このポニーでイッチャんは一生懸命に?(楽しくやっていました)足を前に出したり、後ろから持ってきたりしていました。
このポニーが有ったから、姿勢も真っ直ぐになり首に力も背中の力も付いたような気がします。
ありがとう!一代目ポニー
そして二代目ポニーが先日出来上がってイッチャんのもとにやって来ました。
何だか見た目が立位台のように見えますが、ポニーです。
いらっしゃい!二代目ポニー!一代目と同じくイッチャんと共に頑張って下さい。
 この一代目で頑張って居た頃に比べると、随分とイッチャんは聞き分けの良い子になったなーって思います(笑)。
このように書くと絶対にイッチャんの母は心の中で「何も知らんくせに」とぼやくかもしれません(笑)。
今は言葉の意思疎通は殆ど無理ですが、何と言いますか・・・気持ちの意思疎通と言ったら良いのか・・・そのような物は時々出来ているように感じています。
イッチャんも理解して貰ったと思われる時には、こっちを向いて笑顔になります。
身近に脳性麻痺の障害を持った人がいない環境に居る人には、「脳性麻痺=何も分からない人・何も理解出来ない人」と認識しているかもしれませんが、そんな事は全くありません。
脳性麻痺の障害を持っていても、心の感受性はとてもあり、健常者と同じ様に傷つきます。
何かが出来た時に褒めると、とても素直に喜びます。
そして、褒められた事が嬉しいのか、同じ事を何度も行います。
健常者の子供と変わりありません。
褒められたらうれしいし、怒られたら泣くし(笑)、気分の良い時はとても嬉しそうにしています(ニコニコしています)。
この写真のように、上手に弾けた時に「イッチャん上手に出来たねー」って褒めると、その後何度でも弾いています。
とても嬉しそうに、何度も何度も弾いています。
その一生懸命に弾いている姿を見ると、明るい気持ちになる事が出来ます。
毎日の生活の中でともすれば消極的な気持ちになりがちな事が多い世の中で、一見障害を持って生れて来てハンディが有るように思いがちのイッチャんが、明るく毎日を過ごしている姿を見ていると心の中に温かいエネルギーが湧いて来ます。
イッチャんの父は常日頃「物事はなるようにしかならない」と思っています。
これは何もせずに、ただじっと運命のままに流されると言う意味では有りません。
別の言葉で言えば、「人事を尽くして天命を待つ」と言いますか、出来る事はすべて行ったうえで、後は待つ(待つ事は大事です今出来ない事でも時間が経てば出来る事もあるからです)しかないと言う意味です。
何もせずにただ待つのではありません。
イッチャんのこの笑顔が見たくて、一緒にオモチャのピアノを弾いています。
どうですか?イッチャんのこの笑顔で癒されましたか?
イッチャんの父は、毎日癒されています〜 
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