ニックネーム:忍ちゃん
性別:男
年齢:59
都道府県:兵庫県
兵庫県議会議員 現在4期目 自民党議員団政調会長、決算特別委員長、自民党議員団幹事長を歴任。兵庫県ソフトボール協会長。家族は妻と長男 趣味 読書 テニス 登山 ナンプレ
2011年12月16日(金)
長男の結婚
 僕の人生で一度しかないことが続く。

 それは僕の長男の結婚。

 かわいくてかわいくてしかたのない子だったけれど、いつの間にか大人になり、かわいい嫁さんをもらった。

 いつの間にか・・・

 こう書くと、仕事をしながら一生懸命育ててくれた妻から叱られそうだけれど。

 挙式はグアムで。僕と妻、長女と婿殿、そして孫が列席。費用は長男が負担したらしい。

 親孝行のつもりだったのか。 安月給なのにと胸が痛む。



 海岸縁のすばらしいロケーションのチャペルで挙式。二人とも緊張のなかにも満面の笑みで、幸せそうだった。うれしい。







 生まれ育った川西を出て、よその町で暮らしている。
とにかく健康で仲良く暮らしてほしい。

 今度の日曜日、僕の1週間遅れの還暦の祝いを娘夫婦とともにしてくれるそうだ。

 それが、楽しみ。
2011-12-16 16:18 | 記事へ |
| 雑感 |
2011年11月24日(木)
議長就任祝賀会そして妹の死
 10月28日が私の議長就任祝賀会。
場所は宝塚ホテル。
規模は600人を超える。
たぶん私の政治生活では最大のイベントではないか。

 何度も何度も実行委員会の人に事務所で協議願って、議会事務局の皆さんにも大変お世話になった。

 本当に感謝です。

 当日の朝。
上の妹(私は妹が二人いる)宅から電話。

 「ずいぶんと頑張ったんですけど、今、こん睡状態に入りました。」と義弟から。

 長い闘病生活も当然のことながら知らされていて、覚悟もしていたのだけれど。

 家内と駆けつけた時、もう話すことはかなわなかった。

 ずっといてやりたかったが、公務があり県庁へ。

 県庁から宝塚ホテルへ。
にこやかにお迎えしなければならない。その一心。
後で家内から聞くと、時々、沈んだ表情のときもあったらしい。

 たくさんの人に祝福していただいて、本当に感謝です。

 スタッフの皆さんと反省会を終えて帰宅。

 11時30分。「今、なくなりました。」と電話あり。

 すぐに駆けつけ、別れというものがどういうものか、実感できないまま午前3時ごろ帰宅。

 議長祝賀会と妹の死。
僕の人生で一度しかないことが同じ日に重なってしまった。

 以上のことが、なかなか書けなかったのです。
長い空白になりました。
申し訳ありません。
2011-11-24 21:53 | 記事へ |
| 雑感 |
2011年10月06日(木)
阪神高速道路 対距離料金制移行への同意
 川西市・猪名川町は歴史的に東西交通に恵まれず、阪神間の生産物流の面で他市におくれをとってきた。

 平成28年度開通見込みの新名神高速道路に大きな期待が寄せられる所以である。

 が、阪神間主要道への入り口が1箇所だけある。阪神高速道路池田線川西小花ランプである。

 ここから、西名阪につながる松原JCT、堺ランプ(関西国際空港方面は別料金)まで、どこで降りても700円と一律料金になっており、私も重宝している。

 これが対距離料金制になると、一律とはならず松原JCTでも1000円を超えることが予想され、私は抵抗してきた。

 が、県議会ではそもそもすぐに大阪府に入ってしまう高速道路がなかなか理解してもらえず、神戸線、西神戸線の料金の値上げが議論の焦点になっていた。

 今日諸般の状況で、対距離料金制に同意することが議決された。ETC割引と料金の上限が決まったためである。

 気になる料金だが、川西小花から豊中南ランプまでが600円(100円安くなります)。梅田ランプまでが700円(今と同じ)。松原JCTまでが900円。堺ランプまでが900円。りんくうJCTまでが900円(これは現在より200円安くなります)。

 いずれもETC装着の場合です。出口で料金精算しないのは今までと同じで、ETCがない場合は一律900円とのことです。出費ですが,ETC装着をおすすめします。

 施行は来年1月1日の予定。
2011-10-06 13:20 | 記事へ |
| 県政 |
2011年10月04日(火)
付託議案審査
 昨日帰宅すると、孫が妻と遊んでいる。あれっ、もう家に帰っているはずなのに。

 父親(婿殿)が38.4度の熱を出し、診療所で診察してもらい家で療養していて、今日は私の自宅で泊まるとのこと。
娘は2泊3日の東京出張である。

 会えないと思っていた孫がいることはうれしいには違いないが、大変なことは大変。

 風呂に入れなければならない。娘と一緒に泊まった時、一度風呂に入れたことがあるが、今日は母親がいない。

 泣くわ、泣くわ。それでも昔取ったきねづかでシャンプーまでしてやる。後、妻と二人で寝させ(ほとんど妻頼み)、添い寝役の私の方が先に寝てしまった。

 今日は委員会日。昨日私が知事提案の議案を各委員会に付託した内容を審査および表決する日である。

 私は議長であるとともに文教常任委員でもあるので、自分が付託した議案を今度は審査する側にまわる。

 台風被害関連の補正予算が中心であるが、教育委員会所管の施設の復旧、県立高校も被害を受けているのでその復旧費を決める。

 委員会での表決はまた議長に文書で報告され、6日の本会議で表決され、復旧事業が始まる。

 
2011-10-04 11:20 | 記事へ |
| 県政 |
2011年10月03日(月)
こんな質問も 一般質問最終日
 長女の育児休業が終わり、職場復帰にともない、孫の面倒をみることとなった。

 もちろん面倒をみるのは妻(バーバ)である。しかし、空いている時間はできるだけ協力したいと思う。

 その一環として、孫を迎えに行く。午前6時50分。先週のように駅立ちがないので、のんびり朝の時間を過ごす予定がそうもいかない。

 寝ていたらしく、私の方をボーッとみている。泣かないのがありがたい。

 妻と孫に見送られて、登庁。

 9時から議運。9時30分から自民党議員団総会。

 10時から一般質問続行。朝来市選出、自民党の安福議員の質問。

 和田山出身の児童文学作家、森はなさんの生涯を是非とも[NHK朝の連続テレビ小説」での放映実現に向けての質問。

 安福議員の質問を引用させてもらうと、森はなさんは、朝来市和田山町の出身で明石女子師範学校を卒業後県内小学校に勤務、51歳で退職された後、64歳で文壇デビュー。80歳で他界されるまで、「じろはったん」をはじめ数多くの児童文学作品を執筆した。・・・

 「じろはったん」は太平洋戦争中の但馬を舞台に、知的障がいのある心優しい青年と村人、疎開児童の交流を描いたもので、日本児童文学者協会新人賞を受賞されている。

 この放映実現への動きは、すでに8月10日に、知事、但馬地域の3市2町長、姫路市長、加古川市長、高砂市長、森はなの伝記を「NHK朝ドラへ」の会代表の連名で、NHK神戸放送局へ趣意書を提出するなど、かなりちからのはいったものである。

 今までにこのようなケースがあったのかどうかわからないが、深刻な質問が続くなか、すがすがしさを感じさせる質問だった。
2011-10-03 13:32 | 記事へ |
| 県政 |
2011年09月30日(金)
一般質問二日目
 今日は議運がないので、余裕を持って能勢電多田駅前で朝立ち。

