ニックネーム:ガーベラ
性別:女
都道府県:プラハ(チェコ共和国)
プラハで音楽の仕事がしたい!という目標のためチェコ留学を果たし、チェコ国内某企業にて勤務中。コンサート通いが唯一の(?)楽しみ♪

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ヤナーチェク・フィル&今井信子
2010年06月13日(日)
 前の記事で予告した通り、コンサート・レポートをぼちぼち書いていこうと思います。
 
 去る3月、世界的な名ヴィオリストで日本のヴィオラ界の第一人者である今井信子氏が、友人のオーケストラの定期演奏会にソリストとして出演しました。当然、オケの年間スケジュールが発表された時からこのコンサートについては知っていたので、「聴きに行きたい!」と友人にリクエストし、チケットを用意してもらって1泊2日でオストラヴァへ。3月下旬とはいっても今年の冬は長かったので、ようやく雪は解けていたもののまだまだ寒い時期でした。
 プログラムは前半にモーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」とウォルトンの「ヴィオラ協奏曲」で、後半はベルリオーズの「イタリアのハロルド」。とかくヴァイオリンやチェロと比べて地味なヴィオラは、ソロとしてはあまり馴染みがない楽器なので、このプログラムは始めて聴く曲ばかりでした。イギリスの作曲家・ウォルトンの「ヴィオラ協奏曲」は、そんな数少ないヴィオラ・ソロのための重要なレパートリーの一つで、1929年に作曲されました。彼が初めて作曲した協奏曲がヴィオラ用というのは興味深いことです。協奏曲が作曲されるにあたっては、大抵その楽器の名手である友人のため、あるいは著名なソリストに依頼されて作曲という場合が多く、ウォルトンの場合も名奏者であるターティスのために作曲されましたが、結局初演はヒンデミットのソロによるものでした。近代音楽でありながらロマン派の要素も併せ持つようなこの曲はとても聞きやすく、ソロとしてヴィオラがこんなにも「鳴る」楽器なのかと気づかされると同時に、他の楽器に消されてしまいがちな中音域でも、ヴィオラの持つ深い音色が際立ち、ヴァイオリンのような華やかさはないけれども、独特の魅力を持つ楽器なのだと改めて感じました。



 後半の「イタリアのハロルド」は一説によると、ヴァイオリンの名手パガニーニに依頼されて元々ヴィオラ協奏曲として作曲が始められた曲で、ヴィオロ・ソロとして今井さんが再度登場・演奏しました。ベルリオーズは(今でいう一発屋のような作品になってしまっている)「幻想交響曲」以外ほとんど聴いたことがなかったのですが、この「イタリアのハロルド」はそれぞれの楽章に彼らしく表題がついていて、音楽の作りもそれに合わせたストーリーのようになっているのが面白いところでした。ヴィオラは第一楽章では協奏曲のように活躍するのですが、だんだん出番が少なくなっていき、第四楽章などはほとんどオケのための曲になっていました。出番の少なくなる今井さんのためにステージには椅子が用意されていましたが、結局出番がないところでも彼女は終始立ちっぱなしで、う〜ん、プロ!と感心しました。今井さんの演奏はとにかく素晴らしく、一般的にヴィオラという楽器の持つ「地味さ」を全くといっていいほど感じさせないもので、豊かで深い音色からデリケートなピアノの音まで多彩な音を紡ぎだし、コンサートの中でヴィオラ・ソロをほとんど初めて聴いた私のような人間でも、この演奏はすごい!と素直に感嘆させられるものでした。間近で演奏を見ていたオケの友人も、あの年齢で(御年60代後半)あれだけのレベルを保てるだけでも驚きなのに、すごいハイ・ポジションで弾いていたらしく、信じられない!と感心していました。日本人としては、何となく自分のことのように嬉しくなってしまうもの ブラボー でした この曲は表題もそうですが、ベルリオーズ特有の華麗なオーケストレーションが光る曲で、もっと演奏される機会が増えてもいいのに、と思いましたが、今井さんのような名ヴィオリストが少ないことも、あまり演奏されない一因かもしれません、残念・・・。そういった意味で、この演奏会を聴けたことは私にとっても貴重な機会になりました。

  ホールの建物の外にあるオケの看板にも今井さんの写真が映ってます。


 今までに聴いたヴィオラの演奏では、ソロの音を聴ける機会はほとんど室内楽の演奏会でしかなかったのですが、ヴィオラの深く渋みのある音色が素敵だな〜、と感じた演奏は数える程度。ヴィオラ奏者は中々良い人材に恵まれないことが多く、それは最初からヴィオラに惹かれて習い始める人よりも、むしろヴァイオリンからの転向が多いことも原因といえるのではないでしょうか。(プロフィールによると、今井さんも20歳を越えてからヴァイオリンからヴィオラに転向したそうです)ヴァイオリンの競争率が高いために、ちょっと楽器が大きくなるだけで基本的には同じ構造のヴィオラに転向すると、奏者人口が少ないのであまり上手くなくてもプロになれたり、、ということが起こりえます(ちなみにヴァイオリン奏者は習わなくてもヴィオラも弾けます。ただヴィオラの場合、楽譜がハ音記号なのでちょっと譜読みが面倒ですが、それも慣れれば問題ないですし)。どんな世界でもそうですが、競争率が高くなければ、それだけお互いに切磋琢磨して腕を磨くという状況にはなりにくいものです。素晴らしいヴィオラ奏者がもっとたくさん生まれれば、ヴィオラの楽器としての魅力もより広く認知されていくのではないかと思いますし、ヴィオラのための曲を作曲される機会も増えるのではないでしょうか。ということで、ヴィオラについて一考でした。
2010-06-13 15:30 | 記事へ |

