ニックネーム:JA3ATJ または “ちかま”
性別:男
年齢:74 (秋には,後期ナンチャラに)
都道府県:大阪府
生まれは,大阪 タマツクリ。それが故か 職業は タマ(CRT)つくりを 50年。'59年 アマチュア無線局開局,以来 自ら楽しむと同時に,その組織活動に積極的に加わり今日に至る。“ちかま”はコールサインに由来。

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2012年02月03日(金)
軒並み 大きな赤字 と テレビ生産の縮小
韓国 サムソン が,売り上げ・利益の大幅な記録更新をしたというニュースに続いて,ここのところ毎日のように,電機業界 日本企業の業績が著しく悪いことが報じられています。

パナソニック の 7,800億円 の 赤字 を はじめ,ソニー も,シャープ までも。液晶テレビの価格低下と販売台数の減少で,日立 は 母屋でのテレビの生産を打ち切るというし,その他各社も生産規模を半減かそれ以下に絞るとも。
かつて,北米では,RCA,モトローラ,ゼニス(私の職場ではジーナスと呼んでいた) など テレビの大企業が並んでいましたが,日本企業に押されてしまった経緯があります。

とても難しい問題だと判っていますが,次世代の人たちに期待するしかないですかな。
2012-02-03 23:35 | 記事へ | コメント(2) |
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2012年01月28日(土)
確定申告の時期が
パナソニック松愛会・高槻支部・パソコンクラブ の 行事で,今日の午前中は,初級対象の パソコンで書類に入力する確定申告,午後は「よろず相談」というグループで,e-Tax の勉強会をもちました。

今回で,私自身は e-Tax 3年目になるのかな。それでも気が重たいことです。ボケ老人(夫婦)になったら,どうなるのだろうという心配も。(いやすでにボケてるやないかとチャチャが入りそう)

今年こそ日時に余裕を持って取り組もうとは思っているのですが。午前午後 各2時間ほどの受講を終えて,帰宅後は 昭和30年代に一緒に仕事をしていた「ブラウン管の仲間たち」約100人に 4月に開催する「懇親会」の案内状を投函に行きました。

その後,明日の「シンポジウム」に持って行くもののカバン詰めです。QSL カード転送を受け付けますといいながら,結局自分自陣のカードの印刷は,まにあいませんでした。ゴメンナサイ。来月 巣鴨に行く機会には,カバンに入れていきます。

明朝は,07:01 高槻発 なので,いつもより早く入浴しましたが,急遽頼まれてプロジェクタを用意したのに,信号ケーブルを入れ忘れたことに気づき,直ぐに見つかったので,ヤレヤレです。でもきっと,まだ何か忘れ物をしていそうです。
2012-01-28 22:56 | 記事へ | コメント(2) |
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2012年01月15日(日)
高槻支部「新春懇親会」

パナソニック松愛会 高槻支部(北出支部長 会員 1,344名)の「新春懇親会」が,昨日 市内の「たかつき京都ホテル」で開催され,189名が出席しました。昨年4月以来の入会が 91名で,そのうち 8名が出席ということで,それぞれの紹介がありました。

1993年に,オランダ Philips との技術提携を解消して以来,高槻の事業場名も二転三転しています。この元日からは,パナソニック・エコソリューションズ という名前になったのですが,司会者も支部長も,すらりとこの言葉が出てきません。照明事業部 → 照明社 → ライティング社 と看板を変えてきたのです。

グローバル化で,横文字化は仕方がないのでしょうが,部署名や役職名がカタカナでは,長ったらしいうえに,アルファベットならまだしも,いったい何をやっているところか ピンときません。漢字なら殆どが二文字か三文字で表せ,読まなくても見ただけで,何をしている部署かが分かるのにと思います。

10:30 に始まった会は,挨拶や 高槻市沖縄県人会 の人たちによる 沖縄民謡と舞踊の披露があり。正午から宴となりました。映像管(CRT)関係だけでなく,関連の事業場や,担当の仕事がら 接触範囲はごく限られていましたが,テレビ(事)や本社管理部門で お世話になった人たちと旧交を温めることができました。
2012-01-15 23:56 | 記事へ | コメント(2) |
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2012年01月07日(土)
パナソニック JVC株売却
パナソニック は,JVCケンウッド の株を売却して,筆頭株主からおりると昨日の新聞は報じています。JVCとは,日本ビクター(株) で,のちに ケンウッド(音響と無線機器メーカー) と合併した会社です。

