誰が言ったのか忘れてしまったが、「踊り場を美しいと思う。」という一文があった。階段をジグザグに上り下りする時の中間にある、あの空間のことである。
螺旋階段というのもあって、スペースの節約にはなっているのだろうが、途中でふと立ち止まったり、人と立ち話をするスペースがない。
昨日の夜から携帯電話の着信をチェックするのを忘れ、今朝覗くと、たくさんの着信があった。中には何度も何度も同じ方からいただいているのもあり、さぞかしお急ぎの用事だったのかなと、小心者の僕はいつもあわててしまう。すぐに欄の上のほうから掛けなおすのが常だ。
しかし今日は「ちょっと間をおいて、電話をかける順番を考えてみよう。」という気になった。「踊り場」である。
電話は私たちにとって必須の道具であり、仕事のかなりの部分を占める。だから、軽率や間違いは許されない。たぶんこういうお電話かなと思える着信から返信していった。あわてずにスムーズに対処していけたように思う。「踊り場」のおかげである。
考えてみると、毎日の生活で「踊り場」がたくさんあることに気づく。電車からの景色をボーっと眺める。コーヒーを飲む。本を立ち読みする。クイックマッサージをしてもらう。等々。
しかし、何段上ったら「踊り場」で、同数上ったら次の階に到達するという規則正しい「踊り場」ではないので、僕の一日をビルの非常階段のようなもので表すと、さぞかし奇妙な階段になっているに違いない。
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