ニックネーム:パウダーフィンガー

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2010年12月30日(木)
「The Gospel Truth」
 先月号のレコード・コレクターズを見ていて、スタックスのゴスペル・アルバムを買った。これはスタックスのレーベルから発表されたゴスペル曲を集めたCDだ。知っているミュージシャンの名前はステイプル・シンガーズとランス・アレン・グループだけ。聞いた記憶がある曲も、ランス・アレンの1曲だけだった。流石にスタックス・レーベル、知らずに聞くとソウル・アルバムのよう。あまりコール・アンド・レスポンスのゴスペル然としていない。そこで年の最後は敬虔な気持ちになるように今年買ったゴスペルアルバムを出してきて聞く。ウィルコのジェフ・トゥィーディがプロデュースしたメイヴィス・ステイプルのアルバムは、ウィルコのジェフ・トゥィーディがプロデュースしたとは思えないほどオーソドックスなゴスペル・アルバム。あまり普通すぎてなぜジェフ・トゥィーディを起用したのか考えてしまう。一方、旬の人ジョー・ヘンリーをプロデューサーに迎えたアーロン・ネヴィルも、アーロン・ネヴィルらしい普通のゴスペル・アルバム。この人の場合、あのファルセット・ヴォイスだから熱くシャウトするゴスペルを期待するのはお門違い。しかし、この年末ダニー・ハザウェイで熱くなっている耳には、少し物足りない。
 1年の最後、思い返しても印象に残る本もCDも思いつかない。その時、その時に、感動する本やCDはあるのに、今、思いだそうとしても思いだせない。ぼちぼちボケが始まっているのか。
2010-12-30 21:10 | 記事へ |
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2010年12月28日(火)
「クリスマスの約束」と「トゥデイ」の事
 ここ数年、クリスマスになると放送される小田和正さんの「クリスマスの約束」を見る。僕は彼のファンでもないし、アルバムは1枚も持っていない。でも数年前に偶然、この番組を見て、少し気になるようになってきた。ミュージシャンにとって、自分の音楽制作以外にTV番組を作ろうと思えば、セッションなどでお茶を濁すかしそうなものだが、この「クリスマスの約束」はリハなどに多くの時間を割いているのがうかがい知れる。番組では小田さんが「オリジナルより劣る物を歌ってもらうのは失礼だから」と凄い事を言っていた。考えようによっては、簡単にオリジナルを越えられる物が出来ちゃったら、その歌を歌っている本人も困るような気がする。今年の冒頭は全員のコーラスで「トゥデイ」という曲から始まった。聞き覚えのある曲だが、僕が何故この曲を知っているのか思いだせない。多分、自分の持っている誰かのレコードに入っているのだろうけれど、その誰かが思いだせない。そこで困った時のネット頼み、allmusic.com で調べる。(曲のタイトルを入れるだけで、どんなアルバムにその曲が入っているのか判る役に立つサイトだ。)「トゥデイ」という曲、もともとはニュー・クリスティ・ミンストレルスが有名みたいだが、そのヴァージョンは聞いた事がないし、アルバムも持っていない。「トゥデイ」なんてありふれたタイトルだから同名異曲も多い。やっと自分の知っているアルバムが出てきた時に、すっと腑に落ちた。あのジョン・デンヴァーの2枚組ライブに入っていたのか。あのアルバムはNHK−FMかなんかでエアチェックしたテープで、アルバムは持っていないんだよなァ。戸棚の奥の方に仕舞ってしまったカセットテープの箱にはあるのだけれど、どの箱に入っているのか判らないし……。
 番組では山本潤子さんが、ユーミンの「冷たい雨」を唄っていたが、歌の主人公の不器用な恋愛は、歌のうまい山本潤子さんの歌よりユーミンの稚拙な(失礼)歌声の方が説得力を持つ気がした。(歌って不思議)
 ダニー・ハザウェイの3枚目を聞く。このアルバムは、冒頭からジャングル大帝を思わせる壮大なオーケストラのフェイド・オウトに重なって始まる2曲目の「サムデイ・ウイ‘ル・オール・ビー・フリー」に尽きる。ああ、年末はダニー・ハザウェイ漬けだ。
2010-12-28 21:07 | 記事へ |
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2010年12月26日(日)
倉敷保雄×西部謙司著「南ア経由の羅針盤」読了とダニー・ハザウェイ2枚目
 倉敷保雄×西部謙司著「南ア経由の羅針盤」読了。先日読んだ杉山氏の本もそうだが、最近はサッカー関係の本を読んでいるのが一番楽しい。そして何気なく見過ごしていた事を気付かせてくれる。今年のW杯での話題はスペインの優勝を以外にも、アフリカ勢の不振や、イタリヤ、イングランドの凋落、その他いろいろあったのだが、ドイツの躍進もその一つだった。いろいろなメディアで取り上げられているのだが、若手の育成に力を入れて多くの移民の中からトルコ系エジル、チュニジア系ケディラ、スペイン系のマリオ・ゴメスらが代表に名を連ねる。そこまでは国の代表を強くする為に民族にこだわらず、真摯に取り組んだ結果だと思っていたが、その為に今まで散々言われてきたゲルマン魂が感じられなくなったという、この本の指摘には気付かなかった事を気付かされた。デカイ身体に物を言わせ、ゴリゴリと押し込んできて最後には何となく勝ってしまうというドイツの伝統がうすれてしまった。イングランドを4−1、アルゼンチンを4−0で下した後のスペインとの準決勝であっさりと0−1で敗れてしまう。どんなに批判されようと結果を重視していたドイツサッカー、ゲルマン魂が感じられなかった準決勝だった。
 ダニー・ハザウェイ2枚目を聞く。少し重いバラード「Giving Up」から始まる、このアルバムは、レオン・ラッセルの「ソング・フォー・ユー」、マック・デイヴィスの「アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック」、確かカナダのバンド、オーシャンのヒット曲「サインはピース」などが、収められたアルバムだが、何時聞いても「アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック」には、心を打たれる。多分この曲を書いたマック・デイヴィスも、軽い気持ちで書いたのだと思うが、ダニー・ハザウェイの歌は誠心誠意、音楽を信じている表明のようだ。彼の歌で「音楽は愛、愛は音楽、この意味が判るだろう?」、「音楽は万能の言葉、そして愛が鍵なんだ」と歌われたら、もう胸がいっぱいになってくる。
2010-12-26 21:04 | 記事へ |
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2010年12月24日(金)
ダニー・ハザウェイの「エヴリシング・イズ・エヴリシング」
 ジョン・レジェンドとルーツのアルバム「ウェイク・アップ」(11月14日参照)を聞いてから、急に聞きたくなったのがダニー・ハザウェイだ。1枚目から3枚目、’04年に発売された「ジーズ・ソングス・フォー・ユー、ライブ!」と4枚をデジタル・ウォークマンに入れる。名盤「ライブ」は「ジーズ・ソングス・フォー・ユー、ライブ!」と曲のダブリがあったり、「ジーズ・ソングス・フォー・ユー、ライブ!」の方が録音時間が長いこともあって買っていないのだが、こんな時やはり押えといた方が良かったな思う。さて、’70年の1枚目「エヴリシング・イズ・エヴリシング」を聞く。この人はシカゴ生まれ。R&B歌手でもオーティスなんかのサザン・ソウルとは歌い方が全然違う。クラシックを勉強した時期もあったようで、歌唱が実にアカデミックだ。その辺のバック・グラウンドの違いからサザン・ソウルの盛り上がりを期待する人には、少し退屈に聞こえるかもしれない。以前もここに書いたと思うが、彼の歌声は実に心のこもった歌声で、そして実に丁寧に歌う。
 落語のマクラに酒の事を、百薬の長と云い又は命を削るカンナと云い変える。ダニー・ハザウェイの歌をじっと聞いていると、彼の歌は命を削るカンナだったんじゃなかったんだろうかという思いがする。彼は心を込めて歌う事によって命をすり減らしていったのではないだろうか。それほどまでに思いのこもったヴォーカルだ。
2010-12-24 20:58 | 記事へ |
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2010年12月22日(水)
下手になったギターと手袋
 必死に遅れているブログを書き続ける。またもや録画してあった映画は何もみられず。やぼ用の買い物もあるし、時間が足りない。
 昨日は今年最後の練習。今年は忘年会がなかったので、1杯だけビールを飲んだら、普段家ではアルコールを全然飲まないので、歌を歌っていたら息切れがしてきた。それと自分のスリー・フィンガーがとってもヘタになってしまっていることに気付いた。音のバランス、リズム感、全然ダメだ。そういえば6月のライブが終わってから、ギターを持つのが練習の時だけになってしまって、練習とは言わないけれどひとりの時にギターをさわる事もなくなっていた。ライブが終わってから、ガスが抜けたように歌を歌いたいという欲求もなくなってしまった。折角少しは安定したスリー・フィンガーになってきたと思っていたのに、又元の黙阿弥だ。体質の問題もあるが、秋口から手首から先が冷える。家にいる時も手袋をしている。だから余計にギターにさわる機会も少なくなる。勿論今、パソコンのキーボードも手袋をして打っている。(その為、横のキーも一緒に打つミスが多くて時間がかかる。)寝る時にも、手袋をして寝る。現在、外出用、仕事場用、睡眠時用と3種類の手袋を使っている。
2010-12-22 20:56 | 記事へ |
2010年12月20日(月)
山下洋輔著「ピアノ弾き即興人生」読了とトム・ペティのライブ・アンソロジー
 山下洋輔著「ピアノ弾き即興人生」読了。この人の本を読むのも久しぶりだ。そして僕はこの人の著作のファンだが。音楽は、良く判らない。とても保守的な頭を持っているので、どこが頭で、どこがサビでというのが判らない音楽には取っ付きにくい。でも本を読んでいると、聞いてみたくなってくるんだよなァ。
