2016年06月22日(水)
老朽炉高浜原発1・2号機の運転延長は認められない


6月20日、原子力規制委員会は、40年を超えた関西電力高浜原発1・2号機について運転期間延長を認可しました。
19団体で共同声明を出しました。(脱原発わかやまも入っています)



2016年6月20日


共同声明 40年超え老朽炉を廃炉に!
高浜原発1・2号機の運転期間延長認可に抗議


 本日(6月20日)、原子力規制委員会は、関西電力高浜原発1・2号機について、40年超えの運転期間延長認可を下しました。福島原発事故後、運転期間を原則40年に制限する制度が導入されたあと、延長の認可がだされた初めてのケースになります。私たちはこれに強く抗議します。

 老朽炉の寿命延長に対し、これを危惧する声が広がっています。しかし、審査の公開資料は白抜きだらけで、第三者による検証はできず、初の寿命延長審査にもかかわらずパブリックコメントも実施せず、住民や市民、自治体等の意見を聞こうともしませんでした。6月13日、私たちは、熊本地震によって懸念された「繰り返しの揺れ」問題などの評価について、国会議員の仲介により、会合を申し込みましたが、原子力規制庁は「多忙」を理由に異例の拒否。6月15日には要請書の受け取りすら拒否しました。老朽炉の危険性を具体的に批判され、それが公になることを恐れたからでしょう。このように、議論を避け、密室審査を続ける姿勢に怒りを禁じ得ません。被害をこうむる住民の意見を無視するなど到底許されることではありません。

 福島原発事故を受けて、原発の運転期間は「原則40年」と決めたはずです。原子力規制委・規制庁はこともあろうに、老朽化した原発の実態も把握せず、認可ありきで審査を急ぎ、審査ガイドを破ってまで、期限内の認可を強行しました。福島原発事故の教訓を葬り去り、事故を再び繰り返すことは断じて許されません。

 地震の活動期に入り、巨大地震がいつどこで起きてもおかしくない状況で、設計が古く、設備の劣化が進み、点検も不十分な状況で認可するなど、危険極まりない行為です。
 高浜1・2号の耐震性が不十分なことは、熊本地震に照らしても明らかです。熊本地震のようなくり返しの揺れを考慮した耐震評価は実施されていません。

 元原子力規制委員会委員長代理の島崎邦彦氏は、熊本地震のデータから、「入倉・三宅式」を用いて基準地震動を策定すると過小評価となり、日本の地震データを基にした「武村式」と比べて4分の1の過小評価となるため、「入倉・三宅式」は使うべきではないと警告を発しています。これはまさに高浜1・2号に当てはまる問題です。同時に、各地の裁判や運動の中で、市民が主張してきたことでもあります。規制委・規制庁は16日に島崎氏から意見聴取を行いました。しかし、その警告を無視するかのように高浜1・2号の運転延長を認可しました。

 老朽化した高浜1・2号の特有の危険性が具体的に明らかになっています。電気ケーブルの劣化により事故時に絶縁性が急低下し、制御ができなくなる恐れがあります。しかし、規制委・規制庁は具体的な判断基準も持たずに、関電のいいなりです。

 高浜原発1号機は、全国の原発でもっとも原子炉圧力容器の中性子による脆性破壊が発生し易い原発です。廃炉が決まっている玄海原発1号より脆性遷移温度は高く、事故時にECCSの水を注入すれば、圧力容器が壊れる危険があります。やはり中性子の照射により炉心の金属板を留めるボルトにひび割れが生じている恐れがありますが、まともに検査すら行われていません。

 さらに、熊本地震が示したように、「屋内退避」を中心とした規制委の指針では、住民の安全を守ることはできません。

 40年超えの危険な運転延長は認められません。高浜原発1・2号機は、認可を取り消し、直ちに廃炉にすべきです。


<19団体>
福井から原発を止める裁判の会/高浜原発40年廃炉・名古屋行政訴訟を支える市民の会/原発設置反対小浜市民の会/ふるさとを守る高浜・おおいの会/避難計画を案ずる関西連絡会/脱原発はりまアクション/おおい原発止めよう裁判の会/3.11ゆいねっと京田辺/原発なしで暮らしたい丹波の会/原発なしで暮らしたい宮津の会/脱原発わかやま/グリーン・アクション/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会/放射能のゴミはいらない!市民ネット・岐阜/川内原発30キロ圏住民ネットワーク/玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会/国際環境NGO FoE Japan/福島老朽原発を考える会/原子力規制を監視する市民の会


<連絡先> 原子力規制を監視する市民の会TEL:03-5225-7213 090-6142-1807(満田)
住所:東京都新宿区下宮比町3-12明成ビル302
http://kiseikanshi.main.jp/2016/06/20/732/


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老朽炉を廃炉に!
署名は第一次署名提出行動と院内集会を29日に行います。
28日に集約の作業を行いますのでまだの方はぜひお願いします!
手持ちのものは至急送付してください。
29日の集会にもご参加ください!!

40年超え老朽炉三兄弟(高浜1・2号/美浜3号)の廃炉を要求する署名
ネット署名フォームはこちらです
https://fs224.formasp.jp/f389/form1/

紙版はこちらです
http://www.jca.apc.org/mihama/hairo/sig_hairo201604.pdf

老朽炉を廃炉に!6/29院内集会と署名提出行動へ
http://kiseikanshi.main.jp/2016/06/16/stop_rokyuro/

阪上 武


2016-06-22 | 記事へ | コメント(0) |
2016年06月05日(日)
寺井拓也さんを偲ぶ

      
4月14日、寺井拓也さんが私たちの前から旅立っていかれました。享年70歳。

寺井さんは、田辺市〜白浜町の「つゆくさと大地の会」の会員で、2010年から汐見文隆氏に代わって「脱原発わかやま」の代表をされていました。次の年に3.11東京電力福島原発の事故が起き、代表になられたばかりでご苦労もあったと思いますが、福島原発事故の過激さに果敢に行動され代表の責務を果たされました。原発のみならず寺井さんは平和や人権の問題にも精力的に取り組んで来られたことはよく知られています。
草の根の市民運動の理論的・実践的存在として紀南の田辺市に腰を据えながら、全県下へ、全国へ、視座を広げ行動されてきたのです。

私たちの知る寺井さんは、事故後の県当局との話し合いなどの時、緻密な論理構成で私たちの主張と相手方の対応をかみ合わせてもらえる方でした。当局やマスコミに公表する抗議文書なども的確に作成していただきました。どれも何処かからの借り物ではなく、ネットや書物を丹念に検索し事実のみを抽出した実証性に基づいていることに、いつもこころ強さを感じていました。

進行した大腸癌が発見されたとの突然の報を受けたのは、昨年6月20日の「脱原発わかやま」総会で元気にお会いしたそのすぐ後の7月中旬でした。信じられない、ウソであってほしい、何故ここまで分からなかったか…、と思わずにはいられませんでした。

寺井さんは治療に専念されることになり、緊急手術の後は抗がん剤治療を止めて自宅療養、食事療法を続けられました。
病魔に負けないで、と回復を願う祈りもむなしくついにご逝去されたが、葬儀は行われず遺体は医学部に献体されました。ずっと以前よりの寺井さんの意思であり遺言だったそうです。

去る5月28日(土)、田辺市において、「寺井拓也さんを偲ぶ会」が催されました。準備万端して下さったのは、田辺市在住の方々を中心に脱原発わかやまと9条ネットの皆さんでした。老若男女(若はやや少なし)およそ70名の参加者は、寺井さんとの思い出を語り合い、今後に残されたものを共有しました。

RaRa Locale(ララロカレ)は、今は民家カフェだがかつてつゆくさの会結成も行われた場所。ここの2F のギャラリーが会場です。
正面には白い花に囲まれていつもの温顔で微笑む寺井さんの遺影が掲げられ、この傍らでスピーチが続きました。

   


    


全部で20名の方々からのリレー・スピーチ(ご挨拶、メッセージ代読を含む)は圧巻。
異口同音でした。実証的、細かく調べ尽す、熱心で几帳面、計画性があって粘り腰。けれども決して固執的ではなく、細やかな気配りで、分かりやすく伝える広がりがあった…。
その一方で、謹厳実直そうなのにユーモアがあって愉快、ふだんは小さい声なのにデモを先導するシュプレヒコールはとてつもなく大声、等々ユニークなお人柄を示すエピソードも。

とくに『原発を拒み続けた和歌山の記録』(寿郎社)出版に関しては、寺井さんが実質的な調整役として共著者の個性を繋ぎ、こまごまとした雑用事務をも担われたからこそ成しえたこと、と何人かの関係者からの証言もありました。
この著作は、後日、「地方出版文化功労賞奨励賞」を受賞するというおまけがつくのですが(2013年7月28日の本ブログ参照のこと)、寺井さんによる受賞記念スピーチ草稿(偲ぶ会でプリントが配付)は、寺井さんの出版にかけた思いの深さを示すものです。なお当日は寿郎社の社長夫妻もご出席でした。

