ニックネーム:水沢晶
2012年01月21日(土)
尖閣諸島を飛ぶ鳥と飛行機
海上保安庁の飛行機に鳥がぶつかったというニュースがありました。

18日午後5時11分ごろ、第11管区海上保安本部那覇航空基地所属の航空機が東シナ海海上を警戒中、
高度約300メートルの地点で鳥が機首部分に衝突し、機体が損傷した。
飛行に影響はなく、約1時間後に目的地の石垣空港に着陸した。国交省の運輸安全委員会は航空事故調査官
3人を19日に現地へ派遣する。

11管によると、操縦士ら数人が乗り組んでいたがいずれもけがはない。鳥はアホウドリとみられるという。
衝突の影響で機首部分に縦横1メートルの穴が開いた。
11管の担当者によると、上空で鳥と機体がぶつかる「バードストライク」は年に2、3回あり、
エンジンなどに入り込むこともあるという。

[沖縄タイムス]2012年1月19日 09時29分
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-01-19_28690/


このニュースでは、アホウドリとなっていますが、2ちゃんねるでは、飛行機に刺さった鳥の写真を見た人が「よくよく見ると信天翁(アホウドリ)じゃなくてアオツラカツオドリぽいな」とレスしていました。
【海上保安庁】哨戒機にアホウドリがバードストライク 機首に1メートルの穴

アホウドリ、アオツラカツオドリはともに、東シナ海の尖閣諸島付近を飛ぶ鳥です。アオツラカツオドリの生態は、尖閣諸島が「日本人の立ち入れない日本領土」なので、不明な点が多いのです。似た名前のアオアシカツオドリは、ガラパゴス諸島付近の鳥です。

その日のNHKの夜のニュース番組でも、海保の飛行機に鳥がぶつかったというニュースは流れました。
あれ?
鳥の死体が片付けられて、穴の開いた飛行機だけ映している。
そして鳥の名前についても、大型の鳥としか言っていない。
死体を調べれば、わかるだろうに。

これはアホウドリ、アオツラカツオドリのどちらにしろ、絶滅危惧種を殺しちゃったということだから、何の鳥なのかは曖昧にしたまま終わらそうという、政府側の判断かなんかだろうか。

海保の飛行機にぶつかった鳥が何かは、謎のまま終わりそうです。
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2009年10月19日(月)
水都大阪2009のあひるのあれこれ
天満橋近くの無印良品とかミドリ電化が入っているビルに、買い物にいった時に、たまたま見かけたアヒルちゃん。


正式名はラバーダックとかフローティングダックとかいって、水都大阪2009というイベントに展示された芸術作品だそうです。
作者のオランダ人(F・ホフマンさん)のサイト
すごいね、川がお風呂のようだよ。
最初橋から見た時は移動式遊園地かなんかかと思ったけど、川にトランポリンなんか浮かべませんよね。
水都大阪というイベントは、知事の顔がドアップのポスターしか知らなかったんです。
この写真は話題になってから、再度撮りにいったものです。

あひるちゃんの背後に写っている建物は、川の駅「はちけんや」といいます。
要は船着き場です。
ここから大阪ダックツアーの水陸両用バスが発着しています。
日本初の水陸両用バス、チャレンジャー号(愛称カッパバス)です。
大阪ダックツアー
これは愛称でダックと呼ばれる戦闘用の水陸両用車DUKWを観光用に改造した物らしいです。
西洋人にとって「水も陸も走る」といえば、あひるなんでしょうか。
でも、大阪ダックツアーのマスコットはカッパです。
日本人にとっては「水も陸も走る」といえば、カッパってことなんですね。
はちけんやでは、カッパちゃん人形を売っています。

このカッパちゃんは以前は、大阪の大川(旧 淀川)でカッパの人形を放流してレースする、「かっぱダービー」用の人形だったそうです。
LAWSON TICKET  カッパダービー
これはたぶん、ヨーロッパとかで行われるあひるの人形を川に流すタイプの、ダックレースを日本でもやろうという企画でしょう。
だから、あひるっぽい体型のカッパなんですね。
水面から上半身を出したカッパだと思うと、この足のない形も納得ですけれど。

このイベントにあわせてはちけんやでは、カッパちゃんと一緒に、あひるちゃんのホフマンさんサインとシリアルナンバー入りあひるちゃんを売っていました。
便器に芸術家がサインをすれば芸術で、お風呂のあひるに芸術家がサインをプリントすれば、芸術品のレプリカ。
このあひるちゃんとそっくりなあひるが外国では市販されています。
TOLO社のBath Duckです。
日本未発売品ですが、ヤフオクなどで売られているようです。