| 音楽 |
チェコ・ニュース
2010年06月01日(火)
 4月に起こったアイルランドの噴火のせいなのか、ヨーロッパ全体で異常気象が続いている今日この頃。チェコも5月はまるで日本の梅雨かと思うくらい毎日雨ばかりで寒く、北モラヴィア・シレジア地方では洪水も発生し、山では土砂崩れが起こったり電車の線路も水に浸かって不通になったりと被害が出た模様。オストラヴァの友人も、庭のスロープが沈んだとかで(町のあちこちでスロープが沈むという現象が発生したようです)、家が地崩れするんじゃないかと心配してましたが、幸い専門家に見てもらったところ大丈夫だったそうです。そんな中、唯一と言っていいほどの明るいニュースは、チェコのアイスホッケーのナショナル・チームがドイツで行われた世界選手権で優勝したことでしょう しかも決勝は、チェコにとっては因縁のロシアが相手。同じくロシア相手に勝って優勝した長野オリンピックの時の中心選手、ヤロミール・ヤーグルが代表に復帰しての優勝ですから、チェコ人にとっては格別の思いでしょうね 前日の準決勝ではヴァーツラフ広場において巨大スクリーンによるパブリック・ビューイングがあり、決勝は旧市街広場に場所を変えて、同じく特設スクリーンで放映されていましたが、広場いっぱいを埋め尽くして勝負の行方を見守っていた群集は、優勝した瞬間大興奮 試合が決まったのは夜11時過ぎ、日曜の夜で次の日は仕事だったので、私は大人しく部屋で観戦していましたが、翌日になっても、トラムや町のあちこちでユニフォームを着たりチェコの国旗を持ったファン達を見かけました。

 優勝トロフィーを持って帰国した選手達(新聞写真より)
(ちなみに見出しは「故郷へようこそ!町は黄金の少年達を祝福した」とあります。「少年達」といっても皆青年、中には中年も混じってますが(笑)、チェコではいくつになっても男性を「男の子」、孫のいる婦人でさえ「女の子」と呼んだりします。私も以前の職場ではよく言ってましたが、私みたいな小娘が10も20も年上の人達をそう呼ぶことには、今でも慣れません・・・

 さて、今はちょうど第65回プラハの春音楽祭の真っ最中ですが、そんな中あまりよろしくないニュースが。チェコ・フィルの元ディレクターで、現在は文化省の大臣を務めているリードルバウフ氏。チェコ・フィルにいた時から団員とは折り合いが悪かったらしいのですが、彼が後任のディレクターを「能力がない」として一方的に解雇しようとしたらしく、団員がそれに反発して、コンサートをボイコットするという事態にまで発展してしまいました。こういったことは異例のことで、コンサートを楽しみにしているお客さんがいる限り、どんな理由があろうとも決して良い方法とは言えません。このオケはいつも内部問題ばかり起こしているので、せっかく実力のあるオケなのにこういったマイナス面でニュースになるのは不名誉なことです 何だかんだいってチェコを代表するオケなのだから、もうちょっとしっかりして欲しいですね。

 先週末、チェコの下院選挙が行われましたが、結果的に今まで優位に立っていた最大野党の社会民主党が敗北し、長らく党首に居座っていたパロウベク氏が辞任する模様です。町にはこのパロウベク氏を悪魔とかモンスターのように例えた、対立候補・政党の選挙ポスターをよく見かけましたが、こういうのって日本では見ないですよね。あからさまに相手の変な写真を使ったり頭に角をつける加工をしたりして、いいのか悪いのかはモラルの問題ですが、中にはクスリと笑えるようなものも よく考え付いたなぁ〜と思わず感心さえしてしまいます。とにかくこの選挙によって、今回良い結果を収めた市民民主党が他党と連立政権を作れば、今まで圧倒的議席数を占めていた社会民主党と他党とのバランスが良くなり、チェコ国民にとっては希望の持てる結果となったようです。でも首都プラハでは、その市民民主党さえプラハ市長のベーム氏と裏社会(?)との癒着問題によりノーをつきつけられ、去年誕生した新党「TOP09」が勝利しました。この新党の中心人物は、昔の大貴族・シュヴァルツェンベルク家の現当主、カレル・シュヴァルツェンベルク氏。いつも蝶ネクタイをしていてまるで1世紀前の人物のような風貌、さらにいつも眠そうな話し方をする人で見ていて何となく可笑しいのですが、一体これからどんな手腕を発揮してくれるのか、怖いもの見たさで興味津々です

