ニックネーム:どれみ

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2009年11月23日(月)
仲道郁代プレイエルを弾く 鍵盤の華 ショパン 鵜川メモリアルホール
桐蔭学園 鵜川メモリアルホール公演

音楽講座「ピアノ音楽の愉しみ」
      第2回 鍵盤の華 ショパン

講師・ピアノ演奏:仲道 郁代
 
                           平成21年11月18日(水)

                           対象:高2男女・中等5の生徒たち

            プログラム
1.即興曲 第4番 嬰ハ短調 Op.66 「幻想即興曲」

2.ショパンの生涯について(その1)

3.12の練習曲から ハ短調 Op.10-12 「革命」

4.12の練習曲から ホ短調 Op.10-3 「別れの曲」

5.プレイエル・フォルテピアノについて
 
  楽器解説:山本宣夫

6.ワルツ 第7番 嬰ハ短調 Op.64-2

7.ワルツ 第6番 変ニ長調 Op.64-1 「子犬」

8.バラード 第1番 ト短調 Op.23

9.ショパンの生涯について (その2)

10.ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58

     *ピアノは、スタインウェイ と プレイエルの2台が使われました。
2009-11-23 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年11月16日(月)
小川加恵 マテウス・シュタインを弾く
(財)岐阜市教育文化振興事業団 岐阜市民芸術文化・スポーツ基金助成事業

−今、あの名曲がオリジナル楽器と共に甦る!―
   
      新進気鋭オリジナル楽器奏者による19世紀ウィーンの調べ

  小川加恵 (フォルテピアノ)
  廣海史帆 (ヴァイオリン) 
  長岡聡季 (ヴィオラ) 
  山本徹 (チェロ) 
  角谷朋紀 (コントラバス)

        2010年 1月11日(祝日、月曜) 

Program
J.N.フンメル : ピアノ五重奏曲 変ホ短調 作品87
F.シューベルト : ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D667 「鱒」

サラマンカホール 岐阜県県民ふれあい会館
岐阜市薮田南5丁目14番53号
JR西岐阜駅(南側ロータリー)より「ふれあいバス(無料)」で約10分
開場 13:20 開演 14:00
                    全席自由 2000円
【チケット取扱い】
サービスセンター 岐阜県県民ふれあい会館2F 受付9:00〜21:30  058-277-1110
(株)松栄堂楽器 058-265-0481 (木曜定休)
カマサ書店 0585-45-2067
勝野書店 0585-45-7828

【お問合せ先】0585-45-0241(小川)

【後援】 (財)岐阜市教育文化振興事業団 岐阜新聞 岐阜放送 NHK岐阜 
池田町 池田町教育委員会 池田町音楽を楽しむ会

2009-11-16 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年11月12日(木)
あこがれ人に踏みつけられし菫花 ゲーテとモーツァルトの心を捉えた菫
牧場にぽつんとはにかんだように人知れずたたずむ一輪の菫、
それはなんとも可愛い菫だった

そこへ羊飼いの乙女が
身も心も軽やかに
ほらすぐそこまで
牧場を歌を口ずさみながら駆けてきた

ああ、菫はふと思う
自然の中で自分が一番美しい花ならば・・・
ああ、ほんの束の間なりとも
この愛しい乙女が私を摘んで
胸に押し付けてくれるだろうに
ああ、たった 
ほんのわずかなあいだにせよ・・・

ああ、その娘はついにやって来た。なのに、ああ、
その菫にはおかまいなしに
そしてなんと、その哀れな菫を踏みつけてしまった。
埋もれ息絶える。でも私は嬉しい・・・
そんな風に死ぬのだから 
愛しい愛しい人の足にかかって

なんてかわいそうな菫!
それは、ほんとうに愛らしい菫だった。 訳どれみ


                愛のニオイスミレ
                  香り放ち清潔な姿   
                           くらしのガーデニング 藤岡 作太郎
世界的にも日本はスミレが多いことで知られているが、芳香のあるスミレは少ない。ニオイスミレはヨーロッパ原産で、英名はスイート・バイオレットとして親しまれている。
 こぼれ日の木陰で清潔な姿で咲くバイオレットに魅了されたゲーテは、せめてかわいい羊飼いの少女に摘ませてあげたいという思いを詩につづり、モーツァルトが作曲した名曲のスミレがこのバイオレットである。また宝塚歌劇の心を歌った名曲の「スミレの花咲くころ 初めて君を知りぬ」もこのバイオレットがふさわしい。
 スミレの仲間は世界中で約五百種で、その中、日本には約五十種が自生して、花姿にかけては追随を許さないが、残念なことに、やや香りに乏しい。この点ニオイスミレ=バイオレットは香水の原料としてもヨーロッパで使われたり、花はハーブとしてサラダにして食されている。日常的な宿根草だけに、ガーデニングでも重宝な植物である。

   〜略〜
 
バイオレットは「愛」と「誠実」の象徴で、西洋では強い人気がある。
2009-11-12 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年11月09日(月)
山本修復のペトロフピアノが使わるコンサートが京都芸術センターで行われます。
    スメタナ自身による 知られざる ピアノ連弾版

          第17回ペトロフピアノ コンサート

             スメタナ連作交響詩
               我が祖国

            ピアノ連弾版 全曲演奏

          ペトロフピアノの故郷 チェコ共和国
          600年にわたる民族独立の願い
  
  演奏:The Mostly Piano Duo (中台 円 と 武田 早智)
       
         平成21年11月14日(土) 19時開演
 
  会場:京都芸術センター

  コンサート  ¥2.000-

  お問い合わせ  小島 Tel.075-221-3340

2009-11-09 | 記事へ |
| ピアノ工房&ピアノ教室ウィーンの森 |
2009年11月08日(日)
小倉貴久子ナネッテ・シュトライヒャーを弾くシューベルトます、ベートーヴェン
1820年ウィーン製の貴重なピアノを使って、小倉貴久子と気の合った仲間たちにより、当時ウィーンで活躍していたベートーヴェン、シューベルトの音楽が現代に活き活きと奏でられるというヨーロッパでもめったに体験できないこの上なく贅沢な楽しみが味わえます!


曲目

 ベートーヴェン
   ピアノ四重奏曲ハ長調 WoO36-3
   交響曲 第2番(ベートーヴェン編ピアノトリオ版

  
 シューベルト
   ピアノ5重奏曲 op.114 D667 ます 

     10月18日(日) いずみホール

                             午後2時開演 4000円

                              電話 06-6944-1188

フォルテピアノ:小倉貴久子
ヴァイオリン:桐山建志
ヴィオラ:長岡聡季
チェロ:花崎薫
コントラバス:笠原勝二
2009-11-08 | 記事へ |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2009年10月21日(水)
10月23日(金)朝日放送 ココイロで紹介されます19:56〜20:00
朝日放送 心色ここいろ 今週は連日、堺が紹介されています
金曜日には、山本宣夫が登場
是非ご覧下さい。http://asahi.co.jp/kokoiro/

閑静な住宅街にある真っ白な建物は、ピアノの修復工房。すべて手作業で痛んだピアノを直しています。これまでに世界各国のピアノが息を吹き返してきました。修復家の山本さんが一番好きな瞬間は、修復後初めて鍵盤を叩くときだといいます。
ピアノ工房&ピアノ教室 ウィーンの森、スペースクリストーフォリ堺 | 072 - 237 - 3940
2009-10-21 | 記事へ |
| ピアノ工房&ピアノ教室ウィーンの森 |
2009年10月20日(火)
大井浩明シュトライヒャー、シュタイン、クレメンティ、ジョーンズラウンド他弾く
大井浩明氏が、 昨年4月から今年3月にかけて京都文化博物館で行われました
ベートーヴェン・シリーズを俯瞰する番組
        
   NHK-BS「クラシック倶楽部」


 NHK大阪放送局スタジオに計6台のフォルテピアノ/クラヴィコードを持ち込み、ベートーヴェンの生涯に沿って、彼の使用した鍵盤楽器・作風がいかに変遷していったかを辿る構成となっています。
 

 放映日時は、8月5日(水)6:00〜6:55(BS-hi)、
   ならびに9月15日(火)10:55〜11:50(BS2)です。 
   その後も随時再放送とのこと。

収録曲目
◎(リスト編)交響曲《英雄》変ホ長調第1楽章―――
            J.B.シュトライヒャー 1846年 ウィーン 7オクターヴ 平行弦

◎選帝侯ソナタ第1番変ホ長調第1楽章―――
            クラヴィコードNicola Palazzi 1776年 ローマ 4オクターヴ

◎ソナチネ(ソナタ第20番)第2楽章―――
            A.シュタイン 1790年頃 5オクターヴ (膝ペダル)

◎テンペスト(ソナタ第17番)第1楽章―――
            M.クレメンティ 1800年頃 ロンドン 5オクターヴ半

◎熱情(ソナタ第23番)第1楽章―――
            ジョーンズ・ラウンド 1805年 ロンドン 5オクターヴ半

◎(ウィンクラー編)大フーガ(独奏版)作品133―――
            J.ブロードウッド 1816年 ロンドン 6オクターヴ


2009-10-20 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年10月17日(土)
いずみホールのナネッテ・シュトライヒャーと山本宣夫の出会いは、1983年のこと
10月18日(日) 14:00〜    いずみホール
     古楽器アンサンブルの楽しみ
                〜銘器シュトライヒャーを囲んで


               ウィーン音楽祭in OSAKA 2009 総合プログラム
p.16
      私とナネッテ・シュトライヒャーとの出会い   山本宣夫

1983年、私はウィーンのピアノ会社ベーゼンドルファーに音作りの研修のために半年間滞在しました。その折、会社の休日にオーストリア国立ウィーン芸術史博物館古楽器部門のフォルテピアノを観る機会を得ました。そこには、様々な楽器が展示されていますが、ピアノは約70台ほどで、今日に至るまでのピアノの変遷の歴史を辿ることができます。その時の休日を利用しての見学では不十分でしたので、翌年、改めて今度は博物館のピアノをつぶさに観るためにだけウィーンを訪れました。1台1台くまなく観察しているうちに、もっと詳しいことを知りたいと申し出たことがきっかけとなり館内に修復工房があることがわかり、そこを見学することが出来ました。おりしも工房では、一台のフォルテピアノがちょうど病院の手術台に乗せられた患者のように、作業台に横たえられ修復をされている真最中でした。未知なるフォルテピアノの内部との遭遇は、私にとって決して忘れることのできない感動のシーンとなりました。そして、翌日もそしてまた次の日も・・・と工房を訪れるうちに、ふとした修復作業のことで自分の意見を思わず口にしたところ、どうしてもっと早く言ってくれなかったととがめられ、これがかえって自分の技術が認められるきっかけとなり、その翌年からは正式な修復師として博物館に呼ばれるという思わぬ展開となったのです。
修復が完了したこのモーツァルト時代のピアノの音は軽快で、とてもニュアンスに富んでいて、素晴らしく魅力的でした。作曲された当時の楽器で演奏することの重要性をこの時、深く強く感じました。このような楽器が日本にあればどんなに素晴らしいことだろうと思い始めた矢先、以前より懇意にさせていただいていた小林道夫先生から「大阪に出来る新しいコンサートホールにベートーヴェン時代のフォルテピアノを・・・」との連絡が入ったのです。ただちにウィーンの博物館の上司に相談したところ、ウィーン在住のとあるコレクターを紹介されました。驚くことに幸運にも、その時たまたまそのコレクターが持っていたのが、ベートーヴェンとも親交のあったナネッテ・シュトライヒャーというピアノ制作史上、きわめて重要な女性制作家の手によるもので、1820年頃に作られた希少価値のフォルテピアノだったというわけなのです。その後、私は、目の飛び出るほどの高額なこのピアノをなんとか入手し、1989年に無事日本に運び込みました。翌年1990年4月いずみホールのオープニングの日、ステージ上に置かれたベートーヴェンが愛したピアノ、ナネッテ・シュトライヒャーは、満席の会場に響き渡ったのです。
2009-10-17 | 記事へ |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2009年09月28日(月)
月刊Pianoプレゼンツアイ・ラブ・ピアノ生き続けるピアノたちに紹介されてます
月刊Pianoプレゼンツ

