ニックネーム:ひろりん
年齢:永遠の17歳(笑)
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2012年02月10日(金)
ガスレンジ交換
昨日は、ガスレンジの交換の日だった。
ひえーっ!となりながら、掃除をしまくった。

自分の体調が優れず、友達に電話したりして、
「うっし!今から掃除する!」と言うと、
「今まで(電話してたこと)現実逃避してたでしょ?」と言われた。
電話を切って、現実と向かい合う。

時間との戦いとなってくる。
ラストスパートは、大雑把になってくる。
掃除機をかけて、終了!


この街に引っ越してきてから、
家のことは、マー君に全てお任せである。

ガスの衣類乾燥機は、外の洗濯干し場に置いてあるので、
私が留守のとき、取り替えてくれた。
門扉の錠が破損して、門扉を取り替えないとダメかな?と思っていたら、
それも直しておいてくれた。

ガスレンジの交換が終わってからも、
システムキッチンのネジが弛んでいるところを点検して、直してくれる。

支払った料金は、ガス乾燥機とガスレンジ代。
それの取り付け工事料だけ。

門扉の錠の手直し代は?
サービスで、やってくれちゃうのだった。

いつも丁寧に取り付けてくださる。

外灯の電球が切れたら、電球代で取り付けてくださる。
それじゃあ、手間がかかって悪いな。と思う。
なにかお礼をしたくなってくる。
それは、なにか?と言ったら、
電化製品やガス器具をマー君のところで買うことである。
とことんと壊れるまで、買い替えない私だけども。


自転車は、駅前のおじちゃんのお店。
自転車のことで困ったときは、
このおじちゃんのところへ持っていけば、間違いがない。


余談だが、マー君のお兄さん達が凄い!
なにが凄いって、野草とか、やたら詳しい。
葉っぱを見ただけで、「食べたら、美味しいよ」と言い出す。
清流を求めて、歩き回り、岩魚を釣りまくる。
何十匹ももらったことがあった。

自然と共に生きている感じがする人たちだ。
かなり尊敬している。

2012-02-10 10:44 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに |
銀行の自動引き落とし
母の件で、銀行から電話があった。

つい先日、自動引き落としの手続きをしたものがあった。

「印鑑が間違って押されている」とのこと。

あー!そうだった。
母の口座は、後見保佐になった時点で、私の印鑑を押さないといけない。
契約は母で行なったとしても。

銀行でお金を下ろすときは、間違ったことはないのだが、
あー、これは、ミスをしやすい。
以後、気をつけよう!

2012-02-10 10:34 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに |
2012年02月06日(月)
突然のお出かけ
昨日は、老人ホームへ片付けた洋服を取りに行った。
自転車では、持って帰れない量を整理してあった。
K氏にクルマで運んでもらうようにお願いする。

母は、何度もK氏にクルマで外に連れ出してもらっているので、
「どこかにお茶を飲みにいきたい」と言い出した。
寒いのとインフルエンザが流行っているので、
母が外へ行きたい。と言い出すとは思ってもいなかった。

車椅子をクルマに乗せるのが大変なので、
初めて、シルバーカーを使っての外出となった。
母がシルバーカーで歩ける距離は、長くない。
ホームの1階までは車椅子で移動し、
玄関からクルマまでをシルバーカーで移動した。

外出するならば、介護用品専門店で、
母の足に合う靴を買いたい。

ホームでは、スタッフさんが母から、
「クリーニングに出したい」と言われ預かっているズボンを
「出していいでしょうか?」と確認される。
母はウールのズボンしか履かず、頻繁にクリーニングに出す。

介護用品店では、ウエストがゴム入りのおしゃれなズボンが売っていた。
洗濯もできる。
1万円するのか。
介護する方は、ファスナー付きズボンは手間である。
「このズボン、すてき!」と母に声をかける。
母は、「あら、いいわねー」と、ゴム入りズボンが気に入った。

母は、ゴム入りズボンが嫌なわけでなく、
ウール素材が好きなわけでもなく、
見た目が、おしゃれなものだったら良かったんだ。
とりあえず、1本買ってみて、
母がそれを履くならば、違うものも用意した方がいいだろう。

靴も買いなおしたが、また足が痛い!とか言い出すかも?