 猪名川町議選でお世話になったNさんに手伝ってもらう。いつもありがとうございます。感謝。

 能勢電でJR川西池田へ。今日も座れる。あれっ、よく考えてみると20年前では、満員すし詰め状態ではなかったか。

 そう、その頃の通勤客が定年を迎え、朝の電車に乗らなくてもよくなったのだ。電車に乗って実感する高齢社会の一面。

 朝の一般質問前、昼食休憩の時間などゆっくりする暇がないほど、部局説明が集中する。議長応接の手前に順番待ちの部屋があるくらいだ。

 その説明のなかで、二つ紹介する。

 一つ目は教育委員会学事課。23年度公立高校への進路希望調査の結果説明。

 普通科、全県で29,310人で386人の減。少子化の影響と思いきや、増えている学科もあるのだ。

 それは、工業科である。全県で3442人で昨年より259人増。就職状況のよい特定の工業高校の希望者が増加したとのことであるが、目的もなく大学進学するよりはいい傾向かもしれない。

 が、親が不景気のために子供を大学にやれない状況も起因しているかもしれない。これは微妙なところ。

 もう一つは、阪神北県民局による北摂里山博物館構想の説明。

 前にブログで紹介した猪名川町の要望項目を具現化したもので、うれしくなる。

 コンセプトは 

 北摂里山は日本人の心

 ひと、さと、ずっと。

 いいねえ。でも言葉だけにおぼれず、どのように具体化していくかがわれわれの仕事。
2011-09-30 13:41 | 記事へ |
| 県政 |
2011年09月29日(木)
一般質問初日
 台風15号関連の補正予算が上程前に議運で説明されるために、急遽議運が9時から開催される。

 今日は能勢電畦野(うねの)で7時から8時の予定で駅立ちの予定であったが、30分短縮して7時30分までおこなった。

 お手伝いのOさんとともに「ミニ県政だより」を配布したが、今までで一番反応がよく、30分ではもったいない気がした。

 久しぶりに能勢電で川西能勢口へ。座れたので乗り換えなかったが、次の特急「日生エキスプレス」に平野で追い越される。

 JRに乗り継いで登庁。

 9時から議運。9時30分から自民党議員団総会。10時から本会議。

 朝説明を受けた補正の提案説明を知事がおこなった後、一般質問。

 統一地方選後のこの時期一般質問は、初当選組が多く登場する。それぞれ選挙戦で訴えてきたことを質問とういう形であらわすので、部局のバランスなど考慮せずにストレートにぶつけてこられる。

 新鮮でまた小気味のいいものである。

 和服姿で登場した(戦後の議場では初めてらしい)北浜議員(自民)は介護問題一本にしぼり、栗山議員(民主)はサイバー犯罪という今までなかった領域を警察に問いただす。

 議会の活性化ということが叫ばれているが、質問に込められた議員の情熱も活性化の大きな要素であることは間違いない。

 午後からは副議長と交代して、再度休憩の後、大谷議員(自民)を担当する。
2011-09-29 11:57 | 記事へ |
| 県政 |
2011年09月28日(水)
代表質問日
 今朝は川西中央交通委員会という川西能勢口駅周辺の不法駐輪取り締まりのボランティアがあるため、駅立ちはなし。

 7時30分に川西能勢口駅へ。普段は9時近くまで駅に立ち街頭指導を行うのだが、今日は9時から議会運営委員会があるので、はじめのミーティングだけ参加して登庁。

 9時から議運、9時30分から自民党議員団総会。10時から代表質問。午前中は自民党、民主党の2会派がおこない、午後からは公明党がおこなう。

 知事の施政方針を問うのは従前通りだが、時宜的にエネルギー問題、公立高校の学区再編問題にも言及。

 再稼働しなければ、来年春にすべての原発が稼働停止してしまう現状をふまえ、意見を開陳されるのだが、国の議論が明確でないのと同じように、会派間で若干温度差があるものの、少し煮え切らない感は否めない。

 午後からは懸案となっている受動喫煙防止条例について公明党が質問する予定。
2011-09-28 12:32 | 記事へ |
| 県政 |
2011年09月27日(火)
28日代表質問をひかえて
 今日も午前7時から駅立ち。場所は日生中央駅。お手伝いのSさんが体調不良とのことで、一人で立つ。

 昨日とは違い、反応はよく、ミニ県政だよりもかなりとってくれた。山あり谷ありとはこのことか。

 午後事務所にて、猪名川町の県に対する要望事項の説明を受ける。新名神がらみの整備事業はいつもの通りであるが、里山事業が新規に。里山といえば「日本一の里山」といわれる川西市黒川地区が有名であるが、猪名川町もそれに引けをとらない。

 猪名川町は広いので重点地区の選定をおこなうこと。里山のもたらす恵みを明確にすること。野生動物対策。子供たちへの教材としてどのように活用するのか等々、自分なりの意見を申し上げた。

 明日の代表質問のレク(事前の打ち合わせ)のため、登庁。

 登庁すると、たくさんの部局が説明に来る。その中で財政下の説明。

 15号台風関連の補正予算である。12号関連は22日に知事から上程されたが、15号はその日に間に合わなかったのである。当然といえば当然であるが、珍しいケースには違いない。

 さて15号関連。農業関連、土木関連を中心に49億円余。12号関連を含めて、総額201億円余の大型予算となった。
2011-09-27 16:36 | 記事へ |
| 県政 |
2011年09月26日(月)
海南省訪問団表敬その他
 昨日、猪名川町議会議員選挙の投開票日。9時40分の開票第1回目の報告から、10時10分の2回目、10時40分の3回目で大勢判明。

 うれしいことに自民党公認、および党員の候補5名が全員当選。お祝いに駆けつけ、終わったのが12時前であった。開票所に張り付いていただいたKさん。運転をしていただいたNさんに感謝です。ありがとうございました。

 睡眠不足の朝、かねてから予定のJR川西池田での「ミニ県政だより」の配布。Sさんにも手伝ってもらい8時に終了。ブルーマンデーのごとく反応はいまひとつ。

 そのままJRで登庁。

 10時15分から海南省友好訪問団の議長表敬を受ける。私の歓迎あいさつに続き、康 耀紅(こう ようこう)海南省人民代表大会常務委員会副主任のあいさつ。記念品の交換、記念の記帳などがおこなわれる。



 後、一行は議場見学を経て神戸市内のスーパーコンピューター関連の施設を視察される。再会は夕食会で。

 午後2時から交通安全県民大会。



 兵庫県の交通安全のポスターのモデルになっていただいたビュッセル神戸の宮本選手と会う。

2011-09-26 16:07 | 記事へ |
| 県政 |
2011年08月25日(木)
西オーストラリア州訪問を終えて
 8月2日から7日まで、兵庫県と姉妹州となる西オーストラリア州との姉妹提携30周年記念レセプションおよび提携調印式出席のため、訪問議員団団長として、パース市を中心に訪問してきた。



 

 パース市は日本人が観光地としてよく訪れるシドニーやケアンズとは反対側のインド洋に面した都市である。州の人口は230万人と兵庫県の約4割だが、面積は約280倍(日本の7倍)と途方もなく広い州である。

なぜ西オーストラリア州と姉妹関係にあるかということだが、オーストラリアの代表的な資源である鉄鉱石が産出され、神戸製鋼、新日鉄など県内有数の製鉄所に送られており、経済面で切っても切れない関係にあることから、交流が始まったとのことである。

 オーストラリアの州(日本での県)の政治の仕組みは、いわゆる二院制をとっており、選挙区の違う上院、下院の議会が構成され、その議会での多数党(場合によっては連立)から首相が選出され、内閣が構成されている。

 レセプションおよび調印式の前に、バーネット首相、ウッドアムズ下院議長、ハウス上院議長を表敬訪問する。





 当然のことながら巨漢揃い(ウッドアムズ議長は痩せておられたが)で、若干プレッシャーを感じる。



 バーネット首相以外は、下院では昼食会、上院ではアフタヌーンティー、レセプションは立食と、食べることがコミュニケーションの基調になっている。



 食事をしながら、相手の話にうなずき、また話題を提供することは結構私にとって難しい動作であるが、通訳が絡むとさらに難度が増す。慣れが必要だが、それでも外交は大変な仕事に違いない。