ピアノ生誕300年 I Love Piano
  アイ・ラブ・ピアノ〜いき続けるピアノたち    
ISBN978-4-636-84934-9 ¥1200

p.61-62
クラシックピアノ 10スタイルとして、フォルテピアノ・ヤマモトコレクションのピアノの中でも、「スペース・クリストーフォリ・堺」や各地のコンサートホールでの本番に使われることの多いピアノたちの姿が紹介されています。

1800年
*ムツィオ・クレメンティ  (ロンドン)
*ゲオルク・グレーバー (インスブルック)

1816年
*ジョン・ブロードウッド (ロンドン)

1820年
*(伝)マテウス・シュタイン (ウィーン)
*シュリンプ (ウィーン)

1835年
*アントン・シュヴァルトリンク (プラハ)

1846年
*ヨハン・バプテスト・シュトライヒャー(ウィーン)
*プレイエル (パリ)

1805年
*ジョーンズ・ラウンド(ロンドン)
 これは、とある個人所蔵の貴重なピアノで、山本宣夫が2008年〜2009年にかけて修復しました。

p.64〜
(ピアノ生誕300年)どうしてピアノが生まれたの?

山本宣夫制作のクリストフォリ・ピアノの復元楽器の姿が見られます。
このピアノのオリジナルは、ドイツ・ライプツィヒ大学楽器博物館に行けば見られます。

現存するクリストーフォリのピアノ3台のうちの1台で1726年に製作されました。クリストーフォリは1698年ころには、最初のピアノを完成させていたといわれています。

そのちょうど300年後1999年に「スペース・クリストーフォリ・堺」でグラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ(小さな音も大きな音も出せる大きなチェンバロ)と呼ばれたクリストーフォリの発明したピアノを復元しました。

 ドイツ・ライプツィヒ大学には、クリストーフォリの手になる他の楽器、チェンバロやスピネットその他、数多くの鍵盤楽器も展示されています。



p.77
ショパンとリストに愛された2台のピアノ
エラールとプレイエルこのページでは、プレイエル 1846年製と1852年製のエラールのアクション、ダンパー、ペダルなどが見比べられます。


p.85
世界最初のピアノ、クリストフォリのピアノに惹かれて山本宣夫が紹介されています。
>それぞれの時代に完成されたピアノがある<


2009-09-28 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年09月04日(金)
「祝ピアノ300年」そしてこれからも・・・にクリストーフォリ・ピアノ登場
東京芸術劇場を会場とし
2009年8月28日から30日まで開催されたイベント
「祝ピアノ300年」そしてこれからも・・・

《主催》 財団法人 日本ピアノ調律師協会

我がクリストーフォリ・ピアノが演奏されたのは、
29日と30日 
  ピアノの300年の歴史@

講師:渡邊順生

演奏:渡邊順生    J.S.バッハ:《音楽の捧げ物》〜3声のリチュルカーレ

   ダミアン原田   ウィリアム・バード:ドラムス
               カリッシミ(1605-1674):アンダンテ
               パスクィーニ(1637-1710):スペインの花
2009-09-04 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年08月17日(月)
クリストーフォリのpiano発明を始めて報じたのはマフェイでイタリアのジャーナル
マフェイ(Scipione Maffei)は、

1709年にバルトロメーオ クリストーフォリ(Bartolomeo Cristofori)にインタビューし、

そのことは、1711年にGiornale de'letterati d'Italia,vol.D(Venice,1711),
pp.144-59に掲載されました。

*マフェイがクリストーフォリにインタビューした年、1709年に、初めての週刊誌が誕生したそうです。

近代文化史 2
エーゴン・フリーデル 宮下啓三訳
みすず書房

断末魔のバロックp160〜161
      週刊誌 
目ざめつつある市民階級にとってもっとも重要な文学的事件は、しかしながら、イギリスにおける週刊誌の発生だった。1709年にスティールが、彼のもっともよき協力者であるアディソンとともに『タトラー』を創刊した。1711年には『スペクテイター』、1713年に『ガーディアン』がこれにつづいた。


2009-08-17 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年08月09日(日)
齋藤卓子J.A.シュタインとマテウス・シュタインを弾く
フォルテピアノとカウンターテノールの調べ

        齋藤 卓子:  フォルテピアノ

上杉 清仁: カウンターテノール
         
               SWISS WEEK "音の出会い”
      Switzerland meets Japan in Concert

W.A.モーツァルト:ラウラに寄せる夕べの想い KV523, すみれ KV476, 別れの歌 KV519、クローエに KV524、寂しい森で KV308,

W.A.モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第12番ヘ長調 KV332

L.v.ベートーヴェン:ゲレルトの詩による六つの歌曲 Op.48

F.メンデルスゾーン:ロンド・カプリチオーソ ホ長調 作品14

F.シューベルト:音楽に寄す Op.88, 笑いと涙 Op.59,
糸を紡ぐグレートヒェン Op.2, 子守唄 Op.98, ズライカ Op.14

F.メンデルスゾーン:無言歌集 作品19より 1.ホ長調 6.ト短調“ヴェネツィアの舟歌” 
作品53より3.ト短調 4.ヘ長調
作品67より 1.変ホ長調

F.シューベルト:月に寄せてOp.57, あなたは安らぎ Op.59, ガニュメード Op.19
  
           
         26日[土] 東京:白寿ホール 
                  13:30開場
                   14:00開演 
            主催:若手音楽家育成アヤメ基金

 コンサートの詳細や出演者の詳しいプロフィールについては、サイトでご確認ください。
 
        http://www.ayame-foundation.com
                  一般=4,000円
             学生・65歳以上=2,500円
2009-08-09 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年07月30日(木)
クリス-トォリ,ヘンデル、スカルラッティ、モーツァルト、ベートーヴェンの引越し
フォルテピアノ・ヤマモトコレクション所蔵のピアノ達が現役で活躍していた頃、人々は気軽にヨーロッパ内外を行き来している。
このことに着目していたら、良い文章にめぐりあえました。

     ツヴァイク全集12
   
     精神による治療
     
    佐々木斐夫、高橋義夫、中山誠訳  みすず書房
                      ISBN4-622-00012-1
  フランツ・アントン・メスメル

p.76      パリ
 
18世紀という世紀はものごとを世界的な立場から考え生活し

ていた時代である。まだヨーロッパの科学や芸術の世界が一つの大き

な家族社会であることを示しており、精神的な人間の間ではまだ今日

見られるような国家と国家との間の偏狭な対立意識など問題となって

いなかった時代である。芸術家も学者も、音楽家も哲学者も当時は、

その居住地を変えることで祖国からいかなる制約をもうけておらず、

自分たちの才能や使命を充分に発揮することができる所ならどこでも

気楽に我が家としている。相手がどんな国や民族や貴族であろうと、

彼らはよい友人として振舞っている。・・・・・略・・・・・
2009-07-30 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年07月22日(水)
小倉貴久子ピアノの歴史(本)にクリストーフォリ、M.シュタイン、ブロードウッド他
ピアノの歴史
    作曲家が愛した音色が聴ける、超貴重CD付き

倉貴久子 著

 はじめに
〜略〜
・・・・オランダに留学。その頃のオランダは、毎晩古楽器によるコンサートが開かれる、古楽のメッカでした。 〜略〜 楽器やその演奏スタイルから発せられるエネルギーに、目から鱗が落ちる思いと、これこそ作曲家の生きていた時代の空気なのだと啓示を受けました。・・・・〜略〜 
視覚的にも美しく、楽しいピアノが満載です。・・・略・・・

   p107
本書に登場する楽器に会いに行こう
<太>大阪
フォルテピアノ ヤマモトコレクション

     p22〜23のクリストーフォリ、
     p38の伝マテーウス・アンドレアス・シュタイン、
     p76から77のクレメンティなど、
国内ではヤマモトコレクションでしか見ることが出来ない大変貴重なピアノがある。コンサートも開かれているので、ぜひ生の音を聴いてみたい。

○住所 〒599-8126 大阪府堺市東区大美野119-12
○電話 072-237-3940
○E-mail cristoforijapan@sakai.zaq.ne.jp
           *見学希望の方はかならず事前にお電話を。

    p108
ピアノ発明者バルトロメオ・クリストーフォリのグラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ (小倉貴久子演奏)のCDご希望のかたは、フォルテピアノ・ヤマモトコレクションまで

 p110
あとがき
 
〜略〜・・・・・・山本宣夫氏には氏製作のクリストーフォリによるイタリアでのコンサート、ウィーンの博物館や氏の素晴らしいコレクションに触れる機会を与えていただきました。・・・〜略〜・・・
 
   河出書房新社ISBN978-4-309-27086-9

     
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2009年07月19日(日)
月刊ピアノ8月号楽しいピアノの歴史マップにクレメンティが紹介されています
巻頭特集 ピアノ誕生300年記念の旅

クリストフォリから始まる楽しいピアノの歴史マップ

歴代ピアノと20人の重要人物をめぐる真夏のツアー

p5
F
ムツィオ・クレメンティ 1800年頃

このブログのフォトアルバムでこの楽器の可愛いダンパーとハンマー、弦[巻き線]などの様子も詳しく見られます

また、この楽器の音は、8月5日と12日NHKハイビジョン
クラシック倶楽部で大井浩明さんの演奏で聴けます。

2009-07-19 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年07月17日(金)
神谷郁代(プレイズ・シューベルトのCDの最後)M.シュタイン1820年を弾く
Kamiya plays Schubert
IKUYO KAMIYA  [CD]fine NF 20503 
 
フォルテピアノが使われているのは
 

 *エクストラ・トラック 9
  楽興の時 作品94 D,780
  MOMENTS MUSICAUX Op.94, D.780

   第3曲ヘ短調  No.3 in F minor

のみですが・・・・

  M.シュタイン(伝)が使われています。
  
  Matthaus Andreas Stein ca.1820
   
弦楽器のしなりが感じられる・・・
   ハンマーの素材により音色は大きく変化するが、このピアノのハンマーは木芯に山羊の薄いなめし皮が3枚ほど巻かれていて、柔らかくて輪郭のハッキリした音を出す


(CD) に納められている主な曲は

Piano Sonata No.21 in B, D.960
Impromptus Op.90, D.899 NOS.2,3&4
    
          (Steinway で弾かれています)


録音:2007年9月24,25,27日 
    神戸新聞松方ホール(兵庫県)

   
   
