ニックネーム:Mdur
2012年02月23日(木)
ブログ閉鎖のお知らせ
転居およびメールアドレスの変更に伴い、このブログは、
2月末日から一定期間経過後に閉鎖となります。

心に想うこと、あれこれマイペースに綴ってまいりました。

お付き合いくださった皆さま、ありがとうございました。


2012年2月23日 | 記事へ |
2012年02月05日(日)
なんだか可笑しくて、うれしい音楽♪
痛みを和らげるための薬の量を、少しずつ増やしているところ。
木曜日の朝から、なんとなく世界がグルグル・・・足どりフラフラ・・・
やっと、昨日くらいから慣れてきたような感じです。
今日は、栗コーダーカルテットのコンサートに行ってきました。
前々からチケットを取ってあったので、迷ったけれど慎重に外出。
でも、やっぱり行ってよかった〜♪
オトナが真剣に遊ぶとこんなに楽しいんだ!って感じの
栗コーダーさんのステージ。
気持ち、ほっこり。うれし、たのし。
MCだって、普通に喋っているのに、なんだか可笑しくて笑っちゃう(笑)
たくさん元気をもらって帰ってきました。
さ、明日からまた一週間がんばろう。
インフルエンザ大流行。みなさま、お気をつけ下さいね。
2012年2月5日 | 記事へ |
2012年01月19日(木)
休暇の一日
早く読みたいと思いながら、そんな本がたくさんあり過ぎて順番、順番…
松原耕二さんの『ここを出ろ、そして生きろ』今日やっと読みました。
ぐいぐい惹きこまれて、あっという間の三時間。
素晴らしかった!
好きなんです、松原さんの視点。
『勝者もなく、敗者もなく』は、折にふれて手にとり、励まされる一冊。
ほぼ日のコラム『ぼくは見ておこう』も、興味深く読んでいます。
私はテレビを見ないのでよく知らないのですが・・・
今は夜のニュース番組でキャスターを務めていらっしゃるのですよね。
私が学生の頃は、夕方のニュースでキャスターをされていました。
たしか、お隣にいらした門脇キャスターも記者さんで
(なにかと記憶上の話でスミマセン…)、
お二人の解説やコメント、とりわけ、松原さんのインタビュー、
見ごたえのある映像に、十代の私でも焚きつけられるものがありました。
昨年の秋に出た本が小説と知ったときは、ちょっと意外な感じでした。
だって、報道の人だから・・・というのは先入観なのですね。感動でした。
とくに、主人公ふたりの恋愛が、とてもとてもせつなかった。
なんだろう…読後感としては、個人的な感想ですけれど、
とてつもない無力感のあとにやってくる希望、みたいな感じかな。
その点、スザンネ・ビアの映画が好きな感覚と、すごく似ています。
戦争や人間のエゴといった側面の掘り下げも鋭く、報道マンとして
数々の現場を経験したからこそ書ける内容なのかもしれないけれど、
それを小説の描写として魅力的に書けるって、すごい。
あと、松原さんの文章って、最後の一文でグッとくることが多いです。
その章、その段落、ひとつ前の文章で終わっても良さそうなのに、
何気ない風景とか、登場人物の言葉とか、暗示めいた描写とか、
そこでホロリときたり、次に期待したりさせられ、上手だなぁと思います。
これからも小説を書いていただきたいなぁ。
次回作が楽しみです。

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『ここを出ろ、そして生きろ』
松原耕二 著 新潮社 2011年


2012年1月19日 | 記事へ |
2012年01月14日(土)
気になる人
昨年、彼女を題材にした舞台を観たのがきっかけ。
今、私のなかでとっても気になる人、彫刻家 カミーユ・クローデル。
少しずつ、彼女について書かれた本を読みながら、
歴史に埋没してしまったようなカミーユの人生に想いを馳せています。
今日も図書館で一冊借りてきました。



