2016年08月21日(日)
ピースボートで韓国古里(コリ)原発を見学してきました


7月30日朝、ピースボートは韓国釜山入港、入国手続きを済ませると、バスで古里原発へのオプショナルツアーに出発。ツアー客とガイドさん通訳さんなど総勢23人。なお現地住民の活動家イ・ジンソプさんも同行である。

下図:韓国の原発稼働状況
※ 韓国の原発プラントは25基。建設中や予定も含めると32基
※ 下図は新古里原発1号機が事故を起こした時のもので2012年現在
  凡例は上から、稼働中、点検中、事故停止、建設中、新規予定
※ 図でわかるように8割方の原発は、韓国東岸つまり日本海側にある
  古里原発―福岡の距離は200km 対馬は70km


(YONHAPNEWS 連合ニュースより)

港から北東方向に走ること1時間、釜山市を出たところで原子炉が目に入ってくる。
古里(コリ)原発は、韓国で最初に建設された(1978年〜)原発で、隣接する新古里原発と合わせて7基が稼働、さらに3基が建設中及び計画中である。なお、古里1号機については、17年1月に廃炉が決まっている。がそれでも世界最大の原発団地だ。
古里原発30`圏内に350万人が居住し、この原発が見えるごく近距離には1万人が暮らしているということだ。
まずバスを降りて原子炉施設を遠望する。直ぐ近くには海水浴場もあるし釣り糸をたれている人もいる。

※岬先端が古里原発のサイト


続いて、原発PR館・エネルギーファームを見学。住民向け屋内プールなど備えた立派な施設だ。当日は土曜のためとかで、館内ガイドさんは不在、代わってイ・ジンソプさんが案内。展示資料を指差して「ここに書いてあることはウソです」みたいな説明をされるのが皮肉でおかしかった。

※説明をするイさん。右は通訳さん


新古里原発では、目の前の海で、海女さんたちが海に潜って漁をされていた。かごいっぱいのウニやホヤが軽トラで運ばれていた。市場に出回り、日本にも輸出されていくかもしれない。この地方は海産物が豊富で、ワカメは国内生産の70%を占めるとのこと。原発からの温排水口の位置をイさんにたずねると、「以前は直近だったが批判がでて沖合海中に移動」とのことだったが、それでも獲れる魚の種類が替わってきたそうだ。


※新古里原発をバックに海面黄色のウキが漁をする海女さん。右側の浜辺が水揚げ場。写真を拡大してみて下さい


会場を屋内に移し、原発の近くで暮らすイ・ジンソプさんのお話をじっくり聞く。
彼は、自閉症の息子さんがあり障がい者福祉の運動を長年続けてこられた方だ。近年ご本人及び奥さんが相ついで癌を患ったこと、知り合いにも癌が多発していること、さらに原発事故が続いたことで、家族の病と原発との関係を疑いだした。そこで原発事業者である韓国水力原子力(韓水原)を相手に、単独で(家族3人で)損害賠償請求訴訟をおこした。

政府の委託によりソウル大医学研究者と原子力影響・力学研究所は、国内の原発周辺住民と比較対象住民36,000人の大規模な疫学調査をおこない、結果は2011年公表された。それによると甲状腺がんが2.5倍の発症率となっているが、これを「原発周辺住民の健康診断率が高いせい」いわゆる過剰診断とした。
しかし一方で、この報告に対して再検討や新たな研究が続けられ、原発周辺地域での放射線被ばくが甲状腺がんの最も重要なリスク要因であることが公表提出された。チュ・ヨンス翰林ハンリム大学教授(2012年)や、大学職業環境医学会臨床委員会、東南圏原子力医学院などによるものがそれである。
※ 後日ネットで次のような記事に出会った。さもありなん!!である。
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23560.html

2年にわたる闘いののち2014年10月、釜山地裁は甲状腺がん(奥さんのパクさんのみ)の発症を認め1500万ウォン(150万円)支給せよと判決した。

韓水原は「古里原発から放出された放射線量は法令で定められた基準値を超えていないので、周辺住民の健康に影響を与えない」と主張したのに対し、地裁は「国民の安全を担保することができる数値だと断定できない」とし、「被害がないこと」の立証責任を事業者側に与えた画期的な判決である。
しかも福島の場合と違い、稼働中の原発から排出される放射線による発症を認めたのである。

韓水原は直ちに控訴したが、当地裁判決によって、それまで一人で闘い詐欺師扱いを受けて来たイさんは、判決の波及性を歓迎しておられた。たとえば周辺住民180名が甲状腺がんの共同訴訟の予定だそうだ。しかし一方で、地域の海産物や住宅の価格の下落など、経済的被害への不安の声もあるとお聞きした。

お話の後、参加者から質問が相次いだ。以下簡単に。
Q.核のゴミについて 
A.誰にもわからない。使用済核燃料は、原発サイト地下で保管しているが来年には満杯になるらしい。〔日本とまったく同じで先送り・先詰まり〕
Q.韓国政府の原発への関与の状態は 
A.韓水原は51%の株式を国が保有しており、国の影響力は絶大。地方自治体が管理に口出しできる余地は皆無
Q.フクシマの事故は韓国世論にどう伝わったか 
A.それまでの「原発は安全」と考える人が90%から「原発反対」が90%へ逆転〔5年後の現在はどうかは聞きもらした〕
Q.3.11の直後、韓国の学校で休校の措置がとられたと聞いたことがあるが、事実か 
A.放射能雨による被ばくを心配して小学校を休校にした地域は多かった〔日本の小学校ではそんな話あったけ?〕
Q.イさんの地域では安定ヨウ素剤の扱いは 
A.住民に配布するようになっているが見たことない
その他、農水産物の輸出入の検査体制について、原発の地方偏在(首都ソウル周辺は空白)、イさん勝訴を韓国メディアはどう取り上げたか…などなど。一つひとつ丁寧に答えていただいた。


この写真は車窓からみた釜山の高層アパート群である。韓国大都市では普通だ。最高84階の建物もあるそうだ。このように高層化が可能なのは地盤が強固で地震がない、ということがある。
ところが、つい先ごろ7月5日、釜山沖を震源とするマグニチュード5.0の地震があり、地震の非常に少ない韓国としては、異例の規模の地震ということになった。
16階に住んでいるという現地ガイドさんの話でも、これまで経験したことのない揺れで大変こわかったそう。もはや韓国は地震の安全地帯ではない、日本と違って地震がないから韓国の原発は安全、とはいえなくなった、国会でも問題にされたので、ある意味よかったとイさん。

今回の「古里原発を通して考える命の安全」オプショナルツアーへ参加できたのは、貴重な体験となった。
車中で現地ガイドさん(女性)の韓国の教育や家計や家族の話もたいへん興味深いものだった。日本人のみだが一緒に参加していた方と個人的に話ができ仲良くなれたのもよかった。

そして、日韓の原発事情、国柄や文化の違いが現れるところもあるが、住民はないがしろにされ苦しみ、政府・電力会社は都合の悪い事はブラックアウトにしてしまう、という構図はまったく同じだと思った。
さらに、原発による被害はインターナショナルということ、国内だけでどうにかなることではないな、という思いを強くした。

(sora)

2016-08-21 | 記事へ | コメント(1) |
2016年07月22日(金)
熊本地震の経験から原発の耐震性見直しを要求し、25団体で共同声明を出しました


2016.7.20
            
[共同声明]

入倉・三宅式の過小評価を熊本地震が証明

武村式を用いた規制委の試算を適用すれば
大飯原発3・4号の基準地震動は、856ガルから1,550ガルへ
クリフエッジ1,260ガルを超えて、地震に耐えられず大惨事に

大飯原発の再稼働は断念を!美浜原発3号の寿命延長は断念を!