日本ビクター は,米国の RCAビクター と関係が深く,戦前から 日本コロムビア,テイチク と並ぶレコード(盤)の優秀な技術とシェアを持つ会社でした。戦後の厳しい環境の中で,ビクター の名前を損ねてはならないということで,1954年 松下幸之助創業者(当時社長)が経営指導にあたったのです。

ここには,テレビジョンの父 と言われる 高柳健次郎博士(のちに文化勲章受賞) が おられました。高柳博士は,1926年 世界で初めての 全電子式テレビ受像装置を 浜松高等工業学校(現 静岡大学)で作られ「イ」の字の受像に成功されました。なお,撮像(送り)は らせん状に小窓を開けた円盤を回転させる半機械式でした。

松下電器 が 真空管や電球などの技術を高めるために,オランダの Philips 社 と 技術提携してできたのが,1952年設立の 松下電子工業 でした。その翌年だかには,ブラウン管(CRT) の技術を習得するために,Nさんが単身 オランダのアイントホーヘンに行かれました。

帰国後 技術アシスタントを求めて 高柳さん のところに行くと,Yさん という若い技術者を紹介されました。松下で最初に CRT が完成したのは,1954年の秋だと聞いています。一方,1955年の夏には,学年のトップで(成績がではありません)就職が決まり,1956年に入ると,授業もなく人生最後のバケーションを(ただし親父のスネはやせ細っていた)と思っているところへ「本社へ」という速達が届きました。

何ごとかなぁと思って 門真 に行くと「明日から京都工場へ」と言われました。配属先は,京都からできるだけ遠い所を と希望しておいたのですが,採用取消し と言われるよりマシだと思わざるを得ませんでした。というのは,私が生まれたときには,すでに松下に入っていた兄が,京都工場の一画にある 第八事業部 にいたからです。

そして,1956-2-21 出社したときの 上司が Yさん でした。3KP1 のような 観測(オシロスコープ)管の技術資料(カラーブレテン)もみていたので,そうそうたる技術陣がいるものとばかり思っていました。いっこうにそれらしき人たちを見かけないので 上司である Yさん に尋ねました。「俺とおまえさんだけや」という返事にビックリしました。

電気科 といっても,発送配電 が主体の,いわゆる 強電 を習ってきたので,いきなり蛍光面製造の 蛍光体の沈殿 や ニトロセルローズを使ったラッカー膜の工程なんてチンプンカンプンの苦戦でした。

京都工場での CRT は,いわば家内工業みたいなもので,その年の夏過ぎ 高槻にベルトコンベアを引いた量産工場が完成するため,本社での導入訓練を経てからの配属では,まにあわないということから,入社内定者の中で,京都工場に近い者が呼び出されたというわけです。以来,2005年の年末まで ほぼ50年 CRT の技術部門にいました。

人生って,どこでどう岐路に立つのか分かりませんが,そんなきっかけがなかったら,高槻には住んでいないし,社内製品ではないですが,ヨメハンの顔も違っていたことです。

上司の Nさん,Yさん ともお元気で,昨秋も懇親会にて,当時のお話をしました。JVCの株の話しから,長文になってしまいました。ご勘弁のほどを。
2012-01-07 11:46 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年01月06日(金)
神戸三大神社初詣ウォーク
昨 5日は,北摂歩こう会 という パナソニック松愛会 高槻・茨木摂津 支部の ハイキングでした。久しぶりの神戸 というより 初めて歩く部分がほとんどでした。一行は 80名程度だったでしょうか,初春早々,四方山話をしながらの楽しいハイキングでした。久しぶりに,万歩計が 2万を超えていました。

生田神社 を 起点に,湊川神社 と 長田神社 に 詣でて,途中いくつかの公園を通りました。昼食を終える頃までは,陽ざしがあるところでは比較的暖かかったのですが,午後は,雲にさえぎられ,長田神社を出る頃には,ほんの少し小雨がという天候で,用意した防寒兼撥水保護着をザックから取り出すほどでした。

生田神社

昨年は,石清水八幡宮 で,うさぎ年だったから,可愛い置物 が目にとまりましたが,さすがに 龍 を可愛らしくたものは見つけきれませんでした。それでも記念に,幅 4cm のお守りを兼ねたキーホルダかな,いろんな用途がありそうな品を買い求めました。
2012-01-06 15:47 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年11月15日(火)
CRT-OB会 に 142名が 集いました

13日 吹田市にある パナソニック・リゾート・大阪 にて,Cathode Ray Tube の OB の 懇親会 を催しました。昨年は 10月の平日で 120名の出席でしたが,今回は 日曜日だったこともあってか,一昨年の 141名を僅かながら超す 142名の出席という新記録でした。