それから、和食のファミレスに行った。
ホームの近場と同じファミレスなのだが、
場所は違うところへ。
こちらの方が、改装されていて、きれいなのだ。

ちゃんこ鍋とうどんを半玉、注文する。
熱々の鍋が、おいしいらしい。

ホームへ戻ったら、夕飯の時刻になっていた。


お出かけする前に、電気かみそりを持っていったので、
母の顔剃りをした。
母の部屋に置いてあった電気かみそりがみつからず、
顔剃りをすることができないでいた。
あれれ?母の電気かみそりがある。
とにかく、いろんなものがなくなる。


ホームへ行く前に、ホームから電話があった。
「ドラッグストアの注文をどうしたらいいか?」
2リットルの水、洗濯洗剤、キッチンペーパータオル、
トイレットペーパー、使い捨てカイロなどを
母が毎回、注文するので、注文しないでいたら、
「注文してくれていない!」という苦情を言い出したそうである。
部屋に、それらの商品が溜まっていく。
洗濯は、母はしなくなったので、ホームの洗剤を使っている。
つまり、買う必要がない。
それを説明すると、母は納得するのだが、
商品搬入の日に「洗剤が来てない!」となるらしい。

使い捨てカイロは、低温火傷が怖いので、
スッタフとしては、使わせたくない。
電気敷き毛布も電気膝掛けも、使っている。
あー、母は昔から、使い捨てカイロが好きで、
持っていれば安心するのだ。
トイレットペーパーなども1袋あれば充分なんだろうけれど、
昔から、買い置きを用意していたので、買ってください。
とお願いした。
洗剤も買ってもらうことにした。

ミネラルウォーターは、2リットルは大きすぎて、
今の母では扱えない。
「500mlのお水を買った方が便利だと思うよ」
と、母に話し、小さいサイズを注文してもらうことにした。

これらのものは余ったら、私が自転車で持って帰れる。


母は、まだまだ、しっかりと歩けるわけではないので、
シルバーカーでのお出かけは、かなり疲れた。
短い距離をシルバーカーに完全に頼って歩く段階なので、
お店の入口でクルマを降りて、お店の座席までの距離がやっとである。

だけど、少しずつ回復していっている。

なにもわからずにいた母が、昔の母に戻っていく。
母のこだわりが、あれこれと出てくる。

ちぐはぐな頭で考えていることなので、
おかしなことをしているかもしれないが、
母が必要なものを考え、ドラッグストアに注文している。
傍目から見たら、必要ないものだけど、
なんていうか、母は、安心を買っているように思える。


さて、次はどこへ行きましょう。
楽しいことをいっぱいしましょうね。



2012-02-06 10:11 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに |
2012年02月03日(金)
節分に病院へ。
病院の予約時間よりも、早めに行くようにしている。
だが、今日は家の鍵がみつからなかった。
バッグのサイドポケットに鍵を取り付けられるものを使っていた。
バッグの生地の色が変色しても使っていたが、
新しいバッグにかえた。
鍵がない。
30分探して、焦る焦る。
鍵を入れている場所は、サイドポケット。
前と同じ。

やっと気づいたのだが、サイドポケットの下に隠れたように、
もう一つ、ポケットがあった。
そこに鍵はあった。

もう走るだけ走って、滑り込みセーフ!?
遅刻なのだが、私の後の予約がなくなったそうで、
いつもより、ゆったりとツボ押しをしてもらったりした。

学生時代、私はどういう生活をしていたのかを訊かれた。
パン屋さん、中華料理店、新聞配達など、かけ持ちでバイトしていた。
大学は入ったものの、母が再婚して、
「授業料も自分で支払うように」と言われ、
どんなにバイトしても、交通費、食事代、あれこれがかかり、
授業料まで稼ぎだせない。
授業料を出して貰えると思い込んでいたのが失敗だった。
それだったら、夜間とかにしていた。
大学を辞め、ケーキ屋さんに勤めたけれど、
クリスマス時期、帰宅時間が遅くなり、
母が会社に退社願いを出してしまった。