 何とか無事に終えたが、東日本大震災により延期されていたウッドアムズ下院議長の兵庫県への訪問が、10月初めにある。心から歓迎の意を表し、両州県の懸け橋となるよう心がけねばならない。
2011-08-25 22:38 | 記事へ |
| 調査(視察)活動 |
2011年08月08日(月)
帰ってまいりました


 8月2日から7日まで、兵庫県と姉妹提携をしている西オーストラリア州との提携30周年記念行事に、知事とともに出席し、共同声明調印のため、同州パース市を中心に出張した。

 写真は宿舎の前のスワン川河畔の緑地公園。かつては滑走路であったとの説明。
2011-08-08 09:38 | 記事へ |
| 県政 |
2011年07月22日(金)
 7月22日読売新聞「編集手帳」から

 〜前略・・・・〜
 きのうの参院予算委員会で、答弁に立つべく挙手をした海江田万里・経済産業相の左手を、本紙のカメラがとらえていた◆太字のペンで書かれたものらしい。はっきりと「忍」の一字が読み取れる◆”脱原発”を声高に宣言しながら、批判を浴びるや個人的意見に修正して逃げる管首相のきまぐれには、エネルギー担当大臣も心労が尽きまい。さりとて野党の挑発に乗って胸中の憤懣をぶちまけるわけにもいかず、「忍」をこぶしに握りしめて答弁に臨んだのだろう。

 〜中略・・・・〜
 管首相にはとりあえず、きのうの土用の丑の日にちなんで「串」に心を進呈しておく。

 同じくきのう、僕は神戸新聞の「原発とエネルギー問題」という講演を聴いていた。

 日本の企業の空洞化をかろうじて防いでいるもの。それは、技術が盗まれることを防ぐこと、と停電がないことである。

 家庭生活における「停電」と企業における「停電」とは根本的に違うとのこと。家庭では「復旧」を待つことができるが、企業においては「終わり」を意味する。

 したがって、「停電」が、実際に起きるのか、起きないのかはもはや問題ではなく、「停電」が起きるかもしれないということが、日本経済に致命的なダメージを与えるのだ。

 日本のエネルギー政策の転換者として歴史に名を残そうとした、管首相の「脱原発」発言は日本経済にとどめを刺したことによって、歴史に残るだろう。

 以上、講演の一部分を紹介した。
2011-07-22 08:25 | 記事へ |
| 雑感 |
2011年07月12日(火)
7月駅立ち
 昨日から、駅頭での「7月ミニ県政だより」配布活動を始めた。
7月初日の場所はJR北伊丹。

 朝7時から8時までの1時間。大体100部ほど受け取ってもらえるが、
 「加茂さん、もう少し日陰に立ったらどう?」と声をかけてもらうほど、
 暑い、暑い。

 終えて、かねてから企画していただいていた女性の会で県政報告。
自由民主党の兵庫第6選挙区支部長の大串まさきさんにも来ていただく。

 議長としての日常の仕事、エネルギー問題の加茂忍なりのとらえ方と、兵庫県の節電対策、定時制高校の今後の動向などを報告させていただいた。

 そして、今日は駅立ち2日目。JR川西池田の歩道橋の中間地点(私がいつも立つところ)。

 北伊丹と違い、日影が全くない。暑い、暑い。午前7時ってこんなに暑かったかね。


 時たま、知り合いにも出会い言葉を交わすが、私が存じ上げていない方からも「暑いですね。頑張ってください。」と、優しいお言葉をかけていただくことがある。

 駅立ちの醍醐味である。
2011-07-12 09:34 | 記事へ |
| 加茂忍政調活動 |
2011年06月17日(金)
第114代議長に
 6月15日、本会議初日。

 「有効投票中、加茂忍議員82票・・・・」

 釜谷臨時議長に「議長。56番加茂忍」

 「お許しを頂きまして、一言ご挨拶を申し上げます。・・・・」

 それ以降、目まぐるしく時間が過ぎ去った。ずいぶん長かったような気がするが、今日で3日目。

 選挙応援で、「今度の選挙に勝てば、加茂忍君は議長になります。」といろんな先輩に言っていただいたが、なれなかったらどうしようと小心者の僕はいつもひやひやしていたものだ。

 第114代県議会議長に加茂忍は就任しました。



 応援していただいた方、いつも心配をおかけした方、本当にありがとうございました。

 2日目の昨日、神戸新聞社のインタビューがあった。

 戦後、50歳代で議長になったのはあなたで3人目ですよ。と言われ
「へえー、そんなもんですか。」

 ほとんどが60歳代か70歳代であるそうだ。

 ちなみに私を除くお二人は、伊藤国衛先生と佐々木憲二先生。どちらも僕と議席をともにしていただいた先生である。

 お二人は優秀な県会議員であられたが、どちらも比較的お若い時にお亡くなりになられた。

 健康には気をつけなければならない。

 今日は東京で、全国議長会臨時総会に出席。日帰り。


 
2011-06-17 06:46 | 記事へ |
| 県政 |
2011年06月10日(金)
着実な地方分権〜地域の夢推進費
 地方分権(地域主権は語法的に間違い)が声高に叫ばれて久しい。

 地域もしくは地方の課題は、地域もしくは地方で解決されるのが望ましい。ごくごく当たり前なのだが、政治的解決には費用(つまり予算)がともなうから、その財源が担保されなければ地方分権は「絵にかいたモチ」になってしまう。

 国の権限を地方にということがよく言われるが、正確には国のカネを地方にということになる。

 東京都のように財源を国に頼らない地方公共団体もあるが、ほとんどの地方公共団体は、かなりの割合で財源を国に依存している。

 この財源の移譲が非常に複雑で難しく、地方分権を困難なものにしている。

 兵庫県では、県内での分権、つまり県民局長の権限の強化に向けて、動き出している。

 昨年の行財政構造改革委員会(日村委員長、私は理事)で、削減削減では県民の元気が喚起できないから、夢のある事業をということで新設された「地域の夢推進費」1億5千万円である。

 県民局長の裁量で、地域での事業が執行される。以前は地域戦略推進費5千万円があったが、ハード事業(道路や河川整備)に使うことはできなかった。

 今回の地域の夢推進費は額も3倍になり、ハード事業にも使えるという画期的なものである。

 今日、宝塚土木事務所長の説明の中で、地域の夢推進費で、川西市文化会館向かいから少し南側の商業ゾーンの歩道改良を含む事業の説明を受けた。

 事業の規模は小さいものかもしれないが、着実な歩みを始めた一つの地方分権である。
2011-06-10 09:43 | 記事へ |
| 県政 |
2011年05月18日(水)
ありがとうございました
 選挙前から、事務所および集会所でお願いしていました、東日本大震災への義援金を県連に届けました。

 県連の山口さんに額を確認していただきました。



 総額75,449円でした。ありがとうございました。

 県連から日本赤十字を通じて、被災者に送られます。
2011-05-18 17:59 | 記事へ |
| 加茂忍後援会活動 |
2011年05月16日(月)
東日本大震災調査を終えて その5
自衛隊の支援内容の調査を終えて、名取市内の現地調査へ。

 空港周辺の状況の調査であるが、初日空港に着いたときは、宮城県の復興本部へ直行したため、最終日の調査となった。なぜ空港が使用できたのか不思議なくらいの惨状である。

 まず自動車の惨状。空港周辺、河川敷などいたるところに見られる。以前川西市の寺畑前川が氾濫し、周辺の自動車の中に水が流れ込み、ハンドルに草が絡まっているのを見たことがある。新車であっても、廃車するしかないらしい。