川内原発を止め、伊方3号の原子炉起動を中止して
全ての原発の基準地震動を武村式で再計算すべき


 島崎邦彦氏は、熊本地震を踏まえて「入倉・三宅式では地震動は過小評価」との警告を発し、原子力規制委員会・規制庁は7月13日に、大飯原発の地震動を
武村式で再計算した結果を公表した。
 その結果は、基本ケース(破壊開始点3)で、東西方向の揺れは入倉・三宅式による356ガルが、武村式を適用すると644ガルとなった。原発の津波評価で採用している武村式を地震動に適応すれば、1.81倍になることを示している。大飯原発の基準地震動856ガルは1,549ガルになり、クリフエッジを超えるため大惨事となる。

 大飯原発だけでなく、入倉・三宅式で計算されている現行の基準地震動を1.81倍すれば、美浜3号もクリフエッジを超え、高浜原発や玄海原発でもクリフエッジに近づく。
 さらに、震源の大きさ(M0)から地震動(加速度)を導く場合、M0の1/3乗を適応しているが、これは単なる仮定であり、片岡ほかの1/2乗を採用すればさらに地震動は大きくなる。

(最大加速度:ガル)
原発/入倉・三宅式による現行の最大加速度/1.81倍した場合/クリフエッジ※

大飯原発/856/1,549/1,260
美浜3号/993/1,797/1,320
玄海3・4号/524/948/988
高浜3・4号/396/717/973
※)クリフエッジ(崖っぷち):これを超えると炉心の冷却ができなくなり大惨事にいたる地震動
 
 規制委の田中委員長は、7月19日に島崎氏と面談し、自らの再計算結果について「無理を重ねて計算した」「信用できるものではない」等と述べたが、これほど無責任なことがあるだろうか。島崎氏が述べているように、関電の示している基本ケース(破壊開始点3)の東西方向の揺れ596ガルに対して、規制委の356ガルはあまりに過小であるが、このことについての明確な説明もできなかった。さらに、規制庁の小林勝氏は、7月13日の記者会見で、武村式の適用を「不確かさ」として位置付けている。しかし、式そのものを変えることは「不確かさ」ではない。現行の不確かさの全てのケースで用いている入倉・三宅式を武村式に置き換えた計算をすべきだ。これら詳細なデータを規制委が示さない限り、入倉・三宅式の1.81倍の加速度になることを受け入れなければならない。

 規制委は自らの再計算結果に基づき、大飯原発、美浜原発3号の再稼働を断念すべきだ。同時に、川内原発を停止し、伊方3号の原子炉起動を中止して、全ての原発の基準地震動を武村式で再計算すべきだ。

2016.7.20 25団体

ふるさとを守る高浜・おおいの会
原発設置反対小浜市民の会
原子力発電に反対する福井県民会議
福井から原発を止める裁判の会
プルサーマルを心配するふつうの若狭の民の会
サヨナラ原発福井ネットワーク
原発なしで暮らしたい丹波の会
グリーン・アクション
京都の原発防災を考える会
3.11ゆいネット京田辺
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会
おおい原発止めよう裁判の会
脱原発わかやま
脱原発はりまアクション
花風香の会
避難計画を案ずる関西連絡会
放射能のゴミはいらない!市民ネット・岐阜
さよなら原発・ぎふ
核のごみキャンペーン・中部
玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
川内原発30キロ圏住民ネットワーク
国際環境NGOグリーンピース・ジャパン
国際環境NGO FoE Japan
福島老朽原発を考える会
原子力規制を監視する市民の会

<連絡先>
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会
530-0047 大阪市北区西天満4−3−3星光ビル3階
TEL 06-6367-6580 FAX 06-6367-6581

グリーン・アクション
606-8203京都市左京区田中関田町22-75-103
TEL 075-701-7223 FAX 075-702-1952

原子力規制を監視する市民の会
162-0822 東京都新宿区下宮比町3−12−302
TEL 03-5225-7213 FAX 03-5225-7214


※基準地震動とは
原子力発電所の耐震設計において基準とする地震動。地質構造的見地から、施設周辺において発生する可能性がある最大の地震の揺れの強さのこと。単位はガル(デジタル大辞泉)


島ア前原子力規制委員会委員長代理との面会について・・・速記録(未定稿)
http://www.nsr.go.jp/data/000157802.pdf

「忘災」の原発列島 揺れ過小評価を指摘、島崎元規制委員長代理 「過ち繰り返したくない」
http://mainichi.jp/articles/20160720/dde/012/040/018000c


2016-07-22 | 記事へ | コメント(1) |
2016年07月17日(日)
老朽原発・関西広域連合へ要望書と和歌山県との話し合い


脱原発わかやまは7月14日、関西広域連合委員会副連合長である仁坂吉伸和歌山県知事に対し、要望書(文末に登載)を提出してきました。

要望事項は次の2つです。
1. 7月21日に開かれる次の広域連合委員会の場に、関西電力や原子力規制委員会を呼び、40年超えの老朽原発高浜1・2の寿命延長認可について、安全性や避難計画の問題点を議論すること。
2. 説明会を開催し、市民の意見を聞く場を設けること。

経緯については要望書の文中にありますが、
関西広域連合は40年延長運転に係る厳格な審査等を求めていました(6月16日、「平成29年度国の予算編成等に対する提案」)。にもかかわらず、原子力規制委員会は6月20日に高浜原発1・2号運転延長認可をおこないました。
避難計画を案ずる関西連絡会(脱原発わかやまもメンバーです)では、今回の認可の審査は関西広域連合が求める「厳格な審査」にはなっていないことを訴え、関西の住民の安全を守るために関西広域連合の「提案」を生かしていくよう、国に求め続けることを要望したものです。

今回、脱原発わかやまでは、仁坂吉伸知事に要望書を提出するとともに、原子力防災に関する和歌山県の体制について県との話し合いを申し出て、急遽実現したという次第です。以下はその話し合いの報告です。


県からは危機管理・消防課より高瀬 課長、瀬川さん、政策審議課より前 副課長、中尾さん=広域連合担当、産業技術政策課より大川 課長、高木さんの6名が出席していただき、脱原発わかやまからは5名でした。時間は10時〜11時15分。
前回の話し合い(本ブログ2015年1月21日号に載せています)から1年半ぶりで、担当の方々もかなり入れ替わりがあったようです。そのため話し合いの内容に前回との重複や再確認といった事柄もありました。

危険な老朽高浜原発が延長運転されるのです。熊本のような地震がどこにでも起きる可能性がありながら、しかも避難計画は全く不十分で実効性がない、という訴えをメインに、ヨウ素剤備蓄の必要性、モニタリングポストの設置、近畿の水がめ琵琶湖の汚染、福井以外の伊方や浜岡原発の影響、原発と電気料金の関連、基準地震動(規制委が前日公表したばかり)等々多岐にわたる話題がでました。

和歌山県下では具体的な対応策などは殆どとられていません。「はっきり言って和歌山県では産業技術政策課と原発との直接の関係はない」という発言もありましたが、それはその課だけでなく職員全体の正直な気持ちかも知れないと、感じました。福井の原発群から140`以上はなれ(私たちは遠くはなれているとは全然思わないが)、国の原子力政策や防災対応がどんどん後退していく状況下ですから。

しかし福島の原発事故を経験し、熊本の地震によってさらに明らかとなったように地殻変動の激しい日本です。私たちが今ある普通の生活をつぎの世代につなげるためにも、脱原発の主張を止めることは出来ません。その上で私たちは、行政の役割の重要さを顧みるからこそ、繰り返し行政に働きかけ、訴え続けていくのです。

話し合いの中でとくに注意を引いた点を上げておきます。

◎南海トラフ災害との関連を考慮する余地があること
危機管理という点では、現在県下で焦眉の課題となっている南海トラフによる地震・津波の襲来への対策と原子力防災には共通する部分があるのではないか、ということ。
たとえば、高瀬課長も「情報伝達」まではOKだろうと言われていました。たしかに、福島原発事故のときも、行政組織間、行政と住民の間に伝達の断絶があったため、被害を決定的に拡大してしまった事実は、随所に見られました。放射能影響予測システム「スピーディ」を生かせず避難過誤により住民を被ばくさせたことしかり、住民にヨウ素剤を服用させなかったことしかり…。国や行政があらかじめ課題を認識し、対応を誤らねば、避けられた可能性が大きいことばかりです。
災害対策には自然災害であろうが原発災害であろうが、基本は変わりないはずです。汎用性があって然るべきだと思うのです。原子力災害のことも念頭においてほしいと思いました。

