2011年07月20日(水)
お久しぶりです。
中々ブログを更新できずご心配おかけしています。

最近小さい時からよく知っている友人の娘さんが南米のボリビアで客死されました。ボランティアで奉仕活動されていたのですが誠に残念です。

太子町で行なわれた追悼式の帰りに弟の嫁の実家がやってる姫路の洋菓子屋によりました。「Vert」といいます。抹茶にこだわったアイスクリームと焼き菓子のお店です。姫路城のまん前でお城が一望でき絶景です。現在改装中ですので少し残念ですが・・・

美味しいお茶とお菓子を2階の窓に面した凄く眺めのいいカウンターで楽しんでると、ちょっとお酒も楽しみれたらいいのにと思いました。
2011-07-20 11:31 | 記事へ | コメント(3) |
2010年05月26日(水)
宝塚市中筋のLaBOCCA
イタリアンの店のようです。外観的にもオシャレです。開店直後からランチに何度か立寄ったのですがいつも予約で一杯で入れませんでした。

何度目かのリベンジでやっとランチできました。本当に良く出来たランチが価格的にもリーズナブルで楽しめました。

パスタのランチが千円台、メインがつくと2千円台です。

なので、夜のメニューを頼んで見たんですが・・・基本全てがコースメニューのようです。

アラカルトの一品をたのんでちょっとワインで一杯という使い方は出来ないかもね。






2010-05-26 01:42 | 記事へ | コメント(0) |
お元気ですよ
いつもブログご覧の皆様すみません。

ほんと、世界中から見られているみたいで・・・

逆に外国の知人のほうがHP・ブログ更新してない事に心配していただいてメールもらいます。

なんで、この機会に「便りのないのは良い便り」とお伝えいたします。
2010-05-26 00:30 | 記事へ | コメント(0) |
2008年11月03日(月)
ご無沙汰です
更新が滞っているので、遠方や海外の方から元気にしているんだろうかと心配されたりしておりますが、元気にやってます。

さて、場所は言えませんが、この中山近辺に越乃寒梅やプレミアム焼酎などをきっちり1合(180ml)量って入れてくれて500円均一で提供してくれる店ができてます。通常の居酒屋などでは100ml程度のグラスに入れてもらって1000円〜という相場でしょうね。店主がお酒飲めない人なので普通の相場がわかってないみたいです。

あんまり多くの人がこの格安なドリンクを注文して店が傾いてはいけないと思いますので場所については教えられません。「えっ!こんなところに!」と言うところにあります。
2008-11-03 12:59 | 記事へ | コメント(41) |
2007年06月02日(土)
川西みつなかホール南の「小花庵」
久しぶりにビックリな店を見つけました。川西のみつなかホールで家内とその友人が音楽教室の発表会をしまして、帰りにその知人に、いい蕎麦屋があると言うことでついていきました。私としては、妻たちの運転手と言う事ですからおいしい蕎麦を食べても飲めませんし、朝から夕方にかけて野外で働きながら家内の発表会にも顔を出すと言うハードな日だったので早く家に帰ってビールでもと言う思いでした。そして、だいたい川西のみつなかホールの近くでおいしい蕎麦屋のうわさ等聴いたことが無いと思っていたので、実はあまり期待せずついていきました。店に着きましたが、いわゆる「こだわりの蕎麦屋(料亭風・和風バー風・田舎蕎麦屋風)」という店構えも無くホントウニ「いわゆる普通にどこにでもある店構え」です。ところがここの蕎麦は店で店主が打ち、切り提供されます。

蕎麦についてはいわゆる「こだわり系の手打ち蕎麦」でかなりレベルの高いものです。そのこだわり系の高価な蕎麦がちゃんと長いのです。この表現分かっていただけるでしょうか。時折なんですが、手打ちと素材にこだわった麺を打つとどうしても「短い麺」になってしまうことがあるようです。この店はそういうことはありません。

そして、「十分なボリューム」があります。うまくてこだわりの蕎麦屋は値段と量が反比例すると良く言われます。値段の高い店に行くと驚くほど量が上品と言うことがしばしばあります。この店はそういうことがありません。「たっぷりの量」があります。てんぷらを頼むと他の店の2人前ではないのかと言う量があります。

そして、その天ぷらも旨いのです。修行系でこだわり系の蕎麦屋でも蕎麦が旨くても「天ぷら」がそこそこ満足できるところは実は少ないです。この店は天ぷらもおいしいです。これは大きなポイントだと思います。

それに加えて(まだ言うか・・・)なのですが、「蕎麦湯」が秀逸です。蕎麦湯は蕎麦を食べた後に、そばつゆをおいしく飲むためのアイテム程度に思っているととんでもない衝撃を受けます。この店の蕎麦湯は蕎麦の実をふんだんに投入したある意味での「蕎麦のお粥」なのです。蕎麦の実が入りお粥状にドロッとした蕎麦湯を見ると自分の蕎麦湯に対するイメージが覆ると思います。蕎麦湯と蕎麦つゆで一メニューが出来そうな感覚です。

それに加えて(まだ言うか・・・)店主のキャラクターには圧倒されます。でもそれはいわゆる「こだわり系」の店主にあるような職人肌の堅物と言うものではありません。ある意味で「こんだけ旨いもん出したってるんや。」という自信に裏付けられた上での「今日はおいしいもん食べられて良かったな〜」という喜びを客と共有しようとする姿勢です。

そして、川西みつなかホールの近くなのでイベントの状況でけっこう音楽家が利用しているようです。私たちが食事時をはずして行ったときには関西の重鎮音楽家がおられました。店主もそういった音楽家の情報にも接しているようです。

ほんとうにびっくりしました〜。グルメ関係で川西でビックリすることは実はあまり少ないのです。それでこの店もあまり多くの人に行って欲しくないです。
2007-06-02 19:22 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2007年04月30日(月)
伊丹市北野の喫茶店「ミルキーウェイ」 お宝喫茶の実力
 普段は午前も午後もは事務所ではなく野外で人と会っていることが多く、事務所で書類作成やその他事務仕事となると、夜間や一般の休日となることが多くなります。といっても、普段の土・日曜日はこれまた様々な予定で一杯となるので、イレギュラーに生じる国民の休日は、面会の予定がないので書類作成や事務作業を行なう日となります。
 今日も午前から様々な書類作成を行い、近くの顧客へ書類を手渡したあと、昼食を取りに伊丹市北野の「ミルキーウェイ」に行きました。この店は宮荘病院の隣にあり、ケーズデンキ向いをちょっと南に下りたところにあります。メイン道路から大きなペコちゃんを店内に見ることが出来るのでこのあたりの方なら外観はごらんになった方も多いでしょう。おそらく「何なんだあの店は?!」と思われた方もいるんじゃないでしょうか。単に、「コレクターの店」なら冷やかしでも覗けますが、一応入場すれば、コーヒー代を払わなければならないとなると入り辛く感じる方もおられたかもしれません。
 そうではなく、あの店はコーヒーや食事をするために入ったほうが良い店だと思います。この前はコーヒー、今日はベーコンナス(トマトソースでないところがポイントです。なかなか出会えないのです。)と戴きましたが、とてもおいしくリーズナブルです。大盛り頼んで、コーヒーや紅茶が出て、こだわったトッピングのフランスパンがついて1000円でお釣りがきます。コーヒーは神戸の名門・炭火焼の萩原コーヒーです。(喫茶店で萩原コーヒー使っているところは結構マニアックな感じの店が多いと私は思っています。)そのほかのメニューにもこだわりが感じられるので、ちょっとこの店のメニューは制覇して見ようとひそかに感じています。そして、店内はペコちゃんが多いもののそのほかのどっぷりと昭和を感じさせる様々なオブジェやお宝で満ちています。
 マスターといえば、団塊の世代をちょっと超えたぐらいの落ち着いた方です。話しかけたら気さくにお話されますが、お客と良い距離を持って接していただけます。マニアックな店の場合はある意味で店主の薀蓄にお客が気を使わなければならないこともたまにあるのですが、この店ではそういうことはありません。それなりの立地で店をオープンさせていたらかなりの話題店になったはずなのですがオーナーのお考えがあるのかもしれません。 残念ながら現在は閉店されておられます
2007-04-30 17:59 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2007年04月21日(土)
宝塚、中山・中筋・周辺のイタリアン・パスタ激戦
 宝塚市中筋にオープンした生パスタの「モルト・ボーノ」へ行ってきました。その昔、この店を北側に上がったところの小僧寿司横に「マッキー」というスパゲッティーハウスがありました。開店当初は「自家製麺」を売りにしていたのですが・・・どうもうどんの様なパスタに感じて疎縁でした。しかし、いつのまにか、一般的に乾麺を使用されるようになりそれはそれでおいしいスパゲッティーの店として最近まで営業されていました。乾麺のスパゲッティーがこの周辺はかなり水準高い店が多いので「生パスタ」はある意味でかなり冒険だなーと興味を持っていました。
 オープン当日に割引券を持って訪問しました。オープン初日はある意味でこの界隈で飲食店をオープンする場合は「審査会」となります。この周辺の人々はかなり、飲食店の餞別に厳しいと思います。ちょっと評判の店で行列があっても、その隣の店はガラガラということも珍しくありません。この店の隣で以前伊丹市の瑞穂で評判だったラーメン屋がオープンしたときなどオープン当初は連日大行列でしたが、数日で見限られ数ヶ月で閉店ということさえありました。原因は大量に客が殺到したためにスープが十分過熱されずに提供されていたことを、オーナーが気づかなかったためだと思います。新規開店の印象は短期間で地域をめぐります。逆に言うならそれだけ新規店舗には期待感も大きいと言うことでしょう。
 21時ごろ訪問したので混雑具合はそれほどでもありませんでしたが、生パスタは満足でした。普通のパスタだけでなく平打ちのリングイネも選べるのですがそれもおいしかったです。バジルパスタは、バジルの個性によって好き嫌いがはっきり出てしまうものですが、私も一緒に行った他の3名とも気に入ったようです。バジルのパスタが安心して食べられるのはちょっといいです。ただ、ワインが一種類だけでグラスとデカンタだけと言うのはちょっとさびしいと思いました。
 宝塚中筋から伊丹市の荒牧を通って鴻池へ至る信号が無ければ車で1分もない道の沿道に「洋麺屋 五右衛門」、「ジョリーパスタ」、など4軒がイタリアン・パスタ屋として軒を連ね、加えて中山寺駅前の「ドルチェモスカート」、中山駅近くの「フロイライン」などイタリアン、パスタの6店がひしめく激戦区となりつつあります。中山寺駅近辺では既に1件のイタリアンの店が閉店しています。ダイエー中山店の2階にイタリアンがあったことなど今や地域民の記憶の外になりつつあります。
2007-04-21 01:48 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(1) |
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2007年01月26日(金)
フォトアルバムはじめました。
気まぐれに写真をアップしていきます。

入り口は右上です。

コメントよろしくお願いします。
2007-01-26 15:21 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年12月25日(月)
近況です。
いろいろ、レスしたいことがあるんですけど中々更新が滞っています。

年末は従来からの交通事故後遺障害異議申立や認定手続に加えて離婚・相続・債務整理・破産案件がラッシュで入ってきています。破産・相続事案は弁護士と連携して対応したりしていますが、この年末だけで1年分の依頼が舞い込んできたかのような状態になりこれも時勢かなと感じます。

東京のテレビ局からは夕方の某ニュース番組がらみで熟年離婚についての取材協力の打診がありました。来年の春からは、おそらく大変な事になるのではないかと思います。

行政書士とはいっても、私の場合そのほとんどが許認可ではなく、生活に密着した民事業務なので、漫画「カバチタレ」のような日々を送っています。仕事そのものは波乱に富んでやりがいのあるものではあります。しかし人の気持ちや感情に対応できなければ前に進まない分野の仕事でもありますので法律職というより生活カウンセラーのような日常になっています。