 私事では、現在自動車免許を取るべく教習所に通ってます。こちらではマニュアル車が普通なのですが、今まで車のクの字も知らなかったので、かなり悪戦苦闘しております・・・ やっぱり金額が高くても日本で取っておけば楽だったのになぁ〜 すんなり1回で免許が取れたとしても早くても秋ですので、気長に頑張りま〜す。
 それとベルリン旅行の記事がまだ完結していないのですが、しばらくブログを休んでいる間にかなり時期はずれの内容になってしまったので、また思い出した時にでも話しの中に混ぜて書いていこうかなと思ってます。また「プラハの春」を初め、なかなかブログに書く時間のなかった過去のコンサートのレポートが溜まっているので、次回から思い出しつつ書いていくつもりです。
2010-06-01 23:20 | 記事へ |

| 生活 |
ベルリン旅行〜2日目A
2010年04月05日(月)
 コンサートは夜8時から。ウンター・デル・リンデンから、ちょうどフィルハーモニーの前に停まる200番のバスに乗っていきましたが、バスの中の日本人率高し!皆コンサートに行くのでしょうか。何といってもソリストは内田さん、日本人の聴衆がいつもより多いのかもしれません。インターネットで予約したチケットは、コンサートの開演30分前に窓口で引き取るように、と予約表に記載されていました。バスが少々遅れてホール前にたどり着くと、何人もの乗客が降りていきます。ホール入り口にはダフ屋の姿も。こんなことだったら、最初に行きたかった日程の分、チケット取れなくても来れたのに〜! とちょっと残念。開演15分前にようやく窓口へ到着して予約番号を言うと、窓口の女性はさっとチケットを用意してくれました。手際がいい〜!これもまたプラハとは大違い。まあ世界最高峰のオーケストラですから、聴衆は世界中から集まってくるわけであって、マネージメント側もしっかりしていて当然といえば当然。ホール内の案内もスーツをピシっと着込んだ美青年ぞろいで(笑)、きっちりした印象を与えます。螺旋階段を上りクロークまで行ったのですが、開演が近かったためかクロークはほぼフル状態。それでも順番まで待っていると、私の前で「もうここは一杯なので隣に行って」と言われてしまい、慌てて他の人達と一緒にクロークからクロークへ。2つ目くらいでようやく空いているクロークが見つかりました。なんて巨大なホールなのか、こんなにクロークが何箇所も分散しているホールは初めてです。自分の座席のあるブロックへ行くにも、螺旋階段をいくつも上ってたどり着きましたが、中へ入って更にこの見晴らしのいい広い空間にびっくり このホールをモデルにして、日本一のホールである東京のサントリー・ホールが建てられたそうですが、ロビーもホール内部も明るい色調なためか、2000席のサントリー・ホールよりも明らかに広く感じます。(実際に収容数は2440席だそう) 私の隣の席の人達はにっこりして迎えてくれ、周りの人達もとても感じがいい印象でした。みんな音楽が好きで聴きにきている、という雰囲気がして、自分と同じで何だか嬉しかったです 
 そして小さい頃から、オーケストラといえばベルリン・フィル&カラヤン!だった私にとって憧れ続けた瞬間がいよいよ近づいてきました!! 指揮者のラトル氏がステージに登場、想像していたよりも真っ白な髪にびっくり。細君が今やオペラ界のスーパー・スターといっていいでしょう、ブルノ出身のメゾ・ソプラノ、マグダレナ・コジェナー。彼女はさっそうと音楽界に現れて瞬く間に有名になったのですが、この結婚で更に箔がついた感じがします ところでオーケストラのコンサート・マスターに髪が黒々として若そうな東洋人が座っているのを見て、日本人?といぶかしく思ったのですが、確かカラヤンのいた時代、日本人コンサート・マスターがいたな〜と記憶の片隅に浮かんできました。(注:安永徹さんです) でもカラヤンがいたのは20年以上前だし、はて・・・ その時は気づかなかったのですが、そういえば何ヶ月か前に、ヴァイオリニストの樫本大進さんがベルリンの交響楽団の第1コンサート・マスターに内定した、というニュースが日本の音楽界を駆け巡っていたのを思い出し、あ〜 と納得。でもベルリンの交響楽団というから、てっきりベルリン交響楽団かと思ってました(ベルリンには「ベルリン」と名のつくオーケストラがいくつもあり、それぞれ有名なのです)、まさかベルリン・フィルだったなんて!それは確かに大ニュースだわ〜 無事に「内定」から「本採用」になるといいですね!オーケストラの試用期間は1年で、一般の会社よりも長いので・・・。
