ニックネーム:ひつじ先生
アートは「メディウム」です。メディウム(媒介)とは、簡単にいうと「のり」です。いろいろなものを接着し関係づけます。アートを媒介としたさまざまな関係の中にいろいろな出来事が生まれ、生成しています。ここでは、子どもやARTや文化をめぐって、日々の生活の中で気づいたことをお話できればと思います。◆コンタクト 辻 政博 masatsuji@jcom.home.ne.jp

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バイオグラフィー
2011年07月14日(木)
「サマーアートキャンプ」打ち合わせ
○昨日はCCAAで「2011サマーアートキャンプ」の打ち合わせがありました。これは、19種類の実技研究の講座を3日間に渡って、おこなうもので、好きな講座を選択して受講できます。材料費などの面からみても、かなりお得な研修です。
東京や近県の先生方が多く参加していますし、一般の方の参加もあります。(教員で承認研修で受けたい方は、派遣依頼もでしています。)暑い夏、体で暑さを蹴飛ばして楽しみたいですね。

主催:CCAA  NPO法人市民の芸術活動推進委員会
後援:東京都図画工作研究会
     東京都中学校美術教育研究会
期間:2010年7月21日(木)〜7月23日(土)の3日間
会場:CCAAアートプラザ(東京都新宿区)

○まだ、若干「空き」があるようです。お問い合わせは、下記HPまで。

http://www.bijutsu.biz/summerartcamp/




暑い暑いの連発で、ビールが飲みた〜い。今日もまた、反省会です(笑い)。
2011年7月14日 22時44分 | 記事へ |
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グスタボ・イソエ(磯江毅)展&迎え火
○練馬区立美術館に「グスタボ・イソエ」こと「磯江毅」展をみにいきました。経歴をみると1954年生まれの磯江さんは、ぼくと同じ歳でした。2007年に逝去されています。

超絶技巧と詩的なイメージをもつ、硬質な具象絵画です。が、ぼくのようなものには、たんに似ているというようりも、むしろ、構成や指示体への気配りを感じさせました。

磯江さんは、日本の美術大学へは行かず、ナホトカまで船で行き、シベリア鉄道でヨーロッパへ向い、スペインにたどり着きます。(当時のバックパッカーの夢のコースでもありました)手持ちの札は、「ものをうつすこと」「なみなみならぬ決意」ではなかったでしょうか。

多様な選択肢を選べる環境に身を置かないーということも、自分の仕事を成就させる方法であることも感じました。ご本人にも述べているように、マドリッドは、磯江青年の資質を醸成するのに適した「地」であったようです。

・スペイン(マドリッド)には、写実の伝統があった。
・フランコ独裁政権で、情報が少なかった。アメリカのPOPアートの影響が少なかった。(アートシーンとしては、スペインは、マイナーであった。)
・風土のもつ強い光が、フランス(印象派)のような中間色の表現には適さない。
・市民戦争などにみられるような強い精神的風土があった。(タピエスなどの表現にもそうした強さを感じますね)

53歳の逝去は、早すぎると思いますが、思えば、人は、生涯でひとつのことしか成し遂げられないわけですから、十分それは達成しているように思えます。





○「迎え火」をやるよ。
「送り火」でしょ。
「迎えてないのに、送っていいの?」
「・・・・・・・・・」
と、とんちんかんに「迎え火」をしました。



2011年7月14日 05時37分 | 記事へ |
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2011年07月13日(水)
お師匠、「石井弘」先生の個展
ぼくの図工のお師匠である「石井弘」先生の個展が本日13日(火)〜19日(火)まで開催されます(17日、日曜日は休廊)。

映画「トン・ギコ」の内野努先生は、一番弟子と言って良いかもしれません。その他、野部宏子先生(直後に画家に転身し渡仏)、永野一生先生、辰野美奈子先生らも、石井弘先生の周囲で多大な影響を受けたと言えます。「子どもの中に真実がある」という言葉は、石井先生が、飲み屋さんでことあるごとに述べた口癖でした。

石井先生が発見した「子どもの造形」を、さらに、子どもの側から探索し、手法を拡張し体系化しつつ、現代の図工教育の先端まで押し上げたのは、内野先生の功績です。

ものや世界に体ごとぶつかり、そこに生まれる造形ー表現こそが重要なのだ、というメッセージがそこにあり、石井先生が指導した児童作品は、独特な魅力・・・素朴な魅力とスタイルがあり、それまでの「チマチマとした描き方を子どもに注入する方式」とは全然異なった子どもの表現世界を開いていたのでした。

また、石井弘先生の盟友で「吉田宏」先生(都図研会長)がおり、政治的な体制としての方向性を「現場主義」というカタチでセットしたのでした。吉田先生は、東京藝術大学出身で、当時の、芸大系、教育大系という学閥間の覇権争いや民間教育運動の活力の低下などを背景に、くさびを打ち込むように、公教育の現場を最重視する「現場主義」を提唱したと言えます。

また、こうした流れは、公的な場面でも展開されていたのでした。「西野範夫」先生(文部科学省視学官)は、多摩美出身で、以前の人事体系ではありませんでした。以後、「板良敷敏」先生、「奥村高明」先生、そして、本年度からの「岡田京子」先生の系譜は、明らかに「子ども」を中心とした志向の系譜と言えるでしょう。

大きなターニングポイントになったのは、「DOの会」が提唱した「造形遊び」です。(その後、西野先生によって、学習指導要領に「造形遊び」として位置づけられる)ここで興味深いのは、1980年に、都図研中野大会で関西発の「造形遊び」に呼応するように「ワークショップ」(近年言われている「ワークショップ」ではなく、造形的な指導法としての呼び名として使われた。当時は「ワークショップ」という言葉はなかった。ドイツに留学した吉田先生がむこうの言葉を活用した)の実践をおこなっていることです。

これは「吉田宏」先生、「野々目圭三」先生ラインでおこなわれた実践です。実は、この時、実質的に動いていたのが「鈴石弘之」先生でした。翌年には鈴石先生の編集で、都図研初の刊行物である『素材に出会った子どもたち』(文化書房博文社、1981)が出版されのでした。言わば「現場主義」の高らかな宣言でもありました。
『月に吠える』(文化書房博文社、2007)のなかで、鈴石先生は、興味深い発言をしています。

印象としてDO宣言に挿入されたこどもの姿は、雨上がりと水たまりと少年ですね。そこをピチピチチャプチャプランランランと歩みゆく場所と水と行為の関係を初めてこどもの造形的な行いとして提出したのでした。
一方、都図研の城西ブロックの「ワークショップ」は素材と出会い、それから行為、それから時間についての提案をしたのだと思います。
いずれにしても、造形作品をつくるのではない、1回性の表現行為(中略)に着目したのでした。(同書、P134)


と、述べています。後からきたぼくには、注入技術として堕化した指導法をいったん子どもの側に取り戻す重要なムーブメントだと感じました。さらに続けて、鈴石先生は次のように述べています。

しかし、西野範夫氏等によって提起された「造形あそび」やその後の「造形遊び」は造形的要素還元ではないかというのが僕の「造形遊び」への認識です。その後の西野氏の発達臨床の観察検証もまた、要素主義から脱出していないと僕は思っています。つまり、科学的合理主義の俎上にあるのだろうということです。
創美のレインやフロイトやニールへの接近は、人間の計り知れない(つまり要素に還元できない)無意識や感情に着目したことでした。そしてなによりも、そのことを土台としてこどもたちの造形活動を行おうとしたことにあるように思います。(同書、P134〜135)


