安如宝
天平時代の律宗の僧侶。孝謙天皇に命じられて戒壇の設立に尽力し、下野の国にまで戒壇設立のために赴いています。
鑑真和尚の死後、唐招提寺で伽藍の造営などに携わり、平安時代になってから亡くなったということですが、晩年には空海とも交流があったということです。
731年から815年まで活動していますのでかなりの長命であったと思われますが、勿論、日本生まれの方ではありません。安という姓は、安禄山などと同じく、漢人ではなく西方の胡人で、ソグド人であった可能性が高いようです。「シルクロード文化を支えたソグド人」(菅谷文則)を読んでおりまして、ソグド人は、同族同志での婚姻が多く、かなり西方的な風貌が保たれていたと書かれてありました。菅谷氏によると、当麻寺の四天王像でイメージされているようなので、当麻寺の増長天で想像してみました。勿論剃髪はしていたでしょうが、四天王は長髪ですし、髪があったほうが異国風なので生やしてみましたが。髭の感じなどは、興福寺の畢婆迦羅(ひばから)にも似ています。
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2009-01-15 15:46
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あ |
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では、改めまして……
開けましておめでとう御座います、今年もよろしくお願い申し上げます 再m(__)m拝
え〜と、この御方は唐招提寺の金堂創建に携った方でしたね。
淡海三船の『唐大和上東征伝』に『胡国人安如寶』で出て来る云々はメモがあるのですが、亡くなったのはえ〜と、弘仁六(810)年で85歳だそうですσ(^◇^;)
日本に来た時は、まだ十代で出家していなかったらしいですね。
私も以前に戯言で、この御方について何やら書いたはずなんですが、何分、記事が多すぎて探し出せやしない(ーー;)
それにしても何で菅文が研究所の所長なの?←独り言です、気にしないで下さい(-_-)
こちらこそ、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年も、色々、古代史ネタ教えて下さいまし。
如宝さんは、ほんと若くして来日してるんでしょうね。ほかにも、色々な人が来ているようなので、この時代の唐招提寺・・というか、あのあたりはエキゾチックだったかも・・♪
そう、考えると楽しいですね♪
sisiさま
現代人っぽい・・そうかも。ガイジンさんというとどうしてもこういう髪の色の薄い人になりますね。
こちらにも如宝さんがいらっしゃると聞いて飛んでまいりました!
こちらの如宝さんは髪がふさふさですね
やっぱり運命の出会いなんでしょうか〜嬉しいですね
さっそくこちらをブックマークさせていただきました〜
いらっしゃいませ〜♪ ここまで御光臨下さり感謝!感謝でございます。コメントまで有り難うございます〜♪
ほんと、ここでUPした如宝さんに、まさかpixivで逢えるなんて、ものすごく驚きました。だってすごいマイナーな人物じゃあないですか!おまけに、剃髪していても男前〜♪ ブログのほうで、髪のまだある如宝さまのスケッチも見ました〜♪ こっちもいいです♪
得度前の如宝さん発見されました!?
すごいですね〜!
どうやって探されたんだろう…
やはり仏のお導きなのかしら(^^)
またまたご訪問有り難うございます。
みつけちゃったんですね〜♪ 「マンガ読もっ!」ってページで! 実は、もしかしてどこぞで、まだ如宝さんのイラストとか画像とかないかなと検索してみたんですね。フルネームで。そしたら、「安・如宝」で、「マンガ読もっ!」のユーコさまの記事にヒットしたんですよ〜♪ おまけにコメント欄には葉つきみかんさまのコメントまでありました。いや〜・・ネットはすごいです〜♪
仏様のお導きでしょうか。 去年は、妄想興福寺ツアー?をしたので、今年は唐招提寺にも行こうと思っています。