その、交通事故・離婚・相続・債務整理・破産という案件にまみれながら日々を送っている中で、プライベートにおいても、熊野古道を走破されていた際に事故に遭われた知人のご主人さんの思わぬ不幸を始めとして個人的に衝撃的なことが立て続けに生じました。仕事がなければ布団をかぶって寝込みたい気持ちで年末を迎える事になりそうです。

ある意味で忙しさが身の守りとなる事に感謝です。
2006-12-25 01:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年10月14日(土)
宝塚市の荒神庵
この前、移転新装オープン後に昼食と晩飯をいただきに上がりました。この地域における優良店のラベルを剥がす事ないことを確認できたのは本当に喜びでした。なんせ、「おとなり」なので良かったです。

値段設定は僅かアップしているのではと感じましたが以前が安すぎたので了解です。新店では内容もグレードアップされているので不満はないです。

新装オープン時にはあまり充実していなかった「一品物」も充実しつつあると思います。

また、この店の本来である「蕎麦」についてはその高品位な味や食感は失われませんでした。

こういった店に「歩いていける」特権は、美味しいアテを肴にちょっと一杯したい私にとってありがたいものです。飲酒運転はありえませんので。
2006-10-14 21:57 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年08月20日(日)
グリル小宝
この八月は初旬に神戸の洋食屋・お盆に京都の洋食屋の老舗を堪能できました。

どちらもハヤシライスで比較します。

今回神戸は、元町の南京街にあるあの「伊藤グリル」・・・ではなくその階下に比較的最近出来た「アシェット」です。ハヤシライスはとても美味しかったです。どちらかと言うとトマトの酸味がほのかに香る味付けでライトな味わいです。神戸の老舗の洋食屋のハヤシライスの系統はどちらかと言うとライトです。「グリル金プラ」や「グリル十字屋」といった名門もある意味で「トマト系酸味」が窺える味わいです。

あの歴史的名店である明治屋中央亭が阪神大震災後に神戸中央亭としてハーバーランドのモザイクに移転していますが、あの伝統あるビーフシチューは、既に震災前に現代風にリニューアルされたと言う事でした。味わってみると、昔に比べたらかなり軽いテイストに変っていた感じがしました。

ハヤシライスといえば、その店の「デミグラスソース」と深いかかわりがあると思うのですが、神戸のテイストは基本的に「ライト」「軽い」志向となっていると思います。

ところが、私自身の志向はどちらかと言うとハヤシライスについては「濃厚な重いデミグラスソース独特ののこってりした味わい」が好きです。そういった志向に京都の「グリル小宝」は衝撃的なうまさを感じさせます。

一口食べた瞬間「うまい」とうなります。濃厚なデミグラスソースからは「酸味」は感じません。私の頭の中にある伝統的なデミグラスソースの究極がそこにあります。

しかし、それ故に問題が生じます。なぜならこの店の一品はどれも「ボリュームたっぷり」なのです。美味の快楽に酔いしれてハヤシライス、とりわけオムライスなどを一気に食べたり・・・また、「大盛り」を頼んでしまうなら食後の胃もたれに時おり困る人はおそらく数日は苦しむ事になるでしょう。

神戸の洋食は時代の流行を追いながら常に変化し進歩していくところに大きな魅力があります。

京都は、昔ながらの良さをある意味で追求しつくところに魅力があると感じました。

以前のレスで、京都のヌーベル(新しい美味)を追求しないオーソドックスな名店にレスしました。洋食についてもそういった流れがあるんだと感じました。

大阪をはさんで京都と神戸と言う全く個性の違う街をお好みで楽しめる関西人は食については世界でも稀な良環境にいるとつくづく思います。
2006-08-20 23:57 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年06月19日(月)
銀行員が「ニッセイのおばちゃん」になるかもしれない。
報道によると、みずほ銀行の支店約半分が個人向けに特化された支店に再編されるようです。その目的は個人客相手の営業を強化して利益を拡大したいとの事です。

しかし、結果として生じる副産物もあるかもしれません。それは、銀行員のリストラです。個人営業とはある意味で「水商売」の部分が多くなります。その部分に力を入れれば当然のことながらそれなりに利益が出るかもしれませんが、ノルマについていけない銀行員は銀行にとって必要の無い存在となります。

例えば金融業界で最も「個人営業比率の高い業界」は当然「生命保険業界」です。そして、その業界の営業員の流動率は大変高いことが知られています。大量に、入社し大量に退職していきます。最近は少し変わってきているかもしれませんが、基本は「お客になりそうな知人をどれだけたくさん持っているか」がやっていけるかどうかのの分かれ目となります。

まー、もちろん「セールス技術」に長けたごく一部の人もたまにやっていけます。

そういった「どぶ板営業」をその昔、貸付先の客を「ハイヤー」に乗って営業回りしていたような「元興銀社員」などが母体の「みずほ銀行」の中枢がしきできるんでしょうか??また、そういった良き時代に銀行の営業をしていた上司に訓練される平の営業マンは大変だと思います。

なので、おそらく銀行の職員は「ニッセイのおばちゃん軍団」と取って代わっていく事になるのでしょうか。そうなると、現職の銀行営業マンに居場所はなくなります。

過去最高の利益をあげたといわれる銀行に勤める方々の多くにとって今後の改革は大きな影響を生じさせる事でしょう。
2006-06-19 15:45 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年04月12日(水)
京都の花見
先日、京都へ花見へ行きました。まだ、咲き初めといった状態でしたが、当日は中々予約の取れないフレンチレストラン「Gasparl=ガスパール」へランチの予約を入れていたので日を変える事は出来ませんでした。

なので結果的に「花より団子」になってしまったのは仕方ない事でした。昼前に四条河原町へ到着して錦市場を買い食いしながら横断して錦小路室町にあるレストランへ向かいました。

錦市場のつまみ食いはいつも楽しいですが、マグロや焼き明太子の串に至れば、やっぱ日本酒がないと余りにもアテが可哀想だと思いました。ただ、ワンカップ片手に昼から市場をはいかいするのはちょっと勇気がいるとも感じます。

料理は本当に「美味しかった」です。
オードブルです
メインです
デザートです。
その他にも、箸休のカンパリシャーベットや珈琲とともに供せられるクッキーやチョコレート、フランスパンや付け合せのバターも最高級のものです。

最近は高級フレンチとなると和食が影響を与えた「ヌーベルキュイジーヌ」となってしまい、「素材の味を生かした」という料理が多いです。その上に「フレンチ会席」という言葉なんかあったりして、なんか「和食のようなフレンチ」が増えています。要はボリュームについては和会席のように「上品」で、味についても「あっさり」と言うものです。それはそれでいいのですが、やっぱりたまに「フレンチ」をいただく上は、スタンダードな「ソースで食わせる」濃厚な味のフレンチを食べたい事があります。

その点で、この店は大変満足行くものでした。一口食べた時点から「美味しい味!」というパンチが飛んでくるわけです。そして、ロワール産(美味しいのに中々日本ではマイナーです。)の白ワインで舌が受けたそのインパクトを整理しながら、また「美味しい味!」のパンチを味わうと言う感じです。6人で行ったのでそれぞれが好みの皿を注文していました。途中からは、それぞれが、それぞれの料理を少しずつ分けあってツマミあいました。ボリュームも満点でこの私が最期のクッキーを食べる事が出来ませんでした。

食後は膨れたお腹を癒すために歩いて四条の東終点にある八坂神社脇の円山公園へ向かいました。まだ、咲き初めで華やかさはもう一つでしたが、公園内に幾つかある「しだれ桜」は見事でした。

入り口近くのしだれ桜は枝を払ってしまわれていたりして、むかし見たより貧相だったりしたのですが、公園奥のしだれ桜の方が案外立派でした。
帰りは清水寺にいたる三年坂方面に向かい、帰りは祇園の石塀小道から久しぶりに祇園甲部の町並みを抜けて帰りました。

舞子さんごっこ・石塀小路・木屋町の桜

地方ではあの町並みのほんの一角でもあれば「町興し」「観光振興」となると思えば、京都の観光資源はものすごいものがあると思います。重いお腹を抱えて歩き回ったのでかなり疲れました。
2006-04-12 16:17 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年03月24日(金)
神戸の名曲喫茶
先日、行政書士会の研修が神戸であったので出かけました。会場の学校厚生会館は元町駅北側の道路に面した喫茶店「フルトヴェングラー」の角を上ったところにあります。ところが、その喫茶店が閉店していました。最近まで営業していましたし、数十年そこで営業していたなら、閉店の張り紙程度していてもよいのに・・・何も無く店内は備品がかたずけられてがらんとしていました。

フルトヴェングラーと言う不出の名指揮者の名を冠したこの喫茶店もかつてはクラシック音楽を客に聞かせる「名曲喫茶」だったと思います。この店も数十年前は音楽を一生懸命に聞こうとする客もいましたが、「私語厳禁」なんて事では営業できるはずも無く、十数年前ぐらいには既に音楽はすっかりBGM代わりとなっていました。それは他の名曲喫茶でも同じで、音楽を聞かせることにこだわった店はそのほとんどが姿を消してしまいました。

本格的な名曲喫茶としてはスピーカーの名門「タンノイ社」の歴史的な名器である「オートグラフ」を設置した喫茶店「らんぶる」が圧巻でした。膨大なレコードコレクションとそのスピーカーをドライブするアンプの数々が入り口脇のガラス室の中に整然と並べられていました。しかしいきなり十数年前に営業を止めてしまいました。

また、歴史的に有名だった喫茶店「日響」も大阪の梅新から神戸の岡本へ引っ越してきた時はニュースに取り上げられたりしてかなり話題になりましたが、その閉店はひっそりとしたものでした。「日響」でさえ岡本での営業時期では「音楽の位置付け」を「BGM」程度にせざるをえない状況だったと思います。チャイコフスキーのピアノ協奏曲をピアノ・ホロヴィッツ/指揮・トスカニーニの激しい演奏をリクエストした時は、結果的に優雅なお茶を楽しむために来ていた神戸のマダムに顰蹙を買ったことを憶えています。

もちろん、神戸には今でも頑張っている名曲喫茶の残っていますのでぜひ頑張っていただければと思います。
2006-03-24 16:58 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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2006年02月02日(木)
広島日記
先日所要で広島へ行きました。途上に福山で途中下車しました。


尾道では名物の尾道ラーメンを食べました。美味しいと有名な店でしたがランチサービスはラーメンとハンバーグのセットでした。

ちょっと関西ではありえない取り合わせです。でも、ラーメンそのものはとても美味しかったです。

呉に立ち寄りましたがさすがに軍港としての歴史が深い町なので赤レンガ倉庫に士官の制服が絵になっていました。
2006-02-02 11:32 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2006年01月13日(金)
休日
9日の祝日は、ロンドン・ウィーンで演奏活動をしている「バイオリニスト」をお迎えして昼から晩までもりあがっていました。

やっぱり、「生演奏はいい」といつもながら感じます。

手土産で頂いたワインとチーズを楽しみながら、ちょっと年始気分を味わっていました。年末年始から日曜にかけて、何故か、てんてこ舞いの忙しさだったので、その日は本当に気持ちの良い休日を楽しみました。

ロンドン・ウィーン・秋田・福岡・京都・中国(チャイナ)・宝塚となかなか国際色豊かな集いでした。
2006-01-13 01:04 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年12月15日(木)
公益法人改革による今後のNPO法人
読売新聞の記事によると「先日政府は現行の社団・財団法人、同窓会などの中間法人を廃止する一方、「非営利法人」を新設し、公益性の高い法人に限って税制上の優遇措置を認める。」と報じています。これはどういう事かというと、新しい制度として非営利社団と非営利財団法人が設立される事になっているわけです。

なんだ、最近はやりの名前を変えただけの改革かと思うかもしれませんが、中身もかなり変わります。基本的に現在の社団・財団法人は法人税の軽減という税制の優遇措置があるのですが、原則としてそれが廃止されるのです。そのかわり、現在、社団・財団は設立がかなり難しいのですが改正後は基本的に「準則主義」つまり、書類を調えて提出すれば設立できるようになるという事です。今のように必死に主務官庁から認めてもらう努力をしないでもよくなります。

