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2010年02月03日(水)
相沢吏江子プレイエルを弾く「私のショパン、シューマン」
岸和田城音楽祭

の祭典

ショパン生誕200年記念・特別企画
ショパン・ピアノコンサート・シリーズ(全5回)

第1回
3月20日(土)
開演 16:00  会場15:30

相沢 吏江子 Rieko Aizawa

"私のショパン・シューマン〜ニューヨークから想いを込めて

《プログラム》
シューマン/ アラベスク
ダン・コールマン/
ショパン/ボレロOp.19, ノクターンOp.15-2, マズルカOp.6-2,
幻想曲Op.49ほか

会場:岸和田市自泉会館ホール
〒596-0073 岸和田市岸城町5-10

チケット問い合わせ 自泉会館 Tel.072-437-3801 
          岸和田商工会議所・西岡 Tel.072-439-5023
(チケット ¥3.000-)

          
2010-02-03 | 記事へ |
| フォルテピアノ・ヤマモトコレクションのピアノが使用されるコンサート予定 |
2010年01月26日(火)
なんでも鑑定団2月2日放送に山本宣夫鑑定士として登場
<テレビ番組のご紹介>

2月2日なんでも鑑定団 20時54分〜

テレビ東京
関西では、( 11CH / -ch ) テレビ大阪

◇開運!なんでも鑑定団◇一般鑑定は、長野県東御市の梅野記念絵画館の学芸員が登場。鑑定するお宝は、勤め始めた時にはすでにロビーに置かれていた物で、館長によると開館記念に寄贈されたらしい。絵とは異なり、専門外のお宝の管理に困っているという。

鑑定品:オーケストリオン自動演奏楽器
2010-01-26 | 記事へ |
| Fortepiano YAMAMOTO Collection |
上野真J.A.シュタイン、M.シュタイン、ブロードウッドでベートーヴェンを弾く
フォルテピアノ ヤマモトコレクション コンサート

上野 真

ベートーヴェンを3台フォルテピアノで弾く

悲愴 を ヨハン・アンドレアス・シュタイン 1790年復元改造 で!

ヴァルトシュタインジョン ブロードウッド 1816年 ロンドンで、

そして、

熱情ヨハン・マテウス・シュタイン 1820年 ウィーン で


 2010年  3月28日(日)   午後2時開演


主催:フォルピアノ ヤマモトコレクション
会場:スペース クリストーフォリ 堺
コンサート代 ¥4.000 (ピアノ3台使用するため 定員80名)

予約、好評受付中 ご予約 62名(1月25日現在)

お申込みは、電話072−237−3940
      e-mail:cristoforijapan@sakai.zaq.ne.jp
担当波多野まで
2010-01-26 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われるコンサート |
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2010年01月01日(金)
祝ショパン生誕200年プレイエルを使ったコンサートシリーズ岸和田城音楽祭
岸和田城音楽祭

2010年 特別企画 

   ショパン生誕200年記念

 “ショパンが愛したピアノ” 
 プレイエルのオリジナル・ピアノを使って珠玉の名曲が聴ける

  
           夢のショパン・コンサート

<第1回> 3月20日(土)

              相沢吏江子
      私のショパン、シューマン〜ニューヨークから想いを込めて



<第2回> 4月24日(土)

              平田尚子
       巴里(パリ)〜ショパン、そしてリストへの追憶



<第3回> 6月27日(日) 岸和田市立浪切小ホール

              仲道郁代
      ショパン〜その人生と名曲に秘められた謎


<第4回>  10月30日(土)

              水本桂           
       ウィーンそしてパリへ〜ショパンの旅立ち



<第5回> 11月20日(土) 

             河合優子
     
        ショパン〜祖国ポーランド、魂の響き(仮題)


第1、2,4,5回は 岸和田市立自泉会館 

開演時間 いずれも 16時〜

主催:岸和田城音楽祭実行委員会
協力:フォルピアノ ヤマモトコレクション

前売り:2010年2月1日(月)より

(120席 ・ 全 自由席)

問い合わせ先:岸和田商工会議所 西岡 пD072-439-5023
事務局  上田 .072-423-0921 (藪吉倉庫(株)
2010-01-01 | 記事へ |
| フォルテピアノ・ヤマモトコレクションのピアノが使用されるコンサート予定 |
2009年12月23日(水)
ピアノレッスン「ショパンを弾こう」でプレイエルとエラールが詳細写真とともに紹介
                ショパンを弾こう

                生誕200年特別企画

        初級者から本格派まで ショパンを弾きたい全ての方に

 p8〜9
            85の鍵盤が奏でる繊細な音色

           ショパンの愛した2台のピアノ
 
プレイエルとエラール。ショパンが後半生のほとんどを過ごし、演奏と作曲に打ち込んだパリでは、2つのピアノメーカーがその音色と性能と、優美なデザインを競っていました。ショパンは、異なる2台のピアノを弾きわけることで、自分の音楽の表現を確かめていたのです。  


 Pleyel  プレイエルに関して
  写真とともに説明されるのは、  
         @ 5本バー
         A アクション
         B ダンパー
         C 装飾
         D ペダル

  Erard  エラールに関して
         @ 交差弦
         A 平行弦
         B 5本バー
         C アクション
         D ダンパー
         E 装飾
         F ペダル
         G エラールのマークと譜面台

            
 ヤマハムックシリーズ
  2010年1月17日発行
  yamaha music media corporation
  ISBN978-4-636-85194-6

   我が「スペース クリストーフォリ 堺」
メールアドレスは、cristoforijapan@sakai.zaq.ne.jp です
見学ご希望のかたは、このアドレスにお願いします。
2009-12-23 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年12月16日(水)
ふん!フン!糞!3声?6声?モーツァルトはカノンで「おれの**でも舐めやがれ
ともかくこんなこと書いていいの?と驚く表現が一杯な本なのです・・・
モーツァルトばかりでなく、彼のお母さんだって、プファルツ皇女エリーザベト・シャルロッテ・・・排泄のジョークだらけ・・・

「鳥屋の梯子と人生はそも短くて糞まみれ」
アラン・ダンデス/ 新井 皓士訳  平凡社
 p98
モーツァルトの手紙
18世紀もまた著名な代表に欠けてはいません。ルターの糞尿嗜好傾向は昔からかなり良く知られていたのに対し、モーツァルトのそれは最近まで恐らくは彼の伝記専門家しか知られていませんでした。しかし、家族宛の手紙の中で、この作曲家は、まさに並外れの肛門嗜好的耽溺をみせております。実際、彼の糞便イメージはほとんど並ぶものがない、と私は思います。モーツァルトの私信類を読む場合には、確かに彼は相手を面白がらせようとしてそうしたのだ、ということを心に止めておくべきでしょう。今日に至るまでドイツ人やオーストリア人がそうであるように、彼は肛門関係のことを口にすることにおおいにユーモアを感じたのです。


p99からp107まではこれでもかこれでもかと出る出るモーツァルトの手紙に出てくるウンチやお尻の表現満載

p106
トーマス・マンはドイツ人の性格を書き表そうと試み、音楽は、「デーモンの世界」ではあるが、ドイツ人の魂の一部をなしている、と主張しました。〜略〜マンは、ファウストは音楽的たらざるべからず、いな[もしファウストという典型的な人物が存在したとすれば]音楽家であったはずだ、と示唆しました。音楽は「計算された秩序であり、同時に混沌を醸成する非合理性である」とマンは書いています。
「カノン」
このような視点において私は、モーツァルトの尾籠猥褻なカノンはドイツ人の国民性の完全なミクロコスモス(小宇宙)とみなされ得る、と強く主張したいのです。


p109
「ゲーテ」は一応いやがった

p113[カント曰く、勤勉、清潔、倹約、秩序

p156
[モーツァルトのプルンピと魔人ハーマン]

(参考)
朝日ジャーナル
1988.10.7  BOOKS
「清潔なドイツ人の心にある糞尿嗜好」 評者 野村 雅一
2009-12-16 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年12月08日(火)
大井浩明 マテウス・シュタインでシューベルト最期の3つのソナタを弾く
<プログラム>

クラヴィア・ソナタ
    第19番 ハ短調    D 958
    第20番 イ長調    D 959
           ***休憩***
    第21番 変ロ長調   D 960



<今回使用の楽器:マテウス・シュタイン 1820年 ウィーン>
ロンドンのサザービーズのオークションにヨハン・アンドレアス・シュタインの5オクターブのフォルテピアノが競売に掛けられるというニュースに急遽ロンドンに飛んだのは早いもので、もうかれこれ10年も以上前のことになってしまいました。ヨハン・アンドレアス・シュタインのピアノといえば、バイオリンのストラディヴァリウスのような存在です。モーツァルトがお父さんに当てた手紙でアウクスブルクのアンドレアス・シュタインのピアノの性能の良さを絶賛したことはあまりにも有名です。このロンドンの競りに掛けられたシュタインはピン板が交換されていて、総てオリジナルというわけではなかったのですが、あれよあれよという間に手の届かないはるか現実離れした競り値にのぼりつめ落札されてしまいました。結局、この本命を逃しはしたものの他のものを3台も落札し帰国の途に着いた次第です。そして、本日使用の(伝)マテウス・シュタインがそのうちの1台なのです。このマテウスとは、アウクスブルクのアンドレアス・シュタインの息子です。モーツァルトの手紙にも登場し、モーツァルトと連弾したこともあるマテウスの姉、ナネッテは、幼い頃から父親を手伝って当時としては珍しく女性ながら超一流のピアノ製作家となり、1792年にお父さんが亡くなってからは、弟マテウスとともに家業を継ぎました。その後、文豪シラーとも深い交流のあったウィーンの偉大な音楽家シュトライヒャーと結婚したのをきっかけに弟を連れて1794年にウィーンに出て、ピアノ会社を立ち上げました。マテウスは、ベートーヴェンがパリのエラール社から贈られたピアノのタッチの変更を依頼されるなど姉ともども巨匠の信頼は篤くベートーヴェンと大変深く関わりました。そして自分の結婚後マテウス・シュタインというピアノメーカーとして姉から独立しました。今回使用のピアノを(伝)マテウス・シュタインと紹介しているのは、ネームプレートがどういういきさつか別のものになってしまっているためです。本体構造、形状、アクションなどからすると1820年頃、マテウスの工房から出たピアノと判断できるのですが、サザビーズのカタログに準じて一般にはマテウス作と伝えられているとして公にしています。