ホフマンさんがこれを巨大化したのか、この商品がホフマンさんのデザインを元にしたのかは、わかりません。
わたしはレプリカを買えなかったので、いったんはあきらめたのですが、いつものようにPayPalのキャンペーンメールを受け取ったら、「PayPalで支払えて、アジア圏内のお店」の紹介があってその中にあったんですよ。このあひるちゃんを売っているお店が。 PayPalというのは、海外での買い物やオークションの際に相手にクレジットカードの番号を知らせずに決済をするための、仲介会社です。逆に外国の人に何かを売った際に、代金を受け取る場合にも便利です。日本語版もあります。 Sign up for PayPal and start accepting credit card payments instantly. というわけで昔、海外の人にトレーディングカードを売ったささやかなお金で、あひるちゃんを購入。送料が高かったのですが、航空便なので仕方がないですね。空飛ぶあひるちゃん。
お店の人に住所を念のために聞き直されたんですが、その際、「日本では最近このあひるが大人気らしいね。たくさん注文を受けたよ」という英文があったので、「わたしは大阪に住んでいる。大阪の川に芸術家がこのあひるを浮かべたのだ」とホフマンさん公式サイトのアドレス付きで答えたら「謎が解けた」といわれました。
そして、数日で品物にも個数にも間違いなく、あひるちゃんが届きました。


それで思ったんですが、おもちゃのあひるちゃんは、浮いていたあひるちゃんよりやや平べったいんですね。
ういていたあひるちゃんは空気を入れてふくらませるものだから、まるっこいのかもしれません。
ですが、平べったいあひるちゃんを見て、ふと思いついて、「あひる ひな」で画像を検索したんですよ。
見つかりました。2006年7月4日 アヒルの放し飼い
あひるのひなって見た事が無いんですが、結構ひらべったいんですね。水に浮いているから、余計にそう見えます。
あひるのひな写真と見比べると、TOLO社のあひるちゃんは、あひるのひなの特徴をつかんだデザインですよね。
ホフマンさんのサイトには、各国で作った各国のあひるちゃんの写真があって、比較してみるとこころなしか、日本のあひるちゃんは面長でまるっこいような気がします。
はっきりいえば、日本の「あひるちゃん」は「ひよこちゃん」っぽいんです。
日本人はあひるを食べません。日本人は食べる鳥といえば、ニワトリのことだと思っています。
ニワトリのひなは見慣れていても、あひるのひなは見た事が無い人ばかり。
だから日本のあひるちゃんは、ちょっとひよこっぽいのかもしれません。
日本人にとって、「ちょっと贅沢な鳥」は、カモですよね。日本で「カモ」として売られているのは、たいがい「合鴨」で、あひるも多くの場合「合鴨」として売られています。あひるの原種はマガモで、カモとあひるの雑種が合鴨ですから、まんざら間違いでもありません。むかしあひるは、海も渡れば魚も食べたんです。しかし、「鴨鍋」を「あひる鍋」、「鴨南蛮」を「あひる南蛮」と言い換えてみると、やはりあひるは日本人にとって食べ物じゃない気が。気づかずに食べていても。

あひるちゃんの芸術としてのコンセプトは「政治的意味合いで分割される国境など、 この世に存在しない」だそうです。
Rubber Duck Project 2009
各国でのあひるちゃんの歓迎されっぷりを見ると、それはよくわかります。
ですが、食べ物には国境がありますよね。イルカ、クジラ、あひる、犬、カンガルー、アザラシ、牛、馬、豚etc..食べ物の違いは、しばし深刻な争いになります。
ホフマンさんはあえて各国のあひるちゃんを、その国の工場で作っています。日本人は日本人らしくあひるちゃんをつくりました。
ヨーロッパ人は、あひるを豚小屋のそばの池で飼い、あひるを食べ、お風呂には池に見立ててあひるのおもちゃを浮かべます。
そういうあひる文化のある国から、あひる文化の無い国に来たあひるちゃんは、熱烈な歓迎を受けました。でもそれは「池のあひる」や「お風呂のあひる」という「お約束」を破る「現代アート」ではなく、「二次元の立体化」とか「ゆるキャラ」とか「フィギュアはアート」とか「Kawaiiは文化」の文脈で受け止められたものなんじゃないかと、ちょっと平たいあひるのおもちゃをなでながら思いました。
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2009年04月08日(水)
『メディカルハーブ検定テキスト』を買ったんですが

『メディカルハーブ検定テキスト』

この014ページ目に、間違いを発見。
ハーブ(薬草・香草)の歴史について、記述した部分です。
インドでも同様で、紀元前1000年頃にまとめられた伝統医学アユル・ヴェーダの書物『リグ・ヴェーダ』に約1000種類の薬用植物を見ることができます。

リグ・ヴェーダは抄訳ながら、岩波文庫から日本語訳が出ており、それが手元にあるんですが、これは医学書じゃないです。

『リグ・ヴェーダ讃歌』

これはシヴァとか、ヴィシュヌとか、インドラとか、サラスヴァティーとかの(人によっては女神転生シリーズでおなじみの)、インドの神様をたたえ、祈る歌の集合です。日本で言えば、祝詞集みたいなものです。

