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2008年07月05日(土)
小林よしのり氏による日暮吉延氏への疑義について
植田信先生のウェブサイトで、拙ブログの標記の記事における言及が短すぎて何をいっているのかわからない旨のご指摘を受けました。

それで、小林よしのり氏の「パール真論」で言及しているいくつかの箇所について、恐縮ながら私の言及の意図を詳しく述べさせていただく。

最初に出てくるのは、同著の218頁である。

(引用はじめ)
日暮は、東京裁判を「文明の裁き」とする肯定論も、「勝者の裁き」とする否定論もとらないという。そして「勝者の裁き」だからといって全否定してはいけない理由をこういうのだ。国際政治にも「規範」や「道義」は存在するのに、日本人の「勝者の裁き」論は、敗者のルサンチマン(弱者の怨念)のせいで「勝者の正義」も「日本の過誤」も認めない。これは問題である。
(引用おわり)

これに小林氏が噛みつく。

(引用はじめ)
国際政治に「規範」や「道義」があるのなら「敗者・日本の正義」も「連合国の過誤」もあるだろう。それが完全に見過ごされているから、「勝者の裁き」は否定しなければならないのだ。
(引用おわり)

ここから、小林氏の論理の誤りを指摘する。
まず、
1.
小林氏の最後の言葉がおかしい。"「勝者の裁き」は否定"ではなく"東京裁判は「勝者の裁き」であるとして否定"とか表現しないと正反対の意味になる。もしくは、"「文明の裁き」と代入してもよい"要は「勝者の裁き」が目的語と文法的になってしまっているので、おかしくなってしまっているということである。

2.
日暮氏は東京裁判を全否定していないということは、すべてを否定してはいないということである。裏で表現すれば、概ね否定しているわけで、すなわち部分否定ということになる。

ところが、小林氏は、
「敗者・日本の正義」も「連合国の過誤」が完全に見過ごされているから、東京裁判を否定するとしているが、この言い方は、言葉的にも文脈的には全否定になっていない。それは、日暮氏の"「勝者の正義」も「日本の過誤」も認めない"ことは問題である。という部分否定に関わる文脈をを直接否定していないからだ。

つまり日暮氏の"「勝者の正義」も「日本の過誤」も認めない"ことは問題である。という主張を否定はしないが、そのことより、「敗者・日本の正義」も「連合国の過誤」が完全に見過ごされていることが重大な問題だと相対的に強調しているだけのことである。

したがって、論理学的に反駁したのではなくて、主張したいポイントが違っているだけのことである。

他の箇所についての言及は次回とする。
2008-07-05 11:10 | 記事へ |
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2008年06月28日(土)
小林よしのりの「パール真論」
日暮吉延氏の「東京裁判」(講談社現代新書)を以前、好著ということで紹介したが、小林よしのり氏の新刊「パール真論」で、勝手な思想解釈をしているとして、いくつかの主張に疑義が申し立てられていた。推薦文を寄せたのが保坂氏でもあることから、日暮氏の基本的立場が、左右の相克を止揚したものであることは予想されるところではある。小林氏の指摘はともあれ、日暮氏の「東京裁判」は、全体の構図が分かる資料として好著だと思うというのが私の趣旨であり、その意味でイデオロギー抜きで勉強になる本だ。ところで、小林氏の疑義は同著にある中島氏へのそれと比べてよく読めば大した話でない。細かく論証する気力はないが、前の記事でも指摘したように、小林氏(に限らない)が数学的(集合論的)センスがないために、論理学的に勇み足をしている。全否定、部分否定、命題の逆、対偶等の認識さえあれば、噛みつくような内容でないのにと惜しまれる。ただし、小林氏の指摘の中で、”日暮氏のパール判事が反西洋帝国主義の思想を基盤に判決書を書いた”(どこの頁か未確認)というのは、明らかに誤りの箇所である。というか前回の記事でも、日暮氏がそのような思考をしていない箇所の記事を私は抽出したのだが、確かに矛盾する話だ。
2008-06-28 09:37 | 記事へ |
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2008年03月26日(水)
米国の対中関係方針転換か
以下のニュースによると米国防総省が、誤って2006年に台湾に核弾頭を爆発させるための起爆装置を輸出していたとのことである。いやはや凄い誤り方であろう。ロッキード事件の重要書類が誤ってチャーチ委員会に送付されていたことなんて全く足元にも及ばない間違いぶりだ。ということはこれを額面どおりには読み取れないはずである。明らかに軟化を見せていたブッシュ政権の対中戦略に軌道修正が図られたことを意味する。そしてその背景を読めばイラク情勢の沈静化があるだろう。なんて推測が今後、叢生するのではないかと思ってこの投稿を行ってみただけです。まあ評論家の殆どは一次情報に触れることのできない人たちであろうから誇大妄想の類をこんな風にしてみせるんだろうと思って・・・・。ジャンジャン!(たけし風)

