦争の早期終結を唱えた『近衛上奏文』について記事を書いたが、この上奏文で近衛は、わが国の軍部や官僚などに左翼分子がかなりいて、彼らが主導して我が国を第二次世界大戦に突入させたことを明確に書いている。
http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/191/

残念ながらこの上奏文には実名はなく、わが国の政権や軍部の中枢部にまでソ連の工作が浸透していたことの状況証拠にはなっても、そのことを裏付けるような史料が今までなかった。

ところが最近になって、重要な史料が出てきたのである。
8月11日の産経新聞に、わが国の政権や軍部の中枢部にまでソ連の工作が浸透していたことを裏付ける史料が出たことを伝える記事が掲載されていて、次のURLで読むことが出来る。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130812/chn13081209400000-n1.htm

この記事にはこうかかれている。
「終戦間際の昭和20(1945)6月、スイスのベルン駐在の中国国民政府の陸軍武官が米国からの最高機密情報として『日本政府が共産主義者達に降伏している』と重慶に機密電報で報告していたことがロンドンの英国立公文書館所蔵の最高機密文書ULTRAで明らかになった。戦局が厳しい状況に追いこまれる中、日本がソ連に接近して和平仲介を進めたのは、ソ連およびコミンテルン国際共産主義が日本中枢に浸透していたためとの説を補強するものとして論議を呼びそうだ。」

当時英国は交戦国であったドイツ、日本だけでなく、中国など同盟国を含め三十数カ国の電報を傍受、解読していたのだそうだ。

さらに記事はこう解説している。
「電報の内容は『米国から得た最高機密情報』として、『国家を救うため、日本政府の重要メンバーの多くが日本の共産主義者たちに完全に降伏(魂を明け渡)している』と政権中枢がコミンテルンに汚染されていることを指摘。そのうえで、『あらゆる分野で行動することを認められている彼ら(共産主義者たち)は、全ての他国の共産党と連携しながら、モスクワ(ソ連)に助けを求めている』とした。
そして『日本人は、皇室の維持だけを条件に、完全に共産主義者たちに取り仕切られた日本政府をソ連が助けてくれるはずだと(米英との和平工作を)提案している』と解説している。

 敗色が色濃くなった日本では同年5月のドイツ降伏を契機に、ソ連を仲介とする和平案が検討され、電報が打たれた6月には、鈴木貫太郎内閣による最高戦争指導会議で国策として正式に決まった」

さらに記事は
「(鈴木貫太郎の)首相秘書官を務めた松谷誠・陸軍大佐が、(昭和20年)4月に国家再建策として作成した『終戦処理案』」では「『戦後日本の経済形態は表面上不可避的に社会主義的方向を辿り、この点からも対ソ接近は可能。米国の民主主義よりソ連流人民政府組織の方が復興できる』として、戦後はソ連流の共産主義国家を目指すべきだとしている。」
という話や、
「同年4月に陸軍参謀本部戦争指導班長、種村佐孝大佐がまとめた終戦工作の原案『今後の対ソ施策に対する意見』でも、(1)米国ではなくソ連主導で戦争終結 (2)領土を可能な限りソ連に与え日本を包囲させる (3)ソ連、中共と同盟結ぶ――と書かれている。」
という話など、軍部の上層部にソ連の工作が浸透していたことを覗わせる史実をいくつか紹介している。

終戦後68年にもなって、このような共産主義の工作がわが国で浸透していたことを裏付ける第一級史料が公開されたことには、何らかの意図があるのだろう。
第二次世界大戦の戦勝国のなかには、これからアメリカと中国が接近して世界の覇権を握ろうとする動きを好まない勢力や、ロシアの勢力拡大を好まない勢力があるのだろう。
その動きを牽制するには武力も外交交渉も必要ではない。ただ古い史料が出てきたと少しずつ公表するだけで中国やロシアに大きなダメージを与えることが出来るし、アメリカの親中派も動けなくなる。
もし、このような第一級史料が今後どんどん公開されていけば、わが国だけが悪かったという歴史観はいずれ破たんすることになるだろう。
中韓が声高に唱える歴史が嘘だらけである事が世界の常識になる日は来るのか。
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【御参考】 このブログでこんな記事を書いています。興味のある方は覗いて見てください。

幻の映画、「氷雪の門」
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-138.html

昭和天皇の『終戦の詔書』の後も戦争が続き、さらに多くの犠牲者が出たこと
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ソ連の『北海道・北方領土占領計画書』を読む
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-226.html

