先に「現代に蘇る智識寺大仏」という投稿があった。この話しについて、私もひと言語ってみたい。
私は、タイトルを「智識の執念」とした。
「智識」とは、奈良時代の僧・行基らの道や橋づくりなどの土木・建築事業に、名もない人たちが宗教理念から無報酬でその事業にたずさわった人たちのことを言う。今でいうなら“ボランティア”である。だから、「ボランティアの執念」という意味でもある。
もうひとつ、「智識」にダブらせて意味を持たせている。それはこの事業を推進してきた「智識の会の執念」という意味も込めた。
「智識の会」は、奈良時代の天平12年(740)に聖武天皇が「河内六寺」の智識寺に参拝して、そこで盧舎那仏を観た、そしてそれが東大寺大仏を造るきっかけとなったということを知って、智識寺の大仏とはどのようなものだったのか、もっとこの史実を知ってほしいと考え結成されたと聞く。
この壁面に智識の大仏を描くことなついて、すんなりと実現したわけではないとのことである。智識の会の会長・岡本孝治氏は「この大仏さんは困難・障害を乗り越えて描かれることになった。たいへん運気の強い大仏さんだ」と語っておられる。
智識の会の人たち(写真は3月5日に現場で撮影)というよりは、こんなおっさん達がいたので、もうすぐ砂防ダムに智識大仏が多くの人たち(108人)の手により描きあがることになった。
この智識大仏は、きっと柏原の観光スポットになることだろう。
“フレー・フレー智識!!”とエールを送りたくなる、私である。
智識大仏の壁画完成は、もうすぐだ。
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