<ピアノを通して見える シューベルトとベートーヴェン>
ベートーヴェンがウィーンに来て死ぬまでに所有したピアノは、パリのエラール、イギリスのブロードウッド、ウィーンのピアノではヴァルター、シャンツ、シュトライヒャー、コンラート グラーフ、フォーゲル(後で良く調べたらハンガリーのブタペストでした)などの製作家のものが知られています。中でもコンラート グラーフは当代きっての名工とうたわれベートーヴェンをはじめショパン、クララ シューマン、リストに好まれたことは有名です。
このコンラートグラーフという名工がシューベルトとも深い関わりを持っていたことが最近になって判明しました。それは、ヨハン フレデリック クールボアーズという6オクターブのフォルテピアノが1台、新たに当ヤマモトコレクションに加わることになったことがきっかけです。このピアノは、金箔を施したギリシャ風女神像のある四角の脚がピアノ本体を支えていて、その本体には桜材が使われているというそれだけでも充分美しいものなのですが、さらに透かし彫りの真鍮飾りもたくさんついているというまことに見目麗しきピアノです。
このピアノは2008年ウィーンのヴェーリンク地区博物館で「ヴェーリンクのシューベルト」というタイトルの催しに展示され、演奏会も行われました。研究者リタ シュテプリンが興味深い逸話を
論文「シューベルトとヴェーリンク」に発表していますので、そのうちいくつかご紹介しましょう。
「シューベルトのいとこヨハン ゴットフリート シューベルトという人物は、13歳で家具職人になるためブレスラウに奉公に出された。その後、16歳で(おそらく1808年)名高いコンラートグラーフのところで働くためウィーンにやって来た。少年シューベルトはその時11歳で王宮少年合唱団(いわゆるウィーン少年合唱団)のメンバーとなった。シューベルトの妹テレーゼは7歳。二人の少年シューベルトたちは個人的にも芸術的にもお互いとてもよく似た好みを持っていて気があったらしい。当時、グラーフの工房はヴェーリンガー通り84(現在ゲンツガッセ57)にあり、それはシューベルトの両親の家(ゾイレンガッセ)から歩いて10分そこそこだった。このいとこによりシューベルト一家とコンラート グラーフのあいだに個人的なつながりができたことは事実であり、大作曲家シューベルト自身、少年時代しばしばグラーフのピアノ工房に出入りしていたことは確かだ。その後、シューベルトの最初のミサ曲F-Dur (D105)は、1814年9月25日に行われたリヒテンタール教会の100周年記念祭で演奏され大きな成功を収め、父から5オクターブのピアノを贈られた。研究者オットー エーリッヒ ドイチュによると、そのピアノがグラーフの工房の楽器であった可能性は高くそのように主張しても差し支えないが、確証はないとのことである。その後いとこのシューベルトのほうはどうしたのだろうか?
グスタフ シリンクの百科事典によると1819年にブレスラウに戻り、1838年までは運良く成功。彼は特別上等なピアノしか製作しない、いわゆる中程度のピアノは作らず、常に芸術的野心作ばかりで、発明にも取り組み実験し続け破産状態になってしまった。しかし彼の会社は新しい共同経営者クールボアーズを得て[クールボアーズジュニアとシューベルト]社という名のもとで存続した。」
本日演奏される「シューベルト最後の3つのソナタ」と呼ばれる、ハ短調、イ長調、変ロ長調(D958〜960)は、1828年に作曲されました。その頃のシューベルトは、とても貧しく激しい頭痛とめまいに苦しめられていたにもかかわらず作曲した曲を出版社に売ることで生計を立てていたので、休暇も取れず、とうとう9月はじめには、お兄さんフェルディナントのところに身を寄せました。シューベルトは熱に浮かされながら作曲していたといわれています。これらの曲は9月27日にはすでに出来上がっていたらしく、イグナツ メンツ博士の家で演奏されました。その後、10月には兄フェルディナントや友人たちと徒歩旅行に出掛けることが出来、ハイドンの眠るアイゼンシュタットまで足を延ばしたようですが、病状は悪化の一方で、11月19日に兄に看取られて息を引き取りました。シューベルトの遺体は兄が11月21日付けの父宛の手紙に書いているように、「ベートーヴェンの近くに眠りたい」という希望どおり、ヴェーリンガー墓地に埋葬されました。その前年1827年3月19日にはシューベルトは友人達とともに死の床にあるベートーヴェンを見舞いましたが、二人が直接会ったのはそれが初めてでした。その一週間後の26日にベートーヴェンは亡くなりました。そして、それから一年半余りのちには今度はシューベルト自身も亡くなってしまったわけです。アントン・シントラーによるとベートーヴェンは、死の床にありながらシューベルトの歌曲を熱心に読んでいたといわれています。また、ベートーヴェン、シューベルトの眠るヴェーリンガー墓地ですが、そこには、ベートーヴェンの不滅の恋人かもしれないといわれているうちのひとりヨゼフィーネも1821年4月3日に墓石もなしに埋葬されているということはほとんど知られていません。研究者リタ シュテプリンは、ベートーヴェンはヨゼフィーネのそばで永遠に安らぎたいと思ったのだろうと書いています。また彼女の末子ミノナはピアノ教師として身を立てましたが、母親宛の13通のベートーヴェンの恋文などを委譲されているにもかかわらず生涯公表しなかったことなどからヨゼフィーネとべートーヴェンの子供ではないかといわれています。                
          *大作曲家たちの墓は現在ウィーンの中央墓地に移されています。



2009-12-08 | 記事へ |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2009年11月23日(月)
仲道郁代プレイエルを弾く 鍵盤の華 ショパン 鵜川メモリアルホール
桐蔭学園 鵜川メモリアルホール公演

音楽講座「ピアノ音楽の愉しみ」
      第2回 鍵盤の華 ショパン

講師・ピアノ演奏:仲道 郁代
 
                           平成21年11月18日(水)

                           対象:高2男女・中等5の生徒たち

            プログラム
1.即興曲 第4番 嬰ハ短調 Op.66 「幻想即興曲」

2.ショパンの生涯について(その1)

3.12の練習曲から ハ短調 Op.10-12 「革命」

4.12の練習曲から ホ短調 Op.10-3 「別れの曲」

5.プレイエル・フォルテピアノについて
 
  楽器解説:山本宣夫

6.ワルツ 第7番 嬰ハ短調 Op.64-2

7.ワルツ 第6番 変ニ長調 Op.64-1 「子犬」

8.バラード 第1番 ト短調 Op.23

9.ショパンの生涯について (その2)

10.ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58

     *ピアノは、スタインウェイ と プレイエルの2台が使われました。
2009-11-23 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年11月16日(月)
小川加恵 マテウス・シュタインを弾く
(財)岐阜市教育文化振興事業団 岐阜市民芸術文化・スポーツ基金助成事業

−今、あの名曲がオリジナル楽器と共に甦る!―
   
      新進気鋭オリジナル楽器奏者による19世紀ウィーンの調べ

  小川加恵 (フォルテピアノ)
  廣海史帆 (ヴァイオリン) 
  長岡聡季 (ヴィオラ) 
  山本徹 (チェロ) 
  角谷朋紀 (コントラバス)

        2010年 1月11日(祝日、月曜) 

Program
J.N.フンメル : ピアノ五重奏曲 変ホ短調 作品87
F.シューベルト : ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D667 「鱒」

サラマンカホール 岐阜県県民ふれあい会館
岐阜市薮田南5丁目14番53号
JR西岐阜駅(南側ロータリー)より「ふれあいバス(無料)」で約10分
開場 13:20 開演 14:00
                    全席自由 2000円
【チケット取扱い】
サービスセンター 岐阜県県民ふれあい会館2F 受付9:00〜21:30  058-277-1110
(株)松栄堂楽器 058-265-0481 (木曜定休)
カマサ書店 0585-45-2067
勝野書店 0585-45-7828

【お問合せ先】0585-45-0241(小川)

【後援】 (財)岐阜市教育文化振興事業団 岐阜新聞 岐阜放送 NHK岐阜 
池田町 池田町教育委員会 池田町音楽を楽しむ会

2009-11-16 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年11月12日(木)
あこがれ人に踏みつけられし菫花 ゲーテとモーツァルトの心を捉えた菫
牧場にぽつんとはにかんだように人知れずたたずむ一輪の菫、
それはなんとも可愛い菫だった

そこへ羊飼いの乙女が
身も心も軽やかに
ほらすぐそこまで
牧場を歌を口ずさみながら駆けてきた

ああ、菫はふと思う
自然の中で自分が一番美しい花ならば・・・
ああ、ほんの束の間なりとも
この愛しい乙女が私を摘んで
胸に押し付けてくれるだろうに
ああ、たった 
ほんのわずかなあいだにせよ・・・

ああ、その娘はついにやって来た。なのに、ああ、
その菫にはおかまいなしに
そしてなんと、その哀れな菫を踏みつけてしまった。
埋もれ息絶える。でも私は嬉しい・・・
そんな風に死ぬのだから 
愛しい愛しい人の足にかかって

