古い車両が引退する一方で、次々と新しい車両が登場してくるのも鉄道界の常で、新車登場のニュースを聞くとどんな車両なのだろうと興味が湧くところです。
写真は片町線放出付近を行くJR九州783系ハイパーサルーンの甲種輸送列車で、徳庵の近畿車輛を出発し、遥か九州を目指す長い旅路についたところです。実際はDE10形ディーゼル機関車が牽引しているのですが、線路のカーブ具合から機関車が写っておらず、あたかも783系が片町線を走行しているようにも見えますね。もっとも、交流電化専用の783系は直流電化の片町線を自力で走行することはできませんが・・・
(撮影:1989.12.2 徳庵−放出)
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2010-03-21 09:36
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東海道線の塚本−尼崎間に架かる下神崎川橋梁ですが、東西線の開業以前は隠れた名撮影地として人気がありました。写真は下神崎川橋梁を渡るEF66牽引の貨物列車ですが、コンテナ列車ではなくタンク車や無蓋車、ワム80000など雑多な貨物列車を牽くEF66の姿は非常に新鮮に感じますね。
現在では両サイドに増設されたトラス橋に東海道線外側線が移り、この写真で貨物列車が走っている橋梁は東西線に転用されています。
(撮影:1989.11.3 塚本−尼崎)
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2010-03-20 07:04
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国鉄・JR |
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冬の斜光を浴びて新今宮駅に停車中の旧1000系「臨時四国号」です。小さな側窓がずらりと並ぶサイドビューがよくわかりますね。どことなく国鉄の旧型客車のイメージに通じるところもあるように思えます。
同様の車体ながら、名車と賞賛され華々しく去っていった21000系の引退時に比べるとひっそりと消えていった感のある旧1000系ですが、車体のスマートさという点では、17m車の21000系に対して20m車であった旧1000系の方に軍配が上がるように思います。
(撮影:1985.12.31 新今宮)
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2010-03-18 08:08
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南海・泉北 |
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先月、泉南市の金熊寺へ梅を見に行った際、街角の掲示板に貼られていたポスターが気になっていたのですが、本日ブラリと出かけてきました。
泉南市埋蔵文化財センターで開催されている「見て! コレ 鉄道パンフレット展」で、昭和初期の阪和電鉄や南海電鉄のパンフレットを中心とした展示内容となっています。特に阪和電鉄の古いパンフレットが充実しており、戦争や都市化等によって失われてしまったかつての行楽地の賑わいが伝わってくるようでした。
例えば松茸狩りのパンフレットでは、「我が家のこんな近くが松茸山だったのか!?」と驚かされる内容のものもありました。
南海関連では難波−岸和田 青準急の円板が展示されており、目を引きました。
開催期間は3月31日(水)までと、会期も残り短くなっています。興味のある方は一度訪問してみてはいかがでしょうか。ただ、第2、第4土曜日を除いて土・日・祝が休館日というのがネックかもしれませんが・・・
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2010-03-17 13:57
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南海・泉北 /
阪和線 /
日記 |
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特急「出羽」は上野−秋田間を上越線経由で運転されており、上野発着ブルトレの一翼を担っていました。ただ、その運転線区から関西とは縁の薄い列車でした。
登場したのは昭和57年(1982年)のことで、私が子供の頃の昭和50年代前半には存在しておらず、ブルトレとしては比較的歴史の浅い列車でした。平成5年(1993年)には「鳥海」に吸収される形で姿を消してしまい、足かけ11年ほどの短い運転期間となってしまいました。
上野−長岡間では上越国境を越えることから「北陸」と同様EF64 1000番台が牽引していました。
(撮影:1989.3.16 上野)
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2010-03-17 10:53
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国鉄・JR |
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先日13日のダイヤ改正で廃止となった急行「能登」ですが、最後の姿は489系ボンネット型ということで注目を浴びていましたね。「能登」は元々客車列車からのスタートで、使用車両や編成、運行ルートも時代と共に変化し続けてきたようです。
21年前の平成元年(1989年)春に撮影した「能登」がこの写真で、当時はEF62牽引の14系客車という陣容だったようです。EF62牽引ということは、当然のことながら信越線の碓氷峠を経由していた証でもありました。
(撮影:1989.3.16 上野)
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2010-03-15 07:08
