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【山男たちの詩(うた)、いつかある日】
ここでマインヒュッテのすぐ近くに聳える、「妙高山」について少し書いておきましょう。「立山の三代目平蔵と日本百名山」の著者、佐伯元信氏は「信越国境に貴婦人のように聳える越後富士」と題して、日本百名山の一つ「妙高山」2,454mをこう紹介しています。(昨日の写真は妙高山です。かすかに映っているのは有り明けの月です)
富士火山帯の最北端にある妙高山は複式火山で、中央火口丘の本峰はトロイデ型の火山となって聳え立ち、これを外輪山の神奈山(かんなやま)、大倉山、三田原山、赤倉山などがU字形に取り巻いている。
戸隠山、黒姫山、飯綱山(いいづなやま)、斑尾山(まだらおやま)、妙高山は、火山性の美しい山々であり、北信五岳(ほくしんごだけ)として知られている。北信五岳とは信州の北にある五つの山を指しているが、妙高山だけは信州の山ではなく、越後の山である。と、いって北信五岳から妙高山をはずすことはできない。
妙高山は気品あふれる山であり、五岳の最高峰である。妙高山の古名は「越の中山」と呼ばれ、名香山と書かれていたのが、後に音読されて「みょうこう」となり、妙高と書くようになった。(佐伯元信著、立山の三代目平蔵と日本百名山、325頁より)
近代スキー発祥の地、妙高山麓。春夏秋冬まるでその色を明確に変える自然の額縁のようだ。私は信越国境に居を構えて今年で10年目の春を迎えました。いままで何万人という山男達が、早春の妙高山、そして厳冬の火打山に登ったことだろう。その度毎に妙高山は優しい母の懐ともなり、ある時は厳しい父の愛の鞭ともなって山男達を迎えたに違いないのです。
悲しい事故もあった。山自体は微動だもせず孤独に耐えています。そこに降る雨、氷雨、霧、霙、そして雪。それらが妙高山の景色を整え、性格を一変させる。その都度、山男たちは、立ちすくみ、岩陰に身を寄せ合い、果敢にも頂上を目指してアタックしてきたのです。
世界の秀峰にそれらの山男たちの踏み後が今も残る。往(い)って復(もど)ってくる踏み後。往ったまま帰って来なかった悲しい足跡。それでも男たちは登り続ける、そこには何かに取り憑かれたかのような、一人の修験者(山伏)の風貌すら感じられるのである。
初冬の黒姫山 妙高山と並ぶように位置しています CW・ニコルさんのアファンの森が有名です By Jun(明日も続きます)
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2010-02-09 05:56
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【山男たちの詩(うた)、いつかある日】
もうだいぶ前のことですが、ダークダックスが歌った歌の中に「いつかある日」というのがありました。まだ若い頃で、その歌の中に語られていた「死生観」は判りようもなかったのですが、そのメロディーと詞に感動したのを覚えています。
深田久弥日本語訳詞 西前四郎作曲のその歌はこうです。
1 いつかある日 山で死んだら
古い山の友よ 伝えてくれ
2 母親には 安らかだったと
男らしく死んだと 父親には
3 伝えてくれ いとしい妻に
俺が帰らなくても 生きて行けと
4 息子達に 俺の踏みあとが
故郷(ふるさと)の岩山に 残っていると
5 友よ山に 小さなケルンを
積んで墓にしてくれ ピッケル立てて
6 俺のケルン 美しいフェイスに
朝の陽が輝く 広いテラス
7 友に贈る 俺のハンマー
ピトンの歌声を 聞かせてくれ
パソコンの横にあるテーブルの上に一冊の本が置かれています。これは、大阪梅田の紀伊國屋書店で購入した一冊です。「立山の三代目平蔵と日本百名山」、新風舎発行です。帯にはこう書かれています。「わが国近代登山黎明期の越中の名ガイドと呼ばれた初代平蔵は、剱岳東面の雪渓に平蔵谷の名を残している」と。
山は人間にとって神聖なものであると同時に、父であり母でもあるといった思いを抱かせる存在でありましょう。この「いつかある日」を訳詞した深田久弥は小説家であり登山家でもありました。登山家のバイブル「日本百名山」の著者として知られます。
山男にいつか誰かが問うています。『あなたはどうして山に登るのですか?』。『それはそこに山があるからです』。とその山男(登山家)は応えました。ある面、本能的な何かがあるのでしょう。生死を賭けてまで、目的の山を制覇する。そこには人間智を越えた神の領域に迫るとでも表現しましょうか、一種の「修行」を思わせるのです。
信頼する同志たちとの絆。同じ釜の飯を喰い、同じテントの中で眠りに就く。そこには「信・愛・情」という、目に見えないザイルでしっかりと結びあっているのでしょう。
言葉のアーカイブズ 山男たちの詩 続きます By Jun
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2010-02-08 05:25
