今日は私の75回目のお誕生日です。1935年(昭和10年)1月8日生まれというと、Elvis Presleyが有名ですが、日本では著名人は見あたりません。小泉元首相が1942年1月8日生まれで、Presleyのファンだということになっています。日本人で1935年に生まれた人の現在の生存数は129万人ですので、その中で1月8日に生まれた人は3,500人ぐらいだという計算になります。中学生の時に同じ日に生まれた同級生が2人いましたが、50人の中に3人というのは、かなり偏っていたことになります。
1935年は世界大恐慌の後で、世の中がきな臭くなってきた時期でした。母親のお腹の中にいたときに室戸台風が大阪湾を直撃して、海岸近くのわが家は水深1メートルの高潮をかぶってしまいました。中国大陸に戦乱が広まる中で、幼稚園に通っていた昭和15年には皇紀2600年の祭典が催されました。昭和16年には小学校が国民学校と改称されて、その年に一年生となりました。その年の12月8日の真珠湾攻撃で日本は米英両国との戦争に突入、昭和20年に敗戦の日を迎えました。国民学校はまた小学校になり、昭和22年に新しくできた新制中学校に入学しました。昭和25年に高等学校、28年に大学に進学、32年に社会人にと、焼け跡から立ち上がる日本の姿を見て過ごしました。昭和31年の経済白書に「もはや戦後ではない」という副題がつけられて、そこから日本の高度成長が始まったのですが、1990年のバブル崩壊までの道のりは、険しくとも常に右上がりの時代でした。
今振り返ってみると、よき時代を生きることが出来たという気もします。しかし、その期間の毎日が、将来の希望に満ちて過ごせたわけではありません。国を挙げて、色々な問題を一つずつ解決しながら進んできた結果であったと思います。
現在の日本経済は閉塞感に満ちていますが、焼け跡の中に呆然と立ちつくした昭和20年と比べてみれば、それは天国と地獄の差だと思います。足下を踏みしめて、一歩一歩前に進むことがより豊かな未来を造るのです。
Happy birthday to myself! 乾杯!
ワインはMouton Cadet rouge, 2006、女房と二人でハーフボトル1本が適量です。
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