2009-07-17 | 記事へ |
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2009年06月25日(木)
ベートーヴェンとコーヒー豆のこと
ドイツ文化と人間像 
       相良守峰 著   三修社
p210
〜略〜
特にコーヒーについては独特の好みがあって、自分の家でコーヒーを入れる時は必ず六十粒を一杯分ときめていたと言います。自分で丹念に六十粒をかぞえる。かぞえ違いがないかと心配になって、もう一度かぞえ直すという念の入れ方だったそうです。このことは、ベートーヴェンの晩年に十何年かの間親しくしていて、ベートーヴェンの相談役や秘書役のような位置にあったアントン・シントラーという人が『ベートーヴェンの生涯』という伝記に書いてあるから本当のことでしょう。
2009-06-25 | 記事へ |
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ゲーテとベートーヴェンに関する逸話やエピソード
ドイツ文化と人間像 
       相良守峯著    三修社

p193
 ゲーテとベートーヴェン 
 〜略〜

p194〜5
  略〜
  
・・・・ゲーテとベートーヴェン(ドイツ人はベートホーフェンと発音します)のお話をするつもりなのですが、ゲーテとベートーヴェンがどういう時代に出会ったか・・・・略・・・・
 1812年、というと、ゲーテの住んでいたヴァイマルやエルフルト附近はフランス軍に占領されていた時代です。が、六十三歳になるゲーテは戦争の危険を避けるためと、健康を養う為にこの年の夏は数週間、ボヘミア(今のチェコ)のカールスバートという温泉地に滞在して保養していましたが、やはり保養の為テプリッツという、カールスバートから近い温泉地に来ていたゲーテの主君、ヴァイマルの侯爵カール・アウグストに呼ばれて、この一八一二年の九月の始めにゲーテもテプリッツに移っています。ゲーテとベートーヴェン、すなわちこの世界的な文豪と世界的な音楽家とは、このとき初めて会見をしたのです。

      〜略〜
p197
・・・・・・「題名のない音楽会」という番組があります。・・・略・・・ある晩この番組で「ベートヴェン」という題でやったことがあるのですが、・・・・一人の浪花節語りが、むろん和服姿で三味線をひきながらベートーヴェンのことを浪花節で語った。・・・略・・・私が愉快だったというのはこの浪花節のことなんです。

  
      〜略〜
p198
・・・・・「ゲーテの旦那、いま通ったお偉い人たち、それや身分は高いかも知れねえが、ほんとうは旦那の方がずっと偉いんだろう。それなのにどうして旦那があんなにペコペコするんですかい」というふんに抗議を申し込むと、ゲーテの方は、「だがね、お前さん、世の中には身分によってそれぞれきまりというものがあらあな。きまった礼儀作法、それは守らなくっちゃいけねえよ。」


      〜略〜
p199
・・・・・ゲーテとベートーヴェンがまるで違う思想を持っていたことがお分かりになると思います。ベートーヴェンは平民的な考えの人で、政治的にはメッテルニヒの反動政治の下においても共和制を理想としました。・・・・略・・・・
しかしながらベートーヴェンは何物よりも自由を尊び、束縛をきらいましたから、国家や皇帝の権威によっても自由を奪われることには甘んじませんでした。
2009-06-25 | 記事へ |
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2009年06月07日(日)
ベートーべンは大のコーヒー好き=ウィーンのカフェは文化工房
ウィーンのカフェDas Wiener Kaffeehaus
平田 達治著  
大修館書店 ISBN 4-469-21200-8


T ハプスブルクの都に花開いた文化工房
p.8
■最良の教養の場―ツヴァイク

 p.63
■新聞も百科事典もある情報の宝庫

U ウィーン・カフェ誕生の伝説と真実
V ウィーン文化を支えたカフェ探訪
  
10 ウィーンカフェと音楽家
p.158

■ベートーベンは大のコーヒー好き
 ―略― 
グリルパルツァーとも知り合いで、一八〇八年には一時郊外デーブリング地区(現在の一九区)のグリンツリング通り六四番地の同じ家に住む隣人同士でもあったベートーベンもなかなかのコーヒー好きであったようだ。
 
 ―略―
彼にとってコーヒーは欠かすことのできない食品で、来客があったりすると、自分で豆を挽き湯を沸かして、好みのコーヒーを作ったという。豆六十粒をもってコーヒー一杯分とするのが常だったと伝えられるが、楽聖のこの処方で美味しいコーヒーが得られるか否か、
・・・・略・・・
p.159
彼の行く付けのカフェとしてはカフェ・クラーマー、グラーベン街の中央、ハプスブルガー通りの角にあったカフェ・タローニなどの名が伝わっている。
  ・・・略・・・

p.160
・・・略・・・
ベートーベンは一八一四年に当時プラーターにあった「第一カフェ館」で自作のピアノ曲、変ロ長調三重奏曲をシュパンツィクやリンケと一緒に演奏したが、すでに耳を患っていた楽聖が聴衆の前でピアノ演奏をしたのはこのときが最後だったとされている。


・・・略・・・
ベートーベンの四重奏曲の演奏に身を捧げたヴァイオリニストのヨーゼフ・ベームは、最初このカフェの、楽聖のいる前で弦楽四重奏曲一二七番を二度演奏し、それが認められて世に出ることができたのだが、耳が聞こえなかったベートーベンは、このとき弓の動きを注意深く目で追い、どんな小さなミスも見逃さなかったという。

・・・略・・・

p.163
■シューベルトとその仲間たち


  
    







2009-06-07 | 記事へ |
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小林道夫フォルテピアノ3台、クリストーフォリ・シュタイン・クレメンティを弾く
2009-06-07 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年03月28日(土)
大井浩明 エラール 1852年パリ製を弾く
Beethovenfries 第十三回公演
《踊れ!ベートーヴェン - Jogetlah!Beethoven》   

2009年3月25日(水) 18:30〜

【演】大井浩明
(forte-piano :エラール 1852年 パリ製 )

【曲】
(アルカン編曲)弦楽四重奏曲第13番Op.130より
 「カヴァティーナ
 (Cavatina, Adagio molto espressivo)」

(ウィンクラー編曲)同Op.133
 「大フーガ
 (Große Fuge)」

(リスト編曲)交響曲第9番ニ短調Op.125
 「合唱
 (Choral)」


 野村誠:フォルテピアノのための委嘱新作(2009、世界初演)


   京都文化博物館別館ホール

   一般3000、学生2000
【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55208)【?】

 アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com
2009-03-28 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
木村徹・高橋敬一、ヨハン・バプテスト・シュトライヒャー1846年ウィーン製を弾く
コレギウム・ヨハネス 第4回演奏会

ブラームス 

4手のピアノと二人の独唱者と合唱のための
ドイツ・レクイエム

ソプラノ: 田村靖子

パリトン: 櫻井史明

ピアノ:  木村 徹
      高橋 敬一

指揮:   柴田 大

合唱:   Collegium Johanness

使用ピアノ ヨハン・バプテスト・シュトライヒャー

2009年21日(土)

カトリック高槻教会
問い合わせ:柴田 大
Cjohanness@aol.com


入場無料

2009-03-28 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年03月20日(金)
満員御礼D.原田 クリストーフォリピアノを弾く(1726年モデルの復元)
フォルテピアノ・ヤマモトコレクション・コンサート
ピアノ発明者  バルトロメーオ・クリストーフォリ
最初のピアノはどのような音だったのだろう・・・
   
    復元制作 10周年 記念

        2009年3月29日(日) 午後 2時 開演 

演奏: ダミアン 原田

<プログラム>

チャイヤ(1671-1737):ソナタ1番より トッカータ
ジュスティーニ(1685-1733) :ソナタ10番より
               カンツォーネ・アルマンド
べーム(1661-1733): カプリチオ
ブックステフーデ(1637頃ー1707): アリア
バッハ(1685-1750): 主よ人の望みの喜びよ
D.原田(1947−  ): 土佐路律奏




使用楽器:グラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ
     B.クリストーフォリ、フィレンツェ、1726年
     山本宣夫 1999年 復元

主催:フォルテピアノ・ヤマモトコレクション

会場:スペース・クリストーフォリ・堺
 堺市東区大美野119-12

コンサート代 ¥3.000-  <定員 80名>
お申し込みは
電話・Fax 072-237-3940
または、e-mail : cristoforijapan@sakai.zaq.ne.jp
担当 波多野まで
2009-03-20 | 記事へ | コメント(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2009年02月19日(木)
上野真ナネッテ・シュトライヒャー(いずみホール)を弾く&話し山本宣夫
2009年日(土)

社団法人 日本ピアノ調律師協会関西支部 主催

よんよんコンサート Fresh Artist 2009 in KANSAI
         ピアノ生誕300年


         特別出演 上野 真


[曲目]

ベートーヴェン幻想曲 作品77(1809)

シューベルトソナタイ長調 作品120 DV 664(1819))
第1楽章 Allegro Moderato
第2楽章 Andante
第3楽章 Allegro

*都合により曲目は変更する場合があります

使用フォルテピアノ: ナネッテ シュトライヒャー  1820年頃 ウィーン
お話    山本 宣夫


他 出演大学多数

開演:PM5:00
開場:いずみホール
   
入場料 1,500円(当日2,000円)


お問い合わせ・チケットお申し込み

よんよんコンサート事務局
Tel&Fax 078-881-7759
e-mail:kansai@jpta.info
URL:http//www.jpta.org
2009-02-19 | 記事へ | コメント(0) |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2009年01月20日(火)
大井浩明 ジョン・ブロードウッド 1816年ロンドン製を弾く
    ●大井浩明

  Beethovenfries 第十二回公演

   《光、光乞ひ、光より光騙り取る》

   2009年3月17日(火) 18:30〜

                /京都文化博物館別館ホール/

 【演】大井浩明

 forte-piano、ジョン・ブロードウッド

 【曲】ソナタ第30番ホ長調Op.109、
      第31番変イ長調Op.110、
      第32番ハ短調Op.111、

 福井とも子:フォルテピアノのための委嘱新作(2009、世界初演)
 
 

 【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55208)【?】
  アクティブKEI 075-255-6586、
          oncert.yoyaku[at]gmail.com
    一般3000、学生2000
2009-01-20 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年01月18日(日)
大井浩明ブロードウッド(1816年)とマテウス(1820年)を弾く
大井浩明Beethovenfries 第十一回公演

《宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない》

2009年3月10日(火)18:30〜


/京都文化博物館別館ホール/


【演】大井浩明

(forte-piano、ジョン・ブロードウッド+マテウス・シュタイン)


【曲】ソナタ第27番ホ短調Op.90、
      第28番イ長調Op.101、
      第29番変ロ長調Op.106
      「ハンマークラヴィーア(Hammerklavier)」
      (ロンドン初版による)、

有馬純寿:フォルテピアノのための委嘱新作(2009、世界初演)


【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55208)【?】
   アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com

     一般3000、学生2000
2009-01-18 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年12月21日(日)
ドナウ河の源流フュルステンベルクとモーツァルト、ハイドン、リスト        
加藤昌彦著 
ドナウ河紀行 ―東欧・中欧の歴史と文化―
岩波新書 189 
p3 
1 シュヴァルツヴァルトの森から[ドイツ]
源流争い

ドナウ河は、南ドイツのシュヴァルツヴァルトから流れる。

―略―

この森林地帯の東斜面、南の端に、ドナウエッシンゲンという人口
二万そこそこの田舎町がある。

―略―

町の中央に、フュルステンベルク・シュロスと呼ばれる小さな宮殿が立っている。この地方の領主であった貴族のフュルステンベルク候の居城である。ドイツ・オーストリアならとくにめずらしくもない建物だ。この館の庭―そこにドナウの源流がある。

p4
 庭園を飾るネオ・バロック様式の手すりから階段を下りると、真ん中に円形プール状の小さな人工の池がある。底からはこんこんと水が湧き出ている。これが「シュロッス・クヴェレ」(館の泉)といわれて、ドナウの源とされてきた由緒ある泉である。

