ニックネーム:ものづくり三世
性別:男
年齢:エルビス・プレスリーと同じ日に生まれた
都道府県:大阪府
2010年01月11日(月)
山口家住宅と町家喫茶「アカリ珈琲」
江戸時代の初期に建てられた町家が堺市の中心部に残っています。
1615年の大阪夏の陣のときに豊臣方が徳川の拠点となっていた堺のまちを焼き払いましたが、山口家住宅はその後に建てられたもので、350年ほど前の町家建築として1966年に国の指定重要文化財になっています。中世の自治都市であった堺のまちは環濠に囲まれていて、その外側に農地が拡がっていました。山口家は代々農地の庄屋を務めた家柄だったそうですが、住まいは環濠の中にあり、周辺の広い農地からの年貢米をこの屋敷に集めて収入としていたのです。
現在この住宅は堺市が保有して、歴史館として一般に公開していますが、昨日は山口家の当主山口敬さんのご案内で土間、お座敷、前栽、お蔵などを見学し、その後実際にこの家に住まわれていた頃の出来事などを伺う機会に恵まれました。山口さんの先代義一氏は昭和初期に政友会の幹事長を務めた代議士でしたから、敬さんは東京生まれで、父上が亡くなられてから堺に戻ってこられたそうです。

入口を入ると広い土間があり、それにそって長い上がり框が伸びています。出入りの人達は土間のところで応対して、親しい人だけがお座敷に上がるということだったそうです。
土間の天井は梁や棟木がむき出しになっています。外からものを運び込む広い開口部の上には、ことさらに太い梁が渡されていて、頑丈な建築を際だたせています。
土間にそって家族の居間があって、食事をする部屋には戸棚があり、そこには食器などが収納されていたそうです。当初は食事の際は家族がそれぞれの箱膳を使っていたが、後には一緒に丸いお膳を囲むようになったということで、明治から昭和への家庭の食事風景の変遷が語られました。炊事場は土間にあって、へっついさん(かまど)がしつらえてあります。昭和の頃にはガスコンロが付いたタイル張りのかまどあって、朝はおかゆを食べていたということで、町家のあさげの様子がうかがえました。歴史館として保存する際に古い資料にしたがって昔のかまどを再現したそうです。流しもタイル張りになっていますが、水道は使わず、井戸水を汲み置いて使っていたそうです。
土間の一角に畳敷きのところがあって、そこはおとこし(下男)とおなごし(女中)の食事をする場所だったとのことで、家族と使用人の居場所や食事の時の器なども区別されていたことが判ります。
玄関脇のお座敷は仏間になっていて、その向こう側の座敷は客間になっています。このお座敷とは別に、居間の反対側に奥座敷があって、そこには茶室があります。先々代は茶人で、ここで親しい方々をおもてなしになっていたそうです。奥座敷の前は前栽で、庭石や樹齢200年と伝えられる大きなハゼの木などが昔のままに残っています。
堺市内は昭和20年7月の大空襲で壊滅的な被害を受けましたが、山口家は被災を免れて最近行政の手で歴史的建築物として保存・公開されるようになりました。

山口家住宅のあるあたりは、堺の旧市街の北部で東には寺町、西には鉄砲町があって、歴史的な建物が数多くあるところです。鉄砲町のところに町家を改装した喫茶店があるというので、見学前に立ち寄ってランチをいただいてきました。目立った看板もなく、よく見ないとここがお店だとは気がつかないのですが、窓格子に「アカリ珈琲」と書いた板切れが立てかけてあって、その横にメニュウと営業中という掲示がありました。中は手作りふうの装飾で、お茶を飲んだりお酒をいただいたり出来るようになっています。人づてにお店のことが広がって、訪ねてくるお客が増えているとのことで、ご近所では若い人達が何かお店を始めようという動きも出てきているようです。戦国時代には世界有数の鉄砲生産地であったこの場所から、堺の包丁や自転車産業が発達し、そこにまた、何かしら新しいまちづくりが動き出すのかも知れません。
2010-01-11 16:44 | 記事へ | コメント(0) |
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