能勢電鉄で最後まで活躍した旧型車が610形で、最後まで阪急時代の面影を色濃く残していました。中でも写真の610は、阪急には珍しい前面非貫通スタイルで異彩を放っていました。
写真はさよなら運転の日、日生中央に停車中の610です。この日は日生中央発妙見口行きという変則的な運転も実施されました。「日生中央−妙見口」の標識板がユニークですね。
(撮影:1992.4.19 日生中央)
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2009-12-02 08:58
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京福電鉄3000系は元南海11000系ですが、赤系統の塗装に変更されてはいたものの、南海時代と同様の塗り分けラインは、南海電車のイメージを髣髴とさせるものでした。写真の編成は「急行」の方向板を取り付けていましたが、福井へ移った後も南海時代と同様、転換クロスシートを活かして華やかな急行運用で活躍していたことでしょうね。
(撮影:1986.3.6 福井)
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2009-11-30 07:06
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今日は朝5時前に自宅を出発し、1000円高速を利用して出雲、境港方面へ日帰りドライブをしてきました。
本日の大きな目的の一つは一畑電鉄の3000系(元南海21000系)を撮影することで、出雲市から境港へ向かう途中にスイッチバック式の構内配線がユニークな一畑口駅に立ち寄り、ここで待ち構えることといたしました。
20分ほど待ってやって来たのは運よく3008でした。乗務員扉の高さが低いことから元南海の21005+21006であったことがわかります。「しんじ湖ラムサール号」という野鳥をデザインしたラッピング電車として活躍していました。
(撮影:2009.11.29 一畑口)
線路沿いの保育所に保存されていたデハ6とデハ3です。保存状態が非常に美しい上、急行の標識板と上がったパンタグラフも嬉しい限りですね。
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2009-11-29 22:54
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野上電鉄の起点である日方駅(和歌山県海南市)構内には同線の車庫があり、大正末期から昭和初期にかけて阪神や阪急で活躍していた小型の旧型車両が多数停まっていて壮観でした。写真の編成の先頭車は元阪急の26、2両目は前面5枚窓で人気が高かった元阪神の24です。
なお画面右端に写っているホームは連絡口駅で、その名の通り国鉄海南駅との連絡通路がこのホームとつながっていました。日方駅と連絡口駅の間は約80mで、当時は日本一短い駅間距離として有名でしたが、実際は連絡口駅は日方駅の構内という扱いだったようです。
野上電鉄は平成6年(1994年)に廃止され、紀勢線海南駅も高架化されてこの付近の光景も大きく変化しましたね。
(撮影:1985.6.16 日方)
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2009-11-28 07:15
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新旧混色の3両編成で運転されていた頃の水間鉄道500形です。3両編成での運転時には四角形の方向板が使用されていました。この頃、新塗装化と屋根の雨樋の補強は実施されていたものの、まだ正面に雨樋の増設は行われておらず、南海1201形オリジナルの面影が残っていました。先頭車の506のみは客用扉の窓の形状が異なっていたのが特徴でした。
(撮影:1986.6.9 三ヶ山口−水間)
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2009-11-26 07:07
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名鉄5500系は、日本初の一般車用冷房車として昭和34年(1959年)に登場しました。東京や大阪の大手私鉄における通勤車両への冷房車の普及はこれより10年以上も後のことで、当時としては極めて意欲的な車両だったように思います。大きなパノラミックウィンドウが特徴の前面スタイルも優美なもので好感が持てますね。
(撮影:1986.4.6 枇杷島信号所)
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2009-11-16 07:05
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今は無き西宮北口のダイヤモンドクロスを行く阪急1100系1112です。当時、今津線には非冷房の1100系が残っており最後の活躍をしていました。サイドから見ると、阪急1000系系列の大きな特徴だった屋根の通風孔の形態がよくわかりますね。この独特な形状も冷房化改造とともに見られなくなってしまいました。
(撮影:1984.3 西宮北口)
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2009-11-12 07:06