―略―

 ところでこのドナウエッシンゲンという町は、今世紀の初めまでは、領主のフュルステンベルク候の館がある以外は、なんの変哲もない田舎町にすぎなかった。フュルステンベルク候は、ドイツの貴族の中でも最も古い家系の一つで、一三世紀にこのドナウエッシンゲンの近くにあった城塞の名前をとってフュルステンベルク≠ニ名乗った。オーストリアのハプスブルク家とも婚姻を結んでいる。一四八八年以来ドナウエッシンゲンを領有してきたが、一七二二年にここに館を建て居城とした。もちろん当時はまだ村落で、付近は王侯貴族お好みの狩り場となっていた。

p5
 フェルステンベルク家の人々は代々学問と藝術を愛した。田舎貴族とはいえ、館の中には立派なライブラリーを備えていた。十三万冊ににのぼる蔵書と、五百冊のインキュナブラ(一五百年以前の印刷本)は、今日に貴重な資料として残され、その中にはゲルマンの壮大な民族叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の写本のような、またとない文化財も含まれている。館の裏手にあるギャラリーには、ドイツ・ルネッサンスの巨匠クラナッハをはじめ、数々の名画のコレクションがある。
 
 このドナウの泉の館には、一七六六年に、当時九歳のモーツァルトが招きを受けてコンサートを行っている。 フュルステンベルク候はこの天才音楽家をねんごろにもてなした。同伴した父親のレオポルドはこの時の模様を、友人に次のように書き送っている。

 『結局私たちは一二日間そこにいたのです。そのうち九日は夕方五時から九時までが音楽でした。・・・・侯爵は私に二四ルイ金貨を下さり、子供たちもそれぞれダイヤの指輪を頂戴しました。私たちが暇乞いするとき、侯爵の目からは涙が流れていました。まもなく私たちも別れぎわに皆泣いてしまいました。侯爵は私に手紙をしばしばよこすようにと仰せられました。こんなわけで私たちの滞在は最高に満足の行くものでしたが、別れもまったく悲しいものでした・・・・」


p6
 
 ハイドンのオラトリオ『天地創造』のドイツにおける初演もここで行われた。ピアノの名人リストもこの館で恂爛たる演奏を披露し、候を感動させている。


 一九二二年以来この町で、世界的に有名な音楽祭が催されるようになったのも、こうしたフュルステンベルク家伝統の芸術愛好の精神と無縁ではないであろう。

 ―略―
2008-12-21 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年11月22日(土)
大井浩明、プレイエル(pleyel )1846年パリ製を弾く 
大井浩明 Beethovenfries

第九回公演《來よ、魂、惱みを過ぎ越し歡びへ到らむ》

2008年1219日(金)

18:30〜/京都文化博物館別館ホール

一般3000、学生2000

(forte-piano、Pleyel 1846 Paris )

*予定されていた使用ピアノは、シュトライヒャーでしたが、プレイエル に変更となりました。

【曲】
(リスト編曲)交響曲第5番ハ短調Op.67「運命(Schicksal)」(1804/08)+交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園(Pastorale)」(1804/08)、(サン・サーンス編曲)弦楽四重奏曲Op.59「ラズモフスキー」(1805/06)より第1番第2楽章アレグレット+同第3番終楽章フーガ 

【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55928)【?】アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com

大井浩明  Beethovenfries

第十回公演《きみしあひみはゆかましものを》

2008年1227日(土)18:30〜/京都文化博物館別館ホール
一般3000、学生2000

  (forte-piano, Pleyel, 1846 Paris)

予定されていた使用楽器は、エラールでしたが、プレイエル に変更となりました。


【曲】(リスト編曲)交響曲第7番イ長調Op.92(1811/12)+交響曲第8番ヘ長調Op.93(1812)+歌曲集《遥かなる恋人に寄す》Op.98 (1816) 【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55928)【?】アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com
2008-11-22 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年10月20日(月)
上野 真 J.B.シュトライヒャーとエラールそしてベーゼンドルファーを弾く
上野真    ソロ・コンサート

J.B.シュトライヒャー 1846年(ウィーン)で演奏される曲

 ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番ニ短調作品31-2
 「テンペスト」(1802)

エラール 1852年(パリ)で演奏される曲
 ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調 作品53「英雄」(1842)
 
  リスト:ペトラルカの3つのソネットより 平和は見い出せず
  第104番(1846/58)

 リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調(1847/1851)

ベーゼンドルファーで演奏される曲
 ラヴェル:「鏡」より第2曲 悲しい鳥(1905)
 プロコフィエフ: トッカータ 作品11(1912)
 ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー(1923-24)
 

2008年11月1日(土)  
   
 スペース・クリストーフォリ・堺
 午後2時〜            
        
       
 

2008-10-20 | 記事へ | コメント(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2008年10月18日(土)
ダミアン 原田隆文 バルトロメーオ・クリストーフォリ(1726年の復元)を弾く
フィレンツェ、メディチ家の光と影

ピアノ発明者バルトロメーオ・クリストーフォリのピアノ
  
“グラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ”
コンサート


 ピアノ ダミアン 原田隆文
 解説  山本宣夫 

 使用ピアノ:1726年モデル 復元楽器 (1999年山本宣夫制作)

  2008年 10月5日(日) 14:30〜

<プログラム>

   1. イエペス カンシオン 16世紀
     イエペスに関する詳細なことは、
     解っていないが楽譜はポルトガルの
     古都にあるコインブラ大学で発見されました。

   2. B.パスクィーニ (1637-1710
     スペインのラ・フォリア変奏曲
     ローマのサンタ・マリア・マジョーレ教会
     のオルガニストで多くの作曲家たちも残した
     有名なラ・フォリア
   
3. D.ツィポ-リ (1688-1726)    
パルティータ イ短調
オルガン・チェンバロの曲が残っており、
     短い曲だが美しい旋律に溢れています。
     
   4. ジュスティーニ 
      サラバンド(ソナタ5番1楽章)
     クリストーフォリピアノのために書かれた
     ソナタ5番の第一楽章でアルペイジオ和音に
     彩られた珠玉の作品です。

   5. チマローザ  
  ソナタ イ短調
モーツァルトがこよなく好んだと云われる作曲家、
     メランコリックな旋律が美しく響きます。

   6. ダミアン 原田
組曲  土佐路律奏 
       1)遍路道  お遍路さんの鈴の音
       2)野の花  野辺に咲く名もない花
       3)和賛   心の平和と和解 

 
  会場  赤坂女子パウロ会聖堂 
      東京都港区赤坂8-12-42
      最寄り駅:千代田線 乃木坂
 

  主催:ヤマテピアノ
  協力:フォルテピアノ ヤマモトコレクション


  
2008-10-18 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年09月27日(土)
大井浩明クレメンティのスクエアーピアノでベートーヴェンを弾く
Beethovenfries 第六回公演
《いと麗しき新世界(とつくに)かな O brave new world》
●大井浩明
2008年10月30日(木)

京都文化博物館 別館ホール
18時30分開演
¥3.000-
 (学生¥2.000-)

[お問い合わせ] アクティブKEI 075-255-6586
concert.yoyaku@gmail.com

(使用楽器/ジョーンズ-ラウンド + ムツィオ・クレメンティ)

第16番ト長調Op.31-1(1802)[3楽章]
第17番ニ短調Op.31-2「テンペスト(Der Sturm)」(1802)[3楽章]
第18番変ホ長調Op.31-3(1802)[4楽章]
第21番ハ長調Op.53「ワルトシュタイン(Waldstein)」(1803/04)[3楽章]

清水一徹;フォルテピアノのための《老人の頭と鯨の髭のためのクオドリベットQuodlibet con la testa di persona anziana e la barba di balena per Fortepiano》(2008、世界初演)
2008-09-27 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年09月19日(金)
モーツァルトとクラヴィーアdas Klavier日常ドイツ語でピアノのこと 
「モーツァルトへの旅」  小塩 節 
 TOMO選書 主婦の友社 1978年

p38  父の楽譜帳
   〜略〜
父が七歳のナンナールにクラヴィーアを教え始めたとき、弟は三歳だった。彼は長いことクラヴィーアの前に立ちつくして、姉の練習をおとなしく聴いていたが、練習の合い間に姉が席を立つとクラヴィーアのところに近づき、小さな手を鍵盤にのせ、三度の和音をさがして、うっとりと聞きほれた。そしてそれをいつまでも鳴らして諧音を楽しんでいることが良くあった。こうして彼の音楽へのめざめはクラヴィーアに始まり、作曲もメヌエットなどクラヴィーアの小曲から始まった。後半生では彼はクラヴィーア演奏家・作曲家として活躍し、それで生計を立てた。
   〜略〜
モーツァルトが使い、作曲に予想したのは、今のピアノとはちがう十八世紀の、それもまさにモーツァルトの時代ニ、三十年間のクラヴィーアだった。挿絵を見るとわかるように横幅も音の幅も狭く、ペダルもない。やさしい音を出す鍵盤楽器だった。

p39
彼は幼少のころはチェンバロを使った。英語でハープシコードというものだ。フランス語でクラヴサンと言う。その後用いたのは主にシュペートなどのクラヴィーアである。さらにはアウクスブルクの製造家シュタインのつくったハンマー・フリューゲル、そしてさらに後年には、ウィーンの楽器製作者アントーン・ヴァルターのものやバウアー製のクラヴィーアであった。
 これらはバロック時代のチェンバロやクラヴィコルドとはちがうものだった。ザルツブルクの生家には、現在いくつかのクラヴィーアが展示されている。それはベートーヴェンとその後の音楽家たちが使ったピアノ・フォルテとも異なっている。ピアノは一八〇〇年ごろ、モーツァルトが死んだのちに今のものに近い形がつくられ、一八五〇年ごろに定着したと言われる。現在の日常ドイツ語では、ピアノをもクラヴィーアと言うのでまぎらわしいが、歴史的記事の訳出にあたっては注意する必要がある。なお、クラフィーアと読む人がいるが、ラテン語からきたこのKlavierのVは濁って発音するからクラヴィーアでなくてはいけない。

p40
ともあれ、こういう楽器を使い、作曲に予想したモーツァルトのいわゆる「ピアノ」曲を、ベートーヴェン以降のピアノと同じ地平で扱ってはならない。モーツァルトが使ったハンマーフリューゲル、それからフランクフルトのゲーテの生家で私が弾かせてもらった、少年ゲーテや妹のコルネーリアの弾いた小さなクラヴィーアの音は、むろん音量は限られているが、なんと言ったらいいだろう、やさしくてすんなりとしまった音を立てて鳴る。
 〜略〜
2008-09-19 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年09月03日(水)
アンドレアス・シュタイアーがJ.B.シュトライヒャーで紡ぐオール・シューマン
アンドレアス・シュタイアーがフォルテピアノで紡ぎ出す
“子供の情景〜大人のメルヘン”


  2008年11月11日(火)19:00開演
  ザ・フェニックスホール
 
使用ピアノ: ヨハン・アンドレアス・シュトライヒャー
        1846年 ウィーン
       フォルテピアノ ヤマモトコレクション蔵

 9月2日セット券一般発売
[協賛公演]
J.S.バッハに触発されたオール・シューマン・プログラム
出 演 アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)
曲 目 ▼シューマン/子供のためのアルバムop.68より、スケルツォ、ジーグ、ロマンツェとフゲッテop.32、フゲッタ形式の7つのピアノ小品op.126より、森の情景op.82、子供の情景op.15