みすず書房から89年に出ている、なんだか分厚い本…
返却期限までに読みきれるかな?
ゆっくり読み進めていこう。
著者のレーヌ=マリー・パリスさんは、カミーユの弟であり劇作家、詩人、
外交官としては1921年から7年間駐日フランス大使を務めたこともある
ポール・クローデル氏のお孫さんです。
訳者である、なだいなださん、宮崎康子さんが
お二人そろって精神科医であることも、なんとなく興味深く。
いつか、パリに行く機会があったら、ロダン美術館の一角にあるという
カミーユの展示室に、静かに身を置いてみたいと思います。

2012年1月14日 | 記事へ |
2012年01月07日(土)
今年もどうぞよろしくお願いします
今年も、お芝居や映画のこと、本やアートのこと、
日々想うこと、のんびり綴っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



ところで、これまで書いたことが無かったと思うのですが、
(そして、この先、二度は書かないと思うのですが、)
このブログを書き始めた理由は、当初、三つありました。

一つ目は、ありふれていますが、
お芝居や映画や本の感想を綴っておきたい、ということ。
誰かに読んでもらうというより、自分の備忘録として、ですね。

二つ目は、日々、ふとした瞬間に生まれる想いを、
言葉にして残しておきたい時があって。

そして三つ目が、自分自身の身体のことについて、
病気とどう付き合っているか、
生活のなかで感じていること、治療のなかで感じていること、
工夫していること、努力していること、
時にはデリケートな、でも、すごく重要な問題などについて、
“そうしている人が沢山いるように”私も、
ブログを通して語れるのではないか?と考えたからです。
そして、同じ想いの人たちと繋がれるのではないか?と。

でも、三つ目は、なかなか出来ませんでした。
これからもきっと、出来ないと感じています。

様々な故障を抱えているなかで、大きなものとしては、
(本当は大きいも小さいもない、ということは前置きしたうえで)
「子宮内膜症」と「線維筋痛症」があります。
これも、このブログに書くのは初めてだと思います。
このブログは、知り合いの方々も読んで下さっているから
少し抵抗はありますが、ともかく、私が日常生活を送るうえで、
大きく関わってくる二つの病気なのです。

子宮内膜症も、線維筋痛症も、
まず私に、全身の激しい痛みをもたらします。
文字通り、激痛です。
そのほか、頭痛、吐き気、貧血、めまい、動悸、不眠、微熱、ドライアイ、
付随する細かな症状を挙げたら、きりがありません。
だけど、それらは、とても個人差が大きいという事も付け加えておきます。

さらに、子宮内膜症も、線維筋痛症も、
私が日常生活を送るうえで、仕事をするうえで、
非常に大きな不便とQOLの低下をもたらします。
でも、それらもまた、とてもとても個人差が大きい。

そして、子宮内膜症も、線維筋痛症も、
それ自体が命にかかわる病気ではありません。
でも、例えば筋痛症の痛みが
人によっては“死んだほうがマシ”などと例えられるように、
痛みによって鬱状態になったり、あるいは耐え難い痛みのために衝動的に、
命を絶ってしまう方もいらっしゃる・・・。

私が、例えば、子宮内膜症のためにこうです、
線維筋痛症のためにこうです、と書くことが、
同じ病気と向き合っている人たちに対する社会の理解に
何か間違ったニュアンスを与えはしないだろうか?
たった一人でも、読んで傷つく人はいないだろうか?

そう考えると、やはり慎重になってしまいます。

あなたのブログなんか、そんなに多くの人が読んでいない、
気にしすぎ、そう言われれば、確かにそうです。
でも、そこは気にしたいところです。

だから、これからもきっと、具体的な病名を挙げて
記事を書くことは無いと思います。

病名を挙げて、その病気がどうこういうことではなく、
それによる痛みや悲しみ、生きる営みの複雑さ、難しさ、
喜びや、人からいただく、たくさんの優しさ、あたたかさ、
それに触れて、私が想うこと、感じたことを、
これからも少しずつ、自分の言葉で綴っていきたいと思います。

つまり、非常に個人的な思いあがり屋のブログかもしれませんが、
ご興味を持ってくださる方は、
どうか今年も、お付き合い頂ければ幸いです。

皆さまにとって、素敵な一年となりますように♪
2012年1月7日 | 記事へ |
2011年12月22日(木)
おすすめ映画
今年最後の一本に、いかがでしょうか。
原作ファンの方も、ぜひ劇場でもう一度。