ケーキ専門校、料理学校に通おうかと調べてみたが、
授業料と材料費が高く、バイトでやりくりできない。

先生が「どうして、ラジオの仕事始めたの?」

とにかくバイトして、次、どうしよう?と思っていた頃、
FMラジオで仕事している方と縁があり、
「いい学校があるから行ってみたら?」とアナウンス学校を紹介され、
それは夜間だったので、バイトしながらやれる!と思いました。
学校に通い出して、すぐにオーディションに受かって、
月曜日から金曜日まで、ラジオの仕事。
でも、向いてない。と思い、2クールで自分から辞めました。
それでも、なぜだかオーディションに受かり、次々と仕事がありました。
最終的に、店内放送業務がCM作成もあり、そこに就職。
結婚するまでの3年半、そこで仕事を続けてました。

「苦労してきたのね」と先生。
へっ!?
「その頃から、打たれ強かったのね」
へっ!?
苦労したとか思ったことがない。
打たれ弱い、としか思ったことがなかった。

気は強いかもしれない。と思ってはいたけれど。
2012-02-03 20:29 | 記事へ | コメント(0) |
| 病気と仲良く!?(笑) |
2012年01月27日(金)
胸が痛い


恋して胸が痛いわけでなく、
うぅぅぅ、左胸が痛い。
来週、病院の予約日なので、その時に先生に言わなくては。

ガス衣類乾燥機が壊れてから、浴室衣類乾燥機を使っていた。
電気代がやたらに高くなった。
ガス乾燥機だと1時間で、カラッと乾く。
体調の悪さを機械でカバーしてきた。
忙しいしょーざんでも、衣類を放り込んでくれれば済む。

街の電気屋さんは、とにかく親切で、家に関することは全てやってくださる。
今までは1社の電化製品のお店だった。
今回、新たに各社の電化製品、ガス器具、リーフォームをするお店となった。
今日のオープンを待ちわびていた。
ガスレンジも半壊状態だったので、それも注文する。
門柱の扉も破損してしまった。
オーブンレンジは20年使っているので、時々、ボタンを押しても反応しない。
テレビは、全てアナログだし・・・。
急ぎのものだけお願いした。

しょーざんが家に毎月入れてくれるお金を私は使えなかった。
使うのが悪い気がして。
預金していた。
今回は使わせてもらおう!

人前だと、全身が痛くても、かなり平気なように装おう。
ところが、うぅぅぅー、痛い!と我慢できず、
注文しながら「お水いただけますか?」と薬を飲む。
左胸が、一昨日から痛かった。
そのまま、徒歩で、病院へ行く。
あれこれ診てくださって、心電図と胸のレントゲンを撮った。
異常なし!
肋骨を押される。
いたいっ!
「肋間神経痛かもね。心臓と肺は異常ないから、大丈夫」
趣味の釣りで、身体を冷やしすぎたのか?

心電図をとるとき、看護士さんが、年齢を入力しなくてはいけなくて、
私のカルテを見て、「えーっ!」と何度も見直したそうである。
実年齢に全く見えないそうである。
いや、老眼だし、肋間神経痛にもなったらしい。
2012-01-27 13:12 | 記事へ | コメント(0) |
| 病気と仲良く!?(笑) |
2012年01月26日(木)
詫びる
いまさらながらであるが、息子のしょーざんに詫びた。

中学生の頃、彼には将来の夢があった。
それに向かって進むには、それなりの勉強をしていかなければならない。
学校が終わって夜間に通う学校は幾つもあった。
プロダクションが経営しているものが殆どで、
調べていくと、中学生から受けつけているところも多かったが、
ここ!と思えるところに問い合わせると、
「高校生から」ということだった。