でも、税制の優遇が無ければ設立のメリットが・・・と思うかもしれません。それについては、別途の第3機関が公益性の有無などを審査して与えるという事になるようです。

という事は、特に新しい「非営利社団法人」は限りなくNPOに近い存在となります。しかも、NPOでは事実上税制の優遇が無いのに社団にはその可能性が生じるという事になります。

実は、この公益法人改革はNPOも含める構想が当初ありました。ところが、KSD問題などにみられた公益法人についての良くないイメージを嫌ったNPO側が、改革から抜け出たという経緯があります。もともと、阪神大震災で脚光を浴び当初はクリーンなイメージだったNPOも最近では暴力団がその隠れ蓑にしている事などが報じられると、現在ではそのイメージも公益法人とは50歩100歩となってしまったかもしれません。

そうなると、現行のNPO法人については将来的には新「非営利法人」への移行が起こるのではないかと思います。新「非営利法人」の運営については現行NPOより高度なコンプライアンスや情報公開が法人格維持の条件となる上に、NPOでは事実上ありえない優遇税制の可能性が生じるわけですから「優良NPO」の多くは社団法人への移行を検討する事になるでしょう。逆に言うなら「社団に移行できないNPO」というレッテルについては社会的にマイナスな評価となる時代が来るかもしれません。

中間法人も廃止されるようですし、乱立気味のNPOにもある意味で淘汰の風が吹くのかもしれません。
2005-12-15 18:14 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 公益法人 (公益法人など) |
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技術者軽視が東証のトラブルと構造偽造問題を産んだ。
東証のシステムダウン。マンション偽造問題。これらにはある共通点があります。それは、技術屋のモラルハザードです。なんて当たり前のように思うかもしれませんが、これは現在の技術屋を取り巻く社会的な環境がもたらしている可能性があると思うので、実はかなり深刻な事だと思います。

なぜ、モラルハザードが起きるのか・・・それは社会的に技術屋への評価が不十分だという事に尽きるでしょう。

子供の時からボール蹴ったり打ったりしている人さえ、トップクラスは数十億円の収入を得る事が出来るのです。子供の時から必死に勉強して文系よりもたくさん受験勉強をし、学生時代は遊び歩く文系学生を横目で見ながらひたすら実験室にこもり、卒業して就職すると商社・銀行マンより格安の給料しかないのが現在の日本の技術屋です。たとえば、分かりやすいので財閥系で見るなら、○菱電気や○菱重工のエンジニアでは○菱銀行や○菱商事では当たり前に存在する年収1千万円を越える人はかなり減る事でしょう。

それで、たまには一流大学の工学部を出て銀行や商社へエンジニアとして就職する人もいますが、企業内ではエンジニアが文系のキャリアを超えて出世する事はまずありません。一生企業内ではゼネラリストではなく技術屋で終わることになります。

東証のシステムダウンや耐震偽造問題はそういったひずみが影響しているということを指摘しておきたいと思います。そもそも、インターネットやパソコンなんて「技術屋エリート」から見たらオモチャのようなものです。しかし、「文系エリート」のお偉い人たちは何でも出来る魔法のハコのように思っています。様々なアイデアや夢物語を描いて「こう言ったシステムを作れ」と「技術屋エリート」に命令するわけです。その中には数知れず無理難題さえあります。そして、エンジニアは必死にその命令に答え応じているという図式となっています。

ヒューザーの問題も同じです。構造計算という技術的には最高度の専門知識を必要とする「エリート技術屋」が「口先の文系エリート」こ安くこき使われていたという事です。

そういった環境では従来どおり「真面目で忠実なエンジニア」として黙々と要望に応えようとする人もいるでしょう。それが「エリート技術屋」の誇りだと思っている人も多いです。でも、それは面白くないと感じる人も居るでしょう。現実には「お金」を目的に仕事がなされている世の中で、技術屋だけが宗教家のように「お金ではなく仕事が好きだ」といったタイプの人だけではない事を、世間は認識すべきです。

今回も、ガッポリ儲けているのは口先だけのコンサルタント会社や、口先だけでのし上って来た販売主、また、他人のお金を右から左に動かしている金融屋の人々です。高度な専門知識をもって、寝る暇もないほどの業務をこなした上に、そういった「富裕文系エリート」にあごでこき使われ、不具合があればバカ呼ばわりされる姉歯建築士や東証システムエンジニア達の「技術エリート」の胸中はいかがなものでしょう?

姉歯建築士の所業は、ある意味で冷遇されつづけてきた技術屋の文系エリートに対するテロの様に感じます。偽造や罪ををあのように「サバサバ」と認める態度からは確信的な態度を誰もが感じた事でしょう。ヒューザーやコンサルタント会社に対して、「口先だけで金儲けしているおまえらに何がわかる!」「構造計算のちゃんとした仕事なんかこんな報酬と時間で出来るわけ無いだろ!」「そんなムチャ言うんやったら望み通りやってやろうやないか!」と開き直ったんじゃないかと思います。

実際、専門知識の無い連中に「これ以上鉄筋を減らされへんのか!」といわれて「これ以上は無理です。」と答えているのに「仕事を他に回すぞ!この無能者」と等しい罵倒を浴びれば、「そこまで言うなら誰でも分かるアホな数値で検査機関に申請するで!」となったんでしょう。そうしたらナント検査機関がそれを通しちゃったわけです。姉歯氏が「ウッソーと思った」というのもあながち間違いではないでしょう。姉歯しにしてみれば検査機関にはねられる事で「ね!やっぱりこれ以上無理でしょ!」としたかったんでしょうか。

青色ダイオードを発明した代価として200億円が認められた判決が話題を呼びましたが、その発明者は現在アメリカ在住です。日本を脱出してしまったわけです。そして、こうおっしゃっていたと思います。「この程度の報酬を企業も考えなければ今後は優秀な若い人が技術者を目指そうとしなくなる。」

ところが、今そこにある危機は、「技術者の報酬について社会的な評価を高めなければ、今の技術屋の間にモラルハザードが生じる」という事でしょう。技術者が誇りを持って仕事が出来る環境が是非とも日本の社会には必要だと思います。
2005-12-15 17:42 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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2005年12月11日(日)
目的の分からない就職詐欺事件
珍事件だ。会計士を目指す知人の若者が学校の紹介でとある会計事務所に内定が決まったのだが・・・仕事内容は会計事務所のクライアントで経理の仕事をする事になっていたのだが・・・そのクライアントがどう調べても存在しない。おまけにその会計事務所も存在しない。本人はその会計事務所の職員と称する人間とホテルで面談しただけだという。現在学校にクライアントの経営状況が急に悪くなったので内定について相談したい・・・と連絡があったきり行方不明だ。

詐欺にしても何が目的なんだろう。就職斡旋で詐欺をもくろんだにしても、今回は学校も学生も誰もお金を払っていない。金銭目的ではないという事なのだ。金銭目的で無いなら誰かに対して恨みを晴らしたいという事なんだろうか。その相手は学校?それとも就職担当への教授?それとも学生達???被害にあった数人の学生たちにはあまり共通点が見られないので、恨みを買われたのは???

ただ、今回は関係なかったけれど仕事先を斡旋しておいてわざと無理難題な仕事をさせて失敗させておいて、法外な損害賠償を請求する事例があるようなので気をつけてください。
2005-12-11 12:19 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年12月03日(土)
京のフレンチと紅葉
先日、京都の町屋を改造した三条のYMCAを下ったところにあるフレンチの「Douze Gout12+」という店でランチをいただきました。4人でワインを一本あけ男性の私でも満足できるボリュームと内容でした。オマール海老は絶品でシャブリを飲みながらしゃぶっていました。シャブリとも良くあっていて本当に良かったです。

紅葉は嵐山の天龍寺塔中の宝厳院で鑑賞しました。
見事という他無く他の場所での鑑賞に行く気がなくなってしまうほどでした。帰りに嵯峨野野豆腐の名門である森嘉で豆腐を買ったので、鮮度が落ちないよう帰りはおとなしく家路につくことになりました。あの滑らかで味わい深い豆腐を、近所の人がボールを持って買いに来られていました。とてもうらやましいです。
2005-12-03 16:49 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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2005年12月02日(金)
マンション強度偽造問題
マンションの強度偽造問題が騒ぎになっています。建築士や販売者様々なところが責任を擦り合っているかのようです。住民としては誰に責任を取ってもらうかということでしょう。ヒューザーの社長さんも強面の風貌ゆえワイドショーの叩かれ役になっています。

しかし、今回の騒動については住民もですが、販売主のヒューザーの社長もどちらかと言えば被害者だと思います。マンションを販売するには別に販売者がマンションの専門家である必要は無いのです。販売者は売れそうなプランを考案してそれを現実のものとするために専門家に設計してもらい、専門家に施工してもらい、専門家に検査してもらい完成したものを引き渡された上でお客さんへ販売するわけです。確かに売った人としての道義上の責任はあるにしても本来の責任は専門家として仕事を受けた人々です。例えば製造物責任法いわゆるPL法では販売者の責任は無く製造者の責任となっています。販売する人に高度な製造物の知識を求めるのは無茶というものでしょう。施工会社は設計図通りに作業をするのが仕事である事を考えると、この問題の責任はまず当然にデータ偽造をした設計士にあるわけですが、次に責任があるのは検査機関です。

設計士が自分の仕事の「プロさ加減」をどのように表現するのかというと、コストをかけても頑丈なものを建てるという事で、「頑固な職人気質」の人もおられるかもしれません。でも、普通の人なら不可能なコストで第三者の検査機関を通すと言う事でこの姉歯建築士は「神業」と言われる評価を得ていたのです。もっとも、それが神業ではなく「虚偽」であった事が悪いのですが、その虚偽に検査機関がお墨付きを与えたという事はもっと深刻です。

住民の方々が今後どこに責任を持っていくのかということは現実的な問題で、テレビのワイドショーのように強面の社長を攻撃している場合ではないと思います。住民の責任追及の相手はそれらの検査機関とその機関に検査を委託している監督庁の行政です。住民の被害は結局お金でしか解決できないのですから、倒産するかもしれない民間相手ではなく行政への責任追及が本筋と思います。
2005-12-02 18:08 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年11月11日(金)
タイガース株式上場問題
タイガースの株上場の話題が出ています。

だいたい、阪神電車はタイガースに対しては「金はかけない」「放っておいても熱烈な客は来る。」ということで球団経営についてジャイアンツに比べるとあまりにも「安い」経費でかかわってきた事は知られています。

「優勝すれば選手の報酬が上がるのでそれだけは勘弁してくれ」・・・という態度が冗談ではなく本気だった事は昔からのファンなら知られた事です。

2年前の優勝の時でさえ、優勝にかかわる報酬が思ったより少ない事について選手やファンから不満がありました。

ただ、阪神電車の立場も分からなくはありません。誰も言わない事ですが、阪神電車は本来、プロ野球チームを保有して運営するにはあまりにも小さい会社なのです。確かに、大阪〜神戸間というドル箱路線に特化しているというメリットはあるのでしょうが・・・あの阪急電車・・・日本最大の営業距離を誇る近鉄電車でさえ球団経営は難しかった事を思えば阪神電車が今でもプロ野球チームを維持している事そのものが奇跡なのかもしれません。

昔からの阪神ファンなら誰でもわかることですが、阪神ファンは確かに目立ちますが元々そんなに沢山いたわけではありません。私などが子供の時は「巨人の星」など全盛ですからクラスのほぼ全員が巨人ファンで3人だけ阪神ファンというのが大抵相場だったのです。なので、阪神ファンが巨人ファンを越える観客動員数というのは日本の歴史上今までありえないことが生じたという事でしょう。