最後にお連れ合いの秋代さんから、ご挨拶がありました。家庭人としての素顔は、ますます寺井さんのことを彷彿とさせるものでした。
一つあげるなら、「主夫」をされていたことは知っていたが、そのご夫妻間のいきさつや日常の家事について具体的にお聞きするのは今回が初めてでした。とくに「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という性役割イデオロギーに囚われず、妻が外という逆転スタイルで結婚生活の大半を貫いたということはやはり稀有なこと。生前にもっとお話ししてみたかったです。

「(彼の誠実さ、熱心さに)感心するというより、変わってるな〜と思った(笑)」と仰る秋代さんなのですが、ご友人の証言によると、夫に点数をつけるならばの話で「120点!!」だったそうです。寺井拓也さんのエネルギッシュな市民運動は、その基地としてよきご家族ご家庭をお持ちだったからかもしれません。
「平らかで穏やかな日々を家族で最後に過ごせたことは幸せでした」という秋代さんの言を深く肯きながらお聞きしました。

合掌


2016-06-05 | 記事へ | コメント(0) |
2016年05月08日(日)
原発がこわい女たちの会結成29年のつどい


「チェルノブイリ30年・福島5年を考える」と題して、今中哲二さんに講演いただきました。4月29日、GWの初日です。参加者は64名。




今中さんは、3月末で京都大学原子炉実験所助教を定年退官されたところです。
(女たちの会ニュース97号に詳報。本ブログ4月3日号)
当面は実験所研究員として福島県飯舘村を調査続行。核や原子力事故の人や環境への残留放射能の影響について今後も引き続き科研期間を遂行されるそうです。

国立大学の独立法人化後も、お金のための研究をしなくて済んだと感謝。そこは自由にさせてくれた京大の度量の広さか、地方大学とは違って図体が大きいせいか、そして我々は居直る術も知っていたし(笑)と仰ってました。とにかく「原子力と付き合って46年」を広島長崎、スリーマイル、チェルノブイリ、福島と、原子力の利用にともなう問題点を追及しながら、原発推進に反対する数少ない研究者の一人として責任を果たしてこられたのです。

今中さんは、広島出身で被爆2世だが、大学で原子力工学を専攻したのはそのせいではなく、福島原発現地の双葉町商店街に掲げられたPR看板「原子力 明るい未来のエネルギー」(当時小学生だった大沼勇治さん作の標語。2015年看板撤去に反対運動が起こった)のような明るいイメージを抱いていたためだそうです。「私も騙され、日本の多くの人が騙されていた」と。そこから原子力の見方が変わったのは、大学で学び社会の動きを知るうちに、後述のような原発政策の胡散臭さに気づいたからと言われました。

「29年のつどい」で松浦代表が挨拶の中でも触れていたが、今中さんや、遡ってすでに退官された熊取の先生方との出会いは、ぺんぺん草時代からのもので、教えられ支えられて女たちの会にとっては本当に貴重な賜物でした。もちろんそれ以外の京大や他大学、在野の先生方にも言い尽くせないほどのお世話になってきたのですが。

講演会終了後の今中さんを囲んでの会食の際にも、40年以上という永のおつとめご苦労様でした、などとだれも言葉にしませんでした。まだこれからもバリバリ働いていただくつもりだから、ご本人もそのおつもりだろうからです。

さてこの日の講演ですが、福島原発事故から5年経った被災地飯舘村の現状、スリーマイル、チェルノブイリ原発事故の概要と教訓、そして福島事故の経緯、情報開示の遅れ、直後の飯舘村調査、放射線被ばくと障害、子どもの甲状腺ガン、自然放射線との関連、等々これまでの集大成のような多岐にわたるお話しでした。

とくに示唆深かったことをいくつか、まとめてみます。
(1)スリーマイル原発事故から学んだのは、@原発の事故はホントに起きる A炉心の水がなくなったら燃料は溶ける、ということ。
シビアアクシデントが初めて現実のものになって、それまで定かでなかった炉心溶融(メルトダウン)が実証されたのです。「原発事故は起きるもの、原発は危ないもの」ということが骨身にしみた確信に変わったということです。
チェルノブイリ事故では広大な土地が汚染され、人びとは家を追われ@地域社会が丸ごと消滅する、A原子力専門家として解明できるのは被害全体の一部にすぎない、ことが分かったと。
これらの事故の貴重な教訓が福島に生かされたといえるでしょうか。残念ながらNO!である。
今中さんは「原発は、起きるか起きないか、危険か安全かではない。起きるし、危険なものに決まっている。だから事故が起きたらどれ位危険なのか、リスクの程度や規模を明らかにしていかねばならない」と問題意識を語られました。

(2)誤った情報や不作為、情報隠しなどは許されないことと断罪されるべきです。しかし腹立たしいことに、原子力開発、原発事故においてはウサンくさいことだらけ。(例えば2011年3月の福島原発事故では、メルトダウンは、巷では事故直後からささやかれ既知の事実となっていたのに、東電がそれを認めたのは2か月以上経過してから。遅れたのはメルトダウンの判断基準がなかった為と。ところが5年も経ったつい先ごろ、実はマニュアルに明記されているのがわかったと東電が発表。笑う気にもなれない。)
次の2つの例を今中さんは挙げられました。

その1、1964年原子力委員会決定の「原子炉立地審査基準」に「重大事故を越えるような技術的見地から起こるとは考えられない事故の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射能災害をあたえないこと(中途省略)」とある。これをクリアするような原発はありえない。にもかかわらずこれまで、日本のすべての原発はこの基準を充たしているとして建設されてきた。
どんなことが起きても原発は安全です!
無茶苦茶な論理です。

その2、1960年日本原産会議報告での原発事故の損害評価額は1兆円。当時の国家予算1.7兆円に迫るような、あり得ない程の巨額ですが(チェルノブイリ原発事故では54兆円がはじき出されている。)、電力事業者が賠償すべき保険金の額は50億円(現在は1200億円)にすぎない。それを超えたら原賠法(原子力損害の賠償に関する法律)によって、国が援助することに。
 原発事故がとんでもない規模になることは初めから分かっていた!
福島の事故でも政府は税金や国債を税金や国債を除染などにつぎ込み、その資金の扱いは曖昧なままです。

行政の意思決定や政策実行に係る役人は、組織で動き個人の顔をもたない。政策を裏で仕切りながら、(避難区域の除染政策などにみられるように)そこに間違いや不作為があっても責任が問われることはないのは許し難い。役人の「個人責任を問う」システムをつくる必要があると強調されました。

(3)これまで何度も今中さんの講演は聞いてきたが、一貫しているのは、「データは可能な限り提供しますから、判断は皆さんでしてください」というスタンスです。例えば原発事故から避難するか否かについて、放射線の汚染の程度を知って決めるのは私たちなのです。
突っぱねているようだが、私たちに対する深いエールなのだと思います。個々の住民市民は、だれかにいわれて上の方からいわれてそれに従うのではない、自分自身が考え判断して行動する、そのことこそが大切だと。自立した市民たれ、ということなのでしょう。

もう一つ一貫しているのは、余計な被ばくはしない方がいい。が、ある程度の被ばくは避けられない(なぜなら福島原発事故による放射能汚染、60年代米ソの大気内核実験からの残留放射能、これらを含む自然からの放射能に囲まれているのだから)。
この相反する要件に折り合いをつけること、結局どこまでの被ばくをガマンするのか、ということになる。(今中さんは、原子力施設からの一般公衆の線量限度を大まかに年間1ミリシーベルトとされる)

そして残念ながら福島原発事故の後、放射能汚染と向き合わねばならない時代に生きることになった私たちは、放射能、放射線について学習し、ベクレル、シーベルトの値になじんでいくほかないのだと。

(4)今中個人として言いたいこととして3点を上げられました。
◇避難区域の除染政策を見直し、お金の使い方を考え直すべきだ!
◇日本に住んでいる人全部についての被曝量評価を行い、しかるべき健康追跡調査を、国の責任で行うべきだ!
◇行政の意思決定や政策実行にかかわる人々、つまり役人や政治家に間違いや不作為があった場合には、ヒアリングを行い、個人責任を問うシステムが必要だ(前述)!