 バルサvsエスパニョールのバルセロナ・ダービーの試合を見る。首位のバルサ対好調のエスパニョール、中村が抜けて、タムードも抜けてあまり見る事のなくなっていたエスパニョールだが、いつのまにかいいチームになっていたらしい。昨年の夏、シーズン開幕直前にエスパニョールの選手ハルケが急死した。今年のW杯でバルサのイニエスタはゴールを決めた後、ユニフォームの下には“ハルケ、今でも君と一緒だよ”とかいたTシャツを着ていた。それでエスパニョールのサポーター達はイニエスタを拍手で迎えた。お互いが激しい闘志を燃やすダービーの対戦相手の選手に対してスタンディング・オヴェイションでイニエスタを迎え、交代の際もスタンディング・オヴェイションで送る。とっても心温まるシーンだった。もちろん試合は5−1でバルサの勝ち。レアルも負けずに追いかけてくるので、負けられない。
 先日の「MOJO」と一緒に買ったのが、同じトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの4枚組のライブ・アンソロジーだ。4枚組2206円という値段に惹かれてしまった。この4枚組がとてもいい。’80年から’07年まで色々な場所での寄せ集めで、ドラム、ベースにメンバーが代わっている時もあるのに、サウンドが一定している。トム・ペティには申し訳ないが「MOJO」よりこのライブ・アンソロジーの方が、とても気に入った。ところで、’97年のツアー、フィルモアでブッカーT&MG‘sの「グリーン・オニオン」や007の「ゴールドフィンガー」のテーマのインストを演奏している。「グリーン・オニオン」は分かるとしても、なぜ「ゴールドフィンガー」のテーマなんだ。
2010-12-20 20:46 | 記事へ |
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2010年12月18日(土)
「サマー・ウォーズ」を見る
 映画「サマー・ウォーズ」を見る。世の中は進んでいる。コンピューター内の仮想空間を舞台にする映画の設定が、ポピュラリティを持っているのか。仮想空間やアバターという言葉は知っていても、自分には関係ない事だとあまり注意する事もなかった。そりゃ、アバターという映画がヒットして、見たいとはおもったが、自分のパソコンを使っている範囲内でアバターは、まるっきり縁のない物だ。その「サマー・ウォーズ」だが、エンディングに山下達郎さんの「僕らの夏の夢」が流れてきて、久しぶりに彼のアルバムを聞きたくなって棚から「ソノリテ」を出してくる。’05年のアルバムだが聞くのはその買った時以来だ。ここだけの話、僕は彼の音楽知識のファンだが、彼の音楽のファンかと言われれば’86年の「ポケット・ミュージック」以降のアルバムは買った時に聞くくらいで、何度も聞く事はない。普段のFMでいい曲を教えてくれるお礼の意味でアルバムは買い続けてはいる。久しぶりに聞く「ソノリテ」は、音はいいしアレンジはいいし、でも僕にはそれだけでした。達郎さんも、タイアップの受注曲ばかり作らないで、SSW的な歌を書いて欲しい。
2010-12-18 20:42 | 記事へ |
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2010年12月16日(木)
杉山茂樹著「日本サッカー現場検証」読了
 杉山茂樹著「日本サッカー現場検証」読了。W杯以前の早くから家長のワントップ、又は0トップを公言してきた著者のW杯の検証。なぜW杯で岡田監督はあのようなフォーメイションをとったのか、でも結局、岡田監督はフォーメイションの変更の理由を説明しなかった。よく俊輔の不調が原因だと言われるが、もしそれが本当なら岡田監督は本当にラッキーな人だ。W杯フランス大会の直前カズと北沢をはずし中田のチームにしたように、今回も俊輔のチームから本田のチームにしたのだから。そしてそんな賭けに勝ってしまったのだから……。ずっと言い続けているように俊輔はキラー・パスにこだわる古いタイプのMFだ。海外に行って決定力のあるFWにパスを出している分には評価もされるだろうが、日本の決定力のないFWにいくらキラー・パスを出しても得点には繋がらない。それならFWをポストに使って落としたボールをシュートする気でパスの後にゴール前へ詰める気構えが必要だ。でも彼はパスの後、動かない。結局FKでゴールを狙うしかなくなってくる。ベッカムにしろクリスチァード・ロナウドにしてもMF時代から得点感覚が人並み以上にあった。俊輔をマリノスの中心に据える限り、マリノスに未来はない。
 夕刊を見ると家長のマジョルカ移籍が発表されていた。予想されていたとはいえ、来シーズンのセレッソを心配する。ACLを戦うにはダブル・チームを編成するくらいのメンバーがいると思うのだが、セレッソは補強に動いているとは思えない。そういえば京都のGMに祖母井氏が就任した。祖母井氏といえばオシム監督を千葉に連れてきた人だ。もともと京都というチームは、スポンサーが任天堂や京セラで資金が豊富なのか、結成当時から金にあかして元日本代表というのを集めたりしていて、選手のネームヴァリューの割に結果の伴わないチームだった。これからはちゃんとしたGMが、明確な指針の元にチーム作りをすれば数年後にはきっといいチームになるだろう。(関西のライバル・チームとして、あんまりいいチームになってもらっちゃ、困るけど。)
2010-12-16 20:35 | 記事へ |
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2010年12月14日(火)
ポール・オースター著「オラクル・ナイト」読了とトム・ペティの「MOJO
 ポール・オースター著「オラクル・ナイト」読了。新作が出ると、必ず読む。この人の文章は訳者の柴田元幸氏の訳もあって、静寂感が漂う。今回の小説は大病から回復した作家が街で気に入ったノートを購入すると、不思議と小説が書きすすめられる。小説の中では主人公はある小説を託される。小説の中の主人公が小説を書き、その小説の中にも小説が出てくる、という小説のマトリョーシカ状態になっている。小説の終わりには、中の小説は突然打ちきられたように、尻切れトンボに終わってしまうので、小説内小説の主人公はどうなってしまうのだろうと気になった。本チャンの小説は、少し悲しい結末になってしまう。人生は理不尽な不幸に満ちている、まるで上品なアーヴィングの小説のよう。
 何を思ったか、トム・ペティの新譜「MOJO」を買った。しばらくまともなアメリカン・ロックを聞いていないような気がして、少し勢いのある音楽を聞きたかったのだ。トム・ペティはデビュー以来、’87年の「Let Me Up」までずっと買い続けていたのだけど、’79年の「Damn The Torpedoes」以降、もうひとつピンとくるアルバムが亡くなったので疎遠になってしまっていた。急に買う気になったのは「感」のような物です。久しぶりにトム・ペティの声を聞いて、こんなにボブ・ディランに似たような歌い方の人だったのかと思ったのと、こんなにギター・バンドだったかなと思った。円熟のアルバムって云うんじゃないでしょうか。無茶苦茶いいとは言わないけれど、貫禄充分、ヴォーカルが始まるとそうは思わないけどオールマン風あり、ビートルズ風あり、おじさんはニヤニヤして聞いています。
2010-12-14 20:30 | 記事へ |
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2010年12月12日(日)
ユーミンが聞きたい?
 松任谷由実という人は、好きではなかった。関西アングラ・フォーク、メッセージ・ソングで育った人間として、「『いちご白書』をもう一度」という曲が好きになれなかった。学生運動をブームとしてしかとらえていない曲が許せなかった。まぁ、今になって思えば、結局は彼女の方が正しかったんだけど。学生運動が下火になって、四畳半フォークが台頭した時にも貧乏くさい歌を否定し、ミュージシャンはステージで夢を売るべきだという発言にも、100%同意はできなかった。だからある時期まで、松任谷由実の音楽をちゃんと聞いた事はなかった。(松田聖子の「赤いスイトピー」は名曲だと思ったけれど)昔、喫茶店を始めた頃、昼休みにお茶を飲みに来る近所のOL達の為のBGMとしてレコードを買ったのが、松任谷由実の歌を聞き始めたきっかけだ。(OL達の中に、熱烈なファンがいたのだ。)多分リアル・タイムで聞いたアルバムは’83年の「リ・インカーネイション」からだったと思う。毎日、毎日同じレコードをかけている訳にもいかず、それ以前のレコードを中古屋を回って集め始めた。(あくまで、僕は中古屋で集める。)以前のレコードを聞いていると時々、“あっ、いいな”と思う曲も見つかった。でも結局、松任谷由実のレコードを聞いていたのは店をやっていた時くらいで、店をやめてからは彼女の歌を聞く事はなかった。アルバムを買っていたのは「ダ・ディ・ダ」までだと記憶している。この人の場合、SSW的な楽曲と、職業コンポーザーとしての楽曲の二つのタイプの楽曲に別れると思う。SSWとして登場した「ひこうき雲」はキャラメル・ママの演奏とも相まって、素晴らしいアルバムだった。職業コンポーザーとしての楽曲は、ターゲットが若い女性と言う事もあって、僕にはもうひとつ感情移入が出来る曲は少なかった。「ダ・ディ・ダ」以後のアルバムは聞いた事もないし、御主人正隆氏のアレンジが変わらない事もあって、新曲を聞いても新しくも古くもなく、何を聞いてもいつの時代の曲か判らないという状態になってしまっている気がした。CDの時代になって古いアルバムをCDに買い直しもしなかった。現在の僕のオーディオ状況が、デジタル音源でなければ聞く事が出来ないという状況なので気に入った曲くらいデジタル化した音源が欲しいと思った。そこで図書館に頼る事にして、彼女の楽曲を季節ごとに分けた「シ−ズンズ・カラーズ」というのを予約した。そして春夏盤が届いた。季節がら秋冬盤は予約がつまっていて、まだ手元には届かない。(実は秋冬盤に収録されている「りんごのにおいと風の国」が聞きたかったので、それが入っているこのベスト盤を予約したのだが。)春夏盤を聞いて、「ダンデライオン」はやはりいい曲だと思うし、「春よ、来い」のイントロのピアノが桜の花びらが舞い散る感じがしていいとか、やはり昔思ったのと変わらない印象を持った。やはりこれだけでは物足りない気がするのは自分にとっては不思議だった。「埠頭を渡る風」も聞きたいし「ノー・サイド」も聞きたい。
2010-12-12 20:27 | 記事へ |
| 音楽 |
2010年12月10日(金)
「カムイ伝」と「サイタマノラッパー」