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【来夢来人 ライムライト】
春のかすかな香りを ヒメアヤメがつれてきた
イチゴ売りのおじさんが 北風に襟を立てて笑う
雪雲が流れ 薄日が差し ヤマガラがかくれんぼする朝
訪ねて来る人は 優しさをつれて 灯幻(からん)にとける
ライムライト それはぼくの夢 そして感謝
薄日のさす通りには 早春の夢が・・・Imagined By Jun
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2010-02-07 07:15
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ボエムの灯火(ともしび) |
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【イバラ道】
その年の年末は、大陸から一級の寒気団が列島を覆い尽くすといった予報が出されていました。年末年始の休暇を使って、加治と橋川は久しぶりの冬山登山を計画していました。今回目指す山は、山を愛する人なら、一度は登りたいと夢見る「穂高岳」でした。北アルプスの南端、長野と岐阜の県境に位置し、奧穂高岳を中心に、北に涸沢岳、南にジャンダルムの奇峰を経て西穂高岳、そして東には、つり尾根をはさんで前穂高岳がそびえる穂高連峰。ここは日本アルピニズムが最初に芽生えたところであります。ジャンダルムとは、前衛峰という意味です。
厳冬期に挑戦するのは無謀といった友人達の声もあったのですが、二人は若い頃だから出来ると、思い切ってやってきたのです。ルートは、新穂高温泉から入って槍ヶ岳へ向かう道を進み、白出沢出合をこえたところから右側へ入っていく。蒲田富士→涸沢岳の西尾根を登っていく冬用のルートでした。
穂高平を過ぎ、白出沢出合を過ぎた頃から強風が吹き荒れ、雪が横殴りに襲ってきました。視界は1メートル先も見えないのです。当時の事です、携帯電話などあるはずもなく、ラジオもこの悪天候で全く聞こえなくなっていたのです。前に進むも後に戻るのも不可能な最悪の状況でした。二人はなんとか傍の岩の根に雪洞を掘って、とりあえず悪天候の治まるのを待つことにしたのです。
このまま豪雪に埋もれて凍死をするのではないかといった、恐怖や不安が襲ってきます。友人達のアドバイスを聞いておれば良かったかとも思えました。しかしどうする事も出来ないのです。このまま明日の朝までここで耐えるしかないのでした。
それでも天候が回復しているかどうかは不明でした。手持ちのチョコレートをなめ、ウイスキーも口にしました。外は一層風雪がきつくなってきたようです。その時、加治が言いました。『おい橋川、賛美歌を歌おうや。ほら、慈しみ深き友なるイェスは・・・というのをさ』。二人は声を絞り出して歌ったのです。肩を抱き合い、手を取り合って必死で歌いました。気がつくと今までのモヤモヤとした不安な心や恐怖は、いつの間にか脳裏から消えていたのです。
我に来よと主は宣りたもう・・・如何なる過酷な時でも By Jun
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2010-02-06 04:33
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懐かしのセロ |
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【思いをこめて】
善悪の報いは 影の形に随(したが)うが如し
善悪の行いに対する報いは、影が形となって、そのまま表面に現れてくるからのがれる事はむずかしい(唐書より)
天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず(老子)
天が張りめぐらした網は広く、目が粗いようだが、悪人・悪事は決して取り逃がさないということ。天道は厳正であり、悪は早晩罰を受けるということで、悪事を戒める言葉。
真名井(まない)は今も清水を与え続ける (酒心館) Imagined By Jun
明日は「懐かしのセロ」です。またお立ち寄り下さい。
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2010-02-05 06:20
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いのちをつなぐ言葉 |
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【からん】
2月3日より一週間、神戸酒心館で妹の「あかりとり陶器個展」が開催されました。この地区は新在家郷といい、お酒で有名な灘五郷の一つです。酒造メーカーの福寿さんの本社でもあり、中にはイベントが出来るホールも備えています。
その一角で陶器の「日本のあかり」が展示・即売されています。掌(たなごころ)にすっぽりと入ってしまう可愛いものから、50センチを超える大作まで、それぞれがこの世で一つだけの、光の花びらを点してくれています。
