2011年06月23日(木)
陰翳礼讃
今日、駅に行くと、照明が落とされていた。



照明が落ちた、こういう、よくある駅前の施設の虚しさ。照明ありきのデザインのつまらなさ。機能性一辺倒と化したモダンデザインのなれの果てのはりぼて…

ふと思い出したのは、ヨーロッパの駅。駅は暗いものだった気がする。明るい駅にお目にかかった覚えがない。そんな暗い中を、人々が思い思いに集まって散ってゆき、そして、それに似合った重厚な、といえば聞こえが良いが、何十年もそのままに打ち捨てられたかのような駅舎、しかし、その木と石の建物が暗さをちゃんと吸収してくれる・・・。

それでいいよなあ、と、ふと遠い目に。
2011-06-23 14:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年06月17日(金)
Steel Ball Run完結
大学生の時の第一部からもう四半世紀。ジョジョの第七部完結。



巻が出るごとに読んでいたが、大統領の能力がなんだかよくわからなかったので、完結後に一から全部読み直す。

読み直してみると結構印象が変わった。ディオの印象が薄かったのが、重要な役割をはたしていたことがわかったり、大統領の能力が理解できたり、シュトロハイムの生まれ変わりも出てきていたのでびっくりしたり。

しかし、今回は、これまでの作品とは相当にテイストが違う。ジョジョが一番エキセントリックでなくてまともだったかもしれない、ディオも最強のスタンド使いというわけでもなく、ヴァレンタインの顔変わりすぎ。。。

いや、そんなことではなく・・・物語構造の話だ。ジョジョ対ディオの二項対立ではなく、ラスボス、ヴァレンタイン大統領が、ディオとも対立する三角関係を構成し、しかも、レースの方は、ノリスケ・ヒガシカタが妙な存在感を放っていたり、ポコロコが優勝したり。(特にポコロコについては、スタンド使いなんだからもう少しエピソードに絡んでほしかったな)一本の物語の流れの中に登場人物たちは収まっておらず、複数の流れがあるような構成。


この第七部、ちょっと文芸用語を使うなら、バフチンの言うポリフォニックな構成を持っている。互いに異なった数人の登場人物たちが、まじりあうことなく複線的に物語を構築してゆく。
最終的に到達される一つの物語の結論に全員が収斂するのではなく、お互いが最後までばらばらのままにレースは終了する。うまくいっていれば、荒木の新境地であるとともに、マンガの革新が成し遂げられた、そんな作品になっていただろう。

残念ながら必ずしもそれがうまく描き切れたとは思わないし、しかも、手塚系ではなく、梶原系のマンガの系譜は、ポリフォニックな構成とはそもそも相性が悪いがゆえに、梶原直系の荒木にとっては仕方がないところもあるだろう。しかし、ひとつの野心的な試みが、それなりのレベルで完結したことには拍手を送りたい。

すぐさま始まる第八部。ジョジョリオン。このタイトルだけで、すでに荒木飛呂彦の「ザ・ワールド」。5秒間時が止まる。
2011-06-17 00:02 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年06月04日(土)
国旗と国歌
国歌は選びなおしたら??

いろんな意味がくっついちゃってる歌よりも、みんなで選びなおそう。「君が代」じゃなくて、「国歌」を歌うことに意味があるんだろうしさ。「君が代」はなんていうか、いつまでたっても口ずさめないよ。あのメロディは。

国旗は、新しくいろんな意味が付与されているから、まあいいかという感じ。海外の人々が、今回の地震の時に、「日の丸」を使って応援メッセージをくれたということは結構意味がある。

国旗と国歌は違うんだよな。デザインと歌とは、根本的に。そのメディア性が。
2011-06-04 13:38 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年05月28日(土)
ようやく
年間20ミリシーベルトが何とか撤回された。

遅きに失したとは言うまい。低線量の放射線は累積だから、一日早ければ、一人でも助かるかもしれないのだ。

このままでいけば、20年後、今の小学生たちが20〜30歳になるときに、変なたとえだが、革命を起こされて、50歳以上が皆殺しにされても、何の文句も言えないなあと、正直思っていた。そのぐらいの罪を、われわれは今犯しているということだろう。


仕事が多忙で、体調もGW以降思わしくなく、ついに来たか、という感じもしているが、とりあえずはどんよりとした懸念が一つなくなって良かった。
2011-05-28 23:41 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年04月30日(土)
続 完全犯罪
国会で、小学校の20ミリシーベルト/年基準を追及された菅総理大臣と高木文部科学大臣。常々、亡国、売国、などというネトウヨ用語は嫌いだったが、この二人にはこの言葉を使いたくなる。国民をばかにするな。

特に、北寄りの文部科学大臣「そんなことで心配するほうがよくない」そうだ。大事なことを全く言わないで、心配な状況を作り出した本人たちが何を言っているのだ??

専門家の意見が分かれている時に、子供たちを最も安全に過ごさせるためには、どの意見を採用すればいいのかわからなかったようだ。

彼らにとっては、子供の健康は、どうでもいいことなんだろうな。

いや、たぶん、そのための対策を思いつかない、というか、あまりに大変なので、二の足踏んでいるという、たぶんつまらない話が根本にあるんだろう。連鎖的に賠償額が増えるというのもまた本音なんだろう。が、それで負担が増えても国民は納得すると思う。全国の学校組織を使えば、福島の子供たちを疎開させることは可能だろう。
原発が今の状況であれば、数か月。夏休みまででいい。たぶん。その間に除染をする。それだけのことだ。
2011-04-30 16:58 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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完全犯罪
以前にも書いたが、放射性物質から出る放射線で確実なことは、ある一定以上の線量を一時に浴びると、死ぬ、ということ。

それ以外のものは、因果関係が立証されていない。
つまり、低線量の放射線を長時間浴びるとがんになる、かもしれないけど、ならない可能性も高い。



政府は、「ならない可能性が高い」と真実を言い続けている。文部科学省もならない可能性を最大限評価して、福島県内の小学校をスタートさせた。

「僕、うそついてないもん」確かにその通りなのだ。しかし・・・事ここに及んで、これか・・・。

暗澹たる気持ちになる。なるほど、戦争に負けるはずだ、とそんなことまで連想する。

10年後、20年後に、何が起こるのか、目に見えている。癌になって苦しむ福島方面の20歳前後の若い人たちとその家族(いや、東京だってそうなるかも)。
それに対して、因果関係が立証できない、とする東電や政府。疫学的因果関係、つまり統計上の有意な差が出たとしても、個々人の固有の原因はわからない。不条理。



悪いたとえは承知で言う。例えば、拉致被害者の生命をあそこまで心配する政治家が、福島の子供たちの何人かを確実に死に追いやる(と統計的に示されている)状況については何も言わないのはなぜだ。

原発を今すぐ止めろという気はない。それも前に書いた。そのような私でさえ、今の状況は許し難がたく耐えがたい。


武田邦彦先生を、毎日読んで参考にしている。私に知識の中では、彼の議論が一番信頼できる。彼の議論がずさんだという批判もあるようだが、しかし、大事なことを黙っているやつらよりはましだ。彼は子供たちのために必死にやっている。
http://takedanet.com/

そして、先ほどこのような記事を見つけた。小佐古先生の涙。参与に任命された専門家が言っているのに、政府はそれを無視した。のではなく、さらに悪辣。わかっていて、子供たちを放射線にさらした。これは殺人。個別の因果関係が立証できないがゆえに完全犯罪が将来成立する。

その時のことを考えると、ぞっとする。ほとほと、嫌になった。そんな奴らの下で働いている自分にも嫌気がさす。
2011-04-30 00:29 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年04月18日(月)
British Sea Power
名前は前からどこかで聞いたことあったけど、音は聞いたことなかったバンド。



Youtubeか何かでたまたま聞いたら、これがなんと、けっこう良かった。

真っ先に思い浮かんだのが、Wedding Present。ここで少し書いているけど、私のフェイバリット・バンドの一つ。

武骨なヴォーカルがそっくりで、武骨にラウドなギター・サウンドも似ていて、こういうのに弱いんだな。WPよりもちょっとNew Waveっぽいところもあるけどね。


アルバムを出すにつれて、どんどん哀愁ポップ度が高まり、最新作Valhalla Dancehallは泣き泣き。Sigur Rosっぽいところもあるのはやはり今のバンドらしい。