取り留めない事を書きましたが・・・・要はどうしてタイガース球団の株式上場を非難するコメントをマスコミは垂れ流すのでしょう。僕としてはタイガースもせめてジャイアンツ並に潤沢な資金でスーパースターを集めてチームを作ってくれたらと思う事があります。星野さんなどは株式会社にすれば球団は株主の為に経済的利益を追求する事になり、ファンサービスの質が落ちるといいますが、それは株式会社の一般論であって、ファンが株主という場合も同じになるというのは暴論でしょう。普通の株主は株を投機対象としか見なしてはおらず、株主の関心は配当と、投機的利益という経済的な利益だけに専ら向けられるのが普通です。それは普通の株主は会社のファンでもなんでもないからです。

ファンの中にはタイガースの株を所有する事でより、球団への愛着を深め、株主特権などにあずかることに喜びを感じるだけの事と思います。マスコミの新聞記者たちはちょっとはいい大学を出てそれなりに頭がいいはずなんですから、「村上タイガースになったらどうする!」なんて人の不安を不必要に煽る記事を書いている暇があるなら、上場化のメリットとデメリットが良く分かるような記事を書いて欲しいと思います。
2005-11-11 15:53 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年10月18日(火)
珍事
韓国から知人がワーキングホリデーを使って来日すると言う事なので、下宿先が決まるまでとりあえず拙宅の使っていない部屋を貸してあげることにして滞在してもらいました。

外国人登録を宝塚市役所で済ませて約3週間後、外国人登録証のカードが出来上がりました。ところが、その登録証のカードはどう見ても90日短期滞在となっているのです。研修で習得した知識では1年間の特定活動滞在です。なんでやろうと、パスポートを確認しますとやはり90日短期滞在のスタンプが押されています。

外国人の登録に関する業務については取次申請行政書士の研修を先月受けて、現在登録手続き中という状況です。なのでまだ実際に業務を行なってはいません。まさかスタンプの押し間違えとは思わなかったので、これはどういうことかと悩みました。知り合いの行政書士に聴いてもそういうことは聴いた事がないということなのでだんだん「これは入管のミスなのか」と思いました。

翌日早速、入管に電話をかけると、「それはこちらが間違ったのかもしれないけど、入国手続時に観光って書いたんじゃないんですか。確認してみます。」と言う対応だったのでちょっとカチンと来ました。「確認してどうするつもりなん。書くほうは素人やけど、パスポートを見るそっちはプロとして職業としてやっているんでしょが!パスポートに立派に査証が貼り付けてあるのを見落としただけとちゃうんかいな。」と電話できつく言ってしまいました。入管もやっと態度が変わり恐縮しながら謝罪をされました。

外国人に係る始めての事案が、知人でしかも入管のミスと言うなかなかお目にかかれない珍事となったので、興味深く感じ少し勉強のつもりで南港の入管事務所に付き添って行きました。その後、宝塚市役所での登録証訂正の業務を見学させてもらいました。

市役所で「入管がスタンプ押し間違えたよって登録カード訂正してください。」と窓口で伝えると市役所の担当者も目を白黒しながら「えっ」と驚いておられました。今まで経験した事がない作業となったらしく法務省と電話で連絡しながらカードの裏に記載事項を訂正していかれました。

登録証の有効期限は滞在期間が1年だと5年ほどの有効期間となるのですが、そっちは訂正無しの1年のままで我慢してくれと言われました。

結局、本来は特定活動滞在1年、有効期限が5年の外国人登録証カードとなるところが、特定活動滞在1年・有効期限1年のめったに見られないカードの完成となりました。

今回は、愛知万博について韓国人はビサ無しで入国処理ができたらしいので「つい間違った」のでしょうか。
2005-10-18 23:02 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年10月07日(金)
愛知博2・3日目
しかし、愛知博は疲れました。帰りに宿泊先の友人の近くにあるスーパー銭湯に立ち寄って疲れを癒してから、友人宅を訪問しました。

二日目の午前はゆっくりさせてもらって昼に味噌カツを食べに行きました。いわゆる「矢場とん」の味噌カツを食べに行きました。はじめは矢場町の本店に向かいました。ところが長蛇の列です。仕方なく、三越の支店へ向かいました。愛知博の経済波及効果を目の当たりにしました。以前はこのような行列は無かったと思います。

また、三越の支店でも大変興味深い光景がありました。お客は私と友人以外ほぼ全て女の子達です。関西ならとんかつ屋でそういうことはまずありません。場所柄と言う事もあったのでしょうが面白い名古屋の一面を見た気がしました。

午後から犬山に観光に行きましたが、城山に上る元気は無かったので車窓から眺めるだけにしました。

そして帰阪し翌日は淡路島へ向かいました。

久しぶりに明石大橋を渡りました。


洲本温泉の海月館にて温泉を楽しみ料理に舌鼓を打ちました。

食べた後は、そのままバタンキューと牛状態で寝込んでしまいました。

旅行前からいろんな雑事で目の回る忙しさがありましたが、思いかけず愛知博で疲労に止めを刺されるようなかたちになっていたので、休養日の最後を温泉にしておいて本当に良かったと思いました。
2005-10-07 14:59 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年10月06日(木)
愛知博
愛知博も終わりましたが私達も9月12日に行ってきました。朝一番で乗り込まないと結局めぼしいところは一日かかっても入る事ができないということをリニモで働いていた友人から聞いていたので、会場へアクセスしているリニモの始発に乗り込んで会場北口へ向かいした。
 
午前6時ごろの時点で数千人が並んでおり、開場と共にみんなが一斉に人気のある企業館のエリアへ殺到しました。私は日立館へ向かいました。あちこちから「子供がつぶれます押さないで下さい!」といった悲鳴が上がり、気絶しそうになりながら人ごみに流されていきました。明石の歩道橋事故がこんな感じだったのだろうと感じました。やっとの思いで整理券をもらっただけで早朝からの疲労感がピークに達した感がありました。朝一番で一枚整理券を入手して次にガス館へ向かったところ既に5時間待ちとなっていました。この時点では会場はまだ空いていると言う感じでした。


次にマンモスを設置しているパビリオンの整理券を取りに行ったところ1時間先の入場と言う事でした。待つ間あいているパビリオンを二つほど回ってマンモス館を覗いて午前がつぶれました。マンモスについては写真撮影が禁止されていたので残念でした。模造品が展示されていましたが大きな馬程度の大きさで思ったより小さくてびっくりしました。大きな象をイメージしていたので肩透かしでした。

マンモスを見た後ぐらいになると会場はものすごく込んできました。暑い上に、日陰になるものが少ないのでかなり参りました。単なるモニュメントとして意味無く突っ立っている棒を恨めしく見ながら会場を放浪する事になりました。
友人から「昼食は11時までには済ませないと昼食を食べるだけでたい変な時間がかかるぞ」と教えてもらっていたのでタイ館のカフェで台風焼きソバを食べました。

昼一番で整理券がもらえた日立館へ行くとそこには5時間待ちの人が列を作っていました。

日立館は楽しかったわけですが、とても5時間も待って見る価値があるかについては?でした。

森と緑の博覧会ですが、ともかく憩える場所が無いのが皮肉です。多くの人々が日陰にうずくまっていました。私達も3時ごろにはダウンしてしまいました。座った椅子から動けなくなっていました。


その頃になると、チョッとした普段なら人気の無いパビリオンでも30分待ちはザラで人気のあるドイツ館などは「最低でも5時間以上待たなければならないので、もう並ばないでくれ」と待つこともできない状況です。実際、普通に開門時間の9時ごろに来た人は、会場に入るだけで昼近くになってしまう事もあったようです。そして、入ってからも軒並み数時間待ちの状態なので結局どのパビリオンにも入らず散歩だけして会場を後にするような状況も生じていたようです

ま〜。大盛況で万博協会は嬉しいのかもしれませんが・・・これはちょっとひどすぎました。全体としては楽しかったものの疲労の極地に至りながら閉場までいる予定を3時間も繰り上げて7時に会場を後にしました。
2005-10-06 14:27 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年09月17日(土)
大阪国際会議場
今週の前半は、愛知博を含めた旅行に行ってきました。また、ブログで報告します。

さて昨日は、日本行政書士会主催の外国人の入管にかかわる申請取次研修会に出席しました。外国人の様々な手続は本人出頭主義となっているのですが、申請取次行政書士を通すと役場の窓口まで出向かなくて済むのです。外国人の帰化や在留資格などに関する様々な業務を行うことができるようになります。

会場となった大阪国際会議場は想い出深い場所でした。行政書士になる以前勤めていた松尾楽器商会において、この会議場に設置された巨大な多目的ホール(約3千人収容)に備えるコンサート用ピアノとオーケストラ用の譜面台や指揮台などの舞台備品一式を営業して成約に至ったのでした。そこでは官公庁営業に指名入札など貴重な経験をしました。

ピアノは当然スタインウェイです。コンサートやレコーディングなどの世界では9割以上のシェアを誇る圧倒的な支持を得ています。また、納入したオーケストラ用の譜面台や指揮台などTVで見ることができるものは大半がその楽器商で製作している手造り品です。職人さんの体調が悪くなり納入できなくなるかもしれないと胃を痛くしたりしましたが、何とか間に合い、譜面台が約100本にも及ぶ納品の時は汗だくになりながら誰もいないホールで黙々と梱包から取り出した譜面台を組み立てました。

ホールに納入するピアノは全長が2メートル74センチにも及ぶ巨大なもので、一つ一つが手造りの逸品です。東京のセレクションセンターで大阪府の職員を引き連れて数台の中から一台を選定しました。品川駅で大阪府の職員と待ち合わせて、タクシーで選定場所まで向かいました。車中のラジオからは当時の大阪府知事であった横山ノックのセクハラ報道が流されていました。タイミングが悪すぎ、しゃれになりませんでした。重苦しい空気が車中を制圧しました。報道の内容も「えげつないもの」でした。そして横山ノックさんのモニュメントとも言えるその国際会議場の出だしは、サミット開催と言う栄光を小渕さんのひらめきで沖縄に持っていかれてしまい、大コケしたのでした。それで竣工にまでかかわった身としては行く末を心配してはいました。

当日は、会館内に多くの外国人が見られ、セミナー・研修で結構華やいでいたのはホッとしました。ロイヤルホテルと連結しているのもなかなかいい雰囲気です。今後の運営に期待したいと感じました。
2005-09-17 09:31 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年08月23日(火)
豊中 麺哲
阪急豊中駅の近くにあります。関西のラーメンフリークで知らない人がいないほどのカリスマ麺職人の店です。近所にに彼が育てた店が別にもありますが、そちらも美味しいです。

関西のラーメンはある意味「スープ」に凝っている所が多いです。人気店の多くはどちらかと言うと「こってり系」です。なぜなら、関西ではスッキリした出汁で食べる麺は「うどん」が関東と比べると美味しいからです。ところがこの店はすっきり系です。醤油ラーメンを食べました。そして、納得しました。スープの美味しい店はいろいろあります。この店はすっきり系でも美味しい店です。ところが、この店の凄いところは「麺」そのものでした。

関西ではスープに凝ってはいても、麺についてはある意味でどこでも同じような感じを受ける事が多いのです。細麺・太麺程度の違いに極たまに「縮れ麺」があるぐらいです。製麺会社へ麺を依頼しているのでしょう。ところが、この店の麺はほかでは食せない独特なものでした。自家製なのかもしれません。気のせいかもしれませんが中華麺独特の「かん水」の雰囲気があまり感じられないのです。良くも悪くも「かん水」は中華麺の特色です。この色を消すとそれはどんなに美味しくても「ラーメン」というカテゴリーでは論じる事が出来なくなる可能性が生じます。別に難しい事を論じなくても美味しければいいじゃないか・・・とも思えるのですが、「美味しいラーメン」を売れば沢山の人が食べに来てくれるのですが、「美味しい独特のアジア系麺料理」はマニアしか食べに来ません。この違いは大きいと思います。

ところが、この店の麺料理は確かに「ラーメン」を感じさせるものがあります。そして、その独特の麺は、あっさり系のスープと大変にあうのです。こってり系として東京ラーメンに京都ラーメン・神戸ラーメンと和歌山ラーメンなどブームになりました。人気あるラーメンのスープは大抵個性豊かな「こってり系ラーメン」です。たまに有名な「あっさり系ラーメン」を食してもどこか物足りなさを感じる事は多かったです。その意味がこの店でわかりました。あっさり系のラーメンにはそれにあった麺が必要だと言う事です。そして、この店のラーメンはスープ・麺全てにこだわったある意味での「究極」を目指そうとしているラーメンだと言う事が伝わってきました。