この辺りの見解は、識者によってさまざまでしょう。鈴石先生も、この後続けて、本文で述べているように「検証されていない」状態です。
けれども注目すべきは、鈴石先生の見解が、鈴石先生の師匠である「野々目圭三」先生が身をていした「創造美育運動」の視点からなされていることです。創造美育運動は、戦後の瓦礫の中で、言わば「民主主義」というものの立ちあがりのなかで、図工教育の歴史上はじめて「個々の子どもの生きる実存」に着目したものでした。

実は、ぼく自身、それまで先行する図工指導の実践事例に無頓着だったのですが、CCAAで開催された「木水育男指導・児童作品展」や「野々目圭三指導・児童作品展」続く「鈴石弘之指導・児童作品」など、実際の指導作品の展示にかかわるうちに、ある「ライン」を感じ始めているのでした。まだ、ことばにはなりませんが・・・。

・・・ということで、ずいぶん話がずれてしまいましたが、こうした図工教育の世界へとはじめにぼくを誘った「石井弘先生」の個展が開催されます。
石井先生は、言わば「背筋のピンと張った先生」であり、ダンディズムのある方です。人格もまた、子どもの表現を引き出す大きな要因であります。教師論としてその教師自身の表現世界は、実に大きなものがあるのです。

夢想ですが・・・「木水育男指導・児童作品」ー「野々目圭三指導・児童作品」ー「鈴石弘之指導・児童作品」ー「石井弘指導・児童作品」ー「内野務指導・児童作品」の展覧会を開催することで、みえてくるものがあるかもしれませんね。





崑崙山脈(こんろんさんみゃく、クンルンシャンマイ、簡体字 昆仑山脉 拼音: Kūnlún Shānmài 、チベット語 ཁུ་ན)とは中国の西部にある約3000kmに及ぶ大山脈で、標高6000m以上の高山が、200峰以上連なっている。
パミール高原に接する中国西部の国境を南に伸び、それから東に曲がり、チベット(チベット自治区・青海省)の北の境界になっている。また、麓のタリム盆地南端をはしる「西域南道」には、崑崙山脈の氷河を水源とする内陸河川・カレーズに灌漑されたオアシス都市群(ホータン、ヤルカンドなど)が連なっている。
著名な山はコングール山(公格爾山7649m)、ムズターグ・アタ山(慕士塔格山7546m)がある。



2011年7月13日 04時13分 | 記事へ |
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2011年07月12日(火)
「美術手帖」雨宮先生授業取材
○朝6時に出発し、関越道で、あきる野市へ。なんと空いていて、7時半に到着。8時50分待ち合わせなので、早すぎた〜!でも、辛抱強いので、みんなが来るのを、じっくり待ちました。(笑い)

あきる野市は、東京でも、都心から2時間はかかる地域です。今年のBTの取材でも一番遠い学校です。でも、子どもたちは、素朴で元気いっぱい。なかなかいい感じです。相当な暑さにもかかわらず、熱中して活動に取り組んでいました。

雨宮先生は、都図研の中堅?いや、今や都図研の研究活動を引っ張るひとりです。特徴は、繊細さかな?導入のことばに、いろいろな思いや配慮を含ませながら指導しているのがよくわかります。

あきる野市は、ちょっと遠いですが、都図研の活動もがんばってください。
(本実践の紹介は、詳しくは「美術手帖9月号」をご覧ください)



雨宮先生にむかって、走ってくる2年生。いい光景ですね。図工が大好きなようです。


大きな桜の木の木陰での授業です。


どんどん夢中になって活動しています。いろいろなことを考えおこなっています。


カメラマンの川瀬さん。いいアングルのためなら汚れても気にしません。さすがプロです。


カメラマンの後藤さん。じっくり接近して細部を撮影しています。子どもの活動は実は「細部」に宿っています。


脚立の上から、ハイアングルでパチり!!


インタビュー。ライターの高橋さん。編集の保田さん。


「取材の取材」のぼくの注文で記念写真です。ちょー暑いなか、お疲れさまでした。
2011年7月12日 16時19分 | 記事へ |
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2011年07月10日(日)
満員御礼!鈴石先生出版記念会
○昨日は、鈴石弘之先生の出版記念会がCCAAであり多くの方が参加されました。九州、関西、長野県などの遠方から参加された方もありました。ありがとうございました。

鈴石先生の功績は、その優れた実践活動をとおして、何よりも「子どもと向き合う教師のあり方」を図工教育の俎上(そじょう)にあげたことにあるでしょう。

教育上の「観念の操作」ではなく、子どもとともにある「教育の実存」こそが重要というわけです。そして、単に固有の経験を主張するのではなく、それならば1300人の東京の教師がいてそれぞれの個々の図工があるわけですが(多くの場合、私的なものに自閉しまっています)・・・それが「ミーイズム」に陥らず、教師の共同性へと広がりを獲得するところに、たぐいまれな才能があります。

いみじくも参観者から都図研は<ギルド>という言葉をいただきましたが、言わば無形の「文化」を継承することに、未来への鍵があるようです。(最近は「マニュアル」を模倣することが教師の技量の向上などという誤解が広がっています。マニュアルの背後にある精神・文化こそが重要です。「伝達講習」などでは無理でしょう)

肝心なのは、「魂」が次世代へと伝えられていくことです。そこには民主的なものと同時にある種の「垂直性」が必要でしょう。(注「ヒエラルキー」(身分階層的秩序)ではありません。)
鈴石先生の仕事を批判的に検証していくことが大切ですね。




パーティの下準備。これが一番大切です。ありがとうございます。


穴澤編集長のテンションの高い司会で、会がはじまりました。


鈴石先生のお話。一人一人、ひとつひとつの子どもや作品にそれぞれの意味や価値が存在します。さまざまな表現を保証するのは教師です。


参観者の、するどいまなざしが注がれます。


岩崎清先生の音頭で乾杯。会の「仕掛人」です。


全造連、永関先生。


映画「トン・ギコ」の野中真理子監督。


長野から、盟友、寺島先生。


お酒も入り佳境です、あれ、誰?「剣」を振り回し始めました。


九州から、谷口先生。


首都大学、長田先生。


内野節!「数え歌」を一曲。


水島先生も、「ぼくのすきな先生」をご披露!


CCAA、大沢事務局長。毎度、お騒がせしています。今日もお世話になります。


穴澤編集長、「渾身」の司会で閉会です。ありがとうございました。


二次会です。
野中監督曰く「得体の知れないカタギとは思えない人たち」。


ただの酔っぱらいになってしまいました。カトちゃん(加藤幸子副会長)は、今日は、飲んでいないので、しらふです。でも律儀におつきあい。エライ!!