「高校1年生になったら、行くことにしましょう」
と、私はしょーざんと約束した。

連れ合いの病気がわかったのが、中学2年で、
それからは、連れ合いのことだけに必死だった。
しょーざんは、高校1年から、毎日、バイトを始めた。

「高校生から専門の夜間学校に行かせる」という約束を
私は、全く忘れてしまっていた。

昨夜、やっと詫びることができた。

「あー、そんなこと忘れてたよ」
という返事が返ってきた。

行かせてやりたかった。
大学生になってからでも、行かせることは出来たはずだが、
しょーざんは、やはり、連日バイトをしていた。
本人から「行きたい」とは言い出せないことである。
なんで、私は、その約束を忘れてしまってたんだろう。

子どもというのは、本当に家庭の事情というものを見ていて、
あんなりやたがっていた夢さえも、諦めてしまっていた。

しょーざんは、親に頼りたくない!という気持ちが勝っていた。
担任の先生から「成績に影響が出るので、バイトを辞めさせてください」
と、電話がかかってきた日があった。
勉学とバイトは別のことである。
私自身が、高校生のときは母子家庭だったので、
やはりバイトに明け暮れていた。
だから、息子がバイトを辞めない理由が、よくわかった。
そんな電話があったことを伝えると、
「バイトは辞めないし、大学へも行けるようにする」と言った。

大学に入ってからは、私は「遊べ」と思ってしまった。
中学から友達の誘いの電話があると、
「遊ばれへん」と一言で断っていた。
なので、尚のこと、「遊べ」と思ってしまった。
そして、約束を忘れてしまっていた。

いまさら、どうすることもできないんだけれど、
もう、本当にごめんなさい。しかないのである。
2012-01-26 13:56 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに |
2012年01月25日(水)
クラリネットコンサート
昨日は、自転車でホームへ行くまでの寒さを考えると、
釣り用に買った帽子をかぶって行くことにした。
大正解で、耳が痛くならなかった。

帽子を脱ぐことを忘れ、ホームに入る。
スタッフの目が帽子にいき、
「暖かそうな帽子ですね」と、言われる。
慌てて帽子を脱ぐと、ショートカットにしたので、
「うわっ!」と驚かれてしまった。

ホームでは、クラリネットコンサートが始まるところで、
母と一緒に楽しむことにする。

毎週、演奏会をしてくださっている。
入居さんのご家族さんで、プロの演奏家でいらっしゃる。

1月から12月までの季節の唱歌を演奏していらした。
演奏に合わせて、みなさんが自然と歌いだす。
母も歌っていた。

リクエストは、意外にもタンゴやクラシック曲だったりした。
ジャンル問わずに、次々と吹かれる。

お話しも、歌の説明だったり、ご自身の思い出と絡めた曲紹介だったり、
とても楽しい演奏会で、贅沢なひととき。


それから、母の部屋でお茶をする。

母の机の上には、洋服が置いてある。
もう、どうしましょう?状態。
毎回、片付けようとすると、母が「私が片付ける」と言う。

昨日は、スタッフさんから「洋服を減らして欲しい」というお願いがあった。

祖母のことを思い出す。
タンスの洋服を全部出して、散らかすだけ散らかしていた。
片付けると、また、洋服を出す。

母のこだわりがあるので、着たくないものを聞きながら、
ビニール袋に投げ込んでいった。
自転車では、持って帰れない。


それから、靴が母の足に合っていないので、買い替えを言われる。
靴が大きすぎるので、足に合ったものを選んで欲しいといことだった。
23.5cmの靴で痛がり、24cmにした経緯がある。

母が「左足が痛い」と言う。
そこへ、整形外科の先生がいらしたので、相談する。
「つま先が巻き爪になっている」とのことだった。
つま先が当たらない病院で使っていたリハビリ靴を探す。
履き替えさせると、痛くないらしい。
この足の腫れが治ってからでないと、靴は選べない。