そもそも日本列島にこんなにも原発を作ったのが間違っていた!
いったん動き出したら止められない日本丸では情けない。間違いを素直に認めて、原発の再稼働は止めるべきである!
と締めくくられた。

講演後の質疑応答でも、原子力、原発事故についての様々な質問が相次ぎ、今中さんは一つ一つに丁寧に答えてくださった。参加者の関心の高さは心強い。

高度成長期を過ぎ衣食住およそ充足した日本、今や人口減に向かった日本。日本のエネルギー需要の変遷と予測を考慮するならば、原発を止めていくには今が一番いい時期だと今中さんも言われる。
経済発展のために原発は必要、の呪文にとらわれることなく、「私たちにとって、未来の子どもたちにとって、原発はホントに必要ですか?」をもっと世に問うていかなければ、と強く思いました。

(5月14日追記)
当日の講演は、YOUTUBE に小谷さんがアップしてくださいました。
https://www.youtube.com/watch?v=zP_eiEJslB0



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熊本地震は想定外の地震活動が続いています。福島原発事故5年。地殻変動が激しい日本で原発の再稼働は犯罪行為ではないのか。


2016-05-08 | 記事へ | コメント(0) |
2016年04月26日(火)
福島を訪れました


4月12日−13日、福島を訪れた。同行の松浦さんはもう何度も行っているが、私(sora)はこれまで機会がなくやっと叶った、という訳だ。
今回の訪問の目的は、5年経った被災地の現状をみておくことと、佐藤栄佐久・元福島県知事と、浪江町から避難中の橘 柳子さんに出会って話を聞くことである。

佐藤栄佐久さんは、1年前の5月10日、和歌山で女たちの会28年のつどいで講演していただいた(「原発問題と地方の論理」、本ブログ2015年5月23日号参照のこと)。橘 柳子さんは2012年10月28日に「福島原発事故の今を生きる」と題して講演していただき(本ブログ2012年11月31日号)、その後何度か「女たちの会ニュース」にも寄稿を続けていただいている。

当日は、朝7時和歌山市出発、東海道新幹線、東北新幹線を乗り継いで14時に最初の訪問地・福島県郡山市に到着。総計すると確かに延々7時間だが、行き慣れた東京からはたったの1時間半。まずこの近さに驚いた。

郡山駅から、佐藤栄佐久さんの従弟の和也さんに案内していただいて、栄佐久氏ご自宅へ。ご夫妻で待っていてくださった。お二人には、昨年の和歌山(帰路には伊勢旅行された)の思い出を写真を交えて話され、歓待していただいた。

栄佐久氏は退職金返納命令の取り消しを求めた訴訟で、今年2月仙台高裁において、返納一部取り消し(3期目取り消し)で一応決着。2006年の収賄罪で冤罪不当逮捕・起訴から10年という長期にわたったが、不本意ながらもこれら裁判闘争が一段落した、という局面におられる。(文末に佐藤栄佐久ブログ公式文を記載している)

栄佐久氏は福島県知事5期目に逮捕起訴された。栄佐久氏の弟がまだ任意で取り調べを受けているときに、「知事は日本にとってよろしくない。いずれは抹殺する」と担当検事が言い放ったように(平凡社刊『知事抹殺』より)、収賄額ゼロ円で収賄罪に問われるという不思議な裁判であった。この「国策」裁判の経緯を私たちは肝に銘じるとともに、栄佐久氏ブログの付記にもある闘う知事の姿勢に学びたい。

この日の宿は、本宮町の磐梯熱海温泉・浅香荘。ここで先に待っていて下さった橘さんと合流して、かけ流しの温泉と美味しい料理を楽しむことができた。
でも翌朝、部屋のカーテンを開けると、目にとび込んできたのが斜面一面の雑木林。雑木には赤いテープが張られていて、除染作業済みのサインがあった。ああここはフクシマなんだなあ、と思った。

2日目は橘さんの案内で浪江町へ。最近除染されたという橘さんのお宅を見せていただくのだ。
いま橘さんが住んでいる仮設住宅からは橘 毅氏の運転で、本宮町を出発、二本松市、川俣町、飯舘村、南相馬市、浪江町へと進んだ。途中、トイレ休憩やら昼食やらを挟みながらおよそ3時間の行程だ。

ちょうど春真っ盛りの頃で、あちこちには桜、そして椿に木蓮、レンギョウ、水仙、芝桜などが競うように咲いていたが、進むにつれて車窓からの風景は、変わっていく。除染作業中の作業員の姿が見える。道路端の元田畑には、除染廃棄物を入れた黒いフレコンパックの山が続々と現れる。土をかぶせたものや塀で目隠しをしたものもある。仮置きといいながら、先行きは見えない。原発サイトの汚染水タンク群も同様だが、「取りあえず」そうしておくしかないらしい、先行き真っ暗な福島の、いや原発国日本の現状を象徴するような、気の滅入る光景だ。


放射線量を測る。線量計は和歌山から持参したものと橘さんのものとで2台。測定値はあくまで参考値だが、次の通りである。
前日の佐藤栄佐久氏自宅(除染済み、郡山市内)で測った時は、室内で放射線量0.08マイクロシーベルト毎時(以下、μ㏜/h )と低めだがベランダに出ると0.17μ㏜/hと上昇した。
浪江町までの走行中の車内では、0.2レベルだったが飯舘村に入ると0.5レベルにアップ。二本松市内の浪江町仮庁舎前では0.14μ㏜/h。

しかし浪江町にある橘さん宅の庭では0.5μ㏜/h。除染済みでもこの値だ。(橘さん宅の庭は以前、㏜/h位あった。除染によって芝生を取り除き山土で覆われたため、今回は放射線はひと桁低くなって、0.5μ㏜/h。敷地南側に水路があり、そこに近くなると㏜/h近くになった)

ところが、市中に置かれたモニタリングポストの表示によるものでは、浪江町役場前で0.082μ㏜/h、南相馬市役所前で0.059μ㏜/h、と表示されていた。モニタリングポストについてはいろんな捉え方があると聞くが、ホントに正しく測れてますか?
※浪江町では4月より、疎開先の二本松市から役場機能を一部帰還させ始めた。


浪江町請戸港へ。ここは福島第一原発から約7q、上の写真の中央、消点あたりに原発サイトの排気塔が見える。左方、堤防の外側では護岸工事が始まっていた。



311の津波に流された住宅の跡。基礎と土台部分がキチンと残っているのには妙に感心させられた。この辺りは以前来たときは雑草が生繁ってさっぱり見えなかったそうなので、この間に除草されたのだろう。避難指示解除の前触れと思われる。



請戸港近くの慰霊碑。見渡す限り荒涼とした一帯に、われわれ一行とガードマンさん以外は人けがなく、工事用のダンプだけが砂埃あげて走っていた。

橘さん宅は、庭は雑草が払われ、庭木は剪定、土が入れ替えられピッカピカになっていた。それでも放射線量は除染済みでも先に記したように0.5μ㏜/hである。そして住宅内は、壁に亀裂が走り、避難当時の大混乱のまま家具や郵便物が散乱したままだ。橘さんは、東電に言えば片づけに飛んでくるけど、それはどうしてもやりたくないんだ、とおっしゃる。

ご近所も除染済みらしく外見上は閑寂な住宅街である。が、整地された庭土にイノシシとおぼしき足跡を発見したりして、人けのない住まいや町並みは正直いって異様な印象だ。休憩で立ち寄った川俣町のスーパーマーケットや昼食をとった南相馬市原町の喫茶店が、それなりにお客で賑わっていたのとも比べられない。

テレビやネットの報道、映画や雑誌の映像などで見聞きする機会はたくさんあっても、実際に自分の目や足で確かめた経験は記憶の襞に張付く。もちろん、今回足を踏み入れた場所や出会った人たちはごく限られた範囲である。よく聞くように、福島といっても地域差が大きく一括りにはできない、原発被災一色というのも間違い、それもその通りなのだろう。ただ、私は頭の中にあった福島のイメージを修正したり強化したりして、より確かなものにしていきたいと思っている。

帰りは、往路とほぼ逆コースを2時間突っ走って本宮駅まで送っていただき、郡山駅で17時30分発東北新幹線に乗り換え東京に向かった。(松浦はもう一泊)
橘さんをはじめとして、福島の皆さま本当にお世話になりました。


◆佐藤栄佐久ブロ公式ブログより全文転載

2016年3月9日
■福島県との退職手当返納命令に関する裁判についてのご連絡
退職手当返納命令に関する仙台高裁判決を受け発表したリリースを本サイトにも掲載いたします。

【ご連絡】平成28年3月9日
佐藤榮佐久
 福島県との間で退職手当返納命令に関して争っておりました、仙台高等裁判所平成27年(行コ)第14号退職手当返納命令取消請求控訴事件(原審・福島地方裁判所平成26年(行ウ)第6号)並びに同裁判所平成27年(ネ)第276号退職手当返還請求控訴事件及び同反訴請求事件(原審・福島地方裁判所平成26年(ワ)第131号)の各判決について、今般、上告及び上告受理申立をしないこととしましたので、ご連絡致します。
  なお、上記各判決において、収賄事件について冤罪である旨の主張が入れられなかった点について、上告理由及び上告受理申立の理由を構成するのが困難と判断しましたが、前提とされた収賄事件の判決は、最高裁において確定しているとはいえこれを是認することはできませんので、今後も新証拠の発見に鋭意努力し、再審によって身の潔白を図りたいと思っていることを付記させて頂きます。
以上
<連絡先> 
武藤正隆法律事務所
   電話024−534−4111
佐藤榮佐久代理人
弁護士 武 藤 正 隆
 同   藤 井 和 久