(転載はじめ)
台湾に誤って核起爆装置を輸出
 米国防総省は25日、2006年に台湾に誤って、弾道ミサイルに搭載された核弾頭を爆発させるための起爆装置を輸出していたことを明らかにした。台湾の注文はヘリコプター用の電池だった。核弾頭本体ではなかったものの、同省ではなぜ起爆装置が輸出されたのか現在調査している。起爆装置は米国に返却された。同省によると、中国にも連絡したという。(ワシントン 有元隆志)(産経新聞)
(転載終わり)
2008-03-26 12:34 | 記事へ |
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2008年01月05日(土)
ブット元首相の暗殺の背景は
ブット元首相が予想通り暗殺された。人の死を安易に予想通りなんていうのは大変失礼な話だが、ここでいう予想通りというのは、幾度も暗殺の危険に晒されていたためとうとう現実になってしまったという意味である。かってのベニグノアキノ氏のケースとその意味では似ているといえるだろう。そんなんで先日、ある会合で私が予想通りといったら、後になったら何でもいえるとか茶化す輩がいた。だがそれは全くのお門違いである。昨日の天気予報で明日は雨といっていたのを、当日に実際に雨になったことで予想通りと言ったのと同じことである。単にその程度の皆が噂していた類の話だったのである。後で何とでもいえるなんてピンボケも甚だしい。なんて思っていたら、世間でもあーあまたぞろポンコツ国際政治ジャーナリストの輩がブット氏の暗殺についてあれこれ妄想逞しくのたまっていた。アルカイーダの線が単純に言えばコメントしやすいが、何かありふれているしそうだとしたらあまり目的がはっきりしない。アルカイーダというのは連合体のテロ組織ともいわれているが、それぞれが独立して勝手にやっているのなら、一まとめでいうのもおかしな話だ。お得意?の自作自演説もでている。ムシャラフがアメリカのいいなりとか、反対にアメリカに見限られているとかもう訳分からん。このような事件で真相が明らかになることはまずない。また明らかになったとしても、それがまともに信じられない。9.11なんかぐちゃぐちゃになってしまった。ブット氏に戻すと、推理小説の定石で、一体誰がこの暗殺で得をしたか考えるというのがあるでしょうがに。誰も得してないじゃん。そんな遠大な謀略があるなんてどうしていえるんかいな。混乱状態になっただけでしょう。格好よくいえば、常に緊張状態を作り出す軍産複合体とか死の商人、ウォーモンガーが何とか・・・・どうせ言うんでしょうな。暗殺翌日のブッシュ大統領へのCIAブリーフィングでも何らかの仮説を述べたであろう。各国の諜報機関もトップにあれやこれや適当な可能性をもっともらしく報告したであろう。あーあお疲れ様でした。
2008-01-05 22:04 | 記事へ | コメント(0) |
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2007年11月18日(日)
世界覇権の遷移は本物か
このところアメリカの覇権の衰退に関する記事がやたらと増えてきた。最近のドル下落傾向と絡めてあれやこれやと論じられている。しかし、ドル暴落の話は、覚えている限り1980年代からいろいろな形で語られてきており、昨今の論調もまたぞろゾンビの復活かとしか捉えていなかった。ところが、サブプライム問題を引き金とした同話題に関する最近の夥しい論調、そして何よりも国際政治におけるアメリカの尊敬されていた価値の下落、中東近辺の泥沼化・・・なんか聞くにつれ、アメリカの覇権衰退は本物かと実感してきた。決定的なのは原油取引のユーロ建てが増えているという事実である。国際アナリスト北野幸伯氏は、イラン攻撃の噂の背景にイランがユーロ建てを図ろうとしていることをいろいろなメディアで報告している。