◎災害避難に関わる個別の対応の推進
現在、市町村段階で名簿作りに着手している。とくに障がい者、高齢者など避難に課題がある場合(避難行動要支援者)の対応をいかにするか、一人ひとりカルテのようなものをつくりたいと考えている。個人情報の問題があるので、本人の了解をとりながらである。とお聞きしました。
時間と労力はかかるが必要なことだ!と思いました。だがこれは各自治会単位に具体化しないと成り立ちません。避難場所が決まっても、お年寄りや車いすの人たちが、避難場所までいかなる手段で行けるのか、介護する人が来れるのか、そのとき電話や電気が通じているのか、道は壊れていないか等、課題は大きい。
さらに個人情報保護も大きな問題です。福島の原発事故では個人情報保護関係の法律が障壁となり、強制避難地域では特に高齢者・障がい者の安否情報が伝わらず、避難が困難を極めました。このような事態を教訓に、個人情報保護条例の改正(たとえば南相馬市)や、個人情報保護法の改正(平成28年1月1日付け)など、災害時における個人情報の適切な取扱いを確保するべく法改正も行われています。


住民の生命と暮らしを守るための災害対策には、地震であれ原発事故であれ汎用性があります。南海トラフ地震と原発事故が同時多発という空前の事態だって十分ありえます。
もちろん、原発事故は自然災害とは異なります。南海トラフ災害は止めることはできませんが、原発は止められます。私たちが決意し原発を全廃することが最良の原子力防災につながるのです。


お知らせ
2016年7月13日付の朝日新聞「声」欄に
「老朽原発延命 国民だますな」と題する投書が載りました。
原子力規制委員会と安倍政権の無責任なもたれ合いを批判しています。
投書の主・冷水喜久夫さんは、脱原発わかやまの代表です。


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要望書
7月21日広域連合委員会に、関西電力、原子力規制委員会を呼び
40年超え老朽原発高浜1・2号の寿命延長認可等について議論してください

和歌山県知事
関西広域連合委員会副連合長 仁坂吉伸 様

私達、避難計画を案ずる関西連絡会は、6月27日、関西広域連合(本部事務局:大阪)に申し入れを行いました。対応は、関西広域連合本部事務局次長・企画課長の坂田氏他2名でした。私達との面談で確認された事項に基づき、今回新たに要望書を提出します。
また、美浜3号の寿命延長についても、原子力規制委員会は7月中旬にも新基準に合格しているとの判断を出そうとしています。これら老朽炉の20年延長運転が認可されていけば、「40年ルール」は形骸化し、今後何十年も危険な原発に依存していくことになってしまいます。

関西広域連合は6月16日、国に「平成29年度国の予算編成等に対する提案」を提出し、その中で、「新規制基準の厳格適用及び原発の40年超延長運転に係る厳格な審査」や「関係自治体・住民に原子力発電所の運転の安全性確保について十分な説明を行い、理解を得ること」等を求めていました。しかし、これらを無視して原子力規制委員会は6月20日に高浜1・2号の運転延長認可を行いました。そこで私達は、関西広域連合として高浜1・2号の運転延長認可は認められないとの意見表明等をして欲しいと、「40年超え老朽原発高浜1・2号の寿命延長等に関する質問・要望書」(6月24日)を提出しました。(この質問・要望書は事前に連合長及び各委員にFAXで送っていますので、ご確認ください。)これに基づき、今回の面談は行われました。

坂田事務局次長からは、前日の広域連合委員会でこの問題は取り上げられていないこと、6月20日の認可についてまだ検討していないこと等が述べられました。私達は、質問事項の1つ1つについて、今回の認可の審査は関西広域連合が求める「厳格な審査」にはなっていないことを訴えました。福島からの避難者からは、「事故になれば関西の産業も文化も全てダメになってしまう。そうなる前に国に対して厳しく物申してほしい。福島は立ち直れないでいる。そういうリスクを避けることは優先順位1位の問題だ」との訴えがありました。
このままでは関西広域連合の「提案」が単に出しただけになり、関西の住民の安全を守ることはできないとの私たちの訴えを受け止め、以下のことが確認されました。

確認点
・関西広域連合は、6月16日に国に提出した「平成29年度国の予算編成等に対する提案」の中で、「40年超延長運転に係る厳格な審査」等を求めていたが、原子力規制委員会が6月20日に高浜1、2号の運転延長認可を行ったので、次のステージに進んだと認識している。
・そのため、これに対し関西広域連合として議論していく。
・運転延長を認めた認可が、関西広域連合が求めていた「厳格な審査」に基づくものだったのか、関西広域連合としてこれから判断する。
・運転延長を認可したことに対して、関西広域連合として意思表明する。
・関西広域連合や住民に説明するよう、今後国に求めていく。

 私達は、これらの確認点に基づき、以下の要望事項を実施に移すよう求めます。

要望事項

1.7月21日に開かれる次の広域連合委員会の場に、関西電力や原子力規制委員会を呼び、40年超えの老朽原発高浜1・2の寿命延長認可について、安全性や避難計画の問題点を議論すること。
2.説明会を開催し、市民の意見を聞く場を設けること。

以上
2016年7月14日
脱原発わかやま(代表・冷水喜久夫)

避難計画を案ずる関西連絡会
連絡先団体:グリーン・アクション/原発なしで暮らしたい丹波の会/脱原発はりまアクション        原発防災を考える兵庫の会/美浜の会
この件の連絡先:美浜の会(美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)
大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル3階 TEL:06-6367-6580 FAX:06-6367-6581 


2016-07-17 | 記事へ | コメント(0) |
2016年07月05日(火)
原発のない社会を投票で示そう!


2011年、東京電力福島第一原発事故に遭って、私たちは原発の怖さを思い知り、「もう原発はいらない」と思ったはずです。また、この5年間の経験で、原発は無くても大丈夫、電気は足りていることが証明されています。福島の事故の後、ドイツは原発を止めるエネルギー政策に切り替えました。ドイツに出来て日本に出来ないことはないと思います。

ところが、安倍政権は、前政権からの方針「2030年代に原発ゼロ」を転換し、原発依存に回帰しました。「原発は重要なベースロード電源」とし、原発エネルギー比率20〜22%(2014年、閣議決定「エネルギー基本計画」)を打ち出しました。

原子力規制委員会は6月20日、老朽炉・関西電力高浜原発1・2号機について、60年まで運転期間延長を認可しました。原子炉本体やケーブルの劣化が進んで危険極まりない老朽原発。事故の後「原発を運転できる期間は40年」と定めた(原子炉等規制法)ルールを骨抜きにし、原発依存を推進するものです。

私たちは、老朽原発を含むすべての原発の再稼働に反対です。
地殻変動が激しい日本は、熊本のような巨大地震がいつどこで起きてもおかしくない状況です。
いったん大事故が起こると原発は、広くいのちや環境を破壊します。福島原発事故の教訓は原発を止めることです。
そればかりか、原発は、未来の子どもたちに核廃棄物の重いツケを残しています。これ以上は許されません。
電力会社の儲けや採算性のため、原子力産業の原発輸出のため、核保有の安全保障=戦争できる国づくりのための原発政策には断固反対です。

今回の選挙では原発問題はあまり争点になっていないですが、どの候補者が、どの党が脱原発をかかげているか実践しているか、目と耳を凝らして見届けて、選挙に行きましょう!
戦争に加担しない国。原発を止めた国。それは私たちの意思表示で、可能になるのです。あなたはどんな国にしたいのですか?


