またもや映画レビュー簡易版。
正月からこっちはかなりの映画を見ましたから。
久々に映画館でも見てきたので…。
ま、簡易版だけど…一応載せときます。
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2010年2月12日 11時44分
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映画レビュー /
日記・雑記 |
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あの橋を渡るまでは、兄弟でした。
作品データ
2006年/日本
公式サイト
CINEMA TOPICS ONLINE 紹介
監督/西川美和
脚本/西川美和
音楽/カリフラワーズ
主題歌/ カリフラワーズ 「うちに帰ろう」
上映時間:119分
主な出演者
オダギリジョー
香川照之
真木よう子
伊武雅刀
蟹江敬三
新井浩文
木村祐一
2003年「蛇イチゴ」でデビューを果たした西川美和監督作品。主演はオダギリ・ジョー。
東京でカメラマンとして成功した主人公の猛(オダギリ・ジョー)は母親の一周忌で久々の帰郷。故郷では兄の稔(香川照之)と幼馴染の智恵子(真木よう子)が猛を迎えてくれる。久々の帰郷で父親とのソリも合わず、早々に東京へ帰ろうとする猛だが、稔は3人で明日近くの渓谷に行こうと誘う。翌日楽しく渓谷を訪れた3人だが、渓谷の吊り橋から智恵子が落下してしまう…。
この智恵子の吊り橋からの落下が事故なのか殺人事件なのか…。これがキッカケにして物語は一気に動く。「ゆれる」吊り橋の上で起きた出来事は猛と稔のお互いの感情までもが「ゆれる」。そして肝心の見たはずの記憶までもが「ゆれる」事になる。
最大の焦点である智恵子が落下した場面なのだが、これがそれぞれの立場によって見方がガラリと変わる。これがこの物語が二転三転とまさしく揺れ動く要因。これが中々スリリングな展開になっていて、この中盤の「ゆれる」感情と、2人の感情と心情がラストでバッチリと効いてくる。
実はこの作品、かなりの終盤になるまで観客は真実を知らない(真実を知らされない構成になっているのだからしょうがない)。何故こんな事になったのか。何故こんな事をしてしまったのか…。猛の視点と共に真実を知らされる観客は、あの稔のラストショットまでの短い時間内に心も大いに「ゆれる」だろう。
内容としてはやや暗い作品とも言える。誰が見ても楽しめるというタイプではないが、ちょっとミステリアスで濃厚なドラマを楽しみたい人には最適な作品でしょう。オダギリ・ジョーと香川照之の演技と、心が揺れ動く細かなシーンは中々良い作品だと感じました。
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2009年5月10日 23時52分
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淡く、切ない、故郷の想い出を放す・・・。
春、それぞれの想いが咲く・・・。
作品データ 2006年/日本
公式サイト
CINEMA TOPICS ONLINE 紹介
監督/飯塚健
脚本/飯塚健
音楽/海田庄吾
上映時間:87分
主な出演者
徳永えり
安藤希
金子昇
小林且弥
田山涼成
奥貫薫
山田辰夫
西岡徳馬
監督は飯塚健。主演に徳永えり、安藤希の2人を迎えての作品。
物語は愛子(徳永えり)と芽里(安藤希)の2人のお話を軸にしている。それと同時にこの町に着たばかりのバスの運転手であったり、離婚を考えている主婦だったり、フリーターの青年などの、同じ町に住む人々とのお話も描かれている。
しかしながらこれら複数のお話がほとんど絡む事なく終わってしまうのは惜しい。最終的にはそれぞれ何かを捜し求めていたものが見つかったり、得れるお話なのだが、それぞれのエピソードが絡まずに、分断された状態で見せられてしまうので、感動を得れる内容ではなくなっている。
また登場人物のほぼ全員が生活感とかリアリティを感じられない。まるで血の通っていないお人形さんのように無表情で、感情移入のしようがないほどの距離感を感じてしまう。これでは胸に迫るものなんてのは皆無だろう。
