2005年11月01日(火)
空海
 天才という呼び名が、この人ほど相応しいものはないというほどの天才が、真言宗の開祖弘法大師空海。
 ただ堂に座して文献を読み漁るというだけの人ではなく、とても行動力があったようです。しかも、成果をモノにするのが速い!
 子供の頃から神童と呼ばれた讃岐の天才少年は、京に上って学者を目指しますが、儒学(これが本来の学者の専門分野)と、道教仏教の3大思想では仏教が一番上だと判断して、山岳修行や語学修行などもするマルチな坊さんになってしまいます。
 留学僧として遣唐使に選ばれると、わずか2年のうちに縦横無尽の活躍をして、おびただしい書籍や最新の思想学問の成果、密教の奥義を持ち帰ってきたのです。
 そして時代は彼に風がふいたのか、文学青年であった嵯峨天皇が即位。京に呼び寄せて、屏風を書かせたりします。坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた・・のではなくて上手に字を書いたのです。彼の能筆は知れ渡り、同じ遣唐使仲間のちょっとぶっとんだような橘逸勢と、嵯峨天皇の3人は三筆と呼ばれ、現代まで空海流の書道は伝わっています。
 勿論能書だけではなく、本業から何から、なにごとにつけてもエネルギッシュな空海は、その若い頃、あらゆる知的好奇心に情熱を傾けていた頃はどういう風貌だったのか・・・。
 金剛峰寺に伝わる不動明王眷属の童子像が、とても意思の強そうなお顔だったので、僧形にしてみました。本来大師像のお約束である軽く三鈷を胸元に持ち、膝に数珠をおくスタイルとは違っていますが・・・。

2005-11-01 10:57 | 記事へ | コメント(14) | トラックバック(0) |
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「空海風信帖」をお手本に練習しましたよ。
力強い気持ちのいい書です。

実家の近くに”腰掛大師”という場所があります。
弘法大師さんが休憩された場所と言われているのですが、
こんなところまで来られたとは思えないので疑ってます(^^)
お太師さんと親しみを込めてよばれ、『弘法も筆のあやまり』ということわざまである様に、今に生きる人々に此れほど影響のある人も珍しいです。

三鈷を力強く持ち眼光鋭く、相手を威嚇されている様な形相、・・・最澄と論を闘わして居られるのでしょうか?。

エピソードも多く、「弘法の湧き水」なるものは、各地のいたる所に存在して、今に語り継がれていますよね。
こんにちは、
実家が真言宗です。
母親は、連れ合いを亡くしてから、毎朝毎夕「般若心経」を唱えています。
そんな母親は、空海と父親に守られていると自負しているようです。
こんばんは。
沢山の伝説に登場するお大師さんの飄々とした印象とはまたひと味違った感じでカッコイイですね。童子のようだと思ったら記事にその旨書かれてらしたのでちょっとびっくりしました(笑)
でもこれくらい力強い方でないと、大岩を割って清水を湧かせたり芋をかちこちにして食べられなくしたり足跡隠しに雪を降らせたりするような験力は備わらないのかしら、とも思ったり。
魅力的なお大師さまを拝見できて嬉しい限りです。
こんばんわ。

空海、というと映画「空海」を思い出してしまいます。北大路欣也さんが空海を演じてました。実際、あの映画のために得度をなさったそうです。
空海にはただ仏に帰依しただけではなく、本当に人が好きだったんだというイメージもあったりしますが…。

私自身、火事にあった直後でしたから7年前ですか、会社に1ヶ月くらい休みを頂いて、徒歩で八十八ヶ所巡礼をしましたが(もちろん全部回りました)、自然の中に「お大師さん」を感じる旅ではありました。
さららさま
書道は、空海さまの「お弟子」だったのですね〜♪
字の上手い人って、本当にうらやましいです。最近字を書かなくなったからなおさら・・。
やはり、この人は日本の文化の根っこを担ったのですね。いろは歌の作者かどうか知りませんが、伝説一杯のウルトラ文化人ですものねえ。

 アキックスさま。
やはり全国規模で伝説のある方ですね。真言宗の僧たちが布教に熱心だったのか・・そのへんはよく知りませんが、弘法大師はやはりスーパースターで、そのためにエピソード満載なんでしょう。

 カイの小耳さま。
ウチの親戚も真言ですが、法事のときにお坊さんがシンバルをじゃらじゃら鳴らすのが可笑しくて、従姉妹と2人で、我慢できず、くすくす笑って母に睨まれていましたが、思えば、真言は、昔は、パワフルで華やか、魅力的な宗派だったかも。