◆あらためて知事抹殺の本の紹介です。
『 知事抹殺―つくられた福島県汚職事件』
佐藤 栄佐久 (著) (平凡社) 2009/9/10
東京一極集中に異議を唱え、原発問題、道州制などに関して政府の方針と真っ向から対立、「闘う知事」として名を馳せ、県内で圧倒的支持を得た。第五期一八年目の二〇〇六年九月、県発注のダム工事をめぐる汚職事件で追及を受け、知事辞職、その後逮捕される。〇八年八月、第一審で有罪判決を受けるが、控訴。(「BOOK」データベースより)

◆なお、佐藤栄佐久講演会「原発問題と地方の論理」は以下のYou tubeで視聴できます。
http://www.youtube.com/watch?v=ssZPLw2nlc8



2016-04-26 | 記事へ | コメント(0) |
2016年04月07日(木)
結成29年のつどいで講演会を開催します


原発がこわい女たちの会結成29年のつどい
「チェルノブイリ30年・福島5年を考える」

◇講師・今中哲二氏(京都大学原子炉実験所研究員)
◇日時・4月29日(金曜日・祝日)13:30〜16:00
◇会場・勤労者総合センター6階文化ホール
              (市役所西隣)☎073-433-1800
◇参加費300円 だれでも参加できます

*******************************

ソ連でチェルノブイリ原発事故が起きたのは30年前、1986年4月26日。その1年後、1987年3月に、主婦の学習グループぺんぺん草を母体に、「原発がこわい女たちの会」が結成されました。

まさに、和歌山県日高町や日置川町において、関西電力の原発が誘致されようとする火急の時期でした。日高町では漁師の命をかけたたたかいがあり、各地から各層の人々が支援を繰り広げ、原発計画を阻止しました。誰かが一人でも手を抜けば負けたであろうといわれたくらい、厳しい状況でした。日置川では原発反対町長の誕生を実現しました。その運動の一端に女たちの会も連なることができました。しかし簡単に関西電力は引き下がりませんでした。日高町も日置川町も2期目までは原発推進の対抗馬が出ました。3期目でやっと原発推進の候補者が出馬しなくなりました。

紀伊半島に原発立地が遠のいたその後も、2003年御坊市に中間貯蔵施設誘致の話など、さまざまな形で学びを続けてきました。原発について知れば知るほどに問題の深く大きいことを実感しました。
そして、5年前の福島の原発事故です。この狭い日本の国土に起きた未曽有の途方もない問題として認識せざるをえなくなってしまいました。

今回の講師、今中哲二さんからは、ニュースにも書いた通り(ブログ4月3日号)、30年以上にわたって熊取の専門家のお一人として、原子力のことをイロハから教えていただくことができました。
(結成25年、27年のつどいでも講演をいただいています)


***以下、講演会チラシより *****

1986年4月26日に起きた旧ソ連邦のチェルノブイリ原発事故は原発から30`の人々が強制避難しました。30年経ってもそのままです。
5年前に福島の事故が起きました。世界最大規模の原子力災害です。原因もまだわかっていません。汚染水も垂れ流し状態です。福島の約10万人近くの人たちが避難したままです。もともと営んでいた個々の生業は失われてしまいました。絶対元に戻らない生活を余儀なくされています。チェルノブイリを調査してこられ、又福島原発事故後、飯館村の調査を継続中の今中哲二さんに来ていただいて福島原発事故のことを一緒に考えたいと思います。


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月6日、川内原発の運転差止め仮処分棄却
 
福岡高裁宮崎支部は、「原発の安全性は社会通念で判断すべき。住民側の主張は社会通念を超える」として差止め仮処分を認めない決定を出した。ところで、
「社会通念」って何だ?!
だれが、いつ、どうやって決めること?
原子力規制委員会か、政府の各種委員会か、立地自治体か?…そんなはずはない。裁判長は何をもって社会通念を判断したのだろう、というのが分からない。
裁判は一進一退。それでも、原発に未来がないことは、はっきりしている。


2016-04-07 | 記事へ | コメント(0) |
2016年04月03日(日)
原発がこわい女たちの会ニュース97号発行


女たちの会では3月31日付で、ニュース97号を発行。内容は以下の通りです。

【 CONTENTS 】
* 3月9日滋賀県大津地裁の高浜3.4号機差し止め判決
* 予告 原発がこわい女たちの会結成29年のつどい
* 放射能に包囲されて生きてます
* 報告 大島堅一氏の講演 電力自由化で何がどう変わるのでしょうか
* 福島第一原発事故は誰も責任を取らない国の構造が浮き彫りになった5年間
* 今中哲二さん 今年3月末で京大原子炉実験所を退官
* 汐見文隆先生 ご冥福をお祈りいたします
* 後記

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3月9日滋賀県大津地裁の高浜3.4号機差し止め判決

  山本善彦裁判長+小川紀代子裁判官+平瀬弘子裁判官による判決でした。
稼働している高浜原発3号機を止めました。高浜原発4号機は4号機自らの判断で警報を出して止まりました。  今動いているのは川内原発一号機だけです。

 高浜原発差し止めを命じた大津地裁の仮処分決定に対して  関西の財界では、17日「なぜ一地裁の一人の裁判長によって、国のエネルギ―政策に支障を来すことが起こるのか」」関西経済連合会副会長 角和夫氏(阪急電鉄会長)の発言。18日には、関電の八木誠社長は逆転勝訴した場合、住民側に損害賠償請求をする可能性にも言及。弁護団は法廷闘争をやめさせるための「恫喝だ」と反発している。脱原発弁護団全国連絡会と高浜原発仮処分滋賀訴訟弁護団は22日、八木社長に抗議と発言撤回を求めた。関電に送った書面には「申立人らを恫喝して仮処分の維持を断念させ、全国の原発の運転禁止の仮処分が新たに申し立てられることを牽制する目的であるとしか考えられません」と。
http://www.datsugenpatsu.org/bengodan/statement/16-03-22/ 

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原発がこわい女たちの会結成29年のつどい
「チェルノブイリ30年・福島5年を考える」

◇講師・今中哲二氏(京都大学原子炉実験所 研究員)
◇4月29日(金曜日・祝日)13:30〜16:00
◇会場・勤労者総合センター6階文化ホール(市役所西隣)☎073-433-1800
◇参加費300円 だれでも参加できます。


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放射能に包囲されて生きてます
福島県本宮市から  橘柳子
  
 福島原発事故後、諦観と共に5年生きる。毎年3・11の日が近づくと、その日からの、故郷脱出行が脳裏によみがえる。そしてよく今日まで生きてきたと…。その命が、自分がいとおしくなる。浪江町には、国及び東電から原発事故の連絡もなく、町民も又何も知らないまま悲劇の民としてやみくもに避難の車列に加わる。そこから流転の身となるとはどれほどの人が思ったことだろう。
 15日避難した体育館では冷たいおにぎりと水、そこ冷えする床に毛布一枚。一睡も出来ないまま朝を迎える。死を予感して脱出。雪の道路を夢中で運転し、友の家にたどり着く。その後は、五感を働かしても分からない放射能に追われて、現在は10か所目の仮設での棄民生活。

 そのような苦しみと悲しみを、耐えて生きている避難者がいるということも無視して、次々と原発再稼働の暴挙。すでに4機目。
あの過酷で残酷な福島原発事故がなかったかのごとくに…。事故後5年間で関連死は
2000余名、地震津波による直接死は1600余名。
関連死が直接死より多い現実を国も企業も知らないはずがない。やはり民衆は、地にはう虫のごとくふみつけられているのだ。情けない。もっと情けないのが、再稼働に関して、各県の自治体や議会が、抗議の声や決議を上げない怪。理由は何と「他県の行政に口出しできない。」である。一旦事故がおこり放出された放射能は原発立地県にのみとどまり、浮遊してるだけだったか。「NO!!」でしよう。その真実は全国の人々がしっているではないか。
こんなに小さな国なんだよ。電波はゆきわたるのだ。せめても見解と判断を、意見書、抗議文等で意志表示をすべきではないか。

 そんな中で2016年2月東京電力は「炉心溶融基準に5年間気づかなかった。」である。日本のTop企業ともあろう東京電力がである。ど素人の私でさえ、あの地震の日の状況とTVの映像で「メルトダウンは起きたな」「故郷は奪われるな」と予感したのである。専門家集団が事故後5年も経ってから、恥ずかしげもなく、今頃「メルトダウン」の基準に気づかなかった?。「ウソでしょう!」だ。民衆がその言葉にどう反応しようが関係ない。とにかく頭を下げて嵐が通りすぎるのをまつ。その後は、日にちが事実をうすらげ、消えてしまうことを願い、ひたすら耐える。「バカな民衆」はすぐ忘れるだろう。あきらめるだろう。と…。何かあったらそのときは、「金の匂いを…」だと考えている。思っているのだ。そして又これが通る一面がある日本社会。日々を生きなければ、生きのびなければいけないから、はたまた、この苦しみをのりこえるには、苦しまされた分、ギンギンと楽しいことをするのだと、原発事故の避難のつらい思いを、いつ時のはかない楽しみなるものにすがっているのか…?「時の流れに身をまかせ…」か。