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近鉄田原本線で活躍していた820系ですが、末期にはしっかりと新塗装へ変更されていました。写真は「回」のサボを付け橿原線を行く722+822の2連ですが、これから田原本線へ向かうものと思われます。塗りつぶされてはいるものの、この編成にはステンレス?の細帯の跡が新塗装化後も残っていました。
(撮影:1992.1.15 西ノ京−九条)
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2009-11-10 07:06
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京阪「旧」3000系といった方が正確かもしれません。現代の3000系は中之島線開業を機にデビューした快速急行用車両ですが、私のような中年以上のファンにとって京阪3000系といえばやはりこの車両を連想してしまいます。現在でも1編成が8000系に編入されながらも現役で活躍していますが、2階建車両が組み込まれたほか、前面も特急マークが方向幕化?されるなど表情は若干変わっていますね。
また、京阪特急といえばテレビカーですね。子供の頃、電車の中でテレビが見られるとは夢のような話に感じていましたが、携帯電話でいつでもテレビが見られる現代っ子にとってはこの驚きや感動は理解してもらえないのでしょうね。
(撮影:1985.1.1 枚方公園−枚方市)
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2009-11-08 07:50
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北大阪急行の車両が8000系ポールスターに統一される以前、開業時以来の車両として活躍していたのがこの2000系でした。大阪市交通局の30系によく似ていますが、車体がやや丸味を帯びている点、ラインカラーが阪急電車と同様のマルーン色だった点が外観上の大きな違いでした。そして何よりも大きな違いは座席で、30系のコチコチ、ベタベタのFRP製座席(後に改良されましたが)に対し、2000系は阪急電車と同じグリーンのふわふわ?シートとその差は歴然としていました。
御堂筋線中百舌鳥延伸後も数年間は残り、「なかもず」の方向幕を掲げて最後の活躍をしていた頃の写真です。
(撮影:1991.7.9 西中島南方)
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2009-11-06 07:07
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現在からは全く想像も付きませんが、昭和56年(1981年)頃まで能勢電鉄は川西能勢口から川西国鉄前まで路線が続いており、この一駅間は小型車51が単行でのんびりと運行していました。これが能勢電鉄の車両だと言われても若い方にはピンとこないかもしれませんね。
ただし、同区間の運行は朝夕のみで、昼間は川西能勢口駅ホームのはずれで昼寝?をしていました。
(撮影:1981.12頃 川西能勢口)
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2009-11-02 07:06
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本日、子供と一緒に奈良県香芝市の近鉄五位堂検修車庫で開催された「きんてつ鉄道まつり2009」へ出かけてきました。近鉄の車両工場一般公開へ行くのは今回が初めてです。
「アーバンライナー」や「伊勢志摩ライナー」といった特急型車両のほか、団体専用車両「楽」や検測車「はかるくん」なども展示され、家族連れなど多くの人で賑わっていました。
トップ写真は最新鋭特急車の22600系です。特急車両がズラリと並んだ写真を撮影したかったのですが、小さな子供さんがいる家族連れ向けのイベントなので、この程度の写真しか撮影できないのは止むを得ないですね。
(撮影:2009.10.11 五位堂検修車庫)
昼からぶらっと出かけたため鉄コレ等の数量限定品は売り切れていました。2人の子供はくじ引きをしましたが、当たったのは末等の22600系エコバッグでした。これでもまあいいか・・・

〔左〕ずらりと並ぶ特急型車両が壮観ですね。
〔右〕この方も来られていました。
(いずれも撮影:2009.10.11 五位堂検修車庫)
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2009-10-11 16:31
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近鉄8000系はかつての奈良線系統の代表車両で、一時は大勢力を誇っていましたが、後継車両の登場で徐々にその数を減らしてきているようですね。
写真は西大寺駅に進入する奈良行き準急です。方向幕未装備、旧塗装時代の写真ですが、赤い車体に緑の準急標識板が良く映えますね。
(撮影:1986.4.29 西大寺)
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2009-08-27 07:09