ロックバンドらしいロックバンドを買うのは久しぶり。けど、映画のサントラのインストアルバムの叙情が結構良かったりもするのが侮れない。(というか、ここからますます泣き泣きになっていったんだな)

2011-04-18 00:06 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| guitar pop / new wave |
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2011年04月16日(土)
情けない週末
懸案の一つがとりあえずの終局へ。結局、押し切られた形。こちらに時間を与えず、情報を小出しにする。

よくあるマンショントラブルだが、生和コーポレーションのやり方はひどい。

しかし、こちらのやり方も下手だった。住民同士の意思疎通が当初できていなかったので、細かい譲歩をいくつか引き出すだけで精いっぱい。もうちょっとうまく話を運べれば、たぶんもう少しうまくいっただろう。そんな後悔ばかり。

詳細を知りたい方は、ご遠慮なくどうぞ。いろいろ勉強した。日照とプライバシーを奪われるという高い授業料だったが。



ひどいストレスに参る。一番つらいのは、だれにも話を聞いてもらえないこと。結局、直接の被害がなければ他人事なのは、これまで自分もそうだったから・・・。




もう一つの懸案も、同時進行。ストレスフル。こちらのほうは、下手すると、もっと大きいダメージを受けそうだ。

壁に押しつぶされる卵、村上春樹の比喩によれば、まさにそんな感じ。。
2011-04-16 23:41 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| memorabilia |
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2011年04月14日(木)
あがた森魚/俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け
CDがどさっと届く。

疲れ果てて、鬱々と、いろんなことでふさぎこむ毎日。こんなにダウンした日々ははじめてだが、CDをとっかえひっかえ聞いているうちに、ちょっと癒されてきた。

まずは、柳ジョージ&レイニー・ウッドの解散ライブ1981.12.19。柳ジョージは良いな。日本のザ・バンド?イーグルス?


次はがらりと変わってジャーマンニューウェイヴのユニット、Der Planのセカンド。チープなテクノ・パンク。


そしてあがたの新作。雷蔵を髣髴させる音像。メトロファルスの光永厳とムーンライダーズの白井良明のギターが活躍している。すばらしいアルバム。久々の傑作。同じようなことをやりながらも、実は実験的なあがたさんの面目躍如。


そして、山崎晴美のタコの二枚の復刻版。なんとまあ、これが紙ジャケに(驚)、の究極の二枚。すごいの一言。三条の十字屋とか優里奈レコードでオリジナルLPを手に取ってなんだこれ?と思っていたあのころが懐かしい、とはならないのがこのアルバムたち。
2011-04-14 00:04 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| フォーク / memorabilia |
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2011年04月09日(土)
ずっと夢を見て 安心してた
清志郎がLove Me TenderとかSummertime Bluesとかといっしょに出したDaydream Believer。一連の替え歌のなかで一番ストレートなカバー。 

他の曲がご存知原発などの社会的な問題を歌っている中で、あの曲だけがストレートなラブソングだったことに、今まで何となく違和感を抱き続けていた。が、今聞くと、むしろ、この曲こそ、一番響く。



俺たちは、夢から覚められるのかなあ
2011-04-09 12:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| rock'n'roll |
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2011年04月08日(金)
一読落涙
なぜか、涙が出た。原発とどう向き合うか。

内田樹のブログ「原発供養」

祈る。それはきわめて合理的な振る舞いなのだ。

祈ることによって、祈る側に「合理的な」利益がある、という考え方は、私もかつてとあるスポーツによって学んだ。

遠くで走っている見えないチームメイトに、いくら祈っても、祈りは届かない。がしかし、そうすることで、常に、祈る側は、今戦われているレースを、自分のものとして受け止める。

遠くの友が、失敗して、予定時間に帰ってこなくとも、逆に、うまくいって予定時間より大幅に早く帰って来ようとも(そういう競技をやっていたのです)、それを待ち、次に出てゆく役目の、リレーのメンバーは、その状況を冷静に受け止め、自分が何をすべきかを冷静に判断できる。

だから、届かない応援をする。届かない声を出す。そうすることで、われわれは、自分を常に状況の中に置き、その状況から切れずに、常に、その状況に向かいあうことが可能になる。

それは自分のためなのだ。しかしそれが全体の利益にもなる。

*******

数日前に、現場の人々を「兵士」とアナロジーしたが、それは間違いだった。彼らには「司祭」として「荒ぶる原発」を鎮めてもらわねばならないのだ。

そのために、われわれは、彼らを支えるメッセージを出す。しかしそれは、自分の身が、家族が可愛いからであり、彼らのことをとことん考えているからというわけではない。もしもそうであれば、もういいから帰っておいで、放射線は国民全体で覚悟して受けます、というべきなのだから。

知人のことに想像力は及んでも、知らない作業員たちに想像力は及ばない。

しかし、こうした考え方が徹底されることは、力になると思う。これも地震直後に書いた。誰もが誰かの知人なのだ。


まったくまとまりがないが、今日はこのまま載せよう。

とにかく、われわれの力を超えたものに向き合うことを余儀なくされる原発。コントロールできないものに対して偉そうにするな、ということが、今回の教訓なのだ。
2011-04-08 12:05 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年04月03日(日)
よしなしごとを・・・
明日から、ハードな日々が始まる。委員長だけでなく、職場の改組、自宅のことも。無定形の憂鬱に襲われることは今までもあったが、こんなに形がはっきりした憂鬱に襲われて、本当にダウンしてしまっている。何とか、やってゆくしかない。何もかもが最悪の中、全敗だけは避けたいところだ。


地震、原発が、この憂鬱の通奏低音になっていることは間違いない。700キロ離れた場所で、平気だと自分に言い聞かせている自分に、時折気づいて愕然とする。もんじゅも今、大変なトラブルになっているそうだ。もしもこちらが何か起こったら、ひとごとではないのだ。


いまだに、原発を推進しようとするやつがいるらしい。彼らによれば、日本の成長には、原子力エネルギーは欠かせないらしい。そして、50年に一度ぐらい、大事故を起こして、50年前の水準に経済を引き戻すという訳だ。
いや、結構間近で、神戸の復興を見ていた私は、地震直後に、今回の地震の被害が阪神淡路の比ではないということをなんとなく実感しながらも、被災地が復興することは信じて疑わなかった。
が、原発。これは本当にやばい。復興は、本当に無理なのかも、アメリカの学者が言ったように、日本は貧しい国家に転落するということも、本当に考えられる、それも地震+風評被害による連鎖倒産で。最悪の形。世界で、誰が、今、日本のものを買ってくれる??50年前に逆戻りか??

こうしたスパンを取れば、原発は経済合理性を著しく欠いた代物だということを、経営者はなぜわからない??(もちろん、この議論は、健康被害やら、日本の国土の汚染や、それに伴う深い悲しみなどは度外視してあげている。推進論者の議論とかみ合わせるためにね。そして、わからないだろうとも思う。自分が社長の時に、うまくいっていれば良いわけだしな。)



いや、原発からすぐに離れられないことは認めよう。しかし、新規の稼動はすべてストップ、稼働中の原発のさらなる安全対策と、原子力リテラシーの教育プログラムの策定、そして100キロ圏内ぐらいまでの地域住民避難プログラムをそれぞれの原発で明確に策定して公開すること。そして最重要なのは代替エネルギーの研究に国費を集中的に投じること。

近代日本の歴史は、エネルギーを求める歴史。日本の戦争は、すべてそこから起こっている。代替エネルギー計画がうまくいけば、領土問題も、安全保障問題も、すべてが劇的に変化する可能性もある。


今度の地震は、そういう意味で、明治維新、二次大戦の敗戦、に継ぐ三度目の変化なのかもしれない。



これから、何が起こるか、本当にわからない。新しいことに手持ちの道具で対処すること。真の知恵が必要とされている。ホントに、お前に、できるのか?
2011-04-03 23:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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Play for Japan  feat.カナタトクラス
時々覗いている音楽サイト、OTOTOYが作った地震支援のコンピはここから。

大御所からインディまで、こんなとんでもないメンバーたちによるアルバムはこんな時にしかできないだろう。大げさに言えば、日本のロックシーンは、この日のためにあったのか、みたいな。

