
2012年02月06日(月)
マシュー・スウィートのガールフレンドの紙ジャケが今頃発売。売れるのか?と心配したくなるほどに、このアルバム(というかこの人)はロック史の文脈から切り離されて、孤立している気がする。
この人をREM文脈で語ることも可能だし、このアルバムに参加しているリチャード・クワインとかリチャード・ロイドの流れでNYパンク文脈で語ることも可能だし、リック・メンク、ポール・チャスティン〜ヴェルヴェット・クラッシュのラインでクリエイション・レーベルの文脈で語ることも可能だし、音の面からはバッドフィンガーとかビッグスター文脈で語ることも可能だし・・・
けど、このCDのライナーでも引き合いに出されるのがニルヴァーナだったりというあたりが不幸なんだな。
アメリカの80年代後半から90年代初めのペイズリー・アンダーグラウンドとかネオ・サイケとかギター・ポップとかが全くなかったことになっている。同じ時期のイギリスの似たようなバンドのフォロワーが最近続々と出てきているのとは対照的に。
ここで、そんな流れが再評価されるかも、なんて書いているが、残念ながらそんなことはなく・・・(たぶんREMが成功しすぎたんだ)
ギター・ポップ〜パワー・ポップというジャンルの箱庭化の象徴的なこのアルバム。パワー・ポップといっても、書いたとおりビッグ・スター系統の、つまりロックンロールよりはソウルに近いサウンドなわけで、そこに加わったあまりにシンプルでタイトでガレージなギターサウンドのグルーヴが単に真似しづからったのだろうなと思われる。
「ムーヴメントに埋没しない“個”としての音楽」なんてライナーでは評価されているが、むしろ、パワー・ポップという言葉そのものがバッドフィンガー〜ビッグ・スターの系譜を見えなくさせているのかな。ちょっと惜しい気がする。
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2012-02-06 18:37
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2012年01月31日(火)
なにがきみのしあわせ
なにをしてよろこぶ
わからないままおわる
そんなのはいやだ
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2012-01-31 23:20
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声はまだ聞こえる
ハラへらして夢を喰う
ここがどこであっても
風がはらんだ荒れ地だろう
俺は荒れ地に生きているということを、ざらざらとした、ヒリヒリとした場所に立って、何かを求めていないといけないということを、何かを与えられてぬくぬくとしていてはいけないということを。いつも孤立無援で戦い続けているんだということを。
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2012-01-31 23:07
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いろんなところでいろんなことが言われてるんだってさ
良かれと思ったことがそんな風にね
投げかけた言葉が消えてゆく
いつか伝わると言い聞かせるだけ
部屋で一人パソコンに向かって仕事
たくさんのメールが僕らををつなぐ
たくさんのメールが降り積もって
僕はその中に閉じ込められそうだよ
ファイト 闘う君の唄を……
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2012-01-31 21:49
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2012年01月25日(水)
時々思い出して、検索すると、新作ではなくて未発表曲とか新編集のベストとかが出ている人。
今回は、1970年のセッション、幻のファーストソロの再発。
1996年の初CD化の時には日本盤も出ていて、それはTeenage FanclubとかREMあたりがリスペクトしていた影響だろう。
ボックス・トップス解散後、ビッグ・スター結成までの時期の録音だから、まさにミッシング・リンク。
線がちょっと細いブルー・アイド・ソウル・シンガーが、ファンキーなスワンプサウンドと初期エルヴィス流のロックンロールとカントリーロックを咀嚼して吐き出したのがビッグ・スターだとすれば、このアルバムは、まだそのへんが未整理のままぶち込まれている。
スティール・ギターが気持ちいいカントリータッチのフリー・アゲインは出色の出来。他の曲のざらついた感触が、この曲と混じりあうと、ビッグ・スターになる感じ。
これを買ったので、昔のCDはいらないのだけれど、ジャケがかっこいいので手放せないな。どっちのジャケも素晴らしい。
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2012-01-25 23:27
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2012年01月21日(土)
相変わらずの渾身のシングル。
みちのく旅団の重要なレパートリーということだけ聞かされていた「おいらの船は300とん」「斎太郎節」が聞けた。
電気の文明の瓦解〜街角のうたの復権。
しかし、このCDを電気を使って聞いている自分がいる。
アドルノに倣ってこう言うべきなのか?
「FUKUSHIMA以後、エレキを弾くことは野蛮である」
「FUKUSHIMA以後、CDを聞くことは野蛮である」
と。
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2012-01-21 00:00
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| roots music |
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2012年01月19日(木)
ちゃんとつかまえておかないと、どこかへとんでいっちゃう
なんどきいてもいつまでたっても、りんかくがはっきりとしない
そんなうたがつまっているので、こんなふうにかく
ギターをひくっていうことのじゆうさ
びよんびよんいってる
がっきをえんそうするっていうことのじゆうさ
そして、ときどきまつがえる
うたをうたうっていうことのじゆうさ
わらってばっかり
こんなのでおかねとっていいのか?
けど、うれしそうにCDかって、こんなとこにかきこんでるぼくがいる
このCDをうまくあらわすのは、こんなかんじ かんじはつかわないけど
ジャドさんはいまいくつ?
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2012-01-19 23:40
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2012年01月17日(火)
そんなわけで、クロマニヨンズの最新アルバム。
音が太い。そういう録り方をしてるんだろうな。60年代のアナログみたいな。年をとってますますとんがっていく二人。というよりも、ロックンロール原理主義者化していっていると言ったらいいのだろうな。
シンプルで、完成度の高いロックンロール。ヒロトのナンセンスとマーシーの叙情の振れ幅が、昔よりは小さくなってるのかな?