すきっとした透明感あふれる味覚の醤油ラーメンは、どんなにスープが美味しくても、たいていラーメン全体とするならインパクトにかけることが多いのです。ところが、この店の麺はそのあっさり系のスープとあいまって独特の世界をかもし出すのです。

麺・出汁・スープ・トッピング・・・全てについて究極を目指そうとするマニアックと言えるほどこだわったラーメンを食事として1000円弱で食べられるのはある意味すごい事です。しかもラーメンは日本そばと違って「お腹一杯」にもなります。コスト優先で大量生産・冷凍保存をベースとする廉価版ファミレスでもハンバーグ定食を食せば1000円を超えてしまうわけです。なので、どうか私以外の全ての人はそういった店でハンバーグを1000円払って食べていただきたいと思います。豊中なので、年に数回しかいけないと思うのですが、あの10席程度のカウンターが私が行く時だけは空いていて欲しいのです。
2005-08-23 23:31 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年08月18日(木)
池田・石橋
石橋浪漫 晩飯編

石橋で晩飯と言うのもね~。石橋の夜はまず、「権兵衛」から始まります。入り口を入った右手カウンターの一番手前が定席でした。今でもそうですがなんせ安いですからね。たまに友人とも利用しましたが、鯛やヒラメの生け造りを飾って遠慮せず飲み食いして1万円を超えません。1人でビールを飲みながらでも千円台でした。カウンターで魚を捌く板前さんは10年前と変っていません。

隣の居酒屋「万」は弟の嫁の母上の親戚が経営しており当時は手伝いに行っておられたのでたまに顔を出しました。

たまにバリエーションを楽しむなら、串かつの「若林」やその並びのお寿司屋「安兵衛」です。串かつは一本100円から、また、お寿司は一個100円からと石橋は学生相手を意識した安い値段設定の店が多くあるのです。「安兵衛」は阪急宝塚線全体の中でもコストパーフォーマンスに優れた店だと思います。あの当時では「くるくる寿司」並で食べる事の出来た「たちみせ」でした。最近は「くるくる寿司」の価格破壊がすさまじいですけど。

そして、阪大坂下をちょっと北へ上がったところへ「とんちんかん」があります。店主はその昔「うまかっちゃん」というインスタントラーメンのCMで屋台のおっちゃんとして出ていた人に本当に良く似ていた記憶があります。ユニークキャラの店主がポイントの店でした。ここも安くてくつろげるよいお店です。

弟達が箕面・川西と住んでいるので集まる時は石橋になる事が多く、そのたびに新しい店へ挑戦しようとするのですが、結局いつも「ごん兵衛」となってしまいます。阪神間では阪急沿線にあったあのような「雑多な商店街」は震災で壊滅してしまったのでいろんな意味で懐かしいたたずまいを感じています。
2005-08-18 16:05 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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池田・石橋の想い出
石橋浪漫 昼食編

結婚するまで独身時代の濃い時期を箕面の半町にあるアパートで5年近く過ごしていました。一人暮らしの自炊はよっぽどマメではないと破綻するという持論があったので朝食以外は全て外食で対応していました。近所に大阪大学がある関係上、様々な食堂が石橋付近に点在していたのでそういった状況ではかなり助かりました。

阪大内の学食は本当に学食らしい感じで時折利用しました。ただ、食べる楽しみは感じる場所ではありませんでした。阪大坂下交差点近くにもボリュームたっぷりで安い憩食堂がありました。皿からこぼれるような野菜炒めが150円しなかったと記憶します。でも、学生ではない立場ではくつろげるような感覚が無かったです。

また、阪大坂下のローソンの角にカウンターだけのうどん屋がありました。カレーが250円ほどで結構なボリュームだったのでお金が無い時は重宝しました。

石橋駅を阪急タクシーの乗り場側の改札を出ると阪急そばがあります。因みに右隣は「パルナス」でした。ここも良く行きました。その前の細い路地を抜けていくと右手に本屋があるのですがその向かいに名物の中華料理店がありました。現在は当時右隣に所在した「保呂酔」が移転しているようです。ここの酢豚や揚げ餃子やチャーシュー麺が定番でした。この店の名物はなんと言ってもカウンター内で繰り広げられる「夫婦喧嘩」でした。おそらく中国人の方だったと思います。奥さんから大声で罵倒されながらひたすら小さくなって鍋を振りつづける主人が印象的でした。熱いラーメンを食べながらお上さんの怒鳴り声に冷や冷や感を感じて食べていました。手伝いに来ていたお子さん達が後を継ぐものと思っていたのですが・・・久しぶりに行ってみると「保呂酔」になっていました。

しかし石橋浪漫と言いながら昼食で最もお世話になったのが桜井交差点の箕面自由学園正門横にある「こけし」です。ある意味で「定食屋」のお手本のような店でした。唐揚定食が私の定番でいつも食べていました。
2005-08-18 16:03 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年08月07日(日)
アスベストとことなかれ主義
アスベストの問題がなぜか今ごろクローズアップされているので少々驚きと戸惑いを感じています。確か私は小学校低学年の時にアスベストが癌を引き起こす事を雑誌で読んで以来、「アスベスト=怖い」とイメージしていました。なので、解体現場の近くを通りかかるときはアスベストを吸わないように息を止めたりしたものです。個人的にはかなり気をつけていました。自分の読んだ記事の記憶が間違っていたのかとも思いましたが、アスベストの危険への指摘は1970年代前半と言う事ですからあながち記憶違いではないのだと思います。

なるべくアスベストに係らない人生を歩んだつもりでしたが、そんな私があまりこだわらなくなったのは阪神大震災のためです。阪神大震災の悲劇は建物の倒壊と犠牲者だけではありません。あの戦後日本における最大の建物解体工事がアスベスト対策をほとんど取らずに行われたと言う事です。倒壊した建物からアスベスト独特の香りが充満する被災地で過ごす内に、アスベストの危険から身を守る点については諦めこだわらないように決めました。

現在、尼崎やその他工場近辺でアスベストによる癌の被害が発生していると騒いでいます。びっくりです。世間は本当にアスベストの害を知らなかったわけです。ちょっと遅すぎます。とりわけ阪神間に在住している人は他人の事で騒いでいる場合では実は無いと思います。

倒壊した建物や、解体された建物からどれだけ多くのアスベストを吸い込んだのかこの機会に思い出したほうがいいのではないでしょうか。アスベストの発ガンは30年の潜伏があるそうです。西暦2020年以降、阪神地区はよもすると「アスベストによる発ガンの大惨禍」が襲うかもしれません。

どうしてマスコミは取り上げないのだろう・・・私の杞憂が激しすぎるのだろうか。
2005-08-07 18:43 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年07月28日(木)
美味しい関西焼きのウナギを食べたい!
ウナギを蒸さずに、焼く時に油もあまり落とさず・・・言わばウナギの旨みを究極の形で身の中に閉じ込めて焼くのが関西流のウナギの焼き方です。この焼き方だとウナギそのものの質が出来上がりにモロに反映されます。逆に関東はウナギを蒸して柔らかくしてウナギの油を大量に炭の上に落としながら焼きます。香ばしい香りが立ち上りますが、言わば水蒸気で蒸した上にウナギの旨みが詰った油をウナギから大量に除いてしまう焼き方でもあります。ある意味でウナギ本来の旨みや品質に関係なく美味しく食べさせる方法だと感じます。なので、乱暴な言い方をすれば、国産の高級ウナギは関西流がいいと思いますし、関東流で焼くのはもったいないと思います。また、安いウナギは関東流で焼いた方が無難に美味しく食べれることになります。

実際、関西でも多くの人が口当たりの柔らかい関東流のウナギを好みます。しかし、だからこそ関西のウナギは「まむし」で食べるのです。関西ではウナギはご飯の中に「埋め込んで」食べるのが作法です。ご飯に「まむし」て食べるから「まむし」と関西ではウナギ丼のことを言うのです。

関西と関東のウナギの処し方に付いては、お腹から捌くとか背中から捌くと言う「捌き方」のみが注目されます。しかし実は焼き方と風味が根本的に違うのです。関西流のように旨みを逃がさないで、その身に閉じ込めた濃厚な味のウナギをご飯の中に埋め込んで柔らかくして食べると言うのは、理屈で言えば理想的なウナギの食べ方だと言えるでしょう。

ただ、そのうまいウナギの理論に、残念ながら私の財布がついて行かないのです。結局、近所のスーパーのウナギを食べました。
2005-07-28 14:51 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年07月23日(土)
宝塚市中筋の麺事情「スパゲッティ−編」
 宝塚市中筋の麺についてはスパゲッティ−もあるね〜。スパゲッティ−専門店のマッキーは当初自家製麺を売りにされていたときは・・・麺がもう一つでしたけどその後美味しくなっています。南に下ったところにあるジョリーパスタや、その向かいにも、新しい店が出来ています。新しい店の店名は忘れましたが、安くてそこそこいけるサイゼリアのような店です。内装はこちらの方がおしゃれです。そしてその並びには「洋麺屋五右衛門」もあります。伊丹市北部なのに梅田や新宿等の大都市と同じ価格なんでしょうか。そこだけがちょっと不満です。また、JR中山寺駅南のドルチェモスカートはいつも繁盛しています。料理もスピーディーにでるので使い勝手があります。また、ダイエー駐車場の北側にはフロイラインもあります。ここは、かなり良心的なお店でボリュームと価格がかなりいいです。味も美味しいです。スパゲッティ−については最近はどこもレベルが高いのでどの店も美味しいです。なので、自分自身は昔ながらの「ナポリタン」とか「イタリアン」スパゲッティ−」にはまっています。焼きそばのように面にこげ目ができるように炒めるのです。

ただ、私自身がちょっと時間があってスパゲッティ−を食べたい時に出かけていくのは、阪急塚口南側の「タント」です。そこの「ベーコンナス」はここ20年以上はまっている味です。
2005-07-23 15:04 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年07月21日(木)
宝塚市中筋の麺事情「うどん編」
 蕎麦が出たなら、次はうどんですね。これまた、うどんについては宝塚市中筋のモスバーガー隣に「麺生」という手打ちうどんの店が出来ています。このうどんも麺はハイレベルです。この近辺であの腰のあるうどんを食べることは出来ないと思います。それほど素晴らしい麺なのです。なので、麺以外にも相応のレベルが求められてしまいます。ところが店自身が自分のところの「麺の素晴らしさ」をある意味自覚できていないのではと感じることがあります。メニュー構成がそれを物語っていると思います。ざるうどんはありますが・・・あの素晴らしい麺を堪能するなら「生醤油うどん」もいいと思います。また、釜揚げうどんにしてもより華のある「釜玉」だといいのに・・・と要望は膨らむのです。ちょっとメニューに工夫してもらったらいいのにと思います。

ちょっと、このあたりにはない「本格的な麺」を出してくれるので、逆に期待が高まります。メニューはうどんと天ぷらに炊き込み御飯があります。美味しいうどん屋や蕎麦屋でも、なぜか天ぷらまで美味しい店は少ないのですが、この店は天ぷらも美味しいです。がんばって欲しいです。
2005-07-21 18:29 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年07月19日(火)
宝塚市中筋の麺事情「蕎麦編」
 宝塚市の中筋は山本と並ぶ日本園芸の中心的地域です。そして、中筋を中心にして、食に関しては様々な麺が食せます。まず、見逃せないのが蕎麦です。