ぼちぼち聞いて、気に入ったのは、まだCDとか出していないだろうカナタトクラスというユニット。マイスペはここ
メロウなシューゲイズ、ドリーミーなニュー・オーダー、とでもいうべき打ち込みサウンドはカラーフィルターというかつてのお気に入りのユニットを髣髴させる。まだちょっと歌とかに不安定なところがあって、それがニュー・オーダーのように芸にはなっていないけど、大化けしないかな。
2011-04-03 03:03 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| memorabilia / shoegazer |
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彼と魚のブルーズ
フィッシュマンズとその時代について。

フリッパーズ・ギターがおり、スピッツがおり、そしてフィッシュマンズがいた時代。みな1960年代後半生まれのユニット、バンドたち。

作者である川崎大助も同世代。ロッキング・オン〜米国音楽と、彼の原稿は相当に読んだ。


当時20代だった僕らが、同じ風景を違った場所から見た、そんな90年代の記録。

まったく景色が変わった今、しかし、フィッシュマンズも、小沢健二も、コーネリアスも、スピッツも、未だに独自の普遍的な存在感を持つ。そして、それらの音楽が普遍性を持てば持つほど、あの時代が遠くなるのだ。

都市を自分たちのサウンドで書き換えようとした、優しいロックンロールたちが次々と登場した時代。僕が夢中になったあの瞬間は、知らない人たちにいくら説明しても伝わらなくて、それがもどかしい。「フィッシュマンズ、すごいバンドですよね」「スピッツ、いいですよねえ」という若い世代の言葉が、時に残酷に響く。彼らが見ている栄光に包まれたバンドの姿が、実は長い長い助走の後のジャンプに過ぎなくて、そして当時、実は僕らは息を切らしながら地べたを走っていたのだということがなかなか伝わらないから。



「僕らが見てきた景色や空気感が、ここに実に鮮やかに甦っている」
それは、その、長い助走のこと。僕らはそんな空気を目いっぱい呼吸しながら、あのころ、まだ見えぬ何かに向かって、走っていたのだ。

2011-04-03 00:38 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月26日(土)
copresence、愛嬌、運、後ろ姿、しなり、価値の遠近法、一差し
大阪大学総長、鷲田清一の先の卒業式での式辞。

大学の総長や学長の式辞は、かつてはメディアで報道され、人々もそれをオピニオンとして受け取っていた。

今テレビで流れているような大阪芸人が語る小市民の倫理とは違った場所にあるこうした倫理もやはり必要である。

そしてそこで話されたことは、私がこれまでずっと目指してきたのでもあり、かつてそれを実現したことがあるものでもあり、また、いまだ実現できざるものでもあり、また、気がつかなかったものでもある。
2011-03-26 10:13 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月25日(金)
門出
昨日は卒業式。

薄曇りで時々日が射すが、とても寒い日。

大変な時に門出を迎えた学生たち。

しかし、彼女たちの明るさが、私に希望をあたえてくれる。

彼女たちの笑顔が曇ることがないことを祈る。
2011-03-25 11:24 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月18日(金)
おなかがいたくなった原発くん


事故の評価はともかく、「放射性物質」と「放射線」についてもわかりやすいなあ。うんちが飛び散ることもあるんだけどね。
2011-03-18 01:58 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月17日(木)
原子力リテラシー
「放射能」が漏れた、ということが明らかになってからの、TVの専門家たちの話は、ミスリーディング。そうとしか言いようがないのもわかるが、ちょっと許せない気も。しかし、彼らを非難している場合ではないので、微力ながら、正確な知識を。


「放射能」による汚染、という言葉が間違っていると知ったのは、私が筑波にいた1999年。東海村の臨界事故を、60キロぐらいの距離で私は経験した。まだ残暑が続いていた時期、風向きが筑波方面だったという情報もあり、部屋を閉め切り、長袖を着、そして何より、全く出てこない情報にいらいらとしていたことを思い出す。(筑波大のガイガーカウンターが高い値を示したという未確認情報もあったな。)

その時に、かなり本を読んで学んだことは、「放射能」という言葉は、「放射性物質」が「放射線」を出す「能力」を示すということ。だから、「放射能」という言葉はあまり意味がなく、こうした災害のときには、「放射性物質」と「放射線」という言葉を理解しておかないと、なぜ、窓を閉めねばならないのか、なぜ洗い落せば大丈夫なのか、がわからないし、専門家のミスリーディングも読み解けない。


人体に影響を及ぼすのは「放射線」。それを発するのが「放射性物質」。セシウムとかヨウ素とか。「放射性物質」に近付くと、そこから発せられる「放射線」によって、我々は被害を受ける、ということ。

そして、「放射性物質」は、気体だったりするので、結構遠くに飛んでいく。たとえば、テレビでは「距離の二乗に反比例」して「放射能」が弱くなるなどと言っているが、これは、ある場所にある「放射性物質」から出る「放射線」が距離に応じて弱くなるということを言っているにすぎないのであって、風に乗って飛んで行った「放射性物質」が弱まるということではない。(「放射性物質」が時間がたつにつれ、「放射線」を出しながら崩壊して、「放射能」を弱めてゆくのは、また別の話。これはそれぞれの物質によって違う。「半減期」っていうやつね)

福島から東京まで直接に「放射線」を届かせるほどの「放射性物質」はないんだろうけど、「放射性物質」が風に乗って飛んでゆき、そして雨などによって地面に落ちれば、その地域はその「放射性物質」の出す「放射線」によって汚染されるだろうし、またその「放射性物質」を取り込んだ動物や魚や野菜を人間が食べると、人間がそれを体内に取り込むこととなる。体内に取り込んでしまうと、距離はほぼゼロ、しかも体内から排出されない場合、長時間の「放射線」を受け続けることとなる。「放射性物質」を含む大気を吸い込んでも同様。傷口からも吸収されるようだ。(そして、それが人体にどのように影響するのかは、まだわかっていないというのが正直なところのようだ。チェルノブイリぐらいしかデータがないのだろう。)

ミリ、マイクロシーベルト、などの単位が飛び交っているが、あれも一面的。つまり、ある場所における「放射線量」が示されているわけで、そしてそれらが人体に直接に害がない、ということはそれだけでは正しいのだけれど、問題は、そこにはそれだけの「放射線」を発する「放射性物質」があるということにほかならず、そしてそれを我々は吸い込む可能性があるということ。体内に取り込まれた「放射性物質」が出す「放射線」が微量であっても、残りの人生ずっとそれを浴びることを考えるなら、その被害はわかるだろう。

そして、不条理さを感じるのは、こうした形で「放射性物質」を吸い込んで被爆し、20年後に甲状腺ガンになったとして、その因果関係を立証することはほぼ不可能だということ。だから、政府も学者たちも安心して「人体に影響はない」と言い切れてしまうのだ。しかしこの言葉は正しくは「短期的な影響はない」ということのみであって、長期的な影響は、だれにもまだ立証できないのである。



とりあえず、正しい知識としては、こういうこと。ある「放射性物質」からの「放射線」は確かに、距離の二乗に反比例して弱まるから、「放射性物質」に近付かないことがまずは第一の対処なのだが、「放射性物質」は気体や粒子なので自分の近くにやってくることがあって、皮膚につくかもしれないこと。その場合は、その粒子を遠ざけること。だから、除染=体を洗うことに意味がある。体内に取り込むと距離がゼロとなり、放射線量が少なくても、長時間の被爆をするので、マスクをする。そういう話。




というようなことを、国民に教育すべきであろう。

こんな狭い国土で、しかも原発を廃棄することがかなわないのであれば、せめて、こうした知識の教育は、ちゃんと行うべきだ。

原子力リテラシー、そしてそれを学問的に支える原子力の社会学や倫理学が、喫緊に要求されている。たとえば、放射性物質による汚染を、現場の作業員たちの命で購うのではなく、国民全員で引き受ける覚悟があるのかどうか、というようなことについて深く考えること。

こういうことであれば、私にも、何かができるかもしれない。
2011-03-17 11:09 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月15日(火)
原発・政治・市場
内田樹のTwitterより

福島第一原発三号機が爆発。もうすぐ官房長官会見があるようです。原子力行政の最大の問題は、このようなリスクの高いテクノロジーに「政治」と「市場」が関与して、その「安全性基準」を決定しているということです。「専門家に委託する」というのは政治と市場と縁を切るということです。