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2012-01-17 23:32
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2012年01月15日(日)
日本版Rolling Stoneをたまたま手に取った。なんか業界ノリの雑誌なのでめったに読まないのだが。
長渕剛の記事から始まるこの号のヒロトのインタビューは永久保存版。
―今度の震災では本当に何もない状態が生まれた。人も建物も想い出も・・・・何もなくなった時にヒロトさんがどんな気持ちで歌うのかが知りたいです。
「何もないです。本当に特にないんですよ。でもジョーさんは何もなくなってよかったみたいな気持ちがあったの?だとしたら震災があってよかったね。喜んでんだ。」
―いえ、違います。絶対に喜んでいません。悲しい出来事でしかないわけですから。
「僕もそうだよ。なのにそれを題材にできるとか、反原発を歌えるとか、どういう発言をするかとか、そういう楽しみが増えたと思ってる人がいるとしたら悲しいね。“今こそロックの出番だ”なんて言われたら、ガッカリするよね。悲しいことが起きたのは僕も知ってるよ。僕はそれを喜んでない。それをネタに楽しもうとは思いません。嬉々として語ってる人が多くてさ。ついていけない。そんな感じです。」
ああ、これでこのブログ終わってもいいかも。
例えば、安倍晋三が北朝鮮のことを罵倒するとき、橋下徹が大阪の駄目さ、日本の駄目さについて語るとき、若手の社会学者が日本の苦境について語るとき(年始のこの番組ね)、人が悲しくも正しいことを語るとき、みんな眉をしかめて、悲壮な顔つきで、しかし彼らは「喜々として」いるんだ。そういうことだ。メシの種だもんな、それが。例えば橋下徹の顔はつねにどこか笑っていると思わないかい?どや顔ってやつ?言っていることは圧倒的に正しいにもかかわらず、圧倒的な違和感。ヒロトが言葉にしてくれた。「ついていけない」
というわけで、ブルハからハイロウズ、そしてクロマニヨンズへとだんだん聞かなくなっていったことを反省。クロマニヨンズのCDを何枚か注文した。
ヒロトの来てるモダンラヴァーズのTシャツ欲しいな。それを着たら、俺もヒロトになれるかな?
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2012-01-15 22:57
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2012年01月01日(日)
ちょっと話題の本。あまりこういう本は買わないけど、今回は、文系院生の話だったので買ってみる。
普通に面白い。感動の押し売りなし。著者への同情をなるべく求めない筆致。同情されたら、どう対応していいのかわからない、っていうようなことなんだろうな。なので、僕でも読み通せた。
いくつか思いついたことを。
@「難病女子」というカテゴリーは面白いぞ。どこまで可能かわからないが、表象レベルでの大逆転、「病人」イメージの転換がなされるかも・・・。「難病」の政治学だ。
A現場で病人が困っていることを、制度が掬い上げられないということ。しかし、病人の状況は人それぞれだから、それはどうしようもない面もあって、そして、「かわいそうな病人」というスタンスに立てば、「制度」が悪い!!と言っていればいいわけだが、それで話は済まなくて、病人が「自助」せねばならない部分もあって、そして「自助」というイデオロギーは「自助できない人」を切り捨ててしまうこともあって、なかなか難しい。
B何か思っていたのだけど、忘れた。また思い出したら。
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2012-01-01 18:16
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2011年12月31日(土)
年末は第九。
ということで、この曲でお別れ。
蒸発したいよ
この世は闇だ
でも
隠れる場所は
人でいっぱいだ
No.9といえば当然、ビートルズ。混沌の世界へようこそ。
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2011-12-31 23:42
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ロスト・スズキ・テープスが二枚出た。
Vol.1は、かつてメトロトロンから出されたものの再発。Vol.2が出るからVol.1に格上げ。ボーナスあり。
Vol.2は新しい秘蔵音源(なんか変な表現?)
Vol.1は、昔さんざん聞いたから、とりあえず置いておいて、Vol.2。
80年代黄金期のほぼ弾き語りのデモが満載。バンドでアレンジされたあとは、ニューウェイヴっぽさ満載で今一つ気づかなかったが、ここまで曲がむき出しになってみると、ビートルズの中期〜後期、特にラバーソウル〜リヴォルヴァーあたりの影響が強いことがよくわかる。
ビートルズの影響受けてないバンドなんてないと言ってしまえばそうなんだけど、これまでムーンライダーズは、そこまでベタではなくて、もう少し外したところを狙ってたから全然気づかなかった。
ルーフトップ・ギグでビートルズをもじって幕を閉じたバンドの始源はこんなところにもあったのだなあと、気づいたところでもう終演。
2011年の12月は、ムーンライダーズで暮れた。
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2011-12-31 09:21
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2011年12月30日(金)
2011-12-30 18:27
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2011年12月24日(土)
検索してみたら、すぐにヒットして、しかも普通に買える値段だったので、つい購入したのが、「マニア・マニエラ」のカセットブック。
CDとLPとカセット・ブックという三つの形式で出たムーンライダーズの傑作。3つのフォーマットの経緯は略。
当時、北野白梅町の十字屋にあったこのカセットブックを、僕は毎日ちょっと気になりながら見ていた覚えがある。ライダーズが「バンド」っぽい音から、一気にニュー・ウェイブ・ユニット化した転機のアルバムだったが、高校生の僕のイメージの中では、まだ、ちょっと古臭い感じ、なので、2500円をこれに費やすことはなく、25年を経て入手。
↑ブック、の方は、今読むと、まあ、こんなもんかなあ…という感じ。慶一さんの獣小説とか、くじらさんの内田百閧チぽいエッセイとか。
調べてみると、このカセットブック1984年の10月に出されている。1985年に大学に入学している私が、毎日のように見ていた時期というのは、ちょうど受験生の時。ということに今気づく。忙しいはずなのに、せっせとレコード屋に通っていたのだなあ…と。
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2011-12-24 00:07
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2011年12月21日(水)
気球と通信/ムーンライダーズ
好きだったバンドが終わってしまったことは何度もある。ザ・ジャム、ローザ・ルクセンブルグ、ブルー・ハーツ、フリッパーズ・ギター、ヘブンリー、サニーデイ・サービス、初恋の嵐・・・
しかし、こんな風に、じわじわとやってくる喪失感は初めてだ。いや、バンドが解散して、ここまでいろいろ考えるのはムーンライダーズが初めてかもしれない。彼らの曲を聞けば聞くほど、喪失感が強まるのは、彼らが徹底的に饒舌にディスコミュニケーションを歌っていたからか。
信頼できるおじさんたちが、ある日消えてしまった。
いつもは、いるのかいないのかわからなかったけど、僕らのことは忘れていないということは知っていた、そんなおじさんが、自分からバイバイ、と言って消えてしまった。
何度も”通信”していたらしい
僕は知らなかった
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2011-12-21 23:37
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2011年12月16日(金)
重い。音が重い。
実はここ数作、困ったことになっていたことを白状する。一聴してスッと入ってくる曲がなくて、アルバム一枚聞いても、さて、なんだったかなあ?となって、ずっとムーンライダーズの像が結ばなかったということ。
それはたぶん、僕が彼らについていけてなかったということで、もっともっと聴かなければいけなかったのかもしれないが、そこまでを僕はしなかったということ。