 だから、これらの自動車は修理不可能であるが、車体ナンバーがあり、所有者が特定できるので、処理について所有者と協議しなければならない。しかしながら所有者の安否についてもその確認が困難を極めている。このことが復旧作業の大きな障害となっている。

空港周辺の惨状。骨組みをとどめているのは、鉄骨構造の家屋と思われる。



 車中からの撮影でわかりにくいが、海岸沿いの松林のすぐそばの建物
お聞きするとデイサービスセンターとのこと。



ヘルパーさんと何らかの機能障害のある高齢者が、おられたのだろう。逃げるとしたら、空港ビルの3階(1q離れているだろう)しかないが。万感の思いがよぎる。

 普段は白砂青松のデイサービスにはうってつけのさわやかな場所だったに違いない。が、景色のいいところと安全であるということは必ずしも両立しないことを痛感した。

 以上とりとめのない報告を終えるが、自衛隊、地方自治体、ボランティアとたくさんの人が、支援のために被災県に入っている。が、私の見たところ、その支援の人々を組織的に動かしていく核となる組織の存在を感じなかった。宮城県庁の動き、国の動きが今ひとつ実感できなかったことを申し添えておく。

 
2011-05-16 09:03 | 記事へ |
| 県政 |
2011年05月13日(金)
東日本大震災調査を終えて その4
 調査最終日。

 自衛隊船岡駐屯地(柴田郡柴田町)第3生活支援隊本部に向かう。伊丹からもたくさんの自衛官が来ておられる。

                     司令部内



                外から見た司令部



 今回の震災復旧、被災者の生活支援のために派遣された自衛官の総数は陸海空合わせて10万人を超える。

 ひとくちに10万人といっても、兵庫県では三田市と芦屋市の間くらいの数である。想像を絶する大移動である。

 駐屯地内に入ると、テントテントの連続で敷地を覆い尽くしている。これでどれくらいの自衛官がおられるのですかと聞くと、「約3000名です」との答え。単純計算で、10万人というとこの基地が33個入ることになる。しばし唖然とする。

                  隊員宿舎の一部



 支援内容の説明を受けた後、給食支援と入浴支援の現場に向かう。



 この体育館が給食支援をしている避難所の一つである。もちろん中には入れない。外には被災者らしい人の姿は見られない。

 給食支援の自衛隊車両



 この車両で、200人分の給食を賄うことができる。といってもおみそ汁とご飯程度。しかも朝夕だけで、昼はパンである。被災者の方の摂取カロリーが通常の70パーセントであることを聞き、胸が詰まる。ご病気にならなければいいが。

 別の場所での、入浴支援の現場







 兵庫県の部隊の支援らしく「六甲の湯」の暖簾が掛かっている。好評のようである。
2011-05-13 08:41 | 記事へ |
| 県政 |
2011年05月08日(日)
東日本大震災調査を終えて その3


 2日目、自衛隊仙台駐屯地第2施設団指揮所に向かう。指揮をとられる秋山陸将補、浜崎陸将補はともに兵庫地方協力本部長(自衛隊員募集の仕事の指揮を執る)の経歴を持たれ、防衛議員連盟とも親交がある。司令部はもちろんテントの中にあり、隊員の皆様がそれぞれの持ち場で仕事をしておられる。



 自衛隊の支援内容を中心に説明を受ける。行方不明の方の捜索、がれきの撤去、避難所におられる被災者の方への給食支援、入浴支援等々。とりわけ行方不明者の捜索、ご遺体への対応等へのご努力に胸が詰まる。マスコミはなぜこのご労苦を伝えないのだろうか。




全国から自衛隊の皆さんに激励の手紙が届く。このことが一番の励みになります。と陸将補の弁。

 

             隊員の宿舎。

 松島を経て石巻市へ。ショッピングモールの2階からが庁舎になっている。写真はその1階部分であるが、、天井まで津波が押し寄せ、3日間潮が引かなかったそうだ。職員は3日間庁舎に閉じ込められたそうだ。





 広域連合石巻本部の説明を受ける。内容の報告の代わりに、後で見た石巻市の被災状況の写真を紹介する。







 全国から集まってくるボランティアのコーディネートのために、兵庫県が設置した、ボランティア・インフォメーションセンターを調査する。東北自動車道旧泉本線料金所跡に設置されている。



 倒壊家屋からの泥がれきをかき出す仕事が、ボランティア作業の中心だそうだが、ゴーグル、マスク、安全靴などの装備を前もって電話相談の時にお知らせしているとのこと。無防備で訪れるボランティアの人もたまにあるらしい。その他、被災地ボランティアセンターへのアクセス、宿泊方法などの情報提供も行っている。




2011-05-08 19:29 | 記事へ |
2011年05月03日(火)
東日本大震災調査を終えて その2
 仙台空港から、宮城県庁に向かう。宮城県災害対策本部、広域連合支援チームの本部がある。

 仙台空港は名取市にあり、仙台市にある宮城県庁までは40分ほどかかる。

 仙台市に入ると、屋根瓦の崩れをカバーするためのブルーシートをかぶった住宅をたまに見る程度で、大震災・津波の影響もほとんどない。われわれは兵庫県の防災服を着ていたが、それが異様に映るぐらい、仙台は平穏としている。

 阪神淡路大震災は、県都神戸が被災の中心であり、防災服、リュックサックといういでたちが普通であったが、仙台は当時の大阪市や姫路市という感じか。

 県の中枢である、県庁が被災していないというのは復旧復興を進める上で、僥倖というほかはないが、海岸べりの悲惨さがどの程度県庁に感じられているのかはわからない。

 県庁内の大きな会議室が、対策本部に充てられ、自衛隊も広域連合もすべてここで、事務がなされ指揮がとられている。



 広域連合兵庫県チームの説明を受ける。



 内容は多岐にわたるが、2点だけ報告。

 1.今回の震災で、最も被害の規模(犠牲者および行方不明者の数でいえば)が大きかったのが宮城県であること。そして宮城県の中でも最も大きな被害を受けたのが、石巻市であること。

 2.阪神淡路大震災でがれき撤去といえば崩壊した建築物のがれきをさしたが、今回の震災はそれに多くの自動車や船舶があり、所有者の特定ができるものであり(といっても困難を極めるが)、簡単に撤去しきれず、復旧作業の大きな障害となっていること。それに海岸での養殖のための漁網も陸地に打ち上げられているため、これも大きな作業の妨げになっている。

 対策本部の方々は、自衛官も含めて所属を表すユニフォームを着ておられ、見渡すと、国関係では、国交省のロゴしか見受けられなかった。復旧・復興のリーダーシップを国がとっているようには感じられなかった。

 2日目は、自衛隊仙台駐屯地と石巻市へ。
2011-05-03 16:30 | 記事へ |
| 県政 |
2011年04月30日(土)
東日本大震災調査を終えて



 選挙を終えて、まっさきにしなければならないことがあった。

 東日本大震災の現地に行き、自分の目で状況を把握し、被災県兵庫としての支援のありかた、関西広域連合を中心に東南海・南海地震への備え(今回の選挙での僕のキャッチコピーともなった)を考えていくうえでの材料にする必要があったからである。

 ボランティアで一つの作業に従事するのなら、行く方法はいろいろと考えられるが、視察(調査)となると、天皇皇后両陛下をはじめとして、政府要人、たくさんの国会議員が現地に行かれている状況の中、行くことによって、宮城県、広域連合の派遣職員の皆様にご迷惑をかけてはいけないという制約がある。

今回、兵庫県議会防衛議員連盟の役員(僕は副会長)として、会長の伊丹の武田県会議員らとともに、兵庫県内からの派遣自衛官の激励を中心に、合わせて広域連合の中核として派遣されている兵庫県職員への激励というかたちをとり、4月25日から27日までの調査を行った。

