今日は、七草粥の日です。
万葉集に出てくる秋の七草とちがい、春の七草の生い立ちは定かではなく、日本の書物で新年の七日に新しい菜を食べることを最初に記録するのは「皇大神宮儀式帳」(804年)だそうですが、ここには菜の数は書かれていません。平安時代には正月七日に若菜、あるいは七種の菜を献じ、食したいう記録があっても菜の種類までは明記されず、やっと鎌倉時代の「年中行事秘抄」(1293〜98年に成立)に、ひとつの組み合わせとして、薺、繁縷、芹、菁(すずな)、御行、須々代、仏座が出てくるほか、塧嚢抄(あいのうしょう)(1446年)、連歌至宝抄(1585)、御伽草子(室町時代)などでも現れます。
七草セットがスーパーで売られる時代ですが、やはり自分で摘むにしくはないとでかけました。自宅から500m以内で、ホトケノザ(コオニタビラコ)以外の六草を見つけることができました。
セリ:芹(セリ科セリ属)は、各地の湿地に生える多年草で、秋に匍匐枝の節から新苗をだして越冬します。新苗が盛んに伸び出る様子を“競り”合うとみて、セリの名がついたという説があります。
葉にはさわやかな香りがあり、いろいろに料理されます。野菜化したスズナ、スズシロを別にして、春の七草のうちでは、現在でも最もふつうに食されるのがこのセリで、栽培されることもあるほどです。
”丈夫と 思へるものを 太刀佩きて かにはの田居に 芹子(せり)を摘みける“(妙観命婦:万葉集巻20−4456)
万葉の時代、位の卑しからざる若武者が、太刀を佩いたまま、裾が濡れるも気付かぬげに、冷たい田に入って、愛する女性のために芹を摘みました。セリはそれほどの価値がある若菜だったのです。
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