政治家は「核カード」の潜在的なプレイヤーたらんとして、ビジネスマンたちはコストの安いエネルギーを求めて、原子力施設の安全性の基準を切り下げるという根源的な趨向性を持ちます。政治家とビジネスマンがその常識に基づいてふるまう限り、「想定外の事態」の発生する蓋然性は高まる。

それは彼らの倫理性の問題ではなく、職業のもつ本性がそうだということです。だから国際関係とも需給関係ともかかわりなく安全性について判断する専門家の必要性は論理の経済が要請することなのです。残念ながら、わが国ではそのような専門家を原子力行政の中枢に置く習慣がなかったようです。


以上内田引用。しかし、われわれは、いかにして、「政治」と「市場」から逃れることができるのか。この二つをあらゆる場所に見出してきたのがこれまでの人文学、社会科学だとすれば、次にわれわれが進むべきはそういうテーマなのだろう。
2011-03-15 12:02 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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兵士にエールを
現場を批判することは簡単だが、そしてもちろん、現場でも、安全圏にいる人と、そうでない人がいるが、しかし少なくともそこに、命を賭してくれている人が、今、いることを、深く受け止めたい。


共同体を救うために、ある人が、命をかけねばならない、そんなシステムしか、われわれは構築できないのか
2011-03-15 09:26 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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地震 3
原発がこんなにもろいものだったとは。

原発の原理が、蒸気機関だったということも、はじめて知った。


今、職員の退避についての記者会見。現場で働く彼らは戦争なき国の兵士たち。

チェルノブイリ級の事故にならないことを願うのみだ。
2011-03-15 08:17 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月13日(日)
地震 2
キャスターの何人か、特に、アナウンサーではなく、キャスター、といわれるやつらは、専門家が冷静に語っている言葉を、どうして、悪いほうに、悪いほうに、解釈しようとするのか?

内田樹が言っていたとおりだ。何かを「悪い」批判する人々は、無意識のうちに、その「悪い」事態が出来することを待ち望んでしまうのだと。「ほら、俺の言ったとおりだろ」と言いたいがために。

被災してない人には、被災者の気持ちはわからない。彼らの代弁者のふりして、自分のプライドを満足させるようなことだけはやめておかないと。


追伸 11:20
内田樹が、こんなコメントを書いている。一番目は、まさに、上で書いたことだ。
http://blog.tatsuru.com/2011/03/13_1020.php
2011-03-13 08:28 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年03月12日(土)
地震
言葉もない。NZの地震でショックを受けて、そしてこれ。

ゼミの最中の、長い、酩酊するような揺れ。あのような揺れは、神戸の震災の激しさとはまた違った、経験したことのない揺れ。東北の地震であそこまで関西が揺れるなんて。

被災者の人々に、心配しかしてあげられないが、ひとりでも多くの人々の無事を祈っておこう。もう知人の死は嫌だし、そして、誰もが誰かの知人である。
2011-03-12 01:08 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年02月28日(月)
Walls Come Tumbling Down!!
Goverments crack and systems fall
Cause unity is powerful
Lights go out
Walls come tumbling down!



ポール・ウェラーの若かりしころの名曲。あまりにまっすぐなメッセージに、若いよなあ、なんて当時も言っていたわけだが(曲は大好きなんだけどね)、こうしたまっすぐな政治性が、いまや現実のものとなっている時、それを嗤うことは出来ない。

非政治化することに費やしてきたこの年月。それこそが嗤われるべきなのかもしれないのだ。
2011-02-28 23:02 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年02月26日(土)
UNDER PRESSURE
チュニジアで、エジプトで、リビアで、世界中で、人々がきしんでいる。



クイーンとボウイのこの曲の意味が今頃わかった
2011-02-26 18:19 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年01月23日(日)
村上春樹
来年度の卒論でやるという学生がいるので、村上春樹をここ数ヶ月読んでいて、先日「やれやれ」と言ってしまったわけだ。

正直、あまり興味がない作家だったので、ピンボールあたりは読もうかと思って買っていたりもしたのだったが、ちょっと読んでは放り出す、そんな繰り返しだった。

この度は、長編を発表順に読むことにして、『風の歌』から「我慢」して読み進めた。正直、『風の歌』も続く『ピンボール』も面白いものではなかった。が、ここで我慢しないとこれまでと同様で先には進めない。そしてまた学生から聞いていた知識が我慢を後押ししてくれる。それは、初期二作は外国語には翻訳されていないということ。鼠三部作と思って読むからいけなくて、初期二作は習作、『羊』が実質的なデビュー作、ということらしい。ということなら、なんとしても『羊』にはたどり着かねばならない。

しかも、『羊』は「冒険」の不可能性を描いた小説らしい。とするなら「冒険」を研究しようとしている自分は、読んでおくべきだという動機もあった。

そして『羊』。村上春樹のイメージが音を立てて変わる。面白い。なんかよくわからないが、読ませる。物語の結論は2010年に入った今では「やれやれ」という感じでもあるのだが、とりあえず面白い。

次の『世界の終わり』。こういう寓話的な作品が彼の真骨頂なのかもしれない。これも一気に読む。もうちょっとひねりがあるのかと思っていたエンディングはこれまた「やれやれ」なのだが、ミステリーではないから仕方がない。

『ノルウェイ』これは参った。出来の悪い自然主義小説みたい。やれやれ。

そして今『ダンス』の下にたどり着く。こういう話のほうが、村上春樹は生き生きしている気がするな。



これを同時代に読んでいたらどうだっただろうか。正直それはよくわからない。しかも、それを考えようとしても(なぜなら、80年代を知るものとして、いまどきの若者とは違うところを見せたいからね)、どうも、霞がかかったように、僕の頭はあの時代の記憶と、あの時代に発表された彼の物語を同一平面に重ねてくれないのだ。

それは、時代から数メートル浮かび上がったような物語たちだ。どこにもたどり着かないままに描き出される風景。失われるべきものすら手にしていない―ロスト・ジェネレーションにすらなれなかった―饒舌さ。彼はどの時代にも着地することを拒否しているようにも見える。

とりあえず、もう少し読みすすめよう。せめて『ダンス』までは読もう、と誓いを立てていたのだが、すでに『アフターダーク』まで買ってあるのだから。
2011-01-23 21:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年01月21日(金)
厄年
昨年は後厄。

けど、厄というのは、旧暦で数えるんだってね。

だから、まだ、正確には終わってない。

先日、とんでもない厄がやってきた。

政治的に正しい言葉に押しつぶされる構図がなんとも。



村上春樹の小説の主人公なら、たぶんこういうだろう。

「やれやれ」
2011-01-21 23:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年01月13日(木)
道楽
とりあえず、卒論は11日にひと段落。
けど、まだ、これから。
ここからが、一番、面白い。学生たちが一番伸びるのはこれからだから。




「道楽か・・・そーかもしれんね」
「日一日と・・・成長がはっきり見てとれる」
「この上もない楽しみだ」

スラムダンク安西監督の台詞より


2011-01-13 11:49 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年01月01日(土)
カルメン故郷に帰る
ちょうど、一昨日の30日に、学生と話をしていたところだったデコちゃん。
もちろん彼女たちは知るはずもなく、こんな風に説明をしていた。

妖艶な女性、清楚な女性、おきゃんな女性、ひたむきな女性、主婦から娼婦、愛人まで、あらゆる女性を演じられる、今ではありえない女優さん

代表作は何になるのかなあ。二十四の瞳、カルメン、成瀬巳喜男作品のいくつか・・・

私はやはり、『カルメン故郷に帰る』が好きかなあ・・・



黒澤明とのロマンス、そのせいなのか、黒澤作品には出演していない・・・彼女が出ていれば、黒澤作品が変わっていたんじゃないか、なんて一時期は思っていた

僕が彼女を知ったのは、もう引退してエッセイストとして活躍しておられたころ。戦後日本映画にはまった時に、当然のように彼女の姿を見て、そして、一目ぼれ・・・。

好きな女優さんは、と聞かれると、古い人やけど、と言い訳しながら、デコちゃんの名前をずっとあげ続けてきたのだ。空気読めない奴と思われただろうな・・・この間写真集を買ったところだったのに・・・