描写についても同様だ。深くを語らなくても理解できるような構成だが、それでも感情の起伏があまり少ない。一つ一つのシーンが意味もなく長い割には肝心のシーンが凄く短いカットで済まされるなど、結果を見せたいのか過程を見せたいのか監督の意向はサッパリ読めない。
こういう思いがラストに至るシーンで、トドメのように観客を引かせる。なにかしらの結果や方向性を見つけた登場人物がそれぞれの道への想いを寄せるシーンだが、ここで舞う桜があまりにも不自然で、さらに舞う量が間違っている。このラストシーンでそれぞれの道へ向かった登場人物のエピローグなどが挿入されていれば少しは違った印象だっただろうに…。
ちなみにこの監督はこの作品の次に「彩恋 SAI-REN」でもう少しマトモな作品を作っている。
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2009年5月4日 09時42分
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戦いは赤壁(レッドクリフ)へ。
作品データ
2009年/アメリカ/中国/日本/台湾/韓国
公式サイト
CINEMA TOPICS ONLINE 紹介
監督/ジョン・ウー
脚本/ジョン・ウー
音楽/岩代太郎
上映時間:145分
主な出演者
トニー・レオン
金城武
チャン・フォンイー
リン・チーリン
ヴィッキー・チャオ
チャン・チェン
フー・ジュン
中村獅童
昨年11月に公開された「レッドクリフ Part Iの続編。今回の作品で「レッドクリフ」は完結する。事になる。
前半部分で簡単なあらすじの紹介がある。しかし元々1本の作品として製作され、時間的な問題から2分割されたというだけに、前作のような人物紹介みたいなものは一切無い。このPARTUの見ているのはあくまでPARTT鑑賞者であるという前提があると思われる。万が一PARTTを見ていない人が鑑賞した場合、序盤の説明と状況の把握に結構苦労するかもしれない。まぁ本作が公開される直前にPARTTのDVDは出てるしTVでも放映されるなど、かなりのサービスが目立ったのでその心配も少ないとは思うが…。
とにかく前作を見ていれば状況はすぐに理解できる構成になっているし、前作から引き継いでいるポイントも絞られている。例えば今回は諸葛孔明を除くと劉備軍の関与は意外と少ない。今回はいよいよ周喩率いる呉の水軍と、それに関わる人々がメインになっているのだ。
しかし今にも赤壁の戦いが始まりそうな雰囲気で幕を閉じた前作だが、それでもメインの赤壁の戦いまではまだまだ時間が取られている。諸葛孔明の10万本の矢、周喩の計略、そして小僑が行動を起こし、そして肝心の風向きが…(黄蓋の苦肉の策は無いのが残念)。そしてこれでもかと引っ張った後、ついに戦いの火蓋が切って落とされる。
このクライマックスでの迫力は凄い。満を持しての戦いであり、そしてジョン・ウー監督の真骨頂とも言えるアクションシーン。CGを多用するのかと思いきや、意外とエキストラを起用しての実写が多いところがリアリティ溢れる映像につながっている。ド迫力の映像、そして音響はまさしくスペクタル大作である。しかしこれらのシーンはあの「プライベート・ライアン」を意識している感が強く、かなりソックリなシーンまで用意されていたのは少し笑った。
少し苦言を呈するとすれば、あまりにも女性の関与を意識しすぎた感じがある。小僑が取るある行動については前作のフリからも多少納得のいく感じだが、尚香が絡んだエピソードはいかにも取ってつけた感じが残った。こういった女性キャラクターに役割を与える事によって女性客の関心と良質なドラマを作り出そうとする狙いは分るが、そのドラマがやや現実離れした行動を見せると興を削いでしまう。歴史大作をエンターテイメント化する場合、避けては通れない道なのかもしれないが、流石に尚香のエピソードはお涙頂戴的に挿入された物語であろというのがハッキリと見えるのが一番の難点だろう。