現在の圧倒的なパックスアメリカーナの常態化した世界に無分別に耽溺を貪っていると、時間の流れが人生に比べるとスケールが大きいため、覇権の遷移の実感は個人レベルでは掴みにくい。これを捉えれる人は相当に透徹した歴史観を有している人であろう。さて、覇権の行き先はEUか、または噂の中国か?陰謀論界隈では中国説が盛んである。副島隆彦先生が中国への覇権遷移をいち早く喝破したが、その指摘がイニシャルであったか私は分からない。恐らく最初に言い出した人は、インナーサークルに繋がっている人であろう。そこからもれた情報を副島先生等が鋭敏に拾い集めたのではと推測する。中国への覇権移行はフクヤマの歴史観にも合致しないことは明白だ。いわゆる新しい中世論にも繋がりかねない話である。個人的にはEUへの覇権遷移であろうことを望みたい。
2007-11-18 20:47 | 記事へ | コメント(0) |
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2007年11月08日(木)
思いやり予算の意味は
今、報道ステーションを見ていたら、アメリカのブルッキング研究所の研究員が日本の姿勢を辛辣に批判していた。いわく思いやり予算(米軍基地経費の日本による負担)というのは、海外で危険な任務を分担しようとしない日本の償いのお金だと。古館キャスターは、あまりにストレートですねなんていっていたが、確かにこのような言葉をテレビで聞くのは稀であろう。しかし、今日の研究員のみならずアメリカ政府関係者は一様にこのような認識を持っている。彼らは日本人の臆病さを心の底からばかにしまくっているのである。そして現在の小沢一郎率いる民主党のアメリカ離れの主張に忍耐は臨界点に来ている。日本の正念場といえるかもしれない。このような民主党を支持しようとする動きもそれなりに強くなってきたが、私としてはやはり給油活動再開が望ましい政策だと思う。ISAFの参加なんていったって結局軍事部門への参加は露ほどにも考えていないのだから。小沢氏の主張する国連のお墨付きによる国際警察活動への参加というのは、自衛権の発動範囲を狭めることになり、それこそ国家の安全を危うくする。小沢氏は、窮屈な理論に拘ることを、原理原則とかの美辞にすり替えてしまったことで、自家撞着に陥っているに過ぎないのである。
2007-11-08 22:22 | 記事へ | コメント(0) |
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2007年10月21日(日)
日本は対テロ戦争にどう関わるのか?
朝のフジテレビ「報道2001」でジェラルドカーティス氏と与野党の政策責任者級の論議が行われていた。氏はいわゆるジャパンハンドラーズの幹部級の人物である。なるほど、氏のコメントはアメリカ政府の考え方を分かりやすく体現しており、与党の出演者達は、アメリカ政府からの直々のお達しを聞くような表情を見せていた(と感じた)。政権与党の当事者は、このアメリカの圧力にいかに対応していくかが政策の根幹に関わることとしてあくせくせざるを得ない。というか自身の保身にも重大な影響を与えかねない。とつらつら思うのも情けない話だ。カーティス氏は日本の議論は相も変わらず、アメリカに対するリアクションで日本自体の主体的な意見の発露がないと苦言を呈していた。給油活動の継続が見通せなくなったこの時点で、少しきれたような気持ちが滲み出ていた。私もジャパンハンドラーズの脅威は認めるものの、自らどうしようと考えているのかを出さない日本の姿勢は大いに問題と思う(なんて調子のいい事を言いがちだが、この古くて新しい?このDNAともいえる問題を今さら問題視するのもやるせない・・・)。このあたりの思想的背景は植田信先生のモチーフの一つだと思いますので、ご関心の向きは先生のサイトをご覧いただきたい。まあしかし、民主党が対決姿勢を旗幟鮮明にしたことで、大政局になることは間違いない。菅直人は前回の報道2001で、カーチス氏を前にテロ特措法の延長に協力するようなことを示唆していた。菅氏の立場の豹変も気の毒な話である。