『サラの鍵』
2010年/フランス/111分
原作:タチアナ・ド・ロネ『サラの鍵』
監督:ジル・パケ=ブレネール
出演:クリスティン・スコット・トーマス
    メリュジーヌ・マヤンス
    エイダン・クイン  他
2011年12月22日 | 記事へ |
2011年12月18日(日)
ひらめきの一冊
昨夜のラジオで“大切な人に贈る一冊”という話をしていて、
自分だったら、大切な人にどんな本を贈るかなぁ…と、
あれやこれや楽しく想像しながら、今日の日を過ごしました。

もし、私に子どもがいて、このクリスマスの時期に何か贈るとしたら、
やっぱり、ライマン・フランク・ボーム『サンタクロース物語』を。
(残念ながら、私が子どもの頃に読んだものは絶版なのですが。)

“大切な人”
それぞれに、大切な人がいますよね、きっと。
そんな人たちのことを考えたとき、私のアタマにひらめいた本は…

  茨木のり子『歳月』
  ミッチ・アルボム『モリー先生との火曜日』
  宮本輝『錦繍』
  松原耕二『勝者もなく、敗者もなく』
  ロナルド・D・レイン『結ぼれ』
  シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』
  カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』
  ウィルキー・コリンズ『白衣の女』
  美智子皇后『橋をかける』
  サラ・ミッダ『おとなになること』
  米原万里『ロシアは今日も荒れ模様』
  ジャン・ジオノ『木を植えた男』
  塔和子『希望よ あなたに』

決して、これがオススメというわけではないですよ〜。
あくまでも、私個人が“大切な人”に“いま”贈るとしたら…
という仮定で考えて、浮かんできた本たち。
別のときに考えたら、きっとまた別の本が浮かんでくるはずです。

え?どうしてこれ??という本もありますが、
それはそれで、やっぱり大切な人を思い浮かべて出てきた本。
子どもも、大人も。
男も、女も。
いろいろなことを日々の仕事としている人たち。
いろいろな時間を過ごしている人たち。

実際に贈るとなると、
なんとなく押し付けがましい感じがしてしまいますが…
この想像、時々やってみるとおもしろいかもしれません♪
2011年12月18日 | 記事へ |
2011年12月11日(日)
週末


久しぶりにコラージュをしました。
時々ふと思い立っては、ぺたぺた切って貼って楽しんでいます。
コラージュと言っても、絵心もアートの才も無い私が、
ごく個人的な趣味として楽しんでいる方法は、とても手軽なもの。
その時の気分で選んだ雑誌等の切抜きを、
自由に並べて貼ってゆくだけです。
何か書き加えてもよいし、空白もよいし、布やシールを使ってもよいし、
誰に見せるわけでもないから、あまり深く考えず、
好き、欲しい、見たい、そういうインスピレーションで、ササッと。
今日は素材を選びながら、秋のほっこりした感じと、
もうすぐクリスマスというきらきらした感じが欲しいなと思って作りました。
かかった時間は一時間くらい。
素材を切る作業、構図を決めて貼ってゆく作業、
程よく熱中できて、よい気分転換になります。


体調の波があり、都心への外出には慎重になってしまう日々ですが、
昨日は前々からとても楽しみにしていた観劇の予定があり、
ゆっくりゆっくり身体を動かして日比谷まで行ってきました。
ミュージカル『GOLD』〜カミーユとロダン〜
彫刻家オーギュスト・ロダンと、愛人カミーユ・クローデルの物語。
愛情、憎しみ、尊敬、傲慢、嫉妬、苦しみ、孤独、言葉にできないけれど…
深く深く愛して傷つけあった二人の凄まじい人生に圧倒されました。
新妻さんのファンで観に行った舞台でしたが、
丁寧に練り上げられた演出、脚本、音楽、翻訳、照明、美術、振付、
どれもすごく納得できるカタチで五感に訴えかけてくる素晴らしいもので、
また、役者さんがそれを見事に表現して役を生きていらしたので、
人間の心情や関係性がぐっとシフトする瞬間ごとに次々惹きこまれていき、
終盤に向けて、自分でも驚いたことに、涙が込み上げていました。
なんだか、人間の心の葛藤に苦しくなって。
でも、最後にカミーユが歌うナンバー『GOLD』。
“もう休みなさい わたしの過去たち”その言葉にハッとし、
“涙さえも輝くGOLD”カミーユが苦難のなかで見失わずにいた光…、
今度は温かい涙が溢れてきました。
個人的には、とても強烈な印象を残して大好きな作品になりました。