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国鉄・JR |
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穏やかな晴天に恵まれた今日、午後から阪和線野代踏切跡へ出かけてきました。ここには朝に訪れることが多く、午後が順光となる線路西側に来るのは踏切廃止後初めてのこととなります。踏切が存在していた頃と変わらないアングルで撮影できることには安堵いたしました。
阪和線を代表する車両といえば、かつての国鉄型通勤型車両の代表選手103系で、今日でも普通電車のほとんどが103系での運行となっています。
戸袋窓がない、前面窓が金属押さえになった、排障器が付いたと贅沢を言うとキリがないのですが、JR東日本ではとうの昔に消え去ってしまったもはや「現代の旧型国電」とでも呼べる存在でもあり、多くの「撮り鉄」や「音鉄」が阪和線沿線に殺到する日もそう遠くはないのかもしれません。
(撮影:2010.3.14 鳳−富木)
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2010-03-14 16:02
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阪和線 /
日記 |
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阪和線お馴染みの大和川橋梁を行くDD51 1037牽引の正調ユーロライナー編成です。客車と機関車の塗装が統一された編成美が感じられますね。
ユーロライナーは関西からは比較的近いJR東海(名古屋)の所属でしたが、阪和線に入線する機会は非常に少なく、私のアルバムに残る阪和線を走行するユーロライナーの写真はこの1枚のみとなりました。
(撮影:1994.5.27 杉本町−浅香)
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2010-03-14 09:52
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阪和線 |
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明日13日(土)のダイヤ改正を控え、「北陸」「能登」の2列車は今夜が最終列車となるようですね。沿線ではこのところ暴走気味の「撮り鉄」に対する厳戒態勢がとられるようで、殺到する大勢のファンにより現業機関や一般の乗客への影響が大きくなり、鉄道ファン全体に対する社会の目が厳しくなりつつあることが残念な限りです。くれぐれも事故のないよう、「北陸」「能登」には有終の美を飾っていただきたいものです。
写真は23年前の3月、国鉄時代の末期に撮影した「北陸」ヘッドマークです。春の淡雪がうっすらと先頭部に残っていました。現在のものとは若干デザインが異なっていますので、現在の写真をお持ちの方は相違点を探してみてください。
もちろん当時は「北陸」フィーバーなどなく、むしろ寂しいくらい地味に上野駅に佇んでいました。
消え行く車両を記録したいという心理も理解できますが、常日頃から地道に普段着の姿の鉄道を記録していくのも「撮り鉄」の大切な行動のひとつだと思います。
(撮影:1987.3.6 上野)
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2010-03-12 07:09
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国鉄・JR |
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地上時代の岸和田駅で並んだ旧1000系和歌山市行き特急と7100系羽倉崎行き普通です。1000系は乗務員扉の高さが低いトップナンバーの1001F、ライトグリーンの車体に赤い特急円板が映えますね。緑色の7100系も現在の塗装と比べるとどこか貫禄が感じられます。
現在の高架ホームとは違ってホームの端には屋根がなく、開放的な雰囲気が感じられました。(悪天候の日は不便だったのかもしれませんが・・・)
(撮影:1985.2.13 岸和田)
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2010-03-11 07:07
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南海・泉北 |
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生駒山をバックに真新しい近鉄東大阪線高架路線を行く大阪市交通局中央線50系です。東大阪線開業時にはまだ50系が健在でした。戸袋窓のある3扉のスタイルが大阪市交通局の古き良き時代の面影を感じさせてくれましたが、斬新なデザインの近鉄7000系と比べると格差は否めませんでした。
当時は、地下鉄車両が生駒山を越えて奈良県にまで足を延ばすことに驚きを感じたものでした。
(撮影:1986.12.28 新石切)
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2010-03-07 09:27
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私鉄 |
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国鉄和歌山駅5番線に到着した南海キハ55系「きのくに」です。南海車はホーム天王寺寄りに停車後一旦天王寺方の引込み線へ引き上げ、天王寺からのキハ58系「きのくに」が4番線に到着するのを待って同じく4番線に転線し、国鉄編成の後部に増結されていました。当時の気動車急行列車には、このような複雑な増解結を行う運用が数多く残っており興味深いものでした。(撮影:1985.2.13 和歌山)