昨晩ネットで見た訃報。28日に亡くなられたとのこと。まだ生きたはるよ、と学生に言っていた一昨日には、もう旅立っておられたのだ・・・ご冥福をお祈りいたします。
2011-01-01 14:11 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年12月29日(水)
1229
今年もまた、あわただしい年の瀬。卒論を抱える、この仕事をしている限り、正月に気が休まることはない。もちろんそれは、自分の仕事が充実している証拠なのだけれど。

去年は、こんな充実感を感じられる年は今年が最後かなあと思っていたのだが、しかし今年は今年でまた別の充実感を感じている。

同じことをやっていても、相手が違えば、全く違った経験になること、当たり前のようで、これが何か不思議。彼女たちからいろいろと与えられるものは、何であっても、私のかけがえのない経験となるということなのだろう。

一昨日は、四回生、そして三回生、さらに留学生、一回生も含めた、忘年会。
明日には、去年の学生たちが訪ねてきてくれる。
つながってゆく年々歳々。
2010-12-29 23:06 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年12月25日(土)
Sound Affects/The Jam
名盤に、デモとかシングルとかをぶち込んで二枚組にしたりする、いわゆるデラックスエディション、という商売には、反応しないようにしていたのだけれど―なぜなら、これまで買った何枚かがつまらなかったから―これはつい買ってしまった。


青春、ザ・ジャム、名盤、サウンド・アフェクツ、ザッツ・エンタテイメント、ボーイ・アバウト・タウン、マン・イン・ザ・コーナーショップ、プリティ・グリーン、スタート、ファンク、ギターポップ、サイケ、ビート、ソウル、R&B、パンク、パワーポップ、アンド・ユア・バード・キャン・シング、ラバー・ソウル、リヴォルヴァー、キンクス〜ザッツ・エンタテイメントは、ポール・ウェラー流のレイ・デイヴィスへのオマージュなのか〜そして、ウォータルー・サンセット

今回デラックス・エディションに手を出してしまったのは、ウォータルー・サンセットのカバーが入ってるからに他ならなくて、ロックで最も美しい曲ともいわれるこの曲(ポールが言ってたのか??)が、ジャムでどんなふうになってるか…

これって、ポールが歌ってるの??ブルース・フォクストン?ドラムももたもた。いや、ここまで未発表のデモだから、期待したほうが間違い、というか、曲が良いから許す。

けど、久々に聞いたサウンド・アフェクツは、あらためて、いいアルバム。リマスターで、音の粒立ちが良くなってる感じ。ジャムのリズム隊はやっぱり良いねえ。ベースの迫力はすげえ。

けど、これがジャムの限界で、このリズム隊のタテノリでは、ファンキーなグルーブが出なかったんだよな。インスト、ミュージック・フォー・ザ・ラスト・カップルを聞くと、それが手に取るようにわかる。そして、彼らは、モータウンした名盤、ザ・ギフトを出して解散。。。
2010-12-25 00:09 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年12月16日(木)
遺伝子


こういう人が生まれてくるなら、遺伝子足りないこと、オッケー。
2010-12-16 06:35 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年12月12日(日)
東京都青少年健全育成条例
これについて、マンガについてちょっとは勉強しているものとして、コメントをしておこう

@エロをなめるな
規制されたら、青少年たちは、また別のものにエロを見出してゆくだろう。マンガの歴史が教えているのは、手塚絵にエロを感じられる新しい「感性」が80年代に「オタク」を生んだということ。規制はそういう意味では、新しい「感性」っていうか新しい「エロ」を生み出すきっかけになる。エロをなめてはいけない。規制が生むエロもたぶんたくさんあるのだ。たとえばモザイクのおかげで、われわれは「えぐ」いものを見ずに、美しいままの裸身を楽しむことができるとも考えられる。

A隠すと見たくなる
だが逆に、隠されると見たくなるということもある。エロはどうして発生するのか?隠すから。とすると、規制はあほなやり方だ。本当に青少年に悪影響を及ぼしたくなければ、いやというほど見せるがいい。何度も見てると、確実に人は飽きる。

B代弁するな
子どもの代弁者という立場を取るやつらはとにかく嫌いだ。子どもはエロが見たいんだ。健全育成なんて大きなお世話。子どもの判断力を信用していないやつらが、大体、子どもの代弁者になる。けどさ、あんたも昔、エロ見たかったやろ??

Cほんとにエロいのは誰だ?
小さい子が、ヌード写真を見ていたとしよう。そこへ登場、PTA役員のお母さん。「こんなエロいもの、見ちゃダメです。」「え、これは、エロいのか。」と子どもは学習する。このとき、母親のほうが、エロい。ある表現がエロかどうかは、ひとえに、見るものの判断による。
あの漫画がエロいから規制しろとか言い募っているやつの頭の中は、相当に、エロい。
というか、たぶん、そういう人は、エロマンガ読ませてもらわなかったから、欲求不満と妄想で、「こんなマンガ読んだらみんな明日にでも犯罪犯すわ!!あんなことやこんなことや、こんなエロいことも、こんなこともするかもしれない、いや、もっとエロいことも、ああああああ、もうこれ以上は無理・・・」なんて頭の中は、エロい妄想でいっぱいになっちゃうんだ。なんというエロい人なのだ、この人は。
そんな人々に言っておこう。エロマンガは、抜いたら終わり。なぜ、そんな当たり前のことがわからない??
一番わかってないやつらがこういう規制をするのは考えものだ。

D陰茎で障子を破ろう
だが、そういうわけではなくて、現東京都知事はかつては有害小説作家だから、こういうことには精通している大家だったことに気付いた。いや、つまりこれは、陰茎で障子を破るという彼が開拓したエロを誰も踏襲して発展させてくれなかったことへの苛立ちから来るのかもしれない。くだらないエロ漫画で抜かずに、東京都の青少年は、胸を張って、太陽の季節に、障子に陰茎を突き立てよう。そこに本をぶつけられる快感は何にもかえがたいのだから。これこそ都知事のメッセージなのだろう。一度やってみるのも確かに、新たなエロを開拓できる可能性もあって、面白そうだが、障子がないな。

Eまとめ
規制については、長い目で見たら、僕は、あまり心配していない。規制があったほうが過激な表現が生まれる可能性もあるのだから。いや、それでマンガが廃れたとしても、その何が悪いのか、とも思う。たかだか、こんな規制で廃れるような文化であれば、どうせ何もなくても終わっていただろう。もちろん、そんなこと期待しているのではなく、漫画の力、手塚が、梶原が、井上雄彦が、執拗に描き続ける「生身の身体」というテーマは、こんな規制をものともしないはずだと思っているのだ。流通形態が変わったり、出版社がつぶれたり、何らかの構造変化をもたらす可能性はもちろんあろうが、それは、マンガをつぶすものではない。

いや、そもそも、エロは批判されてなんぼというところもある。やはりエロは、ある程度アングラじゃないと、エロくない。ハレンチ学園、トイレット博士の時代(いや、もっと以前)から、漫画の歴史とは、そうしたものとの闘争の歴史だったのだから。

Fひさうちみちおを読め
ということで、まとまりないが、まあ、本物のエロを知りたければ、ひさうちみちおを読め、と強引にまとめておこう。彼こそ真のエロ、というか、彼に似合う言葉は、「助平」なんだが。
あそこまで行くと、もはや何がエロなのかわからなくなる。規制不可能なエロの極北。
彼ほどの達人になれば、たぶん、お堅い経済雑誌にも、外国語でかかれた読めない本にすら、つまり、あらゆるものに、エロを見出すことが可能になる。そうすれば、どんなに規制が厳しくなっても、僕らは充実したエロ・ライフを送ることができるわけだ。偉大なる哉、ひさうちみちお。
2010-12-12 00:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年12月09日(木)
復活
ブログを書いていないということが、元気で忙しくしている証拠

とはなかなか取ってもらえないだろうが、とりあえず、前回の記事を書いたぐらいから、容態は急転。一晩でうそのようにのどの痛みがなくなり、普通に物が食べられるようになり、喋ることもできるようになり、その翌日の月曜には仕事に復帰できた。

