紀元前3世紀、秦の始皇帝が亡くなり、項羽や劉邦が活動し始めたころの話です。
魏の張耳と陳余は互に認め合い、「刎頸の交わり」を結びました。廉頗と藺相如の故事にならったのです。二人は当時、大スターで宿敵の秦から張耳に一万両、陳余に五千両の賞金をかけられるほどの大物でした。
その後、張耳と陳余は趙王に仕えることになりました。ところが、ひょんなことから趙王が燕に囚われの身となり、燕は趙王を帰して欲しければ趙の領地の半分を寄越せと言ってきました。そこで、趙の論客が燕に赴き、張耳と陳余の大物二人が連携して攻め寄せると、燕なんぞ一ひねりだぞと威しつけると、燕は怖れをなして趙王を帰した、という一節から。
なお、本文は史記の「張耳陳余列伝」(明治書院新釈漢文大系「史記」)によりました。
「それ一の趙を以てすらなお燕を易(あなど)る。況や両賢王を以て左提右挈して、王を殺すの罪を責めば、燕を滅ぼすこと易からん」
(そもそも一つの趙でも燕を軽んじていたのです。まして張耳と陳余という二人の賢王が互いに手をつなぎ、王を殺したという罪によって燕を責めたならば、燕を滅ぼすことはたやすいことでしょう)
余談ですが、張耳と陳余はその後数奇な運命をたどりました。
秦に攻められ籠城する張耳を陳余が救援しなかったことから、二人の固い友情に罅が入ったのです。
救援を巡る二人のやりとりは、後世の評価が分かれるところです。
趙王と籠城する張耳は陳余に使者を送って背信を非難しました。「わしとお前は刎頸の交わりを結んだはずだ。こちらは絶滅寸前と言う状態なのにお前は数万の兵を擁しながら救援に出ようとしない。どうして玉砕覚悟で秦軍にたちむかわないのだ」
これに対し陳余はこう答えました。
「今、攻撃に出たところで自滅するだけで趙を救うことはできない。私が死をともにしないのは、理由がある。趙王とあなたのために秦に報復したいからだ。今、攻撃をかけて出るのは、飢えた虎に肉を投げ与えるようなもの、なんの益があろう」
落城寸前の張耳らは、救援に駆けつけた項羽軍の活躍によって救われました。命拾いした張耳は激しく陳余を非難しました。陳余には陳余の言い分があり、二人の仲たがいは決定的になりました。
陳余は張耳と決別し、趙を去り漁師になりました。張耳は項羽軍に加わり、秦の滅亡に貢献しました。項羽は論功行賞の際、張耳を趙の一国の王に任命し、陳余を地方の領主にしました。陳余はこれにも不満でした。その後、陳余は機会を得て、斉の兵を借り、張耳を攻め、張耳は敗走しました。敗れた張耳は、今度は劉邦を頼りました。
やがて、天下の情勢は劉邦に傾き、劉邦は項羽を討つため趙に協力を求めました。趙にあった陳余は、劉邦の下に身を寄せていた張耳の首を条件に協力を約束しました。困った劉邦は姑息な手段を取りました。ニセ首を届けたのです。一旦はこれを信じて劉邦に協力した陳余でしたが、張耳が生きていることを知るとすぐさま反旗を翻しました。
劉邦の天下となった後、劉邦は張耳と韓信に命じて趙に攻め入らせました。その結果、陳余は殺されました。一方、張耳は趙王に取り立てられ、陳余の死後2年して薨りました。これが刎頸の友の結末です。
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2008-02-17 21:50
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次に、国語辞典での扱いを調べる。
○岩波「広辞苑」第五版
…「左提右挈」さていゆうけつ 漢書 張耳伝 手をひいて互いに助けあうこと。協力しあうこと。
○三省堂「大辞林」第二版
…「左提右挈」さていゆうけつ 漢書 陳余伝 互いに提携して、援助し合うこと。
○三省堂「広辞林」第六版
…「左提右挈」さていゆうけつ 左右から助けること。また、相互に助け合うこと。
○小学館「大辞泉」1995年初版
…「左提右挈」さていゆうけつ 左右の手で携えること。互いに助け合うこと。
○小学館「国語大辞典」1981年初版
…「左提右挈」さていゆうけつ 左右の手でたずさえること。互いに助けあうこと。
○小学館「日本国語大辞典」第二版
…「左提右挈」さていゆうけつ 左右の手でたずさえること。互いに助けあうこと。*山陽詩…略 *明六雑誌…洋字を以て国語を書するの論(西周)「人民の愚も左提右挈労来輔翼其苗を揠くことなく…」 *漢書張耳伝「以両賢王左提右挈、面責殺王之罪、滅燕易矣」
収録が確認できたのは以上。さすがに小型辞書では採用していません。
こうして四字熟語辞典、漢和辞典、そして国語辞典の扱いを調べると、意外にも四字熟語辞典での扱いが一番軽い。漢和辞典では小型の辞典にも収録されているほど重要な扱い。国語辞典でも大型辞書には収録されていました。
全体に思っていたより扱いは大きかった。そんなに重要な四字熟語か、という感じ。結局、出題者はこれらのうちから採ったのか、それとも他から採ったのかは分らない。