人間の尊厳はどうしたのだ。未来に生きる子たちに何を遺(のこ)してやるのだ。金は必要だけどはかないよ。放射能のない安全な自然でしょう。安心な社会でしょう。自然に対する「畏敬の念」への希薄さが、この震災と原発事故を引きおこしたのだと思っている。

敗戦後の日本の復興はすばらしいといわれるが、心の問題は置き去りにして、人として許してはいけないものを許し、70年間を生きてしまったのだ。原発事故に対しても、同じむきあい方を、今までどうりにしているのではないか。国策として進めた原発と事故に対する責任も責任者もあいまいにする。すなわち許すということになる。この国はいつから、こんなに「人間の責任」というものが軽んじられるようになったのだろうか。

 故郷を放射能に追われ流浪の身になるということは、どうゆうことかと「我がことのように…。考えてみることから脱原発、反原発への思いが深まるのだと考えている。
多くの命をはぐくむ大地を放射能で汚染して、人間をはじめ、もの言わぬ動植物の棲み処(か)をうばってしまった。国策として原子力政策をすすめて54基もの原発を地震国に造った国と電力会社・企業の責任は免れることがあってはならない。
「怒りを友に元気と二人づれ」といって、今まで生きてきたけど、諦観なくしては生きられない側面もあるのだ。そして時折り「もうどうでもいいや」の思いにおそわれる。その心の葛藤の中で生きている。

 仮設の狭い空間から見える空の雲は春を感ずるようになった。以前よりも多くの種類の鳥類の姿も見かける。野の草花もたくましくかれんな小花をつけている。一方で飛行機の音と夜空にみえる灯。日中はうるさくもあるが、飛行雲と夜の灯のまたたきはきれいだと思う。しかし、無言の恐怖を感ずるのだ。心は休まらないままの5年が…。今まで生きてこられたのは、なんとか耐えられたのは多くの方々のささえがあったからこそである。大事に大事にして感謝とともに生きてます。

ちなみに私は現在「自家感作性皮膚炎」なるものと格闘中。原因はわからない由。連れあいは、毎日飲んでいます。体調がよくなければ飲めないはずだと思いながら静観。妻の言うことなど聞くはずもなく…。(だから言わないが…>)。日中眠り、夜は一晩中、自分の世界に入って飲んでいる日々である。生きてま〜す!!         

2016年3月11日   強制避難の地 で…。



 橘さんが暮らしている本宮市の仮設住宅。後ろの森が放射線量が高い












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◇報告 大島堅一氏の講演「電力自由化で何がどう変わるのでしょうか」
 3月5日(土)   勤労者総合センター6階にて14:30〜16:30

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 これまで電力会社からみて、原発は造れば造るほどもうかる装置でした。経費を電気料金に上乗せでき(総括原価主義)、かつ市場はほぼ独占状態でした。その上原発は国の方針もあり、ブレーキもハンドルもないアクセルのみの車のように原子力拡大計画が進められてきましたが。福島原発の事故によってエネルギー政策の大転換が始まりました
今年4月から、一般家庭までを含めた電力の小売り自由化が始まりました。
安い電気を買いたい!原発の電気を使いたくない!再生可能エネルギーに切り替えたい!等、という人が、電気を選べる制度が始まりました。
電力自由化は原子力の継続を困難にする。私たちにとっては喜ばしいことですが。
原子力発電をベースロードとしたい自民党政権は電力自由化の下でも原子力発電を継続させるために、資源エネルギ―庁によって「事業環境整備」という名の延命策が講じられようとしています。

<原子力延命策の整備>
★解体費用の引き当て不足、廃炉にともなう損失は託送料金の仕組みを使って回収可能。
★再処理事業の継続と永久化。電力自由化が進展すると原子力事業者自身が競争にさらされ再処理積立金の積み立てが十分におこなわれなかったり, 破綻してしまったりする可能性がある。再処理事業が継続できなくなるので、再処理費用をあらかじめ拠出金として徴収し、さらに、再処理事業者を認可法人とする「再処理等拠出金法案」を閣議決定した。
この法律が成立すれば、電力自由化の影響は再処理事業には及ばなくなります。
★原子力事故に対する損害賠償の問題。福島原発事故の費用は13兆円以上(2014現在)
原子力事故の損害賠償額に限度額を設けるための検討が、政府の原子力委員会でおこなわれている。リスクを国民・電力消費者に負わせることになります。
系統運用における優先給電。次の2つの図で、上は日本;ベースロード電源を優先して給電しています。下の図はドイツ;ドイツは原発なしです。ベースロード電源はありません。ドイツにできて日本に出来ないことはありません。


図:電力需要に対応した電源構成(経産省)




図:講演パワポ写真・8月の電力需要(ドイツ)


原子力延命策がどのような過程でどこで誰が決めているのでしょうか?これも大きな問題です。

結論・原子力への特別優遇策を撤廃し、電力システム改革を適切に実施することが必要です。
まず、私たちは原子力発電会社の電気を買わない選択をすることだと思います。

(詳しくは本ブログ3月17日号をご覧ください)


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福島第一原発事故は誰も責任を取らない国の構造が浮き彫りになった5年間

福島原発告訴団
は、東京電力福島第一原子力発電所の事故により被害を受けた住民1万4716人で構成し、原発事故を起こし被害を拡大した責任者たちの刑事裁判を求めて、12年6月、福島地方検察庁へ告訴を行いました。
13年9月に検察が全員不起訴。13年10月検察審査会へ申立て、14年7月「起訴相当」を含む議決。15年1月に検察が再度不起訴とするも、同年7月、検察審査会は2度目の起訴議決をだしました。
ついに被疑者、勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄の3人が「強制起訴」となり
刑事裁判がスタート。これから長い法廷闘争が始まります。

被告は3人
勝俣恒久(東京電力元会長)
武藤栄(東京電力元副社長)
武黒一郎(東京電力元副社長)
検察官役の弁護士(指定弁護士)5人
石田省三郎さん、神山啓史さん、山内久光さん、渋村晴子さん、久保内浩嗣さん。
被害者
議決は、爆発したがれきに接触するなどして負傷した東京電力の関係者、自衛官等13名と避難に伴う双葉病院の死亡した44名を被害者として認定した。
(東京第5検察審査会の起訴議決は、被害者を上記の二つに絞り込んでいる。)
何の罪に問われているのか
大津波の試算をするなど危険を認識していながら対策を怠ったことが原発事故を引き起こし、死傷者を出した容疑で、業務上過失致死罪に問われています。

告訴団には関西から1800人前後、和歌山からも40人くらいの人が参加していました。
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強制起訴が決定した段階で福島原発告訴団は初期の務めを終えることになり、これからは「福島原発事故刑事訴訟支援団」へと発展的に解消する。
この裁判は何年続くのか分からないが、責任ある立場の東電の元幹部たちにきっちりと責任をとってもらう判決が出るまで裁判を支援して行きましょう。支援団に参加し共に支えて下さい。詳しくは下記へ
福島原発刑事訴訟支援団 http://shien-dan.org/ 
〒963-4316福島県田村市船引町芦沢字小倉140−1電話(080-5739-7279)
(福島原発告訴団関西支部第16号ニュースより)

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今中哲二さん 今年3月末で京大原子炉実験所を退官。

お疲れさまでした

2016年2月10日(水)熊取町の京大原子炉実験所に於いて(左の写真)







 第112回目の京大原子力安全問題ゼミが開かれました。今中さん最後のゼミは「福島原発事故から5年」でした。原子力と付き合って47年。★スリーマイル原発事故から学んだこと。として◎原発の大事故はホントに起きる。◎炉心の水がなくなったら燃料は溶ける。★チェルノブイリ事故調査から学んだこと。として◎原発で大事故がおきると周辺の人々が突然に家を追われ、村や町がなくなり地域社会が丸ごと消滅する。◎原子力の専門家として私に解明できることは、事故による災厄全体の一側面に過ぎず、解明できないことの方が圧倒的に大きい、と。そして飯館村のいまを話されました。最後に日本のエネルギー需要の変遷のグラフを説明し。何がホントに大事なのかもう一度考えてみよう。と終えられました。

 次にウクライナからDrウラジミールティヒ―さんが「チェルノブイリ事故後30年!その意味と現状」を話されました。川野真治さんが通訳解説されていました。
司会はゼミも懇親会も小出裕章さん(昨年退官)でした。
 今年は今中哲二さんが熊取6人組の最後の退官者になりました。今中さんは4月からは京都大学原子炉実験所研究員として、しばらく同じ職場に居られます。
今中哲二さんにも「ぺんぺん草」の時から原子力のことを教えていただいています。30年以上のお付き合いです。出来の悪い私たちですが今中さんたち熊取の人たちは我慢づよく指導してくださったと思います。感謝しかありません。この日も海老沢徹さん、小林圭二さん、川野真治さん、小出裕章さん、の皆さんが参加され、一人ずつ発言されていました。ゼミの参加者は150名でした。懇親会の最後に今中さんの息子さん哲平君がとても良い挨拶をされました。
 こんな近くに専門家が5人もいたことは、私たちにとってはとてもラッキーでした。(松浦雅代)