 一番の老舗「荒神庵」は現オーナーに変ってから、ジャズの流れる「お酒が楽しめる蕎麦屋」に変貌しました。お酒をあてに一品を楽しめる上に値段設定が居酒屋も真っ青なリーズナブルな設定です。このレベルを梅田で味わうなら3割は価格設定が上がると思います。そして、居酒屋も太刀打ちできないメニューに「蕎麦屋の蕎麦」が食せるのです。そばのレベルも中々です。普通の居酒屋ではこれが出来ません。なので、荒神庵は地域にとって大変貴重な存在です。しかし、国道の拡張に伴って消滅する恐れがあります。移転しても、同じリーズナブルで高品質な店舗を確保していただければと思うのですが・・・期待するのが無理と思います。それほど、現在はコストパフォーマンスに優れた稀有な名店と思います。

 宝塚市中筋近辺で和蕎麦を食するとなれば気になるのがJR中山寺南にある「いっ時あん」でしょう。一生懸命努力されて造っておられると思いました。なんせ、売り切れごめんですから。出来栄えも「東京や大阪の高級店の品質」を目指しておられ、かなり高水準でいけてます。ただ、「量」の点でがんばって欲しいです。ランチに高価な蕎麦を食べてもなお、お腹がすいているというのはどうも・・・。すいたお腹をご飯物でごまかそうとしても開店当時はありませんでした。また、蕎麦の醍醐味は「ズルズル」とすすり上げる事にもありあまり短く裁断してしまうともったいないです。麺の質が良いだけに色々注文つけたくなる店です。今後の成長に大きな期待が生じます。

 そして、究極なのが阪急中山駅南の「悲水そば」の「OOOO」さんでしょう。この店はいろんな意味で過激です。どう考えても営利でやっていると思えません。普通に考えればやっていけないと思うのですが・・・僭越な思い込みなんでしょう。もり蕎麦は500円です。手打ちのこだわりの麺です。お腹がすいているので「大盛りでお願いできますか」と言うと「三杯位だったら自由におかわりしてください。」「越の寒梅」が一杯350円だったと思います。・・・いや?450円だったかな?でも、普通ならグラスで千円以下と言うのはないでしょうね。ですけど・・・これ以上いうのやめときます。普通のマンションの中を改造していて、入り口も普通のマンションのドアなので勇気がないとは入れないとは思います。本当は「OOOO」の名前を公表したいのですが・・・あまり、はやりすぎて欲しくなく、つぶれてもらっては困ると言う・・・わがままで勘弁してください。ヒントは出しておきました。
2005-07-19 10:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年07月14日(木)
サリン事件を生んだ汚染される日本の樹海や田舎。
サリン事件の頃、オウム真理教の教団が上九一色村にありました。そのころ、テレビで上祐元幹部がしばしば「自分達が自衛隊や米軍から化学兵器による攻撃を受けている」と叫んでいました。何を世迷いごとをと、当時多くの人は思ったと思います。しかし、私はあることを思い出していました。

実は、日本には究極のアウトドア人間と言いますか北海道の原生林や富士の樹海のようなところで、全く人間社会から離れたところで生活する事を好む人たちがいます。ある期間仕事を集中的にしてお金を貯めて必要なものを用意して、長期間そういったところに分け入り生活するのです。定期的に仕事をして経済活動をしながら、そういう生活をされるわけですから、決して世捨て人達といった類の人たちではありません。

いまから20年程前ですがそういったライフスタイルを送るある人と知り合いました。当時スワヒリ語を勉強されておりアフリカの原野へ移住したいとの事でした。理由として語っておられたのが、日本の樹海や原野は化学薬品の実験や廃棄物で汚染がひどすぎて住みにくくなってきた。と言うものでした。彼の知り合いの同じような人々も日本脱出を計画していると言う事でした。

そういった話を聞いていたので当時のオウムの主張についてもある意味で理解できるところがありました。それで、当時のオウムは明らかにそういった背景の元「被害妄想」に陥っていったと感じていました。

東大や京大などの物理化学を専攻したなまじ専門知識が豊富な彼らは、まわりの信者に生じる「アレルギー」の原因について汚染された都会でもそうお目にかかることが出来ない化学成分が回りに充満している事を知ってしまったのでしょう。汚染された都会を離れ、自然が豊かで清潔なところで活動しようとしていた彼らにとっては想定外のことではなかったでしょうか。そして、なまじ持っている知識のために「こんな特殊な化学成分が単なる偶然にあるわけがない」と感じたときに「自分達は迫害や攻撃を受けている」といった被害意識に偏重していったのではないかと思います。

目には目なのでしょうか、彼らはサリンという化学成分を武器にしてテロを行うに至りました。

日本の豊かな大自然の多くが深刻な化学汚染にさらされている事が、最近しばしば大規模な産廃不法投棄という報道で明らかになってきています。実際、硫酸ピッチなどの不法投棄も形を変えたテロではないでしょうか。日本の原野や樹海で人の目と法律をかいくぐって行われる環境汚染がオウムの「サリン・テロ」の遠因となり確実に今の私達の生活を脅かす「テロ」となっているのです。
2005-07-14 12:18 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年07月09日(土)
人として気高く生きる。
 今日は午前中LEC東京リーガルマインドで講義を行いました。1時に終わりましたが2時からの知人の母上の葬儀に向かいました。

 知人とは、先の羽曳野で行ったコンサートに妻と共に出演していた中川さんの事です。しばしば、私が主宰するコンサートにお呼びしていたので以前から親しくさせていただいていました。そして、6月27日(月)の演奏会でご一緒したのですが、他の知人を通してお母上の状況がかなり思わしくない事も聞いていました。長い闘病生活をされておられたのですが、もう少しいけるのではという予想に反して・・・なんと当日お亡くなりになられました。中川さんは演奏会の直前に携帯でその知らせを受けられました。しかし演奏会直前のナーバスな状態にある他の出演者に迷惑をかけないよう配慮されてそのことを知られませんでした。また、当日の演奏は亡くなったお母さんも望んでいた事をご存知だったのでしょう,ある意味で究極の状況で演奏に向かわれました。

 演奏された曲目はベートーベンのピアノソナタ「熱情」の第一楽章でした。私は、演奏会を録音録画する為に会場の最後部でビデオとマイクとを使って演奏会を記録していました。妻が、自分の演奏が終わったので楽屋から会場に戻っていて最後部列の座席に座っていました。私は、機材の操作をしながらある時点から演奏に聞き入ってしまい最後部で座り込んで目をつぶって聞き込んでしまいました。私自身はベートーベンについてはある意味こだわりがあるのでレコードでもお気に入りの演奏しかほとんど聞く事がありません。ところが、ホールの最後尾で座り込んで下を見ながら耳を傾ける演奏は、とても若き(私よりと言う意味です)女性が弾くものとは思えませんでした。尋常ではない意気が伝わってくるものだったのです。録音しているのですが、生の音とやはり違います。演奏が終わった時、私は思わず客席最後尾に座っていた妻の下に行き「なんじゃこの演奏!」「ちょっと凄すぎるやんか」「中川さんどないしてんよ。」「演奏の芸風変えたんか?」と叫んでしまいました。私自身は人の演奏を聞いて今までそういった感動を声高にいうことはありませんでした。なので、妻がびっくりして「そんなこと大声で言ったらビデオカメラで録音録画している人に迷惑でしょ」とたしなめられました。

 そのとき、私も妻も中川さんがお母様が亡くなった連絡を受けた直後に演奏をしている事を知らなかったのです。また、あの時会場にいた数百名の聴衆も当然知らなかったと思います。中川さんは演奏会の成功のために自分自身の究極の状況が迷惑をかけることが無いよう振舞われたのでした。

 チャップリンの晩年の映画で「ライムライト」があります。同じ舞台人として老年になった元大喜劇芸人のチャップリンと若い踊り子とのはかない恋物語です。ラストシーンは舞台袖で危篤状態となり亡くなるチャップリンをそのままにして、悲しみを胸に秘め、舞台では何事もないかのように踊りつづける踊り子のシーンで終わるのです。映画やドラマではそういうシーンはよくあります。そういうシーンが支持されるのは、ある意味人としてどのように生きるべきかと言う根幹にかかわるからなんでしょう。・・・そして、そういった状況に多くの人が「人の真心と信念」というかけがえのない価値を見るからなんでしょう。彼女のお母さんは信仰を持つ人でした。亡くなる直前までクリスチャンとしての本分と言う認識で「宣教」に携わっておられたようです。

 人はそれぞれがそれぞれの立場で「信念」に基づいて生きるときに、かけがえのない価値を生み出すのだと葬儀に参列して痛感しました。
 
2005-07-09 22:37 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月27日(月)
LICはびきのでのコンサートとパイプオルガン
 今日、LICはびきのでのコンサートが終わりました。妻は何とかラフマニノフのソナタを最後まで弾けましたのでほっとしました。コンサート自身はパイプオルガンの土橋薫・テノールの谷川勝己といった関西を代表する錚々たる出演者によって、はなはだ格調高く充実したものとなりました。
 パイプオルガンは、とりわけ西日本では公立のホールに設置される事はほとんどありません。辛うじて、京都コンサートホール、宝塚ベガホールぐらいじゃないでしょうか。伊丹市ではなぜか「老人福祉施設」に設置されています。あと、教会とかシンフォニーホールやいずみホールのように民間ホールでも、数えるほどしか有りません。最近出来た西宮北口の芸術劇場も結局設置されませんでした。東日本だと、東京をはじめ案外福島とか結構地方でもちらほらと設置されているようです。普通の人が「パイプオルガン」と頭でイメージする規模のものともなれば数億円のオーダーとなるので、なかなか地方議会の了承を得るのが難しいのでしょう。おそらく羽曳野は個性的で少々強引なキャラクターだった前市長さんや個人の方々のおかげで設置に至った、大変稀少な例となっています。

コンサート前のリハーサルの時に土橋さん付き添いのもと、パイプオルガンを触る機会がありました。感激ものです。スイス・フェルスべルグ社製は確かヤマハが設置したと記憶します。因みに日本では海外のオルガンビルダーを招聘してホールに設置する業務を行っているのは「ヤマハ」「カワイ」に私が以前勤めていた「松尾楽器商会」の三社ぐらいです。

民間や個人まで含めても日本全国にパイプオルガンは「数百台」というレベルでしか存在しません。こう言った公立のホールではオルガン教室と言う事も企画されているようなので、近くに住んでいる人は是非試しに弾いてみてもいいかもしれません。
2005-06-27 22:17 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月26日(日)
焼肉・味園とFOSSE COIN (フォッセ コアン) :宝塚市売布
今日、以前から気になっていた宝塚市売布(めふ)の「味園」という焼肉屋に行ってきました。何故気になっていたかというと、阪急電車「売布神社」駅前は震災で壊滅的な被害を受けたのですが国道176号線沿いではこの店だけが震災前と変わらないたたずまいを保っていたからです。震災前の売布神社駅周辺はある種の「ひなびた町」という趣のするところで、国道を西へ清荒神方面へ走ると中国自動車道の高架をくぐるあたりで「街はずれ」と言う表現がぴったりの雰囲気となっていました。「味園」はそこにありましす。知人が30年前に行った時においしかったと言うので一緒に行きました。

宝塚周辺は案外焼き肉屋は多いのです。でも、土地柄「女性も気軽に入れるような」雰囲気の店も多いです。多くの店では「無煙ロースター」が使われています。でも、この店は昔ながらの「焼肉屋」さんでした。穴明きの鉄板が上に乗っているガスの焼肉コンロが使われています。ガスで熱した鉄板の熱で肉を焼く方法です。それで、鉄板を熱した後は、肉を焼くときにガスの火を最小にして、鉄板を暖める程度にします。

この店は無煙ロースターではないので焼肉コンロから立ち上る煙を天井近くの換気扇で必死に外に排出しています。でも、当然ながら体中が焼肉煙まみれとなります。でも、その昔焼肉は煙と炎と格闘しながら食らいつく食べ物でした。そういった雰囲気がなぜか最近の焼肉屋では味わえません。やはり、煙の匂いが服につくことが敬遠される事が多くなったからかもしれません。