能弁な野中監督に、押され気味です。


リュウスケ先生(中村隆介先生)のお言葉で、二次会も締めとなりました。お疲れさまでした。
2011年7月10日 05時51分 | 記事へ |
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2011年07月09日(土)
鈴石先生出版記念会エトセトラ
○本日は、CCAAにて、いろいろな会があります。

@「子ども図工室」10;00〜
A震災「チャリティ展」実行委員会15:00〜
B柴崎先生、本間先生「震災P<きぼうの手>」打ち合わせ16:00〜
C「鈴石先生出版記念レクチュアー&パーティ」18:00〜

「チャリティ展」は、受付締め切りを過ぎましたが、

辻 政博 masatsuji@jcom.home.ne.jp

まで、ご連絡いただければ、参加可能です。参加費1万円。その他、ご希望の作品があれば、1万円で交換できます。その他、アーティストの作品オークションもあります。ささやかな企画ですが、研修をかねておこない、少しでも義援金が捻出できればと思います。

また、18時より、鈴石先生の出版記念会があります。「飛び入り参加」OKですので、お気軽にご参加ください。会費:5,000円(書籍代を含む)は、当日支払いです。書籍本体3800円ですからお得になっています。38年間指導された作品も展示されています。そこには小学校現場で営まれた歴史があります。こうしたものを知らずして、新たなものは生まれないでしょう。

どちらも、若い先生方にぜひお勧めしたいですね。






不思議な写真が撮れました。じっとみていると、虚実が入れ代わって、青空に吸い込まれてしまいそうになります。もしかして、現実とは「像」なのかもしれないですね。
2011年7月9日 04時42分 | 記事へ |
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2011年07月06日(水)
「キウイの日」絵画コンテスト(毎日新聞社・毎日小学生新聞)審査
○「キウイの日」絵画コンテスト(主催:毎日新聞社・毎日小学生新聞)の第1次審査に竹橋の毎日新聞社にいってきました。
力作!が、予想を超えて集まり、うれしい誤算です。ぼくとしては、丸一日かかって候補作品を選びました。たくさんの創意あふれる子どもたちの作品にふれることができ、勉強になりました。(キウイという食べ物がテーマだったので、描きやすかったかもしれません。)
また、企画当初の担当者の上野さんにもお顔をだしていただきお世話になりました。関係の皆様ありがとうございました。




目の前に「皇居」のある一等地にあります。乗馬場が見えます。午前中は、よく練習をされているらしいです。


審査が終わり、担当の中川さん、鈴木さん、八木田さんと「やった〜」の記念写真。テキパキと補助をしていただきました。ありがとうございました。後ろの壁には「ロッキード事件」の報道の賞状がかけてありました。さすが、新聞社です。
2011年7月6日 19時11分 | 記事へ |
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2011年07月05日(火)
「美術手帖」取材(お茶の水小学校)
○本日の実践は、カント的にいうと、感性的なものと、悟性的なものが「構想力」によって、つなぎとめられ、「像」をそこに出現させたという言い方になるのかもしれません。で、こうした像を、再生・産出する能力を「創造力」というのかしら。
来週は、あきる野の雨宮さんです。がんばってくだされ!





山田先生とBT編集の保田さん。


集中して作品を撮影しています。


カメラマンの川瀬さん。もうすぐ写真の展覧会を開催するそうです。DMいただいたらお知らせします。


「おもしろいね〜」とカメラマンの後藤さん。最近、蒼井優さん出演の映画の仕事でアイルランドに行っていたそうです。
2011年7月5日 21時11分 | 記事へ |
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2011年07月02日(土)
見ておくべき一冊「美育文化7月号」震災特集号
○ある重大な出来事を、「風化」させ、忘却の彼方に押しやらないためには、それなりの努力が必要なのです。本書は、そのために捧げられた(ささやかな)一冊だと言っても過言ではありません。

「巻末の後記」で<あQ>氏は、多木浩二さんの言を挙げながら、

「どれほど廃墟になったとしてもヒロシマは残ったのと同様、いかに津波に蹂躙(じゆうりん)されようとも私たちの東北が消滅したわけではない。なぜそれらが残るのかと言えば、物理的に「あるから」ではなく、私たちがつくり続けてきたからだ。」(同書P85)

と述べています。つくり続けることで、その「記憶」や「文化」は、伝えられていくと思います。

ぼくとしては、美術教育関係者はもちろんですが、特に、若い先生方に読んでいただきたい一冊です。近頃は、目の前のできごとに謀殺されて、社会や世界について思いをはせ、自分の仕事と結びつけて考えることが、あまりなくなってきているように感じるからです。自分自身が「自閉」しないためにも、「アンテナ」を張りながら、仕事をすすめることは、なおさら大切になってきています。


「美育文化」7月号。表紙。特集:今、私たちにできること。


7月号「目次」。


気仙沼にて。穴澤編集長、山内氏、新妻夫妻、水島先生と懇親会。



○購読ご希望の方は、「美育文化協会」HP(下記)へ。

http://www.biiku.jp/index.html

・定価850円(送料84円)
・年間3900円(隔月刊。奇数月1日発行)


2011年7月2日 06時04分 | 記事へ |
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2011年07月01日(金)
岩崎清先生「寺子屋」ワークショップ
○本日は、たいへん蒸し暑いなか、また、「成績提出」間近のなか、熱心な受講生が集まり、岩崎清先生の実技研修を受けました。

上半身を包み込んで、最後に、型抜き(体抜き)をするものでした。身体を使った造形というのは、あるようでなかなかないもので、雑紙と布がムテープを材料にすると、割合簡単に、形態も保全されたまま残るのでした。

すごいポップな感じになります。皆さん、8時をすぎても、粘り強く楽しんでいました。岩崎先生、ありがとうございました。




<番外編>

「誰ですか、足つくってんのは?愛ちゃんではないですか」
「ワヒョヒョ〜〜〜~」
2011年7月1日 23時33分 | 記事へ |
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吉澤Gアートクラブ打ち合わせ&料理の名人&小出さんの話
○昨日もちょー暑かったですね。森学芸員さんと、「吉澤ガーデンアートクラブ」の講師の会場下見をしました。本八幡の市川市文化振興財団の市民センターを会場にすることにしました。広くて、活動もしやすいのでここにしました。来年4月の作品展会場もみられました。副理事長の能村さん、常務理事の小坂さんにもお会いしてご挨拶しました。

また、市川市在住だった故「井上ひさし」さんと「安野光雅」さんの展覧会を来年度開催するようで、いま井上家で、未公開の「掘り出し物」が、みつかりつつあるようです。

国際アンデルセン賞受賞の安野さんは、ご健在で大活躍ですが、もともとは三鷹市のほうの「図工の先生」でした。ぼくはすこし、安野先生の絵本を研究していたこともあるので、なんらかのかたちでご協力できればと思います。







○帰り道、「お茶の水」をとおったので、書店を散策しましたが、暑いので、「ミロンガ」という「タンゴ」名曲喫茶で一服しました。お茶の水は、おっさんには、古くからの喫茶店がいっぱいあり、うれしいです。






○・・・そして、夕方、CCAAにでかけました。「岩崎清」先生の「寺子屋」のワークショップに。ところが、CCAAに到着すると、そこは蒸し風呂のようで、裸の鈴石先生が、包丁をもって、料理をしていました。
「岩崎さんのワークショップは、明日よ!!辻君もやったね!」
「・・・・・・・・・」
なんと、まちがえてしまいました!暑さのせいです。

