バチカン、教皇様のお言葉を大切にされる神父様の言葉です。
日曜日、箕面教会のごミサでオルガン当番でした。
先日の抗議の件も含め、一生懸命お祈りいたしました。
箕面教会では、最近 美しく、厳かで、より教皇様の思いに近い典礼をと
言う努力を神父様とともに信徒もされ、
入祭では、侍者が背の高いろうそくを二本両側に、そして十字架を
うやうやしくかがげて 入場。
また本日は 和田神父様の御提案により
教皇様の「愛の秘跡」の本のお言葉をお示しになられ
奉納は、言葉の祭儀と感謝の祭儀の幕間ではない。
奉納をもっと大切にしましょうと 奉納のやり方を
時間はかかる方法ですけれども改善されました。
神よあなたは万物の作り主♪というところを大切に丁寧に
唱えることができるようになりました。
◆カトリック箕面教会 月報 KASINOKIより 二月のお言葉です
仕えられるためではなく、
仕えるために
主任司祭 和田 幹男
教皇様は、2009年6月19日から2010年6月11日までの1年を、
司祭年と宣言されました。それはまず全世界の司祭たちに、
あらためて司祭としての自覚をもつようにと言うことでしょう。
現在、日本の司祭たちは超多忙、疲労困憊して、司牧宣教の目先のニーズに
こたえるのが精一杯。北海道から長崎、沖縄まで、しばしば一人で
複数の小教区と幼稚園などを受け持って、神経の擦り切れる思いを
しています。
この現状で迎えた司祭年ですが、何か励みになる企画があっても良さそうです。しかし、ほとんどなしです。
結局、司祭各自が司祭としてふさわしく生きているかどうか、
絶えず反省することしかありません。
わたしが神学校で受けてきた養成をふり返ってみました。
昔、中高生が入学した小神学校時代では、司祭は
「仕えられるためではなく、仕えるための」
存在だと、たたき込まれました。これは、
「人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」(マルコ10の45)
というイエスのことばから取られています。
これは、イエスとはどういうお方か、要約したことばです。
徹底的に命も献げるまでに、神と人に仕える人になること、
そのモデルである主イエスに従うこと、ここに時代を超えた司祭の
目指すべき目標があると思います。
司祭だけでなく、信徒の目標でもありますね。
なかなか実行できません。
年を取ってくると、仕えられる度合いが増してくるような感じです。
この精神をたたき込んでくださったのが、その神学校の校長、故ヴィクトル・マルゴット神父です。
ベルギーのブルージュ出身のスクート会司祭です。
30歳前後の若い神父でした。
神父は、仕えるとはどういうことか、具体的に教えました。
たとえば食事をしているとき、隣の神学生が「お漬け物を取って」というと、
お漬け物だけでなく、お醤油も取ってあげなさいというのでした。
このように隣人が何を望んでいるのか、気配りしなさいということです。
その訓練のためか、ある修道院で食事のとき、修道者は自分では欲しいものを
要求できないという規則がありました。
近くの修道者が気配りをしなければ、欲しいものにもありつけないのです。
隣人を気遣う訓練のため、いい規則ではありませんか。
しかし、こんなジョークが生まれました。
あるとき、ある修道者のスープにハエが入っていました。
給仕係に「スープを取り替えてほしい」とは言えません。
そこで、どう言ったと思いますか。彼は言いました。
「隣の修道者のスープにはハエが入っていません」。
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この上記の和田神父様の前任者で、私を洗礼へと導いて下さり
洗礼とパウロの特権と、堅信などの秘跡と改心と感動を下さった
現在、住吉教会と神戸中央教会の兼任をしておられる
赤波江豊神父様の記事が、大阪カトリック時報に掲載されていました。

赤波江神父 入門書をタイ語訳
 
本書は、日本でも入門講座としてよく用いられているネメシェギ神父の「キリスト教とは何か」(聖パウロ女子修道会)のタイ語訳(緑の本、タイ語のタイトルは「イエスの生涯と教え」)と
赤波江神父の説教集「永遠の生命(黄色の本)です。
「キリスト教とき何か」は赤波江神父がタイにいたときタイ語の勉強のために訳したもので、説教集は、赤波江神父のミサの説教原稿を編集したものです。 いずれも当初出版の意図はありませんでしたが、関係者の勧め、特に
チェンマイ教区の司教の勧めでバンコクの女子パウロ会からの出版にいたりました。2冊とも同司教の推薦の言葉が添えられています。
タイには現在キリスト教の入門書が少なく、本書が少しでもタイ人の信仰教育、福音宣教に役立てばと願っています。また、日本でもタイ人のカトリック信者の方に勧めてくだされば幸いです。詳しくは住吉教会の赤波江神父まで
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2010-02-10 01:34
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キリスト教 カトリック |
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