ヴァルター・ベンヤミンが「真鍮工場訪問」を書いていますので一部ご紹介しましょう。 「子どものための文化史」 晶文社
エーバースヴァルデ付近(ベルリン東北約50キロ、温泉地フライエンヴァルデの西に位置する町、フィーノ運河にのぞむ)の真鍮工場のヒルシュ‐クプファに関する記述です。
クリストーフォリがピアノを発明した頃の、真鍮製造に思いをはせて・・・。
p268〜
まず第一に科学全体があり、物理学と化学が真鍮について僕たちに教えてくれるいっさいがある。真鍮とは何ぞや。 その融点は何度か? その硬度は? 加熱したさいの膨張率は? 比重その他は? これらの問いのうち、ひとつの真鍮工場での技術的な操業にとって重大でないものは、ただのひとつもないのだ。
それともぼくたちは、まったく別の側面から接近することもできる。このような工場は、その製品を立派に売りさばくためには、何を製造しなければならないか、と。 そこで工場生産されるのは何か? 例えばぼくたちは後になって聞くことになるだろうが、ぼくたちがふだん真鍮製の道具として手にするようなものは何ひとつ生産されない。300年まえこの真鍮工場が大選帝侯によって創設されたとき、そこで作ったすべてのものもどれひとつとして。 鍋釜類でも金具類でもなく、照明器具でも食器でもない。 そういったすべてを作るのは専門工場であり、まさにこれらの専門工場に、ヒルシュ‐クプファの真鍮工場がその材料を供給するのである。つまり、ここで作られるのは半製品なのだ。 ありとあらゆる長さ、性状、規格の薄板、帯状板、管、棒、針金なのであり、それらは後に他の金属製品工場や電気工学系企業で次の加工を施されるのである。
それとも、再びもうひとつの問題点から。 すなわち、このように巨大な企業、約二千人の労働者と焼く四百人の職員をその経営内に抱える大企業は、いかにして生まれるのか? もちろん一朝一夕にしてではない。 しかもこの真鍮工場のヒルシュ・クプファは、ヨーロッパに現存する最大の真鍮工場であると同時に、もっとも古い企業のひとつである。 それは、1697年までさかのぼる。この工場の成立の事情を語ることは、もうひとつの独立した問題であろう。 ・・・・・・
真鍮とは何だろう? 真鍮とは銅と亜鉛の合金である。 化合と合金のあいだの区別については君たちの多くがきっと知っているだろう。 科学的に化合できるのは、二個の元素がいつもその原子量に従ったある方法においてのみである。このことをきみたちは学校でドルトンの法則として学んでいる。 合金にできるのは物理学的な方法で、ひじょうにさまざまの割合での融解によってである。 真鍮における銅と亜鉛の平均比率は、薄板では63対37、棒ではCu58対Zn42である。さまざまな種類の真鍮があり、だからそれぞれの炉―全部で23の炉―のなかで各種各様のものが鋳造される。 どういう種類の真鍮かは、ちょうど来ている注文に従うわけである。
ところで、単純に銅と亜鉛が特定の比率で計算されて炉の中に投入される、というようなものではない。 かりにそういう処置がされたとしたら、ひじょうに質の悪い不均一な真鍮が出来てくるだろう。 つまり、亜鉛は約600度で溶け、銅は約1100度ではじめて溶けるのだ。 固体の銅の部分が長いあいだ液状の亜鉛のなかに漂流して、その銅自体がようやく溶け出したら、ただ不均等に亜鉛のなかに溶けてゆくだろう。 それゆえに、言わば媒介的な、均一化するような塊が、すなわち古い真鍮くずが添加されるのである。 それらは約900度で融解し、そしてこういう方法で融解過程を持続化する。このような鋳造物が重さ30キロ以上に達しえなかったのは、まだそんな昔のことではない。 だが1920年この真鍮工場で運転が開始された新しい炉では、600キログラムまでの鋳塊が生産されている。・・・・・・・
この真鍮工場は、いまでは時代遅れになったフィーノ運河と、新しい近代的なホーエンツェレルン運河がなければ、現在ある姿になることはできなかったろう。・・・・
(フィーノ運河 ベルリン西辺のハーフェル川と東の大河オーダーを結ぶ古い運河の一部で、17世紀初めブランデンブルク選帝侯ヨーアヒム・フリードリヒ(1546−1608)に開かれたもの。 なお、本文にあるとおりエーバースヴェアルデ=フィーノの製銅を始めたのも彼である。
W・ベンヤミン (1892‐1940)
1892年ベルリンのユダヤ人の富豪の家に生まれる。ベルリン大、フライブルク大で哲学を専攻。33年パリに亡命、40年パリ陥落のためスペインに向かう途中服毒自殺。
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2007-09-22
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