座 席 全席指定
料 金 ¥5,000

※単独チケットは9月11日(木)10時発売


協力/フォルテピアノ・ヤマモト・コレクション
問い合わせ先 おふぃすベガ 0798-53-4556
2008-09-03 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年07月30日(水)
スカルラッティは、フィレンツェで新発明のクリストーフォリのピアノに遭遇したか?
1702年頃 フェルディナンド候に招かれて、息子と共に4ヶ月もフィレンツェに滞在したドメニコ・スカルラッティのことが簡潔に紹介されていますので、紹介しましょう。

An illustrated
History of Music T
マルク・パンシェルル著
皆川達夫監修・訳
音楽の歴史
ISBN4−89194-001-8 c1073

P.111
マドリッドのチェンバロ奏者
スカルラッティ
 
1685年、バッハ、ヘンデルと同じ年にナポリに生まれたドメニコ・スカルラッティDomenico Scarlattiは、ヨーロッパ中を旅した後、マドリッドでポルトガル王女マデレーナ・バルバラ、後のスペイン女王のチェンバロ奏者として仕えた。彼の器楽作品の大半はマドリッドで作曲され、1757年この地で死んだ。

 若い頃は、オペラと宗教音楽を作曲しており、最近ようやく注目されつつある。ヴァイオリンとバスのための楽曲約10曲、ピアノを意図して作られたと思われる作品約10曲(彼の晩年、女王の各地の館にはこの新しい楽器が合計3台もおかれていた)、それ以外は、すべてチェンバロのための作品で、ソナタは555曲数えられる

 〜略〜

 その奏法は、ときに現代の演奏家さえ困難を覚えるほどのものがあり、形式が固定されているにもかかわらず、主題は独自の発展をとげてゆく。和声は新しく、後の時代の筆写者が多少手を加えたのではないかと思わせる程の、斬新さを蔵している。そうしたすべての手法は、、ひたすら表現のために存在している。それは自由な即興性に満たされ、ときに陽気であり、ときに鋭く皮肉にみちている。ときとしてはある種のメランコリーをふくみ、しかも、スカルラッティはモーツァルトと同様に、自らのひそやかな悲しみを垣間見せるのを恥じるように、急激に調子をかえてしまう。

  〜略〜
2008-07-30 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年07月20日(日)
大井浩明ベートーヴェン第5回京都文化博物館別館7月31日
大井浩明
Beethovenfies
16 Dec 1770-26 Mar 1827

第5回公演  《苔とは汝れも知らずよ》 18時半開演

プログラム 
L.ヴィンクラー編曲:弦楽四重奏曲第1番Op.18-1(1798/1800)より
F.リスト編曲:交響曲第1番ハ長調Op.21(1799/1800)
同:交響曲第2番ニ長調Op.36(1800/02)

第5回 (使用ピアノ) J.B.シュトライヒャー 
1846年製 ウィーン(オリジナル楽器)  
修復 山本宣夫


2008-07-20 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年07月15日(火)
ベートーヴェンに贈られたブロードウッドピアノは、イギリスからアルプスを越えて・・
ベートーヴェンとハンマークラヴィーア

Conny Restle
Beethoven and the Hammerklavier

p80

ベートーヴェンは、ウィーン到着後死に至るまで、今日判明している限りにおいては、少なくとも9台のピアノを所有していたようだ。
脚注1.
Anton Walter 1802、Sébastien Erard 1803, 
Johann Andreas Streicher 1796 and before 1810,
Sebestyen Anton Vogel 1814, Wenzel Schanz 1815,
Thomas Broadwood 1817/1818,
Conrad Graf 1825/1826 and 1832

そのうち、ベートーヴェン所有のブロードウッドのペダル機構がフォルテピアノ・ヤマモトコレクション所蔵のブロードウッド(1816年製)のペダルと同タイプなのでご紹介しましょう。

(写真) フォルテピアノ ヤマモトコレクション所蔵 ブロードウッド ペダル

ベートーヴェンのブロードウッドピアノは、(彼のエラールと後の2台のコンラート グラーフのピアノ同様)イギリス式メカニックを備えていて、現在は、ブダペストのハンガリー国立博物館所蔵である。〜 略 〜 6オクターブ(C₁−c⁴)の音域で全音域に渡って1音は3本弦からなる。ペダルは2本で、右側が二つに分かれている(写真参照)。左のペダルは、一般にソフトペダルと呼ばれるもので メカニックを動かし ハンマーの打弦を3本から1本
(tre corde−una corda)に変化させることができる。 右側のペダルはいわゆるダンパーペダルであり、分割された左側は低音域、右側は高音域のダンパーを持ち上げ機能する。右のペダル(分割されたもの合わせて)を踏むと、全音域のダンパーが持ち上がる。〜略〜

Klang und Begriff 2
Staatliches Institut für Musikforschung Berlin
Preussischer Kulturbesitz
SCHOTT
2008-07-15 | 記事へ | コメント(0) |
| ベートーヴェン所有のブロードウッドピアノ |
2008年06月25日(水)
ピアノの起源 マックス・ウェーバー 音楽社会学からの引用
マックス・ウェーバー 音楽社会学   
訳解  安藤 英治、池宮 英才、 角倉 一朗
創文者 

p231
           二九
 近代に固有の第二の鍵盤楽器たるピアノは、技術的には非常に異なった二つの歴史的起源をもっている。一方にはクラヴィコードClavicord がある。 全西欧世界の合理的音測定の基礎となった初期中世のモノコード≠ヘ、一本の弦と移動する駒を持った楽器であるが、クラヴィコードは、このモノコードの弦を増やしてでき上がったものであって、多分間違いなく修道僧の発明になるものであろう。  〜 略  〜

十四世紀には二十二の全音階の音(hと並んでbも含め、Gからe´まで)を包括るするだけの音域
p232
を持っていたこの楽器は、アグリーコラの時代(十六世紀)にはすでに、Aからh"に及ぶ半音階的音階をもつまでになっていた。この楽器の音はすぐに消えるので、これが装飾的恩恵を生む刺激となり、かくてこの楽器はとりわけ厳密な意味での芸術音楽に使う楽器となっていた。この楽器は、弦の鳴っている部分を区切って沈黙させるタンジェントによって打鍵された。楽器の運命がもはや少数の音楽家や耳のこえた素人達(ディレッタント)の需要によっては決定されず、資本主義的になった楽器生産の市場の諸状況によって決定されるまでになるまでは、この楽器は、ハンマークラヴィーアHammerklavierとの競争に負けることはなかったが、それは、完成の域に達したこの楽器独特の音色の効果、つまりその特徴たる表現豊かな顫音。ebungenのおかげであった。

 ピアノの第二の源は、プサルテリウムPsalteriumに由来するクライヴィシムバル,lavicymbal、クラヴサン,lavecinまたは、チェンバロ,embaloと、これと多くの点で異なったイギリスのヴァージナル〃irginalとである。これらの絃は、それぞれの音に一本ずつあって羽茎で掻き鳴らされたので、強弱や音色を調節する能力はないが、タッチTonanschlagは非常に自由であり、明確であった。前に述べたような短所はクラヴサンとオルガンに共通しており、ひとびとは同様の技術的手段をもってこの短所を匡正しようと努めた。十八世紀に入るまでオルガニストは正規のクラヴィーア製造家であり、したがってまたクラヴィーア作品の創始者でもあった。
    〜 途中 略  〜
p234
 ハンマークラヴィアは、一部はイタリアの土壌の上(クリストーフォリ)、一部はドイツの土壌の上に、種々の段階を経て発展して行った。しかしイタリアにおける諸発明は、最初そこでは実際上ほとんど利用されなかった。
 イタリアの文化は、(実際、近代の戸口に至るまで)北方の音楽文化の室内空間的性格には無縁であった。ア・カペッラ歌唱A-capella-gesangとオペラは、そして特にオペラはそのアリアが、理解し易い、歌い易いメロディーを求める家庭需要を充たすように作られており、市民的な家庭<zーム文化がないという事実によって規定されたイタリア流の理想であった。こういう事情により、ピアノの生産とピアノのそれ以上の技術的発展との中心は、当時音楽的にもっとも良く―つまりこの場合、もっとも広汎に―組織されていた国、すなわちザクセンにおかれていた。
 
2008-06-25 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年06月23日(月)
イェルク デームスのCD バッハ クリストーフォリ・ピアノ1726年モデル使用
イェルク・デームス氏をして、バッハ音楽が求めるカンタービレを実現できたと言わしめた 我がクリストーフォリ・ピアノ1726年モデル(1999年復元)を使用してのCD 


THE HISTORY OF THE PIANO
Joerg Demus plays on a Fortepiano by Bartolomeo Cristofori of 1726 (original copy by Nobuo Yamamoto)

(曲目)
Johann Sebastian Bach

Praeludium und Fuge C-Dur WTK I BWV 846

Paeludium,Fuge u.Allegro,Es-Dur BWV 998
Vom Himmel hoch da komm'ich her...'

Praeludium und Fuge Es-Dur
WTK II BWV 876

Capriccio ueber die Abreise seines geliebten Bruederchens
BWV 992

Praeludium und Fuge d-moll
WTK II BWV 875

Franzoesische Suite Nr.5
G-Dur BWV 816

Praeludium und Fuge f-moll
WTK II BWV 881

Aus.I.Partita B-Dur BWV 825

Praeludium und Fuge Fis-Dur
WTK I BWV 858

Aus dem Notenbuechlein 'vor Anna Magdalena Bachen' 1725

お求め、お問い合わせ先:
〒599-8126
堺市東区大美野 119-12
スペース・クリストーフォリ・堺
п彦ax 072-237-3940



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サントリーホールガラコンサートで小山実稚恵エラールでショパンを弾く
サントリーホール22周年記念
ガラコンサート「響き」
  

 2008年10月4日(土)

* エラール No 37500 1857年 パリ製 
  85鍵 エラールアクション テンションバー 5本
  サントリーホール 蔵 
前所有者 福澤アクリヴィ        
  2007年 山本宣夫 修復 

* リプロデューシングピアノ 自動再生ピアノ
  メイソン&ハムリン
 No38470  1922年 ニューヨーク
  アンピコ リプロデューシング装置内臓
  フォルテピアノ ヤマモトコレクション蔵

  “自動ピアノという言葉は、機械的で無味乾燥な人間不在の音楽を連想させるが、リプロデューシング ピアノは、偉大なピアニストの記録した演奏を再現する精緻な機能を備えたピアノである。曲に対する演奏者の解釈や表現法、陰影と色調、そして熱情と香気までもありありと蘇らせる。・・・・・略・・・・・・・・・・山本宣夫
 「不滅の鍵盤によるリサイタル」
音のある風景 − フォルテピアノヤマモトコレクション展
 1999年
尾道美術館 図録より


* グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ
  バルトロメーオ・クリストーフォリ 
(ピアノ発明者)の
  1726年フィレンツェモデル 復元楽器  
      1999年 山本宣夫制作
  フォルテピアノ ヤマモトコレクション蔵




  
  
   

