スペース・クリストーフオリ・堺
誕生のいきさつ 山本宣夫
ここ数年来、日本でもオリジナル楽器を用いたコンサートが開かれることが多くなって、私のコレクションを各地のコンサートホールに貸し出しする機会も増えてきました。
しかしながらそのホールが時には大きすぎたり、響きが良くなかったり理想的とは言い難い時もあり、その楽器の性能を十分に発揮できずに残念な思いをすることが多々ありました。常々フォルテピアノの理想的な響きを持つコンサートホールがあればと思っていたところ、良き協力者(波多野和夫・みどり夫妻)を得て、その夢が実現の運びとなりました。さらに幸運にも波多野和夫氏の友人でもある建築家佐野春仁氏との出会いは、フォルテピアノにとって理想的な純木造建築の音空間を生む礎となりました。
愛称‘スペース・クリストーフオリ・堺’命名のいわれ
今から300年前頃、イタリアはフィレンツェでメディチ家の王宮の工房で一人のチェンバロ製作家がハンマーで弦をたたいて音を出す、新しい鍵盤楽器を作り出そうと日夜取り組んでいました。長いチェンバロ作りの経験と優れた確かな技術によりそのすばらしい楽器を作り出したその人が、バルトロメーオ・クリストーフオリなのです。そして作り出されたその楽器はクラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテと名づけられ、現代ピアノの直接の祖先となりました。そして発明はされたもののその複雑なメカニックとそのすばらしい技量は後のものの追従を許さぬ存在となりました。ドイツの鍵盤楽器製作家ジルバーマンはクリストーフオリの楽器に関する記述の独語訳を手に入れ製作したものの、それはJ.S.バッハの良い評価は得られず、後に彼がクリストーフオリの手になる本物を見てからバッハにも賞賛されるような高性能な楽器を作ることが出来ました。そのクリストーフオリの作ったオリジナルのフォルテピアノは、世界で3台残っています。1720年製のものは、ニューヨークのメトロポリタン美術館、1722年製はローマ、そして1726年製はライプツイヒ大学の資料館にあります。中でもライプツイヒのものは、後の手があまり入らずオリジナルの状態が、最も多く残っています。その楽器が近年]線で内部構造を知ることが出来、正確な製図に起こされました。そしてその製図のコピーを手に入れることが出来ました。やがてくるピアノ生誕300年と言う記念すべき年に向けて世界中でそのレプリカの製作に取り組む人も現われ出しました。その天才クリストーフオリに敬服している我々は、このたび完成する歴史的鍵
盤楽器資料館を「スペース・クリストーフオリ・堺」と名付けることにしました。なおこの「スペース・クリストーフオリ・堺」の工房において我々もクリストーフオリ(1726年ライプツイヒ)のレプリカの製作を開始します。
1998年5月吉日
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2007-06-23
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スペース・クリストーフォリ・堺で、フォルテピアノ・ヤマモト・コレクションを公開 |
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ピアノの発明者バルトロメーオ・クリストーフォリが発明したピアノ(レプリカ)から現代のピアノまで
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2007-05-07
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ベートーヴェンのエラール・ピアノをめぐって /
スペース・クリストーフォリ・堺で、フォルテピアノ・ヤマモト・コレクションを公開 |
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