この表紙カバーに書いてある文章はこうです。
インド最古の宗教文献であるヴェーダのうち、紀元前13世紀を中心として永い間に成ったリグ・ヴェーダはとりわけ古く、かつ重要な位置にある。それは財産・戦勝・長寿・幸運を乞うて神々の恩恵と加護を祈った讃歌の集録であって、アーリア人がのこしたこの偉大な文化遺産は、インドの思想・文化の根元的理解に欠かすことができない。

というわけで、リグ・ヴェーダ薬用植物の本じゃありません。薬草に関する記述といえば、儀式用のハーブである「ソーマ」を神としてたたえる歌があります。が、それは宗教儀式に欠かせない「陶酔」をもたらす草を神聖視してたたえるという、医学からは遠い歌なのです。

『メディカルハーブ検定テキスト』って検定テキストで、試験のための教科書なのですよね。読者が丸暗記するいきおいで、熟読する本で、この記述はまずいと思います。

それで中をもう一度確認してみたら、この本は記述者や監修者が書かれていないんです。
記述に間違いがあっても、その責任は「日本メディカルハーブ協会検定委員会」なる正体不明の団体にあるということになります。
これではコンビニで売っている、ハーブの雑学本とかわりません。
アロマテラピー検定一級のテキストも持っていますが、こちらは「監修者 鳥居 鎮夫 (日本アロマテラピー協会会長・東邦大学名誉教授・医学博士)」等と、監修者の名前と肩書きを明記し、内容に間違いがあった場合の責任が誰にあるかわかるようになっています。


アロマテラピー検定テキスト1級
検定流行りで、色々な検定が増え、漢字検定のように荒稼ぎする団体も出てきた昨今、受ける検定は選びたいものですね。
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2007年06月01日(金)
ウェブリング・ジャパン サービスの終了
ウェブリング・ジャパン サービスの終了について
ウェブリング・ジャパンのサービスを利用した、ウェブリングが機能しなくなりました。
ウェブリング・ジャパンのサービスを利用したリングは、ただのデッドリンクになっています。

リングの中には、他のリングシステムやサーチシステムを利用して再出発していたりするリングもありますから、ウェブリングに加入なさっていた方は、御確認下さい。

リングの終了には驚きました。まあ、リングを放置する管理者、サイトを放置する参加者、この数年で機能しないリングもたくさん増えましたからね。スパム登録も増えましたし。寂しいですが、仕方がないのでしょう。

リングは管理人と参加者の間だけでなく、参加者と参加者の間にも責任が発生します。一人の放置やタグミスが全体の迷惑になるシステムです。そこでリングが切れますから。あるいは、リング管理者が、違反サイトがひとつもないように、始終目を光らせなければなりません。しかし、200も300も登録サイトがあったらどっかで切れちゃいますよね、現実問題として。サーチとかなら放置サイトが、他のサーチ参加者の迷惑って感じには、あまりならないと思います。もちろん、サーチの閲覧者には迷惑です。そういうリングシステムの「責任の重さ」や「必然的な不具合」が、時代に合わなくなったのかもしれません。

アメリカでは、トップにリングがないサイトを強制的にキューに戻すという形で、リングシステムが存続しています。
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2005年09月05日(月)
インターネットの片隅で。
ときどき、思うんです。
「わたしの前でゆでたまご先生のことをバカにするのは、やめてくれます?
ファンとして不愉快です」
……何かのファンとしては、ごく普通の気持ちだと思うのですが、なんだかものすごく間違っているというか、少数派な感じがするよ。(TдT)
こんなことを言いだしたら、キン肉マンサイトめぐりもできません。
ま、そういうわたしも「ゆで先生って、ヤバイ人とダメな人を描かせると、とってもお上手ですね。尊敬しますぅ」とかいう、イヤなファンですが。

評論は手続き正しく幻滅する、その過程で生み出されるものだと、個人的には思っています。
メルヒェンの例えで言うならば、魔物に憑かれたら、相手の正体を知れ、姫が欲しければ、その謎を解け、という世界なわけですよ、評論というのは。
意識化とか、内在化とかいうわけなんですけれども。

んで、何もキン肉マンなんかにとりつかれなくてもよいだろう、みたいなことを知人に言われたりするわけですが、半端な別れ方をすると、あまり間をおかず似たようなものに転んでしまうわけで、そうなったら、それはそれで面倒です。
何に魅了されるかも含めて、批評書きとしての器なんだと、あきらめるより他はありません。

大学生だった頃に聴いた講義に、童話を精神分析的に解釈する批評講座があって、たしかに精神分析の応用で解釈すればそうなるだろうが、それは「本当に」そうなのか、と半信半疑で聴いていた覚えがあります。その当時、自力でメルヒェンの分析をしたことがなかったので、やはり実感がなかったのですよ。
解釈が正しいかどうかではなく、解釈の方法が正しいかどうかに疑問を持っちゃうレベル?

今なら、あの変わり者の教授と、まともに議論ができそうな気がする。
それだけでも、ゆで先生に感謝をすべきですね。
2005-09-05 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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