 山形空港から車で仙台へというのが当初の経路であったが、仙台空港が復旧したので、仙台空港へと向かう。

 ご存知のように、仙台空港は津波被害の激しかったところで、なぜこんなに早くとお思いの方もおられると思うが、ターミナルビルの2階が無事であったこと、滑走路内の土砂がれきが、米軍の作業(トモダチ作戦)によって、除去されたためである。周りは数軒の家屋をの残骸を残し何もない状態。着陸地点からはバスで移動し、もちろんトイレ、食堂などの空港施設は使えない。



 以下、次回に。

2011-04-30 11:24 | 記事へ |
| 県政 |
2011年03月17日(木)
警察緊急援助隊の派遣について
 昨日、報告した100万円の補正が、委員会で可決された。明日、本会議に送られる。

 予算が決まって、お金が使える、つまり行政が執行されるわけだが、今回は表決前に動いている。当然といえば当然のことである。

 地震発生後、50分後に108名の警備隊が派遣された。23時間かけて岩手県の現地に到着。燃料、食料、水の不足を痛感しながら、睡眠はバスのなかで仮眠程度。ご苦労が忍ばれる。

 派遣人員は現在186人に達しているが、その中には「検死隊」20名も含まれる。つらい響きを持つ言葉だが、現在は、浜に打ち上げられたご遺体などで、倒壊した家屋の下のご遺体にはまだまだ時間がかかるそうだ。

 最終的に、半年から1年かかるのではという報告に、絶句。・・・・黙祷 
2011-03-17 11:00 | 記事へ |
| 県政 |
2011年03月16日(水)
100万円の補正予算
 16日の本会議において、警察常任委員会に付託される補正予算案が上程される。

 補正予算とは、よんどころない事情によって当初予算(22年3月に議決)以上の必要額が生じたり、反対に不必要額が生じたりしたときに、当初の予算を修正するものである。

 今回の補正は、車両等維持費、13億7614万円に新たに100万円を加えようとするものである。

 原形に比べると、わずかな額であるが、大きな意味を持っている。

 すなわち、今回の東北・関東大震災現地に派遣される警察官186名を運ぶためのガソリン代その他の額なのである。

 現地での派遣警察官に要する経費は、全額国庫(国の負担)との報告であった。
2011-03-16 09:51 | 記事へ |
| 県政 |
2011年03月15日(火)
東南海・南海地震と関西広域連合
 今回の大震災は東北地方の太平洋沿岸部、関東地方を襲ったものである。これを南に拡大すれば、静岡県から九州南部にかけての大地震、つまり東南海・南海地震ということになる。
 向こう50年の間にかなりの確率で起こると早い時期から指摘されてきた。今年に起きても「向こう50年」であり、50年後に起きても「向こう50年」であるが、人の心は勝手なもので、どうしても後者のほうを信じたいという心理が働き、「どうせ私は生きてはいないんだから。」というところへ行きつく。
 今回の大震災は、「向こう50年」の東南海・南海地震をにわかに現実味を帯びさせた。起きないようにすることはできない、起きれば、無傷ではすまない。必ず被らなければならないその傷をいかに最小限に抑えるか、つまり減災対策が政策の中心になる。兵庫県で今まで取り組んできた、建物の耐震化、地域における自主防災組織の育成などが、それに当たるが、今回立ち上がった関西広域連合で、兵庫県が担当する防災分野に大きな期待が寄せられることは間違いない。
 ただの行政機構の足し算的な統合でなく、財政的な合理性を追求するものでなく、真に大災害に備えるものになっているか、なろうとしているかについて、綿密にチェックを続けていくことが私たち議員に課せられた責務である。
 地震、台風には兵庫県、大阪府の区別はありません。
2011-03-15 23:27 | 記事へ |
| 県政 |
2011年03月14日(月)
東北・関東大震災の衝撃
 人類の最先端技術を象徴する自動車が、おもちゃのように流されていく。家族の基盤であり、苦労の結晶でもある住宅が、マッチ棒ででもできた模型のように壊され、押し流されている。

 16年前の阪神淡路大震災は、早朝ということもあり、局部的な映像は記録されているが、震災の実態を大局的にとらえた映像はない。今回は、平日の午後に起きたので、多くの人が避難しながら、もしくは避難した後で、自分の目でとらえ、ビデオで記録している。その映像では見ることができないが、その中で多くの人々が津波にのみ込まれていったのである。「自然」は、時にはどうしようもないくらいに残酷なものである。

 「自然保護」という言葉が金科玉条のように言われた時代があったが、その「自然」という言葉にいかに人間のおごりが盛り込まれているか、薄っぺらなものであったか、今更ながら、どうしようもない焦燥感の中で、多くの犠牲者のご冥福をお祈りするばかりです。
2011-03-14 09:08 | 記事へ |
2011年02月23日(水)
消防車入魂式
 
川西市消防団、第4分団久代部の新しい消防車の入魂式が、春日神社で執り行われた。

 神事に引き続き、隣の久代小学校校庭で初の放水、等々厳粛な雰囲気と団員の皆様のきびきびとした動きが印象的であった。

 ところで、今回引退した前消防車はというと、平成7年に購入され、16年にわたって町の安全を守ってきたとのこと。

 あれ、平成7年に初当選し、4期16年にわたって議会活動を続けてきた、私と全く同じではないか。

 なぜか先代の消防車に親近感をおぼえ、そういう意識を持って、ご苦労さんと一声かけてやればよかったと思った。

 ちなみに引退した消防車の走行距離は6000キロ。どこへ行くのだろうか。
2011-02-23 12:33 | 記事へ |
| 川西市内行事 |
2011年02月09日(水)
朝の駅立ち開始
 「明朝から、駅に立つ。」と、ミニ県政だよりをプリントし、就寝。

 午前6時に目覚ましが鳴る。
 無意識に解除して、再び眠りに。

 20分ほどしてから、今度は携帯電話、選対メンバーのSさんから。

 ここでようやく気づく。しまった、今日から朝立ちではないか。

 大あわてで身繕いをすませ、迎えに来ていただいたSさんの車(恐縮です)で、JR川西池田駅へ。



 朝立ちの最初はいつも緊張する。「おはようございます。加茂忍です。」の声かけと、前日深夜まで家内にお世話になった「ミニ県政だより」の配布である。

 「ビラをよくとってもらう秘訣ってあるんかなあ。」とは、S氏の弁。

 そんなもんあるかいな。1万人ぐらい通り過ぎるんじゃないかと思うが、ビラ配りは厳しい。

 でも、私の心がけていること。

 それは、通り過ぎる人々に決して惨めに映らないように心がけること。

 みなさんに選んでいただいた政治家が、当然のこととして皆様に報告をする。

 自信を持って、誇りを持って、笑顔を忘れずに。

 でも、なかなか難しい。
2011-02-09 19:20 | 記事へ |
| 加茂忍後援会活動 |
2011年02月02日(水)
後援会日帰り旅行
 今日は後援会日帰り旅行の日。

昨年末から計画されているもので、行き先は、福井県越前海岸。

 冬の越前海岸の車窓を楽しみながら、カニ料理を賞味する旅行だが、
今回は、例年にない豪雪。
大渋滞。


               (1月31日の読売新聞夕刊より)