 さて、最初はリゲティの小品・アトモスフェーラ。キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」にも使われた曲なので曲名はよく聞くのですが、実際に演奏を聴いたのは初めてでした。現代音楽ですが、思っていたよりも聞きやすい印象です。リゲティの曲の中でも最も頻繁に演奏され、チェコ・フィルでも時々定期演奏会で取り上げていたような記憶が。楽器の声部を細かく分解することによって生み出される、ざわざわ、モヤモヤとした雰囲気が終始続きます。短い曲だからいいものの、これを1時間も聞かされたらおかしくなりそう…。さて、次にベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番で、いよいよ内田光子さんがステージに登場。この方は若い時から全然風貌が変わらないというか、年を取らないというか…。内田さんの演奏はさすがで、初期の作品のためまだモーツァルトなどの影響を受けベートーヴェンの作風が確立しておらず(所々に面白い箇所がありましたが)、もちろん有名でもなく内容的にも目立たない曲なのに、最初から最後まですっかり聴衆を惹きつけてしまいました。私も細部までしっかりと耳に刻み付けるように堪能させてもらいました。が、しかし、ここで予想外のことが 何と一部の聴衆が第1楽章が終わった後に拍手をしてしまったのです!それにつられるように、1階席の聴衆もパラパラと拍手・・・。信じられない!!! プラハでもこれはないですよ。「プラハの春」などのイベントの時には、クラシックのマナーをよく知らない方達もたくさん来てますので、そういう場合は拍手が出てしまっても仕方がないのですが、ここは世界最高峰のベルリン・フィルの定期演奏会。まさかこんなところで場違いな拍手を聞くことになるとは思いませんでした やめて〜!!と気分は台無し・・・ 幸い、私の席の周りの人達は音楽の分かる人達だったため、こういう拍手につられることはなく、しらーっとしてました。内田さん、ラトルとも集中力を切らされたくないようで、無視してすぐに2楽章の演奏を開始しました、ホッ。ちなみにあまりにも拍手が大きくて長いと、演奏者によっては(聴衆を静めるために、仕方がないので)客席に向かって軽く一礼する場合もあります。2楽章が終わった後にはさすがに拍手は出ませんでした。さっき拍手しちゃった人達、ようやく空気を読んだみたいです。そして3楽章まで演奏が終了すると、今度こそ本当にわっと拍手 ・ブラボーの嵐!! 何度もカーテン・コールに応える両者。こういうヨーロッパの一流オーケストラの一流ホールで、日本人ソリストが活躍しているのを見るのは気持ちがいい すっかりいい気分になって休憩へ。
 ロビーは人で大混雑しており、やっと買えたグラスの白ワインを片手にぶらぶらと雰囲気を楽しみました。壁に備え付けられたモニターには、内田さんのインタビュー映像も流されており、多くの人達が熱心に見入っていました。ワインを飲み終わった後は、1階にある売店へ。CD、DVD、書籍、ベルリン・フィルのオリジナル・グッズなどが販売されていて、散々迷ったものの結局ホールのポストカードだけを購入。これだけの人ですから、休憩時間も30分くらいと長く、たっぷり休憩の間の雰囲気を楽しんでから後半へ突入。
 後半の第一曲目は再度リゲティで、Mysteries of the Macabreというソプラノと小さいオーケストラのための曲。小さいとはいってもパーカッションが充実していて、大きな紙切れをぐしゃぐしゃにして破ったりなどの演出もあり、またソプラノのバーバラ・ハンニガンさんは終始興奮して叫んでいるようにしか見えなかったのですが(笑)、音楽というよりも演劇のような舞台作品を見ている感覚でとても面白かったです。指揮者のラトル氏も時々その「演技」に加わり、オーケストラに向かってドイツ語で怒鳴りつけたり。聴衆も皆興味津々で時々笑い声も起こっていました。終わった後はこれまたブラボーの嵐!現代音楽でこれほど聴衆に暖かく受け入れられるのも珍しいんじゃないかという気がします。最後にシベリウスの交響曲第1番。この曲は作曲者がベルリン滞在中に作曲に着手したという曲で、分厚いオーケストラの醍醐味を存分に堪能させてもらい、演奏会は10時半近くに終了しました。さすがベルリン・フィル、全ての演奏が超ハイレベルで完成度の高さは文句なし。アンサンブルもきっちりしているし、純粋に安心して音楽を楽しむことが出来ました ちなみにこの演奏会の模様は、ベルリン・フィルのホームページにあるライブ・コンサートでチケットを購入すると、一定期間インターネットでコンサートを視聴することが出来ます。
 コンサート終了後もまだ1階の売店はしばらく開いていたのがお客にとっては嬉しいところ。しばらくまた店内を物色して結局何も買わず、ロビーのお客が消えるのを待ってから館内の写真をこっそり撮りました。

 終演直後の様子

 ロビー内


 終わった後もホールの外は聴衆で混雑していたため、バスを待たずに(何も考えず)とりあえず来た道を歩いていきました。ライトアップされたホールを時々横目に見ながら、まだ興奮さめやらぬ私 そのままいい気分でてくてく歩いていき、ソニー・センターの中に入って写真をパシャリ。