なんてかわいそうな菫!
それは、ほんとうに愛らしい菫だった。 訳どれみ


                愛のニオイスミレ
                  香り放ち清潔な姿   
                           くらしのガーデニング 藤岡 作太郎
世界的にも日本はスミレが多いことで知られているが、芳香のあるスミレは少ない。ニオイスミレはヨーロッパ原産で、英名はスイート・バイオレットとして親しまれている。
 こぼれ日の木陰で清潔な姿で咲くバイオレットに魅了されたゲーテは、せめてかわいい羊飼いの少女に摘ませてあげたいという思いを詩につづり、モーツァルトが作曲した名曲のスミレがこのバイオレットである。また宝塚歌劇の心を歌った名曲の「スミレの花咲くころ 初めて君を知りぬ」もこのバイオレットがふさわしい。
 スミレの仲間は世界中で約五百種で、その中、日本には約五十種が自生して、花姿にかけては追随を許さないが、残念なことに、やや香りに乏しい。この点ニオイスミレ=バイオレットは香水の原料としてもヨーロッパで使われたり、花はハーブとしてサラダにして食されている。日常的な宿根草だけに、ガーデニングでも重宝な植物である。

   〜略〜
 
バイオレットは「愛」と「誠実」の象徴で、西洋では強い人気がある。
2009-11-12 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年11月09日(月)
山本修復のペトロフピアノが使わるコンサートが京都芸術センターで行われます。
    スメタナ自身による 知られざる ピアノ連弾版

          第17回ペトロフピアノ コンサート

             スメタナ連作交響詩
               我が祖国

            ピアノ連弾版 全曲演奏

          ペトロフピアノの故郷 チェコ共和国
          600年にわたる民族独立の願い
  
  演奏:The Mostly Piano Duo (中台 円 と 武田 早智)
       
         平成21年11月14日(土) 19時開演
 
  会場:京都芸術センター

  コンサート  ¥2.000-

  お問い合わせ  小島 Tel.075-221-3340

2009-11-09 | 記事へ |
| ピアノ工房&ピアノ教室ウィーンの森 |
2009年11月08日(日)
小倉貴久子ナネッテ・シュトライヒャーを弾くシューベルトます、ベートーヴェン
1820年ウィーン製の貴重なピアノを使って、小倉貴久子と気の合った仲間たちにより、当時ウィーンで活躍していたベートーヴェン、シューベルトの音楽が現代に活き活きと奏でられるというヨーロッパでもめったに体験できないこの上なく贅沢な楽しみが味わえます!


曲目

 ベートーヴェン
   ピアノ四重奏曲ハ長調 WoO36-3
   交響曲 第2番(ベートーヴェン編ピアノトリオ版

  
 シューベルト
   ピアノ5重奏曲 op.114 D667 ます 

     10月18日(日) いずみホール

                             午後2時開演 4000円

                              電話 06-6944-1188

フォルテピアノ:小倉貴久子
ヴァイオリン:桐山建志
ヴィオラ:長岡聡季
チェロ:花崎薫
コントラバス:笠原勝二
2009-11-08 | 記事へ |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2009年10月26日(月)
コレクションorスペース・クリストーフォリ・堺を使用した演奏家
<順不同・敬称略>
Andreas Staier,
Alexei Luvimov, Antonello Palazzolo,Boyan Vodenitcharov, Christine Schornsheim, Linda Nicolson,
Philipp Moll, Jerg Demus,
仲道郁代、小林道夫、上野真、木村徹、小倉貴久子、山名敏之、渡辺順生、佐々由佳里、神谷郁代、鈴木雅明、河合優子、本岡浩子、大井浩明、小島芳子、中川賢一、益子明美、武久源造、河野美砂子、宇都宮正人、田村聡子、坂本恵子、池宮正信、原口摩純、領家幸、加納麻衣子、ウォン・ウィン・ツァン、筒井一貴、ダミアン原田(隆文)

****
>ピアノ以外<
Steven Isserlis(チェロ)
ヒロ・クロサキ(バロック・ヴァイオリン)
アントワーヌ・ラドレット(チェロ)

畑儀文(テノール)、波多野 均(テノール)、森田佳子(メゾ・ソプラノ)、寺神戸亮(バロックヴァイオリン)樋口真理(ヴァイオリン)
三戸久史(クラリネット)

2009-10-26 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| Fortepiano YAMAMOTO Collection |
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2009年10月21日(水)
10月23日(金)朝日放送 ココイロで紹介されます19:56〜20:00
朝日放送 心色ここいろ 今週は連日、堺が紹介されています
金曜日には、山本宣夫が登場
是非ご覧下さい。http://asahi.co.jp/kokoiro/

閑静な住宅街にある真っ白な建物は、ピアノの修復工房。すべて手作業で痛んだピアノを直しています。これまでに世界各国のピアノが息を吹き返してきました。修復家の山本さんが一番好きな瞬間は、修復後初めて鍵盤を叩くときだといいます。
ピアノ工房&ピアノ教室 ウィーンの森、スペースクリストーフォリ堺 | 072 - 237 - 3940
2009-10-21 | 記事へ |
| ピアノ工房&ピアノ教室ウィーンの森 |
2009年10月20日(火)
大井浩明シュトライヒャー、シュタイン、クレメンティ、ジョーンズラウンド他弾く
大井浩明氏が、 昨年4月から今年3月にかけて京都文化博物館で行われました
ベートーヴェン・シリーズを俯瞰する番組
        
   NHK-BS「クラシック倶楽部」


 NHK大阪放送局スタジオに計6台のフォルテピアノ/クラヴィコードを持ち込み、ベートーヴェンの生涯に沿って、彼の使用した鍵盤楽器・作風がいかに変遷していったかを辿る構成となっています。
 

 放映日時は、8月5日(水)6:00〜6:55(BS-hi)、
   ならびに9月15日(火)10:55〜11:50(BS2)です。 
   その後も随時再放送とのこと。

収録曲目
◎(リスト編)交響曲《英雄》変ホ長調第1楽章―――
            J.B.シュトライヒャー 1846年 ウィーン 7オクターヴ 平行弦

◎選帝侯ソナタ第1番変ホ長調第1楽章―――
            クラヴィコードNicola Palazzi 1776年 ローマ 4オクターヴ

◎ソナチネ(ソナタ第20番)第2楽章―――
            A.シュタイン 1790年頃 5オクターヴ (膝ペダル)

◎テンペスト(ソナタ第17番)第1楽章―――
            M.クレメンティ 1800年頃 ロンドン 5オクターヴ半

◎熱情(ソナタ第23番)第1楽章―――
            ジョーンズ・ラウンド 1805年 ロンドン 5オクターヴ半

◎(ウィンクラー編)大フーガ(独奏版)作品133―――
            J.ブロードウッド 1816年 ロンドン 6オクターヴ


2009-10-20 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年10月17日(土)
いずみホールのナネッテ・シュトライヒャーと山本宣夫の出会いは、1983年のこと
10月18日(日) 14:00〜    いずみホール
     古楽器アンサンブルの楽しみ
                〜銘器シュトライヒャーを囲んで


               ウィーン音楽祭in OSAKA 2009 総合プログラム
p.16
      私とナネッテ・シュトライヒャーとの出会い   山本宣夫

1983年、私はウィーンのピアノ会社ベーゼンドルファーに音作りの研修のために半年間滞在しました。その折、会社の休日にオーストリア国立ウィーン芸術史博物館古楽器部門のフォルテピアノを観る機会を得ました。そこには、様々な楽器が展示されていますが、ピアノは約70台ほどで、今日に至るまでのピアノの変遷の歴史を辿ることができます。その時の休日を利用しての見学では不十分でしたので、翌年、改めて今度は博物館のピアノをつぶさに観るためにだけウィーンを訪れました。1台1台くまなく観察しているうちに、もっと詳しいことを知りたいと申し出たことがきっかけとなり館内に修復工房があることがわかり、そこを見学することが出来ました。おりしも工房では、一台のフォルテピアノがちょうど病院の手術台に乗せられた患者のように、作業台に横たえられ修復をされている真最中でした。未知なるフォルテピアノの内部との遭遇は、私にとって決して忘れることのできない感動のシーンとなりました。そして、翌日もそしてまた次の日も・・・と工房を訪れるうちに、ふとした修復作業のことで自分の意見を思わず口にしたところ、どうしてもっと早く言ってくれなかったととがめられ、これがかえって自分の技術が認められるきっかけとなり、その翌年からは正式な修復師として博物館に呼ばれるという思わぬ展開となったのです。
修復が完了したこのモーツァルト時代のピアノの音は軽快で、とてもニュアンスに富んでいて、素晴らしく魅力的でした。作曲された当時の楽器で演奏することの重要性をこの時、深く強く感じました。このような楽器が日本にあればどんなに素晴らしいことだろうと思い始めた矢先、以前より懇意にさせていただいていた小林道夫先生から「大阪に出来る新しいコンサートホールにベートーヴェン時代のフォルテピアノを・・・」との連絡が入ったのです。ただちにウィーンの博物館の上司に相談したところ、ウィーン在住のとあるコレクターを紹介されました。驚くことに幸運にも、その時たまたまそのコレクターが持っていたのが、ベートーヴェンとも親交のあったナネッテ・シュトライヒャーというピアノ制作史上、きわめて重要な女性制作家の手によるもので、1820年頃に作られた希少価値のフォルテピアノだったというわけなのです。その後、私は、目の飛び出るほどの高額なこのピアノをなんとか入手し、1989年に無事日本に運び込みました。翌年1990年4月いずみホールのオープニングの日、ステージ上に置かれたベートーヴェンが愛したピアノ、ナネッテ・シュトライヒャーは、満席の会場に響き渡ったのです。
2009-10-17 | 記事へ |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2009年09月28日(月)
月刊Pianoプレゼンツアイ・ラブ・ピアノ生き続けるピアノたちに紹介されてます
月刊Pianoプレゼンツ

ピアノ生誕300年 I Love Piano
  アイ・ラブ・ピアノ〜いき続けるピアノたち    
ISBN978-4-636-84934-9 ¥1200

p.61-62
クラシックピアノ 10スタイルとして、フォルテピアノ・ヤマモトコレクションのピアノの中でも、「スペース・クリストーフォリ・堺」や各地のコンサートホールでの本番に使われることの多いピアノたちの姿が紹介されています。

1800年
*ムツィオ・クレメンティ  (ロンドン)
*ゲオルク・グレーバー (インスブルック)

1816年
*ジョン・ブロードウッド (ロンドン)

1820年
*(伝)マテウス・シュタイン (ウィーン)
*シュリンプ (ウィーン)

1835年
*アントン・シュヴァルトリンク (プラハ)

1846年
*ヨハン・バプテスト・シュトライヒャー(ウィーン)
*プレイエル (パリ)

1805年
*ジョーンズ・ラウンド(ロンドン)
 これは、とある個人所蔵の貴重なピアノで、山本宣夫が2008年〜2009年にかけて修復しました。

p.64〜
(ピアノ生誕300年)どうしてピアノが生まれたの?