 
2008-06-23 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年06月18日(水)
バルトロメーオ・クリストーフォリに白羽の矢を当てた大公子フェルディナンドとは
のちにピアノを発明することになる、バルトロメーオ・クリストーフォリをフィレンツェに呼びよせたメディチ家のフェルディナンドのことが書かれています。
「メディチ家」 森田義之  講談社現代新書 1442
ISBN4-06-149442-2

p333〜334
略・・・・活発で華麗なパトロン活動を展開したのが、長男の大公子フェルディナンド(1663-1713)である。
 
 フェルディナンドは、母マルグリット・ルイーズの血を引き、才気あふれた快活な美青年で、父の意に反して政治に関わることを拒否した代わりに、美術、演劇、音楽、その他あらゆる感覚の喜びに耽溺した。少年の頃から象牙細工に習熟し、チェンバロやヴァイオリンを演奏し、美声で歌い、作曲にも通じていた。ディレッタント音楽家のフェルディナンドがもっとも熱中したのは音楽のパトロネージで、プラトリーノのメディチ荘に劇場をつくり、著名な舞台建築家ビビエーナ兄弟に舞台装置を依頼して自ら演出し、ここをオペラ音楽のメッカとする。十六歳の時には自作オペラ『愛の力もて愛に勝ち』を上演し、アレッサンドロ・スカルラッティとドメニコ・スカルラッティ、ヘンデル、ペーリ、パスキーニらもこの劇場に招かれて演奏した。
 〜   略    〜
p335
 大公子フェルディナンドは、メディチ家の大パトロンであり、「トスカーナの偉大なる光明」グラン・ルーメとしてイタリア中に名声をひろめた。しかし、その晩年は、惨めであった。前述のように彼はホモセクシュアルであり、カストラート(去勢歌手)に熱をあげ、父の勧めで結婚はしたものの、妻を無視してヴェネツィアでのカーニヴァルや夜の快楽的生活に耽り、梅毒を移され、それが原因で父コジモより十年も早く世を去ることになるのである。
2008-06-18 | 記事へ | コメント(0) |
| バルトロメーオ・クリストーフォリ |
2008年05月24日(土)
小倉貴久子 M.シュタインを弾く
バッハ・コレギウム・ジャパン
バッハ⇔メンデルスゾーン・プロジェクト 2008-2009
BACH-MENDELSSOHN project 2008/2009 : Bach toward Mendelssohn "Jesu meine Freude"

バッハからメンデルスゾーンへ
イエス、わが喜び
バッハ演奏のスペシャリスト達による、メンデルスゾーン・プロジェクト始動!

鈴木 雅明〈指揮〉
藤崎 美苗〈ソプラノ〉
小倉 貴久子〈フォルテピアノ〉
バッハ・コレギウム・ジャパン〈合唱と管弦楽〉

J.S.バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750)
モテット『イエス、わが喜び』
カンタータ〜追悼の式典〜『神の時こそ、最上の時』(メンデルスゾーン版)
F.メンデルスゾーン・バルトルディ Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
コラールカンタータ
 『イエス、わが喜び』
 『キリスト、汝、神の子羊』
 『ただ愛する御神に委ねるものは』
賛歌『お聴きください、わが祈り』(フォルテピアノ伴奏



2008.5.28(水)7:00pm開演(6:30pm開場)

兵庫県立芸術文化センター[小ホール]


2008-05-24 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年05月13日(火)
アルトゥール・シュナーベル わが生涯と音楽 和田丹訳 白水社
シュナーベルの最初のピアノに対する認識は?
p.315
・・・あなたは、ピアノ−《ハンマークラヴィーア》―が、バッハの存命中に発明されたことをご存知でしたか?
最初のものは、イタリアのパドヴァで1710年ころにつくられました。音楽家のなかには、大変に熱狂してこれを歓迎した人もいましたが、その発明者は成功せず、これらの楽器はわずかしかつくられませんでした。バッハは、1726年にドイツで製作された最初のものである、一見しておそまつな模造品をみて、それを不満足に思いました。その生涯の重要な時期に《ハンマークラヴィーア》の発明と存在のことを知り、それを演奏すらしていたことを、きわめて重要だと思います。
*******
 >ヨーロッパでも、最初のピアノに対する認識は、この頃でもまだこの程度だったのですね・・・

その後、
 クリストーフォリピアノの内部構造がX線で初めて明らかになったのは、1990年代に入ってからでした。
 オリジナルのクリストーフォリピアノ、1720年と1726年のオリジナルピアノを調査をした上、1726年のオリジナルから起された図面をもとに、クリストーフォリ・ピアノ1726年モデルの制作を行いました。
2008-05-13 | 記事へ | コメント(0) |
| 父の本棚から |
2008年04月18日(金)
グルダの真実 クルト・ホーフマンとの対話から
フリードリヒ・グルダ著 田辺秀樹訳
洋泉社 ISBN4-89691-131-8
p.218
・・・まったくピアノなしになるなんて、そりゃあ願い下げだね。
そんな生活は、冗談じゃない、おぞましいもいいところさ。



p85
「演奏するときはいつも、命がけという気持ちでやらなければいけない」−−−−

p86
−−−−そう、どの瞬間においても、それが命がけであるかのように弾かなくちゃいけないんだ。これこそが演奏家にとって、最高に大事なことなんであって、俺にとっては、今にいたるまで、この姿勢は自明のものなんだ。


クラヴィコードの発見 
p115
俺にとって、ピアノ以外の楽器のなかで主要なものになった、もうひとつの楽器は、クラヴィコードだった。
〜途中略〜

p116
じっくりそれを眺めてみた。なんてヘンテコな楽器なんだ、
て思ったよ。

〜略〜好きなようにしてみてください」。
そんな会話を交わしているうちに、俺は突然この楽器に魅了され始めたんだ。そうなると、俺のことだから、もうやるっきゃないわけさ。俺はすぐに新品のクラヴィコードを買い込んで、そいつをいじくり始めた。「ようし、遅くともあさってまでには、こいつを完璧に弾けるようになってみせるぞ」って自分に言い聞かせたさ。ピアノの一種なんだから、なんてことないって思ったんだ。
ところが、それはとんだ見当違いだった。最初のうちはガックリすることの連続で、そのうち−ジャズを始めたときと同じょうに−自分がそれについて何もわかっちゃいない、最初から根本的に学ばなくてはダメだ、ってことがはっきりしたんだ。そうなると、負けず嫌いの俺のことだから
−なにしろアメリカの批評家に、「ブルドッグにも似た断固たる姿勢」って書かれたことがあるくらいだからね−こう決心したわけさ−「どれだけ練習しなきゃならないか、どれだけ時間がかかるか、そんなことはどうでもいい。とにかく、クラヴィコードを弾けるようになってやるんだ。
それも、ちゃんと弾けるようになってみせるぞ!」。
2008-04-18 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年01月21日(月)
木村徹 J.B.シュトライヒャー(1846年製)とエラール(1852年製)を弾く
    大作曲家とピアノ   演奏:木村徹 

ロマン派ヴィルトゥオーソ達の饗宴

リストの愛したピアノ「エラール」と
シューマン、ブラームスの愛したピアノ「シュトライヒャー」

Schumann:パピヨン 作品2

Brahms:ピアノ曲集  作品118

Liszt:ラ・カンパネッラ(パガニーニ大練習曲第3番)

波の上を歩くパオラの聖フランチェスコ「二つの伝説」第2番

ハンガリー狂詩曲第12番 嬰ハ短調



2008年4月6日(日)午後2時〜

  楽器解説:山本宣夫 

 「スペース・クリストーフォリ・堺」にて
 
 <プログラムノート>            木村 徹

Schumann  パピヨン Op.2
『蝶々』と訳されることも多いこの題名は、蝶のようにひらひら渡り歩くもの、あるいはひらひらした紙片、等を含んだイメージを Schumann がこのフランス語に感じていた可能性があります。
Op.9 の有名な『謝肉祭(カーナヴァル、カーニヴァル)』の予告編とも言える(謝肉祭の中にはパピヨンの一節がはっきり現れるところもあるし、関連のある旋律も使われている)この曲は、謝肉祭と同様、仮面舞踏会のいろんな情景を想わせるごく短い曲の連続で、異なるのは、パピヨンでは曲数が約半分の12曲だということと、それぞれの曲には題名が無いところです。
Schumannがまだ中指を痛める前の、まだヴィルトゥオーゾピアニストを目指していた頃(クララのような天才少女を見て焦りはあったろうけれど...)の作品。
なお、Schumannが痛めた指は薬指と、私も子供の頃読んだ記憶がありますが、本当は中指らしい。実際、指の故障が起きた頃書いた、Op.7 のトッカータや、幻想小曲集 Op.12 の『夢のもつれ』も、あまり中指は使わずに弾けるが、薬指は頻繁に使うように書いてあり、自分が使えない指をたくさん使う曲を書いたとしたら臍曲がり。

Brahms ピアノ曲集  Op.118
Brahms と言えば、
2008-01-21 | 記事へ | コメント(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2008年01月09日(水)
Nachbau des Christofori Hammerfluegels
Weltweit existieren nur drei von Cristofori hergestellte Hammerluegel: eines im Metropolitan Museum of Art in New York (1720), eines im Museo degli Strumenti Musicali in Rom (1722) und eines im Musikinstrumenten-Museum der Universitaet Leipzig (1726).
Cristofori widmete sein ganzes Leben der Weiterentwicklung des Hammerfluegels. 1726 war er 71 Jahre alt und starb fuenf Jahre spaeter 76-jhaehrig.

Jener Hammerfluegel in Leipzig ist der am besten erhaltene. Bei einer Untersuchung mit Hilfe von Roentgenstrahlen Ende des 20. Jahrhunderts erhielt man erstmals Einblick in seine Bauweise. Er wird als sein groesstes Werk angesehen, in dem sich Handwerkskunst und Kreativitaet vereinen.

Im Jahre 1998 besorgte ich mir im Musikinstrumenten-Museum der Universitaet Leipzig die Ergebnisse oben genannter Untersuchung und erhielt auch die Erlaubnis, Originalteile des Hammerfluegels zu fotografieren und als Vorlage fuer den Bau einer Replik zu verwenden.

Da ich mir das Ziel gesetzt hatte, eine moeglichst orignalgetreue Replik des Instrumentes herzustellen, versuchte ich die gleichen Materialien wie beim Original zu beschaffen. Dies stellte sich anfangs als beinahe unmoegliches Unterfangen dar.

Schliesslich wurde mir von Alfons Huber, akademischer Restaurator in der Sammlung alter Musikinstrumente des Kunsthistorischen Museum Wien, das ideale Material fuer den Resonanzboden zur Verfuegung gestellt. Es handelte sich um Zypressenholz, das er 20 Jahre lang am Dachboden seines Hauses gelagert hatte.

Fuer das Gehaeuse und die Stuetzen benoetigte ich italienisches Pappelholz. Dr. Takaya Nomura vom Wood Research Institute an der Universitaet Kyoto hatte soeben Versuche ueber Holztrocknung (smoke-dry heat treatment) abgeschlossen. Zufaelligerweise war sein Versuchsmaterial italienisches Pappelholz, das er mir unentgeltlich ueberliess.
Es schien beinahe so, als haette man von meinem Plan, einen Cristofori Hammerfluegel nachzubauen, gewuesst und sich deshalb fuer italienisches Pappelholz als Versuchsmaterial entschieden. Genau als ich mein Projekt in Angriff nahm, waren die Versuche abgeschlossen.

Als meine Mitarbeiterin Midori Hadano und ich erfuhren, dass Kerstin Schwarz vom Haendel-Haus in Halle mit einer Replik des 1726 gebauten Cristofori Hammerfluegels beschaeftigt war, besuchten wir sie kurz vor Fertigstellung in der Werkstatt der Cristofori-Akademie in Florenz und sammelten dort wertvolle Erfahrungen.