 本当は軽く食事でも、と思ったのですが、どこも人がいっぱいで入りづらくて、諦めてまた歩き続け、結局途中にあったバス停でも止まってバスを待つことはせずにフリードリヒ・シュトラーセ駅まで徒歩でたどり着いてしまいました。直線距離にして1.5q、実際は2キロ以上あったと思いますが、よくアイス・バーンの上を転びもせずに夜に1時間近くも歩いたものです・・・ でもコンサートの余韻が残っていたので、一人でもすごく気分が良く、寒いと感じることもなかったです。後から考えてみれば、旧西側にあったベルリン・フィルハーモニーから、かつて壁のあった境界を通りぬけて東側まで歩いてきたんだな〜と不思議な気分になりました。20年ちょっと前までは命がけだったルートです。平和な時代に来れて良かった、とつくづく思いました・・・。
2010-04-05 13:03 | 記事へ |

| 旅行 / ドイツ / 音楽 |
ベルリン旅行〜2日目@
2010年04月04日(日)
 ベルリン2日目−。前日アイス・バーンの上で長時間歩きまわったのが響いたのか、少々筋肉痛・・・ でも今日は行きたいところがいっぱいあるので、あまり遅くならないうちに!と出発しました。まずホテル最寄りの地下鉄駅前にあるBalzacというコーヒー・ショップで、朝のコーヒー。このコーヒー・ショップはチェーン店らしく、前日もいろいろなところで見かけてちょっと気になっていたのです。雰囲気やお店の作り、お値段も、スタバなど類似のコーヒー・ショップそのもので似たりよったりでしたが、この天使がスクーターに乗っているロゴはかわいかったです。今から考えるとあまりにも似た作りなので、スタバと同系列のお店なのかもしれませんね。



 あまりのんびりもしていられないので、たっぷりのコーヒーを飲み終わるとすぐに地下鉄でフリードリヒ・シュトラーセ駅へ。そこから徒歩で「博物館の島」にあるペルガモン博物館へ行ってみました。日本人観光客の姿もちらほら。。こんな寒い時期でもはるばる日本から観光に来られるとは感心。川に流氷が張るくらいなんですよ、こんな風に鳥たちも氷の島で羽を休めてました。





 さて、世界的に有名なこの博物館、何といっても実際の遺跡のレプリカを作って展示するという手法が斬新で面白いと思います。特に古代エジプトとかヒッタイト、アッシリアなど、子供の時から読んでいる漫画の影響で大好きな私は興味津々 現在のこの地域は多くが紛争地帯で先進国とは言えない生活状況なのに、昔は人類の歴史の中でもかなり高度な文明があったことには驚きです。日本人の団体客も多いためか、日本語のオーディオ・ガイドもあって、それが一つ一つの展示物や歴史についてかなり細かく説明してくれるのですが、じっくり全部聞きながら回ると何時間あっても足りない気が・・・ 実際に団体客の皆さんはツアーの制限時間があるので、私が最初の展示である「ゼウスの大祭壇」をじっくり見ているうちに、皆いなくなっていました。やっぱり博物館などゆっくりじっくり見たい派の私には、あまり早いと見た気がしないのでツアーは無理です・・・。

 ペルガモン(古代ギリシャの都市、現在のトルコ領)のゼウスの大祭壇


 この最初の展示と、博物館の右翼にある古代中東エリアの展示が個人的には一番面白かったです。中東エリアの上階はイランなどの美術品の展示エリアになっていて、こういった鮮やかなオリエント美術やデザインが好きな人にはいいかも。私はあまりこういったデザインには関心がないので、さーっと見る程度でしたが。右翼にあるいくつかの展示品を以下にさっとご紹介します。
 アッシリア(現在のイラク北部)の首都アッシュールの門を守る人頭有翼牡牛像。花模様が使われた鮮やかな赤や青の壁のデザインがかわいいです。

 バビロニア(メソポタミア地方)の首都バビロンにあったイシュタール門。広角対応していない私のカメラでは大きすぎて入らない…。絵葉書だと綺麗ですので、ちゃんと全部収まっている写真が欲しい方は、絵葉書の購入をオススメします。


 同じくイシュタール門へと続く行列通り

 バビロンにあったといわれる伝説のバベルの塔の想像模型。16世紀のブリューゲルによる有名な想像画にある、丸い螺旋状の塔とは大分雰囲気が違います。

 「目には目を〜」で有名なハンムラビ法典のレプリカ。

 博物館内は今でも修復作業や工事中でした。これはミレトスの市場門のところ。こういう文化財に関われる仕事って面白そうだな〜


 さて、この時点で博物館に入ってから2時間以上が経過していたのと、ずっと重いオーディオ・ガイドのヘッドフォンをぶら下げて聴いていたためかなり疲れてしまっていました。そのため、博物館の左翼にある古代ギリシャの展示は、鮮やかな色彩の中東と比べると全て白い彫刻ばかりでどれも同じように見え(苦笑)、疲れもあってあまり楽しめませんでした これだけ大きな博物館なので、1日で全部見ようというのは無理があるのかも。今度来る時は、あまりじっくり見れなかった古代ギリシャに焦点を絞って行こうかなと思います