母本人は、なんでもわかっているつもりである。
だけど、2度目の脳卒中後、
食事をしたかどうかさえも、忘れていることが多々ある。

スタッフとしては、ゴム入りのズボンを履いてもらいたいのだが、
母のおしゃれ心は復活し、ファスナー付きズボンを履いている。
先日、スタッフさんが母にジャージを着せていたら、
その上から、ファスナー付きズボンを自力で履いていたという。

車椅子で、ホームの中を歩き回っている母である。

今、母のことを1番よくわかっているのは、
私でなく、スタッフさんだと思う。


そして、母の確定申告のお知らせが来た!
パソコンでやるようになっている。
1年前のことは、私もほぼ忘れている。
2012-01-25 11:36 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに |
2012年01月24日(火)
スローな時間
まだ1月?と思うほど、
1月は充実していたのか?

さむい〜さむい〜!と、家の中では震えてるのに、
休日は、スノボーウェアを着込んで、釣りに出かけている。

体調はいいのか、と思われるけれど、
朝、目覚めた時から、痛みは続き、
「痛みのない朝」が来る日を願ってやまない。


昨日は、母の管理するアパートと実家の火災保険の契約更新をした。
母が倒れて、私が3年契約で更新してから、もう3年も経ったのね、
早いな〜!と思う。
実家は義兄が住んでいるので、アパートと一緒に義兄名義で更新していた。
私の支出で、母の口座からは引き落とせない。
火災保険の契約は、実家の分もあった。
義兄に更新契約の書類を送り、電話もしたが、
「わからないので」というお返事しかいただけませんでした。
と言われて、「えっ!?」となってしまった。
なにがわからないんだろう?
二つの手続きを終わらせた。


こんな体調なので、まともに働くことは無理であるから、
休み休みでも仕事ができるように、
個人事務所を立ち上げる人の片腕?になれる準備をしていた。
「事務所を立ち上げます」と知り合いに伝えていっていたら、
事務所を立ち上げる人に、とある会社から声がかかった。
わおー!と思える好条件で、そちらに行った方がいいだろう。
動き出すと、考えてみなかった方向に動くことも多々ある。
動くことで、流れが変化する。
「事務所を立ち上げます」と言ったことで、
関心を持たれたり、仲間が増えたりしていく。

そこで、おもしろいことが判明した。
みんなの共通点が、初めて明らかになった。
それは「絵本」だった。
かなり、ビックリする。


ビックリしたこと言えば、
しょーざんと私では、それぞれの知り合いが全く違うのだが、
しょーざんの職業を聞かれ、働いている場所を聞かれると、
「ぼくの友達も、そこに勤めています。
○○さん、ご存知かどうか、聞いてみてください」と言われる。
そんなことは、そう珍しいことじゃないと、1度目は驚かなかった。
でも、2度とかになってくると、驚く!


なにかを始めると、興味はぐーんと広がっていく。

ちっとも治らない疼痛症とは、なんなのさー?と思ったりもしながら、
それでも、生きていけるわけなので、
今後も「ちゃんと飯を食っていける」という基本に向かってやっていきたい。



2012-01-24 11:20 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに / 病気と仲良く!?(笑) |
2012年01月20日(金)
石橋を叩いて渡る?
「石橋を叩いて渡れ!」と言われることがある。
「100万回叩いて」と、回数を言われたこともあった。
(100万回叩いたら、石橋が割れないか?)
(日が暮れちゃうよ?)
などと思いながら、聞いていた記憶がある。

学生の頃、男友達に「ひろりんが羨ましい」と言われたことがあった。
「湖の向こうへ行くのに、舟があったら、君は迷わず舟に乗るよね?」
なにが言いたいのか、さっぱりわからなかった。
「舟を漕いで、舟底に穴があいてることに気づいても、引き返さないよね?」
やはり、言いたいことが、わからない。
「湖を真っすぐに最短で行ってみたいけどさー、
どうしても、湖をぐるっとまわって、歩いていくしかできないんだよね」
そのあとに、「ひろりんが羨ましい!」と言われるのだった。