ところで、鈴石先生の包丁さばきは、すごいです。あっいうまに刻み込みます。図工の名人は、料理名人でもあります。というのも、その昔は、図工部会があると、部会が終わってからが、「本番」?(笑い)で、図工室で、手料理を囲んで反省会をしたものでした。
そんななかで、緊張も解けて「本音トーク」がはじまり、具体的な図工の情報を交換できたのでした。これは、けっこう大事な時間だったと思います。

今は、せちがらくなって、校内は「禁酒・禁煙」です。コミュニケーション不全は、逆に、進行してしまいました。若い先生方は、さーっと水が引くようにいなくなります。
「外部」と触れ合わないと「個人」の輪郭も広がってゆきません。これまでとは、ちがうかたちで、自分で回路をつくらないといけない時代なのかもしれないですね。




○1/2 小出裕章 行政監視委員会 2011.5.23
http://www.youtube.com/watch?v=05NnJYK8ctM&feature=related

○2/2 小出裕章 行政監視委員会 2011.5.23
http://www.youtube.com/watch?v=sz1CqyIhCno&feature=related

2011年7月1日 04時33分 | 記事へ |
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2011年06月30日(木)
鈴石先生出版記念パンフレット
○鈴石弘之先生の出版記念会が、近づいてきました。事務局長の穴澤編集長がパンフレットを作成してくれました。鈴石先生のご希望からCCAAの展示室で、指導作品展も開催されています。マニュアル全盛の時代ですが、そうした視点からではなく、ひとりの図工の先生が38年間子どもと向き合ってきた姿としてみるのが大切かもしれません。



   穴澤秀隆編集長、三宅敦子さん作成


お知らせ 鈴石弘之先生『六年間のいのちの軌跡』出版記念会のご案内
1、期日: 2011年7月9日(土)18時〜
2、会場: CCAA図工室
〒160-0004 東京都新宿区四谷4-20 NPO法人 市民の芸術活動推進委員会(CCAA)
TEL 03-3359-3413 FAX 03-3354-2708 東京メトロ丸の内線 四谷三丁目駅下車 、または都営地下鉄新宿線 曙橋駅下車ともに徒歩7分
事務局 穴澤秀隆
お問い合わせ先
〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町7-7
財団法人 美育文化協会 穴澤秀隆
TEL 03-3662-5321  FAX 03-3662-5322
携帯 080-5026-1888
E-mail anazawa@abox.so-net.ne.jp







2011年6月30日 02時56分 | 記事へ |
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2011年06月29日(水)
日野市の小学校で講師
○本日は、日野市のA小学校で、展覧会当日の図工の活動のための研修会を実技研修と講義を織り交ぜ、おこないました。(校長先生は日野市の図工の顧問です。都図研南多摩大会よろしくお願いします。お世話になります)

図工の先生は、旧知のY先生。現在産休中でした。お元気ですか?講師は、若いK先生。いろいろ準備を手伝ってもらいました。ありがとうございます。

それにしても、若い先生たちが、半分以上です。そして、暑さを忘れて、熱心に活動に取り組んでいました。

「机上」の造形遊びを40分ぐらい体験してもらってから、パワーポイントで編集したぼくの実践を見てもらいました。
もちろん細かい指導上の注釈をいれてです。映像やテキストだけだと、おおいに勘違いして指導してしまうことが、よくあります。「カタチ」だけ追った指導は、似て非なるものになってしまいます。

昨日、写真が、いろんなホルダーに散っているため、6時間以上かかって編集しましたが、実技と映像でみるうちに、具体的な感覚で、「造形遊び」的な展覧会の活動がつかめたらしく、最後の分科会で熱心に討議していました。子どもたちが、はつらつとするよい活動にしてください。


2011年6月29日 20時33分 | 記事へ |
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石川パーキング



○たいへん暑くなりました。午後から、日野市の小学校で展覧会のための研修会の講師です。少し早いので石川パーキングで休憩です。図工室は、やはり暑いかな?





2011年6月29日 12時41分 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年06月28日(火)
「ムナーリの絵本」トークレクチャー


○岩崎清先生のレクチャーがあります。「葉山藝術大学のつくりかたプロジェクト」という一風変わったネーミングです。岩崎先生は、ブルーノ・ムナーリの研究家としても著名です。
そう言えば、今週の1日(金)にもCCAAで、「寺子屋」のワークショップがあります。講師は岩崎先生です。

○「アカシアの雨がやむとき」浜田真理子
この唄は、ぼくが小学校1年生のときの唄ですが、どういうわけか、耳に残っています。西田佐知子さんの唄です。今映像を見ても、現代風の美人の感じかな。
けだるそうな歌い方が印象的でした。全共闘世代の唄のようです。また、詩の、第3者の視点からの語り口が興味深いです。

http://www.youtube.com/watch?v=6FvCwu4XVDs&feature=related







2011年6月28日 00時50分 | 記事へ |
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2011年06月26日(日)
CCAA鈴石先生出版記念展覧会など、モロモロ
○昨日は、CCAAに行きましたが、ぼくには、夜まで盛りだくさんの一日でした。


○「子ども図工室」鷲尾先生、矢木先生。木のブロックを積んだタワーもだんだんできてきました。幼児も「のこぎり」が、すぐ上手になります。学校では4年生からですが。




○「えのぐ七色」乳児の造形教室です。お絵かきとコラージュをしていました。お母さんと一緒に活動しています。母子関係を取り込んだ活動です。



○鈴石弘之先生の「六年間のいのちの軌跡〜子どもの育ちと絵画表現〜」(文化書房博文社刊)を記念しての展覧会です。あらためてみると、すごい作品がならんでいます。図工の先生、必見です!!

穴澤編集長からは、次のような「檄メール」が前日に飛び、皆様、集まってくださいました。

「私たちは、好き好んで、メンドーなことでも、やってます。
誰に頼まれたのでもなく、ただ、やりたいからやってます。
ですから、やりたい人は来てください。」

なかなかいい檄です(笑い)。
それにしても、編集長は、なかなか「おしゃれ」です。

◆お知らせ 鈴石弘之先生『六年間のいのちの軌跡』出版記念会のご案内
1、期日: 
2011年7月9日(土)18時〜
2、会場: 
CCAA図工室
〒160-0004 東京都新宿区四谷4-20 NPO法人 市民の芸術活動推進委員会(CCAA)
TEL 03-3359-3413 FAX 03-3354-2708 東京メトロ丸の内線 四谷三丁目駅下車 、または都営地下鉄新宿線 曙橋駅下車ともに徒歩7分
3、会費: 
5,000円(書籍代を含む)
*ご出欠につき、メールまたはFAXにて下事務局宛お知らせください。
*会費は当日会場にて申し受けます。
なお、当日、ご欠席の方で、本書の購入をご希望の方には、下記の期間に限り割引価格にてお頒け致します。
  頒布期間:6月1日(水)〜7月31日(日)
・書籍代3,800円+送料340円=4,140円のところ、割引価格:4,000円
書籍のご購入は、メールまたはFAXにて下記にお申し込みのうえ、下記の口座にお振込ください。入金を確認次第、発送します。なお振込手数料は各自ご負担願います。
●振込先
みずほ銀行 兜町(かぶとちょう)支店 普通 1125957
口座名義 穴澤秀隆(アナザワヒデタカ)
○『六年間のいのちの軌跡』出版記念会実行委員会
発起人 
有福一昭、岩崎清、内野務、大澤常明、高橋香苗、辻政博、平田耕介、水島尚喜、矢木武、横内克之、鷲尾礼子
事務局 
穴澤秀隆
お問い合わせ先
〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町7-7
財団法人 美育文化協会 穴澤秀隆
TEL 03-3662-5321  FAX 03-3662-5322
携帯 080-5026-1888
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○展示作業が、皆さんのおかげで早く終わったので、東京国立近代美術館の「クレー展」にいってきました。「迷宮」のような展示方法でした。クレーには、たいへんあっていました。まとまった作品をみるのがいいです。特にクレーは、クレーの作品が生み出されてくる運動の源泉を感じることができるのがよいですね。