占守島の自衛戦を決断した樋口少将を戦犯にせよとのソ連の要求を米国が拒否した理由
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GHQ情報部長が、日米は戦うべきではなかったと述べた理由
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終戦後大量の日本兵がソ連の捕虜とされ、帰還が遅れた背景を考える
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アメリカまでのびていたゾルゲ諜報組織の「赤い糸」
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GHQの中にもソ連の工作があったのではないか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-246.html

アメリカがGHQの中の左翼主義者の一掃をはかった事情
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朝鮮戦争の緒戦で北朝鮮軍が韓国領の9割以上を制圧できたのはなぜか
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朝鮮戦争で、国連軍を勝たせないようにしたのは誰なのか
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スターリンが朝鮮戦争に米国を誘導したことを示す極秘文書が発見されている
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『軍国主義者』や『青年将校』は『右翼』だったのか
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2013-08-23 22:28 | 記事へ | コメント(4) |
| コミンテルン雑記 / 昭和時代雑記 / ウィロビー回顧録 |
しばやんさん、こんにちは♪
いつも大変勉強になる記事を届けて下さり、ありがとうございます♪
お忙しい中温かいコメントも頂き、重ねてお礼申し上げます(*^^*)

戦争も、後に小出しに見つかる史料も、全ては思惑の下なんですね。
実際の戦争は終わっても、自己正当化合戦は続く?でしょうか。
歴史をもっと遡れば、お互い様のような気もするのですが・・・。

国を仕切る方々が罪を認めて心から詫び、許しあう事ができれば、
過去の戦争で傷ついたり、被爆して今も苦しんでいる人たちの
せめて心だけでも救える気がするのは、無知な私だけでしょうか。
まーりたんさん、こんばんは。
いつも励ましていただき、ありがとうございます。

世界の国々が日本人と同じ考え方の持ち主であれば問題はないのでしょうが、「過去のことは潔く謝罪して未来志向で付き合う」という日本的な考え方が絶対通用しない国がかなりあることが現実ではないでしょうか。

わが国は戦後、多くの国と平和条約を締結しましたが、条約が締結されたということは過去の清算について双方が応じたことを意味します。
その締結後にある国に対して再び謝罪することは、我が国にまだ非があることをわが国が公式に認めたことと受け取られてしまうのが世界の現実です。そうすれば、さらなる損害賠償などを要求されるなど、問題が複雑化してさらに国益を失うことに繋がるのではないでしょうか。

したがってわが国は、安易にこれ以上の謝罪をするべきではありません。まして、史実であることが確実でないことについて謝罪を要求されても応じる必要はありません。

歴史の歪曲や捏造には日本人の名誉にかけて史実に基づいて反論・論破し、相手を黙らせるべきではないでしょうか。そうすることが、現在に生きる日本人の、子孫に対する責任であるのだと考えています。




しばやんさん、こんにちは。相も変わらず酷暑の連続ですね!8月14日頃終戦にちなんでと云う標題で千島列島の占守島の終戦後の戦いについての雑感を書いた後に、GHQの情報部長の記事を拝見し、小説などでは解らない戦禍の内側が良くわかり勉強になりました。実は高校時代の同期の父親が日本海軍の少将【最終役職】で開戦時は大佐で真珠湾にはいっいないが当時の日本の軍務局、軍令部の内部状況をいろいろと教えてもらっているだけに終戦の日が近ずくと戦争の話題に巻き込まれるタイプです。私自身も昭和13年【生まれ年】から16年の4月まで満州国奉天に父親の仕事関係でいただけに、当時のことが知りたくなるようです。幸いにして日米開戦前に本土に帰ってきているだけに今日があるわけです。中西礼さん、や五木寛之さん達のような戦後朝鮮半島から命からがら帰国したのではないので、戦時下の中ではある意味最高な幸せ状態だったのだと述懐しています。
zurichさん、コメントありがとうございます。

私の父親は戦争時には長い間病床に伏していたので、戦争には呼ばれなかったのですが、同世代の仲間の多くを戦争で失い、戦争についてはさぞ複雑な思いがあったと思います。
生前の父は、戦争のことを子供に対して語ることはほとんどありませんでしたし、学生時代の私も昭和の暗い歴史を詳しく知りたいとは思っていませんでした。

そんな私が、10年ほど前から歴史に興味を覚えるようになり、いろいろ自分で調べていくうちに、学校やマスコミで伝えられている歴史が矛盾だらけであることに気がつき、特に近代史には嘘が多いことに気が付きました。もう少し早く気が付いていれば、父や身近な方から、もっと戦争のことについて多くのことを知ることができたのにと残念でなりません。

これからも、戦争のことは書こうと思っています。これからも時々覗いて見てください。
私もzurichさんのブログを覗きに行きますよ。
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