 日曜日くらいから少し喉の奥に違和感があり、風邪をひいたようだ。交代要員のいない仕事だから休めないし、風邪がおもくなって仕事をするのはイヤなので、ひたすらおとなしく養生する。録画が溜まっているのに珍しく生で「カムイ伝」見る。中学生の頃原作の白土三平のマンガを読んでいたのだが、「カムイ伝」ってこんあ話だったっけ。もう一本「サイタマノラッパー」という映画を見る。埼玉でラッパーを目指す青年の話だった。知っている俳優が出ているわけでもない、妙にドキュメンタリーっぽいタッチで面白い映画だった。最後に親のスネかじりをしている訳にもいかず、メシ屋の店員となった主人公のところに昔のバンドメンバーが作業員姿でメシを食べにくる。そこで主人公が、こんな事をしていても俺は夢をあきらめてないのだと言う事を、ラップしだす。メンバーは夢なんかあきらめちまえとラップで返す。このラップ合戦がワンカットで撮られていて、微妙な緊張感を生み出している。こんな映画を見ていると、お金をかけなくとも面白い映画は撮れるんだと思う。なんだか得をしたような映画だった。
2010-12-10 18:59 | 記事へ |
| 映画 |
2010年12月08日(水)
「劔岳 点の記」と「レスラー」
 映画の本を読んだので溜まっている録画の中から「劔岳 点の記」を見る。雄大な北アルプスの景色が映る度に、あゝ、映画館で見たらこの景色に感動しただろうにと思った。映画の公開時に、やけに騒がしい監督がTVで宣伝をしていたが、この監督の熱意にこたえる為にも映画館に行ってちゃんと代償を払って見るべき映画だったような気がする。セット撮影なんてとんでもない、すべて実録、実際機材を山に運び込み、天候に左右されながらの撮影は、監督をはじめとする俳優陣、スタッフの情熱があってのことだ。日本版ヘルツォークのような監督だ。SFX(最近ではVFX)全盛の大作映画ばかりで視覚的には驚きがあっても、見終わったあとの余韻の残る映画が少ない今、こういった監督は貴重な存在だ。映画の最後に出る「仲間たち」という言葉。そして監督もカメラマンも俳優も記録係であれ誰であれ、この映画に携わった人間はみんな「仲間たち」なんだと、肩書なしに名前だけが連なる。熱い思いのこもった映画だった。
 もう一本、ミッキー・ロークが落ちぶれたレスラーを演じる「レスラー」。昔、プロレス好きの友人のI君が、メイン・イヴェンターであれ前座であれ、プロレスを職業にしている人を俺は尊敬すると言っていたが、毎日、毎日、投げて投げられ、殴って殴られ、蹴って蹴られる職業は大変な物だ。ましてドサ回りともなると、血を流してなんぼとなると、良くそんな事が出来るなァと感心してしまう。もっともこの映画を見て感心したのはマリサ・トメイ。場末の飲み屋のポールダンサーを演じている。セクシーな衣装を付けポールに身体を押し付け踊っている。彼女44歳。あのマリサ・トメイが、よくこんな汚れ役を引き受けたなァ。やはりハリウッド女優の根性はすごいネ。
2010-12-08 18:58 | 記事へ |
| 映画 |
2010年12月06日(月)
吉本由美著「するめ映画館」読了
 吉本由美著「するめ映画館」読了。いろいろな映画評の本はあるけれど、この本はするめのように噛めば噛むほど味に出る、何度見ても見あきない映画をゲストに語ってもらう本。この人がこんな映画をと思うような映画を取り上げています。例えば糸井重里氏は「初恋のきた道」。僕がこの映画を見た時の感想は、この映画からチャン・ツィイーのかわいらしさを取り除けば、ストーカーの映画じゃないだろうかというふうなもの。一筋縄ではいかない中野翠さんの紹介する映画は、「愛と宿命の泉」パート1、パート2。昔見た時は何だか判らなかったが、この対談を読んでもう一度見たくなった。何せ昔はエマニュエル・ベアールしか見てなかったもんで。僕にとってするめ映画は何だろうと考える。時々映画好きな人と話をするときは、「グラン・ブルー」だと言う。あまり映画に詳しくない人なら「スターウォーズのエピソードW」(一番最初のやつです)だという。どちらも大好きな映画だが、ビデオを繰り返し見る事はそんなにない。(何せ見なくてはならない映画の録画をたくさんかかえているんだから。)そんな時でも、TVで放送していたら見てしまうのが’90年の中原俊監督の「櫻の園」だ。自分でも理由が知りたいほど、何故だか判らずに見てしまう。きっと女子高校生好きなんだろう。
2010-12-06 18:56 | 記事へ |
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2010年12月04日(土)
セレッソ大阪観戦記
 第34節 対磐田 6−2 ○
 キンチョウ・スタジアムになって安いチケットは早々に売り切れる。薄給の身には辛いところだ。色々な理由を付けて、これまで会場へ足を運ばなかったけれど、最終戦となると今年一年楽しませてくれたお礼、何としてでもスタジアムに行かなければならない。「このメンバーでサッカーをするのも最後」という意味深長な家長のコメントにもあるように、本当に来年、誰が残っているのか判らない。カテゴリー3、前売り3500円のチケットを買っていざ、キンチョウ・スタジアムへ。どこから入るのか判らない。席はメイン・スタンド、セレッソ側ゴールライン付近の前から12列目。試合が始まったら判ったが、急造サッカー競技場はアウェイ側手前側へボールが来ると、少し見にくい。もう少し客席の傾斜を急にした方が。それにホーム、ゴール裏は2階建てにしてもう少しキャパを増やした方が。試合前にのウォーミング・アップでマイナス気味のセンタリングをヒールだったか、強力なボレーをたたき込んだのは永井龍、このシュートを見ただけでも、来たかいがあった。永井!来年はレギュラーを取れよ!播戸、乾、小松らのシュート練習を見ていたら、手前タッチラインを猛烈なスピードでダッシュする選手が。なんと茂庭ではないか。この早さ、ほれたネー。カウンターを食らっても失点しなかった訳は、この茂庭の早さだったのだ。名前を出して悪いが、茂庭、上本の両CBは前田、江添にはない安定感があった。とにかく安心して見ていられた。
 最終戦に勝って、鹿島、ガンバの成績次第ではACLへの出場権が手に入る。しかし、ベストメンバーが11人しかいない、選手層の薄いセレッソがハードな日程のACLに出場するのは考え物だと思っていた。26節、27節、28節と1点も取れずに1分け2敗した時、セレッソの今年の快進撃もここまでかと思ったが。29節から清水に勝ち、山形とは引き分けたが、横浜FM、川崎、湘南と勝ち続けた時、セレッソは勢いではなく本当に強くなったのだと思い至った。
 さて試合だが、1点目はゴール前で乾のループ・パスがアドリアーノに通って得点。2点目は清武からのパスがアドリアーノに通って得点、後半は清武のロング・フィードにアドリアーノが抜け出して3点目。その5分後にも家長からアドリアーノに通って4点目。終了前にはCKからアマラウのヘッドで5点目。ロスタイムには途中出場の播戸にもゴールが生まれ6点目と、まるでお祭り騒ぎ。これくらい得点が取れるなら、もっと取れただろうにと思わせる試合だった。監督のコメントでは、来年の強行日程では、若手を多用するつもりらしい。北京五輪で金を取って帰って来た黒木、山口、19歳の永井、18歳の杉本、今年の丸橋(20歳)のようにレギュラーを取るのは誰だろうか。
 試合後、寒い会場で寒い感謝イベントを見て帰宅する。寒かったけど、行って良かった。

試合前、セレッソサポーター側の後ろのマンションには、セレッソの旗が見受けられる。








今年の守備の安定は茂庭のおかげ。









この日4得点のアドリアーノ
2010-12-04 18:48 | 記事へ |
| サッカー |
貫井徳郎著「乱反射」読了とアークトゥルス
 貫井徳郎著「乱反射」読了。むかーし、この著者の「慟哭」を読んだ時、最後に1ページでの意表を突いたエンディングにあざとさを感じて、あまり触手が伸びなかったが、ある書評誌で「社会的な作品」という著者の発言に読んでみる気になった。この小説では、犯罪ではないが、ちょっとしたマナー違反が積み重なって事件が起こり、事故が起きた時の責任の所在が判らなくなるという話だったが、そういう話である事を小説の最初で明かしてしまっている。これは言ってはいけないんじゃないの?話の展開は予想通りにしか進まない。そして最後の落ちは、結局はマナー違反は自分でもやっていたという事なんだけど、多分こんな人はそんな事に気づくような人じゃないと思うけど……。
 朝は5時40分に家を出る。この時期では、夜明け前だ。東を向いて歩いて行くので、晴れていれば金星がよく見える。金星の左斜め上(北側)に1等星らしき星が見える。知っていなければ天文マニアとして名折れになると思って考えるけれど、星の名前は思いつかない。しし座のレグルスでは場所的に違うだろうし、ヴェガ(織姫星)が出てくるには早すぎる。昔は天文年間なり、星座早見盤を持っていたので困る事はなかったけど、春の星座はしし座やおとめ座くらいしか思い浮かばない。ネットで調べても今の明け方の東の空にどんな星が出ているのか、うまく調べられない。やっとの事でうしかい座のアークトゥルスだと判明する。アークトゥルス、何年振りにこの名前を口にしたのだろう。北斗七星のひしゃくの柄の部分を弧を描いて伸ばしていくと、このアークトゥルスがあって、その先に乙女座のスピカがある。アークトゥルスだと判ると他の星との位置関係が判り、しし座もはっきり判るようになった。レグルス、久しぶり。スピカもネ。
2010-12-04 18:46 | 記事へ |
| 読書 |
2010年12月02日(木)
合掌、阿部ちゃん逝去
 昨日、クラシコを見終わってパソコンを立ち上げると、友人からのメールが2通。阿部ちゃんが死んだ。呆然とする。最近はそんなにミナミには飲みに行かないが、飲みに行くとたいてい何処かの店で阿部ちゃんに出会った。顔を見ると、最近の自分のやっているバンド、イヴェント、よく話してくれた。’96年に服部緑地の野音で春一番を再開した時、「俺と風太と歳を足して100になるまでは続けるから、あと何回は出来る。」と言っていた阿部ちゃんは、2人で1年にひとつしか歳をとらない計算をしていた。何でもかんでも思った事を口にする僕は、いままでいろんなバンドをマネージメントしてきた阿部ちゃんが、どうして今そんなヘタなバンドをマネージメントしているのかを直接聞いた事もあった。その時は、別に怒るでもなくちゃんと説明してくれた。(その説明は忘れてしまったが)