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汐見文隆先生 長い間 本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします


 3月20日。汐見文隆氏がお亡くなりになりました。92歳でした。
原発がこわい女たちの会を結成する時。それまで汐見文隆氏の主催する「公害教室」のアシストとして手腕を発揮されていた汐見恵さんを「原発がこわい女たちの会」(準備会でほかの名前もあったが、多数決でこれに決まった)立ち上げのために是非参加してもらいたい。と文隆氏に日置川町の「ふるさとを守る女の会」結成の参加報告と共に、4月26日のチェルノブイリ原発事故から1年目に和歌山の女たちの会のネットワークを結成するために協力をお願いしました。そして、ぺんぺん草のメンバーと汐見恵さん等を含めた女たちで、1987年3月29日に和歌山市で「原発がこわい女たちの会」結成集会を開くことが出来ました。結成記念講演「私たちの健康と原発」講師は汐見文隆氏(医師)でした。
さらに4月26日には田辺市で和歌山県のネットワーク「紀伊半島に原発はいらない女たちの会」の結成集会が開催できました。

 「原発がこわい女たちの会」の世話人会は汐見恵さん宅の客間で開かれました。朝の10時から12時まで、当時状況がとても緊迫していたので、最低、週に一回位集まっていました。隣接する汐見内科医院の病院のコピ機で、必要な枚数を言っとけば、先生が診察の合間にコピーして持って来てくれました。当会のニュースもコピーしてもらいました。随分長い間お世話になりました。汐見先生は客間も紙も印刷も自ら提供していただきました。しかし、口出しは一切ありませんでした。
汐見恵さんの調子が悪くなるまで使用させていただきました。

 汐見文隆氏は5年前の2011年2月27日に開催されました大島堅一氏「ほんとうのこと 知ろう 原子力のはなし」で大島さんの話を聞きに来られていて、大島さんと和歌山駅の近くで一緒に食事をされました。それが女たちの会の集まりに出られた最後です。
 3月23日18:00〜お通夜。翌日3月24日10時〜告別式がとり行われました。
汐見恵さんはどちらの式にも車椅子で参加されていました。( 松浦雅代)

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(記)★集英社新書「憲法改正」の真実 樋口陽一&小林節の対話説明がよくわかる。
★福島県の小児甲状腺がん166人に・崎山比早子氏の講演の報告は次回にします。
★今中哲二さん、3月末で熊取「京都大学原子炉実験所」を退官されました。是非4月29日の「女たちの会結成29年のつどい」にみなさん参加してください。


2016-04-03 | 記事へ | コメント(0) |
2016年03月17日(木)
電力自由化と原発〜大島堅一氏講演会


原発がこわい女たちの会では、3月5日、大島堅一(立命館大学教授)さんの講演会「電力自由化で何がどうかわるのでしょうか」を催した。


今年4月から電気を買う電力会社を自由に選べるようになるが、メディアなどみても「どこがお得か」に関心が集まっているようだ。ただしそれだけでなく、電力自由化に問題はないのか、とくに、原発で作った電気はどうなるのか、知りたいところである。40名あまりの参加者は熱心に話に聴き入り、後のQ&Aでも活発な質疑がだされた。
講演の内容について簡単にまとめ、報告する。

(1) エネルギー政策の大転換
日本のエネルギー政策が、荒唐無稽な原子力拡大計画と気候変動対策軽視から、原発ゼロもしくは縮小、再生エネルギー拡大、電力システム改革、へと大転換した、という前提についてから。

これまで原子力推進では「ブレーキもハンドルもないアクセルのみの車」のようだった既存の電力会社の体制やエネルギー政策を変えたのは、やはり福島原発事故である。
原発に国民の8割が反対、という状況に時の野田民主党政権も「2030年代原発ゼロ」へシフトせざるを得なかった。原発を2030年までに14基新設と計画していたそれまでとは激変。同時に再エネ普及や電力システム改革の本格化へ方針を固めた。「革新的環境・エネルギー戦略」(2012.9)に詳しい。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/npu/policy09/

自公政権にかわっても、このエネルギー政策を基本的に踏襲している。ただし「原発の縮小」には?印が付くことに注目すべき(たとえば、原発比率「2030年に20~22%」を達成するには原発の新増設等が必要となる)。この?印については後でも述べる。原発以外の再エネ、電力システム改革については共通している。「エネルギー基本計画」(2014.4)
http://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/

(2) さて電力システム改革とは
簡単に言ってしまえば「電力自由化」である。電気事業は、発電、送電、配電、小売の4つの部分からなっている。日本では4つが統合されて地域独占の電力会社(全国10社)が電気を供給している。4つの事業を電力会社から法的分離し、発電会社、送配電会社、小売会社に分けて、発電と小売を自由化する(送配電は公的役割を残し、ヨコのつながりを持たせた広域運用)。つまり発電と小売では総括原価方式が撤廃され電気料金の規制も廃止される(2020年)。これが当面する4月からの電力自由化だ。競争原理のもと様々なメニューが示されている。

なぜ電力自由化なのか、といえばやはり3.11以降、震災による電力不足、原発の長期休止、東電の経営のムダや過剰投資追及などを通して、従来の発送電一貫、地域独占、大規模集中型システムの矛盾が明確になったから。
電力システム改革はいま始まったばかりだが、エネルギー源の多様化、システムの市場管理化、ネットワーク化、コミュニティとの結合など、基本的に評価できる点が多い。

(3) このことによる原子力発電への影響は
ここが、今回の講演の核心部分。
 そもそも原発がここまで拡大されてきたのには、日本の原発は事故を起こさないという安全神話、石油に代わる“準国産エネルギー”というエネルギー安全保障、原発は安いという経済性、温室効果ガスをださないという温暖化対策、が理由付けとされてきた(安全神話のように明らかに破綻したものもある)。

ここで、原発は安いというがそれは非常に限定的である。既存の原発では短期的にみると、燃料費と運転保守費のみで済むので確かに安価に発電できる。だが、中長期的には経営のリスクが大きい。事故やトラブルだけではない、新規制基準に適合するための追加的安全対策費用、新規建設では建設費の高騰、それでは投資回収が困難となる、放射性廃棄物処分、廃炉、そして重大事故、等々のリスクをかかえている。

これらの費用を賄ってきたのが総括原価方式による電気料金である。しかし2020年に総括原価方式が廃止されると、電力会社は原発の継続自体が困難となる可能性があり、大ピンチ!!

そこで出てきたのが「原子力を保護した上での電力自由化」である。原発は保護し、それ以外の電源、事業者は競争させる、というもので、つまり原子力延命策である。経産省のお役人用語では「事業環境整備」というそうだ。大島さんいわく「(措置も用語も)イミわからん。」

原子力延命策(=事業環境整備)の具体例として次のようなものが上げられる。
@ 廃炉にともなう損失は電気料金に
電力会社の資産とされてきた原子力発電設備および核燃料は、廃炉にともない一挙に経営上の損失となる。そこで、2013年から廃炉会計・電気料金制度を変更し減価償却を可能にした。さらに自由化の後は託送料金のしくみを使って電気料金で回収できる法制度が整備される可能性がある(解体費用の引き当て金不足についても同様の対応)。

A 再処理事業の半永久化・自己目的化
使用済み核燃料の再処理事業は、電力会社の共同出資による日本原燃(会長は八木誠・関電社長)が六ヶ所村で行うことになっている。しかしこれまでガラス固化の失敗など技術上のトラブルと欠陥により、長年操業されないまま、11兆円以上の費用が投入されている。
※再処理費用には電気代として1kWh当たり0.5円程度払っている。1世帯200円/月程度になるが、電気料金の明細には記されてない(再エネ促進賦課金は記されているが)。

電力自由化が進むと、電力会社による日本原燃の支援が続けられず、再処理事業が破綻する可能性がある。政府はそれを避けるため、再処理費用を予め拠出し安定的に資金確保するとともに、再処理事業者を認可法人(=民間が事業実施しつつ国が関与)として再処理事業への国の関与を強め、ウラン濃縮、MOX加工、廃棄物処理、輸送事業等の再処理に関わる事業に拡大する「再処理等拠出金法案」を閣議決定した(2月5日)。
何が何でも再処理事業は継続するという政府の強い姿勢がうかがえる。

B 事故に対する損害賠償の問題
原発の過酷事故がいったん起こるとその費用は莫大となることは福島の現実で明らか。現時点で13兆3000億円(内訳;損害賠償費用6.2兆円、除染費用等2.5兆円、中間貯蔵施設1兆円、汚染水等の事故収束・廃止費用2.2兆円その他)にのぼっている。
これに対し、損害賠償額を有限化することが政府の原子力小委員会で検討されている。有限化されれば原子力事業者の経営は安定化するが、限度額を越えた賠償リスクは自動的に国民へ転化される。