だから、僕が知っていたムーンライダーズはすでにどこかに行ってしまっていて、そして、今のムーンライダーズに追いつく前に、彼らはさっさといなくなってしまった。
渾身の、アルバム。
いつもは饒舌なバンドが、おそらくはじめて、沈黙の中で、作品だけを、われわれの前に差し出した。
僕らはこのアルバムを聴くしかない。
とか言いながら、どこかでインタビューなんて受けてる慶一さんを期待して。
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2011-12-16 00:20
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2011年12月15日(木)
初音ミク初体験。
ムーンライダーズでなければ買うことなかっただろうが、ミク的に結構あたり。
ムーンライダーズのベスト集みたいな選曲。なので、悪いわけないというのは短慮。案外こういうのってつまらないこと多い。当たり前すぎたりするとね、本家に勝てないわけで。
が、ミク的にというのは、つまり、そういう意味で、ミクっぽい(というのが何かよくわかってないが)部分がムーンライダーズの曲をちゃんと解釈できてる。なので、かなり別物。
テクノ・ポップ〜エレクトロニカのビートが新鮮。もともとウェットで自虐な歌詞が、ミクに歌われるのはもっと新鮮。
裏ジャケにはやられたな。「火の玉ミク」
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2011-12-15 23:30
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前作長編の「生首」はいつだったか?全然期待しないで待っていると、案外早く感じる遅筆法月の新作。
独特のギミック感満載。キャラ萌え全盛のご時世に、こんなクラシカルなシリーズを書く方も書く方なら、読む方も読む方だ。
世界(notセカイ)の悩みを一身に背負った法月綸太郎は前景化せず、あえての表層の論理と戯れながら、相変わらず、不毛の荒野を突き進む。
しかし、不思議と、なんというか、昭和の香り、1985年あたりの香りが・・・80年代のテクノポップでも聞きながら読むと良い。
で、もっと昭和の鮎川哲也が読みたくなった。リラ荘あたりでも読んでみようか。
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2011-12-15 11:22
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2011年12月08日(木)
眠れない夜が再び。
私のような下っ端が、こんなに重要な情報を真っ先に与えられるなんて・・・。
勤め始めて約10年。その間に改組が3回、4回?もう忘れた。数える気もしない。弱小領域の悲哀。
youtube見ていて、今の気持ちにぴったりなので、古い歌を。
1985年のCM。大学一年生。あのころに戻りたい・・・。なんて後ろ向きなんだ!?けど今日だけは許して。
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2011-12-08 02:07
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2011年12月04日(日)
まだ私が毎週のように山を走っていた1987年。大学3年生。
12月8日と記憶していたが、調べてみると6日に、福岡国際マラソンが開催されている。この年の福岡は、翌年のソウルオリンピックの代表選考会。当時の日本人は、世界レベルがごろごろしていて激戦。ラストチャンスの瀬古がけがで欠場して、中山が「這ってでも来い」発言(ほんとはもうちょっと違う表現だったみたいだけど)。陸連の選考にもいろいろと議論がなされた大会。
その日は、六甲山で大会があり、阪急電車で神戸へと向かう。電車から見上げた六甲の雪景色。
福岡国際は、中山が飛び出してとんでもないハイペース。当時の世界記録を1分とかいう単位で上回るペース。
雪と風の中の寒い六甲を走って、会場に帰ってラジオを聴く。福岡もみぞれまじりの極寒の雨が落ちてきたらしい。結局中山は最後にはペースダウン。それでも2時間8分台で断トツの優勝。
あれ以降、雪の六甲を見た覚えがない。日本の男子マラソンも見る影もない。
あのころは寒かったんだなあと、穏やかな今日に、テレビで福岡国際を見ながら。
などと書いていたら、なんと、公務員ランナー川内が日本人トップに。エリート今井とたたき上げ川内、瀬古と中山を髣髴させる。40キロ前後の川内の意地は久々に見たマラソンの良いシーン。川内がこれから世界に届くのか、楽しみ。
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2011-12-04 13:32
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2011年11月19日(土)
なぜか、最終日、最後の書き込みになったとたんに、ネットが軽いんですが・・・今まで重かったのはなんなんだ?
今日は夜9:00チェックアウトまでフリー。昨年の学生たちに連れられてバチャン陶器村へ。そこに行く途中、学生の一人の家があるということで、そこでお昼を。
ハノイ郊外(といっても車で10分ほど)の田舎町は、いまだに、日本の田舎町と同じ雰囲気。フランス風の建物とベトナムの伝統的な建物の二つがある広い家。周りも同じく結構広い家が並ぶ。市内ではありえない広さだそうだ。トイレが外であったり、かまどがあったり、日本の田舎の旧家とを思い出させる。
手作りのブン・チャーをいただく。枕の形をしたあげものが絶品。
バチャンは日本にいるような錯覚を起こさせる陶器の町。大きな陶器市場。あまりに安いので、ティーセットを2セット買う。こんな感じの急須とカップのセットで6万5千ドン=300円ほど。高いやつでも30万ドン=1500円とか。
最後に、ロンビエン橋に。バチャン行のバスが出発するロンビエンターミナルのすぐそば。ベトナム戦争の時、アメリカ軍が何度壊してもすぐに補修されてという伝説の橋。あまりに古いのでバイクと電車と徒歩しかだめらしい。確かに始終揺れているしちょっと歩くのは怖い。
宿に帰って最後の書き込み。
次のログインは日本になるだろう。ということで、とりあえず、ベトナム二回目の旅も終了。延べ2週間いると相当慣れた。もう大抵のことは大丈夫かな。来年があるかどうかはわからないけど。
最後に、バチャンにたくさん置いてあった置物。口承された物語の好色女?みたいなものらしい。焼き物なのに妙に色っぽい。帰ったら調べてみよ。
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2011-11-19 17:59
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2011年11月18日(金)
その、ファッション街を歩くのは、めちゃめちゃ楽しい。いろいろ眺めていると時間がすぐに経つ。店員は、ちょっとでも品物に視線を向けるとすぐに寄ってくる。営業でもあり盗難対策でもあるようだ。
驚くのはその量。一キロほどの間に何軒の店があっただろうか?量だけならば、百貨店2〜3個分、いやもっとあるかな?しかも、驚くべきは、どこもかしこも似たようなものばかり。おなじメーカーが全店を取り仕切っているかの如く。
さて、そして来ました、偽物発見。頑張って写真を撮ったので、いってみましょう。
まず、今年私が買ったザックの偽物発見。写真は撮れなかった。ファスナーについている紐の部分の仕様が全然違う。すぐに外れてしまうちゃちな作り。昨年私が買ったものはそれ。ノースフェイスのロゴは小さく入っているのだけれど。これが見分けるポイントっぽい。
いや、本物らしく作っている段はまだいい。マジすか、というのもここではたくさん発見。まずはこれ。微妙にロゴが違うというか、ゆがんでいるというか、文字が太いというか、糸の処理が甘いというか・・・なんとも言い難いTNF。けどTNFでこれはかなりわかりやすい方。ロゴだけでは見分けつかないものもあるから。
これも、ロゴが微妙に違うが、先のよりも見分けにくいしかしこのザックの弱点は下部もう一か所ロゴが。デザインがなんとも無造作な感じがイカス
これもTNFしかし、二つ隣りのDELL印のザックと、同じデザインですよ
さらに他のブランドもこのプーマはないでしょう・・・
ヘルメット編。それ自体がそもそもありえないが黒スプレーで書いた無造作なプーマと、スウッシュがちょっとうまく書けなかったナイキ
アディダスかバーバリーかはっきりしないと
そして極めつけはこれ。ザ・ノース・フェイス・スポーツ穴が開いているのはプーマと同じ。流行なんだな
ね、楽しいでしょう?