 以前、交通事故にあって死ぬほどの怪我をした阿部ちゃんだったが、担当医の話では怪我より肝臓が悪いという話だった。多くの友人たちの輸血で乗り切った阿部ちゃん。酒も薬物も控え、月に一度は病院に検診に行っていたと聞いていた。元気だと思っていたのに。あと2週間生きていれば、還暦を迎えられたのに。関西の音楽界を仕切る、あんな人はもう現れないだろう。ものすごく無常観を感じる。
 先日来、自転車の空気がよく抜ける。とりあえず乗る時にパンパンに入れておくと、その日は持つので、乗る度に空気を入れていたのだが、このところ3時間くらいでペコペコになってしまう。26日も朝から自転車でミナミの電気屋まで向かったのだが、帰りは乗る事が出来ず押して帰った。自分で虫ゴムを代えてみたのだけれど、代え方が良くなかったのだろうと自転車屋へ持っていく。自転車屋のおっさんはこんなベロベロの虫ゴムはあかんと、ちゃんとした虫ゴムの付いた空気入れのピンと取り替えてくれて、「代金はいらん」と言う。喜んで帰ってくるが翌日はやはりタイヤはペコペコだった。「やっぱり、あきまへんわー」ともう一度自転車屋に持っていくと、「見とくから30分後においで」と言われ30分後に行くと「やっぱりパンクしとった。500円」。いまどき500円で商売が成り立つのかと思ったが、素直に500円払って帰宅。心配せずに自転車に乗れるようになって、ホッとする。
2010-12-02 18:43 | 記事へ |
2010年12月01日(水)
永久保存版クラシコ
 29日、30日という48時間勤務を終えて帰って睡眠。昼過ぎに起きると早速、バルサ対レアルのクラシコを見る。何といっても今年のレアルの守備の強さ、取りこぼしのなさ、なにせ無敗だ。ところが試合は意外な展開になった。開始10分、イニエスタからシャビへのスルー。少しマイナス気味のパスをヒールで前に持ち出しカシージャスと1対1、カシージャスを嘲笑うようなふわりと浮かしたシュートがカシージャスの頭の上を。クラシコを語る時に後世まで語り継がれるような美しいゴール。TVを見ながら「ヨッシャー!」と叫び、右手を突き上げる。18分にはバルサ左サイドのビジャがゴールラインぎりぎりを突破しセンタリング、カシージャスに当たったボールはふんわりと無人のゴール前へ。ペドロがつめてごっつあんゴール。結局結果は5−0、昨シーズンまで4連敗していたレアルにとっては屈辱のスコア、僕には永久保存版の試合だった。
2010-12-01 18:42 | 記事へ |
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2010年11月28日(日)
いしいしんじ著「遠い足の話」読了とジャクソン・サザンネリアーズ
 いしいしんじ著「遠い足の話」読了。時々、縁に必要以上の物を感じる人がいる。自分が行った土地、知り合った人、どこかに以前の自分との繋がりを知り、その場所に行った事、その人と知り合った事に因縁めいたものを感じてしまう。
 全然関係ない事から説明するが、僕はこれを勝手に安心理論と名付けている。この安心理論の発案者は黒鉄ヒロシ氏で、プロ野球開幕前に、このピッチャーで何勝、このピッチャーで何勝、合計で78から80勝と自分を安心させる為に勝手にデッチあげる。この考え方は、もっと広げて考えてみると、何か良くない事があった時、自分が良くない事をした結果こうなったのではないか、あの時こうしたから、こんなことになったのではないかと理由をつける。それもやっぱり自分を安心させる為の考え方だ。どうしてこんな事を書き始めたかと言うと、いしいしんじ氏の「遠い足の話」はこんな話が満載だ。引っ越した先が以前知り合った人が住んでいた家だったとか、自分には別々に知り合った知人が、実は以前からずっと親しい友人だったとか、偶然にしては偶然過ぎるような出来事に著者は因縁を感じ必然性を感じる。本人がそう考えたいのだから仕方がないが、即物的な僕は偶然は偶然でそこに意味を感じる必要はないと思う。少し僕の興味から離れた本でした。
 時々、サザン・ソウル・ラジオを聞く。(http://www.soulbluesmusic.com/)聞いていると今が2010年という事を忘れるくらい60年代、70年代のオーソドックスなソウル・ミュージックが流れてくる。全然名前も知らないミュージシャン達だが、今でも南部に行くと、こういった人達が一線で活躍してると思うと嬉しくなる。(現地で、どれくらいメジャーなのかは知らないけれど、現地レーベルからアルバムを発表しているのだから、そこそこの人達なんだろう)久しぶりに聞く気になってHPを見ると、You Tubeがリンクしてありミュージシャンの動く映像が見れた。実にいなたい、おしゃれとは縁遠い映像。見ていると、なぜか急にジャクソン・サザンネリアーズを思い出した。本当のYou TubeのHPへ行ってジャクソン・サザンネリアーズを見る。数少ない映像ながら、動くジャクソン・サザンネリアーズが見る事が出来る。これだからYou Tubeは著作権だなんだといっても、人気なんだろう。僕達が音楽を聞き始めた頃、ミュージシャンの動く映像なんて考えもしなかった。ビデオが普及した頃に、何度もダビングをして輪郭がぼけた、画像がハレーションをおこした映像を、ありがたく貴重な映像として見せてもらった思いだす。その見にくい映像を自分でコピーしていたのに、もうそんなもの見る事はないんだろうなァ。(写真はジャクソン・サザンネリアーズのCD)
2010-11-28 18:36 | 記事へ |
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2010年11月26日(金)
エコ・ポイント
 休日明けの朝刊で、エコポイントは今月で打ち切りになる為に大型電気店には長蛇の列が出来たと載っていた。それは休日だからと思い、平日の朝一に家電量販店の前に行ったら、TVを買うお客は入口を指定されて、そこへ行くと整理券を渡された。係員に聞くと、その番号では買えるのは午後3時以降になるという。ちょっと、世の中をなめていたようだ。そこで3時まで待つわけにもいかず、いったん家に帰る。夕方出かけていくと、朝から整理券を配っていたことなど知らない客が売り場の周辺にタムロしている。係員に整理券を渡し係員の説明を受けるが、係員も朝からの対応でヘロヘロになっている。特に希望もないので、適当なTVを母の分と2台買う。家にある大型ブラウン管TVの引き取りを頼んでエコポイントの申請方法を聞いて帰宅する。係員の疲れがうつったのか、疲れた一日であった。
2010-11-26 20:46 | 記事へ |
2010年11月24日(水)
セレッソ対川崎戦を見る
 昨日の試合、セレッソ対川崎戦を見る。2−1の勝利。この試合で前半を0−0で折り返した時クルピ監督は、後半からボランチのアマラウに代えて小松を投入した。これは。4−2−3−1から4−4−2へのシステム変更だ。これまで、負けている時に守備陣を一枚けずってFWを投入するという事はあったが、0−0からシステムを変えるのは初めてではないか。そしてこれが的中する。右サイドの酒本のクロスをヘディングでゴール。監督が戦術を駆使して戦うのを始めて見たような気がする。2点目のアドリアーノのゴールは圧巻だった。センターライン付近でボールを貰うと相手DFをものともせず、一気にゴール前までドリブル、それで決めてしまうのだから凄い。体の使い方、強さ、これがブラジルのFW。どうしてこれまで、こんな攻めがあまり見られなかったのだろう。ポゼッションが悪くなっても、こんな飛び道具があるのだから、もっとシンプルにアドリアーノを使ってもよかったのに。
2010-11-24 20:45 | 記事へ |
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2010年11月22日(月)
佐々木 譲著「廃墟に乞う」読了とセレッソ対横浜戦
 佐々木 譲著「廃墟に乞う」読了。主人公はPTSDで自宅療養中の刑事、知人に頼まれて事件を調べる。短編集なので、あまりにも事件が簡単に片付きすぎるきらいはあるが、やはりこの著者の本はさくさく読める。
 20日の試合、セレッソ対横浜戦を見る。2−0の勝利。4月の対戦ではシュート数3対20が示すように一方的に攻められてなんとか0−0でしのぎ切った。この試合ではシュート数12対9。純粋にシュート数だけで優劣はつけられないが、以前のように一方的に攻められる事はなくなった。これはホームとアウェイの違いだろうか、横浜の調子の悪さなのだろうか、それともセレッソが強くなっているのだろうか。素直に強くなったと思えないところが、セレッソ・ファンの屈折した思い。
2010-11-22 20:42 | 記事へ |
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2010年11月20日(土)
今年も40日あまり、フランスパン作りとインディア・アリー
 もう今年も40日あまり。なにかとせわしい、もう年末がやってくる。
 最近凝っているのはフランスパン作り。強力粉と薄力粉を混ぜ合わせたり、中力粉を使ってみたり、いろいろ試してみる。味的には塩味で気に入っているのだが、表面の皮はパリッとはいかない。そして、作ったのはすべて自分で処理しなくちゃならない。そんなに食えない。


 インディア・アリーの新しいCDが届く。と言っても’08年のアルバムだ。やはり僕にはインディア・アリーが合っている。このアルバムに面白い曲が入っていた。12曲目の「ロング・グッドバイ」と言う曲だが、どこかで聞いたメロディ。ある日本人女性シンガーが歌っていた曲にとっても似ているのだが、その曲のクレジットにインディア・アリーの名前は入っているのだろうか。もしも入ってなかったら八神純子の「パープルタウン」と同じじゃないか。その日本人シンガーには興味がないので、その曲のタイトルも覚えてないし調べる気もないから確かな事は判らないけど、もしもパクッていたならちゃんと申告するように。
2010-11-20 20:39 | 記事へ |
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2010年11月18日(木)
椎野秀聰著「僕らが作ったギターの名器」読了