山本宣夫制作のクリストフォリ・ピアノの復元楽器の姿が見られます。
このピアノのオリジナルは、ドイツ・ライプツィヒ大学楽器博物館に行けば見られます。

現存するクリストーフォリのピアノ3台のうちの1台で1726年に製作されました。クリストーフォリは1698年ころには、最初のピアノを完成させていたといわれています。

そのちょうど300年後1999年に「スペース・クリストーフォリ・堺」でグラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ(小さな音も大きな音も出せる大きなチェンバロ)と呼ばれたクリストーフォリの発明したピアノを復元しました。

 ドイツ・ライプツィヒ大学には、クリストーフォリの手になる他の楽器、チェンバロやスピネットその他、数多くの鍵盤楽器も展示されています。



p.77
ショパンとリストに愛された2台のピアノ
エラールとプレイエルこのページでは、プレイエル 1846年製と1852年製のエラールのアクション、ダンパー、ペダルなどが見比べられます。


p.85
世界最初のピアノ、クリストフォリのピアノに惹かれて山本宣夫が紹介されています。
>それぞれの時代に完成されたピアノがある<


2009-09-28 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年09月04日(金)
「祝ピアノ300年」そしてこれからも・・・にクリストーフォリ・ピアノ登場
東京芸術劇場を会場とし
2009年8月28日から30日まで開催されたイベント
「祝ピアノ300年」そしてこれからも・・・

《主催》 財団法人 日本ピアノ調律師協会

我がクリストーフォリ・ピアノが演奏されたのは、
29日と30日 
  ピアノの300年の歴史@

講師:渡邊順生

演奏:渡邊順生    J.S.バッハ:《音楽の捧げ物》〜3声のリチュルカーレ

   ダミアン原田   ウィリアム・バード:ドラムス
               カリッシミ(1605-1674):アンダンテ
               パスクィーニ(1637-1710):スペインの花
2009-09-04 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年08月17日(月)
クリストーフォリのpiano発明を始めて報じたのはマフェイでイタリアのジャーナル
マフェイ(Scipione Maffei)は、

1709年にバルトロメーオ クリストーフォリ(Bartolomeo Cristofori)にインタビューし、

そのことは、1711年にGiornale de'letterati d'Italia,vol.D(Venice,1711),
pp.144-59に掲載されました。

*マフェイがクリストーフォリにインタビューした年、1709年に、初めての週刊誌が誕生したそうです。

近代文化史 2
エーゴン・フリーデル 宮下啓三訳
みすず書房

断末魔のバロックp160〜161
      週刊誌 
目ざめつつある市民階級にとってもっとも重要な文学的事件は、しかしながら、イギリスにおける週刊誌の発生だった。1709年にスティールが、彼のもっともよき協力者であるアディソンとともに『タトラー』を創刊した。1711年には『スペクテイター』、1713年に『ガーディアン』がこれにつづいた。


2009-08-17 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年08月09日(日)
齋藤卓子J.A.シュタインとマテウス・シュタインを弾く
フォルテピアノとカウンターテノールの調べ

        齋藤 卓子:  フォルテピアノ

上杉 清仁: カウンターテノール
         
               SWISS WEEK "音の出会い”
      Switzerland meets Japan in Concert

W.A.モーツァルト:ラウラに寄せる夕べの想い KV523, すみれ KV476, 別れの歌 KV519、クローエに KV524、寂しい森で KV308,

W.A.モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第12番ヘ長調 KV332

L.v.ベートーヴェン:ゲレルトの詩による六つの歌曲 Op.48

F.メンデルスゾーン:ロンド・カプリチオーソ ホ長調 作品14

F.シューベルト:音楽に寄す Op.88, 笑いと涙 Op.59,
糸を紡ぐグレートヒェン Op.2, 子守唄 Op.98, ズライカ Op.14

F.メンデルスゾーン:無言歌集 作品19より 1.ホ長調 6.ト短調“ヴェネツィアの舟歌” 
作品53より3.ト短調 4.ヘ長調
作品67より 1.変ホ長調

F.シューベルト:月に寄せてOp.57, あなたは安らぎ Op.59, ガニュメード Op.19
  
           
         26日[土] 東京:白寿ホール 
                  13:30開場
                   14:00開演 
            主催:若手音楽家育成アヤメ基金

 コンサートの詳細や出演者の詳しいプロフィールについては、サイトでご確認ください。
 
        http://www.ayame-foundation.com
                  一般=4,000円
             学生・65歳以上=2,500円
2009-08-09 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年07月30日(木)
クリス-トォリ,ヘンデル、スカルラッティ、モーツァルト、ベートーヴェンの引越し
フォルテピアノ・ヤマモトコレクション所蔵のピアノ達が現役で活躍していた頃、人々は気軽にヨーロッパ内外を行き来している。
このことに着目していたら、良い文章にめぐりあえました。

     ツヴァイク全集12
   
     精神による治療
     
    佐々木斐夫、高橋義夫、中山誠訳  みすず書房
                      ISBN4-622-00012-1
  フランツ・アントン・メスメル

p.76      パリ
 
18世紀という世紀はものごとを世界的な立場から考え生活し

ていた時代である。まだヨーロッパの科学や芸術の世界が一つの大き

な家族社会であることを示しており、精神的な人間の間ではまだ今日

見られるような国家と国家との間の偏狭な対立意識など問題となって

いなかった時代である。芸術家も学者も、音楽家も哲学者も当時は、

その居住地を変えることで祖国からいかなる制約をもうけておらず、

自分たちの才能や使命を充分に発揮することができる所ならどこでも

気楽に我が家としている。相手がどんな国や民族や貴族であろうと、

彼らはよい友人として振舞っている。・・・・・略・・・・・
2009-07-30 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年07月22日(水)
小倉貴久子ピアノの歴史(本)にクリストーフォリ、M.シュタイン、ブロードウッド他
ピアノの歴史
    作曲家が愛した音色が聴ける、超貴重CD付き

倉貴久子 著

 はじめに
〜略〜
・・・・オランダに留学。その頃のオランダは、毎晩古楽器によるコンサートが開かれる、古楽のメッカでした。 〜略〜 楽器やその演奏スタイルから発せられるエネルギーに、目から鱗が落ちる思いと、これこそ作曲家の生きていた時代の空気なのだと啓示を受けました。・・・・〜略〜 
視覚的にも美しく、楽しいピアノが満載です。・・・略・・・

   p107
本書に登場する楽器に会いに行こう
<太>大阪
フォルテピアノ ヤマモトコレクション

     p22〜23のクリストーフォリ、
     p38の伝マテーウス・アンドレアス・シュタイン、
     p76から77のクレメンティなど、
国内ではヤマモトコレクションでしか見ることが出来ない大変貴重なピアノがある。コンサートも開かれているので、ぜひ生の音を聴いてみたい。

○住所 〒599-8126 大阪府堺市東区大美野119-12
○電話 072-237-3940
○E-mail cristoforijapan@sakai.zaq.ne.jp
           *見学希望の方はかならず事前にお電話を。

    p108
ピアノ発明者バルトロメオ・クリストーフォリのグラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ (小倉貴久子演奏)のCDご希望のかたは、フォルテピアノ・ヤマモトコレクションまで

 p110
あとがき
 
〜略〜・・・・・・山本宣夫氏には氏製作のクリストーフォリによるイタリアでのコンサート、ウィーンの博物館や氏の素晴らしいコレクションに触れる機会を与えていただきました。・・・〜略〜・・・
 
   河出書房新社ISBN978-4-309-27086-9

     
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2009年07月19日(日)
月刊ピアノ8月号楽しいピアノの歴史マップにクレメンティが紹介されています
巻頭特集 ピアノ誕生300年記念の旅

クリストフォリから始まる楽しいピアノの歴史マップ

歴代ピアノと20人の重要人物をめぐる真夏のツアー

p5
F
ムツィオ・クレメンティ 1800年頃

このブログのフォトアルバムでこの楽器の可愛いダンパーとハンマー、弦[巻き線]などの様子も詳しく見られます

また、この楽器の音は、8月5日と12日NHKハイビジョン
クラシック倶楽部で大井浩明さんの演奏で聴けます。

2009-07-19 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年07月17日(金)
神谷郁代(プレイズ・シューベルトのCDの最後)M.シュタイン1820年を弾く
Kamiya plays Schubert
IKUYO KAMIYA  [CD]fine NF 20503 
 
フォルテピアノが使われているのは
 

 *エクストラ・トラック 9
  楽興の時 作品94 D,780
  MOMENTS MUSICAUX Op.94, D.780

   第3曲ヘ短調  No.3 in F minor

のみですが・・・・

  M.シュタイン(伝)が使われています。
  
  Matthaus Andreas Stein ca.1820
   
弦楽器のしなりが感じられる・・・
   ハンマーの素材により音色は大きく変化するが、このピアノのハンマーは木芯に山羊の薄いなめし皮が3枚ほど巻かれていて、柔らかくて輪郭のハッキリした音を出す


(CD) に納められている主な曲は

Piano Sonata No.21 in B, D.960
Impromptus Op.90, D.899 NOS.2,3&4
    
          (Steinway で弾かれています)


録音:2007年9月24,25,27日 
    神戸新聞松方ホール(兵庫県)