(4) まとめ―課題と展望
このように「事業環境整備」のための法制度が着々と整えられつつある。
他の電源と同じ条件下で競争すべきところ、原子力だけを保護するといういびつな電力自由化である。
このような原子力への特別優遇策を撤廃し、電力システム改革を適切に実施することが重要である。
「いったん決まってしまうとそれを変えるのは大変」と大島さん。


講演の中で、とくに強く感じたのは、
➊電力需要に対する電源構成と優先給電に関して
原発ゼロを選択しエネルギー転換を進めるドイツでは、ベースロード発電は死語に近いとのこと。バイオマス、水力が一定量占有し、多くを風力と太陽光の再エネが占める。天然ガス、石油は部分的に利用されるだけ。再エネを優先しており、原子力優先の日本と根本的に異なっている(下の2つの図を比較して下さい)。

政府の「エネルギー基本計画」では、太陽光や風力は出力不安定で供給変動性があり(P.20)、安定供給のために「ベースロード電源に原発を」としてきたのではなかったか?!ドイツでは予測技術が発達し再エネ予測も可能なので、停電などありえない。(日本だって予測技術はあるはず)問題は電気の使い方のルールを変えるだけのこと。…昨夏高浜の集会で聞いた松下照幸さんの話―ドイツではエネルギー源の多様化が図られ、とりわけ地域でエネルギー会社を無数に設立して地域的な自給体制が構築されていること、などを思い出しながら聞いた(ブログ8月25日号参照)。

ドイツの常識は、日本では通らない。彼我の比較は常に考えさせられる。なお、再エネ重視は、ドイツだけでなくヨーロッパでは一般的らしい。


図: 電力需要に対応した電源構成(経済産業省)



図: 講演パワーポイントより・8月の電力需給(ドイツ)

❷そして全体を通じてつくづく分かったのは、国民に知らせないまま巧妙に事が進められていくことである。上述の電源構成のこともそうだが、小委員会報告書など目立たないところで既成事実を積み上げては法規制につなげていく手法で、「可及的速やかに実行に移す」ということになる。パブリックコメントにかけられることはあっても、限定的で実効性に乏しいのが現実だ。

たとえば、次の文言、2013年4月2日に閣議決定された「電力システムに関する改革方針」の一節である。
(改革を進める上での留意事項として)「電力システムが直面する構造的な変化の下で電力供給の効率性・安定性を確保するには、電力システム改革以外の他の政策的措置が必要となる可能性がある。こうした中、自由化後の電力市場において活発な競争を促す観点から、原子力政策をはじめとするエネルギー政策を含め、何らかの政策変更等に伴い競争条件に著しい不利益が生じる場合には、これを緩和するため、別途その必要性や内容を検討した上で、必要な政策的措置を講じる。」(赤は大島さんによる)

 原子力生き残りをかけて、法制度がこのように巧妙に構築されているのだ。…私たちは知らないことが余りにも多い!もっともっと知って学んでいかなければ、そしてそれを行動に移していかなければ、と思った次第。

❸かつてMヒ素ミルク事件ではM製品不買運動が一定の成果をもたらしたように、原子力を電源にあてる電力会社とは契約しないという消費者運動をしよう。それには電力各社の「電源構成の情報開示」が前提だけれど。消費者として個々の力は小さくても、集まれば原発推進の電力会社と対等に向き合える。それが可能になるということが、間違いなく自由化の大きなメリットである。

さらに、自宅屋根の太陽光発電や、あるいは省エネ節電も、プロシューマ―(プロデューサーとコンシューマーの合成/生産者かつ消費者)的性格を持つととらえると、そこには自立的な生活がひらけてくるのではなかろうか。

番外。あとの質疑で「私たちは4月からどうすれば?どこの電力を選べば?」とねばる人がいて(笑)、大島さんも「ここだけの話」(笑)とご自身の選択を明かされた。自然エネルギーの電力会社を応援するパワーシフト・キャンペーンhttp://power-shift.org/
の「デンキエラベル」の例なども教えていただいた。


当日の講演は、YOUTUBE に小谷さんがアップしてくださったので、ご覧ください。(ただし最初は音声が聞き取りにくい)
https://www.youtube.com/watch?v=5-TZlRyIlTE


2016-03-17 | 記事へ | コメント(0) |
2016年03月11日(金)
関西電力高浜原発3,4号機 運転差し止め!


3月9日、大津地裁(山本善彦裁判長)は、福井に隣接する滋賀県の住民の訴えを認め、高浜原発3,4号機差し止めの決定、朗報です。
この1月に再稼働したばかりの3号炉は10日に制御棒を入れ運転停止、トラブルで停止中の4号炉と併せ、高浜原発はSTOPしました。現に運転中の原発に対して仮処分決定が出され、運転を停止させたのは今回がはじめてのことです。しかも新規制基準の下で。

決定文と弁護団声明はこちらから
http://www.datsugenpatsu.org/bengodan/news/16-03-09/

脱原発弁護団全国連絡会で声明を発表(決定文の解説にもなっています)
http://www.datsugenpatsu.org/bengodan/statement/16-03-10/


裁判所は原発の安全性をめぐって、過酷事故対策、耐震性能、津波対策、避難計画の4つの争点(テロ対策を除く)に関して、安全性が不十分であるとして、原発の運転を差し止めました。決定文を読み注目した箇所1,2を上げておきます。

過酷事故対策について
「その災禍の甚大さに真撃に向き合い二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには,原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての債務者の主張及び疎明は未だ不十分な状態にあるにもかかわらず,この点に意を払わないのであれば,そしてこのような姿勢が,債務者ひいては原子力規制委員会の姿勢であるとするならば,そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚えるものといわざるを得ない。」(P44)と再稼働を優先する関電および規制委員会を批判しています。

また避難計画について
「(福島原発事故を経験した我が国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に生じた大混乱をよく知っているのだから)その不安に応えるためにも、地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生している」(P52)として、避難計画が規制委員会の判断の対象外とされている現状を衝き、国家主導で策定すべきと指摘しています。

いずれも福島の事故を教訓とした、読んでいて共感できる内容だと思いました。

脱原発弁護団全国連絡会の声明では、
「大津地裁決定は、市民の意識の変化に対応して、司法も大きく変化してきていることを明確に示した。福島原発事故のような深刻な災害を二度と繰り返してはならない、そのため安全性が確実に疎明されていない原発の再稼働は認められないということを、公平、冷静に、かつ明確に宣言したものといえる。」
と評価しています。

東京電力福島原発の事故から今日で丸5年経ちました。しかし、いまだ10万人もの避難が継続、廃炉作業どころか事故原因の究明すらできてないというのに、再稼働とは何ごとか!というのが多くの被災者や市民の心情です。今回の決定は、この市民感情を代弁するものだと思います。
昨年の福井地裁(樋口裁判長)に続いてこのような司法の決定が出たことの影響はほんとうに大きい。あきらめなければ、一進一退であっても事態はちょっとずつ前進していくものなのでしょう。大いに励まされる、嬉しい大津地裁の仮処分決定でした。


以下は原告、弁護団の声明です。

2016年3月9日

声 明

大津地裁高浜3、4号機運転禁止仮処分申立事件申立人団、弁護団一同

本日、大津地裁は、関西電力高浜原発3、4号機の運転を禁止する画期的な仮処分決定をした。高浜原発3、4号機は、既に原子力規制委員会の設置変更許可その他再稼働に必要な手続を済ませ、4号機はトラブルによって停止中であるが、3号機は、現に営業運転中である。現に運転中の原発に対して運転を禁止する仮処分決定が出されるのは史上初めてである。そして、関西電力株式会社は、この仮処分決定によって、4号機を起動させることができなくなっただけでなく、3号機の運転を直ちに停止しなければならなくなった。
福島第一原発事故は膨大な人々に筆舌に尽くしがたい苦痛を与えたが、それでも事故の規模は奇跡的に小さくて済んだ。最悪の事態を辿れば、日本という国家は崩壊しかねなかったのである。大多数の市民が、電力需要が賄える限り、可能な限り原発依存をなくしたいと考えたのは当然であった。そして、その後の時間の経過は、原発が1ワットの電気を発電しなくても、この国の電力供給に何ら支障がないことを明らかにした。もはや、速やかに原発ゼロを実現することは市民の大多数の意思である。
しかるに、政府は、着々と原発復帰路線を進めてきた。まだ、福島第一原発事故の原因すら判っておらず、10万人もの人が避難生活を続けているのにもかかわらずである。
そして、原発復帰路線の象徴が高浜3、4号機である。ここでは、危険なプルサーマル発電が行われている。もし高浜原発で過酷事故が生じれば、近畿1400万人の水甕である琵琶湖が汚染され、日本人の誇りである千年の都京都を放棄しなければならない事態すら想定される。市民がこの政治の暴走を止めるためには、司法の力に依拠するしかなかった。そして、本日、大津地裁は、福島原発事故の原因を津波と決めつけ再稼働に邁進しようとする関西電力の姿勢に疑問を示し、避難計画を審査しない新規制基準の合理性を否定し、避難計画を基準に取り込むことは国家の「信義則上の義務」であると明確に述べるなど、公平、冷静に賢明な判断を示した。市民は、今晩から、いつ大地震が高浜原発を襲うか、いつ高浜原発がテロの対象になるかと脅えなければならない生活から解放される。担当した裁判官3名(山本善彦裁判長、小川紀代子裁判官、平瀬弘子裁判官)に対し、深い敬意を表する次第である。
関西電力に対しては、仮処分異議や執行停止の申立てをすることなく、直ちに高浜3号機の運転を停止させることを求める。関西電力をはじめとする原子力事業者に対しては、目先の利益にとらわれることなく、この美しい国土をこれ以上汚染することなく将来の世代に残していくために、もう一度、営業政策を見直すことを求める。私たちは、既に、将来の世代に対して、高レベル放射性廃棄物の10万年もの保管という負担を押し付けている。これ以上、負担を増やしてはならない。そして、原子力規制委員会は、今回の決定の趣旨を真摯に受け止め、新規制基準の見直し作業に着手すべきである。また、政府は、2030年に原発による発電を20〜22パーセントとする等という現行のエネルギー政策を根本から見直して、原発ゼロ政策に舵を切るべきである。
以上