次回は、張耳陳余伝を読む。
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2008-02-16 22:15
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では、漢和辞典での扱いはどうか。
○小学館「新選漢和辞典」新版
…「左提右契」さていゆうけい たがいに手を引きあって助ける。=左提右携
○三省堂「新明解漢和辞典」第三版
…「左提右挈」さていうけつ 1手をひいて助けあう。漢書、陳余伝「況以…責殺王」 2左右の手をひきたずさえる
○角川「必携漢和辞典」
…「左提右挈」さていゆうけつ 手をとりあってたがいに助け合う。
○角川「新字源」
…「左提右挈」さていゆうけつ 手を引いてたがいに助け合う。
○角川「大字源」
…「左提右挈」さていゆうけつ 左に携え、右に引っ提げる。手を引いて互いに助け合う。左提右携。(漢書・陳餘伝)
○平凡社「字通」
…左提右挈(携)は助け合う。史記・張耳陳余伝 夫れ一の趙を以てすら、尚ほ燕をあなどる。況や両賢王(左賢王と右賢王)、左提右挈し、王を殺すの罪を責めんとす。燕を滅ぼすこと易し。
○講談社「新大字典」
…「左提右挈」さていゆうけつ 両手に物をささげること。転じて、互いに助け合う。左右から相助ける意。史記・陳餘伝
○大修館「漢語林」
…「左提右挈」さていうけい 左にひっさげ、右にたずさえる。手を取りあって助け合うこと。
○大修館「大漢語林」
…「左提右挈」さていゆうけつ 左にさげ右にたずさえる。手をとりあって互いに助けあうこと。左提右携。漢書、陳余伝
○大修館「広漢和辞典」
…「左提右挈」さていゆうけつ 左にひっさげ右にたずさえる。手をとりあう。互いに助けあう。漢書、陳餘伝 夫レ一趙ヲ以テスラ尚ホ燕を易(あな)ドル。況ヤ両賢王ヲ以テ左提右挈シテ王ヲ殺スヲ責ムルヲヤ。燕ヲ滅ボスコト易カラン。
○大修館「大漢和辞典」
…「左提右挈」さていいうけつ 左にひつさげ右にたづさへる。手をとり合ふ。助け合ふ。漢書、陳餘傳 (白文省略)
小型の辞典にも収録されていることに驚く。とりわけ、角川「必携漢和辞典」と三省堂「新明解漢和辞典」などは「重要な故事成語・語句などは色刷りで示した」とし、何と色刷りになっていた。重要な四字熟語なのである。重要ゆえ出題したのか。
出典の一端を知るには、「字通」、「広漢和辞典」が適当。「大漢和辞典」は白文で示されているので難解。なお、採りあげた辞典の順序に意味はなく、転記を一部省略している部分があります。
前回調べた四字熟語辞典では、随分とマイナーな四字熟語の如き扱いだったが、漢和辞典では、一転して重要な熟語扱いとなっている。
余談ながら、下線で示した部分は少数派。
次回は、国語辞典を調べる。
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2008-02-13 21:41
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平成19年度第3回1級の四字熟語問題で、次の出題があった。
「左提( )」
※( )に入る語は別に平仮名で列挙してある熟語群から選択
正解は、「左提(右挈)」
この「さていゆうけつ」ですが、漢検協会発行の「漢検四字熟語辞典第一版」には収録されていません。同じく「漢字必携一級」に掲げられた四字熟語にも見当たりません。
出題者の意図は何か?
漢検を標榜して刊行した四字熟語辞典も、これでは羊頭狗肉ではないか。
ところで、出題者はこの「左提右挈」を何から採ったのだろう。
まず、手元の四字熟語辞典を調べてみた。
○小学館「四字熟語の読本」…なし
○三省堂「新明解四字熟語辞典」…なし
○大修館「四字熟語辞典」…なし
○岩波「四字熟語辞典」…なし
○角川「四字漢語の用法」…なし
○日本実業出版社「四字熟語博覧辞典」…なし
○講談社「四字熟語・成句辞典」…なし
うーん、これだけ収録されてないということは、余程マイナーな四字熟語ではないかと思っていたところ、ありました、意外な1冊に。
○三省堂「四字熟語便覧」
…「左提右挈」出典 漢書 陳余伝
意味 手をひいて助けあうこと。
参考 「提」も「挈」もともに手に持つこと。原文には「況や両賢王を以て左提右挈して、王を殺したるを責むるをや」とある。
用例 苦しいときにこそ、みんな左提右挈してがんばり抜こう。
(一部省略)
この「四字熟語便覧」は、収録四字熟語数1700項目、文庫サイズで、編者は三省堂編集所となっています。ここから採ったのか?
次回は漢和辞典を調べる。
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2008-02-11 19:39
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