Um nun herauszufinden, welches der drei erhaltene Hammerfluegeln wir nachbauen sollten, und um Vergleiche anstellen zu koennen, besichtigten wir auch das Klavier von 1720 im Metropolitan Museum of Art in New York. Dort unterstuetzte uns Steward Pollens, weltweit bekannter Restaurator und Wissenschafter. Wir durften nicht nur den Hammerfluegel selbstaendig untersuchen, sondern hoerten die Ergebnisse seiner langjaehrigen Forschung aus erster Quelle.

Wir beschlossen den Hammerflurgel aus dem Jahre 1726 nachzubauen.
Zur rechten Zeit trafen wir die richtigen Menschen, erhielten Material, Pläne, Fotos usw. und konnten aufgrund dieses wunderbaren Timings im Juni 1998 mit der Herstellung beginnen. Wertvolle Hinweise erhielten wir auch von Dr. David Sutherland, Erbauer einer Cristofori-Replik aus dem Jahre 1726, der uns waehrend eines Japan-Aufenthaltes in unserer Werkstatt besuchte.

Im Mai 1999 war unsere Replik des Cristofori Hammerfluegels fertiggestellt. Sie wurde noch im gleichen Monat in Hamamatsu beim The International Piano Technicians Meeting ausgestellt und bei einem Konzert eingeweiht. Im Jahr 2000 wurden wir zum " Europiano Congress 2000“ in Italien eingeladen, wo wir unsere Replik europaeischen Klavierbauern praesentieren konnten. Im Anschluss daran wurde sie in der Sammlung alter Musikinstrumente des Kunsthistorischen Museum Wien zwei Monate lang ausgestellt und fuer zwei Konzerte verwendet.





Die geniale Entwicklung des Bartolomeo Cristofori

Cristoforis neues Instrument "Gravicembalo col piano e forte“, verfuegt wie der Name schon sagt, ueber den anmutigen Klang eines Cembalos, kann aber im Gegensatz dazu abhaengig von der Staerke des Anschlags auch laute und leise Toene erzeugen. Bei der Roentgenuntersuchung stellte sich heraus, dass das Gehaeuse aus zwei Waenden besteht - 300 Jahre nach seiner Erfindung zeigte sich endlich das geniale Konzept! Nicht nur die Moeglichkeit laut und leise zu spielen, auch andere Ueberlegungen Cristoforis erkannten wir bei der Herstellung unserer originalgetreuen Replik.

Ueblicherweise wurden die Saiten mit Anhangstiften am Rand des Resonanzbodens gespannt. Diese Spannungen ueber einen langen Zeitraum hinweg verschlechtern den Zustand des gesamten Instruments und vor allem des Resonanzbodens, was sich negativ auf den Klang auswirkt. Man nimmt an, Cristofori wollte dieses Problem durch eine zweite Seitenwand loesen. Die Aussenwand war zur Befestigung der Saiten, die Innenwand zur Befestigung des Resonanzbodens gedacht. Zwischen beiden Waenden ist Leerraum.(Abb.1) So hat die Saitenspannung keine Auswirkung auf den Resonanzboden und selbst minimale vom Steg uebertragene Schwingungen lassen Toene entstehen. Diese Konstruktion ermoeglicht es, Toene laenger zu halten.

Der Steg hat die Aufgabe die Schwingungen der Saiten auf den Resonanzboden zu uebertragen. Um auch kleinste Schwingungen effektiv weiterzugeben, wird wie beim Resonanzboden Zypressenholz verwendet, das vertikal in zwei Lagen geleimt wird.

Der Resonanzboden wird nach dem Prinzip einer Membran gefertigt. Auf die Schwingungen abgestimmt wird der Resonanzboden moeglichst duenn und elastisch gefertigt. Die Firma Steinway meldete zu diesem Thema 1936 ihr Patent "Soundboard for Pianos, diaphragmatic soundboard for grand piano and mounting therefor“ an, nach dem heute noch bei Steinway gearbeitet wird.

Das Holz an der gebogenen Seite des Fluegels wird, um es moeglichst schonend zu bearbeiten nicht mit Hitze und Dampf gebogen, sondern mit einer Saege werden im Abstand von 1cm kleine Einschnitte gesetzt (Abb.2). Borsendorfer wendet diese Methode bei der Herstellung von Fluegeln auch heute noch an.

Die Stimmnaegel werden von oben in das Stimmstueck geschlagen und treten unten heraus. Daran werden die Saiten befestigt (Abb.3). Die Saiten sind nun so am Steg fixiert, dass sie bei Anschlag des Hammers nicht verschoben werden und ihre Tonhoehe und Klangfarbe beibehalten. Dahinter steht die gleiche Idee wie bei den Agraffen von Erard (1808). Heute werden bei den meisten Flurgeln Agraffen verwendet.

Cristofori verkuerzte den Abstand zwischen Saiten und Hammer, sodass die Hammer nicht verlaengert werden muessen, um an die Saiten heranzureichen. Sie sind dadurch leichter an Gewicht und ermoeglichen sanfte Anschlaege.
Der Hammerkopf besteht aus 3-5 Schichten gewickeltem Pergamentpapier und ist hohl (Abb.4).

Durch verschieben der beiderseits der Tastatur befindlichen schwarzen Knoepfe nach links, kann auf una corda umgestellt werden. Pro Ton sind zwei Saiten gespannt, bei una corda wird nur eine von ihnen angeschlagen. Das veraendert die Lautstaerke und erzeugt gleichzeitig durch Mitschwingen der nicht angeschlagenen Saite einen Nachhall. Den gleichen Effekt hat die von Steinway 1872 zum Patent angemeldete Doppelmensur.

Auch andere Erfindungen Cristoforis sind im heutigen Klavierbau unentbehrlich: die Vorrichtung zur Ausloesung kurz bevor der Hammer die Saite beruehrt, der den Fall des Hammers regulierende Back Check, der Treiber zur Repetition usw.

Nobuo Yamamoto
2008-01-09 | 記事へ | コメント(0) |
| バルトロメーオ・クリストーフォリ |
2007年12月17日(月)
ピアノ・デュオ 3台のピアノを使って
第33回 フォルテピアノ ヤマモトコレクション コンサート

ピアノデュオ コンサート

3台のピアノを使って  

Steinモデル (復元)     
M.Stein 1820        
Erard 1920

 2007年 12月16日(日)  午後2時〜
     
主催:Fortepiano YAMAMOTO Collection
会場:スペース クリストーフォリ 堺

<プロフィール>

小林千恵   五嶋利恵  
Chie Kobayashi   &   Rie Goto  

〜ピアノデュオ〜

学生時代にデュオを結成。共に京都市立堀川高校音楽科(現、京都市立音楽高校)、京都市立芸術大学を卒業。その後小林は同大学院、五嶋は渡仏しベルサイユ音楽院で研鑽を積む。
京都バロックザールにてデュオリサイタル開催。
「クリスマスに贈る20世紀のピアノ音楽」(いずみホール)他、
多数のコンサートに出演。
第5回吹田音楽コンクールピアノデュオ部門最高位受賞。第3回かやぶき音楽堂ピアノデュオ連弾コンクール第3位受賞。第14回国際青少年ピアノコンクール(ローマ)、第12回国際ピアノデュオコンクール(東京)で、共に2台ピアノ部門で第3位受賞。第21回霧島国際音楽祭にて、優秀演奏賞及び鹿児島銀行賞受賞。第18回京都芸術祭にて、京都府知事賞受賞。これまでに田隅靖子、芝令子、名畑ゆかり、ジェルメーヌ・ドュヴェーズ、練木繁夫、コンスタンティン・ガネフ、エレナ・サロキナ、パスカル・ドヴァイヨン、ミシェル・ベロフの各氏に師事。


<プログラム>
使用ピアノ:シュタインモデル復元 (改造修復 山本宣夫)
ソナタ ハ長調:モーツァルト
Sonata K.19d C-dur:W.A.Mozart
第1楽章
第2楽章 メヌエット   Menuetto
第3楽章 ロンド    Rondo

アンダンテと変奏曲 ト長調:モーツァルト
Andante mit variationen G-dur:W.A.Mozart

使用ピアノ:M.シュタイン 1820年 パリ
幻想曲へ短調:シューベルト
Fantasie D.940:F.Schubert

<休憩>
      使用ピアノ:エラール 1920年 パリ
亡き王女のためのパヴァーヌ:ラヴェル
Pavane pour une infant défuente:M.Ravel

ドリー:フォーレ
Dolly Op.56:G.Fauré
1. 子守唄    Berceuse
2. ミ・ア・ウ    Mi-a-ou
3. ドリーの庭    Le jardin de Dolly
4. キティワルツ  Kitty-Valse
5. 優しさ    Tendresse
6. スペインの踊り  Le pas espagnol

スペイン狂詩曲:ラヴェル
Rapsodie espagnole:M.Ravel
1. 夜への前奏曲 Prélude à la nuit
2. マラゲーニャ Maragueña
3. ハバネラ   Habanera
4. 祭り   Feria

曲目解説      小林千恵
ソナタC-dur K.19d:モーツァルト

モーツァルトの父レオポルトの手紙によれば、この曲はモーツァルトが9歳の時の作品で、連弾のためのソナタとしては史上初めての作品となっています。
神童ともてはやされたモーツァルトは、幼いころから演奏旅行に奔走していましたが、その中で、姉ナンネルともよく連弾演奏を行っていました。
モーツァルトとナンネルがピアノの前に座り、そのそばに父レオポルトが立っている有名な絵画は、まさしくこの作品を演奏しているのだと言われています。
モーツァルトは多作であることもあり、その作品には時折真贋問題がつきまといますが、近年の研究によって、この作品も、本当にモーツァルト自身の作品であるかどうかは疑わしいとする説も出てきました。
いずれにせよ、ピアノ連弾という形態で書かれたオリジナルの作品としては、最も初期に分類されるもので、当時の貴族社会の音楽愛好の様子がうかがえるものです。



アンダンテと変奏曲 K.501:モーツァルト

モーツァルトの晩年に書かれたもので、円熟した作曲技法に支えられた、優雅で抒情的な作品です。
おそらく自身によるオリジナルの主題が、さまざまな手法で第5変奏まで展開されたのち、主題に基づく短いコーダによって閉じられています。
短いながらも、連弾ならではの魅力に富んだ、モーツァルトらしい曲です。

幻想曲D.940:シューベルト

歌曲王として有名なシューベルトですが、彼は連弾というジャンルにおいても、非常に重要な位置を占めています。
連弾作品約40曲という数の多さだけでなく、その内容や規模も多岐に渡っていて、歌曲の王だけではなく、連弾曲の王とも言えるでしょう。
シューベルトの連弾作品は、彼の家に夜な夜な集まる「シューベルティアーデ」と呼ばれる親しい友人たちとの楽しみのために書かれているものがほとんどで、聴衆のためというよりも、まず演奏者自身が楽しむために書かれていることが多いようです。
この幻想曲は彼の最晩年に書かれたもので、彼の作品の中でも屈指の傑作とされています。
切れ目なく続くソナタ風の4部構成となっています。
曲の冒頭、そして曲の幕切れに回顧される哀愁に満ちた印象的な旋律は、まさしく「旋律」の王者のものと言えるでしょう。