まず、舟の持ち主もわからないのに、それは乗れない。
回り道は嫌いじゃない。
近道じゃなくてもいい。とさえ、思っている。

我が家に1番近いスーパーに行くとき、
行きと帰りとでは、違う道を行くことが多い。
見えるものが違うから。というそれだけのことで。

「石橋」とか、それも「100万回」とか、
「舟底に穴のあいた舟」とか言われるということは、
私のイメージが、そんな感じなのでしょう。

その男友達は、今、どうしているかわからないけれど、
近道をしたいんじゃなくって、舟に乗りたかったんじゃないかなー?
舟を借りるなり、買うなりして、舟に乗る。
それならば、歩いた方が早いということになる。

私は、湖のまわりを歩きたいし、舟にも乗りたい。
石橋は叩かないで渡っている。(石橋を叩いて渡ってる人を見たことがない)


それから、よく「走らないで!」と言われる。
「なんで走る?」
走りたくなるから。

そして、よく立ち止まる。
「行くよ!」と言われる。
ここの玄関先に置いてある水槽の中にメダカがいたはず!とか、
桜の枝の芽の膨らみを見ていたり、
まあ、どうでもいいことに気を奪われていたりする。

と、どうでもいいことを書いてみました。
2012-01-20 11:47 | 記事へ | コメント(2) |
| おもいのままに |
2012年01月13日(金)
医療難民
今日は、東京の母のお友達に電話をかけた。

母が年賀状を書けなかったので、昨日、ホームから電話したら、お留守だった。

すでにお友達は、ホームへ電話をかけ、母と話しをしてくださっていた。

母のお友達のお兄様が80代なのだが、奥様の介護が大変で、その手伝いに行っているという。

奥様は何度も手術を受け、今も入院させたいが、医療としてすることがない。
と入院させてもらえない状況らしい。

連れ合いの時も、病状は悪化していく中での退院を迫られた。
脳を侵されてしまったので、家だと危険物が多く、
退院することを私が拒んだ。
「家で餓死させた方が、早く死ねる」と担当医から言われた。
24時間、私が決して目を離さないことなど、いろいろあったことを思い出す。

奥様は、もって去年の12月まで。と言われていたという。
24時間、そんな奥様をひとりで看てくことは、体力だけでなく、
精神的にも参ってしまわれるだろう。

「兄は、もう眠れないみたいなのね」
そうだと思う。
「どうして入院させてくれないのかしら?」
連れ合いの時、1999年だったが、点滴をすることくらいしかできない状況だった。
腎臓に管をつけ、それで尿をとっていたし、
便は人工肛門に溜まった。
瞼を全く閉じなくなったときは、担当医に「目薬をだしてください」と頼んだが、
「もう感じていない」と言われ、
目を見開いたままの連れ合いを見ていくことは、たまらなかった。

病院ですることはなにもない。
つまり、死を待つだけならば、自宅でいいだろう。
ということなのだが、それを家族が、ひとりで見守るといことは、過酷だと思える。

この場合、老人ホームへの入居も無理であって、
受け入れてくれる病院がみつからない場合、自宅でということになる。

連れ合いの時は、介護は老人だけの問題ではない。と思っていた。

だけど、80代で、ひとり介護を続けていく状況は、もっと深刻である。

ホスピスは、連れ合いの時代で1ヶ月待ちだった。
「もって12月」と言われたら、ホスピスを考えることはしない。


その後で、子育て真っ最中の友人と話しをした。
子育てのいろんな不安や心配。
それは、なんだかいいな〜。と思えた。

死と直面する怖さは、それはとんでもないものだった。
必死にやれることをやるしかなかった。

私は40代で、それを経験したが、
老後に、連れ添いを失い、そんな哀しい思いをした先輩方が、
大勢いることを思い、凄いなー。と思った。

病院へも老人ホームへも、どこにも入れてもらえない隙間が、
ありありと見えた日だった。

これは、なんとかしていかなくてはならないことだ。
2012-01-13 23:26 | 記事へ | コメント(0) |
| おもいのままに |
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