 椎野秀聰著「僕らが作ったギターの名器」読了。著者は楽器職人ではなく、楽器制作をプロデュースする人。色々なメーカーから相談を受け楽器をを設計したりする会社を立ち上げた人のようです。自身のメーカーとしてはESPやVESTAXがあるそうです。ギター好きには中々興味深い本でした。闇雲に伐採したおかげで現在では入手困難な材質、とは言え高価な材質を使ったからと言って、いいギターが出来る訳でもなく。コスト・パーフォーマンスがしっかりした楽器が、いい楽器なのだと著者はいいます。作る人の愛情と、使う人の愛情が一体となっていい音が生まれる。一時、世界中でギターが売れ出した時に、大量生産を図った会社は楽器にかける愛情を失ってしまったようで、メーカーの信用を失ってい行きます。僕達古い世代には、マーチン、ギブソン、フェンダーという名前に憧れ、フォーク少年だった僕は、いつかはマーチンと思っていた物です。昔の車で言うと、カローラを買った人が、いつかはクラウンと思うのに似たものがあります。幸いにも20数年前に喫茶店をやっていた頃、アコギの先生をしていた友人から000-18を安く譲ってもらい、それ以降それ1本でやってきました。本当は色々なギターを集めて、弾き比べなんかしたいのだけれど財力が伴わないのと、ギターは鳴らさないといけないので、たえず鳴らせる本数は限られています。マーチンを手に入れた当時使っていたのは、アリアのDタイプのギターとオヴェイションでしたが、アリアは友人に進呈し(散々使い古してお金を貰えるような物じゃなかった)、オヴェイションは友人に譲りました。(友人が譲ってくれと言ったので、渡りに船でした)オヴェイションのギターは、当時流行りだった事もありますが、とにかくよく鳴るギターでした。それは弾き込むとかいう行為をしなくても最初から鳴るのです。ところがマーチンを手にしてみると、オヴェイションのギラギラした音質とは一変して、しっとりと落ち着いた音がするのです。途端にオヴェイションの音が下品に思えだし、急に興味を無くし、僕のギターはマーチン1本でいいと思いました。(もしかすると、自分で思い込ませたのかもしれませんが。)最近では金があったら、テイラーが欲しいとか、相方のマーチンのDタイプを弾かせてもらって、低音が豊かなDタイプも1本欲しいとか、思っているのです。それにつけても、金の欲しさよ。
2010-11-18 20:35 | 記事へ |
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2010年11月16日(火)
梨木香歩著「ピスタチオ」読了とセレッソ対山形戦
 梨木香歩著「ピスタチオ」読了。主人公の飼っている犬の病、仕事でのアフリカ行き、アフリカの民話、呪術を使うウィッチー・ドクター、題名のピスタチオ、三題話ではないが、これらの出来事がどうつながっていくのか、一つ間違えば「ガダラの豚」になりそうな話だったけど、不思議な読後感を持った小説。そういえばこの人の小説には、霊的な物がよく出てくる。にやけた男がTVで言っているような霊ではなく、もっと土着的な霊だ。
 セレッソ対山形戦を見る。1−3になった時点で山形の総シュート数は3、よく後半のロスタイムで2点取って追いついたものだ。取れるんだったら、もっと早く取れよという気持ちと、なんとか負けないで良かったという気持ちが交錯する。今年は、一方的に負けたという試合は、開幕戦の大宮と、この前の浦和くらい。6節の横浜戦でも試合は一方的にやられてしまっていたけれど、結局は0−0。15節の清水戦でも3−0で負けてもおかしくないところを3−2。これが得失点差が有利に働いている。去年までのセレッソとは正反対。開幕戦での、あの情けないチームがこうまで変身するとは。ところであれだけ素晴らしいサッカーをしていた浦和は、セレッソ戦以後三連敗、サッカーってわからない。
2010-11-16 20:30 | 記事へ |
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2010年11月14日(日)
ジョン・レジェンドとルーツのアルバム「ウェイク・アップ」を聞く
 ジョン・レジェンドとルーツのアルバム「ウェイク・アップ」を聞く。一聴しただけで熱いアルバムだと判る。なんでも’60〜’70年代の社会的なメッセージを持った曲を集めたアルバムイらしい。その内容までは判らないのだが、歌、演奏に伝えたいという意欲がビシビシ伝わってくる。ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ、カーティス・メイフィールド、ダニー・ハザウェイらの曲、アレサが教会のライブでやっていた”Holy Holy” もある。30年以上も前の曲が見事に見事によみがえっている。しかも、僕達の年代が苦手なヒップ・ホップ・サウンドでも、熱い歌声がびんびん伝わってくる。目を付けていたミュージシャンがいいアルバムを出してくれると、嬉しくなる。僕の目は、間違ってなかったのネ。
2010-11-14 19:42 | 記事へ |
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2010年11月12日(金)
ラリイ・ニーヴン著「プダヴの世界」読了と、スティーヴィー・ワンダーのこぶし
 ラリイ・ニーヴン著「プダヴの世界」読了。2日のフリッツ・ライバーじゃないけど、こんな本読んでいる場合じゃないヨなァ。
 久しぶりに思いだしたので、スティーヴィー・ワンダーのハーモニカ・アルバム“Eivets Rednow”(イーヴェッツ・レッドナウ、スティーヴィー・ワンダーの名前を逆に表記したもの)を聞く。スティーヴィーのヴォーカルには、彼独特のこぶしがあるが、そのこぶしがハーモニカにもあることに、やっと気付く。スティーヴィーのハーモニカの魅力はこぶしだったのか。
2010-11-12 19:40 | 記事へ |
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2010年11月10日(水)
2週間ぶりの練習
 昨日は2週間ぶりの練習。前回の練習はひと月ぶりだったので、声が途中で出なくなったり散々だった。コンスタントに練習していてもひと月空いたら、この体たらく。歳なんだろうかと思ったが、実際、歳なんだから仕方がない。新曲に挑戦していても、原曲から日本語に買えるとハモリも判らない。この曲はボツになるかも知れないと思いつつ、他にする曲もないので、なにげなしに練習を始めると、少しずつ形が見えてくる。人に聞かせられるようになるまでは、まだまだ遠い道のりだが…。
2010-11-10 19:33 | 記事へ |
2010年11月08日(月)
恒例行事、吉野へ柿を買いに行ったのとYou tube問題
 恒例行事、吉野へ柿を買いに行く。今年は異常気象で、柿の出来もあまりよくないようだ。大きさにすごくばらつきがあり、例年よりは小さい目の柿が多い。去年はキロ200円だったが、今年はキロ250円。去年の半分、10キロだけ買って帰ってくる。
 You tube に尖閣列島での中国漁船衝突事件の映像が流出して話題になっているが、機密漏えいとか内部告発とか、難しい問題は置いといて、You tubeの著作権というのはどうなっているのだろう。実は僕達のライブを見に来た人が携帯で動画を撮って、勝手に3曲 You tubeにアップしてしまっている。その話を聞いたのはアップしたずっと後だ。何でも無料で見れるというのは、そういう事なんだろう。普段は見る事ができないレアなミュージシャンの映像が検索するだけでたくさん出てくる。TVに出演した時の演奏なんかも、録画していた人が勝手にアップする。こういうのはきっと無断でしていることなんだろう。そういう恩恵に、僕達はあたっている。別に僕達は金が欲しいわけではないが、せめて一言、アップする前に報告くらいしてくれてもいいと思うのに。全然知らない間柄でもないのに……。(当然知らない人が多いので、誰も見ない。なぜか、少しみじめな気がする。)
2010-11-08 19:31 | 記事へ |
2010年11月06日(土)
小林朋道著「先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!」読了
 小林朋道著「先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!」読了。先生シリーズ第3弾、野生の生物がけなげに生きる姿に感情移入してしまいます。でも野生に生物は別にけなげに生きている訳ではなく、それが自然の姿なのですが……。リスの子供たちがどのようにして外敵のイタチが巣に侵入して来るのを食い止めるのか調べようと、同じイタチ科のフェレットを利用します。本の中に利用したフェレットではなく、著者が昔飼っていたフェレットの写真が載っていましたが、それが何とも愛らしい。勝手に本から転載します。また河原のすすきの原っぱに枯れ草を集めてカゴのような巣をつくるカヤネズミ、学校の校庭に現れたモグラ、羽根を怪我したひよどりなどの話が出てきます。
 ひどい話だが、昼過ぎに図書館に行く途中で、今日はセレッソの試合だと思いだした。チケットを買うのも忘れていたが、試合当日まで忘れてしまうとは。おまけにTBSのBSで生中継があることも知らず。ネットで速報を更新しつつ、ハラハラする。小松のゴールで1−0の勝利。やっと結果を出した小松、J1初ゴールだったんだネ。
2010-11-06 19:29 | 記事へ |
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2010年11月04日(木)
エリカ・バドゥとインディア・アリー
 エリカ・バドゥの新曲のPVで全裸になった、しかも場所がケネディ大統領が撃たれた場所だというのが話題になっている。(ちょっと古いか!)You tube で検索するとWindow Seatという曲で、すぐ出てくる。(もちろん映像はモザイク処理済みの映像です。)車から降りて街を歩きながら、一枚ずつ脱ぎ捨ていく。最後は全裸になって路上に倒れる。撮影に出くわした人もびっくりしただろうけど、やはり警察から罰金をくらったようだ。何を歌っているかは勉強不足で、良く知らないが、そうまでして表現したい物なんて何なんだろう。エリカ・バドゥってそんな人だったのか、僕の持っているのはデビュー、ライブ、ママズ・ガンと三枚目までで、少しコケティッシュな声でクールでジャジーなサウンドだったような記憶しかない。ママズ・ガンから三枚、その間にワイルドに変身してしまったのだろうか。そんな事を考えながら持っている三枚を聞き直す。図書館にあった四枚目“ワールドワイド・アンダーグランド”も借りて聞く。やはり昔思った通り以上の感想は持てなかった。エリカ・バドゥのCDを棚から出す時にすぐ近くにあったインディア・アリーのCDも一緒にウォークマンに入れる。(我が家のCD棚の整理方法はファースト。ネームではなく、ファミリー・ネーム、エリカ・バドゥはB,インディア・アリーはA)エリカ・バドゥや、インディア・アリー、アリシア・キーズ、ジル・スコット、他にも何人かいたと思うが’90年以降デビューしたR&Bの女性ヴォーカリストの中で、一番好きだったのはインディア・アリーだった。アコスティック・ギターの使われ方がなんとも気持ちいい。改めて聞いてみても、やはり気持ちいい。思わず持っていない2年前のアルバムをクリックしてしまう。