夜には、「柳橋」という下町で、お師匠の石井弘先生たちと、飲み会でした。新卒の墨田時代にお世話になりました。
御年、79歳になられます。内野努先生もぼくも、石井先生の指導をヒントに図工教育がはじまりました。それにしても内野先生、ガンちゃんはよく飲んで、食います(笑い)。エネルギッシュです。
2011年6月26日 05時38分 | 記事へ |
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2011年06月24日(金)
「芳澤ガーデン子どもアートクラブ講師」&「新妻夫妻と会食」
○「市川芳澤ガーデン」の「アートクラブ」の講師をすることになり、学芸員の森綾子さんと、打ち合わせをしました。吉澤ガーデンは、本館の他に洋館の「木内館」、和式の「郭沫若記念館」などもあり、みせていただきました。
思えば、森さんとは、20数年前、森さんが立教大学生のころからの知り合いで、当時、学生の森さんが都図研の活動に興味をもって、いろいろな学校に出入りをするようになったのでした。その当時から、たいへんバイタリティのある人でした。何事も、人の縁ですね。




○夜、神楽坂で、上京されていた新妻健悦・悦子夫妻と、穴澤編集長、水島先生とで、会食をしました。新妻先生ご夫妻には、「震災レポート」の際にはたいへんお世話になり、本日もおみやげまでいただいて、恐縮の限りです。

お陰さまで、今月の「美育文化」(7月1日発行)は、穴澤編集長、水島先生の渾身のレポートが掲載されます。また、震災関係の記事もこの時期、重要な資料となるのと考えられます。ぜひ、お読みください。

また、「アトリエ・コパン」にお邪魔した時に見せていただいた指導作品群は、たいへん魅惑的で、その質の高さに驚かされました。
そんなことから、次号、9月号では、新妻ご夫妻に、執筆をお願いしました。類例をみないような指導事例の本質をかいま見ることができるように思います。

穴澤編集長、水島先生とは、なんだか「毎日」お会いしています(笑い)。しかしながら、皆さんのうんちくあるお話は、ぼくにはたいへん貴重で、勉強になります。
そんなこんなで、神楽坂の裏道を、「千鳥足」で帰りました。



2011年6月24日 00時24分 | 記事へ |
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2011年06月23日(木)
修復&(財)美育文化協会理事評議委員会
いやー、昨日はちょー暑かったですね。でも冷房は付けませんでした。学校は、子どもたちの体温もあるので、教室の温度が上昇したでしょうね。

○骨董屋で買ってきた「鉢」を割ってしまいました。ばらばらなものを接着材でつなぐと元の器の形が、出現しました。破片・総合と、イメージの変化・落差が新鮮でした。接着剤も、いいものが開発されています。





○夜は、市ヶ谷の私学会館で、「美育文化協会理事評議委員会」がありました。公益法人化で法制が代わり、組織の体制も変化しつつあるようです。

2011年6月23日 04時50分 | 記事へ |
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2011年06月22日(水)
第15回図工だいすき子ども美術展(こどもの城)
○夕方、いい天気でした。
青山の「こどもの城」で第15回図工だいすき子ども美術展の打ち合わせがありました。今回は、「区切り」ということもあって、気合いが入っています。
もともとは、図工の授業時数削減にともなって、生まれた運動でした(未だに、高学年は、20時間削減、中学年は、10時間削減されたままです。基本的には一週間あたり、2時間確保できていないです)。詳しくは、柴崎裕先生の論文「図工だいすき子ども美術展1998〜2010年の歩みー未来へ向かうレッスンー」(H22年度「読売教育賞受賞」)に詳しく考察されています。

新しい教育課程が今年から実施されていますが、他教科の時間数増大によって、実のところ、学校の授業全体の時間数は、「詰め込み」にもどって、パンパンな状態ではないでしょうか。土曜日の学校実施は、当たりのように行われています。恐らく、教師にも、子どもにもいずれ「反動」がくると考えています。
あと、4、5年経つと、新教育課程の編成が始まりますが、その時、難しい局面に経たされるような気がしています。



夕方の日差し。「緑の光線」?


タローさんの作品です。


有福さんです。水のながれる「お絵描きの壁」。少し早く着いたので、部屋の中を散策しました。


「こどもの城」は整理整頓が行き届いています。見習いましょう(笑い)。


段ボールも再利用。きちんと整理してます。


流しがこんなにきれいとは。


焼き物もやっています。


有福さんと岡さん。お世話になります。




柴崎先生の熱弁。鈴石先生の熱い思いによって、はじめられました。


すごいメンバーが集まっています。どの方も「講師級」です。一人一人、一流の考えと方法論を培ってきました。また、さまざまな局面でリーダーシップを発揮されている皆さんが集まっています。




<番外編>「腹へった!!食うぞ〜。腹がへっては戦(いくさ)ができぬ!!」「あの〜、減量中だったんでは?」とぼく。
2011年6月22日 05時17分 | 記事へ |
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2011年06月21日(火)
「美術手帖」取材(本間先生)
○本日は、「美術手帖」の取材が、本間先生のところでありました。保育園と小学校の連携授業です。最近は、幼保・小の連携など活発になってきました。上手にコーディネイトすると、とてもいい感じの交流になります。詳しくは、BT8月号です。






実物投影機を使って説明しています。


なかよく活動しています。


よく活動を観察しています。ライターの高橋さん。


対象に肉薄するカメラマンの川瀬さん。


寝転んでも撮ります!カメラマンの後藤さん。


授業について、インタビュー中の編集の保田さん。
2011年6月21日 14時28分 | 記事へ |
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「メセナ」&「チャリティ教職員展」



○昨日は、どうも体調が悪く、一日寝てしまいました。少し風邪をひいたようです。

○「メセナnote」(企業メセナ協議会機関誌)というのが届きました。特集は、震災関係です。企業、民間の動きは、素早いことがわかります。地震当日、週明けには、義援金、物資の拠出を表明しています。発生当初は、義援金、物資の支援が主でしたが、4月末頃には、主要メディアや地方紙社説等での文化的な要素の重要性の指摘とともに、文化事業の支援活動が進められつつあるようです。
また、5月末には、長期的な支援活動を表明するNPOも出揃ってきたようです。これらの活動では、ソーシャルメディアの特性が発揮されているのも特徴です.
支援の状況としては、募金活動、情報ポータル・掲示板の開設、チャリティプロジェクト、アーティスト・NPOによるプログラム、支援のためのプラットホーム、海外アーティストの支援活動、プロボノ、芸術・文化関係の助成、被災者の受け入れなど、多様な支援が展開されつつあるようです。
特に、個人でかかわるためには、プラットホームの設立などは、重要だと感じました。