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南海21000系の現役時代、難波方と極楽橋方では連結器の形状が異なっていたため21000系同士の併結は不可能だったのですが、もし21000系同士の重連が存在していたならば・・・と連想させてくれるのがこのひとコマです。
島根県の一畑電鉄へ甲種輸送される途中の3000系(元南海21000系)を阪和線杉本町駅の中線で撮影したものですが、南海時代にも見てみたかった光景です。
(撮影:1997.12.14 杉本町)
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2009-08-10 07:05
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水間鉄道500系は元南海の1201形ですが。現在でも水間駅構内に保存されている553の旧塗装、現役時代の写真です。側窓が小さい一段下降窓タイプの車両で、南海に残存して貴志川線に移ったグループには見られない形態でした。
赤とクリーム色の派手なツートンカラーはよく目立ちましたが、案外似合っていたように思います。
(撮影:1984.7.24 水間)
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2009-08-02 08:12
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紀州鉄道キハ600形は元大分交通耶馬渓線の車両で、同線の廃止に伴い和歌山の地に移ってきました。前面はヘッドライトの移設などで若干変化していますが、側面はいわゆる「バス窓」で。古き良き時代のディーゼルカーの雰囲気を今に伝えています。
日本一の座は千葉県の芝山鉄道に奪われたものの、全長わずか2.7kmのミニ私鉄であることに変わりはありません。
近々引退するとの噂もあり、撮影や乗車はお早めにといったところでしょうか。
写真は、JR紀勢線御坊駅の片隅にある紀州鉄道乗り場に停車中のキハ603です。この日は長野からお座敷列車「白樺」が御坊にやってきており、珍しい出会いとなりました。
(撮影:1995.6.14 御坊)
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2009-07-30 07:06
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阪神の普通列車用車両は、青色系統の塗装から「青胴車」、また短い駅間距離を克服するための高加減速性能を備え「ジェットカー」とも呼ばれていました。
写真は5001型で、阪神「青胴車」の代表的形式です。まだ4両固定編成化される前の2両ユニット時代の写真で、方向幕も未設置で行き先板が取り付けられていました。ただ、後ろの2両はパンタグラフの位置が異なっているため別形式(5131型?)と思われます。
(撮影:1986.4.3 甲子園)
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2009-07-04 07:06
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近鉄16000系は、昭和40年(1965年)に南大阪・吉野線初の有料特急用車両として登場した車両で、近鉄特急車両の中では最古参となります。
一部は廃車されて静岡県の大井川鉄道で活躍しており、私も3月に大井川鉄道を訪問した際、千頭から新金谷まで乗車したのは16000系でした。
写真は上ノ太子付近を行くシーンですが、この場所は現在では南阪奈道ができており、風景は大きく変化しているものと思います。
(撮影:1992.4.25 上ノ太子−二上山)
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2009-06-24 07:09
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なんば線の開業、近鉄との相互乗り入れ開始と変貌著しい阪神電車ですが、かつての主力車両であった7801形による特急です。以前は阪神にも片開き扉車がゴロゴロしていましたが、最近ではほぼ絶滅状態にあるようですね。「特急」のヘッドマークも今となってはどことなくレトロな雰囲気が感じられます。
(撮影:1992.5.22 甲子園)
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2009-06-06 07:06
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去る10日(日)は、1000円高速を利用して長野県の上高地へ日帰りドライブへ出かけてきました。
AM4:00に自宅を出発、ゴールデンウィーク後最初の日曜日ということもあって交通量は少なく、渋滞に巻き込まれることなくAM10:00に沢渡着。ここでバスに乗り換えて上高地へ向かいます。
この日は天候にも恵まれ、トップ写真のような美しい穂高連峰の姿を見ることができました。
上高地から松本ICへ戻る途中、松本電鉄の新村車庫で「鉄」活動を行います。
元東急5000系(青ガエル)の廃車体が車庫の片隅に留置されていました。現在は文化教室として使用されている痕跡が伺えました。
左は現在活躍中の3000系?です。元京王の車両でしょうか。
(撮影:2009.5.10 新村)
往復で所要時間13時間、走行距離925kmという強行軍でしたが、吹田ICから松本ICまでが片道1600円!!!