さらには肝心の赤壁の戦いの終わるシーンでもやや拍子抜けの感がある。あの場所に主要登場人物のほぼすべてが揃う必要性があったのだろうか…? しかもあんなにアッサリとしたやり取りで終わってしまうなんて…。
前作があまりにも丁寧でしっかりと描かれていただけに本作も期待は高かったが、終わってみればやはりいつものジョン・ウー監督作品。まぁエンターテイメント作品としてはこれくらいで十分なのだろうが、なにせ前作の出来があまりにも良すぎた為にねぇ…。
あと毎度の事ながら、やたらと鳩が登場したり、ラストシーンの小僑の言葉などからも反戦的な意味合いを込めた印象が強い作品。しかし戦いを回避する方法を一切省いていたり、「命よりも大切な正義」みたいなセリフがあるうちは、その意味合いは偽善的なものにしか受け取れないと思うのだが…。
2009.5.3 掲載
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2009年5月3日 01時21分
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ひとりじゃない。
作品データ
2008年/日本
公式サイト
CINEMA TOPICS ONLINE 紹介
監督/平川雄一朗
脚本/金子ありさ
音楽/澤野弘之
主題歌/ ケツメイシ 「出会いのかけら」
上映時間:129分
主な出演者
岡田准一
宮崎あおい
伊藤淳史
塚本高史
平山あや
緒川たまき
三浦友和
西田敏行
現在ではお笑い芸人としての地位を確立している劇団ひとりの同名小説の映画化作品。
私は未読だが、原作の方はオムニバス作品とのこと。映画化にあたっては個々のエピソードを繋げる為に群像劇としての脚本がされており、良くも悪くもこのこれがキーポイントになっているように思える。同じような手法の有名な作品としては「ラブ・アクチュアリー」とか、邦画では「大停電の夜に」「有頂天ホテル」などがあるが、この作品もそれを意識して作られた感がある(ポスターとかほとんど同じ作りになってる)。
だが前述の作品を見た後にこの作品を見ると、人間関係が先に読めてしまうのがネック。物語のクライマックス付近だといいのだが、中盤過ぎくらいでほとんど読めてしまうものだから、クライマックスでの感動にもうワンパンチ足りない印象がある。こちらの作品の場合は「ラブ・アクチュアリー」とか「大停電の夜に」などに比べると登場人物の数が少ないというのも影響しているだろう。だからうまく融合はしているものの、練り込まれた印象がなくなっているようにも思えた。でも原作のオムニバス作品を映画用に繋げているだけだから・・・と言われれば納得はしますが。
物語の軸は岡田潤一が演じたシンヤのエピソード。軸にするだけあって最初から最後までしかkりと筋の通った良いお話だが、個人的には何故かこのシンヤに感情移入する事ができない。いやシンヤだけでなく、他の登場人物にしてもそうだ。三浦友和のリュウタロウなる人物が、突然出会う西田敏行扮するモーゼというホームレスに憧れてしまう理由も分らないままだし、宮崎あおいの鳴子が伊藤敦史の雷太に惚れてしまう過程もすこし短絡すぎると感じた。おかげで娘の寿子(宮崎あおいの二役)が母親の初恋の相手を探すという理由付けの薄さにまで影響している。
そんな中でうまく纏まっているのが平山あやの武田みやこと、塚本高史のゆうすけ君とのエピソード。この話だけ他所のエピソードと最初から最後まで絡まないのだから、映画としてのバランスが悪いとしか言いようが無い。
個々のエピソードにはそれぞれグッと来るところがあって非常にいい印象を受ける。しかし良い素材を準備していたのにかき混ぜる手順を間違えたとか、足さなくてはならない調味料を入れ忘れたとか、そういう感じの物足りなさで勿体無い。
でも逆に原作の方を読みたくなってきたが…。製作者側はこれを期待していたのだろうか?
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2009年2月23日 23時51分
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