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2011-11-18 22:38
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本日で仕事は終わり。午前中の空き時間を利用して、ホテルから大学まで3キロ強を歩く。
近くに高校やら大学やらが多いからか、軒並み洋服屋が並ぶ大きな通り、そして、若い女性であふれかえったファッションストリート=屋台の服屋を発見。
ついでに、プーマ、ノースフェス、アディダス・・・バッタものもたくさん発見。それは次のエントリーで。
古本屋も発見。スラダンとかブラックジャックも発見。
いろいろ見つかって楽しかった。
早めに到着して、大学のキャンパスをブラブラと。こんな壁画が。
「勉強が国家の未来を支える」
みたいなこと??
学食で昼を食べて、最後の二コマ。いろいろ気になることがないこの二日間は、結構みんな集中してくれた。やはり日本から仕事を持ってきてはいかんな。授業の終わりに花をもらう。大きすぎて日本まで持って帰れないよ〜〜
ホテルに帰って、近くの店で、いわゆる定食。コム・なんとか。
そして、9時半にはもう眠くなる。今、すでに眠い。朝は6時ごろ目が覚めるので、まだ日本時間で体は動いている感じ。たった2時間の時差でも時差ボケしてます。
が、それももうおしまい。明日の今頃には空港に向かっている。
こちらは昼は30度近く、灼熱の太陽。
日本は寒いみたい・・・ああ、帰ったら即仕事が・・・
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2011-11-18 21:37
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2011年11月17日(木)
滞在の半分を過ぎて、お金にもようやく慣れてきた。が、屋台の食事にはちょっと慣れないので、お腹がゆるめ。
今日は午前中民族学博物館に行き、
コロニアルなカフェに入り、
屋台でマンガを買い、
授業をし、
夜は日本料理屋でとんこつラーメンを食べた。
が、豆乳ラーメンの味がした。
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2011-11-17 22:02
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2011年11月16日(水)
ベトナムで11月20日は「先生の日」。その日には先生は生徒たちからたくさんの贈り物をもらうそうだ。まだ「先生」に対するリスペクトが残っている国。
今日は、その行事の一環として、教員の昼食会に招かれる。学長も参加のなかなか大した行事。ちょっとした高級レストランでの昼食会。
だからと言ってとびきりおいしいとは限らないのは、どこの国でも同じだが。
夜は場末の屋台でミン・ガー。こちらはまあ普通においしい。一杯25000ドン=100円ちょっと。
ところで、泊まっているのはこんなホテル。
近くは日本料理屋が多い。こんなラーメン屋も。
一日ぐらいは行ってみるかとも思うが、今日の昼たべた寿司がいまいちだったし、ベトナムで日本料理食べてもなあ…
しかし、今年は食べ物の話ばかり。
あまりいろいろ回れる日程ではなくて、行き帰りも専用のお迎え車があって、キャンパスをぶらぶらもできない…
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2011-11-16 22:05
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2011年11月15日(火)
午後から授業。午前は暇だが、日本から持ってきた仕事を片付ける。これは悲しい…。そして片付かない…。なお悲しい。
お昼は近くのお店でブン・チャー。25000ドン≒130円。これはおいしかった。
腹の具合はとりあえず収まってきた。
今年の学校は、国家大学だけあって、施設が立派。ホーおじさんの像の前で話をする。
しかし、微妙に反応が薄い。みんな、マンガをよく知っているといっても、実は知らないんだよな。そのへんでうまく引き付けるのはなかなか難しい。
ということで、今日は取り立てて何もなし。夜は屋台で揚げものを食べて、また軽く油にあたった。うーん、油が古いんだろうな、たぶん。
最後におしゃれなカフェでスイカのシン・トー。
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2011-11-15 22:23
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2011年11月14日(月)
今年の休みは初日。朝に仕事の打ち合わせをして、昼前にはフリー。
で、ホアンキエム湖周辺に出かける。一番のお目当ては、昨年買い損ねたプロバガンダポスター集。一冊買って、もう一冊は来年、と思っていたそちらがどこにもない。去年買った本はどこにでも置いてあるのに・・・。で、つい、その代償みたいに、いろいろ画集を買ってしまう。ベトナムの自転車の本、ベトナムの切手の本、ドンホー版画集、ベトナムのピカソみたいな画家の画集・・・。が、最後に入った店で、買い損ねたポスター集も発見。画集5冊でざっと3,000,000ドン≒15,000円。日本で買ったら3万円ぐらいのイメージ。まあこういう本はべトナムでもそれなりに高いです。
そのあと、大教会近くの「歩き方」に載っている揚げ物屋へ。システムよくわからんけど、おばちゃんに身振り手振りで適当に注文。
食後、巨大な本が入らないので鞄を買おうと、去年も鞄を買った湖の北側へ。
ところで、去年1000円で買ったノースフェイスのザック。実は、数か月で内側のコーティングがはげ、今では破れてしまっていて、いわゆるバッタものだったことが判明。そう思ってみると、作りが雑なところも多々見られる。タグもついていたし、細かいところの細工もされているけど、精巧な偽物だろうという結論。
しかし、懲りずに、少しは肥えた目でよく見てみる。すると、置き場所が違う値段の高いザックが。去年買ったものもまだ置いてあるが、明らかにそれはちゃちで、それに比べるとしっかりしている。店のおばちゃんがなんか言ってたけどベトナム語はわからん。こっちは高いから大丈夫かな…と、とりあえず買ってみる。と、いっても3000円なんで、怪しさ満点なんだけど…。
そのあと、タクシーを拾って宿へ。
で、今六時。昼に食べた揚げ物が・・・油にあたった・・・気持ち悪い。明日から仕事なのに…。
翌日追記
TNFのザック、中をよく見てみると、ホログラムのタグがついていたので、たぶん本物。去年のにはなかったな…。同じ店でも違った場所に置いてあって、値段のつけ方も違うってことは、わかって売っているのか??それとも、昨年のもの含めてベトナムの正規の工場から直接流れてくるアウトレット的なものなのか?TNFは基本ベトナム製だしな・・・。わからない。まあいいや。
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2011-11-14 19:16
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今年もやってきた。昨日から一週間。
去年より一月遅いので、日本で言えば初秋の感じ。(今年で言えばついこの間までの感じ。)夜の空気はひんやりとして冷たい。
今年のホテルはネットがつながりにくく、ちょっと苦労しているが、14階の部屋で景色は良い。こうしてみると、やはり大都会です。