行けるのだろうか。

 2〜3日前から、団体旅行がキャンセルされた温泉旅館の宴会場が報道されている。

 「何とかなりそうです。」と、旅行社の弁。

 なんとかなった・・どころではない。
千載一遇の好天気に恵まれ、雪による渋滞を警戒したのか、対向車がほとんどない、快適なバス旅行となった。





 バス2台、90名の募集で企画したが、おかげさまでバス3台130名の旅行となった。
参加していただいた皆様、ありがとうございました。



 追伸 名神でのドライブの楽しみの一つに、伊吹山の眺望があるが、始めてみた、雪をすっぽりかぶった伊吹山の一枚。ただし、北陸自動車道からのショットである。



 
2011-02-02 23:11 | 記事へ |
| 加茂忍後援会活動 |
2011年01月31日(月)
内麦(ないばく)?
 自民党議員団への団体要望会。
県内には実にたくさんの団体があり、23年度予算編成に向け、部会別に団体要望を聴くことになっている。

 僕は文教部会長で、担当する団体は他の部会に比べて少なく、専修学校・各種学校連合会、パン商工組合、私立学校総連合会、私立幼稚園連合会の4団体である。

 ところでなぜパン屋さんが文教関係なのか、お察しの通り、学校給食にパンを供給している業者さんの集まりなのである。

 米飯給食が金科玉条のようにいわれている現在、パン給食の立場が年々悪くなっている。日本の米を食べず、なぜ外国産の小麦を食べるのか。食糧自給の問題も絡む。

 そこで内麦。国産の小麦を使ってパンを作り、子供たちに食べさせる。材料としての国内産小麦は外国産と比べて値段が3倍するという。

 その値段のハンディを承知で内麦のパン給食を進めている自治体が少しずつ出てきているらしい。

 食という人間の基本的な営みに、市場経済の原則以外の思想が絡んでいるひとつの例である。
2011-01-31 00:04 | 記事へ |
| 県政 |
2011年01月26日(水)
ミニトレッキング

昨日、「ひまわりの会」で、ミニトレッキングを開催しました。

トレッキングといっても、高い山ではなく、川西〜石切山〜釣鐘山〜川西です。



寒いなか、ご参加くださった方々、ありがとうございました。

みなさん、健脚なので、楽々コースだったようです。

山頂で、各自持参したお弁当をひろげ、会話も弾み、楽しいひと時でした。
懐かしい遠足のようなランチタイムでした。
コッフェルでお湯を沸かして、アツアツのお味噌汁やコーヒをみんなで味わい、体も心もあったかくなりました。
こういうところで、このような食べ物(飲み物)は、とても贅沢な・・そんな幸せな気持ちになれます。

応援に駆け付けてくださった頼もしい男性スタッフにも助けられて、よい会になりました。

ご参加くださった皆様、また、山頂で出会い、お声をかけてくださったり、写真を撮ってくださった方、ありがとうございました。

忙しい中にもこのようなふれあいの時間は、大切な時間です。


2011-01-26 11:22 | 記事へ |
| ひまわりの会活動 |
2011年01月25日(火)
1.17のつどい


16年前・・このような、寒い日が続いたときでした。

毎年、この行事には欠かせないように参加しています。

兵庫県民として、阪神地区に住む住民としても忘れられない大きな悲しみです。

亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りいたします。


2011-01-25 22:11 | 記事へ |
| 県政 |
2011年01月15日(土)
新春賀詞交歓会


昨日、新春賀詞交歓会が開催されました。

無事、盛会に終えることができ、感謝です。

お忙しい中、ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。
また、ご足労をおかけしたスタッフの皆さま、ありがとうございました。

ひとりひとりのお顔を拝見し、激励のお言葉をかけていただき、「今年もさらに頑張らなければ・・。」と、身も心も引き締まる思いがしました。

さらに飛躍できる年になりますように精進してまいりたいと思っております。
2011-01-15 14:29 | 記事へ |
| 加茂忍後援会活動 |
2011年01月12日(水)
ホームページ、立ち上がりました。
遅ればせながら、

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


かねてから、準備をすすめておりましたホームページが立ち上がりました。

URLは、http://www.kamo-shinobu.com/です。

こちらのほうへもお立ち寄りください。

2011-01-12 22:22 | 記事へ |
| 県政 |
2010年12月13日(月)
委員会表決
 12月6日に、定例会が始まり知事から補正予算等の提案がおこなわれた。それを受けて、各党の代表質問、一般質問が終局し、今日は提案に対して、議長から付議された案件に対する、常任委員会。

 案件は一件。神戸市西警察署の増築の予算、1億7700万円。全会派賛成で議決。委員会の議決は15日の本会議に送られ、最終的に議決される。

 知事提案とは別に、請願の審査がおこなわれる。ほとんどが国に対して意見書を出してほしいという趣旨のもので、審査結果は、国政に対する県議会の意志ともとられ、重要な審査である。

 今回、警察常任委員会に付議された請願は1件。

 裁判員制度の適切な実施に向けた諸条件の整備と取り調べの可視化を求める意見書提出の件である。

 今回の議論の焦点は取り調べの可視化にある。

 自白の強要などによるえん罪などを防ぐ目的で、取り調べの状況を第三者がチェックできるというものである。

 これには、広域暴力団を抱える兵庫県において、組織犯罪で検挙された組員の自白の後の安全が担保されるか、性犯罪における取り調べが、被害者自身のプライバシーや尊厳を守りきれるのか、等々。デリケートで難しい問題である。

 自民・公明・無所属は継続審議を主張。民主は採択(賛成)を主張。多数により継続審議となった。

 いずれは、結論を出さなければならない問題であるが、もう少し議論を積み重ねていってほしいという、県議会の意思決定である。
2010-12-13 11:32 | 記事へ |
2010年12月06日(月)
月曜日から
12月3日に開会された12月定例会。
12月8日から代表質問が始まる。
15日に閉会。
6日、7日は議案熟読のため、休会。

しかし、行財政構造改革特別委員会の質疑が両日とも行われ、私は7日、一般事務事業・投資事業を45分質疑をすることになっている。

その準備に忙殺されている。
2010-12-06 00:09 | 記事へ |
| 県政 |
2010年10月21日(木)
癒し
 この9月26日に長女が女の子を出産した。

 待望の初孫で、退院してからわが家で暮らしている。

 よきじいちゃんぶりで、かわいいかわいいというところだが、川西市では市長、市議会議員のダブル選挙。議会では決算特別委員会が重なった。

 昼間は決算委員会。夜は選挙の応援。土日はもちろん選挙の応援。

 で、孫と接するのは、朝と晩だけである。

 登庁するときは、長女も孫も疲れ果てて爆睡している。夜泣きをするのか。一度起こしてしまって、妻(ばあば)と長女(まま)にえらく叱られてしまった。

 で、もっぱら夜がじじタイムである。

 婿さんが孫を風呂に入れ、授乳を終えてから、2、30分ほど抱く。

 文句なしにかわいい。じじが結構ハードな日程であることなど、全く関係のないひとときである。
2010-10-21 17:09 | 記事へ |
| 雑感 |
2010年10月04日(月)
暴力団排除条例、委員会で可決
 先週金曜日に代表質問、一般質問(私も10月1日に無事終了)が終局し、今日は開会日(9月22日)に知事より提案のあった議案の委員会審査である。

 私は警察委員会に属しており、付議された案件は、暴力団排除条例の制定他一件である。

 暴力団排除条例は、広域暴力団山口組の本部が神戸市灘区にあり、直系組織、2次組織の関係者が本部に日参するため、にわかに暴力団事務所が神戸市内につくられ始めたことに対する、県警の意気込みを表している。暴力団事務所になることを知っての不動産売買や建設行為に対して、警察が中止命令を出すことができ、それに従わないときは懲役1年以下、罰金50万円以下を課すことができるというものである。

 条例はそれ以外にも細部にわたって定められ、今後の取り締まりの強化に大いに期待されるところだが、既存の暴力団事務所への規制が難しく、今後の警察の動きに、議員としても強力にサポートしていきたいと思う。
2010-10-04 12:09 | 記事へ |
| 県政 |
2010年09月29日(水)
論戦始まる
 9月22日に開会した兵庫県議会9月議会は、昨日の代表質問からいよいよ論戦に入った。今日は一般質問初日。