2010-11-04 19:07 | 記事へ |
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2010年11月02日(火)
フリッツ・ライバー著「闇よ、つどえ!」読了
 フリッツ・ライバー著「闇よ、つどえ!」読了。とうとう読んじゃっちゃよ。面白くはなかったけど。図書館から本が回って来ないので、本棚の本を減らす為だけに読んでいる。こんなことをしていいのか、とても疑問に思う。仕事中に本を読めなくなったので、1冊の本を読むのに時間がかかる。家にいれば溜まった録画を片づけるのに追われる。時間が全然足りない。もうあれもこれもと出来る歳ではなくなった。自分達のバンドを考えた時、ライブ以後目標がなくなったので、練習にあまり力が入っていない。しかし、もう一度ライブをする事は簡単でも、同じ事はしたくないという自分達の自負はある。とは言え、だからと言ってレパートリーが簡単に増える訳はない。昔、漣健児氏の本を読んだ時、プレイヤーにシングル盤を乗っけて、繰り返し繰り返し一日中訳詞する曲を聞いていたと書いてあった。訳詞をする場合、言葉を直すだけではなく、曲調が意外と大切な重要なキイ・ポイントになって、詞の雰囲気を決める。(英語の語感がヒントになることもある)そこから語呂合わせなんかが出来る訳だが、歌詞の対訳片手に、メロディを思い出しながら訳詞をしていてもあまり満足のいく物が出来ない。もっと繰り返し、繰り返し聞いて、その曲を体に沁み込ませなくてはと思うのだが、時間が取れない。番組表片手に、録画しまくっている映画だって見る暇がないし、毎週のサッカー録画を見るのが精一杯の状況だ。このブログの更新も溜まる一方だし、何とかならないものだろうか。
2010-11-02 19:01 | 記事へ |
2010年10月31日(日)
高山文彦著「ミラコロ」読了
 高山文彦著「ミラコロ」読了。田舎の映画館が閉館するので、帰って来ないかと連絡があり、主人公は田舎へ向かいます。この本も先日読んだ川本氏の本で紹介されていました。映画館に辿りつく為の田舎へ向かう電車の中は、まるで映画のように映画館へ向かう人達が乗り込んできます。タイトルの通り「奇跡」のような話。それにしても主人公の向かう田舎は、秘境のような所みたい。
2010-10-31 20:30 | 記事へ |
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2010年10月29日(金)
ニール・ヤングの新譜 ”Le Noise” を聞く
 ニール・ヤングの新譜 ”Le Noise” を聞く。偉大なるメロディ・メイカー、ニール・ヤングが好きだった。いい歳をして”I Am A Child” と歌うニール・ヤングが好きだった。全米ナンバー1ヒットを出したすぐ後に、ヒット曲が1曲も入っていないライブ・アルバムを出すニール・ヤングが好きだった。カントリーをやり、パンクに走り、テクノに手を出し、ロカビリーもやってみた。1作ごとに何をするか期待と不安を持たせたニール・ヤングが好きだった。聞いてみて首をひねるようなアルバムでも、僕の理解が足りないのだと納得させた。コンセプト・アルバム「グリーンデイル」だって、その全曲を順番に演奏した日本公演だって、彼がやりたいのだからと、受け入れた。だって、やりたいようにしかできない不器用なニール・ヤングが好きなんだから。彼の姿勢に疑問を持ちだしたのは、アーカイヴ・シリーズと銘打ったライブが出始めた頃。ニール・ヤングは過去の事なんか気にもかけないと僕は思っていたのに。明らかに彼は自分の足跡を残す作業をしている。今回のアルバムのCD評で、ミュージック・マガジンでは“ひと筆で一気呵成に描き上げたようなアルバム“というような表現をしているが、僕は前作 “Fork In The Road” を聞いた時に同じような、そして少し違う印象を持った。曲がこなれていない。プラモデルでいうところのバリ取りができていない。言葉があってメロディを付けようとする。言葉の上をメロディが這っていく。まだメロディが固定出来ていない。勝手な言い分だが、そんな印象の曲ばかりだった。果たしてこれらの曲をニール・ヤングは覚えているのだろうか。そして今回の”Le Noise”だ。プロデューサーがダニエル・ラノワ。この人選だけで頭の中は?マークが並ぶ。そして内容は爆音エレキの弾き語りだ。前回の“Fork In The Road”を聞いた時と同じような印象を持った。彼は、これらの曲をライブで演奏するのだろうか。どんどんニール・ヤングは、遠い人になっていく。
2010-10-29 20:20 | 記事へ |
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2010年10月27日(水)
小林朋道著「先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!」読了。
 小林朋道著「先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!」読了。鳥取環境大学の小林教授本、第2弾。ショッキングなタイトルですが、本当にシマリスは動かないヘビ(冬眠中とか)ならヘビをかじって、ヘビの抜け殻を見つけたら抜け殻をかじって、唾液と混ざった者を体中に塗るんだそうです。これは生まれたばかりのシマリスでも行う行為で、本能的なものになっているようです。何故だかは本を読んでください。その他、この小林教授はアカネズミを研究しているそうですが、このアカネズミが可愛い。我が家に猫がいなければネズミを飼いたいぞ!(写真はネットで探した物を無断引用)
2010-10-27 20:16 | 記事へ |
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2010年10月25日(月)
小川洋子著「海」読了とセレッソ対仙台戦
 小川洋子著「海」読了。先日読んだ、川本氏の本に「海」に出てくる鳴鱗琴(めいりんきん)の事が書いてありました。小川氏の本はよく読んでいるのに、「海」は読んだ事がなかったので早速、図書館から取り寄せました。この著者の作品には、どこか喪失感が伴います。そして静謐な文が魅力なんですが、この短編集のなかの「バタフライ和文タイプ事務所」には、思いっきりニヤニヤさせられました。イヤー、この著者、こんなにエロい小説を書くんですネ。
 なんかセレッソの試合を見に行かない癖がついたようで、土曜日の対仙台戦をCATVで見る。0−0の引き分け。リアル・タイムではネットの速報を更新しながら、イライラ、ハラハラしていたのだが、総シュート数24対3の訳をTVで確認した。24本もシュートを撃ったセレッソだが、FWのアドリアーノのシュート0に終わっている。結局、相手守備陣を崩せなかったという事。乾のミドルはポストに嫌われ、家長のヘッドは叩きつけ過ぎワンバウンドでゴールの上へ、アマラウのFKはバーに嫌われる。ツキがないとはこういうこと。クルピ監督は、セレッソの3シャドウの選手たちに、香川との違いはゴールの意識だと言う。それはそうなのだが、どのようにして相手守備陣を崩し、どのようにしてゴールをするのかは、まるっきり選手任せで相変わらず戦術と言う物がない。
2010-10-25 20:15 | 記事へ |
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2010年10月23日(土)
クミコさんのCD「10年」を聞く
 図書館からクミコさんの「10年」というCDを借りてきた。この人の事が気になりだしたのは、もう10年以上も前、斉藤由貴の「情熱」をこの人の歌で聞いてからだ。歌を聞いていて、言葉が伝わってくる人は少ない。いい声の人、音程がしっかりした人、声量の豊富な人、色々なタイプの人がいるが、歌の内容を自分なりに理解して、伝えようとする人は少ないような気がする。(それが良い、悪いの問題でもないのです。自分の好き嫌いの話です。)クミコさんの歌う「情熱」は、斉藤由貴の「情熱」とは違う物を伝えようとしている気がした。同じように感じた人が多かったのか、その頃彼女の小さなブームが起こった。歌手生活が縮小気味だった彼女の活動が、少しはゆとりが出来たようだった。いい歌手が活動を続けていけるのは喜ばしい。その再出発アルバム「AURA」を聞いてみたが、彼女に意味のある歌を歌わせようとする意図があったり、プロデューサー指導のアルバムに思えてアルバム自体は、僕には気に入らなかった。でもアルバムを買わないまでもTVなどに出演したりすれば、チェックはしていた。この「10年」というアルバムも図書館の蔵書リストから、’70年代の歌を取り上げている事から聞いてみる気になったのだが、解説を読んでみると、筑紫哲也、椎名誠、大石静、江國香織らが彼女に歌わせたい曲を選んで歌わせたという企画アルバムだった。少しガッカリ、本当に彼女が歌いたい歌を集めて欲しかった。
2010-10-23 20:13 | 記事へ |
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2010年10月21日(木)
川本三郎著「映画を見ればわかること3 時代劇のベートーヴェン」読了。