何が効いたのかよくわからないままだ。が、個人的には、のどへの二回の針の「グサッ」が、鍼の役割を果たした、ということで納得しておきたいと思う。

ただ、新しい抗生物質は、おなかに来るものだったので、それがまだいまいち直りきらない。その抗生物質は、患者が途中で止めることを考慮して、一回飲んだら7日間血中に残留するという、また、これ、聞くだに恐ろしいもの。効き目も残るかわりに副作用も残るらしい。ということで、もらった薬の中から、胃腸の薬だけを飲んでいる日々。ほんま、わけわからんわ。

ということで、寝ているしかなかった4日間だったが、相当に体力(というか東洋的に言う氣)が回復した気がする。時々は熱出して寝込まないと、人間健康じゃあない。
2010-12-09 07:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年12月04日(土)
周囲炎続報
一向に良くなりませんとまた医者に。毎日医者に行ってる。

うーん、今日は昨日より腫れてるなあ、試しに膿の吸引してみます??たぶん出ないと思うんやけど…
周囲炎からさらに進んだ周囲膿瘍のときには、膿がリンパ内部にあるので、それを吸引しないと治らないらしい。僕のはそこまでではないから、たぶん何も出ないと念を押される。
けど、一縷の望みがあるなら、とお願いする。

扁桃腺に、かなり太い針がぐさり、出ませんねえ、もう一度ぐさり。
うがあああうう、っていう感じ。痛くて涙が出る。膿は出ない。結局抗生物質で治すしかないらしい。

抗生物質があってないんじゃないの、とも言えなかったのだが、薬の切れ目なので、今日から新しい薬。ちょっと期待。しかし、そんなこと、もう少し早めに考えられなかったのか?もうちょっと、マニュアル通りではなくって、うんうん苦しんでる僕を見てくれないのか?

あごを触ってみると、自分でも異様に腫れているのがわかる(顔の形がちょっとおかしいのだ)。ここを一度でも触診してくれたりはしないのか、今の若い医者は??その触診で、薬が変わったり、治療方針が変わったりしないのか?抗生物質で何を使うかとか、そんなことでわかったりしないのか??それを将来わかるために、現場で手の感覚を鍛えないのか??などなど、いろいろ頭を駆け巡る。

もう大砲の治療はいいよお、と思いながらも、ステロイド点滴して帰る。ステロイドがきいている間はちょっと平穏。だが、突然ひどい悪寒で体の震えが止まらなかったり、夜中に何度もおかしな夢で目が覚める。これはステロイドのせい??なんでもステロイドのせいにするのはよくない。
2010-12-04 22:47 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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扁桃周囲炎
扁桃腺周囲炎というやつにかかってしまった。扁桃腺炎のひどい奴。

いつも、風邪のときには、右の鼻の奥の粘膜が痛み出すのだが、今回は左が妙に痛む。

インフルエンザか?と病院に行くと扁桃炎、との診断。

インフルではなかったと安心したのと束の間、その痛みたるや尋常ではない。
つばを飲み込むにも、気合を入れておかないと、涙がこぼれてくる始末。タオルを持って、つばを垂れ流すしかない日々。

感染症というよりも、疲れで扁桃腺の常駐菌が悪さをするものらしい。確かに、今年は疲れ果てていた。ベトナム、子供の入院、原稿締め切り、毎日3コマの授業…。

医者に行くと、痛み止め、ステロイドなどを処方される。確かに、それがきいている間は少しは楽になるが、薬が切れるとぶりかえす。

火曜に発症して5日目。痛みの部位が微妙に変わってきたし、少しは楽になっている、つまりは快方に向かっていると信じたいのだが、痛みは一向に変わらない。

いや、もはや、痛み止めだのステロイドだので、自分の力で何が良くなっているのか理解できない状態。単に対症療法をしているだけで、原因は一向に取り除かれていないのではないかという不安も。

最近の医学は、巨大な大砲とか、とんでもない必殺技を繰り出して、何もかも殲滅しようとするイメージ。結局そこは焼け野原。何が原因で、何がどうなって治ったのかとかが全く理解できない。とんでもない誤射撃でも、無理やりつじつま合していると言えばいいのか??
特に、すぐにステロイド、という医者・・・。
たとえば患部を冷やせとか、うがいをしろとか、そんな当たり前の細やかなことはいらんのか??


今朝の朝食も、人のみごとに「うああ」と声が出る始末。食後の痛み止めを飲んでから食事した。こんなに痛み止めを使ったのは生まれて初めてだ。全く治ってないぞ、はっきり言って。


痛み止めがきいている間に書いて残しておく。来週も仕事になりそうにない。
2010-12-04 13:19 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年11月20日(土)
バタヤン
Bo GumbosからSoul Flower UnionとYoutubeをたどっているうちに、この人をついクリックして・・・



キターーー
歌謡・ソウル・ブラザー・No.1、田端義夫。

魅惑のMC、時によれながらもグル―ヴィーなギタープレイ、ド迫力のホーンセクションとストリングス、ビブラートするヴォーカル。

なんか、マジではまるんだが。。。

冗談ではなく、どんとや中川敬の先に、この人がいる。

と書いた後、ウィキペディア見たら、すでにモノノケサミットと共演したと書いてあった。映像どっかで見られないかな・・・

モノノケサミットの「島育ち」〜「十九の春」

2010-11-20 01:06 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 歌謡 |
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2010年11月15日(月)
超多忙
なぜか、死ぬほど忙しい。

なぜか、分刻みで動いている感じ。一瞬たりとも空き時間がない。

というのは、嘘なんだけど、こんなこと書いているし、けど、そんな感じ。

なぜだ??何に追いまくられているんだ、俺は?

そう考えても、実は、何も浮かんでこないのがなあ・・・。
2010-11-15 22:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年11月02日(火)
あと数行
あと数行が書けない。
もはや締め切りを大幅に過ぎた原稿。

だがあと数行にまでこぎつけた。
長かった。

10月のハードなスケジュールもこれでようやく終わり。
最後の最後に、子どもの入院という大事件が待っていたのが大誤算。
病院にパソコンを持ち込んで原稿書き。
いや、もっと早く仕上げていれば、こんなことにはならないわけだから、文句は言えない・・・。

というわけで、ちょっと気分転換。

早くあげて、少し寝て、また病院だ。
2010-11-02 03:41 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年10月25日(月)
帰国
夜中のフライトで帰国。

日本時間で午前3時発、7時着、みたいな。

飛行機ではうとうとし続けるが、寝られるものではなく、おかげで、ほとんど時差もないのに時差ボケに。

で、今日から仕事。12日から29日まで、連続働き続け、いや、ベトナムでの休日があったか・・・

なので、今週の授業は、ベトナムネタでお茶を濁そう。

と思ったら、結局、本格的に準備をしてしまって、ああ、休めない。
2010-10-25 22:13 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| Viet Nam |
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2010年10月23日(土)
バイク・タクシー
最終日。6時に宿をチェックアウトするまでフリー。

宿からちょっと遠いが、ホー・チ・ミン博物館を見たくなって、歩く。
途中でハノイ駅に寄れそうなので、立ち寄って、博物館へ。

ハノイ駅は、普通の駅だった。多くの国に良くあるような暗ーい感じ。

ホー・チ・ミン博物館は、セキュリティ・チェックをされる。やはり重要な施設だからか。しかし、中身は子供だましの万博のパビリオンみたい。直筆の原稿とかもあるんだけど、いろいろな模型とか、ジオラマとかがあって、見にくいことこの上ない。

ホー・チ・ミンが一時住んでいた家は、それにくらべるとまだ良かった。非常に美しい庭園に映える建物。こちらも手荷物検査あり。


その後、ベトナム軍事歴史博物館へ。時間がなく駆け足で。旗の塔に上がれたのでまあ良かったかな。
展示品は、こちらも、なんか子供だまし。実物の戦闘機とかがあったのは面白かったが。

ここで、バイク・タクシーの運ちゃんにつかまる。最後だから乗ってみるか、と思って乗ると、乗る前は1ドルと言っていたのを、40000ドン取られた。これは倍ぐらいです。かなりぼられた。あの距離だと1ドルでも高いんじゃないかな??よくわからん。おかげでドンが足りなくなる。けど、ハノイ市内をバイクで走るのは面白かったからいいか。こういうのって、先に払ってしまうほうがいいのか、わからんな。

ホアンキエム湖周辺で買い物。今日のメイン。小物を買って、ノースフェイスのリュックを吹っかけてきたので相場まで値切って、本屋があると聞いていた場所に行く。Trang Tien通り。