この店で、ホルモンを鉄板の上にぶちまけて滴り落ちる油から生じる、もうもうとした煙と立ち上がる炎をかき分けて肉を拾うとき、子供の時オヤジにつれられてよく行った尼崎や伊丹のカウンターだけの焼肉屋を思い出しました。カウンターの中の奥さんだけが女性で、それ以外はひたすらおっさん達がだみ声でがなり、テレビに映る阪神タイガースの野球を見ながら吼えまくるシチュエーションです。

今日も店のテレビは「阪神巨人戦」を映していました。タイガースの善戦を味いながら、焼肉も美味しかったので、「そやっ!元々焼肉なんて格好気にせんとがつがつするもんやった。」ということを思い出させてくれる店でした。テッチャンが美味しいお店はほんとに嬉しくなります。

そして、妻の運転する車で帰宅するとポストに不動産のチラシが入っていました。普通はチラシが掘り込まれているのですが、今回は「封筒」に入っていました。中をあけるとなんとあの「売布の喫茶店であるFOSSE COIN」を売却すると言うチラシだったのです。・・・長くなったので続きは又にします。
2005-06-26 22:38 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月19日(日)
施設の老朽化と公益法人会計
エキスポタワーの老朽化は外見の「未来志向」とはあまりにもかけ離れた状況が生じていました。今は独立行政法人となった万博記念機構の前身の万博記念協会(民法上の公益法人と少し違ったかもしれませんけど)における会計問題などもある意味では反映されている気がします。

公益法人に係れば多くの法人が抱える問題が「会計」問題だと思います。公益法人には公益法人に適用される「公益法人会計基準」があります。最近大改正されました。でも、以前の公益法人会計基準さえ少なくない公益法人が未対応でした。その状況は「お小遣い帳」の域を出ない単式簿記です。

ところが以前なら例えば、財団法人なら収入については利子収入と補助金です。右肩上がりの経済状況では収入が減ることはあまり考えなくても良かったのかもしれません。予算主義の会計ですから予算を立てれば、その予算に従って予算を消化していく事が仕事だったのです。経理は、「誰もポッポ無い無いしていません」と書類上で主務官庁に報告できれば大抵の場合それでよかったのです。

なので、建設した施設や備品などを会計上「正確」に評価する概念は多くの法人を見ていて、余り無いように感じました。例えば、単純に考えれば大きな施設や備品は年月が経てば当然磨耗したり老朽化して朽ちていくわけです。なので、それを見越して毎年少しずつ「貯金」して周期的に新しくする必要があることは一般的には「当然」だと思います。ところがそれが公益法人ではその概念が希薄なのです。非営利法人ということで、利益を溜めない・・・つまり「内部留保」を増やさないと言う世界のようです。将来のビッグプロジェクトに向けて資金を「貯める」ことが出来にくいわけです。普通の人なら「貯金を増やす」事は善です。でも公益法人は貯金を増やすと「おまえら非営利やのに何金溜め込んでるんや!」と突っ込まれてそのたびに「釈明」しなければならないことになりかねないのです。別に悪い事しているわけではないのに、これはちょっと嫌です。特に、単なる名誉職として名を連ねる理事さんたちには心地良いことではないでしょう。

結局無難な予算を作成してそれをこなす事で善しとしてきた公益法人は多いと思います。しかし、それは現在のように悲劇的な低金利と各方面からの補助金カットと言う「未曾有」の危機に面したときに、ある意味多くの法人で「施設備品の磨耗や老朽化」に歯止めが止まらない危機を生じている気がします。

年に数百の公益法人を実際に訪問していた前職の経験では、多くの法人施設の老朽化に心を痛めた記憶があります。

エキスポタワーの荒廃と解体はある意味で公益法人会計のもたらした悲劇ではないのかと感じることがあります。もちろん、私は会計の専門家ではありません。ただ、公益法人会計については元々、公認会計士や税理士さえ普通は「専門外」です。大阪市内のほぼ全域・京都市内の中京下京・左京や神戸市の中央区のほぼ全ての公認会計士事務所や監査法人を訪問して訪ね歩いた結果・・・公益法人に係る会計士は20人に一人以下だと思います。

また、内部留保の問題はある意味根が深いと思います。また、日を変えてレスします。

他士業の税理士や公認会計士の先生方や法律分野の先生方で公益法人や非営利法人について意見のある先生方,
また、公益法人事務局の方々も、どうぞコメントをお待ちしています。学びたい点が多くあります。

コメントの内容は現在ブログ上では公表されない設定としていますのでお気軽にお願い申し上げます。
2005-06-19 22:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月18日(土)
授業と結婚式
今日は、友人の結婚式が昼の2時からありました。一応幹事役でした。ところが、専門学校の授業が午前中入りましたので宝塚へとんぼ返りする事になりました。授業は1時に終了して2時から宝塚駅前ですのでぎりぎりでしたが間に合いました。結婚式が終了して家に戻り足湯で癒されていました。

足湯でくつろいでいた頃、近くの知人から打った讃岐うどんを食べにこないか誘いの連絡が携帯に入ったので家内へ連絡を入れたら、家内は家で頭痛を起こして寝込んでいるとのことでした。そういうことで、うどんは諦め家へ戻りました。コンサートも近いのでナーバスになっているようです。
2005-06-18 18:28 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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2005年06月12日(日)
エキスポタワー追憶
愛知万博が行われていますけど、シンボルタワーとしては「大地の塔」が建っています。大阪万博の時はエキスポタワーが建てられました。

2003年に解体されましたが、1990年9月までは登る事が出来ました。1982年当時私が高校生の時の夏、友人二人でこの塔へ登りました。

その日は万博会場で大規模な催し物があり、私はそこで会場整理の仕事をしていて彼と一緒になりました。当日は早く催し物が終わったので彼に誘われエキスポランド内にあったその塔に登りに行ったのです。建物への入場券を購入してエレベーターであがりました。展望室と展望室をつなぐ通路は年代を感じさせ、かなり老朽化が進んでいるようでした。すると友人は通路に掛かっている保護ネットの破れ目を見つけ、その裂け目から立ち入り禁止の非常通路へと入っていきました。

私はネットのこちら側から戻ってくるよう呼びかけましたが、結局誘われるままに好奇心でネットの向こう側へ入っていきました。しかしすぐに後悔することになりました。おそらく、メンテの人もほとんど立ち入っていないような荒廃感があります。手摺などは間隔も広く風も強いので吹かれて転がってしまえばそれまでです。

思わず四つん這いになりながら上へ上へと階段を上っていきました。当然下など怖くて見ることが出来ません。そして、エレベーターの動力制御室に到着しましたが、降りるのは登るよりさらに恐怖です。

下を見れば足がすくみます。前を見れば広い空の下、大阪平野が何も障害物無しに目に飛び込んできます。まるで空中遊泳です。思わず、しゃがみ込み、階段を四つん這いになりながらうつ伏せで下り始めました。階段にしがみつき自分の足を見ることも怖くて出来ないのです。足で、階段を探るように一歩一歩降りる事になりました。そして、踊り場はあのように無きに等しい欄干しかありません。四つんばいも怖くなっていたので腹ばいになりながらまさに匍匐前進ではなく、匍匐後進(怖くて頭を前に向けられない)で非常口まで戻ってきました。その頃にはもう回りは暗くなり、宝石をちりばめたような北摂の夜景が広がっていました。

この想い出も、語り共有できる友人はもういません。彼は阪神大震災で勤め先を無くし、運送会社で働きながら再起を目指した矢先にそのトラックの車中で発作の為に急逝しました。震災の翌年、二人の幼い子供を残しての32歳の若さでした。

車で中国道を吹田へ向かうといつも見えていたエキスポタワーを見るたびに彼の事を思い起こしていましたが、そのタワーも今は無くなりあの頃の光景は完全に心の中の心象にのみ存在していました。

もう見るはずが無いあの「非常階段」の想い出を、そのHPで写真で見ることが出来て感慨に浸っていました。だって、決してあの時目にして心に残った風景を他の人と共有できることは思っていませんでした。その想い出はエキスポタワーの解体と共に永遠に封印されたと思っていましたので。

(写真引用 エキスポタワー写真館・制作者:クラウス17さん)
2005-06-12 12:38 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月07日(火)
ラフマニノフのソナタ
家内が、今月の27日月曜日に羽曳野市の音楽ホール「LICはびきの」で行われるコンサートに出演します。それで、演奏の仕上げに現在かかっています。演奏曲目はラフマニノフのピアノソナタ2番です。その曲を弾くことを妻から以前聞いた時は冗談と思っていました。ところが本気のようです。印刷のあがったプログラムにも掲載しているので間違いないようです。

この曲は叙情的な部分もあるのですが、全体的には華やかで「超絶技巧」がちりばめられた「弾くのがしんどい」曲です。もちろん、ちゃんと弾けたら「かなり聴き映えはある。」曲ではあります。なので最後まで指をつらせる事無く弾ききるのか心配です。怖いもの見たさの演奏になると今は感じています。

でも、プログラムを見ると他の出演者にテノールの谷川先生とオルガンの土橋先生が出演されているのです。そちらが本当に楽しみです。逆に、なんで家内がそこにおるん?という感じです。

家内は、仕上げに悪戦苦闘していますが・・・私は本当に演奏会が楽しみです。また、家内がラフマニノフのソナタを堂々と弾き切ったなら・・・本当に凄いと思いますので、家内への敬意ものです。

テノールの谷川先生とは以前からの知り合いなのですが、土橋先生は前職でパイプオルガンにかかわったことのある人間としてはある意味で憧れの存在です。お会いできる事を今から楽しみにしています。
2005-06-07 23:16 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月03日(金)
公益法人について
小泉さんの改革の下で、公益法人も制度発足100余年以来の大改革をする事になっています。元々は、NPOも宗教法人も全ての非営利法人をひっくるめた壮大なものとなる予定でした。

ところが、阪神大震災で評価を高めたNPOが、不祥事が大々的に報道される公益法人といっしょにして欲しくないと言う感じで、この改革から外れていきました。

また、自民党が連立政権という弱みなのか、政権基盤となる宗教団体の圧力には抗し得なかったようです。宗教法人も関係ないものとなりました。

結局、サイレントな業界である民法上の公益法人である、社団・財団法人だけがこの公益法人改革のメインとなってしまいました。

そして、公益法人改革の流れの大きな部分として公益法人会計基準が改正され平成18年度からスタートします。

公益法人という業界についての世間の一般的なイメージとはどのようなものでしょうか。少し、新聞を読む人ならあまりよいイメージを持っていない人も少なくないようです。ところが、外部からのイメージと内部のイメージがこれほど乖離してしまっている業界も無いと感じます。

既に日本の営利企業は、アメリカ化と言う名のグローバリズムにすっかり侵されてしまいました。その事の是非は問いませんが、少なくとも多くの人は「日本独自の良さ」の多くが失われたと感じておられるようです。

そういう視点なら、ある意味「公益法人」の業界は辛うじて日本から失われた良さが今でも残る業界です。民間ながら、営利を気にしないで働いてきた多くの事務局職員たちの文化はある意味で奇特なものでした。その公益法人の世界は制度改革を待つまでも無く異常な低金利や不景気による補助金の削減と言う環境で瀕死の状況にあります。

確かに、一部の報道に見られるように多額の補助金を潤沢に使っていると非難される法人も無いわけではありませんが、それはホンのごく一部でしかありません。

今後、公益法人改革に直面する公益法人について、ちょっと変わった視点からレスをして見たいと思います。
2005-06-03 23:35 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年06月02日(木)
マスダ名曲堂
以前神戸三宮にあった「マスダ名曲堂」についてレスしたところ、何件かお尋ねがあったので風日記で述べたいと思いました。

店主の増田豊太郎氏は神戸三宮駅北側向かいのグリーンシャポービルの数軒右隣で戦前から「マスダ名曲堂」なる屋号でレコード屋を営んでおられました。JRと阪急が並走する三宮付近では阪急が山側を走るので、阪急で三宮駅へ到着する場合、向かいのレコード屋を眼下に見ながら駅舎へ向かう事になりました。線路の向かいにあったので結構目立つ場所にありました。