 県のおこなう事務その他についての質問であるので、国政がらみの質問はないのだが、先週末にあった、尖閣諸島の海域に於いて逮捕拘束された中国人船長の釈放についての意見がどうしても出てくる。

 僕も明後日2時45分から、一般質問に登壇し、自分なりの見解を述べようと思っている。

 質問時はインターネットで、実況も録画でも見ることができます。

よろしく。


        (↑写真は、NHKニュースより)
2010-09-29 17:01 | 記事へ |
| 県政 |
2010年08月30日(月)
通勤ルート紹介
 仕事で県庁に行くときはJRを利用している。福知山線川西池田から尼崎で乗り換えて、山陽本線元町まで。

 川西池田へはよほどのことがないかぎり歩いていく。長男も娘婿もJRを利用しているので、3人同じ道を歩いている。

 再開発された栄南(さかえみなみ)団地の横を通っていくのだが、道路がS字カーブを何回か描いていて、初めて通る人はなぜ?と思ってしまう。



 実はこの道はもと電車の線路なのである。妙見口もしくは日生中央から発する能勢電鉄の終点は川西能勢口ではなく、JR川西池田駅にあったのである。

 終点といっても、川西能勢口で1両の電車に乗り換えるものであった。

 今、阪急電車、能勢電車の乗客が歩道橋を通って、大勢JR川西池田へ移動しているが、もとは電車の1区間だったのである。そのことを記念するため、駅前の散髪屋さんの前に電車の車輪が展示されている。

2010-08-30 12:45 | 記事へ |
| 見聞 |
日曜日
 土曜日、市内の納涼祭がほぼ終わり、日曜日が休日というごくごく当たり前の時間が久しぶりにとれた。

 妻とともに長女夫婦も同行するというので、かわり映えしないが心斎橋へ。大丸北館で、ジミー大西の個展がある。

 ジミー大西の作品については、私にとっては少々苦手な分野で、コメントを差し控えるが、不思議なエネルギーの爆発とでも言えようか。

 法善寺まで歩こうということで、ご存じの戎橋筋を一路南へ。暑い。人が多い。



 水かけ不動にお参りする前に、「夫婦善哉」へ。織田作之助の小説の最後に、惟康(これやす)柳吉が妻の蝶子になぜここのぜんざいが、お椀二杯にはいって出てくるかを講釈する場面があって、ここへ来ると織田作品を濫読していた学生時代が思い出されて懐かしいのだ。


 
 写真は妻が注文したもので、私は注文したのは「ミルク金時」

 水かけ不動にお参りしたのち、千日前の道具屋筋、また戎橋筋にもどって、服地の「とらや」。主に妻の買い物がメインで、ここで私は立ち飲みの「赤垣屋」へ。忠臣蔵の堀部安兵衛とともに、酒飲みで有名だった赤垣源蔵に由来しているのか。
 
 とにかく安い。生ビール300円、スジどて(串)2本で160円。合計460円。スジどてがなかなか来ないので、こんなものかと思っていたら、隣のおじさんが「あんさんのアテ、通ってまへんで。も1回いいなはれ。」と親切にアドバイス。頼むとすぐきた。

 20分そこらの立ち飲み体験だったが、足はだるいがやはり落ち着くのだ。

 あれやこれやで日曜日。
2010-08-30 09:48 | 記事へ |
| 見聞 |
2010年08月28日(土)
産業労働常任委員会管内調査から

 県議会常任委員会では、委員会での審議以外に県内の所管する状況について調査する管内調査があり、通常は視察と呼ばれている。

 私は今年警察常任委員会に属しているが、他の常任委員会が阪神地区に調査に来た時は地元議員として出席を求められる。

 写真は産業労働常任委員会が川西市の川西航空機器工業を調査に来た時のものである。

 ものづくりに卓越してかつ元気な中小企業として地元の企業が選ばれたことは私にとってもうれしいことである。

 同社は国際宇宙ステーションの空調の部品や防衛関係の精密部品を製造しており、一般の人にはなじみがないが、知る人ぞ知る優良企業である。

 製品の性格上、機密事項も多く簡単には見学させてもらえないが、今回初めて工場の様子を見学させてもらった。
2010-08-28 12:26 | 記事へ |
| 県政 |
2010年08月26日(木)
夏休みの終わり
 

 知り合いの不動産屋さんが鉄道模型が趣味で、年に何回か子供たちのために、川西能勢口のアステ川西の1階でレールフェアを開いておられる。

 鉄道模型と言っても普通私たちがよく目にする鉄道模型とは違い、何倍も大きく、したがってジオラマ(駅舎、人物等)も大きく、迫力満点である。

 10時のオープンであったが、子供たちが興味しんしんで見入っていた。

 今日は8月26日、義兄をはじめ親戚の不幸続きで、悲しく重い8月であったが、高見順の詩ではないが、夏休みは健在で、子供たちは懸命にそのなごりを惜しんでいるように見えた。
2010-08-26 11:53 | 記事へ |
| 雑感 |
2010年08月24日(火)
今年の8.12
 日航機の御巣鷹山墜落の大惨事から25年たったとの報道。

 その大惨事の1年前の1日違いの8月13日に長女が出生しており、1歳の誕生日は事故の報道一色の日となった。

 長女は岡山市で出生した。その間、妻の姉の家にお世話になった。僕も長男も長いこと居候させてもらった。長期で川西を離れる初めての体験である。

 妻の姉のご主人つまり義兄が、でっぷりとした体格とともに温厚で包容力のある典型的な岡山人で、僕も長男もこの義兄(おじ)が大好きで岡山に遊びに行くのを楽しみにしていた。

 その義兄がこの8月1日に亡くなった。64歳という若さで、末期がんだった。

 がんを告知され、懸命に闘った義兄の心境を今となってはおしはかることはできないが、高見順のの詩を紹介してみる。

 青春の健在 高見 順
 
電車が川崎駅にとまる

さわやかな朝の光のふりそそぐホームに

電車からどっと客が降りる

十月の

朝のラッシュアワー

ほかのホームでも

ここで降りて学校へ行く中学生や

職場へ出勤する人でいっぱいだ

むんむんと活気にあふれている

わたしはこのまま乗って病院にはいるのだ

ホームを急ぐ中学生たちはかつての私のように

昔ながらのかばんを肩からかけている

私の中学時代を見るおもいだ

私はこの川崎のコロムビア工場に

学校を出たてに一時つとめたことがある

私の若い日の姿がなつかしくよみがえる

ホームを行く眠そうな青年たちよ

君らはかつての私だ

私の青春そのままの若者たちよ

私の青春がいまホームにあふれているのだ

私は君らに手をさしのべて握手したくなった

なつかしさだけではない

遅刻すまいとブリッジを駆けのぼって行く

若い労働者たちよ

さようなら

君たちともう二度と会えないだろう

私は病院へガンの手術を受けに行くのだ

こうした朝 君たちに会えたことはうれしい

見知らぬ君たちだが

君たちが元気なのがとてもうれしい

青春はいつも健在なのだ

さようなら

もう発車だ 死へともう出発だ

さようなら

青春よ

青春はいつも元気だ

さようなら

私の青春よ

 
2010-08-24 14:30 | 記事へ |
2010年07月22日(木)
プロフィール 変更
 このブログの左にプロフィール欄がある。自己紹介であるが、時とともに変わることがあるので、議員としての職歴など注意しているが、今回変更しなければならないことがわかり、変更した。