7月3日和歌山市内にて


2016-07-05 | 記事へ | コメント(0) |
2016年07月04日(月)
原発がこわい女たちの会ニュース98号発行


女たちの会では7月3日付で、ニュース98号を発行しました。内容は以下の通り。

【 CONTENTS 】
*福島事故の教訓どこへ 関西電力高浜原発1,2号機運転延長を認可
*高浜3,4号機→大津地裁仮処分その後の動き
*報告:4月12日〜14日・福島県を訪れました(割愛・本ブログ4月26日号)
*福島にて話をお聞きしました。「生きるということ」@
*報告・原発がこわい女たちの会結成29年のつどい
―「チェルノブイリ30年・福島5年を考える」(割愛・本ブログ5月8日号)
*事故時5歳児、甲状腺がん〜悪性・悪性疑い173人
*報告・5月28日田辺市で「脱原発わかやま」の総会 
       &「寺井拓也さんを偲ぶ会」
*お知らせ・原発がこわい女たちの会拡大世話人会の開催
*後記

 
福島事故の教訓どこへ

6月20日、関西電力高浜原発1、2号機を
原子力規制委員会は40年超え60年まで運転延長を認可した。


東京電力福島第一原発事故を経験した民主党政権下では30年代に「原発ゼロ」を目指すとしていたが2012年末、自民党安倍政権に交代し、「原発回帰」へと一変した。
安倍政権下では2030年度の総発電量に占める原発の割合を20〜22%とする計画を決めた。同じく事故を教訓とした運転期間の「40年ルール」も形骸化。運転延長は「極めて例外」のはずが今後も老朽化した40年超の原発を運転させる。

高浜1、2号機の運転延長の審査は7月7日までに終了しないと廃炉になるために、熊本の地震についても無視したまま運転延長を認めた。なお適合性に係わる追加安全対策で2160億円かかり、再稼働の時期も工事が終わる2019年10月以降だ。

なお同じく運転延長を申請している美浜3号炉は11月末が審査の期限。

◇6月20日に共同声明を出しました。同封しています。
60年運転延長の原子炉は再稼働するまで時間があります引き続き反対して行きましょう。

◇「老朽原発は廃炉に」の署名用紙同封しています。9月末まで
管理人より:
ネット署名フォームと紙版を再掲しておきます。よろしくお願いします。
ネット署名フォームはこちらです。
https://fs224.formasp.jp/f389/form1/

紙版はこちらです。
http://www.jca.apc.org/mihama/hairo/sig_hairo201604.pdf


高浜3、4号機→大津地裁仮処分その後の動き
今年の3月9日の高浜3、4号機の仮処分決定に対して、(女たちのニュース−97号に記載)関西電力は執行停止申し立てをしていました。これに対して、6月17日、大津地裁は却下する決定をしました。今後、少なくとも仮処分異議に対する決定が出るまでの間、関西電力は高浜3、4号機の運転が出来ないことが確定しました。


橘毅氏に恐る恐る話をお聞きしました。 「生きるということ」→@
2016年4月13日〜14日
梅原清子さんがJR本宮駅から帰られた後、私は橘さんご夫妻の仮設住宅で、今までいつも運転して下さっていて、話をする機会がなかった橘毅氏に話を聞く機会を持っていただいた。が宿泊する「浅香荘」の夕食タイムもあって途中で失礼して翌日、続きを聞くことになった。それでも時間が足りなかった。

1937年東京で生まれ、戦争で福島に強制疎開。いじめにあった。子どもだけではない、大人からも。言葉の違いが大きかった。ボコボコにされながら殴られても、じーと我慢して殴らなかったそうです。
農家の子供は銀シャリで、僕は風呂敷を背中に、弁当箱の中はサツマイモ2個であった。福島事故の疎開で70年前の嫌な経験がよみがえった。と話されました。

敗戦後福島の実家へ。仙台で土方仕事をしながら大学を5年で卒業し、東京の企業に4年半勤めた。
父の病気で福島に帰ってきたが就職先がなく、その当時公務員は大卒を採用しなかった。それで28歳で教員免許を取得し29歳から中学校の先生になったそうです。そして初めて赴任した学校が請戸中学校。

今回希望して東北震災から5年目の請戸港に行ってもらった時、請戸港は工事中で立入れなかった。港のすぐそばから集落の跡が、流された家の土台が残っていた。その土台だけの集落跡を歩いていたとき、毅氏は最初教えた請戸中学の一番の悪ガキが、船を新しく造ったので、進水式に来てほしいといわれている。と嬉しそうに話して下さった。災害で命を落とさずに生き残っていたのと、新しく息子の船を作り漁師として次の世代へ引き継いでいこうとしている。一番の悪ガキで手が付けられない位だったと言いながらも、何ともうれしそうな毅氏の姿を請戸港で見ることが出来ました。

毅氏のホームグランドだったところが、家も人も流され、もう元には絶対戻らない。人も自然環境もばらばらに汚染されてしまった。毅氏の内なる慟哭が少し分かったような気がしました。(松浦雅代)


事故時5歳児、甲状腺がん〜悪性・悪性疑い173人
投稿者: ourplanet 投稿日時: 月, 06/06/2016 - 13:00

東京電力福島第一原発事故後、福島県が実施している「県民健康調査」の検討委員会が6日、開催され、事故当時5歳だった子どもにも甲状腺がんが見つかったことが分かった。検討委員会では3月末に発表した「中間とりまとめ」において、「事故当時5歳以下からの発見がないこと」などを理由に、「放射線の影響とは考えにくい」と評価していた。1巡目と2巡目の健診をあわせて、悪性・悪性疑いと診断された子どもは、前回より6人増え、172人となった。  
 本格検査(2巡目)結果〜2014年〜2015年
福島県立医大の大津留晶教授はまず、2014年から2015年に実施された本格検査(2巡目)の結果を報告した。それによると、2次検査で穿刺細胞診を行い、悪性または悪性疑いと診断された子どもは前回より6人増えて57人となった。
 57人の先行検査結果は、A1が28人(49.1%)、A2が25人(43.8%)、B判定は4人(0.7%)だった。A2判定だった子どもうち、結節があった子どもは17人、なかった子どもが18人だった。平均腫瘍径は10。4ミリで、最大は35.6ミリだった。この2年間で腫瘍が急成長した可能性がある。
 また年齢は、最年少が 事故当時5才と、はじめて事故当時5歳以下の子どもが甲状腺がんと診断された。チェルノブイリでは、5歳以下の子どもが多数甲状腺がんとなったことから、検討委員会はこれまで「被曝の影響とは考えにくい」との見解を示してきた。一方、事故当時5歳以下の子どもに甲状腺がんが多発したのは、事故5年以上経ってからと指摘する研究者もおり、今後、この世代で甲状腺がんが多発するかどうかが、ひとつの焦点となる。
 男女比は男性25人に対して女性は32人と約3:4の比率となっている。甲状腺がん専門医である清水一雄委員が、「通常の乳頭がんは男女1:7。男性の比率が多いことについて検討しているのか」と質問。これについて大津留氏は、集計の問題であるなどと回答した。
 本格検査で摘出手術を受けたのは14人増えて30人となり、全員が乳頭がんと診断された。
 
先行検査(1巡目)結果〜2011年〜2013年
次いで、2011年から2013年まで実施された先行検査(1巡目)の確定結果が公表された。前回の口頭発表と変わらず、穿刺細胞診で、悪性または悪性疑いと診断された子どもは116人と報告された。
 
平均年齢は震災当時14.9才で、最年少は震災当時6才。男女比は男性39人に対して、女性が77人と約1:2の比率だった。また平均腫瘍径は13.9ミリで、最大は45.0ミリだった。
 すでに摘出手術を受けたのは102人で、手術後の組織診断によって、乳頭がんが100人、低分化がんが1人、残る1人は良性結節だった。これまで低分化がんは3人公表されてきたが、、昨年11月に甲状腺がん取り扱い規約が改定されたことに伴う変更という。


報告 5月28日10時30分〜「脱原発わかやま」の総会が田辺市でありました
 2年ごとの役員改選の年で、代表は白浜町日置の冷水喜久夫氏 事務局長は田辺市の田中友氏
副代表は串本町の中西仁士氏と 和歌山市の松浦雅代氏 会計は新宮市の濱野兼吉氏に決まりました。
お昼からは同じ会場で「寺井拓也さんを偲ぶ会」が開催されました。