この店の特徴はなんと言っても店主の豊太郎氏のユニークなキャラクターでした。1980年代頃までに三宮付近でクラシック・レコードを求めていたファンの人でおそらく彼の店を知らない人はいなかったことでしょう。ある意味で名物店主でした。彼が亡くなった時は、「レコード芸術」という有名な専門誌に追悼の記事が出た程です。

店内は本当に小さく4人入ると一杯だったような気がします。なので、レコードの買い方もユニークでした。店主が座する前にあるカウンターに、店主が自ら作成した手書きのレコードリストが「カード」となって綴られているわけです。入店者はそのカードをめくりながらレコードを探すわけです。そして、目当てのレコードを見つけて「これ下さい。」と店主に告げると、店主が「それはえー演奏や」とか「そんなショーもないレコード買うな!」とかいろいろ言われる訳です。買うこちらも「ちゃんと売ってくれるんやろか・・・」と、どきどきしながら店主がレコードをカウンターの向こうから取り出してくれるのを待つわけです。

その間、「最近のポリドールはなんじゃこれ!レコードがペラペラになってしもーとるやんか。しょーも無いところでケチりやがって」とかいろいろ言いながらもレコードを持ってきてもらうと、ほっとした気持ちになります。そして、そのレコードをダンボール紙で綺麗に包装して最後に包装の上から「マスダ名曲堂」のゴム印を押して手渡してくれます。

店主のポリシーでクラシック以外は店に置いていませんでしたが、なぜか「ビートルズ」だけは例外でした。

マスダ名曲堂は店主が逝去されたので店を閉じました。確か、1985年前後だったと記憶します。階段から転倒されたのをきっかけとして体が弱られてしまいました。店主との会話から戦前戦後の神戸の芸術の歴史を聞く事が何よりも楽しかったのですが本当に残念でした。

当時の神戸のレコード店はマスダ名曲堂だけではなくダイエー系列の「PALEX」や星電社のような量販店の売り場でさえも担当者はその人自身がムチャクチャマニアな人が多かったです。CDショップになる直前の「レコード店」は当時まだ「文化の発信基地」を自認していた気がします。
2005-06-02 09:56 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年05月29日(日)
花ほのか
この店は先週、宝塚市のJR中山寺駅南にオープンしました。和食のちょっと高級ポイ雰囲気のお店です。店内とテーブルや椅子のレイアウトがゆったりしている上に、椅子のすわり心地が大変良いです。ランチで1000円台、ディナーで2000円台〜でいけますからかなりお勧めです。ちょうど、同じような価格帯で楽しめる向かいにあるイタリアンの「ドルチェモスカート」が大人気ですから、この店も多分はやる事でしょう。

大阪ガス系列の冷凍食品や冷蔵器でしられるキンレイが展開するブランドの一番店ということです。この会社は他にも和食レストラン「かごの屋」でも知られています。大阪ガスそのものは、直営や関連会社でレストラン経営について熱心なところです。大阪ガス初代会長の片岡氏は今も有名な「ガスビル食堂」を創ってガスによる調理の普及に努められました。

宝塚市の阪急中山駅北側に彼の壮大な屋敷が残っていましたが、一昨年マンションに変わってしまいました。その新しいマンションは皮肉な事に「オール電化」でしたけどね。

そして、キンレイが今後展開するかもしれない「花ほのか」がこの中山寺にオープンしたのも、ある意味で興味深いものです。
2005-05-29 14:55 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年05月28日(土)
老後の備え
宝塚市の中山近辺には山手に大規模な住宅地が広がっています。中山北部はクラレが造成した中山台ですし、売布神社北部にもあります。そして、それらの住宅街では急激な高齢化が生じています。

成熟した住宅街の住人のほとんどが60代以上です。いろんな世帯では「二世帯同居」で対応しようとされたようですが、なかなか「二世帯同居」はうまく行かない事も多いようです。それに、最近の住宅選びの嗜好は「駅前の便利なところ」が主流なので、なかなか子供の世代がいついてくれないようです。

それで、多くの立派な家が空家になっていたりしますし、雨戸が閉めっぱなしなので住んでないと思いきや、住居している人の高齢化が進み毎日雨戸を開く事も出来なくなっている家も見られます。高齢化が進む住宅地の10年後はどうなっているのか、ある意味で心配する事があります。

今は、日常生活に不足は無いけど子供が同居していない独居老人のかたにとっては、「認知症」が始まってしまった場合のことについて不安に思っている人が増えています。早めに任意後見などの手立てを打って欲しいと思います。

一昔前なら、老後の備えは「貯金」でしたが認知症(痴呆)が始まってしまうと、施設へ入居する手続はおろか、口座の莫大な貯金の管理さえもできなくなることになりかねないのです。

高齢化への対応についてはヘルパーの不足へ関心が向けられつつありますが、法律や制度そのものの対応が悲鳴をあげる時期が直ぐそこまで迫っています。
2005-05-28 15:43 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年05月24日(火)
勉強しまっせ!
4月14日が行政書士の入会式だったので、事務所開業を4月21日としてオープンしたわけでした。早速近所の同業の先生とかにご挨拶に行って週明けは大阪や遠方の方へも挨拶にと思っていたらJR脱線事故が発生して、最寄駅のJR中山寺駅はつかえなくなってしまい、今でも不通です。でも、予定では当日は、午前中にJRに乗車して10時ごろに大阪へ行こうと予定していたわけでした。その場合、あの脱線した電車は私の定番でしたからそのままだと間違いなく乗車していたでしょう。

早朝にかかってきた電話とその応対の都合で出かけるのが遅くなってしまい、結局ネットのニュースで事故を知ったときは「またJRで人身事故か」と気にもとめませんでした。JRは本当に事故とかが多いのです。人身事故はある意味JRも被害者ですけど、様々な設備の老朽化か何かわかりませんが、電気がこないと言う事で去年か一昨年などは伊丹駅の手前で電車が止まってしまったので電車から線路に降りて伊丹駅まで歩いた事もありました。

そんな事もあり個人的にはかなり衝撃をあの事故で受けました。それで「開業祝」という気持ちになれず、あいさつ回りを自粛したので事実上連休明けから業務開始となってしまいました。

連休明けから受けた仕事は車庫証明・会社設立・相続・成年後見と全てがはじめての仕事で、準備におわれています。仕事の話のたびに「一から勉強」と言う感じです。

上記の業務も私は行政書士で無かったときには気楽に他人の申請を「アドバイス」をしたり、自分でしたりしていました。車庫証明など、楽勝と思っていました。

でも、「仕事として他人の代理でする」という責任感の重みや、相手の支払う報酬に見合った「サービス」として行う事の緊張感は予想外でした。

受けたどの業務も、下調べでかなり大変です。とりあえず報酬額表に基づいて業務の見積は立てましたが、関西人が値引を「勉強する」と言う習慣は本当に良く分かりました。

勉強する・・・今の私にが業務を受けるときいつも脳裏に涌出てくる言葉です。
2005-05-24 01:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年05月22日(日)
バーベキューと雨と焼きおにぎり
今日は、友人の庭を借りてバーベキューを計画していました。ところが、私自身は究極の雨男なもんですから当日の天気については皆かなり心配していました。

週末が近づくに従って、日曜の夕方は雷を伴った大雨になると言う事が確定していきました。しかも、その前日の土曜も、翌日の月曜も晴れなんですけどね。

友人達もある意味あきれてしまって・・・ま〜それで、盛り上がれるネタを提供した事にしておきたいと思います。

雨男、ここに極まれりです。ほんまにどないなってるんでしょうか。

バーベキューそのものは、彼の宅が庭先に大きなひさしを持つ家だったので雨でもバーベキューが楽しめたのは幸いでした。

そして、今回特にバーベキューで進歩した点は焼きおにぎりについてです。

おにぎりをやく時に醤油は上品に刷毛で塗ったりしていましたが、実はおにぎりの表面を軽くあぶった後に「ジャブジャブ」と醤油をぶち掛けるのがおいしい焼おにぎりの作り方になることを知りました。

そうすると、おにぎりの内側まで良い程度に醤油が染み込むので、お酒のアテにするには絶好です。焼きおにぎりだけを食べるなら、表面に醤油を塗る程度がある意味上品でいいのでしょうけど・・・

普通、バーベキューで日本酒を頂く事は私の場合は無いのですが、この日は友人の奥さんが「冷酒」を持ち出してきたので、(本当に良く分かった人だと思います。)もう「焼きおにぎりをアテに冷酒」という「禁断の取り合わせ」ながら「最高の取り合わせ」を堪能してしまいました。
2005-05-22 23:05 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年05月21日(土)
著作権勉強会
神戸の須磨にお住まいの雨堤先生が今回は主宰で勉強会を開かれました。いつも早朝と称してなかなか出席できない勉強会でしたが、今回は出席できました。しかし、場所はなんと「谷六」でした。阪神間に住む人間は梅田がある意味で結界なので、そこから大阪市内へ地下鉄に行くと言うだけでチョッとした旅行気分にさえなります。

たまたま、私は谷六にある近所の大阪の社会福祉協議会や事業団の事務局には良く行きましたので懐かしい場所でした。

場所は、「にぎわい堂」というところでした。町屋の2階にある和室で20人ぐらい集まっていました。イメージとしては幕末の勤皇の志士が密談をするようなところです。雰囲気は「士業」にふさわしい場所と思いました。

京都にはそういった場所は今でも多いのですが、大阪も良く考えたら同じようなつくりの「町屋」は案外多い事を再認識しました。

大阪が京都と違うのは、そういった「良い風情の町屋」を「古臭い」と省みない大阪の気質と、そういったところに「風情」を認識して残せるものなら残そうとする人が、ちょっと大阪より多い京都人の気質の違いなのでしょう。

あの谷町6丁目付近は、京都並に中小のお寺が密集している地区でもあります。なのでより京都っぽい雰囲気を感じたのかもしれません。

時折、地方の「小京都」と言うところを散策するとある意味で逆に「京都」の凄さを実感する事があります。地方の「小京都」は本場京都だったら「町屋が残る一画」程度さえあれば、観光協会を設立して観光地としてPRしたり、一大事業としているのです。

もちろん、大阪人は逆にどんなに京都らしい雰囲気の場所があったとしてもその町並みを「小京都」とか「京都らしい」と表現することは決して無いでしょうね。・・・案外そんなところに関西三都が互いに持つ自尊心も見え隠れします。

さて、人の思想や感情を創作的に表現したものが法的な定義で「著作物」となるわけです。京都(どこでもとは言わないけど)のある場所の風景はある意味で人の創りあげた「創作物」と言えると思います。もちろん、法的にそういった風景が「著作」となるわけではないのですけどね。

京都の町屋を想わせる場所で士業が集った今回の勉強会はある意味で興味深いものとなりました。
2005-05-21 23:20 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2005年05月20日(金)
退職祝い
今日付けで友人が退職しました。同い年なので、結構な一大決心となった訳です。

普段はあまりにも寡黙な人なので、話がそんなに盛り上がる事は予想していなかったのですが、結局朝まで語り明かしました。

ちょうど私も去年の本日退職したわけです。40歳を目の前にして、人の手助けができる仕事をしたいということで本職を選びました。

仕事をやめて自営を検討すると、様々な業種殻の誘いがあります。特に、目に付くのはネットワーク商法系です。人脈や友人が多いと、そういった話を聞いている内に、自分が大金持ちになれるような気分になっていきます。でも、自分には合わないと強く感じました。

そして、試験に合格してこの分野の方と交流を深めた結果、多くの方が持つ「志に」心地よい共感を感じられた事が大変貴重な経験となりました。

職種選びは間違っていなかったと思います。後は「食べていけるようになるだけ」です。(この部分が実は一番重要で大切です。)
2005-05-20 23:59 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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ニックネーム:D・Minamitake
性別:男
年齢:1960年代産。
都道府県:兵庫県
街の駆込み事務所。交通事故・相続・離婚・悪質商法等の生活問題を解決します。また宝塚のグルメや、感じたことを綴ります。妻は薫英短大のネコ好き先生です。ここでは野球・政治・宗教の話題はご遠慮ください。