すっかり1000円高速の魅力にはまってしまいそうです。
次はどこへ行こうかな・・・
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2009-05-12 21:48
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高安検車区に憩う、左から11400系「エースカー」(昭和38年)、20100系「あおぞら」(昭和37年)、21000系「アーバンライナー」(昭和63年)です。近鉄特急の車体デザインの変化がよくわかりますね。(「あおぞら」は近鉄特急ではないのかもしれませんが・・・)
(撮影:1993.4.25 高安検車区)
「エースカー」と「あおぞら」の顔は昭和30年代の近鉄特急の標準的なデザインで、二代目ビスタカー10100系の貫通型も同じような顔をしていました。
現在では「エースカー」も「あおぞら」も現存せず、アーバンライナーもリニューアルが実施されて「アーバンライナーPlus」に変身していますね。
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2009-05-08 07:12
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阪急2800系は元京都線特急用車両で、特急の2枚看板も誇らしげに京阪間を疾走する阪急のスター的存在でした。6300系登場後は通勤車両に格下げされ、3扉化ならびに車内のロングシート化が実施されました。
写真は桂駅に停車中の嵐山線普通列車に運用の2800系ですが、側窓に元特急車の面影を残していました。
最近、6300系が嵐山線で使用されるようになったとのことで、歴史は繰り返すといったところでしょうか。
(撮影:1992.5.13 桂)
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2009-05-01 07:07
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南海高野線の観光列車「天空」が本日デビューいたしましたが、早速昼前から橋本駅へ向かい、撮影してまいりました。
橋本駅構内で撮影後、橋本−紀伊清水間の踏切で「天空」を撮影します。写真ではわかりづらいですが、正面間通路窓に「2009.4.29デビュー」のステッカーが貼られていました。
(撮影:2009.4.29 橋本−紀伊清水)
「天空」撮影後は紀ノ川に沿って西進し、和歌山電鉄の「たま電車」を撮影に行くことにしました。
「天空」も「たま電車」も元22000系という共通点がありますね。
天候にも恵まれたゴールデンウィーク初日とあって、貴志駅は今日も「たま駅長」目当ての多くの観光客で賑わっていました。
結局「たま電車」は伊太祁曽駅で撮影することにしました。
全面のひげ?のデザインがご愛嬌ですね。
(撮影:2009.4.29 伊太祁曽)
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2009-04-29 20:23
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南海・泉北 /
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近鉄西大寺駅を発車する懐かしの800系です。生駒線での運用を終え、西大寺の車庫へ入庫していくところと思われます。
写真のモ807+サ714は相棒のモ808+サ704を新祝園事故で失っており、820系とのペアで運用されていました。
左の8400系が付けている標識板は京都−西大寺間の普通列車のもので、近鉄の標識板は運転区間によって異なるデザインのバラエティが楽しいものでした。
(撮影:1986.2.25 西大寺)
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2009-04-25 07:05
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雑多な旧型車両が次々にやって来て飽きることがなかったのがふた昔ほど前の名鉄でした。3800系は戦後間もない昭和23年(1948年)の登場で、戦後復興期から高度成長期の輸送力を支えてきた車両のひとつです。この写真を撮影した頃はすでに登場後38年が経過していましたが、急行種別板と競艇デザインの常滑行き行先板も誇らしげに、堂々と本線を疾駆していました。
旧型車両が優等列車に運用されていたのも、ファンにとっては名鉄の大きな魅力でした。
(撮影:1986.4.5 枇杷島信号所)
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2009-04-23 07:06
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