寺井拓也さんありがとう。

寺井拓也さんは4月14日に癌で亡くなられました。(享年70歳)
昨年の6月に「脱原発わかやま」の総会が田辺市で開催され福井の中嶌哲演氏の話をお聞きしました。その時少しご自分で風邪気味です。と言われていました。
終了後ホールの前で田辺市の人たちと知事候補がないか、何とかしたい話をしておりました。寺井夫妻もおられました。それから1年も経たないうちに亡くなられるとはこの時、誰も思いもしませんでした。寺井さん自身もそうだったと思います。
1996年に当会で「暮らしとエネルギー」講師寺井拓也氏(田辺市・つゆくさの会)の記録があります。が私は余り覚えていません。2000年2月に故高木仁三郎さんが和歌山に来られた時、高木さんご夫妻を白浜の南方熊楠館やお泊りになった湯峰の旅館にご案内されたのは寺井さんであったと、忍ぶ会が終わってしまってから思い出したのです。あまり目立たずにしかし安心して任せることができる人でした。
2010年に汐見文隆氏から「脱原発わかやま」の代表を引き継ぎ、その翌年2011年に福島原発事故が起き、デモや抗議文等の初めての経験の中で果敢に行動されました。「原発を拒み続けた和歌山の記録」の編集、出版は寺井拓也さんの努力なしではなし得なかったと思います。
あらためて 寺井拓也さんありがとう。              (松浦雅代)
                   
ご冥福をお祈りいたします。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


会員の皆さまへお知らせ
原発がこわい女たちの会拡大世話人会を開催します。
◎8月4日(木曜日)13:00〜16:00  ◎テーマ・「女の会30年目に入って」
場所ボランティアサロン(前丸正百貨店)6階D会議室

<記>
☆女たちの会の会計報告と郵便口座振り込み用紙を同封します。7月中に会費納入をお願いします。
蒸し暑い。原発を止めるため。 戦争を止めるため。 声をかけて投票に行こう! 7月10日投票日。



2016-07-04 | 記事へ | コメント(0) |
2016年06月22日(水)
老朽炉高浜原発1・2号機の運転延長は認められない


6月20日、原子力規制委員会は、40年を超えた関西電力高浜原発1・2号機について運転期間延長を認可しました。
19団体で共同声明を出しました。(脱原発わかやまも入っています)



2016年6月20日


共同声明 40年超え老朽炉を廃炉に!
高浜原発1・2号機の運転期間延長認可に抗議


 本日(6月20日)、原子力規制委員会は、関西電力高浜原発1・2号機について、40年超えの運転期間延長認可を下しました。福島原発事故後、運転期間を原則40年に制限する制度が導入されたあと、延長の認可がだされた初めてのケースになります。私たちはこれに強く抗議します。

 老朽炉の寿命延長に対し、これを危惧する声が広がっています。しかし、審査の公開資料は白抜きだらけで、第三者による検証はできず、初の寿命延長審査にもかかわらずパブリックコメントも実施せず、住民や市民、自治体等の意見を聞こうともしませんでした。6月13日、私たちは、熊本地震によって懸念された「繰り返しの揺れ」問題などの評価について、国会議員の仲介により、会合を申し込みましたが、原子力規制庁は「多忙」を理由に異例の拒否。6月15日には要請書の受け取りすら拒否しました。老朽炉の危険性を具体的に批判され、それが公になることを恐れたからでしょう。このように、議論を避け、密室審査を続ける姿勢に怒りを禁じ得ません。被害をこうむる住民の意見を無視するなど到底許されることではありません。

 福島原発事故を受けて、原発の運転期間は「原則40年」と決めたはずです。原子力規制委・規制庁はこともあろうに、老朽化した原発の実態も把握せず、認可ありきで審査を急ぎ、審査ガイドを破ってまで、期限内の認可を強行しました。福島原発事故の教訓を葬り去り、事故を再び繰り返すことは断じて許されません。

 地震の活動期に入り、巨大地震がいつどこで起きてもおかしくない状況で、設計が古く、設備の劣化が進み、点検も不十分な状況で認可するなど、危険極まりない行為です。
 高浜1・2号の耐震性が不十分なことは、熊本地震に照らしても明らかです。熊本地震のようなくり返しの揺れを考慮した耐震評価は実施されていません。

 元原子力規制委員会委員長代理の島崎邦彦氏は、熊本地震のデータから、「入倉・三宅式」を用いて基準地震動を策定すると過小評価となり、日本の地震データを基にした「武村式」と比べて4分の1の過小評価となるため、「入倉・三宅式」は使うべきではないと警告を発しています。これはまさに高浜1・2号に当てはまる問題です。同時に、各地の裁判や運動の中で、市民が主張してきたことでもあります。規制委・規制庁は16日に島崎氏から意見聴取を行いました。しかし、その警告を無視するかのように高浜1・2号の運転延長を認可しました。

 老朽化した高浜1・2号の特有の危険性が具体的に明らかになっています。電気ケーブルの劣化により事故時に絶縁性が急低下し、制御ができなくなる恐れがあります。しかし、規制委・規制庁は具体的な判断基準も持たずに、関電のいいなりです。

 高浜原発1号機は、全国の原発でもっとも原子炉圧力容器の中性子による脆性破壊が発生し易い原発です。廃炉が決まっている玄海原発1号より脆性遷移温度は高く、事故時にECCSの水を注入すれば、圧力容器が壊れる危険があります。やはり中性子の照射により炉心の金属板を留めるボルトにひび割れが生じている恐れがありますが、まともに検査すら行われていません。

 さらに、熊本地震が示したように、「屋内退避」を中心とした規制委の指針では、住民の安全を守ることはできません。

 40年超えの危険な運転延長は認められません。高浜原発1・2号機は、認可を取り消し、直ちに廃炉にすべきです。


<19団体>
福井から原発を止める裁判の会/高浜原発40年廃炉・名古屋行政訴訟を支える市民の会/原発設置反対小浜市民の会/ふるさとを守る高浜・おおいの会/避難計画を案ずる関西連絡会/脱原発はりまアクション/おおい原発止めよう裁判の会/3.11ゆいねっと京田辺/原発なしで暮らしたい丹波の会/原発なしで暮らしたい宮津の会/脱原発わかやま/グリーン・アクション/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会/放射能のゴミはいらない!市民ネット・岐阜/川内原発30キロ圏住民ネットワーク/玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会/国際環境NGO FoE Japan/福島老朽原発を考える会/原子力規制を監視する市民の会


<連絡先> 原子力規制を監視する市民の会TEL:03-5225-7213 090-6142-1807(満田)
住所:東京都新宿区下宮比町3-12明成ビル302
http://kiseikanshi.main.jp/2016/06/20/732/


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老朽炉を廃炉に!
署名は第一次署名提出行動と院内集会を29日に行います。
28日に集約の作業を行いますのでまだの方はぜひお願いします!
手持ちのものは至急送付してください。
29日の集会にもご参加ください!!

40年超え老朽炉三兄弟(高浜1・2号/美浜3号)の廃炉を要求する署名
ネット署名フォームはこちらです
https://fs224.formasp.jp/f389/form1/

紙版はこちらです
http://www.jca.apc.org/mihama/hairo/sig_hairo201604.pdf

老朽炉を廃炉に!6/29院内集会と署名提出行動へ
http://kiseikanshi.main.jp/2016/06/16/stop_rokyuro/

阪上 武


2016-06-22 | 記事へ | コメント(0) |
2016年06月05日(日)
寺井拓也さんを偲ぶ

      
4月14日、寺井拓也さんが私たちの前から旅立っていかれました。享年70歳。

寺井さんは、田辺市〜白浜町の「つゆくさと大地の会」の会員で、2010年から汐見文隆氏に代わって「脱原発わかやま」の代表をされていました。次の年に3.11東京電力福島原発の事故が起き、代表になられたばかりでご苦労もあったと思いますが、福島原発事故の過激さに果敢に行動され代表の責務を果たされました。原発のみならず寺井さんは平和や人権の問題にも精力的に取り組んで来られたことはよく知られています。
草の根の市民運動の理論的・実践的存在として紀南の田辺市に腰を据えながら、全県下へ、全国へ、視座を広げ行動されてきたのです。

私たちの知る寺井さんは、事故後の県当局との話し合いなどの時、緻密な論理構成で私たちの主張と相手方の対応をかみ合わせてもらえる方でした。当局やマスコミに公表する抗議文書なども的確に作成していただきました。どれも何処かからの借り物ではなく、ネットや書物を丹念に検索し事実のみを抽出した実証性に基づいていることに、いつもこころ強さを感じていました。