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<ミュージカル『GOLD』〜カミーユとロダン〜>
2011年12月8日〜28日 シアタークリエ
作曲:フランク・ワイルドホーン
脚本・作詞:ナン・ナイトン 訳詞:森雪之丞
演出・上演台本:白井晃
振付:原田薫 美術:松井るみ 照明:齋藤茂男
出演:新妻聖子・石丸幹二・伊礼彼方・根岸季衣・西岡徳馬 ほか

2011年12月11日 | 記事へ |
2011年12月07日(水)
まだまだ子ども
寒くなりました。
近所のハナミズキのさりげない紅葉がきれいで、
毎朝歩く駅までの道のり、そっと気持ちを添わせては癒されています。

カレンダーを見たら、九月以来久しぶりの更新。
いろいろと書きたいこともあったのに、なかなか余裕がありませんでした。
お芝居や音楽のこと、映画や本のこと、
また少しずつ書いていきたいと思います。

最近は気づかないうちに疲れが溜まっているようで、
自分でもきちんと状況を理解できないくらい、からだの様子が変。
先日は外でダウンして他人様にも御迷惑をおかけし、とても反省しました。

いつもお世話になっている人から、
“人に甘えられないあなたは、まだまだ子ども。”とピシャリ苦言。
もっと上手に頼りなさい、甘えなさい、弱いところを出してみなさい、と。
でも、説明できないくらい辛い時って、なかなか人に頼れないものです。

そんななか、今まで意識しなかったいろいろな瞬間に、
見ず知らずの人の温かさと優しさを感じる日々。
ただそこに隣り合わせただけの、ふだんは通り過ぎるだけの人たち。
人の冷たさに打ちのめされることもあるけれど、
一人もうダメ、ってなったとき、多くの人たちが親切であたたかい。
自分にそんな優しさがあるだろうかと考えてしまいます。

今日、病院の待合で診察の順番を待っていたら、
隣のお年を召した女性が、私の肩を気づかないくらい遠慮がちに
トントン、と。
『あのね、あなたにお願いがあるのだけど。
あなたも3番の診察室で待っているのでしょ?
私もそうなんだけどね、耳が遠くて、呼ばれても聴こえないの。
さっきから誰も呼ばれていないのに
次々と人が入っていくものだから心配なの。
私、○○っていうの。呼ばれたら教えてくださる?』
自然と笑顔のこぼれた私。
なんだか、この小さなお婆ちゃんを抱きしめてあげたくなりました。
張り詰めていたものが、すっと解けていくような温かい気持ちになって。
優しさ、私のなかにも少しだけあるかもしれない・・。

あしたも、あさっても、続いてゆく。
一日一日を大切に重ねていきたいと思うこの頃です。

2011年12月7日 | 記事へ |
2011年09月11日(日)
手のひらに映る未来
機会があって、初めて“手相”をみていただきました。
『サラッと聞いて下さいね』と言われて、
こちらもそのつもりで気軽にお願いしたのですが、
これまでのこと、いま直面していること、驚くほど当たっていて、
とてもとても興味深く聴き入ってしまいました。
みて頂いた方が良かったのだと思いますが、
ネガティブな指摘も、断定したり押し付けるような言い方ではなく、
あたたかく励ますような言葉かけ(でもズバリ!)で、
前向きになれるヒントをたくさん投げかけて下さいました。
自分では弱さだと思っていることや諦めていることも、
違った角度から、明るい可能性として示してもらえたり。
手のひらの宇宙、いろいろ見えてくるものなんですねぇ・・・。
手相初体験、新鮮でおもしろかったです。
2011年9月11日 | 記事へ |
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