途中、湖では、土曜日だからか、結婚式の記念の写真を撮るカップルでいっぱい。こちらでも、プロに撮ってもらうようですね。時にはアオザイを来ている花嫁さんもいるので、申し訳ないが、写真を撮らせてもらう。この美しさ。


で、そんなこんなで、本屋街へ。マンガがありますよ、と聞いていたのだが、あるのはドレモンDoremonとコナンばかりが、子どもの本コーナーに。うーん、マンガ講義は根本から間違っていたのかなあ・・・。

結局、一昨日に買った、おっちゃん一人でやっている小さいお店が、日本、韓国のマンガを最も多種類売っていた。確かに、昨日も、今日も、数分のうちに2〜3人が買っていくので需要は高そう。一冊だいたい14000ドンなので、フォーの半分ぐらいだから、こっちの物価では相応の値段なのだろう。(日本でラーメンの半分ぐらいとだいたい同じ)

で、仕方ないから、あやしいドラえもん(ドラえもんが、野球をしている、スポ根マンガが出ているのだ、こちらでは)を買って、
ナイキショップでベトナム代表のユニフォームを買って(写真右、その他は、ポルトガル、ブラジルなど日本と同じ品ぞろえ)
、その後、ベトナムのラーメン、フォーを食べる。ガイドブックにも載っていて、タオ先生にも、行ってみたら、と言われた24という店を見つけたので、ちょっと高いけど、入ってみる。フォー・ガ(鶏肉のフォー)を頼むが、あまりおいしくない。これならホテルのほうがおいしいぞ。


最後に、ベトナム戦争などのビラやポスター集を買って、ホテルに帰還。最後の本は、日本では、2万円とか付いていてもおかしくない、手が出なさそうな画集が、850,000ドン=50ドル(ドル換算でちょっとぼられている気がする)。これが一番の収穫。もう一冊あったんだけどな…、買いたい気もするけど良いけど持って帰れないな…。と書きはじめたら、今から買いに行きたい気になるが、それは来年の楽しみにしておこう。


ということで、ホテルでくつろぎながら、これを書く。疲れた。が、良い経験だった。
ホテルからハノイの南のほうを見る。

また来年、来られることを願って。


2010-10-23 17:07 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| Viet Nam |
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Cuoc Songs/Ban Nang
一曲目、イントロからの激しい、メタリックなギターリフ。しかし、聞き進めると、時にアコースティックな展開も見せ、抒情と激情の二つの顔を見せる、ラウドなガレージサウンド。ちょっとハスキーなヴォーカル。

というわけで、まんま、ニルヴァーナ。

これがファーストらしい。今日までで唯一見つけられたロックのCD。

ベトナムの60〜70年代の歴史を考えると、もしかするとこの国には、ビートルズがすっぽりと抜け落ちているのかもしれないと思う。世界の若者がビートルズのに夢中になっていた65年から75年に、彼らはギターではなく、銃を持っていたのだから。
2010-10-23 08:39 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| surf + garage / Viet Nam |
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2010年10月22日(金)
カラオケ
とにかく今日はカラオケだった。

授業後に、学生と待ち合わせ。大学近くのKARAOKEに連れて行ってもらう。観光旅行ではまずあり得ない。
曲目以外は特に日本と変わらないカラオケだ。

当たり前だが、ベトナムの歌ばかり。
ベトナムのヒット曲をまとめて聞けたのが良かった。一緒に歌えるのは、英米の曲で、マイケルのヒール・ザ・ワールドで盛り上がる。(このへんがなんとも言えないところだね)
日本の歌はもちろんカラオケにはないが(あるという情報もあったんだけれど)、学生たちは日本の歌をよく知っているから、オケを止めてアカペラで歌う。
こうして、彼らの日常生活を見ていると、日本にいるかのような錯覚を覚える。日本もベトナムも、学生は全く変わらない。今回の旅は、ずっと、外国にいる気がしなかった。

初のアジアの旅ももう終わり。明日は少し買い物をして、夜の便で帰国。寂しさがこみ上げてくる。別れ際に、学生たちがハグしてくれる。

また来年も、と、多くの人と約束をしたので、その約束がかなえられるといいなあ。
2010-10-22 22:50 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年10月21日(木)
ノース・フェイス
後半が始まる。

ようやく様子がわかったので、さらに伝える内容を精選する。たくさんのことは、彼女たちには入らない。一つ、何かを覚えてもらえれば十分だ。僕らに期待されている役割は、高度な学術ではないのだ、たぶん。

今日もまた、別の学生さんに街を案内してもらう。ハノイ城跡にあるベトナム軍本部の地下のシェルターは興味深かった。
今調べてみると、原爆にもらえられるらしい。

そして、ホー・チ・ミン廟に再び。その近くでお茶をして、いろいろと話をして別れる。
今日の学生さんも、本当に素直な良い子だった。よさこいチームに入っているということ。


彼女たちと別れて、旧市街へ。CDを買い込み、いろいろな店を見ているうちに、そろそろドンを使い切らねば、と、買い物欲が湧いてきた。ようやくお金にも慣れてきたところで、ふと見たザックが、あれ、これってめちゃ安いんじゃないの??と気づく。ノース・フェイスのザック。
日本だったら10000円以上するものが185,000ドン。ということは、約200,000ドンとして、100,000ドンが50円だから(ここまで読んでややこしいなあ、と思った方、そうなんですよ、それがベトナムドンのややこしさです)、1000円切ってる?900円ぐらい??ドルを聞いてみると10ドルだという。ので、荷物になるなと思いつつつい買ってしまう。バッタもんかと一瞬思ったが、そんな感じはしない。見てみるとMade in Vietnamと書かれている。なるほど。つまり、自分で持って帰れば、そんなもんということだ。原価はいくらなんだろう??

今日は早く帰って仕事の予定が、結局すっかり遅くなってしまい、いそいでホテルに帰る途中、屋台風の本屋に遭遇。というか、日本マンガの専門店。こんなものまで出ているのか、と驚きの『がんばれ元気』とかを買い込む。授業でしゃべれば良かった。


最後に今日のびっくり
これはれっきとした鉄道の線路。路面電車じゃありません。人が普通に住んでて、出入り口が…。


2010-10-21 23:16 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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休日
中日で今日は休み。

昨日とは別の学生さんが、わざわざ申し出てくれて、一日ハノイを案内してくれる。

この学生さん、日本語がぺらぺら。昨年日本にいたということだが、「そうですよね〜〜」とか「マジむかつく」とか、イントネーションまで日本の学生にそっくりで、彼女と喋っていると、自分が今どこにいるのか分からなくなるぐらいだ。

彼女の友達二人といっしょに、ベトナム民族学博物館へ。ここはマジ面白い。ベト族とその周辺の少数民族に焦点を当てたベトナム中心の博物館で、こんなとこでアフリカのものを見ても仕方がないわけだから、焦点が絞れていて、非常に面白かった。


途中で、年の頃70歳ぐらいのおばあさんが、いきなり伝統的な祭りの歌を歌いだし、庭では、ビデオを見せるよ、といって、八ミリのようなおもちゃを使ってのぞきからくりのようにアニメを見せるかと思えば、3Dのムックを見せてそれについて解説し、モノマネもできるし、いろんな国の言葉もできる…などとしゃべくりまわるおじさんにも出会った。謎だ。

その後、バスに乗って、博物館から近い、どこかの大学の学食で昼食。学生たちが案内してくれたが、安くて量が多くて、とびきりおいしいという訳にはいかないのはどこでも同じ。そんなもんだ。


再びバスに乗って旧市街へ。バスの乗り継ぎが待ち時間が長く、疲れる。

旧市街でお茶して買い物。

まず、喫茶店でスムージーを飲む。これがシン・トー。おいしい。学生と、マンガ話で盛り上がる。びっくりするほどいろいろ読んでいる。彼女の日本語力であれば、問題なく日本語で読めるだろうし。


その後、お土産を買い、CDを買い、ドンスアン市場へ。
私が子どものころの日本での買い物はこんな市場が中心だったなあと、日本のかつての情景を思いだす。30年たって、変われば変わるものだ。