 売店でポストカードなどを購入した後、ランチを取るためにシュプレー川にかかる橋を渡って歩いていったのですが、前日の晴天とはうって変わってその日はちらちらと雪も降っていて、道路は一面の雪景色。橋の中ほどで、ジプシーのおばあさんがこの寒いのに素手でアコーディオンを鳴らしていたのですが、右手のメロディーは変わるのに左手の伴奏は同じ和音のまま・・・。可哀想にも思ったのですが、あの演奏にはちょっとチップはあげられない・・・。こっちも貧乏旅行者だし、下手にお金をあげて万が一たかられたりしたら、女一人ではいざという時怖いので・・・。他のドイツ人達も皆無視して通り過ぎていきましたが、トルコ系やら移民の多いドイツでは日常の光景なのでしょうね。プラハでもこういった施しを求めている人達はよく見ますが、どちらかというとチェコ人の浮浪者や身体の不自由な人達が多く、明らかに肌の色が違うというような移民や外国人はあまり見ない気がします。以前はプラハ城のあたりに出没していたというジプシー達も、警官の目が厳しくなったのか見かけませんし・・・。

 橋を渡って川の向かい側から見た氷だらけのシュプレー川と、旧ナショナルギャラリー


 さて、雪の中をざくざく進んで、川のすぐ近くにあるアンペルマン・レストランにたどり着きました。



 店内は何組かのお客のみ。2時を過ぎていたのでちょっと遅めのランチでしたが、メニューはこの紙に書いてあるものか、セルフ・サービスのスープやペンネのみ。しかもこのメニューの紙、1月って書いてありますけど、すでに2月に入ってますが?  このメニュー表にはピザばっかりだったので、スープじゃさすがに足りないと思いペンネにしましたが、長い時間セルフのコーナーに出されていたままだったらしく、ペンネは乾燥しかかっていて固い…。味付けも結構辛めで、あまり美味しいとは言えない。。 お店は紙ナプキンからコップからアンペルマンのキャラが描かれていて、それはかわいかったのですが、店員もわりとそっけなかったし、ちょっと期待はずれでした

 そのまま来た道を戻り、ドームが立派なドイツ大聖堂の外観の写真を一通り撮ってから、すぐ近くのこれまた川沿いにあるDDR博物館へ。

 DDRとは旧東ドイツを意味するドイツ語の省略形。プラハにある共産主義博物館には以前行ったことがあるので、そこと似たような感じかなと想像していったのですが、こちらのDDR博物館のほうがかなり狭く、その上観光客が多いので混んでいてぎっしりという印象でした。実際に当時のものを手で触れるのがプラハとは違うところで、引き出しを開けると中がショーケースになっていたりと、狭いスペースでの展示にも工夫が見られ、当時を感じれるスポットとしてはなかなか面白かったです。ただ好みの問題と何となく暗〜い気分になったせいかもしれませんが、もう一度行こうとは思いませんでした。。

 実際に中に入ったりもできる、旧東ドイツの車の代名詞、トラバント


 昔のレトロなキッチンを再現。

 コーヒーが高級品だった時代、旧東ドイツでは、純粋な豆に別のものを混ぜてミックス・コーヒーとして販売されていたんだとか。51%のコーヒー豆に34%のライ麦と大麦、5%のテンサイ・スペルト小麦・チコリーなどなど。旧西ドイツのコーヒー・メーカーでJacobsというのがありますが(チェコでも販売されています、ちなみに私もこのインスタントをよく飲んでます)、この「ヤコブの戴冠」というコーヒー名に引っ掛けて、このミックス・コーヒーは「エーリッヒの戴冠」と呼ばれていたとか。ちなみにエーリッヒとは、旧東ドイツの政治家で一党書記長だったエーリッヒ・ホーネッカーのことです。この展示では、実際に大麦などが混じったコーヒー豆にも触れます。これが販売されていたのかと思うと、変な感じ…

 ちなみに同じ旧共産国だったチェコの歴史についても紹介されており、こんな展示もありました。

 これは元ハヴェル大統領が地下活動をしていた時に、有志を募って発行された憲章77を打ったときのタイプライターだそうです。これは貴重かも・・・。

 さてさて、その後また市の中心へ戻り、今度はユダヤ犠牲者記念館へ。確かちょうどこの奇抜なモニュメントができた時に、日本の朝のテレビ番組では生中継で紹介されていて、その不思議さに度肝を抜かれてから興味があった場所。テレビ画面からではそのスケール感や全体像がよくわからなかったのですが、行ってみてようやくなるほど〜 と納得しました。


 ビルが何個も建てられそうな広大な敷地いっぱいに、大小様々で同じデザインの灰色の巨大なコンクリート製ブロックが地面に林立しているのです。中に入ってみるとまるで迷路のよう。一番高い部分では3mくらいあるんじゃないかと思うのですが、その狭い通路に立って周りを自分よりずっと高い柱に囲まれている様は、まるで世間から離れて収容所に隔離されている気分。これをデザインしたアメリカ人建築家も、きっと訪れた人達がそういう気分を実感できるように狙って作った気がしました。

 それにしても、ただのコンクリートのブロック(失礼!)2711本のためにこの広大な土地が使われるのって、何だか太っ腹。戦後補償に積極的な姿勢のドイツならではかな〜とも思いました。本当は地下にある情報センターへも行ってみたかったのですが、既に17時を回っていて、コンサートの前に腹ごしらえをして服を着替えにホテルに戻らなければならなかったので、今回はここまでで断念

