<順不同・敬称略>
Andreas Staier,
Alexei Luvimov, Antonello Palazzolo,Boyan Vodenitcharov, Christine Schornsheim, Linda Nicolson,
Philipp Moll, Jerg Demus,
相沢吏江子,仲道郁代、小林道夫、上野真、木村徹、小倉貴久子、山名敏之、渡辺順生、佐々由佳里、神谷郁代、鈴木雅明、河合優子、本岡浩子、大井浩明、小島芳子、中川賢一、益子明美、武久源造、河野美砂子、宇都宮正人、田村聡子、坂本恵子、池宮正信、原口摩純、領家幸、加納麻衣子、ウォン・ウィン・ツァン、筒井一貴、ダミアン原田(隆文)
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>ピアノ以外<
Steven Isserlis(チェロ)
ヒロ・クロサキ(バロック・ヴァイオリン)
アントワーヌ・ラドレット(チェロ)
畑儀文(テノール)、波多野 均(テノール)、森田佳子(メゾ・ソプラノ)、寺神戸亮(バロックヴァイオリン)樋口真理(ヴァイオリン)
三戸久史(クラリネット)
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2010-03-21
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Fortepiano YAMAMOTO Collection |
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クリストーフォリ・ピアノ1726年タイプ・レプリカからフォルテピアノそしてリプロデューシング・ピアノ、
モダンに至るユニークなコレクション
(フォト・アルバムにて一部公開中)
<コレクション成立のいきさつ等>
1999年に尾道市立美術館で開催された 音のある風景―フォルテピアノ ヤマモトコレクション展 カタログから
「ピアノとわたし」
山本宣夫
私は、父のピアノの調律の仕事を継ぐ決心を中学生の頃から固め、高校を卒業すると同時に浜松のピアノメーカーで製作に携わりました。そこでは、鉄工以外のすべての工程の技術を学びました。その後さらに、ピアノの修理に進み、生まれ故郷堺で独立しました。そして、本場ヨーロッパの音作りを身につけようと、15年ほど前、ウィーンにあるベーゼンドルフアー社に留学しました。その時、初めて新王宮にあるオーストリア国立ウィーン芸術史博物館の歴史的鍵盤楽器のコレクションの存在を知りました。朝6時からの仕事は午後4時には終わり、その後私は博物館に足繁く通いました。そこで、日に映るピアノは、今までに見たことのないすばらしいものばかりで、結局この後この博物館に展示されているすべてのピアノを見るために、ウィーンに改めて出向くことになりました。
一日一台を丹念に見て、ピアノの細部まで脳裏に焼き付けるということに時間を費やし、3ケ月も滞在することになりました。その問、ピアノに関する質問を監視の人に投げかけたりしているうちに、とうとう彼の手に負えなくなり、博物館の専門の修復家を紹介するから直接尋ねてくれということになったのです。新王宮の博物舘には、修復の工房まであり、思いがけず専門家を紹介してもらえることになったものですから、訪ねる日までの1週間、自己紹介ができるよう必死にドイツ語を勉強しました。そして、主任修復師アルフォンス・フーバー氏との運命の出会いの日が訪れたのです。その後、私は工房に見学者として出入りを許されたのですが、訪れているうちに重宝がられ、修復を手伝うようにまでなってしまいました。翌年からは、国の許可を得た修復師として、毎年修復作業に携わることになりました。
1989年から2年がかりで、わたしが修復した1785年製のヴァルターのフォルテピアノを使って、1991年に、王宮の一室でモーツァルト没後200年祭のコンサートが開かれました。なんとすばらしい音なのだろう!今まで耳慣れた現代のピアノで聞いていたモーツァルトはなんだったんだろうとカルチャーショックを受けました。そして、このすばらしい音を日本にもなんとか紹介したいと考えたのです。その後、毎年定期的に博物館の楽器の修復作業に携わるために、渡欧するたび困難は多々ありましたが、博物館の上司の紹介などを得られ、いろいろな時代のオリジナルのフォルテピアノを数台ずつ日本に持ち帰るチャンスを掴みました。これが今日のフォルテピアノ ヤマモトコレクションの始まりです。これまでに、18世紀後半から20世紀初頭をカバーする約50台の歴史的ピアノのコレクションとなりました。
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2007-06-12
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フォルテピアノ・ヤマモトコレクション所蔵プレイエルピアノ1846年パリ製 に新発見がありました。
<修復は遺跡発掘のようなものである>山本宣夫
ショパンが演奏していたのと同型のプレイエルピアノをコレクションに加えることが、十数年来の私の果せぬ夢でした。
それほどまで入手するのに長い年月が掛かったのには理由がありました。すべてがオリジナルの状態、たとえ壊れていても未修復であることが、条件でしたから・・・。