 川本三郎著「映画を見ればわかること3 時代劇のベートーヴェン」読了。毎週かかさずエアチェックまでして聞いている達郎さんのFM番組は、かかる曲がレアなこともあるが、彼の豊富な音楽知識によるよもやま話が楽しい。単にその楽曲を知っているだけだったのが、その曲を作ったのは誰で、その人はこんな曲も書いている。またアレンジやプロデューサーは誰々で、他にこんな仕事をしている。枝葉末節にこだわってこそ、その道のコアなファンだ。川本氏の映画にまつわる本は、そういった枝葉末節にこだわる人にはうってつけの本だ。あの映画のわき役の俳優は、こんな映画に出ていた。ロケ地はどこそこで、他にはこんな映画もそこで撮られている。たとえその映画が面白くなくても、気に入ったシーンがあれば、その事を書く。最近あまり映画を見る気が失せているところだったけど、俄然映画が見たくなってきた。ところで、あとがきに書かれているように、この本は氏の奥様が闘病中、そして亡くなられた時期に連載をしていた物をまとめたものである。先に氏の「いまも、君を想う」(’10 7 11 参照)を読んでいたので気付いたのだが、ある映画の中のワンシーンで部屋の中にアジサイが飾られていた。他の人なら気にも留めないのだろうが、それはアジサイ好きの奥様が闘病中の頃。だからアジサイが飾られている事に目がいってしまう。もう一度あとがきから引用。「早いもので家内が逝って今年で三年になる。遠ざかれば遠ざかるほど、家内が近くなるような気がしてならない。」
2010-10-21 20:11 | 記事へ |
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2010年10月19日(火)
「静かな音楽になった」by金森幸介 
 先日、映画「Ballad 名もなき恋のうた」の手を振る新垣結衣を見た時から、頭の中に流れ出したメロディがある。
 ♪ 忘れなれない風景の中に、いつもの君がいる 「静かな音楽になった」by金森幸介 
 もう11年前のアルバムになる彼の同名タイトルのアルバムの中に収められた曲である。10代の後半、関西フォークが下火になった頃から僕は、日本の音楽をほとんど聞かなくなってウエストコースト、SSWの音楽にのめり込んでいった。そんな頃でも日本のミュージシャンで唯一、大好きでアルバムをなめるように聞いていたのが彼の「箱舟は去って」と「少年」だった。彼はデビューから一貫して、みずみずしい言葉をシンプルなメロディに載せて歌う。(デビューは小さなオルフェの「水色のポエム」。昔、TVのヤングタウンの今月の歌で見て以来、彼のファンだ。)その言葉、ひとつひとつが心に沁み、共感が持てた。「静かな音楽になった」はその3年前に出た「緑地にて」と同じように服部緑地の野音で録音されたアルバムだ。ライブアルバムではなく無人の野音で録音したのだから、よおーく聞くと鳥の声や空を飛ぶ飛行機の騒音が聞こえる。久しぶりにアルバムを引っ張り出して来てデジタル・ウォークマンに入れる。彼のアルバムを聞くと、しばらく取りつかれてしまうような気もする。時間が合えば、また彼のライブに行きたい。
2010-10-19 20:10 | 記事へ |
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2010年10月17日(日)
セレッソ対浦和戦
 昨日、セレッソ対浦和戦をBSのTBSで見ていた。完敗じゃん。浦和のような金で他チームのいい選手を獲ってくるようなチームは好きになれない。そんなチームに負けた事が口惜しい。でも試合を見る限り、チームの成熟度が違うと思い知らされた。パス・アンド・ゴー、このゴーの質の違い。パスの出し手が、出した後すぐにスペースへ走り出す。ボールに絡む選手だけでなく、チームとして選手たちの動きがスペースを作り出し、パスを回す。どうしてこのチームがこんな位置にいるのだろう、でもここ数試合負けがないのはなるほどと思わせる内容だった。セレッソの選手がボールを持っても、絶えず数的不利になり、パスは分断される。浦和の選手の動きに翻弄され、守備が後手、後手に回ってしまっている。いくらセレッソの3シャドウの選手の個人技が、優れているからと言って、フォローがなければ潰されてしまう。最近は両サイド、高橋、丸橋の上がりが少し少ないような気もするし。うまくいっている時は、リーグで一番面白いサッジャーをするチームだったけど、うまくいかなくなると全然機能しない。(どんなチームでも、同じだろうけど)なにせ、スタメン、イコール、ベストメンバーで、選手交代で戦術を変えるなんてことはあまりない。サブの播戸や小松の結果が伴っていないので………。ツライのォー。
2010-10-17 20:08 | 記事へ |
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2010年10月15日(金)
小林朋道著「先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!」読了
 小林朋道著「先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!」読了。著者は鳥取環境大学の教授。(こんな大学があることすら知らなかった)動物行動学が専門です。この鳥取環境大学、自然の中にあるらしく本のタイトル通り廊下をコウモリが飛ぶし、大学の周りにはタヌキも、あなぐまも、へびも、いもりも、いる。生徒たちは大学の周りの山の中でフィールド・ワークにいそしみます。昔から、TVで動物番組を見るのが好きだった。小さい頃、力道山の日本プロレスと1週交代でディズニーの番組が放送されていた。あやふやな記憶で申し訳ないが、ディズニーの番組は4つのコーナーがあった。その4つが何と何というのは思いだせないが、「野生の王国」的なコーナーがあった。当時の紹介された動物は本当に一般的なものばかりで、パンダだのラッコなんて紹介もされなかった。(だから小さい時はパンダやラッコの存在すら知らなかった)でもあの頃から自然物、動物物の番組が好きだった。現在ではNHKの「ダーウィンが来た!」くらいか。(かかさず見てます。)民放の作為的な動物番組はあまり好きになれない。これも自分的には、知ってどうする的な物なんだけど、知っていても何の役にも立たない事を知るのは楽しい。余談だが、我が家の猫は「ダーウィンが来た!」が大好きで、この番組が始まるとTVの前でじっと見ている。
2010-10-15 15:04 | 記事へ |
| 読書 |
2010年10月13日(水)
森見登美彦著「ペンギン・ハイウェイ」読了
 森見登美彦著「ペンギン・ハイウェイ」読了。おお、SFだ。決して、物語は解決したわけでもない。<海>とはいったい何だったのか、お姉さんは何だったのか、それにもうひとつお姉さんのおっぱいも気になるぞ! そうか、主人公のように、これからは腹が立ったらおっぱいの事を考えよう。
 アルゼンチンに勝ったからといって、日韓戦にも勝利できるという程、甘くはなかった。でも、これまで見られた韓国の圧倒的な攻撃におどおどするような試合ではなかった。選手たちは、ちゃんと互角以上に戦っていた。この2戦がザッケローニ監督の手腕だとは言わないが、少なくとも監督に認められようと必死になっている事がいい結果につながっている。
2010-10-13 15:02 | 記事へ |
| 読書 / サッカー |
2010年10月11日(月)
映画とライブのダウンロード
 珍しく時間があったので映画を片づける。本当に見たいと言うより片づけると言った方が当たっている。小西真奈美主演の「のんちゃんのりべん」、いくらおいしくても毎日のりべんではなァ。この弁当屋で食っていけるのかなァ。ハリウッド映画の日本盤リメイクの「サイドウェイ」。どうしてあの映画を日本人で撮ろうと思ったのか。あまり日本人向きの話ではないように思うのに……。原作がクレヨンしんちゃんらしい「Ballad 名もなき恋のうた」。タイム・スリップするのはいいとしても、どうして両親までそこへタイムスリップできるのか。そして事件が終われば、どうして現在に素直に帰って来られるのか。実にいいかげんなSF映画。車で戦場を暴走するなら、敵の武士を跳ね飛ばさなければ威力がないのではないか。でも親子3人同乗して、そんなことが出来る訳もなく、現在人と戦国時代の武士が簡単に対等に話すようになるとか、突っ込みどころ満載の映画だったが、不可能な戦いから生還した草g君を手を振って迎える新垣結衣が可愛い。それだけで許せる。
 本当は聞きたい、聞かなければならないアルバムがあるのだが、ダウンロードサイトも見ていると、デレク・トラックス・バンドにサンタナがゲスト出演したライブと、 ホット・クラブ・オブ・カウタウンの今年の3月のライブがあったのでダウンロードしてデジタル・ウォークマンに入れる。サンタナが参加したラテン・ジャムでは3rdアルバムに入っていた“グァヒーラ”のフレーズが飛び出してきたりする。飛び抜けていいライブだとは思わなかったが、まあまあ話のネタに。ギター、ベース、フィドル(女性)の3人組のホット・クラブ・オブ・カウタウン。3人でジャグ・バンドが出来るなんて、3人ともテクニックがしっかりしている。いつも、いつも3人でライブをして、お互いの技量は承知の上なのだから、手抜き演奏なんかできない。疲れるだろうな、と余計な心配をしてしまう。
2010-10-11 14:59 | 記事へ |
| 映画 / 音楽 |
2010年10月09日(土)
代表の対アルゼンチン戦
 昨日の代表の対アルゼンチン戦を見て思った。いつから選手たちはこんなにたくましくなったのだ。W杯の予選リーグの突破というのは、思ったより選手たちに自信を持たらせたようだ。私見だが、選手たちは自分達が一目置く中村俊輔がスペインでは通用しなかったので、世界との距離を感じていたのに、自分達とは大差のない本田がヨーロッパで成功したのを見て考え方を改めたようだ。それは意識を変えればやっていける、ピンポイント・パスを何本成功させようとあまり意味はなく、一つのゴールが観客を認めさせる。そういう事に気付いたのだと思う。ボールを失っても勝負をしたのだからいいではないか。今の代表選手に、ボールを失う事の怖さに安全なパスばかりを選択していたW杯以前の代表選手の姿はない。前へ、縦に向かわなければ、点を取らなければ勝てない。そういう意識が今回の試合の長谷部のシュートから岡崎の詰めに繋がったのだろう。点を取られなければ負けないサッカーから、点を取らなければ勝てないサッカーへの転換に、素直に拍手を送る。僕が全然評価しなかったW杯のベスト16という結果は、思いのほか日本人選手達に自信を与えたようだ。
2010-10-09 14:58 | 記事へ |
| サッカー |
2010年10月07日(木)
フェリックス・キャバリエとスティーヴ・クロッパーの「ミッドナイト・フライヤー」