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2011-11-14 09:33
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2011年11月12日(土)
リアルの最新11巻はとんでもなかった。
204-211ページは圧巻。今の時代に、正攻法で、ここまで書ける人がいるのだ。
なるほど、これは井上雄彦だ。スラムダンクの感触。しかし、そこからさらに遠い場所にたどり着いている。
そして、3・11以前から、彼はそんな場所を見ていたのだな、ということも、改めてわかる。
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2011-11-12 01:17
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2011年11月11日(金)
http://www.moonriders.net/notice/
という報せが。Yahooポータルのトピックスで。そこに載っていたことが軽く驚きで、報せ自体は「そんなもんかな」と。
80年代末の活動休止期間から、よくぞ今まで、という思いの方が先立つ。「解散」とは言ってないから、またひょいと活動再開もあるかもしれないが、みんなもうおじいちゃんだし、誰かが死んじゃって自動的に解散、みたいな幕切れが彼らにはふさわしいのかな。
などと、縁起でもないことを。けど、まあ、Who's Gonna Die First?って自分らで歌っているバンドだから・・・。
暫定ラストアルバムを楽しみに
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2011-11-11 08:24
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2011年10月12日(水)
最長のお休みでした。語り続けることの困難が、この空白期間にあふれている。
忙しいとか、忙しくないとかはあまり関係なくて、語りたいことがあるかないかも実は関係なくて、なぜなら、ここ1−2か月は、今よりも少しは暇だったし、語ろうと思うネタもたくさんあったし…。けど、飽きた、というのが当たってるのかな?そのあたりについて、ちょっと書いてみよ。
文章を書くという行為は、思っていることを書くのではなくて、書けることを書くのであって、しかもその書けることというのは、自分ではなかなか決められるものではなくて…
話は変わるが(実は変わらないが)、最近ユニクロに飽きてきた。(減収とかいう話を聞くので、僕のようなユーザーが増えてきたのかなあ?)ここ数年は、ユニクラーだったのだけど、今年の夏のブルーノートのTシャツで、なんというか打ち止め、というか、ここまで来たらもういいか、という、そんな感じ。
そんな感じをもうちょっと詳しく書くと、安くて、しかも引き取ってくれるので、買い換えやすい…というのが、自分の中の洋服の語彙を超えてしまったというのが正確か。もっと簡単に言えば、自分が着こなせるもの、の語彙が少ないので、ショップに行っても、同じようなものし買おうと思わないし、新しいものには手が出せないし、どうせ同じ色買うなら、良い物買って長く着よう、となって、なんか買う気が失せる=飽きた、そんな感じなのだ。
書けなくなったのも、同じこと。ブログに飽きたというのも、書こうと思って書いてみても、これまでと同じになっちゃったり、新しいことを書こうにもかけなかったり、ということ。
園子温の映画を今年の夏に数本集中的に見て、ブログのネタになるぞ、と意気込んで、しかし、相当前に書いた黒沢映画の話と同じ視点とか、この間ジョジョのところで書いたバフチンとか、そんな語り口しかできないので、結局下書きのままファイルを置いておいた、そのパソコンがつぶれた、とか・・・甲子園に高校野球を人生で初めて見に行ったのに、どう書いていいのやらわからなかったり・・・
けど、飽きても、続ける意思はある。とりあえずは復活ということで。
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2011-10-12 20:59
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2011年06月24日(金)
やっと入手して、聞く。
相変わらず、ストーンズだ。ギターやブズーキのアンサンブル素晴らしい。
全部聞く暇がなかったので、飛ばし飛ばし聞く。最後の寅さんのテーマで、ほろっとくる。
まったく。四半世紀前のソウルサバイバーから、中川は何も変わってない。
聞くものを圧倒的な力でねじ伏せて、リスナーを無理やり感動させるのは、世界中でこの人だけだ。
野づらは星あかり、は良い曲だなあ・・・
全部ちゃんと聞いた詳細はのちほど。
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2011-06-24 00:33
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2011年06月23日(木)
今日、駅に行くと、照明が落とされていた。
照明が落ちた、こういう、よくある駅前の施設の虚しさ。照明ありきのデザインのつまらなさ。機能性一辺倒と化したモダンデザインのなれの果てのはりぼて…
ふと思い出したのは、ヨーロッパの駅。駅は暗いものだった気がする。明るい駅にお目にかかった覚えがない。そんな暗い中を、人々が思い思いに集まって散ってゆき、そして、それに似合った重厚な、といえば聞こえが良いが、何十年もそのままに打ち捨てられたかのような駅舎、しかし、その木と石の建物が暗さをちゃんと吸収してくれる・・・。
それでいいよなあ、と、ふと遠い目に。
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2011-06-23 14:15
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2011年06月17日(金)
大学生の時の第一部からもう四半世紀。ジョジョの第七部完結。
巻が出るごとに読んでいたが、大統領の能力がなんだかよくわからなかったので、完結後に一から全部読み直す。
読み直してみると結構印象が変わった。ディオの印象が薄かったのが、重要な役割をはたしていたことがわかったり、大統領の能力が理解できたり、シュトロハイムの生まれ変わりも出てきていたのでびっくりしたり。
しかし、今回は、これまでの作品とは相当にテイストが違う。ジョジョが一番エキセントリックでなくてまともだったかもしれない、ディオも最強のスタンド使いというわけでもなく、ヴァレンタインの顔変わりすぎ。。。
いや、そんなことではなく・・・物語構造の話だ。ジョジョ対ディオの二項対立ではなく、ラスボス、ヴァレンタイン大統領が、ディオとも対立する三角関係を構成し、しかも、レースの方は、ノリスケ・ヒガシカタが妙な存在感を放っていたり、ポコロコが優勝したり。(特にポコロコについては、スタンド使いなんだからもう少しエピソードに絡んでほしかったな)一本の物語の流れの中に登場人物たちは収まっておらず、複数の流れがあるような構成。
この第七部、ちょっと文芸用語を使うなら、バフチンの言うポリフォニックな構成を持っている。互いに異なった数人の登場人物たちが、まじりあうことなく複線的に物語を構築してゆく。