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2010-03-06 07:04
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南海・泉北 |
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雪晴れの風景の中、滋賀県下の東海道本線を行く南海ラピート+2000系の甲種輸送列車です。横浜の東急車輛工場から東海道をひたすら下り近畿地方へ入って来ましたが、終着駅の和歌山市はまだもう少し先といったところでしょうか。
最後尾に連結された車掌車ヨ8000がご愛嬌ですね。やはり貨物列車(甲種輸送列車も貨物列車の一種ですね)の最後尾には「ヨ」が連結されていないと引き締まらない!!と思うのは私だけなのでしょうか。
(撮影:1994.2.14 篠原−近江八幡)
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2010-03-03 12:53
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雪景色の京都市内、鴨川沿いを行く京阪3000系です。よきライバルであった阪急6300系は昨日京都線特急運用から撤退いたしましたが、京阪3000系は8000系に編入されながらも、今でも1編成が本線で活躍中なのは嬉しいことです。
地下線で京都市内へ乗り入れていた阪急に対し、京阪は鴨川に沿って京都市内を走行していたため、京都にやってきたことを実感させてくれる車窓風景が魅力でしたが、鴨東線開業を機に京阪も地下線へ切り替えられてしまい、この風景が見られなくなってしまったのは残念です。
(撮影:1985.12.18 五条−七条)
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2010-03-01 07:06
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 近鉄6800系は昭和32年に登場した南大阪線初の高性能通勤電車で、その高加減速性能から「ラビットカー」という愛称で親しまれていました。
24年前のある日に撮影した6800系準急のバラエティです。あべの寄り先頭車にパンタグラフがある「前パン」スタイルのものもあれば、標識板のデザインも運転区間によって様々なパターンが存在していたのも興味深いところでした。この日は藤井寺球場で近鉄バッファローズの公式戦が行われていたようで、バッファローズの小型標識を付けた列車も運転されていました。
(いずれも撮影:1986.4.6 河内松原−恵我之荘)
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2010-02-28 09:19
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大糸線南小谷−糸魚川間で最後の活躍をしているJR西日本のキハ52形ですが、いよいよ3月13日で終焉の時を迎えます。現在は3両が国鉄時代のカラーに復元されて最後の活躍をしていますが、一時期全国各地に百花繚乱のごとく現れた地域限定カラーの一つとして大糸線カラーを纏っていた頃の映像がこの写真です。雪の中ではあまり目立たないように思えたこの塗色も、今となっては思い出のカラーリングとなりました。
(撮影:1994.1.11 南小谷)
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2010-02-27 07:05
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昭和50年(1975年)の登場以来、阪急の看板列車として君臨してきた6300系ですが、気付いてみると9300系の台頭により終焉の時を迎えているようですね。
写真は昭和61年(1986年)の年始に撮影したものですが、登場後約10年で6300系が最も輝いていた時代だったのかもしれません。乗務員扉と客用扉の間にあった「H」のシンボルマークも懐かしい限りです。当時は、屋根をアイボリーに塗ったカラーリングも6300系のみに施されたもので、標識灯周りのステンレス装飾も相まって、他線の車両とは一線を画した高級感が感じられました。
第一線は退くとはいえ一部の車両は嵐山線で余生を送るようで、引き続きその姿が見られそうなのは嬉しい限りです。
(撮影:1986.1.3 十三)
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2010-02-25 07:05
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本日外出した帰り、地元の泉北高速鉄道を7000系試運転列車が走行しているのを見かけ、中百舌鳥駅付近へ撮影に出かけてきました。
普段は和泉中央寄りに連結されるため顔を出さない7551が珍しくも難波側先頭に立っており、泉北7000系の前パン姿を見ることができました。
数年前に難波側に連結されて営業運転に就く姿を見たことはあるのですが、泉北7000系の前パン姿を撮影できたのは今日が初めてのこととなります。
(撮影:2010.2.24 中百舌鳥付近)
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2010-02-24 15:54
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南海・泉北 /
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日頃より弊ブログをご高配賜り、厚く御礼申し上げます。