阪神電車 石屋川下車徒歩10分 施設内ではお酒も食事も満足しますよ
七色に輝く日本のあかりシリーズ お一つお部屋にいかがですか
詳細はhttp://www.shushinkan.co.jp/ へどうぞ
午前11時からですが、神戸ならでは外人のお客様も来られて盛況です。お時間があれば一度覗いてみてください。ボクからの一言【癒しのライティング】(2月9日まで)最初のアップ記事では2/10になっていました。訂正です。
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2010-02-04 06:37
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ぶらりご近所 |
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【賛美歌312番】
(What a Friend We Have in Jesus)
いつくしみ深き 友なるイェスは
罪科(つみとが)憂いを 取り去り給う
心の嘆きを 包まず述べて
などかは下ろさぬ 負える重荷を
いつくしみ深き 友なるイェスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩み悲しみに 沈めるときも
祈りに応えて 慰め給わん
いつくしみ深き 友なるイェスは
変わらぬ愛もて 導き給う
世の友我らを 捨て去るときも
祈りに応えて 労(いたわ)り給わん
作詞 アイルランド人 ジョセフ・スクライヴェン 作曲 チャールズ・コンヴァース。この曲は明治43年(1910年)に文部省唱歌となった「星の界(よ)」または「星の世界(よ)」であり、今もキリスト者のみならず多くの人たちの愛唱歌となっています。ボクの最も好きな賛美歌の一つです。一度口ずさんで下さい、心が清まって来るのを体感できますよ。
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2010-02-03 07:10
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いのちをつなぐ言葉 |
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【菅原道真 すがはらみちざね】
「こちふかは にほひおこせよむめのはな
あるしなしとて はるなわすれそ」
(東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主人なしとて春な忘れそ)
道真の死後、時平以下何人かが早死にしたり雷に打たれて死んだり、また世間では日照り長雨が続いたりしたことが、いつしか菅原道真の霊の仕業ということになり、その怒りを鎮める意味で後に道真の霊を北野天神に合祀するようになった。やがて太宰にもその天神が勧請され、数十年後には道真に対し太政大臣の称号が送られた。
後世道真は学問の神として、全国各地の天神様に受験生の参詣が絶えないのは、ご承知の通りである。(カミヨノレキシ参照)
ボクの書斎に鎮座ましましている菅原道真公の座像です。日々にお祈りをしています。願い事はいつもお聞きとめいただき、有り難いことです。これから受験をされる方がおられれば、この写真を是非拝んで、菅公様に願い事をお伝え下さい。Presented By Jun
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2010-02-02 06:54
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言葉の栞 |
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【イバラ道】
児玉佐知子女史はかつて高山と一緒に仕事をしたこともあった才女でした。現在は社長秘書をしています。『はい、児玉ですが・・・えっ、高山さん?お久しぶりです。加治ですか、ただ今外出中ですがまもなく帰社の予定になっております。夕方からでございますか?貴社の橋川社長様がこちらへお見えになるのですね。折り返しご連絡をお入れいたします』。そう言って一端電話を切りました。
『加治社長は外出中だそうですが、まもなくお帰りになるとのことです。たぶん夕方からなら大丈夫のような感じでしたが』。『名古屋には私一人で行こう。高山君、悪いが先に帰っておいてくれまいか』。二人が打合せをしていたその時、6時からならお会い出来るとの返事が児玉女史から高山に入ったのです。新神戸駅で社長とは別れました。高山は帰社後ただちに、製品の加工状態を見ておかねばならなかったのです。事務所に入ったとき、窪野木が一人電話をとっているだけで他には誰も在社していません。みな走り回っているのでしょう。