が、ついに、今から9年ほど前、知り合いのイギリスのコレクターが、ロンドン郊外の邸宅の片隅に放置されていたものを見つけ、連絡してくれました。送られてきた何枚もの写真に写されているピアノは、真っ白に埃をかぶった状態でしたが、写真からでも未修復の良い状態であることが分かり、製造番号から、それは1846年に作られたプレイエルピアノであると判明しました。
これは、直感的に入手すべきピアノと判断し、即購入を決意し、イギリスに連絡しました。それから、数ヵ月後、そのピアノは、厳重に梱包され私の工房に運ばれてきました。
そして、さっそく修復を始めてみたのですが、最後にどうしても解せない部分が出てきました。それは、いわゆるダンパーと呼ばれる止音機構です。中央のc´(一点ハ)の下h音から、低音部の総てのダンパーがなんとも不自然でした。オリジナルのダンパーフェルトに新しいフェルトが貼り付けられていたのです。当初は、摩滅して薄くなったフェルトに、高さをそろえようと新しいフェルトを足してあるのかと思いました。が、どうもそうではないようで、考えた挙句、まずは、やはりオリジナルの状態に戻そうと、後から付けられたフェルトを全部取り除くことにしました。それらのフェルトを取り除いてみると、低音側ダンパーは、高音側のダンパーに比べて5ミリほど低くなり段差ができてしまったのです(写真1)。この段差のある状態で演奏をしているうちに、ある大きなことに気がつきました。それは、一種のソステヌート効果を得る為のシステムではないかと思ったのです。すなわち、まず、ダンパーペダルを軽く踏むと、左半分の低音部分のみが持ち上がり、弦から離れます。しかしこの時、右半分の高音部分のダンパーは、弦に接触したままで、動きません(写真2)。このようにペダルを軽く踏んだ状態にすると、低音部分は、ダンパーから解放されますが、旋律部分のダンパーは動かず、ペダルを踏まない状態のままなので、はっきりとした輪郭を残すことが可能なのです。そして、さらにそれ以上に深くペダルを踏み込むことによって、高音部分のダンパーも持ち上げられます。 このように二段階の操作で、総てのダンパーを弦から離すことができるのです(写真3)。
この時、自分のコレクションにある1816年製のブロードウッドピアノのペダル機構が私の頭をよぎったのです。このプレイエルのペダルに良く似た機構がブロードウッドにもあるのです。私のコレクションのブロードウッドのペダルでは、ダンパーペダルが二分割されていて(写真4
)、右側が高音部、左側が低音部のダンパー機構を、それぞれ操作する仕組みになっています。それにより、低音部では、ペダル効果を利かせた広がりのある柔らかい音を出すことが出来、それでいて旋律部分は、輪郭がハッキリした音を出せます。プレイエル独自のアイデアと思われたこのダンパーシステムは、すでに初期のブロードウッドでは、踏み込むペダルを分割させることで、解決していたのです。
プレイエルは、このブロードウッドのダンパーシステムを踏襲し、そのシステムをひとつのダンパーペダルで操作できるように改良し、独自のダンパー機構として確立したのです。
では、なぜプレイエルは、二段階の操作ができるダンパーペダルを採用したのでしょうか?
プレイエルがピアノ事業に参入した1807年当時、ピアノは、5オクターブから6オクターブへと音域の拡大が求められ、そのためには、ピアノの構造を強化しなければならなかったのです。プレイエルは、フランスで初めて、金属製のヒッチピンプレート、テンションバー(鉄骨)を採用したメーカーです。
それらを採用した結果、音域の拡大が可能となりましたが、それに伴い音質の変化も生じました。鉄骨が採用されていない時代のピアノとは、響きかたが大きく変化したのです。それまでのピアノ、すなわちモーツァルト、ベートーヴェン時代のピアノでは、高音と低音の音量のバランスが取れていて、長いダンパー奏法でも低音の響きは、中高音のメロディーラインを邪魔することなく、豊かに響きました
プレイエルによって鉄骨で強化されたピアノの音は、それまでの響きからすると、音量的には革新的な飛躍とも取れますが、一方では、このような音量の増大が音楽にとってマイナスとなることもあるとプレイエルは、考えたのでしょう。
この頃のピアノでは、長いペダル指示を楽譜通りに演奏すると、音や響きが過度に混ざり合い、不明瞭になってしまいます。そこで、それを避けるためにペダルを踏みかえると、メロディーの流れや中断され、緊張感が失われ、音楽が、壊れてしまうことになります。
音量の増大に伴うこのマイナスを解決しようと、この偉大なペダル機構の発案になったのではないでしょうか。現在のピアノでショパンを演奏する場合、どうしてもショパンのペダル指示を変更して演奏せざるをえなくなるのが現実でしょう。低音は響かせても、メロディーラインはくっきりする。プレイエルは、彼独自のアイデア、すなわちダンパーペダルの効果を二段階にすることによってこのことを実現させたのです。
このペダル機構があって初めて、ショパンの意図した演奏が可能になるのでしょう。
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2007-06-12
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