最終的に到達される一つの物語の結論に全員が収斂するのではなく、お互いが最後までばらばらのままにレースは終了する。うまくいっていれば、荒木の新境地であるとともに、マンガの革新が成し遂げられた、そんな作品になっていただろう。
残念ながら必ずしもそれがうまく描き切れたとは思わないし、しかも、手塚系ではなく、梶原系のマンガの系譜は、ポリフォニックな構成とはそもそも相性が悪いがゆえに、梶原直系の荒木にとっては仕方がないところもあるだろう。しかし、ひとつの野心的な試みが、それなりのレベルで完結したことには拍手を送りたい。
すぐさま始まる第八部。ジョジョリオン。このタイトルだけで、すでに荒木飛呂彦の「ザ・ワールド」。5秒間時が止まる。
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2011-06-17 00:02
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2011年06月04日(土)
国歌は選びなおしたら??
いろんな意味がくっついちゃってる歌よりも、みんなで選びなおそう。「君が代」じゃなくて、「国歌」を歌うことに意味があるんだろうしさ。「君が代」はなんていうか、いつまでたっても口ずさめないよ。あのメロディは。
国旗は、新しくいろんな意味が付与されているから、まあいいかという感じ。海外の人々が、今回の地震の時に、「日の丸」を使って応援メッセージをくれたということは結構意味がある。
国旗と国歌は違うんだよな。デザインと歌とは、根本的に。そのメディア性が。
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2011-06-04 13:38
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2011年05月28日(土)
年間20ミリシーベルトが何とか撤回された。
遅きに失したとは言うまい。低線量の放射線は累積だから、一日早ければ、一人でも助かるかもしれないのだ。
このままでいけば、20年後、今の小学生たちが20〜30歳になるときに、変なたとえだが、革命を起こされて、50歳以上が皆殺しにされても、何の文句も言えないなあと、正直思っていた。そのぐらいの罪を、われわれは今犯しているということだろう。
仕事が多忙で、体調もGW以降思わしくなく、ついに来たか、という感じもしているが、とりあえずはどんよりとした懸念が一つなくなって良かった。
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2011-05-28 23:41
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2011年04月30日(土)
国会で、小学校の20ミリシーベルト/年基準を追及された菅総理大臣と高木文部科学大臣。常々、亡国、売国、などというネトウヨ用語は嫌いだったが、この二人にはこの言葉を使いたくなる。国民をばかにするな。
特に、北寄りの文部科学大臣「そんなことで心配するほうがよくない」そうだ。大事なことを全く言わないで、心配な状況を作り出した本人たちが何を言っているのだ??
専門家の意見が分かれている時に、子供たちを最も安全に過ごさせるためには、どの意見を採用すればいいのかわからなかったようだ。
彼らにとっては、子供の健康は、どうでもいいことなんだろうな。
いや、たぶん、そのための対策を思いつかない、というか、あまりに大変なので、二の足踏んでいるという、たぶんつまらない話が根本にあるんだろう。連鎖的に賠償額が増えるというのもまた本音なんだろう。が、それで負担が増えても国民は納得すると思う。全国の学校組織を使えば、福島の子供たちを疎開させることは可能だろう。
原発が今の状況であれば、数か月。夏休みまででいい。たぶん。その間に除染をする。それだけのことだ。
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2011-04-30 16:58
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以前にも書いたが、放射性物質から出る放射線で確実なことは、ある一定以上の線量を一時に浴びると、死ぬ、ということ。
それ以外のものは、因果関係が立証されていない。
つまり、低線量の放射線を長時間浴びるとがんになる、かもしれないけど、ならない可能性も高い。
政府は、「ならない可能性が高い」と真実を言い続けている。文部科学省もならない可能性を最大限評価して、福島県内の小学校をスタートさせた。
「僕、うそついてないもん」確かにその通りなのだ。しかし・・・事ここに及んで、これか・・・。
暗澹たる気持ちになる。なるほど、戦争に負けるはずだ、とそんなことまで連想する。
10年後、20年後に、何が起こるのか、目に見えている。癌になって苦しむ福島方面の20歳前後の若い人たちとその家族(いや、東京だってそうなるかも)。
それに対して、因果関係が立証できない、とする東電や政府。疫学的因果関係、つまり統計上の有意な差が出たとしても、個々人の固有の原因はわからない。不条理。
悪いたとえは承知で言う。例えば、拉致被害者の生命をあそこまで心配する政治家が、福島の子供たちの何人かを確実に死に追いやる(と統計的に示されている)状況については何も言わないのはなぜだ。
原発を今すぐ止めろという気はない。それも前に書いた。そのような私でさえ、今の状況は許し難がたく耐えがたい。
武田邦彦先生を、毎日読んで参考にしている。私に知識の中では、彼の議論が一番信頼できる。彼の議論がずさんだという批判もあるようだが、しかし、大事なことを黙っているやつらよりはましだ。彼は子供たちのために必死にやっている。
http://takedanet.com/
そして、先ほどこのような記事を見つけた。小佐古先生の涙。参与に任命された専門家が言っているのに、政府はそれを無視した。のではなく、さらに悪辣。わかっていて、子供たちを放射線にさらした。これは殺人。個別の因果関係が立証できないがゆえに完全犯罪が将来成立する。
その時のことを考えると、ぞっとする。ほとほと、嫌になった。そんな奴らの下で働いている自分にも嫌気がさす。
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2011-04-30 00:29
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2011年04月18日(月)
名前は前からどこかで聞いたことあったけど、音は聞いたことなかったバンド。
Youtubeか何かでたまたま聞いたら、これがなんと、けっこう良かった。
真っ先に思い浮かんだのが、Wedding Present。ここで少し書いているけど、私のフェイバリット・バンドの一つ。
武骨なヴォーカルがそっくりで、武骨にラウドなギター・サウンドも似ていて、こういうのに弱いんだな。WPよりもちょっとNew Waveっぽいところもあるけどね。
アルバムを出すにつれて、どんどん哀愁ポップ度が高まり、最新作Valhalla Dancehallは泣き泣き。Sigur Rosっぽいところもあるのはやはり今のバンドらしい。
ロックバンドらしいロックバンドを買うのは久しぶり。けど、映画のサントラのインストアルバムの叙情が結構良かったりもするのが侮れない。(というか、ここからますます泣き泣きになっていったんだな)
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2011-04-18 00:06