 家族の部分である。家族は妻と長男と長女とヨークシャーテリアとしてあったが、現在は妻と長男との3人家族である。

 長女は今年の3月に結婚した。



 ヨークシャーテリアであるが、昨年の10月、15歳の長寿表彰をしていただいた(うれしくとも何ともない表情であったが、これは当たり前)が、今年の5月、亡くなった。

 


 モモという名前で、家族から愛されていたが、年明けからめっきり弱り、最後は妻から注射器のようなもので餌をもらっていた。

 年老いて、ほとんど寝てばかりいたが、その日は寝苦しいのか何度も体を持ち上げようとしていた。
僕は、父が脳死状態に入った時、それでも必死に目を開けようとしていたことを思い出してつらくなり、どうしようかと迷った。
抱いて長い間さすってあげると落ち着いて眠りだした。
サークルの中のベッドを心地よく眠れるようにして、抱かれていた姿勢のまま入れてやった。
モモは安心したように眠りにつき、二度と起きてはこなかった。

 思い起こせば、私が県会議員になったばかりで、また、妻も現役の小学校教師であったため、小学生の長女がさびしくないようにと飼い始めたのだった。

 したがって、モモの亨年齢は私の県会議員のキャリアと同じであり、姉妹のように過ごしてきた長女とモモが同じ年に家からいなくなった。


2010-07-22 06:41 | 記事へ |
| 雑感 |
2010年07月17日(土)
会議、会議、会議
 昨日

 9時50分 日中友好議員連盟理事会。

 10時30分 警察常任委員会。

 12時50分 自民党議員団総会

 13時00分 自民党議員団行革検討委員会

 14時00分 新名神期成同盟会(北野六甲荘)





 16時00分 東谷小コミュニティ県警陳情

 17時00分 同コミュニティ自民党執行部 陳情



 18時00分 警察常任委員会当局懇親会

 よくまあこんなにと思うが、なにしろ広い兵庫県全域から県会議員が神戸に集まるので、会議は集中する。

 東谷小コミュニティの陳情は、暴走行為ではない(制限速度を守る、信号を守る)が、爆音を轟かし集団で走る行為を兵庫県独自の条例で規制できないか、というものである。

 爆音走行については、すでに道路交通法で禁止行為並びに罰則が定められており、条例制定は屋上屋を重ねるのではないか、というのが県警側の見解である。が、法はあっても、現実は効果がほとんどない今、兵庫県独自の動きを示すべきとの、東谷小コミュニティの主張には、私も全く同感であり、粘り強い活動を支援していきたい。
2010-07-17 08:57 | 記事へ |
| 県政 |
2010年07月15日(木)
国道477号崩落


 昨晩、また強い雨。気になる。

 朝、昨日と同じ猪名川銀橋付近の様子を見に行く。水位は昨日と同じくらい。よかった。

 自宅に戻り、しばらくしていると、宝塚土木事務所から電話。

 「国道477号、黒川地先で崩落しました。」

 国道477号は川西市最北部、黒川妙見ケーブル駅を経て、能勢町へ通じる道路である。以前、同地区徳林寺付近で崩落事故があり、道路下の知り合いの農家の農機具庫を土砂が押し流し、トラクターなど高価な機械に被害が出たところである。

 今日の現場は、前よりも北、能勢町よりのところである。名前と身分を告げて、立ち入り禁止区域に入れていただく。ちょうど、能勢町長さんがテレビ局のインタビューを受けていた。私は、地元の自治会の副会長さんと、宝塚土木の職員の方から事情を説明していただいた。

 崩落は昨晩10時ぐらいに起きたとのこと。えっ、車が走っているではないか。どきっとしたが、2時間前に通行止めにしたため、惨事が起こらなっ方とのこと。ほっと胸をなでおろす。

 前の事故は道路の1車線部分の崩落であったが、今回はご覧のように2車線すべてがなくなっている。

 崩落の土砂を受けた農地への対策、復旧事業の早期完成に全力をあげるとともに、同様の場所で2度も重大な事故が発生したことを重く受け止め、抜本的な対策に取り組んでいきたい。
2010-07-15 15:02 | 記事へ |
| 県政 |
2010年07月14日(水)
大雨警報
 昨日、日付が変わったころ突如として、すごい雨音。

 「よう、降るなー。」で終わっていたころと違い、最近はすぐ警報になる。この半世紀で阪神北地区(伊丹市、宝塚市、川西市、三田市、猪名川町)の人口は3.5倍に増加している。ということはそれだけ森林面積が減少したということであり、保水能力が衰えているのである。

 明け方5時。サンテレビをつける。放映はしていないが、テロップで警報の情報。南あわじ、伊丹、宝塚、川西に大雨警報。

 以前猪名川で4か所、床上浸水の被害が出たところがあり、長靴をはいて出動。




 写真は銀橋南の旧川西篠山線。過去に何度も冠水し、冠水すると上流域で被害が出る。いわば災害のバロメーターである。


 水位が道路より1メートルほど低い。ほっと一安心。

 多田院旧川西篠山線多田大橋南、石道地区、猪名川町笹尾地区を巡視。いずれも冠水していない。よかった。

 南に降りてきて、南花屋敷地区、寺畑前川に向かう。ここも床上浸水の被害が出たところで、新車が何台もダメになったところである。下の写真はその寺畑前川遊水地付近。

 右に見える窓は遊水地へ流れ込むための取水口です。



 いつも水かさの増えるところであるが、ご覧のように水位は安定しています。

 しかし、まだまだ降り続いているので、注意が必要です。
2010-07-14 14:49 | 記事へ |
| 県政 |
2010年07月06日(火)
アジサイ祭り


 7月3日・4日の土日に、猪名川町北部柏原地区にそびえる大野山(おおやさん)頂上でアジサイ祭りが開催された。

 大野山は阪神間最高峰といわれ、標高は753.5mあり、東に大阪市の京セラドーム、西に須磨方面を望むことができる。

 麓の猪名川町杉生、鎌倉地区から柏原地区を結ぶ県道島川原線の拡幅工事を通して、柏原自治会、柏原生産森林組合の皆さんと昵懇にさせていただいている関係で、毎年参加させていただいている。

 今年は3日に叙勲パーティーや後援会行事があり、4日に参加した。自治会長さんの案内で会場や模擬店をまわらせていただいた。

 3日は豪雨であり、テントその他の施設で大変なご苦労があったとのこと。4日は写真のように曇天だったが、何とか雨にあわず見てまわることができた。

 一目1万本といわれるアジサイは毎年植樹され、来訪者の目を楽しませているが、昨今は鹿の被害が大きく、花をつけなかったり、枯れる株も出てきているとのこと。

 有害鳥獣の被害は兵庫県の農政でも最重要課題であるが、その現状を目の当りにした。

 一口500円で、植樹を募られており、私も一口だけ協力させていただいた。
2010-07-06 11:25 | 記事へ |
| 見聞 |
2010年06月25日(金)
キーパーの悔しさ
 朝食の時、「ワールドカップ、日本勝ったよ。」と、妻の声。

 「昨日(正確に言えば、本日未明)あったんかいな。惜しいことした。(といっても、疲れがたまっていて爆睡していた)」

 ニュースで、ハイライトを見る。3対1で日本の勝利。すごい。で、日本の失点である1点はというと、これがペナルティーキック。しかも、一度はキーパーが見事に止め、前にこぼれたボールをデンマークに押し込まれている。

 ペナルティーキックをワールドカップという大舞台で、止めるというのは至難の業だ。シュートで得点するより何倍も難しいに違いない。完璧に止めていれば、歴史に残ったに違いないと思われる。

 キーパーがゴール前で何度も芝生に拳をぶつけて悔しがっている。
サッカーをよく知らない僕でもその悔しさはよくわかる。

 日本が決勝トーナメントに出るという興奮とともに、キーパーのその挙動に、思わず涙が流れた。
2010-06-25 13:55 | 記事へ |
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