橋川竜二にとって、加治卓也に会うのは5年ぶりでした。二人は久しぶりの再会に大きな手を差し出して握手をしました。学生時代にはよくこのようにして、挨拶を交わしていたのを覚えていたからです。加治の方から、今夜は食事をしながら話をしようと提案がありました。児玉女史の手配で、Hotelスカイグランデルの最上階にあるイタリア料理店が用意されていました。
名古屋の街が遙か眼下に広がっています。無数の街の灯が今の重苦しい気持ちを消してくれるかのように瞬いています。二人は健康を祝して乾杯をしました。そして橋川は時をおかずに、名愛部品製造より手配の出ている保安部品3000セットの現状について話さねばならないと思っていました。どうしても1000セットの納入が納期に対応できない現状を隠さずに話さなければならなかったのです。
加治はその説明をじっと聞いていました。そして一言こう言ったのです。『橋川さん、これは両社にとって極めて大切なビジネスです。僕は詳しいことはわかりませんが、営業や現場の動きを見ていますと、ただならぬことだと感じています。我が社としても一歩たりとも引けないのです。豊野自動車の担当者も、連日ラインに入ってきていますよ。彼らも必死なのです』。加治の言葉には、企業を代表する男の意地が感じられました。橋川はこの時、ある事を思い出していました。
それは今から41年前のことでした。年も押し迫った12月の終わりのことです。橋川と加治は大きなキスリングを背負って、厳冬の北アルプスに挑んでいたのです。
神戸の街も復興がすすんで桜の季節でした Imagined By Jun
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2010-02-01 05:35
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懐かしのセロ |
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【自転車に乗って】
作詞 作曲 高田 渡
 自転車に乗ってベルを鳴らし
あそこの原っぱまで野球の続きを
そして帰りにゃ川で足を洗って
自転車に乗ってお家へ帰ろう
自転車に乗ってベルを鳴らし
ちょいとそこまで 歩きたいから
『最近ではよ、原っぱちゅうようなものがにゃ〜でよ、子供らも、野球も追いかけっこもしゃぁせん。ちゅうより出きゃせんのじゃ』
『ワシらのこまい頃は、遊ぶちゅうたら、広っぱか原っぱが通り相場ざったでな。そこにゃあ、トンボもチョウチョもバッタもようけおった。こわ〜い、ヘンビ(蛇)も棲んじょってな、女の子なんざキャア、きゃ〜あ言うて逃げ回ったもんよ』
『その原っぱの隅に、大きな土管が転がっておった。上に乗って遊びようたら、中から大きな声で怒鳴られたわ。ワシの家の屋根に登るな!ちゅうて〜な。じいさまはいまで言うホームレスじゃった』
『ある寒い冬の夕方、じいさまが一斗缶に枯れ木をくべてあたりよ〜た。オラも火にあたらせてもろうて、じいさまからアンパン一個貰うたな。それはじいさまのその晩の食べ物じゃったってな。今思い出してもな〜、涙ばぁ、こぼれよる。昭和は遠くなりにけりじゃわな』
 自転車に乗ってベルを鳴らし
隣の街まで嫌なおつかいに
そして帰りにゃ本屋で立ち読みを
日が暮れてからお家へ帰ろう
自転車に乗って自転車に乗って
ちょいとそこまで 歩きたいから
自転車に乗って自転車に乗って
ちょいとそこまで 歩きたいから 
歌う吟遊詩人、高田渡さんの【自転車に乗って】をボクの「語り」を入れたものにアレンジをして歌ってみました。彼の生きた時代の空気が感じられて胸キュンになりましたよ。
明日は「懐かしのセロ」です。またお立ち寄り下さい。
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2010-01-31 07:14
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我が思い出の人々 |
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【ニュースの新鮮度合いが変わったな】
年末年始より、政治と金の問題が日々の新聞やテレビを賑わしている。どう考えても異常事態である。一方は具体的な日程やら金額をあげて検察の調べに対して供述している。もう一方の当事者は、さしたる根拠も話さないまま、知らぬ存ぜぬ、秘書が勝手にしたことなどと嘯(うそぶ)いている。
どちらが嘘を言っているのかは定かではないが、国民の意識の中では、ほぼ察しがついているのである。国家を代表するレベルの国会議員が金の問題で連日恥をさらすなんて、いかに教育現場の先生方が努力をしても、子供達は大人の言うことを信用しないばかりかそれを真似するかも知れないのだ。
それにしても、ニュースの賞味期限が極めて短くなったことにお気づきになりませんか?一週間前のニュースはほとんど陳腐化しています。下手をすると二三日前のニュースもそうなりつつあるようです。『極く近未来にこう展開していくかも知れない』的な記事や説に新鮮味を感じるのはボクだけでしょうか?