女性が少ない職場でしたから,この日は 19名,初参加が 10名,新入会での出席者が 8名でした。

同じ職場で苦楽を共にして,定年を迎えた 1,130人(最近は該当者が把握しにくい) のうち E-mail を含むと半数近くの人たちに案内を出しました。これらの事務局的な作業と,当日のカメラを 私が担当しました。Access や Excel ほか パソコンなしにはできない作業です。準備段階でパソコンが故障したらたいへんだなぁと思っていましたが,幸いプリンタの故障による入れ替えだけで済みました。

遠来の出席は,今年も 宇都宮地区の代表,私の実質的な故郷 筑紫野市 から,そして 名古屋 からの各1名でした。メンバーによる,沖縄舞踊の披露や,テーブルスピーチを挟んで,食事とアルコールが進み,受付開始からの あっという間の 3時間余でした。
2011-11-15 23:10 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年10月21日(金)
パナソニック が テレビ受像機 の 製造を縮小
兼ねて関係者の間で暗い話しだと思っていたが,昨日・今日と新聞に書かれている。松下電器/パナソニック の中心的な製品である テレビ受像機(受信機)の製造を縮小するという。

尼崎のプラズマ 3工場のうち,2つを他の製造ラインに乗り換え,液晶の茂原工場は他に売却して,姫路工場に絞ると報じられている。茂原は,その名前の通り,もともと 日立製作所 の拠点で,後に協業から始まったものだ。

市場価格の低下に耐えきれないというのが,その理由だが,ものづくり を縮小しては技術が伸びにくくなるのは避けられないだろう。時代の流れとはいえ,残念なことである。いまの フラットになる以前のテレビの主要部品である CRT(ブラウン管)は,世界市場の7割以上を 日本勢が占めていたのに。
2011-10-21 11:51 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年10月17日(月)
ブラウン管ガラスが断熱材に変わる
数日前の 毎日新聞 経済欄に「ブラウン管で断熱材」という見出しの記事があった。ブラウン管ガラスを 100% 使用したガラス繊維を作る再生工場が,滋賀県草津市にできたという。

ごく一部には,粉砕して道路の標識塗装に混ぜると聞いたことがあるが,主としてガラス工場に戻して「カレット」として再利用されてきた。製鉄に幾ばくかの くず鉄 が必要なのと同じ理屈だ。

国内での カレット需要が減ってからは,廃管を海外に持って行って使っていた。モノクロ(白黒)管全盛時代は,再生メーカーとして いわば町工場で,首根っこの 電子銃 だけを入れ替えるところもあったが,カラー管になってからは,電子銃 と シャドウマスク + 偏向ヨーク の精密な組合せから,それはできなくなった。

ブラウン管ガラスは,大きく分けて,画像を見る フェ−ス部(パネル) と お椀状のコーン部(ファンネル) および 電子銃を内蔵した首根っこの管状の部分(ネック管) からなる。それぞれのパーツによって,ガラスの組成は違えてあるが,ネック管 は 高級カットグラスなどに使われる クリスタルガラスの仲間である。

繊維化して,ガラスウールとなり,断熱材にするという記事だが,プラウン管の廃品が、まだまだ出てくるという予測の上なんだろう。我が家にも 2台の大型ワイドと,中型の 4:3 が1台残っている(ワイドはデジタル対応)。
2011-10-17 22:08 | 記事へ | コメント(2) |
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2011年10月15日(土)
能勢妙見山 を 歩く

最初は 高槻アマチュア無線クラブの行事で何十年も前たがら 車で登ったはず。その次は,定年後だったかな 10数年前「百名山会」という職場のグループで歩いて登ったが,どこからどのルートかは記憶にない。一昨日(13日)は,三度目の 能勢妙見山 だった。

もとの勤務先の OB で構成ている「北摂歩こう会」の企画だった。登坂がきついという予告もあったせいか,いつもの 2/3にも満たない 41名の参加だった。

能勢電「妙見口」を 10時に出発して,ケーブルの駅を通り過ぎたあたりから本格的な登り坂になった。「新滝見コース 3km」とあるが,途中に石段もかなりあり,隊列から遅れないようについていくのがきつかった。それでも 2時間足らずで山頂に着いた。

予報では,朝ノ間少し時雨れるところがあるという程度だったが,山ということもあって,登りは 携帯の傘をさし,下りは ストックを使うので 簡易カッパ にした。出発地点に戻る頃には,雨も上がった。帰路の「妙見稜線コース 5km」は,なだらかな道だった。