進行した大腸癌が発見されたとの突然の報を受けたのは、昨年6月20日の「脱原発わかやま」総会で元気にお会いしたそのすぐ後の7月中旬でした。信じられない、ウソであってほしい、何故ここまで分からなかったか…、と思わずにはいられませんでした。

寺井さんは治療に専念されることになり、緊急手術の後は抗がん剤治療を止めて自宅療養、食事療法を続けられました。
病魔に負けないで、と回復を願う祈りもむなしくついにご逝去されたが、葬儀は行われず遺体は医学部に献体されました。ずっと以前よりの寺井さんの意思であり遺言だったそうです。

去る5月28日(土)、田辺市において、「寺井拓也さんを偲ぶ会」が催されました。準備万端して下さったのは、田辺市在住の方々を中心に脱原発わかやまと9条ネットの皆さんでした。老若男女(若はやや少なし)およそ70名の参加者は、寺井さんとの思い出を語り合い、今後に残されたものを共有しました。

RaRa Locale(ララロカレ)は、今は民家カフェだがかつてつゆくさの会結成も行われた場所。ここの2F のギャラリーが会場です。
正面には白い花に囲まれていつもの温顔で微笑む寺井さんの遺影が掲げられ、この傍らでスピーチが続きました。

   


    


全部で20名の方々からのリレー・スピーチ(ご挨拶、メッセージ代読を含む)は圧巻。
異口同音でした。実証的、細かく調べ尽す、熱心で几帳面、計画性があって粘り腰。けれども決して固執的ではなく、細やかな気配りで、分かりやすく伝える広がりがあった…。
その一方で、謹厳実直そうなのにユーモアがあって愉快、ふだんは小さい声なのにデモを先導するシュプレヒコールはとてつもなく大声、等々ユニークなお人柄を示すエピソードも。

とくに『原発を拒み続けた和歌山の記録』(寿郎社)出版に関しては、寺井さんが実質的な調整役として共著者の個性を繋ぎ、こまごまとした雑用事務をも担われたからこそ成しえたこと、と何人かの関係者からの証言もありました。
この著作は、後日、「地方出版文化功労賞奨励賞」を受賞するというおまけがつくのですが(2013年7月28日の本ブログ参照のこと)、寺井さんによる受賞記念スピーチ草稿(偲ぶ会でプリントが配付)は、寺井さんの出版にかけた思いの深さを示すものです。なお当日は寿郎社の社長夫妻もご出席でした。

最後にお連れ合いの秋代さんから、ご挨拶がありました。家庭人としての素顔は、ますます寺井さんのことを彷彿とさせるものでした。
一つあげるなら、「主夫」をされていたことは知っていたが、そのご夫妻間のいきさつや日常の家事について具体的にお聞きするのは今回が初めてでした。とくに「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という性役割イデオロギーに囚われず、妻が外という逆転スタイルで結婚生活の大半を貫いたということはやはり稀有なこと。生前にもっとお話ししてみたかったです。

「(彼の誠実さ、熱心さに)感心するというより、変わってるな〜と思った(笑)」と仰る秋代さんなのですが、ご友人の証言によると、夫に点数をつけるならばの話で「120点!!」だったそうです。寺井拓也さんのエネルギッシュな市民運動は、その基地としてよきご家族ご家庭をお持ちだったからかもしれません。
「平らかで穏やかな日々を家族で最後に過ごせたことは幸せでした」という秋代さんの言を深く肯きながらお聞きしました。

合掌


2016-06-05 | 記事へ | コメント(0) |
2016年05月08日(日)
原発がこわい女たちの会結成29年のつどい


「チェルノブイリ30年・福島5年を考える」と題して、今中哲二さんに講演いただきました。4月29日、GWの初日です。参加者は64名。




今中さんは、3月末で京都大学原子炉実験所助教を定年退官されたところです。
(女たちの会ニュース97号に詳報。本ブログ4月3日号)
当面は実験所研究員として福島県飯舘村を調査続行。核や原子力事故の人や環境への残留放射能の影響について今後も引き続き科研期間を遂行されるそうです。

国立大学の独立法人化後も、お金のための研究をしなくて済んだと感謝。そこは自由にさせてくれた京大の度量の広さか、地方大学とは違って図体が大きいせいか、そして我々は居直る術も知っていたし(笑)と仰ってました。とにかく「原子力と付き合って46年」を広島長崎、スリーマイル、チェルノブイリ、福島と、原子力の利用にともなう問題点を追及しながら、原発推進に反対する数少ない研究者の一人として責任を果たしてこられたのです。

今中さんは、広島出身で被爆2世だが、大学で原子力工学を専攻したのはそのせいではなく、福島原発現地の双葉町商店街に掲げられたPR看板「原子力 明るい未来のエネルギー」(当時小学生だった大沼勇治さん作の標語。2015年看板撤去に反対運動が起こった)のような明るいイメージを抱いていたためだそうです。「私も騙され、日本の多くの人が騙されていた」と。そこから原子力の見方が変わったのは、大学で学び社会の動きを知るうちに、後述のような原発政策の胡散臭さに気づいたからと言われました。

「29年のつどい」で松浦代表が挨拶の中でも触れていたが、今中さんや、遡ってすでに退官された熊取の先生方との出会いは、ぺんぺん草時代からのもので、教えられ支えられて女たちの会にとっては本当に貴重な賜物でした。もちろんそれ以外の京大や他大学、在野の先生方にも言い尽くせないほどのお世話になってきたのですが。

講演会終了後の今中さんを囲んでの会食の際にも、40年以上という永のおつとめご苦労様でした、などとだれも言葉にしませんでした。まだこれからもバリバリ働いていただくつもりだから、ご本人もそのおつもりだろうからです。

さてこの日の講演ですが、福島原発事故から5年経った被災地飯舘村の現状、スリーマイル、チェルノブイリ原発事故の概要と教訓、そして福島事故の経緯、情報開示の遅れ、直後の飯舘村調査、放射線被ばくと障害、子どもの甲状腺ガン、自然放射線との関連、等々これまでの集大成のような多岐にわたるお話しでした。

とくに示唆深かったことをいくつか、まとめてみます。
(1)スリーマイル原発事故から学んだのは、@原発の事故はホントに起きる A炉心の水がなくなったら燃料は溶ける、ということ。
シビアアクシデントが初めて現実のものになって、それまで定かでなかった炉心溶融(メルトダウン)が実証されたのです。「原発事故は起きるもの、原発は危ないもの」ということが骨身にしみた確信に変わったということです。
チェルノブイリ事故では広大な土地が汚染され、人びとは家を追われ@地域社会が丸ごと消滅する、A原子力専門家として解明できるのは被害全体の一部にすぎない、ことが分かったと。
これらの事故の貴重な教訓が福島に生かされたといえるでしょうか。残念ながらNO!である。
今中さんは「原発は、起きるか起きないか、危険か安全かではない。起きるし、危険なものに決まっている。だから事故が起きたらどれ位危険なのか、リスクの程度や規模を明らかにしていかねばならない」と問題意識を語られました。

(2)誤った情報や不作為、情報隠しなどは許されないことと断罪されるべきです。しかし腹立たしいことに、原子力開発、原発事故においてはウサンくさいことだらけ。(例えば2011年3月の福島原発事故では、メルトダウンは、巷では事故直後からささやかれ既知の事実となっていたのに、東電がそれを認めたのは2か月以上経過してから。遅れたのはメルトダウンの判断基準がなかった為と。ところが5年も経ったつい先ごろ、実はマニュアルに明記されているのがわかったと東電が発表。笑う気にもなれない。)
次の2つの例を今中さんは挙げられました。

その1、1964年原子力委員会決定の「原子炉立地審査基準」に「重大事故を越えるような技術的見地から起こるとは考えられない事故の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射能災害をあたえないこと(中途省略)」とある。これをクリアするような原発はありえない。にもかかわらずこれまで、日本のすべての原発はこの基準を充たしているとして建設されてきた。
どんなことが起きても原発は安全です!
無茶苦茶な論理です。