お蔭様をもちまして、本日で3周年を迎えることができました。更新頻度は若干低下しておりますが、無理のない範囲で継続してまいりたいと思っておりますので、今後とも引き続きご愛顧賜りますようよろしくお願いいたします。
写真は和歌山市駅に入線する難波行き特急「四国号」です。旧1000系で最初に廃車された1001F末期の姿で、旧1000系では唯一乗務員扉の高さが低かったのが特徴でした。
(撮影:1985.2.13 和歌山市)
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2010-02-24 07:14
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南海・泉北 /
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今日は平成22年2月22日、南海電鉄でも「2」に因んだイベントが実施されていますが、2の付く車両ということになるとやはり22000系を連想してしまいます。ライトグリーンに濃緑の細帯を巻いた車体は見事なほどに素っ気ない?ものですが、「シンプルなるが故の美」が感じられると言ってしまうと褒めすぎでしょうか。
さらに2ずくめの22022という車番の車両もあり、22022は確か高野線に最後まで残った22000系だったように記憶しています。当時は通勤型車両では5桁の形式は珍しく、貫禄のある南海書体で書かれた5桁の車番がとてもカッコ良く思えたものでした。
(撮影:1986.4.13 新今宮)
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2010-02-22 07:05
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南海・泉北 |
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大阪駅に停車中の485系ボンネット車による「白鳥」です。クハ481にはヘッドライトの小さい100番台ではない初期型がまだ残っていました。青森から13時間をかけて遥か1000kmを走破し、終着駅の大阪でしばし羽を休めているようにも思えます。
一世を風靡したボンネットスタイルも、現在では上野−金沢間の急行「能登」に残るのみとなっていますが、3月のダイヤ改正で姿を消すことになっており、また一つ、懐かしい国鉄特急型スタイルが記憶の彼方へ飛び去ってしまうことになりそうです。
(撮影:1987.8 大阪)
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2010-02-21 08:33
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国鉄・JR |
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阪和線にEF65 1000番台(PF)が入線した際の写真は何度か掲載していますが、EF65一般型が入線したシーンを撮影したのはこの時が最初で最後でした。しかもゆうゆうサロン指定機123号機の登場ということで、人気機関車の阪和線入線に沿線は大いに盛り上がりました。
写真は、阪和線おなじみの名撮影地大和川橋梁を渡るEF65 123+ゆうゆうサロンですが、この列車をまさかこの場所で撮影できるとは夢にも思いませんでした。
(撮影:1991.8.6 杉本町−浅香)
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2010-02-20 07:04
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阪和線 |
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阪和線の天王寺−和歌山間が全通したのは昭和5年(1930年)のことで、今年は80周年ということになります。
今から20年前、平成2年(1990年)の60周年の際には一部の103系に記念ヘッドマークが取り付けられました。当時、福知山線から転入し、黄色い塗装のまま阪和線で活躍していた103系にも記念HMが取り付けられ、注目を浴びていました。
(撮影:1990.6.8 富木−北信太)
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2010-02-17 08:04
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吹雪と呼ぶのは少し大げさかもしれませんが、雪の降りしきる大阪駅に到着した寝台特急「日本海」です。日本海の荒波をデザインしたヘッドマークにも雪が付着し、見えなくなっていますね。
雪の少ない大阪で一瞬見られた冬の表情でした。
(撮影:1993.2.2 大阪)
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2010-02-15 07:07
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南海10000系が初めて搬入された日、検車区で整備中の10000系「サザン」と和歌山市駅ホームに停車中の1000系「四国号」との一瞬の出会いシーンです。この日は車庫への立ち入りを許可していただき、このような貴重なシーンを撮影することができました。この写真の1ヵ月後、「サザン」がデビューし「四国号」は姿を消すこととなります。
画面右端には、和歌山港線1521系の姿もわずかに写っていますね。
(撮影:1985.10.1 和歌山市)
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2010-02-13 07:05
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