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2011年04月16日(土)
懸案の一つがとりあえずの終局へ。結局、押し切られた形。こちらに時間を与えず、情報を小出しにする。
よくあるマンショントラブルだが、生和コーポレーションのやり方はひどい。
しかし、こちらのやり方も下手だった。住民同士の意思疎通が当初できていなかったので、細かい譲歩をいくつか引き出すだけで精いっぱい。もうちょっとうまく話を運べれば、たぶんもう少しうまくいっただろう。そんな後悔ばかり。
詳細を知りたい方は、ご遠慮なくどうぞ。いろいろ勉強した。日照とプライバシーを奪われるという高い授業料だったが。
ひどいストレスに参る。一番つらいのは、だれにも話を聞いてもらえないこと。結局、直接の被害がなければ他人事なのは、これまで自分もそうだったから・・・。
もう一つの懸案も、同時進行。ストレスフル。こちらのほうは、下手すると、もっと大きいダメージを受けそうだ。
壁に押しつぶされる卵、村上春樹の比喩によれば、まさにそんな感じ。。
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2011-04-16 23:41
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| memorabilia |
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2011年04月14日(木)
CDがどさっと届く。
疲れ果てて、鬱々と、いろんなことでふさぎこむ毎日。こんなにダウンした日々ははじめてだが、CDをとっかえひっかえ聞いているうちに、ちょっと癒されてきた。
まずは、柳ジョージ&レイニー・ウッドの解散ライブ1981.12.19。柳ジョージは良いな。日本のザ・バンド?イーグルス?
次はがらりと変わってジャーマンニューウェイヴのユニット、Der Planのセカンド。チープなテクノ・パンク。
そしてあがたの新作。雷蔵を髣髴させる音像。メトロファルスの光永厳とムーンライダーズの白井良明のギターが活躍している。すばらしいアルバム。久々の傑作。同じようなことをやりながらも、実は実験的なあがたさんの面目躍如。
そして、山崎晴美のタコの二枚の復刻版。なんとまあ、これが紙ジャケに(驚)、の究極の二枚。すごいの一言。三条の十字屋とか優里奈レコードでオリジナルLPを手に取ってなんだこれ?と思っていたあのころが懐かしい、とはならないのがこのアルバムたち。
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2011-04-14 00:04
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| フォーク / memorabilia |
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2011年04月09日(土)
清志郎がLove Me TenderとかSummertime Bluesとかといっしょに出したDaydream Believer。一連の替え歌のなかで一番ストレートなカバー。
他の曲がご存知原発などの社会的な問題を歌っている中で、あの曲だけがストレートなラブソングだったことに、今まで何となく違和感を抱き続けていた。が、今聞くと、むしろ、この曲こそ、一番響く。
俺たちは、夢から覚められるのかなあ
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2011-04-09 12:48
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| rock'n'roll |
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2011年04月08日(金)
なぜか、涙が出た。原発とどう向き合うか。
内田樹のブログ「原発供養」
祈る。それはきわめて合理的な振る舞いなのだ。
祈ることによって、祈る側に「合理的な」利益がある、という考え方は、私もかつてとあるスポーツによって学んだ。
遠くで走っている見えないチームメイトに、いくら祈っても、祈りは届かない。がしかし、そうすることで、常に、祈る側は、今戦われているレースを、自分のものとして受け止める。
遠くの友が、失敗して、予定時間に帰ってこなくとも、逆に、うまくいって予定時間より大幅に早く帰って来ようとも(そういう競技をやっていたのです)、それを待ち、次に出てゆく役目の、リレーのメンバーは、その状況を冷静に受け止め、自分が何をすべきかを冷静に判断できる。
だから、届かない応援をする。届かない声を出す。そうすることで、われわれは、自分を常に状況の中に置き、その状況から切れずに、常に、その状況に向かいあうことが可能になる。
それは自分のためなのだ。しかしそれが全体の利益にもなる。
*******
数日前に、現場の人々を「兵士」とアナロジーしたが、それは間違いだった。彼らには「司祭」として「荒ぶる原発」を鎮めてもらわねばならないのだ。
そのために、われわれは、彼らを支えるメッセージを出す。しかしそれは、自分の身が、家族が可愛いからであり、彼らのことをとことん考えているからというわけではない。もしもそうであれば、もういいから帰っておいで、放射線は国民全体で覚悟して受けます、というべきなのだから。
知人のことに想像力は及んでも、知らない作業員たちに想像力は及ばない。
しかし、こうした考え方が徹底されることは、力になると思う。これも地震直後に書いた。誰もが誰かの知人なのだ。
まったくまとまりがないが、今日はこのまま載せよう。
とにかく、われわれの力を超えたものに向き合うことを余儀なくされる原発。コントロールできないものに対して偉そうにするな、ということが、今回の教訓なのだ。
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2011-04-08 12:05
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2011年04月03日(日)
明日から、ハードな日々が始まる。委員長だけでなく、職場の改組、自宅のことも。無定形の憂鬱に襲われることは今までもあったが、こんなに形がはっきりした憂鬱に襲われて、本当にダウンしてしまっている。何とか、やってゆくしかない。何もかもが最悪の中、全敗だけは避けたいところだ。
地震、原発が、この憂鬱の通奏低音になっていることは間違いない。700キロ離れた場所で、平気だと自分に言い聞かせている自分に、時折気づいて愕然とする。もんじゅも今、大変なトラブルになっているそうだ。もしもこちらが何か起こったら、ひとごとではないのだ。
いまだに、原発を推進しようとするやつがいるらしい。彼らによれば、日本の成長には、原子力エネルギーは欠かせないらしい。そして、50年に一度ぐらい、大事故を起こして、50年前の水準に経済を引き戻すという訳だ。
いや、結構間近で、神戸の復興を見ていた私は、地震直後に、今回の地震の被害が阪神淡路の比ではないということをなんとなく実感しながらも、被災地が復興することは信じて疑わなかった。
が、原発。これは本当にやばい。復興は、本当に無理なのかも、アメリカの学者が言ったように、日本は貧しい国家に転落するということも、本当に考えられる、それも地震+風評被害による連鎖倒産で。最悪の形。世界で、誰が、今、日本のものを買ってくれる??50年前に逆戻りか??