   
   
2009-07-17 | 記事へ |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年06月25日(木)
ベートーヴェンとコーヒー豆のこと
ドイツ文化と人間像 
       相良守峰 著   三修社
p210
〜略〜
特にコーヒーについては独特の好みがあって、自分の家でコーヒーを入れる時は必ず六十粒を一杯分ときめていたと言います。自分で丹念に六十粒をかぞえる。かぞえ違いがないかと心配になって、もう一度かぞえ直すという念の入れ方だったそうです。このことは、ベートーヴェンの晩年に十何年かの間親しくしていて、ベートーヴェンの相談役や秘書役のような位置にあったアントン・シントラーという人が『ベートーヴェンの生涯』という伝記に書いてあるから本当のことでしょう。
2009-06-25 | 記事へ |
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ゲーテとベートーヴェンに関する逸話やエピソード
ドイツ文化と人間像 
       相良守峯著    三修社

p193
 ゲーテとベートーヴェン 
 〜略〜

p194〜5
  略〜
  
・・・・ゲーテとベートーヴェン(ドイツ人はベートホーフェンと発音します)のお話をするつもりなのですが、ゲーテとベートーヴェンがどういう時代に出会ったか・・・・略・・・・
 1812年、というと、ゲーテの住んでいたヴァイマルやエルフルト附近はフランス軍に占領されていた時代です。が、六十三歳になるゲーテは戦争の危険を避けるためと、健康を養う為にこの年の夏は数週間、ボヘミア(今のチェコ)のカールスバートという温泉地に滞在して保養していましたが、やはり保養の為テプリッツという、カールスバートから近い温泉地に来ていたゲーテの主君、ヴァイマルの侯爵カール・アウグストに呼ばれて、この一八一二年の九月の始めにゲーテもテプリッツに移っています。ゲーテとベートーヴェン、すなわちこの世界的な文豪と世界的な音楽家とは、このとき初めて会見をしたのです。

      〜略〜
p197
・・・・・・「題名のない音楽会」という番組があります。・・・略・・・ある晩この番組で「ベートヴェン」という題でやったことがあるのですが、・・・・一人の浪花節語りが、むろん和服姿で三味線をひきながらベートーヴェンのことを浪花節で語った。・・・略・・・私が愉快だったというのはこの浪花節のことなんです。

  
      〜略〜
p198
・・・・・「ゲーテの旦那、いま通ったお偉い人たち、それや身分は高いかも知れねえが、ほんとうは旦那の方がずっと偉いんだろう。それなのにどうして旦那があんなにペコペコするんですかい」というふんに抗議を申し込むと、ゲーテの方は、「だがね、お前さん、世の中には身分によってそれぞれきまりというものがあらあな。きまった礼儀作法、それは守らなくっちゃいけねえよ。」


      〜略〜
p199
・・・・・ゲーテとベートーヴェンがまるで違う思想を持っていたことがお分かりになると思います。ベートーヴェンは平民的な考えの人で、政治的にはメッテルニヒの反動政治の下においても共和制を理想としました。・・・・略・・・・
しかしながらベートーヴェンは何物よりも自由を尊び、束縛をきらいましたから、国家や皇帝の権威によっても自由を奪われることには甘んじませんでした。
2009-06-25 | 記事へ |
| 父の本棚から |
2009年06月07日(日)
ベートーべンは大のコーヒー好き=ウィーンのカフェは文化工房
ウィーンのカフェDas Wiener Kaffeehaus
平田 達治著  
大修館書店 ISBN 4-469-21200-8


T ハプスブルクの都に花開いた文化工房
p.8
■最良の教養の場―ツヴァイク

 p.63
■新聞も百科事典もある情報の宝庫

U ウィーン・カフェ誕生の伝説と真実
V ウィーン文化を支えたカフェ探訪
  
10 ウィーンカフェと音楽家
p.158

■ベートーベンは大のコーヒー好き
 ―略― 
グリルパルツァーとも知り合いで、一八〇八年には一時郊外デーブリング地区(現在の一九区)のグリンツリング通り六四番地の同じ家に住む隣人同士でもあったベートーベンもなかなかのコーヒー好きであったようだ。
 
 ―略―
彼にとってコーヒーは欠かすことのできない食品で、来客があったりすると、自分で豆を挽き湯を沸かして、好みのコーヒーを作ったという。豆六十粒をもってコーヒー一杯分とするのが常だったと伝えられるが、楽聖のこの処方で美味しいコーヒーが得られるか否か、
・・・・略・・・
p.159
彼の行く付けのカフェとしてはカフェ・クラーマー、グラーベン街の中央、ハプスブルガー通りの角にあったカフェ・タローニなどの名が伝わっている。
  ・・・略・・・

p.160
・・・略・・・
ベートーベンは一八一四年に当時プラーターにあった「第一カフェ館」で自作のピアノ曲、変ロ長調三重奏曲をシュパンツィクやリンケと一緒に演奏したが、すでに耳を患っていた楽聖が聴衆の前でピアノ演奏をしたのはこのときが最後だったとされている。


・・・略・・・
ベートーベンの四重奏曲の演奏に身を捧げたヴァイオリニストのヨーゼフ・ベームは、最初このカフェの、楽聖のいる前で弦楽四重奏曲一二七番を二度演奏し、それが認められて世に出ることができたのだが、耳が聞こえなかったベートーベンは、このとき弓の動きを注意深く目で追い、どんな小さなミスも見逃さなかったという。

・・・略・・・

p.163
■シューベルトとその仲間たち


  
    







2009-06-07 | 記事へ |
| 父の本棚から |
小林道夫フォルテピアノ3台、クリストーフォリ・シュタイン・クレメンティを弾く
2009-06-07 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年03月28日(土)
大井浩明 エラール 1852年パリ製を弾く
Beethovenfries 第十三回公演
《踊れ!ベートーヴェン - Jogetlah!Beethoven》   

2009年3月25日(水) 18:30〜

【演】大井浩明
(forte-piano :エラール 1852年 パリ製 )

【曲】
(アルカン編曲)弦楽四重奏曲第13番Op.130より
 「カヴァティーナ
 (Cavatina, Adagio molto espressivo)」

(ウィンクラー編曲)同Op.133
 「大フーガ
 (Große Fuge)」

(リスト編曲)交響曲第9番ニ短調Op.125
 「合唱
 (Choral)」


 野村誠:フォルテピアノのための委嘱新作(2009、世界初演)


   京都文化博物館別館ホール

   一般3000、学生2000
【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55208)【?】

 アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com
2009-03-28 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
木村徹・高橋敬一、ヨハン・バプテスト・シュトライヒャー1846年ウィーン製を弾く
コレギウム・ヨハネス 第4回演奏会

ブラームス 

4手のピアノと二人の独唱者と合唱のための
ドイツ・レクイエム

ソプラノ: 田村靖子

パリトン: 櫻井史明

ピアノ:  木村 徹
      高橋 敬一

指揮:   柴田 大

合唱:   Collegium Johanness

使用ピアノ ヨハン・バプテスト・シュトライヒャー

2009年21日(土)

カトリック高槻教会
問い合わせ:柴田 大
Cjohanness@aol.com


入場無料

2009-03-28 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年03月20日(金)
満員御礼D.原田 クリストーフォリピアノを弾く(1726年モデルの復元)
フォルテピアノ・ヤマモトコレクション・コンサート
ピアノ発明者  バルトロメーオ・クリストーフォリ
最初のピアノはどのような音だったのだろう・・・
   
    復元制作 10周年 記念

        2009年3月29日(日) 午後 2時 開演 

演奏: ダミアン 原田

<プログラム>

チャイヤ(1671-1737):ソナタ1番より トッカータ
ジュスティーニ(1685-1733) :ソナタ10番より
               カンツォーネ・アルマンド
べーム(1661-1733): カプリチオ
ブックステフーデ(1637頃ー1707): アリア
バッハ(1685-1750): 主よ人の望みの喜びよ
D.原田(1947−  ): 土佐路律奏




使用楽器:グラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ
     B.クリストーフォリ、フィレンツェ、1726年
     山本宣夫 1999年 復元

主催:フォルテピアノ・ヤマモトコレクション

会場:スペース・クリストーフォリ・堺
 堺市東区大美野119-12

コンサート代 ¥3.000-  <定員 80名>
お申し込みは
電話・Fax 072-237-3940
または、e-mail : cristoforijapan@sakai.zaq.ne.jp
担当 波多野まで
2009-03-20 | 記事へ | コメント(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2009年02月19日(木)
上野真ナネッテ・シュトライヒャー(いずみホール)を弾く&話し山本宣夫
2009年日(土)

社団法人 日本ピアノ調律師協会関西支部 主催

よんよんコンサート Fresh Artist 2009 in KANSAI
         ピアノ生誕300年


         特別出演 上野 真


[曲目]

ベートーヴェン幻想曲 作品77(1809)

シューベルトソナタイ長調 作品120 DV 664(1819))
第1楽章 Allegro Moderato
第2楽章 Andante
第3楽章 Allegro

*都合により曲目は変更する場合があります

使用フォルテピアノ: ナネッテ シュトライヒャー  1820年頃 ウィーン
お話    山本 宣夫


他 出演大学多数

開演:PM5:00
開場:いずみホール
   
入場料 1,500円(当日2,000円)


お問い合わせ・チケットお申し込み

よんよんコンサート事務局
Tel&Fax 078-881-7759
e-mail:kansai@jpta.info
URL:http//www.jpta.org
2009-02-19 | 記事へ | コメント(0) |
| フォルテピアノを使用したコンサート |
2009年01月20日(火)
大井浩明 ジョン・ブロードウッド 1816年ロンドン製を弾く
    ●大井浩明