その学生は「いつになったらベトナムは日本のようになれるでしょうか??」としみじみと言っていたが、それが本当に良いことなのかどうかは、日本の先例を見て判断してもらうしかない。

そろそろおなかが減ったので、屋台に連れて行ってもらう。おなかを壊すとかいうけど、たぶん大丈夫、ということで、市場からすぐの(確かに)小汚い店に。学生さんの勧めでブン・チャーを食べる。
簡単に言えば、ベトナムのつけ麺。スープが甘酸っぱくて非常においしかった。カニ春巻きとかも併せて、28000ドン=150円ぐらい。申し訳なくなるほど安い。日本だったら7〜800円ぐらいかな。(だいたい物価は日本の五分の一程度だとようやくわかってきた)


初のベトナムの屋台を堪能して、最後にポスターの店に寄って買い物。
ホー・チ・ミンや、社会主義の宣伝や、ベトナム戦争の時のポスターを(ネット上で集めて、それを印刷して)売っているので、つい買ってしまう。当然店内では日本語で話をしていたのだが、店の女の子が、レジの最後に、恥ずかしそうに、「私は、大学で日本語を勉強しています」と話しかけてくる。「どこの大学?」「ハノイ大学です」「えーーー」と、盛り上がる。同行してくれた学生さんの一年下に当たるのだが、よく聞いてみると、彼女たちの名前が一緒だと判明して、二人はぴょんぴょん飛び跳ねて携帯電話の番号を交換していた。こんなところは、日本の学生と何も変わらない。

この後、学生さんと分かれてホテルへ。

ホテルに帰って今日買ったCDを聴く。Suboiという女性ラッパーが当たり。
他にアルバムを出していないかな?また明日か明後日にでも買いに行こう。
2010-10-21 00:08 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年10月19日(火)
学生たち
授業二日目

昨日から担当のクラスは、もう今日で終わり。ゆっくりと、あらゆる文脈を話していると、ほとんど喋れない。

授業後、学生たちが10人ぐらい集まって、市内を案内してくれることに。
これがやってほしかったことなので、一も二もなくお願いする。


待ち合わせ場所に三々五々やってくる学生たち。

恥ずかしがっている子や、積極的に話しかけてくる子など、いろいろだが、皆、目がきらきらしていて、こっちまで前向きになってしまう。

文廟まで、バスに乗っていく。バスに乗れたことに満足。


文廟は学問の神様。入ってすぐのところに並んでいる石の亀の背中に、科挙合格者の名前をすべて刻んだ石碑が。亀の頭をなでると成績が良くなるらしい。


その近くの、暗い喫茶店(というべきか、屋台というべきか)に入って、シン・トーではなく、ツェーという名前だった、を飲む。おいしい。



その後徒歩でホー・チ・ミン廟へ。あの巨大なモニュメントが国民の統合の象徴になっているのだ。


近くのタイ湖まで、また徒歩で行き、最後はみんなと2ショットを撮って、で解散。タクシーは学生が呼んでくれた。

学生たちとたくさんの話をする。たどたどしい日本語ではあるが。

私のようなものを、ここまで歓迎してくれる。不思議な感覚。お雇い外国人の心境もかくやと思われる。

今日は本当に良い日だった。これは観光旅行では味わえない醍醐味。

学生たち。みんなかわいい。

2010-10-19 23:39 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年10月18日(月)
タクシー
滞在二日目、今日から仕事。

ホテルからタクシーでハノイ大学へ。20分ぐらい乗って、100000ドン=500円。

大学では、待ち合わせ場所に誰も来ない、それ以前に、待ち合わせ場所が、初心者には分からない。

が、そんなことはどうでもいいのがベトナムで、僕もそんな気分になってきたから、あまり腹が立たない。とっても気楽に過ごせるので、実に良い。この一週間ぐらいは、世知辛い日々の暮らしを忘れるぞ、と。

授業は、7時15分から。日本感覚では早いが、体が日本のままで対応できるので、あまりつらくない。朝は聞いていたよりも集まりが良かった。

大学3年生だが、日本の同学年よりも幼い感じ。授業でも、笑うポイントになったら笑ってくれるので、けっこう楽しい。が、感動すべきところで、笑うことも多くて、ポイント外しまくり?と感じることもしばしば。


日本になぜ興味を持ったのかという問いには、答えはおおよそ二つ。日本文化(主にマンガ、アニメ)が好きだから、と、日本にかかわる仕事をしてお金がほしいから。やはり、マンガは、とんでもない影響力を持っている。元は外国語大学であったハノイ大学で、日本学部は英語、中国語について、第3位の規模の学部らしいが、その半分ぐらいは、マンガのおかげ、ということなのだ。

授業はなかなか進まない。予定の半分を、丁寧に、丁寧に、話して終わり。明日、ハードゲイのマンガを紹介していいかと聞いて、やめたほうが良いと言われる。やはりそうか・・・。

放課後の風景。やたらと学生が多い。


学校の門のすぐ外にはこんな店が。


学内の購買。


むこうの先生たちは、みな若い。大学を卒業してすぐに大学に残って教員になるという、うらやましい状態だが、それは逆に言えば、学問自体が未成熟だということで、ハノイ大学も、ある意味、外国語専門学校的な雰囲気も感じられる。もちろん彼らのボスである教授は、そのあたりのこともちゃんと分かっているようだが。

その中でも一番若い、一年前に卒業してすぐに大学に勤めることになったタオ先生が、われわれの案内役。彼女がいないと、何が困ると言って、とにかく、タクシーが拾えない。公共交通機関が全くないハノイ。バスは謎。なので、タクシーがないとどこにも行けないのだけど、タクシー会社に電話するのは「外国人では無理でしょうね」ということで、お任せっきりになる。

彼女に連れられて、アオザイなどの専門店が並んでいる商店街へ(シルク・ストリートと言うらしい)。右がタオ先生。ナイス・ボディの美人。(というか、こっちの女性は皆ナイスボディなんだけど)

そこで買い物をして、また、彼女に連れられてタクシーでホテルへ。タクシー三昧のハノイ。ラッシュアワーのハノイは半端ではないバイク混雑。

帰ってホテルで夕食。めっちゃおいしい。酢豚と鶏のクリーム煮。クリームソースが絶品。



疲れた。が、まだ仕事は続く。けど、もはや、ベトナムが好きになっていることに気づく。帰国の時には、寂しくなるだろうなあと、今から思う。


2010-10-18 22:00 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年10月17日(日)
バイク
ネットはホテルから普通につながった。

ということで・・・

一日のうちにハノイに着く。

イケメンのCAさん。(ベトナム人)


もうこんな場所にいるのがなんだか不思議。大地の雰囲気が日本とそんなに変わらないので、あまり異邦にやってきた感じはしない。

けど、バイクが・・・。噂通り。ボーっとしていると、まったく通りを渡れない。クラクションの音が響き渡り、排気ガスで、通りを歩くのはなかなか大変。


いろいろとややこしいチェックインを済ませて、旧市街まで歩く。
ホアンキエム湖のライトアップ。


ハノイも遷都1000年記念の年のようで、そのためのライトアップなのかどうかは知らないが、街中に1000年祭ののぼりや看板が立っている。

旧市街でCD屋をチェック。これは探すのが大変だ。
日本の音楽コーナー。


日本のマンガも、屋台で売られてた。


結構歩きまわって、道路の横切り方はマスターした。とにかく、隙間を見つけて、先に入ること。そしたら車がよけてくれる。だが、煤煙はつらいなあ。

しかし、お金が全然理解不能。ベトナムの通貨ドンは、数字が大きすぎて、20万ドンとか言われてもわけわからず、しかも、ドルも使えるのが、ややこしさに拍車をかける。慣れる前に帰ることになりそうだな。

というわけで、今日はもう寝る。今、現地時間では20時45分。雨が降ってきた。日本時間ではもう23時近い。明日は7時15分から授業。早すぎるよね。
2010-10-17 22:22 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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ハノイ
明日、いや、もう今日から、一週間ベトナム、ハノイへ。

ネット環境が良ければ、写真などをアップしようか…

それで死ぬほど忙しかったこの1カ月…

CD屋の場所も確認したし、準備万端
2010-10-17 01:31 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年10月06日(水)
The Boom/気球に乗って
かつて涙を流した曲。この二ヶ月のリアル。

2010-10-06 00:54 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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