その2、1960年日本原産会議報告での原発事故の損害評価額は1兆円。当時の国家予算1.7兆円に迫るような、あり得ない程の巨額ですが(チェルノブイリ原発事故では54兆円がはじき出されている。)、電力事業者が賠償すべき保険金の額は50億円(現在は1200億円)にすぎない。それを超えたら原賠法(原子力損害の賠償に関する法律)によって、国が援助することに。
 原発事故がとんでもない規模になることは初めから分かっていた!
福島の事故でも政府は税金や国債を税金や国債を除染などにつぎ込み、その資金の扱いは曖昧なままです。

行政の意思決定や政策実行に係る役人は、組織で動き個人の顔をもたない。政策を裏で仕切りながら、(避難区域の除染政策などにみられるように)そこに間違いや不作為があっても責任が問われることはないのは許し難い。役人の「個人責任を問う」システムをつくる必要があると強調されました。

(3)これまで何度も今中さんの講演は聞いてきたが、一貫しているのは、「データは可能な限り提供しますから、判断は皆さんでしてください」というスタンスです。例えば原発事故から避難するか否かについて、放射線の汚染の程度を知って決めるのは私たちなのです。
突っぱねているようだが、私たちに対する深いエールなのだと思います。個々の住民市民は、だれかにいわれて上の方からいわれてそれに従うのではない、自分自身が考え判断して行動する、そのことこそが大切だと。自立した市民たれ、ということなのでしょう。

もう一つ一貫しているのは、余計な被ばくはしない方がいい。が、ある程度の被ばくは避けられない(なぜなら福島原発事故による放射能汚染、60年代米ソの大気内核実験からの残留放射能、これらを含む自然からの放射能に囲まれているのだから)。
この相反する要件に折り合いをつけること、結局どこまでの被ばくをガマンするのか、ということになる。(今中さんは、原子力施設からの一般公衆の線量限度を大まかに年間1ミリシーベルトとされる)

そして残念ながら福島原発事故の後、放射能汚染と向き合わねばならない時代に生きることになった私たちは、放射能、放射線について学習し、ベクレル、シーベルトの値になじんでいくほかないのだと。

(4)今中個人として言いたいこととして3点を上げられました。
◇避難区域の除染政策を見直し、お金の使い方を考え直すべきだ!
◇日本に住んでいる人全部についての被曝量評価を行い、しかるべき健康追跡調査を、国の責任で行うべきだ!
◇行政の意思決定や政策実行にかかわる人々、つまり役人や政治家に間違いや不作為があった場合には、ヒアリングを行い、個人責任を問うシステムが必要だ(前述)!

そもそも日本列島にこんなにも原発を作ったのが間違っていた!
いったん動き出したら止められない日本丸では情けない。間違いを素直に認めて、原発の再稼働は止めるべきである!
と締めくくられた。

講演後の質疑応答でも、原子力、原発事故についての様々な質問が相次ぎ、今中さんは一つ一つに丁寧に答えてくださった。参加者の関心の高さは心強い。

高度成長期を過ぎ衣食住およそ充足した日本、今や人口減に向かった日本。日本のエネルギー需要の変遷と予測を考慮するならば、原発を止めていくには今が一番いい時期だと今中さんも言われる。
経済発展のために原発は必要、の呪文にとらわれることなく、「私たちにとって、未来の子どもたちにとって、原発はホントに必要ですか?」をもっと世に問うていかなければ、と強く思いました。

(5月14日追記)
当日の講演は、YOUTUBE に小谷さんがアップしてくださいました。
https://www.youtube.com/watch?v=zP_eiEJslB0



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熊本地震は想定外の地震活動が続いています。福島原発事故5年。地殻変動が激しい日本で原発の再稼働は犯罪行為ではないのか。


2016-05-08 | 記事へ | コメント(0) |
2016年04月26日(火)
福島を訪れました


4月12日−13日、福島を訪れた。同行の松浦さんはもう何度も行っているが、私(sora)はこれまで機会がなくやっと叶った、という訳だ。
今回の訪問の目的は、5年経った被災地の現状をみておくことと、佐藤栄佐久・元福島県知事と、浪江町から避難中の橘 柳子さんに出会って話を聞くことである。

佐藤栄佐久さんは、1年前の5月10日、和歌山で女たちの会28年のつどいで講演していただいた(「原発問題と地方の論理」、本ブログ2015年5月23日号参照のこと)。橘 柳子さんは2012年10月28日に「福島原発事故の今を生きる」と題して講演していただき(本ブログ2012年11月31日号)、その後何度か「女たちの会ニュース」にも寄稿を続けていただいている。

当日は、朝7時和歌山市出発、東海道新幹線、東北新幹線を乗り継いで14時に最初の訪問地・福島県郡山市に到着。総計すると確かに延々7時間だが、行き慣れた東京からはたったの1時間半。まずこの近さに驚いた。

郡山駅から、佐藤栄佐久さんの従弟の和也さんに案内していただいて、栄佐久氏ご自宅へ。ご夫妻で待っていてくださった。お二人には、昨年の和歌山(帰路には伊勢旅行された)の思い出を写真を交えて話され、歓待していただいた。

栄佐久氏は退職金返納命令の取り消しを求めた訴訟で、今年2月仙台高裁において、返納一部取り消し(3期目取り消し)で一応決着。2006年の収賄罪で冤罪不当逮捕・起訴から10年という長期にわたったが、不本意ながらもこれら裁判闘争が一段落した、という局面におられる。(文末に佐藤栄佐久ブログ公式文を記載している)

栄佐久氏は福島県知事5期目に逮捕起訴された。栄佐久氏の弟がまだ任意で取り調べを受けているときに、「知事は日本にとってよろしくない。いずれは抹殺する」と担当検事が言い放ったように(平凡社刊『知事抹殺』より)、収賄額ゼロ円で収賄罪に問われるという不思議な裁判であった。この「国策」裁判の経緯を私たちは肝に銘じるとともに、栄佐久氏ブログの付記にもある闘う知事の姿勢に学びたい。

この日の宿は、本宮町の磐梯熱海温泉・浅香荘。ここで先に待っていて下さった橘さんと合流して、かけ流しの温泉と美味しい料理を楽しむことができた。
でも翌朝、部屋のカーテンを開けると、目にとび込んできたのが斜面一面の雑木林。雑木には赤いテープが張られていて、除染作業済みのサインがあった。ああここはフクシマなんだなあ、と思った。

2日目は橘さんの案内で浪江町へ。最近除染されたという橘さんのお宅を見せていただくのだ。
いま橘さんが住んでいる仮設住宅からは橘 毅氏の運転で、本宮町を出発、二本松市、川俣町、飯舘村、南相馬市、浪江町へと進んだ。途中、トイレ休憩やら昼食やらを挟みながらおよそ3時間の行程だ。

ちょうど春真っ盛りの頃で、あちこちには桜、そして椿に木蓮、レンギョウ、水仙、芝桜などが競うように咲いていたが、進むにつれて車窓からの風景は、変わっていく。除染作業中の作業員の姿が見える。道路端の元田畑には、除染廃棄物を入れた黒いフレコンパックの山が続々と現れる。土をかぶせたものや塀で目隠しをしたものもある。仮置きといいながら、先行きは見えない。原発サイトの汚染水タンク群も同様だが、「取りあえず」そうしておくしかないらしい、先行き真っ暗な福島の、いや原発国日本の現状を象徴するような、気の滅入る光景だ。


放射線量を測る。線量計は和歌山から持参したものと橘さんのものとで2台。測定値はあくまで参考値だが、次の通りである。
前日の佐藤栄佐久氏自宅(除染済み、郡山市内)で測った時は、室内で放射線量0.08マイクロシーベルト毎時(以下、μ㏜/h )と低めだがベランダに出ると0.17μ㏜/hと上昇した。
浪江町までの走行中の車内では、0.2レベルだったが飯舘村に入ると0.5レベルにアップ。二本松市内の浪江町仮庁舎前では0.14μ㏜/h。