両コースとも,途中に茶屋の跡などがあるから,ケーブルカーなどない頃には,人の行き来も多かったことがうかがえる。

「妙見口」へは,阪急宝塚線「川西能勢口」で乗り換えて「山下」でさらに乗り換えた。通勤時間帯には「梅田」から「日生中央」まで直通があり,「山下」で乗り換えなくてもよい電車もある。

この沿線は,大阪への通勤圏なんだろう。山の斜面にゆとりのある邸宅が見えるほか,各駅の近くには低くても5階かそれ以上の集合住宅がたくさん並んでいた。

久しぶりのハイキングで歩数計は,2万歩(しっかり歩き 1万ちょっと)を記録していた。
2011-10-15 20:41 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年09月08日(木)
差込印字って むつかしい
11月半ばに もとの職場の OB 会 を 吹田市にある会館で開催する。毎年秋に開催し,100数十名が集まる。先月半ばには,E-mail 環境にある そのうちの 200余名 には連絡をしたのだが,ここ数日 郵送での案内 を準備中である。

対象が 千人を超え そのうちの 400人ほどに宛ててだから,事務局担当としては,なかなか骨が折れる。Access 2007 から抽出し,Excel/Word 2007 で「差込印字」をするのだが,何しろ年に数回しか触らないから,なかなか厄介である。

また,プリンタも遅いから,ハガキ片面だけでも,400枚となると 2時間を超える。ハガキ両面 と ゆうちょ銀行の 振替払込書 にそれぞれ ID ほかを印字したものを用意し,宛名ラベルを貼った封筒につきあわせながら入れ終わった。

同じデータベースから差込印字したはずの 宛名ラベル が 5%ほど欠落していた。振替用紙 も 最後の行の一人が印字できていないのが分かった。ラベルは,手入力で追加し,振替用紙 は試行錯誤のうえ 印字できた人の行のデータを入れ替えて,ようやく急場をしのいだ。

Word/Excel の入門書を紐解いても,差込印字 のあたりになると さほど詳しく述べられていない。まぁ,習うより慣れろ なんだろうが。

2011-09-08 10:21 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年08月11日(木)
キリンビール 神戸工場 見学

三田(兵庫県) を訪れたのは,70年近く以前のことだった。昭和17年か18年のことだ。親戚の親戚みたいだったが,まだ食料の買い出しというほどではなかったことは確かだ。イナゴ を取って牛乳瓶に詰めたのに,帰りの電車の中へ置き忘れたことを覚えている。

先週末,かつての職場仲間たちと 三田駅に降り立った。国民学校にあがる前に訪れて以来で,きれいな都会に変わっていた。駅前に待っていたのは,上の写真のバスである。工場までの道路もよく整備されていた。

工場見学の前に,敷地内に設けられた「ビオトープ」を見せてもらった。「野生の動植物が暮らす場所」という意味だそうだ。実のなる樹木を植えたら野鳥の数(種類)が一段と増えたと案内の女性が言っていた。

小川や湿地も作ってあり,たくさんの小魚が泳ぎ,スイレン や ガマ なども繁り,いく種類もの トンボ が飛び交っていた。絶滅種の保護育成もやっているそうで,訪れてたいへんよかったと思っている。

というのは,その前日 高槻市議会の特別委員会 を 傍聴する機会があった。そこでは,わが町内にある 京都大学の農場 移転後の計画についての議論だった。弥生時代の貴重な遺跡のゾーンと,田園を残すのならよいのたが,ガンバのサッカー場を作るというのだ。とんでもない。

きょうも,その農場からさほど遠くないところに住んでおられ,つい最近まで市会議員だったIさんに出会ったので,この話をした。緑を残して市民が憩える場,自然あふれる公園でないといかん と言っておられた。
2011-08-11 23:45 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年08月04日(木)
日立と三菱重工業が統合
昨日は,日立製作所が 昭和31年以来製造してきたテレビ受像機,現在はもちろん薄型パネル を 自社生産をやめて,企画設計部門のみにすると報じていた。

今日の夕刊では,2013年貼るに,日立と三菱重工業が統合するという話しが載っている。パナソニックは,サンヨーの冷蔵庫など 白物家電を 中国のハイアールに売却する話を進めており,日本の産業が大きく変わろうとしている。頭を切り換えなければならないのだろうが,日本の将来は大丈夫かなと思わずにいられない。