亡き王女のためのパヴァーヌ:ラヴェル

ラヴェル自身によるオーケストラ編曲版が有名ですが、オリジナルはソロピアノのために書かれたもので、パリ音楽院在学中に作曲されました。
パヴァーヌとは、ゆったりとしたテンポの、スペインの宮廷舞曲のことで、亡き王女というのは、特定の人物のことを指しているわけではなく、修飾句としてつけられている程度の意味のようです。
今日は、J.Jemainが4手連弾のために編曲したものを演奏します。
ほぼ原曲に近い形でのアレンジになっています。
連弾で演奏されることはあまりないのですが、エラールの美しい響きが直に感じられる曲だろうと思って、選んでみました。

ドリー Op.56:フォーレ

ドリーとは、フォーレと親交のあったバルダック家の娘エレーヌの愛称で、誕生日などの機会ごとに、彼女に少しずつ贈られて出来た連弾作品です。
プリモパート(上のパート)は、子供でも弾けるようにテクニック的には平易に書かれていますが、美しい旋律、豊かな和声など十分にフォーレらしさの出た、優れた作品です。
2曲目の「ミ・ア・ウ」とは、まだ舌ったらずのドリーが、彼女の兄ラウルのことを「ムッシュ・ラウル」と呼ぶ際に「メッシュ・アウル」と聞こえたことからついた曲名が縮まって「ミ・ア・ウ」になったもの、また4曲目のキティワルツは仔猫のKittyではなく、本来はバルダック家で飼われていた犬の名前「Ketty」を、出版社が間違えて、そのようにつけてしまったのがそのままになっていると言われています。
6曲いずれもがこどもへの愛情と幸福感に充ち溢れた、「家庭音楽としての連弾」という位置づけにぴったりな、魅力的な作品です。

スペイン狂詩曲:ラヴェル

この曲は管弦楽曲が原曲で、ラヴェル自身によってピアノデュオのために編曲されました。
2台のピアノでも、1台のピアノでも、4手さえあれば(つまりピアニストが二人いれば)演奏可能なように編曲されていますが、1台のピアノで演奏する場合には、互いの音域がかなり重なるために不自由が生じ、弾きにくくなります。
ラヴェルはスペイン国境に近い街で生まれたので、彼の音楽にはスペインの影響が色濃く出ていますが、この作品もその内の一つです。
それぞれ雰囲気の全く違う、色彩豊かな珠玉のような4曲から成る、ひとつの素晴らしい絵画のような作品となっています。
2007-12-17 | 記事へ | コメント(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2007年10月27日(土)
内田光子のフォルテピアノ(3台使用)コンサートがウィーンKHMで開催されました
世界的ピアニスト内田光子がウィーンのフォルテピアノ(オリジナル)3台(アントン・ヴァルター ca.1790年、アンドレ・シュタイン 1819年、コンラート・グラーフ 1828年)を使用してのコンサートが2007年10月14日にオーストリア・ウィーンの新王宮、KHM楽器収蔵館のメモリアルザールで行われました。

プログラム

W.A.モーツァルト
ソナタ C-Dur, KV 300h (330)
アントン ヴァルター (ca.1790年)使用

ベートーヴェン
ソナタ No.31 As-Dur, Op.110
アンドレ シュタイン (1819年)使用

シューベルト
即興曲 Op.90, D 899
  コンラート・グラーフ (1828年)使用


 10月14日午前11時開演の記念すべきコンサートは、通常ベートーヴェンゆかりの楽器と品々が展示されている大理石の間で行われました。
 聴衆は、その会場になんとか納まったので、総勢150人くらいだったでしょうか。
 フォルテピアノのピアニッシモを最大限に駆使した(よくもこれまで音を小さく、クリアーに響かせることができるものだと息を呑みました。)そのダイナミッククスな演奏には胸のすく思い、こんな素晴らしい演奏を、いまだかつて聴いたことがありません。

 最後に、演奏を終えたピアニスト内田光子さんは、中でもアントン ワルター(山本宣夫が修復に参加)は、世界一だと激賞されました。 

 オリジナルのピアノは、単にただのピアノではない、単なる物体ではないと“ただならぬ代物”であることを強調されていました。

 また、直接聴衆に何かお聞きになりたいこととか希望はありませんかという嬉しい問いかけもされました。
 
 そして、モーツァルトの曲を1819年制作のアンドレ・シュタインで演奏して欲しいとの希望に応じて、再度演奏。そして、すぐさま 5オクターブのワルターに戻り、同じ曲を演奏され、途中でスクッと立ち上がって、「ホラ、このように全く音楽が変わってしまうでしょ?」とニッコリされました。会場には、ため息の混じったざわめきと同時に熱い拍手が巻き起こりました。
 
 ウィーンの新王宮での夢のようなひとときでした。内田さんの演奏を聴いていた日本人留学生のひとりが「ベートーヴェンの曲の時に、ベートーヴェンがそこにいるような気がした。」と感想を述べていました。 

ホント、それは、ベートーヴェンだけではなくモーツァルトもシューベルトもその時そこに現れたのです。

「偉大なるスピリット!」  

このようなフォルテピアノの制作家にも
感謝をこめて  乾杯!

使用されたピアノについてのプログラムの解説文をご紹介しましょう。
 
2007-10-27 | 記事へ | コメント(0) |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2007年09月22日(土)
クリストーフォリ・ピアノ(1726年モデル)復元には真鍮弦を張りました
ヴァルター・ベンヤミンが「真鍮工場訪問」を書いていますので一部ご紹介しましょう。 「子どものための文化史」 晶文社

エーバースヴァルデ付近(ベルリン東北約50キロ、温泉地フライエンヴァルデの西に位置する町、フィーノ運河にのぞむ)の真鍮工場のヒルシュ‐クプファに関する記述です。

クリストーフォリがピアノを発明した頃の、真鍮製造に思いをはせて・・・。


 p268〜

まず第一に科学全体があり、物理学と化学が真鍮について僕たちに教えてくれるいっさいがある。真鍮とは何ぞや。 その融点は何度か? その硬度は? 加熱したさいの膨張率は? 比重その他は? これらの問いのうち、ひとつの真鍮工場での技術的な操業にとって重大でないものは、ただのひとつもないのだ。

それともぼくたちは、まったく別の側面から接近することもできる。このような工場は、その製品を立派に売りさばくためには、何を製造しなければならないか、と。 そこで工場生産されるのは何か? 例えばぼくたちは後になって聞くことになるだろうが、ぼくたちがふだん真鍮製の道具として手にするようなものは何ひとつ生産されない。300年まえこの真鍮工場が大選帝侯によって創設されたとき、そこで作ったすべてのものもどれひとつとして。 鍋釜類でも金具類でもなく、照明器具でも食器でもない。 そういったすべてを作るのは専門工場であり、まさにこれらの専門工場に、ヒルシュ‐クプファの真鍮工場がその材料を供給するのである。つまり、ここで作られるのは半製品なのだ。 ありとあらゆる長さ、性状、規格の薄板、帯状板、管、棒、針金なのであり、それらは後に他の金属製品工場や電気工学系企業で次の加工を施されるのである。

それとも、再びもうひとつの問題点から。 すなわち、このように巨大な企業、約二千人の労働者と焼く四百人の職員をその経営内に抱える大企業は、いかにして生まれるのか? もちろん一朝一夕にしてではない。 しかもこの真鍮工場のヒルシュ・クプファは、ヨーロッパに現存する最大の真鍮工場であると同時に、もっとも古い企業のひとつである。 それは、1697年までさかのぼる。この工場の成立の事情を語ることは、もうひとつの独立した問題であろう。 ・・・・・・

真鍮とは何だろう? 真鍮とは銅と亜鉛の合金である。 化合と合金のあいだの区別については君たちの多くがきっと知っているだろう。 科学的に化合できるのは、二個の元素がいつもその原子量に従ったある方法においてのみである。このことをきみたちは学校でドルトンの法則として学んでいる。 合金にできるのは物理学的な方法で、ひじょうにさまざまの割合での融解によってである。 真鍮における銅と亜鉛の平均比率は、薄板では63対37、棒ではCu58対Zn42である。さまざまな種類の真鍮があり、だからそれぞれの炉―全部で23の炉―のなかで各種各様のものが鋳造される。 どういう種類の真鍮かは、ちょうど来ている注文に従うわけである。

ところで、単純に銅と亜鉛が特定の比率で計算されて炉の中に投入される、というようなものではない。 かりにそういう処置がされたとしたら、ひじょうに質の悪い不均一な真鍮が出来てくるだろう。 つまり、亜鉛は約600度で溶け、銅は約1100度ではじめて溶けるのだ。 固体の銅の部分が長いあいだ液状の亜鉛のなかに漂流して、その銅自体がようやく溶け出したら、ただ不均等に亜鉛のなかに溶けてゆくだろう。 それゆえに、言わば媒介的な、均一化するような塊が、すなわち古い真鍮くずが添加されるのである。 それらは約900度で融解し、そしてこういう方法で融解過程を持続化する。このような鋳造物が重さ30キロ以上に達しえなかったのは、まだそんな昔のことではない。 だが1920年この真鍮工場で運転が開始された新しい炉では、600キログラムまでの鋳塊が生産されている。・・・・・・・

この真鍮工場は、いまでは時代遅れになったフィーノ運河と、新しい近代的なホーエンツェレルン運河がなければ、現在ある姿になることはできなかったろう。・・・・

(フィーノ運河 ベルリン西辺のハーフェル川と東の大河オーダーを結ぶ古い運河の一部で、17世紀初めブランデンブルク選帝侯ヨーアヒム・フリードリヒ(1546−1608)に開かれたもの。 なお、本文にあるとおりエーバースヴェアルデ=フィーノの製銅を始めたのも彼である。

W・ベンヤミン (1892‐1940)
1892年ベルリンのユダヤ人の富豪の家に生まれる。ベルリン大、フライブルク大で哲学を専攻。33年パリに亡命、40年パリ陥落のためスペインに向かう途中服毒自殺。

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| 父の本棚から |
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2007年08月03日(金)
クリスティーネ・ショルンスハイム クリストーフォリ・ピアノを弾く
フォルテピアノ・ヤマモトコレクション コンサート
   バロックの響きを 当時のフォルテピアノで
Christine Schornsheim
   クリスティーネ ショルンスハイム

2005.11月26日(土)  午後2時〜 

使用楽器:
バルトロメーオ・クリストーフォリ  1726年モデル 
1999年 山本宣夫制作          

18世紀後半タイプ復元楽器
          山本宣夫改造修復

<プログラム>

L.ジュスティーニ(1685−1743) 
   ソナタ  第4番  ホ短調

J.S.バッハ (1685-1750)
   インベンション BWV772-786
        :協奏曲  ニ短調 BWV 974
休憩
  
J.ハイドン (1732-1809)
   ソナタ ハ短調 Hob.XY:20

W.A.モーツァルト (1756-1791)
   ソナタ  変ロ長調 KV333



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| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
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ベルリン・フィルハーモニー・ピアノトリオ F.モル エラールを弾く
ベルリン フィルハーモニー ピアノ トリオ
スペース クリストーフォリ 堺 
5周年記念コンサート

ヴァイオリン: リュディガー・リーバーマン
ピアノ:フィリップ・モル
チェロ:クリストーファー・イーゲルブリンク

使用ピアノ エラール 1920年製 パリ

第25回 2004年1月31日(土) 15:00〜

<プログラム>
シューベルト:「ノットルノ」 変ホ長調 D.897


モーツァルト:ピアノ三重奏曲 ホ長調  KV542

  
チヤイコフスキー: ピアノ三重奏曲 イ短調 Op.50
『偉大な芸術家の思い出に』
 

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| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
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