震災復興は、長期に渡ると考えられます。メセナ活動の力が発揮される場面でもあります。利益が社会に還元されていくという筋道は、とても重要だと思います。

http://www.mecenat.or.jp/index.html








○また、「メセナ」などの大きな活動とは別に、自分たちのできる範囲内での活動をすすめています。8月末に、「チャリティ教職員展」を計画しています。今朝、DM担当の堀江先生から、版下が送られてきました。開催に向けて、事務局の皆さんが準備中です。
まだ、参加申し込みをされていない先生方は、ぜひ参加してください。よろしくお願いします。

申込書はこちらです。

http://tozuken.com/cn12/pg312.html




2011年6月21日 04時56分 | 記事へ |
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2011年06月17日(金)
「明日は震災ボランティア」&「聖心女子大フィルムフォーラム」





○今日は、本間先生の学校に、明日行く「震災ボランティア」の材料を取りにいきました。都図研の有志で、土曜日、日曜日と岩手県立美術館の「オヤコでアート」のワークショップの手伝いをします。

ちょうど、5年生の授業が始まるところで、「電動糸のこぎり」を使ったものでした。1台「ドイツ製」のものが置いてあり、性能抜群で、子どもたちも使いやすそうでした。特徴は、「静か、切り口がきれい、歯がめったに折れない」などです。少し値段は張りますが、なかなかよい機械です。

本間先生は、今回のボランティア活動をコーディネイトしてくれました。ぼくと一緒に、昨年まで理事長として活躍し、運営を切り盛りしてくれました。その手腕は高く評価されています。本間先生の特徴は・・・
・脳の「演算処理速度」が通常の図工専科よりかなり早い。そして、判断力もともなっています。
・よって、仕事が速い。これは、仕事が早いひとの特徴ですね。例えば、メールで送ると、返事がすぐ返ってきます。仕事をためないのがコツですね。
・サッカーがうまい。これは、大きいかもしれません(笑い)。あながち、ホラではありません。サッカーは、流動的なスポーツですから、その都度の速度や判断力が、大きいのです。
・体力がある。
・コミュ二ケーション能力が高い。英語も堪能です。
・・・とまあ、ぼくのような、アナログのおっさんとは、ちょっと違うのでした。






○水島尚喜先生から、以下のメールがきました。聖心女子大で、フォーラムがあるそうです。無料です。ぼくも出席したいところですが、残念ながら、「結婚式」があり(ぼくのではありません)、参加できません。お時間ある方は、いかがでしょうか。

◆7月2日(土曜日)14時より、聖心女子大学宮代ホール(渋谷区広尾)において一昨年公開されましたドキュメンタリー映画「風のなかで」のフィルムフォーラムを学科主催にて行います。中瀬幼稚園の子どもたちの園生活を追いかけた内容は、造形教育の観点からも多く得るものがあります。
◆参加御希望の方は、6月30日までに以下のメールアドレスにお申し込みください。定員は300名となっています。

記入事項:お名前と御所属

申込先:inochi@kayoo.org  
(すみません。ここからリンクしない場合は、ペーストしてメールでお申し込みください)

◆聖心女子大学教育学科主催フィルムフォーラム
「風のなかで むしのいのち  くさのいのち もののいのち」
◆2011年7月2日(土) 14時~17時(開場13時30分)
聖心女子大学宮代ホール
(渋谷区広尾4-3-1)
◆I部
14 時〜開会・映画の上映
◆II部
15 時 40 分〜  
対談 中瀬幼稚園長井口佳子先生と河邉貴子(本学教員)
16 時〜17 時
鼎談 筒井勝彦監督と水島尚喜・今川恭子(本学教員)

 
2011年6月17日 11時58分 | 記事へ |
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「美術手帖7月号」金子大介先生実践掲載
「美術手帖7月号」に、金子大介先生の実践が掲載されました。「シンプルな中に、授業の秘密あり!」です。同じような題材でも、教師、子ども、場所、準備、環境・・・などが、変化すれば、まったく異なったものになってしまいます。

実は、図工教師に求められているのは「編集能力」かも知れません。しかも、即興的で、柔軟な対応力もともなっていないといけません。金子先生は、若手の中でもこのあたりが、ピカッと、光っています。詳しい内容は、7月号をご覧ください。

○今月号の特集は「祈りの旅」です。先日、「お遍路」に行ってきた身としては、興味しんしんです。長崎市内、九十九島、五島列島には、138もの教会が点在しているそうです。確か、この辺りの教会群と景観を「世界遺産」に登録申請しているようでしたが、どうなったかな?
また、「信仰」と「政治」と「文化」が激しく錯綜した地でもあり、興味深い場所です。「信徒発見」など劇的な逸話などもあります。「隠れキリシタン」は、禁教のため潜伏してしまったものを指しているとばかり思っていましたが、これとは別に「カクレキリシタン」は、200年以上の間に、土着の信仰と融合して独自のものに変化して、明治6年の「禁教令」が解かれたあともカトリック教会にもどらなかったものをさすようです。ちなみに明治5年は「学制発布」によって教育の近代化がはじまった年です。







2011年6月17日 04時45分 | 記事へ |
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2011年06月16日(木)
とても熱心な先生方にびっくり!
○千葉県の真ん中辺り。山武(さんむ)市の山武(さんぶ)北小学校に、実技研修の講師に出かけてきました。「さんむ」と「さんぶ」という呼び名が使い分けられているそうで、面白い地名であると思いました。最近は、町ごと取り組んでいる「無農薬の野菜」などで有名だそうです。

「粉絵の具、顔料」を使った「絵で表す」の研修でしたが、、時間の中程、誰もしゃべらなくなり、約40名の皆さん、絵の中に吸い込まれてしまったような「静寂の時間」がおとずれました。なかなかいい時間でした。

こういう姿をみると、地方の担任の先生方は、潜在的な能力をもちながらも、それを開いていく研修の機会がすくないのだな〜、思います。
そうした機会が充実すると、日本の図工教育は、かなりよいものになっていくと思いました。伊藤校長先生をはじめ、皆さんたいへん親切で、オマケに「給食」までいただいてしまいました。ごちそうさまでした。また、眞鍋指導主事先生も忙しい中、見に来ていただきました。眞鍋先生は、昨年の都図研城南大会も参加してくださったそうです。都図研は、注目されているのだなと、あらためて思いました。

夕方、少し雨模様のなか、畑や林を抜けて、東京に帰ってきました。





2011年6月16日 20時32分 | 記事へ |
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実技研修会講師


○本日は、千葉県の山武市の造形研究会の実技研修会の講師で、出かけます。
顔料や染料を準備しました。ガラスビンに顔料を詰め込んで、運べるように段ボールで箱をつくりました。なんて丁寧なのでしょう。(笑)
でも、図工の授業では、「ガラス」は、使わないでください。子どもが、授業中に絶対落としますから、今日は、教員向けなので、一番安く、すぐ手に入るガラス瓶にしました。現場にいたときは、「缶」や玉置先生からもらった「クワガタ飼育器」を使っていました。

カーナビが、壊れて取り替え中で、昔のように「地図」をみながら行きます。うまくいけるかな?ところで「山武市」って、どこでしょう?



