マシュー・スウィートのガールフレンドの紙ジャケが今頃発売。売れるのか?と心配したくなるほどに、このアルバム(というかこの人)はロック史の文脈から切り離されて、孤立している気がする。
この人をREM文脈で語ることも可能だし、このアルバムに参加しているリチャード・クワインとかリチャード・ロイドの流れでNYパンク文脈で語ることも可能だし、リック・メンク、ポール・チャスティン〜ヴェルヴェット・クラッシュのラインでクリエイション・レーベルの文脈で語ることも可能だし、音の面からはバッドフィンガーとかビッグスター文脈で語ることも可能だし・・・
けど、このCDのライナーでも引き合いに出されるのがニルヴァーナだったりというあたりが不幸なんだな。
アメリカの80年代後半から90年代初めのペイズリー・アンダーグラウンドとかネオ・サイケとかギター・ポップとかが全くなかったことになっている。同じ時期のイギリスの似たようなバンドのフォロワーが最近続々と出てきているのとは対照的に。
ここで、そんな流れが再評価されるかも、なんて書いているが、残念ながらそんなことはなく・・・(たぶんREMが成功しすぎたんだ)
ギター・ポップ〜パワー・ポップというジャンルの箱庭化の象徴的なこのアルバム。パワー・ポップといっても、書いたとおりビッグ・スター系統の、つまりロックンロールよりはソウルに近いサウンドなわけで、そこに加わったあまりにシンプルでタイトでガレージなギターサウンドのグルーヴが単に真似しづからったのだろうなと思われる。
「ムーヴメントに埋没しない“個”としての音楽」なんてライナーでは評価されているが、むしろ、パワー・ポップという言葉そのものがバッドフィンガー〜ビッグ・スターの系譜を見えなくさせているのかな。ちょっと惜しい気がする。
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2012-02-06 18:37
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guitar pop /
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