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第221回「狂気の世界」]
2012年02月08日 01時36分
俺は福祉の世界で10年以上過ごしてきた。その間いろんな事を体験してきて今の自分のキャリアを形成してきた自負はある。だが、他人から「福祉に行きたい」と言われたら「絶対に行かないほうがいい。他の職を探せ」と言ってしまうだろう。それだけ酷い世界なのだ。
世間で言われるように福祉の職場は他の職業よりも離職率が1割ほど高い。その理由は「給料安い」「仕事がハード」だからだと言う。確かに仕事がハードなのも給料安いのも事実だし、介護職が辞めてしまう要因なのだがそれが全てではない。例え安いと言われるサラリーが他の業種と変わらない額でも離職率は改善しない。仕事がハードなのも銀行マンや宅配業者だって同じだ。ブラック企業などは離職率もかなり高い。その反面福祉職で過労死する人間はまずいない。だが、それでも言いたい。福祉には他の業界にはない負の要素がある。
他と何が違うかと言うと狂気の一言に尽きる。福祉関係者がこの業界を出ていく理由、とりわけ現場の介護職がもたないのは仕事のハードさや給料が全てではない。はっきり言おう。福祉では誰もが正気を保てないからだ。
何度も言ってきたが福祉関係者と言うのは社会常識の通用しない歪んだ人間性の持ち主が少なくない。挨拶は出来ない。自分が間違っていても認めない。仕事を平気でさぼったり、新人いじめをするなど最も大事なはずの愛情やモラルに欠けている。俺が福祉職員と聞くとこんな人々を連想してしまう。新人の時は純粋で一生懸命な人でも1年ぐらいたつと嫌がる利用者の口に食事を押し込めるようになる。純粋なモラルある人間をろくでなしに変えてしまう魔力が福祉の職場にはある。
例を挙げて説明しよう。
板野サツキは83歳の女性入居者だった。パーキンソン症候群を患っていた。彼女は頻尿のためトイレ介助が多かった。一度トイレに行く、その後10分後にトイレに行く。これで終わりかと思ったら甘い。今後は5分後に行く。30分に何度も行って尿が出るわけがない。本人は出なくても行けばいいんだろうが、介助する方は地獄だ。夜勤の場合は一人20人~30人は最低限カバーしないといけない。一人にこれだけ拘束されると我慢強い介護者も嫌気がさしてくる。
「トイレ行きたいんですけど・・・・」とコール越しに言われて
「さっき行ったじゃないですか?!」と反応してしまう事もある。本人も好きでやっているわけじゃない。それなりの事情があると解っていても苛立つ心情は止められない。だが、難しい利用者は一人だけじゃない。
「ドロボーよ!!」
板野のトイレをやっと終わらせると他の部屋から大声が響く。駆けつけると一人の男性老人が女性の部屋にいた。その手には置時計を握っている。
「その人、泥棒よ!返しなさいよ!」
「これはわしのや!!」
時計を持って離さないのは秋田朝三。秋田は徘徊癖のある認知症老人。なまじ脚力が強いためにいろんな人の部屋に入っては物を取って来てはトラブルになる。
「秋田さん、それ返しましょうよ」
「なんでや!?」
「それは人のものですよ」
「うるさい!これはわしのや」
認知症で興奮状態の秋田から時計を奪いたければお菓子と交換するなど悪知恵を働かせればいいのにハプニング状態になるとなかなか冷静に対応できない。秋田に対応している時にナースコールが響く。
「トイレ行きたい・・・」
板野の声だ。またお前か!!!と怒鳴りたくなる。
「後で行きますから待ってて下さいね」
怒りを抑えながら返事をする。
「おかあじゃーん!!助けてぇーー」とリビングから甲高い声が響く。突然一人の老女が叫びだした。当然周りの利用者も迷惑だ。それ以上にこんな絶叫を聞かされたら周りの老人たちも興奮状態になってしまう。もはや面倒で人物設定も書く気にならないが、こんな人は珍しくない。そしてトラブルメーカーが他の眠れるトラブルメーカーを起こして施設はカオス状態になる。
今度は別の方向が騒がしい。別の老人が下半身裸で出てきた!しかもすえた匂いを漂わせて、汚物まみれになっている。
「マジかよ・・・・」泣きそうになる。
トイレに連れて行き、汚物が自分の衣服に付かないように注意しながら処理していると、またコールが鳴る。
「トイレまだですか?・・・」
板野だ。
「うっせーよ!!」思わず怒鳴ってしまった。
具体的に例を出したが、どこの介護施設でもこんな事態は有り得る。常識外のトラブルは連発すると冷静さを保つのが難しい。しかも一人二人じゃなくて何十人相手だ。施設に響く利用者の狂気の叫び声・・・何度も聞かされると正気を保てなくなる。認知症老人だからと解っていても気付かない内に自分の精神面で影響を受ける。真面目に考える人ほど、福祉施設独特のこの狂気に嫌気がさして出て行ってしまう。
こんな狂気の職場を「まるで動物園じゃないか」とブラックユーモアで笑い飛ばせるならまだ客観性を保てる。また「こんなところもう嫌だ」と退職できるならまだいい。だが、理想主義やモラル、正義感を持ち出すあまり福祉の狂気を直視しないと誰でも人間性が歪んでくる。そんな人々が歪んだ福祉観を持って組織をマネジメントする側になるのだから困ったものだ。
福祉に嫌気がさす理由は(福祉関係者は黙っているが)この「狂気」にどっぷり浸かっているためだ。高齢者虐待もこの狂気にとりつかれるからこそ起こる。この狂気は文章だけでは理解できないだろう。利用者に対して「死んでほしい」とまで思わせるそのストレスはパソコンや講演している方が長い「恵まれた福祉関係者」には到底解らないだろう。だが、この狂気を克服せずに福祉の現場で生き延びる事は出来ないのだ
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