  Beethovenfries 第十二回公演

   《光、光乞ひ、光より光騙り取る》

   2009年3月17日(火) 18:30〜

                /京都文化博物館別館ホール/

 【演】大井浩明

 forte-piano、ジョン・ブロードウッド

 【曲】ソナタ第30番ホ長調Op.109、
      第31番変イ長調Op.110、
      第32番ハ短調Op.111、

 福井とも子:フォルテピアノのための委嘱新作(2009、世界初演)
 
 

 【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55208)【?】
  アクティブKEI 075-255-6586、
          oncert.yoyaku[at]gmail.com
    一般3000、学生2000
2009-01-20 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2009年01月18日(日)
大井浩明ブロードウッド(1816年)とマテウス(1820年)を弾く
大井浩明Beethovenfries 第十一回公演

《宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない》

2009年3月10日(火)18:30〜


/京都文化博物館別館ホール/


【演】大井浩明

(forte-piano、ジョン・ブロードウッド+マテウス・シュタイン)


【曲】ソナタ第27番ホ短調Op.90、
      第28番イ長調Op.101、
      第29番変ロ長調Op.106
      「ハンマークラヴィーア(Hammerklavier)」
      (ロンドン初版による)、

有馬純寿:フォルテピアノのための委嘱新作(2009、世界初演)


【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55208)【?】
   アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com

     一般3000、学生2000
2009-01-18 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年12月21日(日)
ドナウ河の源流フュルステンベルクとモーツァルト、ハイドン、リスト        
加藤昌彦著 
ドナウ河紀行 ―東欧・中欧の歴史と文化―
岩波新書 189 
p3 
1 シュヴァルツヴァルトの森から[ドイツ]
源流争い

ドナウ河は、南ドイツのシュヴァルツヴァルトから流れる。

―略―

この森林地帯の東斜面、南の端に、ドナウエッシンゲンという人口
二万そこそこの田舎町がある。

―略―

町の中央に、フュルステンベルク・シュロスと呼ばれる小さな宮殿が立っている。この地方の領主であった貴族のフュルステンベルク候の居城である。ドイツ・オーストリアならとくにめずらしくもない建物だ。この館の庭―そこにドナウの源流がある。

p4
 庭園を飾るネオ・バロック様式の手すりから階段を下りると、真ん中に円形プール状の小さな人工の池がある。底からはこんこんと水が湧き出ている。これが「シュロッス・クヴェレ」(館の泉)といわれて、ドナウの源とされてきた由緒ある泉である。

―略―

 ところでこのドナウエッシンゲンという町は、今世紀の初めまでは、領主のフュルステンベルク候の館がある以外は、なんの変哲もない田舎町にすぎなかった。フュルステンベルク候は、ドイツの貴族の中でも最も古い家系の一つで、一三世紀にこのドナウエッシンゲンの近くにあった城塞の名前をとってフュルステンベルク≠ニ名乗った。オーストリアのハプスブルク家とも婚姻を結んでいる。一四八八年以来ドナウエッシンゲンを領有してきたが、一七二二年にここに館を建て居城とした。もちろん当時はまだ村落で、付近は王侯貴族お好みの狩り場となっていた。

p5
 フェルステンベルク家の人々は代々学問と藝術を愛した。田舎貴族とはいえ、館の中には立派なライブラリーを備えていた。十三万冊ににのぼる蔵書と、五百冊のインキュナブラ(一五百年以前の印刷本)は、今日に貴重な資料として残され、その中にはゲルマンの壮大な民族叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の写本のような、またとない文化財も含まれている。館の裏手にあるギャラリーには、ドイツ・ルネッサンスの巨匠クラナッハをはじめ、数々の名画のコレクションがある。
 
 このドナウの泉の館には、一七六六年に、当時九歳のモーツァルトが招きを受けてコンサートを行っている。 フュルステンベルク候はこの天才音楽家をねんごろにもてなした。同伴した父親のレオポルドはこの時の模様を、友人に次のように書き送っている。

 『結局私たちは一二日間そこにいたのです。そのうち九日は夕方五時から九時までが音楽でした。・・・・侯爵は私に二四ルイ金貨を下さり、子供たちもそれぞれダイヤの指輪を頂戴しました。私たちが暇乞いするとき、侯爵の目からは涙が流れていました。まもなく私たちも別れぎわに皆泣いてしまいました。侯爵は私に手紙をしばしばよこすようにと仰せられました。こんなわけで私たちの滞在は最高に満足の行くものでしたが、別れもまったく悲しいものでした・・・・」


p6
 
 ハイドンのオラトリオ『天地創造』のドイツにおける初演もここで行われた。ピアノの名人リストもこの館で恂爛たる演奏を披露し、候を感動させている。


 一九二二年以来この町で、世界的に有名な音楽祭が催されるようになったのも、こうしたフュルステンベルク家伝統の芸術愛好の精神と無縁ではないであろう。

 ―略―
2008-12-21 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年11月22日(土)
大井浩明、プレイエル(pleyel )1846年パリ製を弾く 
大井浩明 Beethovenfries

第九回公演《來よ、魂、惱みを過ぎ越し歡びへ到らむ》

2008年1219日(金)

18:30〜/京都文化博物館別館ホール

一般3000、学生2000

(forte-piano、Pleyel 1846 Paris )

*予定されていた使用ピアノは、シュトライヒャーでしたが、プレイエル に変更となりました。

【曲】
(リスト編曲)交響曲第5番ハ短調Op.67「運命(Schicksal)」(1804/08)+交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園(Pastorale)」(1804/08)、(サン・サーンス編曲)弦楽四重奏曲Op.59「ラズモフスキー」(1805/06)より第1番第2楽章アレグレット+同第3番終楽章フーガ 

【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55928)【?】アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com

大井浩明  Beethovenfries

第十回公演《きみしあひみはゆかましものを》

2008年1227日(土)18:30〜/京都文化博物館別館ホール
一般3000、学生2000

  (forte-piano, Pleyel, 1846 Paris)

予定されていた使用楽器は、エラールでしたが、プレイエル に変更となりました。


【曲】(リスト編曲)交響曲第7番イ長調Op.92(1811/12)+交響曲第8番ヘ長調Op.93(1812)+歌曲集《遥かなる恋人に寄す》Op.98 (1816) 【券】ローソンチケット0570-084-005(Lコード55928)【?】アクティブKEI 075-255-6586、concert.yoyaku[at]gmail.com
2008-11-22 | 記事へ |
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2008年10月20日(月)
上野 真 J.B.シュトライヒャーとエラールそしてベーゼンドルファーを弾く
上野真    ソロ・コンサート

J.B.シュトライヒャー 1846年(ウィーン)で演奏される曲

 ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番ニ短調作品31-2
 「テンペスト」(1802)

エラール 1852年(パリ)で演奏される曲
 ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調 作品53「英雄」(1842)
 
  リスト:ペトラルカの3つのソネットより 平和は見い出せず
  第104番(1846/58)

 リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調(1847/1851)

ベーゼンドルファーで演奏される曲
 ラヴェル:「鏡」より第2曲 悲しい鳥(1905)
 プロコフィエフ: トッカータ 作品11(1912)
 ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー(1923-24)
 

2008年11月1日(土)  
   
 スペース・クリストーフォリ・堺
 午後2時〜            
        
       
 

2008-10-20 | 記事へ | コメント(0) |
| スペース・クリストーフォリ・堺で行われたコンサート |
2008年10月18日(土)
ダミアン 原田隆文 バルトロメーオ・クリストーフォリ(1726年の復元)を弾く
フィレンツェ、メディチ家の光と影

ピアノ発明者バルトロメーオ・クリストーフォリのピアノ
  
“グラヴィチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ”
コンサート


 ピアノ ダミアン 原田隆文
 解説  山本宣夫 

 使用ピアノ:1726年モデル 復元楽器 (1999年山本宣夫制作)

  2008年 10月5日(日) 14:30〜

<プログラム>

   1. イエペス カンシオン 16世紀
     イエペスに関する詳細なことは、
     解っていないが楽譜はポルトガルの
     古都にあるコインブラ大学で発見されました。

   2. B.パスクィーニ (1637-1710
     スペインのラ・フォリア変奏曲
     ローマのサンタ・マリア・マジョーレ教会
     のオルガニストで多くの作曲家たちも残した
     有名なラ・フォリア
   
3. D.ツィポ-リ (1688-1726)    
パルティータ イ短調
オルガン・チェンバロの曲が残っており、
     短い曲だが美しい旋律に溢れています。
     
   4. ジュスティーニ 
      サラバンド(ソナタ5番1楽章)
     クリストーフォリピアノのために書かれた
     ソナタ5番の第一楽章でアルペイジオ和音に
     彩られた珠玉の作品です。

   5. チマローザ  
  ソナタ イ短調
モーツァルトがこよなく好んだと云われる作曲家、
     メランコリックな旋律が美しく響きます。

   6. ダミアン 原田
組曲  土佐路律奏 
       1)遍路道  お遍路さんの鈴の音
       2)野の花  野辺に咲く名もない花
       3)和賛   心の平和と和解 

 
  会場  赤坂女子パウロ会聖堂 
      東京都港区赤坂8-12-42
      最寄り駅:千代田線 乃木坂
 

  主催:ヤマテピアノ
  協力:フォルテピアノ ヤマモトコレクション


  
2008-10-18 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年09月27日(土)
大井浩明クレメンティのスクエアーピアノでベートーヴェンを弾く
Beethovenfries 第六回公演
《いと麗しき新世界(とつくに)かな O brave new world》
●大井浩明
2008年10月30日(木)

京都文化博物館 別館ホール
18時30分開演
¥3.000-
 (学生¥2.000-)

[お問い合わせ] アクティブKEI 075-255-6586
concert.yoyaku@gmail.com

(使用楽器/ジョーンズ-ラウンド + ムツィオ・クレメンティ)

第16番ト長調Op.31-1(1802)[3楽章]
第17番ニ短調Op.31-2「テンペスト(Der Sturm)」(1802)[3楽章]
第18番変ホ長調Op.31-3(1802)[4楽章]
第21番ハ長調Op.53「ワルトシュタイン(Waldstein)」(1803/04)[3楽章]