しかし浪江町にある橘さん宅の庭では0.5μ㏜/h。除染済みでもこの値だ。(橘さん宅の庭は以前、㏜/h位あった。除染によって芝生を取り除き山土で覆われたため、今回は放射線はひと桁低くなって、0.5μ㏜/h。敷地南側に水路があり、そこに近くなると㏜/h近くになった)

ところが、市中に置かれたモニタリングポストの表示によるものでは、浪江町役場前で0.082μ㏜/h、南相馬市役所前で0.059μ㏜/h、と表示されていた。モニタリングポストについてはいろんな捉え方があると聞くが、ホントに正しく測れてますか?
※浪江町では4月より、疎開先の二本松市から役場機能を一部帰還させ始めた。


浪江町請戸港へ。ここは福島第一原発から約7q、上の写真の中央、消点あたりに原発サイトの排気塔が見える。左方、堤防の外側では護岸工事が始まっていた。



311の津波に流された住宅の跡。基礎と土台部分がキチンと残っているのには妙に感心させられた。この辺りは以前来たときは雑草が生繁ってさっぱり見えなかったそうなので、この間に除草されたのだろう。避難指示解除の前触れと思われる。



請戸港近くの慰霊碑。見渡す限り荒涼とした一帯に、われわれ一行とガードマンさん以外は人けがなく、工事用のダンプだけが砂埃あげて走っていた。

橘さん宅は、庭は雑草が払われ、庭木は剪定、土が入れ替えられピッカピカになっていた。それでも放射線量は除染済みでも先に記したように0.5μ㏜/hである。そして住宅内は、壁に亀裂が走り、避難当時の大混乱のまま家具や郵便物が散乱したままだ。橘さんは、東電に言えば片づけに飛んでくるけど、それはどうしてもやりたくないんだ、とおっしゃる。

ご近所も除染済みらしく外見上は閑寂な住宅街である。が、整地された庭土にイノシシとおぼしき足跡を発見したりして、人けのない住まいや町並みは正直いって異様な印象だ。休憩で立ち寄った川俣町のスーパーマーケットや昼食をとった南相馬市原町の喫茶店が、それなりにお客で賑わっていたのとも比べられない。

テレビやネットの報道、映画や雑誌の映像などで見聞きする機会はたくさんあっても、実際に自分の目や足で確かめた経験は記憶の襞に張付く。もちろん、今回足を踏み入れた場所や出会った人たちはごく限られた範囲である。よく聞くように、福島といっても地域差が大きく一括りにはできない、原発被災一色というのも間違い、それもその通りなのだろう。ただ、私は頭の中にあった福島のイメージを修正したり強化したりして、より確かなものにしていきたいと思っている。

帰りは、往路とほぼ逆コースを2時間突っ走って本宮駅まで送っていただき、郡山駅で17時30分発東北新幹線に乗り換え東京に向かった。(松浦はもう一泊)
橘さんをはじめとして、福島の皆さま本当にお世話になりました。


◆佐藤栄佐久ブロ公式ブログより全文転載

2016年3月9日
■福島県との退職手当返納命令に関する裁判についてのご連絡
退職手当返納命令に関する仙台高裁判決を受け発表したリリースを本サイトにも掲載いたします。

【ご連絡】平成28年3月9日
佐藤榮佐久
 福島県との間で退職手当返納命令に関して争っておりました、仙台高等裁判所平成27年(行コ)第14号退職手当返納命令取消請求控訴事件(原審・福島地方裁判所平成26年(行ウ)第6号)並びに同裁判所平成27年(ネ)第276号退職手当返還請求控訴事件及び同反訴請求事件(原審・福島地方裁判所平成26年(ワ)第131号)の各判決について、今般、上告及び上告受理申立をしないこととしましたので、ご連絡致します。
  なお、上記各判決において、収賄事件について冤罪である旨の主張が入れられなかった点について、上告理由及び上告受理申立の理由を構成するのが困難と判断しましたが、前提とされた収賄事件の判決は、最高裁において確定しているとはいえこれを是認することはできませんので、今後も新証拠の発見に鋭意努力し、再審によって身の潔白を図りたいと思っていることを付記させて頂きます。
以上
<連絡先> 
武藤正隆法律事務所
   電話024−534−4111
佐藤榮佐久代理人
弁護士 武 藤 正 隆
 同   藤 井 和 久


◆あらためて知事抹殺の本の紹介です。
『 知事抹殺―つくられた福島県汚職事件』
佐藤 栄佐久 (著) (平凡社) 2009/9/10
東京一極集中に異議を唱え、原発問題、道州制などに関して政府の方針と真っ向から対立、「闘う知事」として名を馳せ、県内で圧倒的支持を得た。第五期一八年目の二〇〇六年九月、県発注のダム工事をめぐる汚職事件で追及を受け、知事辞職、その後逮捕される。〇八年八月、第一審で有罪判決を受けるが、控訴。(「BOOK」データベースより)

◆なお、佐藤栄佐久講演会「原発問題と地方の論理」は以下のYou tubeで視聴できます。
http://www.youtube.com/watch?v=ssZPLw2nlc8



2016-04-26 | 記事へ | コメント(0) |
2016年04月07日(木)
結成29年のつどいで講演会を開催します


原発がこわい女たちの会結成29年のつどい
「チェルノブイリ30年・福島5年を考える」

◇講師・今中哲二氏(京都大学原子炉実験所研究員)
◇日時・4月29日(金曜日・祝日)13:30〜16:00
◇会場・勤労者総合センター6階文化ホール
              (市役所西隣)☎073-433-1800
◇参加費300円 だれでも参加できます

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ソ連でチェルノブイリ原発事故が起きたのは30年前、1986年4月26日。その1年後、1987年3月に、主婦の学習グループぺんぺん草を母体に、「原発がこわい女たちの会」が結成されました。

まさに、和歌山県日高町や日置川町において、関西電力の原発が誘致されようとする火急の時期でした。日高町では漁師の命をかけたたたかいがあり、各地から各層の人々が支援を繰り広げ、原発計画を阻止しました。誰かが一人でも手を抜けば負けたであろうといわれたくらい、厳しい状況でした。日置川では原発反対町長の誕生を実現しました。その運動の一端に女たちの会も連なることができました。しかし簡単に関西電力は引き下がりませんでした。日高町も日置川町も2期目までは原発推進の対抗馬が出ました。3期目でやっと原発推進の候補者が出馬しなくなりました。

紀伊半島に原発立地が遠のいたその後も、2003年御坊市に中間貯蔵施設誘致の話など、さまざまな形で学びを続けてきました。原発について知れば知るほどに問題の深く大きいことを実感しました。
そして、5年前の福島の原発事故です。この狭い日本の国土に起きた未曽有の途方もない問題として認識せざるをえなくなってしまいました。

今回の講師、今中哲二さんからは、ニュースにも書いた通り(ブログ4月3日号)、30年以上にわたって熊取の専門家のお一人として、原子力のことをイロハから教えていただくことができました。
(結成25年、27年のつどいでも講演をいただいています)


***以下、講演会チラシより *****

1986年4月26日に起きた旧ソ連邦のチェルノブイリ原発事故は原発から30`の人々が強制避難しました。30年経ってもそのままです。
5年前に福島の事故が起きました。世界最大規模の原子力災害です。原因もまだわかっていません。汚染水も垂れ流し状態です。福島の約10万人近くの人たちが避難したままです。もともと営んでいた個々の生業は失われてしまいました。絶対元に戻らない生活を余儀なくされています。チェルノブイリを調査してこられ、又福島原発事故後、飯館村の調査を継続中の今中哲二さんに来ていただいて福島原発事故のことを一緒に考えたいと思います。


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月6日、川内原発の運転差止め仮処分棄却
 
福岡高裁宮崎支部は、「原発の安全性は社会通念で判断すべき。住民側の主張は社会通念を超える」として差止め仮処分を認めない決定を出した。ところで、
「社会通念」って何だ?!
だれが、いつ、どうやって決めること?
原子力規制委員会か、政府の各種委員会か、立地自治体か?…そんなはずはない。裁判長は何をもって社会通念を判断したのだろう、というのが分からない。
裁判は一進一退。それでも、原発に未来がないことは、はっきりしている。


2016-04-07 | 記事へ | コメント(0) |
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