 帰り道、ウンター・デル・リンデン沿いにあるハーゲンダッツのカフェへ。プラハにもこのカフェはありますが、お値段が私にとってはちょっと高級なので、何となく入れなかった場所。でも本場ドイツでなら、ちょっとお金を使ってでも行きたい気になります。もう雨が降り出していてコートも大分濡れていたので、店内で過ごすうちにちょっと乾かすことができました。頼んだのはこちら、ベルギー・ワッフルとストロベリー・アイスのチェコレートがけ。

 美味しかったのですが、さすがにこのボリュームだと最後は甘ったるくて飽きました。お店のお兄さんはとってもフレンドリーで愛想がいい。ドイツに来てまず感じることは、こういった接客業の人達のサービスや態度がチェコと大違いですごく感じがいいこと。まるで日本にいるみたいです。旧東ドイツにも負けてるチェコの接客業がいかにレベルが低いかということを実感されられます。地方に行くとそうでもないのですが、プラハの人達はお高いところがあるので(チェコ人の弁)、特に態度が冷たい。ちょっと車で2時間も行けば外国なのだから、一度外の世界を見てみるといいのに!といつも思わずにいられません。
 ドイツ語は英語と同じインド・ヨーロッパ語族で、似たような単語も多いので、大抵のドイツ人は英語ができます。でもせっかくなので、挨拶くらいは現地の言葉でしてみたい…と、ついドイツ語で挨拶をしてしまうと、ドイツにはアジア人も多く住んでますから、ドイツ語ができると勘違いされてドイツ語で話されることも。一応大学時代はドイツ語をずっと履修していて、ドイツ語検定にも合格したんだけどな〜。使わないのでほぼ風化してますが、ドイツ語は私にとっていつかまたやってみたい言語です。

 さて、この後ホテルへ戻って30分で支度をしてからまた慌しく町へ。いよいよベルリン・フィルのコンサートです!
2010-04-04 13:21 | 記事へ |

| 旅行 / ドイツ |
ベルリン旅行〜1日目A
2010年03月28日(日)
 さて、ゲンダルメンマルクトを後にしてウンター・デル・リンデンまで歩いて戻ってくると、なにやら綺麗なショーウィンドーが目に留まりました。観光客らしき人達もちらほら…。近づいてみると、ドイツといえばの一つ、メルセデス・ベンツのお店でした。ショーウィンドーにはピカピカのモデル車が陳列されています。私は車に特別興味はないのですが、それでもこれだけピカピカの車を見たらオッと思わず写真を撮りたくなるというもの。周りの観光客も皆写真撮ってました。さすがにこれは目立ちますもんね。


 一通り眺めてから、ふと反対側の通りにチェコのシュコダのお店があるのに気づきました。ベンツの通りを挟んだ向かいに店を出すなんて、なかなか頑張ってるじゃないの、シュコダ (ちょっと写真ボケてます…)



 そういえば、シュコダはドイツでの売れ行きが好調だと聞いたことがあります。金融危機の影響で車の販売台数が大幅に落ち込んだ中、ドイツ政府はいち早く新車購入優遇制度を設け、そのおかげでシュコダの新車もかなり売れたとか。関係ないですが、先日シンガポールから来られた方が、向こうでシュコダの新車を買ったと言っていたのですが、それはボタンを押すと自動的にバックで駐車をしてくれるというハイテクな車なのだとか。日本円で600万くらいするらしいですが、シュコダがシンガポールで販売されているというのにもオドロキ。それと同車種をプラハで偶然見かけましたが、高級車というのが一目で分かるほどピカピカで大きく、チェコの路上を走っている車の6割はこれなんじゃないかというくらいの人気車種・オクタヴィアやファビアとは段違いでした。この高い占有率のせいで、どうもシュコダというとチェコの庶民の車、という感覚があったのですが、実は外国でも結構評価されているんですね〜
 話がそれました。さて、その後ブランデンブルク門を見に行くためにバスに乗ったのですが、途中の道が工事中でバスのルートもガイドブックに記載のものから変更されており、ブランデンブルク門に一番近い停留所を飛ばしてどんどん町の中心から遠ざかっていきます。これはまずいと思い、次の駅でとりあえず降りて反対側のバス停からもう一度町へ戻ることにしました。でもちょうど降りた停留所の目の前に迫力のある大きな建物があったので、せっかくだからと写真を撮っていると、次から次へと観光客らしき人達がその建物から出てきます。こんな寂しげなところに観光スポットなんてあったっけ?と半信半疑でしたが、建物の入り口まで行ってみると、ドイツ連邦議会議事堂、つまり国会議事堂であることがわかりました。そういえば、いつも観光客でいっぱいだとガイドブックに載ってたなぁ〜。あまり興味がなく行く予定もなかったのですが、行き当たりばったり気味の今回の一人旅、時間はまだ夜7時を過ぎたばかりで別に急いでもいないし、せっかくなので中に入ってみることにしました。(やっぱり夜景モードで撮るのって難しい・・・ )