清水一徹;フォルテピアノのための《老人の頭と鯨の髭のためのクオドリベットQuodlibet con la testa di persona anziana e la barba di balena per Fortepiano》(2008、世界初演)
2008-09-27 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年09月19日(金)
モーツァルトとクラヴィーアdas Klavier日常ドイツ語でピアノのこと 
「モーツァルトへの旅」  小塩 節 
 TOMO選書 主婦の友社 1978年

p38  父の楽譜帳
   〜略〜
父が七歳のナンナールにクラヴィーアを教え始めたとき、弟は三歳だった。彼は長いことクラヴィーアの前に立ちつくして、姉の練習をおとなしく聴いていたが、練習の合い間に姉が席を立つとクラヴィーアのところに近づき、小さな手を鍵盤にのせ、三度の和音をさがして、うっとりと聞きほれた。そしてそれをいつまでも鳴らして諧音を楽しんでいることが良くあった。こうして彼の音楽へのめざめはクラヴィーアに始まり、作曲もメヌエットなどクラヴィーアの小曲から始まった。後半生では彼はクラヴィーア演奏家・作曲家として活躍し、それで生計を立てた。
   〜略〜
モーツァルトが使い、作曲に予想したのは、今のピアノとはちがう十八世紀の、それもまさにモーツァルトの時代ニ、三十年間のクラヴィーアだった。挿絵を見るとわかるように横幅も音の幅も狭く、ペダルもない。やさしい音を出す鍵盤楽器だった。

p39
彼は幼少のころはチェンバロを使った。英語でハープシコードというものだ。フランス語でクラヴサンと言う。その後用いたのは主にシュペートなどのクラヴィーアである。さらにはアウクスブルクの製造家シュタインのつくったハンマー・フリューゲル、そしてさらに後年には、ウィーンの楽器製作者アントーン・ヴァルターのものやバウアー製のクラヴィーアであった。
 これらはバロック時代のチェンバロやクラヴィコルドとはちがうものだった。ザルツブルクの生家には、現在いくつかのクラヴィーアが展示されている。それはベートーヴェンとその後の音楽家たちが使ったピアノ・フォルテとも異なっている。ピアノは一八〇〇年ごろ、モーツァルトが死んだのちに今のものに近い形がつくられ、一八五〇年ごろに定着したと言われる。現在の日常ドイツ語では、ピアノをもクラヴィーアと言うのでまぎらわしいが、歴史的記事の訳出にあたっては注意する必要がある。なお、クラフィーアと読む人がいるが、ラテン語からきたこのKlavierのVは濁って発音するからクラヴィーアでなくてはいけない。

p40
ともあれ、こういう楽器を使い、作曲に予想したモーツァルトのいわゆる「ピアノ」曲を、ベートーヴェン以降のピアノと同じ地平で扱ってはならない。モーツァルトが使ったハンマーフリューゲル、それからフランクフルトのゲーテの生家で私が弾かせてもらった、少年ゲーテや妹のコルネーリアの弾いた小さなクラヴィーアの音は、むろん音量は限られているが、なんと言ったらいいだろう、やさしくてすんなりとしまった音を立てて鳴る。
 〜略〜
2008-09-19 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年09月03日(水)
アンドレアス・シュタイアーがJ.B.シュトライヒャーで紡ぐオール・シューマン
アンドレアス・シュタイアーがフォルテピアノで紡ぎ出す
“子供の情景〜大人のメルヘン”


  2008年11月11日(火)19:00開演
  ザ・フェニックスホール
 
使用ピアノ: ヨハン・アンドレアス・シュトライヒャー
        1846年 ウィーン
       フォルテピアノ ヤマモトコレクション蔵

 9月2日セット券一般発売
[協賛公演]
J.S.バッハに触発されたオール・シューマン・プログラム
出 演 アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)
曲 目 ▼シューマン/子供のためのアルバムop.68より、スケルツォ、ジーグ、ロマンツェとフゲッテop.32、フゲッタ形式の7つのピアノ小品op.126より、森の情景op.82、子供の情景op.15


座 席 全席指定
料 金 ¥5,000

※単独チケットは9月11日(木)10時発売


協力/フォルテピアノ・ヤマモト・コレクション
問い合わせ先 おふぃすベガ 0798-53-4556
2008-09-03 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年07月30日(水)
スカルラッティは、フィレンツェで新発明のクリストーフォリのピアノに遭遇したか?
1702年頃 フェルディナンド候に招かれて、息子と共に4ヶ月もフィレンツェに滞在したドメニコ・スカルラッティのことが簡潔に紹介されていますので、紹介しましょう。

An illustrated
History of Music T
マルク・パンシェルル著
皆川達夫監修・訳
音楽の歴史
ISBN4−89194-001-8 c1073

P.111
マドリッドのチェンバロ奏者
スカルラッティ
 
1685年、バッハ、ヘンデルと同じ年にナポリに生まれたドメニコ・スカルラッティDomenico Scarlattiは、ヨーロッパ中を旅した後、マドリッドでポルトガル王女マデレーナ・バルバラ、後のスペイン女王のチェンバロ奏者として仕えた。彼の器楽作品の大半はマドリッドで作曲され、1757年この地で死んだ。

 若い頃は、オペラと宗教音楽を作曲しており、最近ようやく注目されつつある。ヴァイオリンとバスのための楽曲約10曲、ピアノを意図して作られたと思われる作品約10曲(彼の晩年、女王の各地の館にはこの新しい楽器が合計3台もおかれていた)、それ以外は、すべてチェンバロのための作品で、ソナタは555曲数えられる

 〜略〜

 その奏法は、ときに現代の演奏家さえ困難を覚えるほどのものがあり、形式が固定されているにもかかわらず、主題は独自の発展をとげてゆく。和声は新しく、後の時代の筆写者が多少手を加えたのではないかと思わせる程の、斬新さを蔵している。そうしたすべての手法は、、ひたすら表現のために存在している。それは自由な即興性に満たされ、ときに陽気であり、ときに鋭く皮肉にみちている。ときとしてはある種のメランコリーをふくみ、しかも、スカルラッティはモーツァルトと同様に、自らのひそやかな悲しみを垣間見せるのを恥じるように、急激に調子をかえてしまう。

  〜略〜
2008-07-30 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年07月20日(日)
大井浩明ベートーヴェン第5回京都文化博物館別館7月31日
大井浩明
Beethovenfies
16 Dec 1770-26 Mar 1827

第5回公演  《苔とは汝れも知らずよ》 18時半開演

プログラム 
L.ヴィンクラー編曲:弦楽四重奏曲第1番Op.18-1(1798/1800)より
F.リスト編曲:交響曲第1番ハ長調Op.21(1799/1800)
同:交響曲第2番ニ長調Op.36(1800/02)

第5回 (使用ピアノ) J.B.シュトライヒャー 
1846年製 ウィーン(オリジナル楽器)  
修復 山本宣夫


2008-07-20 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年07月15日(火)
ベートーヴェンに贈られたブロードウッドピアノは、イギリスからアルプスを越えて・・
ベートーヴェンとハンマークラヴィーア

Conny Restle
Beethoven and the Hammerklavier

p80

ベートーヴェンは、ウィーン到着後死に至るまで、今日判明している限りにおいては、少なくとも9台のピアノを所有していたようだ。
脚注1.
Anton Walter 1802、Sébastien Erard 1803, 
Johann Andreas Streicher 1796 and before 1810,
Sebestyen Anton Vogel 1814, Wenzel Schanz 1815,
Thomas Broadwood 1817/1818,
Conrad Graf 1825/1826 and 1832

そのうち、ベートーヴェン所有のブロードウッドのペダル機構がフォルテピアノ・ヤマモトコレクション所蔵のブロードウッド(1816年製)のペダルと同タイプなのでご紹介しましょう。

(写真) フォルテピアノ ヤマモトコレクション所蔵 ブロードウッド ペダル

ベートーヴェンのブロードウッドピアノは、(彼のエラールと後の2台のコンラート グラーフのピアノ同様)イギリス式メカニックを備えていて、現在は、ブダペストのハンガリー国立博物館所蔵である。〜 略 〜 6オクターブ(C₁−c⁴)の音域で全音域に渡って1音は3本弦からなる。ペダルは2本で、右側が二つに分かれている(写真参照)。左のペダルは、一般にソフトペダルと呼ばれるもので メカニックを動かし ハンマーの打弦を3本から1本
(tre corde−una corda)に変化させることができる。 右側のペダルはいわゆるダンパーペダルであり、分割された左側は低音域、右側は高音域のダンパーを持ち上げ機能する。右のペダル(分割されたもの合わせて)を踏むと、全音域のダンパーが持ち上がる。〜略〜

Klang und Begriff 2
Staatliches Institut für Musikforschung Berlin
Preussischer Kulturbesitz
SCHOTT
2008-07-15 | 記事へ | コメント(0) |
| ベートーヴェン所有のブロードウッドピアノ |
2008年06月25日(水)
ピアノの起源 マックス・ウェーバー 音楽社会学からの引用
マックス・ウェーバー 音楽社会学   
訳解  安藤 英治、池宮 英才、 角倉 一朗
創文者 

p231
           二九
 近代に固有の第二の鍵盤楽器たるピアノは、技術的には非常に異なった二つの歴史的起源をもっている。一方にはクラヴィコードClavicord がある。 全西欧世界の合理的音測定の基礎となった初期中世のモノコード≠ヘ、一本の弦と移動する駒を持った楽器であるが、クラヴィコードは、このモノコードの弦を増やしてでき上がったものであって、多分間違いなく修道僧の発明になるものであろう。  〜 略  〜