2011年6月16日 05時48分 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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2011年06月15日(水)
BSSで「研修会」の打ち合わせ
○本日は、四谷のBSS(美術出版サービスセンター)にお伺いし、8月23日(火)に「パシフィコ横浜」で開催される「教材展」の研修会の打ち合わせをしました。
ぼくは、講師で参加しますが、図工と理科をコラボした内容での実技をスタッフのみなさんと検討しました。

BSSは、4階に「図工室」を模した部屋があり、「図工クラブ」も設立し、作品制作などにも励んでいるようです。こうした努力が、さまざまな「教材」を生んでいるのですね。

日本の教育の外延を支えているのは、実は、多くの教材開発おこなっている企業で、こうした企業の「教材開発」は、日進月歩です。鉛筆・マーカーの1本から、最新のPC備品に至まで、教育はこうした教材群に支えられています。例えば、図工でよく使う人工粘土などは、教材研究をしてみると、20年前とでは雲泥の差があり、さまざまな粘土が開発されています。

使う教師側も、こうした開発された教材の研究をおこなうことは、実際の授業をしていくためにも大切ではないかと思います。
この教材展は、「全日本教育材料連合会」主催の会で、夏休み中に開催されますので興味を持たれた方は足を運んではいかがでしょう。

また、内田会長並びに大下社長(BSS)には、この度の「震災プロジェクト」のご支援も賜っています。ありがとうございます。






2011年6月15日 16時43分 | 記事へ |
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2011年06月14日(火)
「美術手帖」山田先生取材&「キャノン」はエライ!!




○モヒカンの山田先生、本日は、真っ赤なつなぎです。目立ちます(笑い)。いくつも、もっているようです。山田先生、一流の図工ダンディズムです。(これって結構大事かもしれません)

さて、神田は日本一の「本」の町です。そのような地域ならではの題材でした。6年生の子どもたちは、それこそ一心不乱に、集中して、活動に取り組んでいました。ここまで、育てるのは、並大抵ではありません。日頃の山田先生の真摯な取り組みの成果だと思います。4回ある授業の1回目、どんな風になるのか、とても楽しみです。







夕方からは、立川の「キャノン」に柴崎先生と訪問して、印刷のお願いに行きました。「震災プロジェクト」の趣旨をご理解くださり、担当の早坂さん、木村さんもたいへん協力的で、印刷をしていただけることになりました。ありがとうございます。

すでに「カメラ」の授業をはじめている柴崎先生もほっと胸をなでおろしました。

また、被災地での活動も計画していますが、こちらの方は、慎重に、様子をうかがいながら、活動していきたいと考えています。

本間先生も18日、19日の震災ボランティア活動が終了後、こちらの「柴崎プロジェクト」に加わってくれることになりました。現地にネットワークのある本間先生に加わっていただくことで、より円滑に活動をすすめることができると思います。ありがとうございます。

久しぶりの「立川」でしたが、大きな町へと変貌を遂げていました。人の数が、めちゃ多くて、皆さんすり抜けるように歩いていました。


2011年6月14日 21時53分 | 記事へ |
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2011年06月13日(月)
「美育文化」震災特集号入稿!

編集長の、厳しい?催促に促されて、徹夜で書いてきた水島先生。昨日まで東北にいっていました。ハードです。


二人で、かぶりついて原稿を検討しています。


「写真、撮らないで〜!」と吉崎さん。すみません、撮ってしまいました。


資料を調べにきた藤原智也先生(岡山大学付属中、博士課程3年生で、博士論文に取り組み中でもあります。Insea大会の時、鈴石先生の発表に質問した人です。都図研の先生方は覚えていますね)。美育文化には、「熊本文庫」というものがあり、貴重な資料をみることができます。研究資料をお探しの方は、問い合わせてみたらいかがでしょう。




○本日は、穴澤編集長の指令があり、辻、水島先生とも、原稿をもって、編集部に参上いたしました。というのも、本日が、印刷屋さんに入稿ということなので、ぎりぎりの進行なのでありました。

7月号は、「東日本大震災レポ―ト特集号」で、先日、3人で現地を視察したものが、元になっており、インタビューなどの書き起こしからまとめに至るまで、たいへん手間のかかる編集となっています。(穴澤編集長は、ほぼ2週間徹夜です。ぼくが、お遍路に行っている間にせっせと仕事をしていました)

ところで、いつ発行されるのかな?7月1日です、たぶん。ぜひご購読してみてください。


◆映画「スケアクロウ」です。ジーン・ハックマンとアル・パチーノのでした。アル・パチーノとダスティン・ホフマンは、似ているのでまちがえてしまいました。

http://www.youtube.com/watch?v=iN026o1ZEsg











2011年6月13日 15時51分 | 記事へ |
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2011年06月12日(日)
こども図工室(CCAA)
○昨日は、CCAAで「こども図工室」がありました。鷲尾先生、矢木先生と、講師をおこないました。カワラザンや小割りをのこぎりで切り、ブロックにし、積み上げていくものです。
幼児から、高学年まで一緒におこなっていますが、見ていて面白かったのは、その積み上げ方でした。

写真上:幼児、低学年では、狭い範囲で、ブロックを並べ、重ねていました。

写真中:低学年、中学年では、積み重なりが、高くなっていく様子が見られました。

写真下:高学年では、内側の空間や外に広がっていく空間が意識されていました。

ものとものとの関係づけが、拡張し、複雑になっていく様子が、ものの操作活動を通じて見受けられました。

題材を設定する際に、参考になる事象ではないかと思います。が、題材のかたちだけとらえて、これは、何年生の題材という決めつけ方はできないのが、図工の題材です。題材は、他の教科でいうところの「内容」ではなく、あくまで子どもの表現を誘発するものだからです。









○大道先生からメールがきました。その折、例の映画「真夜中のカウボーイ」について、次のような指摘がありました。

「・・・ちなみに、ダスティン・ホフマンはマイアミに向かうバスの中で失禁して死んでしまったと思いますが。結核で。」

同じ世代の人で、この映画を見ていない人はいないくらいです。「マイアミ・失禁・結核」とかなり、細かく大道先生は覚えていますね。さすがです。

もう一度見ないといけませんね。


◆「真夜中のカウボーイ」のダイジェストです。

http://www.youtube.com/watch?v=jMoXQOmIcgo&playnext=1&list=PLA8A1B477D9DF7E86




2011年6月12日 09時08分 | 記事へ |
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2011年06月01日(水)
自由学園(フランク・ロイド・ライト)はなかなかすごい建物!
○体調も復調のきざしで、久しぶりに散歩に行きました。西池袋辺りまでいくと、洒脱な建物があり、あっそう言えば「自由学園」があったはず・・・ありました!
フランク・ロイド・ライトの名建築です。400円(お茶+お菓子で=600円)。入場できたので入ってみました。
大正10年創立ですから、90年経っていますが、木と大谷石などを使ったたいへん品のあるもので、当時、これだけのハイセンスでぬくもりのある学校を建てたというのは驚きです。

うちのおばばが、大正13年生まれで、当時山梨の村で女学校にいったのは、たった2人だということなので、貧富というか、階層差がその当時はかなりあったわけで、「自由学園」に通った女子学生は、お金持ちでの子女であった?かも知れません。当時の「新富裕層」かな?