 入ってみると入場は無料なのですが、さすがに国の中枢機関であるだけに、空港並みのセキュリティー・チェックを受けました。冬で分厚い恰好をしていると、こういう時ブーツまで全部脱がなければいけないのが面倒です…。さて、エレベーターで上へ上がり、英語のオーディオ・ガイドも貸してもらってドーム型の展望台へ。展望台は巨大な円錐を逆さにしたような鏡のようにピカピカ光る柱を軸にしていて、螺旋状のスロープがガラス張りの壁に沿ってぐるぐると円を描いている構造でした。オーディオ・ガイドを聞きながらその螺旋スロープを上へと登っていくと、ベルリンの町が360度見渡せるようになっており、ソニー・センターのあるエリアやブランデンブルク門も良く見えて、冬の夜景もなかなかのものでした。スロープを頂上まで上って、また下へ行く専用の別のスロープを降りて戻ってきましたが、所用20分程度。この円柱の下にはガラス窓がはめ込まれていて、青いイスで埋め尽くされた議会場が見えました。なぜ国会議事堂が観光客にそんなに人気なのか最初分かりませんでしたが、皆この景色が目当てなのかと思ったら納得。入場も無料でしたし行って損はない感じで、思わぬところで寄り道をして良かったです。



 さて、その展望台からブランデンブルク門がすぐ近くだということと、大体の方角も分かったので、建物を出てから見当をつけて歩いてみると、すぐに明るくライトアップされた門が見えてきました。門のところまで行くには通りを渡ってかなり遠回りをしなければいけなかったのですが、のんびり雪の中を歩いてようやくたどり着きました。ギリシャ神殿のようなこの門はベルリンのシンボル的存在で、事実アテネの神殿の門を手本にして1791年に完成しました。冷戦下では東側に属していたわけですが、この門のすぐそばに壁が建設されていたため、壁の周囲は半径何mか立ち入り禁止だったことから、当時は誰も門の下を通ることができなかったのです。私は当時を知らないので何の感慨もなく通り抜けたのですが、壁のあった当時と壁が取り壊された後の両方のベルリンに行ったことのある友人から、「壁があった時には近づけなかった場所だけど、壁が無くなって初めてこの門を通り抜けた時には妙に興奮した」と言ってました。そう言われると納得。特に旧東ドイツの人達にとっては、感動もひとしおだったでしょうね。



 一通り写真を撮った後は、そろそろ寒いので最後にアンペルマン・ショップに行って、どこかで夕食を食べてからホテルへ戻ることにしました。ショップへ行く途中に撮った写真がこちら。テレビ塔や流氷だらけのシュプレー川、雪だるまがずらーっと並べられた広場など、この時期ならではのものも見れました。




 アンペルマン・ショップはかなりかわいいグッズばかりで、残りの現金を考えてどれを買うか絞りきれずに本当に迷いました。10ユーロなんてあっという間に無くなってしまう、やっぱりユーロって高いわぁ…



 このショップの近くにチェーン店のシーフード・レストランなどもあったのですが、ショッピング・センター内らしいそのレストラン街は夜9時を回ってどこもクローズ… もうかなり足も疲れて寒かったので、早く暖かいところで休みたい気分…。ようやく更に少し行ったところにレストランを発見、しかも滞在中どこかで飲むぞ〜と決めていたベルリンの地ビールのあるところ!というわけでやっと暖かいレストランで腰を落ち着けることができました。

 こちらはレストランの外観

 店内は暖かく、落ち着いた雰囲気です


 せっかくなので典型的なドイツ料理が食べたくて、店員の女の子に勧めてもらったソーセージを注文しました。ベルリンならではのもの、カリー・ブルスト(カレー粉をまぶしたソーセージ)ではなかったのですが、甘いケチャップのようなソースをかけたソーセージは意外と油っぽくもなく、なかなか美味しかったです。でも付け合せのポテト・サラダがマヨネーズかけ過ぎ。。 チェコではソースって大体綺麗に食べきれる量がかかっているので、食べ終わってからソースだけすごく余るということはあまりないのですが、ソーセージのソースもかなり余ったし、ドイツ人のほうがチェコ人に比べて味が濃いのが好きなのかも。ドイツ料理もチェコ料理と同じく、基本的には肉中心なのですが、ドイツ料理よりもチェコ料理のほうが美味しい!と言う人もいます。チェコ料理自体、これは美味しくて日本人にも合う、と言えるのは数えるほどなので、どっちが好みかは分かれるところですが。(誉めてるんだか批判してるんだか、自分でもよく分からなくなってきました。。チェコ料理の中にはいくつか、時々むしょうに食べたくなるメニューもあるのですが、「これ美味しい!」と自信を持って人に勧められるようなのは無い、かも・・・ )


こちらがベルリンの地ビール、Berliner Kindl  飲みやすくて美味しかったです。


 これで約10ユーロ(1,300円)ほど。まあ、お値段はそこそこでした。疲れてたのでこの後すぐにホテルへ帰り、次の日に備えて充電・・・
2010-03-28 15:14 | 記事へ |

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