久保公園も冬模様。前自治会長さんの献身的な清掃活動で、ほとんど清掃する場所もないほどきれいな状態。寒さのせいか、子どもや保護者の参加も少し寂しい朝です。
午前中は家事。
昼前にすこやかプラザへ。「すこプラまつり」として子育て支援センターほっぺや健康支援室、消防救急隊などが施設紹介をかねて親子向けイベントを開催されました。2階の親子でくつろげる部屋では桜塚高校の生徒達がペープサートを使い読み聞かせの活動を行っていました。子どもをだっこしながら若い保護者も楽しんでいました。
2時から人権まちづくりセンターで行われる「人権保育市民フォーラム」へ。−共に生き 共に学び 子どもの人権について考えよう−をテーマに第1部が東豊中保育所5歳児のたる太鼓演奏、市立保育園職員による表現発表、第2部が大阪市立大学堀智晴さんとNPO法人ちゃいるどネット大阪理事の棚田純子さんの対談。
東豊中保育所のたる太鼓は途中で音響がおかしくなるアクシデントにもかかわらず子どもたちは機転を利かせた職員さんのリードで無事演奏を終え場内の拍手。対談は途中までしか聞けませんでしたが、職員・保護者が共に生きる保育を学び会うイベントは有意義です。
その後、千里中央コラボで行われていた「えん」(豊中障害者相談支援ネットワーク)の紹介イベントへ。市内相談事業所10所の紹介パネルが展示され、飲み物コーナーも設置され相談者への対応もされていました。障害者の相談支援事業が市民に開かれたコラボで行われることに意味がある企画と思いました。
市内3箇所で土曜日に並行してイベント(アクアではPTA研究大会で市教委も集合)。職員の皆さん休日返上のイベント効果に期待します。
6時半より「第一回『慰安婦』問題の早期解決をめざす豊中学習会」へ参加。
ビデオ「忘れてはいけない、絶対にー彼女たちの物語」の上映。講演は「被害者『ハルモニ』によりそって」と題し、「ナヌム」の家スタッフ・日本軍「慰安婦」歴史観研究員である村山一兵さん。
村山さんは学生時代の韓国留学中、ナヌムの家に通い始め、日本軍「従軍慰安婦」であるオモニたちと交流を深めます。川崎生まれで同級生に在日の友人がいたぐらいだった村山さんは特にこの課題に深い関心を抱いていたわけではありませんでした。しかし、一人ひとりのオモニとの交流深める内に、お一人が急逝されます。歴史の生き証人が亡くなって行かれるショックを胸に帰国、大学卒業後再びナヌムの家のスタッフとして、また日本軍「慰安婦」歴史館研究員として活動をはじめます。
沢山の画像を使いオモニの日常の表情、日本大使館への抗議行動の様子など丁寧に語られました。
そして、ひとりの普通の学生が日本軍国主義の最暗部「従軍慰安婦問題」に出会い、自らの父・祖父の生き方を問い、さらに今の自分たちの課題だと悩みながらも語れるようになった思いを率直に語られました。
会場からは在日の高齢者の方が「これまで従軍慰安婦問題に向き合うことにおそれを持っていた。日本の青年がこれほど温かい心を持って取り組んでいることに感謝する」と語られていたことが印象的であると同時に、私たち一人ひとりにもそれぞれの立場で受け止めてとのメッセージを感じました。
民主党は昨年まで「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」を社民党・共産党と提案してきました。
1993年の村山政権時代の河野官房長官談話で「いわゆる従軍慰安婦問題として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかと言うことについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える」と公表しました。
しかし、17年たった今日においても法は成立していません。連合政権の発足で法の成立が期待されるところですが、現時点では法案提出も未確定です。早急な法案提出と成立が望まれますし、その世論形成が不可欠です。
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2010-02-13 21:18
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