ライトの建築、キリスト教、お金持ちの子女、当時最先端の大正自由教育の世相などがあいまって、「大戦」まで、そこに輝くような時間が展開していたことが、想像されます。

すぐ横には「婦人の友」社があり、新しい女性の生き方を啓蒙していました。「子供之友」を思い出しますが、戦後の福音館の「こどものとも」は、雑誌名を譲渡してもらったものです。

「子供之友」には、山本鼎が、自由画教育の子どもの絵を掲載していました。自由に描く、つくるというのは、この頃初めてはじまったのでした。現在のような自由や個性という表現観の歴史は浅いのです。たかだか100年です。

また、「学校」設立の背景には、「キリスト教」などの宗教があるのですが、この辺りはあまり語られません。現在のほぼ著名な私立大学の大多数の設立は、もとはと言えば、宗教団体です。(現在は「匂い」だけ残して「企業化」してしまった状態でしょう)

「自由学園」は、当時の雰囲気を残しながら、そこにたたずんでいました。皆さんも散歩がてらいかれて、その清楚な雰囲気を味わわれては、いかがでしょう。おすすめです。




























注)羽仁 もと子(はに もとこ、1873年9月8日 - 1957年4月7日)は、日本で女性初のジャーナリスト。また、自由学園の創立者。

本名は羽仁もと(旧姓松岡)。青森県八戸市出身。上京して、東京府立第一高等女学校に入学。
女子高等師範学校を目指すも不合格となる。
1891年「女学雑誌」の編集長である巌本善治が校長を勤める明治女学校高等科に入学。明治女学校在学時には「女学雑誌」の校正を手伝い雑誌作りの基礎を学ぶ。
1892年に帰郷し尋常小学校や女学校の教員をし、結婚するが、まもなく離婚。
再度、上京して報知新聞の校正係の職を得て、機会あるごとに自主的に書いた原稿で実力を認められて記者に登用され、日本で初めての女性ジャーナリストとなった。家庭生活の合理化を唱え、思想家としても著名である。
17歳で洗礼を受け、生涯にわたってキリスト教を信仰したが、教会に属さない無教会の立場であった。
1901年に職場で知り合った羽仁吉一と再婚、1903年に雑誌「家庭之友」の創刊に関わった。
1908年、羽仁夫妻が独自に出版していた雑誌「家庭女学講義」を「婦人之友」へと改題した。
子ども向けの「子供之友」も出版されたが、国家総動員法のもとで日本出版会による統制によって、「婦人之友」を残して「子供之友」は廃刊となった。戦後に福音館書店から刊行されるようになった「こどものとも」は、この誌名を譲渡されたものである。

自由学園の創立 [編集]
1921年、読者の子への家庭的な教育を目指して、当初は女学校として東京・旧目白(西池袋)に自由学園を創立した。その名称は新約聖書の「真理はあなたたちを自由にする(ヨハネによる福音書 8:32)」に由来している。
創立当時、来日していたフランク・ロイド・ライトはファミリースクールへの共感から積極的に校舎の設計を引き受け、後に自由学園明日館として国の重要文化財の指定を受けて一般に公開されている。学校規模の拡大により、1925年には現在の東京都東久留米市に購入した学校建設予定地周辺の土地を学園関係者などに分譲し、その資金で新しい学校施設を建設して移転した。
幼稚園である幼児生活団 、小学校である初等部、中学校と高等学校である男子部と女子部、大学に相当する最高学部をそなえている。
最高学部は学校教育法の上では各種学校であるが、準備の過程で男子4年制、女子2年制という格差を設けたことに対して、娘の羽仁説子は男女とも同じ修業年限とすることを主張して意見が分かれた。第3代羽仁翹学園長は、男女とも4年制に統一する方針を示して実現へ向けての取り組みに着手した。現在、男子は4年制、女子は4年制と2年制の選択ができるようになっている。
自由学園は大正自由教育運動の中でも異色といわれ、キリスト教を基調とし、自労自治の生活を通じた少人数の教育であった。
自由学園において羽仁もと子は終身の学園長であったが、先生と呼ばれることを好まず、本人の希望により英語を使ってミセス羽仁と呼ばれており、学園主の羽仁吉一もミスター羽仁と呼ばれていた。
羽仁もと子の没後、後任の学園長には娘の羽仁惠子が就任し、学園主というポジションは実質的になくなった。

現在 [編集]
羽仁もと子は3人の子をもうけた。長女は羽仁説子で、その婿は歴史学者であり参議院議員として国立国会図書館の設置に携わった羽仁五郎(旧姓森)、次女羽仁凉子は幼くして病死、三女羽仁惠子は生涯独身であった。
説子と五郎の間に生まれた初孫の羽仁立子は幼いうちに病死、続いて生まれた羽仁進、羽仁協子、羽仁結子の3人が孫として成長する。ジャーナリストの羽仁未央は曾孫にあたる。
1927年より婦人之友社から羽仁もと子著作集の刊行が始まり、戦後に新訂版が出版された。全20巻で完結したが、後に1巻が加えられて21巻となった。
雑司ヶ谷霊園にある墓標には、「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」という彼女の信条が刻まれている。

(ウィキペディアより抜粋)
2011年6月1日 19時19分 | 記事へ |
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「美育文化」編集会議

7月号のページ割りです。こうやって手づくりで、編集をすすめています。最近は、機械的に、割当てる方式ではなく、内容との関連で構成しています。こうなると穴澤編集長の「頭」が締め切り間際に爆発します(笑い)。


水島先生、穴澤編集長、辻の「震災レポート」の写真をみているところです。あらためて、イメージがよみがえってきます。


左から、穴澤編集長、吉崎さん、濱脇先生、水島教授。ザックバランな雰囲気でいろいろな意見がたくさんでます。




○昨日は、茅場町の「美育文化協会」で6時30分から、10時過ぎまで、編集会議がありました。7月は「震災」関連号で、インタビューの赤坂憲雄さん(民俗学、東北学)、渡邊晃一さん、「震災レポート」(山内宏康さん、新妻健悦・悦子夫妻、倉本信之さん、「ガソリンスタンド展覧会」)・・・などなど、たいへん中身の濃いもので、「3・11」以降の日本の造形美術教育を考えていく上で、重要な内容を含むものとなっていると思います。

美術教育の世界は、社会全体からすれば、たいへん狭く小さい世界ですが、風通しをよくするというような役割を「美育文化」のような専門誌は、担っていると思います。

「1人称的世界」「2人称的世界」「3人称的世界」があるとすると、今の世界は「3人称的世界」が、弱くなってきているようにも感じます。

「3人称的世界」とは、言わば、共同の社会性で、民主的な社会の成立に必要なものですが、現在むしろ「MEイズム」が、覆っているように感じるのは、ぼくだけでしょうか?

今回、取材した山内宏康さんの「津波文化」の伝承の話や、赤坂憲雄さんの「フクシマ←福島(広島→ヒロシマ)」を一般名詞化する、というような話は、共同性を構築していくための回路の提案であると、思うのでした。




2011年6月1日 04時52分 | 記事へ |
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