【追記】 (11-08-09)
個々の事業によっては協業があっても,経営統合はあり得ないと 三菱重工の社長が否定しているらしい。
2011-08-04 21:51 | 記事へ | コメント(2) |
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2011年07月24日(日)
テレビ アナログ放送 きょう限り
東日本大震災 の 被災地を除いて,本日(7月24日)正午をもって アナログ変調によるテレビ放送が終わります。

メインで見ている2台のテレビ(もちろん CRT = ブラウン管) は,とっくにデジタル対応にしていますが,子ども部屋の小型テレビと 2台の DVD デッキが、まだアナログのままです。

CATV が しばらくの間(2015年までかな) デジアナ変換してくれるので助かります。先ほど確認しましたが,やはり 画質が見劣りすること激しいです。一部に,デジアナ変換アダプタで辛抱される方もいらっしゃいますが,解像度やフォーカスをいかに高めるかということで メシを食ってきたものには,アナログ対応は,いまや見られたものではありません。

【追記】 (11-07-25)
放送停止の正午を過ぎて,アナログ のボタンを押してみましたが,CATV から,高周波(ANT端子への)信号を拾っていますので,スッキリ見ることができました。このところ久しく「アナログです,放送終了について・・・」という表示がデカデカと表示されていたのが 出なくなりましたから。
2011-07-24 08:46 | 記事へ | コメント(0) |
| CRT(ブラウン管)とFPD |
2011年06月27日(月)
電子銃の設計
一つ前の記事のなかで「電子銃を組み立てていた」と書いたので,物騒なと思われましたかな。Electron Gun の直訳なので,他に適当な言葉が見つかりません。

いよいよアナログテレビの放送が,あとひと月足らずで終了します。そのアナログ時代の象徴的製品とも言える ブラウン管(Cathode Ray Tube)は,もはや製造されていません。真空管時代に基本設計がされ,あるときは世界需要の 70%超 を占めていた Made in JAPAN と,その系列の海外工場での CRT でした。

電子銃は,管内に塗布された蛍光面を刺激して光らせる大事な部分でして,いかに強力なそして細い(蛍光面のいかなる位置でも精鋭な焦点を結ぶ 電子ビームを作るかという点で,精密な設計や製造に注力されてきました。

なかでも,信頼性(寿命)を決めるカソード・ヒータを電子ビームの源としているのですから,その部分にはことのほか神経を使いました。耳かきに1杯にも満たないわずかな量のエミッタ(酸化バリウムが主成分)を 800℃ を超える温度で,何万時間も動作させるわけです。もちろん超高真空のなかだからできることですが。

画面が大型になり,大電流が必要とされる頃には,ポーラスにしたタングステンのなかにエミッタを埋め込んだ含侵型カソードを実用化していたので助かりました。

あるとき新製品の打ち合わせに 九州松下(博多)に出かけるとき,空港の手荷物検査で引っかかりました。小型の CRT だったので,鞄のなかにパネルガラス(内表面に蛍光体を塗布する部品=CRTの顔)を入れていたのです。X 線放射を防ぐガラスですから,検査に引っかかるのも当然でした。このとき 電子銃 を持っていなかったので よかったのですが,Gun も持っていたら説明が難しかったことでしょう。
2011-06-27 22:05 | 記事へ | コメント(4) |
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一昨日からクーラーを ON
暑いですね。たまらず,一昨日 今季初めてクーラーを ON しました。

これまで,28℃ に設定していましたが,とりあえず 29℃ に上げて、気持ちだけでも節電です。

今朝の NHK では,これまで節約になると思っていたことが,どうやら反対でした。冷たい風は下向きに,風量は緩めに というのは,逆に消費電力を大きくしてしまうというのです。

扇風機を利用して,室内に冷たい空気の流れを作ること なんていわれても狭い我がシャック(無線室兼書斎)では,置き場も流す空間もほとんどありません。Hi

設定温度といえば,かつての職場で 冬の暖房設定よりも夏の設定温度を低くしているのをみて(やさしく)怒鳴ったことがありました。「おまえらのために冷暖房しているのではないぞ,測定器や製品の信頼性試験のためのエアコンだ」とね。

もっとも,新工場建設直後に冷暖房の効いた 電子銃を組み立てる部屋 に机を持ち込んでいるのを,当時の M常務に見つかって、こっぴどく叱られた記憶が残っていたものですから。その頃は,製造装置などからの熱気で2階にある事務所内も朝から 体温前後の室温 汗だくで,書類が濡れるありさまでした。
2011-06-27 13:51 | 記事へ | コメント(0) |
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