2007-10-21 10:08 | 記事へ | コメント(0) |
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2007年10月13日(土)
環境エスタブリッシュメント(2)
ゴアとIPCCがノーベル平和賞に決まったとのこと。一昨日は底辺の環境エスタブリッシュメントの行状の報告であったが、今回は幹部級である。ゴアもIPCCもロスチャイルド派であることはそこらあたりの雑誌・ネットに氾濫しているありふれた情報であろう(なんて大見得をはっていいたいところだが、適当に放言しているだけ)。ノーベル平和賞なんてものは国際政治に翻弄されるものであって、普遍性からは程遠い。マザーテレサのような人には相応しいが、政治的な動きで貰っても疑問がつきまとうだけである。単純にノーベル平和賞受賞者から読み取れる政治的メッセージを解読することに徹したほうがよい。ゴアとIPCCの受賞は一言で言えばいわゆるネオコン派にとどめを刺したものである。世界最高級の集まりであるビルダーバーグにおいても、ネオコン派の浮き上がりが近年問題視しされてきており、とても支配階級の談合と呼べるものではないと批判者側からも苦笑じみた憶測が流れていた。また大きく見ればこのショーは振り子が半世紀を経てヨーロッパに戻る鐘の音であったと後世評価されるに違いない。
2007-10-13 10:48 | 記事へ | コメント(0) |
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2007年09月29日(土)
安倍政権の瓦解について(3)
安倍政権の瓦解について(2)で書き忘れたことを思い出した。ブッシュ政権内のいわゆるネオコンの退潮と安倍失脚を結びつける論説についてである。これは表面的には判りやすい分析に見えるが、全くの実質を欠いている。ネオコンのイデオロギーはアメリカ型民主主義の普遍化が一義的なものである。したがって、アメリカから見れば修正主義史観を持ち出した安倍晋三氏は思想的には断じて許しておけない存在であった。従軍慰安婦や靖国の問題でアメリカに全面降伏した理由はここにある。ゆえに安倍晋三氏日本のネオコンのカウンターパートでは決してなかっただけでなくなりえなかった。余計な心配であるが、あの岡崎久彦氏は従軍慰安婦については降伏したものの、靖国についてはそうではない様子である。中国への牽制の余地を含みおきしているのかもしれないが、今後の氏の立場はいずれにせよ微妙になった。
2007-09-29 19:20 | 記事へ | コメント(0) |
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2007年09月25日(火)
福田政権誕生の歴史的背景
福田政権の誕生は、国際的な動きの中でもその意味を捉えることができる。大きなファクターは米軍再編であろう。東アジアからの退却を意味するこの動きは、そのリアクションとして中国のさらなる台頭を刺激する。このバランスは梃子のようなもので、意図的にこの地殻変動が演出されたと見るべきであろう。となれば、親中国の姿勢を隠さない福田総理の誕生は、違和感を感じないどころか極めて画策された結果であることも邪推される。将来の麻生総理の誕生を予見されるもののこの国際関係の遷移の趨勢は確固たる流れであることは疑いない。しかし、そのこととフランシスフクヤマ的な歴史の帰結の成就とは残念ながら相容れるものではないだろう。いわゆる新しい中世という言い方はこのことを指しているのである。
2007-09-25 22:00 | 記事へ | コメント(0) |
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