 ブライアンのCDと同時に買ったのは、フェリックス・キャバリエとスティーヴ・クロッパーの「ミッドナイト・フライヤー」、二人のコラボ・アルバムは2年振りの2枚目、何と言ってもこの年代の人達の作る曲は、なごみます。思い出す為に前回のアルバムと聞きくらべてみると、前回の時の方がリキが入っている気がする。今回のは、慣れてきたのか、ゆったりリラックスした感じ。今回も、昔、MG’sを聞いていた人なら、きっとニヤニヤしてしまうギターのフレイズがいたるところに。そして何よりの魅力はフェリックス・キャバリエの張りのある声だろう。それにしてもスティーヴ・クロッパー、相変わらずオブリとかは渋いけど、ソロを取る人じゃない。唯一のインスト、最後の曲でのギター・ソロには苦笑いしてしまう。
2010-10-07 14:56 | 記事へ |
| 音楽 |
2010年10月05日(火)
ブライアン・ウィルソンの「リイマジンズ・ガーシュウィン」を聞く
 ブライアン・ウィルソンの「リイマジンズ・ガーシュウィン」を聞く。コール・ポーター、アーヴィング・バーリン、ハロルド・アーレン、ジェローム・カーン、リチャード・ロジャース、数多くのスタンダードを書いた人はいるが、僕が一番好きなのはジョージ・ガーシュウィンだ。数ある名曲の中でも「Someone To Watch Over Me」が一番好きだ。そんな名曲も含めて、ブライアンがガーシュウィンの曲を集めてアルバムを作った。これを聞かずして何とする。(そう思うなら、もっと早く買えよ!)ブライアン・サウンド(ビーチ・ボーイズ・サウンド)になったガーシュウィン。何でもガーシュウィンの未発表曲の中から好きな曲をアレンジしていいという許可を遺族から貰ったらしい。道理で「The Like In I Love You」という曲なんか聞いたことなかった。ブライアンのガーシュウィン風オリジナルかと思ってしまった。ビーチ・ボーイズの曲のタイトルがすぐに出てこないので何々風とたとえられないので恐縮だが、いきなりアカペラに近いサウンドで「ラプソディ・イン・ブルー」が始まる。ガーシュウィン好きには、もうそこでKO。オーソドックスなアレンジの「Summertime」、「I Love You, Porgy」、ボサノヴァ風の「’sWonderful」、カリフォルニア・ガール風のロックのリズムに乗せた「They Can’t Take That Away From Me」、3連のバラードになった「I Got A Crush On You」、ホット・ロッド・ソング風にアレンジされた「I Got Rhythm」、1曲1曲書いていけばきりがない。ガーシュウィンへの敬意を込めながら、自分自身のサウンドで表現する、これと同じような事をドクター・ジョンがデューク・エリントンの曲を集めて作った「デューク・エレガント」というアルバムを思い出す。
2010-10-05 14:15 | 記事へ |
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2010年10月03日(日)
北川歩実著「僕を殺した女」読了とアンドリュース・シスターズ
 北川歩実著「僕を殺した女」読了。ある朝、目を覚ますと僕は女になっていた。しかも自分の記憶からは5年間が過ぎている。カフカの「変身」を上回る実存物、と言うわけはなく、自分はいったい何者なのかと探るミステリー。まぁ、性同一性障害は出てくるは、一卵性双生児は出てくる。性転換、記憶喪失、同性愛、もう何でもありで、読み終わった後もこれでちゃんとつじつまが合っているのかどうか、判りません。なにせ、読んでいるうちにどんどん興味を失って。ありえないことを、つじつまを合わせる為にあらゆる要素を引っ張り出してくる。なんでもかんでも、書けばいいっていう物じゃない。
 ジャコ、クルセイダース、PPMときて、今度はアンドリュスー・シスターズを図書館から借りてきて聞いている。グレン・ミラー楽団のバックで唄うアンドリュース・シスターズ。’39から’40にかけて放送されていたラジオ番組の録音だ。当時オーヴァー・ダビングなんかなかったので一発録り。楽団、コーラス、どちらともうまさに恐れ入ってしまう。
2010-10-03 14:09 | 記事へ |
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2010年10月01日(金)
PPMのロック天国
 ジャコ、クルセイダース、と来て今はPPMの「アルバム」(’66)と「アルバム1700」(’67)を良く聴く。PPMとしては後期にあたるこれらのアルバムは、ロックンロールが市民権を得た時期に彼らがロックにすり寄っていった時期のアルバムだ。バーズが「ミスター・タンブリンマン」でデビューしたのが’65年。時代はフォークよりロックが新しく、かっこよくなってきた頃だ。「アルバム1700」にはPPMの汚点と記されるべき「ロック天国」が入っているが、ヒット当時からも好きではなく、以後も聞く事はなかった曲だったがデジタル・ウォークマンで久しぶりに聞いてみると意外な事に気が付いた。発表当時から歌詞の中にドノヴァンだとかビートルズだとかがあって、曲の途中では「イエロー・サブマリン」をパロッていたり、意味なくテープの逆回し音を使っていたりしていたのはよく知られている事だったが、今回聞いていて気付いたのは、このベース・ラインは「タックスマン」のパロディではないのか。(「イエロー・サブマリン」や「タックスマン」の入った「リヴォルヴァー」の発売は’66年)
 なんやかんやと言っても、僕のPPM好きは筋金入り。「アルバム」も「アルバム1700」も好きなアルバムだ。(「ロック天国」以外)「アルバム」にはローラ・ニーロの「アンド・ホエン・アイ・ダイ」、フレッド・ニールの「人生の裏側」。「アルバム1700」にはエリック・アンダーセンの「ローリング・ホーム」、ジョン・デンヴァーの「リーヴィング・オン・ア・ジェットプレーン」。当時の新進気鋭のSSWの曲を取り上げているし、ピーターやポールの作品も自分達の殻を破ろうと頑張っている様がうかがえる。
 映画の日だから、映画に行こうかとも思ったが、上映中の映画であまり見たい映画がないのと、録画が溜まっているので家で録画を片づける。グループ・サウンド時代へのオマージュのような「GSワンダーランド」は、細部の凝り方が面白かった。スポーツ新聞社提供の芸能ニュース、白黒の映像と単調にコネントを読むアナウンサー、当時の芸能ニュースを見た世代には、そうそうこんなんやったとニヤッとしてしまうし。バンドの特長を出す為に衣装に凝る(?)のは、ほんとに首をかしげるようなバンドもあった事を思い出した。主人公たちはタイツ衣装のタイツメンとしてデビューするのだが、そのデビュー曲を依頼したのが本物の橋本淳、筒美京平のゴールデン・コンビ。流石筒美京平、日本人好みのポップなメロディを書いてます、なんとそのデビュー曲「海岸線のホテル」はシングル発売もされているらしい。カップリンには映画のラストで流れる温水洋一が歌うクールファイブのパロディ「あなたのフリをして」。この曲にも笑ってしまったが、パロディといえば、主人公たちがバンドを結成して最初に練習した、ビートルズの「抱きしめたい」を下敷きにした「ベニスの夜空」、この曲もニヤニヤさせてくれます。昔、トム・ハンクスが監督した「すべてをあなたに」のように、もっとパロディ曲満載の映画にしたら良かったのに。
2010-10-01 14:04 | 記事へ |
| 音楽 / 映画 |
2010年09月29日(水)
無為の一日
 相変わらず休みはアッと言う間に過ぎていく。結局溜まったサッカーを見るだけ。バルサ、ドルトムント、アーセナル、全然映画なんか見る時間がない。セレッソ対神戸を見ていて、0−0で引き分けたセレッソにも歯痒さを感じたが、J1下位に沈む神戸の守備の積極さにびっくり。これだけハードに守備をしているチームなら相手にそんなに得点を与える事はないだろうと思ったが、それにしても攻撃の稚拙さは目を覆うばかり。クロスの精度はJ2レベル以下。これでは得点など取れない。ボッティなりポポなりの個人技に期待するしかないだろう。
2010-09-29 14:03 | 記事へ |
| サッカー |
2010年09月27日(月)
蜂谷 涼著「蛍火」読了
 蜂谷 涼著「蛍火」読了。先日読んだ「ちぎり屋」の続編の様な小説。でもこの小説では前回の主人公とは違って、染み抜き屋の女性。その主人公の住む長屋の人達が描かれています。脇役として「ちぎり屋」の主人公、飲み屋のおもんも登場してます。多分、山本周五郎や藤沢周平の小説が好きな人は、矜持を持った登場人物が好きなんだと思います。自分の出自が会津も末裔なので、薩摩、長州の関係者とは所帯を持てない。父、母、一族の苦労を知っているだけに、譲れない。そんなふうにストイックに生きる人達に共感を覚えるのでしょう。そういった事は小説の中の隠し味的な物ですが、小説を面白くする為なら節操なんかいらないと考える小説家たちと対極的な立場、何を書いてもいい自由は冒されてはいけないけれど、なんでもかんでも書けばいいという物ではないと思う。
2010-09-27 14:00 | 記事へ |
| 読書 |
2010年09月25日(土)
リタ・クーリッジ
 なぜか図書館からリタ・クーリッジの1stと2 ndを借りてきて聞いている。図書館にオリジナル・アルバムとしてはこの2枚しかなかったので仕方がない。せめてファッショナブルになる以前のアルバムは揃えておいて欲しい。(無理なのは承知だが)以前、ジーン・クラークの「ホワイト・ライト」を聞いた時にも書いたが、バック・ミュージシャンの演奏にしびれてしまった。シンセ、打ち込みなんかとは対極にあるサウンド。1stではケルトナーのドラム、クリス・エスリッジのベース、ブッカー・T、スプーナー・オールダムのキーボード陣、クラレンス・ホワイト、ジェリー・マッギーのギター。2 ndではデキシー・フライヤーというバンド(サミー・クリーゾンのドラム、トミー・マックルアーのベース、マイク・アトレーのキーボード、チャーリー・フリーマンのギター)にマーク・ベノを加えたバック陣。レコーディングという共同作業の完成型。最近の楽曲に感じるヴォーカルさえもサウンドの一部とするアレンジではなく、唄があってそれを生かす、下支えをするバック・ミュージシャンの演奏。そういえば昔は、誰々がバックに入っているから、このレコードを買おうとか、バック・ミュージシャンの名前がレコードを買う基準だった。最近はスタジオ・ミュージシャンの名前も知らないし、聞いて誰々と判るミュージシャンもいない。これは年寄りの繰り言なんだろうか。
2010-09-25 13:59 | 記事へ |
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