 ぐみぐみさま。
いらっしゃいませ〜。ありがとうございます〜。
鎌倉時代か室町の頃の作で、とても魅力的な八大童子の中の一つです。なにやら幼さの残る顔に青年(当時ですからやや太め)の意思みたいなのを感じさせる像でした。
 とても私などの手で表現しきれるものではありませんが、なにやら、若い空海・・と重なったので・・。

 こしろ毬さま。
おはようございます〜。
へへ・・なにやら最近、道満さんを描いてから、坊さんづいて・・ではないですが、髪の毛のない頭ってのも面白いかなと・・・。
 空海さんはただの学問僧ではないですもんね。今も「生きている」し・・。
 八十八ヵ所全部歩いて行かれたんですか・・。すごいですねえ。パワーはやはり空海さんから与えられたのかも。う〜ん・・・母は友達の車でまわりましたけど・・・やはり、足腰鍛えなくては。 
スーパースター空海の逸話は本当に多いですね(笑)
「唐から投げた独鈷しょが日本の山に突き刺さり、高野山を開いた」なーんて逸話のある独鈷しょを見ました(笑)
神護寺参道にはでっかい硯石(岩)ですった墨を対岸にある額に向かって投げると『金剛定寺』という文字が書けたとかね(苦笑)
もはや娘と私の間では「空海=人外」が成り立っています(苦笑)
ああ、そうだ、東寺でもあったな(笑)

四国八十八ヵ所は空海の賢さを表してます。
あの場所は実はスズが取れる場所だったんです。
スズは仏像・建造物に無くてはならない鉱物。
そこを聖なる地として保護したわけです。
やり手ですよね。
空海さんというと雨降らせるのが得意だったそうですね。
梵語の文字と発音の研究が後にあいうえお「五十音」の誕生にもつながったとテレビで見て、驚いた事があります。

弥勒さんを待つ秘術。
昔のチベットの高僧もやっていたと聞きます。
20世紀始めに欧州人がうっかり起こしちゃって、
「しまった・・・」といってホントに死んじゃったというマジカル話ですが。


ガルダさま
へえ〜。そういうの飾ってあるんですか?
なんでもありですね。扁額に筆投げて、訂正をしたとかいうのあるけど、あれなんか、巧妙に仕組んだイベントだったりしたら、面白いですね。

 おんばけさま。
あいうえお・・・も空海さんですか! いろは・・は彼の発明だといわれても信じるほどこういった言葉遊びは得意だったみたいですしね。
伝説は、まだ生まれているのかも・・・。
すみません。間違ってました。独鈷杵ではなく、三鈷杵でした。物は高野山・金剛峯寺にある重文指定された三鈷杵です。以前、京都国立博物館で開催されていた「空海と高野山」で目にしました。
 三鈷杵! これかな〜?
って、今、写真集を見ています。
 昭和58年の展示会の図録なので、古いですが、高野山と東寺の法具類が出ています。
 いやあ、空海さんが唐から投げたのなら、この唐代のものかも・・。なんだか鋭くて刺さると痛そうですね〜。独鈷杵の方が殺傷力はありそう・・なんて、これも、なにやら面白いですね〜。う〜ん・・・ちょっと、妄想が・・・。
 ふふふ・・・羯磨という、十字手裏剣みたいなのも・・いいなあ。
 いや〜・・面白いな〜♪
 
カテゴリ「か」検索してみて良かったです。絶対に貴方サマなら沙門空海を描いていると思いました。
この空海の生きた時代にこれほどの天才はおらず唐のわずかな2年間の間に様々な語学までも学ばれた時代に先駆けた国際人でありました。

実に凛々しいお顔であります。
なかさま
いらっしゃいませ。こんなところまで、さかのぼってみていただいて嬉しいです〜♪
いつでも、どこでもコメントいただけたら。
 空海はとても、天才すぎて難しいですけど、近寄りがたいというのではなく、人柄もよかったのか、1000年のの時を経て、いまだスターですねえ。さすがにすごい。
 またどうぞ、よろしく。
好みはあるでしょうが、夢枕獏さんの「沙門 空海 唐の国にて鬼と宴す」という本がありまして・・・・良ければ是非一度。空海の人柄の良さが獏さんの頭を通して見えるんですね。

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