こうしたスパンを取れば、原発は経済合理性を著しく欠いた代物だということを、経営者はなぜわからない??(もちろん、この議論は、健康被害やら、日本の国土の汚染や、それに伴う深い悲しみなどは度外視してあげている。推進論者の議論とかみ合わせるためにね。そして、わからないだろうとも思う。自分が社長の時に、うまくいっていれば良いわけだしな。)
いや、原発からすぐに離れられないことは認めよう。しかし、新規の稼動はすべてストップ、稼働中の原発のさらなる安全対策と、原子力リテラシーの教育プログラムの策定、そして100キロ圏内ぐらいまでの地域住民避難プログラムをそれぞれの原発で明確に策定して公開すること。そして最重要なのは代替エネルギーの研究に国費を集中的に投じること。
近代日本の歴史は、エネルギーを求める歴史。日本の戦争は、すべてそこから起こっている。代替エネルギー計画がうまくいけば、領土問題も、安全保障問題も、すべてが劇的に変化する可能性もある。
今度の地震は、そういう意味で、明治維新、二次大戦の敗戦、に継ぐ三度目の変化なのかもしれない。
これから、何が起こるか、本当にわからない。新しいことに手持ちの道具で対処すること。真の知恵が必要とされている。ホントに、お前に、できるのか?
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2011-04-03 23:15
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時々覗いている音楽サイト、OTOTOYが作った地震支援のコンピはここから。
大御所からインディまで、こんなとんでもないメンバーたちによるアルバムはこんな時にしかできないだろう。大げさに言えば、日本のロックシーンは、この日のためにあったのか、みたいな。
ぼちぼち聞いて、気に入ったのは、まだCDとか出していないだろうカナタトクラスというユニット。マイスペはここ。
メロウなシューゲイズ、ドリーミーなニュー・オーダー、とでもいうべき打ち込みサウンドはカラーフィルターというかつてのお気に入りのユニットを髣髴させる。まだちょっと歌とかに不安定なところがあって、それがニュー・オーダーのように芸にはなっていないけど、大化けしないかな。
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2011-04-03 03:03
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| memorabilia / shoegazer |
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フィッシュマンズとその時代について。
フリッパーズ・ギターがおり、スピッツがおり、そしてフィッシュマンズがいた時代。みな1960年代後半生まれのユニット、バンドたち。
作者である川崎大助も同世代。ロッキング・オン〜米国音楽と、彼の原稿は相当に読んだ。
当時20代だった僕らが、同じ風景を違った場所から見た、そんな90年代の記録。
まったく景色が変わった今、しかし、フィッシュマンズも、小沢健二も、コーネリアスも、スピッツも、未だに独自の普遍的な存在感を持つ。そして、それらの音楽が普遍性を持てば持つほど、あの時代が遠くなるのだ。
都市を自分たちのサウンドで書き換えようとした、優しいロックンロールたちが次々と登場した時代。僕が夢中になったあの瞬間は、知らない人たちにいくら説明しても伝わらなくて、それがもどかしい。「フィッシュマンズ、すごいバンドですよね」「スピッツ、いいですよねえ」という若い世代の言葉が、時に残酷に響く。彼らが見ている栄光に包まれたバンドの姿が、実は長い長い助走の後のジャンプに過ぎなくて、そして当時、実は僕らは息を切らしながら地べたを走っていたのだということがなかなか伝わらないから。
「僕らが見てきた景色や空気感が、ここに実に鮮やかに甦っている」
それは、その、長い助走のこと。僕らはそんな空気を目いっぱい呼吸しながら、あのころ、まだ見えぬ何かに向かって、走っていたのだ。
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2011-04-03 00:38
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2011年03月26日(土)
大阪大学総長、鷲田清一の先の卒業式での式辞。
大学の総長や学長の式辞は、かつてはメディアで報道され、人々もそれをオピニオンとして受け取っていた。
今テレビで流れているような大阪芸人が語る小市民の倫理とは違った場所にあるこうした倫理もやはり必要である。
そしてそこで話されたことは、私がこれまでずっと目指してきたのでもあり、かつてそれを実現したことがあるものでもあり、また、いまだ実現できざるものでもあり、また、気がつかなかったものでもある。
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2011-03-26 10:13
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2011年03月25日(金)
昨日は卒業式。
薄曇りで時々日が射すが、とても寒い日。
大変な時に門出を迎えた学生たち。
しかし、彼女たちの明るさが、私に希望をあたえてくれる。
彼女たちの笑顔が曇ることがないことを祈る。
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2011-03-25 11:24
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2011年03月18日(金)
事故の評価はともかく、「放射性物質」と「放射線」についてもわかりやすいなあ。うんちが飛び散ることもあるんだけどね。
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2011-03-18 01:58
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