2016-03-11 | 記事へ | コメント(0) |
2016年02月26日(金)
映画『日本と原発 4年後』をみて


『日本と原発 4年後』が大阪十三のシアターセブンで上映最終日と聞き、行ってきました。2014年に『日本と原発』が制作されたが(私は見損なった)、これ以降の高浜原発差止仮処分、元東電役員の強制起訴など大きな出来事、内部被ばくやテロの問題、推進派の言い分などを新しく入れた改訂版とのこと。
http://www.nihontogenpatsu.com/news
製作・監督/河合弘之  構成・監修/海渡雄一  制作協力/木村結  音楽/新垣隆
脚本・編集・監督補 拝身風太郎   制作/Kプロジェクト


河合弘之・海渡雄一の弁護士コンビの製作・監督・監修ですが、小難しい法律ものでは全然ありませんでした。
ただし、河合監督はこの映画の製作意図を、原発問題の事実をビジュアル化した裁判資料として提出して原発裁判にかかわる全国の裁判官に納得してもらうことにある、と明言しています。もちろん国民に原発の危険性を浸透さすべく、正面から分かりやすく問いかけることも。脱原発が国民の過半数を占めていても、それが投票行動に反映されない現状を見据えて、ということです。

ほんとうに分かりやすい作品だと思いました。
「原子力の平和利用」で原発が導入された歴史、地震大国日本に原発建設することの無謀さ、震災当時の過酷を極めた避難と救助活動、避難生活を送る人々の苦しみ、事故前・後の東電の怠慢と過失、原子力ムラの利権構造、使用済み核燃料処分と破綻している核燃料サイクル構想、それでも日本が原発に固執する理由とは、等々。

それはもうオールラウンドに取り上げ、図表やCGや関係者へのインタビューを用いては理解を助ける。とくに河合監督が手書きのホワイトボードで破綻した核燃サイクルのしくみなど解説していくのは意外性があって出色の出来。ちなみにインタビューには、先ごろ和歌山で講演いただいた崎山比早子さん、3月5日に予定の大島堅一さんも登場。言うまでもなく、内部被ばくの問題と、安くない原発のコストについてです。

被災者の方からの「フレコンバッグを見てると放射能と心中するしかないのか、再稼働の動きなど自分たちの苦しみは一体何のためだったのか?!」との絞り出すような叫びは、私たちの胸にこたえます。

一方、推進派として登場したのは近藤駿介さん(当時の原子力委員会委員長、現・NUMO理事長)、木元教子さん(元・原子力委員会委員)です。
近藤さんは菅首相の要請で「最悪のシナリオ」を著したことでも知られています。
http://www.asahi-net.or.jp/~pn8r-fjsk/saiakusinario.pdf
インタビューでは、福島の皆さんには申し訳ない事をしたと謝罪の言はありましたが、「推進の論理」は、正直いってよく理解できませんでした。
木元さんにいたっては、「現在の生活レベルを下げたくないから」原発は失くせない、とのことでした。「推進の論理」といえるかどうか?ですが。

これらの合間に効果的に挿入される安倍発言。「福島の汚染水はオーバーコントロール」や「日本の原発は世界最高の安全基準」や「事故の経験を原発輸出に活かす」など欺瞞に満ちた首相発言には、上映会場から思わず失笑そしてため息。

「日本の原発の全ての論点を論じ尽くしました。これを見た人は必ず脱原発を確信するようになります。」河合弘之弁護士の渾身の作であり強い脱原発の意思の作であることがわかります。
原発のことをよく知らない人にも、忘れている人にも、よくわかっている人にも、何よりも原発賛成派の人にも、みてもらいたい映画だと思います。各地で自主上映やっています。
(sora)

2016-02-26 | 記事へ | コメント(0) |
2016年02月14日(日)
講演会「電力自由化で何がどう変わるのでしょうか」を開きます

「電力自由化が4月からスタート」のニュースでにぎわっています。※
これまで一般家庭ではふつう、電気は地域独占の電力会社から購入するしかなかったのですが、これからは契約先を自由に選べるようになるのです。新しい小売電気事業者(新電力会社)は、通信、ガス、メーカーなどの企業からの参入を含め多数におよび、各社料金メニューや各種サービスを提示しています。
電力自由化、または電力市場の自由化とは、従来自然独占とされてきた電気事業において市場参入規制を緩和し、市場競争を導入することである。電気 料金の引き下げや電気事業における資源配分の効率化を進めることを目的としている。(ウィキペディアより)

これまでの独占体制がくずれ、消費者にとって選択肢が広がってきたことは歓迎すべきなのかもしれません。しかし、電力自由化が原子力発電の将来とどうかかわっていくのかを見極めることが肝要です。

原子力発電をおこなってきたのは、地域独占の北海道、東北、北陸、東京、中部、関西、中国、四国、九州、の9電力(沖縄を除く)と電気の卸会社である日本原電です。さらに使用済み燃料を再処理するために電力会社が共同出資で作ったのが日本原燃ですがその運営経費は(依然として稼働していませんが)私たちの電気料金に上乗せされています。また福島の原発事故の損害賠償費用や除染費用は、そのほとんどが電気料金負担に転嫁されています。

政府のエネルギー政策では、原発をベース電源にしようとしていますし、再処理工場は相変わらず稼働させようとしています。
これらの問題が、電力自由化でどのようになっているのか、原発と電力システム改革・エネルギー政策の関係には、分からないことがたくさんあります。原発で作った電気を使いたくない人は、それが選択できるのでしょうか?

そこで当会では、環境経済学の立場から原発について研究され「原発のコスト―エネルギー転換への視点」を発信されてきた大島堅一さん(立命館大学教授)を迎えて講演会を開きます。 御参加下さい

大島堅一さんについては、このブログでも何回か取り上げさせていただきました。2013年2月のブログ「原発のコスト」では、大島さんの著書『原発のコスト』(岩波新書)『原発はやっぱり割に合わない』(東洋経済新報社 2013)の読後感。2014年6月には「脱原発わかやま」主催で「原発は安い!?〜原発コストはいったいいくらなのか〜」(田辺市内)を講演された時の案内(2014年5月29日ブログ)と報告(7月5日ブログ)などです。またそこにも記していますが、3.11の直前、2011年2月末には「原発がこわい女たちの会」主催で「本当のこと知ろう 原子力のはなし」と題して講演していただきました。


講演会チラシより

電力自由化で
何がどう変わるのでしょうか
大島堅一氏(立命館大学教授)講演会

日時  3月5日(土)14:30〜16:30
会場  勤労者総合センター文化ホール
      (西汀丁34番地 ☏073-433-1800 )
◎参加費 300円(資料代) 誰でも参加できます。


◇おおしま・けんいちさんのプロフィール
1967年生まれ。
一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。経済学博士。
2008年より立命館大学国際関係学部教授
2011年内閣官房国家戦略室エネルギー・環境会議コスト等検証委員会委員などを務める。「原発のコスト─ エネルギー転換への視点」(岩波新書 2011年)で第12回大佛次郎論壇賞を受賞。








4月から始まる新サービスの宣伝が始まっています。「電力自由
誘にワナ」とのマスコミ報道もあります。あなたは大丈夫ですか?

◎この4月からの電力小売り全面自由化で、電気の使用料が安くなるの?
◎原発で作った電気は使いたくないけど、それが選択できるの?
◎毎月電気料金から引かれている再エネ促進還付金はどうなるの?
◎2020年に無くなる総括原価方式との関係は?
◇主催 原発がこわい女たちの会:連絡先松浦(073-451-5960)


● 前回のブログでリンク出来ないなどの問題が一時的に生じ、ご迷惑をおかけいたしました。管理人のPCソフト不具合によるものですが解決しました。



2016-02-14 | 記事へ | コメント(0) |
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