『恥を知る』、日本人が昔より持ち続けていたこの倫理観は、人間の尊厳性の証明でもあったのです。『自分さえよければ』といった風潮の蔓延こそ、国家を取り返しのつかないブラックホールに陥れる魔の手であろう。
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2010-01-30 07:43
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時局、経済の庵 |
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【故事・名言】
酒に飲まれる
酒を飲むと本心を失いがちで、気持が大きくなるということ。(類言:酒人を呑む)
酒は百薬の長
酒はどんな薬よりも心身(しんみ)によくきくということで、酒飲みにとって都合のよい言葉である。適量に飲めば心持ちよく眠りを覚える。(漢書より)
ボクの庭に棲むカタツムリです By Jun
年初の「心さだめ」に禁酒を挙げました。1月はなんとかクリアーしそうです。面白い落語の枕にこんな言葉があります。『人酒を飲む 酒、酒を飲む 酒人を呑む』です。時間的経過で酒の飲み方をみてみると、まさに言い得て妙なのであります。
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2010-01-29 06:36
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いのちをつなぐ言葉 |
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【イバラ道】
橋川社長と高山常務が神戸の六甲製鋼所に着いたのは、4月12日のお昼少し前でした。午後からのアポイントでしたので、二人は灘東アイランドを少し歩いてみることにしたのです。平成7年の阪神淡路大震災でこの辺り一帯は、液状化現象のため、ドロの海になり地盤沈下も至る所に見られました。
当時の傷跡がまだ残っていました。その証拠にけっこう空き地があるのです。近くの国道では高速道路が根こそぎ倒れてしまったのです。いかに大きな力でねじり倒されたかが判ります。二人は今後起こるかも知れない大地震の事を厭が上にも考えさせられたのでした。
『橋川さん、いま私どもの会社では景気の動向を見て、減産体制に入っているのです。なにしろカーメーカーさんよりの受注減が大きいのでしてね。人間も減らしています、だから以前のように無理が利かないのですよ』。川俣取締役が生産計画表を見ながら実情を説明しました。
『川俣さん、今回弊社では豊野自動車さんから緊急の話がありましてね、この案件は豊野さんの今後の対米ビジネスにとって重要なことらしいのです。なんとしても間に合わせてほしいと頼まれていまして・・・』。と橋川社長が話しました。
『橋川さん直々のご依頼で恐縮ですが、本来ならなんとかして差し上げたいのですが、この度だけはどうにもならないのです。たとえ豊野さんが来られても我が社の社長は同じ事を言うと思います』よほどの事なのだろうか。六甲製鋼所のメイン顧客は朝日自動車であり、そのような関係で生産ラインには余力がないのかも知れなかったのです。
橋川社長と高山は一時間ほどいたでしょうか、またお伺いさせていただく旨を伝えやむなく辞去したのです。どちらからも声をかけずただ黙々と歩いていきます。その時、『高山君』と社長が声をかけました。『加治社長は今日会社におられるだろうか? ちょっと電話で聞いてくれないか』。橋川社長と名愛部品の加治社長とは若い頃からの山仲間だったらしい。直接加治社長に会って話をするというのだろうか?
高山は名愛部品へ連絡を入れるため、携帯電話を取り出しました。満開の桜の木から花びらが降りかかってきました。『もしもし、総務課でしょうか? わたし橋川金属の高山と申します。恐れ入りますが社長秘書の児玉さんまでお願いしたいのですが・・・』。
至誠天に通ずか・・・By Jun
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2010-01-28 05:53
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懐かしのセロ |
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【写経とわたし】
年初に書かせていただいた「今年の心さだめ」の四つ目に、<現在取り組んでいる「写経」を継続し、縁にふれた方に差し上げる>というのがあります。
一日の内たとえ30分でも時間が許せば、この「写経」ほど人間の心を安らかにする「行」はないかも知れません。すべてが心身の健康維持に叶っているのです。
写経の歴史を紐どいてみますと、『写経とは、いうまでもなく経典を書き写すことです。日本への仏教伝来は六世紀半ばですが、673年、天武天皇の時代に奈良の川原寺で写経が行われたという記録が「日本書紀」に残っています。寺院以外でも祈願を込める手段として写経は行われ、庶民の祈りを表すすべともなり、今日まで連綿と維持・伝承されています』(写経のすすめ 大覚寺 光明院)
歴史的に振り返って見たわけですが、そんなに堅苦しい、難しいものではありません。ボクはこのように考えています。
(一)まず目的を持って 心を込めておこなうこと
(二)字の上手下手は関係ありません まごころが大切です
(三)まず写経をする前には 手を洗い 口をすすぎ身を清めます 身だしなみを整えるという意味です
(四)写経をする室内(部屋)を清めます 乱雑になっていないか なっていれば整える程度で良いのです
(五)硯(すずり)で墨をすり心をしずめます これは墨の香りと 墨をする動作が呼吸と軽い運動となって心身を健やかにします
(六)文机の前で行うも良し 椅子とテーブルを使うも良しです 正座の苦手な方は椅子とテーブルでどうぞ
さらし(布)に写経をしてみました Imagined By Jun
さて次回は写経をする「お経」のことや、「あなたの願い」、用意するもの、などについてお話いたしましょう。
明日は「懐かしのセロ」です。またお立ち寄り下さい。
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2010-01-27 07:25
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【夢想花】
あなたに会いたくなって
夜汽車にのった
北陸本線は雪を被って ここまでやって来た
眠りについた白い街は私にはことさら冷たかった
この街にはもういないかも知れないあなたをさがして
凍てついた道を歩いている
もどれない旅はまだ明日も続く
儚きは夢に見し一輪の花 Imagined By Jun
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2010-01-26 06:43
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ボエムの灯火(ともしび) |
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