十四世紀には二十二の全音階の音(hと並んでbも含め、Gからe´まで)を包括るするだけの音域
p232
を持っていたこの楽器は、アグリーコラの時代(十六世紀)にはすでに、Aからh"に及ぶ半音階的音階をもつまでになっていた。この楽器の音はすぐに消えるので、これが装飾的恩恵を生む刺激となり、かくてこの楽器はとりわけ厳密な意味での芸術音楽に使う楽器となっていた。この楽器は、弦の鳴っている部分を区切って沈黙させるタンジェントによって打鍵された。楽器の運命がもはや少数の音楽家や耳のこえた素人達(ディレッタント)の需要によっては決定されず、資本主義的になった楽器生産の市場の諸状況によって決定されるまでになるまでは、この楽器は、ハンマークラヴィーアHammerklavierとの競争に負けることはなかったが、それは、完成の域に達したこの楽器独特の音色の効果、つまりその特徴たる表現豊かな顫音。ebungenのおかげであった。

 ピアノの第二の源は、プサルテリウムPsalteriumに由来するクライヴィシムバル,lavicymbal、クラヴサン,lavecinまたは、チェンバロ,embaloと、これと多くの点で異なったイギリスのヴァージナル〃irginalとである。これらの絃は、それぞれの音に一本ずつあって羽茎で掻き鳴らされたので、強弱や音色を調節する能力はないが、タッチTonanschlagは非常に自由であり、明確であった。前に述べたような短所はクラヴサンとオルガンに共通しており、ひとびとは同様の技術的手段をもってこの短所を匡正しようと努めた。十八世紀に入るまでオルガニストは正規のクラヴィーア製造家であり、したがってまたクラヴィーア作品の創始者でもあった。
    〜 途中 略  〜
p234
 ハンマークラヴィアは、一部はイタリアの土壌の上(クリストーフォリ)、一部はドイツの土壌の上に、種々の段階を経て発展して行った。しかしイタリアにおける諸発明は、最初そこでは実際上ほとんど利用されなかった。
 イタリアの文化は、(実際、近代の戸口に至るまで)北方の音楽文化の室内空間的性格には無縁であった。ア・カペッラ歌唱A-capella-gesangとオペラは、そして特にオペラはそのアリアが、理解し易い、歌い易いメロディーを求める家庭需要を充たすように作られており、市民的な家庭<zーム文化がないという事実によって規定されたイタリア流の理想であった。こういう事情により、ピアノの生産とピアノのそれ以上の技術的発展との中心は、当時音楽的にもっとも良く―つまりこの場合、もっとも広汎に―組織されていた国、すなわちザクセンにおかれていた。
 
2008-06-25 | 記事へ | コメント(0) |
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2008年06月23日(月)
イェルク デームスのCD バッハ クリストーフォリ・ピアノ1726年モデル使用
イェルク・デームス氏をして、バッハ音楽が求めるカンタービレを実現できたと言わしめた 我がクリストーフォリ・ピアノ1726年モデル(1999年復元)を使用してのCD 


THE HISTORY OF THE PIANO
Joerg Demus plays on a Fortepiano by Bartolomeo Cristofori of 1726 (original copy by Nobuo Yamamoto)

(曲目)
Johann Sebastian Bach

Praeludium und Fuge C-Dur WTK I BWV 846

Paeludium,Fuge u.Allegro,Es-Dur BWV 998
Vom Himmel hoch da komm'ich her...'

Praeludium und Fuge Es-Dur
WTK II BWV 876

Capriccio ueber die Abreise seines geliebten Bruederchens
BWV 992

Praeludium und Fuge d-moll
WTK II BWV 875

Franzoesische Suite Nr.5
G-Dur BWV 816

Praeludium und Fuge f-moll
WTK II BWV 881

Aus.I.Partita B-Dur BWV 825

Praeludium und Fuge Fis-Dur
WTK I BWV 858

Aus dem Notenbuechlein 'vor Anna Magdalena Bachen' 1725

お求め、お問い合わせ先:
〒599-8126
堺市東区大美野 119-12
スペース・クリストーフォリ・堺
п彦ax 072-237-3940



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| バルトロメーオ・クリストーフォリ |
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サントリーホールガラコンサートで小山実稚恵エラールでショパンを弾く
サントリーホール22周年記念
ガラコンサート「響き」
  

 2008年10月4日(土)

* エラール No 37500 1857年 パリ製 
  85鍵 エラールアクション テンションバー 5本
  サントリーホール 蔵 
前所有者 福澤アクリヴィ        
  2007年 山本宣夫 修復 

* リプロデューシングピアノ 自動再生ピアノ
  メイソン&ハムリン
 No38470  1922年 ニューヨーク
  アンピコ リプロデューシング装置内臓
  フォルテピアノ ヤマモトコレクション蔵

  “自動ピアノという言葉は、機械的で無味乾燥な人間不在の音楽を連想させるが、リプロデューシング ピアノは、偉大なピアニストの記録した演奏を再現する精緻な機能を備えたピアノである。曲に対する演奏者の解釈や表現法、陰影と色調、そして熱情と香気までもありありと蘇らせる。・・・・・略・・・・・・・・・・山本宣夫
 「不滅の鍵盤によるリサイタル」
音のある風景 − フォルテピアノヤマモトコレクション展
 1999年
尾道美術館 図録より


* グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ
  バルトロメーオ・クリストーフォリ 
(ピアノ発明者)の
  1726年フィレンツェモデル 復元楽器  
      1999年 山本宣夫制作
  フォルテピアノ ヤマモトコレクション蔵




  
  
   

 
2008-06-23 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年06月18日(水)
バルトロメーオ・クリストーフォリに白羽の矢を当てた大公子フェルディナンドとは
のちにピアノを発明することになる、バルトロメーオ・クリストーフォリをフィレンツェに呼びよせたメディチ家のフェルディナンドのことが書かれています。
「メディチ家」 森田義之  講談社現代新書 1442
ISBN4-06-149442-2

p333〜334
略・・・・活発で華麗なパトロン活動を展開したのが、長男の大公子フェルディナンド(1663-1713)である。
 
 フェルディナンドは、母マルグリット・ルイーズの血を引き、才気あふれた快活な美青年で、父の意に反して政治に関わることを拒否した代わりに、美術、演劇、音楽、その他あらゆる感覚の喜びに耽溺した。少年の頃から象牙細工に習熟し、チェンバロやヴァイオリンを演奏し、美声で歌い、作曲にも通じていた。ディレッタント音楽家のフェルディナンドがもっとも熱中したのは音楽のパトロネージで、プラトリーノのメディチ荘に劇場をつくり、著名な舞台建築家ビビエーナ兄弟に舞台装置を依頼して自ら演出し、ここをオペラ音楽のメッカとする。十六歳の時には自作オペラ『愛の力もて愛に勝ち』を上演し、アレッサンドロ・スカルラッティとドメニコ・スカルラッティ、ヘンデル、ペーリ、パスキーニらもこの劇場に招かれて演奏した。
 〜   略    〜
p335
 大公子フェルディナンドは、メディチ家の大パトロンであり、「トスカーナの偉大なる光明」グラン・ルーメとしてイタリア中に名声をひろめた。しかし、その晩年は、惨めであった。前述のように彼はホモセクシュアルであり、カストラート(去勢歌手)に熱をあげ、父の勧めで結婚はしたものの、妻を無視してヴェネツィアでのカーニヴァルや夜の快楽的生活に耽り、梅毒を移され、それが原因で父コジモより十年も早く世を去ることになるのである。
2008-06-18 | 記事へ | コメント(0) |
| バルトロメーオ・クリストーフォリ |
2008年05月24日(土)
小倉貴久子 M.シュタインを弾く
バッハ・コレギウム・ジャパン
バッハ⇔メンデルスゾーン・プロジェクト 2008-2009
BACH-MENDELSSOHN project 2008/2009 : Bach toward Mendelssohn "Jesu meine Freude"

バッハからメンデルスゾーンへ
イエス、わが喜び
バッハ演奏のスペシャリスト達による、メンデルスゾーン・プロジェクト始動!

鈴木 雅明〈指揮〉
藤崎 美苗〈ソプラノ〉
小倉 貴久子〈フォルテピアノ〉
バッハ・コレギウム・ジャパン〈合唱と管弦楽〉

J.S.バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750)
モテット『イエス、わが喜び』
カンタータ〜追悼の式典〜『神の時こそ、最上の時』(メンデルスゾーン版)
F.メンデルスゾーン・バルトルディ Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
コラールカンタータ
 『イエス、わが喜び』
 『キリスト、汝、神の子羊』
 『ただ愛する御神に委ねるものは』
賛歌『お聴きください、わが祈り』(フォルテピアノ伴奏



2008.5.28(水)7:00pm開演(6:30pm開場)

兵庫県立芸術文化センター[小ホール]


2008-05-24 | 記事へ | コメント(0) |
| ヤマモトコレクションのフォルテピアノが使われました |
2008年05月13日(火)
アルトゥール・シュナーベル わが生涯と音楽 和田丹訳 白水社
シュナーベルの最初のピアノに対する認識は?
p.315
・・・あなたは、ピアノ−《ハンマークラヴィーア》―が、バッハの存命中に発明されたことをご存知でしたか?
最初のものは、イタリアのパドヴァで1710年ころにつくられました。音楽家のなかには、大変に熱狂してこれを歓迎した人もいましたが、その発明者は成功せず、これらの楽器はわずかしかつくられませんでした。バッハは、1726年にドイツで製作された最初のものである、一見しておそまつな模造品をみて、それを不満足に思いました。その生涯の重要な時期に《ハンマークラヴィーア》の発明と存在のことを知り、それを演奏すらしていたことを、きわめて重要だと思います。
*******
 >ヨーロッパでも、最初のピアノに対する認識は、この頃でもまだこの程度だったのですね・・・

その後、
 クリストーフォリピアノの内部構造がX線で初めて明らかになったのは、1990年代に入ってからでした。
 オリジナルのクリストーフォリピアノ、1720年と1726年のオリジナルピアノを調査をした上、1726年のオリジナルから起された図面をもとに、クリストーフォリ・ピアノ1726年モデルの